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医学のあゆみ ( ) 244 (6): , 2013 パリから見えるこの世界 Un regard de Paris sur ce monde 第 13 回 21 世紀の科学 あるいは新しい 知のエティック 一つの科学的領域を総体( ウニヴェルシタース ) から解き離すこと

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Academic year: 2021

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U UnnrreeggaarrddddeePPaarriissssuurrcceemmoonnddee 第 13 回 21 世紀の科学、あるいは新しい「知のエティック」 「一つの科学的領域を総体(ウニヴェルシタース)から解き離すことは、もしそれが実際に 行われると、その領域の死である。つまり認識に代わって技術と熟練が残り、精神は専門的 に個別的材料を取り扱う一方で、認識の基本として、実はいつでも普遍的に調整されている のであるが、こうした精神の教養の代わりに、かろうじて―おそらくすぐれた―道具だけは 所有し育てているが、教養というものを一切欠いた人間が現れる」 ――カール・ヤスパース (重田英世訳) こちらの大学で講義を聴き始めて感じたことは、われわれの先達が科学についての 膨大な思索を残しているという驚きであり、このようなことを科学の現場に身を置い ている時に少しでも知っていれば、もっと豊かで生産的な研究生活になったのではな いかという思いであった。と同時に、日本の専門家集団を取り巻く空間において、科 学の営みや科学者についての断片的なエピソードは語られるものの哲学的・歴史的な 視点からの体系的な話が見られないだけではなく、そのような話は科学の日常から避 けられていた、あるいはそのような余裕さえない中で日常を過ごしていたことに気付 いたのである。本シリーズの第 4 回「フランスの大学で哲学教育を受け、文化に根差 すということを考える」で触れたように、この気付きが人類の思索の跡を現場の科学 者に語り伝えるようにとわたしを促すことになった。このような形でわたしの心と体 が動かされることは、これまでになかったのではないだろうか。 大学生活も落ち着きを見せ始めた 2008 年の暮、わたしの所属する免疫学会で科学 と哲学について話ができる場を設定できないかと問い合わせてみた。そして、2009 年の学会長であった宮坂昌之教授(大阪大学)の迅速な対応の後、お昼の時間に行わ れている関連分野セミナーとして取り上げていただくことになった。学会当日、座長 の徳久剛史教授(千葉大学)と科学の第一線にいる研究者が哲学などに興味を示すだ ろうかと語り合いながら会場に向かったが、予想を遥かに超える方々が参加されてい て、驚くとともに安堵したことも記憶に新しい。それ以降、2011 年(学会長:徳久教 授)、2012 年(学会長:審良静男大阪大学教授)と発表の機会が与えられているが、

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2 いつも会場が一杯になっているという。わたしの話の中に、不在を埋め、思索を刺激 する何かが含まれていることを願うばかりである。 C.P. スノー著 『二つの文化』 (1963) 1987 年版の表紙 最初に話す機会を与えられた 2009 年は、文理の文化の乖離とそれが齎す問題を指 摘してあまりにも有名な C.P.スノー(Charles Percy Snow, 1905-1980)の The Two Cultures and the Scientific Revolution(Cambridge University Press, 1959)(『二つの文化 と科学革命』、みすず書房、1999)の出版 50 周年に当る年であった。上の写真は手 元にある版だが、その第 1 部 “The Rede Lecture, 1959” の第 1 章が “The two cultures” となっており、彼の基本的な認識が簡明な言葉で明快に表現されている。1956 年に雑 誌 New Statesman に発表された自身の考えを骨子としたものである。著者のスノーは 科学のトレーニングをケンブリッジ大学で受けた後に物書きになったため、文理の間 を行き来するうちに「二つの文化」の間にある大洋以上の隔たりに気付くことになっ た。科学者は「未来」が骨の髄まで染み付いているため天真爛漫で楽天的であるのに

