『
少
室
六
門
』と
『達
磨
大
師
三
論
』椎
名
二 〇 八宏
雄
問題
点 本
邦
に お い て 、古
く か ら 達 磨 の 語 録 と し て 伝 え ら れ る 叢 書 に 、 『少
室 六 門 』 ( ま た は 『 少 室 六 門 集 』 ) と 『達
磨大
師 三 論 』 ( ま た は 『 初 祖 三 論 』 『 少 林 三 論 』 な ど ) の 二 書 が あ る 。 周知
の よ う に 、 前 者 は 「 心 経 頌 」 「 破 相 論 」 「 二 種 入 」 「 安 心 法 門 」 「悟
性 論 」 「 血 脈論
」 の 六 種 、 後 者 は こ の う ち の 「 血 脈 論 」 「 悟 性 論 」 「 破 相 論 」 の 三 種 を 、 そ れ ぞ れ 別 個 に編
集 し た 語 録 集 で あ る 。 前 者 の 方 が よ り 一 般 的 で あ り、 本 邦 禅 門 で か な り 流布
し た こ と ( 1 ) は 、 そ の開
版 の 回 数 や 末疏
の存
在 か ら も 明 ら か であ
る 。 こ れ に対
し て、後
者 の 『 達 磨 大 師 三 論 』 は 、 五 山版
や 古 活 字 版 が存
在
し た に も か か わ ら ず、文
献 的 に こ れ を 注意
し た 人 は 、 か の無
著 道 忠 ( → 六 五 三 〜 一 七 四 四 ) を 措 い て い な い 。 彼 の 業 績 は後
述 す る が 、 一般
に 、 『 三 論 』 は 『 六 門 』中
に含
ま れ る と い う見
解
が 先 行 し た た め か、 近 世 に お け る 『 六 門 』 の 流 行 と と も に 全 く 忘 れ 去 ら れ た よ う で 、 諸 家 の 関 説 記 事 す ら ほ と ん ど存
し な い 。 か く て、 『 三 論 』 は 巷 間 に 影 を 没 し 、 古 版 は い た ず ら に 希 覯 書 と し て 死 蔵 さ れ、今
日 に い た る ま で 学 問 研 究 の 対 象 に す ら な さ れ て い な い 。 一 方 の 『 六門
』 は、近
年
に お け る 敦煌
文 献 の 研 究 が 、 必 然 的 に 初 期禅
宗
関 係 の す べ て の 文 献 資 料 に対
し て 、 根 本 的 な 検討
を 要 し た た め に 、 既存
の資
料 と し て は最
も 早 く か ら 注 目 さ れ た こ と は 、当
然 な が ら幸
い であ
っ た 。 そ の 結 果 、 『 六 門 』 中 の 「破
相 論 」 「 二 種 入 」 「安
心 法 門 」 の 三 種 に は 、該
当す
る 敦 煌文
献 が少
な か ら ず存
す る こ と が ま ず 注 目 さ れ た 。就
中
、 「 破 相 論 」 が 「観
心 論 」 の 書 名 の も と に 、 唐 代 に 権 威 あ る 入 蔵 を と げ た 北宗
神 秀 の 撰述
で あ る こ と が 、 ( 2 ) 神 尾 弌 氏 に よ っ て 立 証 さ れ た の は → 九 三 二 年 で あ っ た 。 そ し て 、 二 年 後 の 禿 氏 祐 祥 氏 に よ る 「 少 室 六 門 集 に就
て 」 な る 論 ( 3 )攷
は 、朝
鮮
刊 行 の 『禅
門
撮要
』本
を も 加 え て 、” 六 門 召 全 体
に
対
す る 本格
的 な 文 献 研 究 の 出 発 で あ っ た と い え る 。 か く し て 、 以 後 に お け る ” 六 門 ” 個 々 の書
に 関 す る 個 別 的 な研
究 の累
積
に よ り 、 現今
で は 、 六門
の ほ ぼ す べ て の 資 料 が 、 菩 提 達 磨 を初
祖 と す る 初 期禅
宗
の 人 々 に よ っ て 主 張 さ れ た 語 録 な る こ と が 明 ら か に さ れ て い る 。 も っ と も 、 六門
の 一 部 が達
磨 の 教 説 で な い こ と は 、 す で に 近 世 初 期 の義
諦
が 『 禅 籍 志 』 上 に お い て 、 「 心 経 頌 」 が 玄奘
訳
に 対 す る 末 疏 な る こ と を 指摘
( 4 ) す る な ど 、古
く か ら 注意
さ れ て い た こ と も 事 実 で あ る 。 し か し な が ら 、 こ こ で 注 意 す べ き こ と は 、 近 代 の 学 問 研究
の 灯 火 を 当 て ら れ た 結 果 、 『 六 門 』 は こ う し た特
殊 な 性 格 を も つ 反 面、 六 種 の 文 献 が す べ て 古 い 伝 承 を も つ こ と が 確 認 さ れ た点
に あ る 。 先 学 の 検 討 に よ れ ぽ 、 そ れ ぞ れ の 文 献 の 成 立 は 、少
な く と も 禅 宗 成 立 期 、 つ ま り唐
代 中期
以 前 であ
る と い う 。 い う ま で も な く 、 こ れ は 敦 煌文
献 と 並 ん で 、禅
宗 語 録 の 最古
層 を 示 め る 。 し か も 、 新 出 文 献 と の 最 大 の 相 違 は 、 禅 門 で 長く
流
布
し てき
た こ と の 一 点 に あ り 、 禅 籍 に お い て は す こ ぶ る重
要 な 意味
を も つ 。 禅門
に お け る 伝 統 的 古資
料 は 、 か な ら ず後
世 の禅
語 録 を 生 む 母 胎 を な す か ら で あ る 。 こ う し た 点 で 、 『 六 門 』 は 『 六 祖 壇 経 』 と と も に、 初 期 禅 宗資
料 中 の 双 壁 と い っ て も よ い 。 そ れ は 、 従 来 未 知 の 敦 煌 文 献等
と 、 資 料 的 価 値 観 の 上 で ま さ し く 対 照 的 な 立 場 に あ る 。 か く し て、 『 六門
』 は 新 た な視
点 か ら読
み 直 さ れ な け れ ば 『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) な ら な い 。 そ の た め に は 、 よ り確
か な テ キ ス ト に よ ら ね ば な ら な い 。 こ の 点 、 「破
相 論 」 に は 鈴 木大
拙 氏 に よ る 五 本 対 校 の ( 5 )労
作
が あ り 、 「 二 種 入 」 に は 柳 田 聖 山 氏 に よ り 、 こ れ を 含 む 『 二 入 四行
論 』 の 訳 注 書 が 公 刊 せ ら れ 、 現 存 す る 異 本 全 体 の ( 6 )校
訂
も ま た 進 め ら れ て い る と い う 。 い ず れ も 、 斯 界 を 稗 益 す る こ と 大 な る も の があ
る 。 し か し 、 『 六 門 』 そ の も の の書
誌 的 な 検 討 は 、 つ い 最 近 ま で 五 山版
の存
在 が 知 ら れ ず 、 ま た 、 『 三 論 』 の 書 誌的
検討
を 怠 っ た た め に 、 『 六 門 』 は 『 三論
』 を増
集
し た 近 世 の 編 集 と な す 誤 解 が な さ れ て き た 。甚
だ し き は、 卍 続 蔵 経 中 に、 四 門 と 二 門 が 別 個 に 収 録 さ れ て い る も の に 対 し て 、 『 六 門 』 を 分断
載録
し た と み る が ご と き は 、 禅籍
の 文 献 研究
の 遅 れ を曝
露 す る も の で さ え あ っ た 。 こ う し た 実 状 に 鑑 み て 、駒
