わが国損害保険会社の国際化
新たな成長とリスク管理の観点から
鈴 木 智 弘
■アブストラクト
1980年代頃までは,海外進出した日系企業の現地リスクを引き受けること が主目的であったわが国の損害保険会社の海外事業が新たな段階を迎えてい る。金融ビックバンを経て,2000年代以降は,国内市場の伸び悩みが顕著に なり,経営戦略上,新市場を獲得するために本格的に現地ローカル市場を獲 得することと,保険契約を自然災害の多い日本国内だけでなく国際分散させ る重要性が認識されている。
戦略的同質性が高いと言われている金融業界だが,大手3損保グループの 海外事業には差異がある。各社とも大型
M & A
を活用しているが,海外事 業の比率が高まれば,日本中心であった経営戦略や企業のあり方の見直しが 必要になる。国内事業で蓄積した競争優位とM & A
で獲得した海外事業を どのように有機的に結合させるかが問われている。■キーワード
攻めと守りの戦略,損保の国際化,M & A
1.はじめに
わが国の保険事業においても,製造業や各種サービス業と同じく,国際的 な事業展開が重要な経営課題となってきている。21世紀に入って,わが国の
会関東部会報告による。
*平成26年12月12日の日本保険学 27年2月27日原稿受
/平成 領。
保険大手,特に損害保険会社の海外進出が本格化している。保険事業は,政 府や国際的な規制を受ける金融業であるが,わが国保険業の国際化は,1980 年代後半に,国際的な資産運用を目的に欧米に拠点を置くことが活発になっ たが,現地において積極的に保険引受を狙うものではなかった。その理由は,
自動車保険をはじめ国内市場での成長が期待できたため,経営戦略上,海外 事業展開の優先順位が高くなかったのではないか と思われる。保険事業に とって,1980年代までの国際化問題とは,わが国の保険会社が海外進出する ことよりも,自国保険市場の開放,即ち外国保険会社の日本市場参入への対 応という性格が強い。しかし,前川寛によれば ,保険事業は海上保険事業 に始まり,本来国際的な性格をもった事業である。保険事業の国際的な性格 は,再保険取引に特徴的であった。
本稿は,最近のわが国の損害保険会社の国際化について分析する。一般に 規制産業である金融業では,同業界の主要企業の経営戦略は類似することが 多いと言われているが ,損害保険事業の大手3グループ の現時点での
1) 1970年代以降は,高度成長期にみられた設備投資主導型の成長が影を潜め,
損害保険市場における企業保険の比率も成長率は鈍化したが,この時期にも自 動車保険を中心とした家計保険分野は伸長した。
2) 前川寛(1982) 保険事業の国際化―生命保険事業を中心として 生命保険 文化研究所所報57〜85頁。
3) 1996年から2001年頃までの金融ビッグバンまで,護送船団方式と言われ,厳 しい業務規制が課されていた銀行業であっても,独自の経営戦略を採り高い収 益を獲得した銀行が存在する。このことについては,拙稿 邦銀のイノベーシ ョンと銀行経営の陰 イノベーション・マネジメント研究
NO.2(2006)
56〜106頁,建帛社に詳しい。
4) 東京海上ホールディングス,MS&ADインシュアランスグループホールデ ィングス,損保ジャパン日本興亜ホールディングスの3グループ。以下,大手 3グループと記す。また,海外事業の実施(統括)状況に従い,各々東京海上,
三井住友海上,損保ジャパンと記す。
5) 大手損害保険会社の海外戦略は,現在進行形であるため,新たな買収などが 発表されれば,情勢は大きく変化してしまう可能性がある。本稿は,2014年9 月末時点の3グループの状況を分析対象とするが,損保ジャパン日本興亜ホー ルディングスについては,2015年1月からの略称
SOMPO HD
と記載する。海外戦略は,東京海上が欧米を中心とした路線,三井住友海上がアジア重視,
損保ジャパンが新興国中心から欧米スペシャリティ分野に進出と,大きな差 異が見られる。本稿は,わが国の損害保険大手3グループの海外戦略の特徴 を紹介 し,新たな成長とリスク分散の観点から,海外事業の課題を検討す る 。
2.損害保険業の国際化と先行研究
