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漢語放言史の不連続性 : 中国語言語地理学序説

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漢語放言史の不連続性 : 中国語言語地理学序説

著者 岩田 礼

雑誌名 人文論集

45

2

ページ A43‑A77

発行年 1995‑01‑31

出版者 静岡大学人文学部

URL http://doi.org/10.14945/00008921

(2)

漢語方言史の不連続性*

一一 中国語言語地理学序説 一―

1.グロー タース論 文集 の意義

『中国の方言地理学のために』(好文出版,1994年9月 、以下『論文集』と呼

)はW.A.グロータース神父の中国時代(1939‑1948)の主な著作 を選 んで翻

訳、編集 した ものである(岩田礼・ 橋爪正子共訳)。 この仕事 は私 に とって十年 来の懸案であったので、今 それがやっ と実現 して感慨無量である。ち ょうど時 を同 じくして、グロータース神父の輔仁大学での教 え子であった王輔世教授(中 国社会科学院民族研究所)が来 日され、神父の指導 になる修士論文『宣化方言地 図』(1950年 5月 提出)が出版 されたの も(東京外国語大学 アジア・アフリカ研究 ,1994年9月)、 タイム リーで、喜 ばしい。なによりもグロータース神父 と王 輔世教授が これ まで健康 を保たれ、私 との出会い と学習の機会 を作 って下 さっ た ことに感謝 している。小論 は両先達の著書の出版 を記念 して執筆す る。

今世紀 にお ける中国語の歴史的(通時的)研究の流れを決定づけることになっ たのは、前時代(清)の考証学者たちが行 った文献研究 と今世紀初 めにカール グレン(Bo Karlgren)が その基礎 を築 いた比較言語学的研究であるP比較言語 学 は言語史 を明 らかにす るための最 も有効 な方法の一つであるが、本来 これを 補 うべ き方法 として言語地理学がある。 補 うアといったが、思想的には両者 は 対極 にある。前者が 音韻法則(Somd law)"な る表現 に集約 された ような言 語史 の規則性、連続性 を主張す るのに対 して、後者 は不規則性、不連続性 を主

*小論は 第 4回漢語史研究会"(1994年 5月 30日;青山学院大学青山校舎)における発表原稿 に加筆 したものである。会の主宰者である遠藤光暁氏 をはじめ多 くの方にご意見をいただい た ことに謝意を表 したい。また同僚の山口幸洋、川口裕司両氏か らは日本語やフランス語の諸 現象について多 くのご教示 をいただいた。小論はこのお二人 と進めた平成 5年度科研費一般 研究C(萌芽的研究)「対照言語地理学の試み」(課題番号05801069)の成果の一部である。

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張す るか らである(「各語 はそれぞれ固有の歴史 を有す る(Each word has its

owll history)」 )。 い うまで もな く後者 は前者 に対す る批判 と反省の中か ら生 ま れた。19世紀末の西欧で誕生 した言語地理学 は日本 と中国 にほぼ同時期 に伝 え られ、紹介 された(『日本の方言地理学のために』平凡社,1976,p.235‑6,『 文集』p.25,p.43訳5)。 上記グロータース・王輔世の研究 は中国でそれを実 践 した先駆的な試みであった。 しか し言語史の不規則性、不連続性 と各方言の 独 自性 を主張す るこの学問 は、様々な理 由に因つて この国 に根付 くことが な かった :国 土の広 さ、前時代 か らの学問的伝統の重み、そして政治的状況。マ ルクス主義 と同様、生物学的モデルに着想 した比較言語学が容易 に受 け入れ ら れたの とは好対照であろう。言語地理学 は皮肉にも、戦後 グロータース神父 と 伴 に中国 を離 れて日本 に渡 り(1950)、 すでに柳田国男 『蝸牛考』(1927)を晴矢 として研究の素地 を形成 していた 日本の研究 に決定的な影響 を及ぼし、『日本言 語地図』(1966‑1974)と して結実す ることになった。無論、戦後中国の方言研究 も独 自の発展 を遂 げている。 しか しその代表的成果の一つである『中国語言地 固集』(1987,Hongkong,Longman)は 方言区画地図"であって、『日本言語

地図』 との問題意識、手法の違いは誰 の目に も明 らかである。言語地理学が言 語史 を明 らか にするための普遍的な方法であることは、欧米や 日本の経験 に基 づいて明 らかであるにもかかわ らず、中国ではその意義が現在で もほ とん ど認 識 されていない。一方北米では、中国語方言の研究か ら生 まれたWo Wang(王 士元)氏らの Le対cal diffusion(語彙拡散理論)"が、音声変化 を(さ らに近年 では文法変化 な ども)説明す る 普遍的理論"と して影響力 をもつに至 っている。

しか しなが ら、それが真 に 普遍的有効性"を有す るか否かは、 よ り普遍的な

方法"である言語地理学 による検証 を俊たねばならないだろう。

極東 に辿 りついた言語地理学 を、中国語の領域で再生 させ るための基礎作業 を行 う場 として組織 したのが、科研費総合研究(A)「漢語諸方言の総合的研究」

(1989‑1992)であ り(報告書3冊,1992年発行)、 その理論的根拠 を示すために 行 ったのが、『論文集』の訳業であった。「訳者 あ とが き」で述べた ように、『中 国の方言地理学のために』なる書名か ら大方が想像 されるの とは異なって、私 自身 は本書 によって中国の研究 に対する直接的な影響 を意図 した訳ではない。

