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学級担任としての生徒の理解 と指 導について

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Academic year: 2021

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(1)

学級担任としての生徒の理解 と 指 導について

と く に カ ウ ン セ リ ン ゲ 的 接 触 を 中 心 と し て

村上市立村上中学 校 教 諭 佐 藤 , 忠

その場合 , 教舗の態度,姿勢が生徒に与える影響の大ききから , 学 級経営者 , 指導者,心哩的 , 人栴拘な高 l i r 者と し ての自覚の上1t;Y.

った生徒のffl! M が. 学級担任者の資質と し て必要な

ζ

ととなって{

る 。

教師が.具体的世絵触(言語によそ ) を と おし て,生徒を 理解す る 場合,目見の三つの形式 が 考えられる

q

註 ( 1 )

(1)

診断的理解

IZJ  同情的 R~解 (:~)

共感的 理解 わ れわれが,とくに教育の場で多〈 とりやすい傾向は.診断的理 解の方法である。診断的J!i[解とは ,われわれ自身 { 教師) の準倶枠

は じ め に

f( R<<

らし た理解であって

.

それ は , その人について の理解であり

, その~'l!察される人の理解ではない。生徒を客践的に,科学的に理解

現 : ( E , どの学技にもどの学級にも , 教舗が 指導に困る生徒 .ー非 し よ うとするとき , 教舗の側には評価的 , 診断的な態度がひ モ ん で 行 , 不良化 . 神 経症等の不適応の問題をもっ生徒ーが激増 し. モ れ いる。

を学校教育の立場でう げ とめて 解決 し なげればならない事情にせま また , われわれ自身(教師)の自我が , 生徒の 1 3 ' & にまき

ζ

ま れ られて いる 。一方,生徒の現実生活昭二おげる問題を解決して一人ー た状態 { 自我関与)になったならば , 悶情的理解となって , わ れ わ 人のもつ資質をじゅうぶん仰はしながら,生徒自身のパーソナリ テ れと生徒の役割立場を画するととができかねるととになる。局情的 ィの成長や , 好ましい適応をはかるととを目的とする人│ 問教育が,理解が,反対方向にむかうならば . それは反感や憎悪.また嫌悪と より深い 次)[;におげる教育の実践でありたいものである。 いうような関係になるであろう 。 同情的 1 1J!W1は,しま い には身うど

よ学,児童相談所 . 教育研究所などで「 教育相談jが行なわれて 含のできない 状態になる危険性をもっ。

いるが.最近名学校にその組織が作られ.相談室がおかれて ,学校

C • R.

ロジャースは . カウ

Y

セリ ング関係において, "ヲイエ におげるカウン セリ ングへの関心

t

活動が高まってきて いる理由は. ン ト

0)

中に建設的な人的変容が起るための六つの条件のひとつとし との

2

点にあると考えたい。 し かし,学校におげるカウ

Yセリ:ノグ

τ ,共感的理解をあげている。共感的理解 , あるいは感情移入の状

2

活動が組織的に実施きれたとしても , 学級担任の責任と連帯は経誠 態は,相手の内部的単拠枠に し たがってffl!解するということである.

されるとは考えられないのであって,カウ

yセ

リ ングについての認 すなわち,拍手の私的世界を,あたかも自己自身であるかのように 識や考え方を , 生徒指導の有力な方法としてもっているととが必要 感ずることであるが,その中にまきとまれていない状態である。相 と考える。指導という

ζ

とのー商が , 生徒の危織的な状態において 手の気持がわかり , 柄手の身になって感情の動きをer.解する

ζ

とで たし かな判断や選択,きらに好ましい i a 応をするよう援助するとと ある。それは鏡のように,ありのままの相手の感情をうつし出す と であるならば,生徒の悩みや不適応状態のは慢と,それの解決のた いう. ととでな<,あ〈までも暖かい心をもって理解する と とであり めの具体的な援助の方法がとられなげればならない。とのような鋭 碕栃的な肯定的関心をいだくととである。

点から.現任校におげる生徒の 1 出みと相談経験の実態を謁査したが 力ウ

Y

セ リ

Y

グにお付るとのような l f t 本的な人間理解の考え 方は その結果の一部として,情緒的 , 性格的な悩みが高率をしめた

ζ

t ̲ , 人間悶志がコミュニケイ ト すると

ζ

ろでは . ど

ζ

にでも適用される 相談相手と し ての教舗の地位が意外に低い

ζ

となどがあげられる。

ζ

のととから.生徒め悩み(不透応〕の解決のための上き相談相手 よき援助者と し ての教師の姿勢について,あらためて考えてみる必 要があり,教師と生徒との人制街係の!!i立が望まれるようである。

