一 は じ め に
公共会計士が会社の公表する財務諸表について作成する監査報告書の様式および内容ほ︑単に個々の会計士連の
頭脳によって産み出されたものではなく︑財務諸表の背後にある株式会社な中心として構成されている経済社会を
︵1︶
反映し︑そこに生じる種々な問題が会計監査に与えた多くの影響を集約的に示すものである︒前稿でほ山九三〇年
代の一連の証券投資家保護立法によって法定監査制度が導入されるまでの時代の監査報告譜を近代的監査報告書の
前史として論じた︒その時代の監査報告書を前史的なものとして論じたのは次のような意味からである︒
近代的監査報告書は情報伝達の職能︑即ち財務諸表が奉不しようとしている情報を読者に誤解なく︑かつ明確に
理解できるように提供する役割と責任表明の職能︑即ち当該財務諸表の監査についてどの程度責任を引受けるかと
いう監査人の貴任の限界を示す役割の二つの職能をもっている︒この二つの職能を合理的に遂行するために監査報
告苔の構造は範囲区分と意見区分との二つの部分をもっている︒範囲区分では監査人の行なった監査の範囲を表示
せねばならないが︑監査が充分なものであるためには監査の範囲がどの程度までおよび︑又どれはどの監査手続が
必要であるかについて﹁一般に認められた監査基準﹂のような社会的基準が確立されていなけれほならない︒そし
て監査報告書の範囲区分で当該監査が社会的基準に照して見たときどの程度のものであるかを示すように︑﹁一般
米国における監査報告韻の発展由 ︵五六こ ︼ 米国における監査報告書の発展0
実
︵五六二︶ 二 第三十三巻 第五号
に認められた監査基準に従って三⁚⁚﹂どうであるかとか︑或はどの部分では社会基準と相違するとかを示すため
に限定事項が記載されるのである︒次に意見区分では財務諸表が当該会社の財政状態および経営成績を適正に表示
しているか否かについての意見を表明するのであるが︑財汲諸表の作成に至る会計処理について会社の各種の利害
関係者に対して妥当であると認められた会計の社会的基準が確立され︑会計士ほこのような社会的基準に照して判
断し︑かつその基準が毎期継続的に遵守されているか否かを表明するのであり︑監査報告書において﹁〟般に認め
られた会計原則に従って継続附に⁝⁝±﹂どうであるかを記載して︑意見の基準を明確にし︑どの部分が基準より
︵2︶ ほずれているかを限定事項により示す︒
従って近代的監査報告蕃は単に範囲区分と意見区分との二つの部分を有するのみでなく︑夫々の区分の等質的内
容を明確するに必要である﹁監査基準﹂と﹁会計原則﹂との二つの基本的軌念が監査報告書の二つの支柱として導
入されねほならないのである︒そこでこのような二つの基本概念な欠く監査報告書を前史的なものとして取り扱っ
たのである︒本稿ではこの二つの支柱を導入する基礎を形成するに至った﹈九三〇年代の法定監査制度の成立を中
心にして論じたい︒監査報告書が社会的渚要因の産物であることは既に指摘しオが︑その社会的性格が社会的に明
確となり︑公的権威によっで確認されたのほ山九三〇年代の∵蓮の証券投資家保護立法であった︒それは証券市場
の整備につれ会社の資本訝査が地域的なものより全国的なものへと変り︑投資家としての株主が社会的に広い階層
および地域に分布し︑いわゆる大衆株主が多数生じたのに対して︑これら株主の会社経営者に対する影響力ほ減少
し︑かつ経営にタッチする機会は少くなってきたので︑如何にしてかれらを保護すべきであるかが社会的な問題と
なってきたのである︒この潰按的な契機として脚九二九年の大恐慌によって多数の投資家が大損害を蒙ったという
事件が起り︑国家としてもなんらかの手段をとらねばならなくなったのである︒こゐ結果制定せられた証券投資家
保護を目的とする法律が一定の株式会社に会討監査を受けることを命じ︑監査報告書を財務諸表に添付して提出さ
せることにしたのは監査報告書が従来果していた社会的職能を国家が確認したのに他ならないのである︒
︵1︶ 拙稿﹁米国における監査報告書の発展︵一︶﹂香川大学経済論叢第第三十三巻第二号所裁︒
︵2︶ 近代的監査報告醤がどのような職能をもち︑その職能を合理的に遂行するためにはどのような構造を有するものであるか
については次の拙稿を参照されたい︒﹁監査報告額の機能と機構虹ついて﹂香川大学経済論叢第三十一巻第言了所載︒
二 心九二九年の大恐慌と法定監査
山九二〇年代の米国は永久の繁栄に酔っていた頃であるが︑当時の株式会社の多くが整備されてきた証券市場で
の資金調達に依存するようになり︑会社経営に直接参加するいわゆる事業株主の比率が減少し︑会社の利益の分配
である配当の額︑或は誘渡可能な有価証券の市場価格の値卜りにのみ関心をもつ投資株主或ほ投機株主の比率が増
大し︑いわゆる﹁出資と経営の分離﹂の現象が見られるようになった︒むの﹁出資と経営の分離﹂の現象の明確化
によって出資者である株主の利害より離れて経営の運営が行なわれる可能性が生じるので︑株主の利益を保護する
目的で会計監査が利用されるようになったのであるが︑それ以前においても会社経営者ほ従業員の虚偽および不正
を摘発するために︑或は合併とか破産とかのような特別の場合の調査のために︑或ほ銀行より資金を借入れるため
に資料を提出することに関連して会計監査を利周した経験をもっていた︒しかしその当時は株主保護のために会計
監査が利用されることがまだ積極的に必要とされる状態には至っておらず︑少数の経営支配を確立した巨大会社︑
或は生命保険会社および信託会社のように社会的に重要な立場にある会社が自発的に会計監査を採用し始め︑更に
株式の分散が進むにつれて多くの会社でも漸次会計監査を採用するようになったのであるが︑それほ自発的採用と
米国監おける監査報告番の発展目 ︵五六三︶ 三
︵五六四︶ 四 璽二十三巻 第五骨
︵1︶ いう点に効果の限界をもつものであった︒このような弱点をもった株主保護の会計監査に法的基盤を与えたのが仙
九三三年︑三四年の有価証券法および証券取引所法であり︑これらの法律が制定される直接の契機となったのが山
九二九年の大恐慌である︒
全世界の資本主義経済において未屑有といえるこの大恐慌は非常に多数の劃般投資家に尤大な損害を与えた︒そ
の状態は山桝博士により﹁まさにそれは︑爆撃に︑津波に︑そして雪崩に︑にげおくれ︑あたらあえなき最後をと
︵2︶
