農村社会事業からみた東北地方農山漁村住宅改善調査
「生保内セツルメン卜」を中心として
A Study Regarding t h e . . O b o n a i S e t t l e m e n t " ‑ ‑Home Improvements on Farms , Mountain D w e l l i n g s
,and i n F i s h i n g V i l l a g e s from t h e P o i n t o f R e f e r e n c e o f
Farm‑V i l l a g e S o c i a l Work
は じ め に
本稿は,戦前日本で行われた東北地方農
L L J
漁村 住宅改善調査について,当時の具体的な農村社会 事業1Jの実態を明かにすることを通じて,その検 証を行うものである.これまで、の東北地方農山漁村住宅改善調査につ いての先行研究を整理すると次のようになる.
社会福祉学においては,吉田久‑ (以下,敬称 略)が東北地方農山漁村住宅改善調査について紹 介している(吉田
1990)
が,財団法人東北更新 会(以ド,東北更新会)と財団法人同潤会(以 下,同j
問会)との協力関係については, 言及され ていない.また,社会福祉調査研究会(1983)
においては,同潤会の活動について,首都圏での 取り組みは紹介されているものの東北における同 会の調査については,局載されてない.社会福祉 調査研究会(1993)
においても,とりあげられ ていない.それらに対して.建築学の分野においては,東 北地方農山漁村住宅改善調査について,今和次郎 の業績と併せて,その功績が近年高く評価されて きた(林・荻原・黒石ほか
2002
:黒石2000).
本稿では,以
t
の先行研究に学びながら,I
東 北セツルメン卜J
(松本2001)
のうち,この調査 と深く関係していた「ィ生保内セツルメン卜」の実 践について,その取り組みの実態、を明らかにする ことにより,東北地方農 LiJi
漁村住宅改善調査につ いて三及しようとするものである.つまり,東北 地方農山漁村住宅改善調査が,当時の農村社会事 業にどのようなつながりをもち,さちにどのよう な効果をもたらしたのか また.逆に当時の農村 社会事業がどのような取り組みを具体的に行って松 本 土 日
げれμ 代
I k u y o Matsumoto
いたのかを探ることを課題とする.
この課題は,東北のひとつの農村セツルメン卜 が当時の農村社会事業や農村経済更生運動のなか で,何を中心として,どのような組織を介在し どんな人脈のもとで展開されていたのか,また,
どのような構造が農村社会事業の取り組みとして 理想と考えられていたのかなどについて検討する
こととなる.
それは,社会福祉学における先行研究において 指摘されているところの社会事業と農村経済更生 運動との関係についての次のような課題に応える 糸口となる.それは 「経済更生運動の展開過程 をみるとき,それと軌跡を同じくする『農村社会 事業』は,すでに初期のころの救済の論理を越え た 実 践 を 余 儀 な く さ れ 戦 時 体 制 へ の 協 力 者 と なっていたと考えられる. し か し こ れ ら の 過 程 についてはなお,それぞれの農村で実践された
『農村社会事業』の実態を明かにしその展開に ついての具体的な分析による実証が課題として残 されている.
J
(出端1982: 2 5 )
という指摘であ る.以~~.の課題について 文献研究によって研究を 進めた
1.東北地方農山漁村住宅改善調査
(1)東北地方農山漁村住宅改善調査とは何か 東北地方農山漁村住宅改善調査(以ド,東北調 査)とは,
1935
(昭和1 0 )
年に財団法人H
本学 術振興会が同潤会に委嘱して,1935
(昭和1 0 )
年から約六年にわたって実施された,東北六県の 農山漁村における標準住宅設計案作製とそれに先 立つ農山漁村の実情調査を指している(財団法人6 5
農 村 託 会 事 業 か ん み た 東 北 地 箆1
1 1
漁村fl:'tl攻件調子r.1937: 1) これは,
1たう えで¥住宅の改善を行うための組織を整え,建築 家や農民連動の代表占 社会事業分野の人々 き込んで,
I I T J
潤会と東北東新会とかで
h ¥
われた調合;であった.そして,を改持するという実績を挙げていった.
