翻刻『悪源太平治合戦』(上)
著者 翻刻の会
雑誌名 同志社国文学
号 70
ページ 105‑139
発行年 2009‑03‑20
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012073
翻刻 ﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶ 翻刻の会
一︑底本には大阪府立中之島図書館所蔵の七行九十丁本を用いた︒
二︑底本を忠実に翻刻することを原則としたが︑次のような校訂方針に拠った︒
1 本文は文字譜を手掛かりにして︑適宜改行を施した︒ただし︑道行・景事の類︑会話の途中等では改行しなかった︒
2 各丁の表・裏の終わりは︑丁数の数字とオーウの略号を︵ ︶で示した︒
3 仮名は現行の字体に統一した︒ただし︑感動詞︑送り仮名︑捨て仮名の類以外の︑本文中の﹁二﹂﹁︵﹂﹁ミ﹂は
﹁に﹂﹁は﹂﹁み﹂とした︒
4 漢字は︑一部の異体字を除いては︑原則として通行の字体に統一した︒
5 漢字・仮名ともに︑誤字︑脱字︑当て字︑仮名遣い︑清濁は底本の通りとした︒
6 特殊な略体︑草体︑合字等は現行の表記に改めた︒
7 畳字は︑平仮名は﹁こ︑片仮名は﹁こ︑漢字は﹁々﹂に統一した︒ただし︑﹁く﹂はそのまま残した︒
8 文字譜の類はすべて採用し︑本文の右傍の適切と思われる位置に翻字した︒
三︑本文の翻刻は︑次に掲げる翻刻の会︵学部学生の研究会︶の会員によってなされた︒
金子友香里︑木村美咲︑楠本真巳︑高岡令佳︑田山幸恵︑冨滓えり︒
文字譜︑改行及び本文の最終確認は山田和人が担当した︒
本作には︑人権に関わる用語が認められる︒資料的な性格を考えて原本の通り翻刻したが︑人権問題の正しい理解の上
に立って活用されることをお願いしたい︒
︵山田和人︶
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翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
晰難あ悪源太平治合戦 豊竹越前少禄直伝
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鉄桶のごとく取り囲む︒旗手雲井に翻すヲロシこ僕軍の備ぞ︒厳重なる︒ 一〇六
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火花をちらし︒須央もたゆまぬ はたらき 働に敵の軍丘︵大半討れ候へば︒味方の勝利と見へながら只今戦ひ真最中︒先ッ御注進
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間に︒風に木の葉の飛ごとくはらりくと打ちらされ︒味方もあぐんで抽へたり︒急ぎ御加勢下さるべしと大息︒ついで
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清盛くはつとむくりをにやし︒讐鬼神なればとて一人の義平に︒ほゑ頬かいて逃廻る腰ぬけめら︒聞クもいまはし︒まだ 詞たとへおにかみ
るいく︒ソレく瀬ノ尾︒透をあらせずかけ向つて攻付ヶよ︒早くくといらたてに︒畏つて兼康は数多の軍︒兵引具し
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跡に人々気をいため︒軍の安否を待ッ所に︒両手の士率に案内させ︒難波ノ次郎経遠首桶携へしづくと︒御三回に︵二
ウ︶ひざまづき︒待賢門の攻口敗れしかば︒義朝を始め一チ門の輩東国へ落行し所に︒悪源太義平一チ人踏とゞまり︒三 詞たいけんもん せめ せんじん ふせぎ侭︱ゆ ほこさき 四い心
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戦神のあれたるごとき勢ひに︒防支る者なかつし所に︒某忠戦︒の鉾先を以うて攻付グ︒二条川原にて討取たる此首︒実検
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に備へ奉ると己が手柄をしたり顔︒さもいかめしげに相述れば︒
盛久瀧口目と目を見合せ︒いぶかしながら︒適高名手柄くと器のふたを取リのくれば︒清盛とつくとためすがめ︒ホ
ウ聞キ及びし悪源太が年y格好︒それとは見ゆれど誠しからず︒たつた今迄手いたく働︒味方の大軍倦しと︒注進によつ
て瀬ノ尾の太郎を指向グし間もなく︒難波などに安々と︵三才︶討るべき義平ならず︒殊に幼少より東国に育し若者︒見
知ョたる者なければ猶以て心得ずと︒不審詞に盛久瀧口知ョてもしらぬ顔見合せ︒コレサ経遠︒御辺の手柄相違も有ルまじ︒
併君の御疑ひも去ル事なれば︒義平の首にまがいないといふ証拠があらば出されよと︒聞て憚る気色もなく︒それはぬ
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翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
からず︒かく御不審も立ッベきかと︒某心付ィたる故鐙な証拠は︒義平が帯せられし膝丸の太刀︒ 一〇八
持参ン致し候と御前に差
出せば︒取上ヶて見改め︒ホウ︒是は誠の膝丸なれ共︒品によって誰レにくれまい物でもなし︒況や太刀かたな物いはず︒
是ぞ鐙に義平と︒証拠に立ッ者なければ治定ならずと念ンにニニウ︶念ン︒押ヽyかへして成ル程鐙な証人有リ︒朱雀の傾
城芙蓉と申ス女は︒源太が都へ登し折から︒馴染重ねし者なれば︒御前︒において彼レに見せ︒御︒疑ひを晴さん為親方に
