1.はじめに
博多鋏は、宋からの帰化人である謝国明がその原型と なる鋏と共に製作技術を伝えたとされ、約700年の歴史 を持つ。その間、様々な改良が加えられ、形態を微妙に 変化させてきた。現在のような形に仕上げたのは、幕末 の頃の博多箔屋番(福岡市博多区冷泉町)の鍛冶屋安河 内宇助
*1であると言われている。
1-1)当初、博多で日本 刀を製作していた刀鍛冶師達がその余暇に製作を始めた。
その後、廃刀令に伴って日本刀が製作できなくなるのを 契機に、刀鍛冶師が伝統的技術を用いて鋏をはじめとす る付け鋼刃物を専門に製作した。当時 8 軒ぐらいの鍛冶 屋が存在し、戦前の最盛期には20軒程度になる。しかし、
現在は高柳家(高柳商店)三代目である高柳晴一氏(以 後T氏と記す)が唯一の博多鋏製作者となった。T氏 の祖父亀吉は鍛冶屋安河内宇助の弟子になり、修業の末、
その腕を見込まれて明治20年に商標登録「宇印」を継ぎ、
二代目鋏鍛冶師として独立した。その後父総一郎、T氏 とその鍛冶技術が受け継がれた。
*2博多鋏はかつて唐鋏
*3と呼ばれていたが、明治25年 ごろ福岡県商工課の意見で正式に「博多鋏」
2)と呼ぶこ ととし、そのまま定着した。また、この鋏の外観として 肩や足
*4と呼ばれる部分に「二の字」と「菱紋」を刻 印して加飾することに特色があり、「菱足の鋏」
1-2)と も呼ばれている。
博多鋏は、鹿児島県種子島で製作されている種子鋏
*5と同様、日本の伝統的刃物の特徴である極軟鋼に高炭素 鋼が鍛接された付け鋼であり、極軟鋼の柔らかさと高炭 素鋼の硬さを持ち合わせたしなやかで強靭な刃物である。
しかし、これら博多鋏や種子鋏のように付け鋼による製 品は、新素材の開発や製作工程の複雑さ、技術的な難易 度の高さ、経済効率の低さなどから非常に少なくなりつ つある。現在、一般に製作されている鋏は、全て高炭素 鋼(全鋼)によるものやステンレススチール製のものが 多く、セラミックス製の鋏も存在する。
また、複合材(リキ材)と言われる極軟鋼と高炭素鋼
がすでに接合されている材料を使用し、型鍛造などの製 作方法を採用した職人や産地も多い。その製作方法は鍛 造成形(火造り)
*6の簡略化を実現させ、量産を可能に した。
このような状況のもと、博多鋏は伝統的な日本刀製作 技術である鍛接技術(付け鋼)を取り入れ、柔軟で硬い 刃先を持つ刃物として貴重な鋏になりつつある。これら の状況を踏まえ、博多鋏の製作環境と道具の詳細を以下 に記述する。
2.高柳商店の作業場
高柳商店(元、高柳利器製作所)の作業場は、福岡 市の中心地(博多区冷泉町)に位置し、家屋が密集する 住宅街という条件から平成 3 年に現在の建物に建て替え られた。「福岡県の諸職」福岡県諸職関係民俗文化財調 査報告書(福岡県教育委員会)に、平成 2 年 3 月調査員 三木隆之氏が調査した住まいを兼ねた建て替え前の作業 場の図面が掲載されている。その報告書から、鍛冶師の 生活と仕事の関係を図り知ることができ、また作業場に ある炉(火床)、鍛造機(ベルトハンマー)、バフ(両頭 グラインダー)、木台の 4 点の機械や道具の配置図が示 され、作業内容の概略を想像することができる。しかし、
本研究で新たに建て替えられたT氏の作業場の環境や製 作で使用している機械や道具ならびにその配置などを詳 細に調査した。その結果、製作に関わる機械や道具の配 置を図1の平面図で示し、その詳細を次章で記すことと する。
鍛冶の作業は金鎚で鉄を叩く内容であり、その騒音が 住宅街にある作業所にとって深刻な問題になる。T氏は その対策として、建物の外壁をコンクリートで覆い、内 壁を防音材で施工、床に吸震ゴムを敷き詰めて鍛造時の 騒音と震動の外漏れを防止している。また、ベルトハン マーの土台となる基礎を建物の基礎から切り離して独立 させ、鍛造時の振動が他に伝わらないように工夫した。
鍛造を行うスペースは900×900mmの面積で土間よ
付け鋼技法で製作される博多鋏の調査
−作業場と道具−
Investigation of the workshop and tools of Hakata Scissors manufacturers
