はじめに
日本国憲法は、天皇と呼ぶ日本型君主を設置 しているが、その天皇の就任儀式を定めていな い。日本国憲法の分身として、日本国憲法の天 皇に関する条項を実現化するための法律であ る皇室典範は、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、
直ちに即位する」(第四条)、「皇位の継承があっ たときは、即位の礼を行う」(第二四条)と定 めているが、「即位の礼」として行う儀式(事 や人の節目に行われる催し)の内容と実施方法 を定めた法令は、制定されていない。
しかし、明仁(あきひと)天皇の「生前退位」
(2019 年4月 30 日)に伴って、2019 年 5 月 1 日に即位した徳仁(なるひと)天皇は、後述の ような内容の「即位の礼」と「大嘗祭」を実施 した。
日本国憲法は、国民を国家(一つの地域を「公」
〔みんなのためという立場に立つこと〕的権力 を用いて統治する「公」的機関体。天皇・国会・
内閣・裁判所・中央省庁で構成)の暴政から守 るために、立憲主義(憲法に基づく機関による 憲法に基づく行為)を建てて、日本国憲法に違 反する国家機関の行為はその効力を有しないと している。曰く、「この憲法(日本国憲法のこ と――引用者)は、国の最高法規であって、そ の条規に反する法律、命令、詔勅(天皇の意思 を表明する文書――引用者)及び国務に関する その他の行為の全部又は一部は、その効力を有 しない」(第九八条一項)。それ故、徳仁天皇が、
「即位の礼」と「大嘗祭」を実施するとなれば、
その二つの儀式の内容と実施方法が、日本国憲 法に違反していないことが前提条件となる。国 家機関の憲法違反行為は、国民を不幸にするの が、普通だからである。
私達国民は、主権者として、徳仁天皇の実施 した「即位の礼」と「大嘗祭」の内容と実施方
法が、日本国憲法に適合しているか否かを検討 しよう。そして、適合性を有していないことが 明らかとなったら、主権者国民の気概を示そう。
Ⅰ . 天皇問題の検討の観点
私達国民が、天皇という国家機関に関する問 題及び天皇という国家機関を動かす天皇という 人的機関に関する問題――天皇問題を検討しよ うとする場合、忘れてはいけない大切なことは、
日本国憲法から天皇(国家機関としての天皇と 人的機関としての天皇のこと。以下、同じ。)
を見るという観点を堅持することであって、天 皇から日本国憲法を見てはいけないということ である。その理由は、日本国憲法のもとでの天 皇(全世界・万物を支配する君主という意味)は、
大日本帝国憲法(1889 年 2 月 11 日発布・1890 年 11 月 29 日施行)のもとでの天皇が、皇祖(天 皇の先祖)・天照大神(あまてらすおおみかみ)
からその地位と日本統治権を受けたとする(「大 日本帝国憲法・憲法発布勅語」)、従って、大日 本帝国憲法がなくても天皇であるとするのと 異って、日本国憲法あっての天皇である。即ち、
それは、日本国憲法の創造物であって、日本国 憲法が設置した国家を構成する一機関に過ぎず、
日本国憲法を超越した存在ではない。それ故、
日本国憲法に統制される天皇から、立憲主義を 建てて、国家機関の暴走を阻止しようとしてい る日本国憲法をみると、天皇の暴走(天皇を暴 走させる国会・内閣・裁判所・中央省庁の暴走 も)を阻止できなくなる。天皇に対する〝おか わいそう〟で、日本国憲法の統制がすべて「悪 い」とすることができる、からである。
Ⅱ . 日本国憲法と天皇就任儀式
金子 勝
日本国憲法と天皇就任儀式
―「即位礼正殿の儀」と「大嘗宮の儀」の研究―
日本国憲法から天皇を見るという観点に立っ て、徳仁天皇が実施した天皇就任儀式を検討す れば、次のような結論を導き出すことができる。
徳仁天皇が実施した天皇就任儀式の設計図を 引き、その設計図の実現を演出したのは、安倍 晋三内閣であった。日本国憲法は、天皇が、「主 権」(国家の統治権)を保有せず(前文・第一 条)、「国政に関する機能(政治活動権――引用 者)を有しない」(第四条第一項)と定めてい るので、徳仁天皇は、自己の天皇就任儀式の設 計図を引き、それを実現化する指揮を執ること ができないからである。
安倍内閣は、2018 年 1 月 9 日、「天皇陛下の ご退位および皇太子殿下のご即位に伴う式典準 備委員会」(委員長、菅義偉内閣官房長官)を 設置した。同式典準備委員会は、2018 年 3 月 30 日、「天皇陛下のご退位および皇太子殿下の ご即位に伴う式典の挙行に係る基本方針①」を 決定した。その内容(全文)は、次の通りである。
「天皇陛下のご退位および皇太子殿下のご即 位に伴う式典の挙行に係る基本方針」(全文)
天皇陛下のご退位および皇太子殿下のご即位 に伴う式典準備委員会は、天皇陛下のご退位お よび皇太子殿下のご即位が、国民の祝福の中で つつがなく行われるよう、関連する式典の準備 を総合的かつ計画的に進めるための基本方針を 下記のとおり取りまとめた。
今後、第 1 から第 5 までについては閣議決定 を、第 6 については閣議口頭了解を行い、政府 を挙げて万全の準備を進めることとする
記
第1 各式典の挙行に係る基本的な考え方に ついて
各式典の挙行については、次の基本的な考え 方に基づき、準備を進めることとする。
1 各式典は、憲法の趣旨に沿い、かつ、皇 室の伝統等を尊重したものとすること 2 平成のお代替わりに伴い行われた式典は、
現行憲法下において十分な検討が行われた上で 挙行されたものであることから、今回の各式典 についても、基本的な考え方や内容は踏襲され
るべきものであること
第2 各式典の挙行に係る体制について 各式典の円滑な実施が図られるよう、平成 30 年秋を目途とし、各式典の大綱等を決定す るため、内閣に、内閣総理大臣を委員長とする
「天皇陛下のご退位および皇太子殿下の御即位 に伴う式典委員会(仮称)」(以下「委員会」と いう。)を設置 するとともに、各府省の連絡を 円滑に行うため、内閣府に、内閣官房長官を本 部長 とする「天皇陛下のご退位および皇太子 殿下のご即位に伴う式典実施連絡本部(仮 称)」
(以下「連絡本部」という。)を設置し、各式典 に係る事務は、委員会及び連絡本部の統括の下 に行うものとする。
第3 天皇陛下ご在位三十年記念式典について ⑴天皇陛下ご在位三十年を記念し、国民こ ぞってこれを祝うため、天皇陛下ご在位三十年 記念式典を行う。
⑵天皇陛下ご在位三十年記念式典は、平成 31年2月24日に、内閣の行う行事として、
国立劇場において行う。
⑶式典の事務は、内閣府が行う。
第4 天皇陛下のご退位に伴う式典について 天皇陛下のご退位に際しては、「退位の礼」
として次のとおり退位礼正殿の儀を行う。
⑴天皇陛下のご退位を広く国民に明らかにす るとともに、天皇陛下がご退位前に最後に国民 の代表に会われる儀式として、退位礼正殿の儀 を行う。
⑵退位礼正殿の儀は、天皇陛下のご退位の日 となる平成31年4月30日に、国事行為であ る国の儀式として、宮中において行う。
⑶儀式の事務は、宮内庁が行う。
第5 皇太子殿下のご即位に伴う式典について 皇太子殿下のご即位に際しては、「即位の礼」
として1から5までに掲げる儀式 および6に 掲げる行事を行うとともに、文仁親王殿下が皇 嗣となられることに伴い、7に掲げる儀式を行 う。
