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デフレ経済下における二重利得法の 再構築に関する一考察

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(1)

はじめに

1  原則的取扱いと現行二重利得法

( 1 )想定する資産価格の変動パターンとその損益

( 2 )原則的取扱いの概要

( 3 )現行二重利得法とその適用範囲

( 4 )解釈による対応の限界

( 5 )法定化の必要性

2  二重利得法の再構築のために

( 1 )米国税制における対応方法の概要

( 2 )アメリカ法律協会による内国歳入法1237条修正案

( 3 )現行二重利得法の拡張(拡張二重利得法)

( 4 )国外転出時課税制度の応用の可能性 おわりに

【資料】内国歳入法1237条《売却のため分割された不動産》仮訳

はじめに

 もともと譲渡所得の生じる原因となる固定資産である土地を個人が長期 間にわたり保有したのち、事業所得の生ずる事業に係る棚卸資産ないし雑 所得の生ずる業務に係る準棚卸資産に転化して販売した場合において、当 該販売収益のうち固定資産であった期間における当該土地の値上り益、す なわち、キャピタル・ゲインに相当する価額については、譲渡所得に係る 収入と認識して課税対象とし、その残額についてのみ事業所得ないし雑所 得(以下「事業所得等」という。)に係る収入として課税対象とすべきと

デフレ経済下における二重利得法の 再構築に関する一考察

― 資産価格の下落の取扱いを中心に ―

関   本   大   樹

(2)

する考え方( 1 )、いわゆる「二重利得法」については、それと整合的な所 得税基本通達335《極めて長期間保有していた土地に区画形質の変更等 を加えて譲渡した場合の所得》の定め( 2 )(以下「本件通達」という。)や 当該通達に基づく課税処分を支持する最高裁判決(最判 8 1017日税務 訴訟資料221号85頁)も存在している。ところで、本件通達は、そもそも 長期間保有した資産の販売収益が長期譲渡所得と事業所得等に区分可能で あることが前提とされており、文理上、当該土地が取得時点から棚卸資産 等転化時点まで、そして、棚卸資産転化時点から販売時点まで、それぞれ 一貫して値上りすることが前提とされているものと考えられる。したがっ て、本件通達において、当該土地が値下がりした場合の取扱いについて は、特段の取扱いが規定されていない以上、そのような場合には、課税実 務上、同基本通達334《固定資産である土地に区画形質の変更等を加え て譲渡した場合の所得》などの原則的な取扱いの対象になるものと考えら れる( 3 )

 しかるに、バブル経済崩壊以降長期にわたりデフレ経済が続いてきたこ

( 1 )「二重利得法」(dual gains treatment)については、「土地の所有目的の 変更があった場合に、その譲渡益の中に性質の異なる二種類の所得が含まれ ていることを認め、そのそれぞれをその性質に応じて課税する方法」と定義 されている。金子宏『課税単位及び譲渡所得の研究』(有斐閣・1996年)238 頁参照。

( 2 )所得税基本通達33-5は、「土地、建物等の譲渡による所得が33-4により 事業所得又は雑所得に該当する場合であっても、その区画形質の変更若しく は施設の設置又は建物の建設(以下この項において『区画形質の変更等』と いう。)に係る土地が極めて長期間引き続き所有されていたものであるとき は、33-4にかかわらず、当該土地の譲渡による所得のうち、区画形質の変 更等による利益に対応する部分は事業所得又は雑所得とし、その他の部分は 譲渡所得として差し支えない。この場合において、譲渡所得に係る収入金額 は区画形質の変更等の着手直前における当該土地の価額とする」と定め、そ の注書きとして「当該土地、建物等の譲渡に要した費用の額は、すべて事業 所得又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する」としている。

