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真宗教学研究 第8号(1984)

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8

難思議往生についての試解 幡 谷 明 1 人 間 成 就 の 道 小 野 蓮 明 14 一一親驚の「往生」の了解一一 本願三心論の一考察 福 永 畏 淳 30 浬 襲 の 真 因 藤 獄 明 信 39 入出二門偏試考 E コ 好 智 朗 48 一一隆寛に関する可能性を求めて一一 空思想、と虚無論 本 多 恵 59 日本古代仏教における戒律の問題 佐久間 竜 68 建長四年の造悪無碍の社会的背景 小 島 恵 昭 73 昭和58年度教学大会発表要旨 蓮 寺 諦 成 小 山 正 文 82 藤 谷 一 海 中 島 省 僑 玉 井 威 吉 元 信 行

昭和

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真 宗 同 学 会

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浄土教思想の

比較宗教哲学的研究

峰島旭雄著

A 5 四 九 O 頁 九 八 OO 同 / 苧 一 ω 一貫して比較宗教哲学的研究ないし比較宗教哲学的方法を 求めてきた著者が、その視座より自己の信仰の基盤でもあ る浄土教の思想に関して論じたこ十年にわたる研究の軌跡

浄土教思想の研究警暴海著二

0 0 0 円 日本仏教思想史研究室藁田村田澄著四八 OO 円 浄 土 教 教 理 史 石 田 芝 著 二 五 OO 円

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三帖和讃講義柏原義著九八

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OO 円 選 揮 集 全 講 石 井 教 道 著 六 五 O O 円

横超種目著

A 5 三 O 四 一 良 五 八 OO 同 如来常住と悉有仏性を説く浬繋経の思想が中国・日本の浄 土教にいかなる影響を及ぼしたかを思想史的に解明する。

OO 円 京都市中京区東洞院遇三条上ル 振替京都6-613/電075(2'21)0016

平楽寺書店

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史上之親鷲定価四日認問

真宗源流史論定価語認刊

意訳浄土論註

西山邦彦著

教行信証成立史考

宮井義雄著

定 価 三 六

OO 円 送料三五 O 円

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O 近刊

善導浄土教の研究

藤原幸章著 善 導 思 想 の ぷ 出 繋 経 ﹂ ﹁ 起 信 論 ﹂ 智 山 田 、 曇 驚 か ら の 影 響 を 考 察 し 、 そ の 思 想 の 中 核 を 明 確 に し 、 さ ら に 法 然 ・ 親 鴛 へ の 伝 統 を 明 か す 。

定 価 七 八

OO 円 送料三五 O 円

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難思議往生についての試解

難思議往生についての試解 はじめに、お断りしておかなくてはなりませんのは、 風邪をこじらせまして、一二日ばかり寝込んでおりました ものですから、とてもお聴きいただけるような、まとま ったことは、申し上げられないと思います。その点悪し からずお許し頂きたいと思います。 親驚における往生観の独自性につきましては、ただ今、 小野蓮明先生から親驚教学の全体に亘って、綿密周到な 思索を通して明らかにして下さったことでございまずか ら、それに何も付け加えるものを持ち合わせておりませ ん 。 1 私が、﹁難思議往生﹂という題のもとで申し上げたい と思いますのは、先程の小野先生のお話のなかの、ごく

一部分に限って、私の領解しておりますところを申し上 げて、御教示をいただきたいと思うことでございます。 先程もお話がありましたように、法然上人までの浄土 教においては、往生ということは、捨此往彼蓮花化生と いわれますように命終って仏の世界に生れかわることと して領解されて来たことでございます。しかしそれが親 驚においては、現在のこの身に信心をたまわる、信心を 獲得する、そこに我々は間違いなく仏となるべき身とし て決定するということが、往生として領解されていると いうことがございます。その往生ということについて、 親驚はことに真実教として選び取った﹃大無量寿経﹄に おいて明らかにされて来る往生が難思議往生であるとい うように領解致します。 この難思議往生という言葉は、 御存知のように、善導

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2 の﹃法事讃﹄の上に﹁双樹林下往生﹂、﹁難思往生﹂とい うことと並べて出されておる言葉でございます。しかし、 そこにはその言葉についての説明は何らなされておりま せん。けれども前後の文章を読んでいきますと、それが 浄土の三経に対応するものとして説かれていることが暗 示せられておると思われます。しかし、それは飽くまで も暗示の領域を出ないものであって、その言葉の持って おる深い意味については、何ら解明されていないという 他はありません。そのことは、その双樹林下往生、難思 往生、難思議往生という一言葉に深く注目しました親驚の 場合におきましてもやはり同じでありまして、必ずしも、 その言葉についての直接的な説明・定義がなされている と は 言 え ま せ ん 。 けれども、﹃教行信証﹄を始めとする数多くの著作の 上で、その三つの言葉によって表わされる往生、もっと 言うならば、流転輪廻の人生の只中に往生が果し遂げら れていくその過程、より根源的なところで言うならば、 如来の真実が我々の上に徹到して我々を願生の行者とし て呼ぴ覚してくる、その願心の徹到してくる過程、その ことが親驚の全著作の上で明らかにされていく往生とい うことであると、そう言ってよろしいかと思います。 ことに親驚は、﹃大無量寿経﹄の上に明らかにされて くる往生を、難思議往生として解明していくわけですが、 それについて窺ってゆく上で、一番大事なのは、言うま でもなく﹃教行信証﹄であります。﹃教行信証﹄におい て、難思議往生という言葉は、﹁行巻﹂の侮前の文に、 ﹃大無量寿経﹄について浄土真宗の大綱を明らかにせら れる所に見えます。﹁証巻﹂には正定緊の機における自 内証として、難思議往生という言葉が明らかにせられ、 そのことが主題として展開されております。次に、﹁真 仏土巻﹂の結びにおいて、大浬繋界である阿弥陀の浄土 に往生して、﹁自然虚無之身無極之体﹂という浬繋のさ とりを聞くことが、正しく難思議往生であると、押えら れております。それから御承知のように、﹁化身土巻﹂ にまいりまして、双樹林下往生、難思往生ということを 明らかにすることを通して、それが難思議往生にまで純 化せられ、徹底せられていくことが明らかにされていま す。司教行信証﹄では、その四ケ所の上に難思議往生と いうことが、﹃大無量寿経﹄の表わす往生として示され ているように思います。 またその﹃教行信証﹄をさらに略抄するという意図を もって著わされた﹃浄土=一経往生文類﹄の上では、文字