以上の

ζ

とから,学級担任として生徒をどのようには撮,環解し どのように指導していったらよいかを.カワ ン セ リ

Y

グに学びなが ら考察したい。

I  カウ ン セ リンゲに 学 ぶ 生 徒 の 理解 の 重 要 性

教育の場としての学校の特性は , 学習活動 , 友人関係,教鮒対生 徒の関係であるといえる。したがって .生徒個人のととを知って,

教育にあたろうとするのは , 教師としての記磁の出発点であろう し

と考えるならば,教育の場において も 大き〈取りあげられてよい。

E  カウ ン セ リング に 学 ぶ 学 級 て の 生 徒 の 指 導

1  !学級担任 による力ウンセ リング

学校は,教育の広い目的と , 個有の生徒の必裂に応ずるため,多 くの専門的な役割を果たしてしもが . その i 星合に専門的な立場からく る狐立的な立場で仕事をやって いくならば,学校J)l!営はもちろんの

ζ

と, 教育全般の推進をさまたげるととになる。同じ Eとは.学校 にお付るカウンセ リ ング活動

K

もいいうる

ζ

とであって , 全教怖が とれ花関与しなげればならないととは当然のととであろうの

ととるで,われわれが . 生徒を m 羽していく場合陀.とりやすい 態度として,表雨的徴候にとらわれる対

1

正磯法的にた 0 やすい,続

‑3 2‑

(2)

威約方法や,教授的方法をとりやすい.といった傾向が見られる。

とのような教師的な役割と,カウンセラー的な役割との矛盾が問題 になってくるが,

t

の点に関して. C. R. ロジャースは f カウン セラーは自己一致の状態になればなるほど , い〈つかの役割を伺時 に果す

ζ

とができるようになるのだと思う

j

とのべている

ζ

とは,

件3

との矛盾に対して深い示唆を与えるものであろう。また,伊東

│専

いし 教科飽任というととにからむ権威的な立場や,評価的な態度か ら,生徒につねに観察されているという感じをもたせ,許容的,受 容的な理解の態度をとるととがむずかしい。 i i ) 生徒の友人関係 からくる来談の生徒に対するせん望やしっと,あるいはつげ口され ているという不安がもたれがちである。 i i j )自分の学級であると いう気やすさ,よい学級を作ろうとする設意から.情緒的,主鋭的 は. i この矛盾は ,それ低ど箇定的なものとして考える必要はない。 になり , 説教がとびでたりする。 I V ) カウンセリングによって,評 学級担任教師は , もっとカウンセラー的になる

ζ

とによって,その 価されるのではないかとの不安がもたれがちである。

V)

学級担任 教育的成果を高める

ζ

とができるものである

j

とのべている。われ は,学級事鋳のほか,教科.その他の仕事のため,時間的なゆとり

4

われは,両者にある矛盾を承認しながらも,調和あるかげ橋をかり がない。 V I ) カウ

Y

セラーとしての人格 , 技術の函におげる臨難

なげればならないと思う。 があ冶.

現任校におげる相談経験の結果からみると,教師の相談相手とし 以上を要約するならば,生徒の側からの問題 , 教 師の人格や技術 ての地位は低く,実際易面で教舗を相談相手に選んでいる生徒は多 についての問題,時間的・学力的な問題となろう。会上史郎は ,

ζ

いとはいえないが,気持の上では相談したいと望んでいる

E

とが予 れら担任教師の限界を,治療的関係におげる限界,専門的あるいは

恕される。 技術的限界.時間的あるいは体力的限界としている。学級担任には

ζ

で学級担任によるカウ

Y

セリングを進める場合の具体的な直 学級経営 , 教科指導と川本来の脱があって,生徒の倒的見れ

を考えてみると . ば,管理者であり,とわい存在である。信頼はしているが相談しに

(1) 

偶発的な場面ばかりでなく . 1 1 1 導計画の中にカウンセリング の槍会を作る。

(2;

