洪水に起因した河川水位の変動による堤防破壊のリスクに関する研究
A STUDY ON THE RISK OF DIKE DESTRUCTIONBY THE CHANGE OF RIVER WATER LEVEL IN A FLOOD
都市環境学専攻 5号 辛島 史嗣
Chikatsugu KARASHIMA1. 緒言
近年,地球温暖化による気候変動に伴い強度の 強い降雨が増加している.平成25年に観測史上最 大の1時間雨量を観測した観測所は133地点(全ア メダス設置地点の1割に相当する)あり,短時間豪 雨の発生回数は増加傾向にある.
IPCCの5次報評価報告書
1)にも同様の事が記載されている.実際には,
平成24年に発生した北九州豪雨では激しい降雨に 起因した洪水による堤防破堤によって,甚大な被 害がもたらされた.
堤防の破堤計算に用いる外力は,堤体内の水位 と降雨からの浸透である.堤体内の浸潤線評価に 関しては様々な浸透流解析が提案されている.表 -1に浸透流解析の既往の手法を示す.キャサグラ ンデ法は不透水層上に設置された盛土内の浸潤線 を,水位と断面形状から推定する方法である.内 田
2)の式は,盛土内の水平浸透流の近似解である.
今日においても堤体裏に浸透流が到達するまでの 時間推定などに多く用いられている.しかしなが ら,非線形拡散方程式を直接用いて浸潤線を求め る手法は提案されていないのが現状である.河川 水位が上昇すると,堤防内の水位が上昇し,破堤 することが考えられている.我が国では,堤防の 治水機能はH.W.L.を基準とし,これ以上の水位を 実務上破堤として評価されてきた.しかし,実際 には洪水時に,計画余裕高を流れる河川を目にす る.
加え,堤防の土質は均一ではなく,築堤された 場所や年代によって大きく異なっている.この土 質の不均一性により,堤防の破堤確率は分布して いると考えられる.
H.W.L.等の決定論のみで破堤の有無を決定する
のではなく,洪水により河川水位が変動すること での堤防破堤の確率を評価し取り入れることで,
実際にはいか程の危険性があるのかを評価しなく てはならない.
田端
3)は堤防の破堤確率評価法に関する研究を 行い,初めて洪水時の長大河川での土質の不均一 性を含んだ堤防の破堤確率を算出するした.著者 は,さらに発展させることを目標とし,土質の不 均一性を含んだ堤防の河川水位による破堤確率を 評価することを目的とする.
2.堤防内の浸潤面の算出
表ー1 浸透流解析の既往の研究とその特徴
河川から堤防内への浸潤面を算出する.既往の方 法として,キャサグランデ法,内田の式などがあ るが,新たな手法を提案する.
2.1 山田の実用解
本研究では,Birkoff
4)の群論に基づく方法で相似 変換を行うことで,非線形の拡散方程式から,非 線形の常微分方程式を導き,その数値解を求め,
解に適合する関数形を求め実用解を得る手法を提 案する.
まず非線形の拡散方程式である基本式を(1)式に 示す.
k k k h k
x h h k x t
t x h
, ) , (
* 0 0
0
(1)
ここに,
h:堤防内の水位[m],k:透水係数[m/s],λ:空隙率である.ここで,式を簡易化するため に,
v h h
t x
v( , ) 2 , (2)
と置くことで基本式を,
2 2
0 x
k v t v v
(3)
に変換する.
ここから相似変換を使用する.相似変換とは,
微分方程式の独立変数を減らす方法である.以下 に詳しく説明する.相似変換は,広く微分方程式 を分析する方法の一つとして古くから使われてい る.しかしながら,ある微分方程式の相似変換を 求めるには物理的な考察と仮定が必要である.そ れに対して,
1950年にBirkoffが群論に基づいて微分方程式の相似変換を導くために提案した方法は物 理的な考察や仮定をしなくても相似変換を導くこ とのできる方法である.
このBirkoffの方法より,次の相似変換が求まる.
w t xv( , ) (4)
kt x 4
(5)
この相似変換より元の微分方程式の独立変数を減 らし常微分方程式を導くことができる.