申付ヶ︒召ヽy連参れと人を遣はし候と︒いひもあへぬに傾城芙蓉︒親方諸共参上と告る声々︒ソレくこなたへ早く通せと
有ければ頓てへ御前︒へ立出る︒
中キン恋の山︒
や ヲ が ク リ 半太夫︵ルフシとうげ 中情の 又ノげ 中 くがい いいスウくるは ︵ル 長地 ウ いかり ウ峠︒ふみ分グて︒公界する身も恋風は︒誘ひ廓にならびなき︒名にも芙蓉の花の顔盛の姿露ふくむ︒つか
みからげの八文字︒鎧武者の並居る中︒おめず場うてぬ玉鉾は︒関に育し印ヽyなり︒ ウよろひむしや なみ
難波ノ次郎声をかけ︒コリヤく女︒汝は悪源太義平に︒ふかく馴染を重ねし由︒主人清盛公の︵四オ︶御前︒にて︒様子
包ず申上いと︒聞クよりきよつと顔眺め︒是はしたり︒早うこい︒とうこいとほの暗りから︒仰山そふに呼付ケられるは︒
只事では有ルまいと︒胸がだくく痰が登りや気も登り︒現の様にきて見れば︒べしてもない事︒源太様ンに馴初だ様子
をいへとは︒髭口そらして能いはれた︒ホr r r r r \プ/・聊粋︒高が男にいき付ィて︒なじめばいとゞいとしう成リ︒互に
かはるな︒かはるまいコリヤいはゐでもしれた事︒其外の道行は︒ながい事なり・やわしやつどく得覚ぬ︒よし又覚てゐ
るにもせよ︒それ聞て何にさんす︒やぼなおさんが有ルわいなと︒ずつかりいへば傍から手に
りや何事︒麓相いはずとお尋の筋︒微塵 あせ 詞汗︒コリヤく御前よレやそ
ほこり違はぬやう︒︵四ウ︶とくく申あぎやいのと︒のつ引ならぬ親方がr O 詞
V そ
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に対の大小︒のつしりとした風俗からマアかはひらしい殿ぶりと︒こつちか見ればあつちにも︒見て見ぬふりの目遣ィにこ
がれ寄ル糸縁の糸︒ひかれて茶やが休床初対面から打とけて︒しっぽりと詞をかはし互の名所︒こまぐといふて別れた
其夜から︒通ひ車の我ならで君に任せん恋の渕︒深い浅いはどこへやらほんの女夫と馴なじみ︒逢夜重ねしかたまりがおな
かに︵五才︶じっと︒ヤア何︒といふ︒懐胎でもしておるか︒イヽヱイナ︒病といふ病に成ョて身を苦しめる其訳は︒ど
ぶしか事やら此比はふっつりばったり見へもせず︒文の便リもないわいな︒ホウないとて捨て置ヵれぬ中︒なぜわが方から
尋ぬやい︒ナア尋ふも行衛が知よ門イヤサとぼけな︒わかしらいでよい物か︒イヤなんくの誓文︒わしはしらぬが若お
まへ方が御存なら︒ちよつとしらせて下さんせ︒髭様ン必頼ムそへ︒アヽコリヤくまた慮外千万︒な︒そりゃ何いふと︒
袖引て︒とめる親方繕はぬ︒芙蓉が風情を清盛はっくぐと打眺め︒ヤアく女︒近く参ってソレ︒其器の中を見よ
と︒思ひがけなき詞に指寄︒何心なく蓋取ッてヲミしは︒ヤこりゃく︒こはい事も何︒にもない︒ソレ︒其首はそち︵五
ウ︶が馴染し悪源太義平︒此難︒波が手にかけた何︒と︒違ひは有ルまいがと︒おとし付グたる詞も気かゝり︒よくく見る
程︒違ふだ死顔︒扨は忠有ル御家来が君にかはって死たるを︒見しらぬ故の詮義よな︒何にもせよ大事の場所︒此世にまし
ます夫の為よきに偽りお命を︒救はん物と心に点き︒ナフ悲しゃいたはしゃ便リがないこそ道理なれ︒たった今迄お行衛
の︒知︒ぬを案じる其内も︒ながらへてさへござるなら又逢事も有ル物と︒思ひし事もあだ浪のよるべ定めぬ身の歎に︒浅
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ヤましの御さいごやと︒器
地色中
ウ
難
中ノル フシは なげ きへ
の前に身を投ふし消入︒
色 やうにぞ泣ければ︒
ン波はいきつて出かし顔︒清盛も安堵の思ひ︒源太が首に極れば忠賞は追ッてさたせん
一 一
〇
︒又︒牛若といふ童︒鞍馬山に
忍び居る由︒︵六オ︶敵の賠なれば是以ョて赦し置れず︒立こへて詮義せよ︒猶又膝丸の此太刀は︒我父忠盛信仰有し︒祇
園の社へ奉納すべしといひ渡し︒コリヤく女︒いまく敷ほゑ頬せずと分ン別せい︒ソレ眼上回に源太が死首︒見ながら
生キては居られまいがな︒ホウそりやいはしやんす迄もない事︒夫卜の敵喰付ィても此場で死たい物なれど︒年︒の闇jは借
ならぬ︒親方に任せた身なりやぜひがない︒ヱ∴口惜い恨めしい︒憎い敵と尻目にかけ︒難︒波を睨ば親方は︒傍からあ 地︵ルにく しり
ぶく気の毒さ︒モウ御用もござりませずば︒女を連︒て帰りましよと︒いふもおづく立チはさへなまめく姿かい取り
の︒夫ならぬ顔夫にして間を合せたる嬉しさに︒心いそく打連︒て︒帰る芙蓉が花かほる︒陣所は︵六ウ︶梅の早咲
に︒勝色見せし︒凱歌の︒声もいさみて三重ヘ名も高き︒
いづくの人の願七をば︒かけ初″てや今爰にやすく生るゝ其文字を︒取リも直さず泰産寺清水子安の観音と︒称して是を
たつと 地ウキン 片言 らす ゥ 江口い ド うか︑︑ゝ ゥ尊めり︒仏言フの︒誓の糸も︒結ぼれて︒とけぬ浮世のさはがしく︒参詣申かれぐの透を窺ふねぢけ者︒目計り光る
ほくそ頭巾腰に大だらさすがにも︒いはねど夫作と白浪やそろりくの足取リも︒鷺にはあらぬ昼鳶辺見廻す折からに︒
住僧円覚仏こ圓︒の日中終れば珠数つまぐり︒立出る勝ッ手口︒ヤア何者じやと驚けば︒イヤ何者は知︒た事︒おりや盗人
の骨張︒といふて深い望もない︒高が散銭の溜りと︒布施の有だけ︵七オ︶引さらへていぬる分ンの事︒サアくきり
ぬす はんくは まちや しやうじん ひまく出したり︒︵r r r r ︒はて扨合点の悪ルいお盗じや︒繁花の地の町家へははいらず︒精進くさい寺廻りは隙づいや
し︒とつとゝおいにやれ︒イヤいぬまい︒町家へはいるは合点なれど此比の騒動で京中は上を下夕︒じやによつて寺へしか
けた︒サアそれが大きな間違︒其騒で参詣もなければ此方もかんく坊︒目利か違ふて笑止千言刀言したが折角はいつ