げた犠牲者紅もなぞらえるたぐいのものであった﹂と表現されているはどである︒このように大恐慌によって仙般
投盟家が大きな損害を蒙ったのは証券投資に対する仙般の関心が血九二九年の株式ブームとして絶頂に達したから
である︒
米国では初期には大衆投資家というものは非常に少数しか存在しなかったのであるが︑南北戦争後頃から仙般大
衆の間に証券投資への関心が芽ばえ始めたのである︒それは合衆国の公債の売出しに非常な努力が払われて︑一般
大衆の間に浸透したからである︒吏紅十九世紀末頃の企業結合の時代に証券市場が劇層拡伏され︑最後に懲次大
戦中の自由公債の広汎な販売を通じて証券投資を教育し︑当時何百万人の人達が証券投資家となったのである︒し
かしこの発展の途中においで大衆投資家は悪質な株式のセールスマンによって毎年何十億ドル以上の損害を受けた
ので︑人々ほ有価証券の発行者と投資家との仲介を行なう保守的な投資銀行を通じて取引するようになった︒叉血
九二〇年代には証券投資に対する大衆の関心が現象的に最も大きくなった︒経済の全般的繁栄に刺戦されて︑投機
的株式への大衆の意欲ほあくことを知らないように思われ︑以前にほ非常に慎重であった投資銀行家でさえも基準
を下げて不健全かつ時機の憩い内外の会社および外国政府の債権を投資家に提供する始末であった︒そこで会社も
社債よりも普通株の発行によって債務を弁済するよう・になったので︑証券の売出しは加速度的になった︒有名な投
資会社も充分な調査をせずに有価証券を発行し︑投資・の評価とか投資家を保護する手段を考える余裕をもたなかっ
た︒この結果としてこのブームほ一九二九年の株式市場の恐慌で絶頂に達したのである︒この苦い経験によって大
会社は社会的制度であり︑大衆に対する証券の提供によって全国的な大衆の利害に関係していることを認識せねぼ
︵8︶
ならなかったのである︒
この株式ブームが一般投資家に大きな損害を与えるような大暴落となったのほ株式の市場価格が経済の実勢に関
係なく上げ相場を続け︑各会社の収益から推定される価値を反映していなかったことによる︒ある者の評価によれ
ば〟九二〇年から一九三三年までの問に約五千億円の有価証券が売却されたが︑山九三三年にはこれらの有価証券
︵4︶ の約半分は無価値になってしまったといわれている︒このような市況の状態はある程度までセールスマンシップの
産物であったといわれている︒ナンヨナル・レディ銀行をほじめとして他の大銀行および証券会社は証券販売のた
めに多くの人々を教育して投資家を獲得するために派遣した︒かれらは市民の戸を叩いて投機利益の分け前にあず
かるようによびかけたのである︒株式の証拠金は︑法的には株価の二五パーセントにすぎなかったが時には更に少
額となった︒又株式購入のために家屋や店舗も抵当に差入れるものも多かったのである︒そしてこのような資金が
︵ら︶
証券市場に流入して基礎的な経済的能力に関係なく市況を高騰させてしまったのである︒
しかしその当時においてウォール街の注意深い業者たちは自動車の売上高と新建築の減退から一九二九年の非籍
に高騰した証券低格が維持できるか疑問をもらはじめていた︒そして注意深いものたちは市場より手を引きほじめ
たにも拘わらず︑株価は九月になっても騰貴をつづけて十月になってもその高値を維持した︒だがこのような市場
での投機利益によって生活を立てるようになっていた株式投機家ほ引くにも引けない立場にあり︑又このような市
場の実情を知らずこのような専門の投機家の動きに引きずられて市場にとどまっていた山般投資家に損害がふりか
︵五六五︶ 五 米国における監査報告番の発展出
この恐慌という非常な事態に異常に興奮した劇般感情の下において︑それを納得させるべく法樺が立案されたの
で︑恐慌の原因と法律の目的とが直接の関連をもつように想像されるが必らずしもそうではない︒ブラッドレイは
﹁このような不運な投資家の状態は不況の厳しさによるもの︑であったが︑その当時の感情ほ有価証券が一般に売り
出される時にその会社が完全かつ正確な情報を提供しなかったために投資家が損失を蒙ったと考えていた︒そこで
︵7︶ 憤激した投資家たちが法律の改正に圧.力を加えたのである﹂と述べている︒恐慌の混乱の渦中において一般的感情
は投資家に大損害を与えた直接の原瀾と副次的な要素とを全くとり逢えてしまっていたのである︒この点について
G・0・メイは次のように述べている︒ ︑
﹁暗が経って︑不況の歴史を冷静に回顧することが可能になる暗がくれば︑思うに︑確立した事業の︑不十分な
あるいは誤った指針を与える財務諸表が︑被害を生じたあの破局的損失の原因としてほ︑比較的重要でない役割を
果したにすぎなかったということが知られるであろう︒フロリダの土地ブーム ︵これには会社財務諸表はなんの役
割もほたさなかった︶をも生み出したあの投機熱︑持株会杜のピラミッド形成︑株式配当の不堅実な取扱い︑政界
や経済界の有力者によって鉄吹された新経済秩序への信念︑これらのはうがほるかに有力な影響力だったのであ
る︒しかし時代の気持ほ︑会社有価証券の取引と︑会社財務諸表との統制を要求し︑この統制を造り出すための徹
︵8︶ 底的な手段が立法化されるまでは信頼ほ回復されないであろうと感じられた︒﹂
更にこのように恐慌む真の原因を見失って副次的要素に向けられた劇般感情がおしすすめた法律は恐慌による損
害のような投機的危険まで除去するものではないことを指摘する︒﹁投資家を啓発する問題が研究されるときほ︑
︑ 利用しうる会計的情報における改善が︑たとえ現存の基準と比較してみてどんなに価値があったとしても︑その価 第三十三巻 第五号
︵8︶
かってしまったのである︒ ︵五六六︶ 六
値が︑株式への投機や投資において遭遇せざるを得ない危険との関連において測られる場合には︑投資家に対して
︵9︶
わずかの価値しか持ちえないことが明らかになる︒﹂そこで結局において﹁この法律は思慮深い研究と冷静な立法
的考慮との結果として生れたものでほなかった︒それほ公平な性格に欠ける調査によって高められた公衆の怒りの
︵10︶
圧力の下で通過したのである﹂とされるのである︒
このように山九三三年および三四年の法律が山九二九年の大恐慌を契機として投資家保護のために制定されたも
のである軋しても︑投資家固有の危険を除くことを窓図するものでほなく︑公衆に売買される有価証券転ついて正
