1.はじめに
キャリア教育は,社会から学校への移行概念としてその系譜を進路指導,職業指導と遡ることが できる1。それぞれの語句が公に登場した時期は既に定説となっている。職業指導は,1915(大正4)
年発行の入澤宗壽の著書『現今の教育』にてわが国で初めて紹介された。また,進路指導については,
1957(昭和32)年,中央教育審議会答申「科学技術教育の振興方策について」で初めて公に使用さ
れた。さらに,キャリア教育については,1999(平成11)年,中央教育審議会答申「初等中等教育 と高等教育と接続の改善について」によって初めて登場した。
本論文は,元号が令和となった今,上記の系譜にある,移行概念としての進路指導,キャリア教育 が,平成期の30年間で,どのように社会の変化を反映し,学校教育への要求に応えようとしてきた か,さらには周辺の教育をめぐる議論とどのようにつながっていったかを整理,考察することを目的 する。平成期はこうした検討をする上で,以下の理由で妥当といえる。
平成期では学習指導要領が4回改訂され,その間,進路指導に加え,類似の移行概念をもつキャリ ア教育が登場し,双方が併存しながら学校教育の中で展開されてきた。一方,平成期に国の教育政策 の指針を示す中央教育審議会答申においてキャリア教育を定義した答申が二回出されている。ひとつ
は1999(平成11)年12月の「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」(答申)(以下「接
続答申」)であり,もう一つは2011(平成23)年1月の「今後の学校におけるキャリア教育・職業教 育の在り方について」(答申)(以下「在り方答申」)である。これらはちょうど平成となり10年目,
20年目に出され,平成期を3分割した学習指導要領の改訂時期とほぼ重なり,教育政策上構造化さ れているからである。
元号をタイトルに冠した職業指導,進路指導,キャリア教育の先行研究では,木村壽子(2000)2, 吉田文(2004)3,石岡学(2007)4等があるが,木村と石岡は双方とも元号昭和の初期のみを扱い,
研究対象である刊行物に依拠した研究を通し,前者は農村の子どもの進路事情からその子ども観を明 らかにしようとし,後者は学校教育と職業世界の関係性を明らかにしようとしている。吉田は,昭和 初期の尋常小学校卒業後の複線となる当時の進路先の状況とその背景について検討している。どれも
平成期と進路指導・キャリア教育
三 村 隆 男
研究論文
テーマに即した研究を行うため元号の時期を特定しており,元号全体を通した教育政策研究を行って いる本研究の先行研究とすることは難しい。
計画的に閉じた元号である平成は,既述のように,移行概念として進路指導,キャリア教育が混在 したと同時に,変化の激しい社会が際立ってきた時期でもある。一方で,政策的に構造化された時期 であり,児童生徒の移行を時代の変化の中で模索し続けた時期ともいえるのではないか。こうした仮 説のもとで研究を行う。
論文中では,原則,西暦と元号を併記する。表 1は,学習指導要領の4回の改訂及び中央教育審 議会の2回の答申を示した。さらに,教育政策における進路指導,キャリア教育の展開を整理・考察 するにあたり,平成期を以下のようにほぼ10年ごとに三分割して検討する。
第一期 1989(平成元)年~1998(平成 10)年 第二期 1999(平成 11)年~2008(平成 20)年 第三期 2009(平成 21)年~2019(平成 31)年 4 月
表
1 平成期における学習指導要領改訂( 4
回)及びキャリア教育の定義を示した中央教育審議会答申(2回)を基準とする第一期から第三期の区分
学習指導要領の改訂 告示年月 施行年月および中央教育審議会答申正式名 第一期 平成期第
1
回改訂1989
(平成元)年3
月1989
(平成元)年3
月1989
(平成元)年3
月小学校学習指導要領告示(平成
4
年4
月施行)中学校学習指導要領告示(平成
5
年4
月施行)高等学校学習指導要領告示(平成
6
年4
月施行)平成期第
2
回改訂1998
(平成10)年12月1998
(平成10)年12月 小学校学習指導要領告示(平成14
年4
月施行)中学校学習指導要領告示(平成
14
年4
月施行)第二期 平成期第
2
回改訂1999
(平成11)年3
月 高等学校学習指導要領告示(平成15
年4
月施行)接続答申
1999
(平成11)年12月 「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」平成期第
3
回改訂2008
(平成20)年3
月2008
(平成20)年3
月 小学校学習指導要領告示(平成20
年4
月施行)中学校学習指導要領告示(平成
20
年4
月施行)第三期
平成期第
3
回改訂2009
(平成21)年3
月 高等学校学習指導要領告示(平成21
年4
月施行)在り方答申
2011
(平成22)年1
月 「今後の学校教育におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」平成期第
4
回改訂2017
(平成29)年3
月2017
(平成29)年3
月2018
(平成30)年3
月小学校学習指導要領告示(令和
2
年4
月施行)中学校学習指導要領告示(令和
3
年4
月施行)高等学校学習指導要領告示(令和
4
年4
月施行)2.第一期 1989(平成元)年~ 1998(平成 10)年
2-1.進路指導元年
1989(平成元)年3月に公示された中学校学習指導要領は,当時の進路指導に関わるものとしては
画期的で,進路指導元年にふさわしい内容であった。同学習指導要領総則で「生徒が自らの生き方を 考え主体的に進路を選択することができるよう,学校の教育活動全体を通じ,計画的,組織的な進路
指導を行うこと」と記されたからである。前回,1977(昭和52)年に告示された中学校の学習指導 要領の総則の同じ部分「学校の教育活動全体を通じて,個々の生徒の能力・適性等の的確な把握(は あく)に努め,その伸長を図るように指導するとともに,計画的,組織的に進路指導を行うようにす ること」と比較すると,「生徒が自らの生き方を考え主体的に進路を選択することができる」と,進 路指導が,教師が主導して行う指導から,生徒が自ら主体的におこなう進路選択を実現する指導への パラダイム転換があった点で画期的であった。こうした移行は,過度な受験指導からの決別を示した として多くの支持を得た。また,進路指導が生き方教育であるとの概念を生み出した5。一方では「能 力・適性等の的確な把握」の延長線上にある職業陶冶からも距離を置くことになる。言い換えれば,
