Don Juan, cantos V, VIにおける二つの愛の意味 : 解放された"The prison'd eagle"
著者 中村 博文
雑誌名 主流
号 49
ページ 53‑71
発行年 1988‑03‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014989
DONJUA , N CANTOS V ,刊におけるこつの愛の
意味一一解放された寸hePrIson'd Eagle"一 一
中 村 博 文
序
本稿の目的は, Byron作DonJuan (1819‑24) Canto V及びVIに焦点 を絞り,その中で扱われるこつの愛のテーマについて考察することである.
いずれのCantoでも,イスラム教世界のハーレムで物語が展開し,主人公 は奴隷として登場する.一方で彼は,倣慢な側室に対し真の愛がいかに尊い かを説くが,他方一人の侍女と同裳する際には些か好色な様子を見せる.奴 隷という束縛された状態にいながら,彼は愛に関する限り自由を堅持しよう
としたのだろう.だが,主人公のこのような態度は,理想的な愛から現実の 愛への推移とも受け取れる.その推移の跡をたどることは, eplCと呼んで も差L支えないこの作品を より一層明確に理解するための一助となる筈 だ.
I
主人公がGulbeyazから求愛される場面を描写した以下のスタンザは,両 者の現在の立場を如実に表している.
At length, in an imperial way, she laid
Her hand on his, and bending on him eyes, Which needed not an empire to persuade,
Look'd into his for love, where none r巴plies:
54 DON JUA ,NCANTOS V, VIにおけるごつの愛の意味 Her brow grew black, but she would not upbraid,
That being the last thing a proud woman tries; She rose, and pausing one chaste moment, threw
Herself upon his breast, and there she grew. (V, 125)2
彼女の求愛は,召し使い Babaが退いた後(107,1. 2),彼女の imperial ha11" (95, 1. 1)で行われる. Christian,canst thou love?'" (116, 1. 7)とい
う彼女の質問に対し,何も答えず突然わっと泣き出す主人公は(117,l. 8), そのために彼女を生まれて初めて大いに当惑させる (118,11.1‑2).それに 続いて彼女は大胆にも身を投げ出し,主人公に抱かれようとするのである.
彼女のこのような思い切った行動は,続くスタンザの官頭語り手が述べて いるように,主人公にとって危険きわまりない試練( anawkward test"
126, 1. 1)でもある.また,彼女の方もさすがに,一瞬のためらいを示して いる( pausingone chaste moment") .まさしく,主人公に求愛するための いちかばちかの賭けを彼女は敢えて行ったと言える.元来,口ほどに物を言 う筈の目が,主人公の場合反応を示さず( wherenone replies") ,彼女がど れだけじっと覗き込んでも無駄で、ある.彼女にとって残された手段は,ただ 行動することのみであるのを,彼女は哨嵯に悟ったに相違ない.
二人の様子をさらにたどってみよう.
But he was steel'd by sorrow, wrath, and pride: With gentle force her white arms he unwound,
And seated her a11 drooping by his side Then rising haughtily he glanced around,
And looking coldly in her face, he cried, The prison'd eagle wi11 not pair, nor 1
Serve a sultana's sensual phantasy. (126, 11. 2‑8)
持ち前の pride"に加え, sorrow"と wrath"が新たに混ざり合った主人公 の目下の気分によって,彼はかたくなに婦人の求愛を拒もうとする.それは,
彼に巻き付く婦人の両腕をそっと解きほどく主人公の動作が,明確に示して いる.無論, Gu1beyazの求愛は成功しなかった.しかし,この場面が一際 強烈な印象を読者に与えるのは,両者が主人対奴隷という関係で登場するか
らに外ならない.
Gulbeyazがいかなる女性であるかは, animperia1 way"で片手を主人公 の手の上へ置き,上から見下ろす姿勢で( bending")3 彼の両日を覗き込 んだという表現からおよその察しはつくだろう .Su1tanの妾の中で最もお 気に入りの彼女は(146,1 .17‑8),何事に於いても imperial,or imperious"
(110, 1. 1)な態度で臨む.むろん彼女を取り巻く家来達も,彼女の命じるが ままにひたすら服従するのを常としている( Tohear and to obey' had been from birth/The 1aw of all around her" 112, 11. 1‑2).おまけに彼女は,
この世のものとは思えない程の美貌を誇っている( herbeauty scarc巳of
E丘rth"112, 1.5).
それとは対照的に,主人公は現在奴隷である.彼は奴隷市場で彼女のお目 にとまり買い取られ (114,11. 1‑3),御前へ連れてこられた.即ち,彼は Gu1beyazに対し debtor"(124, 1. 5) として弱い立場に置かれている.高 みから威圧的に主人公を覗き込み,相手の反応、を顧みることなくやおら彼の 胸に抱かれようとする婦人Gu1beyazと,無表情の主人公.両者の姿はまる で,二体の冷たい大理石の彫像を目の当たりにしているかのようだ.
