奈良教育大学学術リポジトリNEAR
数学教育現代化の課題(?)−ユークリッド幾何を めぐって−
著者 小川 庄太郎
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 21
号 2
ページ 1‑16
発行年 1972‑11‑15
その他のタイトル Problems on the Modernization of School Mathematics. (?)−with special reference to Euclidean geometry−
URL http://hdl.handle.net/10105/2776
•E^SSW^fcl? £g21# |g2# (g#0 Ba^q47^
Bull. Nara U. Educ, Vol. 21, No.2, (Nat.), 1972
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-^ ij 7 Kigfsj&a&CoT:-
/h j\\ j± -x m
Problems on the Modernization of School Mathematics. ( I ) with special reference to Euclidean geometry
Shotaro Ogawa
(Department of Mathematics, Nara University of Education, Nara, Japan>
(Received May, 23, 1972)
In this paper, following the previous one, the author made a research about next two subjects on the elementary and junior-high school level :
(1) possibility and limitation of axiomatic method, (2) aim and value of geometry teaching.
The author's conclusions are as follows.
1. In the ordinary sense, the logical thinking cannot be analogous to the axiomatic method on these levels. Yet, if the meaning of the logical thinking is interpreted
more essentially and more widely, and, at the same time, the axiomatic method is
modified so that it may be applied to the elementary education, then these two can be integrated into one so that the modernization of geometry teaching may be possible.
At this situation "geometric idea" should combine these two.
2. This idea should be accepted as follows:
(1) as the principle of pedagogical methodology in the interaction of intuition and logic.
(2) as the most typical model of the logical thinking, such as intuition, analogy, deduction, insight and the like, which can be employed in arithmetic, algebra and so on,
(3) it should be applied even at the beginning of geometry teaching on elementary level.
3. Though there are difficult problems proper in geometry teaching, we cannot neglect this line of teaching because it is the research of the space in which we live and move.
At the end of this paper the author proposed a tentative curriculum of geometry teaching on these levels. In this plan, the followings are fundamental:
1. the teaching for primary grades should be based on children's "firsthand experience".
2. the logical thinking should be introduced through the study of rectangles,
3. the principle in the above-mentioned study might be reconstructed as an axiomatic method, if required on high school level,
4. the subject matter should be exciting for pupils, and the study should be carried
out with genuine interest and by their own efforts.
′J\川 庄 太 郎
1.公理的展開とその教育的可能性
公理化の傾向
(1前稿において,数学教育現代化の主流の一つとして論理化があげられることおよびこれに関連 して直観の正当な評価が不可欠であることを述べた.
論理化は当然公理化‑の傾斜を内蔵する.たとえばAdlerは,「"criticalthinking"とは革(2) に定理から定理へのchainを通うことを意味するのではない.導かれた定理の正当性を保証する・
のは出発点の正当さであることを自覚することがその本質である。」と述べている.数学における一 純粋な意味での論理的展開とは当然公理的展開を意味するから,上記のことは当然の言葉であろ・
ラ.問題は,教育数学においてもそうでなければならないのかという点にある.果して教育数学・
においても論理的思考と公理的展開とはanalogueに考えてよいのだろうか.この間題の見通し を得るために,まず公理的展開の主張を各国からいくつかあげてみよう.
mたとえば,Quadling‑Reportでは,Hthejustificationforteachingtheaxiomaticmethod"̀
と題して,「もし人がデ‑メ‑の集合からいくつかの結論を導いた場合,その結論の正当を人に納 得させるには,
(1)定義(2)仮説(3)論理(結論を導く筋道) について同意が必要である」としている.
また,O.E.E.C.のSynopsesforModernSecondaryMathematicsによれば,cycleIo:
の幾何の目標の一つとして,「公理的構造の何であるかを,アフィン直線,アフィン平面,アフィ ン空間,ユークリッド計量空間,ベクナル空間について公理的学習を通じて理解させ,それを発展 させる」ことをうたっている.
(5)NumbergerLehrplaneでは,AxiomatischeFragenの一つとして,「幾何学の公理的組み
立て」を教材に加えている.(ただし,この組み立ては,SpiegelungsprinzipやParallelogramm‑
relationの考えで行なうべきであるとしている.この点については,基盤となるドイツ流の幾何 (6)‑(9)
学観とその歴史的系譜というべきものが注目される.
あるいは最もざん新と目されているGoalsforSchoolMathematicsでは,Grade7,8にdo;
おいて2次元,3次元のユ‑クリッド幾何の公理的な展開を提案している.また,「公理的な幾何 は,他の部分の公理的手法の原型であるはかりでなく,自然科学における数学的モデルの使用の 原型でもあることを述べ,次のようなシェ‑マ,即ち,ユ‑クリッドはブルバキの先駆者であるの みならずニュ‑Tlンの先駆者であると主張している.(このシェ‑マについては後にも触れる.) EuclidくBourbaki
Newt。n
(11(12)
その他前稿でも引用したように,S.M.S.G.やU.I.C.S.M.などのプランでも当然こうした 悌向は強く澄み出されている.
