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2011

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に

い

が

た

の

土

偶

に

い

が

た

の

土

偶

発掘された 新潟の歴 史 2 0 1 1 平成 23年度 秋季企画展 新潟県立歴史博物館

発掘された

新潟の歴史

2011

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に

い

が

た

の

土

偶

新潟県立歴史博物館 平成23年度 秋季企画展

展

示

図

録

発掘された

新潟の歴史

2011

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目次

Ⅰ 概説 にいがたの土偶 ………5 新潟県の縄文時代中期土偶とその周辺 Ⅱ 列品資料 にいがたの土偶 ………18 Ⅲ 展示遺跡一覧 ………86 付 新潟県の縄文時代中期土偶および関連資料出土遺跡 胎内市 二軒茶屋遺跡 ………18 長岡市 大武遺跡 ………18 小千谷市 三仏生遺跡 ………18 村上市 前田遺跡 ………19 樋渡遺跡 ………19 高平遺跡 ………20 春木山遺跡 ………22 新発田市 石田遺跡 ………23 新潟市 大沢遺跡 ………24 五泉市 大蔵遺跡 ………25 阿賀野市 ツベタ遺跡 ………26 横峯B遺跡 ………29 村杉遺跡 ………29 萩野遺跡 ………30 阿賀町 大坂上道遺跡 ………30 狐窪遺跡 ………31 屋敷島遺跡 ………32 キンカ杉遺跡 ………33 北野遺跡 ………36 三条市 長野遺跡 ………37 吉野屋遺跡 ………39 見附市 耳取遺跡 ………43 長岡市 栃倉遺跡 ………44 仲崎遺跡 ………46 中道遺跡 ………47 山下遺跡 ………49 外新田遺跡 ………50 岩野原遺跡 ………51 南原遺跡 ………53 馬高遺跡 ………54 魚沼市 清水上遺跡 ………55 柿ノ木田の上遺跡 ………55 正安寺遺跡 ………55 南魚沼市 五丁歩遺跡 ………56 津南町 北林C遺跡 ………57 上野スサキ遺跡 …………57 沖ノ原遺跡 ………58 道尻手遺跡 ………59 十日町市 笹山遺跡 ………63 幅上遺跡 ………64 大井久保遺跡 ………65 カウカ平A遺跡 …………65 下梨子遺跡 ………66 横割遺跡 ………66 南雲遺跡 ………66 ぼんのう遺跡 ………67 小坂遺跡 ………68 野首遺跡 ………69 上ノ山開墾地遺跡 ………70 森上遺跡 ………70 柏崎市 剣野B遺跡 ………71 十三仏塚遺跡 ………72 岩野遺跡 ………72 坪之内遺跡 ………72 上越市 長峰遺跡 ………73 和泉A遺跡 ………75 大久保遺跡 ………75 山屋敷Ⅰ遺跡 ………76 妙高市 大貝遺跡 ………78 道灌遺跡 ………78 糸魚川市 十二平遺跡 ………79 井の上遺跡 ………79 長者ヶ原遺跡 ………80 佐渡市 長者ヶ平遺跡 ………82 大下遺跡 ………82 三宮貝塚 ………82 大工町遺跡 ………82 富山県 長山遺跡 ………83 境A遺跡 ………84 長野県 姥ヶ沢遺跡 ………85 秋田県 坂ノ上F遺跡 ………85 下堤A遺跡 ………85 黒倉Ⅰ遺跡 ………85 大畑台遺跡 ………85 烏野遺跡 ………85

ご あ い さ つ

  こ の た び 、「 発 掘 さ れ た 新 潟 の 歴 史 2 0 1 1 」展 を 開 催 す る 運 び と な り ま し た 。  「 発 掘 さ れ た 新 潟 の 歴 史 2 0 1 1 」展 は 、新 潟 県 教 育 委 員 会 、財 団 法 人 新 潟 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 事 業 団 とと も に 主 催 し ま す 。ま た 、新 潟 市 、長 岡 市 教 育 委 員 会 、上 越 市 教 育 委 員 会 、三 条 市 、柏 崎 市 教 育 委 員 会 、新 発 田 市 教 育 委 員 会 、十 日 町 市 教 育 委 員 会 、見 附 市 教 育 委 員 会 、村 上 市 教 育 委 員 会 、糸 魚 川 市 教 育 委 員 会 、妙 高 市 教 育 委 員 会 、五 泉 市 教 育 委 員 会 、佐 渡 市 教 育 委 員 会 、阿 賀 野 市 教 育 委 員 会 、魚 沼 市 教 育 委 員 会 、 胎 内 市 教 育 委 員 会 、阿 賀 町 教 育 委 員 会 、津 南 町 教 育 委 員 会 に 共 催 い た だ い て お りま す 。   新 潟 県 内 で は 、年 間 1 0 0 件 あ ま り の 埋 蔵 文 化 財 が 発 掘 調 査 さ れ て い ま す 。新 潟 県 立 歴 史 博 物 館 で は 開 館 以 来 、こ れ ら 最 新 の 発 掘 調 査 成 果 を 紹 介 す る 企 画 展 を 定 期 的 に 開 催 し て ま い りま し た 。 6 回 目 と な り ま す 本 企 画 展 で は 、財 団 法 人 新 潟 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 事 業 団 が 行 っ た 近 年 の 発 掘 調 査 の 中 か ら 、特 に 平 成 2 2 年 度 の 成 果 に つ い て 、時 代 や 性 格 の 異 な る 1 0 か 所 の 遺 跡 を 取 り 上 げ 、豊 富 な 出 土 品 と 写 真 パ ネ ル で 紹 介 し ま す 。   ま た 、新 た な 試 み と し て 、こ れ ま で の 発 掘 調 査 の 成 果 に もと づ い て 、 「 に い が た の 土 偶 」と い う テ ー マ を 設 け て 展 示 を 行 い ま す 。今 回 は とく に 約 5 0 0 0 年 前 、縄 文 時 代 中 期「 火 焔 土 器 の 時 代 」前 後 の 土 偶 を 一 堂 に 集 め て 紹 介 し ま す 。発 掘 調 査 を 終 え て 蓄 積 さ れ た 資 料 は 、歴 史 の 証 拠 と し て 、発 掘 調 査 を 担 っ た 諸 機 関 で 大 切 に 保 管 さ れ て い ま す 。そ れ ら を 一 堂 に 展 示 す る こと で 、新 た な 理 解 を 得 ら れ る も の と 期 待 し て い ま す 。   埋 蔵 文 化 財 は「 歴 史 の タ イ ム カ プ セ ル 」と い え る 存 在 で す 。発 掘 調 査 に よ っ て 明 ら か と な っ た 多 数 の 遺 跡 に 接 し 、「 歴 史 の タ イ ム カ プ セ ル 」 そ れ ぞ れ の 個 性 が 伝 わ り 、新 潟 の 歴 史 と 文 化 に 親 し む き っ か け と な れ ば 幸 い で す 。   平 成 2 3 年 9 月 2 2 日 新潟県立歴史博物館     館長 中 島 太 郎  