ところで,主人公が現在抱いている sorrow"は, Nature's bride" (II, 202, 1.1)である清純な娘Haid白との悲恋によって資されたものである( he had got Haid白intohis h巴ad"V, 124, .12) .4 wrath"は,主人公を debt‑ or"と見なし9 彼の現在の心境を心しも思いやることなく,敢えて Christ‑ ian, canst thou 1ove?"と問い掛ける Gu1beyazに対する,主人公の憤りと解 することができょう.それ故,主人公は, Theprison'd巴ag1ewill not
56 DON JUAN, CANTOS V,
v r
における三つの愛の意味pair, nor I/Serve a su1tana's sensua1 phantasy."と,きっぱり返答する.更 に,続くスタンザで彼は, 'Thouask'st, if 1 can 1ove? be this the proofl How much 1 have 1oved‑‑that 1 10ve not thee!" (127, 1 1.1‑2)と述べる が, sensua1phantasy"に駆られたGu1beyazの求愛を拒否することで,そ れだけ益々 Haideeとの悲しくも尊厳なる愛が浮かび上がってくる 文明 の手が未だ届かない,言わば文明によって閉じ込められていない離れ孤島で のみ,そのような愛は可能であった.同スタンザ4行自に至り, Loveis for the free!"と主人公が断言するとき, Theprison' d eag1e"に自己をたと えてf翠らない彼の現状では,いかに真の愛は不可能であるかと言うことが,
明白に{云わってくる.
では,いかなる点で,彼は現在 Theprison'd eag1e"の状態、に置かれてい るのか詳しく見てみよう.彼が奴隷の身の上であることは前述した.更に,
彼は,全く不案内の場所にいる.Gu1beyazの imperia1hall"へ連れてこら れる途中,主人公は相棒の奴隷Johnsonに逃走を勧めるが,それに対し Johnsonは, A sing1e cry wou1d bring thema11 abroad:/'Tis therefore better 100king before 1eaping" (45, 11. 5‑6)と主人公を諭す.この点から 判断しでも,主人公は,言わば敵陣の真っ只中にいて手も足も出せない状態 にあることは納得出来るだろう.文字通り,彼は,幽閉された囚人と同様で ある.
また,主人公がGu1beyazから求愛されるのは彼女の館の内部に於いてで ある点も見逃せない.館は人間の居住する場所でもあり,文明のイメージと 容易に結ぴ付く.無論そこは閉ざされた空間で, Natureは入り込めない.
この点で, Haid白のいた離れ孤島とは対照的である.なるほど,島も周囲 を海に固まれているが,それによって文明が締め出され,反対にそこでは自 然が満ち溢れている
そもそも, Byronの作品の主人公は,人里離れた辺境により安住の地を 見いだそうとする傾向が強く,それが海上や孤島である場合が多い.例えば,
The Bride 01 Aめ
,
dosの主人公Se1imは, Mytent on shore~-my ga11ey on the sea‑ー ー/Are more than cities and Serais tome;" (II, 11. 390‑1) と 述べ, TheHaram's 1anguid ye丘rsof 1ist1ess ease" (1. 414)を捨て去り,共に海賊の首領として自由に生き延びようと Zu1eikaを説き伏せる 7 無 論,Se1imにとって都市文明とは人聞を閉じ込めてしまうものでしかない( ln time deceit may come/When cities cage us in a socia1 home:" 1. 1436‑7).
cities cage us"という彼の言葉が暗示するものもやはり, Theprison' d
E呂gle"と同じく寵に開じ込められた鳥のイメージである.尤も,前者の場合,
閉じ込められるのは単に us"としか述べられていないのに対し,後者では eag1e"の比除が用いられている.それによって,自由を束縛する度合いを より一層強調するかのようである.何故なら, eag1eは自由大胆に大空を飛 謝する姿から,一般的に権力,王者などのシンボルとして用いられているか
らである 8
prison'd"には,更に別の意味がある.主人公が現在,女装させられてい ることを思い出さねばならない.彼を館へ連れてきたBabaは,彼に女装を 強いるが,彼は最初 I'mnot a 1ady" (73, 1. 8)と述べながらその命令を拒む.
しかし, shallit e'er be to1d/That 1 unsex'd my dress?'" (75, 11. 5‑6)と 問う主人公に対しBabaは, Incenseme, and 1 ca11/Those who wi11 1eav日
you of no sex at a11." (75, 11. 7‑8)と威嚇の言葉を返す.女装によって外 観上のみ性別を無くしてしまう (unsex'd)方が,本当に男性としての機能 を奪われる(即ちnosexとなる)よりは勝っている.主人公は,不承不承 女装を承諾し衣装を身につける (77‑9).やがて,いずれの点からも女性ら しく見える程に (80, 1.3) A perfect transformation" (80, 1.5)を遂げた 主人公は,そのいで立ちでGu1b句協の御前へと進み出た.
