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雑誌名 法政哲学

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Academic year: 2021

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<図書紹介>『ハイデガーと和辻哲郎』H・P・リーダ ーバッハ著 平田裕之訳 新書館 二〇〇六年

著者 伊藤 直樹

出版者 法政哲学会

雑誌名 法政哲学

号 4

ページ 84‑84

発行年 2008‑06

URL http://doi.org/10.15002/00007923

(2)

『風土』『人間の学としての倫理学』『倫理学』などに見てとれるように、和辻哲郎のハイデガーからの影響は、よく知られている。そして、この点についての研究も、例えば、湯浅泰雄『和辻哲郎』嶺秀樹「ハイデッガーと日本の哲学」などで一定程度行なわれている。しかし、本書がこうした一連の研究と異なるのは、このドイツ人の著者が、間文化的対話という視点から考察を行なうからである。本書では、和辻のハイデガーの受容が、上山春平、梅原猛、大橋良介、丸山真男といったいくつかの哲学的日本論との対比のなかで検討され、また禅仏教を自得するためにハイデガーを援用する辻村公一と比較される。この論者たちが、異他的なものに対して、「これぞまさに」日本哲学といったものを対立させたり、「拒否的横領」といった態度で臨むのに対し、和辻は、異他的なものとの対決のために、自己固有なものと異他的なものの差異を考慮に入れながらも、両者の根本的相違を主張することなく、より広がりのあるパースペクティヴを開くのである。 【図書紹介】『ハイデガーと和辻哲郎』H・P・リークしハッハ著平匝羅乏訳鋳篝館二Q2ハ年伊藤直樹

この狙罵に立って和辻倫理学のいくつかの論尺が、ハイデガ Iとの対決のなかで論じられる。一例をあげれば、本来性/非

、、、、本来性をめぐる、ハイデガーと和辻との相違である。『存在と時間』のなかで、現存在は本来的には覚悟性として無世界的に単独化する。このようなあり方は、和辻倫理学にとっては、まさに批判されるべき西欧的個人主義にほかならない。むしろ、和辻にとっての「本来的全体性」は、三重の否定」を通じての、社会のうちへの根源的な没入であり、間柄によって個人の意味が回復される点にある。和辻の「本来性」は、ハイデガーのそ

、、れに対する「対案①侶臼目亘屋らとなる。

、、日本に存在しながら、ドイツからの視点で日本思想をとらえる著者の視点それ自体が、間文化的である。そして今度は読者が、ドイツ語で書かれた日本思想についての本書を、日本語で読むのである。翻訳の労をとられた訳者平田裕之氏(本会会員)にも感謝せねばなるまい。

原著罵畠濡房『焉童員芦二言嘗諄蔦阻凰冨罵莫昌罵園昌㈲§自国ご§目貫喬、痔冒侭卿冒垣菖員莨鳥量居冒冒馬戸巨富冒諄二僧白弓津宣旨o言己s].

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Hosei University Repository

参照

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