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博士学位論文審査報告書

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Academic year: 2021

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2016年1月6日

博士学位論文審査報告書

大学名 早稲田大学

研究科名 スポーツ科学研究科 申請者氏名 裵 成琉

学位の種類 博士(スポーツ科学)

論文題目 身体運動が認知機能に及ぼす影響

The Influences of Physical Exercise on Cognitive Function

論文審査員 主査 早稲田大学教授 正木 宏明 博士(人間科学)(早稲田大学)

副査 早稲田大学教授 彼末 一之 工学博士(大阪大学)

医学博士(大阪大学)

副査 早稲田大学教授 内田 直 博士(医学)(東京医科歯科大学)

本博士学位論文は、一過性運動と習慣的身体運動が認知機能に及ぼす影響について、精 神生理学的手法の一つである事象関連電位(event-related potential: ERP)の測定を適用して検 証した研究成果を纏めたものである。全体は4部で構成され、各部の概要は以下の通りで ある。

第1部「緒言」では、認知機能に対する身体活動の関与について概説した。一過性運動 と習慣的運動の二つの視点から、それぞれの身体運動が実行機能に及ぼす影響について従 来の知見を概観し、先行研究の問題点を指摘した。一過性の有酸素運動の影響を検討した 研究では、実行機能を構成する3つの下位機能(認知的柔軟性、ワーキングメモリ、抑制)

について別々の実験で検証したため、一過性運動の強度や時間、種類、認知課題開始時間 といった実験変数が統制できていなかった。習慣的身体運動の影響を検討した研究では、

習慣的身体活動の評価を質問紙または心肺能力で行ってきたため、認知機能向上に必要と される日常の身体活動量が明らかにされていなかった。第1部では、これらの問題点を改 善した実験計画で検証することが必要であると結論づけた。認知機能を測定する生理指標 としては、ERPのなかでも刺激評価時間を反映するP3潜時と注意資源の配分量を反映する P3振幅が有効であると考えた。さらに、情報処理過程の反応処理系を反映する指標として 偏側性準備電位(lateralized readiness potential: LRP)が有効であると考えた。

第2部「若年者における一過性有酸素運動が実行機能の異なるタイプに及ぼす影響」

では、中等度強度(70%HRmax)での30分間の有酸素運動が実行機能を構成する3つの下位 機能に及ぼす影響を検討した。従来の研究では実施されていなかった同一対象者および同 一運動条件下での検証を行った。第2部の実験では、健康な大学生を対象とした。被験者

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内計画で3種類の認知課題を用いて安静条件と運動条件を比較した。安静条件では、30分 間の座位安静を維持した。運動条件では、運動負荷試験によって得られた最大心拍数

(HRmax)を用い、各自のHRmaxの70%強度でトレッドミル運動を30分間行った。両条件間

には、4日間以上の期間を空け、条件の順序は参加者間でカウンタバランスをとった。各条 件終了後、3種類の認知課題遂行時の脳波を計測した。

研究課題1では、一過性有酸素運動が認知的柔軟性に及ぼす影響を検討した。2つの異な る反応ルールを持つ刺激がランダムに提示されるタスクスイッチング課題を用いて認知的 柔軟性を評価した。その結果、反応時間とP3潜時における混合コストが減少するだけでな く、反応時間、P3潜時およびP3振幅における切り替えコストも減少することが明らかとな った。これらの結果から、一過性有酸素運動によって課題セットの再構築処理が促進され、

課題切り替えに柔軟に適応できるようになることが示された。

研究課題2では、一過性有酸素運動がワーキングメモリに及ぼす影響について検討した。

記憶刺激(3、5、7個の大文字アルファベットをランダム提示)を覚え、続いて提示される プローブ刺激(小文字アルファベット1字)が記憶刺激の文字列に含まれているか否かを ボタン押しで反応した。その結果、反応時間と正答率、P3潜時のいずれにも一過性運動の 効果は認められなかった。しかしながら、P3振幅は安静条件に比較して運動条件のほうで 大きかった。したがって、若年者は一過性有酸素運動を遂行することで、メモリ探索に対 して刺激評価時間を変化させずに、注意資源をより多く配分できるようになることが示唆 された。