( 3 )例えば、所得税基本通達33-4は、「固定資産である林地その他の土地に区 画形質の変更を加え若しくは水道その他の施設を設け宅地等として譲渡した 場合又は固定資産である土地に建物を建設して譲渡した場合には、当該譲渡 による所得は棚卸資産又は雑所得の基因となる棚卸資産に準ずる資産の譲渡 による所得として、その全部が事業所得又は雑所得に該当する」と定め、そ の注書きとして、区画形質の変更等が小規模(おおむね3,000㎡以下)であ る場合などにおける宥恕的取扱いを定めている。

(3)

とから、今後は、むしろ不動産価格が下落した場合の取扱いを明確にすべ き時期に至っているといえよう。そして、二重利得法の適用方法について も、改めて検討しておく必要があるものと考えられる。なぜなら、土地等 の譲渡所得については、宥恕的な申告分離課税の対象とされており、その 見合いとして、その譲渡損失については、なかったものと擬制される( 4 ) ものの、他方、特に土地等の販売によって生じた損失が事業所得に係るも のとされた場合には、他の所得との損益通算の対象になり得るなど、その 取扱いに大きな違いが生じ得るものと考えられるためである。

 そこで、本稿では、資産が値下がりした場合における二重利得法の適用 の可否や具体的なその適用方法について検討してみることとしたい( 5 )

1  原則的取扱いと現行二重利得法

1 )想定する資産価格の変動パターンとその損益

 本稿における検討をなるべく簡明に、かつ、十分に意味のあるものとす るため、想定する資産価格の変動パターンについては、次の四つのパター ンに限定している。すなわち、棚卸資産等に転化する時点をはさんで、

①価格上昇後再上昇パターン

②価格上昇後下落パターン

③価格下落後上昇パターン

④価格下落後再下落パターン

の四つのパターン(以下「価格変動パターン」と総称する。)であり、それ ぞれについては、棚卸資産等に転化する際に一定の改良費が支出されるも のとする。また、便宜的に販売損益は、キャピタル・ゲインやキャピタル・

( 4 )租税特別措置法31条《長期譲渡所得の課税の特例》 1 項、同32条《短期譲 渡所得の課税の特例》 1 項など参照。

( 5 )なお、二重利得法を譲渡所得分と事業所得等部分のそれぞれについて損失 となった場合へ拡張することに関する先行研究としては、中野浩幸「二重利 得法の適用要件」商経学叢第55巻第 3 号(2009年 3 月)85頁があるが、当該 研究では、租税特別措置法上の譲渡損失の取扱いの影響については、検討対 象とされていない(同資料93頁参照)ため、本稿では当該取扱いを前提とし た検討を試みることとした。

(4)

ロスよりも少ないと仮定する。その上で、各価格変動パターンについて図 示したものを図 1「資産価額の推移パターンと発生する損益の関係」に示す。

 図 1 で、破線は、固定資産として価値の推移を表しており、実線は、棚 卸資産等としての価値の推移を表している。また、一点鎖線は、固定資産 の取得価額の水準を表しており、当該線よりも上にあれば、キャピタル・

ゲインが発生している状態における推移を、そして、当該線よりも下にあ れば、キャピタル・ロスが発生した状態を表している。さらに、二点鎖線 は、棚卸資産等の仕入価額の水準( 6 )を表しており、当該線よりも上にあ

1  資産価額の推移パターンと発生する損益の関係

( 6 )ここで、棚卸資産に転化する際に改良費が支出された場合には、「仕入価 額=転化直前資産価額+改良費」とはなるものの、当該仕入価額が時価相当 額になるとまではいえないが、転化後の資産価額(時価)が当該仕入価額よ りも高くなる場合と同様に低くなる場合も考えられることから、時価相当額 の近似値と捉えることができよう。

(5)

れば、商品販売益が発生し得る状態における推移を、そして、当該線より も下にあれば、商品販売損の発生し得る状態における推移を表している。

 なお、上記④の「価格下落後再下落パターン」が表す価値の推移につい ては、そもそも固定資産から棚卸資産等への転化は、当該棚卸資産等を現 実に販売できる見込みが高い経済環境下で行われるものと考えられること から、その発生の頻度は、相当に限定的であろう。