● 中村滝雄、横田 勝、ペルトネン純子、長柄毅一/富山大学芸術文化学部
NAKAMURA Takio, YOKOTA Masaru, PELUTONEN Jyunko, NAGAE Takekazu / The Faculty of Art and Design, University of Toyama
● Key Words : Hakata Scissors, forging techniques, hammer-welding high-carbon steel, workshop, original tools
資料 平成 19 年 7 月 12 日受理
り700mm低く穴が掘られ、ベルトハンマーや金床がT 氏の腰の位置
*7になるように設定されている。T氏が このスペースに入り、一定の場所に居ながらにして、鍛 造や熱処理など加熱に関する作業が行えるように火床・
金床・ベルトハンマー・当型が周辺に配置されている。
T氏の作業場では多くの鍛冶場でみられる独特の採光 方法
1)を見ることはできなかった。採光は天井中央に ある小窓と蛍光灯によるもので、全体的に明るさが抑え られ、安定している。作業内容や場所によって手元の灯 りを採用することで対応させ、集中力と作業効率が上げ られるように配慮されていた。また、鍛造時の換気は天 井の中央に排気ファンと火床の熱による上昇気流によっ てコークスの灰などが排出されるように設計されていた。
おおよそ23m
2の作業場内は、北東部に鍛造(鍛冶) (写 真1)、南東部に切削・研磨(写真 2 )、部屋の中央と西 南部に加飾や調整、仕上げ(写真 3 )を行うスペースと し、南部に集塵装置が配置されている。
3.博多鋏製作の道具と冶具 3.1 ベルトハンマー
かつて職人(兄弟子)がいた頃、 向
むこう鎚
づち*8で荒打ちを 行っていた鍛造を、現在は昭和15年頃導入したベルト
ハンマーに替えて行っている(写真4)。ベルトハンマ ーはモーターの回転運動をハンマーの上下運動に変換し、
バネとベルトによる反動を利用して打撃を与える機械で ある。そのハンマー部と金床部の鏡
*9手前が斜めにごく 僅か切削されており、足の鍛造など先端が徐々に細くな る形態を打ち延べ易いように工夫されている。ベルトハ ンマーの軸径は直径70mmであり、鏡の右側2/3が平面 に仕上げられ、残りの左側1/3が横方向のカラカミ
*10に切削成形されていた。通常は平面のみの鏡が使われる ことが多く、鍛造される鉄は四方八方に打ち延べられる。
一方、カラカミで鍛造を行えば、鉄と接する面が少なく 打撃力を狭い面に集中させることができると同時に、鉄 は横方向(幅)にほとんど広がらず、前後の一方向に効 果的に素早く打ち延べることが可能になる(図2)。こ のように、T氏は一つのハンマーに二種類の鏡を設ける 図1 高柳商店の作業配置図
①菱紋用グラインダー ②卓上ボール盤 ③集塵機 ④焼戻し 用油槽 ⑤作業机 ⑥当金 ⑦木台 ⑧整形用角床 ⑨電動ブ ロアー ⑩火床 ⑪金床 ⑫当型 ⑬ベルトハンマーのハン マー部 ⑭ベルトハンマーの本体 ⑮水砥石(小) ⑯水砥ぎ機
(大) ⑰両頭グラインダー ⑱両頭グラインダー ⑲水研ぎ場
⑳鍛造・熱処理などの作業スペース
図2 異なるハンマーの鏡による鍛造効果
この図は、ハンマーの鏡の形と圧延方向(金属の動き)を示した。
左側の図はベルトハンマーの鏡が平らであり、金属が四方八方 に打ち延べられて広くなる度合いが大きくなる。一方、右の図 はベルトハンマーの鏡が凸状(カラカミ)であり、金属が一方向 に打ち延べられて長くなる度合いが大きくなる。
図3 ベルトハンマーによる打ち延べと均し
①打ち延べ:アールのついたカラカミ(鏡が二次曲面になった蒲 鉾型)で打つと前後方向に効果的に打ち述べることができる。
②均し:鏡が平らなハンマーで打つと表面の凸凹が消える。
⑳
ことにより、カラカミで素早く打ち延べ、もう一方で鎚 跡の凹凸を平面に整形して表面を仕上げ、荒打ち鍛造を 効果的に進めることを可能にした(図3)。そして、加 熱温度と鍛造する箇所を適切なタイミングで二種類の鏡 を使い分け、短時間で鋏の形態に鍛造成形する。
