25
〔論文〕
わが国監査法人の展開
一監査業界の国際的変遷のなかで-
征士 原
Marwick,Mitchell:PMM)
プライス‘ウォーターハウス(PriceWaterho‐
use:PW)
トウシュ・ロス(ToucheRoss:TR)
このビック・エイトを構成するEWとAYが 合併し,アーンスト.アンド・ヤング(Ernst&
YoungEY)となり,さらにDHSとTRが合
併し,デロイト・トウシュ(DeloittTouchep T),国際組織の名称は,デロイト・ロス・トー マッ(DeloittRossTohmatsu:DRT)となっ た(3)。この合併・業界再編成の結果,ビック・シッ クス体制となったのである。わが国では戦後1948年(昭和23年)に公認会計 士法が制定され,公認会計士制度は証券取引法に もとづく法定監査の担い手として発展してきたが,
1964年.65年(昭和39年.40年)の不況,会社倒 産という状況の中で,粉飾決算が多数明らかとな り公認会計士の虚偽の監査証明が問題とされてき た。このような中で公認会計士監査制度の強化が 叫ばれ,1966年(昭和41年)に公認会計士法が改 正され,組織的監査の担い手として監査法人制度 が創設された。
監査法人は公認会計士5人以上で設立ざれ合名 会社法理が適用されるもので(公認会計士法第34 条の4),1967年(昭和42年)1月に監査法人第1 号として,監査法人太田哲三事務所が設立された。
1985年(昭和60年)以降の大規模監査法人同志の 合併を経て,現在では5大監査法人体制が確立し ているM)。現在121の監査法人が設立されている が(5),これら大規模監査法人による寡占体制がで
き上がっているのである。
わが国監査法人は設立当初より国際化問題に直 面しており,ビック・エイトその他の会計事務所 との関係を結んできている(`)。またビック・エイ
ト自体がわが国に監査法人を設立することもなさ 目次
Iはじめに
Ⅱ監査法人の設立と国際会計事務所の監査法 人化(1966年~1984年)
1監査法人の設立
2国際会計事務所の監査法人化
Ⅲ監査法人の合併(1985年~1993年)
lわが国大規模監査法人の合併
2国際会計事務所の合併とわが国監査法人 の合併
Ⅳむすび
I.はじめに
1989年(平成元年)は,監査業界における激動 の年といわれている。今世紀初頭よりその地位を 確立してきた米国系8大会計事務所(いわゆるビッ ク・エイト)を構成する大規模国際会計事務所同 志の2つの合併が,その年に取り行なわれたから である(')。
ビック・エイトは,「巨大な多国籍企業集団,
世界最大のプロフェッショナル(知的専門家)の 企業集団であり,かつ世界最強の経済的影響力を 有する集団の1つ」と称されており,以下に示す
8つの会計事務所で構成されている(2)。
アーサー・アンダーセン(ArthurAndersen:
AA)
アーサー・ヤング(ArthurYoung:AY)
クーパーズ.アンド・ライブランド(Coopers
&Lybrand:CL)
デロイト・ハスキンズ.アンド・セルズ(Del- oitte,Haskins&Sells:DHS)
アーンスト.アンド・ウィニー(Ernst&Whi-
nneyEW)
ビート・マーウイック・ミッチェル(Peat,
26
れた゜
本稿の課題は,国際的大規模会計事務所ビック・
エイトのビック・シックスヘの合併・再編成と,
わが国監査法人への影響を概観すること,またわ が国における5つの大規模監査法人による寡占体 制の確立と,それらの監査法人の直面する課題に ついて明らかにすることである。
明日山俊秀・情達郎共訳「ビック・エイト」1983 年,11頁。
(3)川北博,前掲稿,47~48頁。
(4)5大監査法人体制の確立過程については,小関 勇箸「わが国監査法人の実証的研究」(1991年),
第2章監査法人の合併再編成に詳しい。
(5)『大蔵省証券局年報」(平成5年版)平成6年2 月,284頁。
(6)久保田晃稿「外国会計事務所の日本進出問題」
企業会計,第35巻第12号,1983年12月。川北樽,
前掲稿,62頁。
〔注〕
(1)川北博稿「激動する国際会計事務所~その 離合集散一」国際会計研究学会年報,1989年度,
1990年3月,63頁。田近耕次稿「国際会計事務所 の再祷成」商事法務NcL1225,1990年8月25日,
38頁。MarkStevens,TheBigSix,1991,pp 214~215.明日山俊秀・長沢彰彦訳「ビック・シツ クス」1992年,240頁。ビッグ・エイトの形成過程 さらにビッグ・シックスの確立過程については。
以下の論文で概観されている。CharlesW、Wootton
&CarelMWolkD“TheDevelopmentof‘The BigEight,AccountingFirmsintheUnited Statea1900tol990,”TheAccountingHistori- ansJournalVoL19,NqlJunel992,pp.’~
27゜
(2)MarkStevens,TheBigEight,1981,p’2。
Ⅱ監査法人の設立と国際会計事務所の監査法人 化(1966年~1984年)
1.監査法人の設立
1966年(昭和41年)の公認会計士法改正(法律
第85号)により,組織的監査を目的として創設さ れた監査法人制度は,翌1967年1月に監査法人第 1号として,監査法人太田哲三事務所が発足した。その規模は社員8名,有資格の使用人12名であっ たい)。
その後次表(表1)のように,1970年(昭和45 年)3月末日までに合計24法人が設立されてい る(2)。
表1 監査法人の慨況
(昭45.3.31現在)
事務所 使用人数 被会 監社
査 数 社 106
22 27 120 18 20 54 171 19 21 8 77 33 48 156
