WhartonのThe children
著者 石塚 則子
雑誌名 同志社大学英語英文学研究
号 90
ページ 149‑175
発行年 2013‑01
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013267
―Edith Wharton の The Children
石 塚 則 子
1 序―モダニティと1920年代の文学
20世紀転換期には,都市化が進み交通の発達や産業構造の変化によって,
国境や地理的空間を人やモノが移動・越境することが促進され,社会が流動 化し始める。それは同時に移動が加速され,「本拠」に留まる可能性が希薄 になり,社会の諸相で異種混淆(ハイブリディティ)が進むことを意味する。
「居場所を固定する」あるいは「自国」に留まることが常態ではなくなり,「安 住できる始原的な空間」(Kaplan 7)を維持することが難しくなるのである。
こういった現象がモダニティの一面であり,文化間移動がモダニスト作家の 創作の動因となったことは,マルカム・カウリー(Malcolm Cowley)が Exile’s Return(1934)において強調している点である。
20世紀に変わる直前に生まれ,第一次世界大戦前後に成人に達し,大衆消 費文化や物質的豊かさの洗礼を受け,共通の時代感覚を有する一世代の作家 た ち ― カ ウ リ ー は 自 著 の 中 で, ア ー ネ ス ト・ ヘ ミ ン グ ウ ェ イ(Ernest Hemingway)や F. スコット・フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)に代 表される,地域性や階級や伝統への依拠よりも新しい価値観や芸術の創出に 邁進した彼らの生き方と文学の関係性を克明に描いている。少し長いが,カ ウリーが記した「根無し草」世代のクロニクルを以下に引用する。
It often seems to me that our years in school and after school, in college and later in the army, might be regarded as a long process of deracination.
Looking backward, I feel that our whole training was involuntarily directed toward destroying whatever roots we had in the soil, toward eradicating our local and regional peculiarities, toward making us homeless citizens of the world.
. . . . . . . . It seemed to us that America was beneath the level of great fiction; it seemed that literature in general, and art and learning, were things existing at an infinite distance from our daily lives. For those of us who read independently, this impression became even stronger: the only authors to admire were foreign authors. We came to feel that wisdom was an attribute of Greece and art of the Renaissance, that glamour belonged only to Paris or Vienna and that glory was confined to the dim past. . . .
In college the process of deracination went on remorselessly. We were not being prepared for citizenship in a town, a state or a nation; we were not being trained for an industry or profession essential to the common life;
instead we were being exhorted to enter that international republic of learning whose traditions were those of Athens, Florence, Paris, Berlin and Oxford.
The immigrant into that high disembodied realm is supposed to come with empty hands and naked mind, like a recruit into the army. . . . Nothing must enter that world in its raw state; everything must be refined by time and distance, by theory and research, until it loses its own special qualities, its life, and is transformed into the dead material of culture. The ideal university is regarded as having no regional or economic ties. (27-29)
アメリカには芸術的なインスピレーションを感じることがなく,芸術を創り 出すためには,アメリカを出て「国際的な学問の共和国」か,過去の時代に それを求めるしかない。こうした1920年代の文学的ディアスポラ作家たちが,
アメリカの諸状況から離脱して,審美的な目的を追求するために海を渡った
背景を,カウリーは強調している。しかし,カレン・カプラン(Caren
Kaplan)は,彼らの亡命/コスモポリタンな多言語都市への逃避は単に「芸
術産出のイデオロギー」を前景化させたのであり,国を離れることを新たな 芸術活動の前提条件とし,高級文化の形成に荷担しているにすぎないと,中 産階級の白人男性作家たちの創作活動を当時の時代思潮の中で相対化しよう
とする(36-57)。つまり,カウリーが論じているモダニズムは,審美的な価
値のみを称揚した一側面にすぎず,カプランはモダニズムを政治的・民族的・
ジェンダー的側面を含めたさまざまな位相にわたる文化変動として捉える重 要性を訴えている。
モダニズムの文化変動の中で創作活動に従事した作家たちにとって,故国 からの隔絶やはるかな過去への憧憬よりも,その背後にある過去の継承やそ の連続性との切断,あるいは始原的文化への執着とコスモポリタンとしての 美学との間の葛藤や緊張が存在することを忘れてはならない。同時期に大西 洋を越えてコスモポリタンとして活躍したイーディス・ウォートン(Edith Wharton, 1862-1937)は,その一例である。ウォートン個人としての,そし て作家としての人生は,単にアメリカとヨーロッパという空間軸だけではな く,オールド・ニューヨークと戦後社会という時間軸の中で様々な力学が働 くことで形作られ,その底流にはモダニティの中でどのように作家として自 己を定位するのか,ウォートンの内的葛藤が存在しているように思われる。
2 ウォートンとモダニティ
従来,ウォートンはモダニズム作家としては認知されてこなかった。同じ 時期にパリに住んでいたにもかかわらず,ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)やアーネスト・ヘミングウェイと会ったことはないし,モダニズム文 学,特にジェイムズ・ジョイス(James Joyce)やヴァージニア・ウルフ(Virginia
Woolf)の文学については,厳しい批評を下している。1 20世紀転換期の文
学や芸術の運動をモダニズムと狭義に定義するのであれば,ウォートンはそ の流れに与するものではないというのがごく一般的な評価である。2 しかし ながら,1912年頃にヨーロッパに住まいを移してからの創作活動のなかで,
ウォートンにとってモダニティこそが主要なテーマであったと思われる。ま たその創作活動はアメリカが近代国家として大きく成長する1880年代からの 半世紀と同期しており,ヨーロッパ・アメリカの大西洋両岸の文化と密接に かかわりながら,大きく変貌していく時代の流れの中で深化していったこと も注目しておきたい。
文学作品を書くことが「黒魔術(black art)と力仕事(manual labor)の間」
(A Backward Glance 69)と蔑視され,結婚や社交こそが女性の領分と認識さ
れていたオールド・ニューヨークで,ウォートンは南北戦争中に生まれた。
