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政治哲学と政治的思慮

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

政治哲学と政治的思慮

関口, 正司

九州大学大学院法学研究院 : 名誉教授

https://doi.org/10.15017/2740984

出版情報:政治研究. 67, pp.1-33, 2020-03-31. 九州大学法学部政治研究室 バージョン:

権利関係:

(2)

政 治 哲 学 と 政 治 的 思 慮

関 口 正 司

(

(

(

(

(

(

(

(

(3)

はじ めに

︱︱ 自己 の相 対化 のた めの 政治 哲学 政治 哲学 は︑ 政治 に関 する 思考

︑と りわ け︑ 望ま しい 政治 に関 する 思考 と捉 えら れる こと が多 いの では ない だろ うか

︒ しか し︑ その

﹁思 考﹂ の意 味を よく 考え てみ る必 要が ある

︒哲 学に おけ る思 考は

︑た んに

﹁考 える

﹂と いう ので はな く︑ 徹底 した 反省 的思 考︵ リフ レク ショ ン︶ であ って

︑思 考と いう 営み 自体 まで も﹁ ふり かえ って 考え る︵ リフ レク トす る︶

﹂ こと を意 味し てい る︒ 政治 哲学 も︑

﹁政 治哲 学と は何 か﹂ とい う問 いを 含ん でい てよ い︒ さら に︑

﹁何 であ るか

﹂と いう 問い とと もに

︑﹁ 何で ない か﹂ とい う問 いも 必要 であ る︒ A= Bは 命題 とし て形 式的 に 成立 して いる とし ても

︑そ れを 本当 の意 味で 理解 する には

︵自 らに 隣接 する もの や自 らを 含ん でい る上 位の カテ ゴリ ー を意 識し た自 己認 識を する ため には

︶︑ この 命題 の表 面に 表わ れて いな いA

C︑ A D︑ A E︑

⁝⁝ とい う点 まで 可 能な 限り 理解 して いる 必要 があ る︒ A= Bに つい て︑ Bが Aの 構成 要素 を過 不足 なく 整合 的に 網羅 して いる かど うか を 一通 り確 認し て終 わり とい うの では なく

︑C やD やE 等々 に関 する 実質 的知 見も 欠か せな い︒ した がっ て︑

﹁政 治哲 学と は何 か﹂ の問 いに 答え るに は︑

﹁政 治と は何 か+ 何で ない か﹂

︑﹁ 哲学 とは 何か

+何 でな いか

﹂︑

﹁政 治哲 学と は何 か+ 何で ない か﹂ のそ れぞ れに 丁寧 に答 える こと が必 要に なる だろ う︒ とり わけ

︑﹁ 政治 とは 何か

+何 でな いか

﹂︑ つま り政 治と 非政 治の 問題 は︑ きわ めて 重要 であ る︒ しか し︑ ここ では

︑こ れら すべ ての 問い を抽 象的 なレ ベル で論 じる ので はな く︑ 過去 半世 紀ほ どの あい だに 一般 的だ った よう に思 われ るス タイ ルの

﹁政 治哲 学﹂ を批 判的 に取 り上 げな がら 議論 を進 め るこ とに しよ う︒ 過去 の思 想家 の解 釈を 通じ て解 釈者 本人 から 見て 望ま しい 政治 のあ り方 を示 す︱

︱こ れが 政治 哲学 の著 書に よく 見か けら れた スタ イル であ った

︒し かし

︑こ れで 哲学 の本 領発 揮と 言え るだ ろう

(

)

︒哲 学の 原点 は︑ ドグ マを 製造 する こと では なく

︑む しろ

︑ソ クラ テス のよ うに 無知 の知 とい う見 方か ら︑ 自他 が自 明と 思っ てい るド クサ

︵思 い込 み︶ を問 い 直し 相対 化し てい く営 みで あろ う︒ この 観点 から すれ ば︑ 政治 哲学 にと って 思想 史的 研究 が欠 かせ ない のは

︑過 去の 言 説の 中に 自分 と同 じ見 方や 主張 を探 すた めに では ない

︒そ うで はな くて

︑自 分の 思考 の仕 方や 枠組 自体 を︑ 歴史 的過 去

(4)

との 突き 合わ せの 中で 異化 でき るか らで ある

︒答 では なく 問い に着 目せ よと いう コリ ング ウッ ドの 提(

)

は︑ その よう な 異化 を促 進す るの に役 立つ

調

論理 一貫 した 体系 の構 築な どめ ざす べき でな い︑ とま で言 う必 要は ない

︒し かし

︑そ うし た体 系知 はた とえ 可能 で有 意義 だっ たと して も︑ それ が本 当に 包括 性を 成就 して いる ので あれ ば︑ ヘー ゲル の言 う﹁ ミネ ルヴ ァの フク ロウ

