弘前大学教育学部紀要 第87号 :ll‑21 (2002年3月) Bull.Fac.Educ.HirosakiUniv.87:ll‑21 (Mar.2002)
売 られる娘の物語‑
「たけ くらべ」試論‑
GirlforSale:Midori‑sBehaviorChange
i
n
Ichiy6Iiiguc hi ‑ S"
GrowingUp"山 本 欣 司*
K
injiYAMAMOTO*
ill
論文要 旨
「たけくらべ」をめ ぐる論争 をた どりなが ら明 らか になったのは、美登利の変貌の原 因を初潮 とす る見解 の 背後 に、性的な 「成熟」によって (子 ども)/ (大人)を分割す る近代的パ ラダイムがひそんでいる とい う ことである。初潮を迎 え (大人)になるまで美登利 は無垢で、娼妓の世界‑の参入を猶予 されている とアプ リオ リに前提 されてきた。 ところが、佐多稲子氏 は初潮にそれ ほ ど大きな意味はない として、女性のセ クシ ュア リティをめ ぐる神話に疑問を投げ掛 けた。暴力による変貌 を主張 した 《水揚げ説》 は強い説得力を持つ。
だが、 これ までの議論 には、娼妓になるべ き娘 として、実際に美登利に どの よ うな立場の変化があ り得たか一 とい う視点が欠けていた。 日本近代公娼制 をめ ぐる歴史的事実に 目を向けた とき、娼妓 とは売 られた娘であ った ことがわかる。私 は、美登利の変貌が 「身売 り」によるものであ り、「たけ くらべ」の合意す る残酷 さか ら目をそ らしてはな らない と主張 した。
キー ワー ド :美登利変貌論争 公娼利 く少女)
1
明 らかであるのは、美登利が三の酉の 目を境に 突然変貌 した とい うこと、それだ けである。読者 は、彼女の変貌の理 由を具体的に知 らされないま ま、突然 「生まれかは りし様」に 「身の振舞」を 変化 させて しまった美登利 を見つめる。
おそ らくはその 日、極彩色の京人形の よ うに着 飾 り、髪を結い替えるべ き何かが、彼女の身にあ った とい うことだ ろ う。「憂 く牡か しく、つ ゝま し き事身にあれば」 とい うよ うに、美登利はそれを 否定的に受 け とめ、強い差恥の念を抱いた。華や かな姿を 「人の褒めるは噸 りと聞な されて、嶋 田 の髭のなっか しさに振か‑ り見る人たちをば我れ を蔑む眼つき と察 られて、」彼女は往 き来 をさえ恥 じている。"顔 を赤 める" とい う表現が くり返 し 登場す るものの、それ は、恥 じらいやはにかみ と いった レベルを越 えている。
いったい何が、美登利の心境 にこれ ほど大きな 変化を与えたのだ ろ う。なにゆえ彼女は、 これ ほ どまでに 「牡」の意識 を抱いているのか。心境面
セ クシュア リティ
での変化 と同時に衣装や髪型 といった外見の変化 が もた らされた ことか ら、美登利の立場そのもの に、何 らかの変化があった ことが考え られ る。そ の点に関 しては、コンセ ンサスが得 られ るであろ う。失恋による傷心 といった私的な、個人の内面 のみ にかかわることが らでは、 この 日、彼女のた めになぜ、高価な着物や髪飾 りが用意 されたか説 明できないか らだ。では、 どの よ うな立場の変化 か。
佐多稲子「『たけくらべ』解釈‑のひ とつの疑問」
(『群 像』40‑5、一九八五 ・五)を端緒 とす る美 登利変貌論争以前、支配的であった初潮説におい ては、初潮を迎 え (大人)にな った こと、すなわ ち (子 ども)か ら (大人)‑ とい うライ フ ・ステ ージの移動を、美登利の変貌の原因 と考 えていた。
「成人」は、なかば公的な立場の変化である。そ れは、美登利の洩 らす 「ゑ ゝいや厭や厭や、大人 に成 るは厭やな事、何故 このや うに年をば取る、
最 う七月十月一年 も以前‑帰 りたいに」 とい う内 的独 白の印象の強 さを重視す る解釈であるといえ る。また、 「活 潜」で 「お侠」な く少 女)が急 に
*弘前大学教育学部国語国文学科教室
DepartmentofJapaneseIAnguageandLiterature,FacultyofEducation,HirosakiUniverslty
「女 らしう温順 しう」なった とい う変化のあ りよ う (方向性)や、「年はや うや う数への十四」とい う微妙な年齢 自体が、初潮説の根拠 となっていた。
テクス トか らは、彼女の身に何かがあったか ら
「大人に成 る」のか、「大人に成」ったか ら何かが あるのか判断できない ものの、美登利 自身が、わ が身にあった何か と 「大人に成 る」 ことを結びつ けて考えているのは確かである。そ して、「大人に 成 るは厭やな事」 とい う強い口吻か らは、あたか も、わが身に何かがあったことを嫌悪 しているの ではな く、「大人に成 る」とい うこと、それ 自体を、
美登利が嫌悪 しているよ うに読める。次章で詳述 す るように、佐多説以前、初潮 とい う解釈がゆる ぎよ うがない と受け とめ られてきた根拠はそ こに ある。
ところが、その点にこそ陥葬があった とい うべ きである。「たけ くらべ」研究においては、単純に、
変貌の原因を考えてきたのではな く、美登利が (大 人)になった原因を考 えてきたのではないだ ろ う か。
問題は、数え年十四歳の (少女) とい う記号を め ぐって働 く、我 々の想像 力である。 (少女)が (大人)になる とい うとき、美登利 とい う個人が 具体的に背負 っているものは見失われ、かわ って、
女性のセ クシュア リティをめ ぐる神話が前景化す る。性的な 「成熟」によって、 (少女)は (大人) にな り、 (女)‑ と生 まれかわるのだ とい う認識、
セ クシュア リテ ィを軸に (子 ども)/ (大人)を 分割する近代的パ ラダイムが導入 され ることにな るのだ。初潮による (少女)の変貌は、 自明の こ ととして語 られてきた。
