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EU における税務執行共助と 納税者の権利保護

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(1)

は じ め に

 本稿は,欧州連合European Union ; 以下「EU」という。)における租税に 関する情報交換について,EU立法(指令,実施規則等)の沿革及びその目 的を概観し,納税者のプライバシーの権利との関係からその課題を論ずる ものである。

 経済活動のグローバル化の進展に伴い,適正かつ公平な課税を確保する ために,税務執行共助の必要性は近年ますます増加し1),税務執行共助の 分野の進展は,世界的な枠組みのなかで日進月歩の勢いを見せている2)

1) 近年のOECD及び主要国の税務執行共助分野の対応に言及している文献

として,大野(2011)。

2) OECDを中心としては,そのモデル租税条約において情報交換に関する

 87 商学論纂(中央大学)第59巻第56号(2018年3月)

EU における税務執行共助と 納税者の権利保護

──情報交換におけるプライバシーの権利を中心として──

髙 橋 里 枝

   目   次  は じ め に

Ⅰ.税務執行共助指令の展開と納税者の権利保護

Ⅱ.プライバシーの権利

Ⅲ.租税に関する情報交換とプライバシーの権利に関する判例の分析  結   び

(2)

EUとしても,脱税,租税回避及び有害な税競争に対する考え方はOECD や米国と同様であり,これらへの対策として税務執行共助の分野で積極的 な政策を採ってきた3)EUにおける税務執行共助に関しては,1977年に発 効された直接税分野における加盟国の権限ある当局による執行共助に関す る理事会指令(以下「1977年共助指令」という。)4)が最初のEU立法であり,

その後幾度の改正を経ている。2016年1月,委員会は「租税回避対策パッ

ケージAnti Tax Avoidance Package」を公表し,その柱の一つとして税の

透明性の向上を掲げ,税務執行共助指令の見直しを図ることとした5)。こ れを受けて,2016年5月の改正6),さらに2017年6月には委員会から更な る改正が提案されている7)EUにおけるこのような改正の流れは,EU

条項が定められ,幾度の改正により,その範囲は拡充されてきた。租税条約 に基づく情報交換に言及している文献として,矢内(2010),増井(2011),

中村(2004)。徴収共助に言及している文献として,森(2004),赤松(2005),

吉村(2009),脇本(2011)。BEPSプロジェクトにおいても,15の行動の一 つの柱である透明性を向上させることを目的として情報交換が挙げられてい る。BEPSと自動情報交換について言及している文献として,池田(2017)。

日本も締結した略称「税務行政執行共助条約」については,増井(2014)。

3) EU加盟国が主権国家として行う各々の行動ではなく,EUとしての行動 をいう。EU加盟国であるドイツにおける国際的情報交換について,木村

2000)。ドイツ,イギリス,フランスにおける国際的情報交換について,中 里(1997)。

4) Council Directive 77/799/EEC of 19 Dec. 1977 concerning mutual assistance by the competent authorities of the Member States in the field of direct taxation, OJ L 336, 27. 12. 1977, pp. 1520.

5) Commission Press Release, IP/16/159 (28 Jan. 2016).

6) Council Directive (EU) 2016/881 of 25 May 2016 amending Directive 2011/      16/EU as regards mandatory automatic exchange of information in the field of

taxation, OJ L146, 3. 6. 2016, pp. 821.

7) Commission, ʻProposal for a Council Directive amending Directive 2011/16/ EU as regards mandatory automatic exchange of information in the field of taxation in relation to reportable cross-border arrangements,ʼ COM/2017/335

(3)

税務執行共助に関する制度をOECDによる国際的な基準や米国の要請に 合致させるためだけでなく,域内市場というEUの目的達成をより確実な ものとするために,公正かつ効率的な課税を目指し,可能な範囲であらゆ る措置を実施しているものである。

 他方,税務執行共助制度については,納税者の権利保護に関する問題が 指摘されている。国際法上の属地主義の原則に基づき執行管轄権の領土外 における行使は,原則として禁止されているが8),例えば徴収共助に関す る合意がなされていた場合に,両国の適正手続の水準が異なれば納税者の 手続保障に係る権利が損なわれる可能性がある9)。情報交換においては,

プライバシーの権利という実体的基本権と,通知権,協議権,介入権及び 租税争訟に関する権利という行政手続の適正化や手続的人権保障の問題が ある10)。例えば,我が国において,公権力がプライバシーの権利を蹂躙す

final.

8) 山本(1995)240頁には,次のように記されている。「逮捕,召還令状の発 給,捜査,税務強制調査,文書提出命令の送達と執行など,執行管轄権に基 づく強制措置は,原則としてそれぞれの自国領域内に限りみとめられる。し たがって,外国の領域に立ち入って執行管轄権を行使できるのは,一般国際 法上の根拠があるか,司法共助・捜査共助に関する取極めなど両国間に特別 の条約がある場合,または相手国の明示・黙示の同意に基づく場合に限られ る」。

9) 吉村(200971頁。石黒(2008504頁には,日米租税条約27条に定めた 徴収共助を例に挙げ,強制を受ける側の国の私人の立場から,「基本的人権 保障の観点からして,日本国内でできないことが,外国からの共助要請があ ったからということでできるようになることは,基本的に認められないはず だし,条約上の定めによって上位規範たる憲法上の要請を相対比することも また,できないはずである」と述べられている。

10) OECD (1994) pp. 32 et seq. ;  Seer(2011) p. 96 ;  Seer(2015) p. 38 ;  Eliantonio (2016) p. 533 ;  Calderón (2000)は,通知権,協議権,介入権を参 加権の3つのカテゴリーであるとし,参加権について考察している。田村

(1987)119‑121頁は,競争法違反にかかる強制調査について,通常行われる

(4)

れば,憲法13条に保障された権利が侵害されることになる11)。また,公権 力により事前通知なしに納税者の情報が収集,記録,保存,利用及び移転 等される場合は,当該行為は手続的保障原則に反することになる。したが って,このような納税者の権利の保護に関しては,情報交換に際して十分 に配慮されなければならない。