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ご あ い さ つ

  こ の た び 、「 発 掘 さ れ た 新 潟 の 歴 史 2 0 1 1 」展 を 開 催 す る 運 び と な り ま し た 。  「 発 掘 さ れ た 新 潟 の 歴 史 2 0 1 1 」展 は 、新 潟 県 教 育 委 員 会 、財 団 法 人 新 潟 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 事 業 団 とと も に 主 催 し ま す 。ま た 、新 潟 市 、長 岡 市 教 育 委 員 会 、上 越 市 教 育 委 員 会 、三 条 市 、柏 崎 市 教 育 委 員 会 、新 発 田 市 教 育 委 員 会 、十 日 町 市 教 育 委 員 会 、見 附 市 教 育 委 員 会 、村 上 市 教 育 委 員 会 、糸 魚 川 市 教 育 委 員 会 、妙 高 市 教 育 委 員 会 、五 泉 市 教 育 委 員 会 、佐 渡 市 教 育 委 員 会 、阿 賀 野 市 教 育 委 員 会 、魚 沼 市 教 育 委 員 会 、 胎 内 市 教 育 委 員 会 、阿 賀 町 教 育 委 員 会 、津 南 町 教 育 委 員 会 に 共 催 い た だ い て お りま す 。   新 潟 県 内 で は 、年 間 1 0 0 件 あ ま り の 埋 蔵 文 化 財 が 発 掘 調 査 さ れ て い ま す 。新 潟 県 立 歴 史 博 物 館 で は 開 館 以 来 、こ れ ら 最 新 の 発 掘 調 査 成 果 を 紹 介 す る 企 画 展 を 定 期 的 に 開 催 し て ま い りま し た 。 6 回 目 と な り ま す 本 企 画 展 で は 、財 団 法 人 新 潟 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 事 業 団 が 行 っ た 近 年 の 発 掘 調 査 の 中 か ら 、特 に 平 成 2 2 年 度 の 成 果 に つ い て 、時 代 や 性 格 の 異 な る 1 0 か 所 の 遺 跡 を 取 り 上 げ 、豊 富 な 出 土 品 と 写 真 パ ネ ル で 紹 介 し ま す 。   ま た 、新 た な 試 み と し て 、こ れ ま で の 発 掘 調 査 の 成 果 に もと づ い て 、 「 に い が た の 土 偶 」と い う テ ー マ を 設 け て 展 示 を 行 い ま す 。今 回 は とく に 約 5 0 0 0 年 前 、縄 文 時 代 中 期「 火 焔 土 器 の 時 代 」前 後 の 土 偶 を 一 堂 に 集 め て 紹 介 し ま す 。発 掘 調 査 を 終 え て 蓄 積 さ れ た 資 料 は 、歴 史 の 証 拠 と し て 、発 掘 調 査 を 担 っ た 諸 機 関 で 大 切 に 保 管 さ れ て い ま す 。そ れ ら を 一 堂 に 展 示 す る こと で 、新 た な 理 解 を 得 ら れ る も の と 期 待 し て い ま す 。   埋 蔵 文 化 財 は「 歴 史 の タ イ ム カ プ セ ル 」と い え る 存 在 で す 。発 掘 調 査 に よ っ て 明 ら か と な っ た 多 数 の 遺 跡 に 接 し 、「 歴 史 の タ イ ム カ プ セ ル 」 そ れ ぞ れ の 個 性 が 伝 わ り 、新 潟 の 歴 史 と 文 化 に 親 し む き っ か け と な れ ば 幸 い で す 。   平 成 2 3 年 9 月 2 2 日 新潟県立歴史博物館     館長 中 島 太 郎  

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凡例 1、本書は 2011 年9月 23 日から 11 月 20 日までを会期とする新潟県立歴史博物館平成 23 年度秋季企画展「にいが たの土偶‐発掘された新潟の歴史 2011−」の展示図録である。 2、本書には、新潟県立歴史博物館が分担する新潟県の縄文時代中期土偶に関する概説と列品資料の写真を収録する。 財団法人埋蔵文化財調査事業団が分担する発掘調査の速報は含まれていない。 3、列品資料の写真は、出土遺跡ごとにまとめてある。なお、新潟県の縄文中期土偶は、遺跡の所在地にしたがい、北の遺 跡から順に収録している。ただし、縄文時代中期以外の土偶とその関連資料等は先頭に、新潟県外の関連資料は末尾 に収録している。また、本図録の収録順序は、列品順序と一致していない。 4、列品資料の写真それぞれには、出土遺跡 資料名 所蔵先を記している。とくに記載がない限り縄文時代中期に属 する。 5、本書に収録した列品資料写真は、原則として新潟県立歴史博物館による撮影である。資料所蔵機関等から提供を受け た写真については、必要に応じて著作権者を記した。なお、写真提供は、以下のとおりである。 新潟県教育委員会 大武遺跡(X 線写真) 新潟市教育委員会(新潟市文化財センター) 大沢遺跡 長岡市教育委員会(長岡市馬高縄文館) 馬高遺跡 小熊博史氏撮影 三条市教育委員会 吉野屋遺跡 小川忠博氏撮影 長野遺跡 小川忠博氏撮影 柏崎市教育委員会 剣野B遺跡 生焼け土偶 品田高志氏撮影 十日町市教育委員会(十日町市博物館) 笹山遺跡 小川忠博氏撮影 森上遺跡 小川忠博氏撮影 その他 宮内信雄氏撮影 胎内市教育委員会 二軒茶屋遺跡(X 線写真) 小川忠博氏撮影 上越市長峰遺跡 小川忠博氏撮影 糸魚川市長者ヶ原遺跡 小川忠博氏撮影 富山県埋蔵文化財センター 長山遺跡 境 A 遺跡 6、本書の執筆・編集は、新潟県立歴史博物館の学芸課長寺崎裕助と専門研究員宮尾亨の担当である。 7、企画展の計画立案から実施にいたる過程で、発掘調査報告書、学術論文、学術刊行物をはじめ多くの文献を参考とし たが、頁数の関係で割愛した。改めて研究紀要に研究論文執筆し、引用参考文献を表記する予定である。

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 はじめに  「発掘された新潟の歴史 2011」では、最初 に「にいがたの土偶」を展示します。とくに縄 文時代中期の土偶を中心に、新潟県内 67 遺跡、 県外 8 遺跡の計 75 遺跡、1,500 点の資料を列 品します。  縄文土器の編年  縄文時代は、約 1 万 3,000 年間をいいます。 1 万 5,000 年前ころに始まり、2,500 年前ころ に終わります。その間は縄文土器の編年によっ て、草創期(1 万 5,000 ~ 1 万 1,000 年前)、 早期(1 万 1,000 ~ 7,000 年前)、前期(7,000 ~ 5,500 年前)、中期(5,500 ~ 4,500 年前)、 後期(4,500 ~ 3,000 年前)、晩期(3,000 ~ 2,500 年前)の6期に区分され、各期はさらに 前葉、中葉、後葉に大別されています。  明治時代以来の研究成果として、日本各地の 縄文土器は型式名を与えられ、それぞれの新旧 関係を示す縄文土器の編年ができています。ま た、縄文土器の型式それぞれの年代的つながり や地域的ひろがりに応じて、様式と呼ばれるこ ともあります。縄文土器の様式名や型式名には、 特徴的な土器やそれを最初に発見した遺跡名が 用いられています。  新潟県の縄文中期は、前葉では前半の剣野 E 式や和泉A式ならびに古屋敷式、後半の千石原 式、中葉では前半の火炎土器様式とも呼ばれる 馬高式、後半の栃倉式、後葉には沖ノ原式とい う個性豊かな土器群があります。前葉の土器は、 文様を施す時に半截した竹管やヘラ状の工具を 多用します。中葉前半の火炎土器様式は、文様 が隆帯や隆線で描かれ縄文を持たない火焔型や 王冠型といった独特の土器を持ちます。後半の 栃倉式は、文様の空白部を綾杉状などの沈線で 埋めています。沖ノ原式は、口縁部に圧痕隆帯 と渦巻文を配し、胴部は縄文のみで、前葉や中 葉に比べて地味です。  縄文土器の地域性  新潟県の縄文時代中期は、個性的な土器に よって多様な地域性を示します。火炎土器様式

Ⅰ 概説 にいがたの土偶

の頃、米山を境に出土する縄文土器の個性は大 きく二分され、米山以北は「火焔土器の国」、 以西は火炎土器の少ない地域といえます。さら に、それぞれの地域の中でも、微妙な違いがあ ります。火炎土器のクニでは、阿賀野川上流域 で新潟よりも会津に近い様相を示します。「火 焔土器の国」の中核地帯といえる信濃川上流域 から魚野川上流域では、火炎土器の他に群馬県 や長野県東部・北部の影響が加味されています。 火炎土器の少ない米山以西の上越市域では、長 野県北部や富山県の影響が強く表れています。 また、糸魚川市域では、富山県と見間違う土器 があります。  このような複雑な地域性が生まれた背景に は、新潟県が南北に長い海岸線を有し、かつ、 それぞれに個性的な縄文土器をもつ周辺地域、 東北、関東、中部高地、北陸などと接している ため、さまざまな影響を受け続けていたことが 想定されます。そして、このような新潟県内の 地域性は、火炎土器の時代以降 5,000 年余り を経た現在でも受け継がれています。  新潟県最古の土偶  本県最古の土偶は、胎内市二軒茶屋遺跡で出 土した板状の2個体です。ひとつは右腕から右 胸にかけての破片で、胸には乳房を表す突起が あります。もうひとつは上半身の破片で、目鼻 の表現はなく、顔面が窪んでいるだけです。右 腕を小さく突き出すように表現しています。こ れらの土偶は、同じ遺跡の出土土器から縄文時 代前期前葉(6,700 ~ 6,500 年前)のものと 考えられます。  日本最古級の土鈴  二軒茶屋遺跡では、土偶と同時代の土製の鈴 「土鈴」が出土しています。小形(径3cm・15 g)で、振るとカラカラと音がします。X線撮 影によって、径数ミリの何かが 15 個以上入っ ていることがわかりました。同様の「土鈴」は、 長岡市大武遺跡からも出土しています。三方の 尖ったヒシの実状(3.6cm × 2.5cm・9g)で、 内部には何かが5~6個入っていて、振ると 新潟県の縄文時代中期土偶とその周辺

