キーワード:デジタルストーリーテリング,授業実践,21世紀型能力,共感性
1.はじめに
デジタルストーリーテリングを学校教育に活かすことによって,21世紀型能力を育むことが期待 できる。デジタルストーリーテリングとは,少人数のワークショップ形式で短編の動画作品(デジタ ルストーリー)を制作し,相互視聴・ふり返りを行う一連の過程のことを指し,1990年代にアメリ カで生まれ,医療・福祉・学校教育など多くの分野で注目を集めている。学校教育においては,「知 識の量だけでなく,混とんとした状況の中に問題を発見し,答えを生み出し,新たな価値を創造して いくための資質や能力」(2016,高大接続システム改革会議)を育む必要性が高まっているが,この ような
21
世紀型能力を育む具体的な学習活動として,デジタルストーリーテリングは大きな可能性 を秘めている。これまで,デジタルストーリーテリングを学校教育に活かす教育実践研究は,小学校から大学まで の幅広い校種で進められている。初等教育においては,西村ほか(2012)は,小学校の道徳の時間に おける授業実践を行い,能動的な学習を通じて,児童の知識理解や学習意欲が向上したことを示した。
中等教育においては,鏡ほか(2011)は,中学校の家庭科の授業で「未来の自分への手紙」をテーマ とした授業実践を行い,生徒がこれまでの自分の成長をふり返り,未来の自分をポジティブに展望す る傾向を見出した。福山ほか(2014)は,中学校における総合的な学習の時間における環境問題をテー マとした授業実践を行い,生徒が環境問題に対する責任感を獲得することを示した。高等教育におい ては,須曽野ほか(2010)は,大学の教育工学の授業において,「自分への手紙」をテーマとするデ ジタルストーリーテリングの授業実践を行い,学生が過去や未来を考えることによって現在の自分を 見つめ直すことができたことを示した。宮地(2011)は,大学における授業実践を行い,学生の力に 関係した意識がどのように変化するかを測定し,デジタルストーリーテリングが学生の力を幅広く伸 ばすことを示した。
21 世紀型能力を育むデジタルストーリーテリングの効果
―中学校における授業実践と共感性の深化―
一ノ瀬 秀 司
早稲田大学大学院教職研究科紀要 第10号 2018年3月
実践研究論文
しかし,デジタルストーリーテリングによってどのような力が育まれるかについては,解明の途上 にある。先行研究を通じて,デジタルストーリーテリングは小学校から大学までの幅広い校種におい て様々な効果があることが明らかになっているが,いずれもデジタルストーリーテリングの効果の断 片的な解明に留まっている。デジタルストーリーテリングでは,与えられたテーマに対して,対話,
作文制作,デジタルストーリー制作,相互視聴,まとめの一連の活動を進めるが,これらの活動を通 じて生徒がつける様々な力を断片的ではなく,包括的に捉える必要がある。
そこで筆者は,デジタルストーリーテリングを,21世紀型能力を育む学習活動として位置付け,
デジタルストーリーテリングの効果を明らかにする教育実践研究を継続している。21世紀型能力に ついては,アメリカの教育省が発表した
21
世紀型スキルや,DeSeCoプロジェクトが提唱したキー コンピテンシーなど,国や教育機関によって様々に提唱されているが,本稿では,キーコンピテン シーの枠組みをもとにして論考を進める。図1
は,キーコンピテンシーの
4
つの枠組みを図式 化したものである。3つの広域カテゴリーを,<相互作用的道具活用>,<自律的活動(自律 性)>,<集団での交流(関係性)>と要約した。
また,キーコンピテンシーの核心である反省性 を,
3
つの広域カテゴリーとは区別して表した。筆者はこれまで,中学校の総合的な学習の時間における「私の大切な出会い」をテーマとした授業 実践を行い,デジタルストーリーテリングの特徴として「相互作用的道具活用」を指摘した(2016a,
一ノ瀬)。また,中学校の総合的な学習の時間における「私と
A
中学校」をテーマとした授業実践を 行い,自律性に対する知見として,生徒の自尊感情が上昇することを示した(2016b,一ノ瀬)。さらに,日本における研究動向を踏まえて,デジタルストーリーテリングの効果を次期学習指導要 領の枠組みで検討する。国立教育政策研究所は,諸外国の教育改革における資質・能力目標を参考に して,図
2
のように資質・能力を分類し,学校教育を通じて育むべき資質能力を,基礎的リテラシー,認知スキル,社会スキルの
3
つに大別している。図2
からは,図1
の<相互作用的道具活用>が基礎 的リテラシーに,<反省性>が認知スキルに,<自律的活動(自律性)><集団での交流(関係性)>が社会スキルに分類されていることがわかる。このような資質・能力についての理論的研究は,2017 年3月に公示された次期学習指導において,知識・技能,思考力・判断力・表現力,学びに向かう力・
人間性等として学力の
3
要素の改編に反映されている。デジタルストーリーテリングの効果をこの学 力の3
要素の枠組みで検討することによって,次期学習指導要領において育もうとしている資質・能 力に対するデジタルストーリーテリングの可能性を検討する。相互作用的道具活用 自律的活動
(自律性) 集団での交流
(関係性)
反省性 図1 2 1世紀型能力
2.目的と方法
2.1.目的
デジタルストーリーテリングを学校教育に活かすことによって,児童生徒学生(本稿は中学校にお ける授業実践を扱うので,以下生徒と書く)の力を幅広く育むことが期待できる。筆者は,これまで の中等教育における授業実践を通じて,図
1
に示す<相互作用的道具活用>,<自律的活動(自律 性)>のそれぞれに対するデジタルストーリーテリングの効果を検討してきた。そこで,本稿では,特に<集団での交流(関係性)>に対するデジタルストーリーテリングの効果を明らかにすることを ねらいとして,先行研究と同じ
A
中学校における授業実践を行った。2.2.方法
2.2.1.
