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修士論文
「よりみち」モデル:
高等学校における教科間連携を意図した 新型授業モデルの構築
埼玉大学 教育学研究科 学校教育専修 学校教育専攻 教育学分野
13AA005 矢野 武史
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「よりみち」モデル:
高等学校における教科間連携を意図した新型授業モデルの構築
目 次
序 章 問題意識・研究方法 ・・・ 4
第一節 問題意識 第二節 問題の背景
第三節 教科間連携を試みる先行研究の類型 第四節 研究の方法
第一章 学校知の多角的検討 ・・・26
第一節 学校知についての検討の必要性 第二節 教育課程研究における学校知 第三節 ポストモダニズムと学校知
第四節 情報科学・脳科学分野からみた学校知 第五節 グローバリゼーションと学校知 第六節 まとめ
第二章 学校知のウェブ化と教科間連携 ・・・50
第一節 教科間連携のための学校知のあり方 第二節 ツリー型学校知の性質
第三節 グローバル時代に求められる学習者の知 第四節 制度改革の限界
第五節 学校知のウェブ化とは何か
第六節 学校知のウェブ化と教科間連携
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第三章 教師による知のセミ・ラティス化 ・・・68
第一節 これまでのまとめ
第二節 学校知をウェブ化する教師のセミ・ラティス化 第三節 セミ・ラティス化で実現するつながり
1)他の教科内容とのつながり 2)個人的経験と学校知のつながり 第四節 複雑系の活動としての教育・学習 第五節「問い」の発生
第六節 授業のセミ・ラティス化と教科間連携
第四章「よりみち」モデル:
教科間連携を意図した新型授業モデル ・・・90
第一節 高等学校の教師として
第二節 教師によるセミ・ラティス化と教科間連携
第三節「よりみち」モデルによる授業改革 新たな教科間連携のあり方 第四節「よりみち」モデルの具体性
第五節「よりみち」モデルと日本の高等学校教育 その可能性 第六節「よりみち」モデルの課題についての検討
第七節 おわりに
資 料 ・・・ 110 1.公民科 政治経済における「よりみち」の具体例
2.政治経済 学習指導案
3.各教科への「よりみち」 ~政治経済の授業案を振り返り~
参考文献 ・・・ 126
謝 辞 ・・・ 130
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序 章
問題意識と研究方法
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序 章 問題意識と研究方法
第一節 問題意識
「授業改善」が、学校教育現場で要請され続けている。
「授業改善こそが学校教育改革の本丸である。 」という主張に、少なくとも理念的な意味 において疑問を投げかける教師はいないであろう。
しかし不思議なことに、この「授業改善」は、毎年のように積み重ねられる様々な改革 のなかで、一番後回しにされている。様々な改革が着々と進む中、授業改善という改革の 本丸が遅々として動かないのはなぜだろうか。その背景には、授業改善というものが、様々 な改革の中で、もっとも手をつけづらい分野であるという認識があると思われる。授業改 善が最も必要な改革テーマである一方で、着手することに最も困難を感じるテーマである ということは多くの教師の共通の感覚であろう。
学校教育に対する諸改革によって教師が多忙化し、授業改善が最も後回しにされるとい う今日の状況は、改革の本丸をないがしろする本末転倒な有様と言ってよいのではないだ ろうか。
1998
年公示の学習指導要領によって、「生きる力」を養うという観点から、「総合的な学 習の時間」が設定された。公示の前段階から、どのような内容をどのような方法で実施す べきかについて、様々な議論が積み重ねられ、総合的な学習の時間は、授業改善の起爆剤 となると期待された。
しかし、1999 年頃に始まった学力低下論争以来、総合的な学習の時間のあり方に対する 疑念や批判が常につきまとい、その過剰な運営負担とあいまって、2003 年には、総合的な 学習の時間の方向性や系統性が示され、総合的な学習の時間に対する学校の裁量性が狭め られた。進路指導や学級活動の延長で利用されるなど、実施が形骸化する学校も多くあり、
総合的な学習の時間によって学校教育を大きく変革するとした当時の期待は、いまだ果た されていない
1。
とはいえ、総合的な学習の時間の導入は、学習者に何を学ばせるべきか、あるいは、学 習者のための学習とは一体何か、という論題を、教育改革の俎上に乗せたことは間違いな い。けだし、上述の問いかけ、すなわち、社会の中で要請される共通的な知を学習者が習 得しなければならないということと、学習は学習者のためにされなければならないという ことは、両立されなければならない論題であろう
2。しかし実際に教育課程研究の世界を見 てみると、前者は系統主義的教育観、後者は経験主義的教育観とされ、互いを批判しあう、
1 中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」2008 で は、「補充学習のような専ら特定の教科の知識・技能の習得を図る教育が行われ、運動会の準備などと混同された実 践が行われてたりしている例もみられることや学校間・学校段階間の取組の実態に差がある状況を改善する必要があ る」とされ、総合的な学習の時間のあり方の改善が目指されることとなった。
2 柴田義松『柴田義松教育著作集3 教育課程論』学文社 2010「このようにして学習の主体的・方法的側面に着目し、
子どもの自発性とか興味を重んじることは、教育の成立に不可欠の条件であったとしても、決して十分な条件では ない。教育が成立するためには、社会のなかで歴史的に蓄積されてきた文化財のなかから、教育的に価値のあるもの として選択された教科内容の十分に吟味された体系が必要である。」(p.68)
他、山口満編著『現代カリキュラム研究』学文社 2001 pp.71-95 阪尾隆司 第6章「学校が主体となったカリキ ュラム開発にむけて」など
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二項対立的な関係に陥ってしまっている
3。筆者は、学校教育において学習者に提供されな ければならない知が存在するという系統主義的な立場に立脚しつつも、この二項対立的関 係を乗り越え、経験主義的な教育観を包摂し得る知見を模索するものである。
学校教育において、教科内容という形で分節化した学校知を、学習者に資する形で学習 者の知に接続すること、それが学校教育改革および授業改善の場で要請されている問題で ある。学習者側の知の統合を実現するためには、組織レベル、授業レベル、学習者の個人 のレベルのいずれかの段階において教科という枠組みを越えた活動が必要となる。学校知 は、教科内容という類型化された知として学習者に提供されるが、それらの知は、最終的 には学習者個人の知として一つに統合されなければならない。