それは してはいけない こと"である。私達がで きることは、今進 めている研 究 によって真理 を明 らかにす ることである。しか し訳業 を終 えて痛感す るのは、

私 自身が地理学的方法 についての勉強が足 りず、 これ まで発表 した論文で も諸 現象の理論的位置づ けが不十分であつた ことである。 また 日本の中国語学会で

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も、方言地理学 といった ら、周圏分布、ABA分布 くらいしか想起 されないの で はないか、 との思いがある。

柳 田国男の『蝸牛考』では周圏論が作者の方言 に対す る 思想"になってい

る。 しか しそれが一旦作者の手 を離れ ると、それは方言地図を解釈する 一つ の方法"にす ぎな くなる。少な くとも私 にとってはそうである。Wellentheorie"

は現在で も様々な形で生 きているのだが(例えばM.Hashimoto  Hakka in

Wellentheorie perspective"Journal of Chinese Linguistics,20‑1, 1992)、   語地理学の 思想"とその成果 は、周圏分布・ABA分布 にとどまるものでは ない。実際 グロータース神父や ジ リエ ロン(J.Gilliёron)の 作 品 を読 んでみ る とぞ周圏分布・ABA分布が明確 な形で定式化 されている訳ではない ことがわ か るPそこで手始 め として、小論ではグロータース神父の主張 に従 って、私が 江蘇省東北部地域 な どで得た知見 を整理 してみたい と思 う。 日本語方言の研究 者 な どに とっては「 なにをい まさら」 と思われることばか りだろうが、中国語 研究ではこのような基礎研究が従来皆無であった。

最初 に『論文集』か ら、中国 に於 ける言語地理学の 思想的意義"について 述べた一節 を二箇所引用す る。

① 中国各地の方言 は古代以来 それぞれ独 自の発展 を遂 げて きた(p.123要 )。

②現在の中国文献言語学の誤 りは、文献 を拠 り所にする点ではな く、書き言 葉の漢字に対する語を方言に見つけようとする点にあり、それは中国語の 変化の連続性 を前提 としているからである。 しかし事実はことごとくその 連続性 を否定 している。確たる歴史的研究を築 きあげる方法は唯ひとつ、

現代方言 に裏付 けられた言語の地質的研究 による以外ないのである(p.

124)。

以下上記二点について検討するが、重点は②にある。

2.漢語方言の複層性

まず上記①の主張について簡単に説明しておく。この主張は「中国各地の方 言は祖語から直接的に派生した」とするカールグレンを始めとする歴史音韻学 者の主張と衝突する。グロータース神父は大同方言で 昨日"を表す語形、Lor

]Dε ni kЭ]を取り上げ、カールグレンが報告する「昨」[tsua]は(大同の農 民にとって)アルプス登山のガイドがイギリス人旅行者の口にする Thank

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you"を理解するような もの」とい う(『論文集』p.123)。 事実、北方方言 におい て「昨」 を用いる地点 は北京、沈陽な ど大都市 に限 られるようであ り、圧倒的 多数が「夜」(Dε]の語源だが、話者はすでに語源を意識しない)を含む語形であ

(『漢語諸方言の総合研究』第二分冊,地5)。 最近得られた天津市のデータ で も「昨」を用いる地点 はご く少数で、多 くは「夜」又 はその変異形である(『 津簡志』天津人民出版社,1991,pp.1302‑3)。 尤 も少数み られ る「昨」が河北 省の未調査(報)地点 に分布す る可能性 は充分あるが(河北省 は語彙資料が少 ない)、そ うだ として もそれは河北省方言の北方方言に於 ける特殊性 を浮 き彫 り す るだけの ことで、 これはまた別の問題 (即ち北京標準語形成の問題)に発展 す る。

もう一つ例 を挙 げよう。 祖父"(父の父)を表す語形の語幹 は全国で「爺」「公」

「多」のいずれかで、「祖父」或 いは『爾雅』 にみ られ る「王父」な ど、「父」

(又はそれか ら派生 した と考 えられ る「谷」)を語幹 とし修飾成分 を伴 う語形 はほ とん どみ られない(『漢語諸方言の総合研究」第二分冊,地6)。 まれに報告 さ れて も、資料の信憑性、或いはいかなる場合 に用い られ る語形か疑わ しい。

わ ざと問題 をず らしている、 との批判 を受 けよう。カールグレンが研究 した のは「昨」の字音であって、 昨 日"の語彙形式ではない、 と。 まさにこの点が 問題 なのだ。カールグレンは言 う、「方言 とい う用語が何 を指 しているか ここに 定義 しよう。私の念頭 にあるのは de patois"(但)、つ まり中国農村の 土話"

や社会最下層の方言ではな くて、古代ギ リシャ語方言のような方言、 もっと身 近 な例 を挙 げれば教養 ある上海紳士や北京市民 の言語 に代表 され る方言で あ る」(̀̀The Authenticity of Ancient Chinese Texts",BMFEA,1, 1929, p.

