二重労働市場理論のレビュー 一市場分割メカニズムを中心に
李 永 俊
二重労働市場理論では,労働市場を価格 メカニズムが有効でない第
1
次部門 と価格 メカニズムが有効に働 く第 2次部門に分割 して議論 さ れる。そ して,なぜそのような市場の分割が行われるのかについて様々 な主張がなされている。本論文では, この労働市場の市場分割メカニ ズムに注 目し,二重労働市場に関する諸理論の論点を整理すると共に, 残された研究課題を模索する。1
は じめに二重労働市場理論は ,労働市場を複数の異質な市場の構成体 とみな し,大き く2つに分割された構 造 として把握する理論である。 この理論では,同一市場内に規模の異なる大 ・中 ・小の企業が併存 し ている状況や,同一企業内に学歴,性別,年齢などの異なるタイプの労働者が同時に存在するような 状況を捉えることができる。
Do e r i nge randPi o r e (1 971 )は制度的な側面か らの研究 と実態調査を通 して労働市場を次のよう
な異質な2
つの部門に分類する。第 1次部門( pr imar ys e c t o r)は,労働市場の不完全性 もしくは制
度的な理由か ら労働市場の需給の変化に影響されに くい部門で,高賃金,良い労働環境,高い雇用の 安定性,組合による保護,内部労働市場による欠員の補充などで特徴づけられ,長期的な雇用契約が 結ばれるのが一般的である。他方,第2
次部門( s e c ondaⅣ s e c t o r )は,労働市場の需給の変化に敏
感で,低賃金,比較的に劣悪な労働環境,不安定な雇用,外部労働市場による人員の補充などで特徴 づけられ 短期的な雇用契約が結ばれるのが一般的である1。ここで問題 となるのは,なぜ労働市場が 2つの異質な部門に分割されるのか とい うことである0 市場分割が生 じる要因は,次の
3
つに整理することができる。第1
に競争的な市場における分割要 因である。よ り具体的には,労働者および企業の質の違いか ら市場の分割が生 じる とい う観点であ る。第 2の観点は効率賃金仮説によるものである。 ここでは,情報が不完全な労働市場を前提に し, 労働者がサボ らずに働 くためのインセンティブ ・メカニズムとしての賃金格差の役割を重視する。第1日本における二重構造の考え方は有沢広 巳 (1957)によって提唱されたO彼は市場の二重構造を 「近代的」
な大企業部門 と 「非近代的」な中小企業部門に分けて考察 し,大企業部門 と中小企業部門の支配 と従属の関係を 批判的に捉えたo
3
の観点 は労働市場 に存在す る様 々な制度的な要 因によるものである。本稿の 目的は, これ らの3
つ の市場分割 メカニズムに沿 って二重労働市場 に関す る諸理論を レビューす る ことを通 して,残 された 課題を把握す る ことであるZ。本稿 の構 成 は次の通 りであ る。 次節 では市場分割 が生 じる
3
つ の要 因に焦点を 当て,二重労働市 場 に関す る諸理論を レビューす る。 そ して,結語 では従来の二重労働市場理論で残 され た課題を整理 す る。2
分析の視角2.1
競争的市場 における市場の分割二重労働市場理論を指す端的な指標 として,企業規模 間の賃金格差がある。なぜ,企業規模が大 き い大企業 においては相対的に高い賃金が支払われ 企業規模が小 さい中小企業では低賃金が支払われ るのか とい う問いに対 して,最初 に考 え られ る解答は労働者の質の差に起 因す る とい うものである0 も し労働市場が競争的かつ均衡 の状態 にあ り,労働者 の職業 に対す る好み
( pr ef e r e nc e)
に差 がな い とす るな らば,企業規模 間の賃金格差の原 因は,規模 間における労働者の質の差に帰着す る。 さ ら に 「同一商品同一価格」の原理か ら,同質 かつ 同一職種の対価 は等 しくなる。仮に労働市場が非競争 的である場合に も,資本市場 と財市場 とが競争的であるな らば,生産要素 間の代替や商品相互の代替 を通 じて,競争的賃金へ収束す るはずである。 したが って,競争的な市場 において,規模 間の賃金格 差は労働者 の質 の差 によって決定 され る3。ここで考察 しなければな らないのは,なぜ大企業は, よ り質 の高い労働者を,高賃金を払 ってで も 雇お うとす るのか とい う問題 である。