本来な ら、初潮以外に も美登利が 「大人に成」
った と受 け とめざるを得ない事柄 を想定す ること が可能である。我々は、進学や就職 といった大き な立場の変化を うけて、「今 日か ら私 も (大人)に な ったのだか ら」な どと自覚を新たにするではな いか。に もかかわ らず、美登利の変貌は、 (大人) になることと関連づ けられ ることで、セクシュア
リテ ィの問題 となる。(少年)の場合であれば、社 会化 とい う契機が何 よ りも重視 され るはずである のに、(少女)が (大人)になる とい うとき、いつ のまにか性的な含みが まざれ込む。(大人)になる とい うことは、誰にで もお とずれるはずであるの に、ジェンダーに もとず く 「成人」観 の非対称性 は明 らかである。そ して、その歪み も。
以下の考察で私は、女性のセ クシュア リテ ィを
め ぐる神話を相対化 し、娼妓になるべき娘 として、
美登利にどのよ うなかたちでの立場の変化があ り 得たかを考えていきたい。具体的な変貌の理由が テ クス トに書かれていない以上、それは水掛け論 にな りかねないが、それで も私は、美登利の変貌 をめ ぐっては、公娼制をめ ぐる歴史的文脈をふ ま えた リアルな議論 をなすべ きだ と考 えるのである。
娼妓になるべき娘 として、美登利の背負わ され た生を実感することは意外 に困難な作業なのか も
しれない。娼妓になる とい うこと、あるいは娼妓 として生きる とい うことが具体的に どのよ うな経 験であるのか。「江戸幻想」1)にひたった多 くの読 者は、きらびやかな世界を支えるシステムの苛酷 さを直視す ることな く、最低限の歴史的事実 も知 らないままに 「たけ くらべ」 を読んでいるのでは ないだ ろ うか。
た しかに、三の酉の 日を境 に美登利が娼妓の世 界に足 を踏み入れた と言 うだ けで、十分に哀れ さ を感 じることができるだ ろ う。悲惨 の内実を明 ら かにす ることは、かえって情感をそ ぐとの見方 も あ り得 る と思 う。 しか し、美登利が直面 したこと が何であったか具体的に語 ること、それは これか ら娼妓 として生きる美登利の生を旺めることには な らない。
実際に多数の娼妓が存在 し辛酸を嘗めていた。
員売春は現実の公認 された システム としてそ こに あった。娼妓になるべ き娘が何に直面 し何 に傷つ いたか。彼女 らは どのよ うに して娼妓になるのか。
悲惨な ものであればあるほど、現実か ら眼をそ ら す ことな く、正確に語 らなければな らない。「たけ くらべ」 を通 して我々は、厳 として存在 した 日本 近代公娼制の一端に触れ ることができるだ ろ う。
もしそれ を、具体的に知る必要がない とす るな ら、
美登利の悲劇は絵空事にな りは しないか。
2
論争以前、「たけ くらべ」解釈において支配的で あった美登利初潮説 には、アプ リオ リな前提があ った。それ は、初潮 とい う出来事が、(少女)が (大人)になるための通過点 としてきわめて重い 意味を持ち、身体的な変化のみな らず、内面に も 大きな変化をもた らす とい うものである。初潮 を 境に、 (少女)は (女)になる。 (少女)に とって 初潮 とは、たんなる生理現象ではな く、象徴的意 味を持 った一種の通過儀礼である。アイデンティ テ ィの書き換えを求め、行動原理の変革 をも迫 る
売 られ る娘の物語‑ 「たけくらべ」試論‑
もの として、初潮 はお とずれ る と考え られ てきた。
た とえば、初潮説 を とる前 田愛氏が 「酉の市の 賑いをよそに、『薄暗き部屋』に臥せている美登別 は、かつて 自分の体 内に生きていたひ とりの少女
ヽヽヽ
が確実 に死んだ ことを自覚す る。遊び女に再生す るためには、遊ぶ子 どもはい ったんは死なな けれ ばな らないのだ」 とい うよ うに、死 と再生の メタ ファーで美登利の変貌 を語 るの も2)、そのよ うな 前提があったか らである。現在 も、初潮 によって (少女) と (女) を分節す る思考は、一定の影響 力を持 ち続 けているだ ろ う。
初潮に よ り、(少女)は身 も心 も (大人)の く女)
‑ と変貌す る とい う認識 を、 ここでは仮 に 「初潮 神話」 と名づ けておきたい。誰 もが知 ってお り、
しか し、その よ うな知の起源は明 らかではない。
そ うい う性質の もの として、(少女)と初潮 の関わ りは語 られ てきたのではないか (「初潮神話」に も
とづいた初潮説 を、《単純初潮説》 とす る)。私 自 身、実際にはそのよ うな例 を見聞き した ことがな いに もかかわ らず、初潮 とはその よ うな もの とし
ヽヽ
てある とい うことをいつのまにか知 っていた。
そ こには、(少女)とい うステ レオ タイプがある。
(少女) とい う記号はつね に、セ クシュア リティ
‑の距離 に よってはか られ るのである。初潮 を迎 えることで、(少女)は性的に 「成熟」 し、(大人) にな った もの と見な され る。我々が、初潮 にあれ ほ ど重い意味 を持たせ るのは、本来、性 を内在 さ せなが らも、未熟であるがゆえに無垢 と見な され る (少女)が、初潮 を契機 に、突如 として性‑ と 開かれた存在 ‑ (女)になる と考 えるか らである。
初潮を迎 えることが、性的な身体 を不意 に獲得す ヽヽヽ
ることを意味 し、(少女)が本 当に無垢を喪失す る のであるな ら、それ は主体 のアイデ ンテ ィテ ィに 関わ る危機 として、必ずや とま どいや恐れ の感情 を呼び起 こす に違 いない。 「大人に成 るは厭や な 事」とい う美登利 の反応 は、「成熟」拒否、もしく は 「成熟」嫌悪 として受 け とめ られ てきたわ けで ある。
