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子の監護と婚資返却 : グシイにおける離婚訴訟の 分析

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子の監護と婚資返却 : グシイにおける離婚訴訟の 分析

著者 松園 万亀雄

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 13

号 4

ページ 807‑856

発行年 1989‑03‑29

URL http://doi.org/10.15021/00004312

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松園 子 の監護 と婚資返却

子 の 監 護 と 婚 資 返 却

グ シ イ に お け る 離 婚 訴 訟 の 分 析

松 園 万 亀 雄*

Custody of Children and Bridewealth Repayment:

An Analysis of Gusii Divorce Cases

Makio MATSUZ ONO

The institution commonly referred to as bridewealth remains universally practiced among the Gusii of western Kenya. Gusii bridewealth is "progeny price" in its principal legal implication.

What the bridewealth system as such is designed to primarily protect is the husband's exclusive right over his wife's offspring.

All the wife's children, by whomever begotten, belong to her husband as well as to his lineage, either during his lifetime or after his death, unless the bridewealth is returned, in whole or in part, to him or to his heirs by way of divorce. The major disputes arising between the parties concerned from an impending divorce are always related to the custody of children and the

repayment of bridewealth.

The first half of the paper examines 42 divorce cases heard at Kisii Law Court in 1979-1980. The divorce suits filed by women number more than twice those filed by men. What primarily motivates a wife to initiate legal actions is her wish to acquire the right of custody over her children. A divorce, if granted by the court, also clears the way for her subsequent lawful remarriage. All the couples involved in divorce cases have been separated for a certain period, and their marriage is irrevocably broken. A husband is much less eager to bring a divorce before the court. This is because at any time he is allowed to become a polygamist, and by refusing his wife a divorce he continues to have a potential right over her offspring, who may be under her physical custody. Far fewer husbands than wives opt for a divorce suit and, if they do, they usually

*東 京都立大学 ,国 立民族学博物館共同研究員

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国立民族学博物館研究報告  13巻4号

pray for both divorce and receiving back their bridewealth, thus from the outset waiving their right over children. This attitude is in line with that of many other husbands who ignore a summons from the court in a suit where a wife is claiming the right of custody, and who consequently are forced to accept an ex parte judgement totally in favor of the wife.

The magistrates' judgements at Kisii Law Court show a marked tendency to grant the custody of children to the parent, the mother in most cases, who has mainly brought up the children until the time of the lawsuit. When a wife is granted the custody of all her children, her father is ordered to return the whole bridewealth to her husband. In the very few instances where a husband is granted the custody of one or two children, none or a portion of his bridewealth is returned, normally one

child remaining with him being offset by two head of cattle

deducted from the returned bridewealth. A husband sometimes refuses a divorce at the hearing and then claims all children his wife has had on the ground that he has not received back his bridewealth. Such a course of action on the husband's part is generally considered by the magistrates to be an abuse of the customary law and, moreover, repugnant to justice and morality.

The , second half of this paper compares those divorce cases with others heard in 1950's at a Court of Review. The Court of Review, presided over by a British judge, was created in 1951 to hear appeals from African Courts. The judgements at the Court of Review invariably granted the custody of children to their genitor, either a husband or another man, who had been living with the former's wife. In cases where a husband-genitor was dead, his biological children were given to the custody of his nearest patrilineal kin, despite the same claim from his wife, who was the genitrix of the children. The judges were well aware of the long-established customary law to the effect that the children of any irregular union between the wife and a man other than the husband, as well as the children of the marriage, belonged to the husband of the regular union. In their judge- ments, however, the judges modified this customary law on the ground that it was repugnant to the principles of natural justice.

The major trend in the changes that have occurred in

court judgements as to the custody of children since 1950's is

very clear : it may be summarized as the shift of prior emphasis

from a genitor to a nurturer. I maintain that this change has

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松園  子の監護 と婚資返却

been brought about not only by the national legal policy of unifying customary laws of various ethnic groups, but also by negative evaluations, among increasing numbers of Gusii men, against the customary law that has served to this day primarily to make them jural fathers of as many children as possible.

1,ケ ニ アの 裁 判 所組 織 と グ シイ の 離婚 裁 判 1.裁 判 所 組 織

2,離 婚 裁 判 の し くみ 3.離 婚 慣 習 法 の 変化

n.離 婚 訴 訟 と審 理 過 程(1979‑80年) 1.離 婚 訴訟 フ ァイル の 概要 2.登 録婚 と婚 資

3.離 婚請 求 の理 由 4.夫 原告 の場 合 の請 求 内容 5.妻 原告 の場 合 の請 求 内容

6.子 の監 護 に つ いて の判 決 7。 婚 資 返 却 に つ いて の判 決 皿.離 婚 慣 習 法 の連 続 と不 連 続

一1950年 代 と現 代 1.訴 訟 に の ぞ む夫 の態 度 2.訴 訟 に の ぞむ 妻 の 態 度 3.実 父 の推 定 を め ぐる法廷 論 争 4.離 婚 の成 立 と婚 資 の返 却 5.慣 習法 と して の 卵 子主 義 結 論

  ケ ニ ア にお け る英 国 植 民 政府 は,60余 年 の統 治 時代 を とお して,各 民 族 の 慣 習 法, と くに家族 ・親 族 関 係 にか か わ る慣 習 法 に つ い て は直 接 的 な干 渉 を避 け る政 策 を維 持 した 。 こ う した姿 勢 は,ア フ リカ人 を 当事 者 とす る刑 事,民 事 裁 判 で は裁 判 所 は 「 正 義 と道 徳 に矛 盾 撞 着 しな い か ぎ り土 着 の法 に よ って 導 か れ る もの とす る」 とい う1902 年 の東 ア フ リカ勅 令(East  African Order  in  Council)に よ って 早 くも打 ち出 され た。

この 「 矛 盾 撞 着 」 の原 則 は,民 事 訴 訟 事 件 にか ん して はケ ニ ア 独 立 後 の裁 判審 理 法 (1967年 制 定)の な か で もそ の まま の か た ちで踏 襲 され,現 在 に いた って い る。

  英 国統 治 時代 の ケ ニ ア で は,法 と裁 判 の 両 面 で,ブ リテ ィ ッシ ュ ・コー トに お け る

英 国 体 系 とア フ リカ ン 冨 ゴー トに お け る土 着 体 系 と い う二 重 構 造 が み られ た。 独 立 か

ら4年 後 の裁 判 所 法(1967年 制 定)に よ って 従 来 の 二 重 構造 が廃 止 され,裁 判 手 続 き

の 一元 化 が は か られ た[cf.松 園  1983]。 しか し,民 事 慣 習 法 に も とつ く訴 訟 で は裁

判 官 は,そ の慣 習 法 が 「正 義 と道 徳 に矛 盾 撞 着 しな い 」 か ぎ り慣 習法 に したが って 判

決 を くだ す こと に な っ て お り,し た が って 法 体 系 にか ん して は,英 国法 に法 源 を もつ

国家 法 と各 民 族 の 伝 統 的 慣 行 に由来 す る慣 習 法 とが併 存 して い る かた ち にな って い る。

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国立民族学 博物 館研究報 告  13巻4号

つ ま り,独 立 前 と はや や 異 な るか た ちで,法 の二 重 構 造 は い ま も続 いて い る。

  慣 習 法 の実 効 性 は国 家 法 の それ に従 属 す る もの と して位 置 づ け られ て い る。 そ の こ と は,上 記 の 矛 盾 撞 着 の 原 則 と,さ らに 「い か な る成 文 法 と も不 調 和 を き た さ な い か ぎ りに お いて 」 慣 習 法 は適 用 され る とい う裁 判審 理 法 の規 定(後 出)か ら も明 白 で あ る し,ま た 慣 習 法 に も とつ く訴 訟 の審 理 が下 級 地 裁 の最 低 ラ ンクの2,3等 判 事 の 担 当 にな って い る と い う事 実 か らも疑 問 の余 地 は な い。 した が って,ケ ニ ア の法 と裁 判 はた て まえ と して 慣 習 法 不 干 渉 の 立場 を と りな が ら,実 際 に は近 代 ヨー ロ ッパ の 倫 理 観 と慣 習 法 が 対 立 す る場 合 た は,つ ね に前 者 を 優 先 す る判 決 を くだ して きた。 こ う し た 傾 向 は独 立 前 も独 立 後 も大 勢 と して は変 わ らな い 。独 立 前 の ア フ リカ ン ・コ ー トの 下 級 審 で は土 地 の チ ー フや 長 老 た ち が裁 判 官 をつ と めて いた た め,こ の 段 階 で の 慣 習 法 の 効 力 は大 きか った 。 しか し県 や 州 の 長 官(白 人行 政 官)が 担 当 す る上 級 審 で は, 慣 習 法 の 実 効 性 は弱 くな り,さ らに 白人 裁 判 官 の担 当す る再 審 裁 判 所 で は英 国法 にお け る正 義 の 観 念 が 前 面 に押 し立 て られ,結 果 と して は慣 習 法 を 白人 の道 徳 観 で一 部 修 正 した 折 衷 的 な 判 決 が くだ され て いた 。

