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中国民俗学の復活 : 《政治文化》の視点から
鈴木, 満男
山口大学人文学部
https://doi.org/10.15017/2235368
出版情報:九州人類学会報. 15, pp.8-9, 1987-07-10. 九州人類学研究会 バージョン:
権利関係:
中 国 民 俗 学 の 復 活
一一〈く政治文化》の視点から
鈴 木 満 男
第
1
部 中 国 民 俗 学 の 発 展 と 停 滞 : 戦 前 よ り 戦 後 に か け て の 時 期Yangは漢人宗教をば ethic
。
political であると規定した。 ζの規定は,宗教だけでなく中国 の学問全体に当てはまる。民俗学またしかり。C. K. Yang, Religion in Chinese Society, chap. 5.
0
中国伝統文化lζ対して《民俗学〉の思惣は強烈な 革命役 を稽びている。 「民衆Jを学問形成の 中核とするからだ。Martin Bernal, Liu Shih・pei and national essence, in: C. Furth, ed., The Limits of Change in Republican China, 1976.
0
清米から民国初期にかけての時期,中国民俗学を生みだした歴史状況は,上の「革命性jぞ鋭く示 している。日本民俗学の誕生一ーまた,戦後における韓国民俗学の発足,そして対照的に台湾および 北朝鮮におけるその欠如ー ーは,東アジアの intellectualhistoryの上で興味ある比較事例を提供する。
Laurence A. Schneider National essence and the New Intelligentsia, in: Furth, op. cit.
idem., Ku Chieh‑Kang and China's New History, 1971.
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北京大学と 5・4運動一 一中国民俗学の第l期。 銭小柏,祝中国民俗学会成立.会干IJ, 1982。 直江広治,中国の民俗学。主文宝,我国民俗学運動発展的分期問題.民間文学参考資料,第3輯。
@北伐と中山大学民俗学会の成立一一第2期。 Schneider, op. cit.
0
民俗学運動の前線が上海〜沿海地跡乙拡がる一一第3期。 N. B. 周作人と柳田国男との交渉。。戦後の中馨人民共和国の成立は,かえって人民の学問民俗学を圧殺した。
James P. McGough, Fei Hsiao・tung
C
費孝通〕 :Dilemmaof a Chinese Intellectual, 1979.0
文化大革命下の民俗学者の苦難。Simon Leys, ChinesεShadows, 1974, 1979.
idem., Broken Images: Es回ysin Chinese Culture and Politics, 1979. 関徳棟,従実際出発促進民俗学研究的興盛,民俗研究(試干IJ), 1985.
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王文宝,被冷落的民俗学復生機,僚望, 1983・8.
N. B. 当時の親中派日本知識人の示した奇妙な euphoria については,その一例として:安 藤彦太郎,中国通信, 1966.
第
2
部 中 国 民 俗 学 の 復 活 と 困 難。政府の公言容を得てはじめて復活した事実の暗示するもの。
顧額剛他7教授,建立民俗学及有関研究機織的儲議書, 1978。 王文宝,近幾年来我国民俗学運動大事記,会刊, 1982。
。民俗研究団体・研究毒患の全国的鎮出の壮観は,文革後の地方と民衆が totalitarianism特有の思 想抑圧をはねのける力量号待ちつづけているζとを示唆する。
地方性研究誌として:山茶(雲南),雲南社会科学.広西民間文学叢干JI,貧州民族研究,広東民間 文学論叢, 民族民間文書事研究(広東),海峡民風(福建),裕樹文纂集干JI(福建),奥風(広東入 楚風(湖南),采風(上海),民間文婆集干JI(上海),郷土(江蘇),民俗研究(山東),長自u1. 吉林民間文学,遼寧民間文学,民間文学論集(遼寧)。そのほか,南風, 苗*,山海経,天南, etc. 上に揚げたものは, 1985年の秋から冬にかけての時期私が山東大学に滞在中に集めた資料に拠る。そ の後の中国本土の政治=思想状況は, 一進一退しつつも徐々に党の grip,,を強める方向に動いてい
るかに見える。それが敏感に民俗学研究IC反映するだろうととは間違いない。
中央性研究ままとして:民間文学論壇,民間文学通訊,民族研究,民間文学,恩
m
戦線,民族団結.民族文化, etc.
民間文学論文 ・作品・新番目録索引, 1981・1982・1983年度分。
N. B. 民俗学研究誌に 「民間文学」の名称を冠することが多いのは,多くの民俗学者が民間文 学研究者としてのみCC P政猶下で存在を許されていたからだ。私の山東大学留学も,中国民間文学 研究の名目によって行われ,中文系に所属した。指導してくださった関徳棟教授は著名な民間文学研 究者であった。
。中国民俗学の発展を取り巻く困難は, 「社会主義精伸文明jについての口号,毛沢東の『文書事講話』
が今なお保ちつづけている 呪縛力 , 「改編
J
論,などから察知する乙とができる。 ζれに対する 民衆=地方のがわの抵抗は 「人民文学J
としての民俗学,という主張iζ緩色鮮明IC表現されている。斉塁手,風にそよぐ中国知識人, 19830
李景江,毛沢東与民間文義一一記念 「在延安文慈座談会上的講話j発表四十周年,民間文学論痩,
1982・− 2.
陶陽,整理応当保持民間文学的婆術特色,民間文学, 1981‑8.
高園藩. 「改旧編新J論一一極 左 思潮的産児,民間文学, 1981‑4.
緩致平,民俗学是 人民文学 ,会刊, 1982。
G. Braybroke, Ethnology in China," Current Anthropology, 21‑2, 1980.
。totalitarianismもしくは authoritarianismの政治分化 vs.<地方 (少数民族を含tJ')+民衆>
重視の思想動向。中国民俗学の将来は,上の両者の聞の激しい攻防戦 網目|き の帰決が決定する だろう。 (1987・5・14)
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