名 称 従たる 主なる代表者員
主たる事務所 事務所
名鍋u74563056575193 13 12 名⑩454158333349853 3 15 名泌8569603262331213 13 15 名拠四鯛砺旧旧””75880691 243 1 1
名加735371326318723 13 13
監査法人
〃
〃
435松・
監査法人
ル ヶ ヶ ク ク ク ク
〃
〃
〃
蕊
7太田哲三42.1.192池田昇-42.5.1
-磯部秀夫43.2.1 4等松農夫蔵43.5.8
-林錆三43.10.15
-鈴木実・長吉泉4alL1 1今井冨夫43.12.6 3土肥東一郎43.12.20 -丼上健男43.12.25 -田中芳治44.1.27 1石光勝44.1.28
-宮坂保滴44.3.28
-伊東惟芳44.4.8
-後藤岩男44.7.1 2尾沢修治44.7.3
848567050970626 81161142111243 1 1 内内内内内内内内内内内内内内内
27
鍾際
2--1-3一1一幻 喜西丼森元富乗辻福長 義雄44.8.1簾-44.8.29源一郎44.10.1:唖成44.12.15太郎44.8.27-夫44.12.25 菊五郎45.1.6 真45.1.28 意弥認可彦五郎45.3.9 監査法人
〃
〃
〃
〃
HB和 購脊法人
〃
7971222171 431181117 8 内内内内内内内内内内
田方ロ田吉島田 6686545796 1 2 9 2 139403P3448 1 2 8 2 132456376 1 1 1 9393102858 2 4 2 1901690957 3 31 51112 8 9653827213 5143111235 1 2
■
1
田井
瑞穂
合 291
(注)被監査会社数は任意購杏会社数を含み,内書は証取監査会社数である。
最初設立された4法人は(3),個人事務所として は比較的規模が大きかったとはいえ,個人事務所 をそのまま法人組織に変更した程度のものであっ たが,1968年2月29日付の日本公認会計士協会長 あての証券局長書簡に,おおむね2年後には,一 定規模以上(たとえば資本金50億円以上)の会社 に係る証券取引法監査は,監査法人に限ることが 望ましいという方針が明らかにされ,その後全国 的規模の監査法人の設立を促進するものとなり,
また既存の監査法人の拡充をうながすものとなっ た(4)。
これら大規模監査法人として、後に5大監査法 人を形成することになる監査法人太田哲三事務所,
等松・青木監査法人,監査法人中央会計事務所,
監査法人朝日会計社の4つをあげることができ,
また後に監査法人太田哲三事務所と合併する昭和 監査法人,また5大監査法人の残りのひとつとな るセンチュリー監査法人の中核となる監査法人第 一監査事務所をあげうるのである。こうして監査 法人設立当初の数年のうちに,後に5大監査法人 として寡占体制を形成する監査法人が,全国的規 模の大規模な監査法人としてすでに形成されてい たのである。
その後1973年(昭和48年)4月には,監査法人 制度発足以来の監査法人同志の合併である監査法 人東海第一会計事務所と監査法人東京第一公認会 計士事務所との合併により,新たに扶桑監査法人 が発足した(5)。1976年(昭和51年)4月1日付で,
監査法人東京丸ノ内会計事務所は監査法人サンワ 事務所と合併し,監査法人サンワ東京丸ノ内事務 所となる(6)。また1978年(昭和53年)4月1日に は,扶桑監査法人,監査法人辻監査事務所および
監査法人千代田事務所が合併し,後に監査法人中 央会計事務所と合併する新光購脊法人が誕生して いる(7)。
こうして最初の監査法人が設立された1967年1 月以降,毎年少ない年には3件,多い年には12件 の監査法人が設立され,1985年(昭和60年)3月 末には,88法人の設立をみている(8)。各年の設立 状況を示せば,次の表(表2)のようになる(9)。
表2 監査法人 の設立状況
lilIlLJ 1985年3月末において,これら監査法人に所属 農 する公認会計士数は,総数7,628名の約42%,3,198 名(うち社員数は1,458名),従たる事務所の数は
80となっている。また'984年(昭和59年)12月末
における監査法人による証券取引法監査は、被監
査会社数2,799社の78.5%にあたる2,198社となっ
ている('0)。
年末 設立 末現在 徽考
42 社
3 社
3
43 7 10
44 12 22
45 4 25 解散1
46 4 29
47 2 29 解散1
合併に よる消滅1
48 4 31 合併に
よる消滅2
49 5 33 合併に
よる消滅3 50 10 43 5 ,1 5 46 合併に
よる消滅2
年末 設立 末現在 備考
52 社
3
社偲
53 4 50 合併に
よる消滅3
54 7 57
5
戸a 6 63
56 7 70
57 』0 75
58 9 83 合併に
よる消滅1
59 5 88
60年10末 6
92 合併に よる消滅2
28
2.国際会計事務所の監査法人化
国際会計事務所の日本への進出は,プライス・
ウォーターハウス会計事務所が1949年(昭和24年)
1月に,東京に事務所を開設したことを噛矢とし て,その後他のビック・エイトが順次日本に事務 所を開設している(u)。
ビック・エイトの当初の日本での活動は,アメ リカ企業の在日支店及び子会社に対するサービス の提供が主体であったようであるが,1955年(昭 和30年)代に入り,日本企業のADRの発行,外 債発行等海外での資金調達が活発化したことに伴 い,日本企業がSEC等へ提出する英文財務諸表 の監査等日本企業の海外活動に関連したサービス の提供を行うようになって行ったのである。