だが,彼が Juanna" (VI, 44, 1. 2)であるのはあくまで衣装という外側 の部分だけである.その内側では依然として,男性Juanが健在であった.
それは,彼がGu1beyazの前でひざまずく部分の描写から明らかである.
58 DON JUA ,NCANTOS V, VIにおけるこつの愛の意味 . . . Baba stopp'd, and knee1ing sign'd
To ]uan, who though not much used to pray, Kne1t down by instinct, wondering in his mind What a11 this meant: • . • • (V, 95, 11. 4‑7)
Bab呂がまずひざまずきながら主人公に合図を送ると,彼もH出嵯の判断で( by instinct")身を屈める.懇願し奉ることにはさほど慣れていない彼は( not much used to pr句'‑'),女装による metamorphosis" (83, 1.4)を経て,侍 女の一人としてGu1beyazの前で自ら額づけるまでになったようである.だ が,これは一見奇妙に感じられる.なぜなら,あれほど女装を渋っていた主 人公が,短時間でこのようにすっかり志を変えてしまうとは考え難いからで ある.このシーンの続きを見てみよう.
Babaは再びひざまずき,今度は婦人の足に口づけするよう主人公に命じ る(102,1 .11‑4).だがこの際,彼は渋面で身を反り返らせ命令を拒否する 態度を示す (102,11. 5‑6).奴隷という身分も弁えず¥場違いな自尊心
(il1‑timed pride" 103, . 11)を抱く主人公に憤りを感じたBabaは,刑罰を ほのめかしさえする(103, l.4). しかし,この場に至って主人公の毅然と した態度は頂点に達する ("Hestood 1ike At1as" 104, 1.1)̲結局,彼は,
婦人の手に口づけするという妥協策により,辛くも処刑を免れる.
以上の点から,女装の内側では,主人公本来の強力な自尊心が,未だ少し も衰えずに存在していたことは疑い得ない.従って,婦人の御前で先程彼が 膝を屈したのは,半信半疑の中, Babaが見せる模範を咽瑳の機転から主人 公も真似ただけのことであろう.実際は,女装による屈辱感を主人公は一時
も忘れずに強く意識していた.
E
以上述べてきたのは,専ら外面的ないしは肉体的に主人公を Thepris‑
on'd eag1e"の状態にしたものについてであった.被は,精神的にも何もの かによって閉じ込められているに違いない.
Haid邑巴との悲恋は,主人公の脳裏から消し去ることの出来ない記憶となっ ていた.それ故に,自分の主人でもある倣慢なGulbeyazの求愛を拒否する ほどの大胆さを主人公は得たと考えられる.
But he had got Haidee into his head: However strange, he cou1d not yet forget h巴r,
Which rnade hirn se.ern exceeding1y i11‑bred. (124, 1 1.2‑4) だが,主人公が未だHaid白を忘れ去ることが出来ないという事実は以下 のようにも考えられる.即ち,この事件が彼の記憶の中で,他のいかなる思 い出よりも支配的な位置を占めていた.そうなれば,過去の単なる記憶の一 つに過ぎないものが,重圧となり精神を圧迫する場合も有り得る .Manfred の主人公は, Astarteに許しを求めたい一心で、魔界へさえ赴き,死ぬことも 厭わなかった.Manfredも精神的に Theprison'd eag1e"であったと言えょ
っ .
果たしてJuanは,Haid白との悲恋から学んだ愛の尊厳さを基準としつつ,
Gulbeyazの求愛をあくまで拒否し続けたかどうか,更にエピソードの後半 を干食言すしてみよう.
求愛を拒まれたGulbeyazは,ただならぬ怒りに胸を高ぶらせる( Sosu‑ pernatura1 was her passion's rise" V, 134, .15).むろんそれは, acheck'd desire" (134, 1. 6)を知らない彼女が,今初めて主人公によって自分の意志 を阻まれたからである.
Nought's rnore sublirne than energetic bile, Though horrible to see yet grand to te11'
Like ocean warring 'gainst a rocky is1e; (135, 11. 4‑6)
60 DON JUA ,N CANTOS V, VIにおける二つの愛の意味
激しい嫡痛の爆発は,岸壁に波をぶつける大洋の比聡を用いて壮大に語られ る.憤りに逆巻く deeppassions" (1. 7)は更に, storrn"(1. 8)へと発展 し,やがてその嵐も通り過ぎて行く (137, 1 1.1‑2).一旦怒りが収まった彼 女は次に,求愛をはねつけられた女性としての不面目さを感じ始める( her sex's sharne broke in at 1ast" 137, 1. 3).これは,彼女のような権力者の側 にある女性には,耐えられないことであった.果たせるかな,彼女は,主人 公に対して制裁の方法をあれこれ思案し始め (139),彼を死刑に処するこ とまで考える(140, 1.5). しかし,結局彼女は座ってただ泣くだけであっ た (139,11. 7‑8).なぜなら,彼を殺害してしまっては,彼女のお目当てで ある hisheart" (140, 1. 8)を得ることが出来なくなるからだ.
