• 検索結果がありません。

駒澤大學佛教學部研究紀要 58 - 008小山 一乘「宗教教育・仏教教育の場面と根抵の諸問題」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "駒澤大學佛教學部研究紀要 58 - 008小山 一乘「宗教教育・仏教教育の場面と根抵の諸問題」"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 駒澤大學 佛教 學部研究紀 要 第

58

 

卒成

12

3

月 (

19

教 教 育

仏 教 教 育

根 柢

諸 問

1

  は じ めに

 

の よ うに,

立 の

学校

の教

育 課程 (

学 習課 程 )

編成

基準

とな る の は ,

文 部 大 臣告

示 の

学 習 指 導 要領 (

幼 稚 園

幼 稚

園 教

要 領。

本 稿

で は, 以

場 合

学 習指 導要 領 」

する

る。

当学 習 指導 要領

は, 実

法で ある学

教 育 法

施 行 規

則の

条項

め る とこ ろ に よ り,

文部 大 臣

が こ れ らを

示 す る と定 め るω 。

 

平成

10

1998

)年

12

14

示の

学 習指

導 要 領で

め て, 従 来 見 え なか っ た

生 き る

力」

とい

用語

1

章 「

総則 」

入さ れた。 しか も 「

び 自 ら

え る

力 」

「個

を生かす教

育 」 等

の項 目よ りも上 位 に お か れ た。 この 背 景 に ある中

教 育

審 議

会 答 申は 以下 の

2

視 点で

明 し てい る。 す な わ ち

 

1

「自

分で課 題 を見つ け, 目 ら学 び,

え, 主

体 的

断し,

行動

し,

    

よ りよ く問 題 を解 決す る

質や能 力 」。

 

2

) 「自 ら を律 しっ っ ,

人 と と もに協 調 し, 他 人 を思い やる心や感 動す る

    

心 な ど, 豊か な 人

間性

と逞 し く生 き る為の 健 康 や

で あ る。

  自

力に よる人

成論

調 さ れ ,

力 に よ る人

成論

えめ に

措 定

さ れ る。

 

強 調 されて い る の 今 日

将 来

予 測が なか なか明 確 につ か ない 先 行

不透 明

の なか で,

らゆ る

知 識

技 能

使

っ て,

し く

生 き

い てい

力」

で ある。

 

本稿

のね らい は,

標 題

に つ い て

断章 的

管 見

べ る こ とにあ る。

(2)

20

) 宗教教 育 ・仏 教教 育の場 面 と根底の諸 問題 (小 山)

2

 

教 教 育 と広

の仏 教 教 育 と の 基 層

 

「将 来 予 測が なか なか 明 確 に つ か ない と は, ま さ に

手 取 ら ね ば な ら ない 対 象の正 体 ・得 体が不 定で あ り, 不 可 思 議 事 態 で あ り, その

果, こち ら側の 主 体 は , そ の

適 応

惑い , 心 理 的に は, 当面, 不 安

態 とな る

態が予 想 さ れ る。 これ ま さに, い わ ゆ る宗 教 を

指 向

醸成

す る

分な る

契機

と も

る 。 当 至 難

態 を, 逞 し く, 回 避 す る か, 超

して い くか して ,

将来

を生 きて い く

の その

育 成

的課

題 と して示 さ れ て い る。 不

安 的状 況

は, ま さに

宗 教 的事

で あ り。 その

事 態

対 峙

して の

教育

改 革 は,

否 応無

しに,

筆 者

を して, 広

教 教

, 広

教育

, そ して,

宗派

宗 教

を選

決定

してい とい

究極 的

な もの を

希 求

する,

うその

仕 方

軌跡

へ と

傾 注

せ し め ら れ る

 

その

柢 に は 「

責 任

自助

精神

」が一 貫す る。 こ れ 正 に

「自

力の す す め」 と換 言 ・捕

せ し め られ る。 他 力 本 願で は ない 。 激 し く変 容 す る

会で は,

に, い つ で も, どこ で も, 誰で もの も とに, 何 が 生起 する か 思い 量 る こ とが 至難で ある。 思 議す る こ とが不 可 能で ある。 字 義 どお りに不 可 思 議な事 態 ・ 況 に投

出 さ れ て い る とい よ う。 安 易 に親, 教 師, 集 団 な どの 他 者 の援 助 を あて に で き な い 事 態が頻

に起 こ る。 自分で 切 り

け る しか ない 。 他 者 に

存 せ ず, 不

助努

力 (self −

help

)を

み重ね てお い て, い ざとい うとき, 毅 然 と して

自分

の 人 生 を

開拓

して い く。

不屈

い て い く

資 質

能 力 」

が,

内容知

方 法知

と して, 日

実際

不 可 欠

と な る。

他 者

援助

期 待

で き ない 厳 しい

己 責 任

社 会

到来

想 定

さ れ て い る。

 

用 語

生 きる

力 (

Zest

 

for

 

Living

)」

し く

容 する

社 会

に対

で き る

教育

目指

して,

教 育課 程

上,

め て,

り立て て

意識化

さ れ示 さ れ た

で ある。

 

け だ し, こ の用

は, 巷

で よ く見

す る平 凡 な

識 的な

言為

で あ ろ う。

もい ま さ ら

り立て て

明す る必

も ない

trivial

(自

明な ・些

言葉 で あ る。

 

だ が,

と し て,

上 の

知 (

)」 と

対 向

し て,

」の世

を巧 み に生き       し た た 抜 く 「強か さ」

世 事 に通 じた」 「世 間 知 」 を髣 髴 と さ せ る響 きを もっ て もい る。 一

351

(3)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 宗 教 教 育 ・ 仏 教 教 育場 面 根 底諸 問題 (小 山) (

21

  強

さ をその よ うな

か ら

捕捉

する

り, い わ ゆ る

学 校

勉 強

学 習

)は 出

な くて も,

社会

用 す

み な

生活 力

肝 腎

言い が躍

と して くる。 ま さ にそ の よ うな意 味で , 世 俗 的 な,

と し て,

り を 示 し, 巷

底 流

す るい わ ゆ る

」論

の 「実践

優 先

の 用

と し て

使

用される傾 向 (

disposition

)も否め ない 。

論 すれば, 学

教 育で 修 業 した内 容 知 ・ 方 法 知 は , 社 会に お い て は役に立た ない と短 絡 的に

捕 捉

す る こ とに

終 始

して し まう見

の 象

で もあっ た。

 