1 剣璽等承継の儀
⑴ご即位に伴い剣璽等を承継される儀式とし て、剣璽等承継の儀を行う。
⑵剣璽等承継の儀は、皇太子殿下のご即位の
日(5月1日)に、国事行為である国の儀式と して、宮中において行う。
⑶儀式の事務は、宮内庁が行う。
2 即位後朝見の儀
⑴ご即位後初めて国民の代表に会われる儀式 として、即位後朝見の儀を行う。
⑵即位後朝見の儀は、剣璽等承継の儀後同日 に、国事行為である国の儀式と して、宮中に おいて行う。
⑶儀式の事務は、宮内庁が行う。
3 即位礼正殿の儀
⑴ご即位を公に宣明されるとともに、そのご 即位を内外の代表がことほぐ儀式として、即位 礼正殿の儀を行う。
⑵即位礼正殿の儀は、ご即位の年の10月 22日に、国事行為である国の儀式 として、
宮中において行う。
⑶儀式の事務は、内閣府が行う。
4 祝賀御列の儀
⑴即位礼正殿の儀終了後、広く国民にご即位 を披露され、祝福を受けられるための御列とし て、祝賀御列の儀を行う。
⑵祝賀御列の儀は、即位礼正殿の儀後同日に、
国事行為である国の儀式として、宮殿から皇太 子殿下のご在所までの間において行う。
⑶儀式の事務は、内閣府が行う。
5 饗宴の儀
⑴ご即位を披露され、祝福を受けられるため の饗宴として、饗宴の儀を行う。
⑵饗宴の儀は、国事行為である国の儀式とし て、宮中において行う。
⑶儀式の事務は、内閣府が行う。
6 内閣総理大臣夫妻主催晩餐会
⑴即位礼正殿の儀に参列するため外国から来 日いただいた外国元首・祝賀使節等に日本の伝 統文化を披露し、日本の伝統文化への理解を深 めていただくとともに、来日に謝意を表するた めの晩餐会として、内閣総理大臣夫妻主催晩餐 会を行う。
⑵晩餐会は、即位礼正殿の儀の翌日に、内閣 の行う行事として、東京都内にお いて行う。
⑶晩餐会の事務は、内閣府が行う。
7 立皇嗣の礼
⑴文仁親王殿下が皇嗣となられたことを広く 国民に明らかにする儀式として、 立皇嗣の礼を 行う。
⑵立皇嗣の礼は、皇太子殿下がご即位された 年の翌年に、国事行為である国の儀式として、
宮中において行う。
⑶儀式の事務は、宮内庁が行う。
第 6 大嘗祭の挙行について
大嘗祭の挙行については、「『即位の礼』・大嘗 祭の挙行等について」(平成元年 12月21日 閣議口頭了解)における整理を踏襲し、今後、
宮内庁において、遺漏のないよう準備を進める ものとする。
なお、大嘗祭の挙行について、踏襲すると している 1989 年 12 月 21 日に海部俊樹内閣の
「即位の礼準備委員会」(委員長、森山真弓内閣 官房長官)が決定した『「即位の礼」・「大嘗祭」
についての政府見解②』(全文)の内容は、次 の通りである。
『「即位の礼」・「大嘗祭」についての政府見解』(全 文)
「即位の礼」の挙行について 平成元年十二月二十一日
皇室典範第二十四条は,皇位の継承に伴い,
国事行為たる儀式として「即位の礼」を行う ことを予定しており,「即位の礼準備委員会」
は,この儀式の在り方等について,大嘗祭を含 め,四回にわたり十五名の方々から御意見を伺 い,それらを参考としつつ,憲法の趣旨に沿い,
かつ,皇室の伝統等を尊重したものとするとの 観点から,慎重な検討を行ってきたところであ るが,今般,下記のとおり検討結果を取りまと めた。
第一 「即位の礼」について 1 「即位の礼」の範囲
国事行為たる「即位の礼」で,喪明け後に行 われるものについては,次の儀式 を行うのが 相当である。
① 即位を公に宣明されるとともに,その即 位を内外の代表がことほぐ儀式 (即位礼正殿の
儀=仮称)
② 即位礼正殿の儀(仮称)終了後,広く国 民に即位を披露され,祝福を受けら れるため のお列 (祝賀御列の儀=仮称)
③ 即位を披露され,祝福を受けられるため の饗宴 (饗宴の儀=仮称)
2 挙行時期
平成二年秋を目途とし,喪明け後に内閣に設置 を予定される「即位の礼委員会 (仮称)」の協 議を経て,内閣において決定すべきものと考え る。
3 挙行場所
即位礼正殿の儀(仮称)及び饗宴の儀(仮称)
は,宮殿で行い,祝賀御列の儀 (仮称)は,宮 殿を御出発になり赤坂御所に御到着になるまで の間とすることが 適当である。
4 参列者数
①即位礼正殿の儀(仮称)の参列者数は,内 外の代表 二千五百 名程度とすることが適当で ある。
②饗宴の儀(仮称)の出席者数は 三千五百 名程度とし,四日間にわたり実施することが適 当である。
5 所掌
「即位の礼」は,総理府本府に担当させるこ とが適当である。
第二 大嘗祭について 1 意義
大嘗祭は,稲作農業を中心とした我が国の社 会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざし たものであり,天皇が即位の後,初めて,大嘗 宮において,新穀を皇祖及び天神地祇にお供え になって,みずからもお召し上がりになり,皇 祖及び天神地祇に対し,安寧と五穀豊穣などを 感謝されるとともに,国家・国民のために安寧 と五穀豊穣などを祈念される儀式である。それ は,皇位の継承があったときは,必ず挙行すべ きものとされ,皇室の長い伝統を受け継いだ,
皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式である。
2 儀式の位置付け及びその費用
大嘗祭は,前記のとおり,収穫儀礼に根ざし たものであり,伝統的皇位継承儀式という性格 を持つものであるが,その中核は,天皇が皇祖
及び天神地祇に対し,安寧と五穀豊穣などを感 謝されるとともに,国家・国民のために安寧と 五穀豊穣などを祈念される儀式であり,この趣 旨・形式等からして,宗教上の儀式として の 性格を有すると見られることは否定することが できず,また,その態様においても,国がその 内容に立ち入ることにはなじまない性格の儀式 であるから,大嘗祭を国事行為として行うこと は困難であると考える。
次に,大嘗祭を皇室の行事として行う場合,
大嘗祭は,前記のとおり,皇位が世襲であるこ とに伴う,一世に一度の極めて重要な伝統的皇 位継承儀式であるから,皇位の世襲制をとる我 が国の憲法の下においては,その儀式について 国としても深い関心を持ち,その挙行を可能に する手だてを講ずることは当然と考えら れ る。その意味において,大嘗祭は,公的性格が あり,大嘗祭の費用を宮廷費から支出すること が相当であると考える。
安倍内閣(国家)が、予算 160 億 8500 万円
(2018 年度・2019 年度)を建てて、徳仁天皇に 実施させた天皇就任儀式のうち(「第一表」参 照)、最も大きな意味を有しているのが、「即位 の礼」の中心儀式となる「即位礼正殿の儀」(2019 年 10 月 22 日挙行)と、「大嘗祭(だいじょう さい)」の中心儀式となる「大嘗宮の儀」(2019 年 11 月 14 日・15 日挙行)である。その意味 とは、何であろうか。
1. 時代錯誤と違憲の「即位礼正殿の儀」
と「大嘗宮の儀」の実施
「即位礼正殿の儀」とは、徳仁天皇が、2019 年 5 月 1 日実施の「剣璽等承継の儀」において 明仁天皇から受け継いだ天皇家に伝わる三種の 神器(八咫鏡〔やたのかがみ〕・草薙剣〔くさ なぎのつるぎ〕・八尺瓊勾玉〔やさかにのまが たま〕)のうちの剣と璽(勾玉)及び国璽(大 日本国璽)・御璽(天皇御璽)の印を携えて、
