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特集
【特集】Kitasato100 × 50歓びとともに、輝ける歴史を次代へ
北里逍遥 新北里大学病院(相模原キャンパス) 未来のトビラ - 1ー最先端の研究現場からー 臨床の最前線を拠点に、 心血管病の再発予防をめざす 北里大学医療衛生学部・大学院医療系研究科 准教授 北里大学医学部 特任准教授 東條美奈子 未来のトビラ - 2ー最先端の研究現場からー シルクロードの国に、精神看護の種を蒔く 北里大学看護学部 教授 出口禎子 これ我が学問なり 人生も研究も、うまくいかない時の 努力こそが成長の糧になる 北里大学薬学部長 伊藤智夫 北里 DNAー北里の遺伝子を継ぐ者たちー 大切なことは、まず行動し、 その場でベストを尽くすこと ネクストスタンダード代表 マグロ船式 人材コンサルタント/研修講師 齊藤正明さん キタサトピックス 柴三郎のキセキ 血清療法確立の道を拓いた 破傷風菌の純粋培養装置 02 12 14 16 18 20 22 23C O N T E N T S
歓びとともに、輝ける歴史を次代へ
【特集】Kitasato100 × 50
2013年11月5日、北里研究所の創立記念日にあたるこの日、
北里研究所創立100周年・北里大学創立50周年の記念式典、記念講演会、記念祝賀会が、
多くの北里関係者および各界からの来賓の方々を集めて盛大に催された。
学祖・北里柴三郎が私費を投じて研究所を開設して以来、
わが国の生命科学の発展とともに歩んできた北里。
その輝かしい歴史を振り返りつつ、次代へのさらなる飛躍の決意を新たにした、
記念すべき一日の様子を皆様に紹介していく。
K
ita
sa
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10
0
×
50
念
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席
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と
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北
里
大
学
北
里
会
文
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団
と
交
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楽
団
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登
壇
。
北
里
大
学
創
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50周
年
を
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2
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・
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曲
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。
客
席
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に
は
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作
詞
者
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人
の
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氏
も
列
席
。
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本
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ル
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、
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本
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代
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る
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の
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ク
ト
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り
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奏
さ
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る
壮
大
な
調
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に
合
わ
せ
て
北
里
大
学
関
係
者
も
合
唱
。
ホ
ー
ル
は
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体