わが国の損害保険会社の海外進出についての先行研究,特に,企業経営の 観点での研究は数少ない。その理由は,長期間,大蔵省の護送船団行政に守 られ,個別金融機関が独自な経営戦略を採る必要性と余地が少ないと見なさ れていたことである。数少ない先行研究ではあるが,1973年の変動相場制移 行後,日本企業の海外進出が本格化した時期の損害保険会社の国際化につい て論じた研究として,次のふたつがあげられる 。第一に,塗明憲が1975年 にタイで行った現地に進出した日系保険会社の調査報告 ,次に前川寛が 1982年に業界専門誌に掲載した論文 である。塗及び前川によれば,この
6) 3グループの中で最も海外事業のウエイトが高い東京海上を中心に論じる。
7) 本稿作成にあたり,各社
IR
資料,社史,雑誌,専門誌などの公刊物を利用 した他,3グループの海外事業統括部門に対して2013年12月から2014年10月に かけて,聞き取り調査を実施した。ただし,本稿で紹介,分析する内容は,損 保各社の公式見解ではなく,筆者の見解である。8) その他,実務家の見解として,赤堀勝彦(1977) 日本損害保険事業の海外 進出と今後の課題 インシュアランス 昭和52年1月1日号62〜67頁,堤康 司(1979) 損害保険の国際化 インシュアランス 昭和54年1月18日号4〜
7頁,吉池和男(1980) 海外元受販売網の構築強化について インシュアラ ンス 昭和55年4月3日号4〜11頁がある。
9) 塗明憲(1975) タイ国におけるわが国の保険企業 生命保険文化研究所 所報 29号153〜169頁は,タイに進出している日系損害保険会社の調査であ る。塗は, 国際保険経営論 千倉書房(1983)において英米の生命保険業の 海外進出について検討している。
10) 前川寛(1982) 損害保険事業の国際化 インシュアランス 昭和57年1月 1日号38〜42頁参照。
時期のわが国の損害保険会社の海外進出は,国内得意先企業の海外事業展開 先で,必要な保険保護を提供することを主目的にしていた。進出形態も当該 国保険会社,ブローカー等に元受代理店を委嘱する方式が一般的であった 。 従って,海外進出と言っても,主要顧客は日本国内取引先であり,1980年前 後のわが国損害保険会社の海外進出は,国内顧客追随型であった 。
ただし,このパターンの保険会社の海外進出は,日本特有のことではない。
前川 によれば,米国保険企業の海外進出も1950年代に海外投資の活発化 にともなって多数の多国籍企業が生成したことが背景となっている。
損害保険会社の国内顧客追随型海外事業に変化が生じるのは,1996年から 2001年頃までの金融ビッグバンが契機である。図表1のとおり,国内市場で の競争が激化したことから,1996年をピークに損保会社の元受正味保険料は 低下に転じている。
11) 前川・前掲注10)40頁。
12) 日本企業の海外進出段階に応じた,損害保険会社の対応については後述する。
13) 前川・前掲注10)40頁。
出典:日本損害保険協会統計により,筆者作成
図表1:我が国の元受保険料推移(単位:年度,保険料:億円)
背景には少子高齢化と,それに伴った国内での新車販売台数の減少により,
主力商品であった自動車保険の伸び悩みがあると言われている。また,中国 をはじめ,アジア各国で経済成長が続き,成長の見込める海外市場に事業拡 大の舵を切る必要性,つまり諸外国の成長を取り込む必要性が,2000年代以 降,わが国の損害保険会社の経営戦略上,重要になった。金融ビッグバン以 前のわが国の損害保険会社の国際化は,海外進出した日本企業を主たる顧 客 として,進出先地元企業や個人を重視してこなかったが,2000年代以 降は,進出先の企業や個人,即ちローカル市場開拓が迫られた。このことは,
進出先の保険会社だけでなく,その国に進出している欧米大手保険会社との 競争に巻き込まれることも意味する。国際競争時代の幕開けと言える。
慶應義塾保険学会は,2004年1月15日に グローバル化時代と保険業の将 来 と題する公開シンポジウムを開催し,損害保険,生命保険の海外進出に ついて,実務家を中心に議論している 。その中で,東京海上出身の日本損 害保険協会の松下勝男は,それまでの海外事業と今後の事業展開の何が異な るのかについて,次のように述べている 。