作家という職業や文学に対する偏見が強い環境の中で,ウォートンは幼いこ ろから密かに創作に目覚めるが,作家として認知されるようになるのは20世 紀に入って40歳を過ぎてからのことである。ウォートンは自伝A Backward Glance(1934)の中で,生まれ育った時代について以下のように回顧してい る。
. . . I was born into a world in which telephones, motors, electric light, central heating (except by hot-air furnaces), X-rays, cinemas, radium, aeroplanes and wireless telegraphy were not only unknown but still mostly unforeseen . . . . (6-7)
19世紀後半から20世紀前半にかけて,技術革新や交通網の発達で,時間や空 間に対する認識が大きく変化し,ウォートンはまさにその文化変動の中で人 生を歩んだのである。確かに1870年代のオールド・ニューヨークで育ったこ とが,作家としてのウォートンに大きな影響力を与えたことは周知のことで あるが,その反面,ウォートンの人生は生涯を通じて非常に mobility の高い 人生であった。幼少時代の半分をヨーロッパで過ごし,70回以上は大西洋を 行き来したという(Bentley 150)。また第一次世界大戦直前にヨーロッパに
移ってからは,運転手付きの自動車での旅行や夏と冬ごとに二つの住まいを 行き来しながら,午前中は執筆活動,午後は社交や庭いじりといった活動的 な生活を続けたのである。1923年に12日間ほどアメリカに帰郷した以外は,
エグザイルとして,またコスモポリタンとしてヨーロッパでの生活を続け,
1937年にパリで75年の生涯を閉じるのである。
E. アウエルバッハは,リアリズム作家を「日常の現実を厳粛に扱い」「任 意の人物や事件を同時代の歴史の流れ,流動する歴史的背景の中にはめこむ」
作家たち(下巻 247)と定義しているが,ウォートンがこの定義に当てはま るとするならば,創作の中で同時代の歴史の流れや変化をどのように具現化 したのだろうか。ウォートンの場合,歴史の流れを作品化することは,いわ ゆるモダニティを描くことになるのではないだろうか。
「近代化」あるいは「モダニティ」については,様々な定義がなされてき たが,その規模の大きさ,広汎さから,意味を確定することは難しく,最近 では益々その定義が拡大解釈されるようになってきた。いずれにしても,モ ダニティは大きな社会・文化変動であり,その広汎さやダイナミズムは,時 間軸と空間軸から考えても理解できるであろう。厚東洋輔の言を借りるなら ば,モダニティとは「modernなもの」,つまり「17世紀の西欧(とりわけイ ギリス)で生まれ,19世紀から20世紀にかけてフランス革命・産業革命・都 市化などを通して全世界に普及していった制度的構造」(12)である。この 時期に,経済や産業構造のパラダイム・シフト,機械論的世界像,都市化,
時間意識の変化,移動の活発化,情報・知識の流通化,脱宗教化,古い価値 観や伝統の解体,社会の流動化といった様々な事象が社会の諸相に広がって いく。イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)は,こうした文化変動をやや単純化 した形で「ヴァナキュラー(土着・根を持つ)な価値の解体」と定義してい る(『現代思想を読む事典』169)。
ウォートンはまさにこうした文化変動のうねりの中,アメリカからヨー ロッパへ,1870年代のオールド・ニューヨークからヨーロッパ・モダニズム
へと文化間移動を経験するのである。ウォートン自身,異なる文化に移植さ れることで,自己変容を遂げ,また自分を取り巻くその世界も大きな構造的 変化を経ることになる。アメリカを離れてからのウォートンは,こうしたダ イナミックな文化変動の中で,階級やジェンダーなどが流動化し,異種混淆 が社会の諸相に進行していくさまを “an observer of modern life”(Bentley 147)
として作品化する。その視座には流動化する社会に対する複雑な距離が透け て見える。
ダイナミックな文化変動の諸力は,ウォートン自身の創作姿勢だけではな く,その作品世界にも反映される。流動化する社会階級やモラルの低下のあ りようを,ウォートンは風俗作家として活写するのである。一例を挙げるな らば,アメリカからヨーロッパに渡った上流階級のコスモポリタンの生活は,
1922年に出版された The Glimpses of the Moon からの以下の引用に描かれてい る。
Susy had always lived among people so denationalized that those one took for Russians generally turned out to be American, and those one was inclined to ascribe to New York proved to have originated in Rome or Bucharest.
These cosmopolitan people, who, in countries not their own, lived in houses as big as hotels, or in hotels where the guests were as international as the waiters, had inter-married, inter-loved and inter-divorced each other over the whole face of Europe, and according to every code that attempts to regulate human ties. (40)
代表作の The Age of Innocence(『無垢の時代』,1920)に続いて出版されたこ の作品は,故国を離れ居場所を喪失したコスモポリタンたちの国民性やアイ デンティティが,異文化接触によって流動化しているさまを描いている。結 婚や離婚に対して保守的な1870年代のオールド・ニューヨークを描いた『無 垢の時代』とは全く違って,1920年代の社会では,離婚と結婚の反復,つま り結婚制度の破綻が,不安定な人間関係や断片化したアイデンティティを創
出している。
1920年代後半に出版された Twilight Sleep(1927)を中心にウォートンのモ ダニズム作家としての姿勢を論じたジェニファー・ヘイトック(Jennifer
Haytock)は,こうしたジェンダーや結婚にまつわる言説の変化は,モダニティ
の一面を形成していると,モダニズム文学批評の新しい観点を示唆している。
In recent years, the critical understanding of literary modernism has undergone much revision. We no longer perceive modernism simply as a reaction to the devastation of the First World War and the constraining morality of the nineteenth century but, also, as a response to changing economics and gender relationships. This expanded definition of modernism allows us to look for and acknowledge other factors that influenced modernist writers. Edith Wharton’s Twilight Sleep (1927) suggests that the increasing rate of divorce and a more tolerant attitude to it add to the pervasive feelings of fractured identity and emptiness in human relationships present in modernist writing. (“Marriage and Modernism” 216)
本論では,Twilight Sleep の翌年1928年に出版され,ウォートンの作家とし てのキャリアの中でも顕著な商業的成功を収めたものの,他の後期の作品同 様,ヨーロッパでコスモポリタンとしての生活が長くなり,アメリカの現実 から乖離していると酷評され,あまり批評的関心を集めてこなかった作品
The Childrenを取り上げる。3 そこでは,ヘイトックが主張するように,結
婚制度の破綻や異種混淆が進む社会と,その中で居場所を固定せずにヨー ロッパの避暑地やグランドホテルを転々とする人間群像が描かれている。最 近のウォートン研究の中で,ジェニファー・フレイスナー(Jennifer L.
