刑法における治療行為の正当化
著者 田坂 晶
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 7
ページ 263‑400
発行年 2007‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011112
刑法における治療行為の正当化 二六三同志社法学 五八巻七号
刑法における治療行為の正当化
田 坂 晶
︵二六三一︶ 目 次はじめに第一章 わが国における治療行為の正当化
第一節 治療行為の正当化根拠に関する学説 第二節 治療行為の正当化要件 第三節 わが国の治療行為の正当化をめぐる議論の現状第二章 イギリスにおける治療行為の位置づけ 第一節 刑法上の治療行為の評価 第二節 傷害罪に対する同意の抗弁とその限界 第三節 治療行為における患者の同意の意義
第四節 同意の有効要件の具体的検討 第五節 法律委員会による提案
第六節 治療行為の刑法上の位置づけに関するイギリスの現状第三章 アメリカ合衆国刑法における治療行為の位置づけ 第一節 刑法上の治療行為の評価 第二節 傷害罪に対する同意の抗弁とその限界 第三節 治療行為の不処罰要件 第四節 治療行為の不処罰に関するアメリカ合衆国の現状第四章 ドイツ刑法における治療行為の位置づけ 第一節 ドイツ傷害罪の規定 第二節 判例の動向
刑法における治療行為の正当化 二六四同志社法学 五八巻七号 ︵二六三二︶
第三節 立法の動向 第四節 学説の検討 第五節 治療行為の正当化根拠に関するドイツの現状第五章 若干の考察 第一節 これまでの考察のまとめ
第二節 治療行為の構成要件該当性 第三節 患者の同意の法的効果
第四節 治療行為の正当化要件むすび 第一節 本稿の帰結 第二節 今後の課題
はじめに
われわれが健康な日常生活を営むうえで
︑
医療が必要不可欠であることはいうまでもない︒
こうした目的の崇高性と高度の専門性ゆえに
︑
かつて︑
医療の規制は︑﹁
医の倫理﹂
に委ねられていた︒
医療の現場への法的介入については消極的な声が支配的で︑
ましてや刑法の適用は論外であったといえよう︒
しかし
︑
近年では︑
次のような医療をめぐる状況の変化が︑
医療と刑法の関係に少なからず影響を及ぼしている ︵なっになものに手軽で身近とってに人々くの多は医療
︑
よって向上の医療保障・
社会福祉︒
である日常化の医療︑
に一︒
第 1︶た
︒
第二に︑
医療の進化である︒
新技術や新薬の開発によって︑
従来は困難であるとされていた疾病の治療の可能性が広がった︒
第三に︑
医師と患者の関係の変化である︒
かつて︑
医師と患者の間には︑
個人的・
家族的な信頼関係が存在刑法における治療行為の正当化 二六五同志社法学 五八巻七号 ︵二六三三︶ していたが
︑
医療の大量化や専門化が進んだため︑
非人格的な事務関係に移行した ︵︒
2︶こうした変化にともない
︑
医療行為は有用である反面︑
多数の国民の生命や身体を侵害する可能性があるという現実が強く認識されるようになり
︑
その保護のために︑
刑法も一定の役割を担うことが期待されるようになったのである︒
しかも︑
医療行為の高度化や多様化に応じて︑
刑法が担うべき役割もさまざまな場面に拡大しつつある︒
今日︑
医療をめぐる刑法上の課題としては
︑
①治療行為中の人為的なミスによって患者の生命・
身体が侵害される医療過誤 ︵有する為病患者や未成年者などの同意能力を治療行しない患者に対 ︵
︑
②精神 3︶︑
③美容整形手術や性転換手術︑
人体実験・
臨床試 4︶験などの治療目的をもたない医療行為 ︵
術娠中絶手 ︵ の人工妊がある必要る図を保護生命
︑
の胎児︑
するとともに尊重を意思の④母親 5︶︑
⑤人工授精や体外受精 6︶︵クローニング題是非えの換み遺伝子組
︑ ︑
問け分み産の⑥男女︑
をめぐる 7︶︵︑
⑦人の 8︶始期に影響を与えうる
﹁
受精卵﹂
や﹁
初期胚﹂
の保護に関する問題 ︵題問 ︵ 与する関連に脳死えるを
︑
影響に判定の終期の⑧人 9︶︑
⑨医療技術としての正当性が問題となりうる臓器移植手術 10︶︵︑
⑩終末医療として︑
特別の考慮が必要となる安楽死・
11︶尊厳死 ︵
︑
⑪緊急時における患者の推定的同意に基づく治療行為 12︶︵したを招き
︑
患者への適切な治療妨萎縮げる危険性をもつという事実に変りはない︒
をの︑
は介入な過剰の法医療行為 対においてもただし︑
今日する︑
医療になどがある刑︒
13︶がって
︑