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に
包
ま
れ
た
。
演
奏
終
了
後
に
は
、
北
里
大
学
の
岡
安
勲
学
長
が
式
典
第
一
部
の
閉
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を
告
げ
た
。
短
い
休
憩
を
は
さ
ん
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始
ま
っ
た
式
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第
二
部
は
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音
楽
家
に
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ル
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き
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一
人
目
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目
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ソ
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手
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。
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っ
た
歌
声
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ー
ル
に
響
き
わ
た
っ
た
。
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い
て
国
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活
躍
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る
ト
ッ
プ
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イ
オ
リ
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ス
ト
、
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住
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理
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氏
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テ
ー
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を
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た
。
盛
大
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と
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も
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リ
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イ
タ
ル
は
終
演
。
来
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に
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韻
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残
し
つ
つ
、
記
念
式
典
は
そ
の
幕
を
下
ろ
し
た
。
04 05特集
特集
1
0
0
0
名
以
上
が
集
ま
っ
た
記
念
す
べ
き
日
穏
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か
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晴
れ
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ま
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た
2
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1
3
年
11月
5
日
、
東
京
都
千
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田
区
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る
東
京
国
際
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ム
・
ホ
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ル
A
に
お
い
て
、
北
里
研
究
所
創
立
1
0
0
周
年
・
北
里
大
学
創
立
50周
年
の
記
念
式
典
が
行
わ
れ
た
。
こ
の
セ
レ
モ
ニ
ー
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0
1
0
年
4
月
よ
り
オ
ー
ル
北
里
体
制
で
進
め
ら
れ
て
き
た
創
立
記
念
事
業
プ
ロジ
ェ
ク
ト
の
中
核
行
事
と
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も
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、
北
里
研
究
所
の
各
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ン
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ス
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職
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、
学
生
ら
約
90名
が
、
運
営
ス
タ
ッ
フ
と
し
て
数
ヶ
月
前
よ
り
準
備
に
取
り
組
み
、
こ
の
日
の
開
催
に
臨
ん
だ
。
当
日
、
ホ
ー
ル
前
の
ロ
ビ
ー
に
は
北
里
の
過
去
か
ら
現在
ま
で
を
パ
ネ
ル
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紹
介
す
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コ
ー
ナ
ー
や
、
北
里
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郎
と
恩
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の
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像
、
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種
資
料
・
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ッ
ズ
の
配
布
コ
ー
ナ
ー
も
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。
ホ
ー
ル
内
で
は
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念
な
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ー
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ル
が
繰
り
返
さ
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、
万
全
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態
勢
で
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ー
プ
ニ
ン
グ
の
瞬
間
を
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え
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。
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場
と
と
も
に
会
場
に
は
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業
生
や
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校
生
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職
員
を
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め
、
官
公
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・
関
連
大
学
・
企
業
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係
者
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多
く
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来
賓
が
続
々
と
来
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。
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知