 租税に関する情報交換について国際的に積極的な導入が図られている が,上述のような納税者の権利に関する問題について解決策が提示されて おらず,我が国においても情報交換とプライバシーの権利に注目する研究 はほとんど行われて来なかった。本稿では,EU立法に規定される情報交 換とプライバシーの権利について争われた判例を紹介し,その分析から情 報交換とプライバシーの権利に関する問題に対し,示唆を与えうると考え る。

Ⅰ.税務執行共助指令の展開と納税者の権利保護

⑴ 1977年共助指令の概要

 1950年代に始まった欧州の統合と並行して経済活動の国際化が進展し,

1970年代には国際法の原則に基づく執行措置の制限により,加盟国の行政 当局は国境を越える状況に対し適正な課税を実施することが難しくなって

情報提供の要求およびその正式決定の手続きをとることなく,直ちに,強制 的 な 調 査 権 を 行 使 し た こ と が 問 題 と な っ た 事 件(Case 136/79 National Panasonic (UK) Limited v Commission of the European Communities [1980]

ECR 2033)を取り上げた。本件は,事前に告知されず,また一方的に調査

を行ったことの人権侵害を一つの争点としており,この点についてプライバ シーないし住居不可侵という実体的基本権が問題となっているというより は,行政手続きの適正化や手続き的な人権保障のあり方について注目される であろうと述べ,その手続的な保障を含めて基本権保護の内容とされるかど うかの問題に展開するであろうと予想されている。

11) 佐藤(2003)454頁。

(5)

いた。このことは,国家の歳入を減少させ,市場の競争を歪曲させ妨害す るものであった。その結果,EUにおける域内市場の運営は危険にさらさ れることになり12),国際的な脱税及び租税回避に関する1974年11月22日の 委員会報告書を検討し,理事会は1975年2月10日に決議を採択した13)。そ の後,1976年に委員会は,この問題に関する提案書を理事会に提出し,当 該提案書に基づき1977年に直接税分野における税務執行共助に関する最初 EU立法として,理事会によって1977年共助指令が採択された14)。この 指令の目的は,脱税又は租税回避を防止すること,及び他の加盟国におい て所得及び資本に対して適正な課税を可能にすることであった15)。当該指 令は,1979年には同指令の対象範囲に付加価値税16),1992年には物品 17),2003年には保険料18)が含められた。2011年に租税分野の行政協力及 び1977年共助指令廃止に関する理事会指令(以下「2011年共助指令」とい う。)19)が発効され,1977年共助指令は2013年1月1日に廃止された。

12) Seer (2013) p. 69.

13) Council Resolution of 10 Feb. 1975, OJ C 35, 14. 2. 1975, p. 1. 14) 1977年共助指令の構成は,次のとおりである。

   1条(一般規定),2条(要請に基づく情報交換),3条(自動的情報交換),

4条(自発的情報交換),5条(期間制限),6条(権限ある当局の支援),7 条(秘密に関する規定),8条(情報交換の制限),9条(協議),10条(経験 の集積),11条(適用範囲),12条(最終規定),13条(指令発遣)。

15) Preamble of Council Directive 77/799/EEC of 19 Dec.1977 ;  Case C-420/98 W.N. v Staatssecretaris van Financiën [2000] ECR I‑2867, paras. 15, 22 ;  Case C‑533/03 Commission of the European Communities v Council of the European Union [2006] ECR I‑1051, para. 70 and Case C‑184/05 Twoh International BV v Staatssecretaris van Financiën [2007] ECR I‑7910, para. 30. 16) Council Directive 79/1070/EEC of 6 Dec. 1979, OJ L 331, 27.12.1979, pp.

89.

17) Council Directive 92/12/EEC of 25 Feb. 1992, OJ L 76, 23.3.1992, pp. 1‑13. 18) Council Directive 2003/93/EC of 7 Oct. 2003, OJ L 264, 15.10.2003, pp. 23

24.

(6)

⑵ 1977年共助指令における納税者の権利保護

 納税者の権利保護に関しては,1977年共助指令7条に秘密保持に関する 規定のみが置かれていた20)。これは,後述のⅡにおいて,EUにおける 基本権保護の歴史的変遷にふれているが,1977年共助指令の起草時には,

EUにおいては基本権保護に関する法整備が整っておらず,判例も確立さ れていなかったことによるものと考える。

⑶ 2011年共助指令の概要

 2009年2月に委員会により税務執行共助指令案21)が公表されたが,こ れは経済の急速な国際化に伴い,納税者の移動,クロスボーダー取引及び

19) Council Directive 2011/16/EU of 15 Feb. 2011 on administrative cooperation in the field of taxation and repealing Directive 77/799/EEC, OJ L 64, 11. 3. 2011, pp. 1‑12.

20) 1977年共助指令7条

  1 .この指令に基づき加盟国が入手したすべての情報は,当該加盟国の国内 立法に基づき入手した情報と同様に秘密を保持しなければならない。いか なる場合においても,そのような情報は,租税の賦課・徴収またはその執 行において直接的に関係する者に対してのみ開示することができる。(中 略)そのような情報は,租税目的または租税の賦課・徴収に関する決定に 係る司法手続または行政手続以外には用いてはならない。(以下略)

  (2項略)

  3 .1項にもかかわらず,情報を通知した国の立法に基づき,同等の状況に おいて,当該情報が同等の目的で通知国において使用される場合には,情 報を提供した加盟国の権限ある当局は,情報提供を依頼した国において他 の目的のために当該情報を使用することを認める。

  4 .加盟国の権限ある当局は,他の加盟国の権限ある当局から受領した情報 が第三の加盟国の権限ある当局にとって有用であると判断した場合は,情 報を提供した権限ある当局との合意に基づき,第三の権限ある当局に当該 情報を送達することができる。

21) Commission, ʻProposal for a Council Directive on administrative cooperation in the field of taxationʼ COM/2009/29 final.