大 所 蔵 の 『 達磨
大 師 三 論 』 を底
本 と し 、 こ れ を 他 の 異 本 二 種 、 『 六 門 』 の 古 本 二 種 、 『禅
門 撮 要 』本
、卍
続 蔵 本 、 お よ び 「 悟 性 論 」 の古
鈔 を 加 え た 合 計 七種
の 異 本 と 対 校 し て 活 字 化 し た の が 、 本誌
第
八 号 に 掲 載 し た拙
稿
「 諸 本 対校
『達
磨 大 師 三 論 』 」 に ほ か な ら な い 。 こ の 作 業 は 、 い う ま で も な く 、 先 聖 無 著道
忠 師 の労
作
に 学 び つ つ 、 基 木 的 に は 師 と 同 じ 意 図 に 立 つ も の に 過 ぎ な い 。異
な る も の は 、 師 が 『少
林 三 論 』 な る 校 訂 本 を 遺 し た の に 対 し て 、筆
者 は 三 世 紀 の 余 も 上 梓 さ れ ぬ 『 三 論 』 の資
料 的価
値
を重
視 し て 、 こ れ を 五 山 版 の 原 本 に 忠 実 な翻
刻 に 努 め た 点 であ
る 。 二 〇 九『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) と こ ろ が 、 無
著
師 や鈴
木
氏 の 労 作 に 拙稿
を 加 え て も 、 な お 『 六 門 』 個 々 の文
献 の書
誌 的 な関
係 は、 か な ら ず し も 明瞭
と な ら な い 。 そ れ は 、該
書
の も つ前
述 の ご と き 性質
に 由 来 す る か ら で あ ろ う 。 し か し 、 そ の の ち筆
者
は、 更 に 新 た な 三 種 の 古 写 本 を閲
す る機
会 に 恵 ま れ た 。 し た が っ て、 以 下 の 小稿
に お い て は 、 ま ず 『 六門
』 と 『 三 論 』 そ の も の の 書 誌 的 考 察 を 行 な っ て お き た い 。 そ し て 、 そ の 過 程 に お い て 『 禅 門 撮 要 』 本 や単
行
の 諸 資 料 に も 関 説 し 、 次 い で無
著
師
の 業績
を 紹 介 し、 現 段階
に お い て知
ら れ る 『 六 門 』 と 『 三 論 』 と の 諸 本 間 の 関 係 に つ い て 考 え て み た い と 思 う 。 お お か た の 御 批判
を い た だ け れ ぽ 幸 甚 で あ る 。 二 『少
室 六 門 』 『 少 室 六 門 』 は、 元 来 、 成 立 の 異 な る 六 種 の文
献 の 集 成 で あ る か ら 、 本 書 の 書 誌 的 事 項 を検
討
す る 場合
、常
に 他 の叢
書
や 単 行資
料 に も留
意 し な け れ ば な ら な い 。 し た が っ て、 六 門 の 一 々 が 各叢
書 中 に 、 ど の よ う に収
録 さ れ て い る か を 一覧
し た の が 次 頁 の 表 で あ る 。叢
書
は 主要
な 四 種 と し、 最古
刊
本 に よ る 。 便 宜 上、『
少
室
六 門 』 の 収 録 順 を 甚 準 と し て配
列 し 、 各 叢 書 中 に お け る 各 門 の名
称
と 主 た る 内 容 等 を 示 し た 。AB
等 は 叢 書 中 の 収 録 順 を 示 し 、 「 」内
は 各 門 の小
見
出 し で あ る 。 二 一 〇現
在 知 ら れ る 『少
室 六 門 』 の 異 本 は 左 記 の と お り で あ る 。 た だ し 、 明 治期
以後
の 単 行 書 は 省 略 す る 。 ( ) 内 は 所蔵
者 で あ る 。五 山 版 ( 六 地 蔵 寺 )
江 戸 初 期 写 本 ( 内 閣 文 庫 )
江 戸 期 写
本
( 河 村 孝 道 氏 )無 刊 記 本 ( 駒 大 ) 正 保 四
年
く 一 六 四 七V
刊 、 江戸
佐 太郎
( 駒 大 ) 寛 文 七 年 く → 六 六 七V
刊 ( 駒 大 ) 延 宝 三 年 く 一 六 七 五V
刊 、秋
田 屋 五郎
兵 衛 、鼇
頭 本 ( 駒 大 ) 大 正 蔵 四 八 く 一 九 二 八V
まず
は 、 昭 和 四年
に 平泉
澄 氏 に よ っ て 、真
義真
言 宗 六 地 ( 7 ) 蔵寺
( 茨 城 県 東 茨 城 郡 常 澄 村 六 反 田 ) よ り発
見
さ れ た現
存 唯 一点
の貴
重 な 五 山版
で あ る 。 た だ し 、 本 書 に書
誌
的
な 検 討 が加
え ら れ て 世 に 紹介
さ れ た の は 、 そ の の ち 三〇
余年
を 経 て 、阿
部 ( 8 ) 隆 一 ・ 川 瀬 一 馬 氏等
の 力 に よ る も の で あ る 。 木 版 の 書 冊 形 式 等 の 書誌
に つ い て は 、す
で に 両 氏 の 紹 介 に 詳 し い 。 そ れ に よ れ ば、 本 書 は鎌
倉 末 期 か ら 南 北朝
初
期 頃 の 中 世 初 期 に 刊 行 さ れ た 精 刻 の 覆 宋 版 で あ る と い う 。 た だ し 、 序 文 は存
在 せ ず、 惜 し む ら く は巻
末 を 欠 く た め 、 刊 記 ・ 跋 文 等 の 存 否 も ま た 確 認 で き な い 。 文章
字
句 を 流 布 本 と 比較
す る と、 概 し て 略 字・ 俗 字 が 多 く 、 ま た 異 同 も 少 な く な い 。 就中
、/
/ 叢貧
書 名/
/
e
心 経 頌 @ 破 相 論 一 ⇔ 二 種 入 安 心 法 門 悟 性 論 血 脈 論 少 室 ( 六 五 山 版 門 )1300
「 第 「 門 心 経 頌 」1
本文 「 第 二 門 破 相 論 」
1
本 文2
偈 ( 七 言 八 句 ) 「 第 三 門 二 種 入 」1
本 文2
偈 ( 四 言 八 句 ) 「 第 四 門 安 心 法 門 」 宗 鏡 及 正 法 眼 蔵 載 之1
本 文 , 偈 ( イ、 「・ ‘9 心 心 」 の 偈 ロ、 七 言 口 囮 剛 句、 亠 ハ 曽 口 囚 H 句 ) 「 第 五 門 悟 性 論 」1
本 文2
夜 坐 偈 ( 七 言 四 句 )3
真 性 頌 ( 単 純 ) 「 第 六 門 血 脈 論 」 1 偈 ( 四 言 五 句 ) 2 本 文 , 頌 (蝋
巖
墾
骼
四 句 ) 達 磨 大 師 三 論 87 ( 五 山 版 )13
7
/
〆 〆 ! ! 〆 !/
C
「 達 磨 大 師 破 相 論 」 1 序 ( 無 名 僧 )2
本文
/
〆 !/
/ / 厂 、 //
/
〆 / 、 //
/
/
/ //
〆 〆 ピ 〆 〆/
1 !B
「 達 磨 大 師 悟 性 論 」 − 序 銀 海 撰 2 本 文 3 夜 坐 偈 ( 同 上 )A
「 達 磨 大 師 血 脈 論 」 1 序 、 紹 興23
〈 一 一 五 三 〉 任 哲 撰 2 偈 ( 同 上 ) 3 本 文 4 頌 (蝋
毳
恥馳
鵄
四 句) 5 偈 ( 伝 法 偈 ) 禅 門撮 要
1907
/
1
! ピ/
〆B
「 観 心 論1
本 文 11
〆 〆1
む 初 祖 達 摩 大 師 説 」 むC
「 菩 提 達 磨 四 行 論 」1
本 文 (攣
鹸
鶸
韆
髞
菴
聚
) , / ’ ノ / ! 〆 〆 〆 〆 〆/
/
卍 続 蔵経
1911
F
少 室 六 門 集 「 第 一 門 心 経 頌 」 1 本 文D
「 達 磨 大 師 破 相 論 」 1 本 文 2 偈 ( 七 言 八 句 )A
「 菩 提 達 磨 大 師 略 弁 大 乗 入 道 四 行 観 」 1 序 曇 琳 撰2
