論 女
﹁平均利潤の法則﹂と﹁最大限利潤の法則﹂
11
1価値法則論を中心として
l i
は レ が き
一︑﹁最大限利潤の法則﹂についての解釈
川越村信三郎氏の論稿における解釈 的 理 論 的 説 明 伺﹃表式﹄による論証 付 簡 単 な 要 約
間平瀬己之主口氏の論稿における解釈
的﹁問題設定﹂
同﹁平均原理﹂と﹁基本命題﹂
付﹁完全競争﹂
H非現実的競争 (以上︑前号所載)
﹁平均利潤の法則﹂と﹁最大限利潤の法則﹂つ一)
山 本
〆'ー旬、
・
・
・d・
一
、ー,〆丸
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
(二
)
山門
﹁疎
外さ
れた
競争
﹂
H現
実的
競争
附除外された﹁疎外された競争﹂
付﹁最大限利潤法則の問題設定﹂
例
﹁ 価
格u
価術
﹂と
﹁独
占価
格﹂
伺﹁終局的解決﹂
仰 簡 単 な 要 約
問その他の諸解釈
二︑﹃経済的諸問題﹂における一基本的経済法則﹂についての説明
三︑﹁基本的経済法則﹂の内容規定
む す び (2)
平瀬己之士口氏の論稿における解釈
さきに述べたように︑越村信三郎氏の著書﹁再生産論﹄と相対して﹁最大限利潤の法則﹂にかんする体系的解明の
(以
上︑
本号
所載
)
(以
下︑
次号
所載
予定
) 一大双壁を成すものは︑わが平瀬己之古口氏の大著﹃経済学の古典と近代﹄である︒この著書は一九五四年刊行され︑
その精髄部分は
1
1越村民の場合とまったく同様に
!1
1雑誌論文として同じ年の十月に再録︑発表されている︒その
論文﹃本来的独占・帝国主義・景大限利潤﹄(﹁経済評論﹄十月号所載﹀は︑
il
越村氏の場合のように︑著書の忠実︑正確な抜粋であるどけにとどまらず
11
1民の著書からの抜き書︑きでありながら︑しかも著書の中には全然見出す
ζと
ができないような重要な論点が無造作に挿入されているという点で︑きわめて注目すべきものがあるようである︒越 村氏の雑誌論文において︑われわれは︑円満な︑万事包括的な引写しの手法の範例を見出出す
ζとができるが︑とれ
にたいして︑きすが﹁革命的止揚論﹂の立場に徹するわが平瀬氏の雑誌論文においては︑われわれは︑民自身の大著
における重大な欠陥を公然と暴露し︑これを﹁止揚﹂してやまないという︑﹁良心的﹂または﹁無頓着的﹂手法の範
例を見出すことができるようである︒われわれは︑なによりも別して氏のこの大著について氏が展開して止まない壮
大無比な﹁構想﹂の結構を吟味し︑最後に︑必要なかぎりで︑きわめて簡単に︑氏の雑誌論文について︑その﹁革命的
止担朗幹嗣﹂の絶妙のほどを鑑賞することにしよう︒民の大著は︑マルクス﹃資本論﹄などをかるく超克してしまうとこ
ろの世紀的労作であるがため︑﹁最大限利潤の法則﹂にかんする民の画期的解釈の真髄は︑乙れぞ簡単にとらえる乙と
など夢にも思いおよばぬととろ︑そのためには少くとも数ヶ月にわたる熟読吟味が必要である︒問題の最後の決定的
な﹁終局的解決﹂は︑民の大著の末尾を飾る圧巻たる﹁結章﹃資本一般﹄の彼岸
1
1平均利潤の体系から最大限利潤
の体系へ﹂の中で︑ζの上もなく凝縮した形で
l l僅か数ペ
l
足らずの聞にp
1
i一罰されているのであるが︑その窮
極の﹁終局的解決﹂の真の世紀的意義を正しく理解するためには︑われわれは︑なお︑わが平瀬民によってはじめて
﹁構築﹂されることのできた民独自の﹁論理体系﹂のあらましについて︑最小限度必要な予備知識を身につけておか
ねばならぬ︒そのために︑相当の紙数を割いて︑以下
ω
より
同ま
で︑
しばらくチ備知識の調達に労をはらうことが要
請されるのである︒とはいえ︑われわれは︑この種の予備知識を得ることによって︑その後樹以下において︑主題に
たいするわが平瀕民の解釈の真の姿をとらえることがきわめて順当かつ適確となりうることとの期待をもっ乙とがで
きるのである︒
乙こにあらかじめ読者諸賢の注意を促しーーかつは︑同時に平瀬民のためにぜびとも弁明し││ておか
なければならないのは︑民の大論稿が︑本来︑﹁最大限利潤の法則﹂にかんするたんなる解釈といったような範隠に属 とζ
ろで
﹁ ︑
平均
利潤
の法
則﹂
と﹁
最大
限利
潤の
法則
﹂
(一一﹀
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
( 一 一 )
四
すべきものではない︑ということである︒これを右の﹁法則﹂についての一解釈と解するごときは︑民の大論述にた
いして許すべからゴる非礼をあえてなすととであり︑重大な過誤を犯すものである︒民の画期的論著は︑まζとに民
自身明言されているごとく︑あくまでも﹁原理構築﹂のためのものであり︑﹁﹃古典﹄経済学H﹃資本一般﹄の論理体
系との訣別﹂を中外に宣明せるものであり︑しかも︑日資本一般﹄の論理の彼揮にある本来的独占価格H最大限利潤
の理論的基礎づけ﹂を与えるべきものであり︑ひきつづき﹁価値論から地代論まで﹂いっさいの経済理論を﹁﹃過剰生
産および独占の経済学﹂という主題下にすっかり書きかえる﹂ことを志向したものであって︑まさにこの点にとそ︑
氏の大論述Lの唯一最大の意義が求められなければならないものなのである︒ζのような前代未聞の世紀的﹁構想﹂
は︑その﹁緒言﹂の冒頭においていちはやく言明されているように︑すでに﹁昭和二十六年のはじめに大体できてい
た﹂
もの
で︑
いまや﹁本来的独占価格の理論的基礎づけ﹂が︑しかもそ
の体系的包括的﹁基礎づけ﹂が︑大論著として輝かしく成立するにいたったものである︒それゆえ︑昭和二十六年よ このような年来の﹁構想﹂がこζ
に結
実し
︑
りずっと遅れてかのスターリンが﹁はかちずも例のスターリン論文﹁社会主義の経済的諸問題﹂において最大限利潤
を与える弓経済学の古典と近代﹄︑緒論二ページ)という事態がたまたま生じたとしても︑すでに世紀的
の問
題提
起﹂
﹁構想﹂が結実し体系的﹁原理構築﹂の﹁基礎﹂を固めおえられたわが平瀬民にとっては︑
白出現のごときは︑たんに﹁自分の年来の構想がいよいよ確認される﹂(前出ニぺ!?)ということになる行けでめり︑ ﹁例のスターリン論文﹂
いよいよもって﹁原理構築﹂者としてのわが平瀬民の﹁自信を強め﹂させるものでしかなかったのは︑まことにさも
あるべき乙とといわなければならないのである︒わが﹁原理構築﹂昔︑平瀬民によって﹁例のスターリン論文﹂に与
えられたワキ役的役割と︑同じく画期的﹁開盟構築﹂者として自負される民自身の世紀的独自的主役ぷりとについて
は︑民自身のつぎの言明がなによりも雄弁にこれを物語っているc
一この論文︹スターリン論文
ll
山本︺がひとたびあらわれて最大限利潤法則をとくや︑従来は平均利潤l完全競争体系の概念でしかものを考えていなかったわが国の﹃資本論﹂学者たら主震憾させろに充分であった︒平均利潤法
別の否定は︑彼らにとりまさにセイテンのヘキレキと思われたらしいからである︒そとで︑ゃれ平均利潤はどこへ行
った︑ゃれ利潤率低下法則はどうなる︑とばかり右往左往したのもまことにもっともである︒しかし乙れは︑あたか
も富士川の陣蛍にたむろした平家の軍勢が水鳥の羽音におどろいて算を乱して逃げちった狼狽ぶりを思わせて︑私に
は全たく醜態にみえる︒平均利潤にたいする反省や批判は︑すでにのべたようにたしかにおとつでいる︒私は旧稿
﹃価
値
H価格理論の吉典的メカニズム一において︑﹃資本一般﹄の論理の彼岸にある﹃本来的独占価格﹂を基礎づけ・
ょうとした︒この論文は一九五一年十一月に書かれ︑一九五二年六月に舞出教授還暦記念論文集﹃古典学派の生成と
展開﹄で公刊されたものである︒乙の論文は本書ではバラバラに解体されて︑後篇第一章・第二章・第五章・結章に
収められている︒私のこの論文の会刊のあと︑その年の秋にでたスターリン論文ちゅうの最大限利潤論によって︑私
は年来の私の確信を強められるとともに︑わが国の﹁資本論﹄学者と称する人種がいかに眼識狭少のうえに全たく不
勉強
であ
るか
とい
う年
の来
確信
をも
同時
に強
めた
次第
であ
った
﹂(
前出
︑一
一一
九一
!?