(7)

国際金融商品の驚異的な増加に対して,加盟国が適正な課税を実施するこ とができなくなってきたことに端緒をなす22)。単独国家による租税制度で は,二重課税,脱税及び租税回避を防ぐことはできず,結果として域内市 場の機能を危険にさらすことになるとし,租税分野における共助が必要で ある旨を2011年共助指令の前文で述べている。

 2011年共助指令は,8条を除いて2013年1月から,8条については2015 年1月から効力を有するものとして,加盟国に当該指令に合致するように 国内法の整備を求めた。同8条は,金融情報以外の情報(給与収入,役員報 酬,年金,保険並びに不動産の所有及びそこから生じる所得にかかる情報)の義 務的な自動情報交換について定められている。

 2011年共助指令は,2014年に理事会指令23)によって,主に金融情報に かかる義務的な自動的情報交換について改正された。これは,米国の外国 口 座 税 務 コ ン プ ラ イ ア ン ス 法the Foreign Account Tax Compliance Act : 

FATCAの影響を受けたことによる。2015年には理事会指令24)によって,

主に国境を超える取引についてのルーリング及び移転価格税制に関する事 前確認Advance Pricing Arrangement : APAにかかる情報についての改正が なされた。2016年においても,理事会指令25)によって,特定の金融情報

22) Commission, ʻPreventing and Combating Corporate and Financial Malpracticeʼ COM/2004/611 final ;  Commission, ʻConcerning the need to develop a co-ordinated strategy to improve the fight against fiscal fraudʼ COM/2006/254 final.

23) Council Directive 2014/107/EU of 9 Dec. 2014 amending Directive 2011/16/EU as regards mandatory automatic exchange of information in the field of taxation, OJ L 359, 16. 12. 2014, pp. 1‑29.

24) Council Directive 2015/2376/EU of 8 Dec. 2015 amending Directive 2011/16/EU as regards mandatory automatic exchange of information in the field of taxation, OJ L 332, 18. 12. 2015, pp. 111.

25) Council Directive 2016/881/EU of 25 May 2016 amending Directive

(8)

についての国別報告の自動交換についての改正がなされた。これらの改正 は,OECDの税源浸食と利益移転Base Erosion and Profit Shifting : BEPS に対処するためのプロジェクトの勧告を遵守するものである26)

⑷ 2011年共助指令における納税者の権利保護

 納税者の権利保護に関しては,2011年共助指令の前文(28)に,基本権 を尊重し,特にEU基本権憲章で認識されている原則を遵守する旨が述べ られている。同指令16条に秘密保持に関する規定が定められているが,こ れは1977年共助指令7条を引き継ぐものである27)

 また,2011年共助指令の前文(27)は,個人データの処理に関連する個 人の保護及び個人データの自由な移転に関する指令(以下「1995年データ保 護指令」という。)28)及び欧州共同体の機関及び組織による個人データの処 理に関連する個人の保護及び個人データの自由な移転に関する規則(以下

「2001年規則」という。)29)との関係について述べている。

2011/16/EU as regards mandatory automatic exchange of information in the field of taxation, OJ L 146, 3. 6. 2016, pp. 8‑21.

26) 改正指令2015/2376及び改正指令2016/881の前文に,その旨明示されてい る。

27) Schaper (2016) p. 520.

28) Directive 95/46/EC of the European Parliament and of the Council 24 Oct.

1995 on the protection of individuals with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data, OJ L 281, 23. 11. 1995, pp. 31‑50. 本指令については,EU加盟国だけでなく第三国にも影響を与えるものであ る。この点については,堀部(1996),宮下(2010)。

29) Regulation (EC) 45/2001 of 18 December 2000 on the protection of individuals with regard to the processing of personal data by the Community institutions and bodies and on the free movement of such data, OJ L 8, 12. 1. 2001, pp. 1‑22.

(9)

  2011年共助指令の前文(27)

 本指令で定められた全ての情報交換は,1995年データ保護指令及び 2001年規則に服する。

 しかしながら,1995年データ保護指令13条1項 に掲げられた利 益保護のために当該指令に定められている権利義務の制限を考慮する ことが適当である。加盟国の歳入の潜在的損失及び不正fraudを効 果的に取り締まるために本指令に定められた極めて重要な情報を勘案 すれば,そのような制限は,必要であり相応である。

1995年データ保護指令13条1項

 加盟国は,通貨,予算及び課税に関する事項を含む加盟国又はEU の重要な経済的又は財政的利益を保護するために必要な場合には,6 条1項,10条,11条1項,12条及び21条に規定された義務及び権利の 範囲を制限する法的措置を採択することができる30)

 2011年共助指令25条は,その前段において,本指令に基づくすべての情報 交換は1995年データ保護指令の実施に関する規定に服することを義務付け るが31),その後段において,加盟国は,本指令の適正な適用のために,1995 年データ保護指令13条1項に定める利益を保護するために要求される 範囲において,同条に定める権利義務の範囲を制限しなければならないと 定めている。この権利義務の制限について,権利義務を制限できるmay ではなく,権利義務を制限しなければならないshallとされている32)

30) 邦訳は,消費者庁「個人情報保護制度における国際的水準に関する検討委 員会・報告書」の参考資料である堀部政男研究室仮訳による。

31) 2011年共助指令と個人データ保護については,González(2016)。

32) 1995年データ保護指令25条の原文は,All exchange of information pursuant

(10)

2011年共助指令については明確なガイダンスがないが33),29ある前文のう ちその前半では,要約すると脱税・租税回避防止のため及び域内市場の運 営のために加盟国間の行政協力が必要であることが述べられている。そし て,2011年共助指令の前文(27),同25条及び1995年データ保護指令13条 1項からは,次のように考えられる。

