第 50 回大会公開シンポジウム記録 「新潟の野生生物事情」 森林野生動物研究会誌 43. 2018 ─ 81 ─
外来種問題とは何か─懐疑論に答える
石 井 信 夫*
1. 外来種問題とその対策 外来種とは,もともと自然分布していない地域や水域 に,人為によって意図的あるいは非意図的に運ばれた生 物種のことで,在来の種・生態系や人間活動に及ぼす影 響のとくに大きなものを侵略的外来種という.外来種の 影響には,捕食・採食,競争,交雑,病気,生息環境改 変などがもたらす生物多様性保全上の問題のほかに,人 間社会に直接関わるものとして,農林水産業被害,生活 被害,健康被害などがある.Lowe et al. (2000)は,外 来種問題の普及啓発を図るために,とくに影響の大きい 侵略的外来種 100 種を選定し,解説冊子を作成・公表し ている. Baillie et al. (2004)によれば,絶滅のおそれが全種で 評価された哺乳類と鳥類についてみると,外来種(外来 の病原体を除く)は絶滅のおそれのある哺乳類の約 1 割,鳥類の約 3 割に影響を及ぼしており,また,情報の 多い鳥類では 65 種の絶滅に外来種が関わっていたと推 定されている.Doherty et al. (2016)によれば,侵略的 外来種のなかでも,イエネコ,ネズミ類,イヌ,ブタな どの捕食性外来哺乳類はとくに影響が大きく,哺乳類, 鳥類,爬虫類の少なくとも 142 種(検討対象種の 58%) の絶滅に関わり,また 596 種の絶滅のおそれを高めてお り,こうした状況は,希少固有種の生息地や海鳥類繁殖 地となっている島嶼においてとくに顕著であるという. 島嶼は他から隔離され,また,面積が小さいことから, 生息種数が少なく,種構成にも偏りがあり,捕食性の哺 乳類を欠いていることが多く,それまで存在しなかった ニッチを占める捕食性外来哺乳類はとくに大きな影響を 及ぼす. 1992 年に採択され翌年発効した「生物多様性条約」 の第 8 条(h)には,締約国は「生態系,生息地若しくは 種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種 を制御し若しくは撲滅すること」とある. 日本では,外来生物法(特定外来生物による生態系等 に係る被害の防止に関する法律)が 2004 年に制定され, 侵略的外来種とされる特定外来生物の指定,その定着を 防ぐための飼養・栽培・移動などの規制,野外への放逐 の禁止,定着したものの根絶・制御を目指した防除事業 の実施などが定められ,翌年から施行されている. また,2010 年に名古屋市で開かれた生物多様性条約 第 10 回締約国会議で採択された愛知目標の 9 は,2020 年までに「侵略的外来種とその定着経路が特定され,優 先順位付けられ,優先度の高い種が制御され又は根絶さ れる.また,侵略的外来種の導入又は定着を防止するた めに定着経路を管理するための対策が講じられる」とい うものである.こうした目標の達成に向けて,日本では 2015 年に「外来種被害防止行動計画」(環境省・農林水産 省・国土交通省 2015),そして特定外来生物以外の外来 種,国内由来の外来種などを大幅に加えた「生態系被害 防止外来種リスト」(環境省・農林水産省 2015)が作成・ 公表され,外来種対策の促進・充実が図られている. 2. 外来種問題と対策への疑問について 在来種の場合とは異なり,外来種の影響はそれまで存 在しなかったものであり,何が起きるかを事前に予測す ることは難しく,深刻な問題が生じても取り返しのつか ないことが多い.したがって,予防的な観点から,外来 種問題の発生を未然に防ぐために,生物の移動を規制し たり,定着初期に根絶したりするなどの対策が重要にな る.ここで予防的な観点とは,生物多様性条約の前文に ある「生物多様性の著しい減少あるいは消失のおそれが ある場合,科学的な確実性が十分にないことをもって, そのようなおそれを回避し,または最小にするための措 置をとることを延期する理由とすべきではない」という 考え方である. 外来種問題は,在来生態系が単に人為を排除して自然 のプロセスに委ねるだけでは保全できず,積極的な人為 介入が必要であることを示す典型的な問題である.すで に定着した外来種を野外から除去する方法としては,物 理的(捕獲,抜き取りなど),生物的(不妊化,天敵導 入など),化学的(毒餌,除草剤など)なものがあるが, * 東京女子大学J. Jpn. Wildl. Res. Soc. (43) 2018 ─ 82 ─ いずれも膨大なコスト(費用,人員,時間)がかかるこ と,また,生き物の命を奪う行為を伴うため,外来種を 問題とすること,対策を講ずることに対して批判的な意 見がある.ここでは,そのような考え方を代表するもの としてピアス(2016)とトムソン(2017)による著作を 取り上げる. ピアス(2016)もトムソン(2017)も,外来種の定着 は地域の生物多様性を豊かにするという.これは多様度 指数のような生態学的指標と生物多様性という用語とを 混同した意見であり,地域の生物多様性を考える際に在 来種と外来種は明確に区別されるべきである. 二人とも,地域の生態系は定常状態にはなく,新たな 種の侵入,在来種の絶滅が繰り返されて形成されたもの であり,外来種の侵入を過度に憂慮する必要はないとす る.確かに地史的なタイムスケールを取れば,地域生物 相・生態系は,生物種の移入・絶滅・種分化の繰り返し によって大きく変化してきた.