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養護・訓練の時間における精神薄弱児に対する指導事例

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養護・訓練の時間における精神薄弱児に対する指導事例 一「受け」「図地関係」に基づく動作訓練法(仮称)を用いての行動変容

菱 沼 昇 一

(1985年11月5日受理)

1。 は じ め に

昭和54年度養護学校入学義務化に伴い,精神薄弱養護学校における児童・生徒の実態は重度化・多 様化の様相を呈してきている。従来は知的能力の劣弱化に焦点をあてた教育課程が主に編成され,指 導が試みられたが,現在では,重度化・多様化の実態に対応すべく種々の実践化が図られ,その成果 があげられている分野もある。しかし,養護・訓練(以下養・訓という)においては実践研究が浅く 資料も少ないために適切な指導が展開されているとは言い難い場面も多くみられる。多動のために席 に着くことすらできない児童に,例えば,背に20kgの荷を背負わせ内庭を20周することを日課とし,疲 れ果てて温しくなり,多動な行動の軽減化を図るとか,さらに他の例では,訓練と称して逆立ちにさ せる等アクロバットまがいの指導が公然と行なわれている等これらはまさに苦痛を与えるのみで,子

どもの実態を的確にとらえた指導でないことは一目瞭然である。

このような教育を逸脱する内容の訓練が一部で行なわれている要因として,精神薄弱教育において さえも養・訓の領域でかかわる課題があったが教科を中心とした領域,日常生活の指導,生活単元学 習等の指導形態が充実していたため,実践化が深まらなかった。さらに,義務化以後の重度化・多様 化に対する指導方法に見通しがもてず教師が模索中であったことが主にあげられる。

「特殊教育諸学校学習指導要領解説一養護学校(精神薄弱教育)編一」養・訓の領域では,「精神薄 弱に随伴して表れる言語機能,感覚・知覚,運動機能,情緒・行動などにおける発達上の偏りへの対 応がその内容として取り上げられることとなろう」と定義し,さらに「精神薄弱養護学校の養・訓の 具体的内容については,今後の研究にまたなければならない」と指摘している。

このことからも今後,精神薄弱教育における養・訓の指導内容,訓練方法は数多くの実践研究がな されることと思われるが,実践上配慮すべきことは,いかに効果のある訓練であっても教育になじむ ことが第一であり,危険の防止,指導者の自己満足に陥いった結果,子どもを疎外した授業にならな いためにも,その内容が教育になじむか否かを常に問いながら指導を進めなければならない。

以上,精神薄弱教育における養・訓の概要を述べたが,ここでは養・訓の実践例を通じて精神薄弱 教育になじ哲と思われる動作訓練法の新しい試み及びその効果について述べてみたい。

2.動作訓練とは

成瀬(1974)は,動作を意図一努カー身体運動の一連の過程としてとらえ,それを動作訓練法とな ずけ,以後動作改善をうながす訓練法として開発され,発展してきた。脳性まひ児の身体の動きを心 理学の観点から究明したもので,従来脳性まひ児の行動の不全は心理面のコントロールの未熟による

ものと考えられていたが,むしろ動作系のコントロールに問題あるととらえている。

(2)

最近は脳性まひ児の動作改善に適用するばかりでなく,多動行動・自閉行動を示す子ども,精神遅 退児等脳損傷を有する子どもや精神分裂病患者への適用を図り,各々の研究成果が報告されている。

それらについて2〜3例を掲げておくに,

今野(1978)は腕あげ動作コントロール訓練法を開発し,その方法を用いて多動的・自閉的傾向を 示す子どもの行動の改善を試みた。その結果,多動的・自閉的行動を示す子どもにみられる固執行動 や常同行動の減少や消失,新しい環境への適応や対人関係等に改善がみられ,脳性まひ児以外の脳損 傷児(者)に対して効果のある訓練法として注目された最初の事例である。

この今野の腕あげ動作訓練法を契機として「重度精神遅退児に対する立位訓練(円位:1982)」「ダウ ン症児に対する弛緩訓練(田中:年度不明)」「分裂病患者への適用(鶴:1982)」等の研究が次々と発 表されてきている。このことを教育の立場からとらえると,動作訓練法が肢体不自由教育の分野にと