社会や職業と結びつく指導に比して,主体的な進路選択の実現に重きを置く場として進路指導は質的 転換を果たしていくのである。1989(平成元)年に改訂された高等学校学習指導要領においても同様 である。
2-2.進路指導を取り巻く環境
進路指導が登場した背景には,朝鮮戦争を機にわが国の経済が復興の一途をたどり高度経済成長へ の移行があった。1957(昭和32)年の中央教育審議会の「科学技術の振興方策について」の答申で,
事実上,進路指導は職業指導に代わる語句として登場する。主たる理由は,高度経済成長時代を迎え,
進学率の上昇に伴う高度な知識人や技術者の養成への希求に対し,「言葉のニュアンスがやや就職指 導に偏る印象を与え」6たからである。こうして生まれた進路指導を,文部省(1961)は「生徒の個 人資料,進路情報,啓発的経験および相談を通じて,生徒みずから,将来の進路の選択,計画をし,
就職または進学して,さらにその後の生活によりよく適応し,進歩する能力を伸長するように,教師 が組織的,継続的に援助する過程である」7と定義した。しかし,折からの高校進学,大学進学への 指導が集中する中,一挙に世間でいうよりよい学校をめざす進学指導にシフトし,定義に示された本 来のあるべき姿は「建て前」となっていく8。
極度に乖離した様子は,文部省(1991)において「私立の6年制一貫校や国立の一部の附属中学校 への小学校の受験準備が,既にある危険水域を越えたと判定せざるを得ない事態」9になったとの表 現で示された。これには,中学校や高等学校では,偏差値という尺度で行う進路指導が容認され,過 激化する受験指導が小学校にまで広がった背景がある。一方で,偏差値を生み出す元凶である業者テ ストも問題視され始めた。中澤(2014)10が「業者テストが問題視され,当時の文部省からその廃止,
学校からの排除が通達されたのは……(中略)。一度目は1976年,二度目は1983年であったが,こ のとき様々な問題点が指摘されながらも,結局学校現場に業者テストは残り続けた」11と指摘するよ うに,業者テストへの批判は存在したが,文部省ですら蔓延する偏差値主体の進路指導を改善するに は至らなかった。
こうした中,本来の進路指導へ回帰は,1992(平成4)年,埼玉県の教育長が入試における偏差値 の使用禁止を通知したことによって始まる。こうした動きは,全国に広がる。北海道,長野県,大阪
府を除いた都道府県ではその実施率こそ差異があるが,中学校で授業時間中に業者テストを実施し,
そのテスト結果を私立学校との事前相談に使用して,受験せずして業者テストの偏差値で事前合格を 勝ち得る指導をしていたのである。まさに異常事態が日本中に蔓延していた中での出来事であった。
マスコミの報道がきっかけとなり,過去2度の通達などでその問題性を指摘はしたが,事実上傍観し ていた文部省も時の鳩山文部大臣の下で急激に本来の進路指導へ教育政策の舵を切った。1993(平成 5)年1月,文部省「高校教育改革推進会議」は中学校から業者テストを排除する報告書を提出した。
具体的には,私立高校の入学者選抜に際しての偏差値の提供,及び授業中の業者テストの実施や教師 の監督などの関与を禁止する内容であった。さらに,1993(平成5)年8月,文部省は,「指導の転 換をはかるための基本的視点」として,「・学校選択の指導から生きる力の指導への転換,・進学可 能な学校の選択から進学したい学校の選択への指導の転換,・100%の合格可能性に基づく指導から 生徒の意欲や努力を重視する指導の転換,・教師の選択決定から生徒の選択決定への指導の転換」の 4点を示した。
4点は,進路指導が本来の姿を示したに他ならない。しかし,その後の実態はどうであったか。吉 野浩一(2012)は「高校選択の現状を把握するため,埼玉県の公立高校入学者選抜制度等の変更が高 校選択に与える影響について分析し,『偏差値追放』後も偏差値が志望校決定率や進学率等に影響を 与えていること」を明らかにした。端的に言えば,偏差値に代替する主体的な進路選択につながる進 路情報が存在しなかったのである。さらに言うならば,そうした進路情報を備え展開する力量が学校 現場には育っていなかったのかもしれない。
2-3.進路指導から進路学習
本来の進路指導を実現する取り組みは,児童生徒が自己理解を深め進路情報を得ようとする進路学 習という形で開始された。この用語の前身と考えられる「進路の学習」については,文部省(1961)
の『進路指導の手引き―中学校学級担任編―』12で「4 進路についての学習を効果的に進めるため の指導法について説明してください」とのタイトルに初めて使用された。同書ではこのタイトルに応 える形で,「進路指導はガイダンスであるから,指導上の資料や指導法の工夫が必要である。……(中 略)……進路の学習における指導法は主題の目標や内容により,いろいろな方法を適当に組み合わせ たり,時には単一の方法で,生徒の学習が自発的,自主的な活動となり,又,生徒の必要を洞察し,
生徒の発達に応じてできるだけ具体的かつ興味のある学習となるように留意することが大切である。」
と実施上の留意点を述べ,次に,説話,討議,作業,事例,劇化,読み物,視聴覚教材などを通した「進 路の学習」の方法をあげている。こうした形で「進路の学習」の推進を文部省が強調したのは画期的 であり,進路の学習は,所謂,能動的な学習(アクティブ・ラーニング)の端緒ともなったのである。
その後,進路指導における進路学習との語句が,一般化し,学級活動やホームルーム活動で進路指 導における能動的学習が展開された。全国高等学校進路指導協議会が,進路学習を企画する手順を丁 寧に指南したテキスト『全国高等学校進路指導協議会高等学校ホームルーム担任のための進路学習
ベーシック・マニュアル:実践方法と展開プラン』13を発行することになったのもこうした傾向の一 環であった。進路指導の正常化と相まって,進路学習という進路指導における学習活動の展開が本格 化されることとなったのである。
2-4.「生きる力」の登場
進路指導を取り巻くこうした流れの中,1996(平成8)年,中央教育審議会答申「21世紀を展望し た我が国の教育の在り方について」第一次答申『―子供に[生きる力]と[ゆとり]を―』にて,「い かに社会が変化しようと,自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,より よく問題を解決する資質や能力,自らを律しつつ,他人とともに協調し,他人を思いやる心や感動す る心などの豊かな人間性,たくましく生きるための健康や体力など」とし,「生きる力」を自分で課 題を見つけ解決する資質や能力,豊かな人間性,健康や体力と同定した。