本 文 3 達 磨 大 師 碑 頌 、 武 帝 撰G
少 室 六 門 集 「 第 三 門 二 種 入 」 1 本 文 2 偈 ( 四 言 八 句 )E
「 初 祖 達 磨 大 師 安 心 法 門 附 」 出 聯 灯 会 要1
本 文 ( 諸 方 門 人 参 問 語 録 附 録 ) ノ ノ ! / ! ! / / 〆 〆 ー ノ //
むA
「 血 脈 論 初 祖 達 摩 大 師 説 」 1 偈 2 本 文 3 頌 ( 同 上 )4
偈 ( 同 上 )C
「 達 磨 大 師 悟 性 論 」1
本 文 2 夜 坐 偈 ( 七 言 四 句 ) 3 真 性 頌 ( 複 雑 )B
「 達 磨 大 師 血 脈 論 」 − 序 任 哲 撰2
偈 ( 同 上 )3
本 文 4 頌 ( 同 上 )5
偈 ( 同 上 ) 『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) 二二
『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 )
最
大 の 形式
的 相 違 は 、第
一 門 「 心 経頌
」 の 文 中 、頌
の 直前
の 語 句 に続
い て 、 か な ら ず 「 頌 日 」 の 二 字 が存
す る こ と で あ る 。 江 戸期
の刊
本 に は 、 こ れ が ま っ た く み ら れ な い 。 い っ た い 、 「 心 経 頌 」 の テ キ ス ト は 、 目 下 の と こ ろ 、 『 六 門 』本
の ほ か に は 、 後 に 述 べ る 『 新 刊懸
吐禅
門
撮 要 』 所 収 書 を知
る の み で あ る 。 ゆ え に 、 五 山 版 出 現 の 最 大 の価
値 は、 こ の 「 心 経 頌 」 の 現 存 最 古 の資
料 を提
供 す る こ と に あ る 。 さ て 、 こ の 五 山 版 の 巻 末 に は 、 元来
跋
文 や 刊 記 が 存 し て い た の で あ ろ う か 。 こ の 疑 問 に 応 え る の が 、の 内 閣 文 庫 本 で あ る 。 本 書 は 江 戸 初 期 の 古
鈔
と さ れ る が 、 雄 渾 美 麗 な 文字
で筆
写 さ れ 、 全 文 に 原筆
者 に よ る 返 り点
・ 送 り が な が 付 さ れ て い る 。表
紙 と 本 文糞
に は 「齢
微 」 、 巻 首 に は 「攀
「 江 雲 渭 樹 」等
の古
印 が 押 さ れ る 。 「 江 雲 渭 樹 」 は 林 羅 山 ( 一 五 八 三 〜 一 六 五 七 ) の 蔵 書 印 で あ る か ら 、 本 書 は内
閣
文 庫蔵
書
の 源 流 を な す 、 ( 9 ) 最 古 層 の 部 類 に 属 す る 貴 重 な 古 写 本 で あ る こ と が 知 ら れ る 。 注 目 す べ き は 、 本 書 の 書 写 の 形 式 で あ り 、 毎 半葉
一〇
行 、 毎 行 二 〇 字 ( 稀 に 二 一 字 ) の 行格
は も と よ り 、 文 章 の ほ ぼ 一 字 一 句 す べ て が 五 山 版 と 一致
す
る 。 前 述 の 「 頌 日 」 も ま た等
ヘ エ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ し い 。 か く て、 本 古 鈔 は、 五 山 版 に も と つ く 忠 実 な謄
写 本 と 断 ぜ ら れ る 。 し か る に、 首 尾完
全 で あ る に も か か わ ら ず、序
跋
・ 刊 記 ・識
語 等 の類
は 一 切 存 し な い 。 こ の こ と は、 五 山 版 そ の も の が 、 刊 記 は と も か く 、少
な く と も 序 跋 の 類 は当
初 か 一 = 二 ら存
在 し な か っ た こ と を 推 察 せ し め るも
の で あ る 。 そ し て 、 こ の 推 定 を 助 け る の が 、 の 写 本 の存
在 で あ る 。は 駒 大 教
授
河村
孝 道 氏 の 所 蔵 に か か る 、 近 世中
期 ご ろ の書
写 か と 推 定 さ れ る 筆 写 本 で あ る 。 本 書 は 『 少室
六 門 』 の内
題 を 有 し、友
紙 裏 に は 「 安養
寺
」 、裏
表 紙裏
に は 「善
普
( 花 押 ) 」 な る 署 名 が あ る が 、 と も に 不 詳 で あ る 。 た だ 、 『 六 門 』 の 全 文 に 引 続 き 、 「東
陽 朝 禅 師 小参
」 「 勧 参 禅門
」 「 坐禅
」 「達
磨 忌 偈 愚 堂 和 尚 」等
が 同筆
で 連 写 さ れ る 。 ゆ え に 本書
は 、 美濃
の 大 仙 寺 開 山 、 東 陽 英朝
( 一 四 二 八 〜 一 五 〇 四 ) と 、 同 寺中
興 の 愚 堂 東寔
( 一 五 七 九 〜 一 六 六 一 ) の 門 流 に属
す
る 僧、 す な わ ち 臨 済 宗妙
心寺
系 統 の 学僧
に よ り 。 江 戸初
期 〜 中 期 ご ろ に か け て 伝 写 所 持 さ れ た 書 写 本 で あ ろ う 。 本 書 は 、 毎 半 葉 二 二 行 、 毎 行 一 九 〜 二 四 字 と 不 定 で は あ る が、字
句 を の 五 山版
と 比 較 す る と 、 こ れ ま た ほ ぼ等
し い 。序
跋 の 不 存、 「 頌 日 」 の 存在
、 と い うの 特 徴 も ま た 同
様
で あ る 。 か く し て 、 本 書 も ま た、直
接
か 間 接 か は 不 詳 な が ら 、 五 山 版 に も と つ く 謄 写 本 と み て よ い 。 か く し て 、 五 山 版 は、 元 来 序 跋 等 を も た ぬ 覆 宋 版 な る こ と が 立証
さ れ る で あ ろ う 。 こ の 五 山 版 の 発 見 は 、従
来 知 ら れ な か っ た 宋 版 が 存 在 し た こ と を 示 唆 し 、 し た が っ て、本
書 『 六 ヘ ヘ コ へ ぬ 門 』 が 宋代
の 編集
な る こ と を 知 ら し め る 点 に お い て 、 ぎ わ め て 貴 重 な価
値 を 有 す る も の で あ る 。次 に 、
の 江 戸 初 期 に お け る 刊 本 は 、 い わ ゆ る 流 布 本 で あ る が 、 文 字
語
句 は ほ ぼ 全同
であ
る 。 就 中 、の 駒 大 蔵 本 ( 忽
1
】 〇 七 ) は 無 刊 記 であ
る が 、の 正 保 版 と 行 格 が 一 致 し、 の 寛 文
版
、の
鼇
頭 木 と は 異 な る か ら 、 流 布 本 中 で は 古版
に 属 す る 。 な お 、 『 江 戸時
代 書 林 出 版書
闘 籍 目録
集 成 』 に よ れ ぽ、 本 書 の開
版 は ほ か に も 何 度 か な さ れ た よ う で あ り 、 近 世 に お け る 流 行 の 様 子 を知
ら し め る 。 し か し、 内 容 的 に は お そ ら く〜 と 同 文 と み ら れ 、 そ の 〜
が 、 の 五 山 版 と は 字 句 の 異 な る こ と 、
前
述
の と お り で あ る 。 こ の こ と は 、近
世 に お け る 『 六 門 』 の 最初
の 刊 行 者 は 、 五 山 版 に 基 づ き つ つ 、 字 句 を 整 理 し て 読 み やす
く し、 こ れ を後
刊 本 が す べ て踏
襲 し て い る こ と を 示 唆 す る も の で あ る 。 と こ ろ で 、 の 正 蔵 本 は〜 の 流 布 本