どまらず,精神薄弱教育の分野にまで広範囲に適用できることが証明されたわけである。

3. 「受け」「図地関係」による動作訓練

円井(茨城県コロニー「あすなろ」)は成瀬(九州大学)大野(筑波大学)が提唱した動作訓練法を 基にし,実践を通じて「受け」「図地関係」に基づく動作訓練法を開発した。さらにそれを茨城心理リ ハビリティーション研究会において応用し,実践面,理論面に発展を試みたわけである。

「受け」「図地関係」に基づいた動作訓練法の内容については当初より実践研究が先行しがちのため 理論的にはまだ十分にまとめられていないが現段階においては以下のように要約できるであろう。

「身体各部位に起こるゆるみも緊張も別々の働きをするのでなく,常に表裏一体となり,1つのま とまりとして動いている。その現象を図地関係としてとらえることができる。ゆるみをゆるみとして       ●

F知するためには緊張との比較によってより明確になるだろうと考え,ゆるみを図としてとらえさせ

        ●      ●       ●

驍ニきには緊張を地とし,緊張を図とするときには同時にゆるみを地として訓練を展開するわけであ る。」さらに,「それらの図地関係を可能にするためにはその動きを受ける身体の動きも又必要になり,

●   ●

それを受けとしてとらえる。」である。

以上示した定義に従って訓練を進めた場合,教育場面においてどのような効果が得られるのかをM 子の事例を通して究明することにする。

4.実 践 事 例

(1)プロフィール

。対象児 M子(女)小学部6年 訓練開始11才4ケ月

。家族構成 両親 弟2人

。IQ 測定不能

。教育相談での主訴 足が弱くなりあまり長く歩けないので,しっかりと歩行をさせたい。足を強 くするために家では散歩を行っている。

。その他 てんかん発作を抑えるため抗けいれん剤を服用

(2)訓練開始時の様子

・歩行の様子 膝を曲げ,腰を引き,上体を前かがみにし,あごをつき出して歩く。尻が後方に引

けてしまい,特に右腰の引けがめだつ。右脚に体重を十分に乗せずに左脚を前方に出すため右腰

をカクンと落とすことが時々ある。そのため出した左脚が交叉してしまい次に出そうとした右脚

(3)

の足首の甲を左脚のかかとにひっかけてしまい,前方 に倒れてしまう。駆け足をすると肩を前方へ突き出し 足をもつれさせるが,倒れまいと両腕を挙げてバラン

→ スをとっている。長く歩くことは苦手で疲れると座り 込んでしまい,バギーに乗って移動している。

       。行動の様子 シュロボウキやおもちゃのショベル,一訓練前(細線)一  一訓練後(太線)一

バケツ等適度な長さの物を常に右手に握っている。特

図1 ボディ・ダイナミックス      にホースには興味を示し,雨の日でもホースを握り,

マンホールのふたの取手にできた水たまりにホースの先を突込んで喜々として何時間でも遊んで いる。指示の理解はほとんど得られず,握っている物を取りあげられる,気の向くまま歩き回る ことの禁止や規制が加えられる,さらには自分の意図した行動が阻止されたときなど,座り込ん でしまう,大の字にひっくり返る等の行動を示す。その場合他動的に立たせようとする全身の力 を抜いて立とうとしないことが多い。

日常生活場面においては衣服の着脱,トイレ等はほとんど全面介助で,好きな食べ物をフォー クで刺して食べるが,十分に刺せず口に運ぶ途中で落としてしまうことが多い。自分で食べるこ とは長く続かず,教師に食べさせてくれとフォークを突き出すのがほとんどである。

以上のことからM子の行動には知的能力の低さに加え,動きの不自由のため,自ら課題に関り,

それを解決する経験が皆無であることが認められ,行動の阻止,禁止時の興奮行動,指示理解の 困難さにみられる乏しい自己制御能力を高めることはM子の行動変容をうながす大きな要因と考

えられる。

③ 訓練の経過

ア 訓練課題 歩行動作の改善を主なる目的として イ 訓練方法 「受け」「図地関係」に基づく動作訓練法

ウ 指導時間 抽出養・訓で訓練時間の1単位時間は20分〜30分

工 訓練経過 訓練は5月〜10月の半年間13セッション行った。5月〜7月10セッシン,10月3セ ッションの割合である。

M子は腰まわり,背まわり,肩まわりに慢性的な強い緊張がみられ,尻をつき出しての立位,

歩行の姿勢からもわかるように太腿部前面に特に強い緊張が認められる。そのため,腰まわり,

背まわり,肩まわりの弛緩訓練を行い動作の改善をめざした。短時間で効果のある指導,M子の 体の大きさの2点を考慮し,「受け」「図地関係」が身体動作として明確に受けとめられやすい膝立