埼玉県教育委員会の指導がきっかけとなり正常化のきっかけをつかんだ中学校の進路指導である が,偏差値に代わる進路情報を模索し,進路指導の力量形成への努力もされた。ゆとりの時間設定の 中で,進路学習を通し,自分で課題を見つけ解決する資質や能力を育成しようとしたのである。
2-5.第一期のまとめ
1989(平成元)年の学習指導要領で使用された「生き方」や「生きる力」の登場は,進路指導を生 き方教育として定着させる機能をもち,本来の進路指導の概念を回帰させる機能を果たすことにな る。昭和期から「将来の生活における職業的自己実現に必要な能力や態度を育成する」14ことを求め られた進路指導であるが,実際の理解や運用はこうした語義とは乖離していた。埼玉県教育長の英断 で本来の進路指導と実際の進路指導の乖離が縮小したにも関わらず,それを維持する進路指導の力量 を学校は持ち合わせていなかった。
3.第二期 1999(平成 11)年~ 2008(平成 20)年
3-1.いじめ・不登校の増加,若者の職業生活における課題の顕在化
1998(平成10)年に告示された学習指導要領の進路指導に関わる新たな変化は,総則に進路指導
に加え,「(5)生徒が学校や学級での生活によりよく適応するとともに,現在及び将来の生き方を考 え行動する態度や能力を育成することができるよう,学校の教育活動全体を通じ,ガイダンスの機 能の充実を図ること。」が入ったことである。これまで,生徒指導,進路指導のなかで使われてきた ガイダンスの機能について,生活への適応や現在及び将来の生き方を考え行動する態度や能力を育成 することしての理解を共有した。その背景を高橋哲夫(1999)は,当時顕著な増加傾向をみた暴力行 為(小学校2.3%,中学校29.9%)不登校(小学校0.21%で10年前の4倍,中学校1.59%で10年前 の約3倍)高校中退(平成9年度の高等学校中退調査で過去最高の2.6%)等に対する緊急な対応を 示めすためとしている15。一方,若年者の就業意識の課題がニート,フリーターの登場で顕在化する。
2003(平成15)年の『国民生活白書』(内閣府)によるフリーター417万人,翌年の『労働経済白書』
(厚生労働省)のニート52万人は衝撃を与えた。いじめや不登校,校内暴力などの学校教育における 生き方と,卒業後の職業生活における生き方の双方の課題が現出する中で,進路指導の取り組みはま すますその充実を求められていた。
こうした中,1999(平成11)年,「接続答申」にてキャリア教育が登場するのである。「接続答申」
では,キャリア教育を「望ましい職業観・勤労観及び職業に対する知識や技能を身に付けさせるとと もに,自己の個性を理解し,主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」とし,小学校段階か ら発達段階に応じて実施する必要がある,とした。この時,キャリア教育は,1957(昭和32)年の 職業指導から進路指導への移行とは異なり,進路指導の取り組みとは脈絡のないまま登場したのであ る。但し,キャリア教育の定義の,「望ましい職業観・勤労観及び職業に対する知識や技能を身に付 けさせる」や「自己の個性を理解し,主体的に進路を選択する能力・態度を育てる」はこれまでの進 路指導の枠組みを出ないが,「小学校段階から」とキャリア教育の開始時期を明記したところにその 特徴があるといえる。一方,第一期で確認できた,進路学習を通し,自分で課題を見つけ解決する資 質や能力を育成する進路指導の正常化の動きは,登場したキャリア教育へ関心が移ることで,減速し ていった。
3-2.competency-based の教育活動の端緒となったキャリア教育
キャリア教育登場から3年,2002(平成14)年11月,国立教育政策研究所生徒指導研究センター『児 童生徒の職業観・勤労観を育む学習プログラムの推進について(研究報告書)』にて「職業観・勤労 観を育む学習プログラムの枠組み(例)―職業的(進路)発達にかかわる諸能力の育成の観点から―」
(以下「学習プログラムの枠組み(例)」とする)が示された。この,「学習プログラムの枠組み(例)」
は,「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」の4つの領域と8つの下 位能力によって構成されていた。その後「学習プログラムも枠組み(例)」が「キャリア発達に関わ る諸能力」とされ,キャリア教育の拠り所とされるきっかけとなったのは,2年後,2004(平成16)
年1月の『キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書〜児童生徒一人一人の勤労 観,職業観を育てるために〜』(以下『研究協力者会議報告書』)によってである。「キャリア発達に かかわる諸能力」の登場は,わが国にcompetency-basedの概念を持ち込んだ。時代としてはジェネ リック・スキルの拡大期でもあり,2004(平成16)年,「就職基礎能力」(厚生労働省),2006(平成
18)年,「社会人基礎力」(通商産業省),2008(平成20)年,「学士力」(文部科学省)などの端緒と
なった。
『研究協力者会議報告書』の意義にはもう二つある。ひとつは,キャリア教育を「児童生徒一人一 人のキャリア発達を支援し,それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度 や能力を育てる教育」ととらえ,端的には,「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」と したことである。ここで,「接続答申」の進路指導の「生徒が自らの生き方を考え主体的に進路を選
択することができる」を踏襲した「主体的に進路を選択する」は消え,「それぞれにふさわしいキャ リアを形成」すると言い換えられた。また,「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」と したことは,「学習プログラムの枠組み(例)」を意識しながら,これを活用しキャリア形成につなぐ とする文脈を見て取れる。もうひとつの意義は,「進路指導の取組は,キャリア教育の中核をなすも のである。」(14頁)とし,キャリア教育登場後はじめて,キャリア教育と進路指導の関係性を示し たことである。ただし,進路学習を通し,自分で課題を見つけ解決する資質や能力を育成する進路指 導の正常化の動きとの関連を示す記述は見あたらない。
