青年期 における基本的信頼感 と対人関係
SenseofBasicTrustandPeer‑relationshipinAdolescence
弘前大学保健管理センター
田名場美雪 ・佐 々木大輔 ・佐藤清子
Ⅰ は じめに
1.「基本的信頼感」 と尺度
2.現代大学生の対人関係の度合い
Ⅱ 方 法
Ⅲ 結 果
Ⅳ 考 察
keywords:senseofbasictmst,Peerィelationship,・Adolescence
Ⅰ は じめに
自分 自身に対す る安心感 について, これをエ リクソンの提唱 した概念である基本的信頼感の観点か ら 吟味 し,対人関係 との関連か ら検討す る。
1.「基本的信頼感」 と尺度
発達の第一段階の危機 「基本的信頼対基本的不信」 は,乳児期 に優勢になる心理社会的危機 (個人 の発達的欲求 と文化の社会的期待 とのあいだに生 じる緊張状態)である。 「基本的信頼感 (senseof basictrust)」の発生 はその時期 に由来 し,生後一年の経験か ら獲得 され る自己 自身 と世界 に対す る 一つの態度であ り,他者 に関 しては筋の通 った信頼, 自己に関 しては信頼 に値す るという単純 な感覚 を意味す る。この基本的信頼感の影響 はこの段階にのみ限定 され るのではな く,その後の発達段階で, その傷つ きという形ではっきりと輪郭 を表す とされている.つ ま り,第一段階以降 もその感覚は維持 されてい る。
従来の 「基本的信頼感」尺度はエ リクソンの呈示 した概念を十分反映 したものとはなっていない と いう批判があ った。谷 (1996)は,従来の尺度 を再検討 した結果,基本的信頼感の中心的 な内容 を示 す 「基本的信頼感」と,他者についての信頼感を表す 「対人的信頼感」の2因子 を抽出 した。つま り.
従来の基本的信頼感尺度 は二つの異なる内容 を測定 していた ことになる。 したが って,両者 を識別す る必要性がある。 また 「基本的信頼感」は 「対人的信頼感」に比べて,抑 うつ傾向や特性不安 と高い 相関をもっ ことか らも 「基本的信頼感」 と 「対人的信頼感」は基本的に異 なる概念であることが示 さ れてい る。 したが って, 「基本的信頼感」 はエ リクソンの呈示す るものを示す と仮定 され, 「対人的 信頼感」項 目はむ しろ現実の人間関係 に基づ く感覚 を測定す ると言える。そ こで,本研究では この考 えにそいなが ら,「基本的信頼感」と 「対人的信頼感」 を区別 しなが ら検討す る。
大学新入学生にとっての 「基本的信頼感」の意味 を考えてみ る。青年期 には 「個人的同一性対役割 拡散」 とい う心理社会的危機を迎える。そ して,前述 した第一段階の危機の問題は青年期 には同一性 の危機 に伴 って 「時間的展望対時間的展望の拡散」と して顕在化す る。す なわち,青年期 におい ては, 乳児期以来形成 されてきた基本的信頼感の程度 と,それ までの 自己の時間的連続性の統合の程度 は非 常に深 く関わ るのである。
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2.現代大学生 の対 人関係 の度合 い
青年期 は, 自己へ の理解 の深 ま りと,親密 な友人関係 への希求 がその特徴 と してあげ られ る。す な わ ち, 両親へ の無意識 の同一視 が失われ, これ によって不安定 にな った 自己 を安定化 させ るため に親 密 な友 人関係 が求め られ るとい う ものであ る。 そ して これがそ の後 の青年 の人格形成 に大 きな役割 を 果 たす ことが強調 され てい る。 この ように青年 が新 た な 自己像 を形成す るにあた っては, 自分 自身へ の関心 の高 さ,友人関係 の親密 さ とい った様相 が大 き く関与 してい ると考 え られて きた。
しか し,相談場面 で, 自他 を傷 っけ ることを恐れて,学生 が相手 との関わ りと表面的 な もの に とど め る傾 向が指摘 され てい る (岡田,1993)。現代 の青年 の間 には,対人場面 での傷っ きへの恐れ か ら 対人関係へ の コ ミッ トを避 け,そ の場 の雰 囲気が よけれ ば よい とす る傾 向があ る。 こうい った現実場 面 での対人関係の傾向 は,前述 の対人的信 頼感の低 さと関連す ると推測 され る。
仮 説
①基 本的信頼感 は同一性 の感覚 の中核 をなす と考 え られ る 自己の時間的連続性 の感覚 と密接 に関わ る。
②対 人的信頼感 は基本的信頼感 とは本質的 に異 なる ものであ り,後者 の方 が時間的展望 との関わ り は大 きい。
③対人的信頼感 は現実 の人間関係 に関連す るので 対人回避傾 向 との関連 が高い。