確かつ完全な情報を与え︑叉新しい有価証券の売出しの場合には冷却期間を設けて投資家が情報を十分利用して投
︵‖︶
資を決定する機会を与えるに過ぎない︒換言すれば法律ほ投資家が投資先な決定し︑或はある投資先より他の投磨
先へ移り︑又投資の額の増絨を行なうような場合に慎重な判断を下すのに必婁な情報を得ることを保証するのみ
で︑投資から手を引かないかぎり投資の危険ほ投資家軋あるのである︒ブラッドレイほこれを次のように述べでい
る︒﹁山九三三年の有価証券法は売買される有価証券についての正確かつ完全な情報を与えるべきことの重患性智
強調する︒連邦政府は発行者について完全かつ兵実な情報が購買者に与えられるかぎり投機的な証券の販売を妨げ
︵12︶
ることをしない︒それ故に投資大衆が不健全な投資の故に多額の資金を失うことほ可能なのである︒﹂
法律制定の動機およびその効果の問題はとも角として︑この法律が株式会社に対して投資家に完全かつ正確な情
報を与えるぺきことを要求し︑それを具体的に支持する手段として監査制圧を採用したことほ会計監査の発展に七
って重要な意味をもっている︒それは今まで自発的にあるいは経済社会の要求によって慣習法的に行なわれるよう
になってきた監査の実務が今や成文法によって明確に支持されることとなり︑会酎士は監査についての明確な権限
と貴任をもち︑監査報告書も社会的に十分な効果を果しうるようになったのである︒しか七山九二九年の大恐慌か
︵五六七︶ 七 米国における監査報告品甲の発展0
弟三十三巻︑第五号 ︵五六八︶ 八
らこのような法律が制定されるに至るまで檻は若干の年数を必要としたが︑その間に公共会計士の間では当時行な
われていた会計監査の実務を改蕃しょうと絶えず努力を払っていたし︑かつ又このような会計士監査に重要な影響
を与える事件が起っていたので︑まずその方から述べて行くことにする︒
︵1︶米国の初期紀行なわれ七会計監査の実務については次の拙稿を参照されたい︒﹁米国における生成期の監査報告垂蔽つい
て﹂香川大学経済論叢第三十二巻第二号所載︒
︵2︶ 山桝忠恕著﹁アメリカ財務会計﹂ 山三貫︒
︵3︶ C訂已eひW.Gerstenberg∵句inancia−Orga已畏tiOn and Ma≡gement Of Busin価SS一−誤¢−pp・N−〜NN●
︵4︶ J︒SepFFl・守増巴ey︶句undamenta−sOfC︒rpOratiOロFi雷nCe−︼欝¢−p・怠N・
︵5︶ J.C.COCbrane︸AmericanBusi完SS Syste声 p・欝中川敬﹂郎訳﹁三九日︒
︵6︶ lbid:p●浣中川訳山三九頁︒
︵7︶ lOSeP訂句=Brad−ey︸ Op■Cit・u p・念N・
ルーズベルト大統領の一九三三年三見二九日何の議会へのメッセーデには﹁私は州際的な有価証券の取引の連邦的な幣督
の立法を議会に提察する︒多くの州法が存在していたにも拘わらず︑過去紅おける公衆ほ有価証券を販売する多くの人々
および会社の非倫理的或は不誠実な行為のために非常な損失を蒙った︒勿論連邦政府としてほ新しく発行されセ有価証券
・の価格が維持され︑或はそれが表示する蟄産が利益を稼得するといぅ意味で健全であることを保証すると解されるような
如何なる行動も取ることが出来ないし︑又取るぺぎでもない︒
しかしながら州際的に売買せられる新しい有価証券の発行ほ完全な公開性と情報の公表をもち︑そして発行に伴なう重要
な要素を公衆にかくしてほならないことを主張するのほ我々に課せられた義務である︒此の提案ほ全ての真実を語る義務
を売手に課する︒それは有価証券の誠実な取引を促進し︑それによって公衆に信組がもたらされるに違いない︒私が提案
する立法の目的は誠実な取引に最少の干渉で公衆を保護することである︒・これは投資家および予金者を保護する広い目的
の一段階に過ぎない﹂と述べられているが︑立法の意図をよく表わしている︒︵JOSepFF=Brad−学事C−t⁚pp・蕊
′ふ∽い︑︶
︵8︶ G.〇.May︸句cinancia−Acc︒邑i率−富¢・pp・∽デ∽00・本村重義訳六八彗
しかし故岩甲減数授ほ一九二九年の大恐慌の原凶転ついて﹁生産過剰︑購買力の減退︑物価の全面的下落︑企業収益の激
減等に起因することはいうまでもないが︑特に注意を要するのは会社の不正行為︑虚偽の決算報告による株価の欺瞞的操
作が大いに与って力があったことである﹂・と述べて法定監査の目的と恐慌対策を直接に結びつけている︒︵岩田巌著﹁企
来会計原則と監査基準﹂三二日︶
︵9︶ G.〇.May﹀Op.Cit.︸p・∽∞・邦訳六九斑︒
︵10︶ :bid:p.諾.邦訳六九頁︒
︵11︶ JOSe写亘BradすーOp・Citニp・畠00・
︵12︶ Ibid.︶ p.告00・
三 AIAの﹁財務諸表の検証﹂
会封監査の理論および手続の発展に対して常に指導的役割を果してきた公共会討士の団体である米国会計十協会
︵略称AIA︶は約十年前に公表したふ五二七年の﹁統二等計︵UnifOrm AccOun−ing︶﹂および山九ズ年の
﹁貸借対照表作成の公認的方法︵ApprO諾dM2−FOdsfOr−bePr2para−iOnOf謬−aロCeSb22tStat2mentS︶﹂
の改訂の必要を感じた︒そしてそれまでに生じた監査の重点の推移およびそれに伴なう監査手続の変化を考慮し
て︑一九二九年に﹁財務諸表の検証︵宕訂icati︒n︒f句inancia−Sta音ments︶﹂が作成され︑公表された︒この
︵五六九︶ 九 米国における監査報告沓の発展白
︵五七〇︶ 一〇 第三十三巻 罪怒号
序文に監査の範薗について次のように述べている︒﹁監査の範観ほγ定廟日の会社の資産および負債の検証︑当該
会計年度申の損益勘定の検査︑そして時々内部牽制の有効性を確めるために会計制度を検討することを含む︒・⁝:
︵1︶
監査の範囲は各会社の諸条件によって決定されるべきである︒﹂この﹁財務諸表の検証﹂ほ一九山七年の﹁統山会
計﹂が主として信伺供与者のために会計監査が利用される場合を考えて︑会社の財産価値の検証のために資産およ
び負債の検証を中心とした監査手続であったのに対して︑投資家層の増大を反映して投資家の最大の関心事である
会社の利益が財務諸表に計上される会計処理の過程の監査手続をとり入れねばならなくなったのである︒そこでこ