で は その肝 腎な生 き る

基礎

・基

立さ せ る

基 層

か。

内容 知

法 知 かが 問題 とな る(Z}。

3

  体 験 と経 験

 

と, その主

が置か れて い る場 の

造の違 い を思 量 し た

題 と して 「テ レ ビ で の ア フ リ カ

経験

可能

だが ,

体 験

は不

可能

が ある。 い わ ゆ る

経験

と を峻 別 して い る こ とが

え る。

 

命 題 「

教 科書

で の

釈 迦

宗教 経験

は可

だ が,

体験

は不 可

で ある」の

措定

を ど う解 する か。 厂教 科 書で の 戦 争 経 験 は可 能だ が, 体 験 は不 可 能で ある

の措

を どう

するか。

教 祖 の

著 作

して の,

教祖

解 脱 経験

可能

だが,

体 験

は不 可 能 だ

「教

科書

で の

弥 呼の 宗 教

験 は可

だ が,

宗教体

験 は不可

であ る」な ど

挙 に い と ま が な い 。 用 語

体 験 」 と 「経 験

との峻 別 の 有 無 の差 は

で あ る。 ドイ ツ語 と英

との 差 異 に注 意 す る。 英 語 で は い わ ゆ る

体 験

経 験

も‘ experience ’ で共 通す る。 ドイツ語で は 「

験 」は, ‘ erleben ’ , ‘

Erleb

− nis ’, 「経 験 」 は, ‘ erfahren ’, ‘

Erfahrung

’ と使 い け る。 示 唆

である。

験の 蓄 積 は い く ら

で あ っ て も, 客 観 化せ ず

果 と して経 験 化 して い な い 事

が あ る。 馬 に は悪い

引例

だが,

馬齢

を重 ね た だ けの単 な る

験 だ けな ら,

験 どこ ろか

体験

にす ら

し ない 。 上

し,

前後

を逆に して ま とめ れ ば, 「直

捕捉

は不 可

だ が ,

間接 的

・ 客

的 に

捕捉

す るこ と は不 可 能 で は な い

理 さ れ る。 で は こ の場 合,

     今

まで知 ら なか っ た

知の こ とを,

っ て い る こ とばに よ っ て

  

とい こ と が

故 可

なの か ?

 

何 故

なつ も りで お られ るの か )

とい

う知 識論

示 が

る。

身 近

に,

験の

達,

宗 教経 験

伝 達

(4)

22

) 宗教 教 育 ・仏教 教育の場 面と根 底の諸問題 (小 山 )

戦争

体 験 の伝 達,

争 経 験 の

の こ とを想 起す る。 既 知 と未 知 とを

理 ・

架橋

を, い か に,

に,

明す るか の そ の仕 方の

題で ある。 そ こ で 次の

い が

る。 即 ち

  

備 事項

脈絡 中

び込 み

り込 んだ とい うな ら, 既 知

事項

再 編

成 に

  

過 ぎな い 。

ら本 質 的に新 知 識 を

た こ とに は な ら な い 。 その 全

を取 り

  

込む脈

が生

的 (

験 的

に セ ッ トさ れて い る とす るな らば, 既に

っ て

  

い る脈

り込 ま れ, そ れ は

知 っ て い た 」こ と に な る。 とする と,

しい

事 項

んだと は と て も

論 し

い 。

 

これ は

宗教 教 育論

と して も,

宗教 科教 育 論

と して

深 刻

問題

る。

別 言

す れ ば, 生 まれて こ の方

分か る」 とい う

葉 をどう

分か っ て』 使 用 し だ して い の か とい

とも なる。

4

  道

元 の

 

道 元が 入

留 学の際 に,

際に見

験 し た

が , 時

て, 懐 弉 と の 教

の基

本構 造

脈 絡

で ,

客観

化 さ れ, 間

的に対 象 化 さ れ る。 そ れ が 「事 実 的 言 明 」 として 語 ら れ る。

い は

規 範 的言

明 」 と して

及さ れ る。 そ れ らが

正 法 眼 蔵 随 聞 記 』に み え る。 入

宋体 験

が,

空を

て こ そ, か つ て の具 体 的 な事

が , 大 脳 の

神経

回路の

用に よっ て

抽 象化

し,

記号 化

さ れ

智慧

とい う

形 式

抽 出

さ れ る。

慧は,

となる。 そし て

られ る際 の場

は,

元 の

言葉

教 育 内容 )

こ うと す る

学 習 者 (

懐 弉 )

る。 教 育

容 ・

被教 育 者

の三

て い るの で ,

「陶冶

の基

本 構 造」

相 当

して い で あ ろ うとの推

が なされ よう。

言葉

は,

指 導原

理 と し て

処 方箋

機 能

然に

び よ う。

 道

元が入

宋 体験

し て い る

箇 所

が 『正 法 眼

記 』の随 所 に み え る。

先 ず 「

1

  明眼

を は つ べ し

られ る

段 」

の なか で 示に云, は つ べ くん ば 明 眼の 人を はつ べ し。 予,

在 宋

の時, 天 童 浄 和 尚,

侍者

に 請す るに 云 く, 「外 国 人た りとい へ ど も, 元 子 器量 人 な り」 と云 て, これ を

す。 予, 堅 く是を辞 す。

故は,

国に き こ え ん た め も,

学 道

稽古

の た め も

349

(5)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 宗 教 教 育 ・ 仏 教 教 育の場 面 と根底の 諸問 題 (小 山 ) (

23

) 大 切 な れ ど も,

衆 中

に具 眼の 人 あ りて,

外 国人

と し て

大叢林

侍者

た らん こと, 国に人 な き が

し と難

る こ と あ ら ん, 尤 も はつ べ し

とい ひ て, 書

を もて此 旨を伸 しか ば, 浄 和 尚, 国 を 重 く し, 人 を はつ る こ と を許 し て, 更に請せ ざりし也 (3) 。 とある。 ま た,

脈 絡 中

に は,

直接 話 法

が用い ら れ て い て,

直接

的 ・ 具 体

・ 主 観 的な内容が 直 裁 に語 ら れ る。 た しか に間 接

法は記 述 に巧

が あ る。

い に も 「巧

な ら ば,

相 手

の理

も明 晰 とな り応 用が利 い て 深ま る。 「拙 」な ら理

が至

とな る。 煩 雑 に な る。 その 煩 雑を 回避 し た い 一

老 婆 心 , 教 育上 の 遠 謀 深

と な っ て

法を 選択 させ る こ とに な る こ と が 道 元 に お い て あるの で は ない か と

筆 者

じ る。

 在 宋体 験 談

の み える

箇 所

に つ い て の

抽 出作 業

を し た

結果

を,

魯参 氏

の よ うに示 して い 。       まのあ た り

  