類
と 全 同 で は な い こ と が 注 目 さ れ る 。 文 字 に 若 干 の 異 同 が存
す る 。 正 蔵 本 の 底 本 は 、 宗 教 大 学 所 蔵 の 江 戸 時 代 刊 本 と 明記
さ れ る の み で あ る 。 し た が っ て 、 こ の 底 本 は 〜 と は 別系
統 の刊
本 か 、 ま た は ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヵ 〜 の 流布
本 系 統 に よ り な が ら 、 こ れ を 校 訂 し た も の と考
え ざ る を え な い 。 か く て 、 『 少 室 六 門 』 の 正 蔵 本 を 安 易 に資
料 と し て 用 い る の は、 問 題 で あ る こ と を ま ず 指摘
し て お き た い 。 三『 達 磨 大 師 三 論 』 『 達 磨 大
師
三論
』 な る 名 称 は 、駒
沢 大 学 図 書 館 に 所 蔵 さ れ 『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) る 至 徳 四 年 ( 二 二 八 七 ) 刊行
の 、 五 山 版 の 題 簽 墨 書 に み ら れ る 書 名 で あ る 。 本 書 は 、内
題
が な く、 巻 末 刊 記 に よ れ ば、 右 、 『 初 祖 三 論 』 を 鍵 梓 し、 以 て 伝 う る を 寿 す 。 伏 し て 願 わ く は、 列 祖 の 血 脈 流 通 し て 、 群 に 性 相 の 融 摂 あ ら ん こ と を 。 版 を 臨 川 の 三 会 院 助 縁 中 に 留 む 。 維、 至 徳 丁 卯 の 秋 、 釈 善 観 、 謹 し ん で 記 す 。 ( 原 漢 文 ) と あ り 、 元 来 、 「 初 祖 三 論 」 と 称 さ れ る京
都 の臨
川寺
版 に ほ か な ら ぬ 。前
述 の ご と く 、無
著 の 校 訂本
で は 『 少林
三 論 』 と あ り 、 ま た 、 『新
纂
禅籍
目 録 』 で は 『 達磨
三 論 』 な る 表 記 を 用 い る 。 こ の よ う に、 本書
は 従 来 さ ま ざ ま に 呼 称 さ れ る が、筆
者 は直
截 簡 明 な 駒 大 本 の 題簽
を と り 、 『達
磨 大 師 三 論 』 の 書名
で 呼 ぶ こ と に し た い 。 本書
の 異 本 類 は、次
の 六 種 が 知 ら れ る 。 至徳
四 年 く = 二 八 七V
刊、 五 山 版 、京
都 臨 川 寺 ( 駒 大、 慶 大 )天 文 二 一 年 く 一 五 五 二
V
写 本 、 舜 済 慶 林 筆 ( 大 谷 大 )天 正 一 八 年 〈 一 五 九 〇 〉 写 本 ( 東 北 大 ) 室 町 期 写 本 、 慶 長 二 年 〈 一 五 九 七 〉 識 語 ( 河 村 孝 道 氏 ) 元 和 ・ 寛 永 中 〈 一 六 一 五 〜 一 六 四 四 〉 刊 、 古 活 字 版 ( 大 東 急 文 庫、 成 簣 堂 文 庫 )
享
保 二 〇 年 〈 一 七 三 五 〉 写 本 、無
著
道 忠 自筆
校 訂 本 ( 妙 心 寺 竜 華 院 ) 二 一 三『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 )
UP
の 五 山版
が 上 梓 さ れ た 至 徳 四 年 と い え ば 、春
屋 妙 葩 ( 一 三=
〜 一 ゴ . 八 八 ) を 中 心 と す る 五 山版
開 版 の最
隆
盛 期 に あ た り 、 し か も そ の 中 心 地 た る 臨 川 寺 の 刊 行 と い う 栄誉
あ る 一 書 ( 10 ) で あ っ た 。 駒 大 蔵 の 本 書 は、 線 装 袋 綴 で 一 冊 。 左 右 双 辺、 有果
半
葉
=
行 二 ・宅
蠡
・葉
に藩
轆
L 「 小汀
文 庫 」 の 蔵 書印
が 存 し 、杉
浦
丘 園 文 庫 ↓ 小 汀 文庫
↓
駒 大 、 と い う 所 蔵 者 の変
遷 経 路 が 知 ら れ る 。 本霞
の 形 式 的 特 徴 は 、 『 六 門 』 と 比 較 し て 、 “ 三 論 ” の 各 書 ご と に序
文
が 存 す る こ と 、 本 文 字 句 の 中 に 割 行 文字
や 無 刻 の 部 分 が 少 な か らず
み ら れ る こ と 、 な ど で あ る 。 ま ず 、 序 文 類 に つ い て は 、巻
頭 の 「 血 脈論
」 は 、右
朝
奉 郎 通 判 建 昌 軍 事 見 独老
人 任 哲 に よ る 紹 興 二 三 年 (=
五 三 ) の 撰 、 次 の 「 悟 性 論 」 は 常 楽 院 銀 海 の 、 末 尾 の 「 破 相 論 」 は 無 名 僧 に よ る 各 撰述
で、 と も に 年 記 は 存 し な い 。 こ れ ら の 三序
中 、 他 の 『 六門
』 や 叢 書 ・ 単 行 書 中 に ま っ た く み ら れ ぬ も の は 銀 海 の 一 文 で 、 こ の 存 在 は 貴 重 で あ る 。 と こ ろ で 、 「 血 脈 論 」 の序
者 を 五 山 版 で は 「任
哲 」 と す る へ が 、 の 大 谷 大 学 蔵 の 古 写本
で は 「 任 作哲
」 と あ る 。 し か る に い ま 、 江 西 省 の 『 建 昌 府 志 』 ( 光 緒 五 年 〈 一 八 七 九 〉 刊 ) の 巻 六 、 秩 官表
郡 官 の 項 に よ れ ば 、 『 正 徳志
』 な る 文 献 を引
き 、 「 紹 興 間 、 通 判 無 可 考 者 九 人 」 と し て 九名
の 通 判 の 名 を掲
げ ヘ ヨ る 中 に 、 「江
作
哲 」 な る 名 が み い だ せ る 。建
昌 軍 は 宋 代 に置
か 一 = 四 れ た 江 西 省 南 城 県 の 地 名 で あ り 、 紹 興 年 間 に お げ る 建 昌 の 通 ヘ へ 判 と い う 一致
性 を み れ ば、 こ の 『 正 徳志
』 の い う 「 江作
哲 」 こ そ は 、 ま さ し く 「 血脈
論 」 序 文 の 撰 者 に ほ か な ら な い 。 「江
」 と 「 任 」 は 、 い ず れ か の 誤 記 で あ ろ う 。 と も あ れ 、 す で に 『 正 徳 志 』 の 知 ら ぬ彼
の伝
記 を 、 い ま は 知 る す べ も な い 。 た だ 、 こ の 人 が禅
家 の 諸 説 に 詳 し い 地 方官
吏 で あ っ た こ と は 、 そ の 文 意 か ら 明 ら か で あ る 。 「 見 独 老 人 」 な る 別 号 も、参
禅 の 居 士 な る こ と を 思 わ し め る 。 文 中、 最 も 注意
す べ き は 、 「 た だ 達磨
の 血 脈 論 、 な ら び に黄
檗 の 伝 心 法 要 の 二 説 あ り て 、 最 も 至 論 と なす
」 の 言 で あ る 。 お そ ら く は 、 彼 が こ の 二 書 を 合 し て 紹 興 二 三 年 ( . 一 五. 二 ) に 上 梓 せ ん と し た 際 の 一 文 と み ら れ る か ら で あ る 。の 大 谷 本 に は 、 『 三 論 』 と と も に 『 伝 心 法 要 』 が 合 綴 さ れ る 。 し か も 、 こ の 『 伝 心 法 要 』 は 、 『 最 徳 伝 燈 録 』 巻 九 に 所 載 さ れ て 古 形 を と ど め る テ キ ス ト に ほ か な ら な い 。 し て み れ ば 、 大 谷 本 は
