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金融 ADR が市場に及ぼす影響

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金融 ADR が市場に及ぼす影響

石 田 成 則

■アブストラクト

金融ADR(Alternative Dispute Resolution)の概要,関連法規の整備 状況などを概観しつつ,経済学の視点から,金融ADRが保険市場とその取 引に及ぼす影響を考察する。まず,金融・保険商品やその取引をめぐる紛争 解決手段について,それが個別経済主体の行動や選択に与える効果を想定し ながら,付随するトラブル・コスト(民事訴訟・和解費用や取引縮小に伴う 暗黙の費用)に影響する要因について整理した。現状では,保険規制環境の 変化やそれに伴う保険商品の多様化,販売ツールの多角化などがトラブル・

コストを左右している。つぎに,従来の相談内容や苦情処理の状況を踏まえ ると,保険商品自体が複雑でわかりにくいこともあり,販売時・契約時およ び保険期間中の情報提供不足と消費者・契約者の誤認が大きな原因となって いる。そのため,金融ADRでは,その特徴である専門性と迅速性・簡易性 のバランスを取りながら,プロセスを重視した解決が望まれる。こうした紛 争解決姿勢が,未然抑止に必要な 事前投資 を促進することで,トラブ ル・コスト軽減に寄与するとした。

■キーワード

情報の不完全性,不完備契約,摩擦的費用

*平成22年10月23日の日本保険学会大会(早稲田大学)報告による。

/平成23年4月1日原稿受領。

ADR

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1.保険契約者から見たリスクと情報の不完全性

金融商品・サービスの多様化や高度化により,それに内包されるリスクの 実相はますます見えにくくなっている。保険についても,消費者ニーズに呼 応して,またIT技術をはじめとした技術革新により,その商品内容や仕組 み自体が複雑化している。元来,保険契約には各種のオプションが組み込ま れており,それはオプション・パッケージともいえる。最近では,こうした 特徴を活かして,家計の資産管理に直結するアカウント型などの保険商品も 開発され,販売されている。しかしながら,保険期間中の金利変動により予 定利率が変化し,支払い保険料の金額が増減するなどの危険性もある。また,

超のつく高齢化進行のなかで,第三分野保険,医療保険が脚光を浴びている ものの,主契約・単品商品に付けられた各種の特約が保険金不払い問題,支 払い漏れ問題を引き起こす要因にもなった。こうした保険商品では,約款に 記載されている補償内容や免責条項が分かりにくく,多くのトラブル原因と もなっている。もちろん,販売・契約時点で説明が不十分であったことも一 因であるが,複雑な商品設計がこうした事態を誘引している側面もある 。

いずれにせよ,本来的に理解しがたい,説明の難しい商品内容であったも のが,保険自由化後の商品開発競争のなかで,また契約者の利便性や選択性 の名のもとにその複雑性に拍車がかかった感は否めない。元来,保険取引で は,金銭と表裏一体で権利関係が遣り取りされる。しかし,保険商品の複雑 化や特約多様化によって 保険金・保険給付請求権 をどう行使したらよい か分らない状況も見受けられる。それには,保険自由化に伴う過度の差別化 競争,具体的には 生存 医療 給付における保障の 多機能化 や給付

1) 保険金不払い問題,保険金支払い漏れ問題には,保険の仕組みや保険商品の 難解さ,それに付随する販売時点での情報提供の難しさなど,商品特性・制度 特性に根差す原因が指摘される。これに加えて,保険事業・会社組織の運営面 において,広くセクショナリズムの問題や相互会社組織における適正なガバナ ンスの欠落も遠因とされている。

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事由の多様化が負の影響を及ぼしている。同時に,業態間の垣根が撤廃され,

業際競争が激化しているなかで,保険と金融の一体型商品も登場している。

こうした 特定保険契約 には,特別勘定設置の保険契約や解約返戻金変動 型保険,そして外貨建保険・年金が含まれる。これらの保険商品にはより多 くのリスクが付随しており,時間をかけた販売時の説明でも,不慣れな消費 者・契約者には理解が覚束ないこともある。現在は特約の簡素化をはじめと して,こうした商品設計上の問題は少しずつ解消されているものの,販売チ ャネルの多様化や製販分離の状況下にあって,販売・契約時の分かりやすい 説明にはなお工夫の余地が残されている。

一般の財・サービスについても, 生産者・供給者は消費者・需要者より も,取引時点において豊富な知識・情報を有しており,こうした情報の非対 称性は,情報優位者が情報の歪曲や選別化による機会主義的な行動により,

不正に利得する危険性を孕む という指摘がなされている 。しかし,金 融・保険取引の特徴について, 個々の経済主体が金融取引に参加しようと するのは,第一次的には,それを通じて現在所得と将来所得の交換を実現し,

所得⎜支出のタイム・プロファイルを変更するためである とされ,通常の 財・サービス取引とは異なった側面が強調される。すなわち, 将来の所得 は現存するものではないという理由で,将来所得そのものは直ちに交換対象 とはなりえないために,実際上の金融取引は,現在所得と 債務証書 の形 式をとった将来所得に対する請求権の交換でしかありえない(条件付き請求 権証券)。 たとえば,将来所得に対する請求権を表章する債務証書自体は,