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難思議往生についての試解 通り一一一経において表わされる往生のあり方が、主題とし て表わされておりますが、﹃三経往生文類﹄の略本が著 わされましたのは、宗祖の八十三才の年でございます。 その翌年、八十四才の時には﹃往相還相回向文類﹄が著 わされ、更に八十五才の年に、﹃三経往生文類﹄の広本 が著わされ、そして﹃如来二種目向文﹄が写されていく ということが見えます。 この八十三才頃というのは、御存知のように関東の同 朋教団の聞で、有念無念とか、あるいは造悪無碍といっ たような問題が、次々に出てきました、関東教団動揺の 時代でありまして、それがやがては善驚事件にまで展開 していくわけでございますが、そのような同朋教団にお ける信心の混惑、信心をめぐっての惑いというものを、 親驚はまさしく﹁真実の信心得難し﹂という問題として、 主体的に受け止めるとともに、そこで浬身の力を振り絞 って、その易行難信の法である浄土真宗の真実義を明ら かにしていくという、本当に凄まじいまでの、著作教化 の 跡 が 見 ら れ ま す 。 3 そのようななかで、往生を遂げていくという、文字通 り真実の世界に向けて往生を遂げていくということが、 親驚の主体的な求道の歩みを通して、しかもそれが、親 驚個人の問題にとどまらないで、一代仏教の帰結すると ころとして、明らかにされていくと言ってよろしいので なかろうかと思います。そのなかにおいて、その往生と いうことの本質的な意味を表わすとともに、最も究極的 な意味を表わすものとして、親驚は難思議往生というこ とを述べていくわけですが、その難思議往生ということ を見ていきます場合に、そこに三つの事柄が考えられる のではなかろうかと思います。 一つは、双樹林下往生、難思往生との関係、ことに難 思往生と難思議往生との関係。そこに見られる信心の純 粋性ということ、あるいは願生心の純粋性ということが、 一つの問題になるかと思います。二つには、その願生心 との対応において明らかにされてくる浄土の純・不純、 いわば報土と化土として分けられて来ます浄土の純・不 純ということが、そこに考えられると思います。そして いま一つは、その難思議往生ということの究極は、還相 回向ということに関わるということ。これは、﹃教行信 証﹄の証巻においても示されており、ヨニ経往生文類﹄ の広本の方で更に明確にされてくる問題でございますけ れども、難思議往生ということは還相回向として展開す る往生であるというのが親驚の領解であるということが

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4 あります。差し当ってこの三つの問題が、難思議往生と いうことについて考えられるかと思います。 それで今は、その点に問題を絞って、私の領解すると ころを申し上げたいと思うわけでございます。 往生の歩みということは、﹃歎異抄﹄の后序に﹁往生 の信心﹂と表わされますように、信心の歩みでございま すが、その信心の歩み、自発的な展開の上で、自力の害 提心によるところの宗教心というものが、その菩提心に 敗れて、如来の本願に目覚め、如来の本願に帰していく、 その全体が親驚の上では往生をば遂げていくということ で、表わされているわけでございます。双樹林下往生と いうことについては、親驚は別にその言葉の意味を説明 はしておりません。それは、釈尊の入滅を象徴する双樹 林下における往生ということで、化身の入滅の相を見る ということを表わすというのが、伝統的な解釈のようで ございます。しかしそれは、臨終に来迎を期するという ことと深く結びついておるように思われます。自力の菩 提心によって不断に煩悩を敵としてそれを滅していく。 そういう内なる厳しく激しい求道における闘い、その闘 いにおいて、しかもそれは、遂に間違いなく覚りを得る という確証が、どこにも得られない。むしろ、自力の菩 提心と煩悩との背反というものは、修道の進展とともに、 より深まっていき、より解き難いものとなっていく。そ のなかで覚りへの証しを求めるとすれば、それは、その 懸命に求道して来たという体験を依り処とし、手だてと して、そこに仏の救い、仏の来迎を期待するということ の他には求められない。それが死においての救いの証し ということとして、双樹林下往生ということで象徴され ていると考えていいのでないかと思います。そのような 解釈は、先輩の講録では多くの場合否定されておるよう に見えますが、しかしおそらくは、双樹林下往生という ことはそういう臨終における仏の来迎を期待することに おいて、救いの安心感を得ょうとする、人間の側からす る最も深い祈りのようなものを表わすと言ってよろしい のでなかろうかと思います。 けれども、自力の菩提心によって、断惑証理の道を貫 き通すということは、到底我々にできることではない。 その菩提心による自己否定の闘いに敗れる、そこにおい て我々が念仏の教えに出遇っていくという道が、ようや くにして聞けてくることでございますけれども、親驚は

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難j思議往生についての試解 その自力の行に敗れて、念仏の法に出遇っていく、その 出遇い得たところにおいて、しかも尚、自力の執心とい うものが、いかに深いものであるか、いわば﹁ただ念仏 して﹂という選び、信心の決定ということが我々におい ていかに成就し難いものであるか、そのことを親驚は徹 底して問うていきます。 ﹃教行信証﹄の﹁化身土巻﹂をご覧になりますと、専 雑二行の二種について親驚は、実に煩噴とも思えるよう な非常に細かい分析をしてまいります。何故あれ程まで に親驚は、専修・雑修ということについて細かい心理分 析をやらなくてはならなかったのか。おそらくあそこに は、徹底して信心の純潔性を求めた親驚の内面における 悪戦苦闘が、あのような煩墳とも思える分析を行なわし めたのであろうと思います。親驚が、そこで言おうとし ていることは、専修にして雑心ということで表わされま すように、念仏しながらもその念仏を我が行とし、我が 善としていくという人間の自力心を、親驚は内に深く問 わなければならなかった。また内に深く問うというだけ ではなく、それが法然の説く念仏の教えに出遇いながら、 第十八願の世界に触れながらも、しかもそこから第十九 願の世界に転落していくという法然門下の定散の自心に 5 迷い続けるあり方として親驚において厳しく問われてい くということがございます。 その念仏しながらも念仏を我が行とし、我が善として いくという人間のはからい、それが難思議往生と区別し て難思往生と言われる事柄でございますけれども、その 我が行とし、我が善としていくという人聞の分別心・議 は、親驚が大無量寿経を通して重視した言葉で言います ならば、罪福心でありましょう。因果の道理を信じて、 そして努めて善を行なっていく。そこには極めて根強い 自力作善の思いがある。自意識の深いと ζ ろ に あ っ て 、 自らがそのように善人になれる、あるいはその善を修す ることによって、救いの資格を得ることができるという ように、自分に期待していく心。それが念仏することに おいて却ってその自力心の深さが内に照らし出されて来 るということが、そこで問われているわけであろうと思 い 古 品 す ノ 。 それは、あまりいい言葉ではないかもしれませんけれ ども、全ての衆生の上に平等の救いを約束するものとし て聞かれてきた念仏、如来の本願の名号、その名号を、 いわば私のものとして私有化していくという、八ムなる如 来の法を私のものとして私物化していくような人間の購

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6 慢心が問われていくわけです。 そのことは、親驚の晩年に著わしました﹃正像末和 讃﹄、あるいは﹃御消息﹄等に、ことに顕著に見られます、 吉水時代に法然から聞き習い耳の底にとどまった言葉、 ﹁浄土宗のひとは愚者になりて往生す﹂、あるいは﹁念 仏には無義をもって義とす﹂という先師口伝の真信を表 わす言葉が、晩年、年と共に親驚の著述﹃御消息﹄の上 に、繰り返し繰り返し説かれており、分別を尽して無分 別智の世界である愚禿の世界に沈潜し、徹底してゆく相 を見出すことが出来ます。その義、念仏についてのはか らい、念仏を我が行とし、我が善としていくようなはか らい、実はそのことが一体どういう意味を持つのかとい うことですが、それは親驚が、﹁化身土巻﹂の第二十願、 難思往生について表わされた所に、善導の﹃往生礼讃﹄ に説かれました自力の雑心の者の陥る十三の誤ち、過失 について説かれたものの後四つを、前の第十九願要門の 機の過失と区別して、第二十願の真門釈の所に引いてま い り ま す 。 その点、親驚の場合は非常に厳密です。義国導の場合に は、それは自力によって行を修する者、雑行雑修の行者 の陥る誤ち過失として、十一一一の過失が挙げられているに 過ぎなかったものを、親驚は、前の九つは十九願の機、 いわば自己の力によって、自己の努力によってありとあ らゆる行を修することによって覚りに近づこうとする、 そういう雑修雑心の立場を表わすものとして引く。そし て後の四つの過失を第二十願、専修にして雑心と言われ、 念仏しながらもその念仏を我が行、我が普としていくと いうような人間の問題として捉えていきます。 その箇所を見ていきますと、一番最初に﹁大慶喜心を 獲ず﹂、念仏しながらも大いなる喜びがないと断言し、次 いで善導の﹃礼讃﹄の中から﹁付彼の仏恩を念報するこ となし、。業行を作すと雄も心に軽慢を生ず、常に名利 と相応するが故に、白人我自ら覆うて同行善知識に親近 せざるが故に、帥楽みて雑縁に近づきて往生の正行を自 障障他するが故に﹂という四失を挙げております。 念仏しながらも、その念仏において自他の響存的な交 わり、信仰の共同体としての僧伽が聞けない。浄土を開 示してくる念仏、その念仏に救いの安らかさを求めてお ることが、実は他との交わりを聞くことにならないで、 孤立化してゆく、そういう痛ましい状況が、そこに表わ されているわけであろうと思います。 それが、いわゆる方便化土として説かれる辺地、際慢