佐藤学は、中途退学や学習拒否に現れる、学校教育と学習者との乖離現象を「学びから の逃走」と表現し、危機感を表明した。そして学習者を学校教育に回帰させることを意図 して、 「学びの共同体」構想を提案している
4。これは、協同的な学びを通じ、学習者の学校 教育への回帰を期するものである。
ジグゾー法、KJ法、あるいはディベートやマーケティングディスカッションなど、協 同的な学びのための手法は多々開発されている。いずれの方法をとるにしろ、授業改善の ために、協同的な学習手法を取り入れる目的は、学習者の立場にたった知の統合を図るこ とにある。そこには、各教科に分節された学校知は、最終的に学習者個人の段階で統合さ れなければならないという要請が存在する。またそこには、同時に知の統合を学習者個人 に任せていてよいのかという問いかけが存在している。指導方法を改善し、学習者個人の 知の統合を支援することが、協同的な学びの目的である。
学習者段階での知の統合を授業において支援するという観点からすれば、授業では何ら かの形で当該教科内容を越えた知を扱うことになるであろう。実際協同的な学びにおいて は、それがどの教科の授業であろうと、何らかの教科内容からの逸脱が存在する。各教科 に分節された授業は、どのような形で、学習者の知の統合に貢献できるのであろうか。学 校知と学習者の接合、あるいは、学習者における知の統合が、学校教育のめざすものであ るならば、教科の枠組みを越えていく教科間連携は、授業改善の中心的な論題となる。
学校知と学習者を接合するものとしての教科間連携、あるいは学習者の知の統合を支援 するものとしての教科間連携といったことを想起した場合、様々な問いが生まれる。そも そも、知の統合を、学習者個人の責任として、学校教育がこれを放置するあり方は妥当で あるのか、教科間連携や学習者の知の統合は、総合的な学習の時間というような新たな領 域設定や、「環境学習」というような新たな単元の設定など、既存の授業の外側に仕組みを 整えない限り解決できないのか。総合的な学習の時間という新たな領域を作ることによっ て、逆に、日常の授業の中にこそ必要な教科間連携が、顧みられなくなるということには ならないのか。教科間連携のために責任教科の存在しない新たな領域をつくることは、学 校知の統合を学校の責任から学習者個人の責任へと転嫁することに格好の言い訳を与えて しまっているとは言えないだろうか等、様々な問いが提起される。
3 原清治編著『学校教育課程論』学文社2005 p.5の図で、日本の学習指導要領の変遷を、系統主義と経験主義とを両 局に配置した図を採用し説明している。教育課程研究が系統主義と経験主義との間での二項対立的な論争であったと いう解釈の典型例が示されている。
4 佐藤学『学校を改革する 学びの共同体の構想と実施』岩波ブックレット842 2012 参照
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こうした問いに検討を加えつつ、教科教育を主とする学校教育において教科間連携はい かに実現可能であるのかについて答えていくこと、それが本研究の論題である。
教科間連携の推進を研究テーマとするにあたり、その対象を我が国日本の高等学校にし ぼった。その理由は、中学校、高等学校を含む中等教育が、専門教科制をしいていて、教 科による知の分節が初等教育に比べ強化されていること、特に高等学校においては、知の 内容が高度になるだけでなく、学習者の高等教育や実社会への接続という要請上、教育課 程においては選択制が強化され、学習者の知の分断(たとえば文科系、理科系の意識の違 いなど)が起こりやすい場であること、さらには、知の統合やオープンエンドな新しい問 題への対応のための教科間連携が、より切実にかつより困難に要請されうる場であると考 えるからである。
また日本における学校教育改革は、諸外国との比較において、後述する「品質保証国家」
的な改革と、学力低下論争や教員組織のあいまい性に対する批判への対応としての改革が、
同時期に重なったという意味で特徴的である。我が国の高等学校は、教科間連携が強く要 請される中、どの国の学校教育システムよりも、その正反対に向かう改革の影響を強く受 けている組織と言える。そのような極限にある組織においての教科間連携の検討は、おそ らく日本よりも穏やかな影響の下にある他国の教育システムに対しても通用する提言をな しうると考える。
教科間連携は、授業改善の中核であると言える一方、近年日本の高等学校、特に公立の 高等学校において、まるでそれを否定するかのような改革が加速度的に進行している。現 職として公立高校に勤務している筆者にとって、1990 年代末からのここ
10年ほどの改革 の波は、まるで「永遠に続く改革」あるいは「改革のための改革」のように感じるもので あったが、それと同時に、この一連の改革が、改革の本丸として要求される授業改善を阻 害しているものに見えて仕方がなかった。この改革のうねりは一体何を意味しているのか、
その背景を考察の対象に入れなければならない。日本の高等学校教育がさらされている 様々な背景を検討しつつ、教科教育における授業改善で、教科間の連携を図り、学習を真 に学習者のためのものにする方策を検討していく。
第二節 問題の背景
次に教科教育、特に高等学校における教科教育は、教科間連携の推進という観点からす ると、どのような問題に直面しているのか、その背景を見ていく。以下に述べるような5 つの動向が、教科間連携の推進を検討する上で、見逃すことができない背景であると指摘 することができる。
1)創造性や統合力の育成について
教科間連携の推進を考察する上で重要な背景の第一は、近年世界レベルで、学校教育に おいて学習者の創造性や統合力の育成が要請されるようになっていることである。
OECDは、先進国の主要な利害関係を調節する国際組織であるが、1960 年代にはCE
RIを立ち上げるなど、教育問題にも早くから関わり、種々の提言を行ってきた。特に
21世紀にむけて、どのような教育のあり方が求められているのか、先進各国の動向を見極め
ながら、いくつかの提言を行ってきている。その中でも特筆すべきは、1974 年にCERI
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と日本の文部省(当時)との協力で開かれた会合で、アトキンによって示された「羅生門 的アプローチ」である。これは解のないオープンエンドな問題に対する学習者の創造性や 統合力の涵養と発揮を、学校教育の目標に据えるべきと提言したものである
5。
OECDは、
1988年より、教育における国際比較の指標づくりとして、 「インジケーター 事業」を開始しているが、
1997年にはDeSeCoが三つのキーコンピテンシーを発表し、
その中で「社会的、文化的、技術的なツールを相互作用的に活用する能力」や「多様な社 会グループにおける人間関係形成能力」をあげ、学習者の知識活用力や創造性、統合力の 育成が学校教育の重要な目標であることを宣言している。この提言をもとに生まれたPI SA学力調査は、世界各国の教育政策のあり方に重要な影響を与えている
6。
その動向と重なるように、世界各国でも、創造性や統合力の育成が学校教育の目標とし て掲げられるようになった。
イギリスでは
1997年の教育白書で「学校における卓抜性」が教育で扱うべき主要なテー マとされ、