Ha me r meS h
(1980)に よれ ば,大企業 が属 してい る第 1次部 門の労働者 は,資本 ス トック との 補完度が, 中小企 業部 門であ る第2
次部 門労働者 に比べ強 い とい うことに よ り,技術 的優位 に立つ とい う。 この よ うな技術 的 な優位 性 か ら,第 1次部 門の労働者 は企 業 に対 して強 い交渉力を もち, 高賃金を要求す る ことにな る。 このよ うな資本ス トックとの補完度の違いによる市場分割 メカニズム は,Gr il i c he s( 1 969),Fal l o nandLayar d
(1 975),Hame r m es h
(1 993)
な どによって実証的に検 証 されている。上記のメカニズムを よ り具体的にい うと次のよ うになる。例 えば,資本形成が進み新 しい設備が導 入 され た とす る。 この際には,技能的に劣 る不熟練労働者 は次第 に機械 によって置 き換 え られ るが, 高度な機械設備 は専門的な技能を もつ熟練労働者 との協 同を よ り一層必要 とす る。 したが って,資本
2最近,ヨーロッパでは高失業とその持続要因に関する研究で,競争的市場要因と制度的要因とを同時に考察 した分析が多く登場 しつつある。その代表的なものに,
Bl a nc ha r da ndWo l f e r s (1 999)がある。彼らは技術進歩
率の低下や相対需要の変化などの要因と制度の硬直性を同時に考慮することによって説明力が向上することを示したO
3 もちろん,生産物市場やその他の生産要素市場における非競争的要素の存在も企業規模間賃金格差の 1つの 要因として考えられる()例えば,大企業ほど生産物市場における占有率が高いために独占利潤が発生し,その独
占利潤が賃金に上乗せされることによって賃金格差が発生する場合もある。
ス トックは不熟練労働者 とは代替的
( s ubs t i t ut a bl e)
だが,熟練労働者 とは補完的( c o mpl e me nt a Ⅳ)
である。企業規模間の労働者の質の違いを説明する際に注 目されるもう 1つの見解は,モニ タリング ・コ ス ト
( mo ni t o r i ngc o s t )
の存在である。Oi(1 983)
によると,大企業がより質の高い労働者を採用 しようとする理由は,労働者の働きぶ りをモニターするために必要な費用を節約するためであると説 明 している。経営者の能力が等 しければ,1
時間当りに監督 しなければな らない労働者数は企業規模 が大きくなるほど多 くなる。そのために,大企業はより質の高い労働者を雇い,モニタリングに伴 う 費用を最小化 しようとする。また,企業組織が大きくなればなるほど,労働者個々人の業績が簡単に 数字化できない共同作業が多 く,労働者の業績をただちに知ることは困難になる。 したがって,モラ ルが高 くより質のよい労働者を採用することは,モニタリングに伴 う費用を節約することになる。また,
Oi
(1 983)
のようなモニタリング ・コス トの観点か ら労働市場の市場分割が生 じるとい う ことを前提にする議論にはWe i s s
(1 980)
がある。 彼は,労働者の間には能力や資質の違いがあ り, しかもそれらに関する情報が不完全な労働市場では,賃金が労働者を選抜する機能をもつ と主張する。すなわち,質の高い労働者ほ ど雇用にあたってよ り高い賃金を要求するとい う傾向がある場合,企 業はより多 くの応募者を集め,質の高い労働者を採用するために,市場の需給をバランスさせる水準 より高い賃金をオファーするとい う4。 このような賃金の労働者選抜機能を前提 とする議論に R
ede r
(1 955, 1 964)
,Oha s hi
(1 987)