また,このような公理的展開の教材例としてまとまりのよいものとして,群の公理,ブ‑ル代 数の公理等の代数的構造が推奨され,あるいは幾何学においても局所的にincidentaxiomや (18)順序の公理だけをとり出すというようなことも提案されている.
このような公理的展開を緊急とする傾向の背景として見逃すことのできないのは,一つはやは (14りフランスのブルバキ集団の一連の数学再構成の動きであり,一つは,J.S.Brunerによる「構 造」の提唱であろう.(ここではそれについて深く立ち入る余裕を持たないが,こうした動きにつ
数学教育現代化の課題(IXユ‑クリッド幾何をめぐって>
3
いての精密な分析は数学教育にとって重要な課題の一つであることは間違いない.たとえは阿部
(15)
の所論を参照されたい。)
16
さてこうした,いわば̀̀Schlagwort Axiomatik"について正当な評価を下すまえに axiom そのものの性格の諸相についての分析を要しよう.というのは,後述のようにこうした諸相が数 学教育の論議に必然的に関連してくるからである.
公理の性格
公理観についても時代に応じる変遷があるのは当然である.しかもそれは,ギリシア以来,い いかえると科学として数学が成立して以来,数学における直観と論理のかかわり合いに対する解 釈論のαでありWであるといえよう.
さて公理の性格について述べたものとして著名なのは, J.A.W. YoungのHThe Teaching
17)
of Mathematics"である.そこでは次の三つをあげている.
1. a'priori truth としての公理(カンtまで) 2.経験的な事実(ミル)
3.仮定(定義を含む)
この考えは既に古典的であるとはいえ,数学全般における直観と論理のかかわり合いを公理系 に凝集さして見るときは,この見地も教育理論的な考察の展開の一つの原点とすることができよ ラ.そのシェ←マは次のようであって,これは今後の研究に対する重要な示唆を与えよう.
a'prioi truth ^‑ ‑直観
iiZg
仮定 ‑I ‑ ‑、一一二二T=論理
(18)
降って最近の公理教育論争でしばしばポイントになるものは, Freudenthalの考察である.
彼は公理の性格を捉えるのに,次の三つの観点のあることを示した.
1. Archai としての公理系
2.完備な(categorical, vollst云ndig)公理系 3.完備でない公理系
この論文において,彼は, 3.の性格をもつ公理系を, abstrahierende Axiomatik と称した.
19
(以下これをab‑公理 と略記しよう.)後に, Laugewitzは,この命名に対応して, 2.の性格 を持つ公理系を, chraktesierende Axiomatikと名付けた. (以下これをch⊥公理と略記しよ ラ.)いうまでもなく ch一公理はたとえばと/レベルトによる幾何学の公理,ペアノによる自然 数の公理のようにその公理を満たすモデルはすべて同型であるから,実質的には一つしかないも のと見てよい輯いのものであり, ab一公理はたとえは群の公理のように有限群,無限群等の同型 でない各種のモデルを持ちうる類いのものである.
いわゆる「論理的な考え方」をどう解釈するかという点で,この二つの性格のどちらをより尊 重するかが分岐点となるわけであるが,その詳細は次節に譲り,公理に関してもう‑つ,いわば 教育数学において要求される公理的性格ともいうべきものについて触れ,このようなものをふま えて公理方式とその教育的可能性を探っていこう.
公理方式とその教育的可能性
(20)
G. Choquet は,幾何学の場合について,公理の望ましい性格として,次の二つ,
1.強力であること:自明とはいえない基本的な定理が,その公理系からなるべく早く導かれる こと.
4
小 川 庄 太 郎2.直観的であること:空間の性質が容易に検証できるように解釈された公理系であること をあげている.つまり,その公理系が直観的に見ていかにも妥当であり,しかも基礎的であり, 生産的であるとの感を持ちうることを要件としている.
このような立場で彼は前稿にもその一部分を紹介したように,基本的な図形として(特に比例の (21(22)
基礎として)平行四辺形,基本的な操作として折り返し(線対称),およびBIRKHOFF流の距離の 基本概念を公理の骨格として,ユ‑グリッド幾何を展開してみせたのである.
このように,比較的初等的ともみられるエレメンツ流の展開に対しても,Choquetに限らず, (23!Faberなども,RE工DENME工STERの言「ユ‑クリッド幾何を,ユ‑クリッド(エレメンツ)の形式に おいてドグマ的に翻訳することは直観的でもないし論理的でもない」を引用して,エレメンツ流の 幾何特にその公理の出発形式を教育幾何的に翻訳することの困難さを主張している.まして,ヒ ルベルト流の展開をそのまま教育の場に持ち込むことの無暴さは,当然のことであり多くの識者 の指摘するところである.(たとえば文献m参照)
現在においては,公理的な思考形態の教粛としては,むしろ代数的な構造を採用したいという 傾向が顕著である.上記のFreudentahlも,代数的な公理つまりLaugewitzのいうab一公 理を推奨する代表的な人であった.