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友
や
師
弟
同
士
が
再
会
を
喜
び
合
う
シ
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も
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ち
こ
ち
で
見
ら
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、
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典
の
祝
祭
ム
ー
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は
に
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か
に
高
ま
っ
た
。
ス
テ
ー
ジ
の
正
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と
左
右
に
設
置
さ
れ
た
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面
の
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型
ス
ク
リ
ー
ン
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は
、
開
会
前
よ
り
、
こ
の
日
の
た
め
に
制
作
さ
れ
た
記
念
映
像
「
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科
学
の
創
造
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ッ
セ
ー
ジ
ム
ー
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ー
を
上
映
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里
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み
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り
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る
と
と
も
に
、
北
里
大
学
卒
業
生
や
教
職
員
か
ら
の
メ
ッ
セ
ー
ジ
が
公
開
さ
れ
た
。
午
後
1
時
、
北
里
研
究
所
の
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井
清
孝
理
事
長
の
挨
拶
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式
典
は
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ー
ト
。
初
め
に
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里
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三
郎
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代
か
ら
深
い
関
係
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ば
れ
て
い
る
ド
イ
ツ
国
立
ロ
ー
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ル
ト
・
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ッ
ホ
研
究
所
所
長
の
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イ
ン
ハ
ル
ト
・
ブ
ル
ガ
ー
氏
、
慶
應
義
塾
長
の
清
家
篤
氏
、
東
京
大
学
医
科
学
研
究
所
所
長
の
清
野
宏
氏
の
3
名
の
来
賓
よ
り
祝
辞
を
い
た
だ
い
た
。
ま
た
、
来
場
が
予
定
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れ
て
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た
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晋
三
内
閣
総
理
大
臣
は
公
務
の
た
め
に
残