素材的には全く価値をもつものでないから,その発行者が債務証書に記載さ れた契約を履行しなければ,容易に減価ないし無価値化する。そして,債務 証券発行者(借手)の契約不履行によって,約定された将来所得が実際に提 供されないことになれば,その購入者(貸手)の現在の厚生水準は,金融取 引を行わない場合に比べて低下する。

2) 以下の記述は,池尾(1985),18‑19頁を参考にしている。

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そのうえで,こうした厚生水準の低下に対抗する措置については, ただ し,債務不履行の危険性が存在する場合でも,個々の借手が債務不履行を起 こす可能性についての正確な情報がすべての取引参加者にゆきわたっている ならば,比較的困難は少ない。このとき,貸手は 確実な約束 にかわって 確率的な約束 を,リスク負担込みで購入するからである。すなわち,金 融取引の成立にとって真に問題なのは,債務不履行危険そのものでなく,む しろそうした危険性に関する情報の希少性である。 このようにして,約束 の不確実性の程度は,取引時点や取引継続時点での情報の程度に依存するこ とになる。こうした約束の確実性の程度は,当該金融機関が発行する金融商 品(債務証書),保険商品(保険証券)の 品質 を規定する要因となる。

将来に関する不確実性が現時点での 品質 を構成するのであり,金融・保 険商品内容と当該金融機関の経営・財務状態について情報提供・情報開示す ることは, 品質 を高めることになる 。

こうした金融取引一般に付随する情報不完全性問題を参考に,保険取引に ついて言及しよう。そのためには,保険の財・サービスとしての特殊性の理 解を欠くことはできない。まず,保険契約者が保険料の対価として受け取る ものは,保険契約に定められた保険金請求権であり,それは無形財に属する。

また,保険金請求が約定された保険事故を契機とするのであり,現実に契約 者が保険契約の有用性を認識するのは,保険契約時点(保険商品の購入時 点)ではなく,保険金を受給する将来時点であるので将来効用財とされる。

そのため,契約時点・購入時点における一時点での契約者保護では意味をな さず,商品情報や経営情報の保険期間を通した継続的な提供と行政による保 護策が重要になる。

さらに,保険は販売即生産財ないし製販一体財とされ,教育や医療行為と 3) 池尾(1985),63頁。なお,金融取引と保険取引の相違について,マクロ的 視点からは二次流通市場の存在有無が挙げられる。これは個別経済主体の立場 から,金融・保険取引に伴う不確実性を克服する仕組みではないが,生命保険 の買取りなどの動向も含めて,将来的には情報の不完全性を克服する仕組みと して参考になる。

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同様に,サービス提供時点で生産活動が実現しているとされる。教育サービ スが一方的な専門知識の提供や授与とみなされるのに対して,医療サービス はサービスの受け手との共同生産にもなる。保険の生産過程において,保険 提供者・保険会社側の一方的な専門知識ではなく,保険契約者が契約時点で 持ち寄る危険・損害情報がひとつのインプットと考えられ,また外生的な金 融情報もインプットでありうる。そして,保険の生産技術は,投入された私 的情報としての危険・損害情報と,外生的な金融情報を加工して,将来の不 確定な事故費用を保険料として確定することである。このように保険生産の インプットは情報であり,保険自体も情報財とされる。さらに,一部のイン プットは契約者側が保持する私的情報であり,その適正さを確保するために も,保険契約者との利害共有が一部で必要とされる。

2.保険契約者保護のための重層的な構造

保険商品自体が情報財であるとすれば,遣り取りされる情報の適切性を担 保する仕組みが必要であり,こうした仕組みを官民で工夫することになる。

そこで,この点に関して,行政による保険規制と業界による自主規制の必要 性が生じるのである。

保険商品の特殊性を鑑みて,契約者を保護するために,これまでにも重層 的なスキームが構築されている。行政側は,商品内容や料率設定に関する許 認可や保険募集にかかる行為規制により,契約者に不利益が及ぶことを未然 防止してきた。近年では,金融商品取引法を保険業法に準用する形で援用し,

苦情やトラブル原因となる当事者間の情報格差について,それを埋めるため の方策も講じている。また,保険市場や資本市場からの審判(市場規律)や 消費者団体からの要請・要望も,保険契約者保護に資するものである。さら に,外部からの影響や圧力も受けながら,会社のガバナンス体制を整える自 己規律も重要である。こうした枠組みのなかで,業界団体主体・主導の ADRを適切に位置づけ,契約者保護に果たす役割を考える必要がある。

保険政策には,保険成長政策,保険安定政策,保険公正政策があり,契約

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者保護には後二者が中心になる。保険安定政策については,保険会社の適正 かつ安定した運営とともに,保険取引の安定的な維持も重要になる。また,

保険公正政策については,契約当事者間に存在する各種の格差を是正して,

公正な取引を実現する目的をもつ。保険商品とその取引が 情報 を基盤に 成立していることから,業者による情報開示・伝達を促進するとともに,契 約トラブルを未然に防ぐことやその発生時に適切に対処する方策が課題とな る。こうした政策に基づく保険規制の多くは,保険会社と代理店の認可,ソ ルベンシー規制,約款に記載する文言についての規制,詐欺的募集や不正な 保険金請求に関する規制,および情報開示規定のように,情報の不完全性や 非対称状況が原因となって生じる問題に対処するものである 。なお,これ らの施策が効果を上げれば,最終的には,保険業自体の成長や国民経済の成 長にも寄与することになるので,当然のことながら保険成長政策とも関連し ている。