がある。Ohas hi
(1 987)
は,第 1次部門の企業が,より質の高い労働者を雇い,相対的に高い賃金を支払 う理由を次のように述べている。労働者の訓練にはコス トが必要 とされるが,それが どの程度になる かは労働者の熟練習得能力に依存する。 したがって,企業はできるかぎり能力の高い労働者を採用 し, 訓練コス トを節約 しようとするインセンティブをもつ。そこで企業は高い賃金を支払 うことによって, 選別するために十分な応募者を惹きつけ,その中で質の高い労働者を採用 しようとする。 このように, 訓練 コス トの存在が第 1次部門 と第2
次部門間の労働者の質の差を生む とOhas hi(1 987)
は主張 する。その他, ヨーロッパでは労働者間の雇用調整 コス トの違いに注 目し,不熟練労働者の失業期間が 長期化することを問題視する議論が多 く見 られる
。Be nt o l i l aandBe r t o l a(1 990)
,Be nt o l i l aa nd Sa i nt ‑ Paul
(1 994) ,Sa i nt ‑ Pa ul
(1 995)
はそのような不熟練労働者の失業期間の長期化が, ヨー ロッパにおいて失業率が1 980
年代半ばに上昇 したままで,低下 しない理由であると主張する。また, アメリカにおいては急激な技術変化により労働市場における相対需要が高学歴労働者に集中すること が,低学歴労働者に失業を押 し付ける結果になっていると主張する議論がある。その代表的なものに,Bo unda ndJo hns o n(1 992) , K at zandMur phy( 1 992)
,そ して, Juhn, Mur phyandPi e r c e(1 993)
な どがある。4
We i s sa ndGua s c h (1 980)
では,能力の高い労働者を選抜する手段 として,応募料金( a p p l i c a t i o nf e e )
の徴収の方法 も考察 している。ただ し,上記のような労働者の質の違いが第 1次部門 と第
2
次部門間の格差を どの程度説明でき るかが問題 である。Tachi bana
ki(1 996)
による と, 日本 における企業規模間賃金格差は,労働者 や企業の質をコン トロールする前は1 988
年基準で従業員数1 000
人以上の大企業が全体の平均賃金 よ り21. 9%高いのに対 し,従業員数 1 00
人以下の中小企業 は平均 よ り11 . 9%
低い。 しか し,労働 者の質および企業の質をコン トロールする と,大企業が平均 より1 6. 0%高 く,中小企業は 1 5
.4%平 均 より低 くなる。 この結果は,企業規模間の賃金格差のある部分は労働者や企業の質の相違に依存 し ているが,労働者の質や企業の質をコン トロール しても依然純粋な格差が存在することを示唆 してい る。それでは,その純粋な格差は何に起因するのであろうか5。その問いに対 し,次の
3
つの説明が考 え られ る。 まず,第 1に労働者の属性や職場環境に観察 さ れない ものが存在することによるとするものである。 より具体的には,実証研究によ く用い られる統 計資料の不備のために,労働者の質の差を十分に反映できない とい うことである。例えば,同 じ高校 卒 といっても,高校 自体の質の差 もある上,同一の高校を卒業 したとしても首席で卒業 した場合 と低 い成績で卒業 した場合 とでは社会的な評価が違 う。 このような違いを統計資料か ら捉えるのは困難で ある6。第 2に,効率賃金仮説によって企業規模間の賃金格差を説明するものである。そ して,第 3 には労働市場に存在する制度的な側面か ら企業規模間の賃金格差を説明するものである。第 2と第 3 の理由に関 しては以下の小節で述べることにする。2.2
効率賃金仮説による説明効率賃金仮説は,
So l o w(1 979), Sal o p(1 979)
な どによって提唱されShapi r oandSt i gl i z(1 984)
,Bul o w andSumme r s( 1 986)