■出席者数:1,031 名 ■来賓氏名(登壇された方) ロー ベルト・コッホ 研 究 所 所 長 Reinhard Burger 氏/ローベルト・コッホ研究所所長夫人 Regine Burger 氏/慶應義塾長 清家 篤氏 /東京大学医科学研究所所長 清野 宏氏/ ドイツ大使代理:公使 Claus Auer 氏/慶應 義塾大学医学部長 末松 誠氏/北里研究所 評議員会議長 寺島 福秋氏/北里大学 PPA 会長 浅子 修氏/北里大学同窓会会長 長 屋 信博氏 北里研究所創立 100 周年・ 北里大学創立 50 周年記念式典 ドイツ国立ローベルト・コッホ研究所所長ラインハルト・ブルガー 氏「北里研究所とコッホ研究所は今日においても特別なパート ナーです。それぞれの研究所の創始者の発見や功績を見つめる ことは、自分たちの仕事の目標や刺激となるでしょう」 校歌の作曲・編曲者である千住明氏。2012 年の初演に引き続き、 今回も北里大学学生による演奏を指揮した 千住真理子氏は、「アメイジング・グレイス」ほか国内外の名曲を、 愛器ストラディバリウスで演奏し聴衆を魅了 ウィーン在住のソプラノ歌手、小林沙羅氏はシューベルトの「野 ばら」など 5 曲を美しい歌声で披露 慶應義塾長 清家 篤氏 「私たち慶應義塾大学の医学部には、福澤諭吉先生と北里柴 三郎先生の二人の理念が継承されています。今後も両校が連携 しながら、医学の発展に貢献できることを願っています」 東京大学医科学研究所所長 清野 宏氏 「北里研究所と北里大学、慶應義塾大学医学部、東京大学医 科学研究所は、北里柴三郎先生を創立者として仰ぐ『Greater Kitasato Family』として、協力していきたいと思います」K
ita
sa
to
10
0
×
50
K
ita
sa
to
10
0
×
50
節目を祝して
大いなる歴史の
晴れやかに、
06 07
特集
特集
次代を拓く者たちへメッセージを発信
科学未来フォーラム
〜世界の人々に役立つ薬を日本から〜
記念式典に引き続き、東京国際フォーラム・ホールAにおいて学校法人北里研究所主催・朝日新聞社共催による記念講演会
「科学未来フォーラム〜世界の人々に役立つ薬を日本から〜」が開催された。
前半は、北里大学特別栄誉教授で多くの有用抗生物質を発見した功績を持つ大村智氏と、
大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授でインターロイキン(IL-6)
の発見などで知られる岸本忠三氏による基調講演。
後半は、この2名によるトークセッションが行われ、来場者は真摯に語られる貴重なメッセージに熱心に耳を傾けた。
微 生 物 の 中 に は 、 感 染 症 を 引 き 起 こ す 厄 介 な も の も あ り ま す が 、 多 く は 河 川 の 浄 化 や 耕 地 の 肥 沃 化 に 役 立 っ た り 、 人 の 体 に ビ タ ミ ン や 養 分 を 供 給 し た り す る な ど の 良 い 働 き を し ま す 。 ま た 、 微 生 物 が 作 り だ す 制 限 酵 素 は 分 子 生 物 学 の 発 展 に 多 大 な 貢 献 を し て い ま す し 、 ペ ニ シ リ ン の よ う な 抗 生 物 質 は 多 く の 命 を 救 っ て き ま し た 。 現 代 の 多 く の 医 薬 は 微 生 物 が 作 る 化 合 物 を も と に 開 発 さ れ て い ま す 。 私 た ち の グ ル ー プ は こ れ ま で に 12属 、 53種 の 新 し い 微 生 物 を 見 つ け 、 そ こ か ら 4 7 1 種 類 の 化 合 物 を 分 離 し 、 構 造 決 定 し ま し た 。 こ の う ち 26の 化 合 物 が 医 薬 品 や 農 薬 、 研 究 用 化 合 物 と し て 世 界 中 で 使 わ れ て い ま す 。 そ の ひ と つ で あ る エ バ ー メ ク チ ン は 、 1 9 7 9 年 に ア メ リ カ の メ ル ク 社 と の 共 同 研 究 で 見 つ け た も の で 、 そ の 誘 導 体 の イ ベ ル メ ク チ ン は 当 時 は 珍 し い 動物 専 用 の 薬 と し て 世 に 出 ま し た 。 注 射 一 回 で 動 物 の 体 内 の 寄 生 虫 を ほ ぼ 1 0 0 % 駆 除 で き 、 フ ィ ラ リ ア 退 治 の 特 効 薬 と し て 、 ま た 、 牛 の ダ ニ の 駆 除 薬 と し て も 大 ヒ ッ ト し ま し た 。 さ ら に 、 こ の 薬 は 思 わ ぬ 力 を 持 っ て い ま し た 。 ブ ヨ に よ っ て 人 に 感 染 し て か ゆ み を 生 み 、 や が て 失 明 に 至 ら せ る オ ン コ セ ル カ 症 と い う 病 気 が ア フ リ カ や 中 南 米 に 蔓 延 し て い た の で す が 、 そ の 予 防 と 治 療 に 非 常 に 有 効 だ っ た の で す 。 ま た 、 蚊 に よ っ て 媒 介 さ れ る リ ン パ 系 フ ィ ラ リ ア 症 に も 抜 群 の 薬 効 を 示 し ま し た 。 2 0 1 2 年 に は オ ン コ セ ル カ 症 で 1 億 1 6 0 0 万 人 、 リ ン パ 系 フ ィ ラ リ ア 症 で 1 億 5 0 0 0 万 人 に こ の 薬 が 投 与 さ れ て お り 、 根 絶 に 向 け て 多 大 な 成 果 を 上 げ て い ま す 。 私 た ち は 薬 を 探 し 出 す だ け で な く 、 ゲ ノ ム 解 析 な ど の 基 礎 研 究 に も 力 を 入 れ て い ま す 。 過 去 20 年 間 で 私 た ち が 見 つ け た 化 合 物 か ら 6 つ を 選 ん で 調 べ て み る と 、 こ れ ら を 使 っ て 研 究 し た 学 術 論 文 が 年 間 平 均 1 2 4 9 報 も発 表 さ れ て い ま す 。 こ の 数 字 は 微 生 物 の 作 る 薬 が い か に サ イ エ ン ス に 貢 献 し て い る か を 物 語 る も の と 言 え る で し ょ う 。 