25Kemenyも,「論理(的思考)を教えるならば,例をたくさん持っているものを教えたい.とこ ろが,ユ‑グリッドの論理は例が一つしかない.だけれどもたとえば体(field)ならば例がたくさ んある」と述べている.このように,Kemenyなどによって評価される論理的思考とはab一公 理の側に立つもので,同型でない各種の数学的モデルを統一的に抽象的に捉えることに,公理的 論理的思考の第一義的な意義を認めようとするものである.
(26これに対して秋月は,論証の意義として, 1.論理的にはっきり一段一段と確かめていく.
2.何かあたりまえだと思っていることを論理的な吉葉で置きかえてしまラ.
の二つをあげ,1についてはab一公理的立場でも可能であるが,2については幾何学的なもの, つまりch‑公理的な立場が必要であることを主張する.また,Laugwitzは,次のような意味 (27)においてab一公理についての限界を示唆している.すなわち,群とか体とかの公理は,いわば道 具莱員(Werkzeug)のようなものであって,具体的な対象に十分な認識があって,はじめてab‑
公理を導入することの意義が生れる.Axiomatik(ab一公理)は全体的な対象をこdienenはする がherrschenはしないと.
(28)またGoals.は,DIEUDONN丘のいうベクT・ル的アプロ‑チについては,それが論理的単純さを (30)持つものであるにしても,それは入門における使用を正当化はしないと批判し,また,Buchの いわゆるパラシュ‑I‑公理についても,それがいつかは使われるべき時期があり得ても最初の導 入に用いられるべきでないと警告している.
!31)Schmidtは,,GiftdesBeweisesH(証明(論証)という名の毒薬)は適切な処方で浜重に投薬 されねばならないと,その安易な使用を戒めている.
このように,公理方式の展開については,十分なレディネスが前提となることに殆んど疑念が ないとされる故に,Freudentahlのいうように,「発達心理学的な秩序は公理的な秩序に先行す (32る」という言葉で表現されることになる.こうした見地から,公理的な展開すなわち論証の本格 的な導入に応じうる年令の下限としては,ごく概括的帰納的な数字であろうが,
(33)Choqet,13‑16才(34)
QuADLING,15‑16才DIEUNDONN云(35) ,13‑17才
数学教育現代化の課題(IXユークリッド幾何をめぐって>
5
などとする各氏の説がある.
公理方式の性急な導入に対するもっと本質的な警告として,たとえばKemeny‑Reportに示さ
】EM
れたフランスの意見がある.その骨子は, 「数学のbodyは公理的建設以上のものである」という
(37)
印象的な言葉に集約されよう.プIT/パキ達も数学の本質を統一性と多様性の2面において捉え, 統一性はいわば公理的な整備すなわち構造化に現われ,多様性は数学の入り湿った最前線におい て日々に開拓されていく活動性に表われるとしている.
この発掘という言葉で現わされる発見的思考,あるいは活動体としての数学研究こそ,後述す るように数学教育の要点である. (ただし,この2面が確然と分離しているわけではもちろんな い.むしろ発掘がただちに整備に結びつく,また整備の方法論自体が発掘・関寵の対象になって いるのが現代数学の特色といってよく,ここに「構造」論の複雑な背景があることは注目してよ い.)
以上のような考察によって,数学教育現代化の名のもとに,公理方式の導入が叫ばれ種々の試 みが企てられているものの,それには自ら限度があり慎重な配慮を要することは(少なくとも,公 理的展開を通念的に理解する限り)正しいこととして受容すべきである.論理的な考え方は,それ こそ数学の生命線である以上,数学教育の改善‑論理的思考の開発 は当然であるにしても, 論理的思考の開発‑‑公理方式の導入 と一直線に進むことには慎重な検討を要しよう.まして, 中等教育の初期,初等教育に公理方式的な考えを導入することが,時流的なものであったり形式 的な論理主蓑である限り,当然排聾されるべきものである.
では,論理理的思考が公理的方法とanalogueでないとすれば,両者をどう止揚すればよいの か.これこそgeometricな考えとは何かとの問いに答えるものでなければなるまい.
2.幾何教育の目的と価値
幾何教育のアポリア
さて前稿を含めて既述のことから,幾何教育に関する動向は以下のように総括されよう.
従来の幾何教育に対する批判の敬拠
1.数学の新しい分野が開拓されていく現代,初等幾何の分野の教育的価値は相対的に下落し ている.
2.現代化の眼目「論理化」の面においても,幾何の指導は本質的に困難な点が多い.
3.ユ‑クリッド幾何の理論的な展開そのものが教育的には必らずLも適切でない.
批判に応じる方策
(1)運動幾何的,変換的あるいはベルトル的に改造して教育数学に通したものとして用いる.
(2)教育数学から幾何的な部門はできるだけ軽減する.
(3)思い切ってユ‑クl)ッド幾何を廃止する.