  この よ うに して 慣 習 法 が 侵 蝕 され て い く過 程 は,独 立 後 さ らにス ピー ドを ま して き た とお もわ れ る。 現 在 で は,慣 習 法 が そ っ くりそ の ま ま 判 決 と して 効 力 を発 揮 す る機 会 は しだ い にへ って い る。 つ ま り,地 裁1審 の 判事 た ちは,独 立 前 の 白人 裁 判 官 た ち 以 上 に,慣 習 法 の 修 正 に かん して 積 極 的 な の で あ る。 司 法 制 度 の 完全 な 一元 化 を め ざ す 国家 的 要 請 と近 代 的 法 思 想 の 浸 透 と い う2つ の 要 因 が裁 判 官 の 判 断 に影 響 を あ た え て い る と い うだ けで はな い。 一 方 で は独 立後 二 十 数 年 間 の急 激 な社 会 変 化 の た め に従 来 の慣 習 法 の存 立 基 盤 が しだ い に突 き崩 され,慣 習 法 が社 会 の 実 態 に そ ぐわ な くな っ て きた面 もあ る。

  本 稿 で は,ケ ニア 西 南 部 の キ シイ県 を 主 要 な 居 住 地 域 とす る グ シイ人 の 離 婚 訴 訟 (1979‑80年)を と りあ げ る。現 在 の ケ ニ アの 法 制 度 の な か で の慣 習 法 の位 置 づ け を 明 らか にす る こと が 目的 の ひ とつ で あ る。 つ い で,筆 者 の 前稿[松 園  1983]で と りあ げ た1950年 代 の再 審 裁 判 所 に お け る グ シ イの 離 婚 裁 判 と1979‑80年 の地 裁 審 理 を 比較 して,と く に子 の監 護 と婚 資 返 却 にか ん す る判 決 内 容 の 異 同 を 検 討 し,過 去 二十 数年 間 の変 化 を 明 らか に す る こ とが第 二 の 目的 で あ る。

  筆 者 は1981年9月 か ら12月 に か けて,キ シ イ ・タ ウ ンの キシ イ裁 判所(高 裁,上 級

・下 級 地 裁 を ふ くむ)お よ び キ シイ県 マ ジ ョゲ ・チ ャ ーチ ェ郡 の ク ジ ャ下 級 地 裁 支 部 で 民事 ・刑 事 関係 の資 料 を収 集 した が,本 稿 で もち い るの は その 一 部 で あ る。

 憤 習 法 と い う用 語 につ いて注 釈 が必 要 で あ ろ う。

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松園  子の監護 と婚資 返却

  慣 習 法 が歴 史 的 な構 成 物 で あ る こ と は 自明 で あ る。 慣 習法 は特 定 の絶 対 年 代 にお け る特定 の民 族 社 会 と い う文 脈 の なか で しか 理 解 で きな い。 そ れ は無(汎)歴 史 的 に存 在 す る もの と して夢 想 され た文 化 体 系 の 一 部 を な す もの で は け っ して な い。

  民族 の慣 習 法 と よ ばれ る もの は,し ば しば植 民 支配 者 の創 意 と歪 曲 をふ くん で い る。

と くに慣 習 法 が成 文 化 され,法 典 な い し準 法典 と して の権 威 と価 値 を もた され た 場 合 に は,そ う した傾 向 を無 視 で き な い。 慣 習法 編 纂 の過 程 で は支 配 者 側 の 法 律 専 門 家 や行 政 官 だ けで な く宣 教 師 た ちの 見解 や,場 合 によ って は有 力 な商 人 や 経 営 者 の 我 田 引水 的 な 意 見 が 汲 み と られ て い った可 能 性 も否 定 で きな い[cf. STARR  and CoLLIER l987]。

  ロ ン ドン大 学,東 方 ・ア フ リカ研 究 所(SOAS)の ア フ リカ法 研 究 者 を 中 心 と した

「ア フ リカ法 編 纂 プ ロジ ェ ク ト」 が ケ ニ アで 発 足 した の は1960年 の こ とで あ る。 ケ ニ ァ 国 内各 民族 の婚 姻 ・離 婚 ・相 続 ・家 族 関 係 に かん す る民 事 慣 習 法 の 編 纂 は,刑 事慣 習 法 め 編 纂 が完 成 した の ち に着 手 され,そ の成 果 は 『成 文 ア フ リカ 法 ・ケ ニ ア編 』 の '第1巻 『 婚 姻 ・離 婚 法 』 お よ び第2巻 『 相 続 法 』 と して ,そ れ ぞ れ1968年,1969に 出

版 され た[CoTRAN  l968,1969]。

  こ こで指 摘 す べ き重 要 な事 実 の 第 一 点 は,ケ ニ ア が1895年,英 国 の東 ア フ リカ保 護 領 の一 部 とな って か ら 『 成 文 ア フ リカ法 』(以 下,  『 成 文 』 と略 記)が 編 纂 され る ま で の70余 年 間 に各 民 族 の 慣 習 法 はす で にか な りの 変 更 を こ うむ って い た とい う事 実 で あ る。 ア フ リカ ン ・コ ー トにお け る上 訴 の 制 度 は土着 の伝 統 的 な 長老 裁 判 で は かつ て 存 在 しな い もの だ った し,植 民 行 政 官 はそ の 気 にな れ ば各 段 階 の審 理 に かん して いつ で も 口出 しす る こ とが で きた。 チ ー フや 長 老 な ど植 民地 政府 任 命 の裁 判 官 た ち は,し ば しば民 族 の 生 活 慣 行 を無 視 し て,行 政 官 の 意 向 に そ うか た ち で 司法 権 を行 使 した [TwINING  1964:9‑10]。 慣 習 法 不 干 渉 は前 述 の よ うに 例 外 条 項 つ きの不 干 渉 で あ って,実 際 に は英 国人 行 政 官 の 存 在 自体 が,外 来 の制 度 と観 念 を慣 習 法 の体 系 内 に も ち こむ チ ャ ンネル の 役 割 を はた して い た の で あ る。

  第 二 点 と して,『 成 文』 は成 文 法 の効 力 を もつ慣 習 法 典 に は しな い と い う大 前 提 に

立 って 編 纂 され た と い う事 実 を指 摘 しな け れ ば な らな い。 各 民 族 の 慣 習 法 の 内容 は時

代 と と もに変 化 す るの だ か ら,法 典 と して 固定 化 す る の は適 当 では な い との か ん が え

は プ ロ ジ ェ ク トの 発 足 当 時 か らあ った。 しか し,『成 文 』 の記 載 内容 は,そ れ だ け が現

在 に いた る唯 一 の 公 的権 威 を もつ慣 習法 集成 で あ るた め に,い ま もな お裁 判 官 が判 決

を くだ す 際 の重 要 な手 が か りに な っ て い る。 本 稿 で しめ され る よ う に,裁 判 官 が 『 成

文 』 の 慣 習 法 に言及 しな が ら,実 際 に は,そ れ か らはず れ た 判 決 を 出 す例 は きわ めて

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      国立民族学博物館研究報告   13巻4号 多 い。 が,そ の場 合,裁 判 官 た ちの 念 頭 にあ るの は主 と して,慣 習 法 を こ えた 国家 法 の レベル で の指 導 理 念 とな って い る 「憲 法 上 の 自由 」 や 「正 義 」 や 「公 平 」 とい った 普 遍 概 念 で あ る。 した が って,こ う した 普 遍 概 念 と齪齢 を きた さな い か ぎ り,『成 文』

に お け る慣 習 法 は い ま な お一 定 の実 効 性 を 認 め られ て い る。 つ ま り,1960年 代 の 『 成 文 』 は,現 在 の 法体 系 に お い て も慣 習 法 と して 固 定 化 され て い るの で あ り,そ の一 部 分 が 「 正 義 と道 徳 に矛 盾 撞 着 」 す る との理 由 で 旧 慣 と され,実 効 性 を奪 わ れ て い る と い う こ と にな る。

1.ケ ニ アの 裁 判 所 組 織 とグ シ イの 離婚 裁 判

  1.  裁 判 所 組 織

  ケ ニ ア の 裁 判 所 の ヒ エ ラ ル キ ー に は,上 か ら順 に 控 訴 院(the  Court  of ApPcal), 高 裁(the  High  Cqurt),上 級 地 裁(Resident  Magistrate's  Court>,、 下 級 地 裁(Dis‑, trict Magistrate's  Court)の4種 が あ る 。 上 級 地 裁 と 下 級 地 裁 と も に,そ れ ぞ れ 管 轄 権 の 異 な る 数 種 類 の 裁 判 官 が い る 。 民 事 の 訴 額 に 対 す る 管 轄 権 と,お な じ く民 事 裁 判 に お け る 上 訴 裁 判 所 の 別 は 表1に し め す と お り で あ る。