任
哲 の 時 の宋
版
か 、 ま た は こ れ を 承 け る系
統 の 古 鈔 本 と み る べ き か も 知 れ な い 。 「 悟 性 論 」 の 序者
、銀
海 に つ い て は 不 詳 で あ る 。 た だ、 任 哲 の い た 建 昌 軍 の 地方
誌
で あ る 『 南 城 県志
』 ( 同 治 一 二 年 〈 一 八 七 三 〉 刊 ) 巻 二 之 六 、寺
観塔
附 の 項 に 、 「 常 楽 院絆
」 な る 記 載 が み ら れ る か ら 、 こ の 寺 の 住 持 で あ っ た 人 か も 知 れ な い 。 こ の 序 文 中 に も ま た 、 震 旦 第 一 禅 師 が 「 非迷
の 迷 を憫
れも も み て 、 不 悟 の 中 に 悟 性 の 指 を 捧 ぐ 」 と あ り 、 こ の 「 悟 性 論 」 を 上
梓
す る 目 的 で付
し た 序 文 と み て よ い で あ ろ う 。 末 尾 の 「破
相 論 」 の 序 は 、 実 は 正 規 の序
文 で は な く 、 文 中 、 ヘ ヘ へ 「 達・ 磨 和 尚 、 か の 迷 津 を 愍 れ み て 破 相 論 を 説 く 。 無 名 僧 、 言 下 に抄
録 し 、後
に学
ぶ 者 を し て、 無 相 の 心 を 見 ぜ し む 」 主旨
を 中 心 と す る 前 文 の ご と き も の で あ る 。 こ の 前 文 は 、 の 大 谷本
『 三 論 』 や 金 沢 文 庫 所 蔵 の 古 写 本 等 に も み ら れ る 。 な お 、 五 山版
の 「 破 相 論 」末
尾 に は 、 『 六 門 』 系 統 に 存 す る 「 我 本 求 心 心 白 持 」 以 下 の 七 言 八 句 の 偈 文 が 存 し な い こ と も 注 意 し て お き た い 。次
に 、 五 山 版 『 三 論 』 の 本 文 中 に 多 く み ら れ る 割 行 文 字・ 無 刻 部 分 に つ い て 考 え て お こ う 。 こ の奇
妙
な 現 象 は 、 特 に 「 悟 性 論 」 中 に 顕 著 で あ る 。 た と え ば 、第
九 節 中 に は 、 若 断 惑 ( 五 字 分 無 刻 ) 成 道 鞴 身 仏 也 。 と あ る 。 こ う し た無
刻
部
分 が 、 他 の諸
本 で は 文字
が 存 す る こ と か ら 推 せ ば 、 五 山 版 は 決 し て 善 本 で は な い こ と を知
ら し め る 。 し か し 、 反 面 そ の 依 っ た 原 本 が 、 す で に 磨滅
虫
損
な ど の あ る占
版 で あ り、 こ れ に 忠 実 な 覆 刻 な る こ と を 示唆
す る 点 に、 五 山 版 の価
値 を 認 め る べ き で あ ろ う 。 次 に 、は す で に
関
説 し た 大 谷 大 学 所 蔵 本 で 、 『 三 論 』 に引
続 き 『 伝 心 法要
』 を 合綴
す る 。 巻 末 に は 次 の 墨書
識 語 が 存 す る 。 此 論 、 何 点 雖 不 如 意 也、 任 本 書 写 之 後 、 見 之 人 取 捨 之 。 『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) 于 時 天 文 廿 一 狂 年 九 月 十 一 日 於 相 州 浄 土 寺 書 写 之 旱 沙 門 舜 済 慶 林 ( 花 押 ) 右 の識
語 に よ れ ば 、本
書
は 天文
二 一 年 ( 一 五 五 二 ) に相
州
の浄
土 寺 で 舜 済 が 書 写 し た 古 鈔 本 で あ る 。 右 文 に い う 「 不如
意
」 と は 、達
磨 の 教 説 と し て は 問 題 が あ る と い う 意味
か 、 ま た は 善 本 と は い え ぬ と い う意
味 か が 不詳
であ
る が、原
本 に忠
実 な 謄 写 と い う 態 度 が う か が え る 。 本書
は 、 そ れ ぞ れ 序 文 を付
し た 三 論 が、 「 破 相 論 」 「 血 脈 論 」 「 悟 性 論 」 の 順 に 置 か れ る 。 こ の 順 序 は 、 他 本 に は ま っ た く み ら れ ぬ 独 自 の も の で あ る が、 ま た そ の 配 列 の 必 然的
な 理由
も み い だ し 難 い 。 内 容的
な特
徴 は 、 本 誌 前 号 の 対 校 に よ っ て 明 瞭 な ご と く 、 文 字 語 句 が 五 山 版 と 大 き く 相 違 す る こ と 、 こ の 相 違 箇 所 が 前述
の 五 山版
『 六門
』 本 に多
く 一 致 す る 事 実 な ど で あ る 。 文字
の 異 同 は さ て お き、 文章
の 最 も 大 き な 異 同 点 を あ げ て み よ う 。 た と え ぽ、 「 悟 性 論 」 の 第 一 三節
と 一 四 節 の 部 分 が 、 五 山 版 『 三 論 』 で は 左 記 の abcd の 順 序 を と る 。03
「 問 、 如
温
室 経 説 … … … 洗 浴 之 法 」ia
「 故 仮 世 事 … … … 能解
悟 」b
「 其 温室
者 … … … 非 仏 説 也 」c
ω
「 問 、 経
説
… … … 何 憂 不達
」d
し か る に 、 大 谷本
と 五 山 版 『 六 門 』 本 は 、 こ の 部 分 がdla
二 一 五『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 )
Iclb
と い う 順 序 と な っ て い る 。 ち な み に 、近
世 以 後 の流
布 本 『 六 門 』 本 も ま た こ れ に等
し い 。 こ の こ と は、 大 谷 本 が 五 山 版 『 三 論 』 と 、 五 山 版 『 六門
』 本 と の 中 間 的 な 存 在 で あ る こ と を 示 す も の で あ る 。 い っ た い 、右
の 引 例 個 所 は 、 文 脈 的 に い ず れ が よ り 正 し い か を み る に 、 「 悟 性 論 」 全 体 の 文 章 構 成 か ら す れ ば 、 五 山 版 『 三 論 』 に お け る 配 列 の 方 が よ り 自 然 的 で あ る 。 す な わ ち 、 ま ず a は 、 一 二 節 に お い て礼
拝
・ 持 斎 等 の 種 々 の 功 徳 に 対 し 観 心 の 一 法 の み を 説 く こ と の説
明 に 続 く = 二節
の 冒 頭 で、観
心 の 法 が 温室
経 所 説 の 衆僧
洗 浴 の 功 徳 に 相 応 す る か 、 と い う 問 い に 対 す る 答 え の 首 部 で あ る 。b
は こ れ に接
続 し て 、浄
水 等 の 七事
に よ る 供 養 功 徳 を の べ 、 c は 温 室 が 即 身 で あ る か ら 、 ヘ ヘ ヘ へ智
慧
の 火 で 浄 戒 の 湯 を 温 た め 、 身 中 の 仏 性 を浴
し 、 上 述 の 七 ヨ 法 を受
持
す れ ば 比 丘 は証
果 に 登 る 、 と禅
的 な説
明 が な さ れ る 。 し た が っ て 、 aIb − c は 、 も と も と 連 続 す べ き 文 脈 に あ る こ と が 知 ら れ る 。 ま た、 一 四 節 のd
は 、 念 仏 に よ る 浄 土 往 生 の 経 説 に 対 し て 、 な ぜ 観 心 解脱
の 法 を 得 る か を説