99年に設立された「創造性と文化の教育に関する国家勧告委員会」で、創造性 教育を小学校から開始するべきとの結論を出した
7。
アメリカでは、1950 年代のスプートニクショック以降すでに、教育における「創造性」
の育成ということが盛んに言われ続けていた。当初は、J.S.ブルーナーの「発見的学 習」に見られるように、その創造性の発揮は、系統的な学問知との接続という観点から要 請されるものであった
8。系統的な科学技術上の知識との関係でいかに創造性の発揮が可能 であるかが問われた。
ドイツでは、2000 年代、PISAショックによって、各州がスタンダード(指導要領)
を編成するようになった。各州のスタンダードは、学習内容を示すというよりも、実現さ れるべきコンピテンシーを示すものであり、ドイツの学校教育の道標となるべく設定され たものである。そうしたスタンダードの中に重要なコンピテンシーとして創造性が掲げら れるようになった
9。
フィンランドでは、1990 年代にベルトネンらによって「エンタープライズ・エデュケー ション」が導入された。実社会の中で独自のビジネスを開始し経営する能力である「外的 起業家精神」と、身近な生活上の課題に対し、起業家的に仕事を開始し経営する能力であ る「内的起業家精神」とを、学校教育において学習者に身につけさせるべきコンピテンシ ーと位置づけ、創造性を高めるための活動を強化し始めた
10。
日本では、
1977年公示学習指導要領より、 「ゆとりと充実」というキーワードのもと、従
5「羅生門的アプローチ」とは、文部省がCERIと協力して、1974年に東京で開催した、カリキュラム開発に関する 国際セミナーにおいて、J.M.アトキンが、「工学的アプローチ」に対する形で打ち出した言葉である。
文部省『カリキュラム開発の課題 カリキュラム開発に関する国際セミナー報告書』1975 および 後藤康志・生田孝至「教育課程の今日的課題」『新潟医療福祉学会誌』6(1) 2006 pp.114-120 参照
6 キーコンピテンシーについては、D.S.フイチェン R.H.サルガニク著 立田慶裕監訳『キーコンピテンシー-国際標 準の学力をめざして-』明石書店2006 他、中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援 学校の学習指導要領等の改善について(答申)」2008参照
7 弓野憲一編著『世界の創造性教育』ナカニシヤ出版 2005 pp.115-117 8 弓野 2005 pp.73-100
9 原田信之「コンピテンシー構築思考のカリキュラム」『岐阜大学教育学部研究報告 人文科学』第61巻第1号 2012
pp.141-151 及び 原田信之「ドイツ初等教育の統合教科「事実教授」のスタンダード」『岐阜大学教育学部研究報告
教育実践研究』第8巻 2006 pp.149-162 を参照 10 弓野 2005 pp.149-162
9
来の画一的で詰め込み型の教育からの脱却を開始し、
1989年公示指導要領では、 「新学力観」
のもと、個性や能力に応じた教育への転換が謳われた。学習者中心主義への転換とも言え る。その延長で創造性や統合力という言葉が前面に出てくるのは、
1998年公示学習指導要 領である。その制定過程である教育課程審議会答申では、教育改革の基本方針として「個 性重視」「基礎基本」の重視とともに、「創造性、考える力、表現力の育成」を取り上げて いる
11。その結実として、 「創造性」は
98年公示指導要領の総則において、「総合的な学習 の時間」の創設とともに盛り込まれることになった。さらに
2011年公示指導要領総則にお いては、「総合的な学習の時間」を、学習者の知識統合の場であると、その位置づけを明確 にし、学習者における「知識の統合」の支援も、学校教育の目的の一つとして明示される に至っている。
この流れを受けて、日本では、大学入試のあり方についても改革の波が訪れている。従 来行われていた教科ごとに知識を問う形式による、入試の形骸化、知識の偏在化等の反省 から、
2008年より文部科学省の諮問で、新型高大接続テストの研究が始まった
12。同年、
中央教育審議会の高大接続特別部会において、大学入試改革の検討が始められ、同年
12月 の答申「学士課程教育の構築に向けて」の中で、「総合的な学習経験と創造的思考力」「活 用力や創造的な問題解決能力」を問う入試のあり方が検討されるべきことが答申された
13。
2013年の教育再生会議の提議を受けつつ、中央教育審議会の高大接続特別部会よって1)
合教科型、総合型の問題の導入、2)知識・技能の活用力を問うこと、を意図した新型の 高大接続テスト、 「達成度テスト・発展レベル(仮称)」を年複数回の予定で、
2020年度(平 成
32年度)より実施するとの検討がなされ、2014 年
12月に答申がなされた
14。新型の高 大接続テストは、高等教育への進学を希望する学習者の創造性と統合力を測るものであり、
このテストの実施にともない、高等学校教育においても、創造性と統合力の育成を図る合 教科的、総合的な学習機会の設定が要請されるようになると考えられる。
2)知の量的拡大と分裂
近年の科学技術の加速度的な発達にともない、科学知を基盤とした専門知は、量的に益々 膨大なものとなってきている。その一方、専門知の細分化、あるいは分断の様相は著しい。
もはやある分野の専門家は、他の分野の専門分野についてほとんど何も知らないという状 況が当然のことになりつつある
15。
専門知の分断化は、逆にその細部と細部の新しい組み合わせによる知の創造の可能性を 秘めている。そこに狙いを定めたものが、高等教育における学際分野の新設あるいは文理
11 文部省 平成10年 教育課程審議会答申:「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教 育課程の基準の改善について(答申)」1998
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei1998_index/toushin/1310294.htm
(2)教育課程の基準の改善のねらい 2)自ら学び、自ら考える力を育成すること 参照
12 佐々木隆生「日本型高大接続の転換点-「高大接続テスト(仮称)」の協議・研究をめぐって-」『北海道大学公共政策 大学院 年報公共政策学』第5巻 2011 pp.81-114 および 佐々木隆生『大学入試の終焉』北海道大学出版会 2012 13 中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」2008 p13
14 中央教育審議会 高大接続特別部会 審議経過報告(概要) 2014 及び 中央教育審議会答申「新しい時代にふ さわしい高大接続の実現に向けた、高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」2014
15 C.P.スノー著 松井巻之助訳 『二つの文化と科学革命』始まりの木 1963=2011 1950年代においてすでにイギ
リスにおける人文主義と自然科学との専門家同士の壮絶な隔たりがあったことが叙述されている。