医療行為にどこまで刑法を適用すべきかは︑
犯罪論において︑
検討の必要性が極めて高い今日的な課題なのである
︒
こうした課題に取り組む第一歩として
︑
医事刑法の基本問題である治療行為への刑法上の評価について考察することが求められる
︒
後に詳述するが︑
治療行為は︑
ときとして人の生理的機能を傷害することがあるため︑
傷害罪の構成要件に該当するようにも思える︒
しかし︑
今日のわが国において︑
あらゆる治療行為に傷害罪の成立を認める見解は存在しない
︒
むしろ︑
正当な行為として不処罰とされるべきであるというコンセンサスが存在しているといえよう︒
しかし︑
刑法における治療行為の正当化 二六六同志社法学 五八巻七号
どのような根拠から
︑
このコンセンサスを説明付けるのかという点については︑
これまでわが国の判例は何も語っておらず
︑
学説上も︑
激しい対立が解消されないままに残されている︒
この問題について検討を加え︑
治療行為の正当化根拠やその要件について一定の方向性を示すことは︑
その他の医療問題への刑法上の対応を論じるうえでの足場を固める意味でもきわめて有益であると思われる
︒
そこで
︑
本稿では︑
以上のような問題意識に基づき︑
まず治療行為の正当化に関して︑
わが国で展開されてきた議論を整理する
︒
次に︑
同様の問題に関するイギリスとアメリカ合衆国︑
ドイツの動向について︑
比較法的な考察を加える︒
そのうえで︑
最後に︑
わが国における治療行為の正当化根拠とその要件について︑
一定の結論を提示したい︒
︵
︵ ﹃三巻個人生活刑罰﹄︵日本評論社︑一九八二︶七一頁以下︑中谷瑾子と医事法招待﹄︵信山社︑二〇〇一︶二頁以下︒への 二九︶一︑五頁以下九七﹄︵一︑堂文成任責と法違松小ほ進か第系体法罰刑代現﹃編二﹁彦一原石﹂罰刑と療医巻第講法刑代現﹃編かほ一座 ――1一九︑︑版二第正補版新九為堂文弘﹄︵法と︶行療医﹃實谷大七︶五的研山中﹂てっぐめを為行療治断頁専罰刑と療医﹁雄澤金︑下以文 2︶小松進・前掲注︵
︵ 1︶七二頁以下︒ 3︶大谷實・前掲注︵
︵ ︶︒一九九三︑二版 ――法﹄︵現代版律出会︑二〇と・社TI五済経・療医制規事刑の〇法︶医第︑堂文八﹄︵例判事刑の故事療成﹃中夫二頁下︑以山研一・泉正 〇︑一︶一四三頁以下端佐久間修﹃最先法領域二〇︵号〇以頁九九︶一〇︑二︵四六︑下以下六号五七六︑下以頁五二一︶一〇〇二︵号頁 ―1五誤師医る説けおに訟訴過頁療医﹁純澤伊二︑下以の︶明学二四︶〇〇〇︵号二六法義城成︶﹂完・五︵︶一︵務二
︵ ︒三九五頁以下︶五〇〇二︵論集一七巻一号 一らだの科学九一号︵一﹂九かコトンセン︶ドムーォフンイのへ五八四制学大〇松﹂諾代の置措療医と度山人辺見頁下︑渡以幹典﹁成後年 ――号巻四︵二三〇〇三︶一摩七頁以下︑山崎耶﹁高齢者二六法学づ医療に関する自己決定信仰に基いた材島広﹂てしと素を例事否拒血輸 ――4成己のと組枠の制法療医者定決自連のもど子と療医﹁登永家の関で未三﹁子克藤久︑下以頁︶三︶〇年〇二︵号九巻五七報時律法﹂七
5︑二号︵一九九八︶七五頁以下口江一研一﹁臨床試験におけるイン・巻︶行猪田真一﹁性転換手術の治療為〇﹂二学法京帝論性試一るす関に ︵二六三四︶
刑法における治療行為の正当化 二六七同志社法学 五八巻七号 フォームドコンセント﹂からだの科学一八一号︵一九九五︶二五頁以下︑熊坂一成﹁臨床検査の同意﹂からだの科学一八一号︵一九九五︶五七頁以下︑松井和彦﹁美容整形施術における医師の説明義務﹂修道法学二一巻二号︵一九九九︶三四三頁以下︑甲斐克則﹃医事刑法への旅Ⅰ﹄︵成文堂︑新版︑二〇〇六︶六四頁以下︑同﹃被験者保護と刑法﹄︵成文堂︑二〇〇五︶一頁以下︒︵
︵ 井道夫編︵東信社︑第二版︑二〇〇一︶五〇頁以下︑加藤良夫︒三四九頁以下︶五〇〇二︑民事法研究会﹄︵実務医事法講義﹃ほか ――6号と九六学法﹂書覚重尊の命生権六定決己自の婦妊﹁彦利久陶巻今︵香二〇〇五︶九一九頁以下︶川﹄知晶﹃バイオエシックス入門︑ 7︶大谷實・前掲注︵
︵ と〇講﹄︵日本評論社︑第二版︑二〇〇三︶二頁以下︒︒生命倫理二 ――1第三版死二八四頁以下︑同﹃いのちの法律学生命の誕生からまで︑﹄︵悠々社︑法﹃石原明︑五七頁以下︶一九九九︶
︵警二五集論学察﹂八法刑と命生の人巻号實以注掲前・同︑下頁︵三七︶九九九一﹁谷︑下以頁大 ――8一二八頁以下︶五〇〇有斐閣二︑小野秀誠﹄︵医事法入門﹃手嶋豊︑︶﹁先端医療と患者の権利﹂一橋法学二巻三号︵二〇〇三︶八二三法
7︶九七頁以下︑石原明・前掲注︵
︵ 一九頁以下︒ 7︶