,そ して最近では Ake r l o fandYe l l e n (1 98
7),Wei s s(1 991 )に至
るまで精力的な研究がなされている。効率賃金仮説の基本的な考えは,労働者の生産性が賃金に強 く 依存 して決定されるとい うことである。なぜ労働者の生産性が,賃金 に依存するかについては,い く つかの説明がある。 ここでは,その代表的なものである
Shapi r oa ndSt i gl i z(1 984)による怠業抑
制モデル( Shar ki ngMo de
l)を紹介する7。彼 らは,労働者の働きぶ りを完全にモニ タリングできないような,情報の不完全な労働市場におい ては,市場を クリアするような賃金水準以上に高い賃金を労働者 に提示するのが企業に とって利益で あると主張する。そのメカニズムは非常に簡単である。ある仕事に対する賃金が他の企業よ りも高 く
5橘木 ・太 田
( 1 992)
では, 日本の産業間の賃金格差においても,労働者の属性や労働時間な どをコン トロー ルすることによって産業間の賃金格差は縮小するが,それで もなお産業間の賃金格差は存在 していることが示 さ れている。6 もっとも正確 に企業規模間の賃金格差を分析する場合は,同一の個人が同一産業内の規模の異なる企業に転 職 した場合の賃金率の変化を分析することが望 ま しい(〕ただ し,アメ リカにおける研究では,そのような同一個 人に関する追跡データを用いた分析においても,企業規模問あるいは産業間の賃金格差の存在が確認 されている。
7代表的な効率賃金モデルに
So l o w ( 1 979)
モデルがある。So l o w
モデルでは,労働者の 「労働意欲」や 「質」が貨幣賃金の関数である と仮定 し,労働者の労働意欲や質を高めるためには賃金の レベルを高める以外に方法が ないと主張す るo効率賃金理論の諸理論をサーベイ したものに
Ake r l o fa ndYe l l e n (1 98
7)がある。設定されているならば,労働者が仕事をサボっていたことが発覚 し,解雇された場合,労働者が失 う ものは賃金格差分高 くなるはずである。 したがって,高い賃金を失いた くない労働者は,万一の発覚 を恐れてまじめに働 くことになる。その結果,労働者の生産性が高まり,市場をクリアするような水 準 より高い賃金を設定することが企業にとっては利益になるのである0
Shapi r oa ndSt i g l i z
(1 984)
の基本的な考えは,労働者が仕事をサボったときに彼 らに課せ られ るペナルティーを設けてお くことが,完全なモニタリングが不可能な労働市場においては企業にとっ て最適な行動であるとい うことである。そ して,彼 らはそのペナルティーが企業規模間の賃金格差の 発生要因であると主張する。また,彼 らは労働市場においては,均衡状態にも関わらず必ず失業が存 在するとい う。なぜなら,失業者が企業に対 し,低賃金での採用を申し出ても,企業は賃金を下げる ことによる労働者の怠業を恐れ,賃金を市場がクリアするような水準には下げない。 したがって,市 場では均衡の状態にもかかわらず必ず非 自発的な失業が存在すると主張する。しか し,効率賃金モデルによる説明にもい くつかの疑問が残る。まず,労働者の怠業を防 ぐための 手段 として,年功賃金制度や退職金制度な どをインセンティブ手段 として用いることも可能である。
より極端な例は,労働者を採用する際に保証金を積ませることも考えられる。つまり,労働者を採用 するときに労働者か らい くらかのお金を保証金 として徴収 し,労働者が労働規約を破ったときにはそ のお金をペナルティー として取 り上げることによって,労働者の怠業を抑制 しようとする考えである。
もし, このような年功賃金,退職金,保証金制度な どがインセンティブ制度 として有効に機能するな らば,効率賃金を用いる必要はない。
ただし, これ らの諸制度にもい くつかの問題がある。まず,年功賃金制度には初期の賃金水準が低 すぎる場合には労働者の採用時の賃金が生活に必要な最低水準を下回る可能性がある。 したがって, 年功賃金制度のみによって労働者の怠業を抑制することには限界がある。