(1)については前稿で具体案を例示した. (2)についても各説を述べたが,いわばその決定版とも
(38)
目されるS.M.P. (School Mathematics Project)の見解をこの際総括的な意味で検討する必・
要があると思われる.
(39)(40)
S.M.P.編集の中心者であるTI王WAITESの主張の骨子は,次のようである.
「まず第‑に従来の数学教育において批判されるべき点は,次のような点である.
(i) unityに欠ける.
6
小 川 庄 太 郎(ii) シラバスの多くはunexcitingでありirrelevantである.
(in)現代数学の異常な進歩におくれる.
それ故に S.M.P.においては,従来幾何学に負わしてきた「演樺的思考を知らせるもの,証 明の性質を教えるもの」としての役割りを,数学の全分野に負わすことをねらうと共に,幾何学 は運動幾何的に扱うに止めた.幾何のあり方に対するわれわれの最大の関心事は,そのような操 作的なアプロ‑チが算術や代数の構造的な発展に直接役立つという点にある. 」
S.M.P.における幾何はかくして,その物理的意味には尊重されず,代数的構造への寄与者と しての役割が重んじられる.
現代化という条件のもとで,幾何教育に関して下すべき結論は,以上のような各種の議論の集 約として,次のAかBかの選択という形にまとめられよう.
A.幾何教育は現代においては,もはや論理的思考を養うという意味では,その独特の存在意 義は無くなった.
B.幾何教育を従来ほどの重さを持って指導することは許されないが,それにしてもその独特 の論理的思考を養うという役割りを全面的に抹殺することはできない.
もし, Bを認めるとすれば,ただちに次の方法論としての課題に直面することになる.
C.ユ‑クリッド幾何をより論理的にしかも教育的に妥当であるように指導する方法は巣たt て可能であろうか.
もともと,幾何教育の改造をある程度レディネスの整った段階において論ずることは,さして 困難ではない.たとえば高等学校においてベクトル的手法を導入することはすでに我国において 実行されているし,論理的体系としての「反省」を教えることも可能である.こうした段階では
(41)
Allendoebferの示した三つのアプロ‑チ
1. synthetic 2‑ analytic 3. vector (coordinate‑free)
42)
に対して, 「三つとも教えようではないか」という, Bailey流の至極明快な回答を用意すること
43}
もできよう.また, Fherの提唱するrelationやfunction との融合等も,この段階では実現可 '能な方法の一つであろう.しかし,私達が今二者択一を迫られているのは,そうした場面におい てではなく,初・中等教育における幾何のあり方であり,楽何の入門,いいかえると図形教育の 当初におけるあり方である.これに関しては,次の二つのことは否定できまい.
(1)幾何学の出発点は公理体系の組み立てからはじまる.つまり,幾何学の最も本質的な点は 空間をいかに捉えるか,いかような公理を設定するかにある.
(2)空間認識の当初において,論理的な指導を公理的展開による指導そのものと解釈すること は教育的には不可能である.
従来のように観察一辺倒でいくならば上記の(1), (2)に関連した議論はおこらない.その代わり
「論理的な考え方の養成」という看板は外さねばなるまい.反対に,現代化の波に乗り「論理的」
を Schlagwort としようとすれば(1), (2)にかかわる.このように見てくると,初等教育におけ る幾何教育の論理化は.大きなアポリアを蔵するわけである.
このアポリアに直面し,それに対して何等かの建設的な活路つまり,幾何教育の(特に初等教育 における)現代化の可能性を見出そうとすることが本稿の目的であり,前稿で述べた「geometric
な考え」の具体的な提唱になるわけである.
geometricな考え
ロワイヨモン・セミナーにおけるDIEUDONN丘のベクTlル方式の提案は"ユ‑クリッド(氏)よ,
数学教育現代化の課題(IXユークリッド幾何をめぐって>
拙て行げ'の標語と共に著名であるが,幾何学そのものに対する彼の見解は,単純な幾何抹殺論 でないことは銘記すべきである.彼はベクT‑ル的アプロ‑チを提唱したが,同時に次のような意 44!見を述べている.「空間的な直観はessentialである.生徒の空間的直観を訓練し発達させると同 喝こに,後にそれがうまく用いられるような論理的なわくの中におくことが,中等学校の重な仕事 である.なぜなら,数学の殆んどすべての1‑ピックスは何らかの形の幾何学的な例証を必要とす るからである.したがって,どのような幾何が教えられようと,ユ‑クリッド幾何の基本的な考
̲えは残されねばならない.」
as)また.Goals.は,「幾何はその実質的な内容の重要さをはるかに超えた教育的な意義を持つ.」
(Geometryhasaneducationalsignificanceaboveandbeyondtheimportanceofits
・substantivecontent.)と主張する.