て素口空腹でもいなれまい︒責て出端で中食しそれを矩摸に︒いんだらそつちはよからふがこつちの虫が合点せぬ︒マア
一
ぺん家捜して︒跡で四五はいかこふてこまそ︒茶をわかして待ッて居よと︒いひつゝそこら見廻してのつかくと奥に
入ル︒アふ伎さばさがせ︒とらるゝ︵七ウ︶物も内証の︒貯 とてもあらきさんじと︒独つぶくくり返す︒念珠かた手
に見やつたる向ふへ来かヽる︒わな帽子︒廿計リのぼつとり風顔もくつきり色白な
有首府班なかすげの撥髪︒ ︒女子をつる禿頭︒親仁めけ共苦
浴衣がけ成ル旅脇指さしも名高き観音の御前にしばし伏拝み︒
サアく娘と打連︒て伴ひ入くる住持の傍︒指寄ョて小腰をかゞめ︒身共は遠州諏訪野原と申所の百姓︒名は天︒目の弥源
次︒彼十のはさめと申て一人り娘でござますが︒生れ付ィてぐつ共すつ共物いふ事が成リませぬ︒そんなら世間に有ル通り︒
唖聾かといへば其くせ耳は突抜る程聞へるが︒どうした事か子がて疋ほしいといふて︒此観音様へ宿願をかけたと有︒
︵八才︶︵テめっぽうかいな︒惣体子の出来るあんばいは︒女夫の中でも至極な所︒陰陽和合の理屈でなけりや中々芽作る
物じゃない︒スリヤ観音様がしらしゃった事じゃない︒それにむたいな願かけたら︒観音様も迷惑かつて逆罰を当フさしゃ
ろ︒ょしにせいと呵ても兎角はしがる仕形して見せれば︒頑な子が可愛ひと親の身ではいぢらしく︒ひょっと観音の御利
生で彼陰陽が和合して︒西瓜だかへた様な腹に成ルまい物でもなし︒迪願ひをかけるなら居ながらよりは置キに参って頼
んだら利かよかろうと思ふて︒わざく連レて登ました︒どふぞ御祈念頼よますと︒ひん捻紙の十二燈指出せば︒何か扨祈
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶一 一 一
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶一 コ一
念致すは馬僧が役︒安産︵︵ウ︶の守りもあれ共︒申ヽy子の願ひにはどれ共御符をしんぜると︒かたへに入て取り出し︒随
分とも信心有どこ︒渡しながら二人が顔︒つくぐ眺てI卜思案︒本ン国遠州と有レば都より遥の住所︒早速ながら其許に
頼度七子細有リ︒何ごと聞ィてくれられうや︒︵ア数ならぬ身共等にお頼とはどふした訳︒身に叶ふた事ならば何成り共おし
やらませと︒いふに円覚力を得︒イヤ別の事でもない︒六七才の児なるが其身出家の望なれ共︒二″親是非に俗でおか
んと親子の心一ご玖せぬ故︒方々へ逃隠るよ匹キ々を捜すとあれば︒又尋来るも気の毒︒何とぞ住家へ連︒帰り︒暫しの内か
くまふて下さらば︒愚僧が悦び此上なし︒偏に頼存ると余義なき︵九才︶詞に打頷き︒︵リヤ何より安い事︒高が坊主に
なさふ成ルまいの尻がきてからこはい事も何︒にもない︒連︒ていにましよナア娘と︒いへば合点と頷計リ︒円覚悦び︒早
そく とくしんしうちやく 特︒ ぶつだん 牡な 詞 きりやう速の得心祝着致すと奥に入︒隠し置ィたる牛若君︒仏壇のこかげより伴ひ出れば︒テモ扨も器量よし︒コレ此親仁が預
るからは尋てきてもめつたにや渡さぬ︒ちつ共気遣ィさしやますな︒サアござりませと伴ふて立出る折こそあれ︒六波羅の
侍ィ杉田ノ藤次︒若僧一人先キに立大勢引連作かけ来り︒ソレとI卜声かくるやいなばらくとふんごんで︒捕たくとひし
めけば︒コ︵何事と親子は仰天︒かけもかまはぬこちとが狼狽︒怪我が有ッては成ルまいと︒娘引連︒とつつかは跡をも見ず
して逃帰る︒︵九ウ︶
藤次声かけソレ者共︒牛若遁すな引くク牡︒畏 つたとかけ寄︒ば円覚先キに立ふさがり︒牛若の馬若のとめつそうなお侍ィ︒
そんな者はこっちにゐぬ︒外を詮義といはせも立ずあらがふまい︒コリヤ其証拠は鞍馬山でよう見覚へたる厳光坊︒遁れ
はない牛若渡せ︒ソレ搦よの声につれ大勢一チ
度どに寄ル所を︒心得たりと牛若丸も守り刀をッて︒切払ふたる小人の
天 性苫 縦ける剣術勇気︒円覚も禅おつ取り無二無三に掲立れば︒さしもの大勢叶はじと麓の方へ逃グて行︒ い針
地謬ど ︵ル くつきやう ウ 鴛せんばこ ふた
立戻って若君をいづくにか隠さんと︒うろく見廻しホウ究竟の物こそ有︒と︒散銭箱の蓋押ヽy明ヶ若君忍ばせあつたふ
た︒しめる間もあらしこ︵十オ︶捕手引連︒て︒藤次厳光取ッてかへし︒円覚が両の手をこりや遁さぬとしつかと取リ︒サ
ア牛若はいづくにおる︒隠した所へ案内せいと引立る︒イヤサ今の騒動にどつちへ逃ヶたる愚僧はしらぬ︒ヤアしらぬとて
済そふか︒うせいくと引立て︒奥の間客殿くりめんさう︒ばつたくとかり廻す︒
庭の隅より仏前︒の盗人︒そつと立出散銭箱︒やつちやしてこ
ぎてこそは︒三重へ名にしおふ︒ いよいもふけ︒蚕しとひつかだけ︒脇目もふらずI卜筋道急
相坂の関と申スは日本ン四関の第一にて︒要害堅固に備へたる主馬判宮盛久加山館︒守り厳敷二三の木戸︒廻りに丘︵具
立テならべ風も通さぬ構なり・
遠見の役寝ずの番︒一 絞けい卜時かはりの時計に合せ︒難︒波ノ︵十ウ︶次郎経遠が郎等杉田ノ藤次︒主人に先キ立チ番所にかゝり大
帳抽へ︒ヤア者共︒当時平家の権勢尖く︒洛中の軍を鎮め敗北したる源氏の奴原︒ぬけく東国へ逃ヶ下らんと︒或は
願と今商人なんど︒往来は男女に限らず︒帳面に記すへしと院の庁の厳命︒随分油断仕るな︒先ッ往来を通せよと︒下知に
従ふ下三鄙共杢戸を開いて呼出す︒御免候へ私は下モ立売リの小間物や︒築地のお出入又摂家方︒親王姫宮比丘尼御所︒ど
こも軍がはやるやら︒お召ヽyなさるこ坦具
墨
かぶと よろいがた ゆがけわ すパ則っ まゆはきはぐろ ︵ルやっこ 色には先ッ甲がけ鎧形︒牒輪ちがひ花うっぼ喜悦の︒眉掃鉄奨筆︒お奴方は油