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難思議往生についての試解 界、疑城胎宮ということになってくるわけであります。 化身土巻の真門釈に引かれました﹃礼讃﹄の文を見てい きますと、それは﹁信巻﹂末巻の初めに、金剛心を得た 真の仏弟子には、現生において十種の益を獲るというこ とが掲げられ、そしてそれが最後に﹁入正定緊の益﹂と いうことに納められていくわけでありますけれども、そ の﹁入正定緊の益﹂ということの具体的な内実として、 ことに注意されるのは、第八番目の﹁知恩報徳の益﹂と、 第九の﹁常行大悲の益﹂であるということは、すでに御 承知のことであろうと思います。﹃往生礼讃﹄の文が、 そのことと深く対応していることが注意せられます。我 々が、本願念仏の教えに出遇うということは、全く我々 の思いを超えたところで、聞かれてきたということでご ざいます。もっと言えば、念仏の教えに出遇いながらも、 そこに我々が法に背き、真実に背いて生き続けるという、 この身のいかんともし難い重い業障というものがありま す。その自身の業障の深さというものを思い知るときに、 我々は念仏の教えに出遇い得たということが、いかに容 易ならないことであるかということを知らなくてはなら ない。そのことはそのような出遇いは﹁知恩報徳﹂とい う、我々をして出遇わしめた重々無尽の御恩徳の深さと 7 いうものを思わずにおれなくなるわけでありますし、そ の﹁知恩報徳﹂の思いは、自ら如来大悲の行である念仏 はたら を行じて生きるという、広大な志願となって働いてくる ということであります。それが、﹁入正定緊の益﹂を得 たもの、つまり真の仏弟子とせられたものに与えられる 喜びであり、使命感であると親驚は述べてまいります。 そこの文と対応しているように思います。 というのは、まさしく仮の仏弟子と言われるもの、定 散心を離れ難い我々を、その定散心から離れしめるその 念仏をも、定散の心でもって捉える仮の仏弟子、そこに は﹁知思報徳﹂の念なしということでございますし、念 仏する相の上に賢善精進の相を現じ、名利を求めてゆく、 そのような自我への固執ということになるわけでありま しょう。それが、諸仏・善知識に親近しない、自障障他 するということとして説かれてくることであろうと思い ま す 。 親驚が、そこで問題にしていきますのは、難思往生と 難思議往生との内面的な深い関わりと、その区別であり ます。それは、念仏することにおいて真に他との交わり、 報土として表わされる聞けを持った世界を聞いてくるの か、あるいは念仏の教えに出遇いながらも、それがどこ

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までも私事に終って、僧伽というような聞けを持った世 界、更には浄土という超越的世界を聞いてこないままな のか。そういうところに親驚は、難思往生ということを 越えて、難思議往生に転じていくということを、問題に していると言ってよろしいかと思うのです。 それで、その浄土ということについてですが、信心に おいて開けてくる世界、信心が純粋であろうとあるいは 不純であろうと、信心において要求せられ、そこに聞け てくる世界である浄土、そこに自ずから、方便化土と言 われるものと真実報土というものが、明確に区別されて いくわけであります。それは、親驚の著述の上で申しま すと、﹃教行信証﹄よりもその後に書かれました﹃一二経 往生文類﹄の方において、より徹底しているというよう に 見 ら れ ま す 。 といいますのは、﹃教行信証﹄の場合ですと、方便化 身土巻では、我々人間の自力心において要求せられ、仮 構せられていくような浄土が方便化士として、そこに辺 地、陣慢界、疑城胎官として、﹃観無量寿経﹄、あるいは ﹃菩薩処胎経﹄、あるいは﹃大無量寿経﹄などによって、 一つに並べて示されておりますが、﹃三経往生文類﹄に まいりますと、そこでは辺地、陣慢界というのは第十九 願の機の生れる世界であり、そして疑城胎宮というのは、 第二十願の機の生れる世界であると明確に区別して示さ れ、またそのことを明らかにする﹃大無量寿経﹄の智慧 段は、第二十願の成就文を明らかにするものであること が明確に押えられてあります。 親驚において、そのように徹底して信心の純粋性を問 うということと、そして信心において聞けてくる浄土の 純粋性というものを徹底して問うということは、晩年、 年と共にいよいよ鋭角化していく、そのことひとつがい よいよ明確になっていくというように言えると思います。 その方便化土として表わされるものは、親驚の言葉で 言えば、人間の自力心の深さであると同時に、その自力 心の捨て難い人間に、かけられてある如来の大悲の、本 願の深さを表わすものでありますが、それが五百歳とい う時間的な表現でもって、極めて象徴的に表わされてお ります。それは、我々がいかに自力への執心を捨て難く 絶ち難いかということを表わしているわけでございます けれども、そのことについての憤悔、自力の心の捨て難 いということについての深い機悔を通して聞けてくる世 界、それが真実の報士であり、無量光明土として表わさ れる大湿繋の境界であると言わなければならないと思い

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難思議往生についての試解 その真実の報土に往生を遂げていくということはい わば閉じられた世界から聞けた世界へ、経典の言葉によ れ ば 、 ﹁ = 一 宝 を 見 聞 す る ﹂ こ と の な い 状 態 か ら ﹁ 一 一 一 宝 を 見聞する﹂ことのできる状態への展開というふうに押え られます。それはおそらく信仰における交わり、生命の 連帯というものの回復と言いましょうか、信仰における 生命の交わりの見出される世界と、見出されない世界と の関わりであろうと思います。そういう意味がそこにあ るということは、親驚が難思議往生ということを語りま す場合に、多くの場合﹃論註﹄に示されました﹁同一念 仏無別道故﹂という一言葉との関連において述べておられ るところにうかがえます。これは﹃教行信証﹄の﹁真仏 土巻﹂の結釈がそうでありますし、それから﹃一二経往生 文類﹄がそうであります。もちろん親驚は、﹃論註﹄下 巻の巻属功徳だけではなくて、他にも﹃論註﹄の中から 主功徳、大義門功徳等の文を深い感銘をもって引用して いますけれども、それ以上に﹁同一念仏無別道故﹂とい う文を、難思議往生の因果と言いましょうか、如来のは からいによって往生を遂げていくところにおいて聞けて くる世界として、それを﹁同一念仏無別道故﹂というこ 9 とで表わしているように思います。 だから親驚は、それこそ千差万別の業因によって生き ているものの中に、同じ念仏の法によって浄土の国中人 天、あるいは浄土の轡属として本願の内に結ぼれてある という、本願の約束の中に置かれているものという、い わば本願を通しての連帯感というものが、明らかになっ てくる往生を、難思議往生と語っていくのであるという ふうに領解いたします。 以上申してきましたことは当然還相回向の問題に繋が っていくと思われます。それについて注意せられるのは、 ﹃三経往生文類﹄の広本でございます。﹃往還二回向文 類﹄を介して、その后に略本を修正する目的をもって書 かれた広本の方です。そこには、先に著わされた略本と の関係の上で、いろんな点での違いが見えますけれども、 その違いの最たるものは、やはり略本には見られなかっ た還相回向を大経往生のところに述べてまいりまして、 それを難思議往生と押えているということ、これは略本 とは違う、広本の大きな特色の一つであると思います。 なお他にも略本ではとりあげられなかった第十七願が、