2 )原則的取扱いの概要

 固定資産を棚卸資産等へ転化した場合の課税上の取扱いについては、確 認的に所得税基本通達334に定められている( 7 )。この取扱いに基づき、

各価格変動パターンについて所得や損失の発生状況を図解してみると、

2「原則的課税方法」に示すとおりと考えられる。

 図 2 で太い実線の上向きの矢印は、事業所得等計算上のプラスの金額を

( 7 )前掲注 3 参照。

図 2  原則的課税方法

(6)

表しており、太い二重線の下向きの矢印は、事業所得等計算上のマイナス の金額を表している。また、各矢印については、その付近に識別用の番号 と共にその性格が分かり易いような名称を付した。さらに、細い横向きの 二重線は、対応する一点鎖線ないし二点鎖線から測定した所得又は損失の 金額を表しているが、価格変動パターンごとの所得又は損失の金額の計算 式は、次のとおりである。なお、以下の計算式中の各項目は、その値の絶 対値を表している。

(ⅰ)価格上昇後再上昇パターンの所得

=②転化前販売益+③転化後販売益

(ⅱ)価格上昇後下落パターンの所得

=④名目商品販売益-⑤改良費控除額

(ⅲ)価格下落後上昇パターンの損失

=⑥名目商品販売損+⑦改良費控除額

(ⅳ)価格下落後再下落パターンの損失

=⑧名目商品販売損+⑨改良費控除額  したがって、いずれの価格変動パターンについても、資産取得時の資産 の価格(取得価額)が基準とされて、事業所得等に係る所得ないし損失が 認識されることになる。

3 )現行二重利得法とその適用範囲

 つぎに、本件通達に定められている二重利得法(以下「現行二重利得法」

という。)に基づき、各価格変動パターンについて所得や損失の発生状況 を図解してみると、図 3「現行二重利得法」のとおりである。なお、上記

「はじめに」で述べたとおり、現行二重利得法は、譲渡所得ないし事業所 得等に損失が発生した場合には、適用除外となるものと考えられることか ら、同図は、価格上昇後再上昇パターン以外については、図 2 と全く同様 となる。

 図 3 で太い破線の上向きの矢印は、譲渡所得計算上のプラスの金額を表 しており、その他については、図 2 と同様である。そして、価格変動パター

(7)

ンごとの所得又は損失の金額の計算式は、次のとおりとなる。すなわち、

(ⅰ)価格上昇後再上昇パターンの所得

=②長期譲渡所得+③商品販売益

(ⅱ)価格上昇後下落パターンの所得

=④名目商品販売益-⑤改良費控除額

(ⅲ)価格下落後上昇パターンの損失

=⑥名目商品販売損+⑦改良費控除額

(ⅳ)価格下落後再下落パターンの損失

=⑧名目商品販売損+⑨改良費控除額

( 4 )解釈による対応の限界

 ところで、現行二重利得法は、明確な根拠規定はないものの、合理的な 解釈によって長期譲渡所得相当額が未確定であるにも関わらず、棚卸資産

図 3  現行二重利得法

(8)

等転化時において、それまでのキャピタル・ゲインが長期譲渡所得として 確定したものとみなして取り扱っているものと評価できるが、上記( 3 の(ⅰ)のように計算することによって、上記( 2 )の(ⅰ)と比較して も納税者にとって不利になることは考えられない( 8 )ことから、違法とはさ れないわけである。ところが、上記( 3 )の(ⅱ)において、仮に同(ⅰ)

と同様に長期譲渡所得が確定したものとみなして取り扱った場合には、後 述するように、商品販売損が認定されることになるが、分離課税である当 該長期譲渡所得との損益通算ができないことや特に当該損失が雑所得に係 るものである場合には、他の所得との損益通算もできないことなどから、