}二
ぺi
u︑
傍点
l│
山本
)︒
する反省や批判﹂をちちつづけてこられたものであり︑ このような言明に接するとき︑われわれは︑世紀的﹁原理構築﹂者︑平瀬民がすでに︑古くから﹁平均利潤にたい
﹁眼識狭小かつ不勉強﹂な人間日﹃資本論﹂学者とはうって
かわ
って
︑
﹁隈識広大かっ大勉強﹂たるわが平瀬氏ひとりが︑よくこの﹁批判﹂を完遂してめでたく﹃資本論﹂を
﹁止揚﹂しつくすにちがいないとりつ﹁確信をも同時に強め﹂ざろをえないのである︒氏の大論述につドて具体的に
﹁平
均利
潤の
注則
﹂と
﹁最
大限
利憾
法の
則
L
( 一 一 )
王L
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利判
明の
法則
﹂
ハ一
一)
/ 、
考察するならば︑乙のような﹁確信﹂がまったく真理に合致したものであることが実証されるであろう
ο
ω
いすぐれて﹁原理構築﹂的見地に立つわが平瀬民にあっては︑
﹁問
題設
定﹂
﹁問
題
1一はもっとも根本的︑かつ決定的なものが先づ
とり上げられなければならない︒﹁平家の軍勢﹂と同様﹁眼識狭小のうえにまったく不勉強﹂な﹁わが国の﹃資本論﹄
学者﹂にとっては︑悲しいかな﹁経済学とは何であるか﹂というととは自明のこととして問題の手しえないところで あるが︑これは︑かれらの﹁眼識狭小﹂と﹁不勉強﹂のいたすところ︑まことに﹁醜態﹂といわなければならない︒ヱヨ でに古くから﹂﹁反省や批判﹂の見地を体得しつくされたわが平瀬民の﹁眼識広大﹂と
﹁大
勉強
﹂
とによってのみ︑
はじめてここに﹁経済学とは何か﹂という問題の世紀的意義が把握されることとなったのである︒われわれは︑
こ の 世紀的問題を﹁新たに﹂提起することのできたわが平瀬民が︑
その大著の冒頭において︑いかにこの﹁問題設定﹂を
概念構成i古典と近代﹂のはじめにおかれた﹁一
設定﹂についてみるととにしよう︒われわれは︑遊部久蔵民のもっとも得意とされる︑かの﹁学は何をもって始原と ﹁原理構築﹂的に布告されるかということを︑その﹁序章
問 題
なすべきか﹂という︑
﹁キャッチ・フレーズ﹂を想起するまでもなく︑わが平瀬氏の大著の冒頭におかれた右の﹁間 題設定﹂の部分が︑民の﹁原理構築﹂的大体系全体の性格についての重大な
A不唆をふくみうるということ︑そしてま
た︑民の﹁眼識広大﹂と﹁犬勉強﹂とをわれわれが学ぷさいにぜひとも心得おくべき教訓をもおそらくは与えられる
であろうことを︑あらかじめ﹁確信﹂することができるようである︒
れわれはいま﹁経済学とは何であるか﹄という間いのまえに立つでいる︒しかし経詩学の歴史の教えると乙ろ
は︑これこそが経済学であるというようなものではなくて︑ただ︑個々の経済学者それぞれの︑
あるいは経済学者の
数だ
けの
︑
﹁ひとつびとつの経済学﹄およびかくしてその集合
H
﹃複数の経済学﹄であるにすぎなかった︒それゆえ にわれわれに与えられたものは︑﹃経済学とは何であるか﹄という間いにたいする一義的で確定的な答えではなくて︑
﹃諸経済学は何であったか﹄にすぎぬ︒いわばこのような多様の混沌︒自分の体系ただひとつが一般理論で︑他はす べて特殊理論にすぎぬと主張して相ゆずらぬはてなき葛藤の場︒
これを乙そ一経済学とひとはよんできた︒思いみれ
﹃経済学とは何であるか﹄という聞いに答えるべくあらわれつつ︑しょせん﹁諸経済学は何
ば︑すべての経済学は︑
であったか﹄を教えてきただけであった︒これ︑
﹁経済学とは何であるか﹄という経済学とともに古い問いが︑
L
、
て コ の時代にもたえずくりかえし新たに提起されなければならなかったゆえんである﹂(前出︑
一ぺ
!?