もちろん,こうした保険規制もそれだけで十分な効力は発揮できず,市場 審判や財務の規律づけ,各種の消費者団体からの要望・要請,裁判・民事訴 訟の脅威,内部統制や監査を含む自己規律,そして本稿で取り上げる業界主 体のADRなどと手を携えることではじめて十全に機能することも事実であ ろう。このなかで,財務による規律づけについては,株主である所有者利益 に沿った経営が行われることで株主価値が最大化され,その意味で経営非効 率が解消されると考える。こうした筋道は,最大化すべき単一の価値が見出 せない相互会社では成り立たないものの,契約者である社員価値を最大化し ているとしたら,それは商品設計・販売手法や事業・資産選択を契約者の意

4) 平成7年の新保険業法へ一本化された 募集取締法 (昭和23年 保険募集 の取締に関する法律 )以外にも, 市場リスクを有する生命保険の募集に関す るガイドライン (平成19年9月 生命保険協会)や 生命保険商品に関する 適正表示ガイドライン (平成19年1月改正 生命保険協会)など,家計保険 分野を中心に自主規制やガイドラインも制定されており,一般的な販売プロセ スの適正化措置のほか,保険商品にかかるリスクの概要や注意喚起情報提供の 必要性を規定している。

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向に沿ったものとしているのであり,理論的には契約者は保護されているこ とになる。

また,内部統制によるコンプライアンスの徹底は,内勤職員と営業職員と を問わず,彼らの不正行為を抑え会社へ有形無形の損失を与える事態を回避 する。同時に,個人情報の漏洩やシステム障害など消費者・契約者に不利益 を与える事務上のミス,すなわちオペレーショナル・リスクを管理すること でもある。それ以外にも,自己規律では主に内部・外部監査を通じて,過度 に業績第一主義,規模拡大に走ることや地球環境・地域環境への配慮を欠く 行為などに対して警鐘を鳴らすことになる。広義の反社会的行為を抑え,

CSRを徹底することは,市場での受容性を高めるだけでなく,経営の健全 性向上から消費者や契約者の利益を向上させるものであろう。

実は,業界主体のADRはこうした自己規律の延長線上に捉えられ,行政 による経営監視を代替する側面もある。同様に,消費者団体からの要望や要 請,そして裁判・民事訴訟の脅威を一部で回避可能とすることにもなる。保 険会社にとって,訴訟リスクを上手く管理する手法の一環として,金融 ADRを活用することも考えられる。いずれにせよ,保険業界にとって金融 ADRを促進していくことは,自己規律を確立して経営自由度を高めるとと もに,規制環境に働き掛けることができる契機にもなる。

わが国では,人口減少と市場の飽和化によって,生命保険と損害保険の家 計保険は頭打ちの傾向にある。こうした成熟した市場では,新規市場の開拓,

市場深耕そして重ね売りのために,新規需要を掘り起こさなければならない。

ニッチ市場の開拓も課題になる。そこでは,新たな保障ニーズを発見するか,

従来の商品を上手く組み立てて,契約者に提供する必要もある。同時に人口 動態,長寿化現象は,従来の死亡保障分野から生存保障分野,第三分野領域 へのニーズ移行をもたらす。年金保険では資産運用力が問われ,医療保険で は品揃えの木目細かさとサービスの充実がポイントになる。さらに,業際規 制も緩和され,業態間での乗入れも常態化してくるに従って,提携型の商品 や相互の委託販売も頻繁になる。参入障壁が低くなれば,外資の市場参入も

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活発化する。他業態や外資に特徴的な販売手法を摂取することで,市場全体 では販売手段も多様化する。同時に,委託販売が増えることは,それだけ利 害関係が輻輳することにもつながる。そしてなにより,業界内・業際競争の 激化は,どうしても商品設計やサービスも含めた過当競争を出現させてしま う。

こうした状況には問題点も指摘されてきた。過剰なサービス競争や特約の 付加は保険商品を複雑にし,不必要な保障・補償までも提供するリスクを孕 む。商品設計の許認可姿勢が変化することは,こうした行き過ぎたサービス 競争を助長しかねない。また,リスク細分化や料率の差別化では,優良リス クの保有者には有利でも,そうでない高リスク者には不利に働くことがある。

クリームスキミングと指弾されるケースも出てくることになる。

同様にして,保険会社における内部統制の重要性やコンプライアンスの必 要性が声高に叫ばれるものの,規制緩和下の競争激化と株主主権,相互会社 の株式会社化,そしてM&Aの頻繁化によって,保険事業のガバナンス構造 も変化する。株主利益追求の姿勢も露骨になりかねず,契約者軽視の風潮も 生まれかねない。また過当競争・過剰競争下では,オペレーショナル・リス クも増加する傾向があり,業務ミスやコンプライアンス違反も散見されるこ とになる。個別保険会社に任せていては,十分な対応や体制整備がとれない こともあり,業界挙げての取組みが問われることになる。