︒真菰の黒焼黒元結︒其外数々近江路へ罷リこしさげきせる筒︒召︑yま︵十∇こせいとぞ売て行︒跡へさがるは嵯峨の
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
一 一 一一 一
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶ 一一四
者︒藪入送って伊吹山︒一卜旦写日のさし丈︒三里の先キは程近しと名乗て廻る時鳥︒次に見へしは俗山伏︒順逆わか
ぬ斎料に錫杖ふつていかめしく︒さすが巫やら出ッ家やら衣を着だけ鉢たこ元頭巾の下は撥髪奴︒日向生れの伊勢参
ウキン 順礼歌 だてそめゆかた︵ル やう なみま ナラスウおさむ じゆんれい 道具や ︵ル 中ウ ︵ル
リ︒作染浴衣一チ様に︒波間の月を三井寺へ︒礼を納る順礼や︒車遣は鳥羽の者︒しるもしらぬも相坂は︒木の丸殿にあ
らね共︒名乗ッてこそは通りけれ︒
杉田はIチ々書キ留め︒盛久殿に伝んと下モ部引具し立て行︒実守り人の︒隙もがな︒人目の関を盛久の秘蔵娘の常世姫︒
誰に心を奥の間の遠見の亭に立出て︒挟よりニチ軸の掛地取出し柱にかけ︒香をくゆら︵十∇ワ︶せ合掌の念殊に余る
涙 の中 色
衿膏
スヱ︵ルがつしやう ねんじゆ
の幾重もしめやか成港聡共声々に︒是はしたり常世様︒いつの回におはづし︒取り分グて此比はうきく共なされ
ぬ故︒琴三絃でいさめても︒間がな透がな爰へ来て︒何なさる?と指覗き︒是は扨守り本尊の御絵でもなし︒彩色した浮
世絵︒美しい前髪が馬に乗ッて居る所︒此掛絵にしみぐと涙ぐんでござらしやるは︒どふした事と尋れば︒姫も涙の顔
を上︒恥しながら此掛絵が︒白 が思ひの種︒源氏の大将義朝様の御惣領︒義平様のお姿ぞや︒去年の春鎌倉より都へお
登有リし時︒馬上ゆこ敷キ供廻り都入のはなやかさ︒其折から自も︒此亭よりふと見初天晴御器量殿ぶりやと︒思ひ
初メても片便リ︒︵十ニオ︶文して申さん伝もなく︒せめてお姿計リなと肌身にそこへて起臥の︒夢の間夕の楽しみとくる月
日の徒に︒源氏の運の拙くて待賢門の軍も破れ︒親子御共にちりぐの中に床敷キ義平様︒難波ノ次郎が手にかけて討し
と聞クより気も落て︒夜作昼わかぬ憂思ひ今では是を筥共︒明グ暮し忍んで此様に︒御回向申て居る内も心が心に通じな
ウ
かならずみらいば︒必未来は夫婦ぞと思ふて給はれ義平様と︒掛地を身に添いだきしめ声をも︒立ず伏しつめば︒お道理様やと諸共に女
の情の囃ひ泣︒跡は笑ひを催して倶に機嫌を取リ々
に︒難︒波次郎経遠様︒只今お出としらする声︒ソリヤ又毛虫が来た
といの︒お姫様見ら︵十ニウ︶れぬ様に︒サアくこちへと打連上上卜間にへこそは入にける︒
程なく時計の八つ半時︒聞クより入来る難波ノ次郎︒盛久も出迎へば︒先︒刻より嘸お待チ遠︒先キ達ッて雑丘︵歩徒の者は︒
関所違変なく通すやうに仰渡されしか共︒或は名有ル武士共︒雑兵なんどに紛れ通るまい物でもない︒雑兵駈武者成り共半
時一卜時とゞめ置キ︒急度吟味致すべしと改めての御淀︒其旨心得らるべしと︒いふに盛久打占一き︒尤の御裁配委細承知
四回つ々ぷ ︵エ り牡さまふか仕ると︒挨拶央へ関守りの目顔を忍ぶ雑兵二人︒陣笠眉深に来かクれば︒
下三鄙共声をかけ特Jよくと留める内︒難︒波ノ次郎つくぐ見廻し︒何国より何方へ通るやつ原︒国所名苗字を明ィ白に
申せ︒子細なくば通してく︵十三オ︶れうと咎られ︒先キ成作男両手をつき︒うららが在所は美濃の大垣︒奉公桂に登だ
れば思ひも寄ぬ軍がおこり・︒一日を二百宛あっち飯にあっちの鎧︒ゑいくぉうに雇れ物二日と立ぬ内︒源氏方の負に
成り旦雇賃には此鎧︒迪都の住居はならず︒古郷へ錦を思ひ出し此倫で帰ります︒お通しなされ下されといふを打けし
ならぬく︒今日より念を入レ︒雑兵にもせよ半時一卜時留め置キ︒吟味せよと厳しき仰︒今鳴ノたは八つ半時︒暮上︵つ迄
待チおらふと︒睨ちらせば盛久ひつ取︒わが云訳は聞へたが︒今一人は何国の者︒見ればまだ若輩なやつ︒身は盛久とい待チおらふと︒睨ちらせば盛久ひつ取︒わが云訳は聞へたが︒今一人は何国の者︒見ればまだ若輩なやつ︒身は盛久とに
ふて当所の関守︒今難︒波殿申さる通り御上意なればもだしかかし︒我国所早ク︵十三ウ︶申せと︒いへ共とかく指長き︒
答なければ︒イヤあの男もひとつの在所︒一ョしよに連立参つたれどあいつには年寄ョだ母親がごさります︒夫︒を養ふ為
なれば一卜足も早ゥ帰り︒顔が見たいと申せば孝行といひ不便も有︒爰は了簡遊ばされ私一人留置カれ︒彼めはお通し下さ
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
一 一 五
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶一 ヱ︵
れいと︒願へど聞ぬ難波ノ次郎︒理非を分ぬも関所の掟︒盛久は気の毒ながら力及ばずもつけ顔︒詮義を脇へちらさんと︒
イヤなふ難波殿︒いまだ貴公には妻女もなく独身と承る︒幸ィ盛久が娘常世と申ス者お気に参らふか存ぜね共︒婦妻に迎へ
下されなば拙者が本ン望︒当家侍分に誰︒有ふ︒肩をならぶる者もなき貴殿言︵十四オ︶承引なされ下されまいかと︒
あがまへ詞に付上り・︒是はく御挨拶︒此度の軍にも鬼神と呼れし悪源太が首取ッて︒日本に名を顕はし︒院の御所を始メ
我君の感状にも預つたる某︒聳に取ラれても不足は有ルまい︒貴殿も盛の一字を給はり御公達の後見もなさるれば︒舅と
敬ふても人の笑はぬ事︒併侍の女房はみめ像より才覚が第コすはといふ時はお馬の先キにすぐみ︒雑丘︵の首でも
取ル程の覚がなくては武士の妻とは申されぬ︒勇者は種に顕はすとやら貴公の育がらといひ︒奥床しう存る︒が美くし