しかし,人間が意識する タイムスケールでは,人為による変化を除くと,常態と しての攪乱を含めれば,自然が大きく変わることは少な く,できるだけ現状を維持することは保全の目標となり うる(石井 2017). また両者はともに,長い歴史の過程で成立した地域固 有の在来生態系に価値を認めていない.しかし,生物多 様性保全の主目的の一つは,長い生命史の中で形成され た地域固有の生態系とその構成員が人為によって消失す るのを防ぐことである.線引きが難しい場合もあること は確かだが,自然に起きる移入と人為的な持ち込みは区 別されるべきであり,また,地史的時間スケールと短時 間で起きる現象とを混同すべきではない(石井 2017). ピアス(2016)は,手付かずの状態ではなく,すでに 人為によって変化している自然を膨大なコストをかけて 守る意味はあるのかと問う.しかし,かつての姿を部分 的にとどめている自然を守ることにも大きな意味がある と考えられる.在来生態系の保全は,元の状態から変化 していても,過去を知る手がかりとして,また残された もの自体にも価値を認め,それ以上の劣化や消失を防ご うとする文化財や遺跡,歴史的景観の保存と似た面があ る(石井 2017).残された自然遺産をできるだけ失うこ となく次世代に引き継ごうとするなら,野外からの外来 種の排除は避けて通れない.また,日本の生物多様性保 全国家戦略(環境省 2013)に記されているように,人 為によって成立した二次的自然も保全の対象と認識され ている. ピアス(2016)もトムソン(2017)も,多くの事例をあ げて,膨大なコストがかけられているにもかかわらず, すでに定着した外来種の制御・根絶はたいていうまくい かず,根絶できたとしても期待されたような結果は得ら れないとする.期待に反することとは,外来植食者の駆 除によって外来植物が採食圧から解放されて繁茂する, 外来の中位捕食者が外来の上位捕食者の駆除によって捕 食圧から解放されて増加する(中位捕食者の解放)などの 現象を指している.確かに,ある外来種が別の外来種に よる影響を緩和しているために,その外来種を駆除した 場合,在来種に悪影響が起きることがある(千葉 2011). しかし,外来種対策の技術,外来種を排除したときの生 態系の反応に関する理解は日進月歩であり,また,外来 種の制御・根絶によって在来種や生態系が回復する事例 が増えていることを見落としてはならない.日本でも, 奄美大島のフイリマングース駆除事業では,計画的な捕 獲作業によってマングース個体数の大幅な削減に成功し た結果,大きな島では世界初の根絶が視野に入り,また, 本来の目的である希少種・在来種の回復がみられている (橋本ほか 2017). 外来種対策は,希少種や生態系の保全を目的としてい るものもあるが,産業被害,生活被害防止のため必要に せまられて行われているものも多い.人間社会に直接影 響が及ぶ被害についての対策はいずれにしても避けられ ない. 初めに述べたような,外来種問題に関わる国際条約や 国内法,計画,リスト等が制定・作成されていることは, 外来種対策の必要性に関する明確な社会的合意の存在を 示している.そしてそれは,生物多様性がもつ様々な実 用的・非実用的価値をふまえて,私たち人間にとって望 ましい自然を維持・回復・利用するための合意である. 栽培・観賞植物も家畜・家禽・愛玩動物もほとんどが外 来起源であり,外来種を利用しなければ人間社会は成り 立たない.また,すでに膨大な数の外来種が野外に定着 しており,今後も新たな移入・定着は続くであろう.外 来種を原則排除すべきと主張する人たちはほとんどいな いし,それは現実的でもない.一部の侵略的外来種が問 題とされているのである. 3. 外来種対策の要点と今後の課題 目標が不明確であったり,効果が上がっていなかった り,対象種の有害性が過大評価されていたりする外来種 対策について根拠のある批判は必要である.対策にかけ られる費用にも限度があり,現実的な目標を設定しなけ ればならない場合もあるだろう.失敗例も多いことは事 実だが,そうした過去の経験を踏まえ,外来種対策は改 善していくことができる.
森林野生動物研究会誌 43. 2018 ─ 83 ─ 基本的なこととして,外来種対策の着手は早ければ早 いほど良く,実行が遅れるほど問題となっている種の個 体数が増加し,希少種や生態系等への影響が継続し深刻 化するだけでなく,対処に要する時間,コスト,そして 対処しなければならない外来種の個体数は増加する.し かし現状では,予防的な対策のために予算を確保するこ とが難しく,被害が許容レベルを超えるまで放置され, それから対策が始まることも多い. 外来種の個体数を減少させ,さらに根絶を達成するた めには,最低でも除去率が増加率を上回るレベルの捕獲 努力量の維持が必須である.分布域の拡大を分布前線で 阻止することも重要である.しかし現状では,多くは予 算的な制約から,必要な捕獲努力量も確保されていない 場合が多い.また,外来種対策は在来種の被害対策と根 本的に異なる考え方で取り組む必要があるにもかかわら ず,個体数が減少したり被害が許容レベル以下になった りすると,予算も捕獲努力量も低下し,その結果,個体 数は元の状態に戻り,その間に分布域が拡大することが 多くのケースで起きている. こうした状況を変えていくために,外来種問題につい ては,生物多様性保全という理解しにくい側面だけでな く,農林水産業・生活・文化財被害といった身近な被害 の実態,そして外来種対策の意義,これまでの内外の成 果について積極的に情報提供し,一般にもっと広く周知 することが求められる. 引 用 文 献
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