  1981年 当 時,下 級 地 裁 の2,3等 判 事1ま大 半 が い わ ゆ る 素 人 裁 判 官 で あ っ た 。 つ ま りケ ニ ア 独 立 後 の 裁 判 所 法(the  Magistrate's  Court  Act)の 施 行(1967年8月)以 前, ア フ リ カ 人 の み に対 して 裁 判 権 を も ち,各 民 族 の 慣 習 法 を 主 と し て 適 用 して い た ア ブ

表1上 級 ・下 級 地 裁 と 民 事 訴 訟

裁判所 裁 判 官 の 等 級 民 事 訴 訟 の 訴額 民事の上訴裁判所

上級地裁下級地裁

首 席 判 事Chi ef Magistrate 上 級 判 事

Senior  Resident  Magistrate

判 事

Resident  Magistrate

1等 判 事

District  Magistrate  of the First  Class

2等 判 事

District  Magistrate  of the  Second  Class

3等 判 事

District  Magistrate  of the Third  Class

50,000シ リ ン グ 以 下

25,000シ リ ン グ 以 下

10,000シ リ ン グ 以 下

5,000シ リ ン グ 以 下

高 裁 へ

高 裁 へ

上 級 地 裁 へ

[JAcKsoN  1978:Chap・2]お よ び[JAcKsoN  1986:Chap.2]に よ り 作 製

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松園  子 の監護 と婚資返却

リカ ン ・コ ー トの 裁 判 官 の う ち,司 法 公 務 員 試 験 に パ ス し た 者125人 を 下 級 地 裁 の2, 3等 判 事 と し て 任 用 し た が,そ れ で も 必 要 数 を 充 足 で き な か っ た た め,一 定 の 学 力 試 験 証 明 書 を もつ 者 を ナ イ ロ ビ で10カ 月 間 研 修 さ せ た あ と,同 様 の 判 事 に 登 用 した 。 前 者,後 者 と も に 素 人 裁 判 官(lay  magistrates)と よ ば れ て い る。 こ れ に 対 して,1等 判 事 か ら以 上 の 裁 判 官 は,ナ イ ロ ビ,ダ レス サ ラ ー ム,マ ケ レ レ各 大 学 お よ び 英 連 邦

内 諸 大 学 で 法 学 士 を 取 得 し,一 定 期 間 の 実 習 経 験 を した の ち 司 法 研 修 所 試 験 を パ ス し た 者 で 構 成 さ れ,職 業 裁 判 官(professional  magistrates)と よ ば れ る 。 しか し,1974 年 か ら徐 々 に で は あ る が,若 手 の 職 業 裁 判 官 が2等 判 事 と して 任 用 さ れ る よ う に な っ

た 。 将 来 は,素 人 裁 判 官 の 老 齢 化 ・退 職 に と も な っ て,職 業 裁 判 官 の み に よ る新 し い キ ャ リア ・ シ ス テ ム が 形 成 さ れ る こ と に な ろ う1)。

  本 稿 の 主 題 は,離 婚 ・婚 資 ・子 の 監 護 に か ん す る グ シ イ の 慣 習 法 と そ の 変 化 で あ る が,ア フ リカ 人 の 慣 習 は ケ ニ ア 法 の 起 源 の び と つ と して 認 め られ て い る。 裁 判 審 理 法(the  Judicature  Act)第8章3条2項 は次 の よ う に い う。

  訴 訟 当事 者 の一 方 も し くは そ れ以 上 が ア フ リカ慣 習 法 に 服 す る,ま た は そ れ に よ って 影 響 され るよ うな民 事 訴 訟 事 件 に お いて は,高 等裁 判 所 な らび にす べ て の 下 級 裁判 所 は,そ の ア フ リカ慣 習 法 が適 用 可 能 で あ り,か つ 正 義 と道 徳 に矛 盾 撞 着せ ず,ま た い か な る成 文 法 と も 不 調 和 を きた さ な いか ぎ りに お いて,そ の ア フ リカ慣 習 法 に よ って 導 か れ る もの と し,さ ら に手 続 き上 の 専 門事 項 を 過 度 に重 ん じる こ とな く,ま た 過 度 に遅 延 す る こ と もな く,実 質 的 正 義 に した が って,こ れ らす べて の事 件 に判 決 を くだ す もの とす る[JAcKsoN  1978:19]。

  上 記 の よ う に 慣 習 法 は 民 事 に か ん して の み 適 用 さ れ,刑 事 事 件 に つ い て は,制 定 法 で と く に 明 示 さ れ て い な い か ぎ り,適 用 さ れ る こ と は な い 。 ナ イ ロ ビ に住 む キ ク ユ 人 と,キ ス ム に 住 む ル オ 人 とで は,訴 訟 と 審 理 の 内 容 が お な じで も,慣 習 法 が 異 な れ ば, ち が っ た 判 決 を う け る こ と に な る 。 ま た 非 ア フ リカ 人 で あ っ て も紛 争 の 相 手 が ア フ リ カ 人 で あ れ ば,後 者 の 慣 習 法 で 裁 か れ る こ と に な る 。 上 記 の 条 文 か ら成 文 法 が 慣 習 法 に優 先 す る こ と は 明 確 で あ り,ま た 該 当 の 慣 習 法 は 裁 判 官 の か ん が え る 「正 義 と道 徳 」 に反 して い な い 場 合 に か ぎ っ て 適 用 さ れ る と い う こ と も 明 確 で あ る。

  慣 習 法 に も とつ く民 事 訴 訟 は す べ て 下 級 地 裁 が1審 を 担 当 す る こ と に な っ て い る 。

「慣 習 法 下 の 請 求 」 と は 下 記 の 事 項 に か ん す る請 求 と規 定 さ れ て い る(裁 判 所 法2条) [JAcKsoN  1978:24]。

  (a)  慣 習 法 に も とつ く土 地 所 有

1)独 立後 のケ ニ ア の 司法 事 情 に つ いて は,[JAcKsoN  1970:Parts  I and II]お よび[JAcKsoN 1978:Chap.11]を 参照 。      .

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国立民族学 博物館研究報告  13巻4号

(b)  婚 姻,離 婚,扶 養,婚 資 (c) 未 婚女 子 との性 交,妊 娠 (d)既 婚女 子 との 姦通

(e)監 護,養 取,嫡 出 な ど,と くに女 子 ・寡 婦 ・子 の 身 分 に影響 す る事 項 (f)成 文 法 に も とづ き作 製 され た 遺 書 に した が って処 分 され る財 以 外 の 有 遺 言 ・無   遺 言 の 財 の相 続 と管 理

  ケ ニ ア の 法 律 は4種 類 の 婚 姻 ・離 婚 シ ス テ ム を 認 め て い る 。 す な わ ち制 定 法(こ の 場 合 は 婚 姻 法)に よ る婚 姻 ・離 婚,慣 習 法 に よ る そ れ,ヒ ン ド ゥ 法 に よ る そ れ,お よ び イ ス ラ ム 法 に よ る そ れ で あ る 。

  婚 姻 法 に よ る 婚 姻(い わ ゆ る登 録 婚)は 「人 種 」 と 宗 教 を 問 わ ず に お こ な わ れ る が, 次 の よ う な 手 続 き と条 件 を 必 要 とす る[JAGKSON  l978:44‑45]。

(a)登 録 官 にた い して事 前 に結 婚 す る 旨報 告 した あ と,2人 の証 人 の立 ち会 いの も   と登 録 事 務 所 で 結 婚 す るか,ま た は認 可 さ れ た信 仰 の場 所 で,教 会 の聖 職 者 が そ   の 教 会 の 儀 式 に した が って婚 姻 を と り結 ぶ。

(b)結 婚 す る両 者 は16歳 以 上 で あ る こ と。

(c)18歳 未 満 の者 は親 の1人 も し くは後 見 人 の 同意 書 を 必 要 とす る。

(d)  い ず れ か一 方 が す で に慣 習 法 上 の 有 配 偶 者 で あ れ ば,登 録婚 は無 効 とな る。

  (以 下,略)

一 般 に 「キ リス ト教 徒 婚 」(Christian  Marriage)と よ ば れ る もの は,上 記 の 登 録 婚 に 該 当 し,県 庁(District  Commissioner's  OMce)で 登 録 す る か,も し く は キ リス ト 教 会 で 式 を あ げ る 。 この 登 録 婚 と 慣 習 法 に よ る 婚 姻(以 下,慣 習 婚 と略 記)は 完 全 に 別 個 の も の と して 併 存 す る こ と が 婚 姻 法37条 に 明 記 さ れ て い る。

      この 法(制 定 法 と して の 婚 姻法)に 記 載 さ れて い る事 項 はす べ て,土 着 の法 ま た は慣 習 に     した が って取 り決 め られ た 婚姻 に影 響 を あ た え る もの で は な い し,ま た,そ の よ うに取 り決     め られ た 婚 姻 に 対 して は け っ して適 用 され な い[JAcKsoN  1978:45]。

