顔パタンからの年齢の知覚 : 心理学研究の博物館 展示の可能性
著者 越智 啓太
雑誌名 東京家政大学博物館紀要
巻 7
ページ 97‑109
発行年 2002
出版者 東京家政大学博物館
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010236/
顔パタンからの年齢の知覚 一心理学研究の博物館展示の可能性一
越智 啓太
Perceiving Age in Human Face.
Keita OCHI
1.問題
従来、心理学の研究は、博物館展示の対象にされることは、ほかの分野に比べて比較的少な かったように思われる。このような状況の中で、平成11年7月31日から同年10月17日まで国立
科学博物館で行われた大「顔」展は、画期的な展覧会であった。この展覧会は、「顔」をめぐる
心理学、工学、医学、歯科学、人類学、社会学など各分野での研究をあっめ、それをビジュアルに、かっ参加型の展示として表現したものであり、心理学の分野からは「顔」の知覚、錯視、
「表情」の認知に関する研究例等が展示され、好評を博したのである(日本顔学会、1999)。
心理学の研究の中でも、いわゆる「知覚」研究といわれている分野は、錯視に代表されるよ うに、ビジュアルに最新の研究成果を展示することが可能であり、また観客も、問題が日常的 なものであるが故に興味を持って参加できるという意味で、教育的でかっ、楽しめる展示とし
て大きな可能性を持っている。特に、大「顔」展で取り上げられた、顔の認知の研究は、近年、
さかんに研究されている分野であり、博物館展示にもっとも適したテーマであったといえるで
あろう。
本論では、この「顔」にっいての研究のうち、顔からの年齢の認知の問題を取り上げ、その 研究の現状を紹介するとともに、このテーマにっいての博物館展示の可能性について検討して
みたいと思う。
2.顔からの年齢認知の問題とは何か
さて、我々は、人の顔を見て、その年齢をかなり正確に推定することができる。このような 能力は誰もがもっているために、とくに優れた能力であるように感じないのが普通である。と ころが、人間の顔を入力し、コンピュータの画像処理を用いて、そこから年齢を推定させるよ
うなプログラムを書こうとすると、非常に困難であることがわかる。
なぜなら、目や鼻や口などの構成要素の大きさを人類学的な手法で測定してみても、年齢差
心理教育学科 犯罪心理研究室
に直接対応するような指標、具体的には年に比例してのびるような部分は存在しないし、また、
年齢によるこれらの計測値の分散は、男女差、個人差、表情差、人種差などの分散の中に紛れ
てしまい、なかなか、この要素だけを取り出すのは困難だからである。
そこで、この人間の優れた年齢認知はいったいどのようなアルゴリズムでなされているのか、
といった問題を検討することが必要になってくるのである(赤松、1997)1)。
3.顔から年齢は読みとれるのか?
この問題を検討するために、まずはじめに、そもそも人間は顔から、本当に年齢を読みとる ことができるのかといった問題に関しての実証的な研究を見てみることにしたい。これは経験 上、自明のことのように感じられるが、研究をはじめるにあたっては、やはり実証的なデータ
でこの点を押さえておく必要がある。
この点を検討した実験としてあげられるのは、根ケ川(1986)35)の研究である。彼は、0歳か ら67歳までの男女の顔写真48枚を19〜22歳の大学生57名に評定させる実験を行った。その結果、
年齢の推定はきわめて正確であることが示された。また、推定される顔写真の年齢が若いほど、
年齢推定は正確で分散も小さいという傾向が見られた。
また、渡辺・足立(1987)55)は、警察が持っている目撃者データを詳細に検討し、事件の目
撃者が証言した犯人の年齢と、実際に後で捕まった犯人の年齢の関係557組を分析した。その結果、これらの間にはきわめて高い相関関係があることが示された。
このような傾向は、ほかの多くの研究においても同様に認められている(Markey,193428);
Gardner&Wallach,196511);Pittenger&Shaw 1975a43),1975b44);鈴木・宇那木,196751);
根ケ川,198736),199337);Henss,199212))。
4.年齢認知の手がかりは何か?