皇居・正殿「松の間」で、「高御座〔たかみく ら〕」と呼ばれる天照大神の神座を受け継ぐ玉
第一表 天皇就任儀式の内容と日程
日時 行事・儀式 場所
2019年
5月1日 0:00 浩宮徳仁皇太子の即位・「令和」に改元
10:30〜10:35 ◎剣璽等承継の儀 宮殿 11:12〜11:19 ◎即位後朝見の儀 宮殿 10月22日 9:00〜 ○即位礼当日賢所大前の儀 賢所
○即位礼当日皇霊殿神殿に奉告の儀 皇霊殿、神殿
13:00〜13:30 ◎即位礼正殿の儀 宮殿(参列者、1999人。うち、外国から、
423人)
19:20〜22:50 ◎饗宴(きょうえん)の儀(第1日) 宮殿(出席者、約300人)
23日 18:00〜21:00 内閣総理大臣夫妻主催晩餐(ばんさん)会 ホテルニューオオタニ東京(東京都千代 田区)(出席者、約900人)
25日 12:00〜12:40 ◎饗宴の儀(第2日) 宮殿(出席者、約400人)
29日 15:00〜15:50 ◎饗宴の儀(第3日) 宮殿(出席者、678人)
31日 15:00〜15:50 ◎饗宴の儀(第4日) 宮殿(出席者、691人。4回、合計2069人)
11月9日 13:00〜18:40 天皇陛下御即位を御祝いする国民祭典 皇居外苑、内堀通り、皇居前広場(参加 者、約3万人)
10日 15:00〜15:30 ◎祝賀御列(おんれつ)の儀 宮殿〜赤坂御用地(観覧者、約11万9000 人)
14日 18:30〜21:15 ○大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀
(悠紀殿供饌の儀) 皇居・東御苑(参列者、510人)
15日 0:30〜3:15 ○大嘗宮の儀(主基殿供饌の儀) 皇居・東御苑(参列者、425人)
16日 12:00〜 ○大饗(だいきょう)の儀(第1日) 宮殿(出席者、289人)
18日 12:00〜 ○大饗の儀(第2日) 宮殿(出席者、281人)
22日、23日 ○親謁(しんえつ)の儀 伊勢神宮(三重県伊勢市)(21日・22日・23 日で、約4万1000人の人出)
27日 ○親謁の儀 神武天皇陵(奈良県橿原市) 孝明天皇
陵(京都市)
28日 ○親謁の儀
○茶会 明治天皇陵(京都市)
京都御所(京都市)(出席者、約550人)
12月3日 ○親謁の儀 昭和天皇陵、大正天皇陵(東京都八王子
市)
4日 ○親謁の儀 賢所、皇霊殿、神殿
2020年
4月19日 ◎立皇嗣(りっこうし)の礼 宮殿
(註)◎は、国事行為。○は、公的行為。参列者・出席者等の人数は、各紙の報道から。
(出所)20019 年 10 月 21 日付「産経新聞」。一部、修正・加筆を加えた。
座に昇り(雅子皇后は「御帳台〔みちょうだい〕」
に昇り)、天皇となったこと(即位)を公に宣 言する(雅子皇后は皇后となったことを公に宣 言する)儀式である。この宣言を受けて、安倍 晋三内閣総理大臣が、徳仁天皇を仰ぎ見る所か ら「寿詞〔よごと〕」(祝いの言葉)を述べ、そ の後、「ご即位を祝し、天皇陛下万歳」と述べ、
万歳を三唱し、参列者(1999 人)らが唱和し た。それに合せて、陸上自衛隊が北の丸公園で 21 発の礼砲を打った。
徳仁天皇の即位の「宣言③」(全文)は、次 の通りである。
徳仁天皇の即位の宣言(全文)
さきに,日本国憲法及び皇室典範特例法の定 めるところにより皇位を継承いたしました。こ こに「即位礼正殿の儀」を行い,即位を内外に 宣明いたします。
上皇陛下が三十年以上にわたる御在位の間,
常に国民の幸せと世界の平和を願われ,いかな る時も国民と苦楽を共にされながら,その御み心 を御自身のお姿でお示しになってきたことに,
改めて深く思いを致し,ここに,国民の幸せと 世界の平和を常に願い,国民に寄り添いながら,
憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象 徴としてのつとめを果たすことを誓います。
国民の叡えい智ちとたゆみない努力によって,我が 国が一層の発展を遂げ,国際社会の友好と平和,
人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望い たします。
徳仁天皇は、日本国憲法を尊重擁護するを述 べず、日本国憲法から解放されているを示唆す る態度を表明している。また、「日本国憲法に のっとり」ではなく、「憲法にのっとり」(象徴 としてのつとめを果たす)としか述べていない。
徳仁天皇ののっとる憲法は、日本国憲法に限 定されないということになる。
安倍晋三内閣総理大臣の「寿詞④」(全文)は、
次の通りである。
安倍晋三内閣総理大臣の寿詞(全文)
謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、本日ここにめで たく「即位礼正殿の儀」を挙行され、即位を内 外に宣明されました。一同こぞって心からお
よろこ慶
び申し上げます。
ただいま、天皇陛下から、上皇陛下の歩みに 深く思いを致され、国民の幸せと世界の平和を 常に願い、国民に寄り添いながら、日本国憲法 にのっとり、象徴としての責務を果たされると のお考えと、我が国が一層発展し、国際社会の 友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与すること を願われるお気持ちを伺い、深く感銘を受ける とともに、敬愛の念を今一度新たにいたしまし た。
私たち国民一同は、天皇陛下を日本国及び日 本国民統合の象徴と仰ぎ、心を新たに、平和で、
希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未 来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生 まれ育つ時代を創り上げていくため、最善の努 力を尽くしてまいります。
ここに、令和の代よの平安と天皇陛下の弥いや栄さかを お祈り申し上げ、お祝いの言葉といたします。
令和元年十月二十二日 内閣総理大臣 安倍晋三
安倍内閣総理大臣は、国民にとって天皇は仰 ぎ見る存在と位置付けている。つまり、天皇中 心の日本国であるとしている。
「即位礼正殿の儀」とは、徳仁天皇が、天照 大神からその地位と日本の統治権を受けて、神 権天皇(神から授かった統治権を有する天皇)
となったことを公に宣言する宗教的儀式である。
徳仁天皇の「宣言」と安倍内閣総理大臣の「寿 詞」は、そのことを踏まえた内容となっている。
「大嘗宮の儀」とは、徳仁天皇が、全国土を 象徴する大嘗祭(即位した天皇が初めて行う大 規模な新嘗祭〔にいなめさい〕――天皇がその 年の新穀を天・地の神に供え、その神と共に食 する祭事――のこと)を実施する館である大嘗 宮(「第一図」・「第二図」参照)と呼ばれる「悠 紀⑤殿(ゆきでん)」(東京から東に当る地域―
―悠紀地方を代表する建物)と「主基⑥殿(す
第一図 大嘗宮の平面図
第二図 悠紀殿・主基殿の内部
(出所)皇室事典編集委員会編著
『皇室事典』・角川学芸出版・2009年・264頁。
(出所)皇室事典編集委員会編著
『皇室事典』・角川学芸出版・2009年・263頁。