い
器量より心の器量は何︒とでござるな︒承ばった上の事と︒寝耳に水の底意には笑を︒隠して落付キ顔︒是は御尤︒︵十四
ウ︶子は嬰核より教婦は始メて教とあわ共︒大まかな爺親育終に彼めは様さず︒ヤ幸ィの事こそ有︒︒常世を是
出し彼︒等二人か詮義を致させ︒才智の程を試まいると︒いへは図にのる誰彼ノ次郎︒重
足かてら︒詮義の仕様を見よ物致さん︒万︒事は後刻と言捨て番所を︒立ッて入にける︒ ヤ幸ィの事こそ有︒︒常世を是へ呼重畳く上分︒別︒然らば互に休
ヤア誰︒か有ル︒娘にこよと呼つがせ︒立出る︒常世姫︒父か前に手をつけば︒ヲこ呼出すは余の義でない
等二人が詮義をゆづる我十にかはつて仕れと︒思ひがけなき仰に恟り︒父上のつがもない︒女子同士でも有ル事か︒男御の ︒子細有ヨて彼︒ 錯ケ
詮義するに姫ごぜのあられもない︒此義は御免︒と諾も聞ずそふ有ふ︵十五オ︶と思つたれ共︒武士の娘は武士の夫卜に添
ねばならぬ︒そちも名有ル侍に娶せんと早約束致したれば︒兎角はない娘が賢愚の程試だい︒ヲヽいかにもと請合だ︒
イヤサ何をおどろく︒いつ迄親が手を守ふと思ふ馬鹿者︒何かはない彼︒等が詮義の落着次第 きめおふちやうに詮方も否といはれぬ親の気質︒是 ︒身が分ン別しておいたと︒
非も媚く振袖の詰ひらきせば我カ縁の︒定まるも憂難題と︒案じなが
らも座になをる︒
ヲよ⁝﹈かしたく︒身はI卜間に休足せんと心をへ残し入跡に
作二ふ 回 ︵yがらも底気味悪ルく抽へ居る︒姫は心を ︒女風情の︒詮義役︒庭の二人も顔見合せ︒少し力を得な
落し付︒ナフ二人の︵十五ウ︶衆︒聞きやる通りの訳なれば辞退もならぬ父の御意︒
ゑんりよ き 地︵ル とひサアどれからどれへ行ク者とありやうにいふたがよい︒そしてマア不遠慮な︒着やった笠もぬぎやいのと物やはらかに問か
色 ウ ウ おどろ とも ウけられ︒︵ヽ︵ツトーよ度に取ル笠の︒下はこがるゝ恋人の義平様にてましますかと︒思ひがけなき驚きに︒倶に驚く二人
がそぶり打守りく︒ほんにおまへは義平様︒やっぱりおまめで居給ふかと︒寄んとすればアヽ申シく︒微塵も左様な者
でなし︒義平とやら公平とやらは大兵︒見た事はござりませぬと︒まじめになれば声をひそめ︒何よぼお隠しなされて
もよう見覚へてゐる其訳は︒過キし都の騒の時︒馬上でお通りなされしを︒アノ亭から見︵十六オ︶そめしより︒人にし
らさぬ物思ひ︒お姿を絵にうつし明グくれ祈しがひ有ヨて︒ありしにかはらぬ御上代ひ︒爰ではないかと嬉し泣︒抱付キだ
うも役からのそゞろ心に見へにける︒
二人は靭興さめてなま中それとしられては︒身の大事ぞと空とぼけ︒私共は鮒舗生れo刻俳い愕に参りし者︒馬の口は取ッ
たれど︒乗だ覚はさらくなし︒お慈悲に通して給はれと逃支度する計リなり︒常世の前は傍により︒モウどっちへもや
りませぬ︒父上に願ふて見て︒誠ならぬとの給はゞ︒自 が部屋にいつ迄もおかまひ申ス覚悟︒それもいやかへ︒そんな
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶一 一七
つ︒世になし者の義平に命を捨ての心ざし︒何として忘れ置べきぞと︒仰に紀平治詞をそへ︒行先キ々は敵の中爰はI卜先ッ 上はいよく慎身を忍び︒東国へ落のびて重ねて本三忌を達ッする存えぞ世を憚る我々故すげなく見せしは智略のI卜
難︒波次郎杉田を引連︒つっと出︒ヤア義平主従見付ヶたく︒きやっばらをひっくゝり常世諸共引立・ァよと︒詞の下より杉
訂田ノ藤次縄をかク牡とひしめいたり︒ 翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶らどふでもいにたいじやな︒サアそれ程にいにたくば︒わしも︵十六ウ︶ 一ッしよに連︒たいやうにと計リにて︒思ひ詰たる真実のほに顕はれし花すこ元落人の身の心置キ何と見ヘニけり︒ムこいしに計物いはせどふでもいやでござんすな︒折角思ひ思ふても嫌はれて何面目︒︵逸怯︒イヤく殺してくがさんせ 一一八ていて︒殺しなりとどふなりとしいらへも春の日のあたりまばゆく
そ︒けふ優曇花の御対面︒たゞ一詰百の いつぞや みづから 討︒ ウ日外お討れなされたと聞た時は白も︒倶に死んと思ひしにながらへて居たれば 未来で待ッて居ると刀に槌れば
いなせさへ難面の君やと槌り付キ︒声も忍びのしめり泣︒涙は落て草摺に︒露置キ添
○
コ
る風情なり︒
義平公は悠々と下モ︵十七オ︶部の姿其恨におめる︒方なく座を改め︒かく迄我に情の上疑ふべくはあらね共︒名をあか
されぬ子細あり︒此度味方の敗北に我ども討死せん物と︒既に覚悟を極し所︒是成ルは八丁㈱の紀平治とて源家相伝の弓
に
取り︒則チ彼が弟志内の六郎︒前髪立を幸ィに我にかはらせ︒悪源太義平こそ︒難波ノ次郎が討たんなれと︒世上に隠︒なき
引わかれ︒時︵十七ウ︶節を待ッこそ実の心宍中︒今暫くの辛抱と宥すかする折こそあれ︒
難︒波は以前︒の誤りに手ざしならねば杉田ノ藤次︒どふやら胡乱な此場の︵十九オ︶捌︒今一チ応吟味すると︒立寄ル首 備の情をかんじ互に︒詞も口ごもる︒
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶ 詞 あやまちヤアく両人過有リなと いつぞや 声をかけ万王ジの盛久︒小庭の方より走り出杉田を突退押ヽyかこひ︒イヤサこれ経遠殿︒悪源太
義平は︒日外二条川原において︒御白分か首を討チ院の御所の御覧に入︒︒清盛公の御褒美に預られたではござらぬか︒
成ル程く︒夫十に又此雑丘︵を悪源太とおいやれば︒ムヽヽこ先キ達ッて指上だけ贋首にて︒清盛公を始め院の御所迄︒
扨は御辺︵十ハオ︶が欺しな︒ナアそれは︒それはとはどこへく︒主君を掠る不忠の侍ィ盛久が縄ぶって︒六波羅の