﹂の 知 であ って

︑一 時代 の終 わり によ うや く可 能に なる 知で ある

︒た だし

︑歴 史は 終焉 しな いか ら︑ その とき には すで に︑ 新 たに カバ ーす べき 領域 やそ れを 包摂 でき る新 しい パラ ダイ ムが 必要 な次 の時 代が 始ま って いる こと を忘 れて はな らな い だろ う︒ とも かく も︑ 哲学 には

︑体 系構 築以 外に も重 要な 仕事 があ る︒ つま り︑ 気が かり な現 実の 課題 を意 識し なが ら︑ つね に自 らと 自ら の時 代や 社会 とを ふり かえ り︑ 自明 性の 中で 安逸 をむ さぼ らな いよ うに 努め るこ とで ある

︒そ うい うソ ク

(5)

ラテ ス的 哲学 観が もっ と強 調さ れて よい だろ う︒ 歴史 に徹 した 思想 史的 探究 は︑ それ 自体 とし ての 価値 を持 つだ けで は なく

︑こ のよ うな 反省 や相 対化 に欠 かせ ない もの でも ある

︒政 治思 想史 と政 治哲 学は

︑一 方を 他方 に還 元す べき と考 え たり 双方 を相 容れ ない もの と見 たり する 必要 はな い︒ また

︑こ の数 十年 のあ いだ に見 られ たよ うに

︑衝 突回 避の ため に たが いに 視線 をそ らす よう な消 極路 線を とる 必要 もな い︒ 両者 はむ しろ

︑相 互補 完的 なも のと 見た 方が 建設 的で ある

︒ 一 政治 哲学 の自 己省 察 (1

︶政 治哲 学の

﹁当 為性

﹂ 政治 哲学 が︑ 自ら の営 みに 対す る反 省・ 相対 化と いう 重要 な要 素を 含ん でい るか らと いっ て︑ その こと は︑ 政治 哲学 が﹁ 当為

=べ き﹂ の議 論に 関与 すべ きで ない とい う主 張に 必然 的に つな がる わけ では ない

︒と はい え︑

﹁べ き﹂ を語 る前 に﹁ べき

﹂の 意味 を考 え意 識す る必 要が ある こと は︑ 強調 して おく べ だろ う︒ しば らく 前か ら︑

﹁規 範的 政治 学﹂ と﹁ 実証 的政 治学

﹂と いう 二分 法が

︑し ばし ば︑ 自明 であ るか のよ うに 用い られ る こと が多 くな った よう に思 われ る︒ しか し︑

﹁実 証﹂ の方 はさ てお くと して

︑こ こで 言わ れて いる

﹁規 範﹂ とは

︑い った い何 なの だろ うか

︒政 治的 な秩 序や 制度 は︑ これ これ の原 理に もと づい てか くあ る﹁ べき

﹂だ

︑と いう こと なの だろ う︒ しか し︑

﹁べ き﹂

︵当 為︶ とは

︑政 治哲 学に おい て何 を意 味す るの か︒ 人々 はな ぜ︑ 政治 哲学 者た ちの 説く 多種 多様 な︑ 対立 する こと も多 い﹁ べき

﹂論 のど れか に従 う﹁ べき

﹂な のか

︒こ の論 点が 棚上 げさ れた まま

︑ど の﹁ べき

﹂論 が正 し いの かが 論議 され

︑さ らに は︑

﹁べ き﹂ の議 論自 体が そも そも いか がわ しい 権力 的な 議論 なの だと いう

︑﹁ べき と主 張す べ

﹂と いう 形を とっ た︑

﹁べ き﹂ 論の バリ エー ショ ンす ら出 てく る︒ 規範 や当 為が 何を 意味 する のか

︑そ れが 問わ れず に自 明の もの とし て議 論が 進ん で行 くと いう 傾向 は︑ つね にあ った こと なの だろ うが

︑私 の個 人的 印象 では

︑ロ ール ズの

﹃正 義論

﹄が 登場 して 以降

︑と りわ け顕 著に なっ たよ うに 感じ ら れる

︒実 際︑ 一九 七〇 年代 後半 から 一九 八〇 年代 にか けて 語ら れた

﹁政 治哲 学の 復権

﹂は

︑ロ ール ズの この 書物 を抜 き

(6)

には 考え られ ない

︒た だ︑ 当時 から の変 わら ない 私の 印象 は︑

﹃正 義論

﹄の どこ が︑ いや それ 以上 に﹃ 正義 論﹄ をめ ぐっ て行 なわ れて いた 議論 のど こが

︑政 治哲 学な のか

︑と いう こと であ る︒ 道徳 哲学 だと いう のな らわ かる

︒統 治や 権力 と それ をめ ぐる 人間 の心 の動 きを 深く 掘り 下げ るこ とよ りも

︑権 力は 何を すべ きか

︑そ の道 徳的 根拠 はこ れだ

︑と いう 点 が主 題で ある よう に見 受け られ たか らで ある

︒ロ ール ズの 登場 によ って

︑政 治哲 学の

﹁規 範性

﹂は

︑道 徳哲 学的 なも の とし て受 け取 られ る傾 向が 強く なっ たよ うに 思わ れる

︒さ らに

︑ロ ール ズ流 の契 約説 やカ ント 的倫 理学 ばか りで なく

︑ ライ バル の功 利主 義の 側で も︑ 政治 や権 力に つい ての 洞察 の深 さで 競う ので はな く︑ もっ ぱら 道徳 哲学 の場 で張 り合 っ てい たよ うに 見え