語り手は先に,彼女の b1ueeyes" (116, .15)には passionand power" (1. 6)が混ざり合っていると述べた.その身分上,倣慢な態度で相手を見下ろ す彼女には,他方,恋の情熱で心を高ぶらせる好色な性質が認められる.そ じて,権力を持ち,しかも男性に色目を使う女性は,甚だ危険な存在である ことは言うまでもない.彼女の容貌には a11the sweetness of the devi1"
(109, l. 2)があると述べる語り手は更に, Eve"を evil"
O .
4)へと至ら しめた誘惑の蛇のイメージを示す (11.3‑4). Peter]. Manningは, Gu1‑ beyazに thefigure of Satan"を認めているが 9 事実,彼女は「運命の女 性J (fernrne fata1e)の面影を有している 10 主人公に絡み付く彼女の両腕 を彼は unwound" (126, 1. 3)したとあるが,ここでも巻き付く蛇のイメー ジを思い起こさずにはおれない.更に,物語をさかのぼって,女装した主人 公と Johnsonが別れるに際し, Johnsonは Keepyour good narne; though Eve heiself once fe11" (84, 1. 6)と述べる.彼は,女装のJuanをEveに見 立てて,このように述べたのであろう.むろん,このEveはGulbeyazの 誘惑を拒んだことにより, theFa11"の危機を逃れられた 11ともあれ, Gulbeyazは男性を破滅へと追いやることも辞さない,妖しげ な官能が渦巻く魔性の女性の系譜に属する人物である.彼女は,奴隷に命令
を拒否されたことによる,権力者としての恥辱と,男性を思い通りに出来な い女性としての恥辱を共に嘗める結果となった.
主人公との遭遇以後, Gulbeyazの不満は益々募ってくる.Sultanとの床 の中でも,彼女は落ち着かず( Totoss, to tumble, doze, revive, and quake" VI, 24, 1. 7),love and pride" (89, 1.6)の葛藤により,目覚めの 際顔色が冴えない.だが,後述する主人公と Duduとの一件を知ったとき,
彼女は痘撃発作に見舞われ(106,1.3),それとともに,権力者としての彼 女の姿がより鮮明になってくる.ここで語り手は彼女の手を, White,wax匂 en, and as alabaster pale" (109, 1. 4)と描写し,あたかも読者に石膏の彫 像のイメージを喚起しようとするかのようである.事実, Gulbeyazはこの 瞬間権力の象徴と化し,冷酷にも JuanとDuduに刑罰を課する.
では,主人公はGulbeyazとの謁見の場面で,最後まで毅然とした態度を 崩さなかっただろうか.以下のスタンザを読んでみる.
J uan was moved: he had made up his mind To be impaled, or quarter'd as a dish For dogs, or to be slain with pangs refined,
Or thrown to lions, or made baits for fish, And thus heroically stood resign'd,
Rcither than sin‑一 巳xc巴ptto his own wish: But all his great preparatives for dying
Disolved like snow before a woman crying. (V, 141)
Gulbeyazの誘惑を拒んだ主人公は, thusheroically stood resign'd"と述べ られているように,死刑をも覚悟し決然と構えている.にも拘わらず, Gul. beyazが彼を処刑するかわりに,意外にも俄かに泣き出したのを目撃し
(139,1.8),主人公は心を動かされる.上記スタンザ冒頭の Juanwas moved"は,主人公の突然の心理的変化を端的に伝える部分である.Gul.
62 DON JUA, N CANTOS V, VIにおけるごつの愛の意味
beyazが流す涙は,決死の覚悟の主人公をさえくずおれさせるのに十分だっ た.
彼のかたくなだった態度を雪の冷たさにたとえる語り手は( likesnow"), それが変化していく様子を,燃え盛る情熱のほとばしりのような彼女の涙を 受けて,雪が解け去る比聡を用い巧みに描く.
主人公の微妙な心理的変化は,吏に続く.
