: 2010年代の輸出動向の分析を通じて
その他のタイトル A Study on the Development of Labour‑intensive Garment Industry in Myanmar: Focusing on the Export Expansion in 2010s
著者 水野 敦子
雑誌名 關西大學經済論集
巻 68
号 4
ページ 189‑206
発行年 2019‑03‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/16988
論 文
ミャンマー縫製業の労働集約的構造に関する一考察
: 2010 年代の輸出動向の分析を通じて
水 野 敦 子
はじめに
長い軍事政権下で工業化が停滞してきたミャンマーでは、2010年代に入って漸く産業構造 の転換が進む。2000年代初頭まで一割程度に過ぎなかった GDP に占める製造業の割合は、
2011年に3割に達し、翌2012年に初めて農業の比率を超えた。この工業化を牽引しているの は、ミャンマーにおいて最大の輸出産業となっている縫製業である。
衣類生産における生地の裁断(Cutting)、縫製(Making)、梱包(Packing)の CMP 工 程を担う縫製業は、典型的な労働集約的産業である。経済発展の初期段階にある開発途上国 において、縫製業は工業化の嚆矢となり、未熟練労働者の就労先となってきた(Fukunishi, T., Yamagata, T. eds. 2014)。ミャンマーにおいては、2000年代初頭に、衣類が輸出の3割 を占めるまで縫製業は成長したが、最大の輸出先であった米国による経済制裁の強化によっ て、2000年代半ばに停滞した(工藤 2006)。2000年代末まで、衣類輸出の回復は緩慢であっ たが、2010年代に入って日本や韓国向け輸出に牽引されて、大幅に増加している。この増加 を促進したのは、人件費が高騰した中国からの生産移転であった(Kudo 2013)。欧米から の経済制裁下にあったミャンマーが、東アジア域内における日本や韓国向けの衣類生産拠点 の再配置の影響を、とりわけ強く受けたのである(水野 2015)。
2011年の民政移管後に欧米諸国が経済制裁を徐々に解除してきたことから、2010年代半ば 以降は、欧米、とりわけ欧州向けの衣類輸出の伸びが著しい。民政移管以降のミャンマー縫 製業の成長については、こうした制裁解除が要因として着目され、また、更なる輸出拡大の た め に は、 欧 米 企 業 が 求 め る 人 権 へ の 配 慮 の 重 要 性 が 強 調 さ れ る(Theuws, M. and Overeem, P. 2017, El-Shahat, S. and Canossa, V. 2018 など)。しかし、欧州への衣類輸出増 加の詳細について分析した研究は、多くない。また、欧米諸国への衣類輸出増加に関心が寄 せられるあまり、日本や韓国など東アジア域内への衣類輸出額が依然として大きいという事 実が、看過されがちである。本稿は、2010年代におけるミャンマー縫製業の成長の内実につ
いて、アジア域内における衣類産業の分業構造、およびミャンマーが欧州への輸出を伸ばし た主な衣類品目について分析することで、その労働集約的構造の解明を試みるものである。
結論の一部を先取りすれば、2010年代においてミャンマー縫製業は、輸出の量的拡大を続け ているが、産業高度化は限定的で、むしろ低付加価値製品の生産へ特化している。その要因 となった、ミャンマー縫製業の労働集約的構造を、衣類産業のバリューチェーンに着目しつ つ検討を行う。
本論の構成は、以下の通りである。まず1.で、2010年代におけるミャンマーの衣類輸出 の推移とその輸出先の変遷を整理する。そのうえで、その担い手として、地場民間企業のプ レゼンスが大きいことを示す。また、輸出品目として、布帛製品の比率が高い要因について 検討する。これらの分析から、2010年代のミャンマー衣類輸出拡大を検討するにあたって、
日本を含む東アジア向けの輸出に着目する根拠を示す。次いで、2.で、東アジア域内にお ける衣類産業のバリューチェーンに着目しつつ、ミャンマー縫製業の労働集約的構造につい て考察する。そのうえで、ミャンマーの日本および EU に対する衣類輸出の品目構成と主な 品目単価の推移を分析し、製品の高度化について検討する。更に3.で、ミャンマー縫製業 における雇用の大幅な増加について概観したうえで、未熟練労働力使用的な生産システムに ついて検討する。おわりに、本論を小括する。
1.ミャンマーにおける衣類輸出の拡大
(1)2010年代における衣類輸出拡大と輸出市場
ミャンマーの主な輸出産品は、現在においても一次産品に占められており、工業製品で は、唯一、衣類が主な輸出産品となっている 1)。図1でミャンマーの衣類輸出額と総輸出に 占める比率の推移を見れば、2000年度に総輸出の30%を占めるまでに急増し、2002年度には 7.5億ドルに達していた。しかし、2003年度に激減して、2005年度には2.2億ドル、4%にま で減少した。その後、2000年代末までは、5億ドル、5%前後で横ばいに推移していたが、
2010年代に入って急増し、2017年度には26億ドル、18%を占めている 2)。
この間、ミャンマーの衣類輸出先は、以下のような変遷を辿ってきた。2000年代初頭まで は、 殆 ど が 欧 米 へ の 輸 出 で あ っ た。 当 時、 多 国 間 繊 維 取 極 め(MFA:Multi Fiber Arrangement)によってクオータ(輸入割り当て)が設定されていない、または余裕のあっ た後発国は、欧米への衣類輸出に有利な環境にあった(Lopez-Acevedo, G., Robertson, R.
