A. 研究目的
スモンは視神経、 脊髄、 末梢神経障害による視力障 害、 下肢優位の知覚・運動障害、 自律神経障害を呈す る、 キノホルムによる中毒性神経疾患である。 スモン
では自律神経障害を反映した下肢冷感、 発汗異常など の後遺症に悩む症例も少なくない。 下肢冷感の頻度は ス モ ン 患 者 の 70-90% と さ れ1)発 汗 障 害 に つ い て も 36
%に下半身の無汗・発汗低下を認める2)。 我々も、 長
― 232 ―
スモン患者における下肢発汗節後交感神経機能
山中 義崇 (千葉大学医学研究院 神経内科学) 荒木 信之 (千葉大学医学研究院 神経内科学) 桑原 聡 (千葉大学医学研究院 神経内科学)
研究要旨
[目的] 定量的軸索反射性発汗試験 (quantitative sudomotor axon reflex test;QSART) を用いることで、 汗腺を支配する交感神経節後機能を評価できる。 我々は昨年度の報告書で スモン患者における上肢 QSART には明らかな異常がないことを報告した。 一方で、 スモン 患者の自律神経障害を反映した冷感、 発汗異常などの症状は、 上肢よりも下肢の方が重篤で ある。 我々はスモン患者において、 下肢における QSART を実施し、 スモン患者の下肢発汗 節後交感神経機能を評価した。
[方法] 対象はスモン患者 7 例 (男 1 例、 女 6 例、 平均年齢 77±9.4 歳、 平均発症年齢 29±
9.6 歳 ) と 健 常 対 照 1 例 ( 男 性 、 年 齢 77 歳 ) 。 問 診 に よ り 下 肢 冷 感 の 有 無 を 聴 取 し た 。 QSART の測定は、 イオントフォレーシス法 (2mA) を用いてアセチルコリンを 5 分間皮内 投与したときの発汗速度を大腿と足背で測定した。 QSART の指標としては、 発汗反応出現 までの潜時 (秒)、 最大発汗速度 (mg/min/cm2)、 発汗反応発現から 10 分間の発汗速度曲線 の area under the curve (AUC、 mg/cm2)を用いた。
[結果] スモン患者では 7 例中 5 例で下肢の冷感を認めた。 QSART の結果は、 スモン患者 群 に お け る 潜 時 (大 腿 : 85± 32 秒 、 足 背 : 69± 40 秒 )、 最 大 発 汗 速 度 (大 腿 : 0.12± 0.12 mg/min/cm2、 足 背 : 0.14± 0.13mg/min/cm2)、 AUC (大 腿 : 0.49± 0.48 mg/cm2、 足 背 : 0.72±0.68 mg/cm2) と、 健常対照における潜時 (大腿:155 秒、 足背:175 秒)、 最大発汗速 度 (大腿:0.19 mg/min/cm2、 下腿:0.098 mg/min/cm2)、 AUC (大腿:0.58 mg/cm2、 足背:
0.50 mg/cm2) には顕著な差は認めなかった。 スモン患者の 1 例において足背における発汗反 応が消失していたが、 高齢 (93 歳) と下腿浮腫が影響した可能性がある。 また別のスモン患 者 1 例では大腿・足背の発汗反応が消失していたが、 本例は発症時の重症度が高く、 現在で も下肢障害が強く残っているが、 スモン以外に発汗障害を来すような合併症は有していなかっ たことから、 スモンにおける障害を考えた。
[結論] スモン患者では下肢交感神経節後線維機能は概ね保たれていた。 スモン患者におけ る下肢自律神経症状は交感神経節前線維、 あるいは脊髄に由来していると考えた。 一方、 ス モン後遺症が重度な場合は、 交感神経節後線維障害が合併する可能性がある。
期経過したスモン患者の半数において手掌および足底 の発汗反応が消失していることを報告している3)。
定 量 的 軸 索 反 射 性 発 汗 試 験 (quantitative sudo- motor axon reflex test;QSART) により汗腺を支配 す る 交 感 神 経 節 後 線 維 機 能 を 評 価 で き る4)。 QSART の原理を図 1に示す。
汗腺支配の交感神経節後線維は分枝して複数の汗腺 を支配する。 ひとつの汗腺支配の交感神経終末にアセ チルコリンを投与すると軸索反射を介して同じ神経が 支配する別の汗腺にも発汗が生じる。 アセチルコリン を投与していない部分の発汗が消失〜減弱している場 合、 発汗を支配する交感神経節後神経機能障害と判定 できる。
我々はスモン患者の前腕における QSART により、
スモン患者の交感神経節後線維の評価を実施した。 ス モン患者 7 例における評価では、 1 例で発汗反応の消 失を認めたが、 その他の症例で皆正常反応を示した。