︑傍
点│
│平
瀬氏
)︒
もとより︑わが平瀬氏の画期的な﹁原理構築﹂的見地に立つならば︑﹁これこそが経済学であるというようなもの
L
が何ひとつ見当らないのは︑当然すぎるぐらい当然のことである︒あるのは︑ただ星の数ほどもある﹁諸経済学﹂の
t寄せあつめにすぎない︒これまで科学的経済理論が発展してきたなどというのは︑たんなる妄想の産物にすぎないの
であ
って
︑ いっさいはすべてこれ︑﹁多様の混沌﹂であり︑﹁はてなき葛藤の場﹂につきる︒かくして︑
いっさいの理
論的発展の成果を︑
乙とごとく﹁多様の混沌﹂の中に美事に解消しつくしてしまわれたわが平瀬民は︑乙れによって 科学としての経済学なるものの存在をも︑きわめて率直かつ明快に否定してしまわれるのである︒これはまた︑世紀的
﹁原理構築﹂者たるにきわめてふさわしい︑科学としての経済学の止揚の宣言であり︑まさに前代未聞の革新的声明で ある︒マルクスの﹃資本論﹄のごときは︑星の数ほどある﹁諸経済学﹂の中のただひとつの見本にすぎないのであ る
﹃資本論﹄の中に科学としての経済学を見出そうとしたり︑あるいはとの書物を唯一の科学的経済学書であるな
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
三一
)
一七
﹁平
均利
潤
m w法
則﹂
と﹁
最大
限利
潤の
法則
﹂
( 一 一
﹀
/に
どと吹聴したりするような者は︑﹁経済学とは何であるか﹂をわきまえない︑
け﹂である︒ぞれゆえ︑掃いて捨てるほどある﹁諸経済学﹂は︑いずれもたんに分類されるだけの値打らしかもたな ﹁眼識狭小﹂で﹁不勉強﹂な﹁大たわ
い0
・も
ろち
ん︑
とれらがわが平瀬民の手によって分類され︑﹁類型化﹂の中に数えられるのは︑なんらか取柄のある
目立ったものにかぎられるのであって︑したがって︑民の﹁類型化﹂の中になんとか加えさせてもちえれば︑その
﹁経済学﹂なる一ものは︑むしろわが﹁原理構築﹂的大体系の見地よりしてこの上もない栄誉を授けられたものと観念
すべきなのである︒
﹁しかしそうはいっても︑ζれらいく千となき学者の数だけの経済学も︑
はできる﹂(前出︑二一ページ〆傍点
!i
山本
)︒
乙れをいくつかの類型にわけることだけ
ところで︑右のように掃いて捨てるほどある種々雑多の﹁諸経済学﹂は︑わが平瀬民の特別の計らわにより︑分類
される機会だけは恵まれるが︑しかし︑その分類そのものが︑
ものでなければならないのは︑理の当然である︒ やはり︑わが一平瀬氏の﹁原理構築﹂的見地に即応した
﹁ととろで︑こんにちでの類型化の観点は︑いまや﹁古典と近代﹄という乙とであろう︒それゆえにひとはこんに
ち多かれすくなかれ﹁経済学の古典と近代﹄という問題意識の場にたたされている﹂(前出︑二ページ
) 0
右のような寸問題意識﹂の場に立ちえないものは︑もちろん︑﹁眼識挟小のうえにまったく不勉強﹂であるととろ
の
、
﹁右往左往﹂する﹁資本論﹂学者どもだけである︒
﹁と乙ろでいま︑古典といい近代という︒問題はしかしあくまで類型化の観点なので︑けっして古いとか新しいと
かいうたん‑なる時代概念ではない﹂(前出︑三ぺ
!?)0
いうまでもなく︑科学としての経済学の成否いかんなどにある
Dではない︒わが平瀬氏によってとくにそ
れに値すると認められたものについての︑たんなる分類だけが問題なのである︒乙の点は固く銘記されねばならぬ︒
星の数ほどある雑多の﹁諸経済学﹂と︑それらの﹁多様の混沌﹂の彼岸に燦然と笠立するわが世紀的﹁原理構築﹂体
問題
は︑
系とをかたく陵別せよ︒
﹁:::そのような類型化の観点をどこにおくべきか?ひとまず結論を先取していえば︑:::私は古典と近代との
一一
棋を
分析
装置
H基礎構造という面から︑平均原理と限界原理とで劃したく︑また劃しうると信ずる︒
つま
り︑
その
構造体系を平均原理で貫串するものが﹃古典﹂経済学であり︑限界原理のうえに構築するものが﹁近代﹄経済学であ
る︒:::そこでほかならぬ分析装置H基礎構造の共同性という基盤から︑私は﹃古典﹄経済学のなかに︑重商主義
ー 重 農 学
!i
派古典学派l
l社会主義経済学
!1
マルクス経済学と︑およそ平均原理を構造体系の主軸とする限りでの経済学の共同戦線を包摂理解する︒乙うして︑これまで長いあい
r
多くの人々によって古典経済学と漫然よぴな らわされてきた無概念性を脱皮して︑私自身の﹃古典﹄規定をうち
r
す︒.
しかし問題はそれでつきない︒
もういちど確認する必要がある︒
こんどは基礎細胞日基本命題といういまひとつの観点から︑
私の﹃古典﹄規定を
つま
り︑
経済学を生理体としてみれば︑
古来いく千となき学者の数だけの経済学 もじつは若干の基礎細胞からなりたっている乙とがわかる︒
いっ
てみ
れば
︑
もろもろの経済学もこれら若干の基礎
細胞の順列︿みあわせの相違から生まれたものにほかならなかった︒そこで︑経済学
H生理体をこれら若干の基礎細
胞に解剖してみる必要がある︒そうすれば︑古典経済学といい近代経済学といってもじっは案外相違のないものかも
しれないし︑もし相違があるとすれば︑
それはどのような順列くみあわせの相違から生まれたものかがわかるだろ
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
一最
大限
利潤
の法
則﹂
( 一 一 )
九
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
つ一
﹀
ぅ︒それのみではない︒これら基礎細胞の新結合つまり新しい順列くみあわせの発見に万一にもひと・が成功できれ
ば︑そζから新しい理論なり体系なりが生まれるよすがともなるわけで︑乙れ総じて学史的接近の一操作でなければ
。
ならないであろう︒というわけで︑私は﹃古典﹄経済学のなかから基礎細胞として六つの基本命題を析出する乙とが
できた︒そこで︑このような基礎細胞H基本命題を共同戦纏として﹃古典﹄経済学がいかに構成されているかを論証
レ︑それによって住理的解剖もしくは系統発生学ともいわばいうべき観点から︑私の﹃古典﹄規定がいかに論理必然
的に生じるかを︑論理構造について検証することとなる︒乙うしてでてくるのが︑平均利潤の体系としての﹃古典﹄
経済学という把握であった︒
すな
わち
︑
労働理論の体系
li
価値
(H
価格一致)の体系││実物的接近の体系
!l
完全競争の体系││平均利潤の体系︑としての﹃古典﹄経済学︒とすると︑ζのような平均利潤の体系とは帰すると
ころ﹃資本一般﹄の論理の体系ということに一致する︒私がマルクス経済学を﹃古典﹄経済学に包摂する論理がかく
して
確認
され
る﹂
ハ前
出︑
三
l五
ぺ!