2.  離 婚 裁 判 の し く み

離 婚 訴 訟 の手 続 き は一 般 の民 事 訴 訟 の それ とお な じで あ る。

  (1)原 告 は 訴 状 を 裁 判 所 に提 出 す る。

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(10)

松園  子の監護 と婚資返却

  (2)裁 判 所 は訴 状 の コ ピー と呼 び 出 し状 を被 告 に送 達 す る。

  (3)被 告(も し くは弁 護 人)は 呼 び 出 し状 送 達 日 か ら15日以 内 に裁 判所 に出頭 し, 出頭 カ ー ドに記 入 し,そ の コ ピー を原 告(ま た は弁護 人)に 送 付 す る。

 (4)被 告 は 出頭 の 日か ら15日 以 内 に答 弁 書 を裁 判 所 に提 出 し,そ の コ ピ ーを 原告 に 送 付 す る。

 (5)裁 判所 か ら通 達 され た審 理 の 日時 に両 当事 者(お よび 弁 護 人)が 出廷 。 口頭 弁 論 開 始 。

 (6)当 事 者 の陳 述,証 拠 調 べ,証 人 尋 問,反 対 尋 問 な どの の ち結 審 。 裁 判 所 は判 決 言 い 渡 し日を定 め る。

  (7)判 決 言 い渡 し。 この あ と上 訴 手 続 きや 強 制 執 行手 続 きが続 く。

  グ シ イ 人 の 住 む キ シ イ 県(Kisii  District)内 の 町 キ シ イ ・タ ウ ン に は 上 級 ・下 級 地 裁 と高 裁 が 設 置 さ れ て い る 。 高 裁 は ナ イ ロ ビ に 常 設 さ れ て い る が,モ ンバ サ,キ ス ム,キ シ イ,ナ ク ル,エ ル ドレ ッ ドな ど の 主 要 な 町 に は 巡 回 方 式 で 高 裁 判 事 が や っ て く る 。 キ シ イ 県 に は キ シ イ ・タ ウ ン以 外 の 場 所 に4カ 所 の 下 級 地 裁 支 部 が 置 か れ て い る(1981年 当 時)。 キ シ イ ・タ ウ ン の 上 級 ・下 級 地 裁 は 月 曜 か ら金 曜 ま で 毎 日 開 廷 して い る が,そ の ほ か の 下 級 地 裁 支 部 は 取 扱 い 件 数 も 比 較 的 す く な い た め,週 に1,2回 の 巡 回 に な っ て い る 。

  キ シ イ 県 内 の 各 裁 判 所 で 筆 者 の 知 り え た 裁 判 実 務 の う ち,本 稿 と の 関 連 で 重 要 な こ と が らを 以 下 に 摘 記 す る 。

  (a)裁 判 所 に提 出 し,ま た そ こか ら送 達 され る文書 はす べ て英 文 で書 かれ て い る。

訴状 や答 弁 書 な ど も英 文 で な けれ ば な らな い。 多 くの グ シ イ人 は こ う した文 書 を きち ん と作 製 す るだ け の 英作 文 能 力 と書 式 の知 識 が な い か ら,弁 護 士 事務 所 に依頼 せ ざ る を え な い。 場 合 に よ って は法 廷 の 口頭 弁 論 の 際 に も弁 護 士 の 出廷 を依 頼 す る。

  (b)法 廷 内で 使 用 され る言 葉 は原則 と して 英 語 で あ る。 した が って英 語 を し ゃべ れ な い 当事 者 の た め に,裁 判 所 の通 訳 官 が つ く。 通 訳 官 はグ シイ の 出 身 で あ り,必 要

にお う じて英 語,ス ワ ヒ リ語,グ シ イ語 を使 い分 け る。

  (c)審 理 の経 過 を記 録 す る書 記 官 な い し速 記 官 は い な い 。記 録 者 は裁 判 官 自身 で あ

り,廷 内で の陳 述 と尋 問 を手 書 きで,英 文 で記 録 す る。 キ シイ県 の上 級 ・下 級 地 裁 で

は,そ の よ うで あ っ た。 キ シ イで 一 度,白 人裁 判 官 に よ る巡 回高 裁 を傍 聴 す る機 会 が

あ っ た が,こ の と き も 同様 で あ った 。 ナイ ロ ビ等,他 の 場所 で の高 裁 で も,専 任 の 記

録 官 が つ か な い の か ど うか は確 認 して いな い。 キ シイ裁 判 所 で保 存 され て い る離 婚 訴

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国立民族学 博物 館研究報 告  13巻4号

訟 事 件 の各 フ ァイ ル に は,裁 判 官 に よ る手 書 きの 審 理 記 録,タ イ プ され た 訴 状 と答 弁 書 の コ ピ ー,証 拠 証 書 の コ ピー,強 制 執 行 手 続 き に かん す る書 類 等 が ふ くまれ て い る。

  (d)  ケ ニ ア に は陪 審 の 制 度 はな く,上 級 ・ 下 級 地 裁 は裁 判 官1人 に よ る単 独 制 で あ る(高 裁 で は刑 事 は合 議 制,民 事 は高 裁 長 官 の判 断 に よ り単 独 も し くは合 議 とな る)。

  (e)  離 婚 訴訟 の場 合,慣 習婚 の離 婚 訴 訟 は下 級 地 裁 の2,3等 判 事 が,そ して 登 録 婚 の離 婚 訴訟 は下 級 地 裁 の1等 判 事 な い し上 級 地 裁 の各 判 事 が 審 理 を 担 当 す るの が 通 例 とな って い る。 た だ し,巡 回地 裁 の1等 判 事 が慣 習 婚 の 離 婚 訴 訟 を審 理 す る こ と も 稀 で はな い 。 よ うす るに,独 立 前 の ア フ リカ ン ・コ ー トで の 経 験 を もつ,そ して 慣 習 法 に くわ しい末 端 の素 人 裁 判 官 が,慣 習法 に よ る離 婚 訴 訟 の 大 半 を担 当 して い る こ と

にな る。

3.  離 婚 慣 習 法 の 変 化

  離 婚 慣 習 法 の変 化 に つ い て ふ れ るま え に,婚 資 の法 的意 味 あ い を知 る必 要 が あ る。

  婚 資 の 支払 い は昔 も今 も婚 姻 成 立 のた め の不 可 欠 の要 件 で あ る。 夫 側 は婚 資 を 支 払 う こ と に よ って,妻 の 生殖 能 力 に対 す る絶 対 的 で か つ恒 久 的 な権 利 を確 保 した もの と み な され る。 つ ま り,婚 資 が返 却 さ れ な い か ぎ り,夫 は妻 の産 ん だ子 全 員 の 法 的 な 父 親 とな る。 夫 の生 存 中 に,あ るい は夫 の死 亡 後 に,妻 が他 の男 との あ い だ に子 を産 ん だ と して も,こ れ らの 子 は全 員,夫 の子 で あ る。 さ らに未 婚 の女 の産 ん だ 子 は,そ の 女 の 結 婚 と同 時 に,夫 の子 とな る。 つ きつ め て い え ば,グ シイ社 会 に お け る法 的 な父 子 関 係 は,実 父 ・実 子 とい う生 物 学 的 関係 に よ っ て決 定 され る の で は な く,夫 の 法 的 な 妻 が 出 産 した とい う事 実 によ って 決定 さ れ る の だ とい って よ い。 つ ま り,そ れ は 夫 の 生 殖 能 力 で はな く,法 的 な妻 の 生殖 能 力 に よ って決 定 さ れ るの で あ る。 こ う した 事 情 は,エ グ ァ ンズ=プ リチ ャー ドが ヌ エ ル の婚 姻 につ いて 書 いた 以 下 の 文 章 を,た だ

ち にわ れ わ れ に想 起 させ る。

  代償 の牛 を 自分 の 名前 で 支 払 った人 物 が,生 物 学 的父 で あ ろ うが な か ろ うが,ま た彼 女 の 結 婚 当 時や 子 供 の 出生 当 時 に生 きて い よ うが 死 ん で い よ うが,あ る い はま た 男 で あ ろ うが女 で あ ろ うが,そ の 人 物 は 子供 た ちの 法 的父 で あ る。 この こ とか ら,父 系 出 自は一 種 の逆 説 に よ って,母 を辿 る もの とな って い る。 とい うの は,花 嫁 代 償 を 支 払 った こ とに よ って,彼 女 の 腹 か ら生 まれ た 子 供 は誰 の子 供 で あ ろ うと,す べ て 彼女 の夫 の 子 供 とな り,し た が って 父 方 親 族 に な る と い う規 則 が あ る か らで あ る。(中略)花 嫁 代 償 を 支 払 う こと に よ って リニ ィジ が手 に入 れ る の は女 の 生殖 力で あ る。 そ の女 の 腹 か ら生 まれ た子 供 た ちは,全 員 が この リニ ィ ジ に所 属 す る 。彼 らは み な父 系親 族 で あ る[エ ヴ ァ ンズ=プ リチ ャー ド  1985:189‑190]。