一 ・

4

宋 国

」 「 親

り見 し は西 川の

  

一 ・

6

「宋土 に は

  

二 ・

1

同学

根 房

故 用祥僧

正の

弟子

也,

土の

禅 院

に て

  

二 ・

9

先師

天童 浄

和 尚

住 持 の

時」

  

二 ・

16

大 宋 天 童 先

下に して」

  

二 ・

21

宋土 の

院な ん ど は 」

  

三 ・

15

「我 在 宋の 時

「或 西 川の

僧 」

  

三 ・

20

「大

宋 国

叢林

に も

  

三 ・

25

「大

宋 叢林

衆 僧

  

三 ・

30

我 大宋

童禅 院

に居せ し

浄 老住 持

は」

  

四 ・

5

宋土

門 禅

の 長 老た りし時, 会 下 元 首 座 と云 僧 有 き」

  

六 ・

2

日天

童 山

書 記道 如

と云 し人 は

」 「

予 , か の人 に

  

六 ・

15

先 師

和 尚

せ ん とせ し

時」

  

六 ・

19

当時

み入

  

六 ・

24

大 宋

国 に も」

  

六 ・

27

大 宋

の 人 」 とある。 た しか に, 道 元の入

宋 伝

法に

し て の

は 『正

法眼 蔵 随聞記 』

く見 える。 こ の

在 宋体 験

を,

帰 国

し て,

客 観視

し な が ら

元が

談 ず

るの

(6)

24

宗教 教育 ・仏教 教 育の場面と根底の諸 問 題 (小 山 ) を

傾聴 す

懐 弉

大脳

過程

は ど

っ た ろうか 。

異 文化

深 層

で もあ る。

 

池 田氏 は 「こ の よ うな

実話

は, 生 涯 入

会が なか っ た

懐 弉

に は

印象

をと どめ た は

で ある。

ω と

指摘

す る。

 

自身

に お い て も, 在 宋

した こ と を,

自身

印 付 け し, それ を

験 知 に

抽 象 化

す る こ と を

現 して い く。 ま た,

身の大 脳 の生 理 過

の は た ら きの 深

構造

機 能

と は,

言す れ ば, 学

者の大 脳 の生 理 過

の 深

造 と深

層機

能 とを

き明か しなが ら, 化 導 (教 育 )して い く実 体そ の もの で は ない の か 。

 

で は学 道 者 の

根に つ い て の

述 をみ て 見る。 示 に 云 ,

人の云,

我病 者也

器 也,

学道

に たへ

法 門

の 最

を き き て ,

独 住 隠居

して,

を や し な ひ

を た す けて , 一

と云 , 示 云 く,

聖 必 し も

金 骨

非 ず

人 豈

な ら ん や。

滅後

を思へ ば

ば くな ら

, 在 世 を

るに 人 皆 俊 なる に

非 ず

人 もあ り, 悪 人 も あ り。

不 可 思議

悪 行 す

る もあ り,

最 下

品の

量 も あ り。

れ ど も

下 して

心 をお こ さ

器 な りとい

学 道

せ ざる な し。

生 も し

道修 行

は,

れの生に か 器 量の

とな り, 不

とな らん。 只

身命

をか へ りず 発 心 修 行 す , 学 道の 最 要な り。 と あ る。 「只 身

をか へ りみず発心

行す る

こ とが 「

道の

要な り

とい う。 単な る皮

的な

機 根

は これ を

捨 象

す る。

今 時

刻 印付

けの

継 続

を勧 め て い る。 た だし,

余計

な こ と を,

刺激

と し て

る と , そ れ らが, 覚 え

知 ら

の うち に, 大 脳の生 理 過 程の なか に

りこ まれ て い く。 顕れ た カ リ キ ュ ラム で はな くて, 隠 れ たカ リキ ュ ラム で あっ て も, そ れ が無 意 識の うち に

りこま れて し まっ てい る。 そ して , そ れ らが,

何 等

か の 際に, 咄 嗟の

言 動

に なっ て発 現す る。 そ の こ とへ の留 意が 要る。

5

 

ル ビン の反

図 形

く,

Rubin

図 一 地

 

図 形 」

ニ ー

年 )

脳の

過 程

347

(7)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 宗教 教育 ・仏 教教 育の場面と根 底の諸 問題 (小山)

25

の メ カニ

す る 。 その 図 (

い 図 形 部 分, 酒

また は

器な ど に

え る とい う

場合

と地

黒 い

背景 部分

, 人

が見え, 且つ ,

か い

っ て い る とい うよ うに見 える とい う場

い )とが ある。 全

分 を

して い 。 人 は,

えず 知 ら

の うち, 白い

分か又 は黒い

分か の どち ら か に

け られ て し まっ て い る。 そ して

注視

しだ して い る。 じ一 と

注視

けてい く うち に ,

見続

けた い とい

う意 図

関係

な く,

反転

す る の で ある。

注視

し て い た

は, 黒

の ほ うに注

移 転

し て し ま う。 意 図 に

関係

い か ら, 反

し た こ との

明の

仕様

が ない 。

か と

わ れて も, 答 え よ うが ない 。 で は,

何 故

そ の よ うな こ と が 生 じ るの か 。 理

は こうで ある。 即ち, 大 脳の 生 理 過 程が進む うちに, 飽

和 化

が 生 じ, 生理 過

み に く くな り,

抑制

き,

しい 見 え

が生 じ る。 そ れ が進む う ち に, 新 た な

和 化 が 生 じ, ま た

た な

が生 じ る。

大脳

の生 理 過 程 に生 じる或る種の

和 化 現

が , メ カニ ズ ム と して作 用 して い た。

 