この東北調査においては. ンつの研究
このてっの研究項
H
にしたがって調査研究が行われ,報竹書としてされた(日本学街振興会 1941:
改持するべき点として その後定着して
とする
じめ ごと,風ドl場や して通風と採
く
,
と,などであった.こ
しまう
イレを改持するとと,そ
t
って, カピがはえにく ないような構浩にするこの
1939
;佐藤
1940:竹内
1942), 保 光 と 通 j 長いの
ために窓をつけたり 大きな窓にするべきという 点が強調されている.次のようにまとめてい けでさる.それは 弓主主の保健衛生ト
れなし
だかち採光,通風の
上の(耐値づけの基準になるとliって 1942 : 110併という点である.
と こ ろ で 目 で ざ る 点 と し て 次 の よ う な こ と が行われた.それは,住宅を建てる際に
築する大工に対して講習を行ったこと,また子ど で向山に応募て、きる素人の考え 持案全,懸
J
賞募集するなどを東北六県で行っn 的を述べている‘ r{ì~宅改持の )j策が,研究占ー の
' ) j u ' ' . l
な押しつサになることをおそれ,住民た ちに改善意紋を湧きたたせて,それが共体的にど1978 :
これは,
( 1
らが佐官についてそのd
支持を考 という点で, また,人任せにせず り組むという態であり,n
らが行う,という東j
仁セツルメントの考え 方にも通ず、る試みであった酬f t J t
を建築する して示すととから,上がるというごとがあり,
1ての調査も行われた(財LlJl.t入
住宅改持については.;lUt/~~,tすべて河じ組織 で行われたというごとではなく,それぞれの県に よって多少の惑いがみられる.例えば,
おいては東北
方面委員が兼ねていた‑:
L
1939:との住宅改持は,
いう合用的な提案が,今不
[ 1
次郎か人なされてい る.ごのごとは,時局による食糧i幹産の要詰をし かに三なすかということに応えるものであった単純に作業を共同で行うということとして認 識されたわけで、はなかった
ところで,東北地方農i
可能にしていた ということである.それは,農林省によっ された稿雪地方農村経済調査所(以下,常菰 I
L i
形県新庄市)による調子主研究との協力関係があっ
、F嗣 k匂♂ー
たごとによる(今 1931・
うにその また そのd寺誠によるよ均売によっ ある.
1て,
r o ro
弘前学院大学社会福祉学部研究紀要 第
4
サ( 2 0 0 4
1j'.)えて江戸時代から利用されてた郷倉が農家経済を 考えるうえで重要な役割を果たしているというこ とを確認している.ちなみに,郷合についての調 査.は, I[j形県や青森県において行われている(今
193
1).そして,郷倉を復活するべく内務省社会 同が1934 ( O d
和9)
{ド度・1935 ( U t l
和1 0 )
年度 に子算を計上しており 御卜日易金が│斗年度に出て い る ( 財 団 法 人 社 会 事 業 協 会 社 会 事 業 研 究 所1939 : 102‑103)
( 2 )
東北調査を可能にした人脈東北調査は,実にさまざまな人物とその人脈に よって構成されていた. これは,この後みていく
「生保内セツルメン卜」の人脈と重なり合う.ま た,この人脈は,吋時の社会事業白体が困難な時 代状況におかれているなかで,
I
生保│什セツルメント」が'支践を展開していく際に重要な役割を果 たしていたとみることができる
さて,それはまず,今和次郎(青森県弘前市出 身)を挙げなければない.今は建築家であり,後 に生活学を提唱した研究者であり,柳田園男とと もに活動していた時期もあった.彼は東京帝大セ ツルメン卜のセツルメン卜ハウスの設計に係わ り
: l )
生保内セツルメントのセツルメン卜ハウス を設計している(全国友の会中央部1989: 26 ;
古i 日 1994: 9 4 ) .