180,訳文 は『論文集』P.84脚注④)。 このような言語(方)を対象 にすれば、

カールグレンが「中国方言が601年の『切韻』の言語 と直接の派生関係 にある 断定で きた」(『論文集』p.20)の も当然である。事実「夜」にせ よ「爺」にせ よ、

字音 を調べれば、多 くの方言で中古音 と対応関係が見いだされるであろう(「爺」

は各地で不規則形が現れ ることが多いが、 これは親族称謂の体系性、小児語等 の影響 によって生 じた「音韻対応の例外」 として処理 され よう)。 では 昨 日"

や 祖父"を表わす「夜」や「爺」 は一体 どこか ら来たのか?なぜ現在北方中

国のほぼ全域 をカバーするような勢力 を得 るに至 ったのか ?こ れ らの問題 はご く少数の紳士や知識人が使 う言語 とは全 く別の位相で研究 されねばならない。

一言カールグレンのために弁護 しておけば、彼 は古代中国語 に単一の方言 を 想定 し、現代諸方言 との一対一対応 を考 えていたのではない。むしろ前掲論文

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な どで しきりに強調 しているのは、古代中国に複数の方言が存在 した ことであ り、それがマスペ ロ(Ho Maspero)な どとの大 きな対立点 になっている。た と えば ふね"は、『荘子』で「船」がみ られ るのに対 して、十三経の他の経文で はすべて「舟」であ り、 これは揚雄『方言』巻九の記述 (舟、 自開而西謂之船、

自開而東或謂之舟或謂之航)と よ く一致す る、 と (カール グ レン前掲論文p.

181)。 問題 は「農村の 土話"や社会最下層の方言」 を排除 し、古代方言が独

自の発展 を遂 げた可能性 を除外 して しまった ことである。

3.方言 の不 連続 的発 展

中国語の歴史的研究 は清朝考証学か らカールグレン、そして近年の Le対cal diffusion"説に至 るまで、「変化の連続性 を前提 としている」点では一致 してい るように思われる。但 し一部の考証学者 は「事実 はことごとくその連続性 を否 定 している」 ことに気付 く可能性(条)があった、 と私 は想像 している。

今か ら二百年前の考証学者、程瑶田は 奴子"に対す る 方言調査"の結果、

『詩経』イヽ雅・ 小宛「瞑蛉有子、蝶鼠負之」で桑虫(蚕の幼虫又 は蛹)の義 とさ れ る 娯蛉"が(北京の)方言では小蜘蛛 を指す ことを発見 した。『詩経』でい う 螺鼠"とは寄生蜂の ことで、 瞑蛉"つま り桑虫の体 内に卵 を産みつけて孵 化 させ るのだが、鄭玄注が「瞑蛉(桑)に子がで きた ら、螺鼠(寄生蜂)がそれ を引 き取 って養い、成長 させ る」 と解釈するように、古来 螺鼠"は養子 をと

る徳の高い虫 とい う迷信が広がっていた。程瑶田が見た ものは、蚕の蛹 に くっ ついている小蜘蛛であ り(蜘蛛が蚕の蛹 に卵 を産 みつけて孵化 させ る)、 奴子"

はそれを 瞑蛉"と呼んだのである。つ まり 瞑蛉"が桑虫 にも蜘蛛 にもな り、

また 螺扇"は蜂 にも桑虫 にもなる。程瑶 田は言 う :「 夫瞑蛉、螺晨、蒲慮,

皆字之雙啓畳韻者也。擬諸形容,大率無専物。如果鼠之賞梧櫻,則謂瓜為果扁 ; 元雉入淮馬蜃,則謂蜃馬蒲慮 :鳥 亦有果蔵之名;禾穂亦謂之果嵐 ;夫 娯蛉也而 豊有専名乎?」 [そ もそ も瞑蛉、螺鼠 、蒲慮 な どはみな双声畳韻語であるが、こ れ らの語形 を用いる場合、対象物 との関係 は一対一対応 をしない ことが多い。

例 えば『爾雅』で「嵐之賞、梧楼」とい うのは、瓜の ことを指 しているのだ し、

他の古典文献では蛤、鳥、穀物の穂 な どを指す こともある。(逆)瞑蛉 なる物 に対 して単一の語形が対応することもないのである。](『繹贔小記』「瞑蛉螺扇 異聞記」,引用 は洪誠 『中國歴代語言文字學文選』江蘇人民出版社,1982,pp.

33‑36に よる)。

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日本語方言で も、例 えば とかげ"/ か まきり"/ ばった"/ き りぎ りす"

(「か まぎっち ょ」)、 とうもろこし"/ とうが らし"(「なんばん」)などが同 じ (又は似 た)語形 で呼 ばれ る ことが ある。 また グロータース神 父 は(中国 の)大 ・宣化方言で こうもり"と あ り"、 とかげ"と いなご(正確 にはヤブキ )"が類似 した語形 を有することを報告 している。言語地理学者 はこのような 現象 を 同音衝突"或いは 類音牽引"と呼び、地理的分布 に基づいて語形・

語義変化 のメカニズムを説明 している。程瑶田の功績 は、実証的な研究 に基づ いて 名"(signiiant)と 実"(signifi6)の関係が変化 しやすい ことに気付いた ことである。 しか し、考証学者 としては当然の ことなが ら、残念なことに結論 は一足飛びに古典語の方に向いて しまった。 その著作 『果嵐韓語記』で展開 さ れた 一臀之轄"説がそれである。彼 は、「果嵐」類 の語、即 ち、穀物 の穂 より 始 まって、ハチ、なべ、うり、ケラ、さらには高句騒 といった地名(国)まで、