2004(平成16)年4月からは「新キャリア教育プラン推進事業」(以下「推進事業」)が,「若者自立・
挑戦プラン」の一環として,『研究協力者会議報告書』の内容を具体化するために推進されることに なった。「推進事業」では,小・中・高を含む47地域を指定し,「キャリア教育の学習プログラム開 発」などの推進を行った16。同年11月には,『小学校・中学校・高等学校 キャリア教育推進の手引
―児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てるために―』を発行し「推進事業」の内容の徹底を図っ た。同手引きでは,「学習プログラムの枠組み(例)」を随所に取り上げ,「『職業観・勤労観を育む学 習プログラムの枠組み(例)』から各学校がキャリア教育にどのように取り組んでいくかについての 具体的な方法には,『人間関係形成能力』『情報活用能力』『将来設計能力』『意思決定能力』の『4つ の能力』の育成などを通して,児童生徒がそれぞれの発達段階におけるキャリア発達課題を達成する ことができるよう取り組むことが考えられる」として,キャリア教育推進の指針とするように求めて いる。キャリア教育導入の初期的段階で,「学習プログラムの枠組み(例)」が果たした役割は大きい。
3-3.キャリア教育における職場体験の位置づけ
2005(平成17)年には,「キャリア教育実践プロジェクト」として中学校における5日間以上の職
場体験の取り組みが始まった。職場体験については,すでに,兵庫県,富山県が職場体験を先行させ ており,特に兵庫県が行った2003(平成15)年3月にまとめられた『『トライやる・ウィーク』5年 目の検証(報告)』の影響が大きかった。その一部である,兵庫県内中学校359校の1,030名の不登 校生徒のうち,「トライやる・ウィーク」に5日間参加下生徒が482名(46.8%)で,実施後1ヶ月 の登校率が上昇した生徒が192名(40.0%)との数値は,職場体験の有用性を示す強力なデータと なった。
2005(平成17)年,文部科学省は,厚生労働省,経済産業省等の協力を得て,全国の138の地域
において,子どもたちの勤労観,職業観を育てるために5日間以上の職場体験を行う学習活動であ る「キャリア教育実践プロジェクト」として「キャリア・スタート・ウィーク」を開始した。中学校 進路指導の正常化,生きる力の登場,キャリア教育の登場,若者の就業意識の課題といった教育に生 き方の指導を求める風潮が強くなっている中,職場体験はキャリア教育の一環としてまさに燎原の炎 のように拡大した。「キャリア教育実践プロジェクト」はキャンペーンといった形で地域を巻き込み,
当初3年間の事業であったが1年間延長された。当時の文部科学省が職場体験の効果を,「緊張の1
日目,仕事を覚える2日目,仕事に慣れる3日目,創意工夫をする4日目,そして感動の5日目」と わかりやすい表現で示したことも推進に拍車をかけた。
1998(平成10)年改訂の小学校及び中学校の学習指導要領に総合的な学習の時間が入ったことで,
体験活動の可能性は一変した。総合的な学習の時間では教育課程上,時間のまとめどりが可能となり,
体験活動を実施する上で課題であった時間確保が可能になったからである。1989(平成元)年の「中 学校学習指導要領」の特別活動「(5)勤労生産・奉仕的行事」では,具体的な「職業や進路にかかわ る啓発的な体験が得られるような活動を行うこと」が入り,職場体験の実現を企図したが,現場では 体験先での事故などの理由で実現は叶わなかった。ある意味で,職場体験は中学校進路指導の悲願で あった。こうした中で2005(平成17)年,「キャリア教育実践プロジェクト」の導入により,中学校 における職場体験活動は一挙に加速されたのである。
2008(平成20)年告示の中学校学習指導要領第5章第2,学校行事2(5)勤労生産・奉仕的行事
に「職場体験などの職業や進路に関わる啓発的体験を得られるようにする」と職場体験が具体的な例 示項目として入り,さらに,「職場体験は,学校教育全体として行うキャリア教育の一環として位置 づけ,自己の能力・適性等について理解を深め,職業や進路,生き方にかかわる啓発的に経験が行わ れるようにすることが重要である」17としキャリア教育の一環としての職場体験に重きが置かれた。
ただし,これが誤解され,「職場体験活動の実施をもってキャリア教育を行ったものとみなしたりす る傾向が指摘される」18などの批判を受けることになる。
3-4.キャリア教育の根拠となった教育基本法,学校教育法
第二期は,2008(平成20)年までに,キャリア教育の在り方に強く影響する法改正が行われた。
まず,2006(平成18)年12月に行われた教育基本法改正では,第2条に教育の目標を付け加え,「個 人の価値を尊重して,その能力を伸ばし,創造性を培い,自主及び自律の精神を養うとともに,職 業及び生活との関連を重視し,勤労を重んずる態度を養うこと。」を示した。旧法の第1条,教育の 目的「個人の価値をたつとび,勤労と責任を重んじ」の部分を,個の成長を促し,社会生活や職業 生活と関連した教育を展開し,働くことを重視する教育を具体的に求めた。さらに,2007(平成19)
年6月,一部改正された学校教育法では,第21条で義務教育の目標を10項目示し,そのひとつに
「10 職業についての基礎的な知識と技能,勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択 する能力を養うこと。」とした。この目標については教育基本法第5条第2項に規定する義務教育の 目的を実現するためとし,小学校からの「進路を選択する能力を養う」ことを求めた。進路を選択す る能力は進路指導に求められるもので,この規定は,小学校からの進路指導を求めたことになる。こ うした中で2008(平成20)年3月に告示された小学校,中学校の新学習指導要領には,キャリア教 育こそ言及されなかったが,翌年2008(平成20)年7月に示された第1期教育振興基本計画では,
「勤労観・職業観や知識・技能をはぐくむ教育(キャリア教育・職業教育)の推進」として,「子ども たちの勤労観や社会性を養い,将来の職業や生き方についての自覚に資するよう,経済団体,PTA,