授業の概要授業は,2014年度
3
学期のA
中学校(私立女子中学校)の総合的な学習の時間におけるテーマ学 習として行った。週に一度の50
分の授業を4
回に亘って行った。学級担任や学年外の教員が教科横 断的・総合的なテーマを設け,生徒に希望を取って,学年横断的に受講生が決められた。筆者はその うちのひとつを担当し,15名の生徒が受講した。また,授業の実施計画,当日の進行,データ分析 にあたっては,デジタルストーリーテリング研究所代表の小澤眞人氏,同研究所メンバーの須摩修一 氏,竹内久啓氏の協力を得た。デジタルストーリーテリングのテーマは,「私と
A
中学校」とした。A中学校は私立であるため,OECD(DeCeCo) EU イギリス オーストラリア ニュージーランド (アメリカほか)
キーコンピテンシー キー
コンピテンシー キースキルと
思考スキル 汎用的能力 キー
コンピテンシー 21世紀スキル
基礎的 リテラシー 相互作用的
道具活用力
言 語, 記 号 の 活用 第1言語
外国語 コミュニケー
ション リテラシー
言 語・ 記 号・ テ キストを使用する 能力
知 識 や 情 報 の
活用 数学と科学技術
のコンピテンス 数字の応用 ニューメラシー 技術の活用 デジタル・
コンピテンス 情報テクノロ
ジー ICT教育 情報リテラシー
ICTリテラシー
反省性(考える力)
(協働する力)
(問題解決力)
学び方の学習
思考スキル
(問題解決)
(協働する)
批判的・創造的思考力 思考力
創造とイノベーション
認知スキル 批判的思考と問題解決
学び方の学習 コミュニケーション コラボレーション
自律的 活動力
大きな展望
進取の精神 と起業精神
問題解決 協働する
倫理的理解 自己管理力 キャリアと生活
社会スキル 人生設計と個人
的プロジェクト 権利・利害・限
界や要求の表明 社会的・市民的 コンピテンシー 文化的気づきと 表現
個人的・社会的能力
異文化間理解
他者との関わり 参加と貢献
個人的・社会的責任 異質な集団
での交流力
人間関係力 協働する力
シティズンシップ 問題解決力
図2 資質・能力の分類(国立教育政策研究所,2016)
生徒は様々な小学校から入学してほとんど 知り合いのいない状態で入学式を迎え,1 学期・2学期と学期が進み,学校行事・部 活動などの様々な活動を経験して最終学期 の
3
学期を迎えた。年度の終わりの3
学期 に,これまでの学校生活をふり返り,これ からを見通す機会になることを期待してこ のテーマを設定した。2.2.2.
授業の構成「私と
A
中学校」をテーマとしたデジタ ルストーリーテリングの一連の活動を表1
の通り構成した。各回の学習活動として,第
1
回に対話,第2
回に作文制作,第3
回 にデジタルストーリー制作,第4
回に相互視聴・まとめをそれぞれ割り振った。また,学習過程の欄には,各回の学習活動が,総合的な学習の 時間の学習過程のどれに該当するかを記載した。
2.2.3.