言 つめ 詞御前︒へ引ク腕を廻せと詰かくれば︒ア誤ったく︒きやつを義平といふたは成ル程拙者が和調法︒正真正銘交なし雑
兵に極った︒ムクレかと夫︒に違ひはないか︒︵テ此難︒波目利しや物︒毛頭相違は少共ない︒ム左様ならば言分ンない
と︒いふに経遠しかな顔︒常世の姫は嬉しさに胸なでおろす計なり︒
卸思ひけん盛久はずつと寄て義平と︒能を左右に引とらへ木戸より外へ投出す︒コ︵何事と難波次郎︒杉田も倶に騒共見 ウとも さはげ
向キもやらず跡ぴんしやり・︒雑兵めらが詮義︒中々女童が手くさいにて︒関所では︵十ハウ︶落着せまい︒古郷は美濃
の大垣とやら︒彼七か住家へ伴ひ行︒とっくりと見届い︒今一人は半時の間此所に留め置キ︒跡から帰す早行グと︒思ひが
けなき父が情︒ムヽスリヤあの人にわかしを付ヶて︒ヲ国所の吟味にやるのさ︒若分明にしれずんば二年言一年七乃至五
年︒十年言及白髪に成十迎も戻るには及ばぬ︒併詮義相済迄は清盛公への聞へも有ル︒何国に居ても音信不通︒ナ︒そふ心
得てくれおれと立派にいへど目は涙︒荼い共嬉しい共心詞の御礼は︒いはねどしるき親の慈悲︒義平公も紀平治も︒智仁勇
一 T几 ウりつぱ
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
ウ つかん 色筋紀平治が︒片手に掴で引戻し︒ コー○
いかれぬ下郎の出しゃばり立テと突飛し︒早くくと盛久も︒胸 すれば難波ノ次郎イヤ
も申スごとく︒娘が才智を見よふ為︒落人共が詮義にやるが御自分の目にかよりぬか︒帰り次第相談致さふヤ︒またそこを
動かぬか︒何よしや旅の用意に笠がほしい︒幸ィ爰にと脱置キし︒
おらぬやつ︒道中すがら不便をかけ︒突放さぬ様に︒頼ムぞと︒
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一一つの陣笠拾ひ上グ︒生れてよりけふが日迄一丿寸外へ出
恩愛親子の別れの雨︒笠を投グやりしほくと︒涙隠して入ルかげを
伏言拝み︵十九ウ︶く︒戴く笠の内に迄寵る情の
一卜包︒袖のかほりや二人連︒そこはかとなく出て行︒跡見送って紀平治がイデ︒御供と身繕ふ︒難︒波は何がな腹いせに
せめてきやっめを引くゝり︒落武者共が白状させよ︒畏 ったと杉田が栽配者共来れと下知すれば︒
伝手に得物の長道具ふり廻しく︒遁さぬやらぬと取リまいたり︒紀平治すくく小跳りし︒相手のほしい胴中へ打揃ふて
ながゑ うん 地︵いゆつ りよ ウ ふノ特いわう 上御太義千よ力≒命の長柄に運のつくぼうやつばらと︒百術千︒慮の手をくだき右往左往に三重へなぎ立れば︒
さしもの多勢たまり兼︒主従しどろに打なされ残りはばつと逃失けり︒言がひなしと我武者の藤治︒引返し切かくつ一十
オ︶れば︒しづんで後へもんどりうたせ︒すぐに腰骨ひしぎ付グ︒性こりもなき人非人︒不足なれ共難波がかはり︒時計
のかはり・も己が天窓︒七つの数にくはつちぐはち︒一つ二つは杉田の藤次次手に命を暮上︵つと︒水もたまらず首打落
し︒相手なければ是迄と夕附鳥のとりぐに︒我も主君の御跡を追ィ分過キて大津の町︒八丁㈱が名も高き誉も︒
爰に走井の︒源 氏に仕ふ身は︒仁有り義有信有︒虎口の難に相坂の︒関を遁るこ武勇の徳︒南上荷西海東海道味方を ︵ル ウヒロイ はしりゐ みなもと 中
サコ レ 鮒 殿 貰岬 ふ て置 イ だ常 世 姫 付 てケ や ると は心 得 ず お へれ の返 事 は ど ふせ ら る と い共 はふ せ
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やなア︒此身に成ヨたりや腹計リか︒どこやらもひだるい故︒折々の虫養ひ︒其内に方々へ賭六のたまにするはい︒めんつ 夕ったら我はマアどふするぞい︒ヱまだなやっらじ
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶ 駈立︒駈集め︒頓て敵をせめ鼓︒汚名を雪ぐ晴軍家︷片片八重一卜重︒ 第二都の花は︒恋衣︒ 中キン あつ汚名を雪ぐ晴軍家の向旗打扉旗打扉︒再び御代に近江路と悦び
︒柳も浪粋もIきっふ馴初逢初メて通ひ廓の道筋は
こぎ !・ぞ賑はしき︒
を紗 ウ ウ ︵ル ウ しゆかうウ 中 まいふだ つうさつ 丿あは 匹んぜい
目馴ぬ事で人をよせ是はと人に手を打夕す︒大門三口のI卜趣向柳のかげに立テたりし︒一チ枚札の高札は似合ぬ所の禁制
札︒花哲フするが商売を折ルなと書キしかヤ見よと︒立寄ルぞめきは遠慮なく︒︵アヽ書ィだけ︒ムウ何よレや︒一チ文字や なはてウキント畷柳の糸に︒ いいしゃか フシひかれくる朱雀の︒町 ︒勇出て行二一十ウ︶
の芙蓉といふ大夫︒客をふり勤をせぬ故︒女郎仲力間へ見せしめに︒札一枚を五十宛の富にして︒当りし方タヘ遣はす
入ルはたゞ取ルより安い物︒したがきやつ内証は小野々小町か
銭費し︒傾城と珊瑚珠は︒何︒ぼ産が結構でも︒穴がなけりや用に立″ぬ︒ヲヽそれくと仇口々笑ひてこそは行過る︒
姥中ヤ
いしがめ こも ︵ル 色 あく 詞 とみ とかくよく肩が飛ば石亀もしたんだ仲カ間の薦かぶり︒跡に残りて大欠び︒ヤイ夜明ヶよ︒女郎を冨にすると高札が立たれば︒兎角欲 蛤門︒あかずでは有まいかい︒さればなア︒若それなれば 二一十∇玉者なり︒︵アヽ出来た︒神武以来ない図な高札︒請出すと︒五百両の七百両のといふ大夫を︒銭五十で手に
と色の世界︒大抵や大方の人ではないが︒ちぎ文もくれぬぞよ︒ヲくれぬく︒こちとは新まいの乱れなればかこひやうが
悪ルつ一十∇ワ︶いかいなイヤそふもいはれぬてや︒そこに居るやくざめも二三日の新まいそふな︒見よ﹂と当りがよいや
一 一 一 一