200以上の複音節語 を列挙 し、それ らの音義が転 じてい く様 を説明 した。つ ま り、 これ らの語 は双声畳韻 という共通す る音声要素 と まるっこい もの"のとい う抽象的語義 を有するが故 に同源語だ、 とす るのである。今 一臀之韓"を

判す るのは容易である。曰 く、音韻法則 に合わない、音義転変の説明が恣意的 である、 と。 しか し上述のように、気 まぐれな変化 は現在 も至 るところで起 き ている。 一聟之韓"が起 きる言語学的メカニズムを直接古語 にではな く、 まず 生 きた方言 について考察する必要があった。程瑶田はまぎれ もな く科学的精神 旺盛 な言語学者であった。問題 は今世紀の中国語学者がその枠 を越 えなかった こと、即 ち、方言研究が古代語研究 に従属 してきたために、言語変化の真実が 覆い隠され、「他の諸言語の方言調査で得 られたような革命的な発見」(『論文集』

p.150)が 遅れて しまった ことである。

さて ここで 変化の不連続性"とはなにか明確 にしてお きたい。

地図1は江蘇省東北部で コー リャン"を表す語形の分布 を示 した ものであ P北部 に「林林」、南部 に「芦林」が分布 し、等語線が集中す るこの地域の特 徴 を端的に示 している。南部の語形 は第二音節 に様々なバ リエーションがある が、それ をすべて「芦林」 としたのは、私の通時的解釈、つまり語源 を漢字で 書いた ものである。本稿では この ように方言語形 を漢字表記 をす ることがある。

漢字表記の弊害 はグロータース神父の強 く批判 され る所であ り、漢字だけの表 記 は本来避 けるべ きである。 しか し漢字 は言語記号のsignifiantを 示す には不 十分であって も、ある程度signifi6を示 し得 る、とい う特性 をもっている。この 特性 を利用 して当該語形 についての(通時的、共時的)解釈 を示すのは、音声的

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″・υ・ 高梁〉(コウリャン)

l林[,u2,.O Hβ y2 βyO]

>芦[lu2,.OHl■20。0]

O芦[1■2 se°]

芦 林 [lu2 t,。0][1■2 ts101

く》芦林[1■2t多0]

山東 省

´‐ .、.ノ 東海縣

バ リエーションが際限な く多い漢語方言について、特 に広域地図を解釈 し、説 明するときは便宜的な手段 として有用だ と考 える。問題 は従来の研究が この段 階で終わって しまっていた ことである。 ここでは「芦林」の第二音節がなぜ様々 なバ リエーションを有す るに至 ったかを明 らかにせねばな らない。以下音声表 記 をす る場合 は、歴史音韻学でい う陰平、陽平、上声、去声、入声 をそれぞれ

1,2,3,4,5の数字で表す。

まず「声林」*[lu2,u2]の 語義 は 声 のような形状 のモロコシ"。 第一音節の 語源 は或いは「炉」か もしれない。 その場合 は 燃料用のモロコシ"。 いずれに せ よ修飾構造 をなす語形である。同様 の語形 に「棒林」(トウモロコシ)があ り、

これは 棒状 の実 を付 けるモロコシ"で ある。 このような語彙のparadi3111が 成 されている場合、修飾成分 に強アクセン トが置かれ、被修飾成分 は軽声化(弱 アクセン ト化)することが多い。これは語形の第二成分がすでに恣意性の高い記 号 に変質 した ことの音声的な反映である。連雲港市の市街地(地8,9)及びそ

く風 景 〉

*景   景見 春 景子[t,0°]

○ 景子[tsP]

   

地図1

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の周辺に分布す る[lu2,u° ]は「声林」の規則形だが、第二音節 は軽声 になって お り、母音 まで弱化 して]となることもある。そ こで新たな変化が生起 した。

地点 10,ll,14,15の 語形[lu2 t,。0],[lu2 ts10]は、話者 の意識 では「声子」で あって、「林」 に対す る語源意識 は全 く失われて しまっている。つ まり「芦林」

の第二音節が名詞接尾辞「子」 に変化 したのである (以上、拙稿「中国語方言 の理学的研究」しにか1992‑4参)。 ここで「声林」が「芦子」になったのは、

第二音節が[,uO],[po°]>[tso°]という 音声変化"を起 こしたのではない。話 者の言語意識が[,uO],[oo°]とい うarbitraryな 記号 を接尾辞 に置 き換 え、接 尾辞 を有する一群 の名詞の中に系列化 したのである。「声林」[lu2 p u2]>「声子」

[lu2 t,。0]のような変化 は、 音韻法則"によっては説明不能であ り、 このよう

断絶"を 変化の不連続性"と呼ぶのである。

名詞第二成分の接尾辞化 は、 コー リャン"に限 らず多 くの名詞で生起 してい るようである。「棒林」(トウモロコシ)、「老鼠」(ネズ ミ)、「吃澄」(おこげ)な どの第二音節 にも同様 に[Do°],[tso° ],[ts̀oO]な どが現れ るか らである(拙稿

「江蘇省・ 連雲港市、東海県での方言調査(補)」 均社論叢13,1983参)。 詞の調査項 目は地点1‑10が120、他地点が60にす ぎないか ら、接尾辞化 はこの 地域の方言で組織的に生起 していると考 えて差 し支 えないだろう。