2012)。しかし、最大の輸出先であった米国が、2003年に経済制裁を強化し、ミャンマー産 品の輸入を禁止したために、ミャンマーの衣類輸出は激減した。なお、EU は、ミャンマー
へ の 後 発 開 発 途 上 国(LDC:Least Developed Countries) 向 け 一 般 特 恵 関 税(GSP:
Generalized Scheme of Preferences)を1997年に停止していた。さらに、2005年に MFA が 廃止されたことから、欧州向けの輸出も伸び悩んだ 3)。2000年代半ばから末までのミャン マーの衣類輸出の緩やかな増加は、日本や韓国など東アジア域内への輸出を徐々に伸ばして きたことによる 4)。
2010年代に入り、それまで緩やかであった日本および韓国 5)向け輸出が、大幅に増加を 始めた。この背景には、東アジア域内の輸出縫製産業の生産拠点の再編が加速化したことが ある(水野 2015)。さらに、2010年代半ば以降は、民主化を評価した欧米諸国による経済制 裁の緩和によって、欧米向けの衣類輸出が拡大に転じた。特に、EU 向けの輸出の伸びが顕 著となっている。
表1から、ミャンマーの衣類輸出の主な相手国・地域別の推移を見れば、2013年には、日 本が4割、韓国が3割を占めて、東アジアの比率は8割にも上っていたことが分かる。しか し、2014年以降、EU への衣類輸出は大きく伸びて、2016年に日本への輸出を超えて7.6億ド ル、34.5%に、2017年には東アジアへの輸出をも超え、12.6億ドル、39.7%となった。EU へ の衣類輸出拡大の契機は、ミャンマーに対する経済制裁緩和の一環として、2013年7月に EU が LDC-GSP を再適用したことであった 。なお、米国は、2012年11月にミャンマー産品 の輸入禁止措置を解除したが、GSP 適用除外措置が残されていたために、衣類品目によっ ては30%を超える関税が課されたことが、衣類輸出の拡大を阻害していた。2016年9月に、
米国がミャンマーへの GSP を再適用した後、衣類輸出は増加しているが、2017年時点では、
0 5
10 15 20 25 30 35
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0
1995 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17
( 億 ド ル ) 輸出額(左軸) 対総輸出比(右軸) (% )
(年度)
図1 ミャンマーの衣類輸出額と対総輸出比率の推移
出所)CSO, より筆者作成
1.39億ドル、4.4%に留まっている。
以上のように、2010年代半ばにおける、ミャンマーから欧米への衣類輸出の伸びは著し く、縫製業の成長への寄与は大きい。とはいえ、同時期に日本への輸出額は、増加を続けて おり、現在に至るまでミャンマーにとって日本は、一国として最大の輸出相手国となってい る6)。東アジア諸国への輸出額も増加傾向にあり、その比率は、2013年の8割弱から半減し たとはいえ、2017年において依然として36.3%を占めている。すなわち、2010年代の前半ま で、ミャンマー縫製業の成長を牽引してきた東アジア向けの輸出は、2010年代半ば以降、欧 州向け輸出に譲りつつあるとはいえ、依然として、その役割は大きいと言えよう。次節で は、このような輸出先の推移との関係から、その担い手である縫製企業の変化について検討 することとしたい。
(2)輸出縫製業の担い手:地場民間企業の高いプレゼンス
ミャンマーにおける輸出衣類生産の担い手として、地場民間企業のプレゼンスが高いこと が、特徴となっている。これは、軍政下で外国直接投資、とりわけ1997年に米国が新規投資 を禁止して以降、製造業への投資が、低調であったことに起因する。また、1997年のアジア 経済危機の余波によって経済が停滞し、内需向け産業が不振に陥っていた状況で、新たなビ ジネスチャンスを求めた地場企業家たちが、輸出志向型の縫製業に大挙して参入したことも 要因となった(工藤 2006)。結果として、地場民間企業が、輸出縫製業の主な担い手となっ たのである 7)。同時期に衣類輸出を伸ばしていたカンボジアにおいては、95%が外資企業に
表1 ミャンマーの主な衣類輸出先の推移(2013-2017年)
(単位:百万ドル、%)
2013年 2014年 2015年 2016年 2017年
金額 比率 金額 比率 金額 比率 金額 比率 金額 比率
東アジア 920 79.5 1,075 72.3 1,047 62.1 1,081 49.1 1,157 36.3 日本 480 41.5 562 37.8 581 34.5 647 29.4 714 22.4 韓国 391 33.8 462 31.1 396 23.5 344 15.6 351 11.0 中国 39 3.3 34 2.3 41 2.4 45 2.0 47 1.5 香港 5 0.4 7 0.4 6 0.4 5 0.2 6 0.2 ASEAN 6 0.6 9 0.6 22 1.3 40 1.8 40 1.3 EU-28 174 15.0 312 21.0 474 28.1 760 34.5 1,263 39.7 アメリカ 2 0.2 17 1.1 43 2.5 76 3.4 139 4.4 合計 1,157 100.0 1,488 100.0 1,685 100.0 2,201 100.0 3,186 100.0 注)相手国側の数値による。
出所)UNComtrade より筆者作成。
担われていたことと比較しても(Kang et al., 2009)、ミャンマー縫製業の地場企業比率の高 さが際立つ。