こうしたなかでの保険契約トラブルの急増である。保険規制の緩和や自由 化傾向にあっても,契約者保護の仕組み作りは依然として行政の役割である。

保険取引や契約をめぐるトラブルが急増していたとしたら,その原因を探り,

有効な対処をすることも行政の責任であろう。しかしながら,現状を考えれ ば十分な対応ができていなかったことになる。当然のことながら,こうした トラブルの急増に対して,再規制もしくは自主規制の要請が俎上に上るもの の,その対応にも限界がある。そこで,業界団体を中心とした,自己規律・

自己規制に期待がかけられることになる。生保・損保両業界はこれまでも契 約者からの相談や苦情に応じる体制は整えており,この度の金融ADRによ

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り公的なお墨付きが与えられ,さらにその機能充実が予期される。業界団 体・指定紛争解決機関にはトラブル処理の標準化,トラブル対応の迅速化そ してトラブル処理費用の軽減が期待される。こうした金銭的・時間的費用の 軽減は,少額案件の潜在的トラブルを顕在化することになる。

3.保険契約をめぐるトラブルの実相とその要因

金融ADRの効力を考察するうえで,まずは現実に生じている契約上や取 引上のトラブルに目を向けざるを得ない。

前述したように,保険商品・取引に固有の特殊性があり,それが保険約款 の認可,料率規制そして保険募集に関する規制の根拠になっている。金融庁 は実質,金融監督庁であり,保険経営の監視を通じて,契約者保護に最終的 な責任を担っていると考えられる。ただ,1995年の保険業法の改正以降,規 制緩和,保険自由化が徐々に進行しており,官と民の役割分担にも変化が見 られる。間接金融から直接金融への流れのなかで,老後資金準備を中心とし た資産形成において,リスクをとってリターンを求める風潮もある。その分,

保険業界・関連団体そして契約者自身にも自己責任が求められることになる のである。

ただし,こうした潮流にあっても,自己責任の程度には限界があり,かえ って規制を強めるべきところもある。とくに,保険契約も他の金融契約や労 働契約と同様に,ミクロ経済理論でいうところの不完備契約であり,また取 引当事者の保険契約者も決して合理的ではない。保険取引での契約者は,保 険事故遭遇に際してあくまでも保険給付請求の権利を有しているだけである。

事故の態様調査と免責条項の該当非該当を含めた保険金支払いの審査がある ので,全てのケースで請求通りの,または予め約定された保険金額が支給さ れるわけではない。そして,免責条項の詳細,事例に応じた調査内容,そし て調査内容に応じた支払金額の決定基準,これらすべてを個々の保険約款に 記載できるわけではない。ケースバイケースの世界である。つまり,保険証 券そして各社の保険約款に両当事者の権利・義務関係を全て記載することは

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現実的ではない。

確かに,契約者配当の状況や解約返戻金,契約者貸付・保険料振替貸付や 払済保険など,契約者の権利に関することは一通り説明することはできる。

告知義務の重要性やその違反の効果などについては,口頭で補うことも可能 であろう。しかしながら,告知義務に反した場合にも因果関係不存在の特則 があることや,重大事由解除を疑われるケースがあることは,販売時点の説 明だけでできるものではない。また,これらを理解するには,保険制度や仕 組み自体をある程度理解していることが前提になる。さらに,各契約者の理 解の程度は異なるために,営業職員の型通りの説明後に,附合契約性から署 名をもって自己責任を(全面的に)問うこと現実的ではない。一部の保険商 品に適合性原則が援用されるのも当然のことである。こうしたことから,保 険取引において,自己責任を果たすことができる環境作りが重要なことがわ かる。なお,将来に生じうる全ての事象を記載することができたとしても,

予断を許してしまう意味で適切でもない場合もある。経済的利害が絡む場合 には,保険契約者に予断を与えてしまうと,それが期待権となり,状況変化 に応じて結果的にそれが侵害されるケースも出てくるからである。

保険取引に情報の不完全性や非対称性があると,契約者の(暗黙の)期待 権が裏切られ,事故遭遇時の対応に納得感が得られず,契約相手である保険 会社,さらには保険制度自体にも不信感を抱くこともありえる。そこで,保 険会社の決定に対して,異を唱える機会を確保することになる。実際に保険 業界と個別保険会社に相談窓口が設けられている。ただしこれらは任意の性 格が強い。これに対して,既存の裁定審査会や損害保険調停委員会そして ADRは,より公的性格が強いことになる。これらは保険会社が行った調査 や審査を,両契約当事者で吟味する場を意味する。相互学習の場といっても 良いであろう。こうした方途を確保することは,保険契約に付随する不完備 性からくる期待権の侵害可能性を減じることにより, 保険契約価値 を高 めることにつながる。

ただし,こうした場が設けられたとしても,市場での情報力格差からくる

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交渉力格差が持ち越されてしまうのであれば意味がない。そこには,保険契 約者に専門的見地からアドバイスする人材を要している。医療現場の家庭医 にように,契約者の立場に立ってアドバイスする専門家が望まれる。保険仲 立人がいればそれにこしたことはないが,現状ではこうした中立的なアドバ イザー確保は期待できない。そこで,一方の当事者である保険会社とはやや 距離を置いた専門家が,こうした場に中立的立場で参加することは不可避で ある。