And first he wonder'd why he had refused; And then, if matters could be made up now;
And next his savage virtue he accused, (142, 11. 3‑5)
彼は,まず, Gulbeyazの求愛を拒んだ理由を探ろうとし,次に事態の収拾 が図れるものかどうか思案する.そして彼は,自らの savagevirtue"を責 めるに至る. Nature's bride" (II, 202, . 11)であるHaideeとは対照的に,
妖しげな官能性の渦巻く Gulbeyazの求愛を,主人公は高潔さという盾で もってはねつけてしまった.だが,たとえvirtueそのものは善であっても,
それがむやみに度を過ごし savagevirtue"となれば,必ずしも人に有益な 作用を及ぼすとは限らなくなるだろう.Juanの場合,それは彼の感性を凍 結してしまい,女性からの求愛を闇雲に拒否させる結果となった.無表情な 人形同然の主人公は,精神的自由を極度に束縛された状態にいたと言えよう.
だが,彼の冷淡とも言える savagevirtue"が, Gulbeyazが流す涙の熱さに よって解かされ,彼は今や愛を感じることの出来る本来の姿に戻りつつあっ た 12
主人公と Gulbeyazは, sultanの登場により引き離されてしまう.従って,
彼の内面の微妙な変化は,最後までGulbeyazに知らされることはない.と もあれ, Leslie Marchandが指摘するように,主人公の英雄的な自尊心と高 潔さは,婦人に対する sympathy"を前にして一歩道を譲ることとなったの は疑う余地がない 13
皿
過去にとある女性を死へと追いやってしまったことに因る罪悪感が,脅迫 観念に発展し,その結果生きながらにして死の状態で日々を送り続けるパ ターンは, Byronの作品の主人公にしばしば見られる特徴で、ある 14 無論,
そのような作品全体は,メランコリックな雰囲気で支配されている.
ところで,Don Juanでは,そのあたりの事情が異なっている.成る程,
Gulbeyazの求愛を拒んだ当初,主人公の記憶の中でHaid住が支配的であっ た.そしてこれは,一途にAstarteを思い続け,他になにものも手付かずの 状態のManfredと類似している.にも拘わらず, Juanは悲劇的な結末を迎 えるどころか, Gulbeyazとの遭遇により再び恋愛が可能な以前の姿に立ち 返る.この作品をepic風にするためには,ここで主人公を殺してはいけな いという作者の意図が作用しているのであろう.だが,以前のメランコリー を基調とする作品からDonJuanに至り,作者がそれだけ内面的成長を遂げ たとも考えられる.ハーレムでのエピソードの後半をなす,主人公と Dudu の一件を考察してみよう.
Duduは, Gulbeyazに仕える侍女の一人として登場する.その容姿を A kind of sleepy Venus seemed Dudu" (VI, 42, 1. 1)と説明する語り手は,
更にその詳細に闘し以下の如く続ける.
She was not violently lively, but
Stole on your spirit like a May‑day breaking; Her eyes were not too sparkling, yet, half‑shut,
They put beholders in a tender taking; Sh巴looked(this simile's quite new) just cut
From marble, like Pygmalion's statue waking, The Mortal and the Marble still at strife,
64 DON JUA ,N CANTOS V, VIにおけるこつの愛の意味 And timid1y expanding into 1ife. (43)
彼女は,とりたてて生気に満ちているとは言えず,両日にもさほど輝きがな く,あたかも冷たい大理石の彫刻を想像させるようである.だが, The Morta1 and the Marb1e still at strife"という表現から判断すると,ピグマリ
オンが刻んだ像のようにやがて生命を受けて更生りつつあるようにも見受けら れる.余り dashing" (52, 1. 2)ではない彼女は,にも拘わらず,
But she was a soft Landscape of mi1d Earth, Where all was harmony and ca1m and quiet,
Luxuriant, budding; cheerfu1 without mirth, (53, 1. 11‑3) と,落ち着いた風景画の趣がある 15
そのような彼女に関して大変奇妙な点は,
. . she was wholly
Unconscious, a1beit turned of quick seventeen, That she was fair, or dark, or short, or tall;
She never thought about herself at al .1 (54, 11. 5‑8)
と語り手が述べるように, 17歳という年頃にも似ないで彼女は自分の容姿に 無頓着であるということだ.まさしく Dud色は, A Chi1d of Nature" (60, 1
.
3)という表現に適っている.
Don Juan全巻を通して登場する,うら若い乙女の部類にDuduも属して いるが 16 主人公との悲恋の果てに病の床に伏し命が絶えたHaideeとは対 照的である.何故なら, Duduの場合 巴xpandinginto life" (43, 1. 8)とい う表現が示すように,徐々に生気を得ながら,成長を続けているからである.
また,一部の批評家が指摘するように, the FallのイメージをHaid白 に 認 めることも出来るだろう 17 無論, Duduには,主人公を堕落させようとす
る意図は見当たらず,生のイメージを潜在的に有している.