(

)

︒ 道徳 哲学 によ る基 礎付 けに 集中 する 風潮 は︑ 日本 だけ でな くイ ギリ スに も及 んで いた よう であ る︒ その こと は︑ 当時

︑ これ につ いて ジョ ン・ ダン が批 判的 に書 いて いた もの にも うか がえ る︒ ダン は︑ 政治 哲学 のと るべ き方 向は そう では な くて

︑政 治的 な因 果性 をし っか り見 据え た政 治的 思慮 に沿 った 探究 のは ずだ

︑と 力説 して い(

)

︒こ れ以 降の 私の 議論 は︑ ダン のこ の指 摘に 共鳴 し刺 激を 受け て︑ 私な りに 積み 重ね てき た考 察と 探求 の途 中経 過を 披露 する もの であ る︒ (2

︶正 義と 効用

︑そ して 思慮 唐突 のよ うだ が︑ 最初 に︑ ルソ ーの

﹃社 会契 約論

﹄の 冒頭 部分 を取 り上 げて みた い︒ 効用

・正 義・ 思慮 と当 為と の関 連の 仕方 を示 して いる 一つ のモ デル

・ケ ース と言 える から であ る︒ ルソ ーは 次の よう に書 き始 めて いる

︒ 私は

︑人 間を ある がま まの 姿で とら え︑ 法律 をあ りう る姿 でと らえ た場 合︑ 社会 秩序

︵l

’o rd re ci vi l︶ のな かに

︑正 当 で確 実な 統治

︵a dm in is tr at io n︶ 上の なん らか の諸 原則 があ るの かど うか を研 究し たい と思 う︒ 私は

︑正 義と 効用

︵l a ju st ic ee tl

’u ti li té

︶が けっ して 分離 しな いよ うに

︑こ の研 究の なか で権 利︵ le dr oi t︶ が許 すこ とと 利益

︵l

’i nt ér êt

︶が 命ず るこ とを つね に結 びつ ける よう 努め よ(

)

(7)

「正 義と 効用

﹂を 分離 せず につ ねに 結び つけ る︑ とい うの は何 を意 味す るの だろ うか

︒少 なく とも ルソ ーの 概説 書レ ベ ルで は説 明さ れて いな い論 点で あろ う︒

﹁効 用﹂ や﹁ 利益

﹂と いっ た言 葉は

︑規 範的 議論 で 議論 に似 つか わし くな い言 葉と して 読み 飛ば され てい るよ うに も思 える

︒ しか し︑ とも かく もル ソー 本人 は︑

﹁あ るが まま の姿

﹂の 人間 を前 提と して

︑つ まり

︑孤 独な 自然 人で も聖 人君 子で も ない ふつ うの 人間 を前 提と して

︑彼 らに とっ て利 益に もな り正 義に もか なう 望ま しい 法律 を具 備し た政 治体 制は

﹁あ り うる か﹂ を考 えて みる

︑と 明確 に宣 言し てい る︒ ルソ ーは

︑正 義に かな うも のし か﹁ 利益

﹂と 呼ば ない とい った

︑一 般 的な 理解 と衝 突す るよ うな 利益 の特 異な 定義 はし てい ない

︒定 義で はな く事 実の 問題 とし て︑ 本人 にと って 長い 目で 見 て本 当に 利益 にな ると いう 判断 が︑ つま り︑ 本人 が思 慮を 働か せた

︵合 理的 に計 算し た︶ 上で の判 断は

︑正 義に かな っ た結 果に つな がる

︑と いう 見方 をし てい るの であ る︒ この 思慮 が働 くと 社会 契約 の時 点で は相 互の 権利 尊重 とな るわ け で︑

﹁無 知の ベー ル﹂ とよ く似 た議 論に なる

︒少 なく とも この 文脈 で︑ 正義 論と 功利 主義 とを こと さら 仰々 しく 対立 させ る必 要は な(

)

︒正 義と 効用 の泣 き別 れは

︑カ ント 倫理 学に 始ま るの であ ろう

︒利 益な どと いう 感性 的契 機を 道徳 に持 ち 込む など 論外

︑と いう こと であ る︒ しか し︑ カン トに よる ルソ ー理 解そ のも のを 理論 的に どう 評価 する かは とも かく

︑ 少な くと も後 世の 人々 がル カン ト的 に読 むの はア ナク ロニ ズム の誤 りに 陥る こと にな る︒ ルソ ーの 議論 では

︑社 会契 約の モー メン ト︵ 瞬間

・契 機︶ に契 約当 事者 たち の思 慮が 作用 して いる

︒自 由な 同意 の形 で社 会契 約を 結ぶ こと は︑ 当事 者た ちに とっ て︑ 正義 と利 益の いず れに もか なっ てい るの であ る︒ カン トの 定言 命法 が 作用 して いる ので はな い︒ 実践 理性 の捉 え方 が違 って いる ので ある