︵ 真義編︒二二四頁以下︶一九九五︑世界思想社︵ 9ト医頁以下︑同②・﹃現代医療と事八刑法﹄大野スポ﹃①雄久藤加〇二ゲ門ノム社会における医事刑法入﹄︵︶東京法令︑新訂版︶二〇〇五︑ 10 ︶大谷實・前掲注︵
7手注掲前・豊嶋︑︶下以頁六七一︵
8石注掲前・明原︑︶下以頁一七一︵
︵ 7一久注掲前・①雄藤七︶︑下以頁一加
︵ 9︶三六六頁以下︒
︵二前掲注・大谷實︑二六頁以下︶五〇〇 11 理か生命倫理と法﹄樋口範雄ほ︵編人弘文堂︑倫命生﹃夫道井今﹃滋学〇入門﹄︵産業図書︑第二版︑二〇村五︶四八頁以下︑安︶圭介・米部
7︶二一四頁以下︑手嶋豊・前掲注︵
8︶一七七頁以下︑石原明・前掲注︵
︵ 7︶一六二頁以下︒
︵ ︑律学﹄︵有斐閣第二版︑二〇〇三︶三五七頁以下︒ 厳﹄︵療医期末・死か尊・死楽安﹃山ほ朔信︶社︑法の療医﹃哲木植下︑以頁二町七九九一野︑死堂厳下と刑法﹄︵成文︑﹃二〇〇四︶一頁以尊 12 大谷實﹁末期医療と︑医師の刑事責任﹂警察研究七号︵一九八五︶三頁以下︶甲斐克則﹃安楽死と刑法﹄︵成文堂︑二〇〇︶一頁以下︑同・三
︵一九九四前掲注・加藤久雄①︑一頁以下〇一︶ 13 ――しと刑法治療行為に関連して﹄︵医南窓社︑さや﹃夫晴湊々久療﹃い二医事法学﹄︵成文堂︑第二版︑〇二〇四︶八九頁以下︑︶々木養佐
9︶一〇八頁以下︒
︵二六三五︶
刑法における治療行為の正当化 二六八同志社法学 五八巻七号
第一章 わが国における治療行為の正当化 治療行為は
︑
われわれの生命や健康を維持・
促進していくうえで必要不可欠なものであり︑
社会的に有用な行為である︒
このため︑﹁
治療行為を受ける当該患者側からも︑
社会一般からも︑
通常の治療行為の犯罪性を否定すべき ︵で
﹂
あ 1︶るという点に異論は見られない
︒
ただし︑
その不処罰根拠を何に求めるのかという点については︑
さまざまな考え方が主張されており︑
見解の一致を見るには至っていない︒
このため︑
治療行為の正当化要件に関する議論も︑
なお十分に煮つまっていないのが現状である
︒
本稿の考察をすすめるにあたって︑
こうしたわが国における治療行為の正当化に関する議論を正確に把握しておくことは︑
必要不可欠な作業であるといえよう︒
そこで︑
以下では︑
これまでわが国で展開されてきた治療行為の正当化根拠と正当化要件に関する議論を整理しておきたい
︒
第一節 治療行為の正当化根拠に関する学説
治療行為の正当化根拠をめぐっては
︑
治療行為が傷害罪の構成要件に該当するか否かにつき︑
①治療行為傷害説︑
②治療行為非傷害説および③中間説の三つに大別することができる︒
︵二六三六︶刑法における治療行為の正当化 二六九同志社法学 五八巻七号 一 治療行為傷害説 今日
︑
治療行為の不処罰根拠をめぐるわが国の学説おいて︑
通説的地位を占めているのが︑
治療行為傷害説である︒
この見解は︑
治療行為自体も患者の身体組織への直接的・
物理的侵害を惹起している以上︑
少なくとも身体の完全性を侵害したという意味において︑
傷害罪の構成要件該当性を認めるべきであると主張し ︵︑
そのうえで︑
違法性阻却により 2︶治療行為を不処罰とするものと理解できる
︒
ただし
︑
治療行為傷害説の内部においても︑
違法性を阻却する具体的根拠を何に求めるのかという点については︑
いくつかの可能性が提案されてきた
︒
そこで︑
以下では︑
まず治療行為傷害説における治療行為の正当化根拠について︑
学説の動向を概観しておきたい︒
⑴ 業務権説 第一に
︑
業務権説がある︒
すなわち︑
医師は非常に広範な業務権を有しており︑
医師が行う治療行為は︑
法令または慣習によって認められた権利に基づく行為として正当業務行為と評価され︑
刑法三五条後段によって 違法性が阻却されるとする見解である ︵︒
3︶業務権説は
︑
治療行為を︑
人の生命・
身体の安全を守るものであるという本来の性質から︑
国家事業の一種と捉える︒
刑法は一般に
︑
人の身体を傷害する行為を罰するが︑
医師は治療のために傷つけるものであることにかんがみて︑
法は医師に対して職業権としての傷害の自由を許していると解するのである ︵
︒
4︶本説が有力に唱えられた二十世紀前半のわが国では
︑
医療はそれ自体善なるものであるから︑
医師は患者の意思をいちいち確認する必要はなく
︑
自ら正しいと信ずる医療を行えば足りるという︑﹁
医は仁術なり﹂
の思想が︑
社会的にも広く受け入れられていた︒
たしかに︑
そうした時代であれば︑
医師による治療行為を業務行為と位置づけ︑