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3 対し、文系は本質的に反科学的で、その視線はそこにしか確実なものはないかの如く 過去に向かう。当時、文理は互いに交わろうとしないだけではなく、特に若い層では 敵意を剥き出しにすることもあったという。文系の人に熱力学の第二法則を説明でき ますか?と聞くと厭な顔をされるが、理系の人にシェークスピアを読んだことはあり ますか?と聞いた時の反応も似たようなものだろうとも語っている。 それでは、なぜこのような文理の乖離が問題になるのだろうか。言い古されたこと だが、二つの異なる原理や文化がぶつかり合うところにしばしば創造の機会が訪れる からである。文理の間の理解を深めるには教育、しかも早い時期からの教育しかない とスノーは考えている。もちろん、パスカル(Blaise Pascal, 1623-1662)やゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)のようなルネサンス・マンの育成は極めて難しいだ ろうが、かなりの部分を芸術と科学に無知ではない人間に仕上げることは可能であり、 それしか方法がないという考えである。さらに、このような国内、あるいは一つの文 化圏内の二つの文化の乖離はあくまでもローカルな問題で、それ以上に重要なことが あると指摘している。それは、工業化した国とそうでない国との乖離で、もし西側が 非工業国に金銭的、人的な支援をしなければ、共産主義がいずれそこに入っていくと いう当時の世界情勢を反映した危惧であり、西側に残された時間はない、とこの講演 を結んでいる。 スノーの問題提起は、上に引用したように熱力学の第二法則やシェークスピアとい うそれぞれの領域の個別の知識を理解しているのか否かに重点が置かれている。2009 年の免疫学会ではこの点について触れ、忙しさを増している現代人に専門外の知識を 求めることにどれだけの現実性があるのか疑問を呈した。個人的な経験を振り返って も、それは極めて難しい要求だと感じたからである。事実、スノーの訴えから半世紀 を経た今もこの問題はほとんど解決されないまま残されている。これらのことを踏ま え、大切なことはそれぞれの領域の個々の知識ではなく、相手の領域の持つ特徴的な アプローチを相互に教育・理解し合うことではないかと問い掛けた。具体的には、自 然科学者は人文科学、特に哲学的視点を自らの活動に導入して研究成果を考えること、 さらに科学的な知識(だけ)ではなく、自然科学の持つ独特の世界の捉え方がどのよ うにわれわれの日常生活で重要になるのかを科学の外の人に理解してもらうこと。一 方、人文科学の方には自らの分野に閉じ籠るのではなく、積極的に科学者との対話に 参加すること。そして、一般の方には理性的でより豊かな生活を送るために、科学的 知識(だけ)ではなく、科学的な世界の捉え方(科学精神)を理解して日常に取り入

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4 れること。このように相手の領域の知識ではなく、その考え方を理解することに重点 を置いた文理の交流を行うことが現実的であり、実効性があるのではないか。そうす ることにより、21 世紀の科学が豊かになり、自然のより深い理解に繋がるのではない か。そう訴えたのである。続く 2011 年の会では「システム、部分と全体、創発を考 える」と題して、生物をどのような視点から解析するのかに焦点を合わせ、その哲学 と方法論について概説した。そして、昨年の会では「免疫を説明する」というタイト ルで免疫学を哲学した後、2009 年の問い掛けを発展させたこれからの知のあり方につ いて提案した。そこにはこうあるべきというニュアンスが込められているので、この エッセイでは「知のエティック(éthique)」と呼び、少し敷衍してみたい。 ソルボンヌ広場のオーギュスト・コント 社会学の創始者とも、最初の科学哲学者とも言われるオーギュスト・コント (Auguste Comte, 1798-1857)というフランスの哲学者がいる。彼は人間の精神が 3 つ の段階を経て発展するという法則を提唱した。第 1 段階は神学的(théologique)で虚 構的な世界で、外界にあるすべてのものにわれわれと同じ生命が宿るとする呪物崇拝 (fétishisme)から始まり、多神教(polythéisme)を経て一神教(monothéisme)に至 る過程である。第 2 段階は形而上学的(métaphysique)で抽象的な世界で、次の段階 に至る過渡的なものになる。そして、最後に来るのが実証的(positive)で科学的な段 階で、人間の精神が辿り着く最高の状態であるとされる。最終段階の positive な状態

