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2 ドイツでの刑事手続における DNA 鑑定の利用

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(1)

刑事手続における

DNA 鑑定の利用と人権論(3)・完

玉 蟲 由 樹 *

1 はじめに

2 ドイツでの刑事手続における DNA 鑑定の利用

(1)1990 年連邦通常裁判所判決

(2)1995 年連邦憲法裁判所決定

(3)1997 年刑事訴訟法改正および 1998 年 DNA 鑑定法

(4)2000 年連邦憲法裁判所決定

(5)2005 年の刑事訴訟法改正

(6)小括(以上、52 巻 2・3 号)

3 刑事手続における DNA 鑑定の利用の憲法学的考察

(1)DNA 鑑定と衝突しうる人権規定

(2)身体の不可侵性に対する権利

(3)人間の尊厳(以上、52 巻 4 号)

(4)情報自己決定権

4 むすびにかえて(以上、本号)

(4)情報自己決定権

(a)国勢調査判決における情報自己決定権

基本法 1 条 1 項と結びついた 2 条 1 項によって保障されると考えられてい る情報自己決定権は、刑事手続における DNA 鑑定技術の利用と最も衝突す る可能性の高い基本権である。前述したように、この衝突は、個人から獲得 されたサンプルに対して DNA 分析が行なわれる段階と DNA 分析の結果得

 

* 福岡大学法学部准教授

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られた DNA 識別サンプル(DNA 型情報)のデータベース化の段階におい て生じる。

情報自己決定権は、1983 年に連邦憲法裁判所が下した、いわゆる「国勢 調査判決161」において承認されるにいたった不文の基本権として知られて いる。その名が示すとおり、この権利は自己決定権を高度情報社会において 実現するための中核的な権利と位置づけられており、さまざまな情報テクノ ロジーの登場によって危険にさらされる個人の人格的利益を保護しようとす るものである162

国勢調査判決において連邦憲法裁判所は、大要以下のように述べて、情報 自己決定権の基本権としての承認を行った。

「基本法秩序の中心には、自由な社会の一員として自由に自己決定を行う 個人の価値と尊厳があ」り163、それらは人間の尊厳にその最終的な根拠を もつ一般的人格権によって保護される。この一般的人格権には「いつ、いか なる限度で個人的な生活状況が明らかにされるのかを原則として自分自身で 決定する164」権限が含まれるが、この権限は情報テクノロジーの進展の中 で「特別の保護を必要とする165」ものである。現在の状況下では「もはや『重 要でない』〔個人関連〕データは存在しない166」のであって、情報の種類だ けではなくその有用性や利用可能性が重要である。

ただし、このような情報自己決定権も絶対無制約に保障されるわけではな い。連邦憲法裁判所によれば、「個人が共同体において発展し、情報に依存 する人格167」である以上は、情報自己決定権に対する制約もやむをえない のであって、「個人は優越的な公益によるその情報自己決定権の制約を甘受 しなければならない168」とされるのである。

連邦憲法裁判所は、その上で情報自己決定権制約が憲法上許容されるか否 かを判断するための基準として、以下の諸基準を示している169

第一に、このような情報を収集する目的が、優越的な公益を追求するもの

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であるか否かが問題とされる170。憲法によって保障される情報自己決定権 との比較衡量において、これに優越する公益が認められる場合にのみ、情報 自己決定権を制約することが憲法上正当化される。こうした優越的な公益が 問題となっている例として、連邦憲法裁判所は、個人情報の収集が租税の賦 課や社会保障の給付を目的としているときを挙げている171。情報およびデー タの稠密なネットワークが、とりわけ現代においては有効に作用する行政に とっての機能条件であるという理解からすれば172、適正・公平な租税行政 や社会保障行政の実施を目的として行われる個人情報の収集は、憲法上正当 な行為とみなされうるであろう。

第二に、規範の明確性の要請を満たすことと、そこから派生する、情報の 目的外利用を予防するための目的拘束の原則を満たすことが要求される173 基本法 2 条 1 項は、人格の自由な発展の権利について、その行使が「憲法的 秩序」に反しないことを要求するが、このことは基本法 2 条 1 項から導き出 される一般的人格権、さらにはそれを根拠とする情報自己決定権にも妥当す る。ここにいう「憲法的秩序」は「憲法適合的な法秩序(verfassungsmäßige Rechtsordnung)」を意味するとされ、これは単純な法律の留保ととくに変 わるところはないと解されている174。したがって、情報自己決定権の制約 にあたっては、法律上の根拠が必要となる。ただし、連邦憲法裁判所によれ ば、「自己の社会的状況に関する一定範囲の自己に関する情報を十分な確実 性をもって見渡すことのできない者、コミュニケーションの相手方となりう る者のもつ情報量をほとんど評価することのできない者は、自己決定によっ て計画し、決定する自由を本質的に制限されている175」こととなるため、

その規範には明確性が求められる。また、この規範明確性の要請からは、個 人情報の利用が規範に定められた目的の範囲内に限定されなければならず、

それ以外の目的での利用が禁止されるとの目的拘束の原則も導き出される。

そして、第三に、情報収集行為が比例原則に適合しており、さらにそこか

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ら要請される手続的な予防措置に服していることが要請される176。比例原 則の下では、通例、適合性、必要性、狭義の比例性についての審査が行われ、

これらを審査することで、国家による情報収集行為が目的達成のために適合 的かつ必要であるといえるか、そして、得られる利益に比して失われる利益 の方が大きくないかが判断される177。また、現代の自動的データ処理の利 用との関係では、情報自己決定権の制約にあたって、組織的・手続的な予防 措置を講ずることが求められる。とりわけ、匿名化されない個人情報の収集 にあたっては、説明義務、情報提供義務および抹消義務が手続的予防措置と して不可欠とされる。

こうした情報自己決定権の定式化とそれに対する制約を評価するための基 準は、その後の連邦憲法裁判所の判例の中で原則として維持されてきたと いってよい。これは、前述した 1995 年と 2000 年の連邦憲法裁判所の両決定 においてもいえることである。両決定ともに、DNA 鑑定の合憲性を論じる にあたって国勢調査判決と同様の基準を承認しており、形式的にはそれにも とづく審査を行っていると見てよいであろう178