ちでの躯幹のひねり(図2),横臥位での躯幹のひねり(図3)の2つの訓練技法を用いた。

o       〔膝立ちでの躯幹のひねり〕まず

o o 練者は腕を被訓練者の腹部と肩部

o

ひねり

に回し,腹部が前方に突き出さな

0         ●ブロック O受け     どちらかに躯幹を被訓練者の動き o ●       にあわせてひねりを加えてゆく。

図2膝立ちでの輻幹のひねり 図3横臥位での躯幹のひねり この訓練では上体の動きを膝で受

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けさせ,くの字姿勢の大腿部前面を伸ばす緊張を出させると同時にひねりを加えられた躯幹のゆ るみをうながしてゆく。重要なことは,膝を基盤とした姿勢の保持(受け)から始まり,大腿部 前面を意図的に伸ばす(地)ことによって躯幹を意図的にゆるませる(図)という動きを系統的 にとらえる内容から成り立たせることにある。そこには,自己の身体動作に能動的に関わり,動 きを意図的に制御する姿がみられる。

横臥位での躯幹のひねりにより大腿部前面,腰まわり,背まわりのゆるみをうながし,次に,

膝立ちでの躯幹のひねりの手順に従って訓練を進めていった。1〜10セッションまでは上体の動 きを膝で受けていた。が,腰まわりの緊張がゆるみ,そこでの動きを自己のものとして使えるよう になった11セクションからは大腿部前面を中心とした腰をも受けとすることが出来,躯幹のひね りでのゆるみが容易に得られるようになった。

腰まわり,肩・背まわりでの不当な動きの改善がみられるにつれて,不安定だった右脚への重 心移動が柔軟になり,そのため歩行時の左脚の踵に右足首の甲をひっかけるまずい動きは全くな くなり,安定した歩行動作が得られるようになった。その結果,主に歩行の安定や物を握るだけ に使われていた手が,本来使われるべき手の役割を果たすことができるようになり,M子の学校 生活における新たな学習課題を設定することが出来た。

その一・つは靴を脱ぐ指導である。今まで床にべったりと座り靴を脱いでいたが,片手を下駄箱 につかまらせ,片足つつあげながら一本足立ちの姿勢のまま,一方の手で靴を脱げるようになっ た。次に,給食時,重い食器や食管を両手に下げて運搬する,宿泊学習で長い距離を歩く,抱え られるようにして乗っていたバスにも高いステップを手すりにつかまりながら一人で登りイスに 着席する等未分野であった学習課題を次々に獲得していった。すべてにわたって介助を必要とし たM子の生活からは考えられないような大きな変化といえる。このような急激とも思われる動作 上の変化に伴って実は心理面の変化も大きく浮き彫りにされてきたのである。

5.訓練経過に伴う行動の変容

「M子の表情が以前と違ってきた。顔つきがきつく見えるが,それは他のものをじっと見つめてい るため目っきが鋭くなっている。以前は目に幕が降りたように生気がなく,どんよりとしており,ま るで外界から自分をしゃ断しているようだった。」との9月に聞いた他の先生のM子に対する観察所見 であった。徐々にではあるが,行動に変化は見られていたが,これをきっかけに改めてM子の日常 活動を追ってみるといままでに見られなかった新たな行動が観察された。自分の好きなジュースを選 んで飲む,好き,嫌いを態度ではっきり示す等であり,そこには外界との関わりの中で自己の動きを 意図的に制御している様子がうかがえる。そこで,でてきたアクティブな行動の定着化をはかるとと

もに,生活能力の獲得をねらいとし,その視点を「指示理解」に求め,実践指導を試みた。

一般的に「指示」と言うと言語指示を思いうがべるが,知的に障害を有する子どもに言語による指 示を与えた場合,活動に困難さを示す場面が数多く見受けられ,言語指示理解の未熟さが指摘できる。

その主な理由として,2つあげられる。その1つは,知的能力の低下により言語の持つ意味内容理解 を出来ないものがあり,第2として,相手のことばを聞こうとすることに自己の注意を向けられない