ところが、「『たけ くらべ』解釈‑ のひ とつの疑 問」で佐多稲子氏 は、その よ うな認識 の布置が文 学的虚構 にす ぎない と指摘 した。佐多氏は端的 に、
「娘 に初潮があ って、性格が変 るほ どに もなる も のであろ うか」と疑問を提示 し、「い っ ときの打 ち 沈み はあるに しろ、娘 自身が女の正常をその こと で知 る ものである。」「美登利の急に恥 じらいが ち にお とな しくなるのが、初潮 ぐらいであるのな ら、
13 (中略)『た け くらべ』は美 しい少女小説である。」
との問題提起 を行 ったのである。
性 を描 くことが タブーであった児童文学 にあ っ て、唯一描 くことを許 され た少女のセ クシュア リ テ ィが、 「初潮 とい う、少女の身体的 ・性的発育の 徴である」 ことを指摘 した横川寿美子氏は、 さら に、児童文学において 「初潮 とい う切札」があま りに も安易に、頻繁 に、(少女)の成長 の契機 とし て持 ち出 されてきた ことを批判 している3)。 この 批判 を補助線 に佐多氏 の指摘 を読み解 くな ら、「美 しい少女小説」 とい う皮肉を用 いて佐多氏が言い たか った こと、それ は、いや しくもリア リズム文 学であるな ら、「初潮 ぐらいの こと」で美登利が変 貌す るはずがない とい うこ とであ り、 さらに、現 実の初潮 は、それ ほ どに重大な意味 を持つ もので はない とい うこ とである。 そ して、 よ り広 い視野 か らなが めるな ら、「成熟」とい うテーマ を 「たけ くらべ」 に導入す るこ との是非 をめ ぐって、論争 は仕掛 け られ た とい って よい。
それ まで何 ら疑われ る ことな く補強 され続 けて きた 「初潮神話」 も、い ったん相対化 されて しま えば、現実はそれ ほ ど単純な ものではない とい う こ とは明 らかである。佐多稲子 とい う女性作家 に よって、それが言われたか らなおの こ と、研究者 達は 「頭 を抱 え」 4)ることになる。
い うまで もない ことであるが、生き られた現実 として、初潮を迎 えた女性が シ ョックや とま どい を感 じる こと。 その こ と自体 を私 は否定す る もの ではない。だが、妊娠 ・出産可能な身体の獲得を、少 女が、喜びではな く喪失 として否定的 に受 け とめ る ものだ とす る認識 には、ある種 の決めつ けがあ る。初潮 にこれ ほ ど重い意味 を認 める我 々の感性 とい うものは、かな りあや しげな ものではないだ ろ うか。 それ は、女性 のセ クシュア リテ ィをめ ぐ る も う一つの神話‑ 「男」 を知 る (処女喪失) と女性は変わ る‑ のあや しさと軌 を一にす る も のである。「お侠」であるか ら、あるいは 「我 まゝ」
であるか ら、美登利はまだ初潮 を迎 えてはいない (処女喪失はまだである) とか、大人 しくな った か ら初潮 を迎 えた (「男」を知 った)とい うよ うに、
ひ とりの人間の性質 を初潮や性交経験 の有無な ど とい ったセ クシュア リティの次元で解釈す ること 自体いびつな こ となのだ。佐多氏 の指摘 は、セ ク シュア リテ ィをめ ぐる神話を直接撃つ ものであ っ た。
3
佐多説 によって 「初潮神話」がひび割れて以来、
単純に、初潮の衝撃その もので美登利が変貌 した と主張す ることは難 しくなったよ うである。 ここ で、論争以降登場 した新たな初潮説 を、《契機 とし ての初潮説》 と名づ けたい。近い将来、 自分が参 入すべ き世界であるに も関わ らず、娼妓の勤め と い うものについて実質的にはほ とん ど無知であっ た美登利が、初潮を契機 に突然、現実に 目覚め、
大きな衝撃を受 け変貌 した とい う把握である。彼 女の外見の変貌は、初潮 と結びついた何 らかのセ レモニーが行われたため として説明 され ることが 多い。
むろん、論争以前に も、初潮 を迎えた ことの衝 撃 とともに、美登利がみずか らの将来 を自覚 した とす る見解 は見 られた5)。 また、《契機 としての初 潮説》 において も依然、初潮 自体の衝撃 を加味す る論 もある。 しか し、論争以降の初潮説のポイ ン トは、明 らかに現実に目覚めた とす る点に重心が 移動 している。
た とえば、重松恵子氏 は広義の初潮説を とりな が らも、 もはや初潮 自体の衝撃 にふれ ることはな い。ひ とえに、「自己の運命を知 ること」が美登利 に大きな衝撃を もた らした とす る。「美登利が成年 を迎え得意先に挨拶廻 りに行 った ことだ けは確か な よ うである」が、それが 「彼女に とって、『憂 く 恥か し』い事、『顔 の赤む』事であったのは、今の 美登利が以前 とは違い、成年の 『意味す るもの』
が何であるのか、『彼女を待 ち うけている役割』が どんな ものであるか を知 ったか らに他な らない。」
「遊女の実質の意味を教 え られた」 。 「通常な らば 祝 うべ き大人の徴が、遊女 となる少女に とっては 残酷な運命の始ま りとなるのである。美登利の よ うな境遇にある少女に とって、初潮の意味は通常 よ りも重いはずである。」「突然に始 まる初潮」が 契機 とな り、「終局に於いて、唐突に自己のおかれ た状況の意味を知ることこそ、悲劇たる理由があ るのである」 と述べている6)。
また、佐多説‑の反論 として、初潮を迎えた こ とを祝 う 「成女式」の場で、美登利が 自分を待 ち うけている役割をほのめか されたか、あるいは彼 女 自身 「成女式が意味す る ものを、重い手応えで うけ とめたにちがいない」 とす る前 田愛氏の見解 や 7)、関礼子氏の、「成女式」が行われ 「大黒屋の 主人か ら遠か らず 『初店』の 目が訪れ ることが告
知 された」 とす る見解8)。初潮 を迎えた美登利は、