Fleissner)は,シカゴの労働者階級の女性たちの動向を調査したジョアンヌ・
J・メイロウィッツ(Joanne J. Meyerowitz)の Women Adrift: Independent Wage Earners in Chicago, 1880-1930 から借用した “women adrift” 像を使いながら,
ウォートン作品における女性像を論じている。The Reef のソフィ・ヴァイナー
(Sophy Viner)や The House of Mirth(『歓楽の家』)のリリー・バート(Lily Bart)のように,社会的地位や物質的快楽を求めて転々とする女性像である
(Women, Compulsion, Modernity 161-200; “Wharton, Marriage and the New
Woman” 462-66)。本論では,女性に限らず,伝統的な道徳観などから離脱して,
尽きることのない欲望を求めて,様々な外的圧力を受けながら,モダニティ の時代を彷徨う人間像を “adrift”,つまり「漂流」をキーワードに読み解い てみたい。4
3 漂流する家族と「モダンな」生き方
The Children は,第一次世界大戦後のヨーロッパ社会で,享楽的な生活を 求めて離婚・結婚を繰り返す富裕なアメリカ人フィーター夫妻(Mr. and Mrs. Wheater)と,親たちの放蕩ぶりから自分たちを守るために立ち上がる 七人の異父・異母兄弟姉妹たちの親子関係が物語の主軸となる。テリー
(Terry)はフィーター夫妻の最初の結婚で生まれた二番目の子どもで,親か ら離れて,兄弟姉妹たちと乳母でヨーロッパのホテルを転々としている,い わゆる “modern hotel child”(201)である。
He [Terry] was neatly dressed in English school-boy clothes, but he did not look English, he looked cosmopolitan: as if he had been sharpened and worn down by contact with too many different civilizations—or perhaps merely with too many different hotels. (強調筆者,7)
フィーター家の子どもたちは,両親の故郷であるアメリカから離れて,親の 都合で本拠に落ち着くことなく異文化間を移動するコスモポリタンである。
父親は遠くアルゼンチンにまで仕事を拡大する一方で,ヨーロッパの社交界 での遊興に耽っており,金銭で解決できる問題と,自分の財産を継承する後 継ぎの存在以外のことについてはほとんど無関心である。さらにこの家族の アメリカ人としてのアイデンティティは,文化間移動や異文化接触だけでは
なく,特に両親の結婚と離婚の反復によって流動的あるいは曖昧なものに なっている。
約二十年前にジョイス(Joyce)と最初の結婚をしたクリフ・フィーター
(Cliffe Wheater)は,三人の子ども―ジュディス(Judith),ブランカ(Blanca),
テリー―を儲けたあとに離婚し,アメリカ人の女優と再婚してジニー
(Zinnie)が生まれる。一方,ジョイスはイタリア人と再婚し,その夫にはイ
タリア人の双子の連れ子がいたが,その結婚生活はすぐに破綻してしまう。
やがて,その双子ビーチー(Beechy)とバン(Bun)を連れて,ジョイスは 再びフィーター氏と夫婦となり,その後,息子のチップ(Chipstone, Chip)
が生まれる。長男のテリーが病弱なこともあり,フィーター氏にとってチッ プは自分の財産の継承者として特別な存在となる。こうして,十五歳のジュ ディスを筆頭に0歳のチップまでの合計七人のうち,フィーター夫妻の子ど もが四人と異父・異母兄弟姉妹三人という非常に複雑な家族関係が構築され るのである。
以下の引用から明らかなように,血縁関係は複雑かつ希薄で,アメリカ人 の両親から生まれた上の三人の子どもでさえ,様々な異文化接触で「見事な 混合種」(20)とみなされる。
As for Zinnie, the little red devil, she remained wholly unaccounted for, and there was nothing in her clever impudent face, with its turned-up nose and freckled skin under the shock of orange hair, to suggest any blood- relationship to the small Italians. Zinnie appeared to be sharply and completely American—as American as Beechy and Bun were Italian, and much more so than the three elder Wheaters, who were all so rubbed down by cosmopolitan contacts. The “steps,” in fact, had the definiteness of what the botanists call species, whereas Judith, Blanca and Terry were like exquisite garden hybrids. (19-20)
アメリカ人であるフィーター夫妻の血を受け継ぐ三人の子供たちでさえ,「混
合種」に擬えられていることについては,異文化間移動によって変容していっ た複雑なアイデンティティをもつ「モダンな子どもたち」に対する作者ウォー トンの辛辣な風刺が込められている。血縁関係の複雑さで,それぞれの子ど もたちには親と呼べる大人が複数いるため,両親のことを “father” や
“mother” と呼ばず(あるいは呼べず)「フィーターさん」と呼ぶのである(41)。
自己中心的に快楽を求めて,フィーター夫妻たちが繰り広げる「モダンな 生活」は,支離滅裂で空虚なものである。『無垢の時代』に描かれたオールド・
ニューヨークでは,閉鎖的な上流社会のなかで由緒ある家柄の人とのみ付き 合い,血統を重視するが,ジャズ・エイジを生きる,根無し草のような彼ら は階級や国籍や職業や過去の結婚歴にこだわらず,雑多な人間が混じり合う 軽薄な人間関係を構築している。ジョイスの再婚相手のイタリア人の前妻が,
サーカスの曲芸師(19, 24)であったことはその典型であろう。
『無垢の時代』のメイ・ウェランド(May Welland)の生き方が物語るように,
1870年代のオールド・ニューヨークの結婚制度は,伝統や血統を継承するた めに慎重かつ厳粛に遵守されると同時に,女性にとっては自由や主体性を阻 害するものであった。しかしポスト『無垢の時代』ともいえる作品群におい て,1920年代のフラッパーたちは,離婚に対する抵抗感がなくなり,不倫が 横行し,結婚は物質的快楽を求める手段にさえなっている。飲酒や喫煙や麻 薬も当たり前,性道徳や社会的因習に対して無頓着になっている。The
Children に登場する親たちは将来に対するヴィジョンや規範を持たず,人間