NPOなどの協力を得て,関係府省の連携により,小学校段階からのキャリア教育を推進する」を盛 り込み,キャリア教育の推進を強く推奨した。その結果,翌年改訂される高等学校学習指導要領に キャリア教育が語句として総則に登場するのである。
3-5.第二期のまとめ
突如登場したキャリア教育により,学校から社会への移行の改善を進める動きは,進路指導から キャリア教育へと移っていく。一方で,「接続答申」で示されたキャリア教育の定義は進路指導の枠 組みを出るものではなかった。進路指導とキャリア教育の関係の整理が進まない中のキャリア教育の 登場であったが,「研究協力者会議報告書」では,「キャリアを形成していくために必要な意欲・態度 や能力を育てる教育」と,これまでの進路指導では登場しなかった,「キャリアを形成する」といっ た発達的概念が強調されるようになった。一方で,「学習プログラムの枠組み(例)」の提示,キャ リア教育は「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」との定義,そして,2005(平成17)
年には,「キャリア教育実践プロジェクト」による職場体験の拡大と,キャリア教育が登場すること で,かつて進路指導時代にかなわなかった,育成指標の提示,職業的価値観の重視,さらに職場体験 の実現と,教育活動全体に大きな変化を生み出すことになった。
4.第三期 2009(平成 21)年~ 2019(平成 31)年 4 月
4-1.キャリア教育の新たな定義及び枠組み
第三期は,高等学校に限定されるがキャリア教育が教育課程に位置づけられスタートする。2009
(平成21)年告示の高等学校学習指導要領では「生徒が自己の在り方生き方を考え,主体的に進路を
選択することができるよう,学校の教育活動全体を通じ,計画的,組織的な進路指導を行い,キャリ ア教育を推進すること」とされ,キャリア教育が教育課程に明確に位置づけられた。ただし,改訂前 の「……進路指導を行う。」に「……進路指導を行い,キャリア教育を推進すること」を単に付加し た改訂であり,進路指導とキャリア教育の関係に触れることはなかった。
第三期におけるさらに大きな変化は,2011年の中央教育審議会答申「今後の学校教育におけるキャ リア教育・職業教育の在り方について」(以下「在り方答申」)が示されたことである。答申は,その 後のキャリア教育の展開に影響を与える四つの役割を果たした,まず,タイトルにある「キャリア教 育・職業教育」との表現によって,キャリア教育と職業教育を対置して捉えたことである19。二つ目 は,キャリアを「人が,生涯の中で様々な役割を果たす過程で,自らの役割の価値や自分と役割との 関係を見いだしていく連なりや積み重ね」としたこと,三つ目に,キャリア教育を「一人一人の社会 的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力や態度を育成することを通して,キャリア発達を促す 教育」と再定義したことである。最後は「キャリア発達にかかわる諸能力」に代る「基礎的・汎用的 能力」を示したことである。
キャリアを定義したことで,『研究協力者会議報告書』の「それぞれにふさわしいキャリアを形成」
が「自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ね」を形成していくこ とと具体的に捉えることができるようになった。一方,キャリア教育の再定義は『研究協力者会議報 告書』の「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」の表現とは相当の距離をおくことに なる。
「学習プログラムの枠組み(例)」である「キャリア発達にかかわる諸能力」は,多くの学校のキャ リア教育の中核となっていた。「基礎的・汎用的能力」への移行は「在り方答申」の経過報告20もあ り段階的に周知されるが,現場の唐突感は否定できなかった。「在り方答申」では,円滑な移行を意 図し,152頁に「『キャリア発達にかかわる諸能力(例)』と『基礎的・汎用的能力』の対応例」を掲 載しているが,この時点では「基礎的・汎用的能力」への移行についての十分な説明はなされなかっ た。2011(平成23)年,「在り方答申」から二か月後に出された『中学校キャリア教育の手引き』(以 下『手引き』)は,新たなキャリア教育の枠組みが示された最初の手引きであり,「基礎的・汎用的能 力」への移行が「キャリア発達にかかわる諸能力」の抱える課題として説明がなされた。説明の論点 は以下の三つであった。
○ 高等学校までの想定にとどまっているため,生涯を通じて育成される能力という観点が薄く,
社会人として実際に求められる能力との共通言語となっていない。
○ 提示されている能力は例示にもかかわらず,学校現場では固定的にとらえている場合が多い。
○ 領域や能力の説明について十分な理解がなされないまま,能力等の名称(「○○能力」というラ
ベル)の語感や印象に依拠した実践が散見される。
ただし,こうした課題についてのエビデンスは示されないまま,「基礎的・汎用的能力」への移行 が粛々と進み現場は徐々に受け入れていった。しかし,能力の移行が進み8年が経過する中,多くの キャリア教育実践校の教育計画には,「キャリア発達にかかわる諸能力」に関する4領域8能力の名 称が「基礎的・汎用的能力」の4つの能力に移行しただけのものが少なくない。一方,キャリア教育 を非常に早い段階で取り入れた沼津市立原東小学校(2005)21は,既に,4領域8能力に依拠しつつ も固定的に捉えず,独自に「えがく力」「かかわる力」「もとめる力」を設定し興味深いキャリア教育 実践を展開している。このように課題として示されたことに対する反証も少なくない。また,「キャ リア発達にかかわる諸能力」は「基礎的・汎用的能力」に比して領域や能力の説明は十分にされてお り,仮に課題に指摘された実践があったとしても,修正は可能である。提示した課題の検証と,その 後「基礎的・汎用的能力」がキャリア教育の推進にどのように機能したかは検証すべきである。
一方,「キャリア発達にかかわる諸能力」から「基礎的・汎用的能力」への移行は,キャリア教育 における,職業的価値観の涵養から,社会生活に必要とされる幅広い能力の育成へのシフトを認める ことができる。こうした変化は,移行概念をもつ教育活動が,具体的な選択目標となる職業そのもの から離れ,それらに至る過程に重きをおいたと捉えることができる。