本稿で問題としている、刑事手続における DNA 鑑定との関係において は、国勢調査判決で示された情報自己決定権の以下のような特徴が注目され るべきであろう。

国勢調査判決においては、公権力による収集や利用の対象となっている情 報がセンシティブな性質のものであるか否かといった内容的な側面よりも、

情報の有用性や利用可能性といった機能的な側面が情報自己決定権の理解に とってより重要な要素となっている。もちろん、情報の内容がまったく意味 をもたないわけではなく、個人には私的生活形成にとっての不可侵の領域が 厳然として存在しており、そこにかかわる情報収集等は人間の尊厳によって 絶対的に禁止される。しかし、不可侵領域にかかわらない情報については、

統一的な基準、すなわち比例原則を中心として介入が評価される。人間の尊

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厳によって絶対的に保護される不可侵領域以外の情報は、その機能の面から いえば等価的なものであるため179、その収集・利用にあたっては前述した 情報自己決定権制約に関する諸基準が妥当するのである。

したがって、国勢調査判決での情報自己決定権の定式によれば、刑事手続 における DNA の分析が人格プロフィールとはかかわりをもたないとされる 非コード化領域に限定されるものであっても、これによって獲得された情報 は情報自己決定権による保護を受け180、その干渉には比例原則などによる 憲法上の正当化が必要とされることになる。これは、指紋情報や DNA 型情 報といった、それ自体は人格プロフィールを直接には推論することのない情 報ではあるが、個人の同一性確認の機能に優れ、ばらばらに存在する情報に 対するインデックスとして作用しうる情報(いわゆる「索引情報」)を取り 扱うためのアプローチとしては、内容を重視するアプローチにのみ依拠する よりも適切であるといえよう181

以下では、国勢調査判決で示された諸基準を手がかりに、現に問題と なっている刑事手続のために行われる DNA 分析と情報自己決定権との関係

(b)、将来の刑事手続のために行われる DNA 分析と情報自己決定権との関 係(c)、そして DNA 型情報のデータベース化と情報自己決定権との関係(d)

について見ていくこととする。

(b)現に問題となっている刑事手続と情報自己決定権の制約

まず問題となるのは、その時点で解明が求められている犯罪に関する刑事 手続のために DNA の分析が行われる場合、それが情報自己決定権の制約と して憲法上正当化されうるかである。これを国勢調査判決で示された諸基準 に照らして検討すれば以下のようになろう。

この場合に情報収集行為の目的として挙げられるのは、「刑事手続におけ る可能な限り包括的な真実の伝達の利益および重大犯罪の解明」という「法

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治国家的共同体の本質的任務」に含まれる事項である182。この目的は録音テー プ判決やテレビフィルム差押え決定、日記決定でも強調されており、実効的 な刑事司法ないし機能的な刑事司法という要請が一般的人格権との衡量にお いて優越する公益であることは確立した判例の立場であるといってよい。一 般的人格権に根拠をもつ情報自己決定権もこの点で例外ではなく、取り扱わ れる情報の人格プロフィールとのかかわり合いによって多少の違いはあり得 るとしても、実効的・機能的な刑事司法が情報自己決定権に対する優越的公 益となりうるであろう183。1995 年決定もこのことを明確に承認している。

少なくとも、その時点で問題となっている(とりわけ重大な)犯罪の解明を 目的として情報自己決定権を制約することは憲法上正当化が可能であるとい えよう。

そして、このような情報収集行為の法律上の根拠となるのは、刑事訴訟法 81e 条 1 項である184。1997 年に新たに追加されたこの規定により、DNA 分 析は明文での根拠を得た185。この規定は「81a 条 1 項の措置によって得られ た資料に対して、血統の認定、または発見された痕跡資料が被疑者若しくは 被害者に由来するか否かの事実の認定のためにそれが必要である限りにおい て分子遺伝学的検査を行なうことができる」と定めており、81a 条にもとづ いて採取された被疑者の血液サンプル等について DNA 分析を行うことを承 認している。この規定については、規範明確性の要請も満たされているといっ てよいであろう。情報自己決定権が「自己について誰が、何を、いつ、いか なる機会に知るのか」を本人にとってできる限り認識可能なものにすること を内容とする権利であることからすれば、81e 条の規定内容はこれを大筋で 満たしているといえる。ただし、このとき血液サンプル等に対する「分子遺 伝学的検査」がどこまでの検査を許容しているかが不明確であることは問題 となりうる。前述したように186、この検査が非コード化領域での DNA 分析 に限定されているのは、あくまで判例・学説による憲法適合的解釈による結

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果である。とはいえ、血統の認定、痕跡物質の由来事実の認定に目的が限定 される限りにおいて、その目的を達成するための必要最小限度の手段のみが 憲法上正当化されるということからすれば、こうした不確定概念の使用も認 められる余地はある。もちろん、このことは、実質的には比例原則にもとづ く審査によって検討されねばならない事柄でもある。なお、目的拘束につい ては、81e 条 1 項 3 文が「第 1 文で示された事実以外の事実の認定は行うこ とができず、このための検査は許されない」と定めることによって実現され ている187

次に問題となるのは、情報収集行為が比例原則に適うものであるか否かで ある。この点、1995 年決定では、情報自己決定権への介入にあたっては、「と りわけその措置が、刑事手続において不可欠であり、かつ犯罪の重大性との 間で適切な関連性をもっていることを必要とする」ということを出発点とし ていた。しかし、少なくとも刑事訴訟法 81e 条は「重大な犯罪」への限定を もたず、また 81a 条もこのような限定を行っていない。その意味では、こう した措置の比例性は個別の事案ごとに判断されるということとなろう。1995 年決定では性犯罪が問題となっていたがゆえに、「犯罪の重大性と、…軽微 な情報自己決定権への介入との間に、適切な関連性が保たれている」とされ たが、これ以外の(とりわけ重大性に欠ける)犯罪の場合にこうした比例性 が承認されるのかは明らかではない。また、1995 年決定での比例原則の適 用については、DNA の非コード化領域での分析および照合という情報自己 決定権への介入を事実解明の利益との衡量において「軽微なもの」としてい る点で問題が残る。DNA の分析は、たとえそれが非コード化領域に限定さ れるものであっても、情報自己決定権に対する「軽微な」介入ではない。そ れは内容的なアプローチからいっても、機能的なアプローチからいっても、

