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聖旨
う
1
尋常小學修身書第四巻
乙貌第一章︒
目次
… … … I
聖さ日︒訓誠y十則︒格言︑八︒俳句こ︒例話・
孝 畏薫︑危々 ○下毛野公助︑05石の o2・木場長手次︑ぶ養Q Oに臨まず︒し杖を避けず︒ 貞節︒\・X家を治か︒
愛
愛︒
○和秦︒
り池・
がこみ;
第二号︿聖言︒訓硝廬ノ格粍暴慢萌踏9高温
第三章︒
第四章︒ QI ぐ一泡盲烈訓議︑こ則︒格言︑︒例話・心四E・
泡喜日︒訓誠︑四妨︒格言︑二︒歌ヽ諺ヽ各j︒
例
六 十
話
上
・ o . ・ . し . J . , … … … = … … … … …
/
盛徳岨両
有國︑自″下り 加藤前正○でヽ盆友を求む・○の信義・
第五章︒
匹鶯言謹惧・ 惚言︒E膿儀︒訓誠こ則︒
訓誠ヽ十三則︒格言ゝ八︒諺公︒歌ヽ
J
○ 格言︑
例話︒
● 。 。 4
0
例話︒
奥叉
w 陶 画
○ ‑
叉樵
の紐○栗山利安 ○青砥藤綱 蘇章の ○本寵宗資︑欝 乞食︑義 貧尼︑疑はれて︑意・ の沈着・ の廉潔・ ○公正・ 詩を忘れず・ ○を守る・ ○已が鏡を出す・
心倹約︒訓誠︑三則︒格辞三︒例証︒四綴・
○博愛︒
屋新台衛門︑人を裁ふ︒
俳句︑ 第六章︒
○ 忠中 群吉 ゜が
第七章︒ 聖言︒訓誠ょ四︻則︒ 格言ヽ四︒例話︒ 奥貫五乎次の.慈善
初豊昌︒訓誠ヽ十二則︒格言ヽ七︒諺︑二︒歌ヽ六︒
一︒詩こ︒例話・
○廣益︒ 難態駕
○甦法︒
詔詣∵相○皿劈しU謬皿・第八章︒
第九章︒
第十章︒ 聖言︒
高 の下劈
訓誠こ則︒唱歌こ︒例話・四
聖喜日︒訓誠︑三則︒
聖言︒E臣節︒訓誠こ則︒歌二
見
香川氷○仙の書・
根矢作 伊林業・ ○塵
歌︑一︒例話︒匹四・
つ皇室・訓誠︑二則︒歌ここ︒ 覗目大祭日限旧来・唱歌︑七J︒
錨循し一j﹃4Fノ万一︒あ1りrj白1鼎5hM卜哨1 づ ︒一
教育學館 敬撰 十
孝道ノ第﹄章・ご⁝ ⁝⁝ ⁝
聖言︒爾臣民︑父母二孝犬\
上
○凡丿人穴るものは︑唯︒孝行みむだにある時は︑其身
に行ふこと︑何によらず︑皆丑︵道にたがふことた斉
屯のなりノ孝二百行ノ本ナリノ 十六
○父母に事ふるにはづ必″愛社敬とをか述べからず︒
唯︒之を愛するのみにて︑敬はず︒ば︑犬馬を養ふにが
ノ/
地価・匈荊八ryJl≒.ぶmHり.1コ湘ぬるUF.力1.
と4といふペー︒愛敬y二匙ナガラ脂クラザ
レバ︑孝ニアラズ︒十
〇往ぎて来ム蚤ぐるものは広域なり︒再丿見る可からぎ
るものは︑親なり︒父母︑投1で後は︑如何に孝行せん
とするも及ぶべからず︒されば繕少の時より能く
父母に事へて︑後悔次きやうにすベパ︒樹︑舒ザテ
ンド欲スレドモ︑風︑停マズ︒子︑養︵ン
︿卜欲酒レドモ︑親︑待クズ︒ ︿
○年返い九る親を養ふには石とめて其とをよろこ
︑ア *‑12 aシマ タッーx デy サイれみっは︑安藪のに廣島なる︑辰ビ屋傅兵衛が妻なり︒
` I S : … … …
ジ々J・︲メ 姑は︑八十
翰にて︑老意しれれど︑聡フ績み︑つむぎなどして︑何の用にも立靫
ねど︑日々︑綿︑︵苧を︑云ふがまx輿へ︑麹芒其仕事を賞めなどし
\て︑庸心を楽しましむtりこ﹂ここをつiめれり︒匹皿 r O﹁足︑あ仰有問も︑若ぷ吊まらば︑父母の︑心配せん
ことを思ひ︑決jで︑危加處に臨法治やうにすぺー︒
パ
白丿りに固雌
囮
二戸いム回九若読谷立ちは︑父母にまで︑龍を揖ふ
み事ああんかと注意Iて︑恕腎に屯︑悪言を出さぬや
うにすペー︒︒一クビ︑足ヲ畢グルニモ︑物讐
父母ヲ忘レズニクビ︑言ヲ出スニモ︑
舞︵入母づ忘レズ︒
チヤウクy λ ッ︑ マウa ^。"rヘマヅ 才長薫映防奥︒國の盲人なり︒家貧しければ︑人にやViぱれぺ老
い胆石父母を養へり︒常に桂求すろ這ば︑川みげて︑橋抑れり︒
されど︑過ちて落も冠ば︑父母の歎き︑如何ぼがりならんミいひ
ご 。t^"!^ 。・・?!チ吸タリ F孚入︑之を渡らず︑其川下々徒渉ゼり﹂ミいふ︒皿計
○父母成を愛するときは︑辱冷蔵思ムば︑勿論なれと
も︑恕とび我ズ﹄とにつき怒ることありと屯︑唯ゴぶれ
誠めで︑いさづか庖怨むる二とあるぺ示らずづ 十
父母メフ愛犬外︑喜ビテ忘レズ︒父母︑
之テ基アバ︑惺レテ怨ムナ﹃ナカレ︒