としての成熟度では子どもと変わらない。むしろ,子どもと親の立場が逆転 しているかのようにも思われる場面があり,5 いつも決断を先延ばしにしな がら,軽薄な社交界を漂流する。地縁のある土地に根差した安定した暮らし とは対極的なこのような生活を象徴するように,作品の冒頭のシーンの舞台 は,地中海に面したアルジェ湾に停泊し,これから二週間かけてヴェニスに 航海する大きな船である。さまざまな国籍の人々がコスモポリタンとして快 楽を求めて移動する,その移動手段である「船」からこの物語が始まること
は象徴的であろう。
血縁・地縁の影響よりも,異文化接触と移動によって変化の激しい生活を おくるコスモポリタンな子どもたちにとっての「家」は船やホテルであり,
「家族」は時代遅れの育児書をバイブルのように信奉する乳母と,“little-girl- mother”(38)の役割を担う十五歳のジュディスが束ねている “heterogeneous
family”(38)である。両親が子育てを放棄して「ヴェニスで派手に遊び回っ
ている(jazzing about)」間,子どもたちは「モダンなやり方で」(38)ヨーロッ パ中のリゾートを転々とする。この「モダンなやり方」とは,親から何も教 えられず継承することもなく,きちんとした教育も受けず,文学や教養を身 につける機会もないまま,ヨーロッパを移動する生活のことである。6 このような親との関係性の中で,子どもたちは離婚・結婚の度に自分たち の人生が断片化されないように,「まるで荷物のように送られたり,送り返 されたりせず,決してバラバラにならないように」(26)ジュディスを中心 に団結する。このように何かの目的や利害関係によって関係性を構築すると いう人間関係は,地縁や血縁による関係性が崩壊し始めた近代社会の新しい 人間関係の組成であり,フィーター家の子どもたちが作る「自治組織」(“close self-governing body”)(29)は,先に述べた,本拠もなく漂流する「モダンな 生き方」とまた違った意味で,「モダン」なのではないだろうか。
近代社会の分析で知られる,イギリスの社会学者アンソニー・ギデンズ
(Anthony Giddens)によると,「前近代世界での存在論的安心感は,場所とい
うローカルな環境の中につなぎとめられた,そうした信頼のおける状況との 関係」から成り立ち,「親族システム」「地域共同体」「宗教的宇宙観」「伝統」
といったローカル化した関係状況がその代表例であるという。それに対して,
近代世界ではこうした信頼関係がローカルな脈絡から解き放たれるという
(『近代とはいかなる時代か?』127-39)。つまり,時空間の拡大化によって 地縁や血縁が希薄になると,社会的絆を安定化させるための「対人的関係性」
や「抽象的システム」が必要となる。ジュディスを中心に構築された「自治
組織」は,親の都合で離散されないように,ある意味,自分たちの存在を脅 かすリスクから逃れるために構築された近代的な人間関係と言えるのではな いだろうか。
4 二つの価値観
こうしたモダンな子どもたちを戯画化しながら,ウォートンはオールド・
ニューヨークの価値観とモダンな価値観の揺らぎに翻弄される人物を設定す る。その人物の視点を通して,1920年代の風俗習慣を複眼的に描くことで,
モダンな生き方を描きながら,それ以前の価値観や伝統との差異を逆照射す るのである。七人の「モダンな子どもたち」(54, 58)と遭遇するのは,フィー ター氏と大学時代の同級生であり,南米やオーストラリアなど世界中を転々 としていたマーティン・ボイン(Martin Boyne)である。最近の五年間は技 師として南米に赴任し,フィーター家が属するような社交界から縁遠い生活 を送っている自称 “homeless, wandering man”(86)である。五年ぶりにヨーロッ パに戻る船上で,長女ジュディスが統率するこの奇妙な「モダンな子どもた ち」の一団に遭遇し,ボインは興味を持つ。乳母からフィーター夫妻の
“agitated history”(23),ひどく落ち着きのない今までの行状を聞き,1920年 代の結婚制度が半ば崩壊していて複雑な人間関係を構築しているさまを,自 分の今までの放浪生活と以下のように比較する。
“The wilderness? The real wilderness is the world we live in; packing up our tents every few weeks for another move. . . And the marriages just like tents—folded up and thrown away when you’ve done with them.” (23) これまで赴任していた南米やアフリカの未開の土地よりも,目の前に繰り広 げられる奇妙な子どもたちの家族関係の複雑さこそが “wilderness”(「混乱し た状況」)であり,まるでテントを畳んで次の場所へ移動するかのように結 婚と離婚を繰り返すことがその「混乱」を作り出していると嘆き,子どもた
ちの生き方に違和感を覚えるのである。
さらにボインは自分の子ども時代を振り返り,フィーター家の子どもたち には,大人として社会に出る前に必要な「家庭」での教育や成長が欠如して いることを痛感する。例えばジュディスについては,特に「過去について全 く知らないまま育ってきた」(35)上に,芸術を理解する審美眼など全くな いと看破する。親と一緒に暮らすことがほとんどなく,グランドホテルでの 生活や船や鉄道での移動では,本来の「家庭」の役割を充足することは到底 不可能であり,子どもたちは世間の荒波に出る前に必要な,保護された期間 を経ずに,無防備なまま世の中に押し出されたのである。ボインが子どもの 頃は,日常生活から抜け出して旅行に行くことは一つの娯楽や気晴らしであ り,旅行中にホームメイドの食事や母の読み聞かせがなくても全く気になら なかった。しかし,フィーター家の子どもたちは,「家族やペットのいる温 かい家庭というもの」を知らないまま,旅に出ていることが日常であり,常 に変わらずにある場所に根を下ろすということがどういうことなのか理解不 能なのである(46)。
フィーター夫妻が再び離婚の危機に瀕し,子どもたちはこれ以上大人の身 勝手な行動に振りまわされないために絆を再確認し,(家がないにもかかわ らず)「家出」を企て,ボインを頼って北イタリアにやってくる。ボインは 単なる傍観者から,ジュディスが率いる子どもたちの「代弁者」(163)とな り,さらにこの複雑な家族関係に関わることになる。そしてついには,子ど もたちにとっての “human sanctuary”(「人間駆け込み寺」)(264)となる。
物欲や快楽を求めて漂流する親たち,その親たちに翻弄される子どもたち を目の当たりにしながら,ボインは自分の中のオールド・ニューヨーク的な 価値観とフィーター家のモダンな価値観の間で揺らぎを経験する。その揺ら ぎの原因は,以前から思いを寄せていたローズ・セラーズ(Rose Sellars)の 存在である。ボインが五年ぶりに世界放浪からヨーロッパに戻ってきたのは,
夫と死別して晴れて独身となったローズと結婚し,ニューヨークで落ち着い
た生活を始めるためであった(he is “naturally anxious to get home and settle [his]
plans” 94)。ボインにとってローズはジュディスたちとは正反対の価値観を
体現している女性である。