グ シイ で は亡 霊 婚 につ いて の 報 告 はな い し,ま た グ シイ の女 性 婚 は夫 を もつ不 妊 の

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松園   子の監護 と婚資返却

女 が お こな うな ど の 点 で ヌ エ ル の や りか た と は異 な るが,寡 婦 相 続(レ ヴ ィ レー ト) に よ る子,妻 の愛 人 の子 が いず れ も夫 と そ の リネ ー ジの 子 とな る と い う点 で は ヌエ ル と共 通 して い る。 婚 姻 制 度 とい う表 現 形 式 で は若 干 の相 違 は あ っ て も,「 父 系 出 自 は 一 種 の逆 説 に よ って ,母 を辿 る もの と な って い る」 と い う基 本 的 な 原則 の 点 で は ヌエ

ル もグ シ イ も ま っ た くおな じで あ る。

  かつ て筆 者 は,父 系 出 自集 団 と して の 沖 縄 の 門 中 と グ シイ の リネ ー ジを と りあ げ て, 子 孫 確 保 の方 法 の対 照 的 な相 違 につ いて 考 察 し,前 者 に つ い て 「精 子 主 義 」,後 者 につ

い て 「卵 子 主 義 」 の 用 語 を もち いた こ とが あ った[松 園  1987a]。 卵 子 主 義 は,上 述 の よ うに 「法 的 な 妻 の 出産 に も とつ く法 的 な父 子 関 係決 定 の 原 理 」 と い う ほ どの 意 味 で あ るが,こ の 卵 子 主 義 と い う用 語 につ いて は これ まで に 口頭 に よ る疑 念 を い くた び か き か され た 。 疑 問 点 は2つ に要 約 で き る。 ひ とつ は,精 子主 義 と は異 な り卵 子 主 義 につ いて は 「法 的 な 妻 」 の卵 子 とい う前提 が 必 要 な こ と。 第 二 点 は,精 子 主 義 で は精 子 の 持 ち主 で あ る男 とそ の 集 団 に子 は最 終 的 に帰 属 す るの に対 して,卵 子主 義 の場 合 は,卵 子 の 持 ち主 で あ る女 にで はな く,そ の女 の 法 的 な夫 とそ の 集 団 に子 は帰 属 す る こ と。 した が って,精 子主 義,卵 子 主 義 とい う2つ の用 語 は対 照 的 な意 味 内容 を もつ 用 語 と して の 整合 性 と対 称 性 を欠 い て い る とい うの が批 判 の趣 旨で あ る。 第 二 点 につ いて は筆 者 は最初 か ら父 系 集 団 とい う限定 の な か で子 の帰 属 を論 じて い るの だ か ら論 外 だ とお も う。 が,第 一 の疑 念 に つ い て は,そ の とお りだ とお もい,卵 子 主 義 と い う 用 語 に は工 夫 の余 地 が あ る とか ん が え て い る。 そ の こ とを ふ くめ て筆 者 自身 が この 一 対 の 用 語 に不 満 を お ぼ え るの は,用 語 じた い の機 械 論 的 な ひ び きで あ る。 と くに比 較 の視 点 か ら論 述 して い るの で は な く,本 稿 の よ う にグ シイ とい う特 定 民 族 の 社 会 変 化 の一 側面 を論 じ る文 脈 にお い て は,卵 子 主 義 の語 には民 俗 観 念 か ら遊 離 した,す わ り の わ る さを 感 じ る。 が,こ れ とい う適 切 な用 語 もお もい うか ば な い た め,本 稿 で も卵 子 主 義 の用 語 を踏 襲 す る こ とにす る。

  グ シイ の婚 資 は,そ の慣 習法 上 の効 果 に つ い て い え ば,な に よ り も 「子 孫 代 償 」 と

して の意 味 を もつ とい え る。 夫 側 が婚 資 を支 払 うの は,他 のす べ て の こ とに優 先 して,

妻 に よ る 出産 を期 待 す る か らで あ る。 だ か ら,子 孫 を ひ と り も残 さず に妻 が 若 死 に し

た り,夫 と離 婚 した りす れ ば,夫 は支 払 った 婚 資 全 額 の 返 却 を 求 め る こ と にな る。 夫

婦 が 同居 して 日常 生 活 を と もに し,そ う した な かで 妻 が 夫 の 子 を 産 む こ と は,結 婚 に

と もな うご く自然 な結 果 で あ り,ま た 望 ま しい こ とだ とグ シイ はか ん が え て い る。 し

か し,婚 資 の支 払 い そ の もの は,夫 婦 の 同居 を 保 証 して い るわ けで はな い。 夫 側 が婚

資 を支 払 った時 点 か ら夫 に終 始 一 貫 保 証 され て い る こ と は,妻 の 産 ん だ 子全 員 に対 す

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国立民族学博物館研究報告   13巻4号

る排 他 的 な 権 利 で あ る。 この 権 利 は夫 の死 亡 とは無 関係 に存 続 し,ま た婚 姻 に よ る子 と婚 外 子 の 双 方 に適 用 され る。

  い くど も くりか え す よ う に,筆 者 の い う卵 子 主 義 は夫 側 が婚 資 を支 払 った とい う事 実 を 前 提 に して 成 立 して い るの で あ り,そ う した意 味 で の卵 子 主 義 は,1980年 代 の現 在 で もグ シイ社 会 にお い て ふ か い 意味 を も って い る。 夫 に死 なれ た妻 が喪 明 け を待 っ て夫 の近 親 の男 と公 認 さ れ た性 関係 に は い って,亡 夫 の た め の子 を産 み,ま た不 妊 症 の夫 が リネ ー ジ の男 に た の み こん で 自分 の 妻 との あ い だ に子 供 をつ くって も らい,そ れ を 自分 の子 と して育 て る な ど の慣 行 は,今 日で も ご くふ つ うの こ と と して お こな わ れ て い る[松 園   1987a]。 た だ し,キ シ イ県 で は新 た な 開 拓 地 の 余 地 は ま った くな く, 土 地 相 続 を め ぐって 僚 妻 間,兄 弟 間 で 激 烈 な紛 争 が 頻 繁 に発 生 し,か つ て はみ られ な か った リネ ー ジ外 や と き に は ク ラ ン外 の 人 間 ど う しの 土 地 の売 買 と貸借 が 急速 にひ ろ ま って い る現 状 で は,こ の よ うな 子孫 増 加 の た め の社 会 的 装 置 が か つ て の よ う に さか ん に活 用 され て い る と はか ん が え られ な い。

  離 婚 訴 訟 を め ぐる紛 争 の 当 事 者 に と って も,裁 決 を くだ す裁 判 官 に と って も,卵 子 主 義 が い ま な お 「参 照 す べ き」,一 定 の効 力 を もつ生 活 慣 行 と して認 識 され て い る こ

とは 明 らか で あ る。 なぜ な ら,II.5.で み る よ うに妻 た ち の多 くは,夫 の実 子 で な い 子 を ふ くめ て 自分 の産 ん だ子 全 員 の監 護 権 を求 めて 離 婚 を提 訴 して い る し,口 頭 弁 論 に の ぞ ん だ夫 た ち も,婚 資 が返 却 され て い な い以 上,妻 の産 ん だ子 は全 員 が 自分 の 子 で あ り,自 分 が 監 護 権 を もつ べ きだ と主 張 して い る。 ま た,裁 判 官 た ち は一 般 に,皿.5.

で 示 す よ うに,卵 子 主 義 に も とつ く慣 習 法 の 存 在 を 認 め た うえ で,婚 姻 関 係 の 継 続 を 主 張 す る夫 の立 場 を否 定 して 離 婚 判 決 を くだ し,結 果 と して,子 の 監 護 権 につ いて は 妻 有 利 の判 断 を打 ち 出 して い る。 い いか え れ ば,婚 資 を 支 払 って 結 婚 し,そ の 婚 資 が 妻 の父 か ら返 却 され て い な いか ぎ り,夫 た ち は妻 の 婚 外 子 を も 自分 の 子 だ と主 張 し, 妻 た ち もまた 夫 との 別 居 後 に産 ん だ 自分 の 子 を 夫 が い つ奪 い 返 しに くるか 恐 れ て い る

と い う ことで あ る。 だ か らこ そ妻 た ち は子 の 監 護 権 を 確 保 す るた め に離 婚 訴 訟 を 起 こ す の で あ り,裁 判 官 も妻 の 離 婚 請 求 を 認 め,多 くの 場 合,夫 へ の 婚 資 の 返 却 を 命 じる の とひ きか え に,子 の 監 護 権 を 妻 にあ た え て い るの で あ る。

