ミクロ経済学入門
丹野忠晋
∗令和
2年
10月
21日
1
弾力性と財
ここでは様々な価格弾力性を紹介します.それを用いて財の性質を導き ます.
1.1
価格弾力性
需要の価格弾力性は普通の弾力性と弧弾力性があります.微分を用いる と弧弾力性の方が一般的であることが分かります.しかし,普通の弾力性 も直感的に分かりやすいでしょう.
1.1.1
需要の価格弾力性
例えば,サンマの需要関数が次の分数関数で表現されているとしましょ う.q はサンマの数量,p はサンマの価格を表わします.
q=D(p) = 600
p (p >0) (1)
図
1にこのサンマの需要曲線が描かれています.
0
q p
q=D(p) =600p
のグラフ
サンマの数量
510 20
120 60
30 A
B
C
サンマ
の価格
図
1:サンマの需要曲線
∗拓殖大学政経学部. Email: [email protected]
サンマが
1匹
20円のときには,
D(20) = 600/20 = 30匹の需要がありま す.価格が
10円に下落すれば,60 匹に購入量が増えています.つまり,サ ンマの価格が
10円下がったときに,サンマの需要量が
30匹増えています.
この変化の記述法は,円や匹という通貨や数量の単位に依存しています.
経済学はどんな国でもどんな財でも成り立つ普遍的な原理を追います.そ のため,経済変数の変化を記すには変化率を用います.私たちもバーゲン で「2 割引」などの価格の下落の比率に注目することがありますね.
変化率
変化前と変化後の値がある時に,変化率は,
変化率
=変化後の値
−変化前の値 変化前の値
である.変数
xとその変化
∆xを用いると下のように表現できる.
変化率
=∆x xそれでは,サンマの価格が
20円から
10円に下落したときの,価格と数 量の変化率を求めてみましょう.
価格の変化率
= ∆pp =10−20
20 =−0.5
数量の変化率
= ∆qq = 60−30 30 = 1
このケースでは,パーセントや割を用いて,価格が
50%下落した,数量が
10割増えた,と表現することもできますね.
問い
1サンマの需要関数
(1)において,価格が
p= 10から
p= 5に下 落したときの価格と数量の変化率を求めて下さい.
答え1 ∆p/p= (5−10)/10 =−0.5, ∆q/q= (D(5)−D(10))/D(10) = 1
このように需要曲線に沿った価格と数量の組の変化率を求めることでき ました.次に,財の種類によって価格変化に対して需要量の変化が異なる ことをどのように表現したら良いでしょうか?上で計算した価格変化率は
−50%
でした.現実には状況によって価格変化率は異なるでしょう.その ふさわしい尺度は,価格を基準化した「価格が
1%変化したときの需要量 の変化率」です.これを求めるには,割り算の定義を思い出して,需要量 の変化率を価格の変化率で割ります.これを需要の価格弾力性といいます.
「弾力」は,文字通り弾む力を意味します.ゴムボールを上から床に落
とせば弾んで跳ね返ってきます.これを弾力的といいます.しかし,ボウリ
ングのボールでは跳ね返らず床にめり込むかもしれません.この場合は非
弾力的と呼びます.このように,価格変化という外の力に対して,どのく
らい需要量が変化として返ってくるかを測る概念が需要の価格弾力性です.
需要の価格弾力性
価格
pと需要量
qに対して,需要の価格弾力性
εは下のように定義される.
ε=−
∆q q
∆p p
=−∆q
∆p p q
弾力性は英語で
elasticityなので
eを記号として用いたいところですが,
後で重要な定数に
eを用います.ギリシャ文字の英語の
eに相当するイプ シロン
εを弾力性の記号として用いることにします.注意して欲しいのは,
この定義の中にはマイナスの符号があることです.需要曲線は右下がり なので価格と需要量は逆向きに動きます.そのため,需要の価格弾力性の
∆q/∆p
の部分はつねに負となります.弾力性の値は正にした方が分りや
すいので,その定義の最初に
−1を掛けています.
1.1.2
需要の弧価格弾力性
上に述べた需要の価格弾力性は始点と終点が入れ替わると弾力性の値が 異なります.実際は価格は小さく変化しかしませんが,それが大きくなる と違和感を持つでしょう.
微分を用いると解消されますが,現時点での解決方法は弧弾力性を用い る方法があります.それを紹介しましょう.普通の弾力性との違いは,変 化率を考える基準が変化前と変化後の平均になっていることです.
弧弾力性
εD =∆Q
Q1 +Q2 2
∆P
P1 +P2 2
=
Q2−Q1 Q1 +Q2
2
P2−P1
P1 +P2 2
例えば,需要量の変化
∆Qに対して当初の需要量
Q1で割るのが普通の弾 力性です.弧弾力性では
(Q1+Q2)/2で割ります.