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融合という動きであろう。しかし、この動きが、専門知識を既に習得している専門家は別 として、専門知識の習得途上にある学習者に対して、有益なものかどうかは疑問の残ると ころである。こうした知の統合的活動が、学習者に中途半端な知識の習得をもたらしてし まっているという指摘は少なくない
16。
一方、こうした専門知の膨大化と分断化に対し、「知の構造化」という試みが進められて いる。東京大学を中心に進められているこのプロジェクトは、膨大化する知と知の関係を、
一つの可視的な構造として描こうとする試みであり、知の欠缺を明らかにするとともに、
創造分野の開拓を示唆しようとするものである
17。知の構造化のプロジェクトには膨大な情 報量を扱う情報通信技術の活用が欠かせないが、それは知の量的拡大がもたらす発想方法 と言えよう。
知の量的拡大により、専門知はますます分裂含みなものとなっている。この状況は、学 校教育で展開される知のあり方と無関係ではない。専門知の量的増加にともない、学校教 育においても、新たに学習されるべき内容が追加される。環境問題、生命倫理、エネルギ ー問題、情報通信技術、ジェンダーや健康に関する知識等、次々に新しい学習単元が増え る。そしてこうした領域の多くは、教科学習の中に組み込まれ、専門教科制の中で、教科 内容として分断されていく。
日本では、学校知の量的拡大に対し、選択科目を増やすという方向で対応してきた
18。学 校教育全体としては、すべてを扱っていることになるが、学習者にとっては、自己責任で 知識を取捨選択することになる。それは学習者の知的分裂を著しくさせ、 「数学嫌いな文系」
「社会科嫌いな理系」という言葉を日常化させる。
知の量的拡大は、学問的融合、新分野の開発という可能性を増大させる一方、学習者を 知的な意味で分断し、知の統合を学習者の自己責任とする流れを加速させる。
3)学校知の相対化
近年のインターネットを基盤とする情報通信技術の発達は、集合知という新たな知の分 野を生み出した。そのことにより、従来学習者個人に決定的な権威をもっていた学校知は、
相対化されるようになった。いまや学習者は、学校教育に頼らずとも、必要な知識を、ほ ぼ満足できるレベルに得ることが可能となった。
近代以来、学校教育は、学習者に知的解放をもたらす権威者であった。社会的因習や宗 教的偏見から学習者を解放するために学校教育は機能した。近代国家において徒弟制は解 体され、学校教育が、生活に必要な技術と知識を提供する役割を担った。学校教育は、学 習者にとって殺生与奪の権を握る最高権威として機能するようになった。
その権威も、現代においては、もはや落日の状況である。学習者は、むしろ学校知の拘 束から逃走しようとさえしている。学校教育に頼らなくても、人は何らかの形で生きられ
16 元田州彦「教養教育の価値転換を考えられるか-特定プログラム科目「文理融合」の展望と課題」『東海大学総合教 育センター紀要』№30 2010 pp.135-145
17松本洋一郎「学術創成としての知の構造化」『情報処理』48巻8号 2007 pp.813-815
18 桐田清秀「戦後日本教育政策の変遷」『花園大学社会福祉学部研究紀要』 第18号 2010 pp121-140
1987年の教育課程審議会答申では、中等教育において、「選択教科等にあてる時間」を増やし、「できるだけ多様 な科目を用意する」ことが答申された。この答申をもとにした1989年公示指導要領実施以降、中学校・高等学校に おいて選択科目の増加と多様化が進んだ。
11
るようになった。学習者は益々自らが接する体験空間と情報通信技術がもたらすサイバー 空間からなる私的領域において学習するようになっている。
このような学校知の相対化は、今後の学校教育を考察する上で無視できない背景と言え る。学校教育はもはや必要でなくなったのであろうか。あるいは、もし必要であるならば、
それはどのような点からそう言えるのかが問われている。
このまま学校知が相対化し続け、学習者にとって学校知が何ら役に立たない無用なもの と化せば、学習者の知は完全に私的なものとなってしまうだろう
19。この場合、個人と個人 の知的関係は著しく分断されてしまうことになるであろうが、その時、どのような社会が 出現するだろうか。知の分断を前提とする社会において、分断による混乱や摩擦をどのよ うに解消してゆけばよいだろうか。今後、そうした問題が提起されることとなるだろう。
4)学校教育の効率化に伴う学校知の統制・管理の強化
1970
年代以降、日本では「ゆとり」というキーワードの下、学習の量的削減と個別化へ と方向転換を図り、1998 年公示指導要領においては、学習内容の
3割削減が示された。し かしその後の国際調査によって、日本の学習者の読解力や数学リテラシーの国際ランキン グが低下したと指摘されるに及び、いわいる学力低下論争が起こり、基礎基本の重視とい う文言の下、「ゆとり」「個別化」の路線は大きく修正をせまられるようになった。こうし た基礎学力重視の動きは、系統主義的な学習体制の復活とも見られるが、その中で「総合 的な学習の時間」は形骸化し、従来型の知育への回帰がみられるようになった
20。
この流れと重なるかのように、2000 年代以降になると、学校組織改革が急速に推進され るようになる。この背景としては、日本独特な公私学校間の格差が存在する下で、学力低 下論争の影響を受けながら、学校組織が希少な財源や入学者、あるいは進学実績などをめ ぐって、競争を激化させてしまったことがあげられるだろう
21。国民にとって不明瞭な学校 組織に、PDCAサイクルに代表される合理的で可視的な経営手法の導入が求められるよ うになった。学校は、自らの目標を明示し、達成すべき水準に対して結果を出さなければ ならない存在とされた。結果を出せなければ、淘汰される。国家や自治体による達成目標 や財源支出などの準拠枠の設定によって、競争を前提とした改革は、すべての学校が同じ 方向をめざすことを強いられることにより過剰となる。こうした競争は、学校に提示され
19 Z.バウマン著 森田典正訳『リキッドモダニティ』大月書店 2000=2001 pp69-118 ポストモダン社会を流体的近
代と分析するバウマンは、公空間の消費社会化の中で、人々が全体として市場への依存を強いられつつも、知的には 分断されていく様を叙述している。
2013年に「特定機密保護法」成立に関して行われた事前の調査では、媒体によって成立支持の割合に差が出たことが
指摘された。(J-CAST 2013・12/5 http://www.j-cast.com/2013/12/05190923.html)新聞系列の世論調査が 賛成少数の調査結果を報道したのに対し、ネット系列の情報媒体は賛成多数の調査結果を報じた。これは、ネットの発 達によって人々の媒体の接し方が多様化し、その結果人々の考え方が多様化し、分裂してきているということを示唆す るものである。
20 桐田 2010 p.134
21市川伸一『学力低下論争』ちくま新書 2002 pp.152-158
1998年公示指導要領の実施前後において、学力低下論の高まりによって活気づいた私立校や塾に対し、それに対抗す べく積極的に学習支援策に乗り出す公立校の姿が描かれている。