きでん)」(東京から西に当る地域――主基地方 を代表する建物)で、全国土から献上させた米
(悠紀地方を代表する栃木県の悠紀田で作られ た米と主基地方を代表する京都府の主基田で作 られた米)等の新穀を、天照大神及び天神地祇
(天の神と地の神)に供え、それらの諸神と共 に食す行為(悠紀殿供饌〔きょうせん〕の儀・
主基殿供饌の儀)を行う宗教的儀式である。こ の儀式を徳仁天皇が行うということは、徳仁天 皇が、天照大神の後継者として、全国土から献 上させた米等の新穀で自己を守ってくれる諸神 をもてなし、また、その新穀を諸神と食べるこ とによって、「霊威」を継承し、その「霊威」
を以て全国土を服属せしめたことを意味する。
つまり、「大嘗宮の儀」とは、全国土を徳仁天 皇に服属せしめる宗教的儀式である⑦。 今回の天皇の交代に当って、「即位礼正殿の 儀」と「大嘗宮の儀」という天皇就任儀式が行 われたのは、国家(安倍内閣)が、大日本帝国 憲法の大日本帝国を統治する天皇の地位と権能 は、天照大神から承けたものである(「大日本 帝国憲法・憲法発布勅語」)とする観点を踏ま えて制定(1909 年 2 月 11 日公布)された「登 極令」(1947 年 5 月 3 日廃止)という神権天皇 の就任儀式を定めた規範を踏襲したからである。
そのため、「即位礼正殿の儀」と「大嘗宮の儀」
の実施は、日本国憲法の時代である現代では、
『時代錯誤』となった。
「登極令⑧」の紹介(一部分)を行う(「登極」
とは、古語で、即位の意味である)。
○皇室令
朕樞密顧問ノ諮詢ヲ經テ登極令ヲ裁可シ茲ニ之 ヲ公布セシム
御 名 御 璽
明治四十二年二月十一日
宮 內 大 臣 伯𣝣 田 中 光 顯 內 閣 總 理 大 臣 兼
大 藏 大 臣 侯𣝣 桂 太 郞 陸 軍 大 臣 子𣝣 寺 內 正 毅 外 務 大 臣 伯𣝣 小 村 壽 太 郞 海 軍 大 臣 男𣝣 齋 藤 實 內 務 大 臣 法學博
士男𣝣 平 田 東 助 農 商 務 大 臣 男𣝣 大 浦 兼 武 遞 信 大 臣 男𣝣 後 藤 新 平 文 部 大 臣 小 松 原英太 郞 司 法 大 臣 子𣝣 岡 部 長 職 皇室令第一號
登極令
第一條 天皇踐祚ノ時ハ卽チ掌典長ヲシテ賢所 ニ祭典ヲ行ハシメ且踐祚ノ旨ヲ皇霊殿神殿ニ 奉告セシム
第二條 天皇踐祚ノ後ハ直ニ元號ヲ改ム 元號ハ樞密顧問ニ諮詢シタル後之ヲ勅定ス 第三條 元號ハ詔書ヲ以テ之ヲ公布ス
第四條 卽位ノ禮及大嘗祭ハ秋冬ノ間ニ於テ之 ヲ行フ
大嘗祭ハ卽位ノ禮ヲ訖リタル後續テ之ヲ行フ 第五條 卽位ノ禮及大嘗祭ヲ行フトキハ其ノ事
務ヲ掌理セシムル爲宮中ニ大禮使ヲ置ク 大禮使ノ官制ハ別ニ之ヲ定ム
第六條 卽位ノ禮及大嘗祭ヲ行フ期日ハ宮內大 臣國務各大臣ノ連署ヲ以テ之ヲ公告ス 第七條 卽位ノ禮及大嘗祭ヲ行フ期日定マリタ
ルトキハ之ヲ賢所皇霊殿神殿ニ奉告シ勅使ヲ シテ神宮神武天皇山陵竝前帝四代ノ山陵ニ奉 幤セシム
第八條 大嘗祭ノ齋田ハ京都以東以南ヲ悠紀ノ 地方トシ京都以西以北ヲ主基ノ地方トシ其ノ
地方ハ之ヲ勅定ス
第九條 悠紀主基ノ地方ヲ勅定シタルトキハ宮 內大臣ハ地方長官ヲシテ齋田ヲ定メ其ノ所有 者ニ對シ新穀ヲ供納スルノ手續ヲ爲サシム 第十條 稻實成熟ノ期至リタルトキハ勅使ヲ發
遣シ齋田ニ就キ拔穗ノ式ヲ行ハシム
第十一條 卽位ノ禮ヲ行フ期日ニ先タチ天皇神 器ヲ奉シ皇后ト共ニ京都ノ皇宮ニ移御ス 第十二條 卽位ノ禮ヲ行フ當日勅使ヲシテ之ヲ
皇霊殿神殿ニ奉告セシム
大嘗祭ヲ行フ當日勅使ヲシテ神宮皇霊殿神殿 竝官國幤社ニ奉幤セシム
第十三條 大嘗祭ヲ行フ前一日鎭魂ノ式ヲ行フ 第十四條 卽位ノ禮及大嘗祭ハ附式ノ定ムル所
ニ依リ之ヲ行フ
第十五條 卽位ノ禮及大嘗祭訖リタルトキハ大 饗ヲ賜フ
第十六條 卽位ノ禮及大嘗祭訖リタルトキハ天 皇皇后ト共ニ神宮神武天皇山陵竝前帝四代ノ 山陵ニ謁ス
第十七條 卽位ノ禮及大嘗祭訖リテ東京ノ宮城 ニ還幸シタルトキハ天皇皇后ト共ニ皇霊殿神 殿ニ謁ス
第十八條 諒闇中ハ卽位ノ禮及大嘗祭ヲ行ハス 附式
第一編 踐祚ノ式
(略)
第二編 卽位禮及大嘗祭ノ式 賢所ニ期日奉告ノ儀
(略)
卽位禮當日紫宸殿ノ儀
(略)
次ニ侍從二人分進高御座ノ東西兩階ヨリ壇上ニ 昇リ御帳ヲ搴ク訖テ座ニ復ス
次ニ女官二人分進御帳臺ノ東西兩階ヲリ壇上ニ 昇リ御帳ヲ搴ク訖テ座ニ復ス
次ニ天皇御笏ヲ端シ立御 次ニ皇后御檜扇ヲ執リ立御 次ニ諸員最敬禮
次ニ內閣總理大臣西階ヲ降リ南庭ニ北面シテ立 ツ
次ニ勅語アリ
次ニ內閣總理大臣南階ヲ昇リ南榮ノ下ニ於テ壽 詞ヲ奏シ南階ヲ降ル
次ニ內閣總理大臣萬歳旛ノ前面ニ參進萬歳ヲ稱 フ 三聲 諸員之ニ和ス訖テ西階ヲ昇リ座ニ復 ス
次ニ天皇皇后入御
(以下、略)
日本国憲法は、「国民主権」を宣言し(前文)、
天皇の「地位は、主権の存する日本国民の総意 に基く」(第一条)と定めている。
「国民主権」とは、次のような要素で構成さ れる統治の理論である。
(1)国家(一つの地域を「公」的権力を用い て統治する「公」的機関体)の行使する「統治 権=主権」を保有する正当性・行使する正当性 を有する者(主権者)は、国民の集団である。
(2)国民一人一人は、主権の割符を持つ。主 権の割符を持つ人は、選挙権と被選挙権を持つ、
国民(住民)投票権、国民(住民)発案権を持つ。
(3)国家の行う政治の最終決定権は、国民が 持つ。
(4)国民の代表(議員、国務大臣、首長、国 家機関、自治体機関)の決定は、「仮の決定」
である。
(5)国民は、「仮の決定」を否決できる(NO と言う。NO と言わないと正式な決定となって しまう)。
(6)国民の代表は、「仮の決定」を否定され たら、改めなければ、取り消さなければならない。
(7)国民が「仮の決定」を判定できるように、
国民の代表は、秘密を作る、公文書や統計を捏 造する・改竄する・廃棄する、偽証するなどの ことをしてはいけない(それらをすることは、
国民主権の否定となる)。
(8)国民から拒否された「仮の決定」を改め ない・取り消さない国民の代表は、国民が次の 選挙で落す。従って、棄権は危険ですよ、となる。
(9)国民は、選挙権と被選挙権と国民(住民)
投票権と国民(住民)発案権を行使して、国家(自 治体も)の意思の決定と国家(自治体も)の意 思の執行に関与できる。
(10)日本国は、「『国民』の国(国家の統治
する共同社会)」であり、国民中心主義の国で ある。日本国は、「『天皇』の国」ではない。天 皇中心主義の国ではない。
(11)日本国では、主権者国民より尊い者は いない。
日本国憲法の天皇(全世界・万物を支配する という君主の呼び名)の地位は、主権者国民よ り与えられたものである(第一条)から、天照 大神より承けたとする古代から大日本帝国憲法 までの天皇の地位とは、連続性がなく、断絶し ている。ただし、君主性は継続している。
日本国憲法の天皇は、日本国憲法の施行(1947 年 5 月 3 日)から発足した新生天皇である。
新生天皇は、日本国憲法によれば、「主権」(国 家の統治権)を保有せず(前文・第一条)、「国 政に関する権能」(政治活動権)も保有せず(第 四条第一項)――政治的無権能で、君臨をせず
――、見えない日本国や日本国民の結合が存在 していることを表出する機能を果す「象徴」(第 一条)としての天皇であり、それは、国家を美 化する「国事に関する行為のみ」を「行(ふ)」