○たごひ︑父母︑我を叱り懲らすことある参皆必尋
の焉を思ぴてのこ鸚投れば︑決Iで︑怨み︑怒りた沿す
ぺかあず︒に氏しとてヽ︑たてÅにわらす︑
雪の竹︒︿﹂⁝⁝⁝⁝
廬感三べ洲ロノーが丁脂聡丿眉珊誌酢r泰多翻に刀庖
シモッケヌノキンスケ カナ︒下毛野公劾︑或ご時︑父の︑心に叶ぱぬ事心り︒
11\.V ‑^ *!。打ちしに︑公助︑逃げずして︑思ふまヽに打れぬ︒
叉]デ│ス
4Z ︲・人︑だに故逃げ
ざりしぞ﹂ミ問へば︑父︑老いて︑気短なり︒逃げぽ追ぱん︑追ぱ7
ッマッ蹟きて傷く事もめらん︒故に︒逃げざりき﹂ミ︑いびしミタ︒心E
○女子の︑扁姑に事ふるは球亘︵の父母の如くすペー︒
唯︒其同憂情の乏Iきことざてなきに非されば蜜今
我より︑誠賓を以て遮に事へ︑自然に愛情の起るやう
にすペー︒子婦ノ︑孝ナ参看︑敬スキ肴︵︑
4シ スμウれ石は︑周防の國
ジウトジウ︑ドメにて舅姑芒も の農夫の妻だけ︒ヤ> B病 夫︑放蕩にして家出七︑
に勿sり︑貧窮にぜまれり︒な石の父母︑鐘
緑を勤むれども︑我よ需らば
舅姑を何にゼん︒嫁れる身の
妬すは︑鄭剛なりiてヽ勣んれずI
ミぞ︒七E ?ス盆jo身を轟して︑
力 を
ガウヤウ孝養しける
ノ
○人は︑龍父母︑父母︑兄弟︑姉妹等︑性質︑悉︒同じきこ
と能はず︑況ぷぞ娶︑舅悪芋︑椴父母等に於てをや・0此
同じかム診るもの二家に同居する以上は︑時どFで︑
互総意に合はぎることあるは︑免れ難き所なり︒然
れども︑唯ズ慾より︑とを寛くIて︑之化接せば二家︑終
に和禎総至るベド︒他の親戚の如きも︑宜Iく此を
以で推すペーフ家ヲ庫スルュ︑寛容ヲ︵貴ア︒
木殤轟手次は︑家族五十四人︑外に奉公人数多めれど︑家内︑いミ 木殤轟手次は︑家族五十四人︑外\
■!ッマ ?>>■≪−ヤウ ケンヤク睦しく︑勉強にして︑倹約なりき︒されば︑家︑富めるに非るも︑
も ]
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友愛︒第二章︒ 上 上 ⁝⁝
聖言ご兄弟二大友元 ︲にj
O父母︑兄第︑打揃ひて︑一恙なく暮すほど︑世にめで長
きことは有るぺからず︒然るに︑兄弟︑相閲ぎてぶで
﹂る幸絹を徒︒化するものあり︒いかに︑嘆は丁きここ ゛I%%l 4:あずや︒父母︑倶二存シ︑兄弟︑故無海ぺ
一ノ察ナリ勺
x−Iノ♂ls4
・4カシ ピty︑ノク11 キヤ*v5≪。イアll*v!\タ イッミ サ4J︵y メ4普︑備前國に︑兄弟︑相訴ふる者めり︒泉仲愛︑うの裁判を命ぜら
鮭膨覇丿咽口丿眉
れ︑先ゴ︸人を︑ ジタタ 鑓私宅に喚びIゼ︑ ≫*≫■>rAffArtSoB^flv I間に入れ︑共に酒食し︑湯に入
らゼなどして︑夜深くろまで︑さし置けり︒二人︑
丿いさ仕入火鉢に寄りしが︑元が︑兄弟なれば︑雨親や︑
寒1 G ゝ塔・
へ
fl*vft
幼時
り出でけろふり︑互に︑悔いて︑︑終に訴訟の願下をゼし苓夕︒七E
○弟は︑年少く⁚未ご拶事をあ含まへされば︑九とひ︑
少︒の過失あるも︑兄九るもの︑これを貴右べからず︒
弟︵︑幼クシテ︑知少つ訃ナシ︒小過ア
︒ ﹈ミ管見仕丁⁝⁝ ⁝ルモ︑責ムルコ勿レ︒く
○兄弟︑難儀のことあるときは︑互に助けあふペー︒
X
碩財をあかちて賓4きもの拡輿ふペーE ︼︵昔
<シクヽ二j︵富マバヽ富メ暫モノヽ貧シ
口μ力1
北條泰時は︑父の領地を分くろに︑己︒は︑少
弟どもに輿へれり︒ご久︑弟朝時の
な
`り4
ら
ゼウ`y小事に動くは︑ f f
ぃMり
にめらず︑若読谷失は乙
い・い﹂ 危難を救ひし時︑重き職にとて︑人の︑尤めければ︑こは︑
カ*>J5> & ︶V*・ II
高官も何に抑ゼん﹂ミいひしlrノ・E十
之
恵知子廿︑小出大助の妻な祉︒
調t ノふ
ろ 事
に︑心を書し︑ ぶく舅姑に事へ︑子を敦へ
夫をして︑︑内に︑心を置がず︑力を
専にすろを得しめ︑夫の立身を助けたり︒大恵知子は ︑家事を ジータ︑其職に
其子を諭しゝ
て︑︑聞がざろ時は︑我身の愚より︑ぃ斯ろ子を生めりiて︑︑泣き悲み
○凡︒朋友は︑互に信賓を轟I︑患難︑安楽を悲︵にすペ
ー︒ゑかるに︑世には︑利あれば︑相親4み︑利なけ九
い相離る
ぷ︑難に庖如かずとIいふベー
○/
め七ろと﹂て︑︑
ヽ 4啼1
衛門︑つで々て取り来れり︒y金儲︑我は二陣︑彼は先陣なれば︑彼一lt