く 独 立 の 一節
で あ る か ら 、 こ れ ま た=
一 節 と = 二 節 と の 間 に 入 れ る こ と は 不 自 然 で あ る 。 ち な み に、 鈴 木 大 拙 氏 が 「 悟 性 論 」 の 五 本 対 校 に 用 い た 敦煌
木 二 種 (p
二 五 九 五 ・ 竜 大 本 ) も ま た、す
べ て 五 山 版 『 三論
』 本 の 順 序 に 等 し く 、 そ の文
脈 の 正 し さ を 傍証
し て い る 。 二 一 六 へ か く し て、 「 破 相 論 」 に 限 れ ぽ 、 『 六門
』 系統
に は 大き
な 錯 へ 簡 が存
在 す る と い う べ き で あ り 、 他 本 で は 大谷
本 の み が こ れ を 踏襲
す る 。 大 谷 本 が 五 山 版 『 三 論 』 と 同 文 の 三序
を 有 し 、 し か も 「 任 啓 」 と 「 任 作哲
」 と い う重
要 な 相違
点 を も つ こ と は 、 す で に み た 。 し た が っ て 、 曲 大谷
本 の 性 格 は複
雑 で あ る が 、 ハ 五 山版
『 六 門 』 本 の内
容
と 、 同 じ く 『 三 論 』 本 の 形式
と を 合 ヘ ヘ ヘ ヘ へ 揉 し た 一 本 で は な い か と 思 わ れ る 。 む し ろ 、 本 邦 中 世 に お い て 、達
磨
の 語 録 を よ り 正 し い テ キ ス ト に求
め ん と す る禅
者
の 苦 心 の 足 跡 を と ど め る こ と に 注 意 す べ き で あ ろ う 。 さ て 、は 天 正 一 八
年
( 一 五 九 〇 ) の 筆 写 本 で 、 東 北 大 学 狩 野 文 庫 ( 禅 籍 目 録 に 「 北 大 」 と あ る の は 誤 記 ) に 所 蔵 さ れ る が 、 原 本 を 調 査 の 結 果 、 本 書 はの 五 山 版 に
基
づ く 、 ほ ぼ 忠実
な 謄 写 本 で あ る か ら 、 こ こ で 特 記 す べ き も の は な い 。 は 、 同 じ く 中 匱 の 古 写 本 で 、 学界
未 紹 介 の 河村
孝 道 氏 所 蔵 本 ( 伊 勢 修 成 氏 旧 蔵 本 ) で あ る 。 本書
は 、 線 装袋
綴
で 一 冊 。 茶 褐 色 で 柿 渋 装 の 表紙
と 、 扉 ( 原 装 の 表 紙 裏 ) と に は 「参
禅
学 血 脈 論 道 書 」 と 墨 書 され
箜
紙 ( 遊 紙 )裏
に も蔘
禅
学 道 書鷺
飜 」 な る 墨 書 が 存 す る 。 本 文 は 、 四 周 単 辺 の 匡 郭 内 に、 毎半
葉
八 行 一 一字
の 大 き な 文 字 が 、縦
横 ゆ っ た り と 浄 書 さ れ る 。 全 文 に 同筆
の 送 り が な が 存 し 、 朱 引 ・ 朱 点 ( 句 読 点 と 返 り 点 ) が施
さ れ る 。 巻 末 に は 左 記 の 墨 書 識 語 が み ら れ る 。ニ 大 事 之 本 行 条 、 聊 尓 他 所 置 儀 無 用 之 。 慶 長 弐 年 九 月 十 二 日 ( 以 下 六 宇 不 詳 ) 右 墨 附 七 十 七 枚 右 の 識 語 の 筆 跡 は 、 本 文 と は 別 手 の ご と く で あ り、 し た が っ て 、 本
書
は 慶 長 二 年 ( 一 五 九 七 ) 以 前 の 室 町期
に お け る 古写
本 で 、 一名
「 参 禅 学道
書
」 と も 称 さ れ た 伝 授 本 な る こ と が 知 ら れ る 。 本 書内
容
の 、 諸 本 に 対 す る 特徴
は、 「 血 脈 論 」序
文 中 の 相 違 、 「 悟 性 論 」 の 序 文 が み ら れ ぬ こ と 、 『 六門
』 本系
統 と 最 も 遠 い 関係
に あ る こ と 、 五 山 版 に 存 す る 割 行 文 字 が 若 干 存 在 す る こ と 、 な ど の 諸 点 で あ る 。 まず
、 「 血脈
論 」 序 文 中 に は 、 次 の ご と き 重 要 な 相違
個 所 が み ら れ る 。 五 山 版 ・ 大 谷 本讐
達 磨 血 脈 論・ 并 伝 心 法 更 … 二 説、 最 為 至 論 。 一 河村 本 惟 有 達 磨 血 脈 論、 最 為 至 論 。 す な わ ち 、 河 村 本 に は 「
并
伝 心 法 要 二 説 」 の 七字
が な い 。 前 ヤ も に考
え た ご と く 、 こ の 序 文 は 任 哲 が紹
興 二 三 年 (=
五 三 ) に 「 血 脈 論 」 と 『伝
心 法要
』 の 二 書 を 合 冊 開 版 し た 際 に お け る 一 文 と す れ ぽ、右
の 七字
は す で に 『 三 論 』 合 収書
と し て は 不 要 で あ る 。 か く て 、 河 村 本 は 、 こ の 記 事 を意
識 的 に 削 除 し 『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) て い る 古 鈔 本 で は な い で あ ろ う か 。 ま た 、 河 村 本 に は 「 悟 性 論 」 の序
文 が み ら れ ぬ 。 も っ と も 、 こ の序
文 は 五 山 版 と 大 谷 本 の 『 三 論 』 の み に存
在 す る に 過 ぎ な い が 、 い ま 注 目 す べ き は、 同 じ く 序 文 を も た ぬ 金 沢 文 庫 所 蔵 の 『 悟 性 論 』 ( 文 永一 一 年 〈 一 二 七 四 〉 写 本 ) の み に 存 す る 本 文末
尾 の 「 三 界 所 尊 者 謂 之 道 万 法 同 視者
謂 之門
」 と い う 一 六字
が、 河 村 本 に も み え る こ と で あ る 。 さ ら に 、 河 村 本 に は 、 右 の 一 六 字 の 直 前 に 置 か れ る 「 夜 坐 偈 」 の第
四 句 目 が 「何
須
ヘ へ 生 滅 滅 生 渠 」 と あ り 、 渠 の 字 の 欄 外 に 本文
と 同 筆 で 「滅
、異
本 ニ ア リ 」 と い う貴
重 な書
込 み が み ら れ る 。 「 生 渠 」 が 「 生滅
」 と あ る の は 、 数 あ る 異 本 中 、右
の 金 沢 文 庫 本 の み で あ る 。 い っ た い 、 金 沢 文 庫 本 『 悟 性 論 』 は 、前
号 の 対校
で も 明 ら か な ご と く 、 他 本 と は 文字
語 句 が 大 き く異
な る 独 特 の 異 本 で あ り、 河 村 本 と の 差 異 の 程 度 は 、 五 山 版 『 三 論 』 と 河村
本
と の そ れ よ り も甚
だ し い 。 し た が っ て 、 右 の ご と き 類 似点
を も っ て の み 、 河村
本 を 金 沢 文庫
本 と 近 接 の関
係 に あ る と断
定
す る こ と は で き な い が 、 「 悟 性 論 」の み は 金 沢 文
庫
本 系 統 の異
本 を 参 照 し て い る と 考 え て よ い で あ ろ う 。 し か し 、 こ う し た特
徴
を も つ 反面
、 や は り 河 村 本 は 五 山 版 と 最 も よ く 一致
す る 。 五 山 版 に は 多 く の 割 行 文 字 が存
す る が 、 そ の半
ば は 諸 本 中 で 河村
本 の み に み ら れ る 。 ち な み に 、 河 村 本 と 最 も 遠 い の は 『 六 門 』 系 統 で あ る こ と が、対