. . . he [Boyne] belonged to a generation which could not bear to admit that naught may abide but mutability. He wanted the moral support of believing that the woman who had once seemed to fill his needs could do so still. She belonged to a world so much nearer to his than the Wheaters and their flock that he could not imagine how he could waver between the two. Rose Sellars’s world had always been the pole-star of his whirling skies, the fixed point on which his need for permanence could build. He could only conclude, now, that he combined with the wanderer’s desire for rest the wanderer’s dread of immobility. (82)
世界中を放浪していた時期のボインにとって,ローズはまるで「北極星」の ように精神的よりどころ,いわゆる本拠のような存在であった。フィーター 家の子どもたちの問題への対応に苦慮したり,その親との板挟みにあったと きに,安心感や正しい方向性を示唆してくれるのは,「整然として全てとう まく調和した生活」(87)をしているローズなのだ。ボインの価値観の揺ら ぎは,フィーター夫妻つまり親との交渉でヴェニスとローズのいるコルティ ナとの空間移動とともに,ローズとジュディスという年齢も性格も価値観も 対極的な二人の女性に対する感情的振幅運動と共振する。ローズが常に泰然 として,自然と調和しながら落ち着いた生活をしているのとは対照的に,
十五歳でありながら,親に振りまわされる弟妹たちを束ねるために,ジュディ スのアイデンティティは断片化し未発達なままである。7 しかし,そんなジュ ディスにボインは不安とともに何かしら魅力を感じ始めるのである。
全く対極的な価値観を持つ女性の間で揺れ動く男性像は,ウォートンの代 表作『無垢の時代』のニューランド・アーチャー(Newland Archer)に通底 する。しかしながら,『無垢の時代』執筆の背景には,ウォートン自身が自
伝で書いているように,戦後の混乱や疲弊感から逃避するために,1870年代 の上流社会の結束と秩序の美徳を作品化するという意図があることを忘れて はならない(A Backward Glance 369)。母親の教育や自らの結婚生活によっ て自己を抑圧されてきた経験から,個を束縛するオールド・ニューヨークに 対して批判的な視座が投影されている『歓楽の家』(1905)とは違って,以 下の引用からも明らかなように,第一次世界大戦後の混沌の中で,過ぎ去っ た時代,つまり個を抑圧しながらも伝統と秩序を守り通したその保守性を慈 しむ回顧的な視座が立ち現われてくるのである。
The value of duration is slowly asserting itself against the welter of change, and sociologists without a drop of American blood in them have been the first to recognize what the traditions of three centuries have contributed to the moral wealth of our country. Even negatively, these traditions have acquired, with the passing of time, an unsuspected value. When I was young it used to seem to me that the group in which I grew up was like an empty vessel into which no new wine would ever again be poured. Now I see that one of its uses lay in preserving a few drops of an old vintage too rare to be savoured by a youthful palate; and I should like to atone for my unappreciativeness by trying to revive that faint fragrance. (A Backward Glance 5)
『無垢の時代』では,このような回顧的な視座が投影され,1870年代の伝統 と秩序を守る価値が時代とともに失われたと同時に,その美徳が再認される。
アーチャーが魅了されるエレン・オレンスカ(Ellen Olenska)は,結局ニュー ヨーク社会に居場所を見つけることができずにヨーロッパに戻り,社会の申 し子である妻メイの画策によってアーチャーはニューヨークに留まり模範的 な人生を送ることになる。よそ者や異分子を排除する「堅固で小さな砦」(The Age of Innocence 31)を維持するために,個人の自由を抑圧するニューヨー ク社会のダイナミズムをウォートンは描き,自由を希求する個人を犠牲にす ることで維持しえた伝統と結束力が前景化される。
この作品のコーダにあたる34章では,四半世紀ほどの年月が過ぎ,アー チャーは五十七歳になっている。以前は「堅固で小さな砦」であったニュー ヨーク社会は,「すべての社会の分子が同じ面上で回転している巨大な万華 鏡」(353)のような世界に変貌している。「堅実で明るい盲目性」(348)を 維持しながら,継承すべき価値観を子どもたちに教え込んだと確信しながら 先立った妻メイのことを思う一方で,自由を謳歌する息子や娘たちの世代の
「新しい秩序」(349)を評価しているアーチャーは,自分の価値観の揺らぎ に折り合いをつけ,調和を見出そうとしているように思われる。そこには,
第一次世界大戦後の大きな社会変動に生きにくさを感じていたウォートン が,1870年代を作品化することで,時代との断絶感を乗り越える活路を見出 そうとする願望が組み込まれているのではないだろうか。複雑な思いを未だ に引きずりながら,アーチャーは旧き良きニューヨークの記憶と新しい時代 の変化を受け入れようと努める。その象徴は,アーチャーの息子の結婚相手 が,以前なら決して許されなかったであろう,悪名高いボーフォート家の,
しかも私生児のファニー・ボーフォート(Fanny Beaufort)であることだ。
さらに結末では,息子ダラス(Dallas)がパリのエレンのアパートへ躊躇な く一足先に向かうのに対して,アーチャーは息子の世代との差異を痛感しな がら,自分の過去に折り合いをつけるように,エレンに会わずに立ち去るの である。
丁度ダラスとファニーの年齢が,クリフとジョイスの年齢に近く,The
Children は『無垢の時代』の続編とも考えられる。しかしながら,1920年代
を描いた The Children にはモダニティに対するウォートン特有の風刺と無常
観が投影されている。ローズのオールド・ニューヨークの価値観,慎み深さ や周囲への細やかな配慮は,最初はボインに安らぎを与えるが,結局は現実 的な解決を招来することはない。むしろボインとの結婚を遠ざけることにな り,ボイン自身はローズとのニューヨークでのこれからの人生に踏み出すこ とができず,これまでと同様に「冒険」することから身を引く。つまり,ロー