ところで,主人公は theMother of th巴Maids" (30, 1. 8)により, Dudu と同会することに決められるが (49,1. 4),その時点で既に彼は新たな恋も 可能となっていた.彼に関して, Yethe could not at times keep, by the way,l • . • . /From ogling all their charms from breasts to backs." (29, 11 4‑8)と述べる語り手は更に, Stillhe forgot not his disguise" (30, 1. 1)
と付け加える.満更女性に関心が無い訳でもない主人公は,おまけに目下女 装中であり,それは時と場合により隠れ蓑の役割を果たす.Canto Vとは うって変わり,このCantoは THEREis a tide in the affairs of m巴n"(1, 1.1)をモットーに掲げて始まる戸 その中で主人公は,自己の現状を巧み に利用する術さえ覚え,狭滑な,また同時に滑稽な人物として読者に印象を 与える 19
以上のようなお膳立てで,主人公と Dud立の床入りが行われる.侍女たち が熟睡し,深い静寂がたちこめている寝室で,突如Duduが叫び、声を上げ( on a sudd巴nshe screamed out" 70, 1. 8),事態は一変する.周囲が俄かに騒然
となりはじめ,人々はDuduのベッドへ駆け寄ってくる.彼女が寄芦を発し た原因は,妙な夢を見たからである.何でも,彼女が薄暗い森の中( A
wood obscure'''75, 1. 3)を歩いていたとき, Amost prodigious pippin" (76, 1
.
2)を発見したと言うのだ.その実を食べるために口を聞けようとした途端,
一匹の蜂が飛来し彼女を突き刺してしまった というたあいのない内容であ る(才5‑7).そのショックで彼女は思わず目覚め,叫んでしまった 20 それ にしても,たかが夢を見た程度で,部屋中を騒然とさせる程の叫ぴ声を発す るとは奇妙である.
Duduのもとへ人々が駆けつけたときの,主人公の様子は次のようであっ た.
. . . Juanna (JuanJlay
66 DON JUAN, CANTOS V, ì~ におけるこつの愛の意味
As fast as巴verhusband by his mate
In holy matrimony snores away白 (73,lL 2‑4)
Duduの横に居ながら,寝室全体を騒然とさせるほどの彼女の叫ぴ声にも気 付かないで,彼はぐっすりと眠り込んでいる.人々に揺すり起こされ,やっ と後は目覚めたが9 目覚める際の主人公の所作には,わざとらしさが全く見 当たらない( 日dth叩 she[J uan 1 too unclosed h佐 官yes,/And yawned a good deal with discreet surpris巴"73,ll. 7‑8). しかし,依然としてこれは 不自然である.批評家達が言うように,ここでは開会した男女間で起きるべ、
きことが当然生じたと解釈するべきであろう 21 それ故,主人公の深い眠 りは,狸寝入りか,さもなければ存分に夜の勤めを呆たした後の快い疲労に よるものだと考えられる 22 それは, She[J uan] did not find herself the least dispos巳d/Toquit her gentle partner" (84, ll. 5‑6) と, Duduの床を 離れたがらない主人公の満足げな様子が明確に示している.
又,これはDudなについても言えることである。彼女は皆にたしなめられ,
以後このような夢は決して見ないと約束する (83、11.1‑2).にも拘わらず,
彼女は主人公の胸に顔をうずめ, "a budding rose's crest" (85, L 4)の知く 首筋を赤らめる.この様子から判断して,主人公との開会には満足した気分
を隠し切れないようである。それは, A Child of Nature" (60, L 3)であ るべき彼女にしては,些かflippantに感じられるかもしれないが,次のよう に解釈することも可能である
最初,彼女の容姿は"Pygmalion'sstatue waking"にたとえられていた.
即ち9 彼女は,未だ生気に乏しい冷たい彫像のようであった.そこへ折よく 主人公が登場し,彼の助けによってDuduは女性としての歓喜を教えられ た.お それは,彼女が一人前の女性に一歩接近したことを意味している.
披女が突然発した叫ぴ声は,彼女が変容する瞬間を最も端的に示す重要な働 きを持っているe
では,主人公の方はどうだろうか.彼は,この Cantoの最初から,逆境 を自分に有利となるように巧みに用いることを意図していたようである.女 装の奴隷という目下の状態では,侍女Duduと同じ床をとったところで全く 不自然とは思えない 24 The prison'd eag1e"としての最初の屈辱感は次第
に薄らぎ,彼の視点は物事の現状よりも,それが結果において好転すること の方に移し変えられた.これは,冒頭で語り手が,
But no doubt every thing is for the best‑‑
Of which the surest sign is in the end:
When things ar巴atthe worst they sometimes mend. (1, 11. 6‑8) と述べていることと一致する.また,それは同時に,人生をより一層達観し た姿勢とも言える 25
もう一つ見逃せないのは,夜の寝室の描写である. Therewas d田 PS1目
1ence in the chamber: dim/ And distant from each other burned the 1ights,"
(64, 1 1.1‑2)静寂の立ちこめる薄暗い寝室内部では,眠る侍女たちから離 れたところで蝋燭の明かりが燃えている.そのか弱い光の下で乙女たちの姿 は,以下のように描写される.