また,年功賃金制度や退職金制度,保証金制度には企業側によるモラルハザー ドの問題が付きまと う。具体的には,労働者がまじめに働いているにもかかわらず,企業は労働者が怠けていると嘘をつ いて,生産性よりも高い賃金を得ている中高年労働者を解雇 した り,保証金や退職金を不正に取 り上 げたりすることである。 このような労働者 と企業両側のモラルハザー ドあるいは契約違反を扱ったも のに
Ka ne mo b andMac Le o d (1 989)
がある。彼 らは,長期雇用システムを情報の不完全な労働市場において企業 と労働者双方による H契約違反"
を解決する手段 として位置付けている。つまり,長期雇用システムの前提 となる長期雇用契約は各労 働者に対 して一定の訓練投資を条件 とし,長期の雇用を保障するような雇用契約である。 しか し,訓 練投資が企業にとって完全にモニタリングできないケースや訓練投資の有無に関 して企業 と労働者以 外の第
3
者による正確な評価が不可能なケースにおいては,次のような労働者 と企業双方による契 約違反が生 じるとい う。まず,労働者側においては訓練投資は一定の費用を要するために効用に負の効果をもたらす。従っ て,完全なモニタリングが不可能な場合には,各労働者は効用に負の効果をもたらす訓練投資をサボ ろうとするインセンティブをもつ。また,各企業は訓練投資が労働者にもたらした負の効用の部分を 賃金によって補填 しなければならない。従って,企業側はできるだけ労働者の訓練投資を低 く評価 し,
賃金費用を減 らそ うとするインセンティブをもつ。 この両者による契約違反を同時に解消するために は,一定の昇進ルールを前提 とした長期雇用システムが必要であるという。
また,彼 らは長期的な雇用契約は人件費の硬直化を伴い,企業を取 り巻 く外部経済環境の激 しい変 化に対する柔軟性が著 しく低下することも指摘 している。 したがって,個々の企業は経済環境の変化 に対する柔軟性を維持するために, 1期毎の契約を前提 とした短期的な雇用契約をも同時にもち,人 件費の硬直化を防 ごうとする。故に,同一企業内に 2つの異なる雇用形態が同時に存在することと なる。 これが同一企業内に二重構造が生 じるメカニズムである。
K ane mo t oandMa c Le d (1 989)
のように同一企業内の二重構造の発生メカニズムを扱 ったもの に,Pi o r e
(1 980)
,Sa i nt ‑ Paul
(1 99
1),Fe hra ndXi r c bs t ei ge r
(1 994)
な どがある。彼 らは同一 企業内で二重構造が発生するメカニズムとして,企業を取 り巻 く経済環境の変化 と不確実性を重視す る。より具体的には,企業は,短期的な雇用契約社員を経済環境の変化 と不確実性に対する緩衝装置 として雇 うことによって,調整 コス トの高い労働者の雇用を維持 しようとする。故に,同一企業内の 二重構造は内生的に発生すると主張する。2.3
制度的な要因による説明最後に考えられる市場分割の要因は,労働市場に存在する様々な制度的な要因である。制度的な要 因に関する研究は
Ha 汀i sa ndTbda r o
(1 970)
にその先駆が見 られる。彼 らは,制度的に決定され る都市部門の最低賃金が農村部門の実質賃金より相対的に高 くなっていることが,都市 と農村の二重 構造を発生させていると主張する。さらに,農村部門の過剰人口圧力が農村から都市部門への労働移 動を誘発 し,都市部門の慢性的な失業の原因であることを指摘する8。また,
Eat o nandNe he r
(1 975)
とCal vo
(1 978)
は,労働組合が組織セクターへの新規参入を 防止 し,労働の供給を制限 したり,強い交渉力を背景に未組織セクターを上回る賃金を要求すること か ら,部門間の賃金格差が生 じるとい う。 このような考えは,Li ndbe c kandSno we r
(1 988)