共感性の測定初回の開始時と最終回の終了時に,「共感性尺度改訂版」(1994,角田)を用いて共感性の測定を 行った(表
2)。この尺度では全部で 20
の質問に対してそれぞれ7
段階の選択肢が設けられており,前半の
10
問が共有経験(SSE)に,後半の10
問が共有不全経験(SISE:相手の気持ちが感じられな かったという経験)にそれぞれ該当し,SSEとSISE
の2
つの軸によって,共感性を4
種類に類型化 することができる。この尺度では,同情と共感を識別して捉えており,他者の経験に対して,単に同 情しているのか,あるいは,自他の区別をはっきりと主体的に認識した上で共感しているのかを評価 できる。一方,デジタルストーリーテリングでは,表1
に示す対話,作文制作,相互視聴のそれぞれ の学習活動において,他者のストーリーを知る機会がある。デジタルストーリーテリングを通じて,他者のストーリーに対する捉え方がどのように変化するかを分析する手掛かりとしてこの尺度を採用 した。
2.2.4.
自由記述によるふり返りと構造化インタビュー各回の終了時に各回の授業を通じた気付きを,最終回終了時に
4
回の授業全体を通じた気付きをそ れぞれ自由記述で記入するワークシートを運用した。また,最終回終了後に構造化インタビューを 行った。表3
はインタビューの質問,図3
はインタビューの最後の質問の際に示した図である。2.2.5.
データの処理共感性の各質問の回答結果は,各質問につき
0
点から6
点で点数化し,前半10
問の合計得点を 共有経験(SSE)の得点,後半10
問の合計得点を共有不全経験(SISE)の得点とした。また自由記表1 各回の構成
回 学習活動 学習過程
1 対話 3名のグループで,私と A中学校についての対話。
「質問シート」を活用。
課題設定 情報収集
2 作文制作
「ストーリー構成表」を用
いた段落構成。 整理・分析 まとめ・表現
(第3回までの課題)
作文の制作。
作 文 を 朗 読 し て 音 声 データを制作。
画像データを選定。
情報収集
3
デ ジ タ ル ストーリー 制作
PC室にてデジタルスト
リーを制作。 整理・分析
4
相互視聴 3名のグループで上映会。 まとめ・表現 まとめ 全 体 で4回 の 授 業 を ま
とめ。 まとめ・表現
表2 共感性の測定尺度
No 質 問
1 腹を立てている人の気持らを感じとろうとし,自分もその人の怒りを経験したことがある。
2 悲しんでいる栢手の気持ちを感じとろうとして,自分もその人の悲しさを経験したことがある。
3 何かに苦しんでいる相手の気持ちを感じとろうとし,自分も同じ様な気持ちになったことがある。
4 不快な気分でいる栢手からその内容を聞いて,その人の気持ちを感じとったことがある。
5 相手が何かを恐がっているときに,その人の体験している恐さを感じとったことがある。
6 相手があることに驚いたと語るとき,その人の驚きを自分も感じ取ったことがある。
7 相手が何かを期待しているときに,そのわくわくした気持ちを感じとったことがある。
8 相手が楽しい気分になっている場合に,その楽しさを感じとろうとし,その人の気持ちを味わっ たことがある。
9 相手が「こんなことがあって,とてもびっくりした」と話すのを聞いて,その人の気持ちを感じ 取ろうとし,自分も驚いた気持ちになったことがある。
10 相手が喜んでいるときに,その気持ちを感じとって一緒にうれしい気持ちになったことがある。
11 相手が何かに腹を立てていても,自分はその人の怒りがぴんとこなかったことがある。
12 悲しんでいる相手といても,自分はその人のように悲しくならなかったことがある。
13 相手が何かに苦しんでいても,自分はその苦しさを感じなかったことがある。
14 不快な気分でいる相手からその内容を聞いても,自分は同じように不快にならなかったことが ある。
15 相手が何かを恐がっていても,自分はその恐さを感じなかったことがある。
16 相手があることに驚いたと語っても,どうしてそんなに驚くのかわからなかったことがある。
17 相手が何かを期待していても,同じようにわくわくしなかったことがある。
18 相手が楽しい気分でいても,自分はその人のように楽しく感じなかったことがある。
19 相手が「こんなことがあって,とてもびっくりした」と話すのを聞いても,自分は驚いた気持ち にならなかったことがある。
20 相手が何かに喜んでいても,自分はうれしい気持ちにならなかったことがある。
表3 最終回終了後インタビュー
No 項目 質 問
1 対話
作文制作
「第1回で『自分の物語』を語り,