第一に,日系企業対象の事業から本格的に現地マーケットに参入をするこ とになり,欧米大手プレーヤーとの本格競争に入ること。第二に,選択と集 中によって,中国,インド,タイ,マレーシア,インドネシアなどの国々が ターゲットになること。第三に,グループごとの戦略に多様化が見られるこ と。更に,会社によって時間差が出てくること。その他,生保事業も視野に 入れるようになること ,グローバルなリスク分散を図るため再保険が重要 14) 日系企業相手であっても,海外での保険引受は,進出国の認可や免許が必要 になるが,現地保険会社などに代理店を委託し,それを再保険で引き受けるな ど,日本での引受と実質変わらないことも多かった。塗・前掲注9)参照。
15) 慶應義塾保険学会(2004) グローバル化時代と保険業の将来 保険研究 第56集315〜362頁に,シンポジウムでの議論が掲載されている。
16) 慶應義塾保険学会(2004),前掲シンポジウム記録より要約。所属は掲載当 時。
17) この時点で,東京海上は,中国の生命人寿保険会社に24.9%出資,トーア再 保険は,中国の人寿再保険に10%出資し,三井住友も同じような戦略を実行し
になると指摘している。以上の松下の指摘は,現在を予見したものである。
また,2011年10月22日の日本保険学会大会において グローバリゼーショ ンと保険会社の海外進出 をテーマとするシンポジウムが開催され,わが国 の損害保険及び生命保険の海外進出について報告と,パネルディスカッショ ンが行われた 。
損害保険ではないが,ニッセイ基礎研究所の平賀富一が2013年に発表した,
Prudential, Manulife, AIA
の欧米系有力生命保険会社3社のアジア事業戦 略に関する論文 は,多国籍企業理論であるJohn Harry Dunning
の 折 衷理論 をベースに,外資生命保険企業の国際事業展開に関する成功要因を 分析しようとしたものである。3.これまでのわが国損害保険3グループの海外事業
今世紀になって,国内市場の伸び悩みが顕著になり,長期的な市場縮小が 予測されるため,損害保険会社の経営戦略上,新市場獲得のため海外進出の 重要性が高まっている。また,2011年の東日本大震災に見られるように,巨 大地震や風水害の危険が高い日本列島に,エクスポージャーを集中させてい ることの危険性も認識されてきた。2001年以降,損害保険会社の再編が続い た結果,2000年当時,主要15社ともいわれた損害保険会社は,主要3大グル ープに集約され,保険料収入の90%以上が3大グループに集中している。こ のような状態では,国内のエクスポージャーは,主要3グループに集中して しまう。最近の大手3グループの海外戦略には,新たな市場獲得という攻め
つつあった。
18) パネルディスカッションの内容は,日本保険学会(2012) 保険学雑誌 第 616号71〜90頁に掲載。
19) 平賀富一(2013) 生命保険企業の国際事業展開に関する研究 横浜国際社 会科学研究 第17巻6号 13〜37頁。平賀論文は,専ら欧米系生命保険業のア ジア事業戦略を対象とし,生命保険業の重要な競争優位として指摘したことは,
損害保険業にも適用できると思われるが,日本の保険業の海外進出について論 じたものではない。
の目的と,エクスポージャーの分散という守りの目的があると考える。
規制産業の損害保険業では損保の商品は一般の商品と異なり,物理的な形 がないため,保険商品はほとんど画一化され,価格競争にも限度がある。更 に保険は,各国の法律や商慣習,国民性,文化などの違いを反映する,ロー カル性の高い商品である。これまでのわが国損害保険業の海外事業 につ いて,前述した先行研究や,筆者の実施した大手3グループへのヒヤリング などを元に総括すると下記のようになる。
損害保険会社の海外事業戦略を内部成長型と外部資源活用型の分類で検討 すると,内部成長型のメリットは,これまで日本国内での営業で積み上げて きた強固な財務力や高い格付,このことに伴うリスク引受能力が活用できる ことである。日本企業,特に製造業の海外展開に追随して,損害保険会社は,