接尾辞化の結果が「子」接尾辞 と一致す るとは限 らない。地点6,16の[so°],

[t,̀o°]がその例である。この二地点 には平行例が少ないが、地点16に「老鼠」

[la。3tぎ0]がある。一方地点2,3,5では接尾辞形式の均一化が進んでお り、

トウモロコシ"、 ネズ ミ"、 お こげ"の三語 について、地点2,3では声母が

摩擦音([§Э][ol][o aO])、 地点5では無声有気破擦音([t,̀Э][ts̀l])となって いる。地点2,3,5,6,16で「子」接尾辞がいずれ も[tsl°]である(地16で

は一部[t,o°])。 では「子」以外の接尾辞形式の均一化が徹底 しないのはなぜか。

それは第一 に、「各語 はそれぞれ固有の歴史 を有す る」か らであ り、第二 に各地 点方言 は隣接す る方言の影響 を不断に受 けているか らである。

この場合歴史音韻学者(Neogrammarian)な ら別の解釈 を考 えつ くか もしれ ない。「林」の声母 は中古中国語の船母(*d多)に由来す るが、 この地域 よ り北 では摩擦音の[D]に変化 したのに対 して、南では破擦音の[ts̀]に変化 したため、

一部 の地点では破擦音で現れ るのだ と。「林」の字音 を調査 したわけではないが、

同様 な例 として「鼠」(中古声母*9)と「徐」(中古声母*多)があ り、北では摩 擦音([,],[9])、 南では破擦音([ts̀],[t9̀])で現れ る。上記の変化が方言境界 地域 に於 けるこの ような音声的差異 を背景 とす る と考 えて も、一 向 に構 わな

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Pしか しなが ら事の本質 は、「林」や「鼠」な どの 字"鯛口ち形態素)が "

の中でそれ と意識 されな くなった ことにある。 そうでなければ、なぜ第二成分 が同 じ破擦音で も、(無声有気音ではな くて)無声無気音 になる地点があるのか 説明がで きないだ ろう。

歴史音韻学者 は、 ここでい う 変化の不連続性"を 音韻法則 の例外"と んでいる。平山久雄「 中国語 における音韻変化規則 の例外―それを生み出す諸 原因 について―」(東方学85,1993)は、文字 どお り音韻法則 の例外的諸現象 を 類型化 し、その原因を考察 した論考だが、その中で 通俗語源"(Folk―Etttnol‐

ogy)に よる語形変化の例 として、 太陽"を 表す広州、梅県な どの方言語形「熱 頭」を取 り上 げ、次のように述べている:「これは声訓風 にいえば 日、熱也"

とい う語源意識が働 いて「 日」*nietが「熱」*niεtに 置 き換 えられた結果で ある と考 えられる」(下線 は岩田)。 広州方言 を例 に とれば、 日at]>Lit]とい う 音声変化が生 じたのでな く、 まさしく「 日」が「熱」 に 置 き換 えられた"の

であって、下線部 は全 く正 しい。「 日」 と「熱」の間には 音韻法則"では説明

で きない 断絶"があるのであ り、やは り 変化の不連続性"の一例 とみなす

ことがで きる。

言葉の言い換 えにす ぎない(「例外」→「非連続性」)と思われ る読者のために、

二点 コメン トしてお きたい。第一 に 例外"は至 るところで 日常的に生み出さ れているが故 に、 音韻変化の例外"ではあって も 言語変化の例外"と はみな し得ない。 例外"ではな く、 変化"その ものなのである。 また 断絶"は

韻法則 の介在 しない ところにも生起 しているか ら、不連続性"は純粋 に語彙的、

統辞的な諸現象 も含 めてあ らゆる種類 の言語変化 について指摘 しうる。第二 に、

語源意識が働 くのは一般 に新語形形成 の当初だけであって、その後語形 は再 び 恣意的な記号 にす ぎな くなる。 この場合 日、熱也"とい う語源意識 は比較的 保 たれ易いか もしれない。 しか し上記 コー リャン"の例で指摘 したように、

多 くの場合語源 は忘れ去 られて しまうものである。新語形 は一旦形成 され ると、

もし言語外的要因の支 えがあれば、周辺地域 に伝播 してい くが、その際語源が 何であったか は全 く無関係である。従 って「熱頭」が現在広東省や福建省 な ど かな り広い地域 に分布するのは、語形 の伝播 に伴 う 借用"であるといわねば

な らないP

以上の例 におけるNeogrammarianと言語地理学者の違いは、同 じコップを どち らか ら眺めるかの如 き、或いはコップに入 った亀裂 をどの程度 に評価す る かの如 き違 いであって、歴史言語学 に於 いて両者 は補 い合 う役 目をす るもので

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ある。 ところが中国語研究では文献 に絶対的優位性が与 えられ、民衆の生 きた 方言は文献 に対応する語が見つかった場合のみに 輝 く"のが現状であって、

そのためしばしば誤 った解釈が もた らされ る。

拙稿「連雲港市方言的連讀愛調」(方1982‑4)は、『方言』編集部が周到な校 正 をして下 さったお蔭で、誤植が三箇所 しかない。拙文 としては珍 しい ことで 感謝 している。三箇所の うち一箇所 は私の誤 り、あ と二箇所 は私が関知 しない。