第2回で考えてきた構成表を発表 しました。ストーリーサークルの 感想を語ってください。」
2
デ ジ タ ル ストーリー 制作
「その後,『音声データ』と『画像 データ』を用意し,PC室でデジタ ルストーリーを制作しました。そ こでの感想を語ってください。」
3 相互視聴
まとめ
「最終回は,上映会での発表と,全 体会でのまとめでした。そこでの 感想を語ってください。」
4 ついた力
「最後に,今回の講座では,自分の 物語を構成し,仲間と交流しなが ら,自分の理解を深め,デジタル ストーリーとして仕上げてゆきま した(図を示す)。特にどの部分の 力がついたように感じましたか?」
図3 インタビュー時に示した図 ストーリーの表現
用いる力(情報活用力)
仲間への働きかけ つながる力(関係構築力)
自分の理解 省みてふりかえる力 ストーリーの構成
自分を広げる力
(自律的な行動力)
述によるふり返りと構造化インタビューは,質的データ分析を行うためにそれぞれドキュメント化 した。
3.結果
3.1.授業実施概要
15
名の生徒を1
グループ3
名で5
グループに分けて授業を行った。第
1
回は,先生の紹介,4
回の流れの説明の後,グループに分かれてテーマである「私とA
中学校」についての対話を行った。一人の話し手に対して,残りの
2
人が,印象に残った出会いや出来事,そ の時の気持ち,学んだことを質問するという,インタビュー形式で進めた。図4
は対話の様子である。質問や回答など,対話の流れを記録するワークシート「質問シート」に記入しながら対話を進めた。
グループの生徒は,今回が初対面である者同士であることが多かったため,お互いに緊張している様 子が伺えたが,ワークシートを活用しながら,丁寧に進め
ていた。ストーリー構成を考えてくることを次回までの課 題とした。
第
2
回は,まず,課題として考えてきたストーリー構成 を,グループに分かれて発表しあった。第1
回と同様,話 し手の発表の後に,聞き手が話し手に質問などをしながら 進めた。その後,各自がストーリー構成の手直しを行っ た。図5
は,その様子である。出来事や経験につい て,その時の気持ちも含めて時系列で整理するため のワークシート「ストーリー構成表」を用いて,各 自のストーリーを整理した。ナレーションのための 作文制作,画像探しを次回までの課題とした。第
3
回は,PC室でデジタルストーリーを制作し た。ただし,時間が限られるため,放課後にPC
室 で準備をする機会を設けた。全員が参加し,デモ用 の画像データを用いて動画編集ソフトの操作を試し た後,各自が作文原稿を読み上げて音声データを作 成した。第3
回の当日は,各自が用意した画像デー タと音声データを組み合わせてデジタルストーリー を制作した。図6
はその様子である。教師が適宜個 別にアドバイスをしながら進めた。生徒は,自分の イメージに合った作品になるように,画像を表示す る時間や使う画像の枚数を細かく工夫しながら熱心図4 第1回授業風景
図6 第3回授業風景
図5 第2回授業風景
に作業を進めた。時間内に終わらない生徒は,放課後に 引き続き作業を行い,当日中に全ての生徒が作品を仕上 げた。
第
4
回は,グループに分かれて相互視聴を行った後,全 体でまとめを行った。図7
は,相互視聴の様子である。発 表者が作品について簡単に説明した後,ノートPC
の画面 に作品を写して視聴し,残りの2
人が感想を伝えるという 流れで,グループ内での発表を進めた。図8
は,全体での まとめの様子である。各自が4
回の授業を通じて学んだ ことを書いた後,まずグループ内で発表しあった。そし て,その内容を各グループの代表が発表して全体で共有し た。特に,前半の相互視聴では,第1
回と第2
回とは違っ て,画像や音声が組み合わさったデジタルストーリーとし てグループのメンバーに発表する達成感を感じた生徒が多 かった。3.2.作品概要
デジタルストーリーテリングの全体テーマ「私と
A
中 学校」に対して,一人ひとりが採り上げたテーマや時期は 様々であった。表4
は作品概要の一覧である。友人を採り 上げた作品が9
作品と最も多かった。入学式や年度初めの時期を採り上げた作品が
12
作 品であった。採り上げたテーマをグループ別 に見ると,第4
グループは3
名ともテーマが 同じであったのに対して,第1,第 3
グルー プでは2
名が同じで,第2,第 5
グループで は,3名とも異なるテーマであった。3.3.共感性の測定結果概要
表
5
は,共感性の測定結果である。初回開 始時から最終回終了時への変化を見ると,平 均値はSSE,SISE