以上の研究から、直感通り我々の顔からの年齢認知が正確であることがわかった。では具体 的に顔のどのような要素を元にして我々は、年齢を知覚しているのであろうか。この点に関し てなされた研究には、大きくわけて2っのアプローチがある。
(1) マスク研究
最初のものはマスク研究である。これは顔の一部を隠すことによって、顔の年齢知覚がどの
程度阻害されるのかを検討してみるというものである。
このアプローチの研究としてあげられるものに、Jones&Smith(1984)14)の研究がある。
彼は4歳児を被験者として、(1)マスクなし、(2)目のマスク、(3)鼻と顛ペーじのマスク、(4)
口とあごのマスク、(5)輪郭のマスクの5種類のマスクがなされた0歳から70歳までの写真で 年齢ソート課題を行ない、目のマスクと鼻のマスクが、ほかの条件に比べて年齢推定を困難に することを示した。これは、年齢の推定は目と鼻に関する部分が担っている可能性が大きいこ とを示す結果である。ただし、子供に年齢推定の手がかりを明示的に聞いたところ、髪の毛と
しわを手がかりにしたという返答が多かった。これは、顔のパーッ情報による年齢認知は比較 的自動的に行われ、意識されがたいのに対して、しわや髪の毛の手がかりはより意識的に利用
される可能性があることを示している。
また、もうひとっのマスク研究として、Pittenger&Shaw(1975)44)の研究がある。この研 究では、15人の刺激人物の幼児から大学生までの6っの年齢層の写真が刺激として用いられた。
被験者は大学生であった。被験者には顔や背景のすべてを提示する条件と、その一部をとって しまう条件(顔だけが提示される条件や顔の輪郭情報がマスクされる条件など)で、顔からの 年齢の認知がどのように変わるのかが検討された。その結果、マスクがない場合は先行研究同 様、年齢の認知は正確にできたが、マスクが加えられると、加えられるほど年齢の認知は不正
確になり、とくに、推定される年齢が上昇していくという傾向が見られた。
これに対して、越智(未発表)41)は、40歳代の男性の顔を刺激として大学生を被験者として
同様の実験を行ったところ、マスクがなされると年齢推定が不正確になるという傾向は見られ たが、この方向は、マスクがなされるほど年齢推定が下降していくというPittenger&Shaw(1975)44)の結果とは反対のものであった。この結果から、彼は、年齢認知においては顔の輪郭
や背景の情報などさまざまな要因が考慮されるが、このような手がかりが少なくなると、人は 対象人物の年齢を自分の年齢に近づけて判断するようなバイアスがかかってくるのではないかと指摘している。
実際、横顔の輪郭線のみから、その顔の年齢を推定させる課題を行わせると、推定される年
齢と被験者の年齢の間に正の相関が生じることを越智(1995)40)は実験的に示しているが、これ
はこのバイアスの存在を裏付けるものであろう。
(2) 顔の特性と年齢認知の手がかり
もう一つのアプローチは、顔の物理的な特性と年齢認知の関係を直接的に検討するものであ る。具体的には、さまざなま顔を被験者に見せて、その年齢を推定させ、そのずれと顔の物理
的特性の関係を検討するものや、実際の顔でなく、フォットーフィット、あるいはアイデンティ
ティキットといわれる、いわゆる「モンタージュ写真」を用いて、さまざまな顔を作成してそ の年齢を推定させ、その推定値と顔の物理的な特性の相関をみていこうというものである。まず、Bradshaw&McKenzie(1971)7)は、顔の輪郭一目一鼻一口からなる顔の模式パタン を用いてその年齢の推定を行わせる実験を行った。その結果、鼻の長さが推定年齢と関連して いて、鼻が長いほど年齢が高く推定されるということがわかった。この点に関して、根ケ川
ロ
(1986)55)も実際の写真を使った実験で顔の幅に対する鼻の長さと推定年齢の間にr=.86の相関が あることを示している。また、Alley(1983)2)は、額の大きさが大きく顎が小さく、顔の特徴
の配置が低いほど年齢が低く見られることを示した。顔の特徴の配置に関しては、Motepare&McArther(1986)33)が3歳児を使った研究でやはり同様な結果を得ている。 McArther,
Lipnick&Rubin(1984)30)は、 rectangular/squareな顎とova1/roundな顎による年齢の推