いずれ も 本字"に関連する誤 りで、それぞれが興味深い問題 を提起 している。

ここで取 り上 げるのは、その中の 景色"を表す語形 [t9i33t,。0]である。第 一音節が「景」であることは疑 いない。第二音節 は私の原稿では「子」。話者 に

とって[t,o°]は名詞接尾辞以外のなに もので もないか らである。ところが刷 り

上が った拙文 をみると「致」になっている(p.290)。 これは語源 を重視 した表記 と考 えられ る。「景致」とい う語形 は全国的 に分布 しているようであ り(「漢語方 言詞彙」p.11)、 またなによりも唐詩 な どにもみ られ る 由緒正 しい"語形であ ( 規模何 日創、景致一時新"白居易詩)。 さらに先の コー リャン"と同 じこ とで、最終音節の音声的弱化 に伴 って、「致」[t s14]の語源意識が失われ、「子」

[t,o°]になった とみれば、本稿の立場か らも[tso°]の語源が「致」であること に疑いがないかにみえる。 ところが連雲港市 に接する墳楡県・ 東海県では調査 した6地点の うち5地点 までが[t9io3]又[tc i5r3]銀口ち単音節の「景」又 は

「景児」)であ り、残 りの1地(地6)で[tOi03 tsピ]「景子」であった(地 1参)。 この ことか らもう一つ有力な解釈が出て くる。即 ち連雲港の[t9i03 t,o°]は「景致」とは無関係で、単音節の「景」に由来す ると。 とすれば従来「景 致」 と報告 されていた方言形 も、少な くとも第二音節が接尾辞「子」 と同 じ形 式 をとるものは(沈陽、揚州 な ど)、 その起源 について再検討 を行 う必要があろ

う。

この例か らわかるのは、語形の地理的分布 に目を向けることがいかに重要か、

また文献 と方言の個別的対応 に頼 って「書 き言葉の漢字 に対す る語 を方言に見 つ けようとする」 ことがいかに危険か、 ということである。

今なお盛 んな 本字考"の如 きは、変化の連続性 を前提 としなければ全 く成 り立たない。 ところが現実の方言では連続的変化 を阻害 しようとす る要因が常 に作用 しているのであって、ある地点のある方言語形がある時代のある文献 に み られ る語 との間で音声的、意味的な対応関係 にあることが証明 された として も、その語がその時代以降その地域 に絶 えることな く連綿 と伝わって きた こと を証明 した ことにはな らない。 その語形 は他地域か ら伝播 した ものか もしれな

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い し、或いは他地域 と一致す る語形が偶然生 まれたのか もしれない。 そうした 危険 を回避す る方法 は唯一語形の地理的分布 とい う 面"の裏付 けを得 ること

である。

地図2は むす こ"を表す語形の分布 を示 した広域地図(華)である(静岡大 学学生,福村恭子作成)。 この地図で「息」とい う語形 は、北 は湖北省か ら南 は 広東省 に至 る広い範囲に分布 している。 これは揚雄『方言』(巻10)の記載「思 者子也。湘滉之會、凡言是子者謂之患、若東齊言子実(郭瑛注:馨如宰)」 と見 事に一致するので、福建省 に分布する「国」(唐 0顧況「国」詩及び「集韻」

に記載)と並んで、多 くの方言学者が取 り上げる例 となっている。湖南省で「息」

が二千年間連綿 と伝わってきたことは、この地図によってはじめて90%証明で きた といえよう(あ10%は揚雄『方言』と現代方言をつなぐ文献資料が必要だ ろう)。 文献研究が無用だ といっているのではな く、地理的分布 という 面"の 裏付けがあってはじめて文献言語学が真の通時的意義を有するのである。

‑53‑―

(13)

同様の例 として揚雄『方言』(巻 11)の挙 げる「蛇孵、齊魯之間謂之蜘嫁(郭 :駒養二音)・・・ 燕謂之蛾峠(郭瑛注:蟻養二音)」 がある。「蠍孵」 は 大 ア リ"。 現在[i3iaO°],[mi3 iaO° ]など、[iaD]を含む語形が、山東省(=齊)を 中心 に分布 してお り、 ア リ"を指す(方言地図未作成)。 特 に[i3iaO°]は『方言』

「蛾峠」=「蟻養」にほぼ対応す る。但 し燕、つ まり現在の河北省 には[i3ia00]

が分布 しないようである。河北省や山西省 に多 くみられるのは「蛇孵」であ り、

この語形 については下文で取 り上 げることになる。

この ように文献 の記載 と方言分布が一致す る例 はさほ ど多 くはないであろ う。む しろ「 息」や[iaO]が2,000年間 も同 じ地域 で保存 され続 けてきた特殊 な 事情 を考察 した方が よい。「患」 と「国」の場合 は、 むす こ"だけでな く、一

般 に 子供"を指す、 また一部の方言では接尾辞(北方の「子」 に相当する)に も使われ る(凋愛珍「福清話名詞性后綴 国"」 中国語文1991‑6)、 といった頻度 の高 さに支 えられて保存 されたのではなかろうか。但 し頻度が高 ければ消耗度 が高 く変化 を生起 し易い、 とい うの も言語変化の一般的傾向であ り、事実、度 門方言では むす こ"を表す形態素[kia]が こども"や名詞接尾辞 を表す形態 [a]とは異なっている。 これは機能負担量の増加 に伴 って「国」が二形態素に 分化 した ものか。今の所 は「息」「国」について他の基礎語彙 とは異なる条件が あった ことを指摘す るに とするに とどめたい。