前記のS.M.P.は,ペl)‑を生むほどに伝統的であった英国の数学教育の地盤においては予想 されなかった程ざん新なもので,特に在来の数学教育法に対する批判や,S.M.P.が採用した「発 見的思考をうながすための編集形式」などは大いに参考とすべきであるが,以上のような幾何学 ト的論理と直観との密接不離の関連を考察するとき,その「幾何の物理的意味を軽く見ることや, 中等教育において幾何独特の論理的思考の意義を否定する」というフイロソフイ‑については重 大な再検討を要することは免れ得まい.前に掲げたシェ‑マ
‑Bourbaki Euclid^^Newton
Lは単にMoise好みのシェ‑マとして見るべきものであろうか.
もともと,数学ももとより人間の「存在」から生まれたものであって,非生産的な空論として生 まれたものではない.またその成長の過程においても,末端のいわゆる「詰め将棋」的な技巧的興 味にのみ走った部面は忘れられて,成長に必要な生産的なもののみが伝承されてきたことは歴史 の示すところである.とすれば,人間の存在の物理的な場としての空間Freudenthalのいラ
「子供達がその中に住みかつ活動するところの空間」(thespaceinwhichthechildlivesand 4647moves)をどのように捉えていくかば.避けることのできないテーマである.Farrellも,幾何 学の2面「公理的構造とidealな対象‑の依存」と「物理的モデ)l/への経験的アプロ‑チと実質」
について触れ,この二つが混合体として教育されるべきであると説く.
もとよりその空間の捉え方の方法論は数学の進歩とともに変遷するのは当然としても,捉える こと自体の必然性そのものは,純粋数学のあり方やまま関連され勝ちな大学における数学教育の あり方如何によって左右されるというようなものではない.このことは前稿で示したように,数 (48)学ことに幾何学の本質が,直観と論理のinteractionに立つものであり,またVigilanteのい うようにsenseperceptionとabstractthoughtとのresultantである限り轟がぬ決論でな ければならない.
次いで問題となるのは,ならば直観をどのように方法論的にまた教育的に論理のわく組みにの せていくか,逆にいえば数学的なわく組みをどのように直観の娩制に副いつつ形成していくかと (49いう点である.初・中等教育としてはFreudenthalのいうように,globalなOrdnungは
許されないにしてもIocalなOrdnungの教材構成は可能である.しかも,それは′ト学校当初か ら始められるべき性質のものとして理解されねばならない.
数学教育の論理性とは,単に形式的な公理的展開を意味するものでなく,また,合按・離接と も、うような論理用語を集合を背景にして理解するという一面に尽きる(あるいは拘泥する)もので
/上 川 庄 太 郎
なく,もっと広義に本質的に捉えられなければならない.
さらに一歩を進めて考えるとき,果たして図形研究の入門時における指導方法の骨子は,公理 的展開(公理体系そのものの展開でなくて)と全く相容れないものなのだろうか.もっと本質的に いえば,直観という人間の原初的な認識が,公理という原点的な論理の出発点とはたして独立な のか,もし前稿を含めて繰り返し考察してきたような直観と論理のかかわり合いからして,それ らが独立ではありえないとすべきならば,いったいそれらはどのような関連をもち得るのか.こ うした観点に立つならば,既述の形式的な公理方式の批判の次元以上の重大な研究課題が生れよ ラ.また,このときには公理そのものよりも, Choquetのいう公理の持つべき性質が注目されよ うし,このときの基本性質は恐らく ab‑公理的なものよりもch‑公理的な性格なものとして萱二 場するものと考えられる.
(50!
(筆者らがかって試みた幼児の数概念についての実験は,その結果は意に満たぬものではあった.
が,こうした考えを背景に行ったものである.また,本稿で後に示すフローチャ‑Tlもこうした̲
可能性を示唆しえれはとの希望を持ちつつ提示した. )
こうした見解に立つとき,前稿においてシンボリックに表現した「geometric な考え方」が満 たすべき要件はほぼ明らかになったと信じる.あえて箇条書きにするならば以下のようである.
〔1〕直観を論理のわくに粗品こむ方法論であると同時に,直観を母胎にして論理を形成して いく教育方法論のプリン5'プルでなければならない.
〔2〕単に幾何に限定されて用いるべきものでなく広く数学全般に通じる方法でなければならb ない.いいかえると,帰納・類推・演緑などの推理方法および洞察・仮説設定・検証など の思考方法を含めて,幾何学におけるそれが数学全般の推理や表現のもっとも端的な有用;
なサンプルとなりうるものでなければならない.
〔3〕その考えは,幾何教育の開始とともに通用されるべき性質のものでなくてはならない.
そして初等的な導入においても, 「直観的に見ていかにも妥当でありしかも基礎的なものか‑
ら,他の有用な性質を強力に産み出していく」方法論でなければならない.
従来の現代化の渦中での幾何教育論争は高校における(つまり,高校‑大学‑純粋数学 の・
関連における)幾何教育が主眼であった.しかし以上の所論によって,現代化の核心はむしろ′j\ ・ 中学校の図形教育のあり方如何にあり,この年令期において欠くことのできない,またもっとも.