らして︒きのふもどて丁半十で冨の札を入おつた︒ヤイ若あの大夫が当
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
一 一 一一 一
を売ヨだ五十の銭︒当一万がなふて入ふかい︒追ッ付グ小判といふ物を︒大分ン儲る待ッておれと︒雲を当テなる高咄し︒夜
明グ日暮し新まいと︒付ィだ異名もあてどなき七八千の札入群集けふが則千札びらきと︒押ヽ言口せり合犬の蚤︒噛当テよか
谷 ノル づ 回し突当テよと︵二十ニオ︶かた唾を︒飲でひかへ居る︒
おろせ末社も立騒ぎ︒轡の親方傾城芙蓉を引連レて︒冨の箱を男に荷はせ柳の本卜にどっかとおろさせ︒高見へ上って才兵
衛が一間了計の錐振廻し︒抑此冨と申スは︒堂塔建立の為にもあらず︒欲しん徳用の勝手にも仕らず︒女郎一人もて余し︒
たゞ隙やるも惜さの余り︒一卜つには廓中︒気随働く奉公人への見せしめ︒客をふつたる報の罪︒車の輪と申せ共︒今
は錐の先キを廻クると︒冨に突てお手に入丿兄あんがう鴉を見る様に︒口明ィて計リござらず共︒信を取ッて錐の鑓玉︒上
る様に祈念あれ︒イテヤ諸人の迷ひを二一十ニウ︶はらさん︒南無帰命頂礼と︒箱の真中ぐはったりぐっすり︒突当了だ
る札一枚︒サアく今が恵方果報︒ひいきへんばみつちゃもない大夫殿︒主ヽyはどなたじゃ此札と︒錐の先キにつらぬき見
詞 ひにん パ≒おは ぐよう 上 たを い匹見きヘ︵ル あまたすれば︒大門口︒野ぶせりの非人新まいの八と読も終らず傾城芙蓉︒︵ツト計に泣倒れ︒暫し︒消入ごとく也︒数多の見︒
物口あんごり︒五十捨た百捨た︒一貫棒に振舞て裸に成ノたとつぶやきながら︒皆ちりぐくに立帰る︒
才兵衛は芙蓉を引立︒何ンぼ泣てもモウ叶はぬ︒乞食の女房にして︒五器提させるがこつちの腹いせ︒八めはいかゐ果報者︒
どこにおるぞと見廻せば木影より手をすりく︒二一十三オ︶あんまり・で恟り致し︒臍玉が飛ましたと︒薦衿繕ひうづく 地ゥ Jつかげ 色 詞 びっく へそ Jいいりっくろ 中どこにおるぞと見廻せば木影より手をすりく︒二一十三オ︶あんまり・で恟り致し︒臍玉が飛ましたと︒薦衿繕ひうづく
ウ つき 上 七っかんゐけん し にくまる︒仕合者め連レて行グと︒芙蓉を取ッて突やれば︒ノウ情ない親方様ン︒折檻異見の仕やうも有ふいかに憎しみあれば迪
人にしられたわたしが顔︒群集の中でむごたらしい薦かぶりの女房とはあんまりじやはいなどうよくと︒恨 なげ 色歎けばせより
笑ひ︒ソリヤそちが根性から︒悪源太へ心y中立・天外ヵの客を勤ぬ故︒呼出しなければ身請ケももとより・︒又外々の色里
へも廓中の沙汰聞ィて︒売かへられぬ余り者乞食にはてうど相応︒細言いけずととつとゝいけ︒八めも連︒て行おれと︒いは
れてやつちや雷し︒サア女房共おじやつI士
才兵衛跡を打眺め︒心からとは言ながら︒思 ‰ 回 フシいのと︒歎く芙蓉を肩にかけおのが小屋へと急ぎ行︒便と見送りく︒下人を連︒て立帰れば︒
跡に残りし二人の非人︒ナント夜明ヶよアレ見たかい︒一万︒近うも有ル札に︒たったIチ枚の八めに当夕るは︒よくくの
仕合者︒酒なとかはしてこまそふこ 中キンいと打連︒へ︒かしこへ入ル日力け影︒
時にあはねば我ども又倶に日かげと歩くる︒はんちや合羽の袖せばく浪人めきし侍の︒旅はあてども長畷柳が本を行過
る︒地色︵ル 色 ひにん 詞 地︵ル りよじん 色 ・ョがせん じゆう やせらうにん 地ウ
跡より付キくる以前︒の非人︒申ヽy︒く︒コレ申ヽyと︒呼かけられて旅人は見返り︒路銭も不自由な痩浪人︒付クな︒く
︵ル 色 詞 J≒ 色 詞
と行をなをしもアじIヤ是申︒其願ひではござりませぬと︒間近ヵ二一十四オ︶く寄ルをよくく見て︒ヤア︒こなたは兄
者人︒紀平太殿︒コ︵ヱこ情ヶなき身の果といふもしほるこ日に涙︒
り面目もなき︒今の対面︒
此ざまに成たればしるべは本卜より兄弟にも︒隠れ忍ぶ筈なるに︒ こなたは猶もつゞれの袖︒絞ながらに手をもみ膝す
恥を思はず呼かけたは︒少卜其元トヘ願ひの筋︒聞キ入︒
てくれられうや︒全く︒合力無心にあらず︒先非を悔ての願ひぞと思ひ︒入てぞ見へにけり︒
イヤ其礼儀は私めが致す事︒斯浅間敷御身とは︒しらで暮せし残念さよ︒併兄の御身にて︒弟の紀平治に御願ひとは勿体
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
一 一
一 一 一 一
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
なしと︒いふに紀平太猶も手をつき︒イヤコレ御自分は弟と言ながら︒親の苗字二一十四ウ︶を請ヶ コー四
継︒我君に仕ゆれば親
どうぜん じゃくねん むかし かう はたらき いかり人も同然︒弟とは思はれず︒父と存じてI卜通り申ヽy上る聞ィてたべ︒我レ若一年の昔︒不忠不幸の働有ッて︒御二哲の御
かんきかうむ たよ9み ゑんしうす は のばら もく ひゃくしゃう むこ勘気蒙る︒方々とさまよひ身の佇もなき故︒遠州諏訪野原において︒天目の弥源次といふ百性の方へ入聳︒名を︒門
八と改め無念の月日を送る所に︒思はずも都の騒動︒主君の御よ︵事と聞や否や︒シヤ我ヵ運の開ける時とかけ登ても跡
の祭り︒義平公には早討死︒源氏の運は尽たるかと悔どかひのあらばこそ︒夫︒より人目を忍ぶ為子細有て此非人︒御辺
親人に成リかはり︒勘当赦すと有ならば心の闇も晴ぬべし︒願ひとは此︵二十五オ︶事と︒語るを聞ィて︵ア御尤く︒ヤ 地ウかんとう
モ拙者も其心付ヵぬにはあらね共︒勘当したる兄︒紀平太︒一卜つの功を立テぬ内︒兄弟とばし思ふなと︒御遺言は背がた
し︒存生の母の手前︒旁以ョて私には赦されずと︒いふに占いきヲこ1)も有リなん︒イテ紀平太がI卜つの功おことに見せ