ミチ︑・ホ
這泣
凡↓交は7
1■X.Ki.■?■ <≫^>>.pJM
臥 ,
邁徳一39ブ即日.1九回函つ准片r夕911寿詞夕打μ7″イ︒
友を避けて盛友と交はるベー︒盆者︑三友︑
者︑三友︒ ノ
必 犬ズ ふカシ フヂ︵ラノア‑≪^!^It14se<*≪i ・r\J>^*‑*v 4.≪^*昔︑藤原有國︑藤原惟成は︑共に文章に名高炉町しに︑有國︑惟成が
許に至り︑教を受けん七請ふ︒惟成︑驚きて︑君忿我t︑甲乙なき
に
・i●
何故に︑炉ぐいはろゝ夕﹄ミいふ︒有國答へて︑寧二人の誇にy ヘ ー タ一万博 資哨入るミも︑萬人の首を紹百んi思ぶなリ%﹄いひLを夕︒
ゝ
凧約束をなすべからず︒y軽々Iく受け合は犬
束坦坦疾惧右八九︿信︑義三近ダ︵︵︑言︑復ム
ベシ︒
加藤清正︑朝鮮出陣のミき︑浅野幸長の父長攻首約七て︑幸長の危き時は︑必ズ之を救ふべし﹂・yj云 ウ恥サyβヤウ デキヘリ︒幸長︑朝鮮の蔚山城にて︑敵
軍に圖まれ︑すでに危かりし?ば︑誘正ぱ︑我身の危きをも顕みず︑
信賓を専にすペー︒殊に︑近隣とは︑
く︑相親I右べー︒遠キ親類ョリ︑近キ他人10
恭倹︒第五章︒ <
聖言六恭倹︑口﹄﹂レヲ持シ︑
十二鐙儀︒ ﹂ \
○凡↓事には︑自︒程度あケ︑人には︑分限あるもの痙
ヽ0ノ
事を處するに︑其程度を諭えて︑過ぷ及と斎や凛
にE人に對Iペ我身分をはかり︑他の身分を損ぜぬ
やう︑心を用ふれば︑白︒萬事︑鐙儀に違ぶことなかる
パ 秤二
レ』
ズィ
o 犬.・
。\ヤウグ>iサ子トモ翁軍賓朝︑ ッールヤチカ︵チマンダウサ>iケイ W*■ItNB >> ‑J Itsflj*.>‑鶴岡八幡宮金詣の時/三浦義村ばバ左︑
に列なろべきを︑義村︑路退してJ 4‑^ ≪アキB S>長江明義は︑右
明義は︑年高なれば﹂てて其席
を譲る︒明義は︑義村几官位高ければ﹂i︑互に譲りて已まず︒
将軍︑斟義は︑老いて︑先短ければ︑左につきて︑︑響にゼこぶ﹂々﹄め
リ : し
ト ヤウヤ yノメィ ≫>'sbいぱ︑漸く其命に従びけり︒EE\
Hillrii‑. 4 *‑.<4‑≫..‑Jf^4
道徳
の無きやうにとり行ふぺL︒事二 敬ヲ思へ︒
○屯I怒ることあるときは︑必・K堪へ忍ぶペー︒怒に
まかせて︑人と平ふときは︑はからざる︑災難を来すも
のなり︒忿二︑難ヲ思へ︒ 十
浅野長矩は︑赤穂の城主にて︑五萬石の諸侯なり︒勅使︑江戸に
下れ石時︑饗廳の役を命ぜられしが︑吉真義英の無識を怒り︑
にて︑刀を抜き︑義英の眉間に切付けしが︑即日︑切腹を命ぜら yチウ
其領地をも没収せられ︑一藩上下の災をいもすに至れり︒心E
O凡ゴ學をなすに︑唯イ目前の都合のみによりてャ行く
遠寺慮ナケレ戸︑必︒近キ憂ア犬<
○いかはご小事九りとも︑惧まざるときは︑思はざる
顔の︑訟こることあるものなり︒されば︑小事忿いへ
ご参侠Iで油断すぺかあず︒油断大敵○\ ^
fOすべて︑物にぃ油断の︑訟こるは︑何こればかりの事
は﹂ど高石時と︑難きところを過ぎて︑これにてまで﹄
s 4 Jr︐と︑安心するときとにあるものなり︒用日子テ↓
道徳
ノ
ツ名石頷み飼団円ぶ洵
‑‑
一 一 十
−
樵夫︑高さ木ふり下りて︑もはや六七尺になれろ時︑其親方︑
ミ nレ >^フ 肯︒モ ポカリ見て︑︑気をつけて︑下りふ﹂iいふ︒是は︑自︒危しt思ふ時は︑外
iりいふに及ぼねど︑過は︑易き所になりて︑するものなれば︑いく
いびしなりly︒﹈餅
○一旦︑事を仕損Fては︑いかに悔卯とも︑及ぷべか
ず︒されば︑いかに火急なる事にても︑其始︒に︑よく
/︑︑考へて︑濾置すペo後悔︵︑先ニータゝズ︒
急ガバ︑マバレ︒
‑if^AIK■^^^s。^‑^'■v'<l^RMi 5<ナガマサ セ≪1 *。 Atn i。^イタン 4ブ 貢シmP昔︑朝鮮征伐の時︑黒m長攻の先陣︑明の大軍︑急に押寄れれば︑
仕損の有るものなりミて︑時の移ろにも拘はらず︑書き直させて︑
彫月貝るミ双町欝\上十 十
` ト ー i` − ゛4 ﹄○事を焉すには︑必5義の︑あるどころを考へ︑如何ほ
ど︑我身に利あることたりとも︑義に叶はぎる事と見
ば決1で肩すべからず↓義ヲ以テ︑事ヲ制︑y
膿ヲ以テ︑心ヲ制 ス︒一
〇人より︑物を受くる時︑之を受けて︑よき道理か︑受
くまじき道理かと︑よく考ふぺ4.若i>此義をかべ力