納税者にとって不利になる場合が想定される。そのため、そのような場合 には、かかる取扱いがむしろ違法とされる余地があるものと考えられよう。

したがって、仮に上記( 3 )の(ⅱ)についても、原則的課税方法ではなく、

二重利得法によるべきとするならば、少なくとも上記のような点を踏まえ て取扱いを更に明確化する必要があろう( 9 )

5 )法定化の必要性

 ところで、現行二重利得法をより理論的に捉えるならば、価格下落後上 昇パターンや価格下落後再下落パターンについても、譲渡所得に係る損失 を認識すべきであろう。しかし、土地等の譲渡損失については、上記「は じめに」で述べたとおり、租税特別措置法上、ないものと擬制されるた め、そのような方法は、むしろ納税者にとっては不利であり、原則的課税 方法による取扱いの方が譲渡損失相当額だけ、売却した際の利益を圧縮で きる点で有利とさえいえる。しかし、このような状況は、租税公平主義の 観点からは、問題なしとはいえないであろう。すなわち、多額のキャピタ

( 8 )万一、本件通達の取扱いが納税者にとって、むしろ不利なような例外的状 況であれば、当然、納税者は、原則的な取扱いである所得税基本通達33-4

(前掲注 3 参照)に基づいて申告するであろう。

( 9 )確かに本件通達は、処分庁が二重利得法によることとして「差し支えない」

と定めているため、たとえ納税者が自己に不利と判断して本件通達によらず 原則どおり申告した場合には、当然に認容されるであろう。したがって、当 面明確化すべきは、納税者に有利になるような場合の適用関係である。

(9)

ル・ロスのある大規模な土地等を固定資産として処分する場合と販売用と して細切れにして棚卸資産として販売する場合とで、課税面でのキャピタ ル・ロスの取扱いが大きく異なることになるためである。

 したがって、仮に土地等の譲渡損失をなかったものと擬制することが今 後とも政策的に優先される(10)とすれば、やはり現行の課税方法を是正し て、例えば、固定資産を棚卸資産等に転化する場合には、取得価額の時価 による洗い替えを行うようにすることを法定化することも一つの選択肢で はなかろうか。

 そこで、以下では、上記のような法定化を含め、仮に二重利得法を制度 の柱として、現在の取扱いを再構築する場合に、参考になりそうな事項に ついて改めて検討してみることとしたい。

2  二重利得法の再構築のために

( 1 )米国税制における対応方法の概要

 米国の現行税制上、長期キャピタル・ゲイン(long-term capital gain は、我が国における長期譲渡所得に相当し、保有期間がより短期間である 短期キャピタル・ゲイン(short-term capital gain)よりも非法人納税者 の場合に軽課されることも同様である(11)。ただし、長期キャピタル・ゲ インとされる保有期間は、我が国のように 5 年間超ではなく、高々 1 間超でよい。そのため、同じ資産が、資本資産(capital assets)の売却 として長期キャピタル・ゲインとされる場合と棚卸資産や事業用資産な

(10)なお、分離課税の対象になる土地等又は建物等の譲渡損失に係る損益通算 等の廃止は、平成16年度税制改正で行われたが、その際の改正理由としては、

「利益が生じた場合には比例税率の分離課税とされている一方で、損失が生 じた場合には総合課税の対象となる他の所得の金額から控除することができ るという主要諸外国に例のない不均衡な制度であるといったこと等の問題 点」に対処するためのものとされていた。住澤整ほか『平成16年版改正税法 のすべて』(大蔵財務協会・平成16年)63頁参照。しかし、たとえそうであっ たとしても、例えば、損益通算できる金額を制限するなどの選択肢も考えら れたのではなかろうか。

(11)伊藤公哉『アメリカ連邦税法(第 7 版)(中央経済社・2019年)132頁参照。

(10)