このような中で,1975年(昭和50年)以降,プ ライス・ウォーターハウスほか,2,3の事務所 から監査法人設立要請が出されており,これに対 し公認会計士業界また,国会でも反対意見が出さ れたため,当初は共同事務所として日本公認会計 士協会に登録することで関係者の間で調整をはかっ ている('2)。
「大蔵省証券局年報」(昭和59年版)は,プラ イス・ウォーターハウス会計事務所が「青山監査 法人」を設立した経過を,次のように記してい る【'3)。
「57年に入ってプライスウォーターハウス公認 会計士共同事務所は,すでに共同事務所の運営 を通じて協同組織体としての実績をあげたとし て再び監査法人設立の要望が出された。
日本公認会計士協会は,会計監査業務の国際 化への対応を図る見地から,プライスウォーター ハウスの名称を認めないことを条件に,監査法 人設立に特に異を唱えないこととした。
また,58年5月公認会計士審査会においても,
「外国系会計事務所の監査法人化を認めること が適当である」との結論が出された。
これを受けてプライスウォーターハウス公認 会計士共同事務所から提出された「青山監査法 人」の設立認可申請については,58年6月1日 付をもって大蔵大臣の認可が行われた。」
引き続き,翌1984年(昭和59年)6月29日にアー
サー・アンダーセン会計事務所が,「英和監査法
人」の設立認可を得ており。また,1985年(昭和60年)6月17日デロイト・ハスキンズ.アンド・
セルズ会計事務所の申請で監査法人三田会計社の 設立,さらに同年8月27日ビート・マーウイック・
ミッチェル会計事務所の申請で,港監査法人の設
立が許可されている。こうしてビック・エイトの うち4つの会計事務所が,日本で監査法人を設立 することになった。また残りの4つの会計事務所 は,日本の監査法人の国際部門として吸収されて 行ったのである(M)。〔注〕
(1)「大蔵省証券局年報」(昭和42年版)昭和42年7 月,244頁。
(2)同上(昭和45年版)昭和45年6月,66頁。
(3)表1には1967年(昭和42年)10月2日設立の 監査法人欝島会計事務所を含んでいないが,同会 計事務所は解散し,新たな参加者を加え1969年
(昭和44年)12月25日に昭和監査法人として設立き れている(前掲書・昭和45年版,65頁)。
(4)1968年(昭和43年)の5月には等松・青木監 査法人,12月には監査法人中央会計事務所という2 つの全国的規模の監査法人が設立され,11月には 監査法人太田哲三事務所が全国的規模の監査法人 とするため拡充・充実をはかっている(日本公認 会計士協会編「公認会計士制度25年史」昭和50年.
291頁)。なお監査法人中央会計事務所については,
設立の基本的構想として「東京,大阪を中心とし,
その他可能ならば他地区の都市を含め,我が国で も超一流のスケールをもつ,全国組織的な監査法 人を設立する」ことが調われており,設立計画に あたり全国的規模の監査法人として設立する予定 であったことがわかる(同事務所編「誕生」昭和 54年,16頁)。
(5)「大蔵省証券局年報」(昭和48年版)昭和48年7 月,277頁。
(6)同上,(昭和51年版)昭和51年8月,229頁。
(7)同上,(昭和53年版)昭和53年8月,247頁。
(8)同上,(昭和60年版)昭和60年9月,281頁。
(9)監査法人問題勉強会「監査法人の現状と今後 の対応一監査法人問題勉強会報告一」(昭和62 年5月),1頁。
(10)「大蔵省証券局年報」(昭和60年版),281頁。
29
同62年4月1日センチュリー監査法人と監査 法人栄光会計事務所が合併して,名称は
「センチュリー監査法人」を継承。
同63年7月31日監査法人中央会計事務所と新 光監査法人が合併して「中央新光監査法人」
となる。
これら大型合併の様子を,大規模監査法人のそ の後の合併を含め,個別に調べてみることにする。
(11)「大蔵省証券局年報」(昭和59年版),283頁。
青山監査法人の事務所案内の冊子によれば,19u19 年ロー・ビンガム.アンド・トムソンズ会計事務 所開設(青山PWの前身),1962年プライス・ウォー ターハウス会計事務所に名称変更,と記されて いる。
(12),(13)同上Ⅲ283頁。
(14)同上,(昭和61年版),346頁。日本経済新聞,
1985年2月21日夕刊は,「米の8大会計事務所が日 本に監査法人一国際業務獲得狙う」という記事 を載せ,「ビッグエイトが日本で監査法人になり,
顧客獲得を強化することは,日本企業の国際化が 進んでいる時だけに,国内監査法人に影響を与え そうだ」と述べ,日本の監査法人への影響につい て指摘している。
国際会計事務所の監査法人化を含め,監査業界 の動向については,次の論述がある。「対談一国 内法人の対応と監査体制の充実に向けて-久保 田晃・白鳥栄一」,「ビック・エイトの進出と国内 会計事務所一編集部」(企業会計,第36巻第11号,
1984年11月)。
(1)監査法人朝日会計社と新和監査法人の 合併
1984年11月15日付日本経済新聞朝刊は,この合 併について「わが国の大手会計事務所同志が初め て合併し,最大の監査法人が誕生する」と報じて いる。両監査法人が合併に踏み切ったのは,「ビッ グ・エイト(米国八大会計事務所),の日本進出 に対抗するとともに,情報化社会の到来をにらん で,スケールメリットをねらったもので,監査業 務だけでなく,経営指導など幅広い分野での地盤 強化をめざしている」ため,としている。
合併後設立する「朝日新和会計社」は出資金約
5億円,本部は東京に置き,国内17カ所,海外5 カ所の事務所を持つことになる。スタッフ総数は 780人,このうち公認会計士の資格を持つ者は530 人,スタッフ数で最大だった中央会計事務所を抜 いて,わが国公認会計士全体の7%を擁する最大 の会計事務所になる.と報じている。Ⅲ監査法人の合併(1985年~1993年)
1.わが国大規模監査法人の合併