その点のみをもって
︑
治療行為の違法性を阻却する道も開かれよう︒
しかし︑
現代の医療は一種の経済活動としての一面を備え︑
︵二六三七︶
刑法における治療行為の正当化 二七〇同志社法学 五八巻七号
営利性を有しているため
︑
医師は必ずしも患者の希望に沿う診療を行うとは限らないという前提での検討が求められているのである ︵
︒
5︶業務権説においては
︑
医師という地位にある者は︑
たとえ患者の意思に反していようとも︑
あらゆる治療行為を無条 件に行う権利が認められることになるという点で妥当性を欠くうえに︑
患者の人権を侵害しかねないとの危惧も示されている ︵されるのの阻却を違法性として業務行為な正当が
﹂
のみ行為者する従事に医業に単﹁
によると業務権説︑
また︒
6︶で
︑
たとえば父母が子どもの軽い腫物を潰すというような︑
医師ではない者による行為はすべて有罪となってしまうが︑
これはいかにも不合理であると指摘される ︵にに疑問めるのかという認を権利の固有治療行為なぜ
︑
は本説︑
そもそも︒
7︶積極的な理由を提示できておらず ︵
三五条後みるその衰退していった
︒
たしかに︑
以下に他広の見解の多くも︑
治療行為をげることなくをでは国わが支持︑﹁
根拠業務だから﹂
という形式的な違法性阻却によりを導くにとどまっていたため︑
8︶段にいう正当業務行為の一例として位置づけているが
︑
それらの見解は︑
治療行為が形式的に正当業務行為であることを当然の前提としたうえで︑
さらに正当化されるための実質的な根拠を模索しているのである ︵︒
9︶⑵ 緊急避難説 第二に
︑
緊急避難説である︒
この見解は︑
医師の行う医療行為に対象を限定した上で︑
その正当化根拠を論じている︒
具体的には︑
患者の身体的利益を維持するという点に正当化の根拠を求める︒
つまり︑
医療行為は
︑
患者の生命・
身体を害する疾病という﹁
現在の危難﹂
を避けるために﹁
やむをえずにした行為﹂
であり︑
かつその行為より生じた結果が避けようとした害の程度を超えない場合であると評価できることから︑
刑法三七条一項本文の規定する緊急避難行為として正当化されると説くのである ︵
︒
10︶緊急避難によって違法性が阻却される医療であるといえるためには
︑
医療行為が︑
現在罹患している疾病を治癒するため
︑
または将来罹患するおそれのある病患を予防し︑
また︑
疾病の存在あるいはその発生の可能性を発見するために ︵二六三八︶刑法における治療行為の正当化 二七一同志社法学 五八巻七号 必要なものでなければならない ︵
︒
される要求として正当化要件さいものであることも小よりも危険えられる 進行考すると発生によっての病気のもつ患者︑
が危険にともなう実施の医療︑
さらに︒
11︶漠然と
﹁
治療行為は医師の行う正当業務行為であるから刑法三五条後段によって合法となる﹂
と説くにとどまっていた従来の学説の中にあって︑
いち早く正当化根拠とその要件を明確にした緊急避難説の功績は大きい ︵︒
しかし︑
医療行 12︶為を緊急避難行為であると考えるとしても
︑
万一手術が失敗して︑
その行為によって生じた害が避けようとした害の程度を超えれば︑
この説によっても医療行為を正当化することはできない ︵︒
また︑
緊急状態にない場合の治療行為の適法 13︶性を説明できず
︑
正当化される範囲が不当に制限されてしまう ︵るがあ無理することにも ︵
﹂
ませると含に危難の現在﹁
を医療全般︑
かといって︒
14︶︒
15︶さらに
︑
医療行為を緊急避難行為と同一視すると︑
被救助者たる患者の意思とは無関係に医師の行為が正当化されることになる ︵身けてけないで受これを
︑
と利益するという治癒を病気受を治療︑
においては治療行為︑
について点この︒
16︶体的完全性を維持するという利益のいずれも患者の法益であり
︑
法益主体である患者の意思を無視して客観的に優越する法益の擁護を認めることは︑
インフォームド・
コンセントの形骸化を招きかねず︑
妥当ではないとの声が大きい ︵︒
17︶⑶ 被害者の同意説 第三に
︑
被害者の同意説である ︵︑
はもてっよに果結たし功成性当相の段手︑﹁
は解見のこ︒
18︶医学規則との合致によっても
︑
補われることはできない︒
被害者の同意は正に医学上の規則と同じ資格をもって並ぶ契機である ︵されき阻却が違法性の治療行為によって同意の被害者
︑
説を重要性の同意の患者における治療行為︑
として﹂
19︶るとする
︒
この見解によれば︑
医師が治療意図に基づき︑