によ ってインサイダー ・アウ トサイダーモデル として発展 した。インサイダー ・アウ トサイダーモデルでは,労働市場を企業内労働市場で現役 として働いているイ ンサイダー と,外部労働市場でジョブ ・サーチを しているアウ トサイダーで構成されているものと考 える。その上で,なぜ企業がインサイダーよりももっと安い賃金で働いてもよいとするアウ トサイダ ーが存在するにも関わらず,彼 らを直ちに雇い入れようとしないのかを考察対象 とする。 このような 疑問に対 して,彼 らは次のような要因を提示する。まず,第 1の要因は,企業特殊技能の存在にある。
企業特殊技能あるいはノウハウが存在する企業の場合,賃金の低いアウ トサイダーを雇い入れ,高賃 金のインサイダーを解雇 したとしても,アウ トサイダーは即戦力にならないため,企業にとってはか
8 日本における農村部門の過剰人口圧力は都市の第
2
次部門の賃金を引き下げる役割を果たした。その結果, 都市部における二重構造が顕著に現れることになった。 1 950
年代半ばのそのような現象に関しては,梅村(1 964)
が詳しい。えって労働費用がかさむ可能性がある。 したがって,アウ トサイダーを直ちに雇い入れることは企業 に とって最適な戦略 とはな りえない。第 2の要因は,交渉力の有無にある。賃金や雇用の安定性な どの雇用条件についての交渉に参加可能なのは,インサイダーのみである。 したがって,インサイダ ーはできるだけ自分たちに都合のよいような雇用条件を確保することに努力する。その結果,アウ ト サイダーの声は反映されに くいことになる。 このような要因の存在が労働市場が不均衡状態か ら脱皮 できない理由とな り,そのために失業が 恒常化 して しまうとい うのがインサイダー ・アウ トサイダー モデルの基本的な主張である。
最後に,制度的な要因による市場分割問題で言及 しなければな らないのは, ヨーロッパにおける
1 980年代の大量失業問題に関する一連の研究である 。Sai nt ‑ Paul(1 996)はヨーロッパ とアメ リ
カの違いは,アメリカの失業率が変動的であるのに対 し, ヨーロッパの失業率は1 980年代半ばに
急上昇 したままで とどま り,低下 しない ことにあると指摘 している。 このような現象はBl anc har d a
n dSumme r s(1 986)や A lo gos ko uf isandMa n ni ng (1 988)な どで実証的に証明されている。そ
の原因に関 しては,高い解雇 コス トの存在や強い労働組合,失業給付,最低賃金の存在などの様々な 制度的な要因が指摘されている。その中で,高い解雇 コス トの存在に着 目したのが
Sai nt ‑ Paul( 1 996)である。彼は 1 980
年代半 ばの大量失業の背景 として, ヨーロッパにおいては,解雇費用の低下が見 られたものの,それが十 分でなかったことが失業率が高止まりしている原因であるという。 より具体的には,解雇費用の存在 は解雇などによる雇用調整に伴 う限界費用を上昇させることによって,雇用をより硬直的なものにす る。その結果,失業 もより恒常的なものとな り,一度高まった失業率はなかなか低下 しない ことにな ると主張する。 また,解雇費用の存在 自体が労働需要を変動させる要因にはならないことをも同時にSai nt ‑ Paul(1 996)は述べている。Be nt o l i aandBe r t o l a (1 990)では,解雇費用の存在は,労働
需要を低迷させるのではな く,逆に雇用量を若干ではあるが上昇させる効果があると主張する。彼 ら は,解雇費用の存在は大量失業の原因ではな く,一度失業 した人の失業期間が長期化する原因である とい う。失業期間の長期化がヨーロッパにおいて,失業率が高止まりしている原因になっていると彼 らは主張する9。以上,労働市場の制度的な要因に関する議論をサーベイ してきた。 しか し, 日本の労働市場を考察 する際には,上記のような制度的な要因は大きく影響 しないもの と思われる。尾高 (1984)は,栄 働組合の存在が 日本における二重構造の原因であるとはいえない とい うことを次のように説明 してい る。まず, 日本の労働組合は中 ・長期の労働供給量を左右できる構造を持 っていない。 日本の組合は すべてオープン ・ショップもしくはユニオン ・ショップ制の下にあるか ら,人事をめ ぐる決定, とり わけ採用に関する権限は経営側にある。 したがって,組合が長期労働供給曲線に影響を与えるとは考 えられない。