ともに増加した。角田(1994)は,SSEと
SISE
の2
つの軸 によって,共感性を図9
の4
種類に類型化し図8 第4回授業風景(後半)
図7 第4回授業風景(前半)
表4 作品概要
グループ 番号 テーマ 時期 1 1 入学 小学校時の文化祭見学 1 2 友人 年度初め,1ケ月後,今 1 3 友人 年度初め〜1学期 2 4 友人 入学式,翌日,その後 2 5 学校生活 年度初め,その後 2 6 ペット 5月,その後 3 7 友人 入学式の翌日 3 8 友人 年度初め,4月,5月 3 9 部活動 年度初め〜今
4 10 友人 年度初め,1学期,夏休み 4 11 友人 年度初め,1学期 4 12 友人 年度初め,5月
5 13 部活動 6月,2学期
5 14 友人 年度初め〜今 5 15 学校生活 年度初め〜今
た。両方が高い
A
を両向型と呼び,共有経験 は高いが共有不全経験は低いB
を共有経験優 位型と呼んだ。Aは,共有経験に対して自己と 他者の違いを認識した上で他者理解に至ってい る共感者であるのに対し,Bは,共有経験を他 者理解に生かせない同情者として,Aと区別し た。両方が低いC
を両貧型と呼び,共有経験 は低いが共有不全経験は高いD
を共有不全経 験優位型と呼んだ。Cは共感性が最も低いと考 えたのに対して,Dは自己と他者の違いの認識 がむしろ隔たりにつながっており,容易に他者 は理解できないと感じているとしてC
と区別 した。初回開始時の中央値を基準にして,個々の 生徒の共感性の測定結果を,Aから
D
の4
つ の類型に分類した。図10
は,初回開始時の類 型がC
またはD
の類型の生徒7
名の共感性を 図9
の形式で表したものである。例えば,7番 の生徒は,初回開始時のSSE
が36
点で,SISE が20
点であったので,縦軸が−7,横軸が−10 の場所に書かれている。図11
は,図10
の7
名 の生徒の最終回終了時の共感性を図示したもの である。表6
は,初回開始時がC
またはD
の 類型の生徒の共感性の測定結果である。初回開 始時から最終回終了時への変化を見ると,平均 値はSSE
が8.85
増加し,SISE
が0.28
増加した。表5 共感性の測定結果
初回開始時 最終回終了時
SSE SISE SSE SISE
平均 39.33 30.47 42.47 34.20
標準偏差 9.43 7.60 5.67 9.97
中央値 43 30 40 35
共有経験が高い
共有経験が低い
共有不全 経験が高い 共有不全
経験が低い
A.両向型 B.共有経験
優位型
(共有型)
C.両貧型 D.共有不全 経験優位 型(不全型)
図9 共感性の類型化(1 9 9 4,角田)
7 4
14 -30 -20 -10 0 10 20 30
-30 -20 -10 0
15
9
10 20 30
SSE
SISE
図1 0 初回開始時CまたはD
49 7
-30 -20 -10 0 10 11
10 15 15 14
20 30
-30 -20 -10 0 10 20 30
SSE
SISE
図1 1 最終回終了時
3.4.質的データ分析結果概要
質的データ分析にあたっては,まず,各データが,どの学習活動に対するものであるかを分類し,
次に,それぞれの内容が図
1
の枠組みのどれに該当するかを検討した。表7
は,質的データの件数の 集計結果である。データの件数は全部で200
件であった。学習活動としては,対話,作文制作,デジ タルストーリー制作,相互視聴,全般の5
種類に分類した。デジタスストーリーテリング全般に対す るデータが72
件と最も多く,次に多かったのはデジタルストーリー制作に対するものであった。各 データの内容としては,キーコンピテンシーの3つの広域カテゴリーにあたる相互作用的道具活用力,
自律性,関係性のそれぞれに該当するかどうかを検討した。作文制作やデジタルストーリー制作にお ける作業に関する内容を相互作用的道具活用力に,自己に関する内容を自律性に,他者に関する内容 を関係性に重複も含めて該当させた。例えば,「自分のことについて話す時も相手がきちんと話を聞 いてくれるので凄く良いです。」といった内容は,自己と他者の両方に関する内容であるので自律性 と関係性の両方に該当させた。200件のデータのうち,約
6
割の121
件が自律性に,約半数の107
件 が関係性に該当した。表
8
は,各データの内容をさらに詳細に分類したものである。相互作用的道具活用力の64
件は,PC
編集,デジタルストーリー制作,作文構成に大別した。自律性の121
件は,感想,変化,気づき,反省と展望に大別した。関係性の
107