ことである。重度精神遅退児と思われるM子にみられる指示理解の困難さは後者の要因がかなり強い

と思われる。

(1)動きの援助による指示理解(9月〜)

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ア 身体Aの働きかけ 前述したように能動的に外界とかかわるきざしがM子にみられたが,それ が言語指示に従って自己を制御するまでには至っていない。そのため,自己制御を可能にするよ

うな指導プログラムを用意することにより指示理解の形成をめざした。

その第一段階として,M子の身体に直接働きかけることからはじめた。筆者がM子の手をとり対 象物まで持ってゆき,そこでのM子の反応に応じて指導を行うわけである。手に取って靴を掴ま せる,食器入れの取っ手を握らせる等他動的にM子の身体に働きかけることにより,靴を掴んで 持ち床に下ろす,食器入れを持ち上げて連ぶなど今まで全面的な介助を必要とした場面において

も,自発的な学習が可能になったわけであり,この方法の実施後,M子の学習の参加が多様化し てきた。しかし,自分で興味のある遊び,作業等の学習から離れ,次の学習へ移るときにみせる 座り込みや大の字にところかまわず寝そべるなど,自己の身体を放棄する行動はまだ行なってい

る。

イ 踵鋸姿勢からの立ち上がり

座り込みや大の字に寝そべる状態のときには,ことばかけによる結果を与えても,抱えあげて 無理に立ち上がらせても興味のある方に気をとられ,自ら立ちあがろうとはしない。又,立ち上 がらせられても2・3歩いて再び座り込んでしまう。そこで,立ち上がりの指示をM子の動きに 組み込ませる方法で理解をうながしたわけである。

③      座っているM子は他動的に踵鋸姿勢をとらされ,後方

●   ●   ●

、 内      から支えられた両腕を内方向に肩脚骨の間をしめるよう     方  立

@ ケ向 ち      に押し込まれると,自ら立ち上がり歩行を始めるのであ

繍象  る.自らの躰を意図的働かして立ち上がったM子は

しめる岡り カ欝驚ζ繍毒盤1膿譜

①瑠一撫離鵡この指導から・躰1・直接働勤ることは指示の

理解をうながすに有効で,言語指示理解に困難さを示す

図4 踵鋸姿勢からの立上がり      重度な障害を有する子どもにも指示内容が理解できる具

体的な指導法でありさらには,日常生活の中で使える効果のある実践法であることがわかった。

この時期,家庭から感情表出がはっきりとし,表肩が豊かになった。又,ふらふらと無目的に歩 き回ることが少なくなり,落ち着いた態度がみられる。などが報告されている。

(2)指差しによる指示理解(9月後半)

日常での活動が活発さを増すにつれて寝そべりがなくなり,座り込んでも両腕へのわずかな押し で立ち上がるようになった。又,手をそえて下靴に持ってゆくだけで下駄箱から靴を取る。上靴を 片足立ちになって脱ぐ。片足をあげて下靴を履かせてもらうのを待つ。という一連の動きも可能に なった。この時期,M子が手を導びかれる対象物に必ず視線を向けていることに気がついた。そこ で,新たな指示理解の指導法を取り入れることにした。それは,筆者が対象物を指差しすることで 作業を遂行させる指導法である。「(対象物)を〜しなさい。」と作業を言語を加えて指差しをすると,

M子は以前よりの身体を直接働きかけることで指示が理解できた作業内容をほとんど遂行できたの である。給食時運搬してきた食器かごや食管を配膳台の指差した場所に置ける,靴を床に下ろす,

物を他の場所に移すなど指差しだけで,複雑化してゆく課題の指示内容の理解が得られたのである。

空間を隔て,注意を一点にむけただけで作業内容を理解するには,訓練前にみられない高度な注意

(6)

集中能力の形成が認められると解釈できる。

家庭においては,話しかけると笑顔が多くなる,叱られると泣く,気に入らないと口を結んで怒 った顔をする等の感情をきちんと身体で表現出来るようになったとのM子の生活の様子が母親から 報告されている。それも,対人関係の中で積極的に行なわれたのである。

③ 言語指示理解(10月〜)

指差しによる指示の理解の指導を始めてから2週間後,M子の行動につぎのような変化がみられ た。下校の際M子は,スクールバスと反対の方向へ歩き出した。筆者はM子の名を2度少しの間を おいて呼んだ。するとM子は踏み出した足を停め,進もうかどうか迷っている様子が見られた。し ばらくすると,さらに進もうとするのでもう一度M子の名を呼ぶと,後ろを振り返り,呼び停めた 筆者をみっめた後筆者の方へ歩み寄ってきた。次に「バスに乗るよ」と言うとバスの方へ一人で歩い ていけたのである。