  厳 密 に いえ ば,こ の 場 合,裁 判 官 た ちが 否定 して い るの は,婚 姻 関係 を 前提 と した

卵 子 主 義 的 慣 行 そ れ じた い で はな い。 彼 らが し りぞ け て い るの は婚 姻 の継 続 性 を主 張

す る夫 の 態 度 で あ り,離 婚 判 決 を だ す こ とに よ って卵 子 主 義 の 前提 を と りは ら って い

る。 離 婚 訴 訟 が 裁 判 の 場 に も ち こま れ な い か ぎ り,た とえ夫 婦 の別 居 が数 年 以 上 に わ

た り,あ る い は妻 が 夫 以 外 の 男 と同居 して2人 の あ い だ に子 供 が で きて い た と して も,

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松園  子の監護 と婚 資返却

夫 は妻 の産 ん だ 子全 員 に つ い て の排 他 的 な権 利 を現 実 に,も し くは潜 在 的 に も って い る。

  婚 姻 継 続 中 の慣 習 法 上 の子 の 帰 属 と,離 婚 に と もな う子 の帰 属 の 問 題 は,論 理 的 に は別 の もの で あ り,相 互 に独 立 変 数 的 に変 化 しう る余 地 が あ る とか ん が え るべ きだ ろ う。 事 実,の ち に しめす よ うに(皿.参 照),1950年 代 の離 婚 裁 判 で は,子 は実 父 に 帰 属 せ しめ られ て いた の に対 して,1979‑80年 の 離婚 裁 判 で は,訴 訟 時 ま で の実 際 の 養 育 者 に監 護 権 が あた え られ る傾 向 が 強 く,結 果 と して 実 父 で はな く実母 側 有 利 の判 決 が多 くな って い る。 さ らに,時 代 を さか の ぼ って,英 国人 入 植 当 時 の今 世 紀 初 頭 と 40‑50年 代 の あ いだ で も,行 政 官 の干 渉 によ って,離 婚 時 の子 の監 護 と婚 資 返 却 を め

ぐる慣 習 法 が 変 化 を とげ た こ とが 知 られ て い る。

  1946‑47年 に グ シイ で最 初 の社 会 入 類 学 調 査 を お こ な ったP.メ イ ヤ ー は,『 グ シイ の婚 資 に かん す る法 と慣 習』[MAYER  1950]と 題 す る詳 細 な報 告 を 出 した 。 この 報 告 によ れ ば,英 国統 治下 に お い て グ シイ の離 婚 法 は劇 的 に変 化 した と い う。 伝 統 的 な 離 婚 で は,夫 は子 供 を と るか婚 資 の返 却 を と る か の二 者 択 一 をせ ま られ た 。 す な わ ち, 夫 が子 の全 員 を 自分 の もと に残 す 決 定 をす れ ば,妻 の 父 は婚 資 の全 額 につ い て返 還 の

義務 を まぬ がれ,夫 が逆 の決 定 をす れ ば,妻 の 父 は婚 資 全 額 を 返 却 す る。 そ の 中間 を 選 択 す る余 地 は残 され て い なか った 。 実 際 に は,夫 た ちの 多 くは,た とえ妻 が 出奔 し

た あ とで も婚 資 を 取 り返 す 挙 に出 る こ と は稀 で,妻 が他 の男 との あ い だ に子 供 を つ く って いた と して も,い ず れ は必 ず そ れ らの 子 を つ れ て 自分 の も と に帰 って く る こ とに

「 不 動 の確 信 」 を も って い た とい う。 この 子 供 た ち は法 的 に は夫 の もの で あ り,妻 の 父 も受 け と った婚 資 を返 却 す る こ とを い や が った し,1人 の娘 に よ って2人 の男 か ら 婚 資 を 受 け取 れ ば重 大 な 呪術 的危 険 に身 を さ らす こ とに な る の を よ く知 って いた 。 夫 以 外 の男 は そ の女 によ って 自分 の法 的 な子 を得 る こ とはで き な い とい う事 実 が,妻 の 帰 還 を うな が す大 きな要 因 に な って い た。 こ う した状 況 で は,妻 も子 も行 くさ き ざ き で 安住 の地 を得 る こ とは で きず,最 終 的 に は法 的 な夫 と父 親 の もと に帰 って きた とい う。 妻 が子 をつ れ て 敵 対 的 な ク ラ ンの 土 地 に去 って しま い,子 を つ れ も どす こ とが 事 実 上 不 可 能 だ とお もわ れ た と き に,夫 は よ うや く離 婚 を 決 意 し,婚 資 全 額 の返 済 を迫 った[MAYER  l950:51‑52]。

  と ころ が メイ ヤ ーが 調 査 した1946‑47年 に は,上 記 とは異 な る 「 近 代 方 式 」が英 国人

行 政 官,お よ び ア フ リカ ン・コー トの1審 に相 当 す る原 住 民裁 判 所(Native Tribunals)

に よ って 適 用 され て い た 。 す な わ ち,離 婚 に対 して夫 は子 の全 員 に対 して監 護 権 を確

保 し,子 の 人 数 にお う じて 婚 資 か ら一 定 額 を差 し引 き,そ の残 額 を妻 の父 か ら返 済 さ

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国立民族学博物館研究報告  13巻4号 れ た と い う。 こ う した 手 続 き に よ っ て 妻 の 再 婚 が 可 能 と な り,英 国 人 行 政 官 は こ の 新 方 式 を,と く に 女 に と っ て は 人 道 主 義 的 な 前 進 だ と して 評 価 して い た と い う[MAYER

l950:51‑53]。 ち な み に メ イ ヤ ー よ り も十 数 年 早 く,1934‑38年 に西 ケ ニ ア を 調 査 し たG.ワ グ ナ ー の 報 告 に よ れ ば,グ シ イ の 北 に住 む ブ ク ス 人 の あ い だ で は,離 婚 も し く は 妻 の 死 に 際 して は,妻 が 夫 の た め に 産 ん だ 子 の 数 に お う じて,た と え ば1,2 人 の 場 合 は 牛1頭,3,4人 の 場 合 は 牛2頭 と い っ た ぐ あ い に 一 定 の 割 合 で 婚 資 額 か

ら控 除 し,残 余 が 夫 側 に 返 却 さ れ て い た 。 息 子 に つ い て は 娘 よ り も控 除 額 の 多 い の が 一 般 の 傾 向 で あ っ た。 い ず れ に して も 婚 資 総 額,子 の 人 数 と性 別 な ど を 勘 案 し て,両 方 の 当 事 者 セ 返 済 額 を 協 議 した と い う[WAGNER  1949:443‑444]。 ま た,グ シ イ の 西 ど な り に 住 む ル オ 人 の あ い だ で も 離 婚 の 際,ブ ク ス 人 と 同 様 に子 の 人 数 と性 別 に よ っ て 返 済 額 が き め られ て い た ら し い[TwlNING  1964:24]。 キ シ イ 駐 在 の 行 政 官 が, こ う した 周 辺 民 族 の 慣 行 を 参 考 に して,グ シ イ 社 会 に新 方 式 を 導 入 し た の か ど う か, そ の へ ん の 経 緯 は よ く わ か ら な い 。 メ イ ヤ ー の い う 「近 代 方 式 」 が,グ シ イ の 伝 統 的 な 慣 習 法 の 一 部 で あ っ た と い う 可 能 性 も す て き れ な い 。

  ひ と つ の 慣 習 法 が 旧 方 式 か ら新 方 式 に短 期 間 の う ち に,全 住 民 を ま き こん で い っ き ょ に 変 化 して い っ た と はか ん が え に く い 。 行 政 官 や 裁 判 官 が 介 入 す る か ぎ り新 方 式 が 採 用 さ れ て い た が,当 事 者 間 の 協 議 や 長 老 た ち の 助 言 に も とつ く解 決 に あ た っ て は, 新 旧 い ず れ か の 方 式 が ケ ー ス ご と に 採 用 さ れ て い た と い う こ と か も しれ な い 。 い ず れ

に し て も,特 定 の 時 代 の 慣 習 法 を た っ た ひ と つ の 形 式 に よ っ て 代 表 さ せ る こ と は 実 態 に そ ぐわ な い こ と が 多 い 。 こ の 新 方 式 の 採 用 の 時 期 に つ い て メ イ ヤ ー は 明 言 し て い な い が,妻 死 亡 の 際 の 婚 資 返 却 な ど 同 種 の 慣 習 法 が1930年 代 に さ か ん に 修 正,再 修 正 さ れ て い る と こ ろ か ら,そ の こ ろ と 想 定 して も 大 過 な い と お も わ れ る[cf. MAYE  R l950:47]。

  さ て,ケ ニ ア の 独 立(1963年)を は さ ん で1960年 代 前 半 に,各 地 の ア フ リカ ン ・コ ー トの 裁 判 官,チ ー フ,長 老 た ち か ら な る法 律 パ ネ ル の 意 見 を 聴 取 す る方 法 で 『成 文 』 は 編 纂 さ れ た が,そ こ で は グ シ イ の 離 婚 慣 習 法 は ど の よ う に 記 述 さ れ て い る か 。 離 婚 時 の 子 の 監 護 に つ い て 『成 文 』 は,「 婚 姻 に よ る子 は 全 員,離 婚 に 際 して 夫 の も と に と ど ま る。 た だ し幼 児 の 場 合 は,夫 の 裁 量 し だ い で,た と え ば4,5歳 に な る ま で 妻 に 養 育 させ る こ と も で き る」 と書 い て い る。 さ ら に 婚 資 の 返 却 に つ い て は 「婚 姻 に よ る 子 の 有 無 に よ る」 と し,子 が い な い と き は 婚 資 全 額 を 返 却 し,子 が い る と き は,「 子 の 総 数 と 性 別 に は 関 係 な く,子1人 に つ き牛2頭 を 妻 の 父 は 保 有 で き る」 と し て い る [CoTRAN   l 968:70]0