そのように解されるべきであろう。一方で、DNA 型情報といえども、それ が血統の認定に用いられることでもわかるように、個人の人格的要素と関連

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をもつ情報であることは明らかであり、内容的にもセンシティブな部類に属 する188。他方で、DNA 型情報は個人の識別能力が極めて高い情報であり、

その利用可能性の面では、索引情報としての機能を有する情報である。これ らのことからすれば、DNA 型情報の収集は、人格権へのとりわけ強度な介 入を意味しうるのであって、それゆえ厳格な比例性の審査の下でのみ許容さ れるものである189。したがって、情報自己決定権に対する強度の介入を正 当化させるためには、「重大な犯罪」への限定や「明らかな嫌疑」の要求といっ た比例性を考慮した留保があってしかるべきとも考えられる190

情報収集行為に関する手続的予防措置としては、まず 81a 条 3 項による血 液サンプル等の廃棄規定が参照され(81e 条 2 項)、また 81f 条において、

DNA 分析についての裁判官留保、本人の同意に際しての情報提供義務、鑑 定人の限定、サンプルの匿名化、データ保護の措置などが定められている。

ただし、データの抹消規定については、後述するように、 81g 条 5 項により DNA 型情報のデータベースへの登録が予定されているため定められていな い。

以上の検討からすれば、その時点で解明が求められている犯罪についての 刑事手続のために DNA の分析が行われることは、比例原則の厳格な適用の 下でという条件つきではあるものの、憲法上正当化が可能であるといえよ う。少なくとも、DNA 分析が非コード化領域における DNA 型情報の獲得 に限定される限りで、これを原理的に否定する根拠は現在のところ見あたら ない191。DNA 型情報を用いた証明が、絶対的に確実な証拠ではないものの、

現段階では比較的有用性の高い証明であることに鑑みれば192、とりわけ重 大な犯罪の解明のためにこれが用いられることは否定されるべきではなかろ う。

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(c)将来の刑事手続と情報自己決定権の制約

現行の刑事訴訟法 81g 条のもとでは、「将来の刑事手続193」での利用を想 定した DNA 分析が許容されている。すなわち、81e 条の場合と異なり、現 に問題となっている刑事手続には必要ではない DNA 分析を、将来の刑事手 続に役立てるため「事前に」行うことが定められているということになる。

このことは、将来の刑事手続における犯罪の解明の必要性を理由として、い わゆる「危険前域(Gefahrenvorfeld)194」において情報自己決定権を制約 することが認められるかという新たな問題を提起しているといってよい。危 険前域での情報収集活動の問題は、昨今、とりわけテロ対策の文脈において 注目される問題であるが、81g 条にもとづく DNA 分析も明らかな犯罪の嫌 疑を欠く状況で情報自己決定権への介入を前倒しするものである点でこの問 題に連なるものであるといえよう195

この場合でも、情報自己決定権制約を正当化するための優越する公益とし て挙げられるのは、やはり「法治国家的保障を志向する裁判(司法)」であ る。ただし、 2000 年決定でも示されたように、ここで「法治国家的保障を 志向する裁判に資する」とされるのは、「将来の重大犯罪の解明を容易にす ること」であることに注意が必要である。このとき、「将来の重大犯罪の解 明を容易にすること」という目的が優越する公益として簡単に位置づけられ るものであるかは問題である196。少なくとも、この決定までの連邦憲法裁 判所の判例において将来の刑事手続のための準備が直接問題とされたことは なかった。わずかに、いわゆる G10 法における「戦略的監視」が問題となっ た事例において、連邦共和国に対する武力攻撃の危険を事前に察知し、これ を防御するために行う監視行為が基本法 10 条の通信の秘密に反するかが論 じられている197。ここでは、「犯罪の防止および解明」が基本法上重要な意 義をもつとされ、これが G10 法にもとづくデータ提供を根拠づける優越す る公益とされている198。さらに、監視そのものの目的も、連邦憲法裁判所

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自身は明らかにしていないものの、「将来の刑事手続」を想定したものとい いうるかもしれない。しかし、これはあくまでも「犯罪の防止」という予防 的観点にもとづく措置であり、予防的観点をもたないとされる DNA 分析と は目的の面で一線を画すといえよう199。実際、2000 年決定が引用する判例は、

こうした予防的措置を問題としたものではなく、いずれも現在問題となってい る刑事手続での事実解明を優越する公益として承認したものにすぎない200 そうだとすると、2000 年決定は、予防的観点をもたない、純粋に将来の刑事 手続を志向した準備行為も優越する公益に含まれることをはじめて明らかにし たものともいえる。そもそも、こうした具体的な犯罪の発生がない時点での情 報自己決定権への介入が憲法上許容されるかどうかはかなり疑わしい201。「将 来の重大犯罪の解明」という利益が優越する公益となりうるかは、なお比例 原則との関係で論じられる必要があるであろう。

こうした DNA 分析の法律上の根拠は刑事訴訟法 81g 条であるが、当該規 定が規範明確性の要請を満たしているかが問題となろう。危険予防を目的と する公安活動が問題となった「ニーダーザクセン警察法違憲判決」では、危 険予防および刑事訴追の前域における公安活動が正当化されるためには、伝 統的な規範明確性よりも厳格化された規範特定性・規範明確性の要件が要求 されるとしている202。とりわけ、不特定多数の市民に対する基本権侵害が 行われる可能性がある場合には、この要請にもとづく正当化が強く求められ る。2005 年に改正された現行 81g 条 1 項は「被疑者・被告人に重大な犯罪 または性的自己決定を害する犯罪の嫌疑がかけられている場合において、犯 罪の種類もしくは態様、被疑者・被告人の人格その他の判断から、被疑者・