以上から、 スモン患者では交感神経節後線維は概ね保 たれていると考えた5)。 一方で前述したようにスモン 患者では、 下肢優位の自律神経障害を認めるため、 無 汗・発汗低下の原因病巣に関しては、 下肢における評 価を行うことが必要不可欠である。 そこで今回は、 ス モン患者における下肢 QSART を実施し、 交感神経節 後線維機能を評価した。
B. 研究方法
対象はスモン患者 7 例 (平均年齢 77±9.3 歳) と健 常対照 1 例 (77 歳)。 背景を表 1に示す。 スモンの重
症度は厚労省の基準に従った (重症度 1:極めて軽度、
軽度の知覚異常のみ、 2:軽度、 下肢の知覚障害が主 体、 3:中等度、 起立・歩行障害または中等度視力低 下、 4:重度、 一人での起立・歩行不能または高度視 力低下、 5:極めて重度、 ほとんど寝たきりないし失 明)。
QSART のプローブ等の設置方法を図 2に示す。 測 定 部 位 は 大 腿 お よ び 足 背 と し た 。 発 汗 計 (SKN- 2000、 西澤電機) の測定プローブおよびプローブ周囲 にアセチルコリン溶液を浸透させたスポンジを設置す る。 アセチルコリン溶液の充填部には電極が内蔵され ており、 この電極と前腕のプローブの遠位に設置した 不感電極に通電を行うことでアセチルコリンを皮内投 与する (イオントフォレーシス)。
安静臥位にて基礎値を 5 分間測定後、 イオントフォ レーシス (2 mA で通電) にてアセチルコリンを 5 分 間皮内投与し、 投与終了からさらに最低 5 分間の発汗 速度を測定した。 健常者ではイオントフォレーシス開 始から一定の潜時をもってアセチルコリンを浸潤させ た部位の周囲にも交感神経軸索反射を介した発汗反応
― 233 ― 図 1 QSART の原理
(Clinical Neuroscience, 2017 荒木12))
表 1 スモン群と健常対照群
図 2 QSART のプローブ設置方法
がみられる (図 3)。
QSART の指標としては、 発汗反応出現までの潜時 (秒 )、 最 大 発 汗 速 度 (mg/min/cm2)、 発 汗 反 応 発 現 か ら 10 分 間 の 発 汗 速 度 曲 線 の area under the curve (AUC、 mg/cm2) を用いた (図 3)。
C. 研究結果
実際の QSART 波形を図 4に示す。 スモン患者では、
7 例中 5 例で大腿、 下腿ともに発汗反応を認めたが、 1 例で大腿、 下腿双方の発汗反応消失を、 1 例で下腿の 発汗反応消失を認めた。 大腿、 下腿双方の発汗反応が 消失していた症例は発症時重症度が 4、 検査時重症度 が 3 と重症度が高い症例であったが、 発汗障害の原因 となるような糖尿病などの合併症は確認されなかった。
発汗反応の各指標の平均については、 潜時はスモン 群で大腿:85± 32 秒、 足背:69± 40 秒、 健常者で大 腿:155 秒、 足背:175 秒、 最大発汗速度はスモン群 で 大 腿 : 0.12 ± 0.12 mg/min/cm2、 足 背 : 0.14 ± 0.13 mg/min/cm2、 健 常 群 で 大 腿 : 0.19 mg/min/cm2、 足
背 : 0.098 mg/min/cm2、 AUC は ス モ ン 群 で 大 腿 : 0.49±0.48 mg/cm2、 足背:0.72±0.68mg/cm2、 健常対 照群で 0.58 mg/cm2、 足背:0.50 mg/cm2であった。 2 群における各指標のグラフを図 5 に示す。 最大発汗速 度および AUC の分布は健常群とスモン群でほとんど 重なっていたが、 スモンにおける潜時は健常よりも短 かった。
D. 考察
スモン患者における下肢 QSART では、 重症例を除 き発汗反応は保たれており、 最大発汗速度、 AUC も 大きな異常を認めなかった。 このことは、 スモン患者 における下肢の汗腺を支配する交感神経節後機能に大 きな異常がないことを示す。 スモンにおける末梢神経 障害は軽度であることが報告されている6)。 交感神経 節後障害では、 血中ノルアドレナリン値が低下するの に 対 し 、 ス モ ン 患 者 で は む し ろ 高 値 を 示 す 傾 向 が あ
る1, 7)。 以上から、 スモンにおける汗腺を支配する交感
神経節後線維は概ね正常であると考える。 一方、 スモ ン患者の 2 症例で発汗反応が消失していた。 1 例は下 腿のみの発汗反応消失であり、 年齢や下腿浮腫の影響 を受けた可能性がある。 また、 大腿、 下腿ともに発汗 反応を消失していた症例は、 発症時重症度が最も高く、
現在の重症度も中等度であった。 ゆえに比較的重症の スモンの場合は、 交感神経節後神経にも機能障害を生 じる可能性がある。
我々は、 スモン患者において手掌・足底の発汗反応 (交感神経性発汗反応) は低下していること報告して いる3)。 交感神経性発汗反応は辺縁系などの中枢神経、