「在り方答申」では,進路指導とキャリア教育を次の形で弁別した。「キャリア教育は,就学前段階 から初等中等教育・高等教育を貫き,また学校から社会への以降に困難を抱える若者(若年無業者な
ど)を支援する様々な機関においても実践されるのである。一方,進路指導は,理念・概念やねらい においてキャリア教育と同じものであるが,中学校・高等学校に限定される教育活動である」22と説 明している。但し,この部分は既述の2007年一部改正の小学校に進路指導の機能「将来の進路を選 択する能力」を求めた学校教育法第21条との齟齬が生じてくる。また,「在り方答申」では,「進路 指導は,理念・概念やねらいにおいてキャリア教育と同じ」としているものの,「研究協力者会議報 告書」に示された「進路指導の取組は,キャリア教育の中核をなすものである」とのつながりも言及 されず,両者の整理は進んでいなかったのである。
4-2.キャリア教育・進路指導に関するエビデンス
2012(平成24)年,国立教育政策研究所は「キャリア教育・進路指導に関する総合的実態調査」(以
下「総合的実態調査」)を実施した。調査は,「キャリア教育や進路指導に関する実態を把握するとと もに,それらに関する在校生及び卒業者の意識等も明らかにし,前回までの調査との変容と,今後の 各学校におけるキャリア教育・進路指導の改善・充実を図るための基礎資料を得ること」を目的とし て実施された。調査対象数は,小学校21,166校,中学校9,860校,高等学校3,688校で,順に回収率は,
99.5%,100%,99.3%と,全国のキャリア教育の実施状況を正確に伝え,本稿における第二期(キャ リア教育登場から拡大まで)における,キャリア教育実践状況に関するエビデンスを示したといえる。
調査結果については,2013(平成25)年に第一次報告書,第二次報告書と分冊で報告されている。
第一次報告書23では,7年に1回行われる本調査の前回調査(2005(平成17)年実施)と比較し,
キャリア教育の認識が大きく変化していることを示した。小・中・高等学校の担任対象の「キャリア 教育の推進が求められていることについてご存知でしたか」の質問に対する小学校(前回比較無し),
中学校,高等学校の変化は表 2に示す。
表
2
「キャリア教育の推進が求められていることについてご存知でしたか」[担任調査]の問いに「はい」と回答した割合
2005(平成 17)年 2013(平成 25)年 2013(平成 25)年※
小 学 校
76.9% 97.0%
中 学 校
35.0% 76.8% 98.2%
高等学校
40.0% 76.1% 97.4%
※
2013(平成 25)年調査では「何となく知っていた」の項目があり,※ 欄はその回答も含めた割
合となっている。
表は,『キャリア教育・進路指導に関する総合的実態調査(第一次報告書)』の
32-33
頁のデータをもと に三村が作成。キャリア教育が登場して6年を経た2005(平成17)年調査との比較で中学校,高等学校において は飛躍的にキャリア教育の認識が高まっていることがわかる。比較するデータはないが,高い数値を 示す小学校キャリア教育においても同じことがいえるであろう。キャリア教育が教育活動として現場 に浸透し,展開期に入った証である。
2008(平成20)年の中央教育審議会答申24では,「子供たちが将来に不安を感じたり,学校での学 習に自分の将来との関係で意義が見出せずに,学習意欲が低下し,学習習慣が確立しないといった状 況が見られる」としキャリア教育を通じた学習意欲の向上に強い期待を寄せた。質問項目15「キャ リア教育の実践によって,学習全般に対する生徒の意欲が向上してきている」を選択した割合を学習 意欲の認識と位置づけ,学校(管理職)がこの項目を選択した割合を「学習意欲向上の認識率」と し,図 1(23頁)を示している。図 1では,キャリア教育に関する学習や活動の企画・実施において,
低群⇒中群⇒高群の順で学習意欲向上が学校(管理職)認識されていると位置付けている。これまで も,教育活動全体を通しキャリア教育を推進する旨はキャリア教育推進の中核と位置づけられていた が,教育活動の中で特に教科活動における学習意欲とキャリア教育の推進との相関関係が示されたこ とはキャリア教育に新たな可能性を与えた。
さらに調査は学習意欲と職場体験活動の日数との関連を図 2(24頁)で示した。3日から4日のと ころで数字の減少がみられるが,それ以外の部分では職場体験の日数が増加するにつれ学習意欲向上 の認識率は増加傾向にあるといえる。職場体験については,これまで学習意欲との関連で論じられた ことはなかった。
職場体験の本格的実施は,平成期のキャリア教育の一大特徴と捉えることができる。職場体験の実
図
1 キャリア教育の実施状況別に見た学習意欲向上の認識率
出典 国立教育政策研究所(2013)キャリア教育・進路指導に関する総合的実態調査(第一次報告書)23頁
図
2 職場体験活動(中学 2
年生)の日数別に見た学習意欲向上の認識率出典 国立教育政策研究所(2013)キャリア教育・進路指導に関する総合的実態調査(第一次報告書)24頁
施は,国立教育政策研究所が2003(平成15)年から「職場体験・インターンシップ実施状況等結果」
として統計をとっている。2017(平成29)年までの数値を表 3に示す。
表
3 中学校職場体験実施率(%)2003(平成 15)年〜2017(平成 29)年
年
2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
平成15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29
全体88.7 89.7 91.9 94.1 95.8 96.5 94.5 97.1 96.9 98.0 98.6 98.4 98.3 98.1 98.6 5
日以上7.5 6.8 12.2 17.1 20.7 20.7 19.2 18.4 17.2 15.2 14.4 14.0 12.7 12.8 12.2
表は,国立教育政策研究所の数値をもとに三村が作成。
中学校の職場体験は悉皆で実施されるので,学校の実施率がほぼ中学生の参加率と捉えてよい。全 体での実施率は,1日以上の実施すべてを含みほぼ100%に限りなく近くなってきているが,学習意 欲に効果を示す,特に5日間の実施については,2007(平成19)年,2008年(平成20)年をピーク に減少に転じている。平成期のキャリア教育は,「総合的実態調査」をはじめ,これまでの単純集計 ではなく,7年前の調査との比較,キャリア教育実施状況,職場体験の実施日数と学習意欲とのクロ ス集計など,キャリア教育の効果を測定する工夫がなされてきた。展開期に入ったキャリア教育にお