被告人に対して将来新たな刑事手続が行われることがありうるという見解に 理由があるときは、その者から将来の刑事手続での同一性確認のために体細 胞を採取し、DNA 型ならびに性別の確定のために分子遺伝学的検査をする ことが許される。他の犯罪を繰り返した場合には、違法性の程度において、

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重大な犯罪と同等に扱うことができる」と定める。この規定については、

2000 年決定が(98 年 81g 条についてではあったが)伝統的な法学的方法で 解釈されうることを理由に規範明確性の要請を満たすと判断している。同決 定は、81g 条が「重大な犯罪」という不明確概念を用いている点についても、

「重大な犯罪」という概念が他の規定でも用いられており、それに関する判 例の蓄積によって相当程度具体化されていることを理由に、これについても 規範明確性に反するものではないと述べる203。また、情報収集行為の対象 が「被疑者・被告人」に限定されていることによって不特定多数の市民の基 本権への干渉は排除されており、刑事訴追の前域での基本権介入との関係で 厳格化された規範特定性・規範明確性の要請をも満たす可能性は高いといえ るであろう。目的拘束の面では、DNA の分析は個人の同一性確定のために のみ許容されることとなっている204。少なくとも 81g 条 1 項については、

DNA 分析が人格プロフィールにかかわる可能性は文言上も排除されている といってよい。したがって、DNA 分析とそれにもとづく DNA 型情報等の 収集段階においては、明確な目的拘束がなされていると評価することが可能 である。

しかし、最も問題となるのが、このような情報収集行為が比例原則に合 致するものであるかどうかである。ここでは、「将来の刑事手続」を想定し て行われる DNA 分析が、目的達成のために適合的かつ必要であるといえる か、そして、得られる利益に比して失われる利益の方が大きくないかが検討 されねばならない。このうち、通常の比例原則の審査にあたっては手段の 必要性審査が中心的な意義をもつとされてきた。しかし、とりわけ危険防御 のための事前の公権力行使との関係で指摘されるように、現実的な危険を 規制目的としない場合には、必要性の審査が十分に機能しない可能性があ 205。防止すべき危険が抽象的・仮想的であるがゆえに、そのために必要 な措置もまた際限なく拡大する余地があるからである。そこで、こうした危

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険防御の領域においては、比例原則の審査の重点が狭義の比例性審査に置か れる傾向にある206。危険防御的観点から行われるか、それとも刑事手続的 観点から行われるかの違いはあるが、「将来の刑事手続」のために行われる DNA 分析が危険前域にある措置であることには変わりがない。したがって、

刑事訴訟法 81g 条にもとづく DNA 分析についても、現実的な危険性の欠如 を理由として、狭義の比例性に重きを置いた審査が行われるべきであろう。

以上のこととも関連して、DNA 分析にかかわる比例原則審査については、

ロレンツが注目すべき見解を示している。ロレンツによれば、人格に関する 権利のとくに強度の介入は、厳格な比例原則審査のもとでのみ許容されるも のである。この点、刑事訴訟法 81g 条にもとづく DNA 分析の許容は個々人を 恒常的に介入にさらすものであり、しかもその介入が仮定的にのみ必要とされ るものであるため、こうした介入は人格そのものについての特別な権利(das spezielle Recht auf Persönlichkeit)にかかわるものと位置づけられる207。こ うした特別な人格権に対する介入には「特別に重要な公共の利益の根拠が要 求される」のであって、こうした利益は、刑事訴追に関する高いランクを有 する一般的利益を越えて、恒常的な人格権侵害と対抗する喫緊の利益でなけ ればならない。そして、「十分に重大性をもった原因行為と要件が加重され た消極的予測とを放棄すること…は、前述の基準〔厳格な比例原則審査〕に もとづき、憲法上疑わしいものである」と述べる208

ロレンツの見解にしたがえば、刑事訴訟法 81g 条によって行われる DNA 分析は人格権の中でもとりわけ重要な利益に対する介入であって209、これを 正当化するためには通常の刑事訴追にかかわる公益に比べてより重要性の高 い公益が根拠として要求されることとなろう。ここでロレンツが示す定式は、

いわゆる「Je-Desto 定式」にならったものとして理解することができる210 危険前域での情報自己決定権の制約が問題となった「網目スクリーン捜査決 定」では、狭義の比例性の審査にかかわる「Je-Desto 定式」が以下のよう

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に述べられている。「脅かされた、あるいはすでに生じた法益侵害が重要な ものであればあるほど、そして問題となる基本権侵害が重要でなければ重要 でないほど、脅かされたあるいはすでに生じた法益侵害が推測されうる蓋然 性は低くてよく、場合によっては嫌疑を根拠づける事実は不確かなものでよ い」211。ここでは法益侵害の重要性と基本権侵害の非重要性を論拠として、

法益侵害発生の蓋然性に関する要件が緩和されることが示されている。その 意味では、基本権侵害が重要なものである場合に、これらの 3 変数間にどの ような変動が具体的に生じるかは必ずしも明らかではない212。しかし、こ の点、ロレンツは「問題となる基本権侵害」がきわめて重大なものであるこ とを前提に、それを正当化するためにはそれに見合った特別に重要な公共の 利益の存在と、十分な危険性の予測が必要との見解に至っているといってよ いであろう。

こうした観点から刑事訴訟法 81g 条にもとづく DNA 分析を見た場合、以 下のことがいえるように思われる。

まず、「将来の重大犯罪の解明を容易にすること」という目的が、はたし て特別に重要な公共の利益といえるかどうかがそもそも問題となる。前述し たように、2000 年決定ではこうした目的が十分な論証なしに、「現に問題と なっている刑事手続」の重要性と同じ枠組みで認定されているにすぎない。

しかし、ロレンツがいうように、特別な人格権に対する介入が正当化される ためには、刑事訴追に関する高いランクを有する一般的利益を越えて、恒常 的な人格権侵害と対抗する喫緊の利益がなければならないとするのであれ ば、このような認定はあまりにも安易であるといえよう。学説においては、