生命保険協会・生命保険相談所(2010) 相談所リポートNo.86 を参考 にすると,相談受付件数自体は趨勢的な減少傾向にあるものの,20年度以降 には仲裁を求める裁定審査会への申立は急増している。相談の中身について は,保険の一般知識習得から会社情報・比較情報の質問まで様々である。一 方,苦情内容には,従来型保険商品の販売や情報提供のあり方と,医療保険 のネット販売や年金保険の銀行窓販とに大きく二分されている。具体的内容 をみると,保険契約者の誤解や認識不足が大きな要因を占めており,営業職 員による過失が明白なケースは少ない。ただし,十分にニーズを汲み取らな いままの,押付けに近い販売姿勢や説明不足の事例は散見される。こうした ことから,新しい販売チャネルや販売ツールに保険契約者が不慣れなことや,

委託販売の代理人・代理店への教育体制が不十分なことがトラブル急増につ ながっている。

最終的に,苦情の半数近くが裁定審査会に回されるものの,審査の結果,

申立までの理由を認めないものが半数以上,年度によっては7割から8割を 占めている。こうした事例には,契約者側の誤解や認識不足のケースが多く 含まれているのが現状であり,保険会社各社での対応を充実することが望ま れる。また,これまでトラブル処理にはかなり時間を要しており,期限を決 めるなどしてその迅速化を図ることは緊急の課題となっている。さらに,相 談所認知は協会のHPと行政機関により促進されており,個別保険会社や 代理人・代理店による,契約当初および保険期間中の周知徹底が課題となる。

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4.金融 ADR の望ましい制度設計への提言

ここでは金融ADRによる社会的な紛争解決手段としての側面に着目して,

民事訴訟との比較を通じて検討を加える。今般整備された金融ADRについ ては,各指定紛争解決機関の動向も見据えながら,効果的かつ効率的な紛争 解決手段に育てていかなくてはならない。こうした検討を踏まえて,これか らの環境変化に適合した望ましい制度設計のあり方を模索する。

まず,同じ紛争解決手段として,民事訴訟と比較すると両者はいくつかの 比較項目で大きく異なる 。

5) 野口(2010),171頁。なお,民事訴訟と和解の選択については,シャベル

(2010),469頁を参照のこと。そこでは,原告(申立人)と被告の予想勝訴確 率が一致しないことから和解ではなく,訴訟に発展することを簡易な数式を用 いて説明している。そこでの重要な含意および結果はつぎのようなものである。

・まず,裁判には時間とコストがかかることから,民事訴訟手段が確保され ていることとがかえって和解を促す可能性があることと,それに付随して,

表1 民事訴訟手続きと金融 ADR の比較

が一部加筆修正。

認定紛争解決機関 非公開

実体法に限定されない 事実存否の判断に囚われない 実状に即した解決

相手方に応答の義務

手続実施基本契約の不履行ケ ースでは事実の公表と行政へ の報告

申立費用は無料のことが多く,

弁護士費用,鑑定費用などは かからない

裁判官 公開 実体法

事実存否の判断の重視 相手方に応訴の義務 判決の強制執行

申立費用,弁護士費用,鑑 定費用など

手続きの主体 公開の有無 紛争の解決基準 事実の存否に関す る判断

当事者間の義務 解決手段の実効性 の担保

手続きに要する費 用

出所)野口(2010),171頁の資料1表を筆者

手続き 金融ADR 比較項目 民事訴訟

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まず,事案の対象として,保険トラブルでは少額案件が多く,必ずしも訴 訟の案件にそぐわないとされる。また多くの金融商品の取引,売買と同様に,

当事者間に情報格差があり,トラブル解決にはこうした格差を埋める専門的 知識が必要とされ,裁判では十分な対応に限界があるとされる。これと関連 して,商品自体のリスクが引き起こすトラブルに加えて,販売時点の情報提 供のあり方が問われるケースも多く,対立の原因や対立点が輻輳している場 合も多い。そのために,相互の誤解や無理解そして感情的対立が絡むことに なるので,法律的な事実認定だけでは,解決の糸口が見出せない場合も多く なる。

金融ADRについては,とくに情報格差問題が重視されるところである 。 他の領域と比較しても,調停者や仲裁者に高度な専門知識が要る。この点が

民事訴訟に係る費用の上昇は,和解の余地を高めることである(ただし,

Pは原告の予想勝訴確率,P は被告による原告の予想勝訴確率,Cは原 告が訴訟・事実審理に要する費用,Cは被告が訴訟・事実審理に要する費 用,そしてWは原告勝訴の場合の取得金額,和解費用は0とする)。

条件式⑴;P W−C<P W+C

(和解受入れの最低金額) < (和解の為に許容できる最高金額)

そして,条件式⑴を変形することで,民事訴訟に係る費用の上昇は,和解 の余地を高めることがわかる。

条件式⑵;P W−P W<C+C

・また,審理や紛争処理過程で,資料提出義務等が課される場合,両当事者 の共通認識・理解の形成から両者の予想勝訴確率が近づき,和解の受入れ 余地が高まることである。