?︑
傍点
およ
びゴ
シッ
ク体
││
山本
)︒
見られるとおり︑わが平瀬民にしたがえば︑﹁これまで長いあいだ多くの人々﹂ーーもちろんマルクスにしても星
の数ほどある有象無象のうちの一人にすぎない
1
1は︑ただ﹁漫然﹂と﹁古典経済学﹂とよぴならわしてきたもので
あり︑これらの連中は︑
l l
﹁眼識狭小でまったく不勉強﹂な﹃資本論﹄学者どもも︑マルクスの忠実な弟子でしか
ないレl
ニン
︑
スターリン等々も洩れなく
l l
あわれにも﹁無概念性﹂の囚となっていたものである︒
のと
﹁漫
然
性﹂︑﹁無概念性﹂を乙とにはじめて打ち破り︑ものの美事に世紀的な﹁﹃古典﹄規定をうちだす﹂
ため
には
︑
世界史
はわが平源氏の出現を待たなければならなかった了﹁眼識広大にして大勉強﹂たるわが平瀬氏は︑よくζのような画
期的﹁古典﹂規定の﹁うち忙し﹂に成功されたばかりでなく︑
﹁基
礎細
胞の
新結
合﹂
︑
つまり前代未聞の
﹁新
しい
碩
列くみあわせの発見﹂の鍵を︑
その掌中にやすやすと握られるとととなウたのであるじ乙乙にわれわれは︑わが平瀬 氏によってはじめて確立された画期的な﹁学史的接近の一操作﹂の卓越した偉力を率直に認めなければならない︒だ が︑わが平瀬氏の世紀的頭脳内部における新理論︑新体系の﹁系統的発生﹂については︑氏がその大著のいたるとこ
ろで挿入する乙とを忘れられない﹁結章へ!﹂という︑まζ
とに響︑きのよいかけ声が明らかに示しているように︑そ その路氏宮な全姿容をいかんなく展開しているものを予想されるので︑これについての鑑賞は残
の﹁結章﹂において︑
念ながら︑後段にゆずらなければならない︒と乙では︑さしあたり︑氏のうちだされる﹁古典﹂規定の偉大な独創性 をまず十二分に確認しておくことが大切である︒その規定なるものは︑見られるように︑二つの﹁観点﹂からなされ る︒その一つは︑
﹁分
析装
置
U基穫構造﹂に﹁平均原理﹂をもつものということであり︑他のひとつは︑
﹁基
礎細
胞
ドu
基本命題﹂として﹁六つの基本命題﹂をるつもの︑ということである︒
ζの二つの﹁観点﹂の現実的意義について
は次節においてζれを慎重に吟味しなければならないが︑なおζこでは︑右の﹁観点﹂の論理的
l l
形式的
l
│意義
について注意しておかなければならない︒それは︑右のような﹁古典﹂規定の﹁うちだし﹂そのものが︑
﹁古
典﹂
経 済学のたんなる一支流としてのマルクス経済学の位置づけを﹁論理的﹂に可能にし︑かくして︑以下にみられるよう な﹁問題設定﹂の宣明が同じく﹁論理必然的﹂に可能にされているという点である︒
右の引用の後半において示されているごとく︑わが平瀬氏ば︑
その独自の﹁眼識広大﹂と﹁大勉強﹂のおかげをも
って画期的な﹁古典﹂規定をうちだし︑
これ
によ
って
︑
' ﹄
J } Aコ ア
﹂ ︑
今iφJ+iydv﹁古典﹂経済学をば﹁平均利潤の体系﹂であると
﹁規定﹂される︒﹁とすると﹂︑﹁平均利潤の体系﹂は︑﹁帰すると
ζ
ろ﹂﹁﹃資本一般﹂の論理の体系﹂というととに﹁一 致する﹂のだそうである︒はじめに目ぼしい﹁特徴﹂をあさって数え上げておき︑
ζれによって﹁古典﹂規定を﹁う
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
最﹁
大限
利調
の法
則﹂
( 一 一
﹀
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大渡
利潤
の法
則﹂
つ 一 )
ちだし﹂ておき︑
さて
そ乙
で︑
﹁とすると﹂と云ってとどのつまり﹁一致する﹂などといった﹁落ち﹂にもっていく
論法
は︑
やはり︑わが世紀的﹁原理構築﹂者にとってのみ︑許されるところでなければならない︒かくして︑右の引
用の﹁末思﹂において︑わが平甑氏は︑首尾よく││予定どおり
li
﹁眼識狭小でまったく不勉強﹂な手合どもの唯一の拠りどころたるマルクス経済学をも﹁古典﹂経済学の中に‑包摂﹂してしまわれるのである冶
とこ
ろで
︑
﹁古典﹂規定なるものは︑いかようにも
li
‑‑
注文に応じて
il
﹁う
ちす﹂ことが可能であるとしても︑
r
マルクス経済学をこの﹁古典﹂規定に合せて﹁裁断﹂しうるためには︑そもそもマルクス経済学そのものの内容はい
かなるものであるかということについて︑そのもっとも簡単な見取図でもあらかじめ示される必要がある︒
マル
クス
経済学そのものが︑当然に氏の独創にかかる規定H型紙に合せて裁らきられるべき内容をもつものであることが﹁論
証﹂きれなければならない︒だが︑その﹁論証﹂︒のためには︑このさい立ちいった論究はいささかも必要ではない︒
﹁眼識広大で大勉強﹂の人々には︑たちどころに納得されるのでみる︒右の引用の末尾に簡単な誌ひとつによって︑
附けられた註(六)がそれである︒とれは︑︑きわめて簡単な註ではあるが︑﹁眼識狭小でまったく不勉強﹂な﹃資本論﹄
学在どもにとっては︑驚くぺく重要な示唆と教訓とを少なからずふくんでいるものであって︑われわれとしても︑煩
ぞい
とわ
ず︑
その註(六)の全文をつぎにかかげて︑これを吟味じなければならないのである︒
﹁﹁資本一般﹄とはマルクスが一八五八J六二年にわたって構砲した﹃経済学批判ヲラン﹄の用語である︒
﹁プラン﹂は﹁経済学批判﹂序言︑経済学批判プラン
I 費 本
ラッサァルあて手紙(一八五八年
(序論・・商品および貨幣︺
一一
月二
十二
日)
エンゲルスあて手
(a)
資 本 般
(3) 劫{ (1)
資本の生産過程
1
貨幣の資本への転化
紙(一八五八年四月二日﹀︑等で語
られ
てい
るが
︑
マルクスの原草稿
(b)
諸資本の競争
2
絶対的剰余価値にもとづいて目下進行ちゅうのゾ
連版﹁剰余価値にかんする諸理
論﹄の刊行序言では以上のように
整理されている
o (
:・
中略
)︒
周知心︐ようにプランと現行﹁資
本論﹄体系(私が体系というのは
﹃経
済学
批判
﹄
んする諸理論﹄ ﹁剰余価値にか
資﹁
本論
﹄の
一二
代
表作をふくむ)との関係は︑とん
にちまで多くの論議をよんでき
た︒要点は︑プランの変更があっ
たかなかったか︑つまり現行﹃資
(C) (d)
信
株式資本
3
相対的剰余価値
本論﹄体系がプランでいう﹃序
とどまるか否か︑にある︒そのととを人々はマルクスの手紙や著述のなかの断片的文章かちそれぞれ論証しようとす
論﹄および﹁資本一般﹂のわくに 用
E
土地所有
E 賃 労 働
l V
国 家 V
外国貿易
VI
世界市場
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則一 4
両者の結合
戸d
剰余価値にかんする諸学説
資本の流通過程
両者の統一あるいば資本および利潤