ズとの結婚も現実化できず,またジュディスに対する思いも表現できずに自 分の中に押し留めたまま,結局は仕事に没頭するために南米へと旅立ち,宙 ぶらりんの生活,精神的漂流生活に再び身を委ねるのである。
一方,血縁や地縁ではなく,信頼関係や共通の目的に基づいて構築した子 どもたちの団結は,様々な外圧にさらされ,そのもろさがすぐに露呈する。
例えば,再婚相手が子どもをほしいということで,血の繋がった母親がジニー を取り戻しにやってきて,プレゼント攻勢をかけ,子どもたちの団結に揺さ ぶりをかける。さらに,子どもに対する真の愛情からではなく,自分たちの 身勝手な考えやプライドで,それぞれの親たちが子どもを取り戻そうとする ことで,ジュディスの築き上げた子どもたちの「自治組織」は脆くも瓦解し てしまう。8
『無垢の時代』と同じように,The Children にも登場人物たちの後日談を物 語るコーダの部分がある。舞台は三年後,病気休暇でボインがヨーロッパに 戻って来る場面であり,これも冒頭の場面と同様,船の上である。相変わら ず「モダンな」社交が繰り広げられ,ボインは場違いな印象を受けながら,
偶然ジニーに出会い,みんなの消息を聞くことになる。フィーター夫妻,つ まりクリフとジョイスは二度目の離婚の後にそれぞれまた結婚し,テリーは スイスの寄宿学校,ブランカはパリの修道院,バンとビーチーはローマの実 父に引き取られ,ジニーとジュディスがジョイスと一緒に移動をしていると いう。しかも,三年前に計画された「家」の購入は頓挫し,相変わらずのホ テル暮らしが続いている。美しくなったジュディスの姿を見かけるものの,
ボインは声をかけずに立ち去り,二日後寂寥感を抱えて南米に戻る船上の人 となるのである。モダニティの中で様々な力に翻弄されながら漂流し続ける 人間模様が,これもやはり船を舞台に描かれて作品は閉じられる。
5 結び―「モダンな子どもたち」に対するウォートンの視座
『無垢の時代』以降のウォートン作品の中で,The Glimpses of the Moon, The Mother’s Recompense, Twilight Sleep では,状況は違えども,いずれも何らか の形で親子関係や世代間格差が描かれている。The Children においても,モ ダニティの中で異文化間を移動する親たちから文化や規範を継承することな く,子どもたちは過去を知らないまま変化の波に翻弄される。ウォートンは このようなモダンな子どもたちに,決して明るいヴィジョンを託していない。
作品の中で重要な人物ではないが,随所で言及されるチップとドール・ウェ スタウェイ(Doll Westaway)には,むしろ悲劇的ともいえる暗澹たる結末が 描かれていることに注目したい。赤ん坊ながら,フィーター夫妻にとっては 希望の星であり,大事な後継ぎであった健康優良児チップは,コーダの部分 で前年の冬に髄膜炎で急逝したことが明らかになる。夫妻にとっては,「望 みを託するに十分堅牢な土台(a pretty solid foundation to build one’s hopes on)」(21)として信頼していた存在が,スイスに旅行中にあっけなく,ほと んど医者の手の施しようもなく亡くなってしまったのだ。
またジュディスとほぼ同い年で,仲の良かったドール・ウェスタウェイは,
数年前に親の放蕩生活に振りまわされた挙句,理由が分からないまま自殺を した過去の存在である。作品の中では実在せず,人々の噂などに不可解な放 蕩娘として登場するのである。親との関係性が希薄なジュディスにとって,
ドールは同年代のロール・モデルとして時々ジュディスの行動の指針となる 一方で,人々の間では,無軌道な生活の顛末の例として忌避されている。こ の二人の悲劇的な死は,モダンな子どもたちの将来に影を投げかけ,亡霊の ように時々作品の中に憑依して,不安感や無常観を煽るように思われる。
「モダンな生き方」をしながら,ヨーロッパを漂流するコスモポリタンな 人々を,ウォートンは戯画化している。これは,作者と登場人物のあいだに 距離があるからこそ可能である。ウォートンの視座には,1870年代のオール
ド・ニューヨークの価値観や記憶が残像のように存在していて,その存在が 1920年代に対して批判的な観点を与えているのである。しかしながら,『無 垢の時代』の創作によって,モダンな世界と過去のオールド・ニューヨーク と の 間 で, ウ ォ ー ト ン は 何 ら か の 折 り 合 い を 見 出 そ う と し た が,The
Children においては両方の時代に嵌まりきらない,居心地の悪さやモダニ
ティに対する微妙な距離があるように思われる。こうした居心地の悪さは,
結末でのボインの行動に投影されている。
ウォートンがアップルトン社のラトガー・B・ジュウェット(Rutger B.
Jewett)に送った The Children のシノプシスでは,ボインとジュディスが結
婚し,ほかの兄弟姉妹たちを養子にするという結末で小説が閉じられる予定 だったという(Benstock, No Gifts 407)。確かにこの結末は「結婚小説」のハッ ピー・エンドの定型であり,それぞれに「居場所」が与えられることになる が,果たして「モダンな状況」を描くテクストと言えるだろうか。完成した 作品の結末は,ジュディスは成長しないまま,依然として hotel child として 移動に明け暮れる生活であり,ボインはニューヨークに戻らず,またヨーロッ パに落ち着くこともなく,仕事を理由に南米に漂流していくという筋書きで ある。9 ポスト・オールド・ニューヨーク,あるいは「ポスト・伝統的秩序」
といわれるモダニティ(ギデンズ, 『モダニティと自己アイデンティティ』
22)において,存在論的安心感が脆弱化し,前近代で機能していた「伝統」
や「血縁」といったものに代わるシステムが確立されないとき,代表作『無 垢の時代』の表現でいう「社会のすべての分子が同一面上で回転している巨 大な万華鏡」のような世界のダイナミズムとその諸力に,人々は翻弄される のではないだろうか。過去の記憶に折り合いをつけてニューヨークに戻る アーチャーと違って,ボインは過去にもあるいはモダンな世界にも位置取り ができずに漂流するのである。ヴァナキュラーな価値の解体や「ポスト・伝 統的秩序」で漂流する人間像を「流動する歴史的背景の中にはめこむ」こと で,モダニスト作家ウォートンは1920年代の「モダンな子どもたち」を作品
化しているのである。
* 本稿は2012年7月に日本アメリカ文学会関西支部例会で,イーディス・
ウォートンの生誕150周年を記念して企図されたシンポジウム “Edith Wharton’s ‘New’ New York: Jazz Age, Modernity, and ‘Women Adrift’” におい て発表した原稿をもとに大幅に加筆修正したものである。
注
1 パリでのモダニスト作家たちとの接触や交流については,ベンストック(Shari Benstock)の Women of the Left Bank 37-45, 61-70及びヘイトック(Jennifer Haytock)
の Edith Wharton and the Conversations of Literary Modernism 8-9を参照。ウォートン のモダニズム文学に対する見解については,以下のエッセイを参照。“Tendencies in Modern Fiction,” “Permanent Values in Fiction.”