定を比較し、後者の形よりも前者の形の方がより高い年齢に知覚されることを示した。Berry&McArthur(1986)5)は、顔全体の輪郭に関してやはり、 angular faceは、 round faceに比 べてより成熟して知覚されるということを示した。彼らはまた、eye sizeとeye blowの高さが
知覚される年齢とネガティブな相関を示すことも示している。eye sizeが年齢の推定や、顔 のcutenessやbabyishnessと相関しているという研究はそのほか非常に多い(Hildebrandt&Fit・gerald,197913);Sternglan・, G・ay,&Mu・ak・mi,1977・・);M,A.th,r&Ap。t。w,
1983−198429)).しわに関した研究では、M・・k, Pitt,nger, Hines, Carel1。, Sh。w,&T。dd
(1980)が線画を使った研究で、Montepare&McArther(1982)32)が、写真を使った実験でそ れぞれ、しわと年齢認知に相関があることを明らかにしている。
5.幾何学的変換アプローチ
(1) 幾何学的変換アプローチとは
前節では、顔の様々な構成要素が年齢と相関をしていることを示した。実際にここで挙げら
れてきた要因の多くは、顔の加齢変化の人類学的な計測値や法医学的な計測値(吉野・宮坂,
2000)62)と密接に関連しており、実際の加齢変化手がかりが顔からの年齢知覚の手がかりになっ
ているという意味で極めて妥当な知覚プロセスであるということができる。しかしながら、実 際の年齢知覚が単にこれらのパーッの長さに依存するような表層的な処理で行われているのか というと必ずしもそうでないと考えられる。なぜなら、多くの研究によって、顔パタンの認知 は部分的なパーッ処理の集積ではなく、顔画像全体のパタンにっいての処理によって行われていることが示されているからだ(Bruce,1988)8)。実際の年齢認知も、もっと顔全体のダイナ
ミックな特性に基づいているのではないかと考えられる。
そのような観点からみて興味深い研究のひとつに加齢認知の幾何学的変換モデルにっいての
研究がある。
このアプローチは、Thompson(1942)53)が、動物の形態が別の動物の形態の幾何学的変換に
よって得られることに端を発したものである。加齢との関係でいえば、加齢による顔や身体の 変化を何らかの幾何学的変換過程としてとらえ、その変化量の認知が加齢の知覚を担っているのではないかととらえるアプローチである。
(2)加齢認知と関連する幾何学的変換
かって、Lorenz(1950)21)は、年齢の認知(というよりは、かわいさの認知であったが)を規
定するものとして、顔の傾きをあげた。これはaffine変換様の顔図形の変形が年齢認知を規 定しているということを示したモデルである。これに対して、骨格発達の解剖学的な観点からThompson(1942)53)は、 strain(歪み)を重視した。加齢認知との関係で特に重要なstrainは、
cardioid変換によるものである。一般に頭蓋骨は成長に従って大きく変化するがその変化は頭 蓋骨の各部分にかかる重力と関連している。頭蓋骨下部は上部に比して、頭蓋骨自体の重さが かかってくるためにより変化量が大きいと考えられる。いま、液体を満たした風船の中央部を
っるした場合、各部分にかかる下向きの圧力はP=k(R−Rcosθ)のような式で示すことができ
る。この関数によって物体を変形させていく と、時間の経過に伴い球形から逆向きのハー
ト形を描くような物体に変形していく。この
ような変形に対応するような変換が、cardioid 変換である。Mark, Todd,&Shaw(1981)25)
は、実際の人間の加齢に伴う頭蓋骨の変形パ
タンが、cardioid変換でもっともよく近似でき
るということを示した。また、顔の物理的特 性研究の成果である、鼻の長さやあごの形、目の大きさやひたいの広さ、が年齢認知に影
響するといった効果についてもcardioid変換
モデルを使用すれば一挙に説明できる。すな 図1 Cardioid変換を顔のパタンに適用した結果
わち、cardioid変換をかけていくと、顔パタンは、相対的に鼻が長くなり、目が小さくなり、額が狭くなっていくからである。