悩みの調査,日記指導などで.生徒飼人に自分の問題を意識 させ . 自主的に解決するために来談させるようにする。

( 3 1   とくに進路指導は,個 別指帯広よりじゅうぶんにおとなう。

( 4 1   問題発生予防のため,学期はじめ.休暖前後などに個別的に おとなう。

, 5 1   カウンセリングの時間,場所については,随時随所,生徒の 出入りの少ないととるや,気にならない落ちついたところ,訓育や 説教に使われるととろはさげ,ラポートの保 τ る相談室があればー 番よい。

(Ol 

カウンセリングの投 l f i r c ついては,基本的には教師の態度と

のかかわりに深い関係をもっていると考えられる。との場合の教G~

0)

基本的な態度としては.許容的 , 受容的なふん閉気,問題よりも 個人への関心 ,感情の重視が大切になってくる。具体的,常識的な 留意点として I  )ラポートの確立,沈黙を大切にし,発言をうな がきない。 i i ) 問題の導入はどく自然に,中心問題にいきなりふ れない。 i i j)質問を必婆とするとき除「はい,そうです J と答えさ せないで,ととほで答えさせるようにする。 I V ) 相手に対["適 度のあいづちを与え,受容的態度を保つ

o

1 ヰ陳述や,感情の明確化 承認も必要である。

V)

進路・その他で.相手が情報を知りたがっ ているときは.客観的

ζl

示す。凪答を求めたときは , 三つ以上を示

して相手に選ばせるのがよい。

(7) 

限界を じゅうぶん考厳しながらお

ζ

なう。

学級担任がお

ζ

なうカウ

Y

セリングには.前述したような教師約 な役割との聞の問題点が多い。具体的には. i  )学級管理の責任な

〈い.抵抗があって打ちあげにくい , などの障害がある疋ろうし,

教師の側からは.共感的理解にたっての指導は容易な

ζ

とでなく , どうしても生徒としっくりと.円滑にいかない場合が多い。ことに カウンセりング担当者に委託する

l

つの狼拠があり.また,その絞 殺のない場合は,担任相互の委託も考えられてよいであろう。

白常の接触をとおして

AU

述の時間的,労力的な問題は , 学技連省との関連からその解決 はなかなか困離であろう。生徒の側から,あるいは教師の側からの 問題は,教師自身の問題としてうげとめるとき,その態度や姿勢に 深いかかわりあいがあると考えられる。

カウンセリングにお砂る E~解約 7 プローチは,生徒との聞の人間

関係確立のための有

)J't.t

方法であろう。教育関係におげる教師の人 格が,生徒の人絡形成区果たす大きな役割を考えるとき , 両者の聞 には好ましい人間関係の確立が必要となってくる。カウンセリング の考えるすぐれた人間関係の条件として,伊東 隠は

(1) 

相手の自我・自尊心を尊重する。

自哉の攻績は,自己防衛をきたすだげで,人格の変容はおこらな い 。

(21 

相手の立場から理解する。(相手にきめきせる) だれかになにかをさせるには, 一 つの方法しかない。それは , モ の人に,それをしたいという気持を起とさせるととである。相手に 選ばせ,相手

1

1:.決定きせるというととは,相手の行動の変容をうな がすもっともよい方法である。

1 3 1   誠実であること。(自己と人間を信頼する)

相手を/i;額しなげれば. I  )と")は生きない。成長への力を信 ずるとと。

‑ 3 3 ‑

(3)

とのべられているが,共感的な埋解にたって , ひとりひとりのあ 的ふん閲気のもとで ,本質的にもまなげればならない 事項も.もも

1

+6 

りのままの姿を, 懸奇に知 ろうとする心がま えや態度から , 生徒は うとせずに重姿な教育の機会を主か し 得な いととーの問題点の解明 どのように変化するかを , 友悶不二男の盛由な事例から図式を 試み は,今後の実践によって検討されなげ れ ばならない。

注 〔 り

るならば,次のようになるであろう。 一 学級経営において望まれる

E

とは,生徒の学級に対する違和感を

われわれは .学級担任教師として , と の図式に学ぶととるが多い が注意しなげればならないのは,生徒の行動をそのまま容認するの ではなく,感情を限解してやるというととであろう。

とりのぞき I~ 級との調和をはかること.モのためには.集団の抱

擁力と,情緒的な綾近感を高める持続的な指導が必要であって , そ の i 鏡止し τ ,カウンセワ ング的な考え)i.接 し ; 方 は , 実践に 主か されてよいと考える。