研究課題3では、一過性有酸素運動が抑制および反応処理系に及ぼす影響について検討 した。認知的葛藤課題の1つであるフランカー課題を用いた。刺激は5つの文字列から成 り、中央の標的文字と両側の妨害文字の組み合わせから一致刺激(右右右右右、左左左左 左)と不一致刺激(右右左右右、左左右左左)に分類された。さらに、反応プログラミン グ段階に影響を及ぼす変数として反応肢交差条件を設けて、反応処理系に及ぼす一過性運 動の効果を検討した。両手をクロスして反応する反応肢交差によって、反応プログラミン グ段階の処理負荷を選択的に高めることができた。実験の結果、一過性運動の効果として 反応時間とP3潜時の短縮およびP3振幅の増大が認められた。一過性有酸素運動の遂行に よって、必要な情報に対して選択的に注意を向け、不必要な情報を抑制する機能が向上す ることが示された。反応選択に関わる刺激同期LRP潜時が安静条件よりも運動条件のほう で短縮した。一方、反応実行に関わる反応同期LRP潜時は、反応手を交差しない条件より も反応肢交差条件のほうで短縮した。これらの結果から、一過性有酸素運動の遂行によっ て反応処理系のなかでも反応プログラミング段階の処理が速まることが示された。

第3部「高齢者における習慣的身体運動が認知機能に及ぼす影響」では、研究課題4と して、加速度計付き歩数計により客観的に計測した日常身体活動量と反応抑制制御との関

係をNo-go N2とNo-go P3成分によって検討した。No-go N2振幅は、反応実行の前段階で

の反応プログラミングの修正や抑制と関係し、No-go P3振幅は、反応抑制の出力に対する

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モニタリングと関係する。実験の結果、No-go N2は身体活動量との関係を示さなかったが、

身体活動量の多い高齢者では少ない高齢者に比べてNo-go P3の振幅が大きかった。また、

No-go P3振幅と歩数および中等度強度以上の身体活動時間との間には正の相関関係が認め

られた。これらの結果から、日常身体活動量の違いが反応抑制の制御に関係することが明 らかになった。この関係は、反応プログラミング段階での抑制よりも反応抑制結果に対す るモニタリングに鋭敏に現れることが示唆された。

研究課題5では、高齢者の日常身体活動量の違いが注意および反応処理系に及ぼす影響 について検討した。その結果、身体活動量の多い高齢者群では少ない高齢者群よりも反応 時間とP3潜時が有意に短く、正答率も高かった。P3振幅は身体活動量の多い群で増大した。

これらの結果は、習慣的身体活動は、注意を向けるべき標的刺激に対して注意処理資源を 動員するように働き、認知的葛藤を内包する刺激の評価速度を促進させることを示してい る。さらに、身体活動量の多い高齢者群では、刺激同期LRP潜時と反応同期LRP潜時に短 縮が認められ、高齢者における習慣的身体活動が反応選択や反応実行といった反応処理系 にも影響することが明らかになった。

第 4 部では一連の実験から得られた知見について総合的に論議した。本論文では、一過 性運動と習慣的運動の効果について 5 つの研究課題を設定し、実験的に検証した。これら の知見だけでは認知機能に及ぼす身体運動の効果の全容を解明したとは言い難い。それで も、本研究で得た知見は有意深いものである。若年者を対象とした場合には、中等度強度 による30分間の有酸素運動の実施によって、実行機能の下位機能(認知的柔軟性、ワーキ ングメモリ、抑制)が向上すること、前頭前野の担う実行機能だけでなく一次運動野の担 う反応プログラミング処理が効率化することは重要な知見である。高齢者の場合、一日当 たり 1 万歩以上の歩行実践者では反応抑制制御と注意機能が良好となることは、認知症予 防の観点からも重要な知見である。

本研究での一連の実験から得られた知見は、認知機能に及ぼす身体運動の効果を解明す る一助となるものであり、健康・スポーツ科学の研究を発展させる重要なエビデンスを提 供していると評価できる。これらのことから本論文は、博士(スポーツ科学)の学位を授 与するに十分値するものと認める。

以上の知見の一部は、以下の学術誌に掲載された。

裵成琉,小川景子,山崎勝男. 高齢者における日常身体活動と反応抑制制御との関係:

Go/NoGo課題による事象関連電位の研究. 体力科学. 61: 169-176, 2012

Seongryu Bae, Keita Kamijo, Hiroaki Masaki. Wearing ergonomically designed core stability shorts improves cognitive control and affect following acute aerobic exercise. Journal of Ergonomics, 2013; S2-003.

以上

参照

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