件は,感想,変化,気づき,個別性の認識に大別した。それぞ れの内訳に対する代表的なデータを例の欄に記載した。表6 共感性の測定結果
(初回開始時CまたはD)
初回開始時 最終回終了時
SSE SISE SSE SISE
平均 −10.71 −3.43 −1.86 −3.71 標準偏差 9.59 5.95 5.08 4.23
中央値 −7 −3 −3 −5
表7 質的データの件数
学習活動 件数
内訳 相互作用的
道具活用力 自律性 関係性
対話 36 0 32 34
作文制作 23 8 15 15
デジタルストーリー制作 46 44 6 2
相互視聴 23 4 8 19
全般 72 8 60 37
合計 200 64 121 107
4.考察
4.1.共感性の測定結果とデジタルストーリーテリングの効果
共感性の初回開始時から最終回終了時への変化は,平均値が
SSE,SIZE
がともに増加した(表5)。
デジタルストーリーテリングの効果として,共感性の上昇が示唆される。さらに,初回開始時の中央 値を基準にして,個々の生徒の共感性の測定結果を,Aから
D
の4
つの類型に分類した。初回開始 時の類型がC
またはD
の類型について,初回開始時から最終回終了時までの変化を比較したところ,表8 質的データの内訳と代表的な例
内容 内訳 件数 例
相互作用的 道具活用力
PC編集 37 制作作品のつくり方に興味をもった。
自分で録音して,すごいなんかめっちゃ恥ずかしかった。
デジタル ストーリー
制作 18
初めは文章を考えるだけだったけど,その文章をもとに映像をつ け,音声をつけ合わして,1つの作品にして伝えることができて よかったです。
作文構成 9 (力がついたのは)ストーリーの構成です。話したいことからど んどん広げていくことです。
自律性
感想 29
自分の意見を人に伝えるということはとても難しいことだと分か りました。また,人の意見に対して自分の考えをいうのも大変で した。
変化 14 始めは自分の思いを相手に伝えることがとても恥ずかしく,難し い事だったけど,だんだん慣れてきて,上手く伝えることができ るようになったと思います。
気づき 51
みんなの意見や質問から自分が気付けなかったことや,知らな かったことを知れてよかったと思いました。
自分のつくったストーリーを通して仲を深めることができた。趣 味が合うことのすばらしさを感じた。
反省と展望 27
過去の失敗や成功などを生かして未来の自分につなげていきたい と思います。私は友達との関係をふり返りこれからはもっといい 関係にしていきたいです。
関係性
感想 37
自分のことについて話す時も相手がきちんと話を聞いてくれるの で凄い良いです。恥ずかしいなどという気持ちがなくなります。
みんなの制作作品をみて,一年間の生活がわかって,すごいなと 思いました。クラスは違ったけれど,この講座を通して,仲良く なることができてよかったと思いました。
変化 15 最初は緊張していたが,だんだんと話せて,みんなもいろいろな 表情をするようになっていって,楽しくなった。
気づき 44
相手にわかりやすいように質問することが大切だということがわ かりました。
相手の目を見て話をすると表情が読み取れて良いと思いました。
みんなの意見が自分の発表の土台となっていることが分かりま した。
個別性の認識 11 A中学校に入ってからのことや,入る前のことを話し合うと,一 人ひとり違うことがわかって面白かったです。
SSE
とSISE
の変化の様子に違いが見られ(図10
および図11),SISE
の増加と比べてSSE
の増加が 顕著であった(表6)。データ件数が少ないので,量的分析には限界があるが,共感性のうち,特に
共有経験の上昇に対する一定の効果があることが示唆される。角田(1991)は,共感について「能動的また想像的に他者の立場に自分を置くことで,自分とは異 なる存在である他者の感情を体験すること」と指摘している。他者の立場に自分を置くことによる他 者の感情の体験は,「自分とは異なる存在である他者」の認識が確立されていない場合,ただの同情 に留まっているとして,自他の個別性の認識も踏まえた他者理解と区別している。今回,初回開始時 の
SSE
の類型がC
またはD
であった生徒に対して,SSEの上昇に一定の効果が示唆されたことは,デジタルストーリーテリングには,まずは,他者の感情を体験することによる共感性の上昇に対する 一定の効果があるが,一方で,自己と他者の違いも認識した上での共感に至るには難しさがあると解 される。
4.2.質的データ分析結果とデジタルストーリーテリングの効果
4.2.1.