また,吋調においては,雪の被 害を防ぎ,雪の時期も農作業ができる理惣的な住 宅について研究するために彼が設計した建物が造られている(今
1931: 186‑1 9 9 )
今は,農村経済史
f t : .
運動を推進した石黒忠篤に 見込まれて,東北の調査に関わることとなった.それも,今が押し入れを万年床にしているところ を石黒にt
1
撃され,そこを見込まれたのだと今は 語っている.そこには,常埋空論ではなく,実態 を把11~するごとから農村の生活改善を進めようとした石黒の眼差しをみることができる.ちなみ に, +T"黒は東京帝大セツルメン卜で活躍した穂積 重速と長い交友関係をとり結んでいた
次に,竹内芳太郎(愛知県半田市出身)であ る.竹内は,今の弟子であり,今と竹内の共同作 業によって東北調青ーが成功したといっても過言で はない.竹内は,今の勧めに従って同潤会の技師 となり,同潤会理事をしていた宵津小五郎(宮城
6 7
県仙台市出身)に戸をかけられて東北調査に加 わっている.竹内としては 東北に住んだととが ないことから,東北の住宅調査は本人には無理が あると認識していたが,宮
i
畢からは,I
新鮮な感 覚で,東北人の生活を批判するととができる. J
と言われて,それに従ったと述べている(竹内
1978 : 5 2 2 ) .
そ の 宮 津 は 住 宅 改 善 に 関 わ る 大 正に対しての講習会では 自ら講師をつとめてい た.最後に,杉山元治郎(大阪府泉佐野市出身)を 挙げる.彼は,農民運動の指導者であり,質川豊 彦との交友はよく知られている.石黒忠篤は,こ の杉山にも賀川にも両会して回りの人聞がびっく
りしたと記録されている.当時の農村社会事業の 論占が,東北調査や東北ゼツルメン卜に係わって いたのであった.
2 .
["生保内セツルメン卜」と東北調査 (1)秋田県における住宅改善秋田県下において,住宅改善は次のように進め られていた.
まず,東北調査においては,住宅を建てる際の 大工の発言による,迷信が近代的な性百建設の障 壁となることが確認され 大工に対しての講習会 が行われた.その講宵会を東北史新会が組織して おり,講師として秋田工業学校教諭や県の技能員 に依頼し,次のような内容で講習が行われてい る.それは,
I
農村新興と農村住宅建築,農村住 宅間取の基礎知識,各室の採光,換気の重要性と 採光基準,耐震,耐風並耐雪建築,屋根裏及'空間 の利)jj,衛1:的農民住宅建築,農村住宅の耐久増 進法,建築法規に就て,防寒並保温構造の研究,尾根葺材料等
J
(財団法人│寸潤会1937: 4 )
であっ た.東北更新会は,講門会の組織のほか,毎年,町 村を数箇所ず、つ指定して各々分会を設定し助成 金を出して住宅改善を進めていた.その住宅改善 は,経済的に新築は難しいことから,部分改善に 重点がおかれており,例えば,三尺四方の窓を:
っつけるには,五円でできると竹内は実現可能な ことを具体的に提案していた(今和次郎・杉山元 治郎・竹内芳太郎・東浦庄治・細木盛枝・羽仁も
殿村社会事業かんみた東北地 }j
幾I I J
挽村住宅改持説委主と子・部合うの
1 9 4 0:
こうした中で,
発 生 し て 年
5
月) 多くの住宅が消失した 新しく建てる住宅を理想的なものいたった.
(現在:
、た(財団法人間潤会
1937:5).
東北更新会によって住宅改善指定村と なっており,窓をとりつけることについて,村氏 が反対するのを不都合があったら元に戻すこと を約束して,村長や校長が窓明けを説いて回った ことが伝えられている〈今和次郎・
竹内芳太郎・東浦庄治・細木構枝・
落合うの
1 9 4 0: 6 6 ) .