「島田髭を結い盛装 して吉原遊廓でお披露 目をさ せ られている。 この晴美登利は初めて遊女 になる べき運命 とその辛 さを身体的に感 じ取 ったのであ る。」とす る山田有策氏 の見解 も同様である9)。初 潮 を契機 に、その時は じめて、美登利は娼妓をめ ぐる苛酷な現実を直視せ ざるを得な くな った と主 張 されている。
《契機 としての初潮説》に共通す るのは、教 え ら れたにせ よ気づいたにせ よ、現実に 目覚めるまで 美登利は無垢であった とす ることである。《水揚げ 説》 も含めて 「たけ くらべ」が論 じられ る際、頻 繁 に用い られ るレ トリックであるが、変貌の大き さに見合 うだ けの、 ドラマチ ックな内面的落差 を 読 もうとす る。つま り、 日常的に 「姉の もと」に 出入 りを しなが らも、客が娼妓に何 を求めている か知 らない無邪気な く少女)・美登利が、現実の醜 さを直視せ ざるを得な くなった時、その純心 さゆ えによ り大 きな衝撃 を受 けた と説明す るわけであ る。
さらに、も う一つの特徴 として、(論者 自身が初 潮説 を標梼す る以上 当然ではあるが)現実に 目覚 める前提 として、初潮が絶対に必須 と考え られて いることがあげ られ る。その意味で依然、初潮は (子 ども)期の終鳶 ‑ 「成人」を意味す る もの と して扱われている。初潮 を迎え (大人)になった ことを契機 として、美登利の辛い人生が実質的に 始 まる と考 え られている点がポイ ン トである。
しか し、 ここにはい くつかの問題点がある。ひ とつは、本 当に、美登利はその 日まで娼妓の現実 に気づいていなか ったのか とい うことである。変 貌 までは無垢 とい う立場の根拠 となるのは、つぎ のよ うな一節である。
美登利の眼の中に男 といふ者 さって も伯か ら ず恐 ろ しか らず、女郎 といふ者 さのみ膿 しき 勤め とも思 はねば、過ぎ し故郷 を出立の当時 ないて姉をば送 りしこと夢のや うに思 はれて、
今 日此頃の全盛 に父母‑の孝養 うらやま しく、
お職を徹す姉が身の、憂いの愁 らいの数 も知 らねば、 まち人恋ふ る鼠なき格子の呪文、別 れの背 中に手加減の秘密まで、唯お もしろ く 聞な されて、廓 ことばを町にいふ まで去 りと は牡か しか らず思‑ る (八)
た しかに、 これ を見るかぎ り、娼妓 として生き ることが、現実に どれほ どの苦痛を当人に強いる か、美登利 には見えていなか った と考えざるを得
売 られる娘の物語‑ 「たけくらべ」試論‑
ないO幼 さゆえに、身売 りを孝行 として肯定す る 世間の価値観 に疑いを持たず、 自分 も売れ っ子娼 妓である姉のよ うにな りたい と無心に願 っていた と読める。 しか し、 この よ うな認識のままで、美 登利が三の酉の 日を迎えた とす るな ら、夏祭 りの 際、長吉の蔑みに彼女が傷つ き、激 しく反摸 した ことや、十二 ・十三章で美登利が、信如に受 け入 れて もらえなか った ことに深 く傷ついたであろ う ことな ど (彼女はそれ を、娼妓 になるべ き娘 とし ての、 自分の属性ゆえの拒絶 と理解す る しかなか ったであろ う)、 「たけ くらべ」の展開その ものの 意味がな くな って しま うのではないだ ろ うか10)0 美登利は人形ではない。彼女が変貌 まで一貫 して 娼妓の現実に無 自覚であった とい う把握 には、筆 屋の騒動以来、彼女が経験 したであろ う他者 との 葛藤が まった く反映 されてお らず、不 自然である。
七章 冒頭に示 されているよ うに、「龍華寺の信如、
大黒屋の美登別」を好一対 として提示 しよ うとす る語 り手の意図をふ まえるな ら、美登利の説明に
のぶゆ き
あて られた八草 と、信如の説明にあて られた九章 は対の関係をな してお り、 ともに物語開始以前の 彼 らの人 とな りやその環境 の説明にあて られてい る と考えるべきである。「たけ くらべ」二〜十三章 に展開す る ドラマ (四月末か ら十月末頃までを物 語の時間 とす る) とは、先の引用のよ うに無邪気 な認識 を有 していた美登利が、他者 との葛藤 を通 じて、みずか らの娼妓観 を決定的に変容 させ る過 程を描いた ものだ。娼妓の現実をすでに自覚 して いた美登利の身の上に、三の酉の 目、 さらに何か が起 きたのである。
さらに、 よ り重要な問題 として考 えなければな らないのは、本 当に美登利は、初潮 を迎 えるまで は 自由なのか とい うことである。個人差 も大き く、
いつお とずれ る ともしれない初潮 に左右 され得る ほどに、美登利の猶予期間の終鳶が フレキシブル である とは、私 には考 え られない。た しかに、美 登利の両親が生活に困っていない ことは、彼女が 潤沢な小遣いをほ しいままに浪費 していることか らも明 らかだ。その限 りでは、初潮前の美登利が 自由を うばわれ る とい うのは不 自然に感 じられ る か もしれない。 しか し、それな らば他の娘達は ど うだ ったであろ うか。近世 の禿や近代における娼 妓見習 (豆)の存在 を例 にだす まで もな く、娘達 は年齢 に関わ りな く、親の事情に応 じて売 られた のではなか ったか。
ここで、公娼制の特徴 について、い くつかふれ
15 ておきたい。
藤 目ゆき氏 によれば、 日本近代の公娼制度は欧 州の公娼制度をモデル とし、近世の員売春制度を 再編成す ることによって成立 した。その特徴 とし ては、「強制性病検診制度」や 「人身売員否定の名 目にたって、娼妓の 自由意志による 『購業』を国 家が救貧のために とくに許容す る とい う欺臓的偽 善的な コンセプ ト」があげ られ る とい う11)。人身 売員については、明治五年七月のマ リア ・ルーズ 号事件をひ とつの契機 として出された、いわゆる