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シャカシャカと音をたてます。 なお、縄文時代前期前葉の「土鈴」は、 この2点のほかに発見されていません。  遠隔地の土偶  小千谷市三仏生遺跡では、新潟県に類 をみない分銅形の土偶が出土していま す。幅約5cm、厚さ約2cm の大きさで、 胴部上半が欠落しています。正面中央に 沈線が縦走し、中央に円形の刺突があり ます。背面中央には沈線が横走し、正面 と同位置に円形の刺突があります。愛知 県八王子貝塚出土の土偶を典型とする東 海地方の縄文後期後葉「八王子型土偶」 と共通する特徴を示す遠隔地の最北出土 例です。  土偶の編年  すべての土偶について、年代を明らか にすることはできませんが、同じ遺跡あ るいは遺構から出土している縄文土器を 手がかりにすれば、縄文土器の編年と対 応させることができます。また、土偶に は縄文土器と共通する文様が施されてい ることがあります。このような文様を手 がかりに、縄文土器の編年と対照するこ ともできます。  中空土偶  新潟県には、縄文時代中期前葉(5,500 年前)の中空土偶があります。津南町上 野遺跡や北林 C 遺跡、上越市長峰遺跡 や和泉 A 遺跡の土偶は、土器の成形と 同じように粘土紐を積み上げて土偶の胴 体や脚が成形され、中空になっています。 長野県北部の深沢遺跡にも同様の土偶が あり、新潟県の縄文時代中期前葉を特徴 づける土偶です。なお、新潟県にかぎら ず、縄文時代中期の多くは、中実土偶で す。  カッパ形土偶  縄文時代中期、新潟県の土偶にはカッ パ形土偶の愛称があります。土偶の頭頂 部が平坦か凹んでいて、伝説や昔話に登 場する河童の皿を連想させることに由来

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します。1964(昭和 39)年に刊行された五泉 市の大蔵遺跡第一次調査中間報告書の中で、土 偶の形態を説明するために、河童の異称である 「河太郎」を用いて記載したことを嚆矢としま す。  カッパ形土偶は、新潟県を含む北陸を中心に、 関東地方西部、中部高地、東北地方南部という 広範囲にみられます。縄文時代中期前葉から中 葉(5,400 ~ 4,700 年前)の土偶と理解され ています。  カッパ形土偶の大小  カッパ形土偶のサイズには、大小のバラエ ティーがあり、手の中に収まるものから、手か らはみ出すものまで多様です。カッパ形土偶の 多くは、片手で握りしめられますが、なかには 両手で抱える必要のあるものもあります。手の 中に収まるものには、指先で扱えるようなもの もあります。  新潟県最小は、長岡市南原遺跡出土の土偶で す。頭が失われていて、板状胴体の長さが 2.3 ㎝しかありません。また、上越市長峰遺跡出土 の完形土偶は5cm余りで、手の中に完全に収 まります。  大きな土偶で完形に近いものは、残念ながら ほとんど見つかっていません。糸魚川市長者ヶ 原遺跡のほぼ完形の土偶(東京国立博物館所蔵) が高さ 30cm を誇り、新潟県内出土の土偶では 最大です。ただし、阿賀町キンカ杉遺跡の土偶 には 26㎝の板状胴体があり、全身が残されて いれば、最も大きくなるかもしれません。ちな みにミス馬高の愛称をもつ長岡市馬高遺跡の下 半身の欠けた土偶は 18㎝あります。下半身も 同じくらいの大きさならば、ミス馬高も捨てが たい存在です。  長山タイプと新潟県の土偶  長山タイプはカッパ形土偶の型式です。富山 県長山遺跡出土資料を標式とする縄文時代中期 前葉の土偶です。  土偶は、素材となる粘土の塊や紐を組み合わ せて造形する点に特徴があり、「分割塊製作法」

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と呼ばれています。とくに長山遺跡出土の土偶 では、板状の胴体に別作りの立体的な頭、腕、 脚を接合したようすが観察できます。斜めに下 げ伸ばした両腕と、平坦な頭頂部を巻き髪状に 囲み、後頭部におさげ髪状の表現があります。  新潟県では、日本海を北上するかのように上 越市長峰遺跡、柏崎市剣野B遺跡、三条市吉野 屋遺跡、新潟市大沢遺跡に明瞭な長山タイプが あります。  棚畑タイプと新潟県の土偶  棚畑タイプは、中部高地を代表するカッパ形 土偶の型式です。長野県棚畑遺跡出土の「国宝・ 縄文ヴィーナス」を標式とする縄文時代中期前 葉の土偶です。  切れ長の目、おちょぼ口、平滑な頭頂部、曲 線美豊かな胴体、豊かな腰まわりと大きくせり 出した尻(出尻)、左右で長さの異なる太く短 い脚が特徴です。立体的で美しい曲線にまとめ られた全体像は、土偶造形の到達点と評されて います。このような優美な造形も、「分割塊製 作法」で行われています。長山タイプ同様に、 頭や脚は別々に作られ、胴体に接合されていま す。  新潟県では、明らかな棚畑タイプは発見され ていません。しかし、部分的に棚畑タイプの造 形を取り入れた土偶があります。糸魚川市長 者ヶ原遺跡の土偶は、下半身に棚畑タイプの豊 かな腰まわりや出尻と共通する特徴がありま す。また、上越市長峰遺跡の小さい土偶は、上 半身に長山タイプの特徴を、下半身に棚畑タイ

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プの特徴を示します。  西ノ前タイプと新潟県の土偶  西ノ前タイプは、東北地方南部を代表する カッパ形土偶の型式です。山形県西ノ前遺跡出 土の「国指定重要文化財・東北のヴィーナス」 を標式とする縄文時代中期前葉から中葉にかけ ての土偶です。  ノッペラボウの顔、長い角ばった脚、引き締 まったウエストからなり、究極のディフォルメ と評される全身美を特徴とします。長野県棚畑 遺跡の「縄文ヴィーナス」と双璧をなす土偶造 形です。一見すると長山タイプや棚畑タイプと は異なりますが、「分割塊製作法」による作り 方は共通し、頭や脚を別に作って、胴体に接合 しています。  新潟県では、村上市高平遺跡や新潟市大沢遺 跡で脚部の破片が出土していますが、全身のわ かる個体は見つかっていません。  新潟県のカッパ形土偶「吉野屋タイプ」  吉野屋タイプは、新潟県を代表するカッパ形 土偶の型式です。三条市吉野屋遺跡から数多く 出土している特異な顔つきの土偶を標式としま す。縄文時代中期前葉から中葉にかけての土偶 です。  吉野屋タイプは、キノコ状の頭を最大の特色 とします。頭頂部が浅く凹むものと、緩やかに 膨らむものとに分かれます。頭頂部には、頭髪 を思わせる表現が見られます。とくに緩やかに 膨らんだ頭頂部に沈線で描いた文様は、中分し た髪形にも見えます。顔面の表現される部分は 極端に狭く、ディフォルメされた目や鼻の穴、 口が表現されています。しばしば、鼻や口が省 略され、あるいはノッペラボウで、怪異な容貌 に見えます。顔面は、頭部にさらに円形、楕円 形、逆三角形、ハート形に粘土塊を整えて貼り 付けたものと、直接に目鼻口を刻んだものとが あります。また粘土紐を貼り付けて、眉毛と鼻 筋を表現しているものもあります。  胴体と腕は板状で、全体が平板なものと腹に 若干のふくらみを表現するものとがあります。 腕はほぼ水平か、バンザイ気味になっています。 胸には乳房を表現する粘土塊が貼り付けられて