医術準則にしたがって実施した治療でも︑
被害者の同意がない限り︑
傷害罪を構成することになる ︵︒
20︶本説は
︑
医的侵襲行為が傷害罪の構成要件に該当すると解すれば︑
医療の場面における﹁
患者﹂
は︑
傷害罪の﹁
被害︵二六三九︶
刑法における治療行為の正当化 二七二同志社法学 五八巻七号
者
﹂
ともいいうることを出発点とする︒
たしかに︑
傷害罪については︑
被害者の同意によって一般にその違法性が阻却されるので ︵
︑
またを同意の患者︑
ではあるが民事と︒
ていないこめられる認が論理一貫性︑
には本説︑
得 21︶︵があったこと ︵ や明確な拒絶 22︶
をすを根拠として治療行為の違法性る肯定した判決が存在 23︶︵
︒
後述する治療目的説や優越的利益説において 24︶も
︑
患者の同意を得ることができる場合には︑
それを治療行為の正当化要件としている点からも明らかなように︑
今日の社会では︑
自らの身体の処分についての自己決定が多かれ少なかれ是認されている ︵︒
被害者の同意説は︑
このような 25︶患者の自己決定を尊重するという姿勢を徹底した見解であるといえよう
︒
しかし
︑
この見解によれば︑
患者の選択がいかに不合理なものであっても︑
医師はこれに従わなければ正当化されな い︒
逆に︑
この見解を貫くのであれば︑
患者の意思に反する治療行為は︑
たとえそれが医学上合理的なものであっても︑
すべて傷害罪として処罰されることになってしまう ︵︒
この点について︑﹁
人間が社会的存在であることを看過している﹂
26︶との批判が加えられている ︵
︒
また︑
判例 27︶︵および有力な学説 28︶︵
患対に重大な損害をもたらす傷害行為にする
︑
同意の効果が否定されていることから︑
身体されに厳格に相当︑
は件解 におけるそれの同意被害者の要︑
とくに傷害罪においては︑
29︶者の同意と被害者の同意を同一視すると
︑
四肢あるいは五官の一部の喪失をもたらす治療行為など︑
有効な同意として是認し得ないケースが少なからず発生するとの懸念も示されている︒
さらに︑
刑法二〇二条によって︑
生命の処分に対する同意が完全に死の結果の違法性を阻却しないことが明らかである
︒
このことから︑
患者の同意と被害者の同意とを同一のものと理解する限り︑
死の危険をともなうことを認識して患者が治療行為に同意を与えたとしても︑
死の結果が正当化されることはありえないとせざるを得ない
︒
また
︑
一般に﹁
強制による同意またはたわむれにした同意は︑
真意に基づかないとして無効 ︵﹂
であるとされているこ 30︶とから
︑
たとえば︑
①治療費の額につき患者に錯誤があったとき︑
②実際に手術を行った執刀医と自らが思っていた医 ︵二六四〇︶刑法における治療行為の正当化 二七三同志社法学 五八巻七号 師とが違っていたとき
︑
または③手術を受けなければ死の結果は免れないと説明されてやむを得ず手術に同意したときにも︑
同意の有効性に疑念が生じよう ︵︒
31︶加えて
︑
もし本人が意思能力を有していたならば同意したであろうという推定的同意に基づいて医師が治療を施したというケースについても︑
妥当性を欠いた結論に至る可能性があることも指摘されている ︵︒
推定的同意による違法性阻 32︶却に慎重な立場から
︑
こうした帰結を肯定する見解も一部に存在するが ︵︒
必要性るであろう残が疑問からなお観点の謙抑性の刑法︑
についてはすることの 処罰︑
し評価と違法を措置の医師このような︑
33︶⑷ 優越的利益説 第四に
︑
優越的利益説である ︵患という維持
・
促進される患者の健康身体的利益治療行為が︑
その行為によって侵害されたによって︑
を法性阻却根拠 から見解は︑
結果無価値論の立場唱︒
えられ︑
治療行為の違この 34︶者の身体的利益よりも大きいという意味での優越的利益に求める ︵
︒
35︶成功率が非常に低く
︑
しかも医的侵襲の程度が高い難手術が必要な場合は現実に存在する︒
この場合︑
手術を行う医師には
︑
成功を期しつつも︑
失敗してもやむをえないという結果についての認識・
認容がある︒
このような状況下で手術が成功した場合につき︑
後述する治療目的説や社会的相当性説では︑
手術の態様が医術準則に即していない限り︑
結果として法が保護する利益の侵害はないにもかかわらず
︑
行為の反常規性によって違法性が肯定されてしまう︒
これに対して
︑
優越的利益説では︑
健康の回復・
増進という優越的利益を実現していることを根拠として︑