12
た準拠枠のクリアをめざして行われる。そのため競争は学校組織を多様化させず、むしろ 同質化を促していく。
一方、学習者の多様化と消費者化により、教育現場には多様な要求がつきつけられ、教 師の不祥事の発生による組織への不信増大も重なり、学校教育の説明責任が何重にも問わ れるようになった
22。以下表1に
2000年代以降に日本において猛烈な学校改革を促すこと になった諸要因をまとめた。
表1 日本の学校組織改革を促す諸要因
項 目 発生年 きっかけとなった出来事
学級崩壊 1997 98年にNHKスペシャルで報道
教員不祥事 1998 報道およびバッシング加熱 セクハラ・体罰等 不登校問題 1999 1960年代の登校拒否の表現を不登校に変更
1999 『分数のできな大学生』出版 2000 第一回PISA調査
2002 小泉政権下における地方行財政改革の推進 OA化と教育公務員削減
いじめ問題 2006 北海道滝川市女児自殺問題や福岡県男子中学生自殺事 件で報道加熱 再びクローズアップ
保護者のクレーマー化 2007 モンスターペアレンツ報道
情報、環境、金融、防災、薬物依存、食育 等々 2008 キャリア教育が指導要領に盛り込まれる
学力低下論
指導項目増加 財政問題
表1で示されるような諸要因が重なった結果、2000 年代以降日本の学校教育現場では、
まるでラッシュと言わんばかりに、組織改革が行われるようになった
23。表
2は、2000 年 前後から開始された学校組織に対する改革を一覧にしたものである。
22 内田樹『下流志向』講談社文庫2009 pp.44-68 「子どもたちは就学以前に消費主体として自己を確立している」
(p45)とし、学習者が教育サービスの消費者と化し、学校に多様な要求をつきつける様を叙述している。
また 加野芳正「新自由主義=市場化の進行と教職の変容」『教育社会学研究』第86集 2010 pp.5-22 において、
新自由主義下での学校教育の市場化によって、生徒・保護者や企業の発言力が強まり、それに対応する形で教師の多 忙化が進んでいることを述べている。本間正人『モンスター・ペアレント』中経出版 2007 他参照
23 桐田 2010 p.133 2000年代以降、教育政策が矢継ぎ早に出されていることに疑問を示している。P.133
13
表2
2000年代以降における日本の学校組織の管理強化
①管理職の権限・組織統制の強化
項 目 発生年 主な内容
校長の権限強化 教育委員会から学校長への権限委譲 特に人事権 2000 学校教育法施行規則改正
2001 東京都 職員会議における採決の禁止
2002 小学校設置基準にて学校自己評価の実施を努力義務化 2007 学校教育法改正 学校評価を盛り込む
2002 東京都 タイムカード導入 2012 君が代斉唱問題
人事の流動化 2003 例 埼玉県人事応募制度 セクハラ 体罰 飲酒運転 差別
2006 福岡飲酒運転事故前後 飲酒運転についての罰則強化 管理職の拡充 2007 学校教育法改正 副校長・主幹教諭・指導教諭の設置
2010 例 埼玉県 自己評価シートの導入
スーパーティーチャー制度の普及(40を越える都道府県で実 施・実施検討中)例 埼玉県 はつらつ先生(2003~)
2014 地方公務員法改正(人事評価と昇進・昇級の関係づけ)
②研修制度の拡充
項 目 発生年 主な内容
研修制度の新設 2002 10年次研修 教育公務員特例法改正 免許更新制度 2007 教育職員免許法改正 2009年から実施 指導力不足教員研修 2007 教育公務員特例法改正
③市場(競争)原理の導入
項 目 発生年 主な内容
学校選択制 2000 例 東京都品川区で実施
2000 学校評議員制度 学校教育法施行規則改正 2004 学校運営協議会 地方教育行政法改正 民間校長 2003 東京都杉並区立和田中学校 藤原和博 外部提携 2008 東京都杉並区立和田中学校 夜スペシャル
授業アンケート 授業評価 の実施
2008 例 埼玉県 学校自己評価システム導入とともに導入 生徒による評価
職員会議の諮問機関化 学校評価制度
懲罰規定厳罰化 勤務管理
外部評価
人事評価制度の確立
世界に視点を移してみると、このような教育に対する競争と管理の強化、効率性と説明 責任の追求は、多かれ少なかれ先進国に共通した傾向と言える。
イギリスは、1988 年の教育改革法の制定により、ナショナルカリキュラムの設定と共通 テストの導入に踏み切った。これは、私立学校中心であったイギリス教育のあり方を、す べての国民を包括する公教育の俎上に載せるため、国家が公教育における目標を明示する とともに、学習者の達成水準というものを共通テストで測るとしたものである
24。
これは国家が国民に対し、教育における達成目標を示し、各学校を、その目標達成へむ けた改革競争に駆り立てる動きであると言うことができる。
24 吉田多美子「イギリス教育改革の変遷」『レファレンス』55(11)2005 pp.99-112 及び 岡本徹「イギリス新労働 党の教育政策(1)-1997年~2000年-」『広島修道大学論集』第47巻 第1号pp89-112 参照 岡本は、新労働 党政権の初期の教育政策が「基準設定とコントロール」(p.94)であったことを指摘している。
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ドイツでは、1970 年代より、初等教育において事実教授など総合的な学習領域が教科と して取り入れられていたが、一方で日本の学習指導要領やイギリスでのナショナルカリキ ュラムのようなものは存在しなかった。しかし、
2000年代になると、PISA学力調査の 結果に衝撃を受け、州レベルで学習者が実現すべきキーコンピテンシーの明示と、その達 成度を評価するスタンダード(達成基準)が作成され、学習内容や達成度あるいは教育改 革の成果等を明らかにする動きが活発になっていった
25。
アメリカにおいては、レーガン政権が「危機に立つ国家(1983)」を発表した
1980年代 からすでに、教育の効率化や説明責任が追及されるようになったと言われる
26。特に
1990年代に入り、ゼロトラレンス運動に代表されるような、教育秩序を維持するための厳しい 指導を肯定する動きが加速した。このころ浮上した「バウチャー制度」や「チャータース クール」という発想は、様々な層(特に低所得者層)に教育機会を提供するという趣旨で 議論され始めたものであるが、これは学習者側の選択権の拡大を図る一方で、学校間競争 の拡大を助長することを意図した政策であると指摘できよう。また「効果ある学校」研究 のように、テストでの学力測定と成績向上というアウトプットの管理・評価を重視する研 究が積極的に行われた。
ビルゲイツ財団によって開始された、「効果的な教育法の計測」という事業は、教師の授 業活動をビデオに記録し、それを授業改善につなげていこうとする活動であるが、アメリ カの一部の地域で多くの参加者をともなった運動に発展している。これは国家的統制とは 言えないが、教育活動を国民に対して可視化する活動として、教育の説明責任を追求する 運動であると言えよう。2000 年代に新教育改革法やNCLB法が成立し
27、近年では州レ ベルで策定されていた学習基準を全米規模の共通学習基準(CCSS)に合わせるようにとの 要請がなされ、多くの州が