「将来の重大犯罪の解明を容易にすること」につながる警察の情報活動を目 的そのものとは捉えず、あくまでその後の警察活動にとっての前提条件を作 り出すものと捉える立場が有力である213。このように考えた場合、「将来の 重大犯罪の解明を容易にすること」が独自の公益として正当化されるかは、

(14)

必ずしも自明ではない。これが正当化されるためには、やはり「将来の重大 犯罪の解明を容易にすること」が法治国家の実現に向けられた刑事手続の効 果的な履行にとって必要不可欠な条件であることが論証されねばならないで あろう。81g 条にもとづく DNA 分析が「将来の重大犯罪の解明を容易にす ること」を理由に基本権への介入を前倒しし、かつ恒常的な介入の糸口を与 えるものである以上は、ロレンツがいうように通常の犯罪捜査や刑事手続の 遂行よりも高度な正当化が必要になるはずである214。しかし、81g 条の目的 とされる「将来の重大犯罪の解明を容易にすること」は、これらの条件から 見て、その正当化が困難であるともいえる。将来の刑事手続を予想して行わ れる DNA 分析は、犯罪発生を事前に認識・検知できるような措置ではなく、

あくまで将来の刑事手続の負担を軽減するものにすぎない。たしかに、将来 において犯罪が発生した場合には、被疑者の迅速な割り出しや犯罪事実の確 実性の高い認定などにとって、DNA 分析やそれによって獲得された DNA 型情報の存在は大きな意味をもちうる。しかし、このことによって「将来の 重大犯罪の解明を容易にすること」が通常の犯罪捜査や刑事手続の遂行とい う目的を越える、「喫緊の利益」とまでいえるかはやはり疑わしいであろう。

もちろん、「Je-Desto 定式」のもとでは、侵害の可能性のある法益そのも のの重要性は、他の変数との関係で相対化されうる。この点、法益侵害発生 の蓋然性にかかわる要件を厳格化することによって法益侵害の重要性という 要件を緩和することは可能である。それ自体はとりわけ重要な法治国家的公 益そのものとはいい難い「鑑識目的」であっても、法益侵害発生の蓋然性を 認定する条件づけや手続が厳格なものであれば、これを正当化することも無 理な話ではない。伝統的に法益侵害発生の蓋然性にかかわる重要概念とされ てきたのは、危険防御の領域における具体的危険や刑事訴追の領域における 十分な嫌疑という概念である215。これらの概念は、蓋然性の閾値を形成し、

これによって自由と安全との間での緊張関係を調整する役割を担う216。と

(15)

りわけ危険前域においては、原因行為と損害発生とが直接的な因果関係に よって結びつけられるわけではないため、これらは「予測(Prognose)」に よって根拠づけられることとなる。ロレンツが、刑事訴訟法 81g 条にもと づく DNA 分析を正当化するためには「十分に重大性をもった原因行為と要 件が加重された消極的予測」が必要だとしているのは、このことを指摘した ものである。これらの要件を放棄することは、危険前域における情報収集活 動を際限なく前倒しすることになりかねず、狭義の比例性に反することと なる。したがって、81g 条において「十分に重大性をもった原因行為」への 特定が行われているのか、そして「要件が加重された消極的予測」が前提と されているかが問題となろう。まず、原因行為については、前述したように 81g 条 1 項 1 文では「重大な犯罪または性的自己決定を害する犯罪」が挙げ られているが、同時に 2 文で「他の犯罪」についても累犯傾向がある場合に は、違法性の程度に応じて「重大な犯罪」と同視しうるとしている。こうし た DNA 分析の対象となる犯罪の拡大は、少なくとも従来「重大な犯罪」と いう概念によって限界づけられていた DNA 分析の条件をかなり相対化して いることは明らかである217。さらに、消極的予測については「犯罪の種類 もしくは態様、被疑者・被告人の人格その他の判断から、被疑者・被告人に 対して将来新たな刑事手続が行われることがありうるという見解に理由があ るとき」に DNA 分析の条件が整えられることとなっている。この「再犯危 険性の推定」という消極的予測は、2000 年決定において 81g 条が狭義の比 例性を満たすことの根拠ともされているが、原因行為の拡大とともに消極的 予測の役割も相対的に低下していると捉えることが可能であろう。拡大され た原因行為についての単なる再犯危険性の予測では、情報自己決定権への強 度な介入を正当化するには十分とはいえない218

以上の検討からすれば、現行の刑事訴訟法 81g 条にもとづく DNA 分析は 狭義の比例性に反する可能性が高いように思われる219。とりわけ、原因行

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為の拡大は、介入の閾値を低く設定することにつながり、危険前域での介入 を限りなく前倒しする危険性をもつというべきであろう。単独で見れば「重 大な犯罪」といえないようは犯罪行為をきっかけとして(たとえそれが累犯 であろうとも)、将来の刑事手続を見据えた DNA 分析が行われるとすれば、

均衡を失した基本権への介入が行われることとなる。先の「Je-Desto 定式」

の当てはめでも述べたように、将来の刑事手続を想定した DNA 分析は、情 報自己決定権への強度な介入であり、その目的は「将来の重大犯罪の解明を 容易にすること」という喫緊の利益とはいえないようなものである。このこ とからすれば、少なくとも、DNA 分析が犯罪の防止という観点をもたない 刑事訴追の前域で行われるものである以上は、「重大な犯罪」への限定と、

それにもとづいた「再犯危険性の推定」という消極的予測が十分に機能する ことが必要となるというべきであろう。

(d)DNA 型情報のデータベース化と情報自己決定権

刑事訴訟法 81g 条 5 項 1 文は、「収集したデータは、連邦刑事局において 記録し、連邦刑事局法の規定を基準として使用することが許される」と定め、

81g 条 1 項ないし 4 項および 81e 条 1・2 項にもとづいて収集された DNA 型情報を DNA データベースに蓄積することを許容している。この規定にも とづいて、被疑者・被告人および過去に有罪判決を受けた者から収集された DNA 型情報が、連邦刑事局に設置された統合的警察情報システム(INPOL)