海外進出を活発化したが,国内市場が急成長していたため,損害保険会社に とって海外事業のウエイトは低く ,国内営業の延長という性格であった。
加えて,日系企業を対象とした海外保険事業は,日本国内での取引関係を尊 重するためなのか赤字になることも多く ,収益面での重要性は高くなかっ た。そのため海外拠点への投資は大きくなく,1960年代までの海外営業は,
海外の有力保険会社やブローカーに元受代理店を委託する方式が主流で,
1970年代以降,日本企業の海外展開のあとを追うかたちで現地法人や海外支 店を設立し,自前方式の引受体制を構築する方針への転換が図られた。
20) 本稿では,家計向け保険ではなく企業向け保険を中心に論じる。
21) 戦後,海外市場の重要性は相対的に低下した。その要因として,保険種目の 中心が国際的な海上保険から国内中心のノンマリンにシフトしたこと,自動車 保険を中心とした家計保険の急激な伸長が損害保険会社の順調な成長をもたら し,ことさらに海外営業に経営資源を投入する必要性が生じなかったことなど である。
22) 慶應義塾保険学会(2004),前掲シンポジウム記録(350頁)には,損保ジャ パン従業員の発言として 大手損保では,現地物件がうまくゆかない。引き受 けても,一定量になるとロスが多く,赤字体制になって資本投与を繰り返して きたのが,損保の歴史である と掲載されており,会場出席者から異論は出て いない。
次に損害保険会社の海外保険事業を対象顧客別に整理すると,企業や個人 といった一般顧客を対象とする元受保険事業と保険会社を対象とする再保険 事業に分類できる。
自動車保険など個人分野の元受保険は,リスク集団が比較的均質となるが,
大数の法則を有効にするために規模の経済性が必要となる。わが国の高度成 長期 に損害保険市場も急成長したが,その成長は,企業分野よりも自動 車保険を代表とする家計保険分野の商品によってもたらされた。中国やアジ ア諸国で急激な経済成長に伴い,大手3グループは自動車保険の需要が高ま ると予想し,新興国市場での重点商品は自動車保険としている 。
日系企業を対象とする企業分野は,従来から取り組んできたものである。
工場や設備など財物に関する保険や損害賠償に関する場合,保険は地域性の 高い商品のため,カバーできる範囲や限度額などは各国で異なる場合が多い。
一方,契約者,被保険者である企業は,前川(1982年) によれば,国内外 で保険の管理に関しても担保の同一性をはかる要望がある。また,塗(1975 年) によれば,日系現地企業には,日本国内の延長のような保険契約がで きることが,日系保険会社と取引するメリットであった。そのため,保険会 社は,重要な顧客企業に対して,日本国内での取引関係を維持するため,再 保険を活用するなど,国内の延長としての付保を行い,国内外一体の保険サ ービスを提供することで対応しようとしてきた が,日系企業だけを相手 にしていると,大数の法則が働かず,海外事業として採算性が乏しくなる。
海外事業を収益源とするには,日系企業だけでなく,現地ローカル企業を顧 23) 日本経済は1950年代半ばから70年前後にかけての約15年間に,年平均10%に
も及ぶ経済成長を遂げた。
24) 自動車ディーラーや修理工場など異業種を代理店として活用する日本国内で の営業スタイルを新興国に移植して,経験効果が働くことを期待しているよう である。
25) 前川・前掲注10)40頁。
26) 塗・前掲注9)160頁。
27) グローバルカバー,グローバルアカウント制度など,大手損保各社によって 呼称は異なるが,顧客のリスクを国内外一元対応するシステムである。
客とする必要がある。
現地ローカル企業を対象とした企業保険は,日本国内以上に,被保険企業 に対するリスク選択能力や引受規律が求められ,現地の保険市場に関する十 分な理解が必要となる。途上国は,経済成長率が高いといっても,保険制度 や裁判制度が未発達であったり,そもそも保険に対する認識が未熟であった りするなど,引受リスクが大きく,手間が掛かる割には,市場規模が小さい 場合が多い。しかし,アジア新興国では,わが国製造業の進出の歴史から,