4.不連続 的発展 を もた らす い くつかの要 因

以下、方言変化の連続性 を阻害す る諸要因 を類型化 して紹介 したい。 日本語 方言 については、徳川宗賢・W.A.グロータース編 『方言地理学図集』(秋山書 ,1977)、 徳川宗賢編『日本の方言地図』(中公新書,1979)、 佐藤亮一監修『方 言の読本』(小学館,1991)などの教科書がある。

[1]民間語源一一マラ リアが駆除 されてお月様 になった話

民間語源(=上記通俗語源)は至 るところで 日常的に生 まれている。豚児曰 く、

「隣家のお じいちゃんは東京 にある[dezuni:rando]を [nezulni:rando]と 呼 んでいる」 と。 この新語形の創造者 はおそ らく デズニー"が人名であること

を知 らない。それ故[dezurli:]は彼 に とって全 くの恣意的な記号 にす ぎない。そ こで彼 は第一、第二音節の子音 を類似音 にす ることで、語形 を非恣意的な記号 (ねずみ=Mickey mouse!)に 変 えたのである(有縁化)。

‑54‑

(14)

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山東省

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地図3

このように民間語源が働 く場合 には、その条件 として語の恣意性が高 くなっ ている必要がある。地図3をご覧いただ きたい。 この地域では マラ リア"の

ことを「濾[yol]子」とい う地域(北)と「半 日[zo5]子」又 は「半天子」とい う 地域(南)があるが、両勢力の中間地帯(西)では「半[yЭ]子(第二音節の声 調 は地点 によって1声5声の違いがある)とい う新語形が生 まれている。新語 形の第二音節 は現在「月」 と認識 されてお り、 これは恣意的記号「痣」が南部 の語形「半 日子」「半天子」に出会 った結果(接)、 民間語源が働 いて「鷹」が

「月」(「痣」 と同音)と捉 えられたためである(拙稿「方言境界地域 に於 ける新 語形 の発生 とその成因」アジアアフ リカ言語文化研究28,1984参)。 この場 合、形態素[yЭV5]は音声的には全 く不変 なので、Neogrammarianの立場か らす れば、連続性が保たれていることになろう。しか し言語地理学 は、「鷹子」>「 子」という語の変化が起 きた と考 える。signifiant(形)は不変で もsignifi6(意 味、表現 内容)に断絶があるP

〈生錮 疾 〉(マラ リア にな る)

① 置 諄 寒

● 量 瘤[y●1]子,最瘤疾

◎ 量半月い1好

回 打 半 月[y●5]子

□ 打半 日子,打半天子

☆ 打 擢子

小記 号 は少数 語形 ハ〆   

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‑55‑

(15)

同様 の例 は『論文集』に豊富であるが、特 にその第Ⅲ章 をご覧いただ きたい。

例 えば大同地域 には、 コウモ リ"を表す語形「夜[iε]蝙蝠」が民間語源 によっ て「月[yε]蝙蝠」又 は「院[yε]蝙蝠」になった地点がい くつかある。 夜鳥"が 月夜 の晩 に飛ぶ鳥" 中庭 を飛ぶ鳥"になったのである。尤 もこの変化 には音 声現象が深 く関わっている。この地域ではい くつかの語 について、介母音の[y]

を有す る地域 と有 さない地域([y]が[i]に なった地域)が境界線 を形成 してお り、[y]は現在消滅 しつつあるのだが、境界地域 において過剰修正(hypercorrec‐

tion)が働 いて、語源 とはかけ離れた語形「月[yε]蝙蝠」「院[yε]蝙蝠」が生 ま れた ものである。 これ とは逆 に 馬車の梶棒"を表す語形「転[yε]条子」の第 一音節 は[iε]と発音 され ることがある。 過剰修正"の例 は江蘇省東北部ではま だ発見 していないが、東京方言で ヒ"を "発音す る話者が、 シ"である べ きところを逆 に ヒ"と発音 して しまうことはよ く知 られている。 この ウモ リ"の例 では、signifiant([iε]〉[yε])と signifi6(「夜」>「 月」「院」)の双方 が変化 した。

大同地域 と江蘇省東北部で起 きていることは互いに無関係であるが、いずれ も等語線が集中する境界地域である点では共通 してお り、類似 した現象が見 ら れ るのが興味深い。

[2]混交一丁膝が とれて しまったのに膝 まづいて拝む習慣だけは残 った とい う話

私の方言 (岐)では 恐 ろしい"こ とを「オ ソガイ」 といい、 脳味噌が足 りない"こ とを「ニスイ」(火力な どが弱い という時 にも使 う)という。最近 そ の うち二語の由来がわかった。いずれ も山口幸洋『オサ ン ドサ ンという名の鳥』