CCSSにそったスタンダードを採用するに至るなど、アメリカ においても、学校に効率性と説明責任を求める動きが強化されている
28。
ナショナルカリキュラム、テストによる達成水準測定等は、指導要領に基づく教育設計や ペーパー試験による過剰な受験競争を経験している日本にとってむしろ馴染みの深い制度 であろう。国家が教育内容の綱領を示すということは、1947 年に学習指導要領(試案)が 出されたように、戦後直後の時期にすでに始められているし、テストによる達成水準測定 に至っては、明治の学制制定以来の、日本のお家芸とも言えるものである
29。そのような動 きが
1980代以降、欧米に普及していくが、それは特に日本のあり方をモデルにした訳では ないと考えられる。日本は、むしろそのような時期に「ゆとり路線」へと方向転換してい た訳で、それに対して、日本と欧米(特にアメリカ)は教育的に正反対の方向を追求して いるという評価がなされたほどである
30。欧米における学校教育の効率性と説明責任の追究
25 原田 2012及び2006
26 アメリカ教育省他著 西村和雄・戸瀬信之編訳『アメリカの教育改革』京都大学学術出版会1983=2004 pp.4-44 27 北野秋男 吉良直 大桃俊行編『アメリカ教育改革の最前線』学術出版会 2012 はNCBL法制定以降のアメリカ
教育の動向について詳しく述べている。
28 赤星晋作『アメリカ教育の諸相 2001年以降』学文社 2007 pp.27-45 29 斉藤利彦『試験と競争の学校史』講談社学術文庫 2011
30 M.W. アップル G.ウィッティ 長尾彰夫編著『批判的教育学と公教育の再生』明石書店 2009 pp.117-146
高山敬太 第6章「比較教育学への批判的アプローチ」
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の流れは、1980 年代に台頭してきた新自由主義の影響によるものと考えられる。日本も、
1990
年代の後半以降、新自由主義の影響を受け始めた。
日本を含め、世界の教育改革の流れを眺めると、新自由主義の下で、学校組織に対する、
競争原理に基づいた管理・統制が強化されていることが確認できる。この流れの中で、時 代の要請とともに様々に変容してきた教科の枠組みも固定化され、分断的構造を強めてい る。次に教科間連携の検討上、特に関係の深い専門教科制の強化という背景について見て いきたい。
5)専門教科制の強化
上述のように、学校組織に対する管理強化が強まっている。そしてこの組織強化は、専 門教科制の強化にもつながっている。
学校組織の管理強化は、直接的には専門教科制の強化とはならない。しかし、学校組織 の管理強化は、校長を頂点としたツリー型のヒエラルキーを強化することになり、各教科 に属する教師の行動を統制する
31。そのことが専門教科制の強化につながると考えられる。
教科教育の管理につながると考えられる諸改革を表
3に示した。
表3 専門教科制に対する要請・要求
教科に対する要求・要請項目 主な内容
シラバスの作成 大学におけるシラバス作成の影響を受け2001年ころより活性化 指導計画書の管理厳格化 シラバスの作成とともに作成・保管が重視されるようになる 管理職の授業参観 管理職の学校経営権限の強化とともに拡充
授業アンケート・授業評価 アンケート・評価の利用の仕方によって教科に圧力
人事自己評価システム 例 埼玉県は2005年度より実施 教科教育についての自己評 価も要求される
進学実績・学力の向上要求 学校週5日制度の実施にからみ、授業時間の確保 補講の拡充 土曜授業の実施要求
テストの共通問題化 評価に関する生徒側の不満回避 国・数・英では進む ICT活用 2001年森政権下の施策以降、ICT機器の拡充と利用が進む 協調学習 例 埼玉県では、知識構成型ジグゾー法の活用が推進されてい
る
表
3をみると、学校組織への管理強化と軌を一にして、教科教育への管理強化が強まっ ていることが分かる。近年の学校教育改革が、そのまま教科教育の方向性にも影響を与え ているのである。
学校組織に対する競争的な統制が強化されると、学校目標に対し、即時的に対応できて いないと考えられる教科活動は、非効率で説明責任を果たせないものとして淘汰される状 況となる。例えば、進学実績の向上という目標によって、学校組織が強く統制されている 場合、進学実績の向上に即時的直接的に対応できていないような授業のあり方(例えば、
校外学習のような労力のかかる活動や一つの教材を徹底的に掘り下げる活動、他教科と連 携した
TT活動、他の論題に脱線する授業活動、実験などの作業が多い活動 等)は非効率
31 加野芳正 2010 pp.15-17 「自由主義=市場化の進展」は、学校現場の官僚制化と同僚性の遮断をもたらしてい るとする。
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なものと否定され、入試に対応するように教科書の内容をすべて教えきる授業が説明責任 を果たすものと肯定されるようになる。教科に属するすべての教師がそのような授業をす ることを強いられ、結果、教科は統制される。
教科書通りに教えることが正しいとされ、その周辺の知識(他の教科領域の知識等)に 授業が逍遙するようなあり方は否定される。このような方向性で、教科は統制され、その 意味において教科間の分断は強化される。
実際に後者のような授業(教科書通りの授業)を志向した場合、学習指導要領で設定さ れる内容量からして、すべての「ムダ」を削らない限り、学習内容をすべて教授しきるこ とは不可能に近い。そこには無駄話も脱線もなく、体験や実験などの活動もない、一方的 教授を中心とした授業が想定される。学校の学習塾化と揶揄されるのも無理もない状況と なる。
教科の枠組み、教科構造というものは、本来時代の要請とともに変化してきたものであ り、決して固定的なものではなかった
32。しかし、新自由主義的改革の影響下で、効率性や 説明責任あるいは学習成果の追求によって、教科構造は固定化され分断されていく。
以上、教科間連携の推進を検討する上で、欠かすことのできない背景を見てきた。
学習者に知の統合と創造が要請される一方で、専門知の量は膨大化し、かつ分裂してい るということ、また外的環境によって学校組織は効率化され、学習者に伝達されるべき学 校知は相対化されているということ等が指摘できる。また、創造性や統合力育成のための 教科間連携は、より必要とされる一方、その実現はより困難な状況になるという、板ばさ みの状況に陥っているということも言えるであろう。
こうした背景をおさえた上で、次に、教科間連携についての先行研究を見ていく。教科 間連携を図る試みは、学校教育においてかつてどのように行われていたのだろうか。次節 に教科間連携を試みる先行研究とその問題点を見ていくことにする。
第三節 教科間連携を試みる先行研究の類型
教科間連携については、いくつかの観点からの分析が考えられる。第一に教科教育を成 立させている、「時間」 「人」「内容」といった観点からの分析があげられる。同じ教科間連 携の事例であっても、授業時間のすり合わせによる「時間」的要素からの分析もあり得る し、教師と教師が連携するという「人」的要素から、あるいは教科内容のすりあわせとい う「内容」的要素からの分析という場合もあるだろう。しかし、どのような教科間連携で あっても、それぞれの要素が少なからずと含まれていると考えられるので、こうした観点 からの分析については、ここでは特に触れないでおく。