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いるものが多いですが、すべてではありません。 また同様の粘土塊を腹にも貼り付けているもの があり、腹のふくらみにも、デベソにも見えま す。胴体下半の正面中央には隆線か沈線、そし て穴があり、一般的に正中線やヘソを表現した ものと考えられています。しかし、それらの表 現がないものも多くあります。その一方で胴体 上半、胸の中央に凹みを設けているものがあり ます。なお、独立した二脚はほとんどなく、胴 体の最下部に丸みと厚みをもたせて脚(足)状 の表現とするか、板状の胴体のみで、脚の表現 を欠いていることも特徴です。  吉野屋タイプの製作は、ほかのカッパ形土偶 と同様「分割塊製作法」で行われています。胴 体は二本の粘土紐を芯材として束ねるか、粘土 板ひとつを芯材にしています。腕は胴体と一体 で造形され、頭を別に作って接合しているよう です。頭部破片の割れ口には、胴体に差し込む プラグとなった凸状の成形が見られます。  吉野屋タイプには、頭頂部に孔を穿ったもの が多く、見られます。孔の数は1、2、3、4、 5個などと多様です。また、新潟県の土偶では、 腕や肩にも孔の穿たれているものがあります。 土偶の前後に貫通した孔と上下に貫通した孔と があります。土偶を吊下げるための孔とみる意 見のほかに、花や鳥の羽根を刺し飾ったとする 意見などがあります。土偶に穿たれた孔は、貫 通していないものもあり、孔の位置や向きも一 定ではありませんので、即断できません。なお、 このような貫通孔は、耳の表現にも適用されて います。土偶とともに新潟県の縄文時代中期に は土製の耳飾りが出現することと関係するのか もしれません。  吉野屋タイプは、新潟県内では中越に多く、 下越や上越にも存在します。隣接する長野県や 山形県のほか、秋田県などにもおよんでいます。  もうひとつの土偶「三角形土版」  三角形土版は、新潟県を代表するもうひとつ の土偶です。縄文時代中期中葉あるいは後葉の ユニークな土偶です。逆三角形のカタチをヒト の身体に見立てています。正面は左右対称に沈 線区画され、刺突で装飾されるほか、粘土塊が 貼り付けられています。とくに逆三角形の底辺 にそって乳房状の表現が多々あります。長岡市 山下遺跡、十日町市笹山遺跡や野首遺跡、津南 町道尻手遺跡には、オチンチン状の表現もあり ます。背面はよく磨かれているものが多いこと も特色です。三角形土版は平板ではなく、三つ の頂点が肥厚し、背面が反りかえっています。  土版  土版は新潟県を除けば縄文時代中期にはあり ません。村上市春木山遺跡、長岡市の馬高遺跡 と岩野原遺跡、津南町道尻手遺跡などで出土し ています。手の中に収まる長方体の板状土製品 です。なお、糸魚川市長者ヶ原遺跡には径2 cm の円盤体の土版があります。土偶出土点数 の多い遺跡で見つかっていますので、土偶との 関わりをうかがえます。  耳飾り  縄文時代中期の土製耳飾りは、新潟県外には ほとんど存在しません。耳朶に孔を穿って、は め込んだピアスです。赤彩されたものもありま す。直径 0.5 ~5㎝前後で、それ以上のものは 見られません。少なくとも 30 か所以上の遺跡 で出土しています。火焔型土器や王冠型土器の 多い中越の遺跡に集中する傾向があります。  ヒスイ大珠  ヒスイで作られた大形の垂玉です。この企画 展では長さ5㎝以上のものを大珠としていま す。縄文時代中期、ヒスイ原産地の糸魚川市や その周辺で製作され、全国各地にもたらされた と考えられています。糸魚川市長者ヶ原遺跡や 富山県境A遺跡などがヒスイ大珠の製作地と推 定されています。ヒスイ原産地を有しながら、 新潟県の縄文中期遺跡には、ヒスイ大珠はそれ ほど多くありません。  三角壔形土製品  三角柱体を構成する長方形の一面が平坦もし くは凹状になっていることから、その一面を底 面として、三角柱体を横倒しにみて「三角壔形 土製品」の名称で呼ばれています。東日本の遺 跡でひろく出土していますが、とくに新潟県と 富山県に多く、縄文時代中期中葉から後葉の遺 跡で発見されます。なお、新潟県には三角壔形

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石製品もあります。  縄文時代中期の環状集落の遺跡  発掘調査の理由や調査面積がさまざまで、厳 密な比較は難しいのですが、遺跡の内容を比較 してみましょう。  縄文時代中期、縄文モデルムラと呼ばれる環 状集落があります。竪穴住居跡や掘立柱建物跡 などが、中央に広場をもって環状に重なり合っ て見つかる遺跡です。新潟県では、とくに「火 焔土器の国」の本場、信濃川中流域から上流 域で環状集落が多く見つかっています。直径 100m前後が多いのですが、規模に差がありま す。そこで環状集落の直径で遺跡相互に比較す ると、最大で 200mに達し、最小で 40mの規 模にとどまっています。直径 100mをこえる規 模の大きな環状集落では、土偶や三角形土版の 出土点数が多く、また土製の耳飾り、ヒスイ大 珠、三角壔形土製品なども、規模の大きな環状 集落で出土し、点数も多い傾向があります。  土偶の多い地域と少ない地域  土偶の出土数は、遺跡それぞれで大きく異な ります。また、遺跡の所在する地域や時期によっ てもばらつきが大きく、土偶の意味を考えるヒ ントになりそうです。縄文時代中期の新潟県で も、遺跡ごとに出土点数に大きな格差がありま す。大部分の遺跡では、土偶の破片が数点ある かないかですが、その一方で数十点を数える遺 跡があります。  100 点をこえる土偶が出土している遺跡は、 津南町道尻手と三条市吉野屋遺跡だけです。半 数以下で長岡市馬高遺跡が続きます。もうひと つの土偶「三角形土版」の出土点数も、土偶と 同じく津南町道尻手遺跡で最も多く 200 点を こえています。続く長岡市馬高遺跡は、土偶と 同様に半数以下にとどまっています。土偶と三 角形土版の出土点数を合算してみると、30 点 以上出土している遺跡は 20 遺跡を数え、50 点未満 12 遺跡、100 点未満4遺跡、100 点以 上4遺跡となります。津南町道尻手遺跡を筆頭 に、長岡市馬高遺跡、三条市吉野屋遺跡がベス ト3です。なお、土偶出土点数が多い遺跡の半 数は、直径 100m 前後の環状集落です。  地域的にみると、下越や上越に対して、中越 の遺跡が圧倒的多数を占めます。結果、地域別

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にみた土偶出土点数も中越に集中しています。 ただし、同じ中越でも信濃川流域の出土点数は、 魚野川流域のそれを 10 倍あまり上回る極端な 違いがあります。また、下越の村上市高平遺跡 では、1000㎡ほどの調査面積にも関わらず 60 点もの土偶が出土しています。このような土偶 の出土点数の格差が何を意味しているのか興味 深い問題です。  カッパ形土偶と三角形土版のひろがり  新潟県の縄文時代中期、カッパ形土偶には、 微妙な地域性があります。吉野屋タイプは佐渡 島を含む新潟県全域で確認できますが、中越の 遺跡に多いようです。一方、米山以西では、吉 野屋タイプが少なく、長山タイプや棚畑タイプ の特徴を取り込んだものが多く、中越や下越と は一線を画しています。  また吉野屋タイプに含まれない可能性のある 土偶に、二本の独立した脚を取り付ける土偶が あります。上越および中越の信濃川上流域にあ たる十日町市や津南町の遺跡に多くあります。 脚の取り付けられる土偶の破片では、胴体下端 に脚を取り付けるソケットとなる凹状の割れ口 があり、脚の割れ口は凸状のプラグになってい るものがあります。  三角形土版は、吉野屋タイプのカッパ形土偶 と同様に。信濃川中流域から上流域にかけての 中越に多く、ほかの地域にはほとんどありませ ん。「火焔土器の国」を形成する中越の環状集 落からひろがっているようにみえます。  なお、下越の阿賀野川上流域にあたる阿賀町 の大坂上道遺跡やキンカ杉遺跡では、三角形岩 版が出土しています。三角形岩版は、福島県会 津や山形県米沢に類例があり、三角形土版より も古く縄文時代中期前葉にさかのぼるようで す。素材は違いますが、形態を同じくする三角 形岩版の存在は、三角形土版の由来を考えるう えで示唆的です。  遠方に伝わった新潟県の土偶  交通手段の発達していない縄文時代でも、遠 方のものが伝わっていることがあります。北陸 系の縄文土器や火炎土器は遠く秋田県の遺跡で 見つかっています。このような遺跡では本州中 部のカッパ形土偶も見つかっています。とくに 秋田県男鹿市大畑台遺跡には、腹部のカタチや