さら在:秋田市)を東北更新会が指定しており,ここ で誌台所の改善が進め
当事の時局のなかでは 食糧増産をするために 機械を導入じ〈共同作業を訂い,
する際の生活保障として,家に残してくる たちの保育を行うこと,そして
といったものがワンセットで考えられていたとこ ろに,単にこの三つを誰かにしてもらうというこ とではなくー能率よく在ちの生活を自神的に他者 との関係で取り結んでいくということを求めたも のであった.
しかしながら,それは単
i
二位!主役改善するとい うことだけではなく 農繁期には属開は家を空け ており,ほとんど睡眠をとるためだけに家にいる ということについても,快j
惑な睡眠をとる条件を 整えるための住宅改善をするいう議論になってい た.さらに,さかんに窓を造ることが言われてお り,これは窓を大きくとることによって採光や換 気をよくして,家の中の雑黙とした状況がよく晃 えるように,そして家の中での作業を能率ょくす るためには,整理事全額を行い,いうことが吾指されたのであ叶た.
窓を大きくとるということについて,
そのことによっ
くなるという認識をもっていたことによ る. しかし,それは充分な{駅長によって解泊でき るとされたのであった.
つまり,東北更新会が取り組んだ事業をみるな
6 8
ら
かったトラホ…ムから農民を守り,会所で搾って 作業をするタイプから立って作業をするタイプに 替えることによって.作業能ヰ誌を向上させ,
¥ストーブを導入して暖房を行う という,生活全体を変える中心的な位畏づ、けをも っ項目であった.
では,それらを具体的に推し進めた実践例をみ ること
(2)生線内セツルメン卜の設寵
る.
の似Jf乍で.東北六県 ツルメントとしての東 したことはすーで、に明らかに
セツルメントをおいたこ
から電車で A昼夜かかったという.また,セツル メントを開くきっかけとなった
1 9 3 4
(昭拘9)
年の凶作では,最も冷害の厳しかった村のひとつとで
i
l:宅を造ることとなり,もと[‑.落合うの
1 9 4 0: 6 7 ; 1 9 3 1 : 4 6 0 ‑ 4 6 5 ) .
ごれは,[ 1 1 ]
潤会が東北更新会と提携して東北調f授を行い おらに東北更新会の指定村として位置づけという構造をもってい たことが確認できる.
(3)生保内セツルメントにおける誕賊
中保内セツルメントでは.
1 9 3 5 ( A { 3
制1 0 )
年1 2 )
年4
月まで半年ずつの 中心とした実践が行われたe
弘前学院大学社会編祉学部研究紀要
第4サ ( 2 0 0 4{ I ‑ : )
き
勺てくることになったーその人たち 首
f 話
のイ
t
料点中央部から送られた中山衣額;を材料 ふとんがわ,雑1 ! 1
作りなどで,それに対し‑ H
‑十銭を現金でなく衣料券として支払っ たら¥まず新入学児童服購入の代価にあてるた め,次には友;愛セールにより家旅の衣類全とと のえるためである.今まで衣月授は ~fî着こ rli など、か ら白い,破れれば布きれをあてがい,雑I t l
のよ うになったものを洗濯もせずにまとっていた人 た丸ふとんも充分になく寝部屋に藁を敷きつ いる人もあったので,セットルメントくごとにより,
うに生活のしかたを学んだこの利用者 たちは,家胞に!帰って. 1,休業の作用的な生活のし かたな実行することとなった.それまで,藁布団 女利用していた人たちは,清潔な布団を使い,そ れまで片付けようにも押し入れに人らなかった藁
,
( t i [ J I
は布の布団に替わっ日亡 片付けられることに なったのであった.ったが
ごとではダイレクトに京師をセ ツルメントのよさ県解者・協)):(i‑として
J /
jき入れ6 9
ることら
た.
ってか たちの く
もと子・部合うの
1 9 4 0: 6 7 ) .