1985年(昭和60年)代に入り,わが国において 大規模監査法人同志の合併が相次ぎ,現在の5大 監査法人体制ができあがって行くのである。1985 年より1988年にかけての大型合併の状況を,「大 蔵省証券局年報」(平成元年版)は,次のように 記している(1)。
昭和60年7月1日監査法人朝日会計社と新和 監査法人が合併して「監査法人朝日新和会 計社」となる。
同60年10月1日監査法人太田哲三事務所と昭 和監査法人が合併して「太田昭和監査法人」
となる。
同61年1月1日監査法人第一監査事務所,日 新監査法人及び武蔵監査法人の3社が合併
して「センチュリー監査法人」となる。
同61年10月1日等松.青木監査法人と監査法 人サンワ事務所が合併して「サンワ.等松 青木監査法人」となる。
(2)監査法人太田哲三事務所と昭和監査法人 の合併
1985年7月28日付日本経済新聞朝刊は,この両
監査法人の合併を報じ,「わが国最大」となり,
「米国八大会計事務所(ビッグ・エイト)の日本 での活動強化に対抗して,組織を拡大し,経営基 盤を固めるのがねらいで,今後も他の監査法人に 合併を呼びかける」としている。
新しく誕生する「太田・昭和監査法人」は,出
資金は約5億円,本部は東京に置き,国内事務所
は9カ所,海外は欧米などに9カ所の駐在員事務所を持つ。総人員は関連会社を含め1,269人で,
公認会計士,会計士補は,720人,顧客数は1,260
社。7月1日に誕生した朝日新和会計社の規模を 上回り,業界トップとなる,と報じている。なお30
太田哲三事務所がアーンスト.アンド・ウイニー と,昭和監査法人がビート・マーウィック・ミッ チェルとそれぞれ提携しているが,合併後も引き 続き提携して行く方針である,と伝えている。
その後1987年11月に,四国に事務所を開設して いる。「太田昭和監査法人は11月,四国事務所 (香川県高松市)を開設した。五大監査法人のう ち四国に事務所を設置したのはサンワ等松青木監 査法人に続いて二社目。同時に松山連絡事務所 (愛媛県松山市)も開設した」(1987年12月3日付
日経金融新聞)。
る」と伝えている。
(4)等松・青木監査法人と監査法人サンワ事 務所の合併
1986年3月30日付日本経済新聞朝刊は,この合
併について「わが国最大の会計事務所が誕生」と
報じているが,その動機について「企業の国際化に伴い会計,会計監査業務が複雑になったうえ,
コンサルタント業務の拡充や民営化,新規公開企 業の増加などに対応するには規模の拡大が必要」
と述べている。
新しく誕生する監査法人は,「サンワ・等松青
木監査法人」で,出資金は6億300万円,公認会
計士の数は358人であり,わが国最大となる。事 務所は,国内14カ所,海外には現地法人5社,駐 在員事務所25カ所となる。また顧客企業数は,コンサルタント業務を含めて1,544社となる。
さらに1987年12月22日付日経金融新聞は,サン ワ・等松青木監査法人と「中京地区最大の九ノ内 会計事務所」との合併(1988年4月合併)を伝え,
「東京の四大法人が主導権を握る監査業界は地方
を巻き込んだ第二次再編の時代に入った」と報じている。合併後出資金は7億2,400万円,スタッ
フは公認会計士・会計士補703人を含み総数1,100 人を超す。また顧客企業数は証取監査企業335社,コンサルティング業務を合わせれば2,066社と なる。
また1988年6月7日付日経金融新聞は,サンワ・
等松青木監査法人と監査法人西方会計事務所およ び監査法人札幌第一会計との合併について報道し ている(1988年10月合併)。合併後の出資金は,8 億1,700万円となる。
(3)監査法人第一監査事務所,日新監査法人 および武蔵監査法人の合併
1985年10月9日付日本経済新聞夕刊は,「一勧・
松下・日立グループ,3監査法人が合併」と報じ ている。第一勧銀系企業を多く監査する第一監査 事務所,松下グループを監査する日新監査法人,
日立グループを監査する武蔵監査法人の3監査法 人が合併して「センチュリー監査法人」となる。
合併の動機について,「企業グループが拡大し多 国籍化する中で,国際的に通用する規模や体制の 整備,コンピューター化に対応するには,特定の 企業集団の監査にとどまらず合併が必要と判断し た」としている。
新監査法人は,出資金3億5,600万円,総人数 は公認会計士274人を含む357人,顧客企業は上場 会社126社はじめ456社で,収入面では大企業を監 査するためトップクラスになる,としている。
また新しく誕生する監査法人は,現在3監査法 人が提携しているビート・マーウィック・ミッチェ ルの日本代表事務所である港監査法人と従来通り 提携し,業務は主に,センチユリー監査法人が国 内,港監査法人が海外を担当することになる。こ れによって事務部門の統合によるコストダウンや,
顧客企業獲得や人材採用にスケール・メリットを 生かすことになる,と報じている。
1986年9月2日付日本経済新聞夕刊は,「監査 法人,第五の勢力誕生」として,センチュリー監 査法人と栄光購杏法人の合併を報じている。「合 併後は常勤の公認会計士数が277人,顧客数627社,
売上高が約40億円となり,朝日新和会計社など国 内四大手監査法人と肩をならべる会計事務所にな
(5)監査法人中央会計事務所と新光監査法人 との合併
1988年2月7日付日本経済新聞朝刊は,この大 規模監査法人の合併について,次のように報じて いる。「監査法人第3位中央会計事務所(本店東 京,代表中瀬宏通氏,出資金5億6,860万円)と6 位の新光監査法人(同東京,同松本善一氏,同3 億5,100万円)は,7月31日付で対等合併するこ とに合意した。合併後は国内で最大の会計事務所 となる。監査業界は業務の国際化などに対応,こ
31
こ数年中堅同志が合併を繰り返し「ピッグフォー」