r、、
' J
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
( 一 一 )
四
る︒私はこのような論証に意義を認めない︒問題は片言隻句にあるのではなくて︑われわれのまえに厳存する現行
一一資本論﹄体系の論理構造自体の分析にある︒かりにマルクスが手紙のど乙かでプラン変更を明言したとしても︑な
おかつ私は現行﹃資本論﹄体系を﹃資本一般﹄の論理にほかならぬと解する︒このことを現行﹃資本論﹄体系の論理
構造自体が明証している︒本書はまさにこれをとそ証するだろう﹂(前出︑差│六ぺ
1 3 0
見られるとおり︑
有象無象の﹃資本論﹄学者どものあいだで﹁多くの論議をよんできた﹂問題は︑ ﹁こんにちまで﹂すなわち︑わが平瀬氏の大著における﹁明証﹂が公刊されるまで︑幾千となき
﹁プランの変更があったかなかった
か﹂ということであったのであって︑乙の﹁プランの変更があったかなかったか﹂という問題は︑わが平︑瀬氏の﹁原
理構築﹂的見地よりすれば︑﹁現行﹃資本論﹄体系がプランでいう﹃序論﹄および﹁資本一般﹄のわくにとどまるか
否か﹂というζとに帰着すべきものなのである︒﹁プランの変更があったかなかったか﹂という問題と﹁現行﹃資本
論﹄体系がプランでいう﹃序論﹂および﹃資本一般﹄のわくにとどまるか否か﹂という問題とは︑必ずしも間一の問
題とはいいがたく︑後者は前者の問題を一面的に﹁倭小化﹂していいあらわしたものにすぎず︑したがって前者の問
昭起を後者の問題におきかえる乙とは︑論理的にみても少なからず問題あるものである︑などと考えるのは︑もちろん
﹁眼識狭小でまったく不勉強﹂なる徒輩どもの妄想でしかないのである︒問題を決定するものは︑あくまでも︑右の引
用中にかかげられたたった一枚の表
l i
大項目六筒条︑中項目五筒条︑小項目三筒条︑しめて十四箇条から成り立つ既
定の﹁プラン﹂表そのものでなければならない︒この{プラン﹂支がいっさいを明証しているのであり︑したが勺てこ
こに並べられた各項目の配列が重大な意義そもってくるのである︒とくに中項目の﹁同
資本の競争﹂以下
ω ω
との一形式的配列こそ決定的意義をもつものである︒﹁プランの変更﹂の問題について︑これを 資本一般﹂と他の﹁倒
諸
﹁マルグスの手紙や著作のなかの文章﹂によって解き明かそうとするととは︑﹁眼識広大にして大勉強﹂の見地より
みれば︑まったく﹁意識を認められない﹂ものであり二顧の価値すらもちえない︒また︑幾千となく星の数ほどある
﹁諸経済学﹂者の中のひとりにすぎないマルクスが︑かれ自身たとえ﹁プラン変更を明言したとしても﹂︑すでに既定
の﹁プラン﹂表を世界中に一公表してしまい︑現行﹃資本論﹂を円公刊してしまったあとの祭である︒
一古
典経
済学
者︑
マルクスの主観的意図など︑どれほどの客観的意義をもちえょうか︒既定の﹁プラン﹂表と現行﹁資本論﹄体系とだ
けさえあればもうそれで充分である︒マルクスの﹁明言﹂などいっさい顧慮する必要はなく︑﹁眼識広大﹂なるわが平
瀬氏の世紀的論理をもって︑それらを簡単に﹁分類﹂して片づけてしまう乙とができる︒マルクス自身がその手紙や
著述のなかでどんなことを明言し︑どんなに﹁プラン﹂を現実的に変更していようとも︑それが世紀的な﹁原理構築﹂
者の論理体系にたいしていささかも影響をおよほしうるものでないことは︑理の当然である︒すでに既定の﹁プラン﹂
資本一般﹂に該当するものでしかなく︑ ﹁現行﹃資本論﹄体系﹂は﹁同
諸資本の競争﹂はこれに含まれないものと断定すべきなのである︒わ
が平瀬氏がその﹁眼識広大﹂と﹁大勉強﹂とを十二分に発揮されて︑
主「
(a)
資本一般﹂のつぎに﹁似諸資本の競争﹂が並べられである以上︑
表の
中で
︑
ー「
(b)
﹁現行﹃資本論﹄体系﹂の中の見えざる隅々に
埋もれている﹁平均原理﹂および﹁六筒の基本的命題﹂を秘めた﹁断片的文章﹂あるいは﹁片言隻句﹂をあばきださ
れる
こと
は︑
乙の上もなくたやすいζとであり︑したがって︑これらの﹁発掘﹂によって﹁現行﹃資本論﹂体系﹂の
﹁論理構造﹂白体が﹁古典﹂経済学であることを﹁明証﹂しているなどという﹁結論﹂を導き出すζとは︑朝飯まえで
ある︒﹁現行司資本論﹄体系が﹃資本一般﹄の論理にほかなちない﹂などということは︑民自身の﹁論理﹂構成によっ
ていとも手軽にーーというよりも︑宣しくは﹁先験的に﹂というべきであろうが
1
1﹁結論﹂されるはずであるのに︑
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
刻﹂
( 一 一 )
五
﹁平
均利
溜の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
ハご
)
一 」ノ
、 マルクス自身が変更を明言しているかもしれないような﹁プラン﹂をことさら引合いに出して︑表における配列の順 序などをあれこれ論じなければならないのは︑ひとえに︑わが平瀬品が﹁眼識狭小でまったく不勉強﹂なわが﹁資本 論﹄学者どもの誤解を明らかにし︑その蒙を啓かんがためになされたものと︑推察されるのである︒が︑
﹁そ
れの
み ではない﹂わが平瀬民がひとりよく︑﹁﹃資本一般﹂の論理体系の彼岸﹂をはじめて発見され︑また︑
その世紀的意義
をもっていっさいの理論体系の上に君臨すべき﹁本来的独占価格﹂そ見出してその地位を確固不動のものたらしめら
れるためには︑ほかならぬ右の︑
マルクス自身によって変更会れたか志しれないような︑変更以前の﹁プラン﹂表に おりる配列順序そのものに決定的意義が賦与されなければならなかったのである︒
マルクスの手紙や著述のなかでの
﹁主観的﹂明言にはいささかの意義をも認めまいとする毅然たる﹁科学的良心﹂と︑反古になっているかもしれない
﹁プラン﹂表の﹁片言隻句﹂の配列順序の隠れた意義に最後まで執着してやまない﹁科学的良心﹂との︑この美事な
﹁統一﹂毎嘆賞せよ︒
右に掲げられた田﹁プラン﹂表が︑わが平瀬氏の﹁論理﹂展開にとって︑決定的意義を与えられる次第は︑およそ
つぎのごとくである︒
﹁ところで平均利潤の体系(日資本一般の論理)からは本来の独占価格はでてこない︒
これ
︑ マルクス現行﹁資本 論﹄体系が本来的独占価格を﹃プラン﹄ちゅうの﹃競争﹄に疎外したゆえんであった︒そ乙で︑現在の私の問題意識
﹁資本一般﹂の彼岸
(H
﹃競争ちに疎列された本来的独占価格の理論を﹁資本一般﹄
の焦
点︑
の論理酌遺産から目を
はなさないでいて︑
しかも新たに構成する課題が︑結章へと追いこまれる︒
ここまでくればつぎの二点を注記することができる︒
ω
本来的独占価格の理論的解決こそ︑スターリン﹃社会主義の経済諸問題﹄における最大限利潤の問題提起に照応する理論的回答であろうと私は自覚する