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10 広本において明らかにされているということや、さらに 弥陀経往生のところでは第二十願成就文というものが明 確に押えられていることなどの上に、第十七願を通して 問われ、第二十願の自覚として明らかにされるというこ とがあります。すなわち人間の自力心罪福信が、いかに して越えられるかという問題が、往生の問題として間わ れておることが注意されます。我々において、念仏の中 にも付きまとい、念仏することにおいて、逆にいよいよ 明らかにされてくるような人間の自力心がどのように破 られ、どのように越えられていくのかという問題。その へんのことが、略本よりも広本の方において、より徹底 して問われているということを思います。 広本で、還相回向の問題を難思議往生の内容として押 えているということは、晩年の﹃正像末和讃﹄において、 還相回向ということが強調せられていくこととの関連の 上でも、注意されなくてはならないだろうと思います。 この還相回向の問題については、﹃親驚教学﹄第四十三 号に﹁親驚の還相回向論﹂と題して貧しい領解の一端を 書かせて頂きましたが、なおいろいろな問題を考えさせ られております。 第十七願と第二十二願との関連ということから中しま すならば、我々において、念仏の教えとの出遇いという ものが聞かれるということの背後には、無数の念仏者に よって、念仏の真実であることが証明せられてきた、そ して現に証明され続けているという、第十七願成就の歴 史と現実があるということでございます。それを通して 親驚は、さらにそこに還相の世界を仰いでいったという ことがございます。その還相の世界は必ずしも念仏者の みに限らない。聖道門や悪逆の徒にまで還相を見出して います。第十七願を通し、第十七願の世界を教え、そし てさらにそれによって、第十八願の世界を明らかにして くださるところの無数のご縁の上に親驚は、還相を仰い でいったということがございます。 しかしその往相の背后、周辺に見出される還相という 面と同時に、親驚の上にはことに晩年、積極的に自らが 還相の行を行じていく、還相行に生きるという一つの使 命感、広大無碍の志願が、年と共に親驚のなかで明らか になっていくということを思わずにおれないものを感じ ます。それはまさに願生浄土ということは浄土の大菩提 心を満足していくところの道であり、そしてそれによっ て大乗の仏道の究極なるものが願生浄土の道であるとい うことを明らかにするというような、教学的な課題がそ

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難思議往生についての試解 こにあるとは思いますけれども、そこにはもっと親驚を 促す現実的な要因があって、ぞれが何か親驚の上に還相 ということを大きく取り上げさせ、積極的に展開してい くこととなったに違いないと思います。 それはおそらく善驚事件というようなことの上に象徴 されるような、そういう同朋教団のあり方を通して、さ らには尽未来際を尽すと言いましょうか、現在は勿論、 はるか後の時代にまで、念仏の教えを伝えていかなけれ ばならないという仏弟子の使命感に促がされてのもので なかったかと思います。 それについて、﹃親驚教学﹄に発表した論文を書きま した時に、一つ改めて気付きましたことは、この還相の 行、還相の徳が得られる位態です。普賢の徳を行ずると いう還相の徳は、一生補処、あるいは一生所繋の菩薩に 与えられる徳であるということであります。このことは 充分注意すべきことと思います。御存知のように﹃大無 量寿経﹄自体が往還二回向というものを明らかにするも のである。つまり仏弟子の上に往相還相という仏道を成 就する道を示したものが﹃大無量寿経﹄であると、私は 領解致しますし、そのことは、﹃親驚教学﹄の第四十一 号に﹁大無量寿経の回向思想﹂という課題の下で発表さ 11 せ て 頂 き ま し た 。 第二十二願では、御存知のように一生補処ということ と、還相という二つの願事が示されているわけでありま すが、その一生補処ということは、走始時来繰返してき た迷いも今生限りであってもはや再び迷うことはない、 すでに仏の跡を継ぐことに決定した者であるという極め て深い宗教的な確信、覚悟を表わすものであります。一 生補処の菩薩については、親驚の独自な領解がございま す。一生補処の菩薩を象徴しますものは、等覚の金剛心 を窮めた弥勃菩薩であると言われます。親驚はその弥勃 について、金剛心を獲得したところの念仏者は弥勃に同 じというように言ってきます。それで、厳密に﹁信巻﹂ の便同弥勃の文、それから﹃正像末和讃﹄などを照らし 合わせていきますと、親驚の場合にはただ仏となること に決定しているということにおいて同じだということに 終らないで、むしろ弥勃は龍華三会の暁、五十六億七千 万年の時を待たなければならないけれども、念仏者はこ のたび臨終一念のタに大般浬繋の証りを開くのであって、 念仏者に与えられる慶びの方がむしろ深い。あるいはむ しろもっと確かであるというようなものが、親驚の表現 の中に明確に打ち出されています。

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12 経典では、浄土に到って一生補処となると説かれてい るのですから、その菩薩に与えられる還相の徳というの は﹃論註﹄にも言われますように、﹁彼土に生じ己って﹂ というふうに領解するのが一番素直であり、それはそれ で間違いないことのように思われます。﹁小慈小悲もな き身﹂でしかない我々でございまずから、還相の大悲の 行を行ずるというのは、﹁浄土に生じ巳って﹂というこ とで期せられていくものであると思います。 ただしかし二生補処の菩薩は、我々にとっては、金剛 心を賜って、この煩悩動乱の人生のただ中に、無上程繋 に通ずる無碍道を一歩一歩、歩んでゆくという、そうい う煩悩を具足し成就せる我々がそのまま如来の本願の働 ぎにおいて、一生補処の菩薩とされるということであり、 そこにおいては深い感動、知恩報徳の思いがあり、また その御思に答えていくということがございます。第二十 二願、および成就文をみますと、その一生補処を除くと いうことがあります。如来によって一生補処の徳を与え られた、そのことへの深い謝念と、報恩の念が、その与 えられた徳を敢て放棄して、永劫に衆生と運命を共にし つつ、そこに衆生救済の本願を行じてゆく道をとらしめ る。そういうことがそこに示されている訳でありまして、 それが自ずから還相の徳をそこにいただいていくという ことになるのであろうと思います。ただ考えなくてはな らないのは、還相ということには、もはや主語がないと いうことです。私が還相するということではない。往相 を通して還相の徳を成就してくるのは、あくまでも如来 の本願力そのものでしかないということであります。 むしろ還相ということは、﹁我々が﹂ということがな くなっていくところに本当の還相が成就する、開けてく る。﹁私がする﹂という限りにおいて、それは還相には ならない。﹁私が﹂というものが、一切否定せられてい く。そこに自ずから成就してくるものが、﹃尊号真像銘 文本﹄に親驚が﹁念仏は罪業の機悔になり、浄土に往生 せんとおもうことになり、一切衆生に功徳を与うること になり、浄土を荘厳することになる﹂と繰返し﹁なる﹂ ことを強調しているように、﹁なる﹂という世界、自ず から成っていく。還相になっていくというのは、全く願 力の世界なのであって私の力ではない。ただ私はその還 相の課題を背負いながら、限りなく念仏をも、おのが善 とし、おのが行としていくような人間の深いはからい、 執着、それを憐悔しつつ、それこそ﹁念々称名常機悔﹂ と言われるように、念仏の中に機悔しつつ本願の呼び覚