6
ノ
嘉11j鼎﹂夕口μ7心4︑
みず︑慾にまかせて︑物を受ノ`るは︑
一一 十 四
得ルコヲ見テ︵︑義ヲ思べ︒ ﹂
Å力y キJnK'w・g^^i^。^^*^ i≪NmNSv。)vB'︷n■I^S*・*‑・!^'^=^>昔︑公文芒いふ者︑北條家の領民乞訴訟ゼしに︑奉行等︑理を柾げ
て︑公文を非芒す︒藤綱︑北條家に憚rらず︑理非を正し︑
を勝ミす︒公文悦び︑饅俵を︑絹に後の山より︑屋敷に韓ぼし入
れれ汰藤綱︑之を知り︑悉︒送蹄ナマミダ︒心E
O人の務には︑公事あ9.私事あり︒能く之を分別T
で︑瑕にも︑私事を以て︒公事を衆心ことあるぺから
旬 あ 聊
り
@
レ
**^v・^≫‑ >>i.‑ ︑サダーノ ︷ 為ッ︑≪≪Mrノ 太守は︑奮友なれば︑先づ招谷て酒飲み︑睦公しく語ぴれり︒
太守︑血目の好にて︑必V見逃す事三大に喜び︑人皆一天めれども︑我
狗︒二天めり﹄iいふ︒蘇章︑今晩︑蘇章が︑奮友ミ飲むは︑私恩な
一り︑明日︑刺史が︒︑事を匙すは︑公法なり﹂£いひて︑悉︒其罪を乱
したい7. 六十九躊
tとす︑慣むぺ1.事足れば︑足ろにまyゼ
て︑︑事足らす︑足らで事足ろ︑身二うや
ずもI
゛○あが身︑今︑貴Fと雖1後に競1き身と今ゐも︑はか
り難I︒されば︑貴念者は︑麟卜き時を忘れず︑奢り穴
かぶること為るべからず︒九鼠シト雖で麟シキ
ヲ忘ヤヽ\つ卜勿レ︒咸︵︑先二貴ク︑後
二賎シ︒
本荘宗資は︑五萬石の大名なり︒常に輯五十交を︑帽に町け︑傍に︑
が
︑嚢中︑僅に五十交のみにて︑扇子箱をも買ぴφねしこ芦めろを j
C> K≪'\ II忘れぬ腐なりミダ・四十
○世には︑まこ富を貪りでフぶ正ぶ義の行をも顧み
ず天の辱︒を彼右る屯のあり︒是︒︑賓に駈を知らざる
ものといふペー︒不義ニシテ心甲︑y且這鼠キ
パ︑我こ於テ︑浮べ歩雲ノ如シ︒上
アかがびョ或墓所に︑
らんミす︒゛傍に乞食心リて︑之 ■ii. JjJs。
奴僕
・R* <ラ キタ ` 卜︑ウロカー心万爽リて︑︑燈龍の火を
清夕 し
ラフ5S)!\て︑う句蝋燭 ヌスを盗み去
を咎めけれぼ︑薦を彼ろ身として︑
二十八
入らぬここいふ奴かな﹂こいふ︒乞食は︑汝等の如き所業をゼれぼ
こう︑薦をも被ろ方れ﹂乙秀へしly︒ぺE ゛\
○人の行につき︑疑ひ初むるときは︑これに隨ひで︑種
々なる疑の起る屯のなり︒之を︑狐疑といふ︒是により
て思はざる顔をか屯すことあり︒惧むペー︒
疑心︑暗鬼ヲ生ズ︒ い \
大坂備後町に︑人々草リ︑念佛講を結び︑一人五百交宛のかけ金ゼ
しに︑一人分︑失ゼしいば︑皆々妙昌ミいふ貧尼を疑び﹂︑問び札しけ
れば︑尼︑い炉
1
9レ カ ッグ︑/ ノチー yノゼ﹂夕も︑我借りし﹂iて乏を償ひねり︒後に︑其鏝他i
リ出でけれぱ︑皆々大に
○倹約を焉すの要は︑常に︑収入の額をかぞ今で︑うち
﹃ y ■ k − ♂ ︒
ぱに費ずにありプ入歩少量リテ︑出ズゴヲ
焉ス︒ < <
○人︑倫約すべ牛︑蓄を焉すべよこいへむも︑堺に倫
約寸︑ぷ義の蓄をなすとIきは︑逞に︑吝嗇に陥るベー︒
故に︑大凡︑歳入︑屯Iくぱ力入の︑囲分一を蜃ふるを︑
皮とすベー︒三年耕シテ︑必二年ノ食アリ︒
○すべて正常の傍約を行はんと欲せぱ︑常に︑金頭諮
道彷
ノ
財よ賢︑時間︑人力等に至心まで何に恙らず︑
用に費すことた尺︑放為ベノぷくにて︑其用を辨と︑い
さざ 財有ラバ︑善麟ヲ貴ア︒こヲ約カニシ
テ︑奈ぞフク︑人土用クス痢ヲ要スペシ︒
堀左衛門督秀政︑其弟︑越度めりて︑︑城下を立退きしを追ひいけ芯
せて︑黄金十枚を輿へし時︑其金を包みれりし紙を︑一枚づ
)
yy皺を
展とて赦めながら︑近習に向ひ︑人に輿ふべきに臨みては︑十枚の
チシ <−I ij ‑tv ^ 11 fl ・v'!^n ‑v IV ' ' teミ 'V黄金も︑惜む可いらず︒無用の費にIりて吠此包紙をも︑摂り
1
炉らす﹂ミいひ二回
情愛︒笙︵章︒ < 十
聖言︒情愛︑衆二及ボヽy︑
○世には︑人を損じても︑ピを利I︑鵜7に財を蓄ふる
かぃ﹃倹約と心得るものあり︒是必丁念過︒なり︒抑︒
倹約の︑大切なる所以は︑之を以て︑父母妻子を養ひ︑
他人の貧を七救ふことを得るに在り︒m懇唯︒己を盆
すみめみならんや︒銀ニシテ︑能ク施ス︵︑
仁ナリ︒
|道徳﹄一司濯口.回心ツ邪り考廟回こけは刈1.