G
とスターリンの問題提起とは一致する︒例私がマルクス経済学を私の﹃古典﹄範轄にいれる時︑そのマルクス経済学
マルクスの問題意識
とは書かれたるマルクス経済学すなわち現行﹃資本論﹂体系をのみいみする︒換言すれば︑﹃プラン﹄ちゅうの﹃序論﹄
および﹁資本一般﹄に該当する都分︒逆にいえば︑﹃資本一般﹄の彼岸つまり﹃競争﹄以下の体系をまで私は﹃古典﹄
範障におしこもうとするのではない︒この書かれぎるマルクス経済学が書かれた時︑
それはもはや古典とか近代とか
いう範鴎類型を乙えている︒
そこに私は古典類型と近代類型とぞうちにつつむ綜合的な﹃ひとつの経済学﹄をみる︒
私の概念構成すなわち類型化の観点は︑ ﹃経済学とは何であるか﹂という問いにたいする一義的に確定的な回答をみる︒それだから︑
﹁資本一般﹄の論理の限界を明確に ﹃古典と近代﹄という
それ自身の興味のためのものでなくて︑
指摘し︑その彼岸にある分析装置を探索すること乙そ︑目的なのであった︒本書はひっきょうこのような問題提起吾 こめ︑あわせて問題解決へのいちぐらをみいだすための比較経済学を試みつつ︑結章へとむかつて集約すべく書かれ
たようなものである﹂(前出︑六i
七ペ
ージ
︑傍
点│
│平
瀬氏
)︒
見られるとおり︑いよいよζ
こにいっさいぞ決定する﹁本来的独占価格﹂なるものが登場する次第とは相成ったの
の彼
岸に
﹁本来的独占価格﹂が﹁平均利潤の体系
m u
﹁資
本一
般﹂
の論
理)
から
出て
ζ
ない
こと
︑
されたものであること
l l
このような輝かしい世紀的主張をぱ︑ それは﹁資本一般﹂
であ
る︒
﹁疎
外﹂
わが平瀬民はわずか二つの
材 料﹂をもととしてたちまちのうちに﹁構築﹂してしまわれるのである︒そのひとつば︑さきに挙げた旧﹁プラン﹂表
に示されてある配列順序であり︑いまひとつは︑﹃資本論﹄の中の一簡の文章︑すなわち文字通りの﹁片言隻句﹂であ
る︒乙の唯一の﹁片言﹂の現実的意義については︑いづれ行論において然るべき教示が与えられるはずである︒
ζ
こで
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
ハ一
一)
イ七
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
つ一
﹀
l¥
は︑とりあえず︑
右 の
﹁本
来的
独占
価格
﹂
という言葉そのものが
﹁﹃
資本
一般
﹄ の論理体系﹂全体の中のわずかに
﹁片言﹂ひとつにおいでしか見出されないもの︑であるという︑客観的事実を指摘しておかなければならない︒
ところが︑である︒この﹁片言﹂一箇処にのみ辛うじて見出されるにすぎない﹁本来的独占価格﹂なるものは︑たちま ちのうちに他のいっさつの群小雑多の諸概念︑諸命題あるいは諸理論をことごとくおしのげて︑果然︑唯我独尊的権
能を賦与されることとなるのである︒﹁本来的独占価格﹂という言葉をとらえさえすれば︑スターリンの﹁最大限利
潤の問題提起﹂のごときは︑たちどころに解消されてしまうのであり︑
この﹁本来的独占価格﹂をよくわがものとし
うる者は││乙れは︑
いうまでもなく︑﹁眼識広大﹂なわが平瀬氏をさしおいては他にありうべくもないが││いとも
たや
すく
︑
﹁古典とか近代とかいう範鴎類型を乙え﹂
Tこ
﹁彼
岸﹂
の領域に飛ぴ移ることができ︑そこでおのずから
﹁綜合的な﹃ひとつの経済学﹄﹂を見出すζ
ともでき︑やすやすと﹁﹃経済学とは何であるか﹄という聞いにたいする 一義的で確定的な回答﹂を見付けることができるのである︒その者は││そして︑ただその者のみがよくlli﹁マル
(註
)
クスの問題意識とスターリンの問題提起﹂とをあわせ超克して︑ここに世界史はじまっていらい最初にして最後の︑
︑そしてこれまで掃いて捨てるほどあった雑多の﹁諸経済学﹂の上にひとり燦然として輝きわたるべき︑世紀的﹁綜合 的経済学﹂ぞ構築しうるのである︒いっさいは﹁結章﹂において︑主役の﹁本来的独占価格﹂により快刀乱麻︑抜本
﹁結章﹂におけるわが主役の目覚ましい活躍を︑そ
ρ
美事な 的に﹁解決﹂されつくすべき運命にある︒われわれは︑﹁終局的解決﹂を期待して止まないものであるが︑しかし︑その終幕に接する前に︑
なお││氏の﹁原理構築﹂的大 著の測り知れない結構と深遠さとについて多少とも正しい観念をつか
b
必要からも││若干の予備的考察を乙ころみ マルクス﹃資本論﹂が﹁諸経済学﹂のひとつと
ておかなければならない︒
とり
わけ
︑
正しい認識が要請されるのは︑
して﹁古典﹂経済学の末席に連なる
ζ
とを許されるにいたウた直接の根拠ともいうべき︑
﹁平均原理﹂と﹁六つの基
本命題﹂とについてである︒
ハ註)わが平瀬氏によって高々とかかげられた﹁断定﹂
li
﹁マルクスの問題意識とスターリンの問題提起とは一致する﹂ll
によく注意されたい︒平瀬民を除く凡百の﹁競争のいみを知らぬ大たわけ﹂たちには︑この一文の真の意味をとらえることは
至難である︒それゆえ︑﹁限識狭小でまったく不勉強﹂な﹃資本論﹄学者たちのために︑右の一交に包蔵ぎれた深遠な意味を
つぎに示しておくζ
とは
︑司
きわ
めて
適切
であ
ると
考え
られ
る︒
右の一文の意味するところの第一は︑﹁マルクスは﹃問題﹄をーーすなわら︑乙の世ならぬ﹃彼岸﹄の問題告
li
﹃意
識﹄
した者である﹂ということである︒この点において︑マルクスはその他の幾千となき有象無象の﹁諸経済学﹂者金断然ひきは
なしている︒だが︑マルクスは︑ただ﹁問題﹂を﹁意識﹂ずることができただけであって︑これを展開することも︑解決する
ことも︑もちろん︑できなかったのである︒ただ﹁憲議﹂するζとができたという点だけは認められねばならない︑というわ
けであるc
その意味する第二は︑﹁スターリンは﹃問題﹄を﹁提起﹂した者である﹂ということである︒この点において︑スターリン
も︑他の有象無象どもをはるかに抜んでている︒しかし︑深意すべきば︑絞るまたたんに﹁問題﹂を﹁提起﹂することができ
ただけで︑これを解決することなど思いも及ばなかった︑というζ
とで
ある
︒
第三は︑﹁この﹃問題﹄を﹃意識﹄したり﹃提起﹄したりすることだけでもできたのは︑世界史上わずかにマルクスとスタ
ーリンの二人だけであって︑その他の幾千となき﹁諸経済学﹄者たちはいずれも︑﹃混沌﹄と﹃葛藤﹄の中に浮き出みしてい
るだけでめる﹂ということである︒﹁限識狭小でまったく不勉強﹂な﹃資本論﹄学者たちがえてしてかつぎまわりたがるレl
ニンのごときも︑﹁混沌﹂の中に埋没して︑わが平瀬氏の﹁広大な限識﹂によってはその存在さえも認められなかったのであ
る︒わが平瀬氏の世紀的大著の中において︑レlニンの名前がついぞ一度も引合いに出会れることなく︑文字どおり完全に無