 第一に,1995年データ保護指令を遵守すること,すなわち,加盟国に対 して,個人の権利及び基本的自由,特にその者のプライバシーの権利を保 護し,個人データの自由な流通を妨げないことを課している。第二に,デ ータ保護の観点からは,加盟国又はEUの重要な経済的又は財政的利益の 保護を目的とするならば,一部の権利義務を制限する権限を加盟国に与え ており,租税分野において1995年データ保護指令の適用が除外される部分 が存在する。第三に,2011年共助指令においては,加盟国又はEUの重要 な経済的又は財政的利益の保護を目的とするならば,一部の権利義務の制 限を加盟国に義務付けている。同指令の趣旨は,適正な課税の実施及び脱 税・租税回避防止並びに域内市場の運営であり,EUの委員会,議会及び 理事会は,租税分野における情報交換に関しては,基本権の尊重及びEU 基本権憲章の遵守を掲げながらも,脱税及び租税回避を防止することに対 して積極的な姿勢が見えよう。そしてその先には,EUの域内市場の運 営・発展を目指すものと考えられる。

 したがって,違法な脱税や許容できない租税回避に関する情報のみなら

to this Directive shall be subject to the provisions implementing Directive 95/46/EC. However, Member States shall, for the purpose of the correct application of this Directive, restrict the scope of the obligations and rights provided for in Article 10, Article 11 (1), Articles 12 and 21 of Directive 95/46/ EC to the extent required in order to safeguard the interests referred to in Article 13 (1) (e) of that Directive.

33) Schaper (2016) p. 521.

(11)

ず,合法的で許容される節税,さらに言えば税目的ではない取引に関する 情報(例えば,金融リスク回避のための複数の国に金融資産を分散しているよう な場合におけるその情報)であったとしても,加盟国又はEUの重要な経済 的又は財政的利益保護のため,1995年データ保護指令の適用が除外され,

納税者の権利は侵害される恐れがある。すなわち,加盟国の裁量によって 採られる措置は,加盟国によって異なるものとなり,その中には納税者の 権利を損なわせるようなものも表れるのではないだろうか。このような 2011年共助指令は,納税者の権利保護を十分に考慮していないと考えられ よう。

Ⅱ.プライバシーの権利

⑴ プライバシーの権利概念

 プライバシーの権利概念は,明確に定義することは著しく難しく,また それぞれの国や地域によってその捉え方も異なる34)。したがって,ここで は,我が国において一般的に用いられている概念について簡単に触れるも のとする。EUにおける概念については後述し,最後に我が国との相違点 について若干の考察を述べるものとする。

 我が国においては,最高裁判所の判例でプライバシーの権利として明示 されてはいないが,「個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,その 承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影 されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかど うかは別として,少なくとも,警察官が,正当な理由もないのに,個人の 容ぼう等を撮影することは,憲法13条の趣旨に反し,許されない」と判示 し,私生活の自由の一つとして,何人も,承諾なしにみだりにその容ぼう

34) Grabenwarter (2014) p. 184;佐藤(1981) 159‑160頁;宮下(2010)132頁。

(12)

等を撮影されない自由が認められた(最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625 頁)35)。また,最判昭和61・2・14刑集40巻1号48頁においても,プライバ シーの権利という文言は明示されていないが,上述の判例と同趣旨の判決 が下されている。さらに,その後の下級審の判例から,芦部教授は,「プ ライバシーの概念は,判例上いまだ必ずしも明確ではないが,判例を通観 すると,『ひとりで放っておいてもらう権利』とか『私生活の自由』とか いう漠然とした定義から,順次,情報化社会により即応することのでき る,かつ,より積極的な意味をも持つことのできる『自己情報コントロー ル権』に近い内容の定義づけを試みるものに,変わりつつあることを知る ことができよう」と述べられている36)

 また,佐藤教授は,「プライヴァシーの権利は,個人が道徳的自律の存 在として,自ら善であると判断する目的を追求して,他者とコミュニケー トし,自己の存在にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利として 理解すべきものと思われる……『幸福追求権』の一部を構成するにふさわ しいもの」と述べられている37)。このような理解から,人格的自律権(自 己決定権)を区分し,プライバシーの権利は「情報プライバシー権」の意 味に限定するのが妥当としている38)。そして,公権力が,個人の道徳的自 律の存在に直接かかわらない情報を集積・悪用するときに,プライバシー の権利の侵害の問題が生じ,当該情報が正当な政府目的のために,正当な 方法によって取得・保有・利用されても,直ちにはプライバシーの権利の 侵害とは言えないと述べられている39)

35) 佐藤(1981)158頁;芦部(2015)120頁。

36) 芦部(1994373378頁。

37) 佐藤(2003)453‑454頁。

38) 佐藤(2003454頁。

39) 佐藤(2003)455頁。

(13)

⑵ 欧州人権条約におけるプライバシーの権利

 ヨーロッパの国々は,1948年の世界人権宣言を受けて,1949年に欧州評 議会を組織し,「志を同じくし,かつ政治的伝統,理想,自由及び法の支 配についての共通の遺産」として,1950年に人権及び基本的自由の保護の ためのヨーロッパ条約the European Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms : 以下「欧州人権条約」という。)に調印した。

同条約8条に「私生活及び家庭生活の尊重についての権利」,すなわちプ ライバシーの権利が定められている40)

  欧州人権条約8条

1.すべての者は,その私生活及び家庭生活,住居及び通信につき尊

重される権利を有する。

2.この権利は法律に基づき行使され,かつ国の安全,公共の安全若

しくは国の経済的福利のため,無秩序若しくは犯罪防止のため,健 康若しくは道徳の保護のため,又は他の者の権利及び自由の保護の ために,民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機関に よる干渉もあってはならない。

 「私生活」という文言の範囲は,判例において広範なものとされており,

裁判所は,個人の他者との相互関係は,公共の場面においても,私生活の 範囲内にあると示した41)。同条における個人の私生活に関する権利は,判 例に基づいて要点を整理することができ,3つに区分できる。第一に道徳 的かつ身体的尊厳moral and physical integrity,第二にプライバシー,第三

40) Grabenwarter (2014) p. 184;宮下(2010)134頁。

41) Grabenwarter (2014) p. 187 ; Niemietz v. Germany, Judgement of 16 December 1992, Application no. 13710/88, para. 29.