三 十
〃f4
‑=‑4
奥貫五乎次ば︑武蔵河越の豪農なり︒圖東︑大水の時︑﹈
病者を助け︑がれて貯へし︑多くの金穀を散卜し書して︑︑
れろものを救ひしが焉に︑助かりし者︑十萬六予鈴人にして︑ ムラカズ
四十八個村なりし乞いふ︒心E
O善行を積めば︑P︼二身に︑幸あるのみなあずつ子孫
にも︑幸あり︒悪行をなせば︑已二身に︑顔あるのみ
4:石ず︑子孫にも︑顔あり︒積霊四ノ家二︵︑必︒
館慶アリバ 積ぷ善ノ家ニベ必鼠薇映
アリ≒
) へ
れぼに︑人をめふ︑み︑物をあはれみ︑何と
焉せば︑自二 0 6︑を受くベー︒陰徳アレバ︑必Y
報アリ︒ 十
。> 。^ "'flイタイ ミざゲ ー゛ xへ
新見屋新右衛門︑嘗こ水代橋より︑身投ゼんiすろ女を救ひしに︑
其後︑深川八幡の祭を見んiて︑此橋に至り︑彼女に引ミめられし
≪A^jb..̲....̲ ^ 'Kが︑其中に橋落ぢれれば︑人︑多く死しれれど︑新右衛門は︑焉に︑
SNノナy ︸ヌカ ・ ・其難を免れし菜いふ.畝町
︵博愛の心を以て︑恩を︑他に施すも︑聊記共報心
︒・" '^ ' ・■ ≫^‑^^ ^"^>≫>'﹂'im顧弓″.Iyl︲IIIノ`ノ = Ξ十四
むまむきは︑勿論痙りど雖︒︑恩を受けたる者は︑塵︑
筋たりとて︑必犬之に報いん事を思ふペー︒況や︑之に
よりで二身一家を保つ者に於てを爺︒而Iで︑其関係
の︑最︑大痙るは︑主従の間なりとす︒人の従僕九石者︑
須火も︑其恩を報ずる事を忘るべからず︒
徳ヲ施スモノハ︑徳トセザ片
息ヲ受ク少モノ︵︑必丿報ズ歩
中吉は︑ サョノチカヤV−\フフ佐夜中山の農夫の子なり︒十歳の時︑
立られ︑其僕ミなれり︒
ヲ貴ど︑ ヲ肯ブ︒
n ・*
江戸句諸崎某に見
後︑屡M主人を諌めしぶり︑終に暇ミな
il ts1 41i iltり︒主人︑程なく︑貧苦に逍り︑丑︒病に
< T tl* ︶> * A X .S ≪*>平癒の後︑千辛萬苦して
聖言︒學ヲ修メ︑業ヲ習ヒ︑以テー︑智能ヲ
啓麟≒徳器ヲ成就シノ
○人︑智を啓き︑徳を琥すものは︑學問を低下︑藪能を︑
身につくゐに在り︒応かるに︑是ぐゎの事旦︑皆︒幼少
の時よザの︑修練にあらざれば︑能はぎるものなりつ
鐙頓縦やこ作参丿盲丿麟‰一参臼μI T二十六 IIII
歳力は︑流水の如く︑幼少の時も二恕び去グで↓甫≒来
らず︒もI︑此時を>室‑v過さぱ︑生涯︑無智文官に
て︑終るのみかぃば︑無用の人とて︑世に捨てられんも測
り難I︒之を思べばづ日牛時と雖丿昌るべからず︒
⁝⁝少年︑老ィ易ク↓學︑成丿難七︼寸ノ
∇光陰︑鴨居ベカラズ︒﹃ 秋ぱ与ぬ︑年
もねyばを過咎ぬくとや︑を咎吹大風
の︑瓢どろyずちん︒ 十
〇我は愚なり︑我は拙I︒今まで︑かぺて過I来れりと
^︱︱ TIT≫"‑>\ ">。 ITJNTry^\ V‑'︶>≫。 ‑‑≫O >≫ >J^ ^■^is︒ ni^ Wk
す者あり︒誠に愚4:石ことなり︒彼︒稽を見よ分苦
I で︑柚ゑ養ひ九れぼと了︑秋に至りで︑豊なる賓 を屯見ゐこと4:れ︒何ごとも︑養ひて見よ ︒
秋の田宍稲葉も︑もsは︑植ふし早苗
か︒﹄順︑プ日ニシテ千里ス︒驚馬モ︑
十駕スレバ︑亦之二及ア︒
○學間を低下︑暮術を習び︑事業を起すは︑先″志を立
つるを以て︑本とす︒志︑已に立ちで︑動かさらば︑萬
Mfet3≫iT4.http://www.i.JsAja﹂≪i&*AiWl^'>ff*r‑TT/!l!^。卜乙糖⁝⁝⁝ 尚三十七
短絡石弓よりE ノリヒμ﹃︒泊1〜J仁一=1一顧r八一トクnHμ︲為1
︑成就せざるもの無かちん︒ Ξ十八
志ア声者︵
事︑建二成東︒
雨森芳洲︑八十一の時︑始て和歌を學ぼんi志し︑勉強を始めけ馮