共感性の上昇デジタルストーリーテリングを通じた共感性の上昇を,質的データの件数と,その内訳をもとにし て検討する。
まず,質的データのうち,約
6
割が自律性に,約半数が関係性に該当した(表7)。対話,作文制作,
相互視聴のそれぞれの学習活動において,自己に関する内容と他者に関する内容のそれぞれが見られ た。デジタルストーリーテリングでは,協働的な学習活動が多く採り入れられており,そこで自己理 解に加えて他者理解も進めていることが推察される。
次に,関係性に該当するデータの内容を一つひとつ見て,感想,変化,気づき,個別性の認識に大 別した(表
8)。初めは緊張してうまく話せなかったが,相手がきちんと話をきいてくれ,表情も含
めたコミュニケーションを通じて楽しくやりとりすることができるようになり,最後にグループのメ ンバーの作品を視聴することによって,みんなの一年間の生活がわかるといった流れで,他者との交 流が深まっていった。さらに,生徒によっては,一人ひとり違うことがわかったと,自己と他者の違 いの認識にも至った。対話,作文制作,相互視聴といった協同的活動は,生徒の共感性の上昇に対す る共感性の向上に一定の効果があり,生徒によっては,自己と他者の違いを認識した上での共感性の 上昇に繋がる場合もあることがわかった。4.2.2.
他の側面におけるデジタルストーリーテリングの効果デジタルストーリーテリングの特徴は,生徒の力を幅広く育むという多側面性である。ここまで,
キーコンピテンシーの
3
つの広域カテゴリーのうち,関係性に対する検討を行ったが,他の2
つの相 互作用的道具活用力,自律性についても検討する。まず,相互作用的道具活用力については,質的データのうち約
3
割にあたる64件が該当した(表7)。そのうちの約
7
割にあたる44
件がデジタルストーリー制作におけるデータであった。64件のデータの内訳を見ると,PC編集,デジタルストーリー制作,作文構成に大別された(表
8)。対話,作文制
作といった協同的活動の後に,PC
編集によってデジタルストーリーを制作するのが,デジタルストー リーテリングの大きな特徴であるが,その効果を実感した生徒が多かったことがわかる。また,作文 制作においては「ストーリー構成表」をそれぞれ運用しているが,このような思考を促すツールの良 さを実感した生徒も見られた。次に,自律性については,質的データのうち約
6
割にあたる121
件が該当した(表7)。そのうち
の約
45%にあたる 55
件が対話,作文制作,相互視聴といったグループでの協同的活動が行われる学習活動におけるデータであった。さらに,関係性に該当するデータの内容を一つひとつ見て,感想,
変化,気づき,反省と展望に大別した(表
8)。初めは自分の意見を人に伝えるのが恥ずかしく,難
しく感じたが,回を重ねるにつれて上手く伝えることができるようになり,他者からの意見や質問を 通じて自己理解を深めることができた様子が見て取れる。趣味があうなどのお互いの共通点があると 協同的活動が進めやすくなることや,過去を振り返ることによって未来の自分に対する展望を持つこ とができたといった内容も散見された。デジタルストーリーテリングの効果の多側面性については,先行研究でも様々に指摘されている が,本稿では,質的データをキーコンピテンシーの
3
つの広域化カテゴリーの枠組みで分析を行い,デジタルストールーテリングの効果を包括的に捉えることができた。
4.3.デジタルストーリーテリングの可能性
デジタルストーリーテリングの効果を,次期学習指導要領において育もうとしている資質・能力の 枠組みで検討する。
表
9
は,21世紀型能力,育てたい力,学習活動,学力の3
要素のそれぞれの内容について,その4
つの関係づけを表したものである。相互作用的道具活用力については,まず,対話,作文制作,デジ タルストーリー制作,相互視聴・まとめの一連の学習活動を通じて,言葉,文章,音声データ,画像 データを相互作用的に活用するといったデジタルストーリーテリングの特徴を,相互作用的に情報を 活用する力として表した。そして,対話,作文制作におけるストーリー構成を通じて育まれる力を,情報を論理的に吟味・構成する力として表した。PC編集を通じて育まれる力を,情報機器や動画編 集ソフトを活用する力として表した。自律性については,一連の学習活動を通じて自己理解とそれを 表現する力と,これまでの自分をふり返って将来を展望する力の二つを盛り込んだ。関係性について は,協働的な活動を通じた共感性の上昇を,他者と理解しあう力として表した。そして,それぞれの 力を,次期学習指導要領における学力の
3
要素である知識・技能,思考力・判断力・表現力,学びに 向かう力・人間性等と関係づけた。知識・技能は相互作用的道具活用力に,思考力・判断力・表現力 は21
世紀型能力の全ての内容に,学びに向かう力・人間性等は自律性にそれぞれ関係づけた。このようにして,表