Many and beautifu11ay those around,
Like flowers of different hue and clime and root, In some exotic garden sometimes found, (65, 1 1.1‑3)
ChiluたHarold'sPilgrimage, Canto町では,月明かりに照らし出されるローマ の廃櫨が描写される. thebrightness of the day" (143, . 18)には耐えられ ないが,月の光が穏やかに周囲を照らすとき,廃嘘は匙るかのようである
(When the 1ight shines serene but doth not glare,lThen in this magic cir‑ cle raise the dead" 144, 1. 17‑8) .26 ここで歌われているのは,総てを美化 する夜の純化力についてであるが,侍女たちの寝室で、も,夜の聞によって周
68 DON JUAN, CANTOS V, VIにおけるこつの愛の意味
囲は一見平穏に見受けられる.だが,暗闇というベールの下では,主人公と Duduの一件が進行し,やがてこの赤裸々な現実は読者に知らされる.同じ 主人公が, Canto VとVIでは著しいコントラストを成して登場することで,
彼与は意外な印象を受けるだろう.しかし同時に,現実とはこのようにある べきものだと,彼らは教え諭されるに違いない.Don Juanは,単に読者を 楽しませることだけを目的に書かれたものではない.彼らが,作品の中から 教訓を得ることももくろまれている 27
Canto VI はCantoVと打って変わり,全体がcomicalで至るところに滑 稽さと皮肉が潜んでいる.そのため,主人公と Duduが,Gulbeyazによりハー レムを追放されることをほのめかす結末も,さほど深刻ではないようだ.だ が,二つのCantoは表裏一体を成すものであるため,いずれか一方を吟味 するだけでは片手落ちと言わざるを得ない.
結び
Canto
V
及び町を通して,主人公は外面的には Theprison' d eagle"の状 態を変えることはない.彼は文字通り奴隷のままで,女装を捨てることもな く,また, Gulbeyazの館の内部に依然とどまっている.にも拘わらず,Gulbeyazとの遭遇以来, Haid白の思い出は彼の記憶から薄らいでいった.
精神に対する重圧から彼が解放されたと考えてもよい.これは,彼が再び恋 愛行為を始められるようになったことをも意味する.その結果,侍女Dudu
に対し彼は立派に男性としての役割を果たす.
奴隷と女装は,主人公にとって屈辱となるどころか, Duduと同会するた めの格好の口実である.自らに課せられた運命をおとなしく受け入れること は,結局自分を有利に導く.彼は,逆境を巧みに利用する術を悟るに至る.
この際,主人公の好色ぶりが暴露されるにも拘わらず 28 読者は滑稽な笑 いとともに現実社会で生きるための処世訓をその中に見いだそうとするだろ
っ .
このこつのCantosで は , 理 想 的 な 愛 の 姿 に 現 実 の 愛 の 姿 が 対 比 し て 置 か れ,最終的には後者がより前面に押し出されてくる.それは同時に,見せか けばかりの建前の世界からベールを剥ぎ取り,本音の世界をあらわにして見 せ る こ と を 意 味 し て い る 29 こ こ で 本 音 を 語 り や す く し て お け ば , 以 後 の Cantosで 現 実 の 様 々 な 事 柄 を 目 白 押 し に 登 場 さ せ る の は そ れ だ け 容 易 に な る.
注
1 Canto I stanza 200.
2 本稿中のDonJuanからの引用は,総て下記のテキストに拠る.
Jerome ]. McGann (ed.), Lord Byron. The Complete Poetical Works (Oxford: Ox‑ ford University Press, 1986), V
3 Peter]. Manning, Byron and His Fictions (Detroit: Wayne State University Press, 1978), pp. 177‑99では, Juanがその母親Inezを経てHaidee,Gulbeyazと いった具合に女性との透過を続ける中で,常に相手に負い目を蒙っている事実が指 摘され,女性的な存在による支配から逃れられない主人公の男性としての弱さを強 調している.
4 Haid伎のエピソードは, Cantos耳‑Nで言及されている.ギリシアのとある離 れ島で,海賊の頭Lambroを父に持つ彼女は,瀕死のJu却を介抱しやがてL昌m‑
broが遠出中,彼と結婚する.しかし帰島した父に捕らえられたJuanは奴隷に売 られ, Haideeもそのショックにより床に伏し死を迎える.
5 上杉文世著『パイロン研究.1 (東京:研究社出版, 1978), p.439.
6 成る程, Haid伎の住む島は文明の影響力が未だ及ばない, N atural W orldである.