過失犯についても故意犯についても︑
その成立を否定することができる ︵︒
この点が優越的利益説の強みである︒
36︶しかし
︑
こうした強みはこの見解の弱みと紙一重であり︑
優越的利益説を徹底すれば︑
ここで述べた状況下において手術が失敗した場合に︑
常に違法となってしまうのである ︵︒
結果的に優越的利益もなく︑
また︑
このような結果に対し 37︶てまで患者は同意しているとはいえないので
︑
全面的に違法性を阻却することができないからである︒
︵二六四一︶
刑法における治療行為の正当化 二七四同志社法学 五八巻七号
そこで
︑
優越的利益説の中には︑
これを﹁
事前の﹂
法益衡量として把握し︑
医術準則を遵守して施された治療行為を﹁
許された危険﹂
としてなお正当化を導こうとするものがある ︵﹂
してもなおるされてい呈が疑問については点といいうるかという失適法﹁
︵ にを量衡益法的利果かし︑
優越的益︒
説に立ちつつ結し 38︶︒
39︶また
︑
優越的利益説に対しては︑
治療行為にともなう患者の生命・
身体への危険性は︑
独立の不利益としてその正当化が考慮されなければならないとする批判もある︒
すなわち︑
治療行為が成功した場合につき︑
侵襲行為により生じた 傷害結果︵
たとえば舌の切除︶
が︑
身体利益が維持されたという結果︵
たとえば癌の治癒︶
に吸収されて正当化されるということはできず︑
両者は独立に評価されなければならないとするのである ︵︒
さらに︑
得られる利益と侵害される価 40︶値の高低を判断する際の基準は必ずしも明らかではなく
︑
適法性の基準について不明確さを残しているとの指摘もある ︵︒
41︶⑸ 治療目的説
・
社会的相当性説 第五に︑
治療目的説ないし社会的相当性説 ︵にかなった促進目的達成この
︑
であるから目的の共同生活された承認に社会的︑
することは・
維持を健康の個人よって に治療行為︑
は治療目的説︒
である 42︶ものである限り
︑
治療行為は社会的に相当なものとなり︑
違法性が阻却されるとする ︵にあで治療措置は
︑
社会生活の中歴史的行に形成された社会倫理秩序の枠内われたでのされた承認に一般︑
で目的方法︒
治療︑
は社会的相当性説︑
他方 43︶る行態であるから
︑
たとえ法益を侵害しても違法ではないとする︒
治療目的説と社会的相当性説は︑
違法性の判断にあたって︑
法益侵害という結果だけでなく︑
行為の態様︵
主観的要素・
行為の種類・
方法など︶
も考慮に入れるとする点において共通する ︵
︒
44︶治療目的説ないし社会的相当性説によると
︑
治療行為が正当化されるためには︑
①治療の目的でなされること︑
②緊急時を除いては本人の承諾ないしその代理人の承諾を得ること
︑
③医学上一般に承認された方法によってなされること ︵二六四二︶刑法における治療行為の正当化 二七五同志社法学 五八巻七号 が必要とされる
︒
つまり︑
治療目的を治療行為の﹁
主観的正当化要素﹂
とするのである ︵されには行為が結果的に治療効果をもたらした場合
︑
目的発生した傷害結果の違法性は阻却でなされたの実験ばたとえ 目のため︑
治的療︒
のない︑
こ 45︶るが
︑
その行為自体の違法性が否定されず︑
傷害の未遂罪となる余地が残る ︵︒
46︶ところで
︑
患者が意識不明の状態であり︑
患者の意識の回復を待っていたのでは生命に危険が及ぶような場合に︑
治療行為を行うと
︑
その行為に患者が同意しているとはいえないが︑
このような場合の医師による治療行為も一定の範囲で正当化されるべきであろう︒
目的説や社会的相当性説によると︑
患者の同意が得られない場合でも︑
治療行為として患者の利益のためになされた行為は一定の範囲で正当化されるので
︑
妥当な結論を導くことができ︑
この点に両説のメリットを見出すことができる ︵︒
47︶他方
︑
両説に対しては︑﹁
行為者の心理状態という不明確な主観的事情によって行為の適法・
違法の限界が左右される﹂
ことになり︑
妥当性を欠くとの指摘がされている︒
また︑
客観的に見て医学上正当な治療行為であることが証明された 場合にも︑
さらに行為者の主観的な目的を問題とし︑
治療目的の不存在のゆえに処罰することの必要性にも疑問が呈されている ︵そのためにより法益
︑
であり﹂
目的な正当﹁
が目的する救助を・
利益の高次︑
もし︑
して対に目的説︑
また︒
48︶低次の利益
・
法益を侵害する行為が﹁
相当な手段﹂
であるとするならば︑
目的説は優越的利益説と何ら変わらないとの指摘がなされる ︵