の﹁財務諸表の検証﹂でほ資本および負債の検証が以前と同様に重視されているが︑損益勘虚の検証の手続が追加
され︑かつより詳細に述べられるようになったのである︒
この山九二九年の通牒は二つの点において以前とは違った新しい考え方を出している︒﹁伽 損益勘定が基本的
に重要であり︑従って監査手続がより多く損益勘定に適用されねばならない︒㈲ 監査人ほもし内部統制粗放が存
︵2︶
在するならばそれに依存して各取引を精細に照合する必要ほない︒﹂AIAほここで財務諸表が単に与信者にとっ
て重要なだけでなく︑現在および将来の投資家にとっても重要な資料となってきたことが社会的に認識されてきた
ことを考慮して︑会社が公表すべき財務諸表を作成する場合でも期間損益をよりよく表示するように詳細に作成す
べきであり︑文一会計年度以上の期間の会計数値を報告して投資家がより有用な情報を得られるようにすべきであ
ると勧告している︒
このように財務緒表の主たる利用者が会社に資金を貸付ける銀行その他の金融来者から︑広汎な地域および階層
に分散している仙般投資家へと移るにつれて財務諸表に結実する企業会計もその目的の重点′を変えねばならない︒
即ち︑従来は与信者へ受信者の債務弁済能力としての担保価値を示すために会社財産の状態を表示することに会計
の目的が置かれていたのであるが︑推移した経済的背景の下においてほ非常に流動的であると考えられる脚般投資
家に永続的に営業を続けると仮定される企菜の利益を二定期間毎に把握して株主への配当として与えねばならず︑
そのような期間的利益の計上を合理的に︑換言すれば利害関係者に納得の行くように行なうことが会計の重要な目
的となるのである︒従ってこのような会計の目的の推移に応じて監査の重点も資産および負債を検証して︑財産状
態の表示と事実との合致を確めるよりもむしろ︑期間利益が計上される過程における費用および収益の会計処理の
吟味に重点が置かれねばならないのである︒
更に監査の重点が推移するにつれて監査手続に大きな変化を生じた︒それほAIAが変化の第二の点として述べ
た精査より内部統制組織を利用した試査への移行である︒即ち会計の目的が財産の正確な価値を確定することに
あるのでほなくなったので全ての会計記録を精査する必要はない︒又財務諸表に計上された期間利益に重点を置い
て監査するにしても︑その絶対的正確性を証明しようとすることは期間損益計算の性質上不可能であり︑投資の判
断資料として比較可能な数値を提供するには精査でなく試査によって十分な結果をうることが出来るからである︒
しかしながらこの場合には会社の内部において正確な会計数値が計上されるように途中でチェックする作用をもつ
内部統制組織が整備され︑かつ効果的に運営されていることが必要である︒このような前提を満足しない場合には
監査を試査で行なうことが適当でないのはいうまでもない︒このように内部統制組織が備えられている会社では内
部統制組織に依存し︑試査によって監査を行なうという考え方が公共会討士の監査実務の劇般的基準を示し︑かつ
指導を行なってきたAIAの通牒にあらわれたことほ︑米国の各企業の大規模化か山般的となり︑それに伴って会
社の内部組織において茸任および権限の委譲が不可避的になったので︑経営組織の各階層に委譲された責任が最下
層におけるまで全て適正に遂行され︑かつ権限の行使が正当であ守﹂とを確保する制度が設けられなけれほ︑会社
︵五七こ+ 几 米国における監査報告書の発展畠
妄七二︶ 山二 第三十一一惑 罪五号
の経営は満足的に運営されえなくなっき﹂とを示すのである︒この制度ほ会社内部で行なわれる業務および記帳の
誤謬︑或は不正を自動的に娩出する内部牽制粗放が設定されるばかりでなく︑内部牽制組織の効果の及ばないよう
な箇所での不正および誤謬を摘発する内部監査を担当する部課を設けることも含むのである︒﹁財務諸表の検証﹂
が出された頃にこのような内部牽制組織と内部監査組織とを含めた意味の内部統制組織を備えた会社が社会的に川
︵3︶
般化してきたと見ることができる︒
かくして会社の利害関係者の状態の変化および会社の内部組織の変化は当然企業会計の目的を変え︑従って監査
の重点を推移させ︑更には監査手続を変え︑そのことほ監査報告書においても叉変化を示さざるをえない︒この
﹁財務諸表の検証﹂において示された監査報告書は次のようなものであった︒
﹁我々は一九二九年一月一日より十二月三十山日までの其会社の財務諸表を検証した︒我々は当該貸借対照表お
よび損益計静香が我々の意見においてほ二九二九年十二月三十一日現在の会社の財政状態および当該会計年度の営
︵4︶
共成紋を表示していることを証明する︒﹂
コクランはこの監査報告書は第︷軋監査が会計帳簿の監査より財務諸表の監査へと推移したことを示し︑第二に
監査人は会社の財政状態ばかりでなく営業成績の考不についても意見を述べるのであり︑従って監査の範跡も貸借
対照表ばかりでなく損益計罫書にも及ぶよう紅なったことを示すものとしている︒しかし我々はこの監査報告書は
その当時においてもまだ不完全なものであったと考える︒例えば﹁我々の意見においてほ⁚⁚⁝を証明する﹂とい
︵5︶ う表現は厳密に解すれほ無意味なものであるにも拘わらず使用されている︒更に前述したように﹁財務諸表の瞼
証﹂において監査手続に大きな変化を示しているのであるが︑それが監査報告書において明らかに表示されていな
い︒すなわち一般に認められた監査基準および正規の監査手続の概念がまだ形成されていなかった当時にあって
は︑会計監査を行なう場合に会社側に内部統制組織が備えられ︑合理的に運営されている場合はそれに依存して精 査を行なわないで試査ですますという事情を報告垂直記載しないときは︑報豊田の読者の側においては或るものは 精査で行なわれているものと解し︑或るものは試査によるものと解して利用することが起り︑誤解を招く大きな原 因となるであろう︒又監査報蓋昆おける意見の表明紅ついても同様のことがいえる︒﹁貸借対照表および損益計 莞日ほ会社の財政状態および営業成績を奉不してい為﹂という監査人の意見は何基準として判定したものか明確 ではない︒監査人の公共会計士としての個人的な理論に基づくものか︑或は当時の会計士業界の表的理論に基づ いているのか︑﹁我々の意見においては﹂は二通りに解されるであろう︒意見区分としては﹁一般に認められた会 計原則﹂の概念が成立し︑それが監査報蓋日に導入さ︑れるまでその明確性を確立することはできないであろう︒