どの非資本資産(noncapital assets)の販売による通常所得(ordinary

income)とされる場合での取扱いの違いは、我が国におけるよりも納税

額に影響する場合が多く、課税上の問題となり易い(12)。そのため、譲渡 される区画が 5 年間以上所有されたものであるなどの一定の条件を満たす 場合には、当該区画に対して資産価値を高めるような実質的な改良が行わ れていない限り、たとえ区画分けされた土地であったとしても、同じ団地 について 5 区画以内であれば、譲渡収益は、長期キャピタル・ゲインとし て課税され、さらに、5 区画を超えても、譲渡価格の 5 %相当額について のみ通常所得として取り扱われるという、一種の二重利得法を採用した規 定と考えることができるとされる宥恕規定(13)が内国歳入法1237条《販売 のために区分された不動産》に規定されている(14)

 ただし、上記1237条を適用せず、しかも、販売用の土地であるという認 定課税を避けつつ、所有土地の売却益について、確実に長期キャピタル・

ゲインとしての有利な課税上の取扱いを実現する節税方法としては、法人 を設立して当該不動産を開発前の公正市場価格で当該法人に譲渡し、一 方、その売却代金の支払については、開発後のキャッシュフローなどに対 応した分割払いとして、当該長期キャピタル・ゲインを割賦基準(install

method)により計上する方法が考えられる(15)

(12)その代表的な判例については、前掲注 1 、同書129頁以下に詳しく解説さ れている。

(13)前掲注 1 、同書237頁参照。

(14)内国歳入法1237条の制定目的や規定内容などの詳細ついては、前掲注 1 、 同書235-236頁参照。なお、読者の参考に供するため、現行の同条の仮訳を

【資料】として別添する。

(15)Joseph M. Dodge 他『Federal Income Tax: Doctrine, Structure, and Policy(Fifth Edition)(Carolina Academic Press・2019年 )669-670頁。

ただし、当該方法では、関係者に対する譲渡後 2 年以内に当該譲渡資産が転 売された場合には、たとえ分割払いであっても所得計上を前倒ししなけれ ばならない規定(内国歳入法453条《割賦基準》(e)項)の適用対象となる。

同書633頁参照。ちなみに、我が国では、譲渡所得について割賦基準による 所得計上は、認められておらず、そのかわり、3 年間の延納が認められてい る(所得税法132条《延払条件付譲渡に係る所得税額の延納》。なお、内国 歳入法における割賦基準の詳細については、前掲注11、同書36-40頁参照。

(11)

( 2 )アメリカ法律協会による内国歳入法1237条修正案

 ところで、上記( 1 )で述べた内国歳入法1237条については、規定 内容を更に二重利得法に近づける修正案が1960年にアメリカ法律協会

American Law Institute)から提案されている(16)。そこで、試みに当

該修正案に基づいて各価格変動パターンについて所得や損失の発生状況 を図解してみると、図 41237ALI修正案」のとおりである。そして、

価格変動パターンごとの所得又は損失の金額の計算式は、次のとおりとな る。すなわち、

(ⅰ)価格上昇後再上昇パターンの所得

=②長期譲渡所得+③商品販売益

(ⅱ)価格上昇後下落パターンの所得

=④名目長期譲渡所得-⑤改良費控除額

(ⅲ)価格下落後上昇パターンの損失

(16)当該修正案の具体的な内容等については、前掲注 1 、同書239-241頁参照。

図 4  1237条ALI修正案

(12)

=⑥名目長期譲渡損失+⑦改良費控除額

(ⅳ)価格下落後再下落パターンの損失

=⑧名目長期譲渡損失+⑨改良費控除額  結局、上記(ⅰ)以外では、商品販売益が計上されることはなく、長期 譲渡所得ないし長期譲渡損失として取り扱われることが特徴である。これ を上記( 1 )の現行二重利得法(図 3 )と比較すると、上記( 1 )の(ⅱ)

については等しいが、残りの同(ⅱ)ないし(ⅳ)については、商品販売 損から長期譲渡損失に変更されることになる。

 確かに、今回仮定したようにキャピタル・ゲインやキャピタル・ロスが 多く、商品販売損益が少ないような場合には、上記( 1 )で紹介したよう な節税策とのバランスからいっても、上記のような長期譲渡所得ないし損 失を優先的に認識する修正案の妥当性が高いものと考えられよう。他方、