なお、2000年代後半には、外国直接投資の流入は増大したものの、主に資源開発と電力分 野に投入されており、製造業への投資は皆無に等しい状況であった。2011年の民政移管以 降、ミャンマーへの対内直接投資は、製造業への投資割合が高まっている(図2)。
民政移管以降、欧米諸国からの経済制裁の緩和が、衣類輸出の増加と外国直接投資の追い 風となり、2011年より縫製企業は増加し始め、2013年頃からは、とりわけ外資系企業が大幅 に増加してきた(水野 2015)。2010年と2017年におけるミャンマー縫製業協会(MGMA:
Myanmar Garment Manufacturers Association)加盟企業の縫製工場数の変化を見れば(表 2)、2010年における縫製工場数は179で、うち国内企業が、154を占め、外資系は25(外資
0 20 40 60 80 100 120 140 160
-2000年度累計 2001-2010年度累計 2011-2017年度累計
(億ドル)
図2 産業別外国直接投資認可額の変化 出所) CSO, 2002 2005 2015 2017及び
2018より筆者作成。
表2 縫製工場数の変化(2010年・2017年)
所有別 2010年 2017年
工場数 比率(%) 工場数 比率(%)
国内企業 154 86.0 165 37.9
外資系企業 25 14.0 270 62.0
外資100% 21 11.7 238 54.7
合弁 4 2.2 32 7.4
合 計 179 100.0 435 100.0
出所)MGMA 2014, 2017より筆者作成。
100%21、合弁4)に過ぎなかった(MGMA 2014)。2017年には、縫製工場数は435に増加 し、うち外資系が、270(外資100%238、合弁32)に上る(MGMA 2017)。ただし、国内企 業もこの間、僅かではあるが増加しており、165工場で総工場数の38% を占めている。
これら、国内企業所有の工場は、外資系に比べて従業員数が少なく、また、日本を含む東 アジア向けの輸出生産を行っているところが多い。2010年代半ば以降に、欧州向けの衣類輸 出が伸びているにも関わらず、地場縫製企業の多くは、その生産に携わっていないのであ る。この理由として、欧米企業が求める Business Social Compliance Initiative (BSCI)など の基準を満たすことが、国内縫製企業にとって容易でないことが挙げられる(El-Shahat, S.
and Canossa, D. 2018)。
つまり、近年増加した欧米向けの輸出は、労働環境が整備された比較的大規模な外資系企 業が主な担い手となっている。一方、日本や韓国を含む東アジアへの輸出は、比較的小規模 な地場民間企業が、依然として重要な担い手となっているのである。
(3)布帛製品の高い比率とその減少
2000年代半ば以降、日本向けの生産に牽引されて成長してきたミャンマー縫製業は、主な 衣類輸出品目においても、他のアジア LDC の衣類輸出国と異なる特徴を持っている。2003 年の米国による輸入禁止措置以降、日本向けの生産も伸び悩んでいた要因として、主に欧米 市場向け生産によって成長したミャンマーの地場企業にとって、仕様が複雑で多品種少量生 産なうえに品質管理の厳しい日本向け生産への対応は、容易ではなかったことが指摘されて いる(後藤・工藤 2013)。また、欧米市場向けでは縫製工程の比較的単純なニット製品
(HS61類)が大半を占めていたのに対し、日本市場向けでは布帛製品(HS62類)が主に生 産されることが、仕向け変更を困難にした要因となったと考えられる(水野 2015)。一方で、
バイヤー主導型産業である縫製業においては、欧米市場と比較して品質管理の厳しい日本向 け生産を通じて、技術移転、生産工程、製品の高度化が起こりやすいとされる(Goto, K.
2011)。2000年代半ばのミャンマー縫製業の停滞期に、日本向け輸出衣類の生産を続けてき た企業において徐々に技術蓄積が進んでいたことが、2010年以降の日本向け輸出拡大の基礎 となったのである。
さらに、日本の LDC 向け特恵関税(LDC-GSP)が適用される 8)こと、また、日本・
ASEAN 包括的経済連携協定(AJ-CEP)9)によって衣類の輸入関税が無税となるという制 度的要因から、ミャンマーは日本向けの衣類生産に有利であった。欧米市場へのアクセスが 制限されていたミャンマー縫製業は、他の ASEAN の LDC 諸国に比べてとりわけ日本向け 生産の影響を強く受けた。2010年当時、日本の LDC-GSP における衣類の原産地規則は、
ニット製品(HS61類)は二工程(生地編立と縫製)、布帛製品(HS62類)は縫製工程の一 工程が条件となっていた。すなわち、布帛製品であれば LDC 国内での縫製工程(CMP)の みで、関税免除の条件を満たすことができた。また、AJ-CEP においては、衣類(HS61類、
62類)の原産地規則は、域内累積で二工程が条件とされる。従って、例えば日本あるいは ASEAN 諸国(AJ-CEP 未締結のインドネシアを除く)のいずれかで生産(編立/織布)し た生地を用いれば、CLM 諸国において縫製の一工程のみを行うことで原産地規則を満たす。
一般的に LDC においては、布帛製品に比較し、仕様が簡素で縫製工程が単純なニット製 品の日用衣類が、生産される傾向にある。2000年代初頭までミャンマーが欧州への輸出を伸 ばした際にはニット製品の割合が高かった。しかし、2000年代後半以降、日本向け生産に牽 引されてきたミャンマーの衣類輸出は、CMP 工程のみで関税が免除される布帛製品が、9 割以上を占めてきた。ただし、ミャンマーは、インフラの未整備や輸出入手続きなどのため に、リードタイムが長いことから、短い納期の生産には適さない。そのため、布帛品の中で も、仕様変更が頻繁ではない定番製品の生産・輸出に、ミャンマーの縫製業は特化し、製品 の多様化は進まなかった。
