博 士 ( 医 学 ) 中 垣 整
学 位 論 文 題 名
NGF 増加を介したアルドース還元酵素阻害薬による 糖尿病創傷治癒遅延の改善効果
学位論文内容の要旨
[背景と目的]
糖尿病神経障害は糖尿病の三大合併症(細小血管症)のーっとして知られている.アルドー ス 還元酵素(AR)はポリ オール 経路においてグルコースがソルビトールに変換される際の律 速 酵素であ り,ア ルドース 還元酵素阻害薬(ARDはアルドース還元酵素を阻害することによ り ,ソルビ トール やフルク トースの蓄積を防ぎ神経障害を改善させる.これまで糖尿病患 者 に見られ る皮膚 難治性潰 瘍では神経線維の減少が報告されており,この末梢神経線維減 少 が糖尿病 患者の 創傷治癒 遅延と関係している可能性が示唆されている.その機序として の ポリオール代謝と創傷治癒の関連についての報告はなく,ARI投与が創傷治癒期間にどの よ うな影響 を及ぽ すかとい う報告 もこれま でにな い.そこ で我々は 創傷の 修復における ARIの効果 を明ら かにする ことを目的に,糖尿病マウスの背部に創傷を作成し,ARI混餌投 与 す る こ と に よ り 糖 尿 病 に よ る 創 傷 治 癒 遅 延 が 改 善 し う る か ど う か を 検 討 し た.
[材料と方法]
11糖尿病マウスの作製と創傷作成
生 後8週 オスのC57BL/6Jに対し ストレプ トゾト シン(STZ)を20mg/kg腹腔内投 与し,1週 間 後 の 血糖 値 が360mg/dl以 上と な っ た個 体 を 糖尿病 群とし ,I.control群 ,II.DM群,
III.ARI群,IV.DM+ARI群 とし,各 群8匹 の4群に群分 けした.更にNGF高親和性レセプター で あ るrkAレ セプ タ ー 拮抗 薬 のK252aをDM十ARI群,ARI群,control群各4匹 ずっに皮 下 投 与し,還元型グルタチオン(GSH)拮抗薬であるBSOを同様にDM十ARI群,ARI群,control 群 各4匹 ずっに 皮下投与 した,ARI投与 群にはエ パルレ スタットをSTZ投与時から試験終了 ま で0.04% 混餌 投 与 を継 続 と し た.STZ投 与12週 後 にBIOPSYPUNCHを 用 いて 皮筋を含 む 皮膚全層欠損創(径6mm)を1匹あたり2個作成した.K252aは50ug瓜gで創傷作成時より毎 日 皮下注射 にて創 部局所投 与し,BSOも4mmoM嬉をK252aと同 様に創 部局所投 与とした.2 日毎に創傷面積を観察し比較検討した.
2.肉眼的観察法
創傷作成より2日毎に創の形状をマーキングし,デジタルカメラを用いて創部を撮影した,
創 の 面 積 は ス キ ャ ナ ー で 取 り 込 み ,NIHimage1.61(USA) で 測 定 し た . 3.免疫螢光染色法
創 傷作成時,作成7日後,14日後に創部と創部周囲を含む組織を採取し,一次抗体として ウ サギモノクローナル抗N(押抗体を4℃,overnightにて反応させ,二次抗体として抗ウサ ギIgGmexaFluor594抗 体 を 遮 光 室 温 に て60分 反 応 さ せ,LAS4000imagereaderにて 撮 影し解析した.
4.realtimePCR法
創 傷作成 時,作成7日後 ,14日後に創部組織を採取し,RNA抽出まで―80℃の冷凍庫に保 存 し た .TotalRNAの 抽 出 はRibopureRNA抽 出キ ッ ト を用 い た .1pgのtotalRNAをoligo dTプ ラ イ マ ー お よ ぴReverseTranscriptaseを 用い て 逆 転写 反 応 を行 い , 生成 さ れ た cDNAを鋳型とし各種プライマーを用いて増幅した.
― 286 ‑
【結果]
1. 創傷治癒観察
創傷作成時より創傷面積を継 続観察したところ,9日後以 降からDM群において創傷治癒 の有意な遅延が認められたりくロロみ. 11日後での評価では,DM+ARI群においてDM群で認 められた創傷治癒遅延の有意な 改善が認められたのく観クル.
2. 創傷治癒に関連する成長因子発現の検討
創傷治癒に関連する成長因子 として,既報の成長因子について創傷作成時,創傷作成7日 後,創傷作成14日後での創傷皮 膚病変部における発現変化をreal time PCRを用いて検討 し た . 創 傷 作 成14日 後 に お い てNGF発 現 に っ いてcontrol群 と比 較し てDM群で の55% の 有 意 な 発 現 低 下 ¢ く 観0と ,ARI投 与 に よ る有 意 な発 現の 回復 を認 めた みく ロooD.