キャピタル・ゲインやキャピタル・ロスが少なく、むしろ商品販売損益が 多い場合には、その妥当性が乏しくなるものと考えられる。

3 )現行二重利得法の拡張(拡張二重利得法)

 そこで、上記( 1 )で紹介したような節税策とのバランスを抜本的に図 るべきであるとすれば、やはり、棚卸資産等転化時において、一旦、譲渡 所得を課税上清算したものと擬制した上で、それ以降については、事業所 得等として取り扱うこととすることが考えられよう。そして、当該取扱い をここでは、「拡張二重利得法」と呼ぶこととしたい。

 つぎに、上記の拡張二重利得法に基づいて各価格変動パターンについて 所得や損失の発生状況を図解してみると、図 5「拡張二重利得法」のとお りである。そして、価格変動パターンごとの所得又は損失の金額の計算式 は、次のとおりとなる。すなわち、

(ⅰ)価格上昇後再上昇パターンの所得

=②長期譲渡所得+③商品販売益

(ⅱ)価格上昇後下落パターンの所得

=④長期譲渡所得-⑤商品販売損

(13)

(ⅲ)価格下落後上昇パターンの損失

=⑥長期譲渡損失-⑦商品販売益

(ⅳ)価格下落後再下落パターンの損失

=⑧長期譲渡損失+⑨商品販売損

 結局、上記のように、大変すっきりとした算式となる。なお、我が国の 場合、上記「はじめに」で述べたように、不動産に係る長期譲渡損失につ いては、申告分離課税制度上、ないものと擬制されることから、この場合 についてもないものと擬制すべきであろう。

4 )国外転出時課税制度の応用の可能性

 上記( 3 )の拡張二重利得法については、やはり、棚卸資産等転化時に おいて、譲渡損益を清算する方法として、①その時点で抜本的に課税適状 とすべきか、単に、②本件通達と同様に事後的な計算規定とすべきかとい

図 5  拡張二重利得法

(14)

う選択肢があろう。これについても、仮に上記( 1 )で紹介したような関 係者間取引により長期キャピタル・ゲインを積極的に実現させる節税策が 我が国でも有効であれば、それとの課税上のバランスを重視して、上記① とすることが妥当であろう。ただし、上記いずれの方法を採る場合にも、

時価評価方法が課題となるであろうし、さらに納税資金の確保などの問題 が生じるが、一つのアイデアとしては、現行の延払条件付譲渡に係る所得 税額の延納の規定(17)を同時に見直して、有価証券に係る国外転出時課税 制度における納税猶予制度や減額措置等(18)を本件のような棚卸資産等転 化時におけるみなし譲渡所得課税において応用することが考えられよう。

おわりに

 社会の成熟化や高齢化、そして、経済の低成長化に伴い、公平な租税負 担に対する要請は、今後ますます高まるものと考えられる。そのような観 点からも、現行二重利得法は、経済的実質において同等な取引を課税面で 公平に取り扱おうとする合理的な取扱いであるものといえよう。しかし、

その射程には、本稿で述べたように、そもそも譲渡損が発生するような取 引が含まれておらず、したがって、租税公平主義の観点から、そのような 射程外の取引について、①原則的取扱いを行うことが果たして妥当である のか、②関連法人を経由した同等の取引とのバランスについてどのように 考えるべきなのか、などの疑問点について明確に応えられるように、法定 化を含め、再構築する必要があるものと思われる。そのような意味で拙稿 が読者に何らかの意味のあるパースペクティブを与えられたとしたら大変 幸いである。