2 確かにウォートン(1862-1937)は年齢的にはヘミングウェイ(1899-1961)やフィッ ツジェラルド(1896-1940)の一世代前である。シャーロット・パーキンス・ギル マン(Charlotte Perkins Gilman, 1860-1935),フランク・ノリス(Frank Norris, 1870- 1902),スティーヴン・クレイン(Stephen Crane, 1871-1900),セオドア・ドライサー
(Theodore Dreiser, 1871-1945),ウィラ・キャザー(Willa Cather, 1873-1947)がウォー トンとほぼ同年代であり,少し遡るとケイト・ショパン(Kate Chopin, 1851-1904),
メアリー・ウィルキンズ・フリーマン(Mary Wilkins Freeman, 1852-1930)がいる。
しかしながら,異文化間移動の体験やその作品世界の特徴などは同年代の地方色 作家や自然主義作家などと一線を画し,同年代の文芸思潮の流れに収まりきらな い独自性があるように思われる。
3 1920年代後半のウォートンはより高い原稿料を支払う大衆誌に作品を売り込み,
また映画化の版権料や連載料や単行本契約なども含め,かなりの収入を得ていた。
特にThe Childrenは,さらにブック・オブ・ザ・マンス・クラブとの契約などで,
総計95,000ドルを得たという(Benstock, No Gifts 394-95, 407, 411)。また出版1ヶ 月で20万部売れた(Lee 655‐56)。ウォートンの1920年代以降の晩年の作品は,
今まであまり批評的関心を集めてこなかったが,フレイスナー,カサノフ(Jennie A.
Kassanoff),バウアー(Dale M. Bauer),ホーナーとビアー(Avril Horner and Janet Beer)によって,ウォートンの晩年,モダニティ,アメリカの帝国主義政策,人種 言説など従来にない観点から読み直しがなされている。
4 同じような文脈で,武藤脩二は著書『一九二〇年代アメリカ文学―漂流の軌跡―』
において,「漂流」をキーワードに,様々な力に支配されながら漂う20年代の人 間像とその軌跡を,フィッツジェラルド,ドス・パソス(John Dos Passos),キャザー,
オニール(Eugene O’Neill),ヘミングウェイなどの作品を取り上げて論じている。
5 例えば,ジョイスは自分が本当の母親でありながら,ボインに対して以下のよう にジュディスについて語る。
“Bless you, you don’t have to tell the modern child things! They seem to be born knowing them. Haven’t you found that out, you dear old Rip van Winkle? Why, Judy’s like a mother to me, I assure you.”
“She’s got a pretty big family to mother, hasn’t she?” Boyne rejoined, and Mrs. Wheater sighed contentedly: “Oh, but she loves it, you know! It’s her hobby. Why, she tried to be a mother to Zinnia Lacrosse [Zinnie’s real mother] . . . Fancy a child of Judy’s age attempting to keep a movie star straight! She used to give good advice to Buodelmonte [Joyce’s former husband]. . . .” (54)
6 ジュディスは移動が多い生活と親の放任主義のため,きちんと教育を受けていな いので,綴りも不確かで,書いた手紙は「10歳の子が書いた手紙」(100)とこき 下ろされたり,また弟のテリーに正しく書けているかどうか確認してもらったり している(89-90)。また以下のように,過去や芸術についての知識を涵養する機会 のないまま,現在に至っている。
. . . it had been stupid of him [Boyne] to expect that a child of fifteen or sixteen, brought up in complete ignorance of the past, and with no more comprehension than a savage of the subtle and allusive symbolism of art, should feel anything in Monreale but the oppression of its awful unreality. (35)
7 ジュディスは六人の異父・異母兄弟姉妹たちの世話に追われ,また自身も変化の 多い生活のため,自分自身の成長のために努力することを怠ってきたことは明ら かである。
“. . . A strange little creature [Judith] who changes every hour, hardly seems to have any personality of her own except when she’s mothering her flock. Then she’s extraordinary:
playmate, mother and governess all in one; and the best of each in its way. As for her very self, when she’s not with them, you [Rose] grope for her identity and find an instrument the wind plays on, a looking-glass that reflects the clouds, a queer little sensitive plate, very little and very sensitive—.” (37)
8 ボインは大人たちの勝手な思いで,ジュディスによって統率されている子どもた ちの団結が脆くも瓦解することを以下のように予見している。
He pictured all these grown up powers and principalities leagued together against the
handful of babes he commanded, and the bitterness of surrender entered into him. It was not that any of these parents really wanted their children. If they had, the break-up of Judith’s dream, though tragic, would have been too natural to struggle against. But it was simply that the poor little things had become a bone of contention, that the taking or keeping possession of them was a matter of pride or of expedience, like fighting for a goal in some exciting game, or clinging to all one’s points in an acrimoniously-disputed law-suit.
(301)
9 ボインは南米のリオに新しい仕事のために旅立つことになるが,バウアーは南米 に旅立つ背景に,当時のアメリカの帝国的戦略との重なりを読み込み,その政治 性を論じている(18-25)。確かに,パナマ運河開通によって注目されるようになっ た地域であり,ウォートンの元恋人モートン・フラートン(Morton Fullerton)は その地域の将来性についての記事を寄稿したりしている。ウォートンが,南米で のアメリカの政治的な動きに関心があったかどうかは定かでないが,新天地とし て南米を選ぶ傾向は,晩年の作品において垣間見られる。
引用文献
Bauer, Dale M. Edith Wharton’s Brave New Politics. Madison: U of Wisconsin P, 1994.
Benstock, Shari. No Gifts from Chance: A Biography of Edith Wharton. London: Penguin Books, 1994.
___. Women of the Left Bank: Paris, 1900-1940. Austin: U of Texas Press, 1986.
Bentley, Nancy. “Wharton, Travel, and Modernity.” A Historical Guide to Edith Wharton.
Ed. Carol J. Singley. Oxford: Oxford UP, 2003. 147-79.
Cowley, Malcolm. Exile’s Return: A Literary Odyssey of the 1920s. 1934. New York: Penguin Books, 1994.
Fleissner, Jennifer L. “Wharton, Marriage and the New Woman.” The Cambridge History of The American Novel. Ed. Leonard Cassuto, Clare Virginia Eby, and Benjamin Reiss.
Cambridge: Cambridge UP, 2011. 452- 69.
___. Women, Compulsion, Modernity: The Moment of American Naturalism. Chicago: The U of Chicago P, 2004.
Haytock, Jennifer. Edith Wharton and the Conversations of Literary Modernism. New York:
Palgrave Macmillan, 2008.
___. “Marriage and Modernism in Edith Wharton’s Twilight Sleep.”Legacy 19.2 (2002):
216-29.
Honer, Avril, and Janet Beer. Edith Wharton: Sex, Satire and the Older Woman. Houndsmills:
Palgrave MacMillan, 2011.
Kaplan, Caren. Questions of Travel: Postmodern Discourses of Displacement. Durham:
Duke UP, 1996.
Kassanoff, Jennie A. Edith Wharton and the Politics of Race. Cambridge: Cambridge UP, 2004.
Lee, Hermione. Edith Wharton. London: Chatto & Windus, 2007.
