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川口正昭先生を悼む

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Academic year: 2021

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川口正昭先生を悼む

著者 高木 教典

雑誌名 情報研究 : 関西大学総合情報学部紀要

巻 7

ページ 148‑149

発行年 1997‑07‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/00020348

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川口正昭先生を悼む

高木教典

総合情報学部教授川口正昭先生は、 1995 (平成7)年6月15日、肺炎のため神戸市立中央市 民病院で肺炎のため逝去された。生をうけること66年と9か月であった。

1994(平成6)年に学部の創設と同時に着任された先生は、翌年1月に腸の異常で入院、手 術を受けられた。手術は成功し、先生、ご家族も、私達も先生が職務に復帰される日が近いこ とを確信していた。しかし、不運にも1月17日の阪神・淡路大震災で病院の施設も破壊され、

先生は暖房が切れた水ぴたしの病室で数日を過ごさざるをえず、一時転院されたが、闘病の甲 斐なく他界された。学部の完成のため、また設置を予定していた大学院で、先生のご活躍を期 待していた私達総会情報学部教員にとって先生を失ったことは大きな損失であり、惜しみても 余りあるものがある。

先生は、 1951 (昭和26)年、大阪大学理学部を卒業され、同学大学院で学ばれた後、 1952年 に京都大学助手に就任されて以来、40有余年にわたって、高エネルギー物理学の理論及び情報 処理の研究、教育に従事された。この間、 1956 (昭和31)年からフルブライト研究員として米 国でパーデュー大学とブルックヘヴン国立研究所並びにデンマーク国コペンハーゲン大学で3 年間にわたって研究に従事された。帰国後は、東京教育大学理学部助手となり、 1961 (昭和36)

年には大阪大学基礎工学部助教授に就任された。大阪大学在職中には、 1963 (昭和38)年に米 国ブランダイス大学で上級研究員として、 1966 (昭和41)年にイスラエル、イタリア及びオー ストリアの各国において国際原子力機関(IAEA)理論物理センター研究員として、 さらに 1968(昭和43)年には米国コーネル大学で上級研究員としてそれぞれ3か月間研究に従事され た。

先生は、 1971 (昭和46)年には文部省高エネルギー物理学研究所の併任助教授になられ、

1973(昭和48)年には同研究所の専任教授に就任された。続いて、 1978 (昭和53)年に神戸大 学教養学部教授(情報科学担当)に就任され、大学院工学研究科博士課程の教育も担当された。

神戸大学ご在職中は、 1983(昭和58)年から4年間にわたって総合情報処理センター長を務め られた。 1992 (平成4)年3月に神戸大学を定年退職され、同年4月に名誉教授の称号を与え られた。これより先、 1991 (平成3)年には文部省高エネルギー物理学研究所からも名誉教授 の称号が贈られた。神戸大学ご退職後は、神戸女学院大学人間科学部の非常勤講師を務められ た後、関西大学に着任された。

先生の学問上の研究業績の評価は、まったく門外漢の私の判断の領域を越えたものであるが、

理論物理学者の間で大変高く評価されているとうかがっている。

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特に先生の「素粒子の弱い相互作用による粒子の崩壊」に関するご研究の成果は国際的にも

高く評価された。先生は、設立と同時に併任され、後に専任として勤務された文部省高エネル ギー物理学研究所では、日本において独自の研究成果を挙げられる研究方針を策定するうえで

オピニオン・リーダーとして活躍されたことでも大きな功績を残された。

先生は、文部省高エネルギー物理学研究所ご在職中から情報科学の研究にも着手され、神戸 大学ご在職中にこの分野でも業績を残された。

先生は卓越した学者であっただけでなく、後輩や次世代の若者を常に暖かく見守り、支援を 惜しまなかった優れた教育者であった。先生のご葬儀の帰途、文部省高エネルギー物理学研究 所で先生のご指導を受けた旧知の荒船次郎前東京大学宇宙線研究所長は、先生が若手研究者が 研究に専念できるようにという配慮から研究所の運営業務を一手に引き受けて下さったことが 忘れられないと話して下さった。総合情報学部教授としても、短い期間であったが、先生は学 生から慕われ、講義の後など学生と歓談されているのをよくお見かけすることがあった。先生 の暖いお人柄を物語るものとして述べておかなければならないのは、ご尊父の遺産を投じて 1971 (昭和46)年に財団法人川口交通遺児育英会を設立されたことである。亡くなられるまで 先生は、同財団理事長として交通遺児の支援を続けられた。先生は、私達に教育者はどうある べきかという重要な教訓を残された。

慎んで川口正昭先生のご冥福をお祈りする。

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