浸透流解析の種類 年代 式の特徴
Dupuitの方法 1863 矩形断面での水平浸透流の近似解 Kozeny-Carmanの式 1927 固形粒子充填層を流れる層流の圧力損失を
計算する為の式
キャサグランデ法 1937不透水層上に設置された盛土内の浸潤線を,
水位と断面形状から推定する方法.
Creager&Justin法 1944堤体と基礎地盤の透水係数が,ほぼ等しい場 合における定常状態の漏れ水を求める方法.
内田の式 1952 盛土内の水平浸透流の近似解.
以上の事から基本式である非線形拡散方程式は,
d dw d w
w
d2 2 (6)
に変換できる.この(7)式が非線形の常微分方程式 である.ここで,初期条件,境界条件を次のよう に考える.h(x,0)=0
,h(0,t)=1,h(∞,t)→0これを,v=w(η)に対して適応させると,w(0)=1,w(∞)=0
となる.本来,この条件のもと(1)式を解くのだが
(1)式には解析解が存在しない.よって,本研究では非線形の拡散方程式の常微分方程式の数値解を 求め,解に適合する関数形を求め実用解を得るま での方法を提案した.以上のプロセスを図-1に示 す.
2.3 浸潤面の解析結果
上記の方法より得た非線形拡散方程式の実用解 は,
0.86 0
0
) ,
( e
h t x
h (7)
あるいは,
h x,
( )
th0 =1-1.12719
h
1.2064 (8)である.
以上のことから,解析解をもたないような式で も,数値計算を毎回実行しなくても,所定の精度 で実用的な解を得ることができるようになった.
図-2に得られた実用解(8)と,非線形拡散の常微分 方程式の数値解との比較を示す.
3.土質定数のばらつきを考慮した堤防の安定性の 検討
斜面安定解析の手法にはBishop法,Janbu法,有限 要素法による斜面安定評価法など論理的厳密さの 異なる様々な手法が存在するが,本研究では対策 の規模を簡便に算定することに力点を置いた手法 であり,一般的に用いられる修正Fellenius法を用い 安全率を算出した.斜面安定性の傾向を検証する 際,円弧すべりを仮定する修正Fellenius法でも十分 その傾向を再現できるとの考えのもと選定した.
式を以下に示す.
(9)
ここに,Fs:安全率,c´:粘着力[tf/m
2],φ:内部 摩擦角[°],
l:スライスで切られたすべり面の長さ
[m],W:スライスの全重量[tf/m
2],u:間隙水圧[tf/m
2],b:スライスの幅[m],α:スライスで切られたすべ
り面の中心とすべり面の中心を結ぶ直線と鉛直線 のなす角[°]である.
3.1計算条件
計算に用いた堤体の勾配を,一般的に用いられて いる1:2(26.4°)とした.
3.1.1土質定数(
c,φ)のばらつき
堤体内の土質は,均一ではなく作られた場所や,
図-1 本研究で得られた新たな微分方程式を解く 方法のフローチャート
図-2実用解と非線形の拡散方程式の常微分方程 式の数値解との比較
年代により土質の不均一性によるばらつきがある.
しかし,実際の安定計算には,このばらつきは考 慮されていない.
この土質の不確実性を含んだ堤防の安定性を評 価するために,本研究ではモンテカルロ法を用い 検討した.
実際には,土質の中でも安全率に特に影響する
c(粘着力),φ(内部摩擦角)を乱数に与えた.既往の
研究
6)に,粘着力に対数正規分布または正規分布,
内部摩擦角には正規分布が用いられていることか ら,いずれも正規分布に従った乱数を与えた.ま た,
c,φを独立に決めるのではなく土質に応じた 組み合わせが重要であるとした石原ら
5)の方法か らそれぞれの平均値を決定した.与えた
c,φの乱 数の変動係数には,Phoon&Kulhawy
6)が提案した値 を使用した. なお,モンテカルロ法の試行回数は 1000回とした.
3.2計算結果
ここに,土質定数のばらつきを考慮した堤防の 安定計算の結果を示す.本研究では安全率が1.2を 下回った場合に破堤とした.