︒さ らに

︑同 意に もと づい て政 治的 義務 を負 う点 を

﹁道 徳的 自由

﹂と 呼ん でい る点 は︑ 一見 した とこ ろカ ント 的な 読み 方を 許し そう にも 見え ると して も︑ 正義 と効 用の 一致 とい う大 前提 をふ まえ れば

︑道 徳的 自由 の意 味内 容も カン トと 同じ とは 言え ない だろ

(

)

︒ とこ ろが

︑思 慮に 導か れる 社会 契約 に︑ ルソ ーは 一つ の大 難問 を見 出し てし まう

︒こ れは 社会 契約 説の 成立 その もの を大 いに 危う くす る挑 戦的 な問 題設 定で

︑ル ソー を作 為的 な秩 序形 成の ため の社 会契 約説 論者 とす る解 釈に とっ ては 最 大の 弱点 とな る︒ 立法 者の 必要 性と いう 問題 であ る︒ ルソ ーに よれ ば︑ 人々 の思 慮だ けで は不 十分 であ る︒ 適切 な原 則

(8)

に則 した 契約 の趣 旨が 実現 され るよ うな 具体 的な 国制 の設 計に は︑ 立法 者の 超人 的英 知が 必要 とな る︒ しか も︑ 設計 上 の工 夫の 細目 が持 つ意 味を 契約 当事 者た ちは まだ 経験 不足 で評 価で きな いの で︑ また

︑そ うし た工 夫を 実際 に機 能さ せ るの に必 要な 道徳 的習 慣︵ 習俗

︶が 確立 して いな いの で︑ 国制 を導 入す ると きに は︑ 立法 者は 超人 的な 英知 ばか りで な く超 人的 な権 威を 持つ こと で︑ 人々 の信 従を 確保 しな けれ ばな らな い︒ また

︑無 私の 立法 者で なけ れば なら ず︑ 人々 の 信従 につ け込 んだ 悪行 は許 され ない

︒し かし

︑社 会契 約の 時点 で︑ 都合 よく この よう な無 私の 超人 的立 法者 がい てく れ る保 証は まっ たく ない

︒む しろ 神話 的な 奇蹟 と言 うべ きだ ろう

︒作 為的 な秩 序形 成は

︑こ こで

︑現 実に はあ りそ うも な い歴 史的 な僥 倖︑ とい う偶 然性 の問 題に 直面 せざ るを えな い︒ ルソ ー本 人は と言 えば

︑ジ ュネ ーブ 共和 国に とっ て立 法者 的な 役割 を果 たし た人 物と して カル ヴァ ンに 言及 する こと で︑ 歴史 的に 解決 済み の問 題と して 片付 けて しま う︒ 実際

︑ル ソー にと って の喫 緊の 実践 的課 題は

︑こ 立法 者を 探し 求め るこ とで はな かっ た︒ 課題 は何 より も︑ す 比類 のな い完 成品 であ る︵ はず の︶ ジュ ネー ブ国 制の 当初 から の正 統性 や卓 越性 を為 政者 や市 民に 想起 させ

︑そ れに よっ て国 制の 劣化 を防 止す るこ とで あっ た︒ 既存 の︵ と主 張さ れ る︶ 国制 の保 守を 訴え ると いう 点で は︑ バジ ョッ ト﹃ イギ リス 国制 論﹄ と同 じで あり

︑﹃ 社会 契約 論﹄ は﹃ ジュ ネー ブ国 制論

﹄と 呼び 替え ても よい ぐら いで ある

︒こ うい う趣 旨だ った から

︑こ れか らど うや って 立法 者を 探す かと いう 難問 へ の取 り組 みは

︑不 要な 作業 とし て割 愛で きた ので ある

(9)

ただ し︑ これ から の議 論と の関 連で 重要 な点 であ るが

︑完 成度 の高 い国 制の 成立 が立 法者 の登 場と いう 歴史 的偶 然に 依存 する とい う難 点に 関し ては

︑エ スケ ープ

・ル ート があ る︒ 歴史 的与 件に 頼ら ない とい う意 味で のす っき りし た解 決 では ない し︑ 一世 代の 革命 的で 主体 的な 作為

︵つ まり 新規 の社 会契 約︶ とい うこ とに もな らな いが

︑超 人的 立法 者に 頼 らな いで 済む ルー トで ある

︒そ れは

︑国 制を 歴史 的な 偶然 と各 世代 の努 力と の複 合に よっ て生 成し たも のと して 捉え る とい う︑ 歴史 的現 実に 即し た見 方を とる こと であ る︒ 立法 者の 超人 的仕 事は