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ます世界、真実の報土に向って生きていく。それが自ず から、還相の働きとなっていく。なっていくものこそ真 実でありますが、そのことは我々にとっては、機土、生 死の世界、つまり仏法僧の三宝なき世界に、帰依すべき 世界として三宝のあることを、己れの分を尽して証しし ていくということがあるのではないでしょうか。 親驚は﹃大無量寿経﹄に表わされました煩悩成就の凡 夫が無上湿繋の証りを聞いていくのは、全く如来の本願 の働ぎによると言います。そのような往生を難思議往生 ということで明らかにしていくわけでありますけれども、 そこには今申しましたような僧伽との関わり、すなわち 難思議往生についての試解 13 ﹁同一念仏無別道故﹂というような、いわば本願によっ て出遇い、念仏によって結ばれていくような、生命の連 帯し合う世界が見出せるような往生の歩みなのか、ある いはそういう世界が見出されず創造されていくこともな いような往生の歩みに滞まっているのか、そのことが徹 底して問われていく。それが還相回向にまで展開し、還 相回向として働く往生こそは難思議往生であり、それこ そが﹃大無量寿経﹄の明らかにする往生であるというこ とを、親驚は力を尽して表わしているのでなかろうかと 思 う こ と で ご 、 ざ い ま す 。 ︵ 大 谷 大 学 教 授 ︶

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||親驚の﹁往生﹂の了解|| 本年の教学大会において﹁往生﹂という共通テlマが 掲げられたのであるが、発表する機会が与えられました ので、主題についてしばらく考えたいと思います。 仏教の根本問題は、端的に言って﹁成仏﹂という一言 に尽きると思います。仏に成るということが、浄土の仏 教においても、往生浄土、乃至は浄土往生として語り続 けられてきました。浄土に往生するということは、仏に 成るということと同じ意味であり、しかも仏に成るとい うことが、最も根源的な意味において、あるべき自己に 成る、或は本来の自己自身に帰る、という意味があり、 自己の成就、人間の成就という意味がある。往生とは、

人間であるということの最も深い充足性を現わす言葉で ある、と了解することができると思います。 ﹁あるべき自己に成る﹂とか、﹁人聞が人間として成 就されなければならない﹂というような人間の捉え方の 根底には、人聞が生きているということのうちに、すで に本質的なものから逸脱している、あるいは頭落してい る、という人聞の理解がある。人聞が生きているという ことのうちに、本質的なものから疎外されているという ことが含まれている、人聞がいわば自己の本質を失って いる、という人間の捉え方である。もしそうであるとす れば、人間は、本来的にその本質を回復するための要求、 願いをもった存在であるといえる。その意味で、人聞は 救われなければならない存在、救われなければ生きてい

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けないような存在であるともいえよう。人間で﹁ある﹂ ということを、人間と﹁成る﹂ということの粋内で、人 間の問題を究明しようとする思想を、われわれは様々な 思想の中に見ることができるが、とりわけ実存哲学の思 想の特徴として見ることができよう。 しかし、そのような人間の捉え方は、西洋の近代・現 代における思想の特徴であるだけでなく、浄土の仏教の 本質にも、すでに本来的に見られる思想ではないかと思 います。しかしその場合、後に触れるように、浄土教に おいては、単に失われた人間性の回復とか、失っていた 自己の回復というのではなく、最も本来的な自己に成る、 無始以来つねにあるところの真の自己を覚するという意 味である。例えば、天親の﹃浄土論﹄願生傷の冒頭に、 世 尊 我 一 心 帰 命 尽 十 方 無 碍 光 如 来 願 生 安 楽 園 と、一心帰命の信心が表白されているが、その﹁我﹂と 名乗った言葉、あるいは、﹃歎異抄﹄に、 親驚におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられま ひらすべしと、よきひとのおほせをかふりて、 るほかに別の子細なきなり。 と言いきられた、﹁親驚におきては﹂とか、更に の﹁つねのおほせ﹂として述べられている、 人 間 成 就 の 道 15 ﹁ 後 序 ﹂ 信ず 弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、 親驚一人がためなりけり。 と言われた﹁親驚一人﹂の立場などは、最も厳密な意味 における信仰的主体、自己成就のあり様を具体的に語り 伝えている言葉である。 いま、天親の 世尊、我れ一心に尽十方無碍光如来に帰命したてま つりて、安楽園に生まれんと願ず。 という帰依信順の表白において、まず﹁世尊よ﹂と呼び かけて、教主世尊の名を挙げ、その教主世尊に自らの信 を表白するところに、天親の一心帰命の信が、何よりも 教主世尊の御言、即ち﹃大無量寿経﹄の教説に賜ったも のであって、それ以外の何ものでもない、ということを 示している。そして、それに続いて、 我れ修多羅真実功徳の相に依りて、願備を説いて総 持して仏教と相応す。 といって、世尊の真実の教えに出遇うことによってのみ 知ることのできた、仏教相応の志願がそこに示されてい 4 Q

ひ と へ に ﹁我れは如来に帰命する﹂と、このように了解するこ とのできる、天親の信仰的表白にこそ、信心の本来的な

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16 純粋さ、あるいは強さというものを、私は感ずる。信心 の強さといっても我︵自我︶の強さではない。むしろ、 白我の打ち砕かれた﹁我﹂||無始以来、如来に背き続 けてきた自己の自我性を、如来の教説との値遇を機縁と して、初めてその深く底知れぬ罪悪性を知らしめられ、 砕かれた自己、!ーそのような砕かれた自己において、 初めて﹁帰命尽十方無碍光如来﹂と表白される、一心帰 命の信が発起するのである。それは、いわば、砕かれた 自己に名乗り出てくる名告りである。﹁我れ如来を信ず﹂ ということは、私が如来に帰命するということに他なら ないが、しかし、それはより厳密には、如来が私に現前 し、現成するということであり、如来が如来として名告 り出て、私において如来が如来として成就する、という ことである。そして、そのことが最も勝れた意味におい て、私が私として成就されることである。信心の内実は、 そのような自覚であろうと思います。 そのような信心のもつ積極的な意味あいを、親驚は多 くの著作の中で語っているが、そのことを念頭に置きな がら、親驚の往生観について、若干考えてみたい。 往生について語った親驚の言葉は数多くあるが、その 中でも最も注目されるのが﹃末燈紗﹄の第一通である。 来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆへに、 臨終といふことは諸行往生のひとにいふベし、いま だ真実の信心をゑざるがゆへなり。また十悪・五逆 の罪人のはじめて善知識にあふて、す L めらる L と きにいふことばなり。真実信心の行人は、摂取不拾 のゆへに正定家のくらゐに住す。このゆへに臨終ま つことなし、来迎たのむことなし。信心さだまると き往生またさだまるなり。 ﹃末燈紗﹄のこの言葉は、おそらく親驚の往生の了解 を示された代表的な文であろうと思う。往生の問題は、 浄土の仏教の根本関心事であるが、親驚もまた浄土の仏 教者として、その著述の中で多く往生について語ってい る。親驚が語った往生の著しい特徴は、浄土教の伝統的 な往生観、即ち此土に命終して彼土に生まれるという未 来往生の教説に止まることなく、九十年の長い求道と思 索と、そこからかち得た強い信念に基づいて、往生は ﹁臨終まつことなし、来迎たのむことなし﹂と断言的な