図-3,図-4にそれぞれ,安全率と内部摩擦角の関 係,安全率と粘着力の関係を示す.なお,各図の
Fs=å {
c¢×l+(
W-u×b)
cosa×tanj}
W×sina
å
微分方程式 解析解なし 群論のアプローチで相似変換を求める
(Birkoff)
解析解
常微分方程式
常微分方程式の数値解の算出
相似変換に関する関数形を求める
実用解を得る
堤防長さ[cm]
河川水位[cm]
経過時間:48時間を3時間ごとに表示 透水係数k:0.001(cm/sec)
横線は安全率1.2を示している.各水位の安全率に 着目すると,1つの河川水位に対して,最大で1 以上もの差があることが解る.よって、土質の不 均一性は,堤防の安定性に大きく影響することが 解る.この2つの図を3次元的に見た結果を図-5 に示す.また,各水位の安全率のヒストグラムを 図-6に示す.この2つの図より,河川水位が上が るにつれて,安全率が低下し,堤体が完全飽和し た場合に安全率1.2以下を下回る割合が8割以上に なっていることが解る.
4.破堤破堤の確率評価 4.1 破堤確率の算出
破堤確率の評価の方法を説明する.試行回数を 分母とし,破堤回数を分子にとり破堤確率を算出 した.(10)式に式を示す.
N
pf n (10)
ここに, pf :破堤確率,
n:破堤とみなされた回
数,
N:モンテカルロ法試行回数である.
本研究では,河川水位ごとに1000回試行した.
図-7に各河川水位の堤防破堤確率を示す.例えば,
H.W.Lを河川水位7mとしたときに,破堤確率1.1%で
あることが解る.
4.2 堤防の信頼性解析
ここでは,堤防の耐力と外力についての信頼性 解析を行う.従来の安全性設計は破壊確率を求め る こ と が 主 流 で あ る が ,
H.W.L.の 設 計 を し ,
0~H.W.L.に至る間の破壊確率を求めている.図-5ではいか程の外力で堤防が破堤するかが解 らない.本研究室では,降雨による不確実性の研 究
10)がなされており,河川水位は分布することが解 っている.よって,外力は分布する.本研究によ って各水位での破壊確率が解った.この2つを考 慮した信頼性解析を行う.ここに,以下のように 定義する.s:外力,f
S:外力の確率密度関数,r:
耐力,
fr:耐力の確率密度関数.破壊 pf R S と
なる確率は,
R s f r dr F s
P ] 0s R
R (11)
と表される.外力Sがs~s+dsの範囲にあり,かつ構 造物が破壊する確率は,RとS互いに独立であるか
ら,
s ds F s f s f s ds f
ds s S s s R P
R S R
S
]
(12)
と表される.外力Sは-∞(または0)から∞の値を 取りえる.よって,与えられたh
sのもとでの全ての 外力Sに対し,構造物の破壊確率p
fは,
s R S
R S f
dr r f ds s f
ds s F s f p
0 0
0
) ( )
( ) (
(13)
となり,このとき,f
Rは以下のようになる
図-3 内部摩擦角と安全率の関係,安全率1.2以下 を破堤とみなしている.
図-4 粘着力と安全率の関係,安全率1.2以下を破 堤とみなしている.
図-5 粘着力,内部摩擦角と安全率の関係,安全 率1.2を黒い面で表している.
図-6 河川水位ごとの安全率のヒストグラム
図-7 河川水位と堤防破堤確率
25 30 35 40 45
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
内部摩擦角phy
安全率 Fs
河川水位無し 河川水位7m 河川水位7 .25m 河川水位7 .5m 飽和状態
0 5 10 15 20
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
粘着力c kN m^2
安全率 Fs
河川水位無し 河川水位7m 河川水位7 .25m 河川水位7 .5m 飽和状態
内部摩擦角φ[°]
粘着力c[kN/m2]
安全率Fs
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
安全率Fs
確率密度fFs
河川水位無し 河川水位7m 河川水位7 .25m 河川水位7 .5m 完全飽和時
破堤 安全
0 1 2 3 4 5 6 7
6.6 6.8 7.0 7.2 7.4
破堤確率
河川水位
m
s
R S s
R S R
dsdr r f s f
drds r f s f f
0 0 0 0
(14)
一方Rがr~r+dr間にある確率はf
R(r)drであり耐力 rの構造物が破壊する確率は,外力Sが耐力rより大きい確率に等しいことから, 1 FS( r ) となる.よ って,rを0~∞考えると,
0 0
) ( 1 ) (
) ( ) (
dr r F r f
ds s F s f p
S R
R S f
(15)
のように表される.ここに, fS( s ) F
R( s ) は耐力R
が
r<sと な り 破 壊 す る 確 率 の 平 均 値 ,
1 ( )
)
( r F r
f
R
Sは外力がS>rとなり破壊する確率 の平均値である.