んと片かけより︒傾城芙蓉を呼出せば︒ノウ珍らしや紀平治様︒主シの便も聞キたうて逢たかつたと立寄︒ば︒先ヨ其兄に
も御案体︒シテ此所にはどうしてと︒問れて芙蓉は︒涙にくれ︒
義平様に別れてより心は心ならね共︒おなかにやどしたやこ休ンを︒どふぞ御無事に産落し︒其上ではともかうもと︒思ふ
内につ一十五ウ︶もせつなき勤︒客をふるの嫌ふのと親方の打打擲杖棒うけた其あげく
ド様のお手に入︒憂を ウ
つとめ きやく ウ
うちてうちやくつえほう
凌げど凌がれぬは︒義平様に逢たうてやるせがないと槌り付キ声をも ︒富にせられて思はずも紀平太
︒立ず泣居たり・︒
紀平太も涙ながら︒御懐胎の芙蓉殿束の間も人手には置カれず︒殊には平家の聞へを恐れ︒御言行来のござる所を隠さん
為︒斯浅ましき姿と成リ︒親方才兵衛と馴合︒我富札に突当てしは︒勘当願ひの詫の種︒これ聞入有ッてくれられよと︒いふ
より紀平治︵ア重畳く︒此上の有べきか︒︒御赦し申せぞと︒二一十六オ︶聞より
スヱ︵ルていとう へいしん中 ウ ︵ル つきのけ誤しよく た︒ゝ 詞 かんどう ゆる︵r r r r ︵ツト飛すさり低頭︒平身なしけるが︒何思ひけんずつと立︒取ッて突退気色を正し︒我ヵ勘当を赦されたれば︒
又親人に成リかはり︒替レを急度誠て︒七生迄の勘当ぞと︒いわれて恟り卜︵何故︒何誤りといわせも立ずヤア誤リな 地︵ル しやう
いとはうろたへ者︒義平公討死の戦場迄︒御供したる贅レでないか︒おめくと生キながらへ︒敵の首はなぜ取ラぬ︒がよ
し夫ども叶はずば︒追ィ腹でもかつさばき冥途迄もお供はせす︒生面さげて徘徊する︒犬におとつた知行盗人勘当したが
誤りかと︒いやおうならぬ理詰の詞︒聞夕よりずつと膝摺寄︒︵ア先ッ其お心で猶も安堵︒実は御主人義平公︒御存生に
てましつ一十六ウ︶ます故︒芙蓉殿に此事を御しらせの為参りしと︒聞て紀平太大きに悦び︒シテ我君は何国にと︒い
に芙蓉にも夫︒よりはいかyご案じ暮せしにどふして遁れ給ひしとふしぎ立るも道理なり︒ヤ兄貴はいまだ御存有ルまい
地ウ たゝか いう づめ其時の戦ひ事急の手詰に成リ︒弟志内の乙︵郎多勢が中カヘわつて入︒悪源太義平と名乗手
ふ
いたく働︒終に難波ノ次郎経遠
が手にかゝり︒あへなきさいごを遂る内君は遁れ落給ふ︒我ども追くる敵をはらひ漸御よ供致せしと語れば芙蓉は飛立ヨ嬉
しさ︒紀平太は目をしばたこ元弟志内六郎は母人の愛子といひ︒義平公とは乳兄弟︒御恩に命を捨しよな︒健気也ヘヱヽ
出かしたと︒口には立派︒心には不便︵二十七オ︶の者の最期やと︒涙に︒むせぶ折こそ有︒︒
いつの間にかは夜明グと日暮し︒二人の非人は窺ひ寄り始終残らず聞届た︒しらずや我レは平家の家臣︒鷲塚平内小車源五︒
隠し目付ヶの手始メと飛かゝるをかいくゞり︒シヤ小ざかしき腕立テと︒二人を打付ヶ足下にふまへ︒サア兄者人︒こいつら
を片付グて互ィに別れん︒ヲ≪某は芙蓉殿の御よ供して︒今の住家に忍ばせ申さん︒成ル程︒拙者は其以来母人の
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶コー五 おとづれ音信聞力
父 に か は つ て 御 勘 当 憚獣 かルり な が ら ヤ が
翻刻﹃悪源太平治合戦﹄︵上︶
たんたいめんとげかどいで ちまつり地フシず︒一丿旦立こへ対面遂︒夫︒より御行衛尋申さん︒首途に血祭のがらくためらと二人がI
一 チ
コー六
チ度に首抜キ捨︒追ッ付グ平家の
門をまつ此ごとく本︒望とげん︒先よ今迄はさらばく︒こな様よまめで︒おまへも堅固に︒主ヽy様無事の便リを待ヨお
いとまごひウ ︵ル ウ 中ノルさらば︒さらばの暇乞柳の糸の︒もつれ合たる兄弟は引︒
むめ ぢんがさ 道行梅の陣笠 わかれてぞ三重二一十七ウ︶
山嵐風立さはぐ︒世に連て︒ちりぐと成ル木のはかな︒源卜の義平は︒待賢門の夜軍より都を︒出て相坂の関の戸ざし
成り行世にも︒近江なる︒志内が方へと心ざし︒かちござへたどり出給ふ︒御有様ぞ︒わりなけれ︒逢もうし︒逢ぬもつら 中おうみ
き恋すてふ︒我レはまだねぬ︒常世姫 フシ︵ルあふ
︒おくれし道を走井の︒水もらさじと契りても︒心はとけぬ玉︵二十八才︶櫛笥二
人りは行どかたくに杖よ︒草牡よ引しめてしども嬌くふり袖に鎧の袖をくらべては︒都のふじの︒日枝風残の雪は︒
すそ かのこ ウフシ ︵ル ちふねもで甲 こぎつれ ウちらくと裾に鹿子や︒打出の演︒千船百船漕連て︒世を ウ 中 キンすそ かのこ ウフシ ︵ル ち
ウキン うみ渡る浦々見れば 数︒夫 jりr t4 jjc4 t〜〜fy︒ ︸yぐ←は網ひく婦は麻苧の営によるべの︒方 ウ
も あさを いとなみ フシ
の磯枕︒殿持チ顔に帰る雁︒羽打かはし二つ三つ︒四つの緒かけて︒びはの海包む霞の晴間より・︒もれくる鐘は三井の寺︒
古郷は跡に︒父上の︒情とぎりの梓弓引にひかれぬ義平は 言牡う古郷
いわたおび ウ ウあづさゆみ 将よう ウ いにテ わび 中 ヲン︒芙蓉が事をくよくと︒案じ詫ても︒それとだに︒心にかた
帯︒さしもにたけき︒武士の︒恩愛深き湖 の︒底意を包おはすれば︒二一十ハウ︶姫は何︒の気も付ヵず思ひ︒初だ 中 ウ フシおんあいふか みづうみ そこゐ つゝみ
は去年の春︒又も初ヨ春立ぷ干yの︒始め思へば中カくに︒あふてつらさの勝り草比は七種初ッ若菜︒薪くと︒打はやす 中 ウ
わかな なづな
賤が門田は賑々と︒軒場くの注連かざり子の日にひかん松本の︒里の童が誘ひ連︒︒あすはお立かくお名残おしさは
を 盛 ク
久
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