抗 体 を 用 い た 治 療 は 、 多 く の 免 疫 難 病 の 患 者 を 救 う と と も に 、 さ ま ざ ま な が ん に 対 し て も 行 わ れ て い ま す 。 こ う し た 医 療 の 起 源 は 1 2 0 年 前 の 北 里 柴 三 郎 ら に よ る 抗 体 の 発 見 に あ り 、 そ の 後 、 そ の 構 造 の 解 明 な ど を 経 て 抗 体 薬 が 実 用 化 し ま し た 。 21世 紀 の 薬 の 半 分 以 上 は 抗 体 薬 に な る と も 言 わ れ て い ま す 。 私 が 免 疫 学 の 研 究 を 始 め た 頃 は 、 な ぜ 抗 体 は で き る の か を 解 明 す る こ と が 中 心 課 題 で し た 。 私 た ち は 、 免 疫 の 働 き を つ か さ ど る 細 胞 は リ ン パ 球 で あ り 、 T リ ン パ 球 が B リ ン パ 球 に 指 令 を 出 し て 抗 体 が 作 ら れ る こ と を 突 き 止 め ま し た 。 そ の 指 令 す る 分 子 が 「 イ ン タ ー ロ イ キ ン 6 ( I L |6 )」 で す 。 こ の I L |6 を 調 べ る と 、 肝 臓 の 細 胞 に 働 い て 急 性 期 タ ン パ ク を 作 っ た り 、 体 の 健 康 に 欠 か せ な い ア ル ブ ミ ン の 生 成 を 止 め た り す る な ど 、 さ ま ざ ま な 細 胞 に 多 様 な 機 能 を 発 揮 す る こ と が 分 か り ま し た 。 関 節 リ ウ マ チ 患 者 の 関 節 炎 で は 大 量 の I L |6 の 産 生 が 見 ら れ 、 骨 が 吸 収 さ れ る ほ か 、 い ろ い ろ な 自 己 免 疫 性 疾 患 に 深 く 関 係 し て い た の で す 。 そ こ で 私た ち は 、 I L |6 を ブ ロ ッ ク す れ ば 治 療 に つ な が る と 考 え 、 そ の 受 容 体 に 対 す る 抗 体 を 作 り ま し た 。 こ れ を 大 手 製 薬 会 社 が 実 用 化 し た 薬 は l 0 0 カ 国 以 上 で 承 認 さ れ 、 売 り 上 げ は 年 間 1 0 0 0 億 円 に も 上 り ま し た 。 現 在 、 関 節 リ ウ マ チ を は じ め 、 若 年 性 特 発 性 関 節 炎 、 キ ャ ッ ス ル マ ン 病 な ど 多 く の 疾 患 治 療 に 使 わ れ て い ま す 。 ま た 、「 な ぜ I L |6 を ブ ロ ッ ク す る と 病 気 が 治 る の か 」 な ど メ カ ニ ズ ム の 解 明 は 課 題 で し た が 、 こ れ に 関 し て も 、 こ こ 5 ~ 10年 の 研 究 で 明 ら か に な り つ つ あ り ま す 。 「 ノ ー ベ ル 賞 級 の 仕 事 を し て も 教 科 書 に 一 行 残 る だ け だ が 、 人 を 育 て れ ば 自 分 の 考 え は 拡 大 再 生 産 さ れ る 。 だ か ら 人 を 育 て る の だ 」 と は 私 の 恩 師 の 言 葉 で す 。 こ の 研 究 を 通 し て 、 薬 と と も に 、 優 れ た 研 究 者 が 育 っ て く れ た こ と は 私 の 喜 び で す 。微生物の力を人類の福祉と健康のために
免疫難病治療への新しい時代の到来
おおむら・さとし/山梨大学学芸学部卒業。東京理科大学大学院理学研究科修士課程 修了。1965年北里研究所入所。熱帯病のオンコセルカ症およびリンパ系フィラリア症の特 効薬イベルメクチンをはじめ数々の抗生物質・生物活性物質の発見で世界的に知られる。 遺伝子操作による新規化合物の創製など、世界に先駆ける研究にも精力的に取り組み、 この分野の発展に貢献。ヘキスト・ルセル賞、日本学士院賞など受賞多数。2012年文化 功労者。日本学士院会員。北里大学特別栄誉教授
大村 智
氏
きしもと・ただみつ/大阪大学大学院医学研究科博士課程修了。日米を拠点に一貫して 免疫学の研究に取り組み、インターロイキン6(IL-6)を発見。研究を発展させた成果を、 世界 100カ国以上で使われる抗体医薬(トシリズマブ)の開発につなげる。大阪大学総 長ほか、総合科学技術会議議員、千里ライフサイエンス振興財団理事長などの要職を歴 任。朝日賞、恩賜賞・日本学士院賞をはじめ国内外で数多くの栄誉を受ける。1998年文 化勲章受章。日本学士院会員。大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授
岸本 忠三
氏
トークセッション
「若手研究者へのメッセージ」
―― 大 村 先 生 は 微 生 物 、 岸 本 先 生 は 抗 体 と 、 い ず れ も 北 里 柴 三 郎 が 切 り 拓 い た 分 野 を 大 き く 発 展 さ せ た 研 究 者 で す 。 お 二 人 が そ れ ぞ れ の 道 に 進 ん だ き っ か け は ? 大 村 最 初 は 北 里 研 究 所 で物 質 の 構 造 解 析 を し て い た の で す が 、 他 人 が 見 つ け て き た も の を 研 究 す る よ り 、 ま ず 、 自 分 で 新 し い も の を 発 見 し た い と 思 っ た こ と が 転 機 で し た 。 周 囲 は 微 生 物 学 や 医 学 の 関 係 者 が 多 か っ た の で 、 化 学 を や っ て き た 自 分 の 力 を 活 か す 余 地 が あ る と 感 じ た の で す 。 