さて、Lorenzの指摘するようなaffine変換とThompsonのアイディアをもとにしたcardioid 変換のどちらが加齢認知を規定しているのだろうか。この問題を検討するために、Pittenger
&Shaw(1975)43)は、顔の横顔の基準図形をこれらの2つの関数にしたがって、変換したパタ ンを作成し、それらのパタンを被験者に提示して、その年齢を知覚させる実験を行った。その 結果、両パタンとも年齢知覚には関係しているが、cardioid変換のほうが圧倒的に大きな効果
を年齢認知に与えるということが示された。また、Mark, Todd&Shaw(1981)25)と、 Mark&
Todd(1985)26)は、 cardioid変換、 spiral変換、 affine変換、 reflected変換、 rotation変
換、 reviced cardioid変換の6つの変換パタンを用いて、横顔図形を変換させ、これを被験者に見せて年齢を知覚させる実験を行った。その結果、cardioid変換、 spiral変換が、その他
の変換よりもより年齢知覚を反映していることが示された。
(3) cardioid変換モデルの展開
Pittenger&Shaw(1975)43)の実験では、 cardioid変換が、加齢認知に重要な要因となって
いることが示されたわけであるが、cardioid変換の原点の位置は耳の穴の部分とあらかじめ設 定してあった。しかしながら、これは任意に設定できる変数であるたあ、その妥当性にっいては検討の余地が残っている。そこで、Cutting(1978)10)は、 cardioid変換の極座標の原点をど
こにとるかという問題にっいてさまざまな部分を原点とした変換パタンを生成し、その年齢を 推定させる実験を行ったところforamen magnum(大後頭孔、延髄の通る後頭骨の穴)がもっとも加齢変化を適切に近似する原点であることを示した。
さらに、ここまでの研究で用いられたのはいずれも2次元の横向きの顔図形であったが、こ れにっいてはその後、正面向きの顔の輪郭(Mark&Todd,1983)24)、写真(Mark&Todd,
1983)24)、実際の顔写真の正面像(Yamaguchi, Oda,&Fukumachi,199559);山口・尾田,
199761);中川・宗続・角・前原・千原,199734))に拡張され、正面顔の加齢認知に関しても、
やはり、cardioid変換モデルの妥当性が示された。正面向きと横向き、いずれも加齢認知の基 礎がcardioid変換であることから、 Mark&Todd(1983)26)は、15歳の女性の3次元立体胸像 をこの変換にかけることによって、子供(に見える)胸像を作ることに成功した。また、
Bruce, Burton, Doyle&Dench(1989)9)らはコンピューターグラフィックを用いて、3D
画像においてこの現象を示した。
(4)加齢認知の一般モデル
ところで、これらの年齢認知におけるcardioid変換モデルの研究は思わぬ副産物を生んだ、
それは、「加齢」についての一般理論である。Pittenger, Shaw,&Mark(1979)45)は、人の顔
だけでなく、鳥、猿、犬のような顔においてもcardioid変換モデルが同様にあてはまることを示した。また、そればかりでなく、「フォルクスワーゲン」といった生物体でないものの「年齢」
推定も、この変換が重要であることを示したのである。これは顔ばかりでなくさまざまな物体
の「年齢」の知覚において、このモデルが
重要な役割を果たしていることを示して いる。また、ものの年齢といった従来特 に意識しないようなもので、しかも実際
の変化と異なるもの(車など)にこのモデ
ルが般化すると言う事実は、cardioid変 換といった高いレベルでの変換規則が生得的に我々に「組み込まれている」のでは ないかとも考えられた。
年齢認知は乳幼児の頃から成立するこ
と(Taylor, Steele,&Roberto,1982)52)、
配偶者選択においては年齢認知はきわめ
て重要な知覚要素であること(蔵,1993)17)
などもそれを裏付ける根拠となる。
ところが、「加齢認知の一般モデル」が
なりたたない、いくっかのパタンが存在するという事実がすぐに発見された。
Mark, Shaw,&Shapiro(1986)27)は、
曲線から構成された人間の横顔のパタン