筆 者

が,

こ こ で , 注 目し た い

態は , 意 図 に関 係 無 く, そ れ こ そ勝 手に,

大脳

の生 理 過 程 に

和 化 が生 じ, 従 来の 物

え方が, す っ か り変わ っ て化 して し ま うそ の よ うな

態に対 して である。

類 例

枚 挙

に暇が な い 。

信頼

して い て , 一

挙 手

投 足

ま し え思 っ て き たそ の人 の こ とが

る 日

突然

, 理

く,

嫌 悪感

を す ら

じる ようになっ て し まうことが ある。 すべ て が

に なっ て しま うこ とが ある

もまっ た く

か ら な い の で あ る。 子

弟 間

の人 間

係の

れ も決 して

で は ない 。

 

大 脳 の生 理 過

は, 人の

意 図 的

関係 無

超 然

と して

んで い る とい う こ とに傾 注 して お きた い 。 そ して , もの の

た め て くれ る, とい うこ と に意

を認め て お き た い 。 意 図

思量 と は異 次 元 事

で ある。

 

視覚 的刺 激

, 聴

的 刺 激 な ど 一 切 の

激 を

つ 。

意 図 的

か を

え よ

と もせ

に, た だ只

, 出入 同 時の 暁 天 下 に坐 し て い る と,

大脳

純粋

に生 理 過 程 を進 めて い く。 そ の う ち

突 然

の よ うに して , ま るで,

か ら

れる よ

に して, まっ た く

しい 見 え

が 生 じて くる。

6

  機根

道元

が,

器 な ど と

機 根

の こ とを論 じ る な どの暇が あれ ばその 寸 暇 を惜 し ん

(8)

26

宗教 教 育 ・仏教教 育の場面と根 底の諸 問題 (小 山) で,

管打

坐を す る よ うに」 と不

が る ように して

切に

く。 そ こ に 「只

とい

導 原

が 見

えて い る理 と は

か。 巷 間 に聞 く

理屈は

回し, とに か く只

管 黙

っ て坐れ

とい う

言為

は,

け止め ようで は, 反

入 りに 生 も う。 だ が,

別 面

とい

べ き

指 導 原

理 だと もい えて くる。  で は, 同様 に して , 学 道 者の 機 根 に つ い て を,  『正 法 眼 蔵 随 聞 記 亅 中で どの よ うに示されて い る か (5)。

   

一 ・

7

にある

在 家

人 ,

長病

あ り

   

一 ・

8

「道 を

る こ とは , 根の

鈍に は依 らず

   

一 ・

15

「仏

祖 祖 , 皆

は凡 夫 也

   

二 ・

16

「上

中下根 等 修

き法 也

   

二 ・

19

下根

時機

ざる に

た り,

下根

な り,

末世

          

法 也, 下 根 也 と云 て今 生 に不.発, 何れ の生 に か得 道せ ん」

   

二 ・

20

厂人 人

有 二仏

_也,

下 する こ と莫れ」

   

三 ・

20

劣 器 と き らふ べ か らず

「若

=此 心一一人 は, 不。云 二下 知 劣

         根

_ 。謂二愚

悪 人 ., 必

悟 道

_

」 「

の 上

根 利 鈍

, 全 不.

        

可.

   

三 ・

26

厂人

と云 は志不 レ 到

事 也

利 根

鈍根

も, 同 く

     

を案 ず る也

   

五 ・

6

厂古人

皆 金骨

非 ず

在 世

もこ とごとく上

非 ず」

我 等

も悪 く

        

つ た な し と云 へ ども

心 修 行せ ば得 道 すべ し。 」

   

五 ・

12

世 間

の人 ,

多分

云,

学 道

の志 あれ ども,

のす え也, 人 くだ れ り,

         我根

劣 也, 不。可。

如 法修

行_, 只 随 分に や す きにつ きて

縁 を思

        

ひ, 他生 に開

を期 すべ し と

仏法

に 正

像 末

を立

, しば ら く 一

         途

の方 便 也 」

人 人 皆 仏 法の

也,

器 也 と思ふ こ と なか れ」

   

六 ・

8

「智 者の無 道 心 なる と無 智の

有道

心な る と

始終 如何

(問 )」

ず道

        

無 をい わ ず,

学 道勤 労

すべ き也 」

   

六 ・

11

の 時の人 ,

器 な り と云 て修せ ずは, 何の劫 に か 得 道せ ん」

   

六 ・

12

「我 身器 量 を , 仏 法 に もか なふ ま じ き な ん ど思 も我 執 を

        

もて る

故 也 」

   

六 ・

18

況 や

無 道

心の人 も , 一

こ そつ れ な

とも,

度度 重

さなれ ば

     

く人の , い つ ぬ るる とお ぼ え ざ れど も, (

略 )

自然

に 一

345

(9)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 宗教 教 育 ・仏 教教育の場 面 と根底の諸 問題 (小 山 )

27

       

恥 る心 もお こ

との

心 も

」 と

え る。 こ と に 「人 人

皆 有

二 仏

_也, 徒 に

下す る こ と莫れ 」とい う。 道元       (6) の 「人

間観

は 「人 人

皆 仏

法の

(五 ・

12

)とい う考え方で一貫 して い る。」 教 育 的環 境の重 要 性が 示 唆 さ れ る。

 

ま た

人 の鈍

と云 は志の不 1.

到時

(三 ・

26

)とい い , 「十 人は十 人 な が ら可二

得道

_

二 ・

16

とい う。 た だ し

末代

な り とい へ ども

」 (

一 ・

4

と あっ て, 「鈍 根 劣 器 の もの か なふべ か ら

」 (二 ・

13

と し

本性 昧

劣 の

根 機

生 に

」 (

二 ・

16

)と うに至 る 。

 

注 目すべ き は 「

智者

の無 道心 な る と無

道心 な る と始 終 如 何 (問 )」 「先 ず 道 心の有 無をい わ ず, 学 道 勤 労すべ き也 」 と見 え る こ とで あ る。

心 の

無に

る の で は な く,

仏 道

ぼ うと

努力

すべ きである

こ と を

く。 四

句 分別

命題

敷 衍

し て み る と

1

      表

1

道 心 終→ 道 心生 じる 道 心 (好 ま しい

道心

ま し くない

退 ( )内 は筆者 に よ る

7

  幼児 教育

にお け る

験 と

 

3

歳児 性格 決 定説

が , フ ロ イ ト, エ リ ク ソ ン な どに よっ て示

さ れ る。

知 能

面に お い て も

幼 児教 育

の重

要性

が ピ ア ジ ェ な どに よっ て も示

さ れ る。 これ ら へ 省 顧 も要 。 仏 教 保 育 の場 面 と根 柢 を考 えた い か ら。

 