(14)

に個人のアイデンティティを決定するための個人の性質である42)。この第 二のプライバシーの保護に関して,現代のコンピューターによって行うデ ータの収集及び分析に起因して,個人情報の保護は同条における保証の重 要な部分となってきた。したがって,データの保護は,私生活に関する権 利の中の一部分と見ることができる43)

⑶ EUにおけるプライバシーの権利

EUにおける基本権保護の問題については,当初は判例法として発展し た。EU司法裁判所における最初の基本権保護に関する判例は,1969年の Stauder事件44)であった45)。基本権保護に関して確立した判例法によれば,

基本権の尊重は,EU司法裁判所により保護される法の一般原則の不可欠 の一部をなすとした。また,その確保に当たって加盟国に共通の憲法的伝 統から示唆を得るとともに,特に欧州人権条約が指針を提供するとし46) EU司法裁判所の判決において,欧州人権条約の規定及び欧州人権裁判所 の判例法が引用されている47)

EUにおける基本権の成文化については,1987年発効の単一欧州議定書

42) Grabenwarter (2014) p. 187. 43) Grabenwarter (2014) p. 189.

44) Case 29/69 Erich Stauder v City of Ulm [1969] ECR 419, para. 7. 45) 庄司(2013)317頁。

46)  庄 司(1985); 庄 司(1987); 庄 司(20113738頁; 庄 司(20121819 頁。EUにおける基本権保護に関する判例の歴史的展開の詳細は,庄司

2012);庄司(2013)9章。

47) 庄司(2012)19頁;庄司(2013)318頁。Case 36/75 Roland Rutili v Ministre de lʼ intérieur [1975] ECR 1219, para. 32 ; Case C-13/94 P v S [1996] ECR I‑2143, para. 16. EU司法裁判所の判事であったMurrayは,EU司法裁判所 は,基本権についての欧州人権裁判所の解釈を幾分敬意をもって採用してい る,と述べている。Murray, L. J. (2010) p. 1395.

(15)

の前文において「加盟国の憲法及び法律,欧州人権条約並びに欧州社会憲 章において認められている基本権に基づき民主主義を推進する」ことが述 べられ,1993年発効のマーストリヒト条約F条2項に「連合は,共同体 法の一般原則として,1950年11月4日にローマにおいて調印された欧州人 権条約により保障され,及び加盟国に共通の憲法的伝統に由来する基本権 を 尊 重 す る 」 と 定 め ら れ た。 現 行 のEU条 約The Treaty on European

Union:以下「TEU」という。)においては,2条に「連合は,人間の尊厳の

尊重,自由,民主主義,平等,法の支配,及び,少数者に属する者の権利 を含む人権の尊重という諸価値に基づいている」,3条にEUの目的とし て当該価値を促進することが定められている。これは,EUは価値の共同 a community of valuesとして,EU及びEU加盟国共通の価値を守るこ とを義務付けており,これらの諸価値は対外的にも出現するものとされて いる48)

 プライバシーの権利については,2000年12月に採択され,2009年発効の リスボン条約によって法的効力を有することになったEU基本権憲章7条 に,私生活及び家庭生活の尊重について定められている49)

48)  庄 司(201135頁。2013年 に もEU基 本 権 機 関(the European Union Agency for Fundamental Rights)が価値の共同体として危機の際の基本権の 保護(The European Union as a Community of values : safeguarding funda- mental rights in times of crisis)に関するレポートを公表している。EU基本権 機関とは,Council Regulation (EC) 168/2007 of 15 February 2007 establishing a European Union Agency for Fundamental Rights, OJ L53, 22. 2. 2007, pp.

114に基づき設立された機関である。当該機関の設立の経緯及びその役割に ついては,安江(2009)200‑202頁。

49) EU基本権憲章の起草目的及び起草過程については,安江(2002),安江

(2009)。

(16)

EU基本権憲章7条

 すべての者は,自己の私生活及び家庭生活,住居並びに通信を尊重 される権利を有する。

EU基本権憲章の起草時の7条のドラフトには,本憲章7条で保証され る権利は,欧州人権条約8条で保証される権利と一致するものであると記 載されている。また,本憲章7条の権利の意味及び範囲については,欧州 人権条約8条の権利の意味及び範囲と同一であり,したがって法律上この 権利に課される制限は,欧州人権条約8条によって認められる制限と同じ ものであると説明されている50)

⑷ 小   括

EU基本権憲章7条に定める権利は,その起草時のドラフトにおいて,

欧州人権条約8条の権利と同一の権利であることが示されている。欧州人 権条約8条における個人の私生活に関する権利は,道徳的かつ身体的尊 厳,プライバシー,個人のアイデンティティを決定するための個人の性質 に分類することができる。近年の科学技術の発展により行われるデータの 収集等に関する個人情報の保護は,上述の分類のプライバシーの保護の一 部分と見ることができる。1995年データ保護指令1条1項に「個人の権利 及び基本的自由,特にその者のプライバシーの権利を保護しなければなら ない」と定められており,このことからも,保護しなければならない個人 情報について,そのプライバシーの権利も含まれると言える51)

50) European Council, ʻDraft Charter of Fundamental Rights of the European Union,ʼ Convent 49, Charte 4473/00, 11 October 2000.