Lewis, R. W. B. Edith Wharton: A Biography. 1975. New York: Fromm International, 1985.
Meyerowitz, Joanne J. Women Adrift: Independent Wage Earners in Chicago, 1880-1930.
Chicago: The U of Chicago P, 1988.
Wharton, Edith. The Age of Innocence. 1920. New York: Charles Scribner’s Sons, 1970.
___. A Backward Glance. 1934. New York: Charles Scribner’s Sons, 1964.
___. The Children. 1928. London: Virago, 1985.
___. The Glimpses of the Moon. 1922. New York: Simon & Schuster, 1996.
___. “Permanent Values in Fiction.” The Saturday Review of Literature 7 Apr. 1934: 1+.
___. “Tendencies in Modern Fiction.” The Saturday Review of Literature 27 Jan. 1934:
1+.
E. アウエルバッハ 『ミメーシス―ヨーロッパ文学における現実描写』 篠田一士・
川村二郎 訳,東京:筑摩書房,1980年,上下巻。
今村仁司 編 『現代思想を読む事典』 講談社現代新書,講談社,1988年。
厚東洋輔 『モダニティの社会学―ポストモダンからグローバリゼーションへ』 京 都:ミネルヴァ書房,2006年。
アンソニー・ギデンズ 『近代とはいかなる時代か?―モダニティの帰結』松尾精文・
小幡正敏 訳,東京:而立書房,1993年。
___. 『モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会』秋吉美 都・安藤太郎・筒井淳也 訳,東京:ハーベスト社,2005年。
武藤脩二 『一九二〇年代アメリカ文学―漂流の軌跡―』 東京:研究社出版,1993年。
Synopsis
“Modern Children” in the 1920s: Edith Wharton’s The Children
Noriko Ishizuka
Edith Wharton (1862-1937) has been recognized as a pre-modernist writer; in fact, she criticized works by such modernist writers as James Joyce and Virginia Woolf. However, Wharton may indeed be counted among the European-American modernists, whose transcultural experiences shaped their creative lives, and whose literary themes focused on novel situations associated with modernity.
At the beginning of the 20th century, Wharton felt increasingly stifled by her unhappy society-marriage, and imprisoned by social convention. She left her native country and fled to Europe, there to become a cosmopolitan expatriate. Europe allowed her a more creative and artistic milieu, a life of high mobility, personal freedom, cultural experience, and intellectual life, in which prominent cosmopolitan men figured. However, the landscape and life she sought were shattered by World War I. As stable concepts of national and cultural identity were increasingly in flux, she came to feel dislocated alike from her native America and from the great cultural and moral changes that had overtaken Europe during and after the war. These complex feelings affect the work Wharton did after The Age of Innocence.
And though the later work achieved greater commercial success than had her earlier books, it has been stigmatized as superficial and outdated.
Among such novels is The Children (1928), in which Wharton sketches
out a lively picture of “modern children” in the 1920s, as refracted through the mind of a wandering middle-aged man, Martin Boyne. Such deracinated, cosmopolitan characters, alienated from their native soil and traditions, seek material comfort in European resorts. Wharton paints a broader picture of these new, “modern” situations than do the writers associated with the “Lost Generation,” as chronicled, for example, by Malcolm Cowley in Exile’s Return. While the white male writers of the “Lost Generation” tend to seek aesthetic ideals and to valorize a “transcendental homelessness,” Wharton deals with more complex situations, exploring dimensions of gender and culture. The Children, to take a salient example, focuses on highly complex family ties, and on a fractured identity peculiar to human relationships in many modern, post-war situations.
The seven Wheater children, the central figures in the novel, are so-called
“hotel children.” They drift around European resorts, bereft of the opportunity carefully to learn, or to affiliate themselves with, the traditions and significance of “home.” They are the offspring of the Wheaters’ two marriages to one another, and of their marriages, in the interim, to other spouses. As a consequence, the Wheater children exist not only in complicated relations to one another, and are scarcely blood-related; they are also denationalized by exposure to too many different cultural contexts.
Wharton describes their way of being—i.e., culturally and morally adrift—
as “modern.” And indeed the structure of their relationships is quite
“modern.” In Anthony Gidden’s words, “ontological security in the pre- modern world has to be understood primarily in relation to contexts of trust, and forms of risk or danger, anchored in the local circumstances of place.”
The kinship system and local communities constitute contexts of trust in pre-modern settings. However, as the “locality” underpinning ontological
security in pre-modern contexts substantially dissolved in the post-war era, people relied less on kinship, community, and tradition than on
“disembedded abstract systems” to stabilize social and personal ties. In The Children, the “heterogeneous family,” headed by a 15-year-old child, Judith, represents a new, modern type of “self-governing body,” a new means of stabilizing social relationships and providing moral security. The Wheater children are united, never to be separated by the multiple divorces and marriages of their irresponsible parents.
These modern children “adrift” are delineated through the viewpoint of Martin Boyne, who wavers between “modern” values and those of the Old New York. He is often surprised by the Wheaters’ modern ways, and is sorry to see their moral emptiness and cultural dislocation. He himself remains adrift, neither settling in his long-awaited home in New York with Rose—his “fixed point on which his need for permanence could build”—
nor making a new start with the young, charming, and “modern” partner Judith. In the end, he returns to his wandering journey in South America, renouncing either chance for a home.
Wharton’s comical but harsh view toward mutable, modern situations in The Children might better be understood if we bear The Age of Innocence (1920) in mind. In that novel, Newland Archer achieves a compromise between his memory of Old New York on the one hand, and the modern world on the other. Archer’s world is rooted in Wharton’s nostalgic and conservative view of Old New York, which was able to sustain its “tight little citadel” with its “unruffled surface” only at the expense of individual freedom and desire. Archer’s determination to return to New York without seeing Ellen in Paris at the end of the novel reflects Wharton’s rather romanticized attempt to integrate her past with her modern situation. On the
other hand, Boyne’s return to a drifting life in a “modern” world reflects Wharton’s bleaker view of what I’ve called the “mutable, modern” world, and her own sense of a dislocation separating her memories of her native land from modern settings. According to the synopsis she sent to her publisher, Wharton had originally planned to end the novel with Boyne marrying Judith and adopting the other six children to provide them with a real “home.” That might offer a happy ending typical of novels based on
“marriage plots,” but it would produce something very far indeed from a genuinely modernist text. In the novel as published, Boyne’s failure to find a
“home” to settle in, and his continual drifting, reflect “a post-traditional order” associated with modernity.