条件式⑶;P W−P W=0<C+C

・さらに,両当事者自身が感知する過失程度によっても和解の余地は変化し,

また和解案の受諾・拒否のプロセスを挟むことによって,相手方にそれを 自己顕示でき和解の可能性が高まることである。

・最後に,原告勝訴のときの賠償金額・判決額が大きいほど,両者の事実審 理にかける費用も高額に上るので,かえってそれが合理的に予期されると 和解が促進される。

な お,証 拠 開 示 ル ー ル が 両 者 の 選 択 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て は,ミ セ リ

(1999),225‑231頁を参照のこと。

6) 和田(2007),17‑18頁。

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訴訟と比較して,ADRに優位性があるポイントとして指摘される。その一 方で,ADRでは事実認定に基づくことがない,申立人の心情を汲み取った 大岡裁き も期待されている。それは,個別事案の多様性や個別性を考慮 してのことである。

筆者はこの点にやや疑問を感じる。一般には,高度な専門知識や技能は複 雑に絡み合った利害関係に理の筋を通すために活用されるはずである。もし,

申立人の心情に即した解決策を模索するのであれば,聞き上手であり,また 相手の心理状態に即した対応に長けている者が間に立つ方が望ましくなる。

訴訟を含む従来の解決手段において,こうした点が不十分であるとしたら,

まず既存の方法を改善すべきことになる。また,金融ADRでは,事実認定 に沿った厳格な裁定・調停案とは異なり,また先例ありきでないとされる。

そうであれば,ADRに期待される 専門性 や 専門能力 とは,一般的 な用語とは大きく異なるのではないだろうか 。幅広い過去の事例とその判

7) 和田(2007),32頁において 多重・多様な背景を持つ境界紛争においては,

土地境界の位置を明確にするだけで紛争が当然に解決されるわけではないし,

土地境界についての専門知に基づく判断それ自体が当事者から拒絶されること もありうる ことから,当事者間に存在する激しい感情的葛藤をいかにして解 消・修復していくかが重要としている。領域は異なるとはいえ,金融ADRを 利用する申立人にも,多様なニーズがあり,その背景に多様な感情が渦巻いて いるのであり,彼らの 納得性 を高めるうえで 専門性 専門知 には限 界もある。同様に,佐藤(2007),28頁において 裁判が事実に法を適用する プロセスであるがゆえに,法専門家の 専門性 も,その重心が 法の解釈 や 事実認定 の能力に置かれる。しかし,裁判手続きの手法は法適用だけで はないし,法的空間の視野も裁判外に広がりをみせ,多元化しつつある紛争解 決の世界では,このような紛争処理像は狭い。…紛争処理においては,カウン セリングの側面も見逃すことはできない。当事者の話を聞く,そして当事者自 身の紛争解決への主体的地位の回復をめざす手続運営ということが言われる場 合,その手続は一種のカウンセリングを行っているのである。このように紛争 処理の世界には,単に 法の解釈 や 事実の認定 といった伝統的な裁判の イメージに由来するものとは異なる,いくつかのものが存在しているのである。

それゆえ,当事者の視線から見た場合,関与第三者には紛争解決のセンスが問 われることになる。第三者が法律家であれば,交渉能力やカウンセリング能力

(15)

決に至った理由づけについては,必ずしも当該分野の専門能力を要している わけではない。

こうしたことから,ここでいう 専門性 や 専門能力 とは,業界事情 や慣行に精通しており,妥当な落とし所を知っていることではないだろう か?こうした落とし所を,過去の蓄積した事例からカテゴライズして,短期 間にかつ安価に判断できるとしたら,それは経済的にみても効果的であり,

既存の解決手段を代替することになる。同時に,解決手段間の交通整理が行 き届いていれば,社会経済的にみて最適な解決手段の選択が可能となる 。 こうした観点からは,正に業界主体のADRが効力を発揮するのであり,社 会経済的視点からも望ましい。また,個別会社内部の紛争処理機能を外部化 することにより,苦情処理などの業界標準化が図られ,一層の取引費用低減 につながる。

それでも,たとえば民事訴訟による解決案や判決とADRによる解決案・

特別調停案が大きく異なることは問題なしとはしないであろう。ADRでは 足して二で割る 解決はとられないというものの,先行事例からの大幅な 逸脱は考えにくい。当事者間に公正・中立な解決策が両制度で異なることは,

社会的なダブル・スタンダードを引き起こしかねない。それは当事者の不適 切な行動の誘因にもなる。そうであるならば,ADRの 専門性 専門知 識 はややもすれば情緒に流されてしまいそうな解決策に対して,専門的見 識に裏付けられた権威を付与し,またお墨付きを与えるものと考えられる。

は,伝統的に法律家の専門性として位置付けられていた法的知識・技術となら んで(あるいは,それ以上に),法律家の専門性を支えるものとして重視され なければならない。また法的紛争解決に拘らないのであれば,交渉やカウンセ リング技法に秀でた人こそが担当すべきであって,法律家の関与を絶対視する 理由はない。

8) 費用低減のために必要とされる 不適切な事案の排除 として以下が挙げら れている。 関係資料などの入手目的事案 紛争解決とは別に目的がある事 案 自らに有利な和解案を求めてADRを渡り歩く事案 経営判断への異論 や役員・担当者への謝罪を求める事案 訴訟により法的事実関係を争うこと が望ましい事案 情報・交渉力格差がない法人・専門家から提起された事案