けるevidence-basedの評価は今後の改善に向けた重要な資料となる。
4-3.平成最後の学習指導要領告示…資質・能力を育むキャリア教育
新たな学習指導要領については,2016(平成28)年12月の「幼稚園,小学校,中学校,高等学校 及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(答申)(以下「2016答申」)
を経て,2017(平成29)年3月に小学校と中学校の学習指導要領が告示された。
学習指導要領改訂では総則部分が大幅に見直された。中学校の学習指導要領では,教育基本法の目 的及び目標の達成をめざし,「一人一人の生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆ る他者を価値のある存在として尊重し多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え豊かな 人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」と続け ている。さらに,こうした実現のために社会に開かれた教育課程が重要となり,資質・能力の育成を めざすための,「(1)知識及び技能が習得されるようにすること。」「(2)思考力,判断力,表現力等 を育成すること。」「(3)学びに向かう力,人間性等を涵養すること。」の3要素が示された。
「2016答申」(55頁)には,「一人一人の社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力 を育み,キャリア発達を促す『キャリア教育』」とあり,これまで「能力や態度」示されている部分 に「資質・能力」が代替された。教科等と共通した「資質・能力」をキャリア教育で育むことが可能 になることで,教育課程における包括的な「資質・能力」の伸長にキャリア教育も深く関与すること ができるようになったのである。
4-4.12 年間を通じたキャリア教育の成立
「2016答申」にて,学校教育におけるキャリア教育の重要性の指摘をうけ,2017(平成29)年改訂 の小学校学習指導要領,中学校学習指導要領双方の総則にキャリア教育が登場した。中学校学習指導 要領第1章総則第4生徒の発達の支援では,「(3)生徒が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見 通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができ るよう,特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること」とされた。
翌年告示された高等学校学習指導要領総則にもほぼ同じ内容が示された。
ここで重要なことは,総則に示されたことで,教育活動全体を通じて行うことが確認されたと同時 に,その要は特別活動であるとしたことである。前者については,前回での改訂では高等学校,今回 の改訂で小学校,中学校の学習指導要領の総則でキャリア教育に触れたことで,12年間を通した児 童生徒のキャリア形成を通してキャリア教育を展開することが可能になった。キャリア教育の要とさ れた特別活動では,小学校,中学校の学級活動,及び高等学校のホームルーム活動に「(3)一人一人 のキャリア形成と自己実現」の共通の語句が示されその継続性が強調された。学級活動(高等学校の 場合はホームルーム活動)がキャリア形成と自己実現をめざす場であり,それは各教科の特質に応じ キャリア教育が展開されることで資質・能力を身に付けることができるとの意味をもつ。
進路指導については,中学校,高等学校の学習指導要領の総則「……キャリア教育の充実をはかる こと」を受け,「その中で,生徒が自己の(在り方)生き方を考え主体的に進路を選択することがで きるよう,学校の教育活動全体を通じ,組織的かつ計画的な進路指導を行うこと(( )内は高等学 校)」が続いた。ここに初めて,進路指導がキャリア教育の中で機能するとの関係が示された。これ により,自分で課題を見つけ解決する資質や能力を育成するキャリア教育が,職業選択も含む主体的 進路選択の機能をもつ進路指導を内包しながら学習意欲を生む構造が整えられたといえる。
4-5.第三期のまとめ
進路指導とキャリア教育が併存して20年が経過し,「在り方答申」により初期的過程にあったキャ リア教育は,展開期を迎える。その中で,「学習プログラムの枠組み(例)」から「基礎的・汎用的能 力」,さらには「能力や態度」から「資質・能力」への移行,及び進路指導とキャリア教育の学校種 における区分けなどの新たな変化をキャリア教育は経てきてた。
一方,教育活動を科学的にとらえる視点も進路指導・キャリア教育に対して実施されてきた。「総 合的実態調査」では,キャリア教育の認識が急激に拡大したこと,及びキャリア教育の実施状況や,
職場体験の実施日数と学習意欲の相関も認められた。また,「基礎的・汎用的能力」や「資質・能力」
への重視は,キャリア教育そのものが,職業から距離をおくことになり,これまで進路指導が求めて きた主体的な進路選択能力の育成については,その焦点が職業から,能力の育成過程に移行したので ある。さらに,平成期最後の中学校,高等学校の学習指導要領にて初めて,キャリア教育と進路指導 の機能的関係が明記された。
5.おわりに
研究対象とした平成期はこれまで以上に変化の激しい時代の中で,移行概念として進路指導,キャ リア教育が混在した時期でもあった。この二つの語句がもつ意味を整理することは,移行概念,つま り,学びに就き,また,職業に就く準備をどのように成立させるかに十分な検討を加えることに他な らない。仮説で設定した「模索し続けた時期」とはこうしたプロセスを内包していたと捉えられるの ではないだろうか。
ゆがんだ移行概念の修正から始まった第1期は,まさに本来の進路指導に回帰するプロセスであっ た。しかし,その改革が十分進まず,従前の「偏差値」に依存する進路指導が再開されることになる。
要因として,「偏差値」に変わる進路情報の不在であったのか,それを展開する学校教育の力量不 足が要因だったのかはさらなる検討が必要である。
第2期の進路指導の正常化を推進するきかっけは,進路指導・キャリア教育固有の課題ではなく,