だが,そこはwildな世界というよりむしろ, Paradiseに近いもの.詳しくは,
Karl Kroeber,Don Juan As A Novel," Byron: Chilゐ,Harolds'Pilgrimage And Don Juan, ed. John Jump (Casebook Seri巴s";London and Basingstoke: The Macmil lan Press Ltd., c 1973), pp. 159‑80参照.
7 Jerome]. McGann (ed.) Lord Byron: The ComjようetePoetical Works, III 8 山下主一郎著『イメージの博物館.1 (東京:大修館書応, 1985), pp. 60‑4.
9 P巴ter].Manning, p. 192.
10 おmmefatale"とロマン主義文学との関係については言うまでもなく, Mario Praz, The Romantic Agony, Angus Davidson (trans.) (Oxford: Oxford University Press, 1979)中, Chapter N,La Belle Dame Sans Merci"が最も示唆的である.
尚,他に本稿では,高階秀爾著 f西欧芸術の精神.Jpp.612‑36や伺著者による『想
70 DON JUA ,N CANTOS V, VIにおける三つの愛の意味 像力と幻想:西欧一九世紀の文学・芸術jpp. 392‑425なども参照した.
11 Peter J. Manning, p. 192.
12 そもそもJuanは,高潔な道徳を信条にして生きるタイプではない.それは,
Canto 1におけるJuliaとの色恋からも明らかである.
l3 Leslie A. Marchand, Byron:S‑Poetry: A Critical Introduction (Cambridge, Mas sachusetts: Harvard Univ紅 白tyPress, 1968), p. 193
14 Manfredの主人公は言うに及ばず,例えばTheGiaourでも,主人公はメランコリッ クな気分を抱きながら霊場し,専らLeilaの死を回想しつつ日々を送る.
15 Byronの自然描写は, William Gilpinに負うところが大きいと言われている.落 ち着きと静寂を有し,全体が調和を保った風景画の如きDuduの描写にも,その影 響が認められるのではないだろうか.尚,GilpinのByronに対する影響に関しては,
Ernest J. Lovell, J ,.rByron: The Record of A Quest (Hamden, Connecticut: Archon Books, 1966), pp. 87‑.95は示唆的.
16 Don Juan中には,とりわけ, Haidee, Dudu, Leila, Aurora Rabyの4人の少女が 登場し重要な役割を呆たしている.
17 Mark Storey, Byron and the Eye of A仲.etite(London: The Macmillan Press Ltd., 1986), p. 171
18 Julius CaesaηVI, iii, 1.216の引用.
19 Leslie A. Marchand, pp. 195‑6
20 彼女が pippin"(リンゴの一種)をもぎ取って食べようとした点は,楽園のリン ゴを同じくもぎ取って食べたEveの姿を連想させる.リンゴのイメージは,Don Juan, Canto X, Stanzas 1, 2でも言及され,そこで語り手は,禁断のリンゴによっ て堕落した人類が,木から落ちるリンゴを目撃し引力の法則を発見したNewtonの お蔭で知恵を得てその結果向上したと述べる.
21 この場面の解釈では;大方の批評家の意見は一致している.例えば,上杉文世,
前掲書, pp. 439‑40参照.
22 無論,この場に居合わせる人物にそれは悟られていない.それ故,読者にとって 大変アイロニカルに感じられる.
23 Peter J. Manning, p. 193
24 Ibid., p. 193.この著者は,主人公の女装という transvesture"カ
1
物語の中で呆 たす役割は大きいことを指摘している.25 Johnsonは,既にこのような人生観を持って登場する.Juanも,ょうやく彼の 如く成長を遂げる.
26 Jerome J. McGann (ed.), Lord均ron:The Comρlete Poetical Works, II
27 Don Juan, Canto 1, stanza 209, 1 1.2‑3で語り手は,この物語から教訓もくみ取
るようにと読者に求めている.
28 主人公は既に.Canto IでJuliaと恋愛事件を起こしている.しかし,この一件は,
未だ既成道徳の分厚いベールに覆われた世界での出来事であった.そこでは,本音 は語りにくい.主人公のモラルを正すために彼を他国へ旅に出す(191,1l. 1‑4) というプロットには,社会通念を意識した作者の態度が表れているようだ.その点,
Cantos V. vlはイスラム教世界のハーレムで物語が展開し,言わば官能性を帯び た場所を舞台にしているため,主人公のflippantな行為は,さほど不自然ではなく なる.
29 ByronのDonJω ηでは,その結末にほどちかく thesable Friar" (XVI, 117, 1 8)に身を饗した人物が登場する.しかし,その正体を暴こうとするJuanの面前で 僧衣が脱ぎ捨てられ,その中から姿を現したのは外でもなく Fitz勾Fulkeであった という落ちがついている.ここでも,見せ掛けのベールを剥ぎ取り中身をあらわに するという ,Don Juanの趣旨が滑稽な形で生かされている.