EU 市場においても、日本向け同様に布帛製品の比率が高い傾向が続いてきた。EU は 2013年7月にミャンマーに対して LDC-GSP を再適用したが、その原産地規則は、2011年2 月にそれまでの二工程(織布 / 編立、縫製)から、縫製の一工程に緩和されていた。従っ て、LDC-GSP の再適用により、原則的にミャンマー製の全ての衣類に対する輸入関税が免 除されることとなった。また、日本も2015年4月にニット製衣類に対する LDC-GSP の原産 地規則を、これまでの二工程(編立、縫製)から、布帛製品(HS62類)と同様に縫製工程 のみに緩和した。つまり、国外で編立られた生地を輸入し、ミャンマー国内で縫製された製 品についても、これまで賦課されていた輸入関税が免除されることとなった。つまり、2010 年代前半までは、ミャンマーにおける布帛製品の生産がニット製品に比して有利であった が、2010年代半ば以降は、その差が無くなった点で、制度条件が異なっている。
ここで、HS61類、62類別に、2010年代のミャンマー衣類輸出の推移を見れば(図3)、共 に輸出を伸ばしているが、2010年代半ば以降において、HS61類の伸びが大きいことが分か る。その結果、2010年代初頭には9割強を占めていた HS62類の比率が漸減し、2017年には 7割強となった。なお、同年におけるカンボジアの衣類輸出に占める HS62類の比率は、
31%である。ミャンマーの衣類輸出は、布帛製品の割合は、依然として高いことが特徴と なっている。
2.ミャンマー縫製業の成長と国際分業構造
(1)東アジア域内における衣類産業のバリューチェーン
前節でみたように、2010年代前半のミャンマーの衣類輸出の拡大は、日本とその他東アジ ア向けの輸出に牽引されてきた。日本と韓国への衣類輸出が急増した背景には、最大の衣類 輸出国である中国における人件費の高騰と人材不足を契機として、東アジア域内において生 産拠点の再編が加速化したことがある。アジアで最大の衣類輸入国である日本の、主な国別 の輸入額の推移を見れば(表3)、ミャンマーが衣類輸出を最も伸ばしていることが明らか 60%
70%
80%
90%
100%
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0
2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
(億米ドル) HS61類輸出額(左軸) HS62類輸出額(左軸) HS62類の比率(右軸)
図3 ミャンマーの衣類輸出の増加と HS62類の比率の低下(2010-2017年)
注)相手国側の統計数値による。
出所)UNComtrade より筆者作成。
表3 日本の主な相手国別衣類及びその付属品輸入額・比率
(単位:億円、%)
2010年 2017年
国名 金額 比率 国名 金額 比率
1 中国 19131.0 82.2 中国 8060.9 59.5
2 ベトナム 1051.5 4.5 ベトナム 1768.9 13.1 3 イタリア 659.7 2.8 ミャンマー 634.0 4.7 4 タイ 309.7 1.3 インドネシア 547.6 4.0 5 韓国 208.9 0.9 カンボジア 522.0 3.9 6 マレーシア 201.0 0.9 バングラデシュ 465.0 3.4
7 インド 184.4 0.8 イタリア 449.3 3.3
8 インドネシア 181.7 0.8 インド 191.6 1.4 9 バングラデシュ 172.6 0.7 ルーマニア 117.1 0.9 10 ミャンマー 158.5 0.7 トルコ 75.8 0.6 出所)財務省貿易統計より筆者作成。
である。2010年には、中国の比率が82,2% を占めていたが、2015年には、59.5%にまで低下 している。一方で、ベトナム、ミャンマー、インドネシア、カンボジア、バングラデシュ が、大きく比率を高めている。中でもミャンマーは、2010年には158.5億円、0.7%に過ぎな かったが、2017年には634.0億円、4.7%を占め、ベトナムに次ぐ第三の輸出国となっている。
ミャンマーと同様に、LDC-GSP の対象となるカンボジアとバングラデシュも日本への衣 類輸出を伸ばしているが、これらの中で、総衣類輸出に占める日本の比率は、ミャンマーが 突出して高い。カンボジアとバングラデシュの衣類輸出においては、欧米の比率が9割を超 えており、日本の比率は1割に満たない(UN Comtrade)。2010年代半ばまで、欧米市場へ のアクセスが制限されていたミャンマーは、東アジア域内における衣類の生産拠点の再編の 影響をとりわけ強く受けたのである(水野 2015)。
アパレル産業のバリューチェーンにおいて、LDC 諸国は、基本的に CMP 工程のみを担っ ている。これは、現地に進出した外資系企業においても例外ではない。ミャンマーにおいて
2015年に投資認可を受けた縫製企業は、全て CMP 生産であった(MGMA 2016: iv-vi)。
ミャンマーは、衣類輸出の量的側面からは、2010年代に著しく発展してきたとはいえ、機能 面では CMP に留まっている。