視されてしまっているという︑まことに注目すべき事実の舎理的根拠は︑実にこ乙に存するのであろ︒
第四に示されているのは︑﹁ζの﹃間通﹄の原理的意義が十二分に正しくとらえられ︑かっ︑それが﹁原理構築﹄的に終局
的に解決されるためには︑世界史は︑﹃眼識広大にして大勉強﹂たるわが平瀬氏の出現をまたなければならなかった﹂という
﹁平均利潤の法則﹂と﹁最大限利潤の法則﹂(ニ﹀
九
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
(二
﹀
こと
であ
る︒
。
以上︑右の一文の包蔵する四つの客観的内容は︑氏の大著において︑とりわけ﹁結章﹂H
﹁終
局的
解決
﹂の
直前
にお
いて
︑
独自の︑例によって例のごとき権威的表現をもって︑うたがう余地なく明白に教示されているところである︒
カラここに︑﹁ひとまず︑結論を先取していうならば﹂︑わが平瀬民の世紀的大著述なるものは︑実は︑右の四つの内容││空
宣伝的主張ーーを内外に宣明せんがために︑ただそのため忙のみ︑書かれたようなものなのである︒﹁本稿はまさにこれをこ
そ証
する
だろ
う︒
﹂
(ロ)
﹁平均原理﹂と﹁基本命題﹂
(a)
﹁平
均原
理﹂
﹁平均原理﹂と﹁平均概念﹂とは同一概念であることを知っておくまず︑わが﹁原理構築﹂的論理にしたがって︑
ことが必要である︒氏の大著の前篇﹁平均概念と限界概念﹂の官頭の﹁定義﹂と題された﹁序論﹂の中では︑まず︑
﹁平均概念﹂なるものについて四種の﹁定義﹂が与えられる︒われわれは︑そのうちのもっとも重要かつ基本的な︑
第一の定義について︑簡単に︑その﹁原理﹂性のほどを吟味してみよう︒
の背後でおこなわれるみえざる社会過程によって︑ ﹁川平均なるものは︑本来︑質的(平均質)と量的(平吻量﹀との両面規定をもつが︑質の量への還元という生産者
いずれはすべて量的なものとしてあらわれる︒あるいは質的規定
と量的規定とが一致する﹂(前出︑五三ぺl
少 ) ︒
見られるとおり︑そもそも﹁平均︑なるもの﹂についての基礎的﹁定義﹂からして︑すでに世紀的︑画期的なものが
みらあふれでいるのである︒まず︑﹁平均的なるものは︑本来︑質的と量的との両面規定をもっ﹂という斬新無比な主
張に注目されたい︒ふつう﹁平均﹂といえば﹁平均したもの﹂であって︑﹁平均する﹂ζ
とは
︑﹁
質﹂
につ
いて
も﹁
畳一
﹂
についてもおこなわれうる︒それは﹁質的平均﹂か﹁量的平均﹂かのいづれかであって︑それが同時に﹁質的規定と
量的規定との両面規定をもっ﹂ζとは︑ふつうには考えられほい︒ところがこの﹁両面規定﹂をもっ﹁平均的なるも
の﹂も﹁質の量への還元という生産者の背後でおとなわれるみえざる社会過程によって︑すべて量的なものとしてあ
葉は
︑
らわれる﹂のだそうである︒この﹁生産者の背後でおこなわれるみえざる社会過程によって﹂というわが平瀬氏の言
マルクスの﹃資本論﹄第一巻第一章第二節の中に見出される文章
1 1
﹁種々の撞類﹁古典﹂経済学者の一人︑
の労働がそれらの度量単位としての簡単労働に還元されている種々の比率は︑生産者たちの背後で一の社会的過程に
よって確立される﹂(前出︑四九ぺ!?︑訳
ω l
一一一八ぺ!?)lーをおのずから想起させるものであって︑両者を並べ
﹁眼識狭小でまったく不勉強﹂な﹁資本論﹄学者どもは︑えてして﹁眼識広大﹂なわが平瀬氏がマルクス
の右の文章を見当ちがいに剰窃したものと思いこみがちであるが︑このようなことを推測するのは︑もちろん︑星の数
ほどある﹁諸経済学﹂者ども
1 1
マルクスもふくめてーーをひとまとめにして超克すべきわが平瀬氏にたいするいわ
でみ
ると
︑
規定されたものが︑ れなき誼告をあえておかすものといわなければならない︒わが平瀬氏の真に﹁原理構築﹂的見地からみて﹁原理﹂と
たま
たま
一
﹁古
典﹂
経済
学者
︑
マルクスの一文献のうちに挿入されているだけであろ︒しかも︑
マルクスの場合には︑彼の﹁眼識狭小﹂にふきわしく︑たんに複雑労働の簡単労働への還元すなわち平均労働へのい
わぱ﹁質的平均化﹂としてしかとらえちれていない︒わが平瀬民の見地に立っときには︑ぞれはすぐれで﹁すべて量
的なものとしてあらわれ﹂なければならない︒マルクスのコ面﹂的見地とわが平瀬民の﹁両面﹂的見地との輝かし
い対
照を
見よ
︒
﹁平
均利
潤の
法剣
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
(一
一)
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
則﹂
(一一﹀
ところで︑右のごとき画期的﹁両面規定﹂なるものが具体的にはどのような内容を意味するものであるか
1 1
乙れ
をわが平瀬氏の挙げられる実例についてみてみよう︒氏は即直に﹁マルクスの平均労働﹂なるものを採り上げられ︑
これについてつぎのような﹁原理﹂的把握を示される︒
﹁マルクスの平均労働をとろう︒平均労働は単純封働ともよばれる︒単純労働はひとまず一作業場内で成立し︑つい
で同種産業内部に波及成立する平均封働である︒かくして同種産業の複雑労働は単純労働の倍数として計算される︒
同種産業内部で質的労働の量的還元がおとるわけである︒ζの還元は同種産業内部での異種労働の標準質努働(H単
純平
均労
働)
への還元である限りでは本来は質的操作であったが︑単純平均労働が同種産業内部の社会的平均的必要
労働量の表現であった限り︑本来は質的なこの操作も結局は量的に表現される︒かくしてひとま︑す同種産業内部で単
純平均労働は量的なものとしてあらわれる︒
ある
︒と
ころ
が︑
それのみでない︒全産業にわたる社会的平均的必要労働時間がいずれはうちだされるだろう︒ζれは量的なもので
ζの量的な平均労働時闘を代表しもしくはそれと一致し︑それゆえに単純労働を体化する特定産業
部門があるはずである︒マルクスはとのような単純平均労働を︑ある時は紡績労働と仮定し︑ある時は農業労働と仮
定する︒ここでは単純平均労働は質的なものとしてつかまれた︒それが質的につかまれえたのは︑社会的平均的必要
労働時間という量的規定ぞ通してにほかならなかった︒
するといまや異種産業の複雑封働は単純平均労働としての紡績ないし農業労働の倍数としてあらわれる︒異種部門
の質的労働の量的還元がおとる︒この単純平均労働の量質両面規定︒同種および異種の産業部門における質的労働の
量的還元というこ重のいみQこの点は重要である︒これの把握に失敗した時に︑巨匠リカァドォの絶対価値論の放棄
(その尺度としての社会的平均的必要労働時間の喪失)がくる︒が一方︑マルサスでは平均労働の質的把握わけで農業労
働でのその把握にひとまず成功する︒:::平均的とは標準的ということだと︑