︵1︶GeOrgeCOCFrane\→訂A邑−0−芸epOr=−s習旨iOnin−訂⊂・S・A・ごnS2−2C−ed穿di品SinAccO邑ngand
A已itingeditedbyM.E・M焉pす・p・↓N叶
︵2︶Hbidこp・↓N・
︵3︶内部統制組織といっても現在これ竺通ぅの解釈がある︒一づほ内部牽制組織と内部監査組織とを合せて内部統制組織と 考えるものであり︑いま一つは予鈴統制などの計数管理組織と内部監査組織とが内部統制組織を形成すると考えるのであ る︒財務諸費監査は前者の考え方に立つものである︒叉内部監査についても三つの類型が考えられ︑会社紅より︑時代に より重点とする内容が変るのである◇警の類型は内部牽制の不十分な箇所を補強する目的で消極的な財産保全の機能を もつが︑竺彗は歪晋び誤謬の防止監点をおき繊極的な財産保全害なう︒更に第三類動転たると経瞥璧の増 進のために兼務監査貴行なうようになる◇久保田博士は米国では欝〟類型ほ一九一〇年代からニ○年代荒けて︑竺
類型はSECの法定監査が確立し空九三〇年代︑讐一頬型は完四〇年代︑五〇年代と中心的な類型が移っていったと
︵五七重 三 米国における監査報告書の発展目
︵五七四︶一四 第三十三迭﹁筍五骨
されている︵久保田音三郎著内部監査二四トニ五菜︶︒従って当時問題になってきた内部統制における内部監査は竺類
型あるいは第二頼型頬のものであったといえる︒
︵4︶ GeOgeCOC冒an2u Op・Cit・−p・声
︵5︶−bidこp・詔・
四 クルトニフマーレス事件
整莞クランは監査報告書に髭麺妄互えたものとし三九三蒜のクル妄マーレス事件をあ誓いる︒この事
件によって監査人の責任が社会的に問題とされることとなり︑監査人の責任ほ以前より重いものとなり︑監査人ほ
監査報告書において自2の芸任をより用心深く表現しなければならなくなったのである︒この事件が起る以前には
監査人の責任は法的には依頼人紅対するものであって︑監査人は自己の過失によっておよぼした損害についてほ依
頼人に対しては責任を負うが︑第三者に対してほ何等貴任を負わないとされていたのである︒
つまりこのことは一九二〇年代頃までは会計監査の効果は︑単に会社経営者に対してはかりでなく︑会社の外部
の株式投資家あるいほ信用供与者にまでおよび︑従って監査報告書は単に会社の内部で利用されるぼかりでなく︑
会社の外部にいるものによっても利用されることが認識されていなかった︒それほ米国では英国のように株式会社
法によって会計監査が強制されていなかったので︑その採用は経営者の自発的意志ぬ任されており︑例え監査が信
用供与者あるいは株主のために行なわれる場合でも︑会社は金融を受け︑戎腰資本調達を円滑にするための手段と
して監査を利用するのであり︑監査の依頼者は凝営者であるという事情より︑監査人の責任は背後にある監査の受
益者に対するよりもむしろ現実の依頼者である経営者に対して考えられていたのである︒すなわち監査契約は依頼
者である経営者と公共会計士との周で結ばれ︑監査報告書の読者である株主︑戎ほ信用供与者はその契約にほ立会
わない全くの第三者の立場に立っている︒そこで会計士の監査の責任が考えられる場合でも依頼者に対する責任が
クローズ●アップされて︑実際の利用者である第三者に対する責任ほあまり表面化しないという奇妙なことになっ
たのである︒このような状態も監査の採用が経営者の自発的意志に任せられていたことから生じたのであるが︑現
実の社会において信用供与者或は株主︑更には山般投資家が重要な利害関係者集団として会社に対して大きな影響
力をもつようになれば︑会計監査の採用は単に経営者の自発的意志によるのでほなくて︑このような会社をとりま
く利害関係者集団の圧力の結果であると考えねばならない︒このようになれば監査の依頼者が会社経営者であり︑
監査報告書を利用する信用供与者および投資家が監査契約に対しては依然として第三者の立場にあるにしても監査
人はそれら第三者に対しても茸任を負わねばならないことが社会的に認識されるのである︒ウルトラマーレス事件
はこのような社会的背景の下紅おいて起ったのである︒
この事件においては被告であった会討士事務所は山九二四年のほじ協にゴムの輸入および販売を取扱うFred
︵1︶
Stern紆C〇.こnc.は山九二三年十二月三十山日付の貸借対照表を証明した︒その会計士は監査証明書を添付した
貸借対照表を三十二部依頼者に渡したが︑それを依親者が銀行および債権者に表示するであろうということは知っ
ていた︒T万この事件の原告ほ監査証明書の添付された貸借対照表を信新して依頼者の会社に多額の貸付を行なっ
た債権者であったが︑会計士としてほその貸借対照表がその特定の者に奉不されることほ知っていなかったのであ
る︒所が山〇七万ドルの純益が問題の貸借対照表には計上されていたが︑実際ほその会社は支払不能状態にあり︑
約二〇万ドルの欠損が出ていたのである︒それほ二十五万ドル以上の架空の売掛金を含むことによって資産が過大
表示され︑叉負債の側においては三十万ドル以上の買掛金を計上していなかったために負債が過小表示されていた
︵五七五︶ 一五 米国における監査報告書の発展目
︵五七六︶一六 彗重義罪五骨 からである︒監査人はこれらの虚偽の表示を摘発できなかったのであるが︑債権者が損害を蒙ったことによってそ
︵2︶
のことが明るみにだされたのである︒
この事件では一九二六年の九月に訴証が起され︑最後にはこふー去−ク州の璧同裁判所である控訴院︵COurtOf
App邑s︶把持ち込せれ︑完三年に判決が下されたのである︒裁判所は監査契約における監査人の責任は依叔
者に対してのみ存在するのであり︑依頼者に対して監査人は自己の過失に対して責任を負わねばならない︒しか
し監査契約に関与していない警要は監査人の過失に対して責任を追求することができない︒第三者が監査人の
茸任を追求することのできるのは民事上の責任であるので︑監査人の側に単なる過失よりも程度の大である重過失
︵grOSSne覧gence︶或は虚偽︵fra阜がある場合であると判決が下されたのである︒この事件においてほ裁判
所は提出された証拠から判断すれば監査人に過失があったことが立証されるが︑第三者に音扁を生ぜしめる程の蚤