が︑二年にして︑︑古今集を︑一千遍讃み︑叉三年にしてご萬首の`
を作りし耳いふプ
○一たび立てたる志を達せんとするには︑訪刄精
を︑市鴛其事にのみ注ぎ︑無盆の雑藪等を習ひで︑
に耽り︑心を︑他に奪はれざるや与粉マアペー︒
淑ニナラザレバ︑直︺一逍グ歩づ上
X・ ` Ot・ ノス
精励二到︑何事力成ダザクンノ △
○几ヱ︵事業を立てい志を得たゐものも︑俄に之を頑
せるにあらず︒必︒瑞相の事にも︑心を用ぴ︑駈をも忍
び︑怒を庖堪へたるの︑結果にあらざるはきT︒
末終に︑海すなろべ与山水犬ゑば七
木の葉の︑下J`jななぃノ︒︿
ヽ支那の韓信︑初︒賤しいりし時︑淮陰の市中を過ぎしに≒少年等︑之
を侮りて︑汝︑臆病ものならずば︑我を刺ゼ︒能はずば︑t
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4‑ >>^■H*.*J3*‑P'
夕
這穂⊇弐哩椚.y勺絹?血1.`y気韻hにー1
れ﹂iいふ︒韓信︑跨をくyりいづ・皆々ヽ之を妬ひしべtQ
漢高温を助けて︑︑天下を乎ぱたり︒心皿
○一事︑一業を琥すにも︑必ぶ
到底︑免れざるものかWソ︒故に︑初︒より覚悟Iで︑之
に富リ︑何程の障擬に逢ふと気決Lで︑携むことな
く︑其志を達せず嫉止まドと勣むペー︒其歎難は︑我
心の強調を試みる焉なりと思ふぺき4:り︒ヽっ谷
ことの︑力ーほこの上に︑つもれかし︑y
。。^'""' 愛媛鎬網代浦は︑初︒儀左衛門芒いふ者︑此地の開墾に着子ゼしが︑儀に病死し︑同志︑皆︒離散したり︒鵜づ其妻きぬ︑夫の植の成らざゐを悲み︑荒野の一︒屋に居残りで辛苦の中に︑二子万蔵を育めり︒万蔵︑成長して後︑父の志を紹犬丹'li同志を集め︑幾多の難苦を凌
ぎ︑幾多の工夫を積み︑漁業にふりて︑漸︒一浦を成すに至れるな
り︒万蔵は︑此功にぷり︑此浦の長七なり︑浦和盛次兵衛七名の・
るに杢れり︒こい ︒ ⁝⁝
O何事を焉すにも︑急ぐ可からず︒急心ときは︑却で︑
圃き倒るsことあり︒叉︑眼前の利にのみ︑眼をつく
X
道徳こ一調﹁応子りyJ一つ脂紅.λ莉石口E力1
四
るときは︑決Iで︑大事を琥すこと能はぎるものなり︒
娃ナランーつトヲ欲スレバ︑坦セズ︒小
利ヲ見レバ︑大事成ラズ︒
○何事に限あず︑これにて︑十分なりと思ふときは︑
気︑ゆるみで琥業すゐこと︑能はぎるものなり一唯︒其
足らざることを思ひで︑盆︲奮登ずて︑つ丘尽I︒
小成二安︑ズペカラズ︒ \ 十
〇少年の︑學問を低下︑物を習ふに︑兎角︑先︑を急ぎ︑
順序次第に屯俯はらず︑稜︒に高恂の事を學ばんとす
光のにあらず︒這キニ行クハ︑通キョ俘ノシ
高浦二登ルク隼キョリス︒
木下藤吉耶︑朋友︑集りて︑皆︒立派なる望をいふを聞ぎ︑我は︑諺 ︱ 一yI・⁝レ ーキノジタトウキチラ・fr ≪*> tl‑*> アッマ
君の如く︑口にのみ唱へて︑︑成らざろこミを願はず︒我︑今︑三百
石取れば︑此上ご二百石塔さんこ芒を願ひい叉︑其願︑成就ゼんこミ
をマ宣夜心掛け居れり﹂ミいひし忿y︒肩皿
○女子の︑學よこと︑習ふことは︑自づ男子と︑異なると
ころ無かる可からず︒即プ王とIて舅姑に事へ︑子女
延
乙には刈り溜日カ瀧ぶぺ引■庖回目に力兄
四 十 四
を教育I︑賓客を遇ひ二家を治右るこ包を學ぴIB
の裁縫︑食物の調理︑其他︑紡織万有厘等の事にも︼
ベー︒ モ
銀母︵︑巧女ヲ出ス︒ 世帯・ノ
絲F針︒
香川氷僊は︑霧で書家の妻にして︑︑粛を善くず︒氷僊︑書くミころ
は︑悉ご婦人のみにして︑殊卜衣服を裁ちぬびすろ芒ころ炉︑もJ
くは︑食物を調ふろミころの外に出でざりし忿いふ︒︒是庁?