(17)前掲注15参照。

(18)国外転出時課税制度については、関連する減額措置等を含め所得税法60条 の 2《国外転出をする場合の譲渡所得等の特例》を、そして、同制度に係る 納税猶予制度については、同137条の 2《国外転出をする場合の譲渡所得等 の特例の適用がある場合の納税猶予》を参照。また、国外転出時課税制度の 解説としては、国税庁HPタックス・アンサーNo.1478「国外転出をする場 合の譲渡所得等の特例」(令和 2 年11月14日現在)https://www.nta.go.jp/

taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1478.htmなど参照。

(15)

【資料】内国歳入法1237条《売却のため分割された不動産》仮訳

(a)総則

C法人(19)以外の納税者が所有する団地(tract of real property)の 一部であるどのような区画(lot or parcel)であっても、次の[各条 件を満たす]場合には、単に当該納税者が売却目的で当該団地を区分 けしたこと、あるいは、当該区分けないし売却に付随する活動によっ て、売却時において、[当該区画が]通常の事業活動における主とし て顧客への販売のために保有されているものとはみなされない:

1 )当該団地ないしその区画が以前から当該納税者によって、通常の 事業活動において主として顧客への販売のために保有されてきてい ないこと(ただし、当該団地がこれまでに本条の適用対象となって いない場合)、かつ、売却の発生した同一課税年度内において当該 納税者が他の不動産を同様に[販売目的で]保有していないこと、

かつ、

2 )当該納税者によって保有されている間に当該納税者によって売却 される当該区画の価値を実質的に高めるような実質的な改良が行わ れていないこと(20)、又は、当該納税者と購入者との間で結ばれた

(19)内国歳入法上、各州の会社法によって設立された法人は、普通法人(C 人)と小規模事業法人(S法人)の二つに大別されている。前掲注11、同書 527-528頁参照。

(20)ここで「実質的に高める」は「substantially enhance」「実質的な改良」

は「substantial improvement」の訳である(前掲注 1 、同書236頁参照)が、

その意義については、それぞれ内国歳入規則1.1237-1条《販売のために分割 された不動産》(c)(3)項及び(c)(4)項に規定されている。具体的には、まず、

同条(c)(3)項「改良が売却される区画の価値を実質的に高める場合」では、

次のとおり、当該改良が当該区画の価値を高めるとされる場合について規定 されている。すなわち、

   「実質的な改良として1237条の適用が除外される以前に、そもそも当該改良 が売却される区画の価値を高めるものでなければならない。

(ⅰ)考慮されるべき価値の増加は、当該改良に起因する増加のみである。

当該区画の市場価格のその他の変化については、当該納税者によって行わ れた改良がもたらしたものでなければ、無視される。改良が完了した時点 での当該改良を含めた当該区画の価額と当該時点において改良がなかった とした場合の評価額との差額によって当該改良によって増加した価値が判

(16)

譲渡契約に従って行われないこと。この節において改良について は、当該改良が次の[いずれかの]者によって行われた場合には、

当該納税者によって行われたものとみなされる:

(A)当該納税者又はその親族(267条(c4)項で規定されるもの) 当該納税者によって支配される法人、当該納税者が株主であるS 法人、又は、当該納税者がパートナーであるパートナーシップ、

(B)賃貸人、ただし、当該改良が当該納税者に対する所得を構成す る場合のみ、

(C)連邦、州又は地方政府、あるいは、それらの部門、ただし、当 該改良が当該納税者にとって取得原価の増加に該当する場合のみ、

( 3 )相続ないし遺贈によって取得された資産である場合を除き、当該 区画が 5 年間保有されていること。

明しよう。

(ⅱ)改良が区画の価値を実質的に高めたか否かは、個々の事案における 環境に左右される。仮に当該改良が区画の価値を増加させるのが10%以下 である場合には、当該増加は、実質的であるとされないが、当該区画の価 値について10%を超えて増加させるような場合には、そのような環境下に おいて当該増加が実質的か否かを決定する上で、全ての関連する要因が検 討される必要がある。