大なものではなかったという緒論に達したのである︒裁判所ほ次のように述べている︒
﹁原告︵公共会計士−−聾者註︶は法律によって虚偽を行なうことなく証明書を作成すべきであるとされている
重任および職業的にみて適正であると考えられる注意を払うべきであるという契約から生じた責任を依頼者に対し
て負っている︒虚偽とほ実際に知識なきにも拘わらず︑知っているふりをすることを意味する︒依願者が証明書を
提示した債権者および投資家紅対して原告は虚偽のない証明磐を作成する責任をもつ︒何故ならば証明番作成の場
合依頼者がそれを自分の手許でだけ保管することを意図していないことを知っているからである︒
しかし原告が証明書を過失なく作成すべき茸任を債権者および投資家に対して負うかどうかという問題とその事
とは別である︒もし過失に対する茸任があるとなると無分別な失敗とか偽りの記帳にかくされた窃盗あるいは偽造
を摘発できなかったとき望見任がかかることになり︑非常に無制限の時間および経費を払うべき責任を会計士に負
わすことになる︒このような条件の下紅おいておこなわれる仕事の困難さは箇任の考え方に欠点があるからでほな
︵3︶
いかという疑問を生ぜしめる程に大きいのである︒﹂
そこで裁判所としてほ会計士にこのような過大な責任を負わすことは適当でないので︑﹁過失が虚偽と見なされ
る程大きくなければ第三者に対する貴任は何等生じない︒第三者に対する責任が生じる場合紅ほ会計士が知ってい
る重要な事実の不正表示が存在しなければならない︒又それが証明醤に基づいて活動する他の関係者を欺く︑或は
導く意図でなされたものでなければならない︒又関係者の損害が実際にそれを信頼したことから生じたものでなけ
︵4︶
ればならない﹂︑として監査人の重過失に責任を負わしたが︑その挙証責任は第三者の側紅あるとされていた︒この
挙証受任は一九三〇年代の証券投資家保護立法によってのちに会計士の側軋逆転され︑会計士の監査人としての葺
任はいよいよ重くなったのである︒
更に裁判所ほ過失がどの程度になると虚偽になるかについて﹁我々の判決は会計士の虚偽を許すものでほない︒
もしも充分な信念のない所見を正当であると述べるような過失ほ許されない︒何故ならばそれは虚偽であるからで
ある︒もしもこれより小さい程度の過失であることが立証され︑もしも無分別な間違った表示も︑不誠実な意見表
明もなくて唯正直な過失があるだけの場合には過失の責任は契約によって定められ︑契約当事者の間で追求される
︵∂︶ べきものである︒﹂
かくして裁判所も会計士の監査報告書が単に事実の証明書ではなく︑事実の表示と意見の表明との両者を含むも
のであることを認め︑意見の表明には充分な証拠にょって支えられた誠実な確信に基づくものでなければならない
ことを明らかにしたのである︒しかしこの判決が公共会計士に大きな衝撃を与えたことは確かであり︑監査報告醤
の作成について反省する機会を与えたものである︒当時のジャーナル・オブ・アカウンタンレイーはこれに関連し
米国紅おける監査報告沓の発展目 ︵五七七︶ 一七
︵五七八︶ 一八 第三十三巻 第五号
て次のよう軋述べている︒﹁全ての会計士の報告書ほ依東人にの魂提出される︒⁝⁝⁝会計士は事実を取り扱う部
分︵即ち監査の範囲︶と意見を取り扱う部分とに報告書を分割するであろう︒会計士は恐らく証明書を放棄して単
に報告書を作成するであろう⁝⁚⁚⁚︒長い間使用してきた﹃証明する﹄という言葉は全く不適当であり︑放棄せら
改善を指導している︒
つまり公共会計士は監査契約の当事者でほない第三者に対しても責任を負うぺきこととされたので監査報告書の
作成においてもその事を考慮せねぼならなくなったのである︒監査報告書を第三者が事実の証明書と解すれば公共
会封士の責任は過大紅なる︒そこで報告書の内には事実の表示をおこなう範勘区分と監査人の意見を表明する意見
区分との二つが含まれることを明らか軋するように記載することが必要になり︑同様の意味から﹁証明する﹂とい
う文句を省くのである︒更に又英国式の報告書の影響な受けて時々使用されていた﹁会計帳紙と仙致㌢る﹂という
表現も省かれるよう紅なった︒それはその表現自体が不明確であることは勿論であるが︑単に総勘定元帳残高が貸
借対照表の数値と一致することを意味すると解すればそのことは実際には無意味なことであり︑又会計帳簿全体の
語数値の一致を意味するものとすれば当時において監査が内部統制組織に依存して試査で行なわれ始めたのである
ので︑試査ではこのJろな完全な二致を証明することほ不可能であるので適当でほなくなったのである︒
このクル†ラマーレス事件の影響を反映した監査報告書として次のものがあげられている︒
﹁我々は山九三仙年十二月三山日終了会計年度の其会社の財務諸表な監査した︒我々の意見においては当該貸借
対照表および損益計算書は一九三仙年十二月三∵日現在の会社の財政状態および同日終了の会計年度の営業成於を
︵71︶
表示している︒﹂ れるであろう︒
︵6︶意見を証明するということほ全く馬鹿げている﹂と述べ︑新しい事態における監査報告書の
この報告書様式は監査について第三者に責任を負うぺきことが社会的に認められてきた状勢下において法律事件
を契機としてコモンローにおいて第三者に対する箕任が明確にされたことの反映である︒そこで監査人としての芸
任を用心深く防衛するために過大な責任を生ぜしめる証明書としての性格を取り除き︑意見表明菖としての性格を
強くおし出すことになったのである︒前掲の報告書様式を見て感じることは責任に対する配慮から︑報告書が全く
簡単になっていることである︒それほ責任の回避からは適当であるとしてもその報告書が情報を伝えるのに充分な
ものであるとはいえない︒即ち範囲区分でほ実施した監査の範囲が明確に表示されていないしヾ意見区分では明碓
な意見表明がされていない︒範組区分でほ監査の範囲を表示する基準概念が︑意見区分では財務諸表に対する意見
の基準概念が導入されるまでほ︑その詳細な記述が.必要であろう︒しかし詳細な記述ほ着任の回避の点から見れば
むしろ危険であるのでかく簡単化が企てられたのであろう︒従ってこの報告蕃ほ﹁仙般に認められた監査基準﹂お
よぴ般に認められた会計原則﹂の概念の導入に至るまでの経過的な性格のものであるといえる︒