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文様が新潟県の土偶とそっくりな破片がありま す。また秋田市坂ノ上F遺跡などには、吉野屋 タイプの土偶があります。  土偶とは何か  そもそも、土偶とは、粘土によってヒト形に 造形した焼き物のことです。これまでに土偶の 用途として、呪具、神像、とくに女神像、玩具 などが挙げられています。最近では女神像と考 え、縄文時代のお祭りに関わるとみる研究者が 多いようです。しかし、残念ながら、土偶の用 途を見定める決定的な証拠はありません。  女神説では、豊かな乳房や膨らんだお腹、豊 かなお尻の表現を根拠として、女性とくに妊婦 をモデルに土偶を製作したと考えています。た だし、このような特徴はすべての土偶にみられ る表現ではありません。とくに縄文時代中期の 新潟県の土偶には、これらの表現は低調です。 別のモデルを想定すべきかもしれません。  遺物の用途を探るうえで、生活に必要で物理 的な効果を推定できる「第一の道具」と、物理 的な効果を理解できないけれども、それを生み 出した人びとの観念にもとづいて製作された 「第二の道具」とに分けられます。そうした場合、 土偶は典型的な「第二の道具」といえます。土 偶は、それを作った縄文時代の人びとの考え方 を反映したものなので、具体的に何をモデルに して作り、どのように用いたかを知ることはで きません。しかし、その一方で、縄文時代の人 びとの思い描いた目に見えない何者か、現代で いえばカミさまホトケさま、あるいは昔話や伝 説に登場する精霊、妖怪などをカタチにしたも のこそが土偶であり、さまざまな思いの込めら れたものと考えられます。  特徴的な土偶の地域性とその年代  土偶といえば、現在では縄文時代のヒト形土 製品のみを示します。しかし、出土品の歴史的 位置づけが定まっていなかった明治年間には、 縄文時代の土偶は貝塚土偶と呼ばれ、古墳に伴 う埴輪を指し示す埴輪土偶とともに議論された こともありました。貝塚土偶として関東地方の 山形土偶や木菟土偶、あるいは東北地方の遮光 器土偶が注目されました。これらの土偶は現代 長岡市栃倉遺跡第 1 号住居址における 出典:栃尾市教育員会編 1961『栃倉」吉川弘文館 出典:杉山壽榮男編 1928『日本原始工藝概説」 中部地方の土偶が注目されはじめた 工藝美術研究會 甲野勇による「日本石器時代土偶概説」の図版 昭和初期の土偶研究 土偶の特異な出土状況

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でも土偶の代表格です。次いで注意されたのが、 中部地方の土偶です。大正年間から昭和初期に、 縄文土器の編年が整備された結果、これらの土 偶は正しく年代的位置を与えられます。いまで は、中部地方の土偶の大部分は縄文中期に、関 東地方の山形土偶や木菟土偶は縄文後期に、東 北地方の遮光器土偶は縄文晩期にそれぞれ位置 づけられています。  縄文時代の土偶は、草創期後半(1 万 3,000 年前)に登場します。三重県粥見井尻遺跡や滋 賀県相谷熊原遺跡で発見されたものが、いまの ところ最古級です。次いで千葉県花輪台貝塚な どの早期前半(9,000 年前)のものがあります。 しかし、土偶は縄文時代草創期から連綿と作り 続けられてきたわけではありません。縄文時代 前期(7,000 年前)でも、各地でわずかに発見 される程度です。縄文中期(5,500 年前)にな ると、各地で様式性をもった土偶が出現します。 カッパ形土偶は、まさにこの縄文中期に登場し ます。  土偶のカタチ  土偶はヒト形の土製品ですが、ヒトの身体す べてを写しとっていません。五体すべてを表現 していない場合が多く、それが縄文時代の各時 期や地域ごとに特有の個性を土偶に与えていま す。とくに土偶の発生・出現期と評される縄文 時代前期以前の土偶では、五体すべてを表現す ることはなく、むしろヒトにみえる最小限の要 素で造形されているようにみえます。  縄文時代の人びとは、自在に身体の一部を省 略あるいは誇張して、土偶を造形しています。 そのために、土偶は奇怪に見える場合もあれば、 愛嬌を感じる場合もあり、総じて人間離れした 姿カタチを目指しているように見えます。この ような土偶の造形が、新潟県内の遺跡で発見さ れた縄文中期の土偶を、妖怪のカッパに似た土 偶として、「カッパ形土偶」の愛称で呼べる個 性を与えているわけです。私たちは、このよう な自由な粘土造形に、土偶に込めた縄文時代の 人びとの思いを体感できるでしょう。  土偶の壊れ方  縄文時代中期の新潟県の土偶を一望すると、 土偶がバラバラになって発見されている事実を 体感できるでしょう。 土偶の損傷個所 中期 後期 晩期 1 長岡市栃倉遺跡(栃尾市教育委員会 1961『栃倉』) 2 長野県増野新切遺跡出土(長野県教育委員会1973『長野県中央道埋蔵文化財包蔵地・下伊奈郡高森地内その2』) 3 青森市近野遺跡出土(青森県教育委員会1977『近野遺跡・三内丸山(Ⅱ)遺跡』) 4 市原市西広貝塚出土(市原市教育委員会1975『西広貝塚』および茨城県立木貝塚出土(松村侑氏採集品 朝日新聞社1975『縄文人展』) 5 八戸市是川遺跡出土(八戸市教育委員会1952『是川遺跡出土遺物報告書』) 6 橿原市橿原遺跡出土(奈良県教育委員会1951『橿原』) * 他の遺跡の山形土偶には、胴部が正中線で割られている例が少なくない。 ** いわゆる遮光器土偶では、他に頭の頂部、耳、手元、足先などの損傷例がある。 正中線 対称孤刻文 はがす 分割塊の表面 勝坂式期土偶 曽利式期土偶 分割塊製作法 曽利式期土偶 分割塊製作法 分割塊製作法 芯 棒 芯 棒 の 空 隙 津南町教育委員会 北林 C 遺跡 中道遺跡 長岡市教育委員会 ツベタ遺跡 阿賀野市教育委員会 縄文時代中期の土偶と粘土の分割塊による製作手法 縄文時代中期の土偶と粘土の分割塊による製作手法 出典:小野正文ほか 1986『釈迦堂Ⅰ』山梨県教育委員会 八尾町教育委員会 出典:神保孝造ほか 1985『富山県八尾町長山遺跡発掘調査報告書』 出典:小林達雄 1977「土偶」『日本陶磁全集3土偶 埴輪』中央公論社

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 ごくわずかに壊れていない土偶がありま すが、上越市長峰遺跡の小さな土偶などに 数えるほどです。破片と破片を接合しても、 土偶が元通りの姿カタチに戻ることは、ほ とんどありません。新潟県内では阿賀野市 ツベタ遺跡の土偶が、ほぼ元通りの姿カタ チに修復されていますが、右の乳房や背中 の一部を欠いたままです。また、おおよそ 姿カタチがわかるほどの残り加減で発見さ れても、欠けた部位が見つからないことも 特徴です。長岡のミス馬高は、欠けた乳房 や下半身が見つかっていません。  このように一部の欠けた土偶の中には、 意図的に特異な出土状況が知られていま す。長岡市栃倉遺跡第1号住居址では、穴 の中に埋けたように、あるいは石や盛り土 の上に安置したように、頭や腕、下半身の 欠けた土偶が3点も発見されています。糸 魚川市長者ケ原遺跡の顔や足先の欠けた土 偶(東京国立博物館所蔵)も、同様に石の 上にあったと伝えられています。  土偶の製作  土偶の多くは、バラバラになって発見さ れることから、「土偶は壊された」と考え る意見があります。土偶の損傷個所を検討 すると、頭部、腕部、脚部などの脆弱な部 分で壊れているだけではありません。体部 が上半身と下半身とに割れていたり、正中 線とみなされている胴体中央で壊れていた りします。しかし、土偶を故意に壊した証 拠はありません。多くの土偶が破片になっ ていて、完全な姿カタチに修復できない事 実があるだけです。  なお、土偶の損傷個所の偏りから「土偶 は壊れやすく作られた」とみる意見もあり ます。1000 点以上の土偶が出土した山梨 県釈迦堂遺跡では、「分割塊製作法」が提 唱されています。また富山県長山遺跡でも 同様の手法が確認されています。このよ うな粘土塊を組み合わせた製作法が板チョ コのデザインと共通し、土偶を壊れやすく 作ったともいわれています。 縄文時代中期以前の土偶の変遷 出典:原田昌幸「発生期・出現期の土偶総論」    『土偶研究の地平』P.P.217-269 勉誠社 テレノイド R1 は大阪大学と エルフォイドは ATR 石黒浩特別 大阪大学基礎工学研究科と どうすれば「人」を創れるか‐ロボット学‐ ATR 石黒浩特別研究室が開 発したジェミノイド F ATR 石黒浩特別研究室により 共同開発されたものです 研究室によって開発されました ヒ ト に 似 せ て 作 っ た ロ ボ ッ ト ︵ ア ン ド ロ イ ド ︶ ヒ ト に 見 え る 最 小 限 の 要 素 を も っ た ロ ボ ッ ト 携 帯 電 話 に な っ た ヒ ト 形 ロ ボ ッ ト ヒ ト に も 見 え る 最 小 限 の 要 素 ヒ ト に も 見 え る 要 素 の 増 加 何に見えますか?どのように見えますか?