3. 創傷皮膚におけるNGFの局在 変化の検討
ウ サ ギモ ノク ロー ナル抗NGF抗体を用いた創傷作成7日 後の創傷部皮膚免疫螢光染色で は,mRNA発 現と 同様 にDM十ARI群 の 表皮 有棘 層において 螢光強度の上昇が認められた.
4.NGF拮抗薬を用いた創傷治癒遅延の変化
DM十ARI+K252a群 に お い てDM十ARI群 と 比 較 し 有 意 な 創 傷 治 癒 遅 延 が 認 め ら れ
¢く 観05),DM十ARI十BSO群 にお い ても 有意 な創 傷治 癒の 遅延 が認 めら れたあくa鰄ま た 各 群 に お け るNGF発 現をreal time PCRを用 いて 比較 検討 した とこ ろ,DM十ARI+BSO 群 で はDM+ARI群 と 比 較 し 有 意 差 は 認 め な ぃ もの の 低下 傾向 であ り,DM+ARI+K252a群 はNGF発現の有意な低下を認めた¢くロooD.
[考察]
創傷治癒過程の観察においてARIの投与により糖尿病マウス の創傷治癒期間が有意に改善 し,ARIの糖尿病創傷治癒遅延に対する改善効果が今回初めて示された.そこでどのような 機序でARIが創傷治癒遅延を改善させたのかを明らかにする ため我々は創傷治癒に関連す る成 長 因子 に注 目し た. 今回 の検 討に おい ては 神経成長因子であるNGFの発現以外には ARI投 与に よる 有意 な変化は 認められなかった.NGFは神 経栄養因子ニューロトロフイン であり,皮膚刺激や創傷治癒の 過程で上皮細胞や線維芽細胞から産生され細胞損傷時の修 復作用にあたる.またSTZ投与糖尿病マウスでは末梢組織におけるNGFの低下が認められ,
NGFの局所投与が糖尿病マウスの血管形成回復を刺激し,局 所の血管内皮細胞のアポトー シ ス を 抑 制 し た と報 告 され てい る. 本研 究に おけ るNGFのmRNA発 現と 免疫 染色 の結 果 よ り ,ARIの 創 傷 治 癒 遅 延 改 善 効 果 に 船 け るNGFの 関与 が推 測さ れた .そ のARIとNGF との 関 連に っい て糖 尿病 神経 障害 の一 機序 であ るペントースリン酸経路を介したNGFの 回復 が 予想 され たた め,NGF作用 抑 制目 的に2種 類の拮抗薬を用い,更に創傷治癒やNGF への 影 響を 観察 した ところ,ARIによる創傷治癒改善効果の抑制とNGF発現の低下が確認 された.しかし今回の結果から は他の経路を介したNGFの作 用増強もあることが示唆され た. 今 回の 検討 から 糖尿病状態で低下した創傷部位にお けるNGFの発現をARIが増加させ ることにより創傷治癒を促進さ せ,糖尿病末梢神経障害の治療薬としてだけでなく,糖尿 病 に お け る 潰 瘍 や 壊 疽 の 治 療 効 果 も 期 待 で き る こ と が 示 唆 さ れ た ,
[結論]
1. アルドース還元酵素阻害薬(ARD投与により糖尿病マウス の創傷治癒遅延の改善が認め られた.
2. ARI投与による創傷治癒遅延改善の機序として,創傷部におけるnerve growth factor (NGF)の増加作用があることが示唆された,
―287―
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
NGF 増 加を介したアルドース還元酵素阻害薬による 糖 尿 病 創 傷 治 癒 遅 延 の 改 善 効 果
アルド ース還元 酵素(AR)は ポリオー ル経路 において グルコ ースがソルビトールに変換さ れる際 の律遠酵素であり、アルドース還元酵素阻害薬(ARDはアルドース還元酵素を阻害す ることにより、ソルビトールやフルクトースの蓄積を防ぎ糖尿病神経障害を改善させる。こ れまで の研究ではアルドース還元酵素阻害薬投与により創傷治癒期間が改善されたとの報 告はこ れまでに ない。 そこで、 我々は 創傷の修復におけるARIの効果とその機序を明らか にする ことを目 的に、 糖尿病マ ウスの 背部にパンチバイオプシーにて創傷を作成し、ARI を混餌投与することによって創傷治癒期間が改善しうるかどうか検討した。I.非糖尿病群、
H糖 尿病群、m.非糖尿病十ARI投与群、1V.糖尿病十ARI投与群の4群にマウスを群分けし、