会所の改持で贈 りをと外にt H
しきちんと洗濯をして, 。人ひとり が各々のタオルで顔を拭くという基本的な生活問 慣ができたことによって,それがトラホーム対策 になったのであった.そして,杉山元治郎の発言にみられるように,
生保内セツルメン卜のこの実践は,当時の坐活改 善の考え方を自然;に実行したことになったので
ゐまし
ようなもので、あっ
る
来‑細木嘩枝・羽仁もと 子・落合うの
1 9 4 0: 6 7 ‑ 6 8 ) .
d
て.生i *
内セツルメントのセツルメン卜・ハ ウスは.今が設計してj
告られた( 1 9 3 5年 9
月着 建 設 に あ た っ て は , 村 が 土 地 を 貸 与 し 秋 山県が社会事業協会に資金を出してセツルメン卜 の姐物そっくり,友;の会に無償で貸し友の会が 運営するという形式であった ごのように,今の 設計によるセツルメン卜ハウスがつくし
してもらえたことさせることとなった,
った. ごの A
セツルメン
も セ ツ ル メ ン ト に し な が ら 活 の 方 法 を 身 に つけていった.この家の主人は,本;職以外に指導
農村社会事業からみた東北地
}j藤山漁村住宅改持調合i
ら農業を常むこととなり,
時局を反映して,羊や兎・
め
した農業が仔われるようになっていた.ま た. 1937 (昭和12)年からは,村から無償で貸
与された
L
地を開墾して,ントで耕したり, 1983
目
ちなみに,セツルメント・ハウスを合めて村の ごミカ所において,友の会によって, 1938
ら託児所がおかれるようになった(吉
1994 : 109
即 日 5;
全 母 友 の 会' 1
1央 部 1989 :4 ト 85)
,この農繁期託児所について, 19‑12
17)年
8
丹仁社会事業研究所によって調杢さ ているが.託児所と農会・産業組合となされていないという報告があった(社会事 業研究所 1943 :
お わ り に
本楠におし 東北調夜によ
いてまとめながら 生保内ヤツノレメントを における杭宅改善をみた.
この東北調査は,少なくとも生保内セツルメン
1ては,
していたことが確認できよ う.ま ち目指し
ていたところの,
生活全体を改善していくという日 ように見受けられる.
他の東北令ツルメントの実態を紹介する こと,秋山県以外の保において,
ように行われていったのかを農村社会事業の視点 でみていくことが必要となる.とくに宵森県につ いては,住宅改菩と満州移民との関係,
会の活動自体の解明が求められている.ま 年研究が進行した,経済史分
f f
における農村更生 運動についての研究成果をとりいれながら研究をいくことが必要となる.
註
農村社会事業の鰻念:は,戦前において,必
wずしも統
・されたものとして使川されていたわけではない
(111端 1982,
11開15).本棋においては,農村社会事 業は, 社会 ' f l 業のド位機怠として偵川する.
2 ) ご う 持 , 本部は [ r i J rI司会総務課調子四十以.fJr:藤;よ公家緯 J
'1:.院賠喋j待vt.l'~\,竹内は農地開発営|、Il興襲部建築課長
3 ) 東京信大セツルメントのセツルメントハウス者投,H‑
したのは,実離には今の弟子浦Jl;秀 l ¥ ; (福品
1977. 39;今
1971,弓報)
約束 ~t 更新会卑務用事であゥた松村松醸の発,;によ
る.
5 ) 秋同県社会事業協会によると, r 工程として
'Hン ー 銭を:給し j たとある(1
935領 5)文献
秋 I H ! 県社会事業協‑会
(1935)r I 秋 山 県 社 会 特 報 日 林 生 l I
f.荻原正 f・黒イ弘、ずみ ; ま か
(2002)r ノバ日次長
1)の農村生出ペ右改持と東北地 ! J j 襲
111漁村
il:' ‑ t 改葬調合:J f
財i吾、法人 1 1:'む総作研究剤
i任研究年報
j28 .