岸 本 私 は 学 生 時 代 に 内 科 の 講 義 を 受 けた 山 村 先 生 の 影 響 が 大 で す 。 ま た 、 当 時 の 医 学 界 で は 内 分 泌 学 が 脚 光 を 浴 び て い ま し た が 、 み ん な と 同 じ こ と を や っ て も 大 変 だ と い う 思 い も あ り 、 そ の 後 、 免 疫 学 の 権 威 で あ る 石 坂 公 成 先 生 の も と で 研 究 を す る こと に し た の で す 。 ―― 研 究 者 に と っ て 、 師 と の 出 会 い は 重 要 で す か ? 大 村 は い 。 道 元の 言 葉 に 「 正 師 を 得 ざ れ ば 学 ば ざ る に し か ず 」 と い う 言 葉 も あ り ま す 。 私 が 思 う 良 い 先 生 と は 、研 究 業 績 は も ち ろ ん 、 人 柄 が 優 れ て い て 、 誠 実 さ と 熱 意 、 思 い や り が あ る こ と 。 私 の 恩 師 の マ ッ ク ス ・ テ ィ シ ュ ラ ー 教 授 は す べ て を 備 え た 人 で し た 。 岸 本 自 分 に 合 う 先 生 は 、 大 学 で は 講 義 を 通 じ て 知 る こ と が で き ま す 。 私 も 自 分 が 教 授 に な っ て か ら は 講 義 を 大 切 に し ま し た し 、 そ こ で 熱 心 に 話 し を 聞 く 学 生 は 、 う れ し い こ と に 私 の 教 室 に 入 っ て き ま し た ね 。 ―― 北 里 柴 三 郎 は 実 学 の 重 要 性 を 説 い て い ま す が 、 お 二 人 も そ れ を 意 識 し ま す か ? 大 村 私 は 子 ど も の 頃 、 祖 母 に 繰 り 返 し 「 人 の た め に な る こ と を し な さ い 」 と 言 わ れ て 育 ち ま し た 。 だ か ら 、 人 の 役 に 立 つ 成 果 を 上 げ た い と 常 に 考 え て い ま す 。 そ れ を 目 指 し て 独 自 の 研 究 を す れ ば 、 失 敗 し て も 、 必 ず 宝 に な り ま す し 。 岸 本 自 分 は 逆 に 、 役 に 立 つ か ど う か よ り 、「 ど う し て 抗 体 が で き る の か 」 と い っ た 基 本 的 な こ と に 関 心 を 持 ち ま し た 。 意 識 せ ず と も 正 し い こ と を や っ て い れ ば 、 い つ か 役 に 立 つ の で は と 思 い ま す ね 。 ―― 大 村 先 生 は 国 際 的 産 学 連 携 の 先 駆 け で も あ り ま す が 、 大 学 に と っ て 産 学 連 携 で 重 要 な こ と は ? 大 村 大 学 は や は り 基 礎 研 究 が 大 切 。 私は応 用 研 究 ば か り や っ て い る よ う に 思 わ れ る かも し れ ま せ ん が 、 実 は 半 分 は 基 礎 研 究 で す 。 基 礎 と 応 用 の 人 が デ ィ ス カ ッ シ ョ ン す る こ と で 互 い に プ ラ ス に な る と 思 い ま す 。 岸 本 大 学 は 無 駄 と 思 わ れ る 取 り 組み の 中 か ら 、 思 い がけ な い 成 果 を 生 み だす 場 所 で も あ り ま す 。 目 先 の 成 果 に と ら わ れ て 同 じ よ う な 研 究 を し て も 、 い い も の は 出 て こ な い で し ょ う 。 ―― 最 後 に 、 今 後 へ の 期 待 も 込 め て 若 者 へ の メ ッ セ ー ジ を 。 大 村 若 手 に 期 待 で き る こ と が あ っ た ら 、 私 がや っ て い ま す が ( 笑 )。 そ れ は さ て お き 、 ひ と つ 言 え る の は 、 自 然 はさ ま ざ ま な 可 能 性 を 秘 め て い る と いう こ と 。 自 然 を よ く 見 つ め る こ と が 大 切 で す 。 岸 本 世 の 中 に 治 ら な い 病 気 は た く さ ん あ り 、 や る べ き 研 究 も ま だ ま だ あ り ま す 。 ど う ア プ ロ ー チ す る か は そ れ ぞ れ の 発 想 次 第 だ と 思 い ま す 。 登壇者:大村 智氏、岸本忠三氏 コーディネーター:朝日新聞社科学医療部編集委員 田村建二氏K
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08 09
特集
特集
帝
国
ホ
テ
ル
に
て
記
念
祝
賀
会
を
挙
行
記
念
式
典
の
行
わ
れ
た
日
の
夕
刻
か
ら
は
、
帝
国
ホ
テ
ル
東
京
の
孔
雀
の
間
に
お
い
て
大
規
模
な
記
念
祝
賀
会
が
催
さ
れ
た
。
会
場
前
に
は
届
け
ら
れ
た
祝
い
の
花
が
列
を
成
し
て
飾
ら
れ
、
来
賓
と
北
里
関
係
者
を
合
わ
せ
て
8
0
0
名
以
上
を
数
え
た
出
席
者
を
華
や
か
に
迎
え
た
。
午
後
6
時
過
ぎ
、
和
や
か
な
ム
ー
ド
の
中
、
藤
井
清
孝
理
事
長
の
挨
拶
で
会
は
ス
ター
ト
し
た
。
会
場
中
央
の
ス
テ
ー
ジ
に
、
ま
ず
登
壇
し
た
の
は
、
北
里
と
深
い
関
係
に
あ
る
3
名
の
来
賓
。
ド
イ
ツ
国
立
ロ
ー
ベ
ル
ト
・
コ
ッ
ホ
研
究
所
所
長
の
ラ
イ