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Ⅱ 列品資料 にいがたの土偶

二軒茶屋遺跡 土鈴  胎内市教育委員会 縄文時代前期 長岡市大武遺跡 土鈴   新潟県教育委員会 縄文時代前期 二軒茶屋遺跡 土偶      胎内市教育委員会 新潟県下最古の土偶 縄文時代前期  小千谷市三仏生遺跡 土偶 新潟県教育委員会 縄文時代後期 二軒茶屋遺跡 縄文土器  縄文時代前期       胎内市教育委員会 富山県南太閤山遺跡に類似した土偶があります。 また、東北地方との関係も推測されます。 遠く東海地方と共通する八王子型土偶です。

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樋渡遺跡 土偶      村上市教育委員会 前田遺跡 土偶         村上市教育委員会

前田遺跡 三角壔形石製品(石冠) 村上市教育委員会

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高平遺跡 縄文土器       村上市教育委員会

高平遺跡 土偶     村上市教育委員会 高平遺跡 三角壔形土製品 村上市教育委員会

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春木山遺跡 土偶      村上市教育委員会 春木山遺跡 土版 村上市教育委員会 春木山遺跡 三角壔形石製品 村上市教育委員会 春木山遺跡 ヒスイ大珠 村上市教育委員会

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大沢遺跡 縄文土器      新潟市教育委員会(新潟市文化財センター)

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大蔵遺跡 人面付き縄文土器       五泉市教育委員会 大蔵遺跡 土偶       五泉市教育委員会 大蔵遺跡 耳飾り  五泉市教育委員会 大蔵遺跡 五泉市教育委員会 はじめて河太郎(河童)形の愛称で報告された土偶

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ツベタ遺跡 土偶       阿賀野市教育委員会

ツベタ遺跡 三角形土版とそのほか土製品 阿賀野市教育委員会

ツベタ遺跡 耳飾り      阿賀野市教育委員会

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横峯 B 遺跡      土偶阿賀野市教育委員会

村杉遺跡 土偶       阿賀野市教育委員会

村杉遺跡 耳飾り 阿賀野市教育委員会

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阿賀野市萩野遺跡 土偶       新潟県教育委員会

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大坂上道遺跡 縄文土器       阿賀町教育委員会

大坂上道遺跡 土偶    阿賀町教育委員会 大坂上道遺跡 三角形岩版 阿賀町教育委員会

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屋敷島遺跡 土偶       阿賀町教育委員会

屋敷島遺跡 異形縄文土器   阿賀町教育委員会

屋敷島遺跡 三角壔形土製品  阿賀町教育委員会

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キンカ杉遺跡 土偶      阿賀町教育委員会

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キンカ杉遺跡 縄文土器      阿賀町教育委員会 キンカ杉遺跡 耳飾り        阿賀町教育委員会

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阿賀町北野遺跡 土偶       新潟県教育委員会

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長野遺跡 三角形土版      三条市教育委員会

長野遺跡 火焔型土器・王冠型土器      三条市教育委員会 長野遺跡 ヒスイ大珠 三条市教育委員会

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吉野屋遺跡 土偶 三条市教育委員会 吉野屋遺跡 土偶       三条市教育委員会 吉野屋遺跡 土偶      三条市教育委員会 Photo by T.Ogawa Photo by T.Ogawa Photo by T.Ogawa

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吉野屋遺跡 土偶       三条市教育委員会

吉野屋遺跡 土偶      三条市教育委員会

Photo by T.Ogawa

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吉野屋遺跡 三角形土版       三条市教育委員会

吉野屋遺跡 耳飾り      三条市教育委員会

Photo by T.Ogawa

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吉野屋遺跡 土偶・三角形土版       三条市教育委員会

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耳取遺跡 土偶      見附市教育委員会

耳取遺跡 三角形土版     見附市教育委員会 吉野屋遺跡 土偶         三条市教育委員会

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栃倉遺跡 三角形土版       長岡市教育委員会

栃倉遺跡 耳飾り         長岡市教育委員会

栃倉遺跡 縄文土器        長岡市教育委員会

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中道遺跡 三角形土版     長岡市教育委員会

中道遺跡 ヒスイ大珠     長岡市教育委員会

中道遺跡 縄文土器      長岡市教育委員会 中道遺跡 人面付き縄文土器

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山下遺跡 土偶      長岡市教育委員会 山下遺跡 三角形土版 長岡市教育委員会 山下遺跡 人面付き縄文土器    長岡市教育委員会 山下遺跡 土偶  当館 山下遺跡 土偶  当館 山下遺跡 三角形土版 当館 山下遺跡 耳飾り 当館 山下遺跡 三角壔形石製品 当館 山下遺跡 土笛    長岡市教育委員会

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外新田遺跡 土偶       長岡市教育委員会

外新田遺跡 三角形土版      長岡市教育委員会

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岩野原遺跡 三角形土版    長岡市教育委員会

岩野原遺跡 三角壔形土製品     長岡市教育委員会

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南原遺跡 土偶    長岡市教育委員会 新潟県内最小(残存長 2.3cm)の土偶。全国的にみても最小級。 南原遺跡 土偶 長岡市教育委員会 南原遺跡 三角形土版 長岡市教育委員会 南原遺跡 耳飾り      長岡市教育委員会

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国指定重要文化財  馬高遺跡 土偶(ミス馬高) 長岡市教育委員会 (長岡市馬高縄文館) 国指定重要文化財 馬高遺跡 土版 長岡市教育委員会 (長岡市馬高縄文館)

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魚沼市清水上遺跡 土偶       新潟県教育委員会 魚沼市清水上遺跡 三角形土版 新潟県教育委員会 魚沼市清水上遺跡 耳飾り   新潟県教育委員会 魚沼市清水上遺跡 三角壔形土製品 新潟県教育委員会 柿ノ木田の上遺跡 三角壔形土製品 魚沼市教育委員会 正安寺遺跡 三角壔形石製品 魚沼市教育委員会

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新潟県指定有形文化財 南魚沼市五丁歩遺跡 土偶  新潟県教育委員会 新潟県指定有形文化財 南魚沼市五丁歩遺跡 三角形土版       新潟県教育委員会 新潟県指定有形文化財 南魚沼市五丁歩遺跡 耳飾り 新潟県教育委員会 新潟県指定有形文化財 南魚沼市五丁歩遺跡 縄文土器         新潟県教育委員会

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北林 C 遺跡 土偶        津南町教育委員会 上野スサキ遺跡 土偶 津南町教育委員会 頭部と体部とを芯棒で接合した痕跡 中空に成形した体部の 粘土紐の接合痕跡 北林 C 遺跡 中空土偶      津南町教育委員会

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新潟県指定有形文化財 沖ノ原遺跡 土偶       津南町教育委員会 新潟県指定有形文化財 沖ノ原遺跡 三角形土版  津南町教育委員会 新潟県指定有形文化財 沖ノ原遺跡 石棒状土製品(土棒)       津南町教育委員会 新潟県指定有形文化財 沖ノ原遺跡 三角壔形石製品 津南町教育委員会

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道尻手遺跡 土版  津南町教育委員会 道尻手遺跡 三角壔形土製品     津南町教育委員会 道尻手遺跡 石棒状土製品(土棒) 津南町教育委員会 道尻手遺跡 三角壔形石製品 津南町教育委員会 道尻手遺跡 縄文土器        津南町教育委員会