と呼ばれる4社体制が確立している。今後は4社 が主導権を握る第二次の業界再編成が活発になる 見通し」。またこの合併により誕生する「中央新 光監査法人」の規模については,出資金は8億 1,960万円,証券取引法被監査会社468社でこれま でトップだった朝日新和会計社(356社)を抜く。
公認会計士の数もパートナー(出資者)と,それ 以外の者の数を合わせ530人となり,国内最大と なる見通しである。
国内最大の監査法人となるメリットについて代 表社員中瀬宏通氏は,次のように述べている(1988 年7月6日付日経金融新聞)。
「まず社員の士気が上がる。日本電信電話(N TT)民営化の際は業界トップだったので,当社 と朝日新和会計社が会計監査を担当した。ところ がその後大手の中小監査法人吸収が相次ぎ,当社 は業界4位に落ちてしまい,国鉄(現JR)分割 民営化の際は日本貨物鉄道の監査しかとれなかっ た。やはりビックフォー(中央,朝日のほか,サ ンワ・等松青木監査法人,太田昭和監査法人)の 中でもトップであれば,社員の意識,周囲からの 信頼性も向上する」(2)。
2.国際会計事務所の合併とわが国監査法人の 合併
国際会計事務所の監査法人化は,1983年6月の 青山監査法人にはじまり,1985年8月の港監査法 人に至り,4つの監査法人が設立された。また 1985年7月の監査法人朝日新和会計社の誕生では じまったわが国大規模監査法人同志の合併は,
1988年7月の中央新光監査法人の発足により,一 段落することとなった。わが国の5大驍脊法人と 国際会計事務所との提携関係および国際会計事務 所の監査法人化の状況をまとめると,次のように なるM)。
昭和年月日
プライス・ウオー
58.6ユ瀬査法人
ターハウス アーサー・アンダー
59,6.2,撫査法人
セン
デロイト・ハスキ
ンズゲンドセ606,17辮鰯
ルズ
ピートマーウイツ6…7麓査法人と
ク・ミッチェル
トウシユロスsaLl雛歪霊査 アーンストアン59,7Ⅲ鯏旦綴査
ド・ウィニー監査法人中央
いテララ疎59.7,2会計事務所に
吸収(5)監査法人朝日 アーサー・ヤング61,5,1新和会計社に
吸収
大規模国際会計事務所(ビック・エイト)の対 日進出は,4つの会計事務所が提携方式,4つの 会計事務所が直接進出方式をとったことが判明
する。ビック・エイトの再編成の動きは,1984年8月
にプライス・ウォーターハウスとデロイト・ハスキンズ.アンド・セルズの合併が発表されて,表
面に表われた。この合併計画は,同年12月に不成 功に終っている。しかしその後のビック・エイトの再編成の動きを予感させるものであったし,そ
れはまたわが国の監査法人の合併再編成をうなが すことが予想されるものであった(6)。1989年1月,ビック・エイトのひとつビート・
マーウイック・ミッチェルとヨーロッパに地盤を なお青山監査法人は、上記のわが国監査法人の
大型合併が繰り返される中で,次のように地方の
主要都市に事務所を開設し,全国的規模の監査法 人として体制を整えている(3)。1985年仙台事務所開設 1986年横浜事務所開設 1987年広島事務所開設 1988年松山事務所開設
広島事務所の開設は,「今後中堅企業の発展が 見込まれる中国・四国地区で監査に限らず総合的 なサービスを展開する」ことが意図されている
(1988年1月12日,日経金融新聞)。また松山事務
所についても,「四国の企業が海外で事業を展開する際,立地条件調査,現地での設立準備手続き,
会計情報システムの構築,国際税務相談といった
総合的なコンサルティングを実施」,さらに,「一
般企業を対象として経営診断,経営管理体制の整 備,株式公開などの相談」を業務とするとしている(1988年9月2日,日経産業新聞)。
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もつ,ビック・エイトに匹敵する規模のクライン
ベルト・メイン・ゲーデラー(KlynverldMain
Goerdeler:KMG)と合併し,クラインベルト・ビート・マーウィック・ゲーゲラー(Klynveld
PeatMarwickGoerdeler:KPMG)となった。そして1989年5月,アーンスト.アンド・ウイニー とアーサー・ヤングの合併が発表され,ビック・
エイト同志の合併となり,アーンスト.アンド・
ヤング(Ernst&YoungEY)となった。プラ
イス・ウォーターハウスとアーサー・アンダーセ ンの合併計画が同年7月に発表された。そして時 を同じくして,トウシュ・ロスとハスキンズ.ア ンド・セルズの合併が報じられた。前者は失敗に 終ったが,後者はわが国のサンワ・等松青木監査 法人が加わり,デロイトロス・トーマツ(Del‐
oitteRossTohmatsu:DRT)として,合併が 成立した(7)。
このビッグ・エイトを構成する会計事務所同志 の2つの大型合併により,ビッグ・シックスになっ たことに伴い,わが国の大規模監査法人も,合併・
再編成の動きが生じた。まず1990年2月1日,サ ンワ・等松青木と三田会計社が合併し,新監査法 人の名称を,「監査法人トーマツ」とした。トウ シュ・ロスと提携するサンワ・等松青木と,デロ イト・ハスキンズ.アンド・セルズの日本法人で ある三田会計社の合併である(8)。さらに続いて,
1990年7月1日,センチュリーとKPMGの日本 法人である港監査法人とが合併している(9)。これ らの合併を通して,1989年から1990年にかけて生 じたKPMGおよびDRTの合併に係わるわが国 監査法人の再編成は終了した。
もうひとつのビック・エイト同志の合併である アーサー・ヤングとアーンスト.アンド・ウイニー の合併(1989年10月1日,合併後アーンスト・ヤ ングとなる)については,アーサー・ヤングと提 携していた監査法人朝日新和会計社とアーンスト.