から(第四条第一項)、国家の「装飾物」となる。
新生天皇である「象徴」天皇が行う「国事に 関する行為」は、内閣の「助言」と「承認」の もとで行われる(第三条)。天皇は、自己の自 発的意思でそれを行うことはできない。内閣の
「助言」とは、内閣が、天皇に「国事に関する 行為」を行う事柄が生じたことを知らせ、それ を行うことを促すことがあり、内閣の「承認」
とは、天皇の「国事に関する行為」の実施方法(何 時・何処で・如何なる形態で)に同意を与える ことである。
「象徴」天皇の「国事に関する行為」は、次 の 12 項目(第六条・第七条)のみである。
① 国会の指名に基づく内閣総理大臣の任命(第 六条第一項)、
② 内閣の指名に基づく最高裁判所の長たる裁 判官の任命(第六条第二項)、
③ 憲法改正、法律、政令及び条約の公布(第 七条第一号)、
④ 国会の召集(第七条第二号)、
⑤ 衆議院の解散(第七条第三号)
⑥ 国会議員の総選挙の施行の公示(第七条第 四号)
⑦ 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の 任免の認証、全権委任状の認証、大使及び公 使の信任状の認証(第七条第五号)、
⑧ 大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復 権の認証(第七条第六号)、
⑨ 栄典の授与(第七条第七号)、
⑩ 批准書及び法律の定めるその他の外交文書 の認証(第七条第八号)、
⑪ 外国の大使及び公使の接受(第七条第九号)、
⑫ 儀式の挙行(第七条第十号)
上記の天皇の「国事に関する行為(国事行為)」
の性格は、四つの種類に分類することができる。
第一の類型は、他の国家機関によって行われ た内定(実質的決定)を、天皇の形式的決定に よって、本決まりにし、それに箔付を行う権威 付国事行為である。
ここに属するものは、①の国会で指名された 内閣総理大臣の任命であり(第六条第一項)、② の内閣で指名された最高裁判所の長たる裁判官
(長官)の任命である(第六条第二項)。また、
④の内閣の実質的決定に基づく国会の召集(第 七条第二号)、⑤の内閣の実質的決定に基づく 衆議院の解散(第七条第三号)、⑨の内閣の実 質的決定に基づく栄典(功績を誉めて与えられ る特別の取り扱い)の授与(第七条第七号)で ある。
第二の類型は、他の国家機関の行った行為を 世に知らせる告知的国事行為である。
ここに属するものは、③の憲法改正(国会の 発議・国民の承認・第九六条第一項)、法律(国 会の制定、第五九条)、政令(内閣の制定、第 七三条第六号)、条約(内閣の締結・国会の承認、
第七三条第三号・第六一条)の公布(第七条第 一号)であり、⑥の内閣の実質的決定に基づく 国会議員の総選挙の施行の公示(第七条第四号)
である。
第三の類型は、他の国家機関の行った行為を 正当なものと証明する認証的国事行為である。
ここに属するものは、⑦の国務大臣の任免(内 閣総理大臣が任免する、第六八条)の認証、法
律の定めるその他の官吏の任免の認証(例えば、
内閣が任命する最高裁判所判事の任免の認証、
裁判所法第三九条第二項・第三項)、内閣が決 定(第七三条第二号)する全権委任状(特定の 条約を締結するための権限を与えることを公証 する文書)の認証と大使(外交使節の首席を勤 める人)及び公使(外交使節の次席を勤める人)
の信任状(特定の人を外交使節として派遣する ことを公証する文書)の認証である(第七条第 五号)。また、⑧の内閣が決定(第七三条第七号)
する大赦(政令で罪の種類を定めて行う恩赦―
―行政権が有罪の言渡効力を消滅させる行為、
或いは、公訴権を消滅させる行為――、恩赦法 第二条・第三条)、特赦(有罪の言渡の効力を 失わせる恩赦、恩赦法第四条・第五条)、減刑(政 令で罪や刑の種類を定めて行われる制裁を軽く する恩赦、恩赦法第六条・第七条)、刑の執行 の免除(刑の言渡を受けた特定の人に刑の執行 を免除する恩赦、恩赦法第八条)、復権(政令 で要件を定めて、或いは、人を特定して行う資 格を回復させる恩赦、恩赦法第九条・第一〇条)
の認証である(第七条第六号)。更に、⑩の批 准書(国会の承認によって成立した条約を内閣 が審査して、その効力を確定させたこと〔批准〕
を明示する文書)の認証、法律の定めるその他 の外交文書(外交交渉で用いられた公の文書)
の認証(例えば、大使及び公使の解任状の認証、
外務公務員法第九条)である(第七条第八号)。
政治的権能を有しない天皇は、認証を拒否で きない。天皇の理由で認証が行われなかった場 合は、認証がなくても、その行為は、無効とは ならない。
第四の類型は、定式化された儀式(事や人の 節目に行われる催し)を行う儀礼的(形が定まっ ている)国事行為である。
ここに属するものは、⑪の外国の大使及び 公使の接受(第七条第九号)である。接受と は、本来は、外交使節に対してアグレマン
(agrément 外国が外交使節を派遣するに先 立って受入国が与える同意、これがないと外交 使節を派遣できない)を与え、その信任状を 受ける行為であるが(日本国憲法では、内閣の 権限、第七三条第二号)、天皇は、政治的権能
を持たず、外交処理権を有していないため、そ の接受は、外国の大使及び公使を「接見」(会 うこと)することを意味する。しかし、現実は、
内閣は、外国に対し、天皇に信任状を出すよう 指示し、天皇が信任状を受け取っている。また、
⑫の儀式の挙行(第七条第十号)である。この 儀式は、国家として行う儀式であり、天皇が主 宰する儀式であり、非宗教的儀式(国家と宗教 の分離原則から、憲法第二〇条)である。他国 や自国の他の国家機関が主宰する儀式は、この 場合の「儀式」に該当しないので、天皇は、そ れに関与することはできない。
皇室典範が定める「皇位の継承があったと き」に行われる「即位の礼」(第二四条)や「天 皇が崩じたとき」に行われる「大喪の礼」(第 二五条)は、非宗教的儀式として行われる場合 に、この⑫の儀式に該当する。
天皇の「国事に関する行為」は、形式的・儀 礼的・非宗教的な性格を有する行為である。
なお、日本国憲法が、「天皇は、この憲法の 定める国事に関する行為のみを行(ふ)」(第四 条第一項)と定めている以上、天皇の公的行為 は、「国事に関する行為」のみとなるが、国家 は、この日本国憲法の意思を蹂躙して、「象徴」
という地位から公的行為が生まれるとして、「象 徴としての公的行為」を捏造し、天皇に、「国 事に関する行為」と「象徴としての公的行為」
の両方の行為を、公的行為として、実施させて いる。
例えば、2010 年 2 月 18 日、鳩山由紀夫内閣は、
これまでの歴代内閣の見解を踏まえて、衆議院 予算委員会の理事会において、次のような見解 を表明している⑨。
「天皇の公的行為について」の政府見解⑩(全文)
【天皇の公的行為について】
1、いわゆる天皇の公的行為とは、憲法に 定める国事行為以外の行為で、天皇が象徴 としての地位に基づいて、公的な立場で行 われるものをいう。天皇の公的行為につい ては、憲法上明文の根拠はないが、象徴た る地位にある天皇の行為として当然認めら
れるところである。