を4段階に角張らせていき、ロボットの
ような顔を作成し、これにcardioid変換 を適用した図形を作成し、加齢判断を行わせた結果、角張っていくにしたがって、
STRAIN
(K)
一.30
一.20
一.10
0
,10
.20
.30
BIRD
ANIMAL
MONKEY DOG
f>c:99・
図2Cardioid変換を動物の顔に適用した結果
(出典、Pittenger, Mark,&Shaw,1979)
cardioid変換にしたがった加齢認知が行われなくなるということを示した。このような現象は、
加齢認知が一般的にはcardioid変換と密接に関係しているものの、その適用に際しては何ら
かの「制約」が存在することを示しているだろう。
6.幾何学的変換アプローチによる年齢知覚モデルの問題点
(1)cardioid変換モデルの問題点
以上述べてきたcardioid変換モデルは、人間の年齢知覚現象をかなり有効に説明できるよ
うに思われる。しかしながら、このモデルにはいくっかの問題点がある。
第1の問題点は、cardioid変換をしていったパタンは確かに系列としては加齢を示している かもしれないが、そのパタンを見せて、それが何歳かといったことを直接判断をさせた場合
(絶対的年齢判断)(たとえば、越智,1995)40)、その上限は、せいぜい30代くらいにしかなら
ず、それ以上の年齢にっいてはこのような幾何学的な変換モデルでは説明できないという点で ある。 第2点は、人類学的(Ohtuki,1982)42)、法医学的な計測データでも、頭蓋骨や顔面 形状の変化はせいぜい20歳くらいで停滞してしまうということである。これらの現象は、顔の 構造的な要因から年齢を認知していく場合、人生の中で比較的幼い世代にしか、この方法は適用できないことを示している。
第3点は、目や鼻などの個々の特性の配置位置のみから、歪みの量を直接計算する方法がな いという問題である。cardioid変換モデルはあくまで、原図形を変換する方法であり、刺激図
形からのパラメータの推定は別問題である。
(2)cardioid変換モデルの2種類の情報源
上記の第1、第2の問題点は、cardioid変換による歪量という手がかりが、比較的低い年齢 層の年齢知覚のモデルにしか当てはまらないということをさしている。では、それ以上の年齢
の推定はどのような手がかりが利用されるのか。
このような観点で、従来の研究を見直してみると、しわなどの顔の(肌の)テクスチャの要 因が重要なのではないかということがわかる。このようなテクスチャ要因は、都合の良いこと に構造的要因による年齢推定が可能な20歳代まではほとんど生じないにもかかわらず、構造的
な要因から年齢推定が困難になる20代後半から増加することが広く知られている(吉野、宮坂、
2000)62)(たとえば、「25歳はお肌の曲がり角」と言われる)。そこで比較的年齢の低い層の加齢
認知においては構造的な要因の知覚がもっぱら関与し、それ以上の年齢層に関しては、テクス チャの要因が関与するのではないかということが考えられる。ふっう新聞などのきめの粗い写 真では、子供の年齢の知覚はできても大人の年齢の知覚にっいては髪の毛などの手がかりがな ければ、比較的難しい。これは、テクスチャ要因を担う高い周波数の情報がカットされていることに起因するのではないだろうか。
っまり、年齢認知には、20代程度までの年齢を知覚する構造認知プロセスとそれ以上の年齢 を認知する、顔のテクスチャ処理プロセスが働いているのではないかということになる。
(3)典型顔パタンの貯蔵
さて、次に第3の問題点であるが、この問題を解決する一っの方法は、我々があらかじめ心 的に比較対照となる基準の顔パタンを保持しており、刺激が提示された場合、基準顔を重なる
まで変形させていって、その時点での、パラメータを読みとっているという方法である。
そして、実際、我々が顔の認知や記憶に際して、基準となる顔パタンを保持して、そこから のズレを計算しているということについては、複数の証拠がすでに示されている。いわゆる顔
の典型性効果(typicality effect)、あるいは示差性効果(distinctiveness effect)がその証拠 である。