9
の通り,21世紀型能力,育てたい力,学習活動,学力の3
要素のそれぞれ を関連づけると,デジタルストーリーテリングを通じて育てたい力は,次期学習指導要領で育むもうとしている資質・能力を幅広く網羅していることがわかる。
4.4.今後の課題
本研究では,中等教育におけるデジタルストーリーテリングの授業実践を行い,その効果を特に
21
世紀型能力のうちの<関係性>に着目して分析した。共感性の測定結果および質的データ分析を 通じて,デジタルストーリーテリングを通じた共感性の上昇に対する一定の効果があることがわかっ た。ただし,一実践事例をもとにしているため,今後,さらなる実践研究の蓄積が必要である。また,本研究では,21世紀型能力のうち,<反省性>については扱わなかった。<反省性>は,21世紀型 能力のうち核心であり,今後,<反省性>に着目した実践研究も必要である。
デジタルストーリーテリングの特徴は,まず,動画編集ソフトを用いてデジタルストーリーを制作 するという点である。そこでは,<相互作用的道具活用力>が育まれる。そして,次に,対話,作文 制作,相互指導といった協働的な学習活動を多く採り入れているという点である。そこでは,<自律 性>と<関係性>がそれぞれ育まれる。このようなデジタルストーリーテリングの効果の多側面性 は,デジタルストーリーテリングの大きな特徴である。筆者は,デジタルストーリーテリングの授業 実践を継続しており,今後も引き続き,デジタルストーリーテリングの可能性を追求してゆきたい。
表9 デジタルストーリーテリングを通じて育てたい力
21世紀型
能力 育てたい力
学習活動
学力の3要素 対話 作文制作 デジタル
ストーリー 制作
相互視聴 まとめ
相互作用的 道具活用力
相互作用的に情報(断片的 な言葉・文章・音声・画像 や図表など)を活用する力 を育む。
○ ○ ○ ○ 知識・技能
情報を論理的に吟味・構成
する力を育む。 ○ ○ 思考力・判断
力・表現力 情報機器や動画編集ソフト
を活用する力を育む。 ○ 知識・技能
自律性
自分の考えを形成・深化し,
それを感情も含めて表現す
る力を育む。 ○ ○ ○ ○ 思考力・判断
力・表現力 これまでの自分をふり返り,
自分の将来を展望する力を
育む。 ○ 学びに向かう
力・人間性等
関係性 協働的な活動を通じて,自 他の違いを理解した上で,
他者と理解しあう力を育む。 ○ ○ ○ 思考力・判断
力・表現力
【附記】
本研究は,2017年に行われた日本教育工学会第33回全国大会の発表(2017,一ノ瀬,篠ケ谷,小澤)をもと にして論文としてまとめたものである。
【文献】
ドミニク・S・ライチェン,ローラ・H・サルガニク(編著)(2006)キー・コンピテンシー―国際標準の学力を めざして.東京:明石書店
福山佑樹,重田勝介,中澤明子,牧野美沙子(2014)総合的な学習の時間における環境問題と自分史を題材とし たデジタル・ストーリーテリング制作の実践と評価.日本教育工学会論文誌,38:53-56
一ノ瀬秀司(2016a)21世紀に求められる資質・能力を育むデジタルストーリーテリングの効果.日本教育工学 会論文誌,40(3):187-196
一ノ瀬秀司(2016b)21世紀に求められる資質・能力を育むデジタルストーリーテリング―中学校における授業 実践と自尊感情の測定―.日本教育工学会第32回全国大会講演論文集:817-818
一ノ瀬秀司,篠ケ谷圭太,小澤眞人(2017)21世紀型能力を育むデジタルストーリーテリング―中学校における 授業実践と共感性の深化―.日本教育工学会第33回全国大会講演論文集:843-844
鏡愛,井川朋香,須曽野仁志,下村勉(2011)中学生によるデジタルストーリーテリング「未来の自分への手紙」
の授業実践と学習成果.三重大学教育学部附属教育実践総合センター紀要,31:65-69 角田豊(1991)共感経験尺度の作成.京都大学教育学部紀要,37:248-258
角田豊(1994)共感経験尺度改訂版(EESR)の作成と共感性の類型化の試み.教育心理学研究,42(2):193- 200
高大接続システム改革会議(2016)高大接続システム改革会議「最終報告」
国立教育政策研究所(2016)資質・能力[理論編].東京:東洋館出版社
宮地功(2011)題材の違いによるデジタルストーリーテリング作成の効果の違い.電子情報通信学会技術研究報告,
110(453):83-88
西村和貴,下村勉,須曽野仁志(2012)ICTを用いた能動的な学習「青い目の人形とミス三重」の実践的効果の 検討.日本教育工学会論文誌,36:129-132
須曽野仁志,井川朋香,鏡愛,下村勉(2010)大学生によるデジタルストーリーテリング「自分への手紙」の制 作実践.三重大学教育学部附属教育実践総合センター紀要,30,:45-49