(16)

暗黙の担保や保証といっても良いであろう。この点は非常に重要であり,

ADR機関の認定や認証とともに,解決手段自体の社会性を高め,申立人と

(合意に下に)相手方となる金融機関などの双方にとり,利用機会を高める 効果を有すると思われる 。

このように専門性を捉えると,両者の相違は,解決手段自体の民主化,自 律的参加性に見出すこともできよう。ADRでは取引当事者間の合意や納得 をより重視することになるのである 。こうしたことから,金融ADRに携 わる者は,両者の 対話 を促進するような触媒の役割も期待される。同時 に,情報弱者である申立人に対しては,彼らを上手く誘導して申し立てに至 った経緯や当時の感情などを引き出すサポーター的な役目や申立人のカウン セリングの役割も期待される。 対話自律型 ADRでいわれるところの,

申立人の思いに寄り添ってまずは感情を汲み取っていくことが出発点になる。

9) この点は,ADRに求められる公平性・中立性,そしてそれゆえの専門性と も関連する。西口(2007),35頁において ADRは,弾力的で柔軟な解決方 法を採ることができる点が利点であるとしても,ADRの信頼性を得るために は,…ADRの公平性・中立性が必要である。さらに,市民の信頼を得るため には,ADRの判断も,裁判所における判断とかけ離れたものであってはなら ないであろう。法的紛争解決の専門家である弁護士等がADRに関与する必要 がある所以である。

10) この点は,ADRの特徴である柔軟性や個別性とも大いに関連する。そして,

先行しているADRからの示唆も有益である。和田(2007),32頁におい て ADRを促進させようとする文脈では,ADRが はやく,やすく,うまい 紛争処理を提供する手続きであることがしばしば標榜される。しかし,このキ ャッチコピーを,迅速・廉価に専門知を提供して,専門知の文脈として正しい 解決を導くことのみを意味するものと理解してはならない。土地境界紛争に限 らず,当事者は複雑な背景事情の中で,多様な紛争解決のニーズを有して ADRを利用しているからである。そのようなADR利用の実相を無視して,

どのようにADR手続きを設計しても,現実の紛争処理にも響かなければ,利 用者にも響かない。ADRに携わる専門家パネルは,当事者がその手続きの中 でどのようなニーズを実際に有しているかを丁寧に見極めた上で,当事者の可 変的なニーズに適合できるような柔軟な手続実施のスタイルを強く意識すべき であろう。

(17)

こうしたプロセスは最終的な着地点がどうあれ,裁判・訴訟手続きとは異な る申立人の 満足感 に帰結すると指摘されている 。

当該金融機関にとっては紛争解決の 民営化 であり,個々の利用者(消 費者・契約者)にとっては紛争解決プロセスでの主体性確保につながる。身 近でかつ納得性の高い解決が得られるのであれば,自身の過失や判断ミスも より認識しやすくなる。金融機関であれば金融・保険商品の設計や販売プロ セスに反映され,こうしたフィードバックによる改善を促すことになる。一 方,利用者(消費者・契約者)にとっては,ひとつの疑似教育機会を得たこ とになり,継続的かつ積極的に金融・保険商品への理解を深めるための契機 にもなる。このようにして,自主的な自己投資が促進されれば,社会的にみ て紛争自体が抑止されることになる。

もちろん,民事紛争の解決ルールと保険商品の特殊性の双方を理解するこ とで,はじめてこうした循環が生じる。その歯車を回す潤滑油として,業界 団体による消費者目線の情報提供と,行政による金融・保険教育機会の拡充 を欠くことはできず,より一層重要性を増すことになろう。こうした視点か ら,相談機能(教育機能)と紛争処理機能(調停や仲裁の役割)をどのよう に接合していくかも重要な論点になる。また,紛争処理の迅速化は,解決プ ロセスを重視する限り適度な審理を意味してはならない。そのため,意見聴 取や意見交換において,争点や論点を明確に絞る技量と十分な準備を要する ことになる。こうした人材育成も金融ADRインフラのひとつとして,継続 的に取る組むべき重要課題である。

とくに,当該業界と所属会社にとり,金融ADRは外郭的な品質・サービ スの一環であるとの認識が重要であろう。保険商品の情報財・販売即生産財 としての特殊性から,販売プロセスもその品質の一翼をなすものである。さ らに,助言や情報提供から広告・宣伝内容も含む販売プロセスのどこかに

11) 中村(2007),39頁。金融ADRでは,法的紛争に限定されず,また金銭的 な補償要求ではない案件も広く対象とされると考えられ,精神的な欲求の充足 も重視されることになろう。ただ,こうした点に個人差があるのは当然である。

(18)

瑕疵 があったとしても紛争は生じる。反面,苦情処理がときに消費者と の距離を短め,信頼を取り戻す契機となるように,金融ADRにおける 点 ではなく線や面での解決 のなかでリレーションシップを強めることも可能 である。こうした発想に基づき 品質 向上に努めることは,ある種の自主 規制の充実であり,公的規制を代替し要らざる市場介入を抑止することにな る。またこうした発想は,訴訟リスクにいかに備えるか,といったリスクマ ネジメントの視角とも目的を共有する。