51) 1995年データ保護指令2条 ⒜ は,「個人データ」とは,識別された又は識 別され得る自然人(以下「データ主体」という。)に関する全ての情報をい

(17)

EU法の領域の範囲内におけるプライバシーの権利に関する問題におい て,EU加盟国は,両条約,EU基本権憲章及びEU司法裁判所判例のみ ならず,欧州人権条約及び欧州人権裁判所判例についても遵守しなければ ならない。したがって,EU司法裁判所による判例が存しない場合は,欧 州人権裁判所の判例を援用する。

 また,我が国におけるプライバシーの権利概念については,判例上いま だ必ずしも明確ではないが,『自己情報コントロール権』に近い内容に変 わりつつあり,また主要な学説によれば人格的自律権はプライバシーの権 利に分類されず,プライバシーの権利とは「情報プライバシー権」として いる。このような区分の仕方は,EU及び欧州人権条約における分類に近 いと言えるかもしれない。しかしながら,欧州人権裁判所の判例において も明らかにされているとおり,私生活の権利は,個人と他者との相互関係 において広い範囲で保障されるものであるが52),我が国の判例においては 公権力との関係において問題とされてきた53)。プライバシーの権利は,歴 史,文化,慣習などによって影響を受けるものであろう54)。したがって,

我が国とEUにおけるプライバシーの権利概念は,似ている部分や部分的 に一致している箇所があるかもしれないが,厳密には異なるものであろ う。

う,と定めている。邦訳は,前掲注30)。

52) 前掲注41)。

53) 最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁;最判昭和61・2・14刑集40巻 1号48頁;最判昭和56414民集35巻3号620頁;東京高判昭和61825 判時1208号66頁,他。

54) 例えば,ドイツは第二次世界大戦を教訓としてプライバシーの保護に関す る法令を定めている。

(18)

Ⅲ.租税に関する情報交換とプライバシーの権利に関する  判例の分析

⑴ F. S. v. Germany事件(1996年11月27日 欧州人権裁判所決定)55)

 ① 事実の概要

 申立人F. S.(以下「X」という。)は,オランダ国籍を有するオラン ダ居住者であった。ドイツ居住者であるXの義理の息子に対する脱 税の疑いによる被告ドイツ税務当局(以下「Y」という。)の査察の過程 で,Yは,X宛の手紙等から銀行口座に関する情報を入手した。その 後,Yは,オランダ税務当局に対してXに関する預金を含む資産に関 する情報及びドイツにおける投資から生じる所得の情報を提供するこ とを,Xに通知した。

Xは,1994年4月にケルン租税裁判所にYによる情報提供の仮差し 止めを申立てた。ケルン租税裁判所は,Yは1977年共助指令2条2 56)に基づき,本件に関する情報を提供する権限を有しているとし,

Xによる仮差し止め命令の請求を棄却した。ケルン租税裁判所は,次 のように判示した。第一に,1977年共助指令2条2項によれば,Yは,

他国において適正な課税を免れたと自発的に判断した場合には,租税 の賦課に関連する事項につき,他のEC加盟国の税務当局に情報を提 供することができる。第二に,1977年共助指令の一般的な目的は,

EC加盟国における適正な課税を支援するためであり,本件において は,Yは犯則調査において合法的に入手した情報を提供することを妨

55) F.S. v Germany, Decision of 27 November 1996, Application no. 30128/96. 56) 1977年共助指令2条2項は,「1項に定められた情報を提供するために,

要請を受けた加盟国の権限ある当局は,そのような情報を入手するために必 要なあらゆる調査を行う手配をしなければならない」と,定められている。

(19)

げられることはない。

Xは,1995年5月にドイツ連邦財政裁判所に控訴したが,Yによる オランダ税務当局に対する情報提供は1977年共助指令2条2項に基づ くものであり,Yはその権限を有しているとし,Xの控訴を棄却した。

Xは,同年7月に連邦憲法裁判所に上訴したが,却下された。

Xは,同年10月,YXの情報をオランダ税務当局に提供すること は,欧州人権条約8条に反するものとして,欧州人権裁判所に申し立 てた。

 ② 判旨(請求棄却)

 欧州人権裁判所は,1992年のNiemietz事件57)で示された私生活の 概念を次のように判示した。私生活とは,個人が選択した個人的な生 活を営む排他的範囲inner circleに限定されるものではなく,外部 世界との関係を結び拡大させ,専門家や事業活動も含むものであ 58)。さらに,1987年のLeander事件 59)に基づき,データ保護の問題 は欧州人権条約8条1項の範囲にある。したがって,オランダ税務当 局に対するXの資産及び投資から生じる所得に関する情報の開示は,

欧州人権条約8条1項に定める権利の侵害にあたるが,そのような侵 害が法律を遵守しその目的の一つを達成するために民主的社会に必要 であるものとして同2項に当てはまらない場合に,そのような侵害は 同条に反することになる。

 欧州人権裁判所は,Yの行為は同条2項の国家の経済的福利のため

57) Niemietz v. Germany, Judgement of 16 December 1992, Application no.

13710/88. 詳しくは,横田(2006)。

58) Ibid., paras. 29‑31.

59) Leander v. Sweden, Judgement of 26 March 1987, Application no. 9248/81, para. 48.

(20)

に実施されるものであり,犯罪を防止することも目的としていたと し,ここで言われている目的を達成するための民主的社会における必 要性については,次のように述べている。Barfod事件60)及びSilver 事件61)に基づき,民主的社会における必要性necessary in a democratic societyとは,差し迫った社会的必要性pressing social needの存在 を示している。Yは,オランダにおいてXが適正な課税を免れたと推 測し,ケルン租税裁判所が述べたとおり,1977年共助指令の一般的な 目的は,EC加盟国における適正な課税を支援することであるとし,

このような状況において,司法及び行政における国際的な協力強化に 向けた現在の傾向を考慮した上で,本件申立てに関する情報提供は適 法であると判示した。

⑵ Othymia Investments BV事件(2015年 6 月16日 欧州人権裁判所決 定)62)

 ① 事実の概要

 申立人であるOthymia Investments BV(以下「X」という。)は,有 限責任会社であり,オランダの法に基づいて設立された。Xは,スペ インの会社と取引をしていたが,スペイン税務当局は,2007年8月及 び同年11月に被告オランダ税務当局(以下「Y」という。)に対して,

1977年共助指令4条及びスペイン ‑ オランダ二国間租税条約28条に基

60) Barfod v. Denmark, Judgement of 22 Februar y 1989, Application no.

11508/85.