一方で、より工業化が進展している東アジアの衣類輸出国は、CMP 工程のみを担う委託 加工から出発し、素材調達機能等を内部化した製品の取引 OEM 生産(Original Equipment Manufacturing)、 設 計 や 企 画 等 の 機 能 を 内 部 化 し た ODM 生 産(Original Design Manufacturing)へと成長を遂げている(Fernandez-Stark et al., 2011)。こうした、機能面 の成長は、当該国内における川上産業の成長と不可分である。従って、川中産業である CMP 工程のみを担うミャンマーと、より工業化の進展したアジア諸国間では、産業内の垂 直分業構造が生成している。後者のアジア諸国で、糸、生地、その他付属品などの素材が製 造されており、ミャンマー国内では、輸入されたそれらの素材を用いて、CMP 生産がなさ れるのである。
なお、欧米市場向け生産と比較して、品番切り替えが頻繁でロット数も小さい日本向け生 産では、生産システムのみならず、素材の手配、サンプルの管理、納期に合わせた生産計画 など管理部門の役割が極めて重要となる。特に、企業内部に生産管理に関する技術を持たな い地場民間企業にあっては、この管理を担える人材の不足が、日本向け輸出拡大の抑制要因 となり得る。その為日本向け生産では、バイヤーと縫製企業のマッチングから生産管理、品 質検査まで様々な関連サービスを提供する企業が関わったり、バイヤー側が日本人やその他 外国人技術者を縫製企業に派遣して様々な技術支援をしたりすることが多い(水野 2015)。
こうした日本向けの生産が、製品の高度化につながっているかについて、次項で検討したい。
(2)日本向け輸出衣類の製品高度化の実相
既に見たように、ミャンマーでは、日本の LDC-GSP において縫製の一工程のみで原産地 規則を満たすことができた布帛製品が、主に生産されてきた。ただし、リードタイムの長さ から、季節ものの生産は難しく、単純な仕様で在庫が効く作業服や男性用のカッターシャツ などの定番品が殆どを占めてきた。財務省貿易統計から、日本がミャンマーから輸入してい る衣類の概況品目構成を見れば、2009年までは、布帛の男子用衣類が9割以上を占めてい た。その比率は、徐々に低下し、2017年には、48.9%にまで低下している。しかしながら、
衣類の概況品品目別に、最大の衣類生産国である中国と、ミャンマーと同様に2010年代に日 本への輸出が増加した LDC のカンボジアと比較してみれば(表4)、ミャンマーは依然と して、布帛製品の割合が高く、また、特定品目への依存が高い状況にあることが分かる。
このように、ミャンマーの縫製業は、特定品目へ特化しながら輸出生産の量的拡大を遂げ ているが、それら製品の高付加価値化は実現されているであろうか。表5は、2017年におけ
表4 日本の品目別衣類輸入額・構成比(中国、カンボジア、ミャンマー、2017年)
(単位:億円、%)
概況品名 中国 カンボジア ミャンマー
金額 比率 金額 比率 金額 比率
807 衣類及び同附属品 19,410.0 100.0 947.4 100.0 801.5 100.0 80701 衣類 8,061.0 41.5 522.0 55.1 634.1 79.1
8070101 男子用衣類 2,931.8 15.1 209.1 22.1 392.0 48.9
8070103 女子用及び乳幼児用衣類 4,829.9 24.9 285.3 30.1 241.0 30.1
8070105 下着類 246.6 1.3 27.6 2.9 0.8 0.1 80705 メリヤス編み及びクロセ編み衣類 9,563.5 49.3 399.2 42.1 162.5 20.3 8070501 くつ下類 677.4 3.4 3.5 0.4 3.0 0.4 8070503 下着類 2,388.8 12.3 123.3 13.0 34.5 4.3 8070505 セーター類 3,377.9 17.4 131.0 13.8 49.9 6.2 注) 80701は、 布 帛 製 品(HS 6201‒6208, 6209.20‒21, 6209.20-222, 6209.30‒21, 6209.30‒222, 6209.90‒21,
6209.90‒29, 6210〜6211)、80705は、ニット製品( HS 61類)を指す。
出所)表3に同じ。
表5 日本の主な輸入衣類品目の単価比較(中国、カンボジア、ミャンマー、2017年)
(単位:円)
概況品名 中国 カンボジア ミャンマー
8070101 男子用衣類 1495.0 1347.6 1281.6
8070103 女子用及び乳幼児用衣類 1101.9 920.7 1020.3
8070503 下着類 260.7 235.8 245.8
8070505 セーター類 829.9 824.5 605.8
出所)表3に同じ。
るミャンマーの主な衣類概況品ごとに、その単価を中国、カンボジアと比較したものであ る。ミャンマーの日本向け衣類輸出の5割弱を占める男性用衣類の単価は、3か国の中で、
最も低い。近年、3割程度にまでその比率を拡大している女性用及び乳幼児用衣類は、カン ボジアよりは高いが、中国よりも低い水準に留まっている。これらは、ミャンマーが2000年 代半ばから主に生産してきた布帛製品であるにもかかわらず、その製品単価は、低価格帯に 留まっているのである。また、近年輸出を伸ばしてきたニット衣類についても、セーター類 は他の二ヶ国と比較して大幅に低い。また、下着類は、カンボジアよりも若干高いが、中国 よりも低い価格となっている。
すなわち、2000年代半ばと比較すれば、製品は多様化が進んでおり、その点においては、
製品の高度化が進んでいる(水野 2015)。しかし、依然として、特定品目への依存が高く、
また、その単価も低価格に留まっている。ミャンマーの日本市場向けの製品の高度化は、限 定的である。ミャンマー縫製業は、東アジア域内において、低付加価値衣類の製造拠点とな り、輸出を拡大させているのである。
(3)EU への衣類輸出の量的拡大と低価格化
