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安藤次

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Academic year: 2021

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この小論は︑副題に示されているとおり︑一九六七年一○月二五日京都において開催された経済統計研究会総会に

おける報告ならびに提出レジメであって︑いわゆる﹁学術論文﹂の型にははまらぬものであるから︑本来なれば同会

機関誌﹃統計学﹄誌に収録されるべきものかと思われるが︑紙幅の制約のため︑ここに掲載していただくことにし

た︒と存じます︒ ま梁え昨年の第十回総会で閉会のあいさつを申し上げました安藤でございます︒一年余りのご無沙汰の後︑再び相見ることができまして︑まことにうれしいことであります︒本日は︑報告者の一人として︑みなさんからご教示を受けたい

プログラムに﹃統計学は統計の学であるということ﹄と︑いささかけったいな題目が印刷されてありますが︑これ

社会統計学者の任務についての一提言

報告者としての発言 l経済統計研究会第十一回総会における報告ならびに問題提起I

まえがき

安藤次

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は準備にあた.った事務局にとりあえずこういう題目でご連絡しておいたのがそのまま掲げられたのでありまして︵私

の責任でありまして︶︑配布いたしましたプリントにあります題目﹃統計の概念規定と社会統計学者の任務﹄が︑報

告の目的をより正しく反映しております︒社会統計学者の任務について発言させていただくのが本意でありまして︑

そのための討論の叩き台を提出させていただいたつもりなのでございます︒一昨年ごろ︑たしか高木秀玄先生のご意

見だとうかがいましたが︑﹃総会においてちゃんとまとまった研究の成果が報告されることは当然のことである︒し

かし︑そういう本格的な報告ばかりがつづいたのでは︑緊張しすぎてつかれもひどかろう︒そういうことのほかに

も︑もっと気楽にl〃自分は今こんなことを考えているんだが〃とか︑〃私は今こんなテーマで努力している途中

なのだが〃とかということを述べあうことも意義なしとしないのではないかlそういうことのための時間を設ける

ことを考えてみてはどうか﹄というご意見が出されたと聞きました︒

描きかけの画を見せたがる画家がいないであろうように︑学者的良心のつよい方々は︑未完成の研究を発表されよ

サゼスチ回ソうとはなさるまい︑というわけからでしょうか︑そのまま立消えになってしまいましたが︑実は私は高木先生の提唱

には賛成でしたので︑本日は﹁まず腕より始めよ﹂を買って出まして︑まだ出来上がってはいないし︑出来上がるか

どうかもわからない﹁報告らしからぬ報告﹂をさせていただくことになったのであります︒なぜかと申しますと︑私

はこの経済統計研究会の第一回総会以来毎年出席してきた会員の一人でありまして︑みなさまの報告や討論から刺激

と活力を与えられて参ったのでございますが︑みなさまの報告や発言を拝聴しながら自問自答を重ねてきたことがた

まって︑発言させていただきたいという気持が高まりもしたからであり︑さらにまた︑統計学をひとりでコッコッ研

究するなんてことは︑集団作業である統計生産Ⅱ利用の建前からしても望ましいことではなかろうと考えますし︑わ

れわれのこの研究会は︑日本統計学会とはちがって︑そういう気軽な︑あるいは︑奔放自由な︑儀礼的な質疑ではな

い︑実質的に堀り下げた討議や発言を尊重する伝統を大事にしてきた学会であるからでもあります︒

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統計学の対象と方法︑いわゆる統計学についての学問論にかんしては︑二つのことが関心事とされるのがしばしば