2、天皇の公的行為は、国事行為ではない ため、憲法にいう内閣の助言と承認は必要 ではないが、憲法第四条は、天皇は「国政 に関する機能を有しない」と規定しており、
内閣は、天皇の公的行為が憲法の趣旨に 沿って行われるよう配慮すべき責任を負っ ている。
3、天皇の公的行為には、外国賓客の接遇 のほか、外国ご訪問、国会開会式にご臨席 になりおことばを述べること、新年一般参 賀へのお出まし、全国植樹祭や国民体育大 会への御臨席など、様々なものがあり、そ れぞれの公的行為の性格に応じた適切な対 応が必要となることから、統一的なルール を設けることは、現実的ではない。
4、したがって、天皇の公的行為については、
各行事等の趣旨・内容のほか、天皇陛下が ご臨席等をすることの意義や国民の期待な ど、様々な事情を勘案し、判断していくべ きものと考える。
5、いずれにせよ、内閣は、天皇の公的行 為が憲法の趣旨に沿って行われるよう配慮 すべき責任を負っており、今後とも適切に 対応してまいりたい。
国家が、「象徴としての公的行為」を捏造し たのは、天皇に、国家の統治の穴埋めをさせる ためであり、且つ、天皇の国民吸引力を強めて、
国家に反乱する国民を懐柔しようとするためで ある。天皇にとっては、国民と接触する機会が 得られて、国民を味方にできる土台が作れたこ とになる。
今日、国家と天皇のそれぞれの利益のために、
外国賓客の接遇、外国訪問、国会開会式への出 席と言葉の表明、新年一般参賀への出向、全国 植樹祭・国民体育大会・全国豊かな海つくり大 会・全国戦没者追悼式などの全国的規模の行事 への出席、被災地への見舞い、福祉施設への慰 問、戦地での慰霊、歌会始、講書始、園遊会な どが、天皇によって行われている。
この「象徴」天皇の君主性は、皇位の「世襲制」
に根拠がある。日本国憲法は、「皇位は、世襲
のものであって、国会の議決した皇室典範の定 めるところにより、これを継承する」(第二条)
としている。
「世襲」とは、親の地位を実子又は養子が自 動的に継ぐことを意味する言葉である。皇室典 範は、「天皇及び皇族は、養子をすることがで きない」(第九条)とした上で、「皇位は、皇統 に属する男系の男子が、これを継承する」(第 一条)としているから、天皇に就任できるのは、
天皇の実子のうちの男子から生まれた男子(男 系の男子)のみである。主権者国民は、誰一人 として、天皇に就任できない。
国民主権のもとで、「世襲」が認められる国 家機関は、どこの国においても、君主機関のみ である。国民主権のもとでの君主の「絶対条件」
は、「世襲」的地位である。それ故、「世襲」を 条件としている天皇は、国民主権のもとでの君 主である。主権を失った君主にとって、「国政 に関する権能(政治活動権)」を有しているか 否かは、国民主権のもとでの君主の条件にとっ て、二次的なことである。
国民主権のもとでの最も民主的な君主の標識 は、(1)独任(一人)機関であること、(2)そ の国家的地位が「世襲」であること、(3)国政 に関する権能(政治活動権)を有しないこと、(4)
国(民族)の象徴であること、或いは、国家の 名目的元首であること、(5)国家を美化する国 家の「装飾物」であること、(6)完全な無答責(責 任を負わない)性を有すること、(7)伝統的要 素を有すること、である。
君主の形能も、歴史的に変化する。主権を保 有する君主は、「絶対君主⑪」(無制限に君臨す る君主)と呼ばれ、主権を保有しないが、憲法 によって政治活動権を認められた君主は、「立 憲君主⑫」(限定的に君臨する君主)と呼ばれ、
主権も保有せず、政治活動権も保有しない政治 的無権能の君主は、「装飾君主⑬」(君臨しない 君主・君主の最終形態の死滅しつつある君主)
である。
日本国憲法の天皇は、(1)独任(一人)機関 である、(2)その国家的地位が「世襲」である(第 二条)、(3)国の象徴である(第一条)、(4)主 権と政治活動権を有しない(前文・第四条第一
項)、(5)無答責性を有する(第三条)、(6)国 家を美化する活動を行う(第六条・第七条)、(7)
伝統的要素(天皇家という門地)を有する、と いう標識を有しているから、天皇は、君臨しな い、国家の装飾物としての君主の一形態(装飾 君主)であり、国民主権のもとでの最も完成さ れた、最も民主的な君主の一形態である。
日本国憲法が創設した主権を保有せず、政治 活動権も保有せず、政治的無権能機関として、
国家を美化する「国事に関する行為のみ」を行 う国家の「装飾物」としての「象徴」天皇(「装 飾君主」の一形態)は、神権天皇として君臨し、
大日本帝国を統治する裕仁天皇が、1929 年 10 月 24 日から始まった「世界大恐慌」(1933 年 まで)によって受けた自国の経済的危機を克服 するために、中国全土と他のアジア諸国を大日 本帝国の植民地にしようとして起した 1937 年 7 月 7 日開始の「日中戦争」と 1941 年 12 月 8 日開始のアメリカ及びイギリスに対する「太平 洋戦争」を以て、ドイツとイタリアが始めた「第 二次世界大戦」(1939 年 9 月 1 日―1945 年 9 月 2 日)に参戦して、「日中戦争」で敗れ、「太平 洋戦争」でも敗れて、「第二次世界大戦」に敗 北したことに起因する。
「第二次世界大戦」の侵略戦争責任を負うこ とになった裕仁天皇と日本君主制を国際社会の 断罪から救うために、「第二次世界大戦」の敗 北に当って大日本帝国が受諾(1945 年 8 月 14 日)した「ポツダム宣言」(1945 年 7 月 26 日 発表)に基づいて日本を軍事占領したアメリカ は、「ポツダム宣言」を達成するという観点に 立って、日本国憲法「第九条」(非戦・非武装・
対話・永久平和主義)を創出し、「象徴」天皇 を創出した(天皇が残っていても、天皇は、主 権と国政に関する権能を有しておらず、しかも、
国家に戦力も交戦権〔戦争権〕も存在しないの で、天皇が再び侵略戦争を始めることはないと の謳い文句を作るために)。従って、アメリカ に救われた「第二次世界大戦」後の天皇は、対 米従属君主として、出発した。
「ポツダム宣言」は、ドイツのポツダムで行 われたアメリカ(トルーマン大統領)とイギリ ス(チャーチル総理大臣)とソ連邦(スターリ
ンソ連邦共産党書記長)の首脳会談(「ポツダ ム会談」、1945 年 7 月 17 日から 8 月 2 日まで)
において合意され、アメリカ(大統領)・中華 民国(政府首席)・イギリス(総理大臣)の名 で発表(1945 年 7 月 26 日)されたもので、大 日本帝国の「降伏条件」を定めた文書である。
「ポツダム宣言⑭」の主な内容は、次の通り である。
(1)日本軍国主義者の権力及び勢力は、永久 に除去されなければならない(六項)。
(2)日本国軍隊は、完全に武装解除されなけ ればならない(第九項)。
(3)一切の戦争犯罪人に対して厳重なる処罰 が加えられなければならない(第十項)。
(4)日本国に民主主義と基本的人権の尊重が 確立されなければならない(第十項)。
(5)日本国の軍需産業の維持は許されない(第 十一項)。
(6)以上のことが達成され且つ日本国国民の 自由に表明する意思に従い平和的傾向を有し且 つ責任ある政府が樹立されるまで、日本国は連 合国の占領軍の占領を受ける(第七項、第十二 項)。