マウス 背部に創 傷を2個作成 し、創部 の閉鎖まで創傷面積を観察し解析を行った。day9〜 dayllに お いてDM群の 創 傷 治癒 が 有 意に 遅 延 して い た 。dayllで の 評 価で は 、DM+ARI 群 にお いてDM群 で見ら れた創傷 治癒遅延 の有意 な改善が 認めら れた。ARI投与 による創 傷 治癒 遅延改 善の機序 解明を 目的に、 成長因 子に着目 し、real time PCRにて 創傷部の mRNA発 現 量 を 検 討 し た と こ ろ 、 神 経 成 長 因 子NGFがDM群 で 有 意 に 低 下 し 、DM+ARI 群にて 、control群レベル まで回復 してい たことが 明らか になった。そこでNGF拮抗薬で あ るK252aとBSOの 投 与 を 行 っ た と こ ろ 、DM+ARI群 に お い てNGF発 現 回 復 の 有 意 な 抑制とARIによ る創傷 治癒遅延 改善効 果の消失が認められた。創傷治癒過程の観察におい てARIの投与に より糖 尿病マウ スの創 傷治癒期 間が有意 に改善 し、ARIの糖尿病創傷治癒 遅延に対する改善効果が今回初めて示された。そこで我々は創傷治癒に関連する成長因子に 注目し た.今回 の検討 に韜いて は神経 成長因子 であるNGFの発 現以外にはARI投与による 有意な 変化は認められなかった。NGFは神経栄養因子ニューロトロフインであり、またSTZ 投 与糖 尿病マ ウスでは 末梢組 織におけ るNGFの低下が 認めら れると報 告されて いる。 本 研 究 に おけ るNGFのmRNA発 現と 免 疫 染色 の 結 果よ り 、ARIの 創 傷治 癒 遅 延改 善 効 果に お けるNGFの 関 与 が推 測 さ れた . そ のARIとNGFと の関 連 に っいて ペントー スリン 酸経 路 を介 したNGFの回復 が予想 されたた め,NGF作用抑 制目的 に2種 類の拮抗 薬を用 いたと ころ,ARIによ る創傷 治癒改善 効果の 抑制とNGF発現の 低下が 確認された。結諭としてア ルドー ス還元酵素阻害薬(ARD投与により糖尿病マウスの創傷治癒遅延の改善が認められ、
ARI投 与 によ る 創 傷治 癒 遅 延改 善 の機序 として、 創傷部に おけるnerve growth factor (NGF)の増加作用があることが示唆された。
そ の 後 副査 吉 岡 教授 よ り @ARIの 作用機 序、◎NADPHの消 費がすす むと細 胞が生存 で きない状況になるのではないか、◎臨床でのARIの効果や使用法にっいての質問があった。
次いで副査清水教授より@糖尿病モデルマウスを使用した実験系ですが、こんなに早期に糖 尿病合 併症出る のか? ◎methodで、STZ注射で糖尿病にするとのことだが、すべてのマウ
−288 ‑
夫 宏
弘
隆
充
池 水
岡
小 清
吉
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
スが 糖尿病に なるの か?個体差はなぜ起こるのか?◎STZで糖尿病にしたら、ずっと高血 糖になっているのか?にっいて質問があった。次いで主査小池教授より◎創傷治癒遅延のメ カニ ズムにはNGFだ けではな く他の成 長因子 の相互作 用も関 連してい ると思 うが治癒過 程の前のタイミングの段階ではそれぞれの成長因子の発現はどうか?◎技術的な問題だが、
パンチで傷をっけたあとの処置は?◎これを参考にキネダックの臨床研究やるとしたらどう するか?◎NGFでの治療のデータはあるか?◎キネダックを局所投与法は?などの質問があ った 。いずれ の質問 に対して も、申請 者は実 験データ や既報 の論文を 引用し 、(DNDH、 Glucose,ARのアロステリック結合に作用する。◎創傷のある局所で起こっていることで、
全身的なものではない。◎糖尿病神経障害の早期にのみきく。症状の発現をおさえる予防的 な使い方。@神経障害に限らず腎症も短期で発症してくる。◎マウスでは腹腔内投与が一般 的、 発症率は50‑60% 程度である。尾静脈からの1Vでは80〜 90%の発症率である。◎B細 胞機能は戻らないのでずっと高血糖になっている。◎個体差はロ細胞障害の程度による。◎
清潔操作で行い、感染しないようテガダームで保護した。失敗例では感染を起こしたことも あった。◎ヒトでこのように傷をっけるのは難しい。次段階としては大きい動物(チンパン ジー など)を 用いた 実験がよいかと思われる。◎マウスにNGF投与し創傷治癒遅延が改善 したデータがある。@ヒトでは内服、実験でもエサにまぜて結果が出たので内服でよいと思 うと回答した。質疑応答の時間は約15分であった。なお、出席者はおよそ70名であった。
この 論文は、ARIが 糖尿病創傷治癒を改善する点で高く評価され,今後の臨床応用が期待 される。審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位な ども併せ申請者が博士(医学)の学位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。
−289−