ン
ハ
ル
ト
・
ブ
ル
ガ
ー
氏
、
日
本
医
師
会
会
長
の
横
倉
義
武
氏
、
慶
應
義
塾
大
学
医
学
部
長
の
末
松
誠
氏
か
ら
、
温
か
な
祝
い
の
ス
ピ
ー
チ
が
贈
ら
れ
た
。
続
い
て
行
わ
れ
た
の
は
、
学
校
法
人
北
里
研
究
所
/
北
里
大
学
と
ド
イ
ツ
国
立
ロ
ー
ベ
ル
ト
・
コ
ッ
ホ
研
究
所
の
学
術
交
流
協
定
更
新
の
調
印
式
。
両
機
関
は
1
9
8
8
年
に
交
流
を開
始
し
、
2
0
0
8
年
に
学
術
交
流
協
定
を
締
結
、
5
年
後
の
今
回
、
更
新
す
る
運
び
と
な
っ
た
。
コ
ッ
ホ
研
究
所
所
長
の
ラ
イ
ン
ハ
ル
ト
・
ブ
ル
ガ
ー
氏
と
藤
井
清
孝
理
事
長
、
岡
安
勲
学
長
が
署
名
を
終
え
て
学
術
交
流
協定
調
印
書
を
高
く
掲
げ
る
と
、
出
席
者
か
ら
は
大
き
な
拍
手
が
沸
き
起
こ
っ
た
。
北
里
ら
し
い
演
出
で
、
温
か
く
お
も
て
な
し
そ
の
後
、
北
里
大
学
特
別
栄
誉
教
授
で
北
里
柴
三
郎
記
念
会
会
長
の
大村
智
氏
の
発
声
に
よ
り
、
全
員
で
高
ら
か
に
乾
杯
。
会
場
は
賑
や
か
な
交
歓
の
空
気
に
包
ま
れ
た
。
こ
の
乾
杯
の
グ
ラ
ス
に
注
が
れ
た
ビ
ー
ル
は
、
岩
手
県
の
三
陸
キ
ャ
ン
パ
ス
にあ
る
北
里
大
学
感
染
制
御
研
究
機
構
釜
石
研
究
所
の
ス
タ
ッ
フ
が
、
国
の
天
然
記
念
物
の
石
割
桜
(
盛
岡
市
)
か
ら
採
取
し
た
酵
母
を
使
っ
て
醸
造
さ
れ
た
「
福
ふくこう香
ビ
ー
ル
」。
そ
こ
に
は
東
北
復
興
へ
の
願
い
が
込
め
ら
れ
て
い
る
。
ま
た
、会
場
で
は
北
海
道
八
雲
町
に
あ
る北
里
大
学
獣
医
学
部
附
属
フ
ィ
ー
ル
ド
サ
イ
エ
ン
ス
セ
ン
タ
ー
八
雲
牧
場
で
、
牧
草
の
み
で
育
て
ら
れ
た
安
全
・
安
心
な
牛
「北里
八
雲
牛
」
を
使
っ
た
肉
料
理
も
振
る
舞
わ
れ
た
。”
北
里
に
し
か
作
れ
な
い“
こ
れ
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本
物
の
味
わ
い
は
、
参
加
者
か
ら
大
好
評
を
博
し
た
。
あ
ち
こ
ち
に
歓
談
の
輪
が
広
が
っ
た
会
場
で
は
、
大
型
ス
ク
リ
ー
ン
に
北
里
の
歩
み
を
ま
と
め
た
V
T
R
が
映
し
出
さ
れ
、
懐
か
し
い
シ
ー
ン
や
変
貌
す
る
キ
ャ
ン
パ
ス
の
姿
に
多
く
の
人
が
見
入
っ
た
。
宴
も
終
盤
に
差
し
掛
か
っ
た
頃
、
会
場
を
盛
り
上
げ
た
の
は
北
里
大
学
の
現
役
学
生
に
よ
る
エ
ン
タ
ー
テ
イ
メ
ン
ト
プ
ロ
グ
ラ
ム
だ
。
最
初
に
登
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し
た
の
は
、
北
里
会
文
化
会
所
属
の
団
体
「
ハ
ン
ド
ベ
ル
ク
ワ
イ
ヤ
」
の
男
女
14名
。
ハ
ン
ド
ベ
ル
の
美
し
い
音
色
で
、
息
の
合
っ
た
演奏
を
聴
か
せ
て
く
れ
た
。
続
い
て
北
里
会
体
育
会
チ
ア
リ
ー
デ
ィ
ン
グ
部
「
A
M
U
S
E
」
の
メ
ン
バ
ー
が
元
気
な
掛
け
声
と
と
も
に
現
れ
、
ス
テ
ー
ジ
上
で
は
つ
ら
つ
と
躍
動
。
会
場
は
大
い
に
盛
り
上
が
っ
た
。
こ
の
学
生
た
ち
の
パ
フ
ォ
ー
マ
ン
ス
で
、
セ
レ
モ
ニ
ー
の
プ
ロ
グ
ラ
ム
は
す
べ
て
終
了
。
最
後
に
来
場
者
全
員
が
集
ま
っ
て
記
念
撮
影
を
行
い
、
北
里
の
歴
史
の
1
ペ
ー
ジ
を
飾
る
晴
れ
や
か
な
日
を
、
た
く
さ
ん
の
あ
ふ
れ
る
笑
顔
で
締
め
く
く
っ
た
。
祝福に包まれた、
盛
大
な
る
セ
レ
ブ
レ
ー
シ
ョ
ン
上/ドイツ国立ローベルト・コッホ研究所所長 ラインハルト・ブルガー氏(中央) 「コッホ博士も宿泊した由緒あるホテルで、多くの友人に再会 でき嬉しい限りです。私たちも『Large Extended Kitasato Family』の一員として、記念すべき日をお祝いしたいと思います」 左/日本医師会会長 横倉 義武氏 「医学、薬学、看護学、医療衛生学、獣医学、海洋生命科 学、理学といったさまざまな医療分野における教育と医学研 究を担う学校法人北里研究所は、今後の日本の医療を担い、 築いていく大きな力になると確信しています」 右/慶應義塾大学医学部長 末松 誠氏 「北里研究所・北里大学、東京大学医科学研究所、慶應義 塾大学医学部が、それぞれの特長を最大限に生かしつつ、 さまざまな課題に立ち向かう強力なチームとして一致団結して いけるよう願っています」K
ita
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to
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