校 の 結 果 知 ら れ る 。 か か る 事 二 一 七『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 )
実
は 、 河 村 本 ( ま た は そ の 原 本 ) が 依 っ た底
本 は 、 や は り 五 山 版 で あ り 、 そ の 文 字 語 句 の 誤脱
等 は 、他
の 複 数 の 異 本 に よ っ て校
訂
さ れ て い る古
鈔 と 考 え て お き た い 。 と も あ れ 、 こ こ に も ま た 五 山 版 を 校 訂 し て い る 態 度 が 明瞭
に う か が わ れ る の で あ る 。 次 に 、の 古 活 字
版
を検
討 し よ う 。 本 版 は、 川 瀬 一 馬 氏 の 『 古 活 字 版 の 研 究 』 に よ れ ば 、 寛 永 年 間 ( 一 六 二 四 〜 = ハ 四 四 ) ( 11 ) の 刊 行 と さ れ る 。 大 東 急 文 庫 の 所 蔵 本 は 一 冊 で 、 近 代 の筆
に よ る 「 達 磨 血 脈 録 全 」 な る 題簽
が帖
ら れ る 。 刊 記 は な く 、 四 周 双 辺 無 界 本 で 、 一 〇 行 二 〇字
の 版式
は 、 す で に 五 山 版 と 異 な る 。 も と 、 長 州 萩 の 正宗
山 洞 春 禅 寺 ( 現 在、 山 口 市 所 在、 臨 済 宗 建 仁 寺 派 ) の 什 物 で あ る 。 本 版 をの 五 山 版 と 比 較 す る と、 「 悟 性 論 」 「 破 相 論 」 の 両
序
が な く 、 逆 に 「 悟 性 論 」 の 末 尾 に は 「 真 性 頌 」 、 「破
相 論 」 の 末 尾 に は 「 我 本 求 心 心自
持
」等
の 七 言 八 句 の 偈 が そ れ ぞ れ 存 す る 。 ま た、 割 行 文字
は す べ て 本 行 文字
に改
め ら れ、 無 刻 部 分 も き わ め て少
な い な ど の 顕 著 な 相 違 が み ら れ る 。 つ ま り 、 ゐ へ 五 山版
の 覆 刻 の ご と き も の で は な く 、 ま っ た く の 改 版 で あ る 。 お そ ら く は 、 こ れ も読
み 難 い 五 山 版 の 欠点
を 、 『 六 門 』 の 五 山 版 な ど を 参 照 に し て 、 校 正 せ ん と 努 め た刊
行
本 と み て よ い であ
ろ う 。 こ こ で、 こ の古
活 字 版 と 密 切 な 関 係 に あ る卍
続 蔵 経 所 収 本 一 二 八 に つ い て ふ れ て お き た い 。 こ の 明 治 期 の 編 集 に か か る叢
書 中 に は 、 前 掲 の 一覧
表 の ご と く、 第 二 編 第 一套
第 五 冊中
に 「菩
提達
磨
大 師 略 弁 大 乗 入 道 四 行 観 」 「 血脈
論 」 「 悟 性 論 」 「 破 相 論 」 の 四 門 を 収 め 、 続 い て 弘 忍 の 『 最 上 乗 論 』 が置
か れ る 。 冒 頭 の 「 四 行 観 」 の 問 題 は複
雑 な の で 後 述 す る こ と と し 、 次 の 、 「 血 脈 論 」 以 下 の 三 論 は 、 例 の 対 校 の 結 果 、古
活字
版 の 『 三 論 』 に ほ ぼ 完 全 に 一 致 す る 。 す な わ ち 、従
来
不 明 で あ っ ヘ ヘ ヘ へ た ヘ へ も ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ ゐ ヘ ヘ へ あ マ へ た続
蔵 本 の 底 本 は 、 こ の 三 論 に つ い て は 古 活 字 版 で あ る こ と が判
明 し た の で あ る 。 た だ し 、 続 蔵 本 に は 若 十 の 誤 殖 が あ る 。 し か ら ば、 同 じ 続 蔵 の 冒 頭 に 置 か れ る 「 四 行 観 」 の底
本 は な に か 。 本 書 は 、曇
林 の 序 と 梁 武帝
の 「 達 磨 大 師 碑 頌 」 と を 前後
に付
録 す る特
異 な 一 篇 で あ る 。 周 知 の ご と く 、 曇林
の序
を と も な う 「 四 行 観 」 ( 二 種 入 ) に は 、 敦 煌 出 土 の 『 楞 伽 師 資 記 』菩
提 達 磨 章 と 、 伝統
資
料 の 『 景 徳 伝 燈 録 』 巻 三 〇 の も の と が あ る 。 し か る に 、 前 者 の 公 開 は続
蔵 経 編纂
以後
で あ り、 ま た 、後
者
に は 文 中 に 三 文 字 の 異 同 が 認 め ら れ る 。 こ の異
同 文字
は 、筆
者 が 目 睹 し た い か な る 『景
徳 伝 燈 録 』 の 諸 版 に お い て も 同 一 で あ り、 続 蔵 の も の と は異
な る 。 そ れ ぽ か り で は な い 。 梁武
帝 の 作 品 と し て 付 せ ら れ る 「 達 磨 大 師碑
頬 」 を 、 い っ た い 続 蔵 本 は ど こ か ら 採 録 し た の で あ ろ う か 。 こ の 七 言 三〇
句 の 小 品 は、 目 下 の と こ ろ 伝 燈資
料 中 に 見 い だ す こ と が で き な い 。 し か る に 、 近年
に発
見 さ れ た 『 宝 林 伝 』 巻 八 の 末 尾に 、 昭 明 太 子 の 撰 す る
達
磨 の 祭 文 と と も に 、 梁 武撰
の 碑 文 が ( 12 ) 存 し 、 そ の 文 末 に こ の 頌 が み ら れ る 。 も と よ り 、 右 は 続 蔵 の 編 者 の 関 知 す る と こ ろ で は な い が 、 両 者 に は 二 〇字
ほ ど の 文字
の 異 同 が 存 す る の で 、 こ れ を 対 校 し 、〈
資
料V
の 二 と し て 小稿
の 末 尾 に掲
げ
て お い た 。 続 蔵 本 「 四 行 観 」 の底
本 を 考 え る 際 、 見 の が せ ぬ も の に、 近年
大 陸 で 刊 行 さ れ た単
行 書 の 存 在 が あ る 。 本 書 は、 続 蔵 所 収 の 「 四 行 観 」 以 下 の 四 門 と 『 最 上 乗 論 』 と が 合 冊 さ れ 、 民 国 二 九 年 ( 一 九 四 〇 ) に 重 慶 華 厳 寺 の華
厳
仏
学 院 刊行
の木
版 印 刷 本 で あ る 。 順序
・ 内 容 と も に 続 蔵 本 と ほ ぼ 一致
す る が 、 わ ず か に 「 悟 性 論 」末
尾 の 真 性 頌 の み を 欠 く 。 本 爵 に 『 伝 心 法要
』 を 合 し た も の が 、 一 九 七 二年
に 台 北 の 新 文 豊 出 版 か ら 影 印 刊 行 さ れ て い る が 、 右 の 華 厳 寺 版 は 、 お そ ら く 続 蔵 本 に 基 づ い て 印 刻 し た テ キ ス ト で は な い か と 思 わ れ る 。 か く て、 続蔵
本 「 四 行観
」 の 底 本 は 、 つ い に 見 い だ さ れ な い 。 『 伝 燈 録 』 巻 三 〇 の も の と 、 他 本 と を 合 揉 編 集 し て載
録 し た も の か も 知 れ な い 。 と こ ろ で 、 続 蔵 の 別 の 箇 所 に 、 す な わ ち 、第
二篇
第
一 八套
第
五冊
に は 、 「 心 経 頌 」 と 「 二 種 入 」 が 収 め ら れ る 。 続 蔵 の 編 者 は 、 こ の 二 書 が 『 少 室 六門