2010年代半ば以降に、急速に輸出量が拡大した EU 市場におけるミャンマーの衣類製品に ついても、同様のことが指摘できる。
表6は、EU におけるミャンマーからの主な衣類品目別の輸入額・構成比及び単価の2013 年から2017年への変化を見たものである。すでに述べたように、EU はミャンマーへの LDC-GSP を2013年9月に再適用した。また、HS61類の原産地規則が2011年に緩和されてい たことから、HS62類と同様に一工程のみで、関税が免除されることとなった。これが、
HS61類の輸出拡大を促進したことから、HS62類への依存は、2013年の凡そ9割から、2017 年の66%へと低下して、製品の多様化が進んだ。
しかしながら、HS61類は輸出比率を大きく伸ばしたにも関らず、主な品目は、何れも大 幅に単価を下げていることが分かる。HS62類の単価も、多くの品目で低下している。例外 的に、上位3から6位の3品目(6204、6205、6203項)は、単価が若干上昇している。これ らの布帛製品は、2013年には3品目を合わせて、EU への衣類輸出の5割を占める主要な品 目であったが、2017年には、24.1%にまで半減している。すなわち、2013年まで特化してい た品目については、高付加価値化が窺われるが、その比率は大きく低下している。一方で、
2013年から2017年の間に、金額及び比率を伸ばし、EU 向けの衣類輸出の拡大を牽引してい る品目の単価は、何れも低下しているのである。
以上の分析から、ミャンマーの EU への衣類輸出の大幅な拡大に伴い、製品の多様化が進
んだが、輸出を大きく伸ばした品目の単価は低下していることが分かる。単価の上昇は、比 率を大きく下げた品目に限られており、製品の高付加価値化は、限定的である。すなわち、
ミャンマーから EU への衣類輸出についても、低価格品の生産拠点として成長しているので ある。
なお、EU への輸出拡大の契機となった LDC-GSP の適用については、2018年12月現在、
その除外を含めた検討が為されている 10)。バイヤー主導型の縫製業においては、国内人権問 題を理由とした LDC-GSP の適用除外の可能性が高まれば、ミャンマーへの生産委託が、一 気に減少することも予想される。今後の EU 向けの衣類輸出については、この動向に強く影 響を受けることを指摘しておきたい。
表6 EU におけるミャンマーからの主な輸入衣類品目の変化(2013・2017年)
HSコード
2017年 2013年
輸入額 単価 輸入額 単価
(万米ドル) (%) (米ドル) (万米ドル) (%) (米ドル)
HS61類 42,959 34.0 -- 1,770 10.2 -- 6110項 14,937 11.8 5.3 386 2.2 8.9 6104項 7,957 6.3 3.5 176 1.0 4.2 6109項 6,168 4.9 2.8 41 0.2 4.1 HS62類 83,382 66.0 15,608 89.8 -- 6202項 25,007 19.8 13.8 1,309 7.5 17.4 6201項 12,828 10.2 13.3 2,592 14.9 19.7 6204項 11,726 9.3 7.8 2,042 11.8 6.9 6205項 10,383 8.2 7.3 3,587 20.6 6.9 6203項 8,569 6.8 7.4 3,598 20.7 6.1 6210項 5,186 4.1 21.3 622 3.6 35.8 6212項 3,933 3.1 43.1 828 4.8 125.4
総 計 126,342 100.0 -- 17,375 100.0 --
注1) 6104項は、女子用のニット衣類(スーツ、ブレザー、ドレス、スカート、キュロットスカート、ズ ボンなど)、6109項は、Tシャツ、その他肌着類、6110項は、ジャージー、プルオーバー、カーディ ガン、ベストその他これらに類するニット製品。6201項は、男子用のアウター衣類(コート、スキー ジャケットなど)、6202項は、女性用のアウター衣類、6203項は、男性用布帛衣類(スーツ、ブレ ザー、ズボンなど)、6204項は、女性用布帛衣類(スーツ、ブレザー、ドレス、スカート、キュロッ トスカート、ズボンなど)、6205項は、男性用シャツ、6210項は、5602項、5603項、5903項、5906項 又は5907項(フェルト、不織布、プラスティック加工、ゴム加工などを施した織物類)を用いた衣 類、6212項は、ブラジャー、ガードルなど。詳しくは、HS コード表を参照されたい。
注2)EU 側の統計による。
注3)単価は、6210項のみ1キロ当たり、他は1単位当たりである。
出所)UNComtrade より筆者作成。
3.ミャンマー縫製業の雇用拡大
前節までの分析で、2010年代のミャンマー衣類輸出は大きく拡大しているが、その機能面 や製品面での産業高度化は限定的であることを見てきた。すなわち、低付加価値の製品を中 心として、労働集約的な生産が拡大していることが示唆されるのである。本節では、雇用状 況に着目しつつ、ミャンマー縫製業における未熟練労働力に依存した産業構造を考察した い。
2000年代初頭の最盛期に20万人に上った縫製業の雇用者数は、2000年代半ばのミャンマー 縫製業の不振期には5〜6万人程度にまで減少し、2010年では、十万人程度であった(後 藤・工藤 2013)。2010年代の縫製業の活況に伴って、雇用は拡大し、2013年には20万人(水 野 2015)、2018年現在では45万人上っている(MGMA 2018)。