の一部を構成するデータベースである DNA-Analyse-Datei(DAD)に蓄積 されている220

このように DNA 型情報のデータベース化は、直接には 81g 条 5 項を根拠 として行われるが、論理的には 81g 条 1 項ないし 4 項における DNA 分析規 定それ自体がデータベース化を必然的に含意している。なぜなら、現に問題 となっている刑事手続にとって必要のない DNA 分析を行い、「将来の刑事

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手続」に役立てるためには、その分析結果を一定期間、蓄積・保存しておく 必要があるからである。したがって、情報の収集にかかわる 81g 条 1 項・4 項とその蓄積・利用にかかわる 5 項とは実質的にはひとつながりの規範であ り、総合的に考察すべきものである。このことから、一方で両者には共通の 問題領域が存在することとなるが、しかし他方では単なる「収集」と恒常的 な「保存」との間には異なる問題領域も存在しうることも意識する必要があ 221

国勢調査判決で示された情報自己決定権は、自動的データ処理の諸条件の 下で、個人的データの収集・蓄積・利用・譲渡(提供)の各段階において、

個人の保護を要求するものであった222。それゆえ、81g 条 5 項にもとづいて 行われる DNA 型情報の蓄積・利用・提供行為も情報自己決定権に対する介 入行為となり、これらの介入の憲法上の正当化のためには、国勢調査判決で 示された諸基準をクリアーする必要がある。

98 年 81g 条と結びついた DNA 鑑定法 2 条の合憲性が問題となった 2000 年の連邦憲法裁判所決定では、当時の DNA 鑑定法 3 条で定められた DNA 型情報のデータベース化は直接問題とされていないが、決定の中で連邦憲 法裁判所は以下のように述べている。「連邦刑事局での DNA 識別サンプル の蓄積という残された可能性および DNA 鑑定法 3 条 2 文を通じてもたらさ れる利用可能性および処理可能性は、立法者によって公益のために作り出さ れた将来の刑事訴追のための事前配慮(Vorsorge)の措置として、憲法上 異議を唱えられるべきものではない」223。ここでも優越する公益とされるの は、81g 条 1 項と同様に「法治国家的保障を志向する裁判(司法)」という こととなろう。しかし、DNA 型情報のデータベース化は、その本質からし て、「情報事前配慮」型の活動224であり225、そもそも「将来の重大犯罪の解 明の容易化」という利益が優越する公益として正当化されるかという問題を 81g 条 1 項と共有することにもなる。

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DNA 型 情 報 の デ ー タ ベ ー ス 化 の 法 律 上 の 根 拠 と な る の は、 刑 事 訴 訟 法 81g 条 5 項 で あ る。 そ こ で、 こ の 規 定 の 明 確 性 が 問 題 と な る が、 こ の 点 81g 条 5 項 は 蓄 積・ 利 用 に 関 す る 基 準 を 連 邦 刑 事 局 法

(Bundeskriminalamtgesetz)に求めている。そのため、データの記録・利 用および訂正・廃棄・伝達などについての具体的な法的根拠は、むしろ連 邦刑事局法にあるともいいうる226。実際、連邦刑事局法 8 条 6 項は、鑑識 的措置の実行に際して集められた個人関連データを連邦刑事局のデータバ ンクに記録することを認めており、この枠内で DNA 型情報のデータベース 化も行われていると見てよいであろう。こうした法的根拠の「二重化」と いう問題を除けば、81 条 5 項の明確性は連邦刑事局法による補充を受ける かたちで相当程度、実現されている。記録の対象となるデータは、81e 条お よび 81g 条 1 項・4 項にもとづいて獲得されたものに限定されており、それ ゆえ内容的にも非コード化領域にかかわる DNA 型情報のみが記録の対象と なる。ただし、目的拘束という点で見た場合、81g 条 5 項には問題がある。

81g 条 5 項は、データの利用について連邦刑事局法を参照するとともに、と りわけデータの伝達について「刑事手続、危険防止およびこれに関する国際 司法共助の目的のためにのみ」これが許されると定めている(3 文)。また、

利用に関しての基準となる連邦刑事局法は、8 条 6 項 2 号で「重大な危険の 防御」のための利用を承認しているが、こうした利用目的としての「危険防 御」や伝達目的としての「危険防止」は、本来、刑事訴訟法上の DNA 分析 における目的には含まれていない227。少なくとも 81e 条および 81g 条 1 項・

4 項での DNA 分析の目的とされていなかった事柄が、DNA 型情報のデータ ベース化に伴って新たに目的とされる場合、これは DNA 分析の制度全体と して見れば目的の不当な変更・拡大を意味することにもなりかねない228。こ のことは 81e 条および 81g 条 1 項・4 項における目的設定とその正当化にも 影響を及ぼしうる。しかし、DNA データベースの存在は、そこに記録され

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るデータが DNA 型情報である限りにおいて、犯罪を未然に防止するような 機能をもち得ない229。そうだとすると、DNA データベースの利用について「危 険防御」や「危険防止」という目的を設定することは、明らかに不適切な目 的設定であり、刑事訴訟法上は正当化が困難であるといわざるを得ないであ ろう230

DNA データベースと情報自己決定権との関係を論じる上で最も中心的な 論点となるのは、やはり比例原則にもとづく衡量である。ここでも、81g 条 1 項・4 項にもとづく「将来の刑事手続」を想定した DNA 型情報の取得の ケースと同様の理由から、とりわけ狭義の比例性が DNA 型情報の記録・保 存において論証されうるかが問題となる。81g 条 5 項にもとづく DNA 型情 報のデータベース化は(本来は、81g 条 1 項・4 項にもとづく DNA 型情報 の取得もこのことを含意しているのであるが)、現に問題となっている刑事 手続に利用するために一時的に個人情報を取得するのと異なり、将来的な利 用を意図して危険前域において情報を事前に取得し、また記録・保存するこ とを意味する。この場合、情報自己決定権に対する介入の程度は、個人情報 の一時的な取得に比べて、恒常的かつ強度なものとなる。それゆえに、こう した介入を正当化するために「再犯危険性の推定」が必要となることは前述 した通りであるが、DNA 型情報のデータベース化にあたっては、とりわけ こうした推定の「有効期間」が問題となりうる。先に示した「Je-Desto 定 式」においては、法益侵害発生の蓋然性にかかわる要件にあたるものとして