学級活動や道徳の時間で

いろいろな価値創造をねらっている教育活動をきさえるものとし てカ ウンセりン グを位誌づげるならば , そのlll<本的な考え方は,学 級活動や道徳の時間にも生かされてよい。その際重要なものは . 生 徒の発言に対する教舗の応答であろう。教師の発言や応答品"生徒

の思考に及ぼす作用について,東京都江戸川教育研究所の道徳の時

│ 舗での実験結果によれば,生徒の発言 (思考)は, 教師の主従の発 r 1 . ( 1 2 )  

言に対する受雰 . 明確化などによ って , 生徒が主体的に問題にとり 組み,深層的な洞察と即解 (内[ 由化ともいえる)を深める

ζ

とがで

学級集団指導の場面で きるのではな

b

、か,と結論づげている

c

すなわち要約するとつぎの 非行は多くの場合.学校や家陸の人間関係が不健全であるととか ようになる自

ら 発生するといわれる。したがって,非行や.学級 ・ 学校におげる 問題行動を取りあげる場合,人間関係の改善を考えなげればならな い 。

レピンは f 笑験的に作った社会的嵐土

11

,モの集団の個人の行動 や態度広大きな影響を及ぼす

j

ととを証明している。学校や学級の

溜8)

組絵の質が ,ふん関気を規定 , . . { . ふん盟気が方荏となって,学級集 団の発展とメ ン バ ーの活動の酬となってい〈相互作用 は,われわ れ自 身.よ 《経理由すると とである。 白井 i 真は「学級づくりにおげる かげがえのない存在としての個を

i

あるがままに受げ入れ τ やると とを .指導の初期において重視するとと と.カウンセリングやプレ

イ.セラピイ ,集団治僚においての,カ~レ)

ν スから洞察への進行 と の 類 似 ( 9 ¥ をあ げているが ,カウンセリングの原理が , 学級集団 街導の場で生かされるととを示しているといえよう。

したがって,学級担任としては,学級での教師・生徒間,および 生徒同志の閥に,学級集団の質的発展と結びついた健全な情格的ふ ん囲気を作りあげるとと,集団のもっている力動 的な性格の理解や 集団運営の技術,さらには生徒に民主的な社会生活のしかたを理解 させるととが必要になってくるが,具体的な目標とじて。佐藤喜美 こは.

)たすげ あいの学級

)ひとり ひとりが高まってい く学級

)気がるに受げいれてく れる学級 をあげ,さら巨 人間関係確立のための小集団指羽と,教師が カウンセリング的資質 をもっととを 重視 している。しかし

ζ

の場合.白井慎が l i r 鏑し てい

0)

注削

るようにカウンセザングにおげる精神衛生的配慮をもって,教育会 般をおおうものとして鉱大視するとと たとえば ,許容的・受容

コントロール・グ伽ープ 実 験 グ ル ー プ

教 質問 , 強制と説得が多く, 教師の リード, 解釈 ,質問等

t t 黙や生徒の発言に対する

ι

は少な <.生徒の発言に対す 受容明 i i 化が少ない 。

る受容 , 明確化が多かった。

教師の質問に答えた り . 1

情報を求めたり , 教師の質問 生

磁の経験的叙~が多<

. 問 に答えたりの単純反応は少な 舗の構造関連の分析や解釈 く,問題の鱗造倒連の分析 , 計闘の話し合いは.ほとん 計画の話 し 合いが多かっ

/to

徒 ど見られなかった。

ウイズオールもまた,生徒に対する教師の言語的反応の型を七つ の範ちゅうにう}げ,その中で f 承認 し, ま たは明りよ うにする言い まわ しや質問 J

'11 

.子どもたちの問題に洞察を得させるようにして やる。すなわち,かれの哀の問題とその解決法を,いっそう境作的 に明り

t

うにする

ζ

とを幼げるといっている。教師のカウンセリン

1 3 )

グに学ぶ発言の し かたが,学級活動,道憶の時間の指導への具体出

j

f!

方法のーつを示しているとみてよいであろう。

友関不二男によれば , とのよ う な湯におげる基本的な姿勢と し て (1)人聞を芸能として トに対してでな<

.~とともK の状態で) 12)

制問解決そのものより も, 解決の過程を大切に.