このように、労働需要が急増する中で、縫製産業は、農村出身の未経験労働者を吸収して きた。また、筆者の都市近郊農村における観察では、省力化に資する農業機械の利用が進み つつあり、とりわけ若年層の農村労働力の都市への移動が活発化している。必然的に縫製工 に占める未熟練労働者の比率が高くなり、熟練工は不足している。
また、労働需要の拡大に伴って、賃金は上昇傾向が続く。2007年に、未熟練工の賃金は月 12,000〜20,000チャット(約12〜20ドル)、二年経験の縫製工で25,000〜50,000チャット(約 25〜50ドル)に過ぎなかった賃金水準は、2011年には、其々35,000〜45,000チャット(約35
〜45ドル)、55,000〜80,000チャット(約55〜80ドル)となった(MSR 2007,2012)。筆者の 調査では、2013年の縫製工の賃金水準は、未熟練の57,000チャット(約65ドル)から、熟練 工150,000チャット(約170ドル)の幅にあった。このように、賃金の上昇傾向の継続は、縫 製企業により高い加工賃の生産を志向させる要因となっており、東アジア域内での生産拠点 の分散化と合致して、製品の多様化を促進してきた(水野 2015)。
ただし、2018年現在で、縫製工の平均賃金水準は、アジアで最も低水準にある(Yu Lwin Aung 2018)。すなわち、賃金の上昇傾向は、縫製企業に委託加工賃の高い製品への移行を 促すが、同時に、その賃金水準は、他国に比べて低水準にあることから、労働集約的な生産 システムによる生産規模拡大の余地が残されている。実際に、多くの工場では、縫製の下手 間を行う間接要員を多く配置しており、縫直比率は低い 11)。また、バンドル・システム 12)
により生産工程を細分化し、簡単な工程を未熟練工に担わせている。特に、高価な自動機械 の導入に必要な資金に乏しい、地場企業では、汎用機を用いて細かい工程に分割された長い 生産ラインに、多様な熟練度の縫製工が、各人の技能に応じて配置される(水野 2015)。
既に指摘したように、2010年代半ばに、大きく伸びた欧米向け輸出は、大規模企業と外資 系企業に担われているのに対し、日本および韓国向けの生産は、欧米企業の認証獲得が難し い比較的規模の小さい地場企業において担われている。このような企業にとって、高価な自 動機の短期間では導入は見込めないことから、当面は、未熟練労働力使用的な生産システム を維持、深化させつつ、生産を拡大していくと予想される。
また、ミャンマー国内には、輸出向けの生産を行わずに、専ら国内市場向けの生産を行 う、零細縫製工場が、多数存在している。既製洋装が急速に普及するミャンマーにおいて は、既成衣類の国内市場も拡大している。この需要拡大を受けて、都市近郊の農村では、国 内市場向けの縫製工場の興隆も見られる。また、外資の参入により、輸出を行う縫製工場の 従業員規模は拡大しつつあるなかで、地場輸出企業の中には、海外からの受注が減少して、
国内市場への供給を拡大することも視野に入ってこよう。これらの工場では、生産設備の近 代化が遅れ、製品の品質は、高くない。輸出衣類を生産する工場との生産力格差は大きい。
しかし、零細縫製工場は、国内の日常衣類の需要を満たすとともに、農村の未熟練労働力に 雇用機会を提供している 13)。
なお、ミャンマーの賃金水準が、アジア域内でも最低水準にあることは、タイやマレーシ アなどの周辺諸国への労働力移動のプッシュ要因となってきた。ミャンマー農村地域から は、多数の人口がタイやマレーシアに移動している(DOP 2016)。一方、労働力の受入国に おいては、競争力を失いつつある労働集約的産業が、外国人労働者に支えられる構造となっ ている(Athukorala, P., Manning, C. 1999)。例えば、タイのアパレル産業は、機能の高度 化、製品の高度化が進んでおり、バリューチェーンのより高付加価値部門を担っている。同 時にタイ国内に残るバリューチェーンにおいて最も付加価値の低い縫製工程に、多量のミャ ンマー人労働者を雇用している 14)。ミャンマーの農村労働力は、国内移動のみならず、国際 移動をしてなお、移動先の労働集約的生産を担う構造になっているのである。
おわりに
本稿では、2010年以降の衣類輸出拡大の分析を通じて、ミャンマー縫製業の労働集約的構 造について検討してきた。2010年代におけるミャンマー衣類輸出の拡大は、東アジア域内に おける生産拠点の分散化の影響を強く受けつつ、衣類産業の最も労働集約的な CMP 工程に おいて、付加価値の低い製品の生産を担う構造を強めていることが明らかとなった。2010年 代半ば以降の LDC-GSP の再適用によって増加した EU 向け衣類輸出においても、同様の特 徴となっている。
輸出縫製業の担い手としては、外資系の大規模企業が EU 向けの生産を主に担っており、
一方で、欧米企業の求める工場の認証基準を満たすことの難しい地場民間企業は、引き続き 主に東アジア向けの生産に携わっている。また、既製洋装の普及に伴い、国内市場向けの衣 類産業も成長しており、その担い手として零細縫製工場が多数存在する。小規模な民間縫製 企業は、高価な自動機の導入が容易でないことから、汎用機を用いた未熟練労働力使用的な 生産システムを深化させている。このような未熟練労働力使用的な生産システムの維持は、
省力化の観点からは、非効率的である。しかし、急速な労働需要の拡大を、農村から都市に 移動する未熟練労働者が満たし、未熟練の縫製工が大多数を占める状況にあっては合理性を 有している。国内の賃金水準は上昇傾向にあるとはいえ、縫製工の賃金水準はアジアで最も 低い水準にあることからも、このような未熟練労働力使用的な生産システムが残存する余地 が残されている。
ただし、国内賃金水準の低さは、周辺諸国への国際労働力移動を促す要因ともなってき た。労働力の受入国では、衣類産業は高度化を遂げており、生産の後発国への移転も進む。