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松園  子の監護 と婚資返却

  上 記 の 『成 文 』 の 記 述 は,メ イ ヤ ー の い う 「近 代 方 式 」 と ほ と ん ど お な じ内 容 の よ う に み え る。 そ し て 実 際,1950年 代 の 再 審 裁 判 所 で の 離 婚 裁 判 で は,夫 の 実 子 は 全 員, 夫 側 に 監 護 権 が 認 め られ て い る 。  こ こ で 問 題 に な る の は 「婚 姻 に よ る 子 」(children of the union)以 外 の,妻 の 産 ん だ 子 の 帰 属 で あ る 。 これ に つ い て 『成 文 』 は,な に

も述 べ て い な い 。 再 審 裁 判 所 で の 判 例 を み る と,妻 が 夫 以 外 の 男 と 同 居 して 子 を な し て い る 場 合,そ れ ら の 子 は 例 外 な く妻 お よ び 同 居 す る 男 の 側 に 監 護 権 が 認 め られ て い る[松 園   1983:207]。 こ れ は1930年 代 と推 定 さ れ る 「近 代 方 式 」 と は,大 き く異 な る 点 か も しれ な い 。 メ イ ヤ ー は 「法 的 父 の 権 利 」(specific  rights  of legal  father) を 問 題 に して お り,そ の う え で 離 婚 に 際 し て 子 は 全 員,夫 の も と に と ど ま り,子 の 数 に よ っ て 計 算 さ れ た 婚 資 返 却 分 を 受 け 取 っ た 夫 は 「女 が そ の 後 に 産 ん だ 子 に つ い て は な ん ら の 権 利 も も た な い 」 と して い る か ら で あ る[MAYER  1950:52,59]。

  離 婚 時 の 婚 資 返 却 の 額 に つ い て は,50年 代 判 例 の 判 決 文 か ら は よ くわ か らな い 。 し か し,1979‑80年 の 訴 訟 で も裁 判 官 が 『成 文 』 の 子 供1人 に つ き 牛2頭 と い う 控 除 額 に 言 及 して い る し,ま た マ ジ ョゲ ・チ ャ ー チ ェ 郡,ク ジ ャ 下 級 地 裁 支 部 の1980‑81年 民 事 訴 訟 で も 婚 資 返 却 に か ん して 同 様 の 判 決 が く だ さ れ て い る こ と か らみ て,す くな

く と も1950年 以 降,現 在 に い た る ま で こ う した 算 定 法 が 裁 判 所 で は 採 用 さ れ て き た も の とか ん が え られ る 。

  『成 文 』 は ケ ニ ア 独 立 後 の 円 滑 な 裁 判 実 務 の た め に 企 画 さ れ た も の で あ り,諸 民 族 間 の 慣 習 法 の 多 様 性 よ り は 同 質 性 を 強 調 す る こ と が 最 初 か らの 編 纂 方 針 だ っ た 。 各 民 族 の 制 度 や 慣 習 は,全 国 共 通 の 統 一 さ れ た 書 式 に した が っ て 記 録 さ れ た 。 そ の た め 多 様 な 地 方 的 変 差 が 無 視 さ れ て,ひ と つ の 事 項 に つ き ひ と つ の 慣 習 法 だ け が 選 択 さ れ 記 録 さ れ る こ と が 多 か っ た[TwlNING  1964:38‑41]。 そ の こ と は 裁 判 実 務 用 の ガ イ ド ブ ッ ク と して の 長 所 を 『成 文 』 に も た せ る こ と に は な っ た が,慣 習 法 の 全 体 像 を そ こ か ら よ み と る こ と は で き な い 。 ま た,『 成 文 』 の た め の 資 料 収 集 の と き に 法 律 パ ネ ル を 構 成 し,そ れ 以 前 に も英 国 人 行 政 官 の 法 律 顧 問 の 役 割 を は た し た の は チ ー フ や 比 較 的 富 裕 な 長 老 た ち で あ り,彼 らは 一 般 に平 均 以 上 の 面 積 の 土 地 を 所 有 し,平 均 以 上 の 数 の 妻 を も っ て い た 。 彼 ら に と っ て 有 利 な 慣 行 が,慣 習 法 と し て 採 用 さ れ,固 定 化 さ れ た 可 能 性 も 否 定 で き な い 。

  以 上 で ふ れ て き た グ シ イ の 離 婚 慣 習 法 の 変 化 は,主 と して 裁 判 所 や 行 政 官 の 判 断 を め ぐ る変 化 で あ る。 行 政 と 司 法 の 意 図 的 な 影 響 力 行 使 を も っ と も受 け や す い 側 面 で, 慣 習 法 の 変 化 を 語 っ て き た こ と に な る。 こ の 種 の,い わ ば 「半 官 半 民 」 の 離 婚 慣 習 法 は,子 の 帰 属 と婚 資 の 返 却 に か ん し て 時 代 ご と に 一 定 の 傾 向 性 を し め して い る が,「 純 821

(17)

                                    国立民族学博物館研究報告  13巻4号 民 間 」 の 離 婚 慣 習 法 で は過 去 も現 在 も,さ ま ざ ま の 選 択肢 が用 意 さ れ,個 々 の ケ ー ス にお う じて 異 な った 解 決 策 も しく は現 状 黙 認 の 放 置 策 が と られ て きた はず で あ る。

ll.離 婚 訴 訟 と 審 理 過 程(1979‑一 一80年)

  1.  離 婚 訴 訟 フ ァ イ ル の 概 要

  キ シイ ・タ ウ ンの キ シ イ裁 判 所(Kisii  Law  Court)に は前 述 の よ う に巡 回 高 裁 と 上 級 ・下 級 地 裁 が 設 置 され て い る。 キ シイ 高 裁 の 管 轄 区 域 は キ シイ 県全 域 とそ の 西 側, ル オ の 居 住 地 で あ る南 ニ ャ ンザ 県 の 一 部 を ふ くん で い る。 そ の 区域 内 の 下 級 地 裁 は キ シ イ県 内 に キ シ イ ・タ ウ ンの そ れ をふ く めて5カ 所,南 ニ ャ ンザ 県 に は4カ 所,計9 カ 所 あ る。 キ シ イ上 級 地 裁 に は上 級 判 事 と代 行 判 事 各1名,9カ 所 の下 級 地 裁 に は全 部 で1等 判 事1名,2等 判 事6名(う ち2名 が 職 業 裁 判 官),3等 判 事6名(す べ て 素 人 裁 判 官)が い る(い ず れ も1981年 当 時)。

  こ こで 取 り扱 うの は キ シイ ・タ ウ ンの上 級 ・下 級 地裁 で受 け つ け た離 婚 訴訟 で,そ の 大 部 分 は下 級 地 裁 の もの で あ るが,訴 訟 フ ァイ ル は ま と めて 上 級 地 裁 事 務 所 に保 管 され て あ る。 そ の う ち筆 者 が 手 書 きで 写 して きた の はユ979年 と1980年 の2年 分 で あ る。

  訴 訟 の 受 理 を記 録 した 台 帳 か らみ た総 件 数 と,実 際 に保 管 され て い る フ ァイ ル の数, お よび 原 告 被 告 の 民族 別 は次 の とお り。

1979年

(a)総 受 理 件 数 (b)保 管 フ ァ イ ル 数 (c)保 管 フ ァ イ ル の う ち

原 告 被 告 と も に グ シ イ 原 告 被 告 と も に ル オ 原 告 グ シ イ,被 告 ル イ ヤ 1980年

(a)総 受 理 件 数 (b)保 管 フ ァ イ ル 数 (c)保 管 フ ァ イ ル の う ち

原 告 被 告 と も に グ シ イ 原 告 被 告 と も に ル オ

38 32

16 15 1

50 36

25 9 822

(18)

松園  子の監護 と婚資 返却

ヤイイサルマににももとと告告被被告告原原 11

  上 記 の う ち 「 保 管 フ ァイ ル数 」 と い うの は,筆 者 の1981年 調 査 時,裁 判 所 内 に存 在 し,閲 覧 しえ た数 とい う意 味 で あ り,そ れ 以 外 の フ ァイル は現 在 係 争 中で 弁 護 士 が借 り出 した もの,も し くは後 に取 り下 げ られ た訴 訟 と い う事 務 官 の説 明 で あ った 。 しか し,取 り下 げ られ た 訴 訟 で あ って も訴 訟 の コ ピー が フ ァイ ル され て い る もの もあ り, 事 務 体制 の不 備 もあ って,行 方 不 明分 の 実 態 に つ い て は よ くわ か らな い。 ル オ の訴 訟 が か な りの 数 に の ぼ るの は,南 ニ ャ ンザ県 か らキ シイ ・タ ウ ンは比 較 的近 く,道 路 も 整 備 され て お り,ま た キ シイ裁 判 所 の 地 裁 で は管 内 の地 裁 支部 と ちが って月 曜 か ら金 曜 ま で 審 理 が お こな わ れ て いて 利 用 しや す い な どの 理 由 に よ る。