る ﹂
Q則出︑五三l
五五
ペー
ジ﹀
0 このさいしかと銘記されたいものであ
こζに述べられているのは︑﹃資本論﹄の中でマルクス自身述べている﹁平均間働﹂ではなくして︑むしろわが平
瀬氏によって﹁かくあるべし﹂と﹁原理﹂的に設定された︑J﹁平均労働﹂の内容である︒それがマルクスを真に超克
する画期的見解であることは︑つぎの一一︑三を注意することによって︑ただちに知られる︒まず第一に挙げられるの
﹁単純労働はひとまず一作業場内で成立し︑ついで同種産業内部に波及成立する平均労働である﹂(傍点山本)
tま
という主張である︒わが平瀬氏によれば︑平均労働H簡単労働は︑なによりもまっさきに一作業場内で成立するもの
である︒ところで同種産業内部にある作業場は幾千幾万となくあるのであるから︑A作業場内にはAの平均労働が
﹁成
立﹂
し︑
B作業場にはBの平均労働が﹁成立﹂し︑かくして︑同種産業内部には幾千︑幾万の種類の平均労働が
﹁成立﹂することになる︒たとえば︑X産業内部で五万種の平均労働が﹁成立﹂する︒乙れは第一歩である︒
つぎ
に
つづいて第ニ歩が生じる︒それは︑またまた平均労働なるものが﹁同種産業内部に波及成立する﹂という現象であ
る ︒
X産業内部で成立した五万種の﹁平均労働﹂なるものが﹁X産業内部で波及成立する﹂というのは︑そもそもい
かなることであるか
? 1
1
﹁眼識狭小﹂な者どもにはまるで雲をつかむことのように思われる︒ふつうの国語的知識
によれば︑同種産業内部で﹁波及﹂する﹁平均努働﹂と﹁成立﹂する﹁平均労働﹂とは︑まったくことなったものであ
るはずである︒乙のまったく相容れない二種の﹁平均労働﹂を無造作に﹁波及成立﹂として﹁統一﹂してしまうとこ
ろに︑わが﹁原理構築﹂の偉力を知るべきでみのる︒かようにして︑わが平瀬氏の画期的論理のおかげで問題産業内部で
一平
均利
潤の
法制
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
制﹂
(二
)
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
の法
即刻
﹂
つ 一 )
二四
﹁平均労働﹂が﹁波及﹂もし﹁成立﹂もしてから︑さてそこで︑第三歩が生じる︒それは︑同種産業内部で﹁複雑労
働が平均封働の倍款として計算される﹂という現象である︒ζのような﹁還元﹂が第三歩として生ずるという見解も
まったく画期的なものであるが︑なおこの﹁還元﹂をぱ﹁質的労働の量的還元﹂というように表現した氏の論理の至
幻至妙ぶりを十二分に味読しなければならぬ︒複雑労働と簡単労働との関係は︑労働の質の問題であり︑したがって
その問の﹁還活﹂も質的な面での還元である︒それは異なった質の労働の平均的な質の労働への還元であり︑量的な
還元ではない︒もらろん︑高﹂皮の質をもっ複雑費働が平均的な質の簡単労働に還元されるときには︑より多量の簡単
労働として計算されねばならぬ︑だが︑それは量的還元というζとではない
oi
l‑
とζろが︑﹁還元﹂についてのこの
﹁眼識狭小﹂の輩のえてしておちいる誤解なのである︒わが平瀬氏のつぎのごとき世紀的論理を呑み
とみえない者は︑永久に救われはい者である︒第一に︑それは︑厳密にいえば本来﹁質的還元﹂ではなく︑﹁質的操
作﹂でしかない︒第二に︑平均労働は同種産業内部の﹁社会的平均必要労働量の表現﹂であ万のである︒第三に︑故
﹁質
的な
操作
﹂は
︑結
局︑
よう
な理
解は
︑
l乙
﹁量的に表現される﹂︒第四に︑結論として︑同種産業内部で平均労働は
﹁量
的な
も
のとしてあらわれる﹂のである︒﹁限識狭小﹂者どものありふれた論理にしたがえば︑はじめに﹁単純平均労働﹂な
乙れをもってある特定の産業部門で特定の生産物を主産すろために必要な労働時間︑すなわち社会的
るも
のが
あり
︑
必要労働時聞がきまるζとになる︒それゆえ︑﹁平均努働﹂への﹁還元﹂と︑乙の﹁平均労働﹂をもって生産に必要
な労働量とは︑まったく別物である︒それは︑物尺そのものと︑その物尺で測られた長さとの聞の差違と同じような
ものである︒だが︑乙のありふれた考え方は︑もちろん︑あわれな錯覚である︒わが平瀬氏のすぐれた﹁尿理構築﹂
つまり量的規定だけを見るべきであり︑物尺そのものを的論理にしたがえば︑われわれは物尺について目盛だけを︑
ひとつの全体として考えてはならない︒物尺は量的なものである︒単純平均労働は量的なものである︒
だが︑わが平瀬民の画期的説明の独自的﹁原理﹂性は︑それのみではない︒
氏ーは︑さらにつ︒つけて︑ある特定の産業内部でまず﹁波及成立﹂じた﹁単純平均労働﹂から︑これについで﹁いず
れは﹂﹁全産業にわたる社会的平均的必要労働時間﹂なるものが﹁うちだされる﹂との主張をうちだされる0
・乙
れは
﹁必要労働時間﹂であるから︑わが平瀬氏の確言をまつまでもなく︑﹁量的なもの﹂であることはうたがいない︒
産業部門︑たとえば織物業において綿布一ヤiルの生産に要する﹁社会的必要労働時間﹂が三O分であるとし︑また
他の産業部門たとえば製靴業で靴一足の生産に要する﹁社会的平均的必要労働時間﹂が一0時間であるとし︑さらに
また製鉄業で鋼塊一トンの生産に要する﹁社会的必要労働時間﹂が宜0時間であるとするとき︑
会的平均的必要労働時間﹂なるものは︑いったい︑いかなる生産物たついて︑どのように算定されうるであろうか? ﹁全産業にわたる社
わが
平瀬
氏が
︑
﹁社会的平均的労働﹂のうちに﹁社会的平均的必要労働時間﹂を物の美事に﹁包摂﹂してしまわれた
﹁眼識広大﹂なわが平瀬氏の﹁原理構築﹂的論理の偉大な綜合力を示すものでなけ
ればならない︒民は重ねて︑とくに﹁量的﹂という点を強調されて︑﹁この量的な平均労働時間を代表する﹂特定産
﹁ζのような単純平均労働﹂を紡績労働と仮定していろ点に ことはうたがいない︒乙れ乙そ︑
業部門があるはずと教示ぎれている︒かのマルクスは︑
おいて︑は己めて﹁古典﹂経済学者の末席ぞ占めることを許される︒もちろん︑マルクスの﹁乙のような単純平均封
働﹂という質的規定は︑わが平瀬氏によって当然に超克されるべきものであり︑それは﹁量的な平均労働時間﹂とい
う量的規定におきかえられなければならぬ︒マルクスが﹁社会的平均的労働﹂という︑価値規定的労働の質的規定を
ば全産業部門を通じてとらえたのは︑そもそも逆立ちしているのである︒それは質的規定にのみ︑
一一
聞に
のみ
とら
わ
﹁平
均利
潤の
法則
﹂と
﹁最
大限
利潤
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則﹂
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