「連合国」とは、「三国同盟」(1940 年 9 月 27 日調印)を結んで「第二次世界大戦」を広げた ドイツ・イタリア・日本の三国とその同盟国―
―オーストリア・アイルランド・ハンガリー・
ブルガリア・ルーマニア・フィンランド・タイ の七か国――(「枢軸国」)による侵略戦争に対 抗する目的で同盟したアメリカ・イギリス・フ ランス・中華民国・ソ連邦などを含む 53 カ国 のことである。
軍国主義(militarism)とは、国の全ての分 野において軍事化が形成され、国全体を一つの 巨大な軍隊にして、軍事的価値に従属する兵士 としての全国民と全組織を侵略戦争に動員する、
その場合、侵略戦争にとって障害となる民主主 義的なものはすべて鎮圧していく全体主義(国 家偏重主義)的反共産主義・反民主主義専制政 治体系である。ヨーロッパでは、ファシズム⑮ と呼ばれた。
日本の軍国主義は、枢密院議長を辞任して、
「新体制」(ドイツを手本とするファシズム体制)
の確立を提唱(1940 年 6 月 24 日)する近衛文 麿氏を内閣総理大臣とする「第二次近衛文麿内 閣」が軍部の力で成立し(1940 年 7 月 22 日)、
加えて、日本人を侵略戦争に動員するための軍 部・官僚主導の公的組織である「大政翼賛会」(内 閣総理大臣が総裁、天皇の戦争政治を助ける会)
が発足(1940 年 10 月 12 日)することによって、
成立した。
日本軍国主義(天皇制・軍部ファシズム、組 織独裁型ファシズム)は、天皇に生命を捧げる ことを諭す「教育ニ関する勅語(教育勅語)」
(1890 年 10 月 30 日発布)、反天皇・反天皇制 国家・反資本主義・反地主制の運動を弾圧する
「治安維持法」(1925 年 3 月 19 日制定・同年 5 月 12 日施行)、国のすべてのものを侵略戦争に 動員するための「国家総動員法」(1938 年 4 月 1 日公布)を梃子(てこ)にして、推進された。
「新体制」が提唱されると、政党は、弾圧壊 滅(1935 年 3 月 4 日)の日本共産党を除いて、
「新体制」のもとでの新しい政党の樹立を目指 して、すべて自主解党――1940 年 7 月 6 日に、
社会大衆党が解党。1940 年 7 月 16 日(久原派)・ 30 日(中島派)に、政友会が解党。1940 年 8 月 15 日に、民政党が解党――した。だが、新 しい政党は、樹立されなかった。そのため、解 党した政党の構成員のほとんどは、「大政翼賛 会」に合流した。
「大政翼賛会」は、「大日本産業報国会」(1940 年 11 月 23 日結成。1932 年 6 月 29 日設置の特 別高等警察〔思想取り締り警察、特高と呼ばれ た〕が指揮した資本家・労働者一体の戦争協 力のための官製労働組織。これが結成された 時、すべての労働組合は解散させられた)、「大 日本壮年団連盟」(1941 年 3 月 21 日結成。大 政翼賛運動を地方地域で実践する組織)、「大日 本婦人会」(1942 年 2 月 2 日結成。戦争協力の ための官製婦人組織)、「農業報国連盟」(1938 年 11 月 2 日結成。戦争協力のための官製農民 組織)、「商業報国会」(1940 年 11 月 21 日結成。
戦争協力のための官製商業者組織)、「日本文学 報国会」(1942 年 5 月 26 日結成)・「大日本言 論報国会」(1942 年 12 月 23 日結成)――官製 の文学者・文化人の戦争動員組織――などを統
率し、更に、部落会・町内会・隣組も支配下に 置き、全国民を侵略戦争に動員した。
このような歴史的経緯を踏まえて創出され た「象徴」天皇は、君主であるが故に、国家 は、壮大な就任儀式を実施しようとするのであ る。それは、天皇を美化して、並びに、国家を 美化して、また、ナショナリズム(nationalism 国家主義・国粋主義)を国民に煽って、国民 を天皇や国家に服属させようとするためである。
日本国憲法のもとでの天皇は、大日本帝国憲 法のもとでの天皇が、その憲法を破る権能を有 する「神権天皇」であったのと異って、日本国 憲法によってその存在が認められた「憲法天皇」
であるから、日本国憲法を破る権能を有してい ない。
日本国憲法は、国民を国家の暴政から守るた めに、立憲主義(憲法に基づく機関による憲法 に基づく行為)を建てて、国家機関の憲法違反 行為は効力を有しないとしている(第九八条第 一項)。それ故、どのような天皇就任儀式が行 われようとも、その儀式の内容と実施方法が日 本国憲法に違反していないか否かが検討されな ければならない。
「即位礼正殿の儀」は、徳仁天皇が、天照大 神からその地位と日本統治権を与えられた「神 権天皇」(神から授かった統治権を持つ天皇)
であることを公に宣言する儀式であるから、こ の儀式を天皇の「国事に関する行為」(「儀式を 行ふこと」、第七条第十号)として実施するこ とは、時代錯誤となり、国民主権を否定する違 憲の行為として、許されない。また、「大嘗宮 の儀」は、徳仁天皇が、「霊威」を獲得し、そ の「霊威」で全国土を服属せしめる儀式である から、この儀式を宮廷費(公の財産)を用いて 実施することは、或いは、天皇家の内廷費(私 的財産)を用いて実施することは、時代錯誤 となり、国民主権を否定する違憲の行為として、
許されない。
更に、日本国憲法は、大日本帝国憲法のもと で、国家と天皇を祭る皇室神道を結合させて、
天皇崇拝・天皇忠誠を強制する国家神道(国家 宗教)が作られ(1880 年代末までに)、天皇の 臣民としての国民が、天皇の戦争に強制された
こと、宗教の自由が弾圧されたこと(例えば、
大本教は、1921 年 2 月 12 日と 1935 年 12 月 8 日に、不敬罪や新聞紙法違反や治安維持法違反 で弾圧されて、壊滅した。天皇崇拝を拒否する 宗教者は、不敬罪や治安維持法違反で弾圧され た)を反省して、第二〇条で、「信教の自由は、
何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教 団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力 を行使してはならない」と定めて、「政(国家)
教分離」原則・「党(政党)教分離」原則を宣 言した。そして、それを実現するために、「何 人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参 加することを強制されない」(第二〇条第二項)、
「国及びその機関は、宗教教育その他い、か、な、る、 宗教的活動もしてはならない」(第二〇条第三 項、傍点引用者)、「公金その他の公の財産は、
宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しく は維持のため」、「これを支出し、又はその利用 に供してはならない」(第八九条)と明記して いる。
「即位礼正殿の儀」は、徳仁天皇が、神器等 を携えて「高御座」という神の玉座に昇るとい う神道的宗教儀式であるから、この儀式を天 皇の「国事に関する行為」(「儀式を行ふこと」、
第七条第十号)として行うことは、「政教分離」
原則に違反し、許されない。