  保 管 フ ァイ ル の 中 に は,グ シイ(妻)を 原 告,ル イ ヤ(夫)を 被 告 とす る もの1件 が あ る(表4,ケ ー ス番 号6)。 両 人 はグ シイ とル イ ヤ の慣 習 法 に も とつ い て結 婚 した と訴 状 に書 か れ て お り,本 稿 で 扱 うテ ーマ にか ん す る両 民族 の 慣 習 法 には大 差 が な い とかん が え られ,さ らに,訴 状,答 弁 書,判 決 文 の 内 容 も原 告 被 告 が と もに グ シイ で あ る場 合 の 変 差 の 範 囲 内 に あ る。 した が って,以 下 の 分 析 で は,こ の1件 も通 常 の グ

シイ の離 婚 訴 訟 の うち にふ くめ る こ と にす る。

  そ うす る と1979年 の17件,1980年 の25件,計42件 が本 稿 の分 析 対 象 とな る。 これ ら につ き原 告 を 夫 婦 別 に分 け る と以 下 の とお り。

1979年     夫 が原 告     妻 が 原 告 1980年     夫 が原 告     妻 が原 告

8 9

 7 18

  1980年 の 妻 を 原 告 と す る18件 の 中 に は,女 性 婚 の 離 婚 訴 訟 が1件 ふ くま れ て い る (原 告,被 告 と も に 女)2)。 以 上 に よ り両 年 を あ わ せ る と,夫 原 告15件,妻 原 告27件 で, 後 者 が 圧 倒 的 に 多 い こ と が わ か る(以 下,前 者 の15件 をH群,後 者 の27件 をW群 と よ ぶ こ と に す る)。

2)こ の女 性 婚 の 離婚 訴 訟 は法廷 審 理 の うえ で,子 の 監護 と婚 資 返却 に かん して通 常 の慣 習 婚 の 離 婚訴 訟 とま った くお な じ扱 い を受 けて い る。 した が って 本 稿 で は,訴 訟 にお け る夫 と妻 の 一般 的 態 度を 比 較 す る 文 脈 にお いて は,女 性 婚 の 「妻 」 と婚資 を 支 払 った女 をそ れ ぞ れ一 般 の慣 習 婚 にお け る妻 お よび 夫 と して 扱 う こ とにす る。

      823

(19)

国立民族学博物館研究報告  13巻4号 表2  1974‑‑80年 の離 婚 訴 訟受 理 状 況

年度

1974

(A) 受 理 総 数

8

(B) (A)の う ち グ

シイ か らの受 付 総数

7①

(C) (B)の うち 妻

を 原 告 と す る もの

2

(D) (B)中 の(C) の 割 合

29%

75 14 9① 8

89%

76 25 19 17

89%

77 38 31① 25

81%

78 51 39① 27

69%

79 38 24② 16

67%

80 50 32 22

69%

224 161 117

73%

備 考   (B)欄 の うち右 肩 の ①② の数 字 は夫 が2人 の 妻 に 対 して 同     時 に 離婚 を 訴 え 出 た件 数 を 示 す 。 これ らは1件 と して 算 定 。

  訴 訟 受 理 台 帳 に よ れ ば1974年 以 降 の 受 理 状 況 は 表2の よ う で あ る 。

  表2の う ち(A)か ら(B)を 差 し引 い た 分 は 大 半,ル オ か ら の 訴 訟 で あ る 。 ま た グ シ イ 人 か ら の 訴 訟 フ ァ イ ル で 筆 者 が 閲 覧 しえ な か っ た 行 方 不 明 分 は1979年 で24件 中6件, 1980年 で32件 中7件 と い う こ と に な る 。

  表2か ら わ か る よ う に,訴 訟 件 数 は 毎 年 ふ え て い る。 グ シ イ か ら の 訴 訟 で 目 立 つ の は,妻 か ら の 提 訴 が 多 い こ と で あ っ て,1974‑1980年 の7年 間 で 全 件 数 の じつ に73%

を し め て い る 。 そ れ に は 明 確 な 理 由 が あ り,あ と で ふ れ る こ と に す る(H.5.参 照)。

  っ ぎ に1979,1980両 年 の 閲 覧 しえ た 総 訴 訟 件 数42(う ちH群15,W群27)に つ い て の 概 要 を 記 し て お く(表3,表4参 照)。

  計42件 の 訴 状 の 内 容 に よ れ ば,当 事 者 で あ る夫婦 は全 員 別 居 中 で あ る。 こ の う ち 妻 の16人 は夫 以 外 の 男 と げ ん に 同 居 して い る 。 これ は 訴 状 と 陳 述 記 録 か らわ か る範 囲 の 数 で あ り,実 際 に は も っ と多 い こ と が 想 像 さ れ る 。

  夫 婦 の 同 居 期 間 は最 短 で1カ 月,最 長 で8年 間 で あ り,6年 以 上 は全42件 中8。 大 部 分 は2‑4年 と い う と こ ろ で あ る。

  訴 訟 受 理 後 の 経 過 の 様 態 で 全 件 を 分 類 す れ ば 以 下 の よ う に な る 。 カ ッ コ 内 の 内 訳 は 前 者 がH群,後 者 がW群 か らの 件 数 で あ る。

離 婚 判 決 の 出 た もの 棄 却 され た もの

24  (8,  16) 3(0,3)

(20)

松園 子の監護 と婚資返却

原 告 欠 席 の た め 却 下 され た もの 取 りさげ た もの

審 理 中 の もの

3(1,2) 2(1,1) 10(5,5)

計 42(15,27)

表3H群(夫 原告)の 訴 状 と審 理 の 概 要

ケース番号

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

A被告

妻 妻,妻 の父

妻 妻,妻 の父

妻 妻,同 居 の男

妻 妻,妻 の父

妻 妻 妻,妻の 父 妻,妻 の父 妻,妻の父

妻 妻

B登録婚 C婚姻の年

1957

D夫婦の同居期間

6年 1年 1年 1カ 月

2年 2年 10年 1‑2年

E婚資

ω牛 ω山羊 ㈹現金 (シリング) F夫婦間の実子

△(?) G

る妻夫以外の男と同居す

H

請内 求容

ω離婚

X

×

×

×

×

×

×

× X X

×

× X X

×

㈲婚資返却 ㈲監護

× 76

1 75 76 74 73 54 77 61 76 76 76 76 70 59

6

6

8

5 2

2

3

3 5 3

1

審理の様態

J 判 内

決容

審理中 一方的 判決 一方的 判決 審理中 却 下 判 決 判 決 判 決

ω離

55

ω婚資返却

牛全額

㈲監護者

×

×

×

×

650

○ ○(W)

△ △(W)

○(H),

○ ○(W)

○(W)

×

× × ×

×

×

牛 と現 金全額

2カ 月 3年 2年 4年 4年 8年 7年

21 7

300 70

×

×

6 4 4 5 8

審理 中

×

×

一 方 的 判 決

と りさ げ

×

300

△(W)

△ △(W)

△ ○(?)

△ △(W)

×

×

×

判 決 審理中

×

牛全額

×

× ×

判 決

審理 中

X

備 考

1・A,B,C,D,E,F,H各 欄 は 訴 状 の 内 容 に も と つ く。

2,G欄 は 訴 状 と 答 弁 書 の 内 容 に も と つ く。

3,J欄 は 判 決 書 の 内 容 に も とつ く 。 4.B欄 一 登 録 婚 以 外 は す べ て 慣 習 婚 で あ る 。 5.D欄 一6カ 月 以 上,1年 未 満 の 同 居 は1

年 と し た 。

6、Eue‑一 一婚 資 に つ い て は 注3,p.828を 参 照 。 7.Fue‑一 △ は 息 子,○ は 娘 を 示 し,記 号1

個 で1人 を しめす 。

カ ッコ内 は訴 訟 時 の 監護 者 。Hは 夫,W は妻,?は 不 明を しめ す 。

8・1欄 一 「一 方 的 判 決 」 は被 告 の 口頭 弁論 欠 席 によ る一 方 的判 決 の 意。 「却 下 」 は 原 告 欠 席 に よ る却 下 の 意 。

9.J(3)欄 一 全 部 の子 の 監 護者 を しめ す 。 10.ケ ー ス番 号6に おけ る2人 の息 子 は審 理

によ り夫 の実 子 で は な く,妻 が 同居 して い る男 の実 子 と判 定 さ れ た。

825

参照