また、ハンマー部を金床部(W90,D63mm)手前よ り9.6mm前方に設定して刃側(図 4 穂の上部)に段差 を作らず
*11、穂と足部境目の段(アゴ部)を容易に鍛 造成形できるようにし、足の形態の荒打ちを行う(図 4 、 写真 5 )。
3.2 火床
火床は550×550mmのスペースにコークスを燃料と し、空気が送風されて鉄の加熱が行われる(写真6)。
コークスの大きさは一辺20mm立方程度であり、小玉が 使用される。この大きさのコークスは刃物を扱う多くの 鍛冶師が使用しており、被加熱物の表面になるべく多く また均等に接して加熱ムラの防止と素早い加熱を可能に する。
現在、送風はかつての鞴
*12に替えて電動ブロアーを 使用し、火床の左側に送風口である羽
は口
ぐち*13(写真7)
を設けて行われている。羽口は耐熱性を考慮して耐火粘 土が使用され、耐久性を持たせるために通常のものより 厚く作られている。送風の調整はスイッチと弁の開閉で 行われ、鍛造工程に合わせて行われる。T氏はこの操作 によって加熱温度を調節し、鍛造効果と経済性を考慮し て頻繁に行う。また、時折コークスのノロ(燃え滓
かす)を 鉄の火掻き棒によって除去し、通風を確保して鉄を加熱 する。
なお、この火床は鍛造の他、焼鈍や焼入れに使用する 鉛の溶融、焼戻しにも使用される。
3.3 金床
鍛造用の金床は火床とベルトハンマーの間に設置され、
土間に500mm程度埋められて振動による移動や過大な 騒音の防止対策がとられている。鏡はその表面に高炭素 鋼が鍛接されており、その大きさが170×50mmで土間 から85mm出ている
*14。その形は鉄が良く打ち延べら れるように鏡の面が僅かに丸味を帯び、凸面である(写 真8)。
修正および整形用の金床(角床)は中央にある作 業机の上に置かれている。その大きさは125×70×
H125mmであり、鏡(上面)の中央が平面である。右 側に幅15mm深さ 4 mm程度の浅い溝があり、その中央 に四角の穴があいている(写真 9 )。鏡の周辺は、それ ぞれ端の中央付近に1.5mm程度のなだらかで異なった 窪みがある。これらの溝や窪みは穂の反り修正や微妙な 形態の調整をする時に使用される。また、四角い穴は切 り鏨が設置できるように設けられており、目釘に用いる 鉄棒の切断に使用される。この金床は穂の修正の他、博 多鋏の特徴である菱形など文様の刻印や目釘のカシメ
*15
を行う時にも使用される。
3.4 木台と当金
木台は直径約210mmであり、上面には金床同様さま ざまな浅い溝や窪みが設けられている(写真10)。この 溝や窪みは焼入れ後に穂などの曲がりを修正するために ある。
一般に焼入れ後の高炭素鋼は、金床のような硬い物質 に当てると割れが生じるので、打撃による震動を吸収す る木台の上で修正が行われる。全鋼の刃物の場合、たと え木台であっても打撃を与えると破損するが、付け鋼の 場合極軟鋼の柔らかさによって修正が可能になる。この 性質は付け鋼刃物独特の優れた点である。
また、木台に設置されている当金は足の曲げ調整のた めに使用される。
3.5 グラインダー
両頭グラインダーは 3 基設置されている。生研ぎ
*16や焼入れ後の荒研ぎ、ならびに本研ぎを行う♯60の砥 石( 幅25mm、 径350mm) と 仕 上 げ を 行 う ♯220の 金剛砂を膠で付けた布製の円盤(幅20 ~ 25mm、径 250mm)が取り付けられている。なお、♯60の砥石に は切削のときに発生する熱を冷却するために水が供給さ れる(写真11)。特に焼入れ後の切削においてその硬度 が低下
*17しないよう冷却に配慮が必要となる。
光沢を出すバフは青棒(酸化クロウムと蝋の混合物)
と言われる研磨剤が円盤(馬糞紙といわれるボール紙)
にこすり付けられ、最終的な仕上げに使用される(写真 図4 アゴの鍛造(ハンマー部と金床部の関係)
金床部よりハンマー部が手前(図ではハンマー部の右側)に出て いると、穂の上部(刃側)が平らに打たれ、相対する下部に金属 が移動してアゴの形(段差)ができる
ハンマー部
穂
金床部
刃側
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