︑長 い歴 史的 経験

︵そ の多 くは おそ らく は 失敗 の経 験︶ の中 で思 慮に 即し た努 力と して くり 返さ れた

︑さ まざ まな 修正 や改 良の 累積 物に 置き 換え られ るこ とに な る︒ バー クや ウィ ッギ ズム の論 者た ちの 論法 であ る︒ マキ アヴ ェリ が︑ ロー マに はス パル タの リュ クル ゴス のよ うな 立 法者 はい なか った が︑ 歴史 的な 好運 と質 実な 国民 の気 風に よっ て︑ 長続 きす るよ い国 制が でき たと 観察 して いる のも 想 起さ れ(

)

二 ︒ 政治 的思 慮と 政治 道徳 (1

︶思 慮に よる 失敗 の回 避 ここ で︑ 当為 と効 用と の関 係と いう 議論 をさ らに 進め る前 提と して

︑思 慮に つい て私 が以 前書 いた 論考 では 取り 上げ てい なか った 問題 を取 り上 げて おき たい

︒ア リス トテ レス によ れば

︑思 慮的 判断 は経 験に よっ て磨 かれ る一 方で

︑あ く まで も蓋 然的 判断 であ って

︑判 断結 果は 一義 的な ルー ルと して 定立 でき ない

︒ま た︑ 思慮 的判 断に 従う こと は︑ 経験 則 に単 純に 従う こと

︵先 例遵 守︶ とは 本質 的に 異な るも のと みな され てい る︒ 状況 は個 々に 異な りな がら も︑ 経験 を積 ん だ思 慮あ る人 は︑ 一〇

〇パ ーセ ント 確実 とい うわ けで はな いに せよ

︑そ れぞ れの 状況 にふ さわ しい 判断 をす るこ とが 多 い︑ とい うの であ る︒ 場数 を踏 むこ とに よっ て︑ 千差 万別 の個 々の 状況 の中 で︑ ある 特定 の具 体的 な行 為を 適切 なも の とし て直 感的 に判 断で きる

﹁型

﹂の よう なも のが でき ると 考え られ てい るよ うで あ(

)

︒ それ はそ うだ ろう と納 得で きる

︒し かし

︑こ れは かな り名 人芸 的な レベ ルの 話で

︑敷 居が ずい ぶん と高 い︒ そう した

(10)

高い レベ ルの 思慮 があ るこ とは たし かで ある

︒プ ロの 政治 家や 行政 官に は必 須と され るべ きも ので あろ う︒ 一般 市民 も︑ 自分 が十 分に 経験 を積 んだ 領域 では

︑ベ テラ ンと して こう いう レベ ルの 思慮 を働 かせ てい る︒ しか し︑ 現代 デモ ク ラシ ーで は︑ ダン の言 う﹁ 思慮 の民 主(10

)

﹂が 必要 とさ れて いる のだ とす れば

︑政 治領 域で 一般 的に 期待 でき るレ ベル の 思慮 のあ り方 はな いも のか

︑あ るい は︑ 思慮 にも とづ く教 訓と して 経験 の浅 い人 にも 伝え られ るも のは ない のか

︑と い う問 題が 出て くる だろ う︒

﹁型

﹂を 取り 上げ た私 の以 前の 論考 では

︑こ の問 題が 積み 残さ れた まま であ った

︒ その 後︑ これ に対 する 私な りの 当面 の解 答を 引き 出す 際の ヒン トに 偶然

︑出 会う こと にな った

︒ヒ ント とな った のは

︑ ハイ エク

﹃法

・立 法・ 自由

﹄の 次の 一節 であ る︒ 原理 はそ れら が理 性に もと づか ない 偏見 にす ぎな いも のの よう に︑ すな わち

︑あ るこ とが らが 単に

﹁な され ない

﹂ とい う一 般的 感情 のよ うに 見え ると き︑ より 有効 な行 為の 指針 であ るこ とが 多(11

)

︒ たと えば

︑大 人が いろ いろ な思 惑か ら︑

﹁こ のお ばち ゃん はや さし い人 だか ら仲 良く ね﹂ と子 ども に言 って 聞か せて も︑ 子ど もは 直感 的に

﹁こ のお ばち ゃん は意 地悪 だか らい や﹂ と感 じ取 り︑ 頑と して 言う こと を聞 かな いと いう 場面 を想 像 すれ ばよ い︒ 行為 を指 示す る何 らか の原 理は