アンド・ウィニーと提携していた太田昭和監査法 人の合併が検討されたが,合併の許認可権を持つ 大蔵省は,監査業界の寡占化が大巾に進むとして,
この大規模監査法人同志の合併に難色を示した。
1989年(平成元年)9月29日付日経金融新聞は,
次のように伝えている。
「朝日新和は上場企業の約290社(全体の15%),
太田昭和は約260社(同13%)を監査する。両 者が合併すると現在,ドップ規模の中央新光の 1.6倍の規模となる。このため,合併について 大蔵省は「監査法人の分野にガリバー企業を作 りたくない」(中川隆進証券局企業財務課長)
と消極的だ。」
1991年10月9日,日本経済新聞(朝刊)は,
「「朝日」と「太田」の合併断念,監査法人業界
“最後の再編,,-大蔵省承認せず」という見 出しで,次のように,報道している。
「監査法人業界で成り行きが注目されていた
「朝日新和会計社」と「太田昭和監査法人」の 合併が事実上挫折した。それぞれが提携してい た米国の監査法人が89年10月に合併して丸2年。
水面下で合併に向けての調整が続けられてきた が,監査企業の寡占を懸念する大蔵省の承認が 最後まで得られなかった。両監査法人は公式に は「継続案件」としているものの,両法人のトッ プは「実現は難しい」との認識で一致しており,
合併を事実上断念した。」
アーサー・ヤングとアーンスト.アンド・ウィ ニーの合併に伴うわが国監査法人の合併・再編成 は,監査法人朝日新和会計社と太田昭和監査法人 の合併に至らなかったが,さらに次のような大規 模な合併をもたらしたのである。この大規模合併 について,1992年12月18日,日本経済新聞は,
「朝日新和と井上斎藤英和,合併し国内最大に-
大規模合併はひとまず一段落」という見出しで,
次のよう報じている。
「監査法人朝日新和会計社と井上斎藤英和監査 法人の合併は,米国における大会計事務所の再編 に伴ってやや複雑な関係になっていた日米の監査 法人の提携関係をすっきりさせるもの」とし,上 述の監査法人朝日新和会計社と太田昭和監査法人 の合併不成立の経緯から,「朝日新和は国際提携 関係で壁に突き当たっていたわけで,E&Yか らアーサー・アンダーセン(AA)に提携関係を 変更するという思い切った決断に結びついたと見 られる」。さらに,「AAは在日法人の英和監査法 人による,日本への直接進出を図ってきた。他の ビッグ・シックスが日本の監査法人と合併,提携 法人(メンバーファーム)方式に変えるなかで,
これを崩していなかった。昨年の井上斎藤との合
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供で今後の形態が注目されていたが,今回の合併 で提携法人方式へと切り替えがはっきりした。」
1993年(平成5年)10月1日,監査法人朝日新 和会計社と井上斎藤英和監査法人が合併し,「朝
日監査法人」となった(101。
こうしてビッグ・エイトからビッグ.シックス ヘと監査業界の国際的再編成の波の中で,わが国 の監査業界は,大規模監査法人の合併が相次ぎ,
5大監査法人の形成とそれら監査法人とビッグ・
シックスとの提携関係が,明確にされて行ったの である。
わが国大規模監査法人と国際会計事務所との関 係は,以下のようになった。
朝日監査法人アーサー.アンダーセ ン(AA)
中央監査法人(、) クーパーズ.アンド・
ライブラント(CL)
太田昭和監査法人アーンストアンド.
ヤング(EY)
監査法人トーマツデロイト.トウシュ.
トーマツ(DTT)《聰)
センチュリー監査法人クラインベルト・ビー トマーウィック・
ゲーデラー(KPMG)
青山監査法人プライス.ウォーター ハウス(PW)
ビッグ・シックスのうち,プライス・ウォーター ハウス(PW)が青山監査法人を設立し直接進出 方式をとっているが,他の5会計事務所は,提携 法人方式をとっていることが明らかである。
九州新光
四国サンワ・等松青木
なおサンワ・等松青木は大手監査法人中,唯一四 国に事務所を持っている関係で2社を担当するこ とになったとされている(1987年3月17日付日本 経済新聞夕刊)。
(3)青山監査法人,法人案内冊子による。
(4)「大蔵省証券局年報」(昭和61年版)昭和61年 10月,346頁。
(5)監査法人中央会計事務所が,クーパーズ,ア ンド・ライプラントの日本事務所を吸収したいき さつについては,監査法人中央会計事務所編「中 央会計の20年」平成元年,58~59頁。
(6)「ビッグ・エイトに再編の動き-PWとDH.
Sが合併か-」商事法務,No.1019,昭和59年9 月15日,42頁。
(7)川北博稿「激動する国際会計事務所―その 離合集散一」国際会計研究学会年報(1989年度)
1990年3月,46~58頁。田近耕次稿「国際会計事 務所の再編成」商事法務.No.1225,1990年8月 25日,40~42頁。
(8)「監査法人サンワと三田,2月に合併一新社 名「トーマツ」」1990年1月5日,日本経済新聞 朝刊。
(9)「監査法人センチュリー,港と合併一KPM Gと内外業務補完」1990年4月24日,日本経済新 聞朝刊。
(10)1993年9月28日,日本経済新聞(朝刊)「朝日 新和と井上斎藤英和,10月1日に合併一国内最 大の監査法人に」。
(11)中央新光監査法人は,1993年7月2日,創立 25周年を機に,「中央監査法人」に名称を変更して いる(日本経済新聞,1993年7月2日(朝刊))。
(12)1992年6月に,デロイト・ロス・トーマツ
(DRT)からデロイト・トウシュ・トーマツ(DT T)に名称変更している(Tohmatsu&CO,1992
TOHMATSUCPANOTE-GuideforCert‐
ifiedPublicAccountant,p、18)。
〔注〕
(1)「大蔵省証券局年報」(平成元年版),平成2年 1月,382頁。
(2)分割国鉄7社(6旅客会社,1貨物会社)の 監査法人は,つぎのような大規模監査法人で占め
られている。
東日本朝日新和 西日本太田昭和 束海サンワ・等松青木 貨物中央会計事務所 北海道センチュリー
Ⅳ、むすぴ
1993年(平成5年)3月末現在,121の監査法
人が設立されている。公認会計士の数は9,682名,
34