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人 間 成 就 の 道 確信をもヮて、命終の時を否定し、﹁信心のさだまると き往生またさだまるなり﹂と言い切って、本願の名号に 帰する一心帰命の信心において、現生の只中に往生が確 立するという、極めて積極的な往生の現在性を主張した のである。獲信における信心決定のときが往生の定まる ときであるといい、その往生の決定は、自己が自己であ ることを満足し成就する、いわゆる自己成就、人間成就 のときである、という意味を、親驚は明瞭にされたので はないかと思います。そのような点を注意して、親驚の 著作を見るとき、往生についての積極的な了解を示した 言葉は頗る多い。そのいくつかを挙げると、次のような 言 葉 が あ る 。 まず﹃教行信証﹄では、﹁行巻﹂の名号釈において、 ﹁必得往生﹂と一言うは、不退の位に至ることを獲る こ と を 彰 す な り 。 ﹃ 経 ﹄ に は ﹁ 即 得 ﹂ と 言 え り 。 ﹃ 釈 ﹄ には﹁必定﹂と一去えり。﹁即﹂の言は、願力を聞く に由って、報土の真因決定する時却の極促を光闇せ るなり。﹁必﹂の言は、審なり、然なり、分極なり、 金剛心成就の貌なり。 といい、﹃愚禿妙﹄には、 本願を信受するは、前念命終なり。 17 即得往生は、後念即生なり。 といわれている。また、﹃尊号真像銘文﹄には、善導の ﹃観念法門﹄の﹁願力摂得往生﹂を釈して、 ﹁願力摂得往生﹂といふは、大願業力摂取して往生 をえしむといへるこ L ろ也。すでに尋常のとき信楽 をえたる人といふ也、臨終のときはじめて信楽決定 して摂取にあずかるものにはあらず。ひごろかの心 光の摂護せられまいらせたるゆへに臨終のときにあ らず、かねて尋常のときよりつねに摂護してすてた まはざれば摂得往生とまふす也、このゆへに摂生増 上 縁 と な や つ く る 也 。 と述べ、﹃法事讃﹄の﹁致使凡夫念即生﹂を、﹃一念多 念 文 意 ﹄ に 、 ﹁致使凡夫念即生﹂といふは、﹁致﹂はむねとすと いふ、むねとすといふはこれを本とすといふことば なり、いたるといふ、いたるといふは実報土にいた るとなり、﹁使﹂はせしむといふ、﹁凡夫﹂はすな わちわれらなり、本願力を信楽するをむねとすべし となり、﹁念﹂は如来の御ちかひをふたご L ろなく 信ずるをいふなり、﹁即﹂はすなわちといふ、とき をへず、日をへだてず、正定緊のくらゐにさだまる

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18 を、即生といふなり。﹁生﹂はむまるといふ、これ を念即生とまふすなり。 と釈している。さらに﹃唯信紗文意﹄では、本願成就の 文の﹁即得往生﹂を釈して、 ﹁即得往生﹂は、信心を h つればすなわち往生すとい ふ、すなわち往生すといふは不退転に住するをいふ、 不退転に住すといふはすなわち正定緊のくらゐにさ だまるとのたまふ御のりなり、これを即得往生とは まふすなり。﹁即﹂はすなわちといふ、すなわちと いふはときをへず日をへだてねをいふなり。 と 述 べ て い る 。 このように﹃教行信証﹄を始め、﹃愚禿紗﹄﹃尊号真像 銘文﹄﹃一念多念文意﹄﹃唯信紗文意﹄、あるいは﹃末燈 紗﹄などにおいて、本願の信を獲得した一念に、ただち に﹁正定緊のくらゐにつきさだま﹂り、﹁往生をう﹂と いって、現在の只中に往生が成得されるということを、 親驚は確かな信念をもって力強く語っている。 では、親驚には伝統的な往生の了解が全くなかったの かといえば、わずかに﹃末燈紗﹄のなかに、その一、こ を見ることができる。 こ の 身 は 、 い ま は 、 としきはまりてさふらへば、さ だめてさきだちて往生しさふらはんずれば、 てかならず/ t k まちまいらせさふらふベし。 浄土へ往生するまでは不退のくらゐにておはしまし さふらへば、正定棄のくらゐとなづけておはします こ と に て 候 な り 。 などと語るところに、命終の時をもって実現するような 往生の理解が示されているといえよう。親驚には、﹁正 定褒のくらゐにつきさだまるを往生をう﹂といって、住 正定緊を直ちに﹁往生をう﹂という場合と、﹁浄土へ往 生するまでは不退のくらゐにておはしましさふらへば﹂ といわれるように、命終の時をもって実現するような往 生の理解とがあるといえる。しかし、親驚が未来往生に ついて語った言葉は、いずれも門弟に宛てた御消息にお いてであって、その独創的な思索を記した著作には、ほ とんど見ることができない。したがって、親驚の基本的 な立場は、繰り返し繰り返し語った前者の立場であった ことは、何の疑いもないであろう。 浄土教の伝統的な了解に立てば、往生ということは、 此土に命終して彼土に生まれて減度を M証することを意味 するものであった。ところが親驚は、善導の﹃観念法門﹄ や﹃法事讃﹄の文、あるいは﹃愚禿紗﹄における﹃往生 浄 土 に

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人 間 成 就 の 道 礼讃﹄の文など、基本的には来世の往生を示すものであ ったそれらの言葉を、﹃大無量寿経﹄の本願成就文の経 説に照らして、臨終の彼方に期待する往生観を破って、 ﹁ 善 知 識 の す L めにあふて信心をえむとき願力摂して往 生をうる﹂といって、獲信一念の現在に往生が成得され るという、決定的な往生の了解を一目したのである。 親驚のこのような積極的な往生の了解の根拠は、親驚 の深い信仰体験に基づく本願成就文の固有の了解による ものと思われる。親驚は、本願成就文の﹁聞其名号信心 歓喜乃至一念﹂の﹁乃至一念﹂を、﹃如来会﹄の﹁能発 一 A愈浄信歓喜﹂の文によって、﹁信の一念﹂と了解し、 如来の本願は信心として衆生に成就するものであること を明らかにし、﹁聞其名号信心歓喜乃至一念﹂は﹁至心 回向﹂において成り立つものであることを、﹁至心に回 向したまへり﹂と訓むことによって明瞭にされたのであ る 。 そ の こ と は 、 更 に 具 体 的 に は 、 ﹁ 信 巻 ﹂ の 一 一 一 心 一 心 問答において、本願成就の文を、本願信心願成就の文と 本願欲生心成就の文とに前後二分して、信心とは本願の 欲生心の成就であることを明瞭にされた了解である。一 念の信心とは、如来清浄の願心の回向成就の信心以外の 何物でもないということ、そして、それ故にこそ、 19 そ の 信心において、清浄真実なる如来の世界である浄土が、 われらの獲信の現在に現前し、聞かれて来るのであると いうことを、本願成就文によみとられたのである。 往生ということは、その思想史が示しているように、 元来は他方仏土の思想を前提していると考えられる。そ の限り、﹃大経﹄円観経﹄﹃阿弥陀経﹄に示された、いわ ゆるコ一経往生のうち、観経往生、即ち讐樹林下往生こそ、 浄土教の歴史と共に古い往生観であったと思われる。何 故ならば、浄土の仏道の根本的な課題は、往生浄土とい う宗教的欲求を如何に満足し成就するかという、その一 点にあったといえるが、その浄土欣求の最も蟻烈な態を 観経往生に見ることができるからである。観経往生とは、 ﹃ 浄 土 一 二 経 往 生 文 類 ﹄ に 、 修諸功徳の願により、至心発願のちかひにいりて、 万 善 諸 行 の 自 主 ロ を 回 向 し て 、 浄 土 を 肝 慕 せ し む 。 と示された立場である。それは、無仏の世の現実を穣土 と観じて、識土をその底より厭離し、浄土を欣求する魂 の欲求に支えられたものである。そのような欣求浄土の 願生心を、﹃観経﹄の経説に、殊に掌提希における苦悩