こ の よ うに み て くる と,

験 と経 験 と は

抵 的

題で ある。

 

以 降 小

学 校

始 期 まで 関わ る

幼 児

保 育

は そ

を ど う

規 定

してい るか。

平成

〇年 十

一一 四 日

告示

幼 稚 園教 育 要領 』 (

平成 十

月一 日

施 行 )

にみ られ る用

語 「

の用

文 を

単純 素 朴裡

抽 出

し,

の 文 脈 に よ る

規定

をみ る。 なお

上,

通 覧

す る

2

作 成

に と ど め,

詳細

な意

味 論 的分析

機 会

りたい 。

(10)

28

宗教 教育 ・仏 教教 育場面 と根 底 諸 問題 (小 山) 表

2

(1) 幼 児は 安定し た情 緒の下で 自己 を十分 に発 揮す るこ とによ り発達に必 要 な

匪國

を得 て い く もの で ある こ とを 考 慮し て,幼 児の 主体 的な活 動を促し, 幼 児 期に ふさ わ しい 生活 が展 開さ れ る よ うにす る こ と。 (6) 幼 児の主体的な活動 を促すた め に は, 教師が多様なか かわ り を もつ こ とが重 要であ るこ と を 踏 ま え, 教師は, 理解 者,共 同作 業 者な ど様々な役 割を 果 た し, 幼 児の 発達に必 要な豊かな

が得ら れ る よう, 活 動の場 面に応じて, 適 切な指 導を行 うようにする こと。 第 2章ね らい及 び内 容

 

各領 域に示す ね らい は幼 稚 園に お け る生 活の全 体 を 通 じ, 幼 児 が

を 積み重 ね る中で相互 に関連を も ち な が ら次 第に達 成に向か う も の であること, 内 容は幼 児が環 境に か か わっ て展開す る具体 的な活 動を通 し て総 合 的に指 導さ れ る も の で ある こ と に留 意し な け れ ば な ら ない。 (1) 指 導 計 画は,幼 児の発 達に即 して一人一人の幼 児が幼 児 期に ふ さわ しい 生活を展 開 し, 必要な

匱國

を得ら れ る よ うにす る た めに, 具 体 的に作 成 す るこ と。 (2) 幼 児 期に お い て 自然の もつ 意 味は大き く, 自然の大き さ, 美し さ, 不思議さ な どに 直 接触れ る 体験 を 通 して, 幼 児の心が安らぎ,豊か な感 情,好 奇 心,思 考 力,表 現 力の 基 礎が培 わ れ るこ とを踏まえ, 幼 児が自然 との か か わ りを深め る こ と が で き る よ う工夫す る こ と。 (4) 幼 児の生 活 と関 係の深い 人々 と触れ合い , 自分の感 情や意 志を表 現し な が ら共に楽 しみ, 共 感し合う体 験 を通して, 高 齢 者を は じ め 地 域の人々 な どに親 し み を も ち, 人 とか 体 験 体験 体験 体 験 体 験 体 験 体 験 体 験 体 験 体 験 体 験 体 験 一 か わる こ との楽し さ や 人のに立つ 喜び を 味 わ うこ と がで き る ように する こ と。 ま た, 生 活を 通 して親の愛 情に気 付き, 親 を大 切に し よ うとする気 持ちが育つ よ うにする こ と。 (

3

) 道 徳性 の芽 生え を培うに当たっ て は, 基 本 的な生 活 習 慣の形 成を図る と と もに, 幼        一 児が他の幼 児と の か か わ りの中で 他人の存 在に気付き, 相手 を尊重 す る気 持ち を もっ て行 動でき る よ うに し, ま た, 自然 や身近な動植物に親し むこと な ど を通して豊かな心 情が育       一 つ ようにす るこ と。特に,人に対 する信 頼 感や思いや りの気 持ち は, 葛 藤やつ まずき を も

し, そ れ らを

匯互亟

こ と に よ り次 第に芽生 えて く るこ とに 配慮す るこ と。 (1) 教 師と の信 頼 関 係に支え ら れて 自分自身の生活を確立 してい くこ と が 人 と か か わ る 基 盤 と な るこ と を考 慮し, 幼 児 が自ら周 囲 に働 き掛け るこ と によ り多様な感 情を

し, 試 行 錯 誤しな が ら自分の力で行うこ と の充 実感 を味わ うことができ る よ う, 幼 児の行 動 を 見 守 りな が ら適 切な援 助を行う よ うにす るこ と。 (1) 言 葉は 身 近な人に親し みを もっ て接 し, 自分の感 情や意志 な ど を伝え, そ れに相        一 手が一応 答し, その言 葉を聞くこと を通して次第に獲得さ れ てい く もので あ るこ と を考 慮 し て, 幼児が教 師や他の幼 児と か か わる こ と に よ り心を動かすような体 験 を し, 言 葉を交わ       一 す 喜び を味わ え る よ うにす ること。 一 (4) 数 量や文 字な どに関して は, 日常生活の 中で幼 児 自身の必要 感に基づ く

璽園

を 大 切 にし, 数量 や文 字な ど に関する興 味や関 心, 感 覚が養わ れ るよ うにす る こと。 (

5

を通じ て豊か な感性を育て, 創 造 性 を豊か にするよ うにするこ と。 (8) い ろい ろな体 験 を通じて イメージ や言 葉を豊か にす る。 一

343

(11)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 体 験 経験 経験 経 験 経 験 経 験 経 験 (

7

) (3) 宗教 教育 ・ 仏 教教 育場 面 と根 底諸 問題 (小 山) 幼 児一人一’人 の特 性に応 じ,  その 際   1 の主   な’動が確 き, 計 画 的 に環 境 を構 成し な けれ ばな ら な い。 か に しな け れ ば な らない (1) な ら ない こ と。この場合に おい て は,特に, (2) 喜び を 味 わ う。 (2) が養わ れる よ うにす るこ と。 (3) る こ と がで き る よ うな遊具や用 具な どを 整 え,

29

彗盤と し て地 域 社 会 を通じ て次 第に広が り を もつ もの で ある ご十 分に図る な ど, 幼 稚 園に お け る生活が家庭や地 域 社 会 と .うにす るこ と。その際,地 域の 自 然,人 材,行 事や公 共 施 三が豊か な生 活