外国公認会計士16名,会計士補2,959名であり,
公認会計士の50.3%に相当する4,874名が監査法 人に所属している(1)。証券取引法監査の被監査会 社数は,3,392社,その85.3%にあたる2,892社を 監査法人が監査している(2)。
5大監査法人に所属する公認会計士および会計 士補の数については,次の表(表3)のようにな る(3)。5大監査法人に所属する公認会計士は,
表35大監査法人の公認会計士・会計士補の数
金額において,さらに関与監査会社数において,
それらに続く監査法人と明確に区別しうる規模を 有している少数の大規模監査法人がこうして形成 されてきたのである。そしてこれらの監査法人は,
ビッグ・シックスといわれる国際会計事務所と提 携し,監査業務においても国際的規模において展 開しているのである。
今後の監査法人の展開を考えるときに,次の諸 点が関連するところであろう。
まず第1に,監査業界全体に係わる問題として,
大規模監査法人と中小規模監査法人との間の2極 分化に係わる問題である(7)。大規模監査法人の優 位性より,その他の監査法人が監査業務またその 他の業務を受託することを制約する関係が生じる であろうし,中小監査法人の存続に係わる問題と なる。さらには監査業界内の自治にも影響を与え ることとなる。大規模監査法人により考慮に入れ るべき重要問題である。
第2に,会計専門職の存立基盤というべき独立 性に関する問題である。「近年会計事務所の業務 は著しく専門化されてきている。…そのような専 門化の進展は,会計事務所の情報産業化をもたら すこととなる。クライエントの会計事務所に対す るニーズは,監査業務という消極的な面からその 周辺のMC業務等の情報産業化した積極分野に 向けられてくるようになるのである」(8)。このよ うな監査業務からその周辺業務への業務範囲の拡 大は,監査人の独立性の問題を抱えることとな る(,)。この問題も大規模監査法人の抱える問題の 一つとして挙げられる。
第3に,監査法人の管理.運営の問題である。
1987年(昭和62年)5月にまとめられた監査法人 問題勉強会報告「監査法人の現状と今後の対応」
の中で,監査法人運営の充実のために次の諸点が 提案されていた(45~46頁)('0)。
(1)監査業務等を担当する社員と経営.管理 を担当する社員とを分け,組織的,効率的な 人員配置を考えるべきこと。
(2)監査法人は,合名会社法理により社員全 員に無限責任を負わせている。大規模化した 法人では,全社員の合意による運営は効率的 でなく,たとえば無限責任社員と共に有限責 任社員を規定し,社員の権利義務に若干の差
H1
 ̄■岡■、
Ⅱロロロ
1994年(平成6年)3月31日現在の公認会計士の 42%,会計士補は,61%となっているM)。
出資金額について5大監査法人を示せば,次の 表(表4)のようになる(5)。
表45大藍杏法人の出資金
また5大監査法人の証券取引法監査の受託会社 数は,次の表(表5)の通りである。その合計数 は全体の68%にあたる(6)。
表55大監査法人の証券取引法監査の受託会社数
わが国監査法人は,1985年(昭和60年)以降合 併・再編成の時代を経て,現在は5大監査法人体 制が確立している。その人的規模において,出資 公認会計士 会計士補 合計 朝日監査法人 1,017 397 1,414 中央監査法人 966 385 1,351 太田昭和監査法人 868 384 1,252 監査法人トーマツ 801 412 1,213 センチュリー謄杏法人 607 162 769 合計 4,259 1,740 5,999
中央監査法人 12億4,900万円 朝日監査法人 12億2200万円 監査法人トーマッ 10億7800万円 センチュリー監査法人 8億3800万円 太田昭和監査法人 7億8 000万円
中央監査法人 589社
朝日監査法人 551
監査法人トーマツ 515
太田昭和監査法人 443
センチュリー監査法人 301
合計 2,399社
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を設けること。こうして無限責任社員が,法 人の運営にあたるようにすること。
(3)監査法人の活性化のためには,公認会計 士以外の者であっても,実質的に法人の運営 に参画できるようにすること。
これらの提案は,5大監査法人体制という大規 模監査法人の存在する現在,十分検討されなけれ ばならない事柄といえよう(、)。
最後に,国際化の問題である。5大監査法人は 監査法人朝日新和会計社と井上斎藤英和監査法人 との合併により(1993年10月合併,朝日監査法人 と名称変更ハピッグ・シックスとの提携関係が 確立し,それぞれの監査法人はこの提携関係の中 で国際化を引き続き進めて行くことになる。この 監査法人の国際化に関して,次のような指摘があ る《'2)。「国際提携に関しては,形式的には一段落 したが,その内容については大いに改善の余地が 残されている。現状では,一部の事務所を除いて は,提携による真の実はあがっていると思われな い。提携は,多くの場合,該当する外資系事務所 を合併することによって行われたが,現在までの ところ,国際業務は依然としてもっぱら旧外資系 事務所グループが行っており,提携が事務所全体 の国際化に寄与していない。このような状態では,
国内業務と国際業務との間の人事の交流,監査手 続の統一,専門家の養成等が効率的に行われない。
現在急速に進んでいる国際化のペースに立ち遅れ ないためには,事務所のトップマネジメントその ものが国際感覚を持って,事務所全体を国際的レ ベルに到達するように努めなければならない」。
監査法人の国際化また近代化を阻む要因として
「部屋割的な管理体制」があげられているが(13),
この点は以前より上述の監査法人問題勉強会報告
の中でも指摘されてきたところであり('4),大規模 監査法人が,その国際化をすすめるにあたって,またその体質を改善し真の組織的監査の担い手と して近代化するにあたって,取り組まなければな らない重要な問題であるといえよう。
大規模監査法人は,これらの問題に取り組みそ の克服に努めて,自己に課せられた監査業界にお ける国内的また国際的責任を果たして行くことが 求められているのである。