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国宝 笹山遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 国宝 笹山遺跡 三角形土版 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 国宝 笹山遺跡 三角壔形土製品 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) Photo by T.Ogawa Photo by T.Ogawa Photo by T.Ogawa

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幅上遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館)

幅上遺跡 三角形土版 十日町市教育委員会

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大井久保遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) カウカ平遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館)

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下梨子遺跡 土偶 十日町市教育委員会(十日町市博物館) 横割遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 南雲遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 南雲遺跡 三角形土版 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 南雲遺跡 ヒスイほか大珠 十日町市教育委員会 (十日町市博物館)

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ぼんのう遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) ぼんのう遺跡 三角形土版 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) ぼんのう遺跡 三角壔形土製品

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小坂遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 小坂遺跡 三角形土版 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 小坂遺跡 三角壔形土製品

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野首遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 野首遺跡 三角形土版 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 野首遺跡 三角壔形土製品 野首遺跡 耳飾り 十日町市教育委員会 (十日町市博物館)

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十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 森上遺跡 火焔型土器 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 上ノ山開墾地遺跡 土偶 十日町市教育委員会 (十日町市博物館) 上ノ山開墾地遺跡 三角形土版 Photo by T.Ogawa

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剣野 B 遺跡 生焼け土偶 生焼けの大きな土偶。腹部の欠けた胴部下半のみ出土。 柏崎市教育委員会 十三仏塚遺跡 土偶   柏崎市教育委員会 岩野遺跡 土偶     柏崎市教育委員会 坪野遺跡 三角壔形石製品   柏崎市教育委員会

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長峰遺跡 土偶      上越市教育委員会 長峰遺跡 土偶      上越市教育委員会 長峰遺跡 土偶      上越市教育委員会 長峰遺跡 土偶      上越市教育委員会 長峰遺跡 土偶       上越市教育委員会 Photo by T.Ogawa Photo by T.Ogawa Photo by T.Ogawa

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長峰遺跡 人面付き縄文土器  上越市教育委員会

長峰遺跡 耳飾り      上越市教育委員会

長峰遺跡 ミニチュア土器   上越市教育委員会

長峰遺跡 ヒスイ加工品・原石 上越市教育委員会 長峰遺跡 人面付き縄文土器  上越市教育委員会

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和泉 A 遺跡 ヒスイ原石 上越市教育委員会 和泉 A 遺跡 土偶      上越市教育委員会 和泉 A 遺跡 人面付き縄文土器  上越市教育委員会 和泉 A 遺跡 縄文土器      上越市教育委員会 和泉 A 遺跡 コハク玉 上越市教育委員会 大久保遺跡 コハク玉 上越市教育委員会 Photo by T.Ogawa

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山屋敷Ⅰ遺跡 三角壔形土製品   上越市教育委員会

山屋敷Ⅰ遺跡 三角壔形石製品   上越市教育委員会

山屋敷Ⅰ遺跡 耳飾り  上越市教育委員会

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大貝遺跡 土偶       妙高市教育委員会

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十二平遺跡 土偶       糸魚川市教育委員会

井の上遺跡 人体文付縄文土器    糸魚川市教育委員会

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長者ヶ原遺跡 土偶      糸魚川市教育委員会 長者ヶ原遺跡 縄文土偶     糸魚川市教育委員会 長者ヶ原遺跡 土版   個人 長者ヶ原遺跡 ヒスイ大珠 個人 Photo by T.Ogawa 振ると音がする。

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長者ヶ平遺跡 土偶       佐渡市教育委員会

大下遺跡 土偶     佐渡市教育委員会

大工町遺跡 土偶      個人 長者ヶ平遺跡 縄文土器      佐渡市教育委員会

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長野県姥ヶ沢遺跡 土偶 中野市立博物館 秋田県坂ノ上 F 遺跡 土偶 秋田市教育委員会 秋田県黒倉Ⅰ遺跡 土偶 仙北市教育委員会 秋田県下堤 A 遺跡 土偶       秋田市教育委員会 秋田県大畑台遺跡 土偶 男鹿市教育委員会 秋田県烏野遺跡 土偶       能代市教育委員会

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Ⅲ 展示遺跡一覧 

付 新潟県の縄文時代中期土偶および関連資料出土遺跡 展示遺跡は No 付 市町村 遺跡名 指定 大別時期 細別中葉、後葉) 調査規模(前葉、 住居件数 集落形態 環状集落直径 (m) 土偶 三角形土版 三角形岩版 耳飾 ヒスイ大珠 三角壔形土製品 三角壔形石製品 石棒 備考そのほか 県内 1 胎内市 二軒茶屋 前期 前 1080 2 前期・土偶、土鈴 1 新潟県最古 県内 2 長岡市 大武 * 前期 前 3300 前期・土鈴 1 県内 3 小千谷市 三仏生 * 後期 中 7356 1 後期・八王子型土偶 県内 4 新潟市 大沢 中期 前〜後 100 2 30 4 西ノ前タイプ脚部含む 県内 新潟市 豊原 前・中期 前・中 11 3 2 1 県内 5 長岡市 馬高 国指定重要文化財 中期 前〜後 3500 30 環状集落環状集落 10070 63 116 58 琥珀垂玉 1 ミス馬高 中期土版 1 県内 6 長岡市 南原 中期 前〜後 3000 1 18 21 19 2 超小形土偶 県内 7 長岡市 岩野原 中期 前〜後 16000 82 環状集落 80 34 9 29 4 4 7 中期と後期の区別不明品を含むため数量増減の可能性あり 県内 8 長岡市 中道 中期 中・後 15600 52 環状集落 190 18 8 13 2 2 13 中期と後期の区別不明品を含むため数量増減の可能性あり 県内 9 長岡市 山下 中期 前 ・ 中 100 5 13 19 人面付土器片 2 岩偶 県内 10 長岡市 外新田 中期 前・中 450 3 6 15 4 ペンシル形石製品多数 県内 11 長岡市 栃倉 中期 前・中 600 12 33 14 16 1 周辺表面採集者の記載 県内 12 長岡市 仲崎 中期 前 1 1 ほぼ完形土偶 県内 長岡市 金沢 中期 前・中 1 県内 長岡市 鎌田山 中期 1 県内 長岡市 松葉 中期 ● 県内 長岡市 上樫出 中期 前〜後 ● ● 県内 長岡市 柿ノ木田 中期 前〜後 1 ● 1 県内 長岡市 熊袋虎谷 中期 中 ● 県内 長岡市 田中島 中期 前〜後 ● 県内 長岡市 入塩川 中期 前・中 ● 1 県内 長岡市 松葉 中期 ● 県内 長岡市 上稲葉 中期 前 500 ● 1 県内 長岡市 松葉 中期 前・中 3500 ● 県内 長岡市 多賀屋敷 中期 中・後 1408 1 2 1 県内 長岡市 来迎寺 中期 ● 県内 13 上越市 和泉A 中期 前 25600 44 環状集落 70 1 4 中空土偶1、琥珀玉 1 人面付土器 1 県内 14 上越市 大久保 中期 前 940 4 環状集落 60 琥珀玉 1 県内 15 上越市 山屋敷Ⅰ 中期 前〜後 15000 57 環状集落 90 30 3 3 3 4 県内 16 上越市 長峰 中期 前 3 34 4 中空土偶、人面土器 2 県内 上越市 茶新田 B 中期 1 県内 上越市 原山 中期 ● 県内 上越市 川原田 中期 ● 県内 上越市 黒保   中期 前 100 2 ● 人面付土器 県内 17 三条市 吉野屋 中期 前〜後 184 120 31 38 7 岩偶 1 岩版 1 鳥形突起1、中空土偶 県内 18 三条市 長野 中期 前・中 5000 32 52 11 2 1 9 県内 三条市 駒込 中期 前〜後 1 県内 三条市 大沢 中期 ● 県内 三条市 桑切 中期 前・中 1400 8 ● 県内 柏崎市 剣野 C 中期 1 県内 19 柏崎市 剣野B 中期 前・中 9590 34 環状集落 70 42 11 県内 20 柏崎市 岩野 中期 前・中 3 2 県内 21 柏崎市 十三仏塚 中期 前〜後 4 1 県内 22 柏崎市 坪之内 中期 中 7000 10 環状集落 70 1 県内 23 新発田市 石田 中期 前〜後 793 7 16 3 県内 新発田市 上車野E 中期 前・中 1913 27 環状集落 50 ● 県内 新発田市 貝塚 中期 前・中 ● 1 新潟県内で最初に学術雑誌に紹介された土偶 県内 新発田市 堤下 中期 ● 県内 24 十日町市 笹山 国宝 中期 前〜後 15460 112 15 59 23 2 7 2 7 県内 25 十日町市 ぼんのう 中期 前〜後 4500 4 3 5 2 1 県内 26 十日町市 小坂 中期 前〜後 11 20 9 1 2 県内 27 十日町市 幅上 中期 前〜後 5500 11 環状集落 70 20 36 10 県内 28 十日町市 下梨子 中期 後 1 県内 29 十日町市 横割 中期 前 1500 7 2 4 県内 30 十日町市 南雲 中期 前〜後 1 2 1 ヒスイ以外の大珠 1 県内 31 十日町市 大井久保 中期 前・中 2000 6 3 1 1 県内 32 十日町市 森上 中期 前・中 30 1 4 2 1 岩偶の記載あり、石棒の可能性あり。 県内 33 十日町市 カウカ平 A 中期 前・中 2 県内 十日町市 芋川原 中期 前〜後 2 1 3 県内 十日町市 仏子田 中期 前〜後 1 県内 十日町市 蟹沢 中期 前・中 1 県内 十日町市 桃山 中期 中 2 県内 十日町市 城倉 中期 前〜後 4 1 7 県内 十日町市 牧脇 中期 前・中 ● 県内 34 十日町市 野首 中期 前〜後 8000 18 34 84 17 1 ○ 県内 35 十日町市 上ノ山開墾地 中期 中・後 700 6 6 17 県内 小千谷市 上の山 中期 ● 県内 小千谷市 俣沢 中期 前・中 ● ● 県内 小千谷市 百塚東E 中期 前 748 4 1 県内 小千谷市 池津 中期 中 ● 県内 小千谷市 堂付 中期 前・中 9852 1 県内 小千谷市 城之腰 中期 後 65000 64 3 5 1 土棒 1、後期主、土偶は後期 県内 小千谷市 元中子 中期 935 1