「消極的予測」の存在が重要性をもったが、これはあくまで情報の取得段階 に限定されたものであったといってよかろう。しかし、データベース化との 関係では、情報を記録・保存する時間的なスパンの観点で、こうした「消極 的予測」がいつまで有効性をもつのかが論じられる必要がある。予測ないし 推定がいったん成立すると、もはやそれについて変更の余地がなく、そのた め DNA 型情報の記録・保存が永続的なものとなれば、これは場合によって

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は情報自己決定権に対する過度な介入を意味することになる。したがって、

個人情報の記録・保存といった恒常的な基本権侵害が問題となっている場合 には、データの保持が許容され、かつ必要なものであるかが常に審査されね ばならない231。そのため、立法者にはそれにふさわしい抹消規定等を定め る義務がある。

しかし、DAD での DNA 型情報の抹消については、刑事訴訟法も連邦 刑事局法も具体的な規定を置いていない。わずかに、連邦刑事局法 32 条 2 項がデータバンクに記録された個人関連データの保存につき、記録が許 されない(unzulässig)場合、およびもはや記録が必要ない(nicht mehr erforderlich)場合に記録が抹消されると一般的な定めを置くにとどまる。

ここにいう「記録が許されない場合」とは、被告人が無罪判決を受けた場合、

被告人に対する本案手続の開始が却下される、あるいは手続が永続的に中止 された場合、そして判決理由から当該個人が犯罪を行っていないこと、ある いは違法に犯行を行っていないことが明らかになった場合を意味する(連邦 刑事局法 8 条 3 項)とされ、また「もはや記録が必要ない場合」とは、デー タの当該個人について将来的に重大な犯罪を理由とする刑事手続が行われる との推定にもはや理由がない場合を意味する(刑事訴訟法 81g 条と結びつ いた連邦刑事局法 8 条 6 項)とされる。とりわけ後者の場合には、法益侵害 発生の蓋然性にかかわる要件が実質的に存在しないにもかかわらずデータを 保持し続けることは、明らかに情報自己決定権に対する過度な介入を意味す る。したがって、この予測の変更が十分に機能しない場合、狭義の比例性に 反することとなろう。しかし、後者については、いかなる場合に「推定にも はや理由がない」とされるのかは必ずしも法律上明らかではない。この点、

情報自己決定権との適切な調整という観点からすれば、刑の執行などによっ てデータの当該個人に明らかな更正の傾向が見られる場合や、身体的な状況 からもはや将来的な犯行の可能性が排除される場合には、おそらくこうした

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予測の変更が行われるべきものと考えられる232。しかし、学説においては、

とりわけ死亡した者のデータを抹消すべきかという点で、他の者の無罪証明 などを容易にするためにも死後もデータを保持することが許されるとしてい ることからすると233、消極的予測の変更が十分に機能するかどうかはかな り問題であろう234

また、以上のこととの関連では、消極的予測の見直しの時期が問題となる が、これについても特別規定は存在せず、連邦刑事局法 32 条 3 項は、デー タバンクに記録された個人関連データについて、成人の場合 10 年、少年の 場合 5 年を経過した時点で、訂正ないし抹消の必要性があるかを審査するよ う要求しているにすぎない。ただし、これは本来は最長期間であり、比例原 則の適用の下では、データの記録の目的や事案の種類および重大性などを 勘案して記録期間が決定される必要があるとされる235。しかし、DAD 設置 令によれば、DAD の記録期間については、この最長期間が適用されている

(DAD 設置令 8.1)。この結果、(とりわけ過去に有罪判決を受けた者につい て)すでに刑の執行を終え、また連邦中央登録簿から記録が抹消された後で も、予測の見直しが行われず、DAD にはデータが保持され続ける可能性が 生じる236。その意味では、比例原則に適合しない記録期間の設定がなされ ているともいえ、情報自己決定権への過度な介入がありうるであろう。むし ろ、刑期の終了などを予測の見直しのタイミングとする方が比例原則には適 うように思われる。

いずれにせよ、将来の刑事手続を想定して行われる事前の情報活動にあ たっては、狭義の比例性を実現するためにも、「Je-Desto 定式」にいう法益 侵害発生の蓋然性にかかわる要件が十分に満たされている必要がある。この とき重要なのは、繰り返し述べてきたように、「再犯危険性の推定」という 消極的予測がしっかりと機能することである。これが機能しなければ、81e 条にもとづく一時的な個人情報の取得と 81g 条にもとづく恒常的な収集・記

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録との間に存在する構造的な差異を正当に評価することは不可能であろう。

それが将来の刑事手続において役立つかもしれない、というただそれだけの 理由で、内容的にも機能的にも重要な個人情報を国家が保持し続けるという のは、基本権と公益との均衡を失した調整を意味することになる。

4 むすびにかえて

「自由」と「安全」という抽象的な二つの価値の衝突状況は、とりわけテ ロ対策や環境保護政策との関連で注目される傾向にある237。そして、この 文脈においては、人間の尊厳、生命権、一般的人格権、通信の秘密、住居の 不可侵、あるいは財産権といった様々な権利がその効力の優劣を競い合って いるようにも見える238。その意味では、「自由」と「安全」とを対立的な価 値として捉えることは本来不適切であろう。これらはひとつのコインの両面 であり239、しかも場合によっては同じ権利や利益が「自由」の側と「安全」

の側に同時に振り分けられる可能性がある240。それゆえ、「自由」と「安全」

との間に、いかなる場合にも妥当するような原則的な優劣関係を持ち込むこ とはできないと考えるべきであり、むしろ「自由」と「安全」とが具体的に どのような権利・利益の対立をもたらしているのかをケース・バイ・ケース で見極める必要があるといえよう。