上記の議論は,外力や耐力が0~∞までの全てにわ たった構造物の破壊確率であった.堤防の破壊確 率のような場合には,0からH.W.L.までの破壊確率 を 知 り た い こ と が 多 い . こ の 場 合 を 考 え る .
h h
f
S S,
S; :平均hS,標準偏差
σSの外力hの確率 密度関数. f
R h
R,
R; h :平均hR,標準偏差
σR
の耐力hの確率密度関数と定義する.
ここで,(16)式をもう一度書くと,
f HWL h F h h dh HWL
p
r R R S S
f
; ,
; , ) (
(16)と表される.
次に,
(16)式をもとに水位が0~H.W.L.までの破壊確率の重みつきの総和 pf(HWL ) を求める.
σSは
hSが変わっても一定と仮定する. pf(HWL ) は,
dh h HWL F h h f
dh h h f h h f dh HWL p
S S
R R R
R R R S S S HWL
S f
, , 1
; ,
; ,
; , )
(
0
(17)となる.数値計算では pf( HWL ) p
f( HWL ) とな
っている.
図-8に(16)式を図示する.この図より降雨の不確実 性と,土質の不均一性による破壊確率を明確に評 価することができた.
5.結論
本論文は『洪水時,実際には,いか程まで安全 なのか』という堤防破堤の確率評価のスキームの 確立を目的とし,土質の不均一性を含んだ堤防の 安定計算を行った.さらに,確率評価を行った.
以下に得られた知見を示す.
(ⅰ)群論に基づくBirkoffの方法を用いることで
相似変換を得ることができ,解析解をもたないよ うな
図-8 堤防の破堤確率の分布関数と水位の密度関 数の関係,堤防高さを7.5mに設定したため,河川
水位7.5m以上では全て破堤するとした.
式でも,数値計算を毎回実行せずに,所定の精度 で実用的な解を得ることができるようになった.
(ⅱ)土質定数のばらつきを考慮した安定計算を 行うことで,各水位ごとの安全率の分布を得た.
(ⅲ)堤防破壊の確率を算出したことで,水位の 不確実性と,土質の不均一性を含んだ堤防の破堤 確率を明確に評価し信頼性解析へ適用した.
本論文はこれらを通じ,堤防破堤の確率評価の新 しい方法論の方向性を示した.
参考文献
1)
IPCC Working Group 1 Contribution to AR5:Climate Change2013 The Physical Science Basis, ch11-pp992, 2013.
2) 内田茂雄:自由境界を有する非定常浸透流に ついて,土木学会誌,pp.58-62, 1952.
3) 田端幸輔・福岡捷二:大規模洪水時における 堤防の浸透,裏法滑りによる破壊確率の評価 法に関する研究,第2回地盤工学から見た堤 防技術シンポジウム地盤工学から見た堤防技 術シンポジウム,2014
4)
Birkhoff G. (1950). Hydrodynamics, Prin Press New Jersy.5) 石原雅規・平林学・吉田直人・佐々木哲也,
圧密非排水三軸試験による強度定数と標準貫 入試験及び物理試験結果の関係,第58回地盤 工学シンポジウム,pp.211-216, 2013.
6)
Kok-Kwang Phoon and Fred H. Kulhawy:
Characterization of geotechnical variability, Canadian Geotechnical Journal 36(4), 612-624, 1999.7) 山田正:小流域における降雨流出機構に関す る研究, 1986.
8) 社団法人 日本道路協会:道路土工―のり面 工・斜面安定工指針,2006.
9) 社団法人 日本河川協会:国土交通省河川砂防 技術基準 同解説・計画編,技報堂出版,
2010.10) 吉見 和紘, 山田 正,山田 朋人:確率微 分方程式の導入による降雨流出過程における 降雨の不確実性の評価,土木学会水工学論文 集,第59巻,2015年3月.
.
破堤確率の分布関数 河川水位の確率密度関数