を得ら れ る ように 工夫 するこ と。 雪側面が互 に 連 し合い 多 様な経 過を た どっ て成し遂 げ た, 幼 児の生 活

匯圍

が それぞれ異な る こ とな ど を考 慮し て, 鐘 の課 題に即し た指 導 を 行 うようにす るこ と。 りが確 さ れ る よ う幼児一人一人 の行 動の 理解 と予 想に基づ ト な ら な い。こ の場合に お い て,教 師は, 幼 児 と人や も .とを踏ま え, 物 的 ・空間 的 環 境を構 成 しな け れ ば な ら ない。 )活 動の場面 に応 じて,様々 な役 割 を果た し, その 活 動 を豊 ・て第 2章に 示 す ね らい が総合 的に達 成 さ れ る よ う, 教 育 期 愚程な ど を考 慮して具体的 な ね らい と内容を組 織し な け れば ・て は,特に,自芽 生 え者の存 在を意 識 し,自己 を .れ る幼 児 期の発 達の特 性を踏ま え, 入園から修了に至る ま ≡し た生活 が 展開で きるよ うに配慮し な け ればな ら ない こ と。 ま ど を自分な りの言 葉で表 現し, 相手の話 す 言 葉 を聞こ う と 二対 す る 感 覚 や言葉で 表 現 す るカを養う。 聞き, 自分の

匯蕕

した こ とや考えたこ と を話し, 伝え合う )内 容と自分の

匯函

とを結び付け た り, 想 像を巡らせ た り す :よっ て, 次 第に豊か な イメージ を もち, 言 葉に対 する感 覚 自ら様々 な表 現を楽しみ,表 現 する意 欲を十 分に発 揮さ せ        一 唄 な どを 整 え,自 己 表 現 を楽しめ る ように工 夫 す るこ と。

 

語 「

体験

」に つ い て み る。

頻 出

す る用

様 なか か わ り, か か わ りの

, か か わ り, か か わ る, 人 と かか わる, 教

幼 児

とか か わ る

で ある。 決 して , 間 接 的 なか かわ りで な く 厂主 体 的 な活 動

と し て 「具 体 的 な 活 動

と し て 「

具体 的

直 接触

れ る

」 方

をい う。

 

種々 の

環 境 に か か わっ て 」は 「多 様 な感

多様

な, い ろい ろ な

「豊か な 心

, 豊か な, 様々 な

「触れ合い

を 厂次

に, 次

に, 次

さ れ る こ とが措 定 され る。 「

係 の深い

もの に

し 「

互 に

関連

を も ち な が ら」

厂自

ら周

け る」 とい う

動 静

が み ら れ る。 ま さに

験 の坩 堝 ・只 中は 「

試行

錯 誤

で 「

葛 藤

やつ まずき を も」

「自

分の力で行 う」 こと を 五感 ・ 五 官 を

して

成 功例

失敗例

とを

連 合 (

連絡 )

さ せ つ つ,

学習

してい く。

行 錯誤

(12)

30

) 宗 教 教育 ・仏教 教育の 場 面 と根底の諸 問題 (小山) か ら

た な地 平へ 「

え る

営為

原体

な る

身 近な (もの),

近な人に」 「人に対 する信 頼 感や思い や りの

持ち」 「心を動かす」

しみ 」

感 覚

わ れ る,

感性

(言 葉 を

)交

わ す

びを

わ え る」 「応 答 」。 そ して

幼 児 自身

必 要感

want  ・ =

欠 如感

補 足 感

・必 要

欲 求) 「

数 量

な どに

する)興

生 え, 次 第に

生 え

, こ の果てに, 気づ き,

客観化

智慧

生 え よ う 。

体 験

か ら

分 離

し,

経 験

へ と

移 行

してい く。

 

用 語

経 験

に つ い て み る。

脈絡

に みえ る用 語 は以 下で ある。 「

多様

経 過

を た どっ て

げ られ て い くもの

   

その

幼 児

の 主

体 的

活 動

確保

され る よ う

とあ り用

語 「

留 意

し たい 。 「

他 者

存 在

意 識

し,

己 を

抑制

し よ う と す る気 持 ち が生 まれ る」で は

自他

間柄

を客

観 的

し量ろ う と す る 営 為が

取 さ れ よ う。

「自

分な りの 言 葉で

現 し, 相 手の話す言 葉 を聞 こ うとす る意

態 度

」は

・主

観性 )

相 手 (

客体

客 観性 )

との

架橋 論

・交叉 論の原

で あろ う。

く通 じ さ せ る

教育

の 一 面 と な る。

「(

言葉

に)対す る感 覚 」,

「(

葉で

現 する

」 を通 じて

こ と を し,

絵 本

物 語

な ど で , そ の

容 と

分の 経 験 とを結び付 けた り,

想 像

を巡 らせ た りす る」 とい う 即ち

号 を

介 として 「わか る

とい

感 覚

生 えて くる証 左であろ う。

「(

に)対 す る感 覚

, 「遊 具 や 用 具 な どを整 え」,

表 現 」が み える。

8

 

とい うこ と

  幼稚 園

要 領で は, 用 語 「

の 用 例 頻 度が

い 。

方 用 語 「

験 」の 用

頻 度

相対 的

に は

い 。

を ま さ に生

活 (

life

とす る

幼児

に は, あ ら ゆ る機

が保 育 の

機 とな る(機

の 原理

幼 児

は, 発

段 階 と して は

手 で

える時 代

で あ り, 目と手の

応 作 用 も知

の発

上重 要で ある。 目に見 え た もの は入 手した が る。 興 味

・ 関 心 (

interest

= something  

between

 a child  and

amatter (7))の原理 が作 用 する。 或 る子 ど もが こ こ に居る。 既に, この子 ど もの 生 活空 間に は い ろい ろ な物が横た わ っ て い る。

膜 には映 っ て い る筈で あ る。       こ こ ろ そ モぐ だ が,

づ き

現 象

す ら しない 。

こ と

注 意

を しない 。 その うちふ と,

に手 を

伸 ば

そ うと しだす。 その と き その

事 態

は,

は, その子 ど もと, そ の

との

を,

結節

・ 連

させ る

わ り・ 間

」が成 立 し た と考 えられ 一

341

(13)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 宗教教 育 ・仏教 教育の場 面 と根底の 諸問題 (小 山) (