(88)

遺跡所在市町村による資料所蔵ならびに個人による資料所蔵については記載していない。 * 新潟県教育委員会(財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団) ** 財団法人佐渡博物館寄託 *** 財団法人佐渡博物館 **** 財団法人北方文化博物館    新潟県最古の土偶および関連資料展示遺跡(縄文時代前期)    遠隔地の土偶展示遺跡(縄文時代後期)    新潟県の土偶および関連資料展示遺跡(縄文時代中期) 展示遺跡は No 付 市町村 遺跡名 指定 大別時期 細別中葉、後葉) 調査規模(前葉、 住居件数 集落形態 環状集落直径 (m) 土偶 三角形土版 三角形岩版 耳飾 ヒスイ大珠 三角壔形土製品 三角壔形石製品 石棒 備考そのほか 県内 見附市 黒坂 中・後期 前〜後 ● 1 人面付土器 県内 37 村上市 高平 中期 前・中 1040 2 60 14 4 石冠形土製品を三角壔形土製品と理解西ノ前タイプ脚部 県内 38 村上市 春木山 中期 中 14 1 1 1 土版 1 県内 39 村上市 前田 中期 前〜後 5400 59 環状集落 40 3 1 8 石冠を三角壔形石製品と理解 県内 40 村上市 樋渡 中期 前 12000 1 6 県内 村上市 稲葉下 中期 前・中 2300 5 1 1 県内 41 糸魚川市 長者ヶ原 中期 前〜後 3500 26 環状集落 130 38 2 2 1 6 人面突起 1 獣面突起 1 土版 1 県内 42 糸魚川市 井の上 中期 前〜後 1 1 人体文土器 1 県内 43 糸魚川市 十二平 中期 前〜後 750 23 10 3 1 3 県内 糸魚川市 六反田南 * 中期 前・中 25741 12 5 1 1 2 県内 糸魚川市 寺地 中期 前〜後 220 7 1 県内 44 妙高市 大貝 中期 前〜後 200 3 14 県内 妙高市 道添 中期 前 815 1 2 1 県内 妙高市 松が峰 中期 後 30 1 ● 県内 妙高市 兼俣 中期 ● 県内 45 妙高市 道灌 * 中期 前 2300 2 1 1 中空土偶 県内 46 五泉市 大蔵 中期 前〜後 250 2 7 3 2 人面付き土器 1 県内 五泉市 下戸倉 中期 中・後 ● 県内 47 佐渡市 長者ヶ平 中期 前〜後 870 5 13 5 鳥形突起 1 県内 48 佐渡市 大工町 ** 中期 1 県内 49 佐渡市 大下 中期 1 県内 50 佐渡市 三宮貝塚 *** 中期 中 人面付き土器片1 県内 51 阿賀野市 ツベタ 中期 前〜後 3436 45 環状集落 50 40 2 10 6 手を表現した文様のある土器 県内 52 阿賀野市 横峯B 中期 中 1745 15 2 県内 53 阿賀野市 村杉 **** 中期 11 109 2 4 1 県内 54 阿賀野市 萩野 * 中期 前 5800 1 県内 阿賀野市 大室 中期 ● 県内 阿賀野市 中道 中期 前・後 1370 ● 県内 阿賀野市 野中 中期 前〜後 ● 県内 魚沼市 長者林 中期 前〜後 1 県内 55 魚沼市 柿ノ木田の上 中期 1 県内 魚沼市 芋川 中期 中 ● 県内 魚沼市 布場上ノ原 中期 前〜後 2561 16 ● 整理中のため未詳 県内 56 魚沼市 清水上 * 中期 前〜後 17395 109 環状集落 100 19 21 9 1 県内 57 魚沼市 正安寺 中期 3200 30 1 3 県内 魚沼市 須原 中期 ● 県内 南魚沼市 上ノ台Ⅱ 中期 中 4 ● 1 県内 南魚沼市 飯綱山 中期 中・後 ● 県内 南魚沼市 舞台 中期 中 1 県内 南魚沼市 宮下原 中期 中・後 800 9 1 後期含む 県内 58 南魚沼市 五丁歩 * 新潟県指定文化財 中期 前〜後 18000 64 環状集落 60 1 1 2 県内 湯沢町 川久保 * 中期 前〜後 3000 2 2 10 整理中のため未詳 県内 南魚沼市 柳古新田 中期 中・後 1300 1 後期含む 県内 田上町 古屋敷 中期 前 591 ● 県内 59 阿賀町 屋敷島 中期 前・中 1200 10 5 1 注口状土器 1 県内 60 阿賀町 大坂上道 中期 前 4350 1 4 県内 61 阿賀町 北野 * 中期 前〜後 8900 72 環状集落 110 33 9 2 1 12 土製腕輪 後期含む 県内 62 阿賀町 キンカ杉 中期 前・中 2100 10 20 1 4 1 2 県内 63 阿賀町 狐窪 中期 中 1 後期主体 県内 64 津南町 沖ノ原 新潟県指定文化財 中期 前〜後 1290 53 環状集落 100 24 14 3 1 4 土棒 1 県内 65 津南町 道尻手 中期 前〜後 8430 47 環状集落 130 143 216 13 3 1 3 接合個体あり、後期含む 県内 66 津南町 上野スサキ 中期 1 県内 67 津南町 北林C 中期 前 630 3 粘土紐巻上げ大型中空土偶 県内 津南町 堂平 中期 中・後 8960 環状集落 整理中のため未詳 県内 津南町 屋敷田 中期 中 2 ● 1 県内 津南町 反里口 中期 前〜後 1028 2 7 3 県内 津南町 上野 中期 前 216 1 粘土紐巻上げ大型中空土偶 県内 津南町 堂尻 中期 前・中 355 3 ● 県内 津南町 南原 中期 前 45 1 県内 津南町 釜坂 中期 中・後 1 1 県外 68 富山県 境A 国指定重要文化財 中期 土偶5点、ヒスイ2点展示 県外 69 富山県 長山 中期 土偶9点展示 県外 70 長野県 姥ヶ沢 中期 土偶1点展示 県外 71 秋田県 烏野 中期 土偶3点展示 県外 72 秋田県 坂ノ上F 中期 土偶1点展示 県外 73 秋田県 下堤A 中期 土偶1点展示 県外 74 秋田県 大畑台 中期 土偶1点展示 県外 75 秋田県 黒倉Ⅰ 中期 土偶1点展示

参照

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