一方、教科間連携を学校教育の実現過程に即して分析していくことの方が、先行研究を 分析する場合に有効であると考える。
学校教育の実現過程というのは、学校の組織化段階、教育課程段階、授業実施段階とい ったものである。学校教育は各段階を経ながら、一つの教育活動として実現されていく。
こうした実現過程に即して先行研究を見ていくと、組織化段階や教育課程段階における教
32 柴田2010
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科間連携の試みとして、教育課程の成層化をねらうコア・カリキュラムや各教科の内容的 な関連づけをねらうクロスカリキュラム、教科新設あるいは教科統合、そして教育内容の 関連性の可視化をねらう「知の構造化」等があげられる。また、授業実践段階における教 科間連携の試みとしては、問題解決学習や異教科間ティーム・ティーチングなどの実践等 があげられる。表4にこれらの先行研究の類型をまとめた。これらの先行研究を分析する ことにより、教科間連携の現状と実現の際に浮上する課題を浮き彫りにすることができる と考える。以下、各先行研究を分析する。
表4 教科間連携先行実践例の類型 組織段階および教育課程段階に
おける教科間連携
授業実施段階における 教科間連携 コア・カリキュラム 1) 問題解決学習 2) クロス・カリキュラム 3)
教科新設・統合 4)
知の構造化 6) 本論文のテーマ 異教科間TT 5)
1)コア・カリキュラム 教育課程の成層化
チラーの中心統合法から始まり、1930 年代のアメリカにおけるコースオブスタディやバ ージニアプラン、さらには、日本の戦後教育改革における「コア・カリキュラム運動」等、
教育課程において教科を並列的に配置するのではなく、中心教科によって統合されるよう 成層的に構造化しようとするものが、コア・カリキュラムである。このコア・カリキュラ ムには、いくつかの類型がある。例えば、チラーのそれは、「情操科」という教科を中心に すえ、他教科を関連づけながら周辺に配置するという構造を目指していたし、また日本の 戦後教育改革で大きな運動として興隆した「コア・カリキュラム運動」は、生活課題の解 決を目標にした学校独自の教科を中心教科として創出し、その周辺に国語、英語、数学な どのリテラシー教科を配置するという構造を実現しようとした
33。またその他にも
1950年 前後に日本で実施された川口プランや明石プランに見られるように、既存教科の一つであ る社会科を中心教科に据え、コア・カリキュラムを構成しようとした動きも存在した
34。 このコア・カリキュラムという発想は、知の統合やカリキュラムの形成を学習者側から 考察しようとする学習者中心主義に立ったものと評価されているが、その構想については いくつか検討しなければならない論題が存在する。
コア・カリキュラムを構想する際についてまわる論題の第一として、何を中心教科とす るかという問題がある。学習者側の視点に立ち、生活課題を教科として中心に据えること は不可能ではないが、その場合に、学習者の多様性にどう対応するかが考慮されなければ ならない。特定教科の創設による、特定の問題への焦点化と他の問題の外部化は、常につ きまとう危険性である。それは、設定された中心教科が、ある学習者にとっては非常に深 刻な問題を扱うことになるが、他の学習者にとってはそれほど関心を持ち得ない問題を扱 うことになる、という矛盾が往々に発生しやすいことを示唆する。また、教科を新設した
33 山田恵吾 藤田祐介 貝塚茂樹『学校教育とカリキュラム』文化書房博文社 2003 p.24及び pp.125-128 34 松井重男「戦後新教育課程の受容と変容」『千葉敬愛短期大学研究紀要』第3号1980 pp.17-32
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場合、その教科を責任もって担当する教師をどのように確保するのかという人事的な問題 も存在するであろう。既存教科の教師は、高等教育で教科ごとに専門教育を受けてから着 任する場合がほとんどなので、教科新設は、だれも担当者が存在しない無責任領域を発生 させる危険性がある。
こうした問題点を想定した場合、学習者に寄り添った新たな教科を中心教科として据え るという構想は、それを立ち上げる際に相当の困難と労力が必要になるということが想像 できる。実際、戦後すぐに盛り上がった「コア・カリキュラム運動」は、教科の新設や運 営の困難さによって、本郷プラン等一部のプランを除き、実現に至ったものは少なかった
35。
また千葉県の北条小学校や埼玉県の川口プランのような、既存教科(社会科)を中心教 科に据えるという方法は、教科を新設する必要がなく、責任をもつ担当教師が既に存在す るという意味で、「コア・カリキュラム運動」が目指した構想よりも現実的なものと評価で きるが、こうした事例においても、教材研究労力の膨大化や、体験学習や討論学習などの 方法論の一人歩きなどの問題が指摘され、そうしたプランの多くは、
1950年代に入ると下 火となり消えていってしまった
36。
2)問題解決学習 学習者中心による経験主義的統合
学習者自身が直面する生活上の課題に立ち返り、授業を学習者自身の課題を解決する場 とすることを意図して唱えられた教育実践方法が問題解決学習である。学習者が個人とし て日常で直面する課題は、もともと教科という枠に分節していないので、学習者の課題解 決のために行う学習は、必然的に教科横断的、あるいは教科統合的になる。
J.デューイらは、このような学習を実現するために、教科の統合や、学習者による教 科内容の自由設定など、大胆な試みを実践した。しかし、そうした活動は、多人数の学習 者を対象に、種々に分節した学校知を一律的に教授する従来の学校教育を制度的に大改造 することとなり、多様な知的枠組を供給する必要にせまられた教師側の教材研究や運営負 担の増大、個別化された教育課程の管理の困難さなどから、結果として学習管理を学習者 個人に任せるという自由放任的姿勢を生み出すこととなった。その姿勢は、従来の系統主 義的立場から痛烈な批判を受けるものであった。
37問題解決学習に対する批判は、第一にそれが系統的な学校知の排除と軽量化につながる という点、第二にそれがあくまで個人の生活問題という範囲に限られ、例えば環境問題や 生命倫理といった解のない問題にまで及んでいないという点からなされた。前者は、学力 低下批判、また後者は、例えば教育の現代化からの批判
38にみられるような、専門知との接 続不足の指摘という形になり、問題解決学習は批判された。
3)クロスカリキュラム
イギリスでは、1988 年の教育改革法の成立によって、ホールカリキュラム構想の下、ナ
35 松井1980 36 松井1980 p.28
37 広田照幸『教育不信と教育依存の時代』紀伊國屋書店 2005 pp11-26 広田は、教育批判の言説の中に「教育の論理 で教育を批判する」構造があり、それが二項対立的な教育論争の根底をなしていると分析している。