61) Silver and Others v. the United Kingdom, Judment of 25 March 1983, Application no. 5947/72 ; 6205/73 ; 7052/75 ; 7061/75 ; 7107/75 ; 7113/75 ;  7136/75.

62) Othymia Investments BV v the Netherlands, Decision of 16 June 2015, Application no. 75292/10.

(21)

づいて,Xの銀行口座の情報の提供を要請した。Yは,銀行口座の情 報に加えて株主に関する情報や過去の申告書などの情報をスペイン税 務当局に提供し,その後同年12月14日にXにその旨を通知した。

 同年12月17日にXは,Xに関する情報をスペイン税務当局に提供す Yの決定に対して異議を申し立てた。聴聞が異議申立ての手続き に従い実施された後に,Xは,スペイン税務当局に対する上述の文書 等の提供によって,通信のプライバシーが侵害されたとさらに主張し た。当該異議申し立ては棄却されたため,XYによるスペイン税務 当局への情報提供は法的根拠がなく,欧州人権条約8条に定める権利 を侵害しているとして,オランダのドルトレヒト地方裁判所に出訴し た。ドルトレヒト地方裁判所は,スペイン税務当局への情報提供に関 するYの決定によりXが損失を被ったという事実が証明されていな いとし,Xの訴えを退けた。Xは,最高行政裁判所Raad van State に上訴したが,Xの訴えは棄却された。

 2010年11月,Xは,YXの情報をスペイン税務当局に提供するこ とは,欧州人権条約8条に反するものとして,同13条に基づき欧州人 権裁判所に申し立てた。

 ② 判旨(請求棄却)

 欧州人権裁判所は,欧州人権条約8条におけるXの権利に対する 侵害が,「法律を遵守し」,同2項に定める「妥当な目的」の一以上を 追求し,かつ「民主的な社会における必要性」が存在しない場合に は,同条に反するものとするとし,それぞれ検証した。裁判所は,

1977年共助指令は,オランダ国内法に取り込まれており,問題となっ ている権利の侵害行為は,十分に法令を遵守しているとした。次に,

裁判所は,欧州人権条約8条2項,すなわち国の経済的福利のために 税の支払いを受けることは,妥当な目的と言えるとし,たとえ当該租

(22)

税がスペインにおいて課されるものであったとしても全体として統一 されたEU加盟国の経済のためであると述べた。当該侵害に当たるか どうかの最後の検証事項として「民主的な社会における必要性」につ いてであるが,裁判所は,1977年共助指令のEU司法裁判所の解釈に 照らして考慮するとし,Sabou事件判決63)を引用した。当該判決は,

租税に関する手続きにおいて調査の段階と訴訟の段階を区別し,調査 の段階では事前の通知は必要ないこと,及び国家安全の利益,公共の 安全及び犯罪の防止など民主的社会において必要な場合には欧州人権 条約8条2項に該当するとしている。

63) Case C‑276/12 Ji㶣 í Sabou v Finan㶜 ní 㶣 editelství pro hlavní mě sto Prahu, EU : C : 2013 : 678.

   (事実の概要)チェコのサッカー選手Sが,所得税の申告に際して,スペ イン,フランス,イギリス及びハンガリーで生じた費用を控除して申告し た。この申告について,チェコの税務当局は,1977年共助指令に基づき,こ れらの国々の税務当局に対して情報の提供を要請した。この要請に基づき,

ハンガリーの税務当局において,聴聞がなされた。Sは,第一に事前の通知 なく情報の提供を要請した,第二にチェコの国内法では聴聞への参加が認め られるにも関わらず,ハンガリーで行われた聴聞に参加できなかった,とし てチェコの税務当局は違法に情報を入手したとチェコの国内裁判所に出訴し た。チェコの国内裁判所は,EU司法裁判所に先決付託した。

   (判旨)EU司法裁判所は,EU法と聴聞の権利は,他の加盟国からの共助 のための要請に関する通知権,要請を受けた加盟国での手続きに参加する権 利,又は要請を受けた加盟国において聴聞に参加する権利についても,特 に,納税者の所得税の申告に際して納税者によって提供される情報が正しい かどうかを証明する場合においては,加盟国の納税者に与えられるものでは ないと解釈されなければならない,と判示した。1977年共助指令は,要請を 受けた加盟国によって提供される情報の正確性に対して納税者が異議を唱え ることを定めたものではなく,要請を受けた加盟国に提供する情報の内容に 関して特段の義務を課すことを定めたものではない。したがって,納税者の 主張は棄却された。

(23)

⑶ 小   括

 上述の欧州人権裁判所の決定から,租税に関する情報交換における情報 主体のプライバシーの権利保護に関して,欧州人権裁判所の考え方を次の ように読み取ることができる。

 第一に,プライバシーの権利の範囲を広く捉えているということであ る。上述の事件のいずれの情報提供についても,欧州人権条約8条1項の プライバシーの権利の侵害にはあたるものとしている。このことは,本稿 で取り上げた事件以外でも示されている64)。また,納税者に対する情報提 供をする旨の事前の通知の有無は,プライバシーの権利の侵害の判断に影 響を及ぼさないということをOthymia Investments BV事件から読み取る ことができる。なぜならば,Othymia Investments BV事件は,情報提供 後にその旨を納税者に通知した事件であるが,欧州人権条約8条2項に該 当するかどうかについて,租税に関する手続きを調査の段階と訴訟の段階 を区別し,調査の段階では事前の通知は必要ないと判示したことから,プ ライバシーの権利の侵害にあたるか否かの判断に事前の通知の有無は関係 ないと言えるだろう。

 第二に,欧州人権条約8条1項のプライバシーの権利の侵害に該当した としても,法令を遵守し,同2項に定める妥当な目的の一以上を追求し,

かつ民主的な社会における必要性が存在する場合には,同条に反しない権 利の侵害とされる。欧州人権条約8条2項に定める妥当な目的の一以上の 追求に関しては,F. S. v. Germany事件は,適正な課税を免れる(すなわち,