にふりて︑窃然︑婦女れろの道を︑知らしめんが焉なり乙ぞ︒址″
○人︑削匯學問を鵬Iで︑理を窮め︑這を明むといこ
も︑心の錬磨︑未︒到あさればが慾といム︑我身勝手の
意に暗まされて︑前厄すれば︑悪に移りやすきものな
グ︒されば︑常に︑鏡を拭ふが如く︑時大戸﹄を省みて︑
其慾情を掃ふべ1.是よ諮を修むるの要なり︒
ヒュ囃チテ︑鎧二復片︒ みな人の﹂︑
本の心はまず鏡︑麟びば尨どy曇り
はつべ谷︒ £しわしに︑うつろ習を
︲⁝⁝︒m心ふにヽも︑危入ヤものは︑心心に・でぃノけ叶J︒ノ
○奏藪術を習ひ得ずこ既に︑業に就ぺに至れば︑往犬
邁徳
ノ
朔
四 十 六
息惰にIて︑力を盗さず︑唯︒利を得ゐにのみ︑汲々た
る屯のあり︒かくるものは︑業を執ることの苦みを
受ゆるのみにて︑ル≒も︑進歩を見ざみものなり︒故
に︑業を執るに際Iでは︑心に︑一部の利慾心を置か
ず︑心脊梁〒で︑其成果の美ならんことを願ふペー︒然
るときは︑快楽を以て︑生涯を満すことを得べ1.
働今し︑夕べずgしや︑物の昧︒\
廣盛丿第八章︒
聖言︒進テ︑公盆ヲ廣メ︑世務ヲ開キハ 宍
○凡乙人大石煮學を修め巣を習ひで︑之を賓地に施
すを得は︑其業はノやがで︑世を盆する屯のたるは︑勿
論箕鯨力を以て︑國家の富強を謀らざぶべからず︒
皇御国の国民は︑いがなきミをび務
Uが与︒身のなりぱひにいうしみて︑
圃石室とか︑とÅずべしノ
t4︒子 ヤサタ シIPッケ ダ カ︵チ サンデッ閲根矢作ぱう下野國︑河内郡の人なり︒官︒同郡の︑産物に乏しき
を憂へ︑土質を考へて︑林業を起さんミ志を立て︑農業句傍︒力を︑
此に霞ゼリ︑是ヱ土︵歳の時な叶丿丿矢作揉︑林業の夥には︑如何な
江旅店ご柁回丿勺抑う鼎蓑6夕洵舅旺に万作
四 十 八
ろ面白一きこミにて︑も︑打ら捨てぐ︑これにかゝれり︒叉︑農隙に
yョコク rt ■)> ‑i *■ サン9シノウサ≪5>.IP*‑‑0. ミは︑諸國を遊歴して︑山林農作の摸橿を観ちこミ︑四十翰國に及べ
5S A ■?‑ ‑^.‑S ︵フ タッ A ti ‑C‑‑ n *v ≪ * ナリ.其他︑村内の仕法を立石等︑種々公盆を焉しさより︑天皇
陛下ヽ北海謐Tり御還幸のをりヽ召されてヽ褒状を賜はれリ・臥十
伊藤小左衛門は︑伊勢國室山村の人なり︒或時︑一書を援きて︑
≪M&X 1 <*>外國に︑ サ>i .>>ft t1 ≫■&+≫≪An*>ilノ‑TT鷲糸の需用多さを知り︑後来︑サyサ ゲフ ■HH鍵茶の業を興さん三/志を
立べ荒地を拓ざぺ茶を種点︑人にも勘めしが︑皆丑︵迂泣を笑ふ
のみ︒ 然るに︑横誼港︑開くろに及び︑拾翰万斤を輸出ゼしに
圓らず︑大利を得︑盆い茶園を増設して︑其業に︑力を書しゝが︑追
々之に倣ふものも多く︑遂に今日屈楷の産茶の地ミなれり︒叉︑
絲梅を開き︑種々顛苦の末︑艇絲の聾價︑殆"J」富岡ミ伯仲するに至
る︒いく唯産業に︑力を致すのみならず︑學校を設け︑窮民か賑
はし︑其他︑公共の利盆を圖ろこ夭兼鴛皆丑︵誠意に出でざるなし︒
死後︑官ぶり︑屡扁菅心リ︒ 叉ノ有店者︑謀りて︑一大記念碑を
建てでヽ其功績を傅ふるに至れり︒
司りI力づぶ弓淑1JJ一一
ダ?
五十
○同に︑憲法あるは︑信二家に︑柱礎あゐが如く二穴
び︑定まれば︒之衛定めさせ給へる︑天皇といへご
も︑容易に︑動かIたまふこと能はず︒我す國氏豊一・舘
び鍛ぜがらんや︒ ○憲法は︵國家の公事犯つ貨上
下の擢眼を確定I︑以て國家は︑上下の倍和まず賊る
ことを明にせる屯のなケ︒されば︑國民穴るもの︑
天皇陛下の︑憲法を布かせられI叡旨を奉腰I⊇暫
公事に參することあらば︑至公至正の心を以て︑之に
常ちぎるべからず︒○國民九芯ものには︑種々の俗
利あ仙叉義務あり︒その義務の︑最大なるものは︑
穏を怠あず︑兵役に服するに在り︒
八 1 4勇︒第十章︒
歿言ご 一双六緩急アレバ︑義勇︑公二奉
ジ︑以テ︑天壌無窮ノ皇運ヲ狭翼スペシ︒
一 臣節︒
○畿々の龍先は旁武にIて︑よく君命を重に外敵を
とカひIぎス國威を︑海外にか4やかせり︒事ある
にあたり︑畿ら︑もし卑怯ならば︑賓肥龍先を辱むる
L
j
尹牛早芯観り月窓帽ル荼ズジ.