38 杉峰英憲「教育課程論の批判的一考察 -統合の理念とブルーナーの発見的教授法-」『京都大学教育学部紀要』Ⅹ
Ⅹ 1974 p170
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ショナルカリキュラムの創設とともに、クロスカリキュラム活動が取り入れられた。それ は、基礎教科的な全国共通のカリキュラムの実施と並行して、幅広い学習および経験領域 の発達のために、教科をまたがる活動を取り入れようとするものであった。これが、クロ スカリキュラープログラムである。それは、設定された共通の内容に関連をもたした授業 をすることを各教科に要請するものである。
イギリスのナショナルカリキュラムの導入・実施を支援する機関として設立された、ナ ショナルカリキュラム審議会(NCC)は、ディメンション、スキル、テーマから構成さ れるクロスカリキュラー要素を提示し、各教科において、それらを扱った授業を行うこと を要請した
39。
イギリスにおけるクロスカリキュラープログラムの特徴は、教科間で連携すべき内容(テ ーマ)から先に決めたことである。それは、学習単元を基準にした教科間連携、と言い換 えることができる。具体的な実施方法については、いくつかの方法を類型化して、学校や 教科の裁量にこれを任せた。NCCがクロスカリキュラープログラムの実施方法として類 型化したものとして、単一教科アプローチ、多分野アプローチ、学際的アプローチ、クロ スカリキュラーコースアプローチ(別枠の総合学習時間の設定)などがあげられる。しか し、クロスカリキュラーテーマをこれらのどの方法で取り扱うかということについては、
基本的に学校や教科の裁量に任したのである。
ある内容について教科間連携を促進するというクロスカリキュラープログラムの発想は、
当時としては画期的なものであったと言えよう。しかし以下の点で、教科間連携の実現に むけて問題があったと考えられる。
第一に、当時の教育改革法の主眼が、ナショナルカリキュラム導入と定着による公教育 の復権であって、クロスカリキュラムはその副次的、サポート的役割を与えられていたに 過ぎないということである。クロスカリキュラープログラムによる教科間連携の実現は、
必ずしも学校改革の中心的論題ではなかった。
第二に、実施方法が学校の裁量に任され、しかもその範囲が広かったことである。NC Cの提示した実施方法の類型は、各教科の授業内での努力から、別枠の時間枠の創設にい たるまで、幅広いものであった。これでは、現場に相当の混乱が生じるであろうし、そう した混乱に対する労力増大によって結局は易きに流れるという傾向を生み出してしまうこ とが想像される。
第三の問題は、クロスカリキュラムの内容が明示されることにより、そのテーマに含ま れなかった他の分野での教科間連携が形骸化することである。ある内容がクロスカリキュ ラーテーマとして推奨されれば、推奨されなかった分野での連携活動はむしろ行われなく なる。連携すべき内容を明示するということが、連携すべき分野を矮小化し、多くの分野 で実現されるべき教科間連携が一部の特定分野に外部化するという弊害を招く。
日本における
1998年公示学習指導要領による「総合的な学習の時間」は、クロスカリキ ュラムの「領域」創設であると言える。教科の枠を越え、学習者側の視点に立った知の統 合を図り、自ら学び探求する姿勢を育成するために導入された。「生きる力」としての学習 という、当時の学習指導要領の目的を体現する中心的な改革であったと言えよう。しかし、
39 野上智行編著『「クロスカリキュラム」理論と方法』明治図書 1996 pp.105-113
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日本における「総合的な学習の時間」の場合、いかなる内容をこの時間で扱うべきかを明 示しなかった
40。さらに「総合的な学習の時間」に対応する担当教科組織が設定されなかっ たため、誰が何を担当するかという問題は学校内の組織上の裁量に任されてしまった。学 年団を基本単位として動くことが一般的な日本の中等教育では、当該学年の教師がこの時 間を運営するということが一般的となった。日本の公立学校では、教師が数年単位で異動 してしまうということとの関係で、一貫したプログラムは確立されにくく、教科横断的な 委員会組織が表面的に対応部署として設定されても、教科属性の強い教職員組織下で積極 的な機能を果たすことができず、結局は、学年団の一部の教師の労力によって運営される 様相となった。「総合的な学習の時間」は、一部の教師の熱意や尽力に依存した個人属性の 世界として、著しく形骸化したものとなってしまった。
教科間連携という観点から「総合的な学習の時間」を見た場合、あいまいな領域設定に よって、教科間連携が著しく形骸化してしまったという点にも問題があるが、もっと問題 なことは、「総合的な学習の時間」の創設によって、教科間連携はそこで行えばよいという 割り切った感覚が定着してしまったことである。 「教科間連携=総合的な学習の時間で行う こと」という図式が現場の中で定着し、日常の授業の中で存在すべきであるはずの教科間 連携は完全に外部化されてしまった。「総合的な学習の時間」の失敗は、その形骸化という 結果自体とともに、授業改革の本丸とも言うべき教科間連携を完全に外部化させてしまっ たことにある。
ここまでの考察で見えてくることは、制度を作っても、実際には教科間連携はなかなか 進まないということである。制度を作れば、制度に適応するためのコストが学校組織や教 師に降りかかる。そうした改革コストが、教科間連携の実現にとっては高くつくというこ とである。教科間連携の推進という観点からは、大がかりな制度改革に頼らない何らかの 方法を模索する必要がある。また、制度をつくることにより、教科間連携は新設された制 度に収斂されてしまい、通常の授業における教科間連携は、制度として外部に転嫁され、
教師は通常の授業における教科間連携の取り組みをやめてしまう。この問題を「教科間連 携の外部化」という言葉で指摘しておく。
4)教科統合 教科新設
教科間連携を図るために、教科と教科を統合したり、教科を新設したりするケースが存 在する。こうしたケースを教科間連携の推進という観点で捉えた場合にはどのようなこと が考えられるであろうか。
学問の枠を越え、学際分野の創設や文理融合のために、教科を統合したり、新設したり することは、教科間連携を図るための一つの制度改革とみなすことができる。こうしたや
40 「1998年公示学習指導要領(高等学校) 第1章 第4款 総合的な学習の時間 の3」では、各学校において、
次のような学習活動を例示した。ア 国際理解,情報,環境,福祉・健康などの横断的・総合的な課題についての学 習活動 イ 生徒が興味・関心,進路等に応じて設定した課題について,知識や技能の深化,総合化を図る学習活 動 ウ 自己の在り方生き方や進路について考察する学習活動 これらは、大まかな学習内容を例示したものに過 ぎず、学習単元を具体的に表示したものではない。
国立教育政策研究所 学習指導要領データベースhttp://www.nier.go.jp/guideline/h10h/chap1.htm