「娼妓解放令」(「太政官達第二九五号」明治五年 十月二 目) と、ついで九 日に司法省か ら出 された 達第二二号 (いわゆる 「牛馬 き りほどき」)によ り 禁止 されたが、あ くまで もそれは人身売買の禁止 であって買売春の禁止ではない。東京府では、太 政官達の二 日後の十月四 日には人身売買厳禁に関 す る東京府令 (第七〇四号)が出 され、「今後 当人 ノ望 ミニ ヨリ遊女芸妓等ノ渡世致 シタキ者ハ夫々 吟味ノ上可差許次第モ有之候」 とある。 また同八 目には、遊女屋は貸座敷 とし、遊女 ・芸者 ・貸座 敷 とも印鑑 を もって願い出るよ う通達が出 されて いる (第七〇七号)12)。以降、本人の 自由意志によ る売春 とい う建前が貫かれ ることになるが、い う まで もな く、前借金による人身の拘束は続いてい く。
東京府における貸座敷 ・芸娼妓に関す る法令の 変遷 をま とめる とつぎのよ うになる。明治六年十 二月十 日 「貸座敷渡世規則」・「娼妓規則」・「芸妓 規則」制定、同九年二月二四 日 「貸座敷規則」・
「娼妓規則」改定、同十五年十二月二七 日 「貸座 敷引手茶屋娼妓三渡世取締規則」改定、同二十年 五月二三 日 「貸座敷引手茶屋娼妓取締規則」改定、
同二二年三月二七 日同規則改正13)。
この うち、娼妓の年齢制限 ・鑑札に関す るもの としては、明治六年十二月十 日 「娼妓規則」には じめて、「第一条 娼妓渡世本人真意 ヨリ出願之者 ハ情実取礼 シ候上差許 シ鑑札可二相渡一。尤十五 歳以下之者‑ハ免許不二相成‑候事。」と定め られ た。ついで、同九年二月十七 日、貸座敷 ・娼妓‑
の免許交付事務が東京府 よ り警視庁の管轄に移 さ れ た の に ともな い、同二 四 日 「娼妓 規 則」には
「娼妓 トナ ラン ト欲スル者ハ、現住籍ノ戸長奥印 ヲ以テ警視庁‑願出可 シ。詮議 ノ上免許鑑札可二 下渡一事。」とある。 同十五年十二月二七 日 「貸座 敷引手茶屋娼妓三渡世取締規則」では 「第三十条
(つと)
娼妓ノ願書ニハカメテ其実情 ヲ詳記 シ、且寄寓
スへキ貸坐敷 ヲ定 メ、之 レ ト結約セル条件 ヲ附記 ス‑ シ。警視庁ハ其願意及 ヒ身体審査 ノ上許否ス
‑ シO」となっている。同二十年五月二三 日 「貸座 敷引手茶屋娼妓取締規則」では 「第六条 娼妓 タ ラン トスル者ハ願書二其実情 ヲ詳具 シ、父母及 ヒ 諺人二名並二寄寓スへキ貸座敷主 卜連署 シ、其等 格揚代金及 ヒ結約条件 ヲ附記 シ、籍面 ヲ添‑取締 加印ノ上、区長又ハ戸長ノ奥印ヲ受ケ警視庁二願 出、免許鑑札 ヲ受 ク‑ シ。警視庁ハ其願意及 ヒ身 体 ヲ審査 ノ上許否ス。但 シ十六歳未満 ノ者ハ娼妓 タル コ トヲ得ス。」となる。同二二年三月二七 日の 改正では、 この点に関 し大きな変更がない。
つま り、東京府に関 しては、「娼妓規則」制定 当 初は満十五歳 よ り娼妓 としての鑑札を受けること ができたが、明治二十年 よりそれが満十六歳以上 にな った とい うことである。その後、内務省が全 国一律に娼妓取締 りを行 うことにな り、明治三三 年十月二 目に 「娼妓取締規則」を制定 して 「第一 条 十八歳未満 ノ者ハ娼妓 タル コ トヲ得ス」 と定 めることになる。
ところが、山本俊一 『日本公娼史』(中央法規出 版、一九八三 ・三)によれば、 「どの府県の取締規 則に も年齢制限が布かれていたが、それ を何歳に す るかは一定せず、一二歳か ら一六歳にまで分か れていた」 とあ り、申請の許可 され る年齢 を、十 二歳以上 とす る宮城県 「娼妓規則 (改正)」(明14)、 十三歳以上 とす る岡山県 「娼妓規則」 (明10)、十 四歳以上 とす る愛知県 「席貸茶屋娼妓取締規則」 (明17)の例があげ られている。東京では当初、
満十五歳 よ り娼妓 として正式に鑑札がお りた と知 るだ けで も少なか らず驚 くが、 これ らの例 を見る かぎ り、年少者のセ クシュア リテ ィの保護 とい う、
我々か らすれば当然 とみな され る観点は、娼妓に 関 して必ず しもあてはま らない とい うことがわか る。幼 くして売 られた娘が、はや くに客を取 らさ れ る状況 を無視できないか らこそ、行政は一定の 年齢制限を設 けて これを規制す るのであるが、十 二歳になれば もはや問題はない とす る県す らあっ たわけである。前借金に しぼ られ、初潮前であっ た として も鑑札がお り次第、勤めに出なければな らない女性が少なか らず存在 したであろ うことを 想 うべ きだ。 きれい ごとでは済まされない事態が、
当た り前の こととしてあった とい うことに衝撃を 受 ける14)0
初潮説には、初潮を迎え (大人)にな らなけれ ばセ ックスができない‑娼妓になれない とい う大
前提がある。だが、そのよ うな認識は、あま り現 実的な もの とはいえない。た とえば現在、東南ア ジアにおいて、児童買売春が公然 と行われている とい う事実に 目を向けるべ きだ ろ う (毎年推定一
〇〇万人の以上の子 どもが商業的性的搾取にさら されている といい、 日本 も員春加害者の送 り出 し 国である)。一九九六年八月、ス トックホルムで開 催 された 「第‑回子 どもの商業的性搾取に反対す る世界会議」 (日本を含めた一二二カ国の政府 ・二
〇の国際機関 ・多数のNGOが参加)では、全世 罪‑ 向けて、子 ども買春 ・子 どもポルノ ・性 目的 の人身売買根絶のための国際運動が強 く訴え られ ている15)O極端な議論 に聞 こえるか もしれないが、
未熟な性 を守 らねばな らない とい う発想が、絶対 的な ものではない ことを理解す る必要があるのだ。
初潮を迎えるまで、美登利は娼妓の世界‑の参入 を猶予 されている との前提には、再考の余地があ る。