9 なぜ, ヨーロッパにおいて
80
年代の半ばに失業率が急上昇 したのかに関 しては,Bl a nc ha r da ndWo l f e r s
( 1 999)
は労働需要の激減 と高利子率がその原因であると指摘 している。3
結語 一残された課題‑二重労働市場理論は部門間の賃金格差のメカニズムを明 らかにすることとマクロ経済における失業 と賃金格差間の相互関係を分析することを 目的 とす るものである。つ ま り,第 1次部門において完 全競争市場賃金 よ り高い賃金を設定す ることが第 1次部門企業 に とって効率的な行動であ り,部門 間の相対賃金格差の存在が第 1次部門での超過供給を発生させ,マ クロ経済の失業を決定 している と論 じる。 ミクロ的な賃金決定 メカニズム とマ クロ的な失業問題を同時に捉えているとい う意味で二 重労働市場理論は労働市場分析モデル として有意義であると思われる。ただ し,残された課題 も数多
くある。
まず,最初の課題 として考えられるのは,従来の二重労働市場理論の多 くがマ クロ市場における市 場分割に焦点を当てていたことである。その多 くは,賃金格差 と失業 との相互関係にその議論の出発 点があった。 したがって,同一企業内の二重構造に関する研究はその数が少な く,多 くの研究課題が 残されている。
企業内労働市場の分析に二重労働市場モデルを用いる理由は,雇用形態の異なる異質な労働契約が 同時に存在する企業内労働市場を分析することで,長期雇用システムのメリッ トとデメリッ トを同時 に捉えることができるか らである。安定的な高度成長期には長期雇用システムのメリッ トのみが注 目 されていたが,昨今の景気低迷 と先行きに対する不透明度が増大 してい くにつれ,長期雇用システム のデメ リッ トが注 目されるようになった。 しか し,メ リッ トとデメリッ トを同時に捉える経済モデル は数少ない。従 って,企業内労働市場を二重労働市場モデルで捉え,長期雇用システムを再考するこ とは有意義なことであると思われる10。
もう
1
つの課題 は,失業の発生 メカニズムをよ り現実的にす ることである。 よ り具体的には,多 くの従来の二重労働市場理論において失業 は,第2
次部門への就業よ りも第1
次部門に残 って待ち 失業( wai t i ngUnempl oyment )
を選択することによって発生すると考え,さらにそのような待ち失 業がマ クロ市場全体の失業水準を決定すると見な したことに問題がある。そこで,二重労働市場モデ ルに異なるタイプの失業を導入 し,属性の異なる労働者間の失業行動の差を的確に捉えることが必要 であると思われる。 このような分析は失業の性格を的確に把握することを可能に し,より有効な雇用 政策を検討する上で有意義であると思われる11。10長期雇用システムを前提 とする内部労働市場 と同一企業内の二重構造問題を同時に定式化 したものに
Kane mo t oandMac Le o d (1 989)
がある。また,中馬 ・樋口 (1 995)
は彼らのモデルを拡張し,実証分析を通してⅩ
ane mo t oandMac Le o d
モデルの妥当性を確認している。11部門間の労働移動を前提とした分析に
Bul o w andSumme r s(1 986)
がある。ただし,彼らのモデルにおい ても失業はWai t i ngUne mpl o yme nt
のみで定義され 第2
次部門は完全雇用を前提としている(,参考文献
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梅村又次