この点、たとえばカリエス(Calliess)が主張するように、テロ対策が問 題となっている場合、そこではなによりもまず「身体的安全」ないし「生命 保護」が志向されていると見て241、人間の尊厳との関連から特別な保護が 要求される「身体的安全」ないし「生命」と情報自己決定権との衝突に際し ては、常に前者が優越するとの図式を想定することも可能ではあろう。たし かに国家の措置が身体的安全と直接に関係していればしているほど、措置の 憲法的正当化が容易になるとするカリエスの見解には直感的な正しさがある ようにも思われる242

(23)

しかし、「身体的安全」や「生命保護」が直接に問題となるようなテロ対 策であればともかく、その関連が間接的であったり、ほとんど存在しないよ うな場合には、カリエスの図式はやはり妥当しない。すなわち、「自由」と「安 全」との対立と一口にいっても、そこで具体的にどのような権利・利益が対 抗関係にあるかは様々なバリエーションがありうるのである。

昨今の学説状況において注目されるのは、テロ対策などのように、「身体 的安全」と直接的な関連をもった「安全」と情報自己決定権などの「自由」

との対立関係である。これに対して、本稿で取り扱ったのは、刑事手続での 利用を想定した DNA 分析という、「身体的安全」と直接的な関連をもたな い「安全」と人間の尊厳、身体の不可侵に対する権利、情報自己決定権と いった「自由」との対立関係であった。これらは同じく「自由」と「安全」

という問題領域に含まれ、また同じく危険前域での情報活動という措置に服 するものであるが、そのあり方は大きく異なる。これらを同じ枠組みにおい て捉えることは、むしろ基本権の介入を際限なく拡大することにもなりかね ない。やはり、国家の措置が何を目的としているのか、そしてその措置に対 して基本権がどれだけの歯止めをかけることができるのかを、抽象的な「安 全」という概念の下においてではなく、具体的な利益衡量の下で検討する必 要があろう。

本稿で検討したように、刑事手続における DNA 分析や DNA 型情報のデー タベース化は、現在のところ、原理的に憲法に反するようなものではない。

しかし、それが許容されるためには、基本権保障に照らした十分な条件づけ が必要であり、それが満たされない場合には、やはり憲法違反となる余地が ある。人格プロフィールに到達しない範囲での DNA 分析、データベース化 に際しての対象犯罪の限定およびそれに関する「再犯危険性の推定」の実質 化といった諸条件は、不明確な「安全」による「自由」の制限を限界づける 基本権からの要請である。

(24)

翻って、日本の法状況を見た場合、明らかに刑事手続での DNA 分析の利 用に関する法的枠組みは整っていない。そもそも、刑事訴訟法には DNA 分 析を許容する規定ならびにその前提として血液採取等を明示的に許容する規 定が存在していない。刑事訴訟法 218 条は 1 項で、犯罪捜査に必要な範囲で 令状による差押、捜索を認め、また身体検査令状による身体検査を認めると ともに、2 項において「被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは 体重を測定し、又は写真を撮影する」場合には令状を要しないとしている。

218 条 1 項にもとづく身体検査の一環として血液の採取および検査が可能で あるとしても、これが即座に DNA 分析をも許容すると考えるのには無理が あろう。これはかつてのドイツ刑事訴訟法 81a 条にもとづく DNA 分析と同 様に、明らかに拡大解釈によるものであり、また DNA 情報の重要性からし ても、非コード化領域への限定や手続的措置が欠けている点で憲法上正当化 が不可能である。また、刑事訴訟法 218 条 2 項にもとづいて、口腔内の組織 片を採取し、それをもとに DNA 分析が可能であるとする見解も示されてい るが243、これは明らかに問題である。たとえ取得される情報を DNA 型情報 に限定するとしても、それが「指紋」、「足型」、「身長」、「体重」と同程度の 情報にすぎないといえるかは問題であろうし、そもそもここで列挙された対 象物と比較されるべきは口腔内組織片である。サンプルの廃棄などの手続的 予防措置が存在しないにもかかわらず、口腔内組織片というセンシティブ情 報の宝庫を、令状もなしに採取し、それを分析可能とすることはプライバシー 権との関係で著しく均衡を失している。ドイツにおいて刑事訴訟法 81e 条な どが新設されたように、日本の刑事訴訟法上も DNA 分析に関する特別規定 が必要であろう。これはとりわけ憲法上のプライバシー権の観点から要請さ れるというべきである。

また、2004 年からは、日本でも警察庁の DNA データベースが稼働してお り、ここに被疑者から取得された DNA 型情報も記録・保存されている。し

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かし、この DNA データベースは法律によって根拠づけられているわけでは なく、「DNA 型記録取扱規則」という国家公安委員会規則によって根拠づ けられているにすぎない。この点については、憲法 41 条との関連で、規則 による人権制約の可否そのものが問題とされている244。さらに、この DNA データベースにおいては、現に問題となっている刑事手続に利用するために 獲得された DNA 型情報が、何らの中間的段階も経ずに、自動的に DNA デー タベースに記録されるようになっている。これは情報「収集」の論理と「保 存」の論理とが峻別されず、それゆえに現に問題となっている刑事手続での 利用を目的とした情報の「収集」と将来の刑事手続での利用を想定した情報 の「保存」とが同じ枠組みで実施されていることを意味している245。本稿 でも指摘したように、これらは同じ法治国家原理に仕える目的および措置と いっても、意味合いが異なるものであり、それにともない正当化の条件が異 なるものである。少なくとも、「保存」に際しては、それがより強度な人権 の制約を意味することからも、重大犯罪への限定や「再犯可能性の推定」と いった、単なる「取得」・「収集」よりも加重された要件が必要である。

日本における刑事手続での DNA 分析の利用にあたっても、抽象的かつ多 義的な「安全」という価値が無秩序に「自由」を飲み込んでしまうことがな いように、その必要性や許容の条件づけを十分に論じることが求められる。

このときには、DNA 分析という新たな技術が憲法上の人権に抵触する可能 性があり、そしてそれゆえに憲法上の人権によって限界づけられる必要があ るということを明確に意識するべきであろう。

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