成女式について も確認 しておきたい。八木透氏 によれば、「女子の成人儀礼すなわち成女式は、一 般 に男子 と較べて明確な儀礼を ともなわない場合 が多 く、 よって これ までに報告 された事例 もさほ ど多い とはいえない」が、傾 向 としては、「成女式 は、婚姻の資格 を得た ことを周囲に披露す る目的 が顕著にあ らわれ る」 とい う。成女式の形態 とし
か ね
ては、‑ コ (女子の場合は腰巻)祝いや鉄渠つ け といった 「身体服飾変化型」や 「擬制的親子関係 の締結型」、寝宿 (娘宿)‑泊 ま りに出る 「外泊 型」、「初潮祝い型」な どがあ り、「十三歳や十五歳 とい う実年齢を基準 として行われ る場合 と、実際 に初潮があった時に行われ る場合 とがある」 とい う。「近い将来の婚姻 を前提 として行われ る場合が 通例である」成女式が初潮 と深い関わ りを持つ時 期に行われ ることは、初潮が、妊娠 .出産が可能 であることのひ とつの 目安にな り、婚姻の有資格者 であることのあか しと見な され るか らであろ う16)0
(子 ども)/ (大人)の分節点に成女式を置 く前 田愛氏や関礼子氏 の見解は、その限 りにおいて妥 当性 を持つ。
ところが、成女式が妊娠 ・出産可能な身体の獲 得を祝い、婚姻の資格が整 った ことを共同体内部 に示す儀礼であったのに対 して、娼妓が、初潮を 祝 う必要があるのか とい う疑問がある。残酷な言 い方ではあるが、商品 として妊娠 しない ことが必 須であった娼妓に とって、月経は仕事の妨げ以外 の何 もので もない。 さらに、「紀州」か らの転入者
売 られ る娘の物語一 「たけ くらべ」試論‑
である美登利が、共同体の成人儀礼である成女式 を祝 って もらう可能性がない ことを確認 しておき たい。少な くとも、共同体の成員ではない美登利 の変貌 に、成女式を持 ち出す ことには無理がある。
4
佐多氏の主張 した 《水揚げ説》 は本来、"(子 ど も)が (大人)になる物語" とい う枠組みの呪縛 か ら 「たけ くらべ」を解 き放つイ ンパ ク トを持つ ものであった (佐多説では 「初店」の語が用い ら れた ものの、内容 としては水揚げを指す と考 え ら れ るので、水揚げの語で統一す る)。長年 「たけ く らべ」を縛 り続 けてきた 「成熟」 とい うテーマを 解体 し、それ にかわ って暴力 とい う生々 しいテー マを浮上 させた こと。そ こに、佐多説の重要な意 義がある。
美登利に とっての水揚げ、それはまさしく強姦 と呼ぶべ きものだO十四歳の少女に対 し、(両親や 楼 主か らどれ ほ ど因果 を含 め られ ていた として も)その意 に反 した性的な暴 力が加 え られたので ある。美登利がそれ まで処女であった として も、
そのよ うな経験 を誰 も、「成熟」のステ ップのひ と つ と位置づけることはできないはずである17)。
そ して、例外はある ものの、《水揚げ説》を とる な らば初潮 とい う契機 を問 う必要がない。いつ美 登利が初潮 を迎 えたか とい う問題 ‑ それ は、
「成熟」 とい うテーマ と密接にかかわる問題であ る‑ が、「たけ くらべ」の解釈にかかわ って こな くなるのである。た とえば、榎克朗氏 は 「私 とし ては、それは何時であって もいい と思 う。極論す るな らば、彼女が まだ初潮を見ていなか った とし て も不都合ではない」と述べ、「源氏物語」か らの 連想か ら 「少女凌辱」の暗示 をそ こに見る18)。西 川祐子氏 の指摘す るよ うに、 「性が商品 として扱 われ る場合、売 り主は初潮 をみて商品の成熟を確 認す る必要はない。」「未成熟のまま うけた陵辱が、
気性の勝 った少女の性格 を変 えた」 とい うよ うに 読む ことも可能である19)。実際に、北川秋雄氏 の 調査によれば、佐多氏 自身 も 「美登利のために」
(前 田愛)に対す る反論のための控 え帳に、「初潮 があったか ら 『水揚げ』とい うことも聞いた こと な し これ も関係ない と見て よ し む しろ男は そんな ことのない少女に高価な ものを見ていたか もしれぬ」 との メモを残 していた とい う20)。水揚 げの前提 として初潮が不可欠だ との立場を とる と
して も、それな らば、美登利は十四章以前ですで
17 に初潮を迎 えていなければな らず、それが何時か を特定す ることは困難 になる。物語の開始以前に 初潮 を迎 えていて も問題はない。いずれ にせ よ、
"(子 ども)が (大人)になる物語"とい う 「たけ くらべ」把握の枠組みは大き く揺 らぐことになる。
ただ し、注意 しなければな らないのは、水揚げ を、たんなる処女喪失 ととらえてはな らないこと だ。それ を処女喪失 と名づ けた場合、大部分の女 性が経験す る、ひ とつの重要な通過点 として普遍 化 され、ふたたび 「成熟」 とい うテーマが浮上 し かねない。そ うい う意味で、「初店 も水揚げ も端的 には 『処女喪失』を意味す るわけであるが」 とい うよ うに、佐多説のポイ ン トを処女喪失に置 き換 えた関礼子氏の見解は誤 りである21)。また、「この 目の美登利に 『ゑ ゝ厭や厭や、大人に成 るは厭や な事』 と嘆かせ もする 『憂 く恥か しく、つ ゝま し き事』が、テキス ト全体の指示す る方向に照 らし て も、十四才の少女の心理に照 らして も、(性)に かかわる (何事か)であることだ けは動かない」
とい う蒲生芳郎氏の断定が象徴的に示 しているよ うに22)、それぞれの論者が 「(性)にかかわる (何 事か)」以外 に、 (少女)の身の上にあのよ うな劇 的な変化を引き起 こす ことはできない と考 えてい る とすれば問題である。(少女)とい う記号に、ス テ レオ タイプな意味を押 しつけ、その 「成熟」を 描いた物語 として 「たけ くらべ」を見るか ら、初 潮か処女喪失 しか、変貌の契機が思い当た らない のである23)O
