かえり舟(彫塑〉
著者 坂 青嵐
雑誌名 北海道女子短期大学研究紀要
巻 11
ページ 208‑208
発行年 1978
URL http://id.nii.ac.jp/1136/00001978/
208 作 品 発 表
かえり舟(彫塑) 坂
海の彼方に陽が落ちる頃,浜のテ トラポットの上に一人立ちつくす老 人が目にうつる。息子か孫の帰りを 待って,立って居るのだろうか。
海の鳴る音と夕暮れにねぐらに帰 るゴメの鳴き声とが物かなしく聞え て来る。海辺の漁村を歩いて居ると 必ず目に付く風景だ。毎日々々人は 働く事に追われ懸命なのだが,いつ の聞にか年寄ってしまう。ふと気が ついた頃には年寄の仲間になって居 る。自分だけはそうではないぞと思 い乍ら,自分も其の中の一人なのだ。
そんな事等々考え乍ら作った作品だ。
それとテトラポットの上に居る人が 何となくちょこんと止って居る鳥の 様に見えた事も面白かった。又其の 老人がとても物語的な顔をして居た 事もある。色々な事を自分の頭の中 に描かせてくれた。
或る日,私の学生時代だったが朝 倉先生の作の「墓守り」と云う作品
青 嵐
を見た時だった。私の頭をものすごく強くなぐられた様に感じたのである。色々な物語り が次から次と頭の中を廻転する。しばらくは其処から動けなかった事である。これが芸術 に感動した事なのである。其の作品は 老人が一人立って居るだけなのになぜそんな感じ がするのだろうか。其の作品は今でも私を同じ感情を持たせるのである。幾度見ても前と 同じである。それがほんとうの芸術なのだと思う。文字を使って説明したりしなければ分 らないものはどうかと思う。作品を見る人に感じさせ感動させるものこそ芸術作品と言え よう。最近,或る人との話の中で「心あるもの」と言う事にふれたが,その心ある形を作 りたいので大変なのだ。一生作り続けても それが出来るものかどうか分らない。