集 』 か ら の 抄 録 な る こ と を 明 記 す る 。 し か る に 、 コ 一 種 入 」 は 前 掲 の 「 四 行 観 」 の 本 文 部 分 で カ へ あ る こ と に 気 づ か な か っ た の で あ ろ う か 。 明 ら か な 重 複 と な 『 少 室 六 門 』 と 『 達 磨 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) っ て い る 。 か か る 態 度 は 、 「 安 心 法 門 」 を あ え て 『 六門
集
』 か ら 採 録 せず
に 、 先 の 「 四 行 観 」 な ど と 同 帙 に存
す る 『 諸方
門
人参
問 語 録 』 の 附 録 の そ れ を も っ て 代 替 さ せ て い る こ と と 、 は な は だ し く 矛 盾 し 、 続 蔵 編者
の 編 集 上 の杜
漸 さ を 指 摘 さ れ る と こ ろ で あ る 。 な お、の 無 著 師 の 校 訂 本 『
少
林
三 論 』 に つ い て は 、第
五 章 に お い て詳
述
す る 。 以 上 の ご と く 、 『 三論
』 の 諸 本 を 書 誌 的 に 検討
す る と 、以 後 の 諸 本 は 刊 写 の 別 な く、 か な ら ず テ キ ス ト の 補 正 校 訂 を 試 み て い る こ と が 知 ら れ る 。 こ れ は 、 い う ま で も な く
の 五 山 版 が 決 し て
善
本 で は な い こ と 、 お よ び 、の ほ か に も さ ま ざ ま な 叢 書 や 単 行 資 料 が 、 少 な か ら ず 流 伝 し て い た こ と 、 な ど に よ る 必 然 的 な 結 果 と み ら れ る 。 そ し て こ こ に 、 三
論
な い し は 六 門 個 々 の 文 献 の も つ 顕著
な 性格
が看
取
さ れ る の で あ る 。 次 に 、 上述
以外
の 諸 資 料 を、章
を 改 め て考
察
し た い 。 四『 禅 門 撮 要 』
本
と 別 行資
料 『 六 門 』 中 の 個 々 の資
料 を 含 む 叢書
と し て は 、 『 少 室 六 門 』 と 『達
磨 大 師 三 論 』 の ほ か に 、 周 知 の ご と く 、 近 代 に 朝 鮮 の 刊 行 に か か る 『 禅 門 撮 要 』 が あ る 。 こ の 叢 書 の 現存
す る諸
版 と し て は 、 左記
の も の が あ る 。隆 熈 元 年 ( 一 九 〇 七 ) 刊 、 慶 昌 北
道
虎
踞 山雲
門 寺、 二 巻 二 一 九『 少 室 六 門 』 と 『 達 暦 大 師 三 論 』 ( 椎 名 ) 二 冊 ( 花 園 大 、 駒 大 )
昭 和 三 四 年 ( 冖 九 五 九 ) 孔
版
、 二 冊 、 花園
大 刊近 年 刊 、 ソ ウ ル 市 、 宋 法 日 、 国 漢 文 訳 本 一 一 九 六 八
年
刊 、 金 井 山 梵 魚寺
、 『 新 刊懸
吐 禅 門 撮 要 』 一 九 七 四 年 刊 ( 影 印 ) 、 京 都 中文
出 版 、 『禅
学叢
書 』 之 二所
収
まず
は、 上 下 二
冊
で 一 五 種 の 中 国 ・ 朝鮮
の 重 要 な禅
籍
を 収 め 、 学 道 者 に 禅 の枢
要 を 学 ぽ し め る た め の テ キ ス ト で あ る 。 就 中 、 中 国 関 係 の禅
籍
の 大 部 分 は 、 す で に 光 緒 九 年 ( 一 ( 13 ) 八 入 三 ) に 編 集 開版
さ れ た 『 法 海 宝筏
』 に 依 る も の と い う 。 はの 覆 刻 、 も
の 影 印 で あ り 、 こ れ ら に よ っ て 本 書 は 容 易 に 見 ら れ る こ と と な っ た 。 本 書 は 、 六 門 中 の 「 血 脈 論 」 、 「
観
心論
」 ( 破 相 論 )、 「 達 磨 大 師 四 行 論 」 、 の 三 書 を 巻 上 に収
め る 。こ の う ち、 前 二 書 に つ い て は 例 の 対 校 に よ っ て 知 ら れ る ご と く 、 他 の 諸 本 に 比 較 し て 、 文
字
語
句 の 異 同 が は な は だ し い 。 特 に そ れ は 「観
心 論 」 に つ い て著
し く、 分 量 的 に も 最 大 と な っ て い る 。 し か し な が ら、 鈴木
氏 の 「 五 本 対 校 観 心 論 」 を み る と 、 分 量 の多
さ は、 こ の 『撮
要 』 本 よ り も は る か に 古 い 敦 煌 本 類 の 方 が 、 む し ろ 顕 著 で あ る 。 一方
、 『 撮 要 』 中 の 「 四行
論 」 は 、 い わ ゆ る 「 二 種 入 」 に 該当
す る 「 第 一 入 道 修 行 綱 要門
」 以 下 、 第 四 四 門 ま で を 存 し 、 こ れ ら 全 体 が 、 や は り 敦煌
本 の 『 二 入 四行
論
』 に 二 二 〇 該 当 す る も の で あ る 。 か く し て 、 『 撮 要 』 本 の 内容
は、実
は 古 資 料 を か な り 忠 実 に 伝 え て い る こ と が 推 察 さ れ 、 前 記 分 量 ヨ へ ゐ の 多 さ も 後 代 の 加 筆 と み る よ り は 、 む し ろ テ キ ス ト の 原 初 型 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 態 に 近 い 未 整 理 本 の 姿 を 伝 承 す る 、 価値
あ る 資 料 と み る べ き で あ ろ う 。 次 に 、は
の 一 五 種 よ り 「
観
心 論 」 「修
心訣
」 「 血脈
論 」 「真
心 直 説 」 「 博 山警
語 」 の 五 種 を 抄 出 し 、 こ れ に 朝鮮
撰
述 の 「 蒙 山 法 語 」 等 の 五 種 を 付 し て初
学 者 に 提 供 し た 一 書 で あ る 。 刊 行 年時
は 不 詳 な が ら 、 こ の 種 の 刊 本 は 、 近代
の 半 島 に お い て ま だ 少 な か ら ず 存 す る に ち が い な い 。 ま た 、 は 近 年 の 諺 文 訓 点 本 で あ る が 、の 一 五 種 に 六 種 を
加
え て 、 合 計 二 一種
を 収 め る 。 就中
、 当面
の 六 門 関 係 で は 、 新 た に 「 般若
心 経 」 ( 実 は 心 経 頌 ) と 「 悟 性 論 」 の 二 書 が 加 え ら れ て い る の が 注 目 を ひ く 。 に存
せ ぬ か ら に は 、 他 に 半 島 で 別 行 し て い た も の を 加 え た の で あ ろ う か 。 こ れ ら の 一 . 誰 と 、 従 来 本 と の 間 の 文 字 の 異 同 状 態 も、 こ れ ま た独
特
で あ る 。特
に 、 「 心 経 頌 」 は 従 来 『 六 門 』 本 の ほ か に知
ら れ ぬ 点 で、資
料 的 価 仙 は 大 き い 。 こ う し た 観 点 か ら 、 小稿
の 附録
に 、 「 心経
頌 」 の 対 校 を く資
料V
の 一 と し て掲
載 す る こ と と し た 。 さ て 次 に 、 上 記 の 叢 書 以 外 に お け る 六 門個
々 の資
料 の 所 在 を 整 理 し 、 い さ さ か 問 題 点 な ど を 指摘
し て お き た い 。 順序
は 、便 宜 上 『 少 室 六