ところで、水揚げが行われた とすれば、た しか に衝撃的であるには違いない。だが、 これ までた どってきた議論には、ある重要な観点が抜 け落ち ている といわ ざるを得ない。それは、美登利が吉 原 とい う場所の娼妓 ‑公娼になる とい うことであ る。論争 を概観 しなが ら気づいた ことは、当時一 般 にどの よ うなプ ロセスを踏んでひ とりの女性が 公娼になるのか とい う、最低限ふ まえてお くべ き 事実が暖味なまま議論が交わ されていることであ る。吉原で娼妓 になる とは どのよ うな経験の謂か、
それぞれの論者は、歴史的事実に即 した具体的な イ メージを持 っているのだ ろ うか。
5
た とえば、変貌以前の美登利は どの よ うな立場 におかれていたのか。彼女が大黒屋の養女 (いわ ゆる 「一生不通養女」)でないことは三幸に書かれ ている し、た とえその名が近世の禿 を想起 させ る
ものだ として も、本文の記述を見るかぎ り、美登 利は両親の もとで 自由な時間をす ごしていた と考 えるほかない。だが、近い将来、水際だ った個性 を持つ美登利が娼妓になることは、大音寺前に暮 らす人び との多 くが知 っていた。 また、姉の大巻 の よ うな素晴 らしい娼妓になるであろ うと無責任 に期待 され ている。子 ども達 までが彼女を 「買ひ に行 く」 目を心待ちに しているのである。
したが って、三の酉の 目を境に して、美登利の 立場に何 らかの変化があった とすれば、それ まで 自由な子 どもとして気ままに暮 らしていた彼女が、
娼妓にかかわ る何 らかの立場に一歩足を踏み出 し た ととらえて よいのではないか。そ うい う意味で、
「美登利は姉の大巻 を誇 りに している娘だが、そ の彼女の上に もい よい よ姉 と同 じ現実が別橋 を渡 った 目に襲 ったのである。美登利はそれ を我が身 の上で経験 した時、初めて彼女はそれ を憂 きこと と知 ったのだ とお も う。美登利の急にお とな しく な ったのはその恥か しさだ った。」 とい う佐多氏
(前出)の見解は、過不足な く事実を言い当てて いる と思 う。ただ し、肝腎の 「姉 と同 じ現実」 と は何か とい う点において、私の結論は異なる。
美登利の姉の大巻が、「身売 り」によって親元を 離れ、吉原にや ってきた ことは 「たけ くらべ」に 明示 されてお り、やがて美登利 も同 じよ うな行路 をた どることは明 らかである。私は、水揚げ も象 徴的意味を持つであろ うが、何 よ りも、娘達が最 初に直面す るのは 「身売 り」 とい う経験だ った と 考える。姉同様、親に売 られた時点か ら、美登利 の生活は一変 し、娼妓 としての現実が迫 って くる。
彼女は親に売 られた時点で、 自分を取 り巻 く世界 が大き く変わ った ことを理解 し、 自分が 「女郎」
‑ 「乞食」 と呼ばれ蔑 まれ るべ き存在になった こ とを実 感す るので はないか。そ の 日、美登利 の
「上に もいよいよ姉 と同 じ現実」が襲 ったのであ る とすれば、それはまず 「身売 り」 とい うもので あったはずだ。公娼にせ よ私娼にせ よ、買売春の 場 とい うものが実質的な人身売買を前提 に成 り立 っていた ことに留意すべ きだ。
誤解を避けるために付言すれば、この場合の「身 売 り」 とは、性 を商品化す る とい う意味ではない。
先行研究においては しば しば (佐多氏 も含めて)、
「身売 り」・「身を売 る」 とい う表現 を 「客 と性交 渉を もつ」 とい う意味で用いているが、当時の吉 原において、美登利の性のみが商品化 され る とい う状況を想定す ることは現実的ではない。 したが
って、"美登利の親が娘 に身体 を売 らせ る" とい う表現は、美登利の性のみが商品化 され るよ うに 感 じられて しまい、現実 と敵酷をきたすだ ろ う。
また、"美登利が身体を売る"とい う表現 も不適切 である。そのよ うに表現す る と、人身売買 と性 の みの商品化 との区別が暖味になる し、娼妓稼業が 彼女の主体的な選択であるかのよ うに とられかね ない24)0
美登利の親は、娘の人身ない しは人法的支配権 (住替権や身請 ・縁付 の権利、死後の処置権な ど) を大黒屋に売る。娼妓になる とは、その よ うな経 験の謂いである。前借金に しぼ られた、実質的な 人身売買 とい うべ き娼妓稼業契約、 もしくはいわ ゆる 「一生不通養女」 (実親 との縁 を完全に断 ち、
樽代 とか養育料 と称す る対価を支払って養女 とす ヽ
る一種の人身売買)契約が、親 と楼主のあいだで 結ばれ ることが、美登利に とって娼妓‑の最初の 一歩 となる。彼女 自身は契約 の主体ではない25)0 娼妓 とは、すべて売 られた娘達である。娼妓の 世界に足を踏み入れ る とい うことは、ひ とえに人 身の問題である。あるいは、人 としての尊厳 にか かわ る問題 といって もいい。牧英正氏によれば、
徳川 「幕府が くりかえ し出 した人身売買禁止令は 徹底 した もので、譜代の下人 とよばれた奴隷的身 分の存在に重大な打撃 を与えた。 これ とな らんで、
商品生産 の発展 と貨幣経済の浸透が一般の奉公形 態を変 えることになる。概 していえば、一般の奉 公関係は、身分的な奉公契約か ら債権的な雇用契 約‑ と推移す る。 こ うして人身売買の系譜 を もつ 奉公形態は、主 として遊女や飯盛女等の直接生産 に関係の少ない、雇用制度発達の主流か らそれた 袋小路の問題 となる」26)Cそのよ うな奉公形態は、