相応しい空間研究の方法論を(仮に,高校・大学教育への貢献度においては表面的には割り引きき れる・・・‑本質的にはそれは有り得ないのだが・・・と見られても)展開することにあることが明らかにー
されナ二.
総括するならば,その方法論は上記の〔1〕, 〔2〕, 〔3〕を満たし,次の①, ㊥, ④を結論として‑
導くものである.
① 既述の,判枕の駁拠1, Thwaitesの主張(ill),選択A等を否定し,選択Bを肯定する.
㊥ 「論理的思考」と「公理方式の導入」の直線的な連結は否定するが,r 後者をもっと本質的をこ 把擾することによって,両者の連関を復活しようとする.
④ このときは,当然アポリア(1), (2)については解決の可能性が生まれる.
とすれば,最終の課題は,次のような性格をもつ具体案の存在を示すことにある.
・批判の駐拠2, 3に対する反例としての.
Thwaitesの主張(i) (ii)に指摘された欠点を補うものとしての.
・課題Cを肯定的に解決するものとしての.
数学教育現代化の課題(IXユ‑クリッド幾何をめぐって>
次に,その一案を示して批判を乞いたい.
3.小・中学校における図形教育の方向と試案
方法論の基本
(1)ェレメンツ的通念の打破について
(5i;
9
運動幾何的な手法と伝統的な手法とは本質的に排反するものでないとは BIRKHOFF等の力説 するところである.エレメンツの方法論がいわば「構成的」といえるものであるから,この説の首 肯される面もあろう.しかし,幾何が「私達がその中に存在し活動するところの空間」の探究の方 法論であるとするならば,エレメンツの原理「三角形からの幾何学」の通念などを徹底的に打破 する必要があろう.
52)
Sawyerも,ピラミッドが築かれて3600年後にはじめてユ‑グリッドの体系(ェレメンツ)那 作られたことに関連して, 「児童がユ‑クリッドの形式で幾何の学習に出発するのは正しくない.
人は3600年間の人類の苦心をそうやすやすととびこえられるものではない.幾何を学ぶ最善の方 法は,人類がはじめに(originally)辿った路を歩むことである.」と述べている.
児童の周囲に充満する図形で典型的なものは,三角形でなく長方形であり直方体である.とす
(58
れば, Choquetの言葉「人々は三角形を見たが2,000年以上も平行四辺形を見なかった」はさら に一歩すすめて, 「長方形を見なかった」とすべきであろう.この場合,例のサッケリ‑の高価な
(54
試行錯誤は,私達に大きいヒン1‑を与えてくれよう.
なお,たとえば合同の概念も三角形から始まるというものでなく,その考えは長方形・正方形 などの指導と共に始められてよいし,測度については前稿でも触れたように BIEKHOFF流に指 導すべきである.
55
図形探究の手がかりになるものも,当然「作図」ではなくて, 「操作・連動」である. Sawyer のいう do (things)→make→notice‑‑サarrange→reason の路の意図もかようなもので
(56!
あろうし, Smithの"lead children through an original firsthand experience in place of or prior to the textbook experience'も同様であろう.
(57)
また,いま提案されている運動幾何的な考えは, Spernerの「できるだけ早く三角形の合同定 理を導く」ことを主眼とする立場とは方法論的に異質なものである.
t58)
(付言するならば, PIAGETのいう topological‑サprojectve‑Euclidean のシェ‑マは示唆
(59
に富むものではあるが,少なくとも現在の筆者の見解は,いわゆる「混在説」に近いものである.
ただ,低学年の児童においては「自由な空間表現」において, PIAGETのいうところのtopologi‑
calな表現も尊重していきたい.) (2)概念形成について
数学教育という独自の分野においての概念形成に関して,実践的な場に対して直接役立つと思
60)(81)(62.
われる成果は比較的少数であるが,次のようなシェ‑マは傾聴すべきである.
(63!
Bruner : enactive‑→iconic・→symbolism
(64)
Brune experience→ concept→ name activity‑ idea→ definition
65
Buck : the notion His the same length as" precedes the notion "length"
(66
Engen : りfive"→"fiveness"
10
小 川 庄 太 郎(87
Freudenthal : "no definitions are provided for geometrical objects when they are introduced"
こうした考えの基底にあるもの,いわば,感覚的受容→概念的表象 の過程における外界と 思考との関連に十分留意すべきである.
(3)論理的な考えを生み育てる地盤について
もともと図形的直観は, "目に見えるもの"である故に,本質として並列的であり同時的であ る.このような,いわば順序において対等な直観をいかにして論理的に前後のある秩序に組み直 すか,いいかえると,あるものは承認しあるものはそれから導くという構えを意図的に持つこと をいかにして理解させるか.これが図形教育の眼目である.