でありました︒ひとつは︑あらゆる社会現象乃至社会全体に対する関心と︑とりわけ数量的規則性をあらわす識現象

に対する関心との関係であり︑もうひとつは︑社会統計学と数理統計学あるいはストカスティークとの関係でありま

す︒しかし︑私自身は︑社会統計学の理論体系を作り上げることとは別に︑もっと卑近なまた具体的な任務にむしろ

関心をそそられているのでありまして︑社会科学の他の諸部門の研究者たちが︑﹁なるほど︑このような仕事とそは

統計学者とよばれる人こそがやってほしいものだし︑やってくれるべきだ﹂とか︑﹁こういうことをやってくれるの

であれば︑統計学者というものは必要不可欠な人材と認めざるをえない﹂というであろうような︑そういう仕事とし

てはどんな仕事があるだろうか?lこのように考えを進めるのが︑従来多岐にわかれてきた統計学の学問論につい

ての見解の一致にたどりつきやすいのではないか︑と思うのであります︒

このような問題意識のもとで従来なされてきたことを振り返ってみるとき︑例えば経済学者と経済統計学者との区

別︑社会学者と社会統計学者との区別ははっきりしているか︑また区別がつくものかどうか?統計を使わない経済

学者はいないし︑経済学の理論にもとづかずして統計を扱う経済統計学者もいないこというまでもありませんが︑で

は両者はともに経済現象を研究対象とするが︑経済学者は統計をちょっぴり使って研究し︑経済統計学者は統計をた

くさん使うところに違いがあるのか?前者は主として質的な研究を︑後者は主として数量的側面を研究するという

違いなのか?経済学者はいわゆる統計的法則ならざる経済法則を探求し︑経済統計学者はいわゆる統計的法則とよ

ばれるにふさわしいような経済法則を追求したり︑統計によって経済理論を検証するようなことを任務として引き受

けるところに違いがあるのか?

これはまことに幼稚きわまる設問だと感じられるでありましょうけれども︑例えば国民所得の分析や国民経済計算

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また︑これまでわれわれがやってきたことを振り返えるとき︑統計学は社会科学のための方法論であると主張しつ

つも︑経済学以外の他の社会科学諸部門のための方法論でもあることを主張する実績は充分にあるといえるであろう

か?ほとんど︑あるいは︑主として経済統計を関心の対象としており︑経済統計以外のいろいろな種類の社会現象の

統計とはあまり取り組むことをしなかったといわねばならないのではないだろうか?これでよいのだろうか?社

会の経済的土台の構造の研究が大切であることはもちろんのことでありますが︑土台と上層建築の関係およびつなが

り︑上層建築そのものの構造をも統計をつかって明らかにすることも必要であり不可欠であると思うけれども︑あま

り論議されずにいるのはどうしたことか?l私は︑このようなことについて自問自答をつづけて参ったのでありま

して︑こういうことについて一度みなさんのご意見をうかがいたいという気持が高まったのであります︒

もうひとつの問題として︑われわれは︑統計学は数学ではない︑応用数学の一部門ではない︑いわゆる確率現象だ

けを追求する学問であってはならないとしているわけでありますが︑統計解析法の説き方において︑充分に確率論Ⅱ

統計学とするかのような数学者とは違う問題の採り上げ方をしてきたかどうか?もっと工夫する余地があるのでは

ないか?ということを感じるのであります︒もっともっと統計学の社会的・歴史的使命を明らかにつかみうる説き

方を見つけたいものだI私はこのようなことについても自問自答をつづけて参ったのであります︒

ざっと以上に申しましたわけで︑報告者の一人としての発言の機会を与えていただいたのであります︒︵以下︑あ

らかじめ配布いたしましたプリント︑﹁統計の概念規定と社会統計学者の任務﹂を前提として申し上げます︒︶ ます︒ の研究というテーマは︑経済学者も経済統計学者もが取り組んでおりまして︑両者の活動領域あるいは目的意識はつねに必ずしもはっきり違いがあるとは申せないのではないであろうかlどうも私にはそういう感じがいたします︒