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20 と罪障の身の悲傷を通して、そこから願い求められた宗 教的希求に見ることができる。厭離競土・欣求浄土の宗 教心は、われらの現実の深い苦悩や罪障の自覚からのみ 出てくる祈求であるが、しかし、それ故にこそ、そのよ うな祈求という形で求められる往生は、死の彼方に期待 されるよりほかにないともいえよう。その限り、そこで は、往生ということと成仏ということとは、別な事柄で ある。別なことであるというのは、往生と成仏との必然 的な関係が、そこでは見出し得ないということである。 浄土教の伝統においても、正定家不退の位を必ずしも現 生の利益とせずに、むしろ滅度とともに当来の報士にお ける利益と解される場合が、一般的であったのもそのた め で あ ろ う 。 そのような傾向は、 ﹃ 西 方 指 南 抄 ﹄ の 浄土者まづこの裟婆磯悪のさかひをいで L 、かの安 楽不退のくに L むまれて、自然に増進して仏道を証 得せむともとむる道也。 という言葉や、﹃往生要集大綱﹄の、 往生と言ふは、捨此往彼蓮華化生なり。 という一言葉に注意するとき、﹁捨此往彼﹂という、いわ なお法然においても見られる。 ゆる命終を契機とするような往生観、彼土得生という浄 土教の基本的立場を、そこに見ることができる。来生を 他方仏土に期することによって、仏道を増進していこう とする往生浄土の思想は、﹁仏に成る﹂ということを本 質とする大乗仏教の本流からすれば、いわば傍流として 寓宗の位置に位置づけられてきたことも、浄土教の歴史 のよく示しているところである。 ところが親驚では、前掲の諸文に窺えるように、往生 と成仏は決して別なることではなかった。 ﹁即得往生﹂は信心をうればすなわち往生すといふ、 すなわち往生すといふは不退転に住するをいふ、不 退転に住すといふはすなわち正定緊のくらゐにさだ まるなり、成等正覚ともいへり。 このように語る言葉は、獲信一念の現在に同時に住不 退の位につき、等正覚を成ずることを﹁往生﹂と了解さ れたことを伝えている。親驚においては、滅度を証する ことも、正定家の位につくことも、等しく﹁往生をう﹂ というのである。正定緊の位につくこと、即ち因の決定 と、減度を証すること、即ち果に至ることの二つのこと が、共に﹁往生をう﹂といわれているのは、﹁往生をう﹂ ることが﹁仏に成る﹂ことであるからである。もっとも、

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親驚においては、﹁信心さだまるとき﹂、一方では﹁往生 さだまる﹂といい、他方では﹁往生をう﹂といって、﹁さ だまる﹂と﹁うる﹂ということを使い分けている。その 場合、前者は果についての表現であり、後者は因の確立 についての言い方であるが、しかし、﹁さだまる﹂を同 時に﹁うる﹂といわれた意味を深く注意しなければなら な し 親驚は正定緊の位について、﹃一念多念文意﹄に、 正定衰のくらゐにさだまるを不退転に住すとはのた まへるなり。このくらゐにさだまりねれば、かなら ず無上大浬紫にいたるべき身となるがゆへに、等正 覚をなるともとき、阿蹴抜践にいたるとも、阿惟越 致にいたるともときたまふ。即時入必定ともまふす な り 。 人 間 成 就 の 道 と言って、正定衰の位の内実を﹁かならず無上大混繋に いたるべき身となる﹂と了解し、正定緊を不退転・無上 大浬繋・等正覚・阿蹴抜蹴などと言い切られたのである。 正定衰の信は因であり、滅度浬梁の証は果である。し かし、その因果は、全く無関係な因果ではなくて、密接 な相関関係にある因果である。すなわち、親驚が﹁往生 さだまる﹂というとき、それは﹁ほとけになるべきみと 21 さだまれる﹂ことであるから、この場合の往生は、 果に至る﹂ことを意味し、また﹁往生をうる﹂というと き、それは﹁ほとけになるべきみとなる﹂ことを意味す るものであるから、この場合の往生は、﹁仏国位につく﹂ と同義であると思われる。親驚は、因につくことと果に 至ること、すなわち﹁ほとけになるべきみとなる﹂︵因︶ ことと﹁まことのほとけになる﹂︵果︶ことを、ともに ﹁往生する﹂といって、往生の二義によって﹁仏に成る﹂ ということの内実を明瞭にされたのである。 しかしながら、因につくことと果に至ること、正定衰 の位に住することと滅度浬奨を証すること、その両方を ともに﹁往生する﹂という一語で表現しているとすれば、 往生という言葉は、明らかに矛盾を含んだ言葉であると もいえる。しかし、翻って考えると、因につくことと果 に至ることとが、ともに﹁往生する﹂と表現されている のは、その二つの事柄が、それぞれ因と果という関係に ありながら、因である正定緊のところに、すでに減度の 果の意味があり、因において因と果が一つであるという 意味があるからであろう。往生は困、証果は果であるが、 しかしその証果は因の決定の即時に、因のところに願力 によって開示されつつあるのである。その意味において、 仏

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22 無 差 別 で あ り 、 ﹁ 往 生 す る ﹂ と い う 一 言 葉は、元来果に至ることを意味したのであるが、親驚は、 それを﹃大経﹄の本願成就文の﹁即得往生住不退転﹂の 願言を根拠にして、因に至ることの意味にも了解された のである。この了解は、極めて重要なことである。正定 衰の位に住することまでも、経説に従って﹁往生をう﹂ と言いきることによって、往生が最も深い意味において 成仏という意味をもつことを明らかにされたのである。 仏に成るのは、﹁ほとけになるべきみ﹂︵正定褒︶のみが 仏に成るのであって、決して無因無果ではないという、 問題の本質の解明であったと思われる。 いずれにしても、往生即成仏という仏道の開顕を本質 としているのが、親驚の﹁即得往生﹂の了解であったと 思われる。﹁仏に成る﹂ということを本質としている大 乗仏教の本流が、如来の本願一実の往生の一道の上にこ そ、真に成就されているということの開顕、それが親驚 の 了 解 で あ る 。 一 つ な の で あ る 。 四 正定緊と滅度との関係について考えようとするとき、 まず注目すべき言葉は﹁証巻﹂最初の一文である。 しかるに煩悩成就の九夫、生死罪濁の群萌、往相回白 向の心行を獲れば、即の時に大乗正定緊の数に入る なり、正定緊に住するが故に、必ず滅度に至る。必 ず滅度に至るは、すなわちこれ常楽なり。 往相回向の心行を獲れば、即時に大乗正定緊の数に入 り、正定取県に住すれば、必ず滅度に至るといい、さらに 住正定衰の者の必ず至る滅度を転釈して、常楽・寂滅・ 無上担架・無為法身・実相・法性・真如・一如と示して いる。あるいは﹁真仏土巻﹂に、 往生と言うは、﹃大経﹄には﹁皆受自然虚無之身無 極 之 体 ﹂ と 言 え り 。 と示されていることからすれば、親驚にとって往生とは、 その究寛するところまさに無上浬繋を証することであり、 無為法身を証することのほかではなかった。 しかしまた、前掲の﹁証巻﹂の文には、滅度浬繋の信 証を﹁必至﹂の言をもって語られていることに充分注意 をはらうべきである。﹁必ず至る﹂ということは、文字 通りの意味からすれば、直ちに至っている、すでにその ものである、というのではなく、必ず至ることが現在決 定しているという意味である。獲信の一念の現在に必ず 滅度に至ることが決定し、それより退転しないという正