そのためには,小学校では図形についても他の数や式などの学習展開と同じく,ある秩序(とい ってもIocalなOrdnungであろうが)を追って考えることが可能であることを次第に理解させ, 中学校では特に顕著な事実に対し彼等自身の力で論理的にアタックすることを経験させるべきで ある.しかもそうした秩序は,直観的にも納得できしかもすっきりしたすじの通り得るもので, 後になって合理的展開という目で見直したときにも見通しのよいものであることが望ましい.普
68) (69)
た, Thwaitesのいう「excitingなもの」, Raphael のいう「数学と呼べる顕著な事実」を用 意して,彼等に"wonder"を呼びおこすことが必要である.
図形の研究は上記のように, 「並列的なものに対する意図的な選択的な順序づけ」がその本質で ある故に,こうした方法論的姿勢を学ぶためには他の教材にはない指導上の問題点を持つと同時
(70)
に,いわゆる選択的思考がより多く要求され必然的に発見的思考の場面が随所に存在する.この 意味で幾何教材は,私達の存在する空間の探究という本質面とともに,方法論的な面においても, 多くの問題点(教材としての不利な点)のすべてを凌駕して,他の教材で替えがたい教育的意義を 持つものである.
このような発見的思考によって問題を解決し新しい事実を証明しえたよろこびこそ,図形研究 を推進させる原動力であって,程度こそ違え数学者が一つの定理を発見・証明しえたときのよろ
こびと同質ではなかろうか.
従来の単に分類的に形態を調べることに終始することは,まさにRaphael のいう「数学では
(71
なかった」との非難を甘受しなければなるまい.
論理的な考え方を育てる面で,次の点に留意する必要がある. (特に中学校において)
(1) 「AならばBである」を承認したとき, 「では, BであるのはAに限るのだろうか」との疑 問をいだく態度を養成すること.
(2)上のことに関連して「否定」について関心を持ち理解を深めること.
(3) (1), (2)のような考え方の地盤の上で,はじめて集合の包摂関係の理解も有意義になる.
試 案
I /ト学校における図形指導 (1)基本となる考え方
① 私たちがその中に存在・活動する空間に対する観察・推理(分析・総合)という意識を基調 とする.
㊥ ェレメンツ的体系でなく教育的論理性に基づく体系を尊重する.
④ 分類形態的な断片的な知識の寄せ集めでなく,直観や操作を足場として論理的なつながり を追求することの興味と意義に開眼させる.
数学教育現代化の課題(IXユークリッド幾何をめぐって>
ll
④ 概念形式や定義づけなどに関しては,心理的過程に留意し,慎重なアプローチを図る.
(2)カリキュラム編成上の留意点
① 対象となる図形とそれに対する児童の活動(アプロ‑チ)を両軸として展開する.
@ 教材の配列については,次の点を顧慮する.
i 周囲の図形の基本的なものから ii 年令に応じた扱いの可能なものから iii 思考の形態がより簡単なものから
@ アプロ‑チについては,次の点を顧慮する.
i 低学年では,他の教科内容(国語,理科,図画・工作)や集団的な行動と十分な関連をも たせ,児童の全活動の中から図形的なもの‑の注目を育てていく.
ii 操作的な活動,特に線対称に着目し,これを枢軸として思考の場を開いていく.
iii 観察の域に止まらざるをえない教材へのアプロ‑チは,その方針を明らかにしておく.
iv 条件(制限)を追加するまたははずすことによって起こる事態の理解を次第に深めてい く. (包摂関係はこのことの一面でありうるが,それが総てではない.)
Ⅴ 定義・性質・特徴の関連を次第に理解させる.そのためには,必要条件・十分条件的な 考え方を背景にすることが必要である.
(3)カリキュラム案
基本的な図形
・基本図形
・要素・定義
rtH
対
it iS[叫一系
.素朴な旭(望葉概念
基本概念対応,変換 単位と測度比較
簡(円筒)の形のもl前後,左右,上i等しい ;.うなものを抽出
要望讃‰表魔,o芸姦現,操作:
: ∴:∴∴一構成
・‑‑^n‑上越判
箱の形のもの. rヱ窪がウキ, r杢車中小さい(甲甲牟堅牢誓,薫.華甲号寧轡蝣CO蕪や、要理,里,.(響 霜の自由な図儲oo雪雲概念
立体を基本的なlものをきちんと
吉…t<、℃畠の r遠近 霊E冨雪害<・&詣[
長芸宕正方形,直[
登詔形'四角形'i
頂点,辺円,球,中心, 里墜 長方形の性質 直角三角形 二等辺三角形 平行四辺形,ひし
)」‑
角,錯角,同位角 直方体,立方体
Vti. ‑'均;;[こp‑
r.‑箆,・')'!蝣
! '‑3 ''叫i fn 角柱,円柱 図形の拡大,縮小
角すい,円すい 図形と条件
線対称の考え 点対称の考え 平面上の位置 垂直,平行 線と線の位遣関 係
空間での位置 母線による図形 の構成
長い,短かい・届昆筒状のも