内
︑
の中に独立の意義を持たせるならば何が﹁
正当﹂
なものなのかという基準が明らかにされていないことから︑
その 手段﹂
なを相当︑
目的説が︑
行為の手段としての正当性優越的利益︒
の原理とは別の判断を行い︑﹁
ここで 49︶容が不明確になり
︑
違法性判断の主観化・
倫理化を招く危険性があるとの懸念も示されている ︵相当社会的
︑
がないかぎり理由な違法性﹁
に︑
はして対にを阻却しない承諾 ︵ 社会的相当性説︑
他方︒
50︶﹂
とすると︑
個人の身体は完全に社会的な 51︶ものとなり
︑
独立した個人の自由が後退してしまうとの批判が加えられている ︵︒
52︶︵二六四三︶
刑法における治療行為の正当化 二七六同志社法学 五八巻七号
二 治療行為非傷害説
わが国では
︑
これまで検討したように︑
治療行為について︑
傷害罪の構成要件に該当するが︑
違法性が阻却されるという治療行為傷害説が通説的地位を占めている︒
しかし︑
その一方で︑
治療行為非傷害説も有力に唱えられている ︵︒
53︶治療行為傷害説がそうであったように
︑
治療行為非傷害説においても︑
治療行為につき傷害罪の構成要件該当性を否定する具体的根拠は一様でない︒
そこで︑
以下では︑
治療行為非傷害説を採る学説を整理したい︒
⑴ 社会的相当性説 第一に
︑
治療行為の社会的相当性を根拠として︑
傷害罪の構成要件該当性を否定する見解がある ︵からの類型化であることか
︑﹁
侵医学的適応性を有し︑
害益は法の見解は︑
構成要件社︒
会的相当性を逸脱したこ 54︶つ医療技術上正当な行為である限り
︑
傷害罪の実行行為には当たらない ︵行為はるくのであ説しないと該当に構成要件の傷害罪 ︵ な相当に社会的などの手術そもそも
︑
として﹂
55︶︒
56︶たしかに
︑
治療行為は︑
形式的・
外形的には傷害罪の構成要件に該当するが︑
手術行為自体が医療行為としての妥当性を有し︑
かつ注意義務を尽くして行われる限りで︑
行為無価値的見地から︑
社会観念上正当な行為と認められると考 えられる︒
ここから本説は︑
治療行為につき故意犯との関係では傷害罪の構成要件に該当せず︑
また︑
過失犯に関しても︑
治療を施す際に必要な注意を怠った場合にはじめて過失傷害罪の成否が問題となるとする ︵︒
すなわち︑
社会的相当 57︶性の判断が刑法の構成要件の判断に先行し
︑
類型的な社会的相当性が肯定される行為については︑
とくにその社会的相当性を否定する事情が存在しない限り︑
刑法の適用を問題とするまでもなく︑
正当な行為と認めるのである ︵︒
しかし︑﹁
治 58︶療行為は社会的に相当だから
﹂
として︑
傷害罪の構成要件該当性を否定すると︑
いかなる治療行為も傷害罪の構成要件を充足する可能性がなくなってしまい︑
専断的治療行為について︑
適正な対応を施せなくなるという問題が残されることになる
︒
︵二六四四︶刑法における治療行為の正当化 二七七同志社法学 五八巻七号 ⑵ 患者の同意説 第二は
︑
治療行為が患者の同意を得て行われたのであれば︑
結果の成否を問わず︑
傷害罪の構成要件に該当しないという結論を導く見解である ︵かを勧否けるか受を手術
・
処置めるの医師︑
には患者︑
は見解この︒
59︶選択する自己決定権があるとの前提に立ち
︑﹁
患者の自己決定権を尊重し︑
医療における最高の法理は﹃
治療﹄
ではなく﹃
患者の意思﹄
である﹂
として︑
患者の同意がなければ︑
治療行為は認められないと説く ︵︒
60︶この見解によれば
︑
患者が治療行為に対して同意していれば問題なく傷害罪の構成要件該当性は否定される︒
他方︑
患者が医師から当該治療行為について十分な説明を受けたうえでこれを拒否する意思を明示している場合や︑
意識不明の状態で運ばれてきた患者に緊急で治療行為を施した場合には
︑
たとえその治療行為が医学的に必要かつ客観的に医術準則にかなったものであり︑
さらにそれが成功した場合であっても︑
当該行為は原則として傷害罪の構成要件に該当し︑
傷害罪が成立する余地が残ることになる ︵
︒
61︶しかし
︑
高度に専門化した今日のわが国における医療の現状からすると︑
そこまで徹底して患者の意思を尊重するこ とは︑
実態とかけ離れており︑
また癌患者への不告知による手術などがすべて傷害罪を構成するとの判断は︑
刑法上妥当な評価とはいい難いであろう ︵︒
62︶三 中間説
以上ここまで
︑
治療行為について傷害罪の構成要件該当性を肯定する説と否定する説を整理したが︑