明治以降 も引き継がれてい く。三幸であげた藤 目 ゆき氏 の見解 とは別に、早川紀代氏は、 日本近代 公娼制の最大の特色 として、「集娼地域で、父親の 同意 (申請理由の大多数は家の貧困のためである か ら、 この同意は親 の強制が くわわ っている と考 え られ る) による前借金を、人身の拘束を うけて お こな う売春 によって遊廓業者に返済す ることを 公認 した こと」 をあげている27)。 また、一九三五 年三月二二 日 「第六七回帝国議会衆議院 衛生組 合法案外四件委員会」において、「従来娼妓 と云ふ 者が一片の内務省令で取締 られて居 った所のもの を、改めて法律化 しよ うと云ふ趣意」で提出 され た 「娼妓取締法案」審議の場で、法案提出者の一 人である高橋熊次郎委員 (衆議院議員、政友会)
売 られる娘の物語‑ 「たけくらべ」試論‑
はつぎのよ うに述べている。
前借 を以て娼妓を縛 る と云ふ けれ ども、前借 のない ものは内規の上で許 さない ことにな っ て居 ります、法令の表に於きま しては何等、
前借がなければ娼妓貸席を許 さない と云ふ こ とにはな って居 りませぬ、併なが ら家庭 の貧 困の為に身を沈める と云ふのが精神にな って 居 ります るか ら、随て前借金がなければ娼妓 貸席を許 さない と云ふや うな不文律 とも申す べきや うな内規的の事情があるのであ ります、
法令の下に於ては決 して前借がなければ娼妓 稜は出来ない と云ふ ことではないのですが、
警察の方の取扱の上、手続の上に於て、前借 がなければ云々 と云ふや うな慣習にな って居 る と私共は承知致 して居 るのであ ります28)
葛城天華 ・古沢古堂 『吉原遊廓の裏面』 (大学館、
一九〇三 ・六)29)には、 「彼等が娼妓 となるべ き順 序」が記 されている。それ による とまず、身売 り の際は女街 ・判人が楼主 との間を取 り持つのが通 例であるが、 (美登利の姉の場合のよ うに) 「楼主 自身田舎なぞ‑買出 しに行 く事 もあ」 り、話 しが ま とまれば、「手附金 として全額の半分又は三分の 一を親元‑渡 し、其娼妓 となるべき女を自己の楼 に連れて くるのである。然 して当分の間は見習 と して雑事に追使はれ、絶 えず楼主 よ り娼妓 となっ ての心得を説 き聞 され る、で契約の当時には (中 略)詔書を本人及親元の連署 にて楼主に差入おき、
然 る後娼妓営業許可願 を本人 と楼主 との連署 を以 て是に親々の承諾書を添‑所轄警察署 に願出るの である、所轄警察署は本人に対 して、一応形式上
かね
説諭 を加‑ るけれ ども、そは予て楼主側 よ りか う い‑ばあ ゝい‑、あ ゝい‑ばか うい‑ と教 られて
やむ
あるので其通 り答‑ るか ら、止な く身体の健康診 断を行ふて差支‑なき ものな らば、直ちに鑑札を 下付 され る」仕組みになっている とい う。あるい はまた、昭和期 の吉原のあ りさまを記 した、福 田 利子 『吉原は こんな所で ございま した』(現代教養 文庫、一九九三 ・七)によれば、身売 り‑吉原行 きの話 しが ま とまる と、まず周旋人か ら貸座敷‑、
娘の身柄 とともに、親の承諾書 ・戸籍抄本 ・身売 りの理 由書が渡 され る。それ らの書類に間違いが ないか地元警察 に照会 され確認 され る と、本人が 吉原病院で健康診断を受 け、写真をつ けた許可願 に、先ほ どの書類 ・健康診断書を添えて 日本堤警 察署に届 け、その許可がお りては じめて娼妓にな
ることができた とある。
19 実際 に、『毎 日新 聞』に連載 され たルポル ター ジュ 「社会外之社会」 (一九〇〇 ・三 ・七〜十四) には、父の病 中、継母によって売 られた十二歳の 娘が翌年、吉原遊廓か ら逃れ 自由になるまでの経 緯が記 されている。彼女が六年年期 ・十 円で売 ら れた妓楼 には、他に も三人の娼妓見習がいる とい う。幸い彼女は、逃れ来た先の毎 日新聞社が前借 金を返済す ることで 自由を得たが、記事は 「読者 諸君 よ、此の少女の語 る所を聞け、斯 る清浄無垢 の少女をば僅かに十円、十五円の金に員ひ取 りて 牛馬の如 くに使ひ廻 し、十六の春の来 るを待って、
の
之を娼妓の名簿 には上ぼすな り、此時是等の少女 は種々の名称の下に数百円の虚偽の借金を負はせ ら」れ、重い負債のために一生を犠牲 にする者が 多い と訴 えている30)。 さらに、論争以降 しば しば 参照 され る、森光子 『光明に芽 ぐむ 目 (初見世 日 記)』(文化生活研究会、一九二六 ・十二) もやは
り、冒頭で彼女の身売 りの経緯に紙数 を費や し、
営業までの手続 きを具体的に記 している31)。 これ らか らも、まずは じめに身売 りがあ り、その後、
公娼の場合は (年齢制限未満の場合には、一定の 年齢に達 してか ら)定め られた手続きにのっとり 営業許可申請のお こなわれた ことが理解できる。
水揚げはそのつぎ とい うことになる。十四歳で売 られた美登利 も、同様 の道 を歩むほかない。
た しかに、芸娼妓の 自由廃業 とい うことはあっ た。だが、「芸娼妓契約 についての大審院の支配的 見解は、最 も簡略化 して述べれば、芸娼妓稼業契 約は稼業契約 と前借金契約 とのそれぞれ別個独立 の二個の契約か らな り、債務弁済方法 としての前 者がた とえ公序良俗 に反 して無効であって も、 こ の ことは純然たる金銭消費貸借契約である前借金 契約 には何 らの影響 も及ぼ さない」 とい う二元論 的構成を採 っていた32)。つ ま り、芸娼妓 をやめる のは 自由であるが、前借金は返 さなければな らな い とい うことである。前借金に拘束 された芸娼妓 ・ 酌婦の人身売買的な稼業契約が、最高裁判所の判 決によって完全に無効 と宣言 され るのは一九五五 年十月七 日の ことである。美登利はこれか ら、前 借金返済のため果て しない時をす ごす ことになる。
美登利の強い られた生は苛酷だ。彼女が売 られ るのは 「運命」ではない。両親は、現在の安定 し た生活をさらに この先 も確かな もの とす るため、
美登利を売 るのだ。姉娘 を買いにや ってきた大黒 たつき
屋楼主の誘いに応 じ、「此地 に活計 もとむ とて」や ってきた時点ですでに、両親 と楼主のあいだで、