︵1︶ Sau−Le童↓ AccOuntantSLega−RespO宏bi≡y−減摩 p・∽∽■この事件で問題となった監査報告酋は次のようなものであ
った︒We許諾e粥amined t訂AccO亡已00Of守ed Stern紆C〇.︸Hnc.−fOr t訂year ending Uecember∽−﹀−民声 aヨd
herebyceユifytbattheanne舛edbalance s訂etisinaccOrdance t訂rewith and witビt訂infOrmatiOn and e舛p−anaこOnS
gi諾nu∽.We furtber certifytbat﹀ Subject tO prOまsi昌fOr federa−t試eS On incOme一t訂said statement﹀−n O弓
OpiniOn︸preSentのatr房and cO旨ectまew Of the financia−cOnditiOn Of守ed Stern紆CPい Incこ aS at December
∽−−−㌶∽・この監査報告審は﹁我々に与えられた報告および説明と山致している﹂とか︑﹁財政状態の真実かつ正確な表
示﹂とかのように英国の会社法に基づく監査役監査紅おいて作成される監査報告讃の様式に非常に頬似している︒
︵2︶ Sa已どくy−Op■Cit.﹀p◆ 箋●
米国紅おける監査報告書の発展目 ︵五七九︶ 山九
米国においては一九二九年の﹁財務譜表の検証﹂によって財務会計の目的は財産計算より損益計算への転換を示
し始めたのである︒これは︼つには企巣が大規模化する紅つれて固定資産が増大し︑そのために利益を財産計算に
よって算出することが困難になり︑どう⊥ても帳簿記録を基礎とする期間損益計算によって算出せざるを得なくな
ったことと︑他方においてほ財務会計の報告対象として会社の収益力の指標としての期間損益に関心をもつ流動的
な投資家層が重要になったことに原因している︒更に前述したクルトラマーレス事件が生じたというのも結局現実
の社会制度において監査契約の第三者である投資家が監査の受益者として重要な位置を占めていることを現実の側
から主張したのに他ならない︒
このような現実の動きが顕著になったことによって投資家保護を目的とする監査が社会制度の一環として制度化
されねばならないのであるが︑丁度その時に生じた脚九二九年の大恐慌によって山挙に制度化へと移されたのであ
る︒しかしながら二九二九年の大恐慌を生ぜしめた諸原因と山九三〇年代の投資家保護立法に基づく監査の目的と
の問にほ直接的関連ほないのである︒このことほ第二軍で既に説明したように大恐慌によって起された一般感情が 第三十三巻 弟五号
︵3︶−bid.−p・∽−●
︵4︶ GeOrg2COCぎane︸︵壱・Cit●−p・諾・
︵5︶ Sa已Le童◆Op●Cit■−pp・㍑〜∽︺・
︵6︶ GeOrgeCOC罫aヨe︸Op・Cit・﹀p・烹・
︵7︶ lbid.﹀p・↓P
五一叫声−ヨーク株式取引所とAIAの協力 ︵五入〇︶ 二〇
会社の状態の公開を要求し︑これを契機として当時の社会で慣行的に行なわれてきた監査に成文法の支持が与えら
れたにちがいない︒この成文法化の基礎となったのがこふーヨーク株式取引所とAIAとの協力的活動の成果であ
ったのである︒
ニふーヨーク株式取引所とAIAとが協力して各会社の財務報告の実務の指導にのりだしたのは︑一九二九年の
大恐慌を機会に公共的立場にある人︑職業人︑仙般大衆が過去の誤解を招くような財務報告を改善するような手段
がとられることを要望したのに応じたのである︒恐慌の原因が直接的には何であったかは問題外としても︑脚般の
批判が財務諸表の作成実務に向けられたのであるから︑大恐慌によって混乱した証券市場を正常化しょうと苦心し
ている株式取引所と過去数十年問会社の会計実務を担当し︑或は批判し︑更に指導してきた公共会計士の団体であ
るAIAとが協力体制をとったのほ誠に妥当なことである︒そこで一九三二年九月より山九三四年一月までの間︑
AIAの株式取引所協力特別委員会とニュー・ヨーク株式取引所の株式上場委員会との問に協力的会議がもたれ︑活
︵1︶
勤したのである︒
一九三二年九月二二日の株式上場委員会へのAIAの特別委員会の書簡でほ財務諸表の佐野が一般に誤解されて
いるので次の二つのことが必要であるとのべていた︒欝山ほ一般投資家に企業会計の意義︑価値およびその限界に
ついて啓蒙教育することであり︑第二ほ会社の公表する財務諸表をより情報的︑そして権威あるものにすることで
ある︒
これらの必要に応じて現状を改著するには二つの方法が考えられる︒一つの方法ほ現実に行なわれている一般に
承認された会計処理の方法の内から特定菜種の会社に特定の会計原則を選び出してそれを強制する方法である︒こ
れほ鉄道等の公益事業に適用されている方法であるが︑委員会でほこれを山般の商工業会社に適用することに対し
︵五八こ 二山 米国における監査報告書の発展目
︵五八二︶ 二二 第三十三巻 欝五号
て非常な反論があった︒第二の方法ほ委員会がより実際的なものと考えたのであるが︑それは各会社に会計方法の
選択について非常に巾の広い自由を認め牒が︑その代りに会社が採用した会計方法を公表すると共にその適用の地
ハ2︶
続性を要求するものである︒そして次のようなことが有用であるとしている︒
H 投資家大衆に近代の大会社の貸借対照表ほその会社の資産および負債の現在価値を表示することを意図する
ものでほないことを理解させること︒
日 貸借対照表は必らず全く歴史的かつ慣習的な性質のものである事実を強調し︑種々の資産がどのような基準
紅従って表示されているかをより明瞭に示す貸借対顔表の改良した様式を奨励すること︒
臼 損益勘定が基本的に重要であるととを強調すること︒このことほ経営が主として収益力に依存している事実
によって説明される︒そして毎年の▲損益勘定がもしも当該年度の諸条件下における経営の収益力を最もよく反映
し︑かつ合理的に理解されるよう匹作成されていなければそれを不満足なものとすることを明らかにすること︒
画 巾の広くかつ一般に承認された会計原則 ︵certain b岩ad aロd geロera−首accepted princip−es Of accO亡T
nting︶を上場会社に認めさすこと︒そしてこのような巾の広い範囲内でほ会社が自己に最も良く適合する詳細な