しかし、国内に残る縫製工程には、ミャンマー人など多数の外国人労働者が雇用されてい る。ミャンマーの農村労働力は、国内製造業のみならず、周辺諸国の労働集約的産業に吸収 されている状況にある。
労働集約的構造によって成長を続けている縫製業にとって、労働力の確保が重要であるこ とは論を待たない。工業化の初期段階にあるミャンマーにおいては、縫製業に限らず労働集 約的産業が生産や雇用に大きな比重を占める。一方で、ミャンマー農村においては、労働力 不足を背景にして省力化に資する農業の機械化が進みつつあり、既に農村からの労働力供給 は減少している可能性がある。本稿で確認できた縫製業の労働集約的構造を踏まえ、労働力 の給源である農村から都市への人口移動、就業構造の変化に関する課題に取り組むことを、
引き続き今後の研究課題としたい。
注
1)政府の貿易統計(CSO, )によれば、2000年代半ば以降現在まで、
ガスが凡そ3割を占めて最大の輸出品となっている。1990年代の農産品からエネルギー資源へと転換 しているとはいえ、一次産品が主な輸出品であるという点では、輸出構造に大きな変化はない。
2)なお、CSO 統計では、2015年度に衣類輸出額は落ち込んでいるが、UNComtrade からミャンマーの輸 出相手国側の数値を合算して算出した総額からは、確認できない。工藤(2006)が指摘していたよう に、ミャンマー貿易統計は、過少申告などのために、実態を下回っている可能性がある。従って、以 下本稿では、基本的に相手国側の統計を用いて分析を行っている。
3)インフラの未整備や輸出入手続きの煩雑さからリードタイムが長かったために、当時のミャンマー縫
製業の輸出競争力は MFA がなければ高くなかったことが、その要因である(Moe Kyaw 2001)。
4)後述するように、ミャンマーの輸出縫製業は、地場企業の比率が高いが、欧米向け生産によって成長 したミャンマーの地場企業にとって、仕様が複雑で多品種少量生産なうえに品質管理の厳しい日本向 け生産への対応は容易ではなかったことが指摘される(工藤・後藤 2013)。また、欧米市場向けでは、
単純な縫製工程のニット製品(HS61類)が大半を占めていたのに対し、日本市場向けでは、布帛製品
(HS62類)が中心であることも、仕向け変更を困難にした要因となったと考えられる(水野 2015)。
5)ミャンマーの韓国への衣類輸出も、2010年頃より増加している。韓国は、2005年に衣類の輸入超過に 転じて以降、超過額を拡大している。韓国の衣類の主な輸入先は中国(58.7%)であるが、その比率は 若干減少する傾向にあり、ベトナム(同13.9%)ミャンマー(同4.0%) インドネシア (同3.9%)が増加 しており、中国からその他アジア諸国に輸出拠点が分散する傾向にある(日本貿易振興機構 2012)。
6)ミャンマー政府統計では、2017年度のミャンマーの衣類輸出26億ドルのうち、凡そ7億ドル、27% を 日本が占めている(CSO 2018)。
7)ただし、登録上は地場企業であっても、実際には経営に外国人が関わっている企業が含まれている点 には留意が必要である(工藤 2006)。
8)衣類(HS61類、HS62類)の一般関税率は5.0〜12.8%程度であるのに対し、LDC-GSP では、ほぼ無税 となる。
9)2007年5月に基本合意された、日本と ASEAN 間の経済連携協定(EPA)。物品貿易の自由化・円滑 化、知的財産分野での協力、農林水産分野での協力などが合意されており、2008年12月1日から順次 発効しており、現在インドネシアを除いた加盟国で発効している。
10)現地報道によれば2018年11月に EU は、ロヒンギャ問題の推移如何によっては、LDC-GSP の適用を除 外することを検討しており、6カ月をかけて、結論を出すとされる。LDC-GSP が適用除外となった場
合には、貿易のみならず、外国直接投資にも多大な影響が及ぶと懸念されている(
ʻFDI will take a hit if EU removes GSP: DICAʼ , 08 NOV 2018)
11)作業員縫製工の比率を指す。高いほど省力化が進んでおり、縫製工場の技術水準を図る指標とされる
(中込 1975)。なお、日本や中国の縫製工場は、7割を超えるが、2013-14年にかけて実施した筆者の調 査では、ミャンマー縫製工場では4割程度に過ぎなかった(水野 2015)。
12)バンドル・システムは、パーツを適当な単位の束で縫製ラインに流す生産システムである。仕掛品が 多くなるが、少品種大量生産に適する生産方式である。技能格差の大きい縫製工を、同一ライン内に 配置することが可能である(中込 1975)。
13)農村における国内市場向けの縫製企業の事例については、拙稿(2017)を参照されたい。
14)タイ縫製業は、ミャンマー人労働者を多数雇用する一方で、周辺諸国への生産移転を進めている(Goto and Endo 2014, Mizuno forthcoming)。この過程で、タイ国内の生産拠点は縮小傾向にあるが、一方で、
周辺諸国との分業関係を深めてきた。この分析は、紙幅の関係から別稿に譲る。
参考文献
Arnold, D., Hewison, K. (2005) Exploitation in global supply chain: Burmese migrant workers in Mae Sot, Thailand. , 35(3): 319‒340.
Athukorala, P., Manning, C. (1999) .,
Oxford: Oxford University Press.
CSO (Central Statistical Organization),