これは、さまざまな顔を光学的に重ね合わせたり(Langlois&Roggman,1990)18)、ある いはさまざまな顔のパタンのパーッの計測値の平均値を算出し、CGなどの手法を使って再構 成した(Yamaguti, Hirukawa,&Kanazawa,1995)60)顔パタン(これらは、多くの顔を 平均化して構成されたという意味で平均顔と呼ばれる)は、記憶されにくかったり(Light,
Hollander&Kayra−Sturt,1981)20)、高い既知感を生じさせたり(Shepherd&Ellis,197348);
Shepherd, Gibling,&Ellis,199149);Vokey&Read,1992)58)、高い魅力がある(Langlois
&Roggman、1990)18)と評定されたりするという効果である。このような効果が生じるのは、
我々が記憶内に「平均顔」表象を持っており、個々の顔はこの表象とのずれによって符号化さ
れたり処理されたりしているからだと考えると理解しやすい(Valentine,199156),199157))。
そこで、年齢の知覚に関してもこの基準顔パタンが用いられており、この顔パタンを基準にし たcardioid変換の歪み量の算出によって、年齢知覚が成立しているののではないかと推測で
きる。
ところで、ここでいう基準顔パタンは、どのようなものであろうか、先に述べたように、越
智(未発表)41)は、顔にマスクをかけていくと推定される年齢は自分の年齢に近くなるという現
象を示した。これは、年齢認知の基準となる顔パタンが、自分の属している年齢のものである ことを示唆しているように思える。年齢認知の手がかりが少ない故、デフォルトである、この基準パタンの年齢を答えてしまうと考えられるからである。また、根ケ川(1993)39)は、子供か
ら老人まで様々な年齢層の被験者に対して、さまざまな年齢の顔写真を見せて、その年齢を推 定させる実験を行った結果、自分が属している年齢層の年齢の推定がもっとも正確にできるということがわかった。さらに、渡辺・足立(1987)55)は、事件の目撃者が犯人の年齢を判断す
る場合、自分の年齢に近いほうにバイアスがかかってくるという現象を報告している。これらの現象も、「基準顔=自分の年齢仮説」を支持するものといえるであろう。ただ、これが、「自
分の年齢」自体によって規定されるのか、自分の日常もっとも良く遭遇する年齢層によって規定されるのかは、検討していく必要がある。
さらに、「美人は若く見える」といわれる現象がロバストな現象として存在する(Korthase
&Trenh・1m・,198215),198316);M・A・thu.&Ap。t。w,1983.8429);B,rry&M,A.thu,,
19865);Ritter, Casey,&Langlois,199147);Henss,199112))が、「美人」は典型的な顔
であることが多いため、これは、典型顔は、自分自身の年齢であるという現象と矛盾している
可能性もある。この点についても今後研究が必要であろう。
7.顔からの年齢認知に関する博物館展示の可能性
さて、ここまでで、顔パタンからの年齢の知覚に関する心理学研究を概観してきたわけであ るが、博物館展示という観点から見ると、この研究史、実験史そのものが、それぞれ、ビジュ
アルな展示が可能で、かっ興味深い展示となりうることがわかる。たとえば、マスク研究では、
顔の一部を隠すことで年齢認知が変化する現象は容易にデモンストレーション可能であるし、
顔のパーッが年齢認知に及ぼす効果については、コンピュータを用いた、「モンタージュ写真」
装置を用いて、対話式に実験することが可能である。具体的には、鼻や口の長さや形を変化さ せたり、ひたいを広くさせることが年齢認知にどのように影響するのかはその場で実験して、
体感することが可能である。さらに、cardioid変換といったものでさえ、現在の画像処理技術
から見れば、極めて容易に実現できる。このような実験を通じながら、「仮説実験的」に年齢認 知がどのように成立するのかを考えてみることが出来るのである。
最初にも述べたように、心理学研究の博物館展示は実際にはまれである。しかし、分野によっ ては、このように最先端の知識を楽しみながら展示することは十分可能である。「顔」研究に限
らず、多くの分野で、このような展示の試みが企画され、おこなわれることを期待したい。
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