(3) 

ありの

ままのすがたを大切に

(4)

知的な面よりも,傍緒的な而を大切に

151 

学習の主導権を生徒に

[61 

ざわめき,弘語 , 沈黙も大切に

‑3 4 ‑

(4)

(7) 

評価を伴わず.ありのままの状態も認めて

(8)

発言の共通 化をはかつて

というととをあげているが.従来 ω 指導のしかたとちがい.見li!i

u 0 4 l  

しがない,能率的でないとの批判があるであろう。しかし,本当の 学 習は,なんらかの絞験( 知的経般も含む)と し て,本人の 人 間形

いものと考えられるからである。

学校におげるカウ

Y

セリ

ングは,

まだ闘柘的段階にあるといって

4く,

乙れを現場で組織化

L.

活動していくためには,いろいろな 凶難点があるのであって

,今後に期待するととろが大きい。 し

かし ながら ,間組解 決のすべてを,カウ

Y

1)

; ; グ に期待するのは早計 成

r

c . 寄 与されるものでな貯ればならたいと する考えからするならば, と

いわねばならず,われわれは謙皮な態度でカウンセリン

グを教育 とのような l 昔 話 3 方法のねらいは,能効的な学習 ,育てる守・ 習, 創造 活動に導入し,カウンセリングに学ひながら

=

自己自身 ,および 生 する学習への道 として,教背 の一つの可能性として, 実践 をとおし

て 吟 味してみるな味がじ ゅうぶんにある と 与える。

む す び

現代教育のJiI;木的

.t

c 特色の一つは,教育基本 1 までも明らかなよう に , 側人の価値世尊び,自主的精神にみちた,心身ともにf! W な人

徒の成長をはかり

,生徒指導の充実をめぎしていきたい。なかでも

学級担任教師として,カウセリングに学ぶ点は事<.とれの可能性 を信じながら, 実践活動に有効に生かし, 教育のになっている課 題 の解決に役立てていきたいものである。

参 考 文 献

聞の育成である。とのためには

ー人一人にゆきとどいた,ー人ー 問

1)

中学教脊

I 9 6 4 

A i .

小 学館

人に取り組む~i'fが必要である。 しかし,実際の教育現協では,モ

カウンセリング 伊 東 博 誠 1 言

書房

ζ

とはじゅうぶん察知しながらも,いろいろな条件に胤制さ れて 出到 来談者中心療法 C.  R  . ロジャーズ 岩崎 寄宿 ともすると全体 的なHイダ

Y

スに終わってしまいがち

C

ある。とく 郎 3 ) 中 学校におげるカウンセリングの可能性に関する考察

ι

中学校においては

青年 前 期と い う発

1

主的な 調 ! J : 9 か ら くる諸問題 佐縁寿男

進~の只体的な決定や.高校入試にからむ諮問題等の悶 n な場面広

商商し て. 生徒自身も . 教 l l I i 自身

b.

解決しなげればならね問題が あまりにも事

。しかしながら, 具体的な解決の手だては講ぜられ なげればならないという意識から

教師は悩みをもっている。

知的な側面の学習をねらう各教科が

,プ官グラム学習等で代表さ

れるように, 間別化の方向をとって個右の仰 長をはかる方向にある ならば,パーソ ナ リ テ ィ全体の i 師においても, 償却 J ( 1 r な援助がなさ れてよい。モのようなあり方へせまる可能性として.学校 教育への

カウン

セリングのiN λ は

.

また,学校教育の質的充実発展なはかる ものであると考えられる。そとで,と〈に学級担任という凶から

.

その可能性を考察してみたわげであるの学級1':1..学校教1'

i

活動の中 で.基本的な単位であり,その意味で学級 l l i 任教師の使命は大きい のであって,学級I!l任教師を除咋認 しての教育活動は, 効果の うす

(4)

児童心

Pl llri.

5 6 

伊東 時 世

5)

学校教育相談 品 川不二郎編 住

(61

カウ

Y

セリング 伊 東 博

出7)

カウンセ

1)

ングの技術 友悶不二男

学校カウンセリング 友 倒不二男態

( 8

)

教育社会心理学

l A

安好

/ i (

91 

教育心理 1 1 6 . 1 

A i .

削 ( ) ) 学校教育相談 品川不二郎編 曲1) 主活指現

1 9 6 3 

) 仰

1

2 ) 学校カウンセリング 友因不二男監

ItJJ3l 

教育社会心

j

理学 古 語 i

安好

学校カ ウンセリング 友因不二男濫

‑3 5‑‑

金子書房 教 育文化科学社 誠 l 言

空;房 u  u 

金沢脅応

教育文化科学社

明治図書

誠信書房

金沢普応

誠 l 言 書房

参照

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