(近代文藝社,1994,p.89)に 拠 る。「オ ソガイ」 は「オ ソロシー」 と「 コワイ」

(>*オソゴワイ)、「ニスイ」は「鈍 い」 と「安い」の、いずれ も混交形、 とい

う。言語地理学でいう 混交"( 混清")とは、隣接する地域 に分布す る二語形 が接触 して混合語形が生 じることを指す。

地図4は ひざが しら"を表す語形の分布図である(「身体語彙の体系 と語形 変化」アジアアフリカ言語文化研究30,1985参)。 この地図で東南部 に分布 す る語形「硫頭」 は「硫膝頭」(地図 には出て こない、その南側 に分布)から変 化 した もの と考 えられ る(「言語地図 と文献 による語彙史の再構」『伊藤漱平教授 退官記念中国学論文集』汲古書院,1986の全国地図参照)。 これは「硫膝頭」か ら 脆礼"を表す「硫頭」が想起 された もの(脆礼する際 には膝頭 を地面 につけ

‑56‑

(16)

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″ ・、 、′.ノ 東海縣

ぺα

km 地図4

)、 つ まり民間語源 による変化である。 この変化で重要なのは、本来 ひざが

しら"を表 した成分「膝」が語形か ら消 えて しまった ことである。

さて この語形 は北の語形「賂拝」 と接触す ることで、西部地域 に混交形「硫 拝」が生 まれた。「硫拝」(地面 にぶつ けて拝 む)でも 脆礼"の意味 を表すだろ うか ら、この例ではsignifiantだけ変化 して、signifi6の方には変化がなかった ことになる。一方 この変化 を北の語形「路拝」[kol pai4]か ら見直す と、第一音 節の[kЭ](賂 )が[k̀Э](硫)に置 き換 えられて、「硫拝」が生 まれた ことになる。

再度強調 してお くと、 これ は「声母が無気音か ら有気音 に変化 した」 という音 声変化ではないのである。

「路拝」>「硫拝」の変化では、[ko]〉[k̀Э]とい うsignifiantの変化 に とどま らず、signifi6の方 も変化 した。「賂拝」[kol pai4]は 地点 20,21に み られ る[kol

l。O pai4]か[korl pai4]を 経 て生 まれた語形 である(前掲拙稿1986参)。 字表記す ると 腕 をついて脆礼する"と とれるが、[kol lo° pai4]にはおそ らく

脆礼"の意識 はなかったであろう(無縁語)Pそれが南の語形「硫頭」 と接触

く膝蓋〉(ひざが しら)

路職拝[kol 10° pai4]

脂諄蓋[kol poO kai4]

鵬拝[kol pai4]

硫拝[酪 F pai4]

硫頭[洛5■2]

r      

‑57‑―

(17)

す ることで「硫拝」が生 まれ、同時 に 脆礼"の意識が生 まれた と考 えられる。

或いは「硫頭」 とい う語形 とともに 脆礼"に対す る意識が伝播 した と考 えて もよい。但 しこれは語形形成の当初だけの ことで、話者 は現在[k̀o5pai4]の 味 を認識 していない。

ここで述べた 脆礼"に関わ る民間語源 は一つの推定であって、下文 [4]

ではこれ らの語形 に関するもう一つの民間語源説 を提案す ることになる。

[3]類音牽引一― どぶ貝が トノサマガエルに恋 をした話

「果嵐韓語記」のように森羅万象が奔放 に転 じてい く訳ではないが、方言の 世界では一見全 く無関係 な動物、植物 な どの語形が驚 くほど類似 していること が少な くない。 このような類音牽引 を生む根本的要因が言語記号の恣意性 にあ ることはい うまで もない。イヽ林好 日は次の ように述べている :「 土筆 と蝠燎 と が共 にツクツクホーシとなったのは単 に同音 による無意識の牽引である。山鳩 を意味す るデデ ッポが蒲公英の名 となった り土筆 の名 となったのは山鳩 の鳴 く 頃に土筆が出た り蒲公英が咲 く時節であった りす る為ではない」(「同音牽引 と 同音衝突」,『日本の言語学』6,大修館,pp.353‑4に よる)。

江蘇省東北部では 青蛙"(ト ノサマガエル)を[uai2]子」 と呼ぶ。「花」又 は「瀬」とい う修飾成分が付加 され る地点 もあるが、語幹が[uai2]でぁる点では 下記地点5,6を除 きすべての地点が一致す る。地図5は「鮮」(カラス貝,ど

ぶ貝)を表す語形 の分布 を示 した ものであるr)西部 の地点5,6,16及び南部 の 地点22,23で[uail]又[uail uaiO]である。語幹の形式 は声調以外 青蛙"と 同 じで、両者 は主に接尾辞 の有無、重畳形 をとるか否か、 といった形態的手段 によって区別 されている。地点5,6ではさらに語幹の声調 も接近 してお り、「青 蛙」の方が[uai2]でな くて、[uai3]になっている。地点5,6では声調 1と 3の 調値が非常 に近い(いずれ も中窪みの低曲調。声調1は音節中位で喉頭化がみ ら れるのに対 して声調3ではみ られない)。

『論文集』のデータか ら一例 を追加 してお く。最近山西省方言について「舒 声促化」とい う現象が指摘 され るようになった。非入声音節が軽声(urlstressed)

を条件 に入声 に変化す ることを謂 うが、これはグロータース神父が40年前 に宣 化方言で発見 した現象である(̀̀Linguistic Geography of the Hsuan― hua region"史 語集刊29上,1958)。 『論文集』第Ⅳ章「 コウモ リ」(蝙)がその例 だが、 これ と関連す る ア リ"(蝠)の語形 を併せて示す。

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