︑こ うし た理 屈抜 きの 直感 のよ うな 響き とと もに 行為 者に 訴え てく る場 合 には

︑行 為に 対す る強 い決 定力 を発 揮す る︑ とハ イエ クは 言っ てい るわ けで ある

︒ハ イエ クの この 一節 には

︑な ぜそ う なの かの 説明 は付 随し てい ない が︑ 注目 され るの は︑ 行為 を指 示す る原 理が

﹁し ろ﹂ では なく

﹁す るな

﹂の 方向 に働 く もの とし て取 り上 げら れて いる 点で ある

︒人 間が 幼児 期に 母親 から くり 返し 受け てい たよ うな 不作 為の 指示

︵﹁ そん な こと をし ちゃ ダメ

﹂︶ であ るこ とが

︑本 能的 警戒 心と あい まっ て︑ 強い 決定 力を 持つ ので はな いか と考 えら れる

︒ 思慮 の指 示も

︑少 なく とも 原初 的な 形で は︑

﹁具 体的 なこ れを せよ

﹂で はな く﹁ その 種の こと はや めて おけ

﹂で あっ て︑ それ があ る程 度人 々を 従わ せる 力を 持つ のも

︑元 々が

︑も たら され る害 悪を 強く 想起 させ る不 作為 の指 示だ から なの で あ(12

)

︒思 慮に もと づい て何 か思 い切 った こと を︵ 特に 害悪 を避 ける 目的 で︶ する 場合 もあ りう るが

︑思 慮の 本来 的な 着

(11)

眼点 は︑ ごく まれ な独 創的 成功 の道 筋で はな く︑ 思い 切っ た選 択も 含め て悲 惨な 失敗 を避 ける ため に配 慮す べき 事柄 と 見た 方が よい

︒ベ テラ ンの 強み は圧 倒的 な連 戦連 勝と いう こと より も︑ 決定 的な 失敗 をし ない とこ ろに ある

︑と 言え る だろ う︒ 特に 政治 にお いて は︑ たい てい の場 合︑ これ でも 上出 来と 言う べき であ る︒ そう 考え ると

︑経 験を 積む こと と 思慮 の習 得と の相 関関 係の 一面

︵す べて では ない にせ よ︶ が浮 かび 上が って くる

︒ 成功 は︑ 高い レベ ルの 独創 的な もの であ れば ある ほど

︑状 況ご とに 条件 は不 可避 的に 異な って くる

︒柳 の下 に二 匹目 のド ジョ ウを 探す べき では ない

︵こ れ自 体︑

﹁あ のあ たり を探 せ﹂ とい う具 体性 のあ る積 極的 指示 では なく

︑一 定の 種類

︵ク ラス

︶の 行為 に関 する

﹁す るな

﹂を 基調 とし た思 慮的 格言 であ る︶

︒他 方︑ 悲惨 な失 敗例 は︑ 状況 が多 少異 なっ ても

︑ 共通 する 要因 が働 いて いる こと が多 い︒ たと えば

︑政 党の リー ダー が前 の選 挙で 大勝 した ため に舞 い上 がり

︑次 の選 挙 直前 に﹁ そん なこ とを 言っ たら

︑た いて いは 失敗 する よね

﹂と 言わ ざる をえ ない よう な尊 大な 発言 をし てし まう 例を 想 起す れば よい

︒い つで もよ くあ る話 なの であ

(13

)

︒表 にま とめ ると 次の よう にな る︒ 考え

てみ れば

︑思 慮的 な格 率ば かり でな く︑ そも そも ルー ル全 般が 本来 的に

︑モ ーゼ の十 戒の よう に﹁ する な﹂ が基 本で ある

︒ 他方

︑高 度な 成功 のた めに

︑﹁

~せ よ﹂ とル ール で一 般的 に命 じて も千 差万 別の 事情 の違 いに 対応 でき ない

︒個 別的 に 命令 して も︑ 命令 する 側が 当事 者以 上に 個別 の事 情を 知っ てい るわ けで はな いか ら︑ 成功 につ なが る可 能性 は低 いし

1S,S

2,S

3,...Sn

1F ,F

2,F

3,...Fn

(12)

さら に︑ 個別 的命 令= 政令 によ る支 配︑ とい う恣 意的 で専 制的 な支

(14

)

にも つな がる

︒個 別具 体的 な事 例で 独創 的な 高い レベ ルの 成功 を収 める には

︑失 敗を 避け るた めの 慎重 さば かり でな く︑ それ 以外 のも のが 必要 にな る︒ つま り︑ 当事 者 の豊 かな 想像 力や 行動 に移 る大 胆さ と決 断力

︑そ れに

︑周 囲が 挑戦 を許 して 見守 るよ うな 自由 な雰 囲気 であ る︒ (2

︶政 治の 世界 にお ける 当為 性 権力 と政 治が もた らす 悲惨 を可 能な 限り 制御 し抑 制す るこ とは

︑言 うま でも なく

︑人 間社 会に とっ て決 定的 に重 要な 課題 であ る︒ その ため に知 見を 広げ 知恵 を絞 るこ とは

︑政 治学 や政 治哲 学の 本来 業務 に属 して いる

︒そ れと とも に︑ 政 治家 や市 民の 政治 的思 慮に とっ ても 本来 的な 課題 と言 うべ きだ ろう

︒ ここ であ らた めて 考え てみ たい のは

︑こ うい う意 味で の制 御や 抑制 を人 々に 指示 する とい う点 で︑ 政治 的思 慮は どん な力 を持 って いる のか であ る︒ 思慮 は︑ 個人 の生 活の さま ざま な次 元に おい て︑ 冷静 に長 い目 で見 た自 分の 利益 を考 え その 実現 手段 を選 んで いく 心の 習慣 を意 味し てい る︒ これ を前 提に