脱税又は租税回避の)恐れがあったことから,同項に定める国の経済的福利 及び犯罪防止のために実施される情報交換であるとされ,当該情報交換は 8条に反しないと判示された。他方,Othymia Investments BV事件は,

64) 前掲注59)。

(24)

脱税又は租税回避でなくても,適正な課税を実施することは国の経済的福 利のためであるとされた。したがって,脱税又は租税回避であるか否かを 問わず,情報交換により適正な課税が実行され,このことが国の経済的福 利の目的を達成する場合は,当該情報交換は,プライバシーの権利を侵害 するが,欧州人権条約8条に反しないと認められることになる。

結   び

 本稿では,租税に関する情報交換を定めるEU法を概観し,EU法が適 用される領域の範囲内において,欧州人権条約及び欧州人権裁判所の判例 も指針とされ,引用されることから,租税に関する情報交換とプライバシ ーの権利に関する欧州人権裁判所で争われた事件を取り上げて分析した。

 最初に,情報交換を定めた1977年共助指令及び2011年共助指令(以下

「両共助指令」という。)について,その目的及び定められている納税者保護 に関する規定について整理した。両共助指令は,いずれもその目的の一つ として脱税又は租税回避を防ぐことを掲げている(2011年共助指令において は,脱税及び租税回避に加えて二重課税についても明示している)。納税者保護 に関する規定については,1977年共助指令においては,秘密保持に関する 規定のみが定められていた。これは,上述したとおり,EUにおける基本 権保護の歴史的変遷から,同指令の起草時に,EUにおける基本権保護の 議論が未発達だったことに起因するものと考えられる。2011年共助指令に おいては,秘密保持に関する規定以外にも,基本権の尊重,特にEU基本 権憲章で認識されている原則を遵守し,1995年データ保護指令及び2001年 規則に服する旨が定められている。1995年データ保護指令13条1項は,

課税に関する事項を含む加盟国又はEUの重要な経済的又は財政的利益を 保護するために必要な場合には,権利義務の範囲を制限する権限を加盟国 に付与することを定めている。2011年共助指令25条も,その後段におい

(25)

て,加盟国は,本指令の適正な適用のために,1995年データ保護指令13条 1項に定める利益を保護するために要求される範囲において,同条に 定める権利義務の範囲を制限しなければならないと定めている。

 2011年共助指令の前文(27),同25条及び1995年データ保護指令13条1 から,次のような結論を導いた。個人データの取扱いに関して個人 の権利及び基本的自由,特にその者のプライバシーの権利を保護し,個人 データの自由な流通を妨げないことを加盟国に課している。しかしなが ら,データ保護の観点からは,加盟国又はEUの重要な経済的又は財政的 利益の保護を目的とするかぎり,一部の権利義務を制限する権限を加盟国 に与えており,租税分野において1995年データ保護指令の適用が除外され る部分が存在する。また,2011年共助指令においては,加盟国又はEU 重要な経済的又は財政的利益の保護を目的とするかぎり,一部の権利義務 の制限を加盟国に義務付けている。同指令の趣旨は,脱税・租税回避防止 及び域内市場の運営であり,EUの委員会,議会及び理事会は,租税分野 における情報交換に関しては,基本権の尊重及びEU基本権憲章の遵守を 掲げながらも,脱税及び租税回避を防止することに対して積極的な姿勢が 見えよう。これは,冒頭で述べたとおり,EUにおいて法案提出の権限を 有する委員会は,租税回避防止のために対策を講じ,その一つとして共助 指令の改正が挙げていること,さらには,租税回避を防止するための法案 を提出する委員会だけでなく,当該法案を可決する議会及び理事会におい ても,脱税及び租税回避行為を防止しようとする意思によるものであると 考えられる。そしてその先には,EUの域内市場の運営・発展を目指すも のと考えられる。ここで問題となるのが,違法な脱税や許容できない租税 回避に関する情報のみならず,合法的で許容される節税,さらにいえば税 目的ではない取引に関する情報であったとしても,加盟国又はEUの重要 な経済的又は財政的利益保護のためという理由で,1995年データ保護指令

(26)

の適用が除外され,納税者の権利は侵害される恐れがあるということであ る。すなわち,その権利義務を制限する権限を与えられた加盟国は,その 裁量で法的措置を採択することができ,そのようにしてなされた措置の中 には,納税者の権利を侵害するようなものも表れる可能性がある。このよ うな2011年共助指令は,納税者の権利保護を十分に考慮していないと考え られよう。

 次に,EU基本権憲章7条で定めるプライバシーの権利は,その起草時 のドラフトによれば,欧州人権条約8条1項に定めるプライバシーの権利 と同等であることが説明されている。また,EU司法裁判所においても欧 州人権裁判所の判例が引用されていることからも,EUにおけるプライバ シーの権利の意義及びその範囲について定める場合は,欧州人権条約及び 欧州人権裁判所の判決を考慮しなければならない。

 租税に関する情報交換とプライバシーの権利に関する欧州人権裁判所で 争われた事件からも,欧州人権条約8条1項に定めるプライバシーの権利 の範囲は広く,その定義づけは困難であると言わざるをえない。しかしな がら,租税に関する情報交換については,同1項に定めるプライバシーの 権利の侵害であっても,同2項によって,当該侵害は同条違反とはならな いとされた。欧州人権条約8条に関する欧州人権裁判所の他の判決も同様 に,情報交換を実施しなければならない場合において,納税者に対するプ ライバシーの権利の保護については同2項によって同条に反するものとは 示されない傾向にある65)。特に,脱税又は租税回避に関係する情報の交換 のみならず,脱税又は租税回避に関係するとみなされない租税に関する情

65) EU加盟国が一方の当事者である判決については,X v Belgium, Decision of 7 December 1982, Application no. 9804/82 ; Funke v France, Decision of 6 October 1988, Application no. 10828/84 ; F.S. v Germany, Decision of 27 November 1996, Application no. 30128/96.

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