屯の巴いふベー︒
洵肩汀に・ぶべ五十千萬の︑仇に廿ゲひてぼ
しり麟の︑yへり見ゼぬを︑心七もが
ヱ
○
て︑来り冦ゼリ︒我軍︑堅く︑太宰府を守る︒此時︑河野涌有等︑
遡へ戦び︑楼をれふして︑梯ミなし︑賊の船に登り︑賊の大農を虜 n ・&ア≪VViv&tl <a.K≪^イ <イ ︵ッ
弘安四年︑元主︑忽必烈︑我國を攻め取らんミ欲し︑丘︵十萬を設し
ずタ ダデイフ ︑/ ︑ カウアミチア1
狐して姐る︒穴まノ〜︱暴風起る︒我軍︑奮戦し︑うちて︑之を塵に
す︒元の兵︑生きて還りし者︑後に三人なりしミいふ︒べE
﹇T皇室︒
○紳代に於て︑大孫瓊々杵鸞︑降臨の時︑天照大御紳︑
鏡剱璽の︑三種の紳器を以て︑我國帝位の広広TtI
で︑授け給へり︒是より︑列聖︑相朧さ相傅へさせ給
ひで︑敷千年の久Iき︑皇統のかはらぜ給はぎるは︑賓
に世界萬國に︑類なきこと4:り︒これ︑我國盟の︑世界
萬國雌す心れス椋き所以なり︒紳代より︑三尺
乍の賓︑傅はりて︑豊めし原の︑しゐし
とがノなろ︒
道側酒輿丿作卜尚£E.こつ
りけり
○
○我々國民の︑安講丁で︑其業をいとなみ︑ゆ九かに︑
其生をと岐る所以のものは︑上化︑聖明なる天皇まI
夕へて善政をゑかせ給ふが故なり︒萄︒國民大石も
の二日片時屯︑此御恩渾を忘れて︑よかるぺきや︒よ
ろ1く︑忠を︑國家につぺ!て︑皇恩の萬︼に報い奉応
んことを心掛ぺべL︒て回り八もぃノ︑寒谷めつ
谷も︑時芦しペ︒民に︑心のやずUIも
なし︒
就口︑大祭日の
元始祭︒
○元始祭は︑一月三日に1で︑年の飴に︑天津日嗣を就
ひ允てまつる日なり︒
一 天地の共示ぎりなく︑傅へ与丁ます御ゑるI
ぐ を熔みいはひ︑幾萬世に穫らすけふこ了雁けれ︒ j 仁 五に皇國の明けき︑光あふぎて︑天津日の︑照さん
隈り︑いや遠長に︑ことほくけふこ叉めでたけれ︒
紳嘗祭○
巨
ノ
次詞汀μ7々ぺ
○この祭は︑十月十七日記Iで︑天皇陛下︑御リ伊勢
の皇太御宮へ︑新穀を奉り九まふ祭4:り︒
卜 紳のさづけIたきうもの︑千秋長秋︑たのみあ
゜り︒大御使のみてぐらは︑よこやまのごと︑いや高I︒
j 仁 麟穂ゆ存けき秋ごとに︑兪ひくる國の名も高
i︒けふ御嘗のみまつりに︑はつ穂は︑御に奉る︒
新嘗祭︒ j
O新嘗祭は︑十︼月二十三日にIて︑天皇陛下︑はじ
めて︑新穀をめさぜられ叉︑講國の名高き御姪べ︑新
穀を奉りたまふ祭なり︒
一 葛飾早相のやつか穂を︑ゑるにも頴にも︑つく
らせて︑めさぜ給へるにひなべは︑紳代の注てのみ
おきなりノ
二 かつFかおぜの新式ぼりっゑろきくろきをく ぐ みおけて︑了忿べまつらす教々を︑紳もうれIとき
こすらん︒
孝明天皇祭︒ 犬
○一刀三十日は︑皇考︑孝明天皇の御崩日投石を以て︑
道徳﹈j﹁一ロリー内︒︒狐司直1e3λ割石l・J1
ごれを祭らせ給ふ︒此祭を︑孝明天皇祭といふ︒
一 一ノ時雨の了らの晴間なノ`↓うき雲紀こ了隠れけ
/11X︑ `
︱ ﹄
れ︒了の刃の輪のうIとらに︑あふ心も高きみいさ
をや︒
二 今は︑明治の大昭代の︑めで穴き御代と墨4:り
/!IIX ︲ ︒ み い っ にける︒けふみまつりに︑天の下︑御露威を仰がぬ人
星なき︒
春季皇露祭︒
○春季皇震祭は︑春分の日に︑天皇陛下の︑御先組をま
力1
一 ご
六十
給ふ︒此祭を紳武天皇祭といふ︒
︑づ 雄々Iく健きみこゝろに︑勇めみ軍引きつれ ぐ て︑あちょろ者を伐ち饌め︑皇國の基たてませり︒
コ仰げばたかI︑高御座︑やまとに定め民くさ ぐ 彫の露にや1なひI︑いさをは︑千代に輝けり︒
石二仕すが如ぺ今屯なほ︑う1:ねつきぬき︑畝恰
る︑御陵の方をふりさけて︑昔のみかけ︑仰々なり︒
秋季皇霊祭︒
○秋季皇露祭は︑秋分の日に︑ 天皇陛下の︑御先龍を
卜﹂了のy日菊︑さきいでぬ︒山のこずゑも︑色づき
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