それ以後,言語指示により作業内容の理解を促す機会を多く持つことにし,行動の変容を求める ことにした。r教室に入るよ」「給食だよ」「靴を履くよ」「バスに乗るよ」を耳元での簡単なことばかけ だけで遂行可能な作業内容が増えてきたわけである。しかし,常同行動とも思われる物を握る行動,

外や好きな場所へ駆け出す興奮行動は,言語指示により抑制を促すことはまだ困難であり(少しづ つおさまりを見せている),その場合は指示の理解を身体に直接働きかけることに求めたわけである。

この時期に家庭においても言語指示理解が高まった例が報告されている。母親が弟に向かって,

「醤油差しを取って」と話すとそばにいたM子はまず醤油差しに眼を向け,次に指で示したことや

「手を洗うのよ」「買物に行くよ」「車に乗るよ」「ごはんよ」のことばかけだけで指示に従えるように なり,今まで聞こえているかどうかわからない曖昧な行動が言語指示と明確に一致してきていると のことである。反面,尻の突き出し,膝の曲がりはまだ気になると報告があり,心理レベルに比べ て,動作レベルでの変容を親にどのようにとらえさせるかの困難さが推測される。

以上のように指示理解の状況が高まってきたのは,M子が外界に対しての注意の向け方を段階を追 うかのように形成したことにあると考えられる。外界と能動的に関わり,その過程の中で自己を制御 する能力を養っていたのである。そのような行動の変容を促す要因として,受け「図地関係」に基づ く動作訓練法により,自己の身体を意図的にゆるめる,動かすという身体動作の下位レベルでの課題解 決の練習にあると指摘できる。さらにねらいを動作レベルの改善に置いたにもかかわらず,心理レベ ルを通して急激的な行動をも変容が得られたことは,「受け」「図地関係」に基づく動作訓練法が,自己 制御を可能にする内容をも含んでいると言える。筆者はそれを「気づき」と「自己受容」に焦点をあ て究明を試みるとともに,従来からの動作訓練法をより発展させる意味で筆者のささやかなる私見を も併わせて述べることにする。

5.気づきと自己受容

(1)ゆるみの気づき

筆者は同一健常者にあぐら座姿勢をとらせ,肩押骨周辺のゆるみを求めた。従来より行なわれた

両肩を後に引く訓練(図5)と後ろに回した両腕を上に引きあげる訓練(図6)の2種の訓練を試

みた。その結果,筆者にゆるみと感じられたのは前者の訓練で,健常者(被訓練者)にゆるみと感

じられたのは後者の訓練であった。それも筆者が想像したよりもかなり明確なものであった。この

ようなゆるみへの気づきに違いがでてくるのは,1つには訓練技法上の違いによるものとの視点

(7)

四 ノ ボディー イメージを明麟つかせ

るに適した訓練内容を含んでおり,注 o       意の集中を喚起させる訓練法であると

いえる。結局は,気づきの明確化がは

       O受け   かられるに比例して・注意集中能力の、後方へ引く      形成も又増えてゆくと撒りされる。

図5あぐら座での肩押骨  図6あぐら座での肩押骨(2)ゆるみの自己受容

の開き         周辺のゆるめ    ア 学習からとらえたゆるみ

我々もそうであるが緊張それ自体に気づくのは困難であり,自己の身体を意図的にゆるませるそ の比較の中で緊張の存在を知ると思われるが,そのゆるみの出現について大野(前出)は「脳性ま ひ児の養護・訓練一動作訓練の実際一」のなかで「脳性まひ児にはどうしても自分の不当な緊張

●   o   ・      ■   o

の傾向を壊して有効な緊張の出来る自己弛緩の状態を作り出さなければなりません」と述べてい る。このことは筆者なりの仮説を加えてみると,いままでゆるみの評価は,足首が何度までゆる んだかという物理的な尺度で主にとらえられてきた。これはこれで一つの評価の方法と思うが,

訓練をより効果のあるものとするためには,被訓練者自身はゆるみをどのように評価しているの かという範囲にまで歩を進める必要があるだろう。そこでその問題を「学習」の立場から焦点化