31

) る。

認知 論 的

に い えば,

神経

結果

として

通 した と

え られ るの で

る。 その 回 路の 開 通 現 象が実は興

・ 関 心 を示 した と称 され る こ と に

な らない 。 ところ で, その

路 は,

まで, 微 塵 す ら連

して い なか っ たの か , 或い は,

か に は

連絡

し て い た の か, が

わ れ る。

びつ きの

程度

こ そ あれ ,

従 来

は皆

また は潜

的だ っ た の が,

びつ い て 顕 在 化 するの か。

 

こ の

えて くる と, 看 過で き ない 言 為が浮か ん で くる。 即 ち 「興

え る」 「興

心 を も たせ る」 とい う言 為で ある 。 今 こ こに教 育の場 面 を想 起 す る。 た しか に 園 児 は興 味が あれ ば, 疲 労 困 憊 す る まで遊び続 ける。 で は こ の 興 味 とは,

側か ら, 教 師 ・ 師 匠 な ど よ っ て , 注入 ・ 伝 達 され得 る も か 。 それ は, さ な が ら

教 師

が, 既

を用

し て, あてが う

に して,

け る

性 格

の もの な のだ ろ う か。 否, そ れ と も,

在 してい る もの で あ り, さ な が ら脳 細 胞 の柱 状 突 起が伸 びて い ように して 絡む もの で ある か ら, 開 発 ・

助成

さ れ る もの で あるの か 。 そ れ は, さなが ら此

と彼 岸 の

両 岸

か ら

橋 桁

びて い く よ うに し て

結 果的

架 橋

す る如き

性格

の もの な のか。

  最

要で ある

味 ・

捉 は , 深

で あり, 不 用 意 ・ 無

神 経

架橋 論

間柄

破 壊

す らして し ま うD

  興 味

が あれ ば,

幼 児

周 囲

きか け る。 主

体 的

観 的

で あ る。

を伸 ばす。

が及 ばな い

beyond

。 そ こ で , 目測 を

正 し, 手の

伸縮加 減

正 す る。 厂手で

える

時代

」の, 目と手の

応 作 用 確 立の

行 錯 誤で ある。 まさ に

第 次

に step が 進み ,

々 な具

的 な もの に

具 体 的

直 接 的

れて

を 身 体で感 じ とる。 幼 児の 思 考 の待 性 と して ピア ジ ェ のい うアニ ミズム論 も

む。 種々様々 な 具

的 活 動 を 「

経 」

て 「た め して み た こ との

い ・効 果 」

然 と 浮 き彫 りにな っ て く る。 こ れ ら豊か な

験 」の蓄

に よ っ て い つ しか 次 第 次 第に 「経 験 」 化 する。 即ち応 用 的 智 恵が芽 生え る と。 仏 教 保 育 の原 初

を み る。

9

 

と目

 

示さ れ た

学習 指 導要領

幼稚 園教 育 要領

に よ り

各学 校

各幼

ご と , 上

位 法

で ある日

法,

教脊

法, 学 校 教 育 法

に定め る

各学

校 ・

幼稚

園 の 目

現 と, さ らに その 目的の 実 現の ためにク リア ーすべ き

条 件

と して の ,

学 校教

育 ・

保育 (

幼 児 教

)ご と の

目標

達 成

が具

体 的

られ く 。

学校

(14)

32

宗 教教育 ・ 仏教 教育の場 面と根底の諸問題 (小山)

脈 絡 中

の 文

現 す る た め に,

各 号

掲 げ

る目

達 成

め な け れ

な ら な い

え ば, 同

法十

)と み え る。 用

語 「

的 」

は, 動

実現 」

で承けて い 。 用

語 厂目標 」

は, 動 詞 「達 成

で承 けて い る。 こ こ に

動 詞

使

け られ て い る こ と に

傾 注

して お き た い 。

目的

は,

到達

すべ き

終 到 達点

で あ ると

措 定

す れ ば, 目

は,

最終 到 達点

到達

する た め に ク リア ー せ ね ば な らない 通 過 条

とい え よ う。 目的 と目

は, い わ ば仰

の 深 度 が異な る。 目的 は

行 が深 く遠い 。

目標

は , 目的か ら逆

さ れて設 定 さ れる道

で あ り,

端 的

にい え ば,

手前 方 向

に ある

深度

の浅い 地

目的 的

に順

次 措定

され る

次 第

で ある。

論,

最後

の 目

標 点

は, 必 然 目的 点 と 一 す る(8) 。

 

学校

法の文

す る こ とに よ る法 的 思 考か ら〔9), 教 育 的 思 考が惹 起 されて くる。

修得

すべ き

各領 域

の 目

内容

方法

さ れ て

当具

現のた め に は, 教 育 活 動 ・ 組み立 て の 中 心 と な る機

function

と して の

3

つ の

条 件

即 ち機 軸が措 定 さ れる。

3

っ の機 軸 と は

3L

’ s (

Location

place

= 立 地 ) ,

Legal

law

= 法 制 度 ) , 

Logic

theory

= 人 間

育 成

論 )

。 こ れ ら が, ハ ー ド面 (

地 ,

校舎

設,

備等

とソ フ ト面

教育 課程

教 育 内容 等 )

理 ・

運 営

を な す 。

10

教 育の基

本 構 造

  教 育

場 面

に は, 一

前提

と し て , 教

育 者

, 教

育 内

容 (

教 材

習 内

= subject −matter ,

教 便物 )

被教 育 者 (

学 習者 )

の 三

措定

さ れ る。 そして,

際の

場面

で は, その 三

の うち,

に順 に , 見か け上の

え隠れ

態が生 じ る。 教

者 (教 祖 )が 隠 れる場

, 次い で教

育 者 (

祖 )

と教

材 (

)と が共に

れ て し ま う事 態が 生 じる。 見 か け 上 , 見 え

態が生 じる。

冶の基

本 構

造 の 場

は, 三

が揃 っ て い る。 教 化の基 本 構 造の場 合 は, 教 師が, 見か け 上 は

存 在

しない 。 で も教 師が 用 意 した教 材 を通 して , そ こ に教

図 を看 取 して い くこ とで , 教

立 して い る, と み な さ れ る。 形 成 の 基 本 構 造の 場 合 は, 場 面に存 在す るの は, 学 習 者た ち だ けで ある。 さ な が ら,