また、「大嘗宮の儀」は、徳仁天皇が、天照 大神や天・地の神々と共に、供えた新穀を食べ るという神道的宗教儀式であるから、この儀式 に「宮廷費」という「公の財産」を支出(予算、
二四億三〇〇〇万円)することは、「政教分離」
原則に違反し、許されない。
それなのに、なぜ、「即位礼正殿の儀」や「大 嘗宮の儀」という宗教的儀式を、国家は、徳仁 天皇に実施させたのであろうか。
それは、最高裁判所の判決が「助け船」とし て存在しているからである。
その判決とは、1977 年 7 月 13 日の「津地鎮 祭事件大法廷判決⑯」である。
1965 年 1 月 14 日、三重県津市の主催により、
市体育館の起工式が行われた時、神社の神主が 呼ばれて、地鎮祭が行われた。神主へのお礼や 供物代金等で、7,663 円が市の公金から支出さ
れた。これを日本国憲法第二〇条・第八九条違 反として、市会議員が裁判を起した。
最高裁判所大法廷は、日本国憲法第二〇条第 三項が、「国及びその機関は、宗教教育その他 いかなる宗教的活動もしてはならない」と定め ているのに、これを無視して、(1)「国家と宗 教との完全な分離を実現することは、実際上不 可能に近い」。「国家は実際上宗教とある程度の かかわり合いをもたざるをえない」。従って、(2)
憲法二〇条三項が禁止する「宗教的活動」とは、
ⓐ「当該行為の目、的、が宗教的意義をもち」、ⓑ
「その効、果、が宗教に対する援助、助長、促進又 は圧迫、干渉等になるような行為をいう」(傍 点引用者)、(3)「本件起工式」の「目、的、は建築 着工に際し土地の平安堅固、工事の無事安全を 願い、社会の一般的慣習に従った儀礼を行うと いう専ら世俗的なものと認められ、その効果は 神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、
干渉を加えるものとは認められないのであるか ら、憲法二〇条三項により禁止される宗教的活 動にはあたらないと解する」、とした。
最高裁判所は、「目的・効果」基準を捏造して、
国家に許される宗教的活動を創出した。
海部俊樹内閣の大森政輔内閣法制局第一部長 は、明仁天皇の「大嘗宮の儀」に「宮廷費」を 支出することについて、1990 年 4 月 26 日の参 議院内閣委員会で、「皇位が世襲であることに 伴う伝統的皇位継承儀礼という大嘗祭の公的性 格に着目したものでございまして、その支出が 宗教的意義を持ちませんし、また特定の宗教に 対する援助、助長等の効果を有することにもな らないというふうに考えますので、このような 公金の支出は憲法八十九条が禁止しています公 金の支出にも当たりませんし、また憲法二十条 三項が禁止しております国及びその機関が宗教 的活動を行ったという評価を受けることにもな らないというふうに考えている次第でございま す⑰」と述べている。
反論すれば、「大嘗宮の儀」という神道的宗 教儀式は、天皇のみに限定された皇位継承に伴 う一世に一度の宗教儀式であるから、習俗化す るものではなく、宗教的意義を持たなくなるこ とはありえない。また、「大嘗宮の儀」に宮廷
費を支出することは、その宗教的儀式を完全に 遂行することのためであるから、その支出の目 的が、宗教的意義を持たないと言うことはでき ない。
「大嘗宮の儀」の実施は、神道を国民に認識 させ、神道に対する限りない援助となる。「大 嘗宮の儀」を遂行するために宮廷費を支出した ことの効果は、神道に対する援助、他の宗教に 対する圧迫であると考えられる。
「大嘗宮の儀」への宮廷費の支出は、最高裁 判所の「目的・効果」基準に立っても、「政教 分離」原則に違反する。
「即位礼正殿の儀」という神道的宗教儀式も、天 皇のみに限定された皇位継承に伴う一世に一度の 宗教儀式であるから、習俗化するものではなく、宗 教的意義を持たなくなることはありえない。「即位 礼正殿の儀」を、天皇の「国事に関する行為」と して実地することは、神道にとっては、箔が付 き、神道を国民に認識させて、限りない援助となる。
逆に、他の宗教にとっては、箔が落ち、圧迫となる。
最高裁判所の「目的・効果」基準に立っても、「即 位礼正殿の儀」の実施は、「政教分離」原則に違 反する。
なお、この「目的・効果」基準に関わって、「神 道は仏教伝来以前よりの固有の儀礼であり、宗教 というより生活原理であった」。「宮中祭儀は我が国 の民族信仰に基づく民族儀礼であって、日本国家 の成立とともに国家儀礼ともなってきた」。「したがっ て宮中祭儀は日本国家、日本民族の礼典の基本で あって、ことに大嘗祭のごときは日本国家と国民の 統合の象徴である天皇の、真に天皇としての御資 格に関わる儀礼であるから、当然国の大典として 行われるものと期待するのは一般国民の素朴な考 えである」。「大嘗祭を始めとする宮中祭儀のごとき は、特定の宗教教団と関わりない民族儀礼であり、
国家儀礼であって、これは国の本質に関わる儀礼 である⑱」とする見解がある。日本は神である天皇 から始まるとする空想的な「皇国史観」の見解で ある。
徳仁天皇が天皇就任儀式として実施した「即位 礼正殿の儀」と「大嘗宮の儀」は、日本国憲法の もとでは、時代錯誤と違憲の許されない儀式である。
そうであるからには、廃棄された「登極令」を
踏襲した「即位礼正殿の儀」と「大嘗祭の儀」を 徳仁天皇に実施させた安倍内閣の、日本国憲法を 蔑にした憲法尊重擁護義務(憲法第九九条)違反 責任が、厳しく糾弾されなければならない。それ に加えて、安倍内閣は、なぜ、あえて、そのような 儀式を徳仁天皇に実施させたのかという疑問が生 じる。
2.「元首」天皇への転身のための「即位 礼正殿の儀」と「大嘗宮の儀」の実施 安倍晋三内閣総理大臣と安倍内閣と自由民主 党は、現在、日本国の、日本国憲法「第九条」(非 戦・非武装・対話・永久平和主義)を基軸とす る「『第九条』の国」から、21 世紀の「日米安 全保障条約」体制を基軸とする「『安保』の国」
への転換を完成させるために、日本国憲法を改 めようと必死になっている。
21 世紀の「日米安全保障条約」体制とは、
2006 年 6 月 29 日に発表された日米共同文書「新 世紀の日米同盟⑲」に示された「地球的規模で の協力のため」の「日米同盟」(対米日属の米 国至上主義型米日核軍事・経済同盟)体制のこ とであり、具体的には、全世界で侵略戦争と経 済戦争(外国の経済を破滅させる闘争)を展開 する米国至上主義型米日核軍事・経済同盟体制 のことである。
21 世紀の「日米安全保障条約」体制は、ⓐ
1990 年代初頭から展開されたアメリカ発のグ ローバリゼーション(globalization 経済の地 球規模化)に基づいて世界中に進出しているア メリカの独占資本の多国籍企業と投資機関の投 機マネーの権益を守るために、及び、ⓑアメリ カに代わって 21 世紀の「覇権国家」になろう と台頭してきた中国に対抗するために形成され たもので、アメリカに従属して、アメリカと共 に、アメリカの国益(アメリカの国家と多国籍 企業と投機マネーの利益のこと)のために、ⓐ
集団的自衛権⑳を行使して、世界中で、侵略戦 争や侵略目的の武力による威嚇及び武力の行使 を実行する、或いは、ⓑ世界中で、経済戦争を 実行する日本国(『安保』の国」)を要求してい る。そのためには、日本国憲法の全体を改めな