(ⅲ)改良は、団地の幾つかの区画の価値を増加させるかもしれないが、

同じ団地のその他の区画に等しく影響するとは限らない。実質的に価値が 増加した区画のみが、1237条によって制定された規定の不適格となる。 とされ、また、同条(c)(4)項「改良が実質的である場合」では、当該改良が 実質的なものとされる場合について、次のとおり規定されている。すなわち、

「1237条の適用を防ぐためには、当該改良自体の性格が実質的なものでなけ ればならない。実質的であるとされる改良には、ショッピングセンター、そ の他の商用ないし居住用建物、そして、硬い表面の道路や下水道、上水道、

ガス又は電力線のような公共施設の設置などが含まれる。一方、現場事務所 に用いられる臨時の構築物や調査、埋め立て、排水、地ならし及び除却作業、

そして、その気候から必要とされる砂利道(gravel roads)を含む、最低限 の全天候型の連絡路の建設は、実質的な改良ではない。

  とされている。

   さらに、土地の保有期間が10年を超えるような場合については、当該地域 で同様な分譲宅地と価格面での競争力を確保するためのものであれば、上 記(c)(4)項の規定上、たとえ許容されないような実質的な改良であっても、

許容され得るとする宥恕規定がある(同(c)(5)項「実質的な改良に関する 特別規定」参照。

(17)

(b)本条の適用に係る特別規定   1 )利得

同一の団地内の 5 区画を超えて売却ないし交換がされた場合には、

(第 6 番目の区画が売却ないし交換された課税年度以降に行われた 売却ないし交換について、)本条(a)項の( 1 )( 2 )及び( 3 ) 節の規定に該当するような区画に係る利得については、当該売却価 格の 5 %相当額について、いずれも通常の事業活動における主とし て顧客への販売のために保有された資産の売却による利得とみなさ れる。

  2 )売却時の支出

本項の( 1 )節に基づく利得を計算する上では、当該区画の売却又 は交換に関連して生じる支出については、課税所得を計算する上で 控除することは許されず、当該売却ないし交換によって実現された 金額を減少させるものとして取り扱うこともできない。ただし、本 項の( 1 )節に基づいて通常の事業活動における主として顧客への 販売のために保有された資産の売却からの利得とされる部分に相 当する額までは、当該支出を所得控除することが許される、また、

[そのようにして控除しきれない]残額がある場合には、当該売却 ないし交換によって実現された金額を減少させるものとして取り扱 われる。

  ( 3 )必要な改良

当該区画が当該納税者によって10年間は保有され、しかも、次の

[各条件を満たす]場合には、いかなる改良も(a)項の目的の上 では、実質的な改良とはみなされない:

(A)当該改良が水道、下水若しくは排水設備又は道路の建設又は設 置(本節の適用がなければ当該改良が実質的な改良に該当する場 合でも)[である場合]

(B)当該区画の価値が当該改良によって実質的に高められるような 場合であっても、そのような改良がなければ、地域における同様

(18)

な建設地として一般的な価格で(at the prevailing local price)

売却することができなかったことについて、財務長官が満足でき るような形で証明される場合、かつ、

(C)財務長官によって定められる規則に従って、当該改良に係る支 出について、当該区画又は当該納税者が所有するその他の資産に ついて、取得原価を調整しないことを当該納税者が選択した場 合。[ただし、]当該選択は、そもそも控除できない項目を控除可 能とするようなものであってはならない。

(c)団地の定義

本条の目的においては、「団地」とは、不動産の一区画を意味するが、

ただし、不動産の二つ以上の区画について、いずれかの時点で、それ らが隣接して当該納税者に保有されるか、道路、街路、線路、水路又 はそれらと同様な資産を除けば隣接している場合にも団地とみなされ る。仮に、いずれかの区画が団地から売却ないし交換されたのち、そ の他の区画が当該団地の残りから 5 年間、更に売却ないし交換されな かった場合には、当該残りの部分については、[以前の団地の残りで はなく、別個の]団地とみなされる。

参照

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