を試みた。

脳性まひ児にみられる不当な緊張の出現は,今までの学習の積み重ねであることが実証されて いる。そこには,緊張を学習する傾向が強く反面,ゆるみを意図的に学習することがほとんどな かったからといわれている。このことから,今まで存在していた緊張そのものが不当であること と同時に緊張とゆるみを使って適切な動きの学習ができなかったことも考えられる,弛緩訓練は

      o   ■       ●   ●

s当な緊張を壊す訓練との表現は,意図的な動きを可能にさせるようなゆるみの獲得を学習する 訓練と言い表すこともできるわけである。つまり,緊張を0にして,そこに新たにゆるみが出現 するのではなく,ゆるみの学習とは今まで存在していた緊張を柔軟に使い,変化する外的環境に 合わせてバランスよく自己の身体をコントロールできることによって適切な動きが出現させるこ とまでも意味しており,そこで,はじめてゆるみの学習が成立したとして認められるわけである。

「いつのまにかゆるんでしまった」「ゆるまされた」ゆるみは,適切な動きを導びき出すことは出 来ず,そこにはゆるみの学習の成立はみられず,ただゆるみを得るための訓練に終始してしまう

のである。

イ ゆるみの自己受容

以上のようにゆるみの定義を設定し,次に自己受容に関して訓練技法上の観点から述べること にする。動作訓練法は,弛緩訓練を中心として進められ,訓練者を寝かせての単関節部位をゆるめ る技法が多く開発され,実施されてきている。が,今回のM子に対する訓練での技法は横臥位で の躯幹のゆるめ,三次元空間に身体を位置させての膝立ちでの躯幹のひねりだけであり,この二 つに共通することは,「受け」「図地関係」に基づいた訓練技法にある。動きをとらえる場合,動作 訓練法ではゆるみが十分に得られた後,正しい歩行姿勢,きれいな座位姿勢をめざすわけであるが M子の歩行姿勢は相変わらず尻の突き出しが目につき,おせいじにもきれいな歩行とはいえない。

しかし,歩行時にあらわれる身体のバランスを崩す不当な動きを自らの力で修正(適度な修正動

(8)

作)し,さらに歩行の継続が可能な状況をつくり出すことが出来るため,訓練前にみられたバラ ンスを崩しての転倒は今は全く出現していない。このことから,「受け」「図地関係」に基づく動作 訓練法は,動きを自己の枠内にとり込むことをねらっており,そこにはゆるみの自己受容が容易 に得られる内容が含まれていることを指摘出来るであろう。さらに,結論的に述べるならば,自 己受容が容易に得られることは,かなりの注意の集中を必要とし,「受け」「図地関係」に基づく動 作訓練法は意図的に心の自己制御が達成できる訓練プログラムを含んだ訓練であると言える。

6.お わ り に

13セッション,約半年間のM子との訓練であった。当初計画したよりも訓練回数が大幅に減り,間 隔も空いてしまい,単位時間も少ないものとなった。しかし,そのような条件下でも適切な訓練技法 を選択し,訓練内容を精選することでねらいを達成出来ることが本研究を通じて,ある程度実証できた。

今まで,精神薄弱教育における指導方法は心理レベルへ働きかける指導が多かった。しかし,今回 の指導では動作レベルを扱うことによって心理レベルにまで大きな改善が得られることがわかり,今 後の精神苺弱教育,とりわけ養・訓における指導の展開に意義を持つものと思われる。さらに,M子

に心身の改善をもたらした「受け」「図地関係」に基づく動作訓練法は養・訓の指導に適した訓練法で あり,教育的内容を十分に含んでいることを本事例を通じて理解いただけたと思う。

最後に考察的に述べるが,今まで動作の改善に比例して行動の変容が出現すると筆者は考えてきた が,今回の「受け」「図地関係」に基づく訓練法は自己制御能力を高める要因が「気づき」「自己受容」

にあることが示唆される内容であった。このことは,今後さらに検討を加え,妥当性のある状況を生 み出していきたい。

参  考  文  献

1) r文部省特殊教育諸学校学習指導要領解』(東山書房),1938。

2)大野清志,村田茂r脳性まひ児の養護・訓練一動作訓練の実際一』慶応通信,1976。

3)成瀬悟策r障害児のための動作法一自閉する心を開く一』東京書i籍,1984。

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