︑私 とし ては

︑特 に政 治的 な場 で個 人や 集団 が働 か せる 思慮 だと いう 点を 強調 した い場 合は

︑﹁ 政治 的思 慮﹂ とい う言 葉を 使う こと にし てい る︒ これ まで の議 論を うけ て言 えば

︑政 治的 思慮 は︑ 何よ りも まず

︑政 治の 世界 で生 じる 悲惨 を避 ける ため に現 実を 合理 的に 探究 する 能力

︑い やむ し ろ︑ 心の 持つ 諸能 力を その よう に方 向付 ける エー トス

︵心 の状 態︶

=ハ ビト ゥス

︵心 の習 慣︶ とい うこ とに なる

︒ もし

︑当 為性 とい う言 葉を 使い たい ので あれ ば︑ 政治 的思 慮の 指示 に内 在す る人 々を 従わ せる 力が

︑政 治的 思慮 の持 つ当 為性 と言 える だろ

(15

)

︒そ うし た当 為性 は︑ 政治 の世 界で は政 治的 思慮 の有 無が

︑個 人の 利益 と︑ 個人 の利 益の 中に 含ま れて いる 共通 利益

︵公 共的 な利 益︶ のい ずれ にと って も致 命的

な結 果に つな がる

︑と いう 現実 から 生じ てい る︒ 政 治的 思慮 の当 為性 は︑ 影響 の深 刻さ や及 ぶ範 囲の 広さ のた めに

︑個 人的 な行 動領 域で の思 慮よ りも はる かに 強く なる だ ろう 政 ︒ 治の 世界 にお ける 種々 のこ うし た当 為の 集積 を︑ ひ 便

︵ミ ルの 用語 を借 用し て︶

﹁政 治道 徳﹂ と呼 んで おく こと にす

(16

)

︒人 々に 要求 を課 す際 の力 や︑ 要求 の内 容や 性質 は︑ 通常 の道 徳か ら直 接に 引き 出せ ない もの

︵特 異な

(13)

場合 には 通常 道徳 と対 立す るも の︶ を含 んで いる とい う意 味で は︑ 政治 道徳 は︑ 心情 倫理 に対 立す る責 任倫 理︵ ウェ ー バー

︶や

︑バ ーリ ンが 指摘 して いる よう な︑ 通常 の道 徳に 対立 する マキ アヴ ェリ の道 徳の 別名 と言 って もよ いだ ろう

︒ つま り︑ 政治 道徳 は︑ 心情 倫理 やカ ント 的倫 理と いっ た政 治の 外の 世界 にお ける 規範 とは 別に

︑一 つの 固有 な完 結し た もの とし て存 在し てい る︵ 他の 道徳 体系 とつ ねに 絶対 的に 両立 不可 能だ とい うこ とで はな いに せよ

︶︑ とい うこ とに なる

︒ そう だと する と︑ 政治 哲学 が政 治的 思慮 に沿 った 探求 であ ろう とす る限

︑政 治哲 学に 固 当為 性は

︑政 治的 思 慮の 指示

=政 治道 徳に 由来 する こと にな る︒ 政治 の世 界に おけ る当 為を

﹁道 徳﹂ とい う重 い呼 び方 で扱 うの は︑ それ がた んな るゲ ーム のル ール のよ うな 任意 的な もの では なく

︑何 らか の不 可避 的な 道徳 性を 帯び てい ると いう 理解 にも とづ いて いる

︒そ の道 徳性 は︑ 多数 の人 々を 巻 き込 む結 果に 対す る責 任と いう とこ ろに 端的 に示 され てい

(17

)

︒そ の限 りで は︑ 帰結 を重 視す る功 利主 義倫 理と 重な る面 があ る︒ シン プル な功 利主 義︵ アク ト功 利主 義や ルー ル功 利主 義︶ との 違い があ ると すれ ば︑ 政治 道徳 は︑ 個別 行為 の 公的 な効 用︵ アク ト功 利主 義の 評価 視点

︶と

︑行 為を 一般 的に 規制 する ルー ルの 公的 な効 用︵ ルー ル功 利主 義の 評価 視 点︶ とを

︑個 別状 況に 即し て柔 軟に 比較 考量 する 点だ ろう

︒ 政治 の世 界に 固有 の当 為性 は︑ 政治 的に 可能 でか つ政 治の 目的 に適 合し た事 柄は すべ きだ

︑そ うで ない 事柄 はす べき でな い︑ とい うこ とを 基本 とし てい る︒ 政治 の目 的は

︑現 実に はい かが わし いも のも 入っ てく るに せよ

︑人 間生 活に お ける 政治 や権 力の 必要 性や 効用 を多 少な りと も認 める ので あれ ば︑ すべ てを いか がわ しい とま では 言え ない から