し くお 互 い が

につ けて い

を 出

し あっ て

い なが ら教

効 果

達 成

してい

く故

教 育

立 して い る と

め られる。

形成

の基

本構 造

指 導者

(教

も亡 くな り,

教 材

経典

教 典 )

消 失

し た

場 合

な ど が

想 定

さ れ よ 一

339

(15)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 宗教 教育 ・仏教 教育の 場 面 と根底の諸問題 (小 山)

33

う。

が傾 注す る

造 で もあろ う。 図

   

の基

本構 造

主 者 の (海 後 宗臣 『教 育 原理亅 朝 倉 書 店,1962年 よ り筆 者作 成)

 

教育 者

との 「教 育の基

本構

は,

し く

宗教

が発 生 し, そ こに 教 組 ・教

・信

者 間

係 図 式

」構 造

変 移

し てい

諸相

ねて みると興

深 い 。 け だ し, 宗 教 教

承の

宿命

姿

をみ る とい えまい か 。 次に図 を

げる。 図

 

新 し く宗 教が

生 す る

場 合

の,

教祖

教 義

・ 信 者

係 図 式 ω

   

(関 係 図 式中の解 説文 趣 旨は, 島薗

 

進 氏の

説を参 照し, 筆 者が 一部 加筆 )

(16)

34

       

宗教 教育 ・仏教 教育の場 面 と根 底の諸問 題 (小 山 ) 図

 

 

し く

生 し た宗 教の

者 間の

横 集

団 形

の 創

生記

関係 図

式 図

 

 

し く

生 し た

宗 教

信 者 間

の横

団形

の 充

期 の

関係 図式

 

 

, 弟 子 ・ 信

者 間

の強 固な

横集

団形

成期

関係

   

信 者 だ けの 強 固な

集 団の

結合

が一

層 強

ま る 教 祖 一教義… 「

     

・、 信者一信者一信 者一信者一信者 教 祖 もい ない 教義 (教典 ・ 経典 )も な い 強固 な横 集 団 意 識が さらに一層強まる

       

11

 

宗 教 教

・ 仏 教 教 育 に お け る譬 喩 の意

      

譬 喩

と周 辺       む

父母

の もとに生 す

因果

て, 或 い は

む すご」 と し て,

い は

      一 

337

(17)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 宗 教教育 ・仏教教育の場 面 と根底の諸問 題 (小 山 )

35

と し て , 夫々 に

立ち,

処で , 人 と人 と の間

とい う回り

い を通 して , い わ ゆ る人

と し て形 成 し てい く。 親 子 論 設 定 の根 本 問

との邂 逅 も生 じ よ う。

 

中論

』で

「中

」の

学 を

い た龍

が 『迴 諍 論 』で 「父 と子の譬 喩 」 を挙

て , 父 と子の

規 定 関係

に つ い て

示 す る。

ち     為 是 父 生 子    為 是 子 生 父

  

何 者是 能

  

者是

所 生(”) と。 この偈 に

けて

  

為 何 者 是 父

   

者 是 子     汝 説 此二 種     父 子 相 可 疑 を

掲 げ

る。 二 つ の

概 念

元 し たの は, そ れ ぞ れの

概 念

存在

す る

根 拠

を もち

ない , とい う

態 を教 え知 ら しめ よ うとい う

仏 教 的

育 的配慮

老婆

心に基づ く と

量 さ れ る。 父と子の 間 柄 論の み な らず, 母 と子 との

間柄 論

に も

じ る

譬 喩

る。 け だ し, 大

乗仏

経典

生 済

す。 い わ ゆる

教育

原初

す。

に,

方法 論

として

対 機説 法

性格

根 柢

q2)に もつ 。

本 来 的

に,

機 根

1に

じて

機根

が 「分 か る ように

」架 橋

論 ・

便

論 と して, つ ま り手 段 と して 譬 喩が設 え ら れ る。 手

で あ り,

で あ る け れ ども, その 譬 喩 は 「教 育 の 到 達すべ き 目的を指 し, そ れへ の 通 過 条 件 と して の

標 を

し,

容 知

と しての

性格

を もつ 。 端 的に言 う。 譬 喩は, 「教 育 目的 ・

教育 内容 」論

性 格

を も 。 且つ 同 時に, 「教

方 法

論の性

を も もつ 。 だか ら, こ の よ うな,

譬 喩

教 育 的

教育 学 的本

す る とが 重 要で ある。 た とえ,

喩 と して 引 用 される 口承

的例 話

が, 歴

学上 の

証 的 検 証 の手 法に 支 持 され な くと も よい 。 支 持さ れ な くと も, 厳 然 と して, 現

に 人々 が その よ うに

事柄

捕 捉

え て, 口承 して き た とい うそ の

為 の

事 実

払 拭

い 。

 

その よ

に して生

え よ

と した生 き

見 据

えてよい は

である(13)。

 

周 知 の ご と く, 譬 喩 は, レ トリッ ク (修

)の ひ とつ で ある。 レ トリッ クは,

は,

Trivium

(三

ち,

り立て て

説 明

を し な くて も, い つ で も, 誰 にで も, どこ で で も,

自明

の こ と と し て

か る こ と の

出来

る交叉

ω を

意味

するこ とを

忖 度

し て お き たい 。

に も

な そ ん な三

とは,

文 法 (

Grammar

Logic

段論 法 )

修辞

Rhetoric

の こ とであ る。

譬 喩

の問

考 察

する。

参照

関連したドキュメント

専攻の枠を越えて自由な教育と研究を行える よう,教官は自然科学研究科棟に居住して学

 第二節 運動速度ノ温度ニコル影響  第三節 名菌松ノ平均逃度

 大正期の詩壇の一つの特色は,民衆詩派の活 躍にあった。福田正夫・白鳥省吾らの民衆詩派

[r]

記述内容は,日付,練習時間,練習内容,来 訪者,紅白戦結果,部員の状況,話し合いの内

バックスイングの小さい ことはミートの不安がある からで初心者の時には小さ い。その構えもスマッシュ

大学教員養成プログラム(PFFP)に関する動向として、名古屋大学では、高等教育研究センターの

小牧市教育委員会 豊明市教育委員会 岩倉市教育委員会 知多市教育委員会 安城市教育委員会 西尾市教育委員会 知立市教育委員会