等しい長さ,測定 ;の lもので組み立て圧、い表わす(定
しかくいものつ電よう作り 丸いもの,
雲譜霊方形腐宗吾琵品,重
円,球について
の観察 わTlt‑iせ
義する)こと
広さの比較 面積(長方形,正
:1‑蝣>
角(大小,相等) 角度体積(直方体,立 方体)
直方体,立方体 の観察
体積(実験的) l柱体の観察
図形の分割,荏
ノ∠ゝ L 1
線対称‑→点対称 i声方形の辺や
心の性質 長方形と直角三 角形
蓋嘉慈翫博覧蓋監
展開図
正三角形の作図I三角形,多角形
一一∴‑. ‑∴ ∴∴
の構成 位置表現(空間) 展開図
の内角の和 三角形の決定 条件 (合同) 図形と条件
12
¥mma聖
直角三象形
‑¥T Vサ ̲壷汗
かし牙
蝣I it".v:こ干
平行線 ひし形
拡大・縮小
小 川 庄 太 郎
主な図形のフロー・4‑ヤート
E≡∃
0に関して対.柿 し綿対称形動の令成)
E2∃
直角三角形に分割
≠争
中心0を重粕てISO"回転
きく角の欄等
A,O,B共級
∠/へゝ̲
二等辺三角形に藤倉
0に関して対称
Z
同位角の欄等<診
ZpL形に凄ノ針
<>
ひし形(対辺の平行)
/ /
′
長方形の拡大・綿ノト
数学教育現代化の課題(IXユ‑クl)ッド幾何をめぐって> m
甘 中学校における図形指導
(1)基本となる考え方および留意点
荏)図形と論理:論理的に考えることが,興味と関心をもって行われること.
i 興味ある顕著な事実(主題)を発見し,その理由を生徒自身の力で明らかにしていく.
その過程で論証の意味,形式および推論の出発点の必要を認識させる. (小学校で学んだ重 要な図形の性質を整頓し,それを出発点とすることが予想される.)
また,その主題をもとにして,さらに新しい性質を導くことを学ぶ.
主題:垂心の性質(1年),円周角の定理(2年)三平方の定理,オイラ←の定理(3年) ii 「AならばBである」を知ったとき, 「BであるのはAに限るのか」に疑問を持ち,そう
した探究の中で,必要条件,十分条件,特徴,命題の真偽,逆,否定,対偶などの論理的 な構造を具体的に捉えていく.
iii 条件に適する点の集合としての図形についての見方を深める.
iv 空間における直線や平面の位置関係など直観的な扱いを主とする教材においても,平面 図形からの窺推,対比など,できるだけ数学的な思考を用意する.
@ 図形と変換:変換(図形の移動,あみ目上での点の対応)の考えを重視し,変換の合成・分 解,変換に関して不変な性質などについての理解を深める.
i 等積変換もあみ目上での対応として見る.
ii 位相的な変換についても,オイラ‑の定理まで指導する.
@ 図形と量:カバリェリの原理をもとにして議論を進めるとともに,極限的な考え(積分の考 え)の初歩を理解させる.
(り 図形と式:解析的な扱いの初歩として,直線や円(x21‑y‑rO扱う.また,平行移動や簡 単なアフィン変換などについて,変換の式を求める.
(2)カリキュラム案
図 形 と 論 理
・i= '<ii
空間における平 行・垂直の観察 平行線と線分の 比,相似 点の集合(軌跡)
としての図形 線系(net円の性質
work)
直角三角形の性 H
多面体の性質
童心の性質 (中点連結定理)
円周角の定理
定理とその形式 推論の構造
(推論とその出 発点)
命題の真偽 逆命題 必要条件・十分 条件
図形の性質と特 敬
図形と変換
il合同変換の合成i
ア7イ ン
変換 等積変換
i '.: f!i"‑i:r3!
I.丁蝣:.'ii
L」41蝣'‑ 、
三平方の定理
オイラーの定理 背理法 対偶命題
Lslv上道
面積(直線図形, 円)
座標平面上の変l体積・表面積
.'‑iV一上式
iA'ftV A' (ax+by‑c)
平面の韻域と不等 式
(ax十'V>C)
円の周,内部,外部;
02+^2妻r2) 座標平面の変換のJ
^v
̲』葺蒜聖)̲ i
4.結 び
(72)
幾何教育が既述のように. 「扱いにくい岩場を持つ」といはいうものの,数樹として欠くことの できない存在意義を持つ以上,単に大学・高校の教育のための改造という一面的な立場でなく,
14
4\川 庄 太 郎こどものためのこどもによる図形研究の方法論を開発しなければならない.そしてこれこそペリ
←の出発の原点であったはずである.
このように, 「幾何教育の現代化」とは正しく「教育幾何学の現代的開発」と解すべきであっ て,少なくとも幾何教育に関する限り,数学教育現代化の成否は,初等・中等教育とくに初等教 育における「論理化」,あるいは「geometric な考え方の養成」にかかっていると見なければな らない.聾者がここにあえて一つの試案を提示したのも,これを機会に多くの数学者,現場の教 師からの有益な提案がなされることを期待するからである.
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