いじめ,校内暴力,不登校をはじめとする生徒指導上の課題と,及び若者の就業意識の課題の表面化 であった。この時期に改正された教育基本法や,学校教育法の条文も,進路指導・キャリア教育の推 進を正当化するものであった。進路指導との関連性が整理されず突如登場したキャリア教育は,本来 の進路指導の動きの文脈から乖離した形で生まれたにもかかわらず,育成指標としての「学習プログ ラムの枠組み(例)」や職場体験の実際化など従来の進路指導の課題解決を推進した。
「総合的実態調査」で明らかになった,第2期でのキャリア教育の急速な拡大及び,キャリア教育 が学習意欲につながるというエビデンスは,第3期の平成期最後の学習指導要領の改訂における,
キャリア教育で育むとされている資質・能力につながることになる。資質・能力の育成は,各教科の 特質に応じ展開されるキャリア教育に依るところが大きい。一方,進路指導は進路学習を通じ,自分 で課題を見つけ解決する資質や能力を育成するとされており,ここで,日常生活の課題からそれらを 見つけ解決するプロセスと,学習意欲を関連付けることで,進路指導を内包しながらキャリア教育は 新たな局面に入ることができる。
「自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ね」であるキャリアを 形成するとは,見つけた課題から自分には何が求められているのか,そして,その求めに対しどのよ うな役割を果たせるのかを考える力をつけていくことなのではないだろうか。それには,教科等の特 質に応じキャリア教育を推進し,資質・能力を身に付けていくことである。ここで重要なのが学習意 欲である。キャリア教育が固有にもつ教育内容である職業が,学習意欲との相関にどのように機能し ているかは早急に検討すべきである。なぜなら,平成期のキャリア教育と職業との関連は密接とは言 えなくなってきているからである。一方で,職業選択も含む主体的な進路の選択をその機能としても つ進路指導が,キャリア教育の中にあるとの関係も明らかになった。関係性の説明としては十分とは 言えないが,平成期において両者の関係が学習指導要領に明示された意味は大きい。一方,職業とい う教育内容と学習意欲をどのように結びつけるかは,続く令和期における進路指導・キャリア教育の
実践・研究の新たな課題といえる。
【注】
1 菊地武剋(2008)キャリア教育とは何か,キャリア教育概説,日本キャリア教育学会,東洋館出版社,12.
2 木村壽子(2000)昭和前期の農村の子どもの進路事情―雑誌『家の光』の記事をもとに―,子供社会研究6号,
70-94.
3 吉田文(2004)昭和初期における初等教育後の進路分化,吉田文・広田照幸編,職業と選抜の歴史社会学,世識書房,
25-62.
4 石岡学(2007)昭和初期の小学校職業指導にみる普通教育と職業世界との関係性,教育社会学研究第80集,291- 310.
5 内藤勇次(1991)生き方の教育としての学校進路指導―生徒指導をふまえた実践と理論,北大路書房.をはじめ,生 き方の教育が進路指導と同値で扱われてくる.
6 日本進路指導協会(1998)日本における進路指導の成立と展開前掲書,118.
7 文部省(1961)進路指導の手引―中学校学級担任編,日本職業指導協会.
8 岩井勇児(1991)生徒指導・進路指導・教育相談のイメージ,愛知教育大学研究報告,40.千葉寛子(2002)中学校 進路指導における学校を核とした連携システムの現状と課題,北海道大学公教育システム研究,2.などをはじめ多く の書籍,論文で進路指導の建て前と現実が指摘された.
9 文部省(1991)第14期 中央教育審議会審議経過報告―学校制度・生涯学習,大蔵省印刷局,20.
10 中澤渉(2004)教育政策が全国に波及するのはなぜか,東京大学大学院教育学研究科紀要,第44巻,pp. 149-157.
11 中澤渉(2014)教育政策が全国に波及するのはなぜか―業者テスト問題への対処を事例として―,東京大学大学院教 育学研究科研究紀要第44巻,東京大学教育研究科,pp. 149-157.
12 文部省(1961)前掲書,pp. 62-64.
13 全国高等学校進路指導協議会編(1997)全国高等学校進路指導協議会高等学校ホームルーム担任のための進路学習 ベーシック・マニュアル:実践方法と展開プラン,実務教育出版.
14 文部省(1983)進路指導の手引―中学校学級担任編(改訂版),日本進路指導協会.
15 高橋哲夫(1999)特集「新学習指導要領」を考えるいま,なぜ「ガイダンスの機能の充実」なのか? 教育研究所紀 要第8号,文教大学付属教育研究所.
16 文部科学省ホームページ,新キャリア教育プラン推進事業の概要.http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/__
icsFiles/afieldfile/2010/03/18/1230596_001.pdf(2020.1.4閲覧)
17 文部科学省(2008)中学校学習指導要領解説特別活動編,82.
18 中央教育審議会(2011)「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」の17頁に同様に 指摘がある.
19 ただし,同答申の19頁には,キャリア教育の項目に「◆キャリア教育 普通教育,専門教育を問わず様々な教育活 動の中で実施される。職業教育も含まれる。」と記されている.
20 中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(第二次審議経過報告)」が,2010(平 成22年)5月に出されている.
21 三村隆男・沼津市立原東小学校(2005)キャリア教育が小学校を変える!―沼津市立原東小学校の実践,実業之日本 社.
22 文部科学省(2011)中学校キャリア教育の手引き.
23 国立教育政策研究所(2013)キャリア教育・進路指導に関する総合的実態調査第一次報告書.https://www.nier.go.jp/
shido/centerhp/career_jittaityousa/career-report.htm(2020.1.4閲覧)
24 中央教育審議会(2008)幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答 申).https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2009/05/12/1216828_1.
pdf(2020.1.4閲覧)