会計方法を選択することを許すこと︒しかし
如 各上場会社に会計部門の手引となる程詳細に採用している会計および報告の方法の規程書を作成することを
要求すること︒この経理規程智が会計担当者を拘滅するように取締役会がそれを採択すること︒そしてその経理規
程書を取引所紅提出し︑如何なる株主にも合理的な料金によって利用できるようにする︒
㈲ 郁決定された諸方法は毎年継続して採用されること︒闇もしも諸原則の変更︑或はその適用方法に重要な
変吏が生じれば︑株主および取引所はこのような変更の影響が現われる最初の財務諸表が提出されるときにそのこ
とが必らず報告されること︒
何監査人ほ財務諸表が既紅示きれた会社の採用した会計方法に従って作成されているかどうかを株主に璧︒す
るように監査証明沓の様式を改尊するように努力すること︒
これらの諸提案は先の二つの重要な目的︑即ち一般大衆の啓崇敬育と財務諸表の改善とを達成するための具体的
要点を示したものである︒そのために叫般大衆に企集会計の本質が会社の規模の増大紅よって変化を生じ︑貸借対
照表が以前のように会社財産の現在価値を表示するものではなく︑期間損益計算の結果作成されたものであり︑原
価主義を前提としているために貸借対照表ほ歴史的な価額を表示するにすぎないことを誤解させないようにしなけ
ればならないし︑企業の価値は収益力によって判断されるので︑収益力の表示である損益勘定を重視するよう啓蒙
しなければならない︒借方において会社側の作成する財務諸表に多くの仙般投資家が依存していることが恐慌によ
り明らかにされたので︑企業会斜に何らかの社会的規制を加えることが必要になったのである︒特別委員会が公益
事巣の場合のように特定の会封方法を強制する方法をとらなかったのは︑公益事業統制ほ料金統制に蚤点を匿いて
いるので特定の会計方法の強制が必要であるが︑一般私企業の場合にほ経営活動の自由は基本的に認めるのである
から︑特定の会計方法の強制は経営政策の大きな制限になり︑その実施ほ不可能であるからである︒そこで﹁巾の
広い仙般紅認められた会計原則﹂の内から会社の事情に応じたものを自由匹遊んで採用することを許し︑その代り
に採用した会計方法を公表させ︑かつ又継続的適用を行なぁせる方法をとつたのである︒この﹁一般に認められた
会計原則﹂ほ社会公共の立場から妥当と見られるもので会計についての山つの社会的基準である︒会社がこのよう
な社会的基準に従って財務諸表を作成することを確保するために︑監査人が山般投資家に代って財務諸表を監査し
てその結果を監査報告書において株主に報告するのである︒このAIAの特別委員会の提案に応じて監査報告書は
︵五八三︶ 二三 米国における監査報告事の発展目
︵五八四︶ 二四 第三十三塵 界五骨
改善されねばならなくなった︒即ちコ般に承認きれた会計原則﹂の概念の導入によって意見区分に大きな影饗が
与えられたのである︒
所でニューヨーク株式取引所はこれらの意見を参考にしてコ九三二年四月以降匿おいて証券の上場を申請する
会社に対して︑次のような内容の契約を結ぶことを要求してきた︒即ち契約の日から三ケ月以後に公表さるぺき決
算財務諸表は︑州法または国法によって検定を受けた独立の会計士の監査を受けるぺきであること︑そしてその監
査の範囲と意見とを記載する監査証明書を添付すべきことである︒⁚⁝:⁚しかしながらこの契約では株式上場申請
︵3︶
の際に監査を受けた財務諸表を取引所へ提出すべきことは要求していなかった︒﹂ 所が﹁今度はこれを改めて︑一
九三三年脚月以降は︑全ての上場申請にあたって︑最近の事業年度の貸借対照表︑損益計算書および剰余金計算書
を取引所に提出し︑更に財務譜表の正確性を証明した会計士の監査証明書を添付することを要求することになった
︵4︶ のである︒﹂
かくして監査は自発的採用より強制的採用へと推移せねばならなくなった︒証券取引所としてほ上場会社の監査
人がこの場合に行なう監査手続は﹁財務諸表の検証﹂に記載されている程度は十分行なわれなければならないとし
︵5︶
ていた︒更にこの監査においてほ精査をしなければならないか︑或は試査で行なうかは監査人の責任が全ての不
正︑誤謬の摘発に及ぶか否かに関係する重要な問題である︒AIAがニューヨーク株式上場委員会に出した山九三
三年十二月二一日付の書簡では﹁委員会ほ大会社の場合には諸取引の安全は主として内部組織の問題であることを
認めているが︑適当な場合には精細監査が価値のあることを認めているのは明らかである︒内部牽制および内部統
制が制限されている所では精細監査は有用な目的に役立つ︒しかしどのような監査も十分な内部牽制が不可能な程
に粗放が小さい場合を除いて内部牽制および内部統制に代替しうるものでほない︒・⁝・ しかしながら我々はその
ような内部の財産保全組織が費用と比較して望ましいものであるかどうか危険を評価するのほ常に経営者の判断の
問題であることを指摘する?全ての問題は判断にあるのであり︑もしある場合に不正が行なわれていたのにそれを
摘発できなかったような場合ほ公共会計士ほ損害賠償責任を引受けないが︑唯内部牽制および統制の方法と範囲を
︵8︶
検討する際におかした誤りについてほ公共会計士は非難を受けるのである︒﹂これらのことは監査報告書においてほ
範囲区分に影響を与えるべきものであって︑そこにおいて監査ほ以前のように精査によるのではなく試査を前提と
するようになり︑その為に内部牽制組織の検討が必要になったらとを表示塵ねばならないであろう︒
以上述べたようなAIAの特別委員会とニューヨーク株式取引所上場委員会との協力によって明確にされた点に
基づいて次の報告書様式が生れでたのである︒
﹁我々は山九三三年十二月三仙日付の其会社の貸借対照表︑一九三三年度の損益計算書および剰余金計算書の監
査を行なった︒そこで我々ほ会社の会計記録および附属の渚書類を検査および試査し︑かつ︑会社の役員および従
業員より報告および説明を得た︒我々ほ又会討方法および損益勘定を全般的に換査した︒しかし我々は諸取引の精
細な監査を行なわなかった︒我々の意見においてはこのような監査に基づいて貸借対照表︑損益計算書および剰余
金計算書は被監査会社の一九三三年十二月三一日の財政状態およぴその年度の営業成績を継続的に適用された一般
︵7︶
に認められた会計原則に従って適正に表示している︒﹂
︵8︶