Ⅱ 方 法
全新入生 に対 して郵送法 による質問紙調査 を実施 した。詳細 は以下の とお りである。
①調査対 象者 :弘前大学 の人文学部 ・教 育学部 ・医学部 ・理工学部 ・農学生命科学部 の平成11年度 新入生1250名 (うち,女子555名)。 回答者数1120名 (うち,女 子533名)。 分析対象1110名 (うち, 女子530名)
② 調査方法 :郵送法 に よる記名式 の質問紙調査であ る (回収 も郵送 で行 った)。入学手続 き書式等 と 共 に送 られ る書類 の中 に保健管理 セ ンターか らの 『健康 調査書』 が含 まれ るが、 この一部 をア ンケ ー トと して使用 した。 実施 した質問項 目は付表 の とお りであ る。 「対人的信頼感」「時間的展望」「対 人 回避傾 向」尺度全質問項 目に対 して,評定 はいずれ も0(あてはま らない)か ら5(あてはまる) までの5件法 によ ってい る。 同時 に過去一年 間 に 自殺 を考 えた ことがあ るか否 かについて も尋 ねて い る。
③ 調査時期 :平成11年3月末か ら4月初 旬 にかけて実施。 統計的解析 についてはSPSSを使用 した。
Ⅲ 結 果
各尺 度 について の全 回答者 お よび男女 別 での平均 と標 準偏 差 を表 1に示 す。 「対 人的信 頼感」「時間 的展望」「対 人 回避傾 向」 尺度 につ いて男女 間で有意 な差 が見 られ た。 つ ま り, 「基 本的信 頼感」 には 男女差 が な く,それ以外 には男女差 がみ とめ られた。
次 に各 尺度間 の相 関 をみてみ る。 表2に示す とお り, 「基 本的信頼感」「対人的信頼感」「時間的連続
性」「対 人関係 回避傾 向」の間 においてすべ て に有意 な相 関 (p<.001) がみ とめ られ た。特 に, 「基本 的信 頼感」 と 「時間的連続 性」 との相 関が高 く (r=.614),「対 人的信頼感」 と 「時間的連続性」の相 関 (r‑.496)よ りも強 い もの とな ってい る。 この ことは, 「基 本的信 頼感」と 「対人的信頼感」 とは本 質的 には異 な る もので あ る可能性 を示 してい る。 「対 人関係 回避傾 向」 は, 「対 人的信 頼感」との相 関 が高い。 「対人的信頼感」 は現実の人間関係 を反映 してい ることを示 してい る0
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表1 各尺度 の平均 と標準偏差
全体●(N=1110) 男子 (N=580) 女子 (N=530) ・男女間比較 (t) 基 本 的 信 頼 感 15.79(5.10) 15.61(5.25) 15.98(4.94
) 1.23 対 人 的 信 頼 感 14.26(6.52) 13.69(3.70) 14.88(
3.19) **5.74 時 間 的 展 望 19.26(5.04) 18.57(4.99) 2
0.02(4.99) **4.84 対 人 回 避 傾 向 7.45(4.68) 8.02(4.90) 6.83(4.35) **4.
27 症)**Pく 001 表2 各尺度 間の相 関
な し (N=1031) あ り (N=79) 比 較 (t) 基 本 的 信 頼 感
16.23(4.84) 10.05(4.97) **10.9 対 人 的 信 頼 感 14.42(3.50) 12.18(3.12) **5.74 時 間 的 展 望 19.63(4.86) 14.48(4.99) *
*9.06 対 人 回 避 傾
向 7.31(4.64) 9.37(4.84) 注)***3*P<..79001 さらに, 自
殺 を考えた こと 「無群 (1031名)」と 「有群 (79名)」を比較 したところ,「基本的信頼感」
(t(1108)‑10.90,p<.001)「対人的
信頼感」(t(1108)=5.54,p<.001)「時間的連続性」(t(1108)
=9.06,pく 001)「対人関係回避傾向」(t(1108)ニー3.79,p<.001)すべてにおいて有意な差 がみ られ た (表3参照)。 自殺 を考えた ことのあ る人は,考えた ことのない人 と比較す る
と,基本的信頼感が低 く,対人的信頼感が低 く,時間的展望が低 く,対人回避傾向が強
い と言える。
表基本的信頼感3 自殺 を考 えた経験 の有無 との関連対人的信頼感
時間的展望 対 人 的 信 頼 感
時 間 的 展 望 ***0*0..3601 **
0.50 **⊥0.39 対 人 回 避 傾 向 **‑0.28 **‑0.49 注)**P
<.001
Ⅳ「基本的信頼感考 察 」には男女差がな く,それ以外には男女差がみ とめ られたこと