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5 に対する negative な段階とは、その前の形而上学的段階を指しており、それを乗り越 えて実証的段階に向かうとコントは考えたのである。最終段階を体現する哲学が実証 主義(positivisme)で、経験から得られたものを論理的、数学的に処理したものだけ がすべての有効な情報の基になり、省察や直観から得られる形而上学的な知を拒否す る立場である。現代科学はこの哲学的立場を取り込むことにより発展してきた。つま り、所謂哲学は現代科学にとって対極にある相容れない存在として捨て去られたので ある。評論家で哲学者の唐木順三(1904-1980)氏によると、作家の野上弥生子 (1885-1985)氏は初飛行のジェット機が神主の祝詞とともに飛び立ち、原子力研究 所の地鎮祭にも神主の御祓いがあるのを異様な現象と指摘した後に、「神話的なるも のの否定においてこそ科学は成立するのに・・・」と書いているという。意識してい たか否かは別にして、コントの理論を基に話が進んでいるように見えるところは興味 深い。 新しい 「知のエティック」: 二元論から一元論に向けて コントの考え方の中には過去の考え方をすべて捨て去り、前に進むという進歩の思 想が組み込まれているように見える。しかし、そこに人間が持ちうる思想の豊かさは あるだろうか。科学的なるものだけを有効とするのではなく、第 1 段階の神学的なも の、第 2 段階の形而上学的なものをも現在に引き上げ、これまで人類が辿ってきたす べての世界の見方を動員して考えることこそが、これから進むべき道ではないのか。 それが科学と哲学のインターフェースから世界を観てきたこの 5 年余りの間に結晶化

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6 しつつある実証主義を超える新たな道になる。所謂知識で終わる世界ではなく、知識 から始まる世界を指している。そのアイディアを、誤解を恐れずに言えば、« La métaphysicalisation de la science » ( 科 学 の 形 而 上 学 化 ) 、 « La théologico-métaphysicalisation de la science »(科学の神学・形而上学化)となるだろう。 「科学の形而上学化」などと言うと、そもそも対極にある二つのものを融合するよう な印象を与え、形而上学を科学の現場に持ち込むのか、あるいは形而上学から抜け出 た科学を再び元の状態に戻すのかという批判が聞こえそうである。しかし、これは科 学に形而上学を持ち込むことでも、時の流れを逆行させるものでもない。また、よく 叫ばれる「文理の統合を」という漠然とした掛け声でも、そのような境界領域を創る ことでもない。科学はあくまでも現在の方法論で科学の営みを究める。それとは別に、 哲学、あるいは神学的な世界から科学に対する専門的な分析を進め、その上でこの両 者が直接交わる必要があるのではないかという提案になる。現在でも哲学や神学から の研究は存在しているが、その集団はあまりにも小さく、しかも隔離されている。こ の不毛な状態を変えるためにはそれぞれの分野がお互いに開くことが重要になるが、 その第一歩として特に影響力の大きい科学の側の扉をこじ開ける必要がある。このモ デルで考えられている科学は、具体的な成果から応用へという思考を欠いた従来の単 線的で技術的な科学に加えて、個々の成果から思考を鍛えながら人間理解に至る道を 模索する奥行きと重層性を持ち、これまでの範囲を超える科学を想定している(上図 参照)。この図にあるサイクルを意識的に回すことにより、科学の中の知を普遍的で 一元化されたより広い知へと変容させることが、新しい「知のエティック」の輪郭に なる。 「科学の形而上学化」 のイメージ 科学の中の○、△、□は個別の科学を、また 哲学の中の●は思索の個別の成果を指す。

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7 確かに、形而上学や神学を過去のものとして頭の中から排除し、現在の科学から生 まれる知だけを人間の知と限定してしまうと、この世界はすっきりしてくるかもしれ ない。その視点から見える世界には知り得るものしか存在しないからである。しかし、 哲学の領域から科学を見直してみると、その世界は実に多くの要素を捨象しており、 科学が明らかにできる領域の外にあるものが視界から消え去っていることが明らか になる。もし科学の存在理由が人間を理解し、人間を取り巻く問題を解決することに あるとすれば、現在の科学の範囲を拡大する必要があるだろう。目には見えない世界 についても考えることが求められる。ただ、「科学の形而上学化」はこの作業を現場 の科学者に求めるのではない。それは現実問題として不可能だろう。そうではなく、 現在は真空状態にある科学者の周辺に哲学が科学や知について考えてきた成果を注 入し、科学者の意識を一元化された広義の科学の全体へと開くことを意味している (上図参照)。1 世紀前に中江兆民(1847-1901)が指摘したように、哲学的営みは閑 是非に見えるかもしれないが閑是非ではないはずである。これを閑是非だと言い張る とすれば、浅薄さをいつまでも免れることはできないだろう。 ところで、コントは人類思想の系統発生を念頭に置いて法則を立て、それは個体発 生、すなわち個人の精神の発達過程にも当て嵌まると考えていた。しかし、コントは 晩年、人間が最初に乗り越えるとした第 1 段階へ逆戻りするかのように独自の宗教を 始めたのである。今回の瞑想をそのコントはどう評するのだろうか。伺ってみたい年 の初めである。 (2013 年 1 月 3 日)

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