以上のことから,金融ADRの効果をつぎの4点に纏めることができよう。

1)規制緩和や保険自由化における保険契約者保護のインフラ 2)中立的な情報提供や処理解決プロセスを通じた情報格差の是正 3)業界が主体となった摩擦的なトラブル・コスト軽減(取引費用の抑制)

と市場取引の円滑化

4)個別保険会社に対する自己規律意識の向上とトラブル抑止のための事 前投資の活性化

5.これからの金融 ADR の課題

最後にこれからの課題として,以下の3点を挙げておく。

まず,業界主体のADRにおいて, 中立性 公正性 をどのように担保 していくのか,という課題である。もちろん,こうした視点から,紛争解決 委員の適格性,委員会構成の要件が適切に定められており,また政府による 機関認証 も行われている。しかしなお,業界が主導し運営費用を負担し ていることから, 中立性 公正性 に疑問がもたれることもある。また,

手続実施基本契約に対する義務不履行の場合,公表・公開のサンクションだ けで,行政処分がないことも疑念を生んでいる。こうした制度要件だけでは,

いくらそれを積み重ねても担保にはならないことも事実である。最終的な判 断は,申立てをして特別調停案などの提示を受けた契約者に託されることに なろう。こうした観点から,処理プロセスのあり方から審査・審理の帰結ま でを広範囲に事後検証するスキーム作りが大切である。また,英国のFOS

 

(19)

などに習って,仲裁に携わる人材を如何に育成していくかも課題になる 。 こうした 実質化 の取組みによって,はじめて中立性や公正性を確保する ことができる。

実は同様な視点から,業界横断的なADRのあり方を考えることができる。

業界の垣根が低くなり業態間を跨いだ金融・保険商品が開発され,販売につ いても相互委託が行われる環境下では,こうした仕組み方は必然に思われる。

また, 中立性 公正性 の視点から,より望ましい評価を受けることもあ りうる。より金融消費者や保険契約者の立場・状況に寄り添った仲裁や調停 の機会も増えそうである。しかし一方で,業界実態や従来の慣行が全く無視 されてしまうと,業界と個別会社の取組みが後退し,人材育成面のモチベー ションも下がりかねない。また,業界別のADRであればこれまでの組織を 活かせたものの,新規組織の創設には社会的な費用が発生し,また業界ごと の取組みとの二重投資にもなりかねない。共済団体や業態別の保険・再保険 も含めて一組織とすることは,監督官庁の縦割りの壁を取り払うことになり,

コントロールの実効性も含めて再検討を要する。そして何より,個別業界と の十分な対話ができず,トラブル隠しを通じて金融ADRへのアクセス件数 が減少するとしたら,金融消費者や保険契約者にマイナスとなる。業界横断 的なADRのあり方については,その功罪と組織像を含めて,慎重に議論を 重ねるべきである。

今後の金融ADR成功のカギは,取引当事者の姿勢如何にかかってくる。

保険会社には,金融ADRにより手続実施基本契約で事情説明と資料提出義 務が課されており,保険会社内の苦情処理・紛争解決のプロセスや体制にも 見直しが必要とされている。この際には,個々の処理案件を指定紛争解決機 関が十分に分析して,個別保険会社の相談機能向上のためにフィードバック しなければならない。個別の保険会社は,こうした指摘や助言を受けて,紛 争回避・抑制の 事前投資 として改善策を打つことが望まれる。そして,

12) 冨永(2009),20頁において,FOSによる個別事案ごとの判断基準がブレな いために,裁定の一貫性を担保する仕組みが説明されている。

(20)

金融ADRやその他の情報提供・教育機会を通じて,自立を目指す金融消費 者・保険契約者と成熟した関係を構築すべきである。

(筆者は山口大学経済学部教授)

主要参考 献

S.シャベル(田中亘・飯田高)(2010) 法と経済学 日本経済新聞出版社。

T. J.ミセリ(細江守紀監訳)(1999) 法の経済学 日本経済新聞出版社。

甘利公人(2009) 英国の消費者保護法制の現状と課題;英国のADRと金融オン ブズマン制度 共済と保険 第51巻第11号。

池尾和人(1985) 日本の金融市場と組織 東洋経済新報社。

大森泰人・中沢則夫・中島康夫・稲吉大輔・符川公平(2010) 詳説金融ADR制 度 商事法務。

佐藤彰一(2007) 新しいADRの世界をみる; 対話型 ADRをどう理解する か 法学セミナー 631号。

冨永紅(2009) 英国金融オンブズマンサービス(FOS)について 共済と保険 第51巻第8号。

中村芳彦(2007) 新しいADRの世界をみる;対話型医療事故紛争ADRについ て 法学セミナー 631号。

西口元(2007) 新しいADRの世界をみる;協働型医療ADRの試み 法学セミ ナー 631号。

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細江守紀・太田勝造編著(2001) 法の経済分析 勁草書房。

和田仁孝(2007) 新しいADRの世界をみる;総論 ADRの基礎知識 法学セ ミナー 631号。

和田直人(2007) 新しいADRの世界をみる;現実の機能をみる 法学セミナ ー 631号。

参照

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