組島正夫
(1977) 1今和次郎氏に聞く J
~生活学会報j 8.小子機・
(1962)f I 業ー人伝ィ i J 忍忠篤
lf与事通伝子 L 今 梢
l次郎(1
9:31)ぷ根』相模汗瓜
今 和次長 S I .杉山
j乙治郎・竹内芳太部・ * u r t 日
Eih・ お H 本議 枝・羽仁もと子・落合うの
(1940)r 陀談合農村の住宅改
持その他 J
~鮒人之友j :3‑1 (11),
64‑76.今 和 次 郎 ( 1
97I)rr今和次郎集第
3岳民家採集』ドメス
li
¥ J i J i .
j たわ いずみ
(2000)築外 j の思考…一今平
IJ次郎論
Iご メ ス H I I 融 ¥
松本
fjl) 1 に
(200]) 119:30年代における『川
111セツルメント』
およが問、協セツルメント
Jの様相
LJrr弘前ザ
t拡大学社会 福祉学部研究紀要 i 創刊サ,
15幽21僻 牧
車(I
937) 1東北セツルメント第二三副卒業式にデ
JIり て
1~婦人之友 31 (5),
146‑153.: .I'
i f i : . l 工芸名(1
939)r 駒脇村詑℃改持実施に就ての所感 j 森県社会事業 j 4 ( 3 ) .
'f:
; t 滞小五日
[5編
(19.12)H i J 、盟会│ー八年ちた J 官浮発
11'本 I H 縦之事前(I
939)r 農村に於ける
ft'tlU 1 題 … … 東北六り
農村
{t'tなはる一一 j
rr社会事業 j
23 (3),
41即52. 11本学術品え興会第
20小委員合
(}941H 東北地方幾
1]主改善iJl~1t報行内JL
燥村伐健
[1!l題小成委員会制 ( 1 例()) f 農村保欝連動 J 能書 第仁輯農村保健婦の話』症業組0‑ 1 1 1 央会
e落合うの
(1942)r農村婦人のノ t 的指導のお考として i向 上 会事業 j
26(:お.
34イ 7 .
大竹符 f
ト編J 寄(1
984)Ifわ出:よIJちの農政jよ,~;性!j 農 ~JJ 持ふ;文;化協会.
大 友 信 勝 (1 仰 7 ) n 昭和恐慌期における東北副作と社会事 業 J w n 会事業史続究 j
25,日ω 7 2 .
佐藤 鑑(1
940)農村{主主改 J 存関紙 J r I 社会事業 J J 2
1¥ (前 零
18‑29.弘前学説大ゾ芋社会福祉学部研究紀要 第4~J(2001{1:)
社会福祉調査研究会編(1983)
W
lr t . H
IjL J
木の社会事業調奈J 動中:書房
社会福告1
:
謡 史 研 究 会 縦 ( 199::))W
戦前日本社会事業訓:査資 料 集 成 第a
巷I J 。 手
tl:会福祉法人救舟捺社会福社協議会(1979)W紋出黙社会福
社会事業研究
J i J f
(I制的 r*~t地 }j 仁於ける農繁期中民共l<îJ 施設の現状(上)J W t L
会事業I J
27(3). 213お9. 新田沢湖町民:編纂 ~H 会(I 997)W
新111沢持11111'史J
I H T .
111端光長 (19fQ)
n l 4:の牒村耐子 1 !J勤草 . H t J i f .
竹内芳太郎(1例2)1熊本
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社会事業I J
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人j芳ふ;部 (1950)W
農村{j;'むの改善』本H撚 舟) t f .
持内芳太郎r
農村住宅改善指導〈第2
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牧 田 課 田沢湖町教符委員会.友の会(11
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版年不明)W~,Utセツルメント桜覧1.~ìUt中j呂史新会側 (19:36) W施設事業慨削・斑』 東 It~U同
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員会議事録集』 財同法人間潤会.
財[司法人同潤会・財団法人 ~Ut 更新会編 (1940) W点lt
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方農 111漁村住市改持読本』財団法人 rnl1~司会
財団法人│寸
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問会(出版年不1J)1)W東北地万東北地五段山漁村 現どHi : 七 陶 0 )
欠点事項波改善に関する調査報告書1
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W
農 村 生 活 介 理 化 運 動 東 北w旬、yトルメントの記録』全同友の会中央制t