交感神経脊髄下降路、 交感神経節前線維、 交感神経節
― 234 ― 図 3 QSART における発汗反応と各指標
図 4 健常者とスモン患者における QSART の代表的波形
図 5 QSART の各指標のグラフ
後線維のどの部分の障害でも低下しうる8)。 交感神経 節後線維が保たれる場合、 障害部位は中枢神経、 交感 神経脊髄下降路、 交感神経節後線維が残るが、 下半身 の無汗や冷感という分布は交感神経脊髄下降路の障害 を示唆する。 スモン患者における交感神経脊髄下行路 に関する病理学的検討の報告はないが、 交感神経の脊 髄下行路は錐体路に接して錐体路の腹側を下行すると される9)。 スモンにおいて錐体路は最も強く障害され る部位のひとつであり10)、 錐体路に接して走行する発 汗交感神経脊髄下行路も障害される可能性がある。 ス モンにおける発汗機能低下は、 脊髄病変を反映した可 能性が考えられる。
なお潜時はスモン患者において健常より短縮してい る。 潜時短縮の病的意義ははっきりしない。 また正常 は 40-150 秒の間との報告がある11)。 本検討における潜 時短縮は健常例が少ないことが影響している可能性が ある。 今後は健常症例数を増やして検討をしていく必 要がある。
E. 結論
スモン患者における発汗交感神経節後線維機能は概 ね保たれていたが、 重症例では障害を来す可能性があ る。
G. 研究発表 1 . 論文発表
なし 2 . 学会発表
荒 木 信 之 , 朝 比 奈 正 人 , 山 中 義 崇 , Anupama Poudel, 劉韋氷, 桑原聡. スモン患者における発 汗節後交感神経機能. 第 69 回日本自律神経学会 総会. 熊本
H. 知的財産権の出願・登録状況 なし
I. 文献
1 ) 松 田 正 之 , 宮 城 浩 一 , 柳 沢 信 夫 , et al. Subacute myelo-optico-neuropathy (SMON) 患 者 に お け る 加齢と自律神経機能検査. 自律神経. 1993;30 (5):
488-492.
2 ) 花籠良一, 宇尾野公義. SMON の自律神経症状.
自律神経. 1973;10:225-222.
3 ) 朝比奈正人, 服部孝道. スモン後遺症患者におけ る皮膚交感神経機能. 自律神経. 2000;37 (6):654- 657.
4 ) 二宮充喜子, 中里良彦. 定量的軸索反射性発汗試 験. 第 5 版 ed:文光堂;2015. 257-259 p.
5 ) 朝 比 奈 正 人 , 荒 木 信 之 , 山 中 義 崇 , Anupama Poudel, 劉韋氷, 桑原聡. スモン患者における発汗 節後交感神経機能. スモンに関する調査研究 平成 27 年 度 総 括 ・ 分 担 研 究 報 告 書 分 担 研 究 報 告 書 : 2015. 159-162.
6 ) 橋詰良夫, 吉田眞理, 三室マヤ. 脱髄・代謝・中 毒 SMON の脊髄の病理. 脊椎脊髄ジャーナル.
2010;23 (8):725-728.
7 ) 小牟礼修, 久野貞子, 西谷裕. SMON における 心・血管系自律神経障害 特に立ちくらみとの関連 について. 自律神経. 1988;25 (1):55-60.
8 ) Asahina M, Poudel A, Hirano S. Sweating on the palm and sole: physiological and clinical relevance.
Clin Auton Res. 2015; 25 (3): 153-159.
9 ) 齋藤博. 頸髄・髄内病変例の温熱性発汗様式から 推定される視床下部脊髄路の頸髄内走行部位と体性 局在構造. 自律神経. 2009;46 (6):582-588.
10) Shiraki H. Neuropathological aspects of the etiopathogenesis of subacute myelo-optico-neuro- pathy (SMON). Vinken PJ, Bruyn DW, editors.
Amsterdam: North-Holland publishiong company;
1979. 141-198 p.
11) David M. Sletten, Stephen D. Weigand, Phillip A.
Low. Relationship of Q-Sweat to Quantitative Sudomotor Axon Reflex Test (QSART) Volumes.
Muscle Nerve. 2010; 41 (2): 240-246.
12) 荒木信之, 朝比奈正人. 発汗検査の実際とその異 常. Clinical Neuroscience. 2017;35 (1):114-115.
― 235 ―