か ら,発達のご く初期 にその源泉をもつ 「基本的信頼感」は性差には関係 な くきわめて本質的なものであ
ることが考え られ る。
「対人的信頼感」「時間的連続性」は,発達の各段階で顕現 して くるものであ
るが,そのの内容 には男 女差がある。 なぜ ならば,たとえ各段階での発達課題が男女 に同等であ っても.男女
両性では同 じ状況 が異 なった様相をもって立 ち現れて くる (氏原,1
990)か らである。 同 じように 「対人関係回避傾向」
は,現実への対応 をあ らわすので,男女差が出
てきた と説明できよう。
「基本的信頼感」と 「時間的連続性」との相関はきわめて高いものであ った。青
年期の課題 と して 「時 間的連続性」が重要であ ることが伺われ る。そ して, 「基本的信頼感」と 「対人
的信頼感」 とは本質的 には異 なるものである可能性を示 している。 「対人関係回避傾向」や 「対人的信頼感」は現実の
デンテ ィテ ィにかかわ るものである。
自殺 を考えた ことのある人は,考えたことのない人 と比較すると,基本的信頼感が低 く,対人的信頼 感が低 く,時間的展望が低 く,対人回避傾向が強い。特 に 「基本的信頼感」 と 「時間的連続性」 におい てその得点差が大 きい.青年期 にはエネルギーが内省へ と向かい,それが過 ぎると自殺 という行動 を導 くことさえあるということか ら考えても, 自殺を考えたことのある人が 「基本的信頼感」 と 「時間的展 望」に低い得点 を示す ことはもっともと言えよう。
相談場面を想定 して考えてみると,現実の対人関係の トラブルが解決 しても,基本的信頼感の不十分 であれば,不満足感が残 ることや,現実場面で重大なっまづきを経験 しても基本的信頼感が確保 されて いる人は克服 したときに大 きな満足感が得 られることが推測 され る。
相談 を受けているときに感 じたことがある。それは,目の前にある対人関係的な問題 について話 し合 っ ているのに, なぜか 「昔話」 を始める学生がいる。 よくよくきいてみると, どうや ら自分に対 して安心 感をもったことがないのだと伝えたい らしい。自分の感覚や振 る舞いに安心感をもっていない。だか ら,
目の前の対人関係がよくなって もほんとうは安心できていない。 自分 自身に安心 しているかどうかとい うことは, とて も重要なことなのだ。
引 用 文 献
氏原 寛 ら共編 1990現代青年心理学 :男の立場と女の状況培風館
岡田 努 1993現代の大学生における 「内省および友人関係のあり方」 と 「対人恐怖的心性」との関係 発達心理学研究,第4巻,第2号,162‑170
谷 冬彦 1998青年期における基本的信頼感と時間的展望 発達心理学研究.第9巻,第1号,35‑44 Erikson,E.H 1959 1dentityandthelifecycle UniversitiesPress,Inc.(小此木 啓吾訳編 「自我 同一性」1973誠信書房)
付表 使用 した質問項 目 (※は逆転項 目)
「基本的信頼」尺度
※①物事がうまくゆかなくなると、 自分の中にひきこもって しまうことがある。
※② 自分 自身の ことが信頼できないと感 じることがある。
※③人から見捨て られたのではないかと心配になることがある。
※④人生に対 して、不信感を感 じることがある。
※⑤失敗すると二度 と立ち直れ ないような気がする。
⑥私は自分 自身を十分に信頼 できると感 じる。
「時間的連続性」尺度
※①今の 自分は本当の 自分ではないような気がす る。
×②私は過去の出来事にこだわ っている。
③今の生活に満足 している。
※④過去のことはあまり思い出 した くない。
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・※⑤毎 日が同 じことの くり返 しで退屈だ。
⑥私は 自分の過去のことを受け入れ ることがで きる。
※⑦私の過去はつ らい ことばか りだ った。
「対人信頼感」尺度
⑭ 自分が困 ったときには、まわ りの人 々か らの援助が期待できる。
⑮普通、人はお互いに誠実にかかわ りあっているものだと思 う。
⑬一般的に、人間は信頼できるものであると思 う。
⑰周囲の人 々か ら自分が支えられていると感 じる。
×⑬私には頼 りにできる人がほとんどいない。
「深い関わ り回避」尺度
※①おたがいに、心を打 ち明け会 う。
※②人間の生 き方などについて真剣 に話 し合 うことがある。
※③友だちと精神的に深い関係をもちたい。
④友だちと真剣に議論す ることは恥ずか しいことだ。
⑤友だちには自分の本心は見せない。
⑥友だちとはあた りさわ りのない会話です ませている。
⑦友だちと意見が対立するのが怖 い。
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