学説上は︑
この他に
︑
両者の中間的な見解も唱えられている︒
この見解は
︑
身体の健康だけでなく︑
身体の形態・
機能をも傷害罪の保護法益とし︑
身体の枢要な部分・
機能に関する自己決定は
︑
健康の利益に優先するという認識から出発する︒
一般に医的侵襲は︑
全体として患者の健康状態を改善︵二六四五︶
刑法における治療行為の正当化 二七八同志社法学 五八巻七号
する行為である限り
︑
傷害の結果が存在せず︑
傷害罪の構成要件には該当しないが︑
自己決定権が健康の利益に優先するような身体の枢要な部分や機能を恒久的に失わせてしまう治療行為については
︑
患者の同意を得ていない限り︑
傷害罪の構成要件該当性を肯定するのである ︵︒
63︶この見解に対しては
︑
患者の身体に生じた結果が﹁
本質的な身体変化﹂
を惹起しないものであっても︑
それが﹁
傷害﹂
である以上︑
その結果を惹起した治療行為に傷害罪の構成要件該当性を否定することはできないという批判が加えられている ︵
均衡でないというのはるえられてい加も指摘しているといった失を切傷害罪
︑
︵ 腎石一は心臓手術︑
除去のな専断的専断的結論的にも︑
化膿した指をに︒
切除する行為は傷害罪になるが︑
また 64︶︒
65︶第二節 治療行為の正当化要件 治療行為の正当化根拠については
︑
以上のように多様な見解が唱えられており︑
統一的な見解が示されるに至っていない︒
こうした正当化根拠に関する学説の対立を反映して︑
治療行為の正当化要件についても意見の対立がみられる︒
そこで
︑
以下においては︑
治療行為の正当化要件に関する学説の動向について検討を加えたい︒
一 三要件説
第一に
︑
治療行為の正当化のために充足すべき要件として︑
①医学的適応性︵ medical indication ︑ medizinische Indiziertheit ︶︑
②医術的正当性︵ lege artis ︶︑
③インフォームド・
コンセント︵ informed consen t
︵三要件説るとするがある ︵
︶
の三つが必要であ 66︶するとりである
︒
これらの要件を具体的に検討︒ ︑
以下の通 67︶ ︵二六四六︶刑法における治療行為の正当化 二七九同志社法学 五八巻七号 ⑴ 医学的適応性と医術的正当性 三要件説において
︑
正当な治療行為といえるための一つ目の要件は︑
医学的適応性である︒
患者の生命・
健康を回復・
維持するためには︑
その処置が客観的に必要なものでなければならず ︵︑
傷病・
68︶疾病の存在が必要なのである
︒
このことから︑
隆鼻術や豊胸術などの美容整形術は︑
医学的適応性を欠き︑
医療行為とはいえても厳密な意味での治療行為とはいえない ︵ことになる
︒
その治療行為が︑
患者にとって優越的な身体利益となる 69︶ものでなければならないのである ︵
︒
70︶治療行為が正当化されるための二つ目の要件は
︑
当該治療行為が医学上一般に承認された医術準則に則っているこ と︑
すなわち医術的正当性である︒
医術準則に反していれば︑
たまたま患者に治癒の結果をもたらし︑
あるいはその生命を救ったとしても︑
治療行為を正当化することはできない ︵︒
逆に︑
結果的に失敗したとしても医術準則に従っていれ 71︶ば適法とされる余地がある ︵
患者治療した
︑
あり内容とは異なるを同意行なえば同意なくして行為したことになるが ︵ するので同意ったものであるから従に医術準則が治療行為われようとしている行︑
は患者︒
72︶︒
73︶⑵ インフォームド
・
コンセント 三要件説が治療行為の正当化要件の三つ目として要求しているのが︑
インフォームド・
コンセントである︒
インフォームド・
コンセントは︑﹁
患者に対して十分な説明ないし情報提供をして承諾︵
同 意︶
を得ること ︵判断理解かの否けるか受を治療行為づいて基に知識とな十分が患者
︑
について内容その︒
される訳と﹂
74︶をすることができるように
︑
治療を施すにあたって︑
あらかじめ治療の内容や︑
当該治療法特有の危険性などを患者に説明する義務であるとする見解がある ︵︒
しかし︑
現状では︑
治療行為の刑法上の評価におけるインフォームド・
コンセ 75︶ントの存在が
︑
どのような条件で認められるべきかという点について︑
具体的に踏み込んだ議論は煮つまってないといえよう ︵︒
76︶患者の自己決定権を最大限尊重し
︑
医師の裁量権をある程度制限するというインフォームド・
コンセントの法理の考︵二六四七︶