これは︑一九四八年以来のソヴエト統計学論争について感じてから今日にいたるまで持ちつづけている感じであり

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×××

統計の概念規定に関して﹁数字ということは形式であり︑情報ということが内容である﹂と主張することについ

て︑また︑その情報の定義に立入った説明が与えられていないことについては︑集中的なご批判を受けるでありまし

ょうが︑いわゆる情報科学とか情報理論とかよばれております方面で使われている情報と同じ意味に解しているわけ

ではないつもりでおります︒つねに何か〃具体的な目的をもつ行動にむすびついて求められる知識〃ということでは

︑︑通じるものがあろうかと思いますが︑具体的かつ歴史的な行動のための実情報告という意味を看過しないということ

を重視したいと思います︒生ける人間を左右する問題解決のための方法が調査研究であり︑その調査研究の一つの方

法として統計調査ならびに統計的研究があるのであり︑そういう行動者および研究者の実践の所産として統計が手に

入るのでありますから︑﹁統計不在の統計学﹂とならぬように︑統計というものをつねに解決されるべき具体的な問

題と結びつけて意識すべきである︑と考えるのであります︒

統計の定義の表現をこのように変えたのは︑社会科学者の社会的歴史的任務として三つの課題をあげる理由をはっ

きりと意識するのに便宜であろうと考えたためであります︒その三つとは何か?と申しますと︑

第一は︑われわれが今住んでいる社会すなわち日本の社会の全体像を描き出すのに役立つように︑いろいろな種類

の統計から成る統計指標体系を作り上げる努力をすること︑であります︒

社会の全体像を描き出す立体的な統計指標体系をつくるということは︑マィャーの企てた実質社会学の構想の再現

であろう︑したがって失敗することになるのでは葱いかこういうご批判が当然に予想されるのでありますけれど

も︑これについては私は︑マイャーの企図の再現ではなくして︑もっと復古的である︑すなわち︑国情論の昔からの

努力の流れを汲むことになる︑と考えます︒マィャーがすでに国情論の流れを汲んでいたと申すべきでありましょ

う︒そうして︑私は指標体系を目的とするのだから︑失敗することを気にする必要はないと思うのであります︒

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第二の課題は︑統計の収集・整理・保存・提供の仕事︑ならびに︑統計を使う諸部門科学の研究者の協力を組織す

ること︑であります︒すでに︑情報センターとか︑データ・・ハンクというものが提唱されたり企業化されたりしてお

ります︒その反面︑統計事業や統計基準行政が行政整理のシワ寄せをくって圧迫されるという事実も生まれつつあり

ます︒

別の機会にゆずることにしてくわしく申しませぬが︑統計の公表が中止され情報の伝達が弾圧されたにがい教訓を

忘れることができないわれわれにとっては︑人民の幸福と解放のために役立つべき情報センター︑データ・・ハンクの

必要について無関心たりえないわけであります︒

的︑歴史的

であります︒

統計およびその使われ方についての国民一般の関心をかき立て︑それに対する要望や批判を組織し反映させること

は︑社会統計学者が統計を対象とする研究をつうじて︑人民のための社会的歴史的活動の一翼に参加することになる

と思います︒例えば︑政治斗争を反映している国会の審議のなかで︑どのような統計がどんなふうに使われている

か︑あるいは︑使われないでいるか︑政府関係者および国会議員の統計に対する理解はいかなる実情であるかlこ

れは私たちが当然採り上げるべきテーマであろうと考えます︒

〃社会科学としての統計学の主張者は︑ペティだとかグラントだとかジュスミルヒだとかの研究をやっているが︑

それらの﹁自称統計学者﹂の研究はまるで書誌学でしかないじゃないか︑もっと役に立つ統計学をやってもらいた

い〃lこのような発言を日本統計学会の総会で﹁叱られる覚悟で申しますが﹂と放言した数理統計学者がいました 第三の課題は︑統計の作り方よりもむしろ使われ方についての研究︑批判乃至協力の活動をつうじて︑統計の社会︑歴史的性質を確認し︑それを具体的に立証することをつうじて統計生産の改善︑進歩を要求し︑実現させること

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