〔注〕
(1)「大蔵省証券局年報」(平成5年版)平成6年2 月,283頁。
(2)同上,291頁。
(3)各監査法人より提供された資料による。なお5 大監査法人と青山監査法人の現状は,<資料1>
として示した。
(4)1994年3月31日現在の公認会計士等の数は,
次の通りである(JICPAジャーナル,No.466, 1994年5月,92頁)。
公認会計士10,147名 外国公認会計士15名 監査法人122法人 会計士補2,843名
合計13,127名
(5)青山監査法人の出資金はく資料1>に示され ているように,2億8,500万円である。
(6)大蔵省証券局企業財務課編「有価証券報告書 提出会社名簿(平成6年版)」(平成6年6月),に よる。会社数を集計するにあたり,監査法人と個 人および共同事務所との共同監査は監査法人の件 数に含め,また監査法人による共同監査は,双方 の監査法人の件数に含めた。したがって,有価証 券報告轡提出会社(国内会社)総数は3,482社であ るが,監査法人による共同監査が49件あり,総数 は3,531社として計算している。なお朝日監査法人 の会社数の中には井上斎藤英和監査法人の19社を 含め,またセンチュリー監査法人の会社数には陽 光監査法人の2社を含めている。
上記「有価証券報告書提出会社名簿(平成6年 版)」により,証券取引法監査受託会社数の上位 20監査法人を文末にく資料2>として示しておく。
(7)川北博稿「環境変化に伴なう監査主体の現代 的課題一法と倫理に関連する諸問題一」会計,
第143巻第3号(1993年3月),41~42頁。日本監 査研究学会・監査人の独立性に関する研究部会
「監査人の独立性に関する研究一実証研究のため の理論的枠組みをもとめて-」(平成5年6月5 日)33~34頁。<資料2>から二極分化の実態を 知ることができる。
(8)川北樽,前掲稿,42頁。
(9)日本監査研究学会・監査人の独立性に関する
36
研究部会,前掲報告,31頁。
(10)拙稿「監査法人に関する調査研究について」
経営志林,第24巻第2号。1987年7月,63~64頁。
(11)監査法人の法的形態について,次の文献を見 られたい。日本監査研究学会・監査法人のあり方 研究部会編「監査法人」平成2年,35~37頁。な お会計事務所の法的形態については,アメリカで は監査に係わる損害賠償責任問題と結びついて,
有限責任組織を含めて何らかの形態に改めること が議論されている(日本監査研究学会・海外監査 実務研究部会編「海外監査実務」平成6年2月,
374~375頁)。
(12),(13)田近耕次稿「国際会計事務所の再編成」
商事法務,No.1225,1990年8月25日,44頁。
(14)監査法人問題勉強会,前掲書,19頁。
④学校法人監査291校
⑤労働組合監査91組合
⑥その他791社合計2,582件 3)事務所国内28カ所
海外37カ所 4)出資金12億4,900万円
◎太田昭和監査法人(平成6年10月現在)
1)人員構成
公認会計士社員229名 職員639名
会計士補384名小計1,252名 その他155名合計1,407名 2)関与会社
①証券取引法・商法監査1,345社
②学校法人監査160校
③労働組合監査88組合
④その他807社合計2,400件 3)事務所国内18カ所
海外23カ所 4)出資金7億8,000万円
◎監査法人トーマツ(平成6年3月31日現在)
1)人員構成
公認会計士社員265名 職員536名
会計士補412名小計1,213名 その他668名合計1,881名 2)関与会社
①証券取引法・商法監査796社
②学校法人監査53校
③その他一合計2,500件 3)事務所国内18カ所
海外44カ所 4)出資金10億7,800万円
○センチユリー監査法人(平成6年9月30日現在)
1)人員構成
公認会計士社員272名 職員335名
会計士補162名小計769名 その他128名合計897名 2)関与会社
①証券取引法・商法鴎杏278社
②証券取引法監査32社
③商法監査553社小計863社 く資料1>監査法人の現状
◎朝日驍脊法人(平成6年9月30日現在)
1)人員構成
公認会計士社員315名 職員702名
会計士補397名小計1,414名 その他職員357名合計1,771名 2)関与会社
①証券取引法・商法監査508社
②証券取引法監査46社
③商法監査970社小計1,524社
④学校法人監査319校
⑤労働組合監査79組合
⑥任意監査・その他1,041社合計2,963件 3)事務所国内29カ所
海外
4)出資金12億2,200万円
◎中央驍杏法人(平成6年3月31日現在)
1)人員構成
公認会計士社員336名 職員630名
会計士補385名小計1,351名 その他職員316名合計1,667名 2)関与会社
①証券取引法・商法監査555社
②証券取引法監査54社
③商法監査800社
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④学校法人監査139校
⑤労働組合監査37組合
⑥その他839社合計1,898件 3)事務所国内14カ所
海外18カ所 4)出資金8億3,800万円
◎青山監査法人(平成4年10月現在)
1)人員構成
公認会計士社員51名 職員(公認会計士・会計士補)
292名小計343名 その他461名合計804名 2)関与会社
①証券取引法・商法監査270社
②任意監査420社
③その他440社合計1,130件 3)事務所国内11カ所
海外
4)出資金2億8,500万円
(本研究は平成5年度法政大学特別研究助成金によ るものである)
<資料2>証券取引法監査受託会社数の上位20監 査法人
1中央監査法人589社 2朝日監査法人551 3監査法人トーマツ515 4大田昭和監査法人443 5センチユリー監査法人301 6東陽監査法人55 7青山監査法人43 8監査法人伊東会計事務所36 9監査法人日本橋事務所35 10太陽監査法人30 10有恒監査法人30 12瑞穂監査法人26 13永昌監査法人23 14聖橋監査法人17 15監査法人八重洲事務所16 15明和驍杏法人16 17監査法人大手門会計事務所15 17ナニワ監査法人15 19監査法人井上公認会計士事務所14 19監査法人保森会計事務所14