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定衰の位に住するのであって、その位に住することを、 即身成仏と明瞭に区別して即得往生と了解されたのであ る 。 ﹁必至﹂というのは、正定緊と減度とが単純に質を異 にするこつの利益である、ということを意味する言葉で はない。正定緊と減度は、本来的に第十一願の願事であ 4 0

人 間 成 就 の 道 たとい我、仏を得んに、国の中の人天、定家に住し 必ず滅度に至らずんば、正覚を取らじ。 滅度に至るものの佳すべき境地が正定緊であり、正定衆 に住するものの必ず至るべき境地が減度であって、その 聞には寸乏の間隔も入る余地のない﹁必至﹂の道理、つ まり願力自然の道理が貫かれていることを、願文自体が 示している。そのことを洞見された親驚は、﹃浄土三経 往生文類﹄に大経往生を語って、 念仏往生の顧因によりて、必至滅度の願果をうるな り。現生に正定褒のくらゐに住して、かならず真実 報土にいたる。これは阿弥陀如来の在相田向の真因 なるがゆへに無上浬梁のさとりをひらく、これを ﹃ 大 経 ﹄ の 宗 致 と す 。 と言う。正定緊と滅度とは、願因・願果の因果関係にあ 23 るものであるという。因も果もともに本願海等流の因果 である限り、因果は同質であり、一にして不可分といわ なければならない。しかしまた、同時に因と果として捉 えられていることにも注意しなければならない。 そのような因と果、正定家と滅度との内面的な必然関 係を現わす言葉が、﹁必至﹂の﹁必﹂である。親驚は ﹁ 必 ﹂ の 言 を 釈 し て 、 必はかならずといふ、かならずといふはさだまりぬ といふこ L ろ也、また自然といふこ L ろ 也 。 といい、さらに、その﹁自然﹂を釈して、 自はおのづからといふ、おのづからといふは衆生一の はからひにあらず、しからしめて不退のくらゐにい たらしむとなり、自然といふことば也。︵傍点筆者︶ と、﹃尊号真像銘文﹄に述べている。この親驚の了解に よれば、﹁必至滅度﹂は願力自然によって決定されるも のであるということである。﹁必﹂の言は、時間表象と しては、﹁必ず来る﹂という未来性の方向を示している。 しかし、願力自然を彰わす﹁必﹂は、未来に必ず来るで あろうという意味ではなく、必ず来るものとしてすでに 来ている、必ず来るものは一念一念の現在に来ている、 ということを意味するものである。したがって、﹁必至﹂

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24 といわれたのは、往生が未来のことであるから単純に ﹁必﹂といわれたのではなく、むしろ﹁即得往生﹂の ﹁即﹂が、単なる論理的な同時性を示す言葉ではなく、 異時性をも含む時の充実であることを明らかにするため に、一般に未来を表象する﹁必﹂の言をもって、その内 面的意味を示そうとされたのであると思う。往生浄土乃 至浄土往生というとき、浄土は単に未来に考えられつつ やがて来るであろうものではなく、必ず来るものとして 現に来ているという意味である。﹃尊号真像銘文﹄にお いて﹁必得在生﹂を釈して、 ﹁必﹂はかならずといふ、﹁得﹂はえしむといふ。 ﹁往生﹂といふは浄土にむまるといふ也。かならず といふは自然に往生をえしむと也、自然といふはは じめてはからはざるこ L ろ な り 。 といって、﹁必至﹂はまた﹁必得﹂の意味であると了解 されたところであろう。願力自然を彰わず﹁必﹂なるが 故に、﹁必﹂によって決定される﹁至滅度﹂は、すでに 念仏往生の願因によって内観される世界であるといえよ w 勺 ノ 。 そのようなことは、﹁証巻﹂において、 必ず滅度に至るは、すなわちこれ常楽なり。 といって、﹁必至滅度﹂の信心・正定緊が、ただちに﹁即 是常楽﹂といって、証・浬紫であるといわれているので あるから、信と証、正定緊と滅度は同一の自覚内容であ ることが知られる。住正定緊のところにすでに無上浬繋 に立って生きる、あるいは本願の信において無上浬繋の はたらく機に転成している、ということが知られるので ある。往生とは、もともと減度に至ることを意味するも のと解されてきたが、親驚は本願の﹁即得往生住不退転﹂ の教言を根拠として、それを正定豪に住することの意味 に解し、しかも住正定緊のところに﹁必ず減度に至る﹂ という積極的な意味を見出されたのである。その場合、 ﹁必至﹂の言は願生における因果の必然性を現わす言葉 である。﹁証巻﹂に もしは因もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願 心の回向成就したまへるところにあらざることある ことなし。因浄なるがゆえに、果また浄なり。 といわれているように、因果ともに我ら衆生心の絶対否 定として働く如来の願力回向成就の因果にして、はじめ て﹁必至﹂の世界は聞かれるのである。﹁かのくににむ ま れ ん と す る も の ﹂ ︵ ﹃ 一 念 多 念 文 意 ﹄ ︶ と し て 、 す で に 本 願 において誓われてある正定衆の機は、その誓願を信受す

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る一念の自内証として﹁必定の菩薩﹂たる本来的自己を 発見するのである。﹁煩悩成就の凡夫、生死罪渇の群萌﹂ と い わ れ る 我 ら に あ っ て は 、 滅 度 、 担 架 は ﹁ 臨 終 一 念 の タ ﹂ に期せられるべきものであろうけれども、しかし大悲の 本願においては、すでに﹁必至﹂の世界として、我らの 帰り至るべき本来の世界として、すなわち我らの存在の 故郷として、誓われてあったことが、かの願文において 知ることができる。正定緊に住するということは、かね て本願において﹁必ず滅度に至る﹂﹁間中人天﹂として 誓われてあった自己自身の発見であって、それ故にこそ、 その身が直ちに本願力に乗じて﹁必ず滅度に至る﹂もの であることを信知するのである。 減度浬繋界は如来の世界である。それは、如来の世界 としてある限り、衆生の無明界の絶対否定として、どこ までも永遠の未来に願われるべき世界であろう。しかし、 それはまた、どこか彼方に単にある世界ではない。それ は、あたかも善導が﹁二河警﹂において、願生道におけ る﹁我﹂を本願の招喚において﹁汝﹂といい、却って如 来 が 汝 、 ん 。 人 間 成 就 の 道 25 一心に正念にして直ちに来れ、我よく汝を護ら といって、自らを﹁我﹂と名告る世界を感得されたよう に、それは、﹁汝﹂と喚ばれるものにとっては、どこま でも彼方に仰がれる世界でありながら、﹁汝﹂と招喚さ れる世界としては、現在に対する未来としての超越性、 あるいは対立性を失わずして、しかもすでに現在の根源 底として将来している世界であるといえよう。﹁必至﹂ として証知される滅度は、常に如来とともに﹁如来する﹂ 世界であるといえよう。一如が生死界の畢寛依として、 衆生の信心の内に、否、信心として常に如来する現行相 を顕わされたものと思われる。 このようにして、住正定緊は直ちに減度そのものでは ないにしても、絶えず信心の現在のうちに、未来である べき滅度担架を願力自然によって将来し続け、一念の現 在の内実としているのである。親驚が正定家の位を﹁か ならず無上大浬紫にいたるべき身となる﹂ことであると 了解し、正定琢献を不退転・無上大浬繋・等正覚・阿枇抜 政などと同義であると解された理由も、そこにあるとい え よ う 。 覚如が﹃口伝紗﹄で、 念仏往生の機は体失せずして往生をとぐ。 といわれたように、いわゆる不体失往生を主張して、獲

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