サンマの価格が
20円から
10円に下落したときの弧弾力性を求めましょう.
弧弾力性
εD =60−30
60+30 2
10−20
10+20 2
=
30 45
−10 15
=
2 3
−23 =−1
結果は
−1になりました.マイナスを取ると
1になります.
反対にサンマの価格が
10円から
20円に上昇したとしましょう.その弧 弾力性は同じ
1になります.
弧弾力性
εD =30−60
30+60 2
20−10
20+10 2
=
−30 45 10 15
=−23
2 3
=−1
このように変化の方向で弾力性が異ならないので弧弾力性は望ましい.し
かし,この方法が一般に用いられるわけではありません.実際の経済分析
では微分を用いて価格弾力性を表現します.
1.1.3
需要の交差弾力性
ここまではある財のその価格の変化で弾力性を見ました.他の財の価 格の変化によっても需要が変化します.アイスクリーム価格の変化によっ てかき氷の需要量が変化する.スキー場のリフト券の価格によってスノー ボードの需要が変化します.つまり,代替財や補完財の関係を決めるのが この需要の交差弾力性です.
需要の交差弾力性は,別の価格の
1%の変化に対して,ある財の需要量 が何
%変化するかを示す尺度です.財
yの価格に対する財
xの需要の弾 力性は,下になります.
交差弾力性
=財
xの需要量の変化率
(%)財
yの価格の変化率
(%)この交差弾力性がマイナスならば,この
2財の関係は補完財の関係です.
リフト券の価格が上昇するとスノーボードのをする人が減ってスノーボー ドの需要が減ります.価格がプラスで需要がマイナスなので,交差弾力性 はマイナスになります.
反対にこの交差弾力性がプラスならば,この
2財の関係は代替財の関係 です.アイスクリームの価格が上昇するとかき氷の需要が増えます.価格 がプラスで需要がプラスなので,交差弾力性はプラスになります.
肉と魚,衣類と娯楽,牛乳(全乳)と低脂肪乳は互いに代替財です.ま た,肉とジャガイモ,食料品と娯楽は補完財です.例えば,牛乳(全乳)と 低脂肪乳の交差弾力性は
0.5ですから,もしも牛乳
(全乳
)の価格が
10%変化すれば,低脂肪乳の需要量は
5%増えると予想できます.
交差弾力性
×財
yの価格の変化率
(%) =財
xの需要量の変化率
(%) 0.5×10 = 5このように交差弾力性が分かっていれば他の財の価格変化によってもう一 つの財の需要量の変化が分かります.
1.1.4
需要の所得弾力性
次の弾力性は,所得の変化による需要の変化を測ります.お金持ちにな ればベンツのクルマを買おうと思いますが,今まで乗っていた軽自動車は 買わなくなります.このように所得の変化によって購入が増える財と減る 財を区別する概念が需要の所得弾力性です.
需要の所得弾力性は,所得の
1%の変化に対して,その財の需要量が何
%
変化するかを示す尺度です.需要の所得弾力性は,下に定義します.
所得弾力性
=需要量の変化率
(%)所得の変化率
(%)需要の所得弾力性によって普通の財とお金がない人が買う財を分類でき
ます.最初の正常財は,需要と所得の変化の方向が同じ財です.お金持ち
になれば,消費が増える財です.
•
ある財の需要の所得弾力性が正ならば,その財は正常財と呼ばれます
•
ある財の需要の所得弾力性が負ならば,その財は劣等財と呼ばれます 次の劣等財は,需要と所得の変化の方向が逆です.お金持ちになれば,消 費が減る財です
1.反対に貧乏になると消費が増えます.
正常財はどのような財でしょうか?海外旅行,医療,電力などは正常財 であると推計されています.また,米や公共交通機関は劣等財だと見なさ れています.
所得が上昇すると消費パターンが変化します.例えば,医療の所得弾力 性は
1.18です.所得が
1%増えると医療サービスの需要が
1.18%増えま す.所得の上昇以上に医療の消費が増えています.よって,お金持ちにな るほど,医療の所得に対する消費割合が増えることになります.つまり,
お金持ちがより多く買う財を所得弾力性は見つけることができます.
このような財を奢侈財(しゃしざい)あるいは贅沢品といいます.ある 財の所得弾力性が
1よりも大きいとき,その財は奢侈財といいます.シリ アル食品の所得弾力性は
0.32ですので,正常財ですが奢侈財ではありませ ん.お金持ちになるとシリアル食品への支出は増えますが,所得に対する 消費割合は減ります.
1正常財を上級財,劣等財を下級財と呼ぶこともあります.