︑そ の 限り で是 認し て従 うこ とを 万人 に求 める だけ の資 格は ある

︒ま た︑ こう いう 意味 での 当為 性は

︑洋 の東 西を 問わ ず︑ 人 類の 歴史 と同 じ古 さを 持っ てい るは ずで ある

︒そ の効 力の 不十 分さ によ る悲 惨な 事例 が尽 きな いこ とは たし かだ が︑ し かし その 一方 で︑ ある 程度 の効 力を 発揮 して いな かっ たら

︑人 類は とっ くに 滅亡 して いた だろ うこ とも 否定 でき な(18

)

︒ 政治 道徳 の当 為性 の特 徴と して 見落 とせ ない のは

︑因 果性 認識 が重 要な 地位 を占 めて いる こと であ る︒ 政治 の世 界が

︑ さま ざま な因 果関 係に よっ て成 立し てい るの であ れば

︑望 まし い物 事で あれ 悲惨 な物 事で あれ

︑そ の因 果的 経緯 を合 理 的に 理解 する 必要 と可 能性 とが ある から であ る︒ 政治 道徳 は︑ 通常 の道 徳や 心情 倫理 とは 異な り︑ 望ま しい こと を個 別

(14)

の事 情と は無 関係 な形 で一 律に 命じ るの では なく

︑個 別の 事例 にお いて 因果 関係 の認 識に 裏付 けさ れた 実行 可能 性を ふ まえ てき ちん と結 果の 出せ るこ とを せよ

︑と 指示 する

︒現 実の さま ざま な制 約の 下で は︑ 残念 なが ら︑ より 少な い害 悪 を結 果と して もた らす 行動 を選 ばざ るを えな いこ とも 頻繁 にあ るだ ろう

︒ 因果 性を ふま えた 政治 的可 能性 の探 求は

︑探 求者 の個 人的 な好 き嫌 いや 主義 主張 の問 題で はな く︑ 公共 的な 見地 から の必 要性 の有 無の 問題 であ る︒ もち ろん

︑こ の見 地か らで も見 解の 相異 は生 じる だろ う︒ しか し︑ 公 と いう 前提 の共 有が 要点 であ る︒ そう した 共有 があ る限 り︑ 多様 な見 方を 根絶 しよ うと する こと は︑ かえ って 得策 では な い︒ むし ろ︑ それ らを

︑よ い統 治と いう 共通 利益 を追 求す るた めの 発見 的契 機を 提供 する 資源 と考 える こと が︑ それ 自 体思 慮に かな って いる だろ

(19

)

︒ (3

︶政 治道 徳か ら見 た通 常道 徳 政治 道徳 と普 通の 意味 での 道徳

︵カ ント 的倫 理に 限ら ず︑ 世間 一般 の常 識道 徳も 含め て︶ との 関係 につ いて は︑ 対立 を強 調す るだ けで は不 十分 であ る︒ なぜ なら

︑政 治道 徳は

︑必 要か つ可 能で あれ ば︑ 普通 の意 味で の道 徳︵ 以下

︑通 常 道徳 と略 称︶ を尊 重す るか らで ある

︒政 治学 の基 本に 立ち 戻れ ば︑ 権力 の実 効性 は︑ 物理 的な 力だ けで 担保 され るの で はな く︑ 被治 者に よる 当該 権力 の正 統性 の承 認を 必要 とす る︒ 正統 性に はい ろい ろな タイ プが あり うる にせ よ︑ いず れ も被 治者 が納 得し て受 け容 れら れる 統治 のあ り方 と関 連し てお り︑ 被治 者が 現時 点で 持っ てい る利 益や 道徳 感情 を必 要 もな いの に損 ねる よう な統 治行 動を 制約 する 性質 を持 って いる

︒権 力者 には

︑こ とさ ら被 治者 の反 発を 招く 統治 行動 に よっ て被 治者 から の信 頼や 自ら の権 力の 正統 性を 揺る がす 必要 はな い︒ そう いう 逸脱 は︑ 自ら の権 力を 危う くす ると い う意 味で 無思 慮= 不合 理な こと であ り︑ 同時 にま たに

︑権 力に 存在 意義 を与 えて いる 公共 的必 要性 に応 えな いこ とで も ある 権 ︒ 力者 の観 点か らす れば

︑権 力を 維持 しつ つ権 力に よっ て一 定の 目的 を達 成す るの に﹁ 必要

﹂な こと をす るの が﹁ 合 理的

﹂で あり

︑だ から こそ

︑そ う﹁ すべ き﹂ だと いう こと にな る︒ その 限り では

︑権 力者 は通 常道 徳そ れ自 体に よっ て

参照

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