日本ブランドが一定の存在感を持っている。一方,先進国市場では,新規参 入者となるため,Allianz, AXA, Zurichなど先行するグローバルプレイヤ ーである保険会社との厳しい競争が必要となるが,わが国損害保険会社は,
財務の健全性は高いが,先進国市場での元受営業の競争力は高くなく,企業 向けスペシャリティ分野などニッチ分野への参入が基本になっている。
東京海上,損保ジャパンは,先進国市場では,ニッチ分野の既存保険会社 を買収することで,迅速に買収先の事業基盤を丸ごと獲得することを選択し ている。M & Aの利点のひとつは時間を買うことであるが,大手3グルー プの2014年3月時点の株主構成をみると,外国人持株比率は東京海上HDが 42.7%,三井住友海上の持株会社
MS&AD HD
が39.0%,損保ジャパンの持株会社
SOMPO HD
が43.1%と極めて高い比率になっている。信託勘定の場合,本当の投資家が誰かは不明 であるが,機関投資家が多いと類推 できる。このような株主の場合,投資収益率を重視するため,各社の経営戦 略にも,そのことが反映すると思われる。これまでのような長期的な視点で の投資だけでなく,海外事業でも規模と収益を迅速に拡大することが求めら れ,先進国での大型買収が選択されていると考えられる。M & Aの成否は,
買収対象の選択が最重要である。更に,買収に成功しても,外資に経営権を
28) わが国の上場企業の外国人持株比率は1989年度末(平成元年度)には4.2%
に過ぎなかったが,2014年3月末には30.8%となった。日本の投資家が外国に 迂回している場合もあり,信託勘定やファンドの場合,本当の資金主は分から ない。
握られたことなどに反発し,業務運営のために重要な従業員などが退社する など,買収の目的を果たせなくなったケースも多い 。買収後のマネジメン ト力が問われる。
最後に再保険事業について検討する。再保険は,元受保険会社が保険契約 者から引き受けた保険を再保険会社にリスクを移転する保険会社間の取引で あり,一般に元受保険会社の引受能力の不足を補うものと解釈されている。
特に損害保険の巨大損害に対処するためのグローバル市場取引として解釈さ れている。しかし,元受保険会社・自家保険的な機能を有する者に対して資 本調達を支援し,リスクマネジメント手段を提供する機能などの再保険の役 割 も重要である。再保険はグローバル市場で取引されてきたことから,
再保険市場に参加することは,世界の損害保険会社と取引することになる。
そのことで,世界の保険事情や保険会社の実力などを学ぶことができる。い わば,学習の場である 。
戦後のわが国損害保険業の海外事業は,製造業などの日本企業の海外進出 段階に応じたニーズに対応したものであった。進出初期段階では,製造や販 売という中核業務に人材を集中しなければならず,保険事務に詳しいバック オフィス人材を海外に駐在させることは難しかった 。そのため,海外拠点 では,日本国内と同じように日本語で保険契約ができることは魅力があり,
日本国内での取引や資本関係のある日系保険会社の駐在員を活用するメリッ
29) 伊藤邦雄・鈴木智弘(1991) 戦略的提携によるグローバル・リンケージの 創造 ビジネス・レビュー
Vol.
38, No.4 ,
15〜42頁,鈴木智弘(1994) 戦 略的提携と経営戦略論としての組織間関係 香川大学経済論叢 第67巻,71〜90頁。
30) 小林篤(2012) 再保険の進化と最近の再保険市場―再保険の多様性とファ イナンス理論の浸透― 損保ジャパン総研レポート
Vol.61,31頁。
31) 2008年以降の東京海上の欧米での大型買収において,2000年以降の再保険事 業の戦略的意味は大きい。このことは後述する。
32) 1960年代,70年代までの外国為替制限や海外渡航制限,更に派遣国での就労 ビザの取得など,多くの制約から,業務のため派遣する従業員数と職能は厳選 しなければならなかった。
トは大きかった。また,保険会社にとって,海外進出日本企業に対する保険 契約は,国内取引の付随的契約という性格もあり,海外保険契約そのものの 採算性は余り重視されず,国内取引の円滑化という性格も強かった。進出先 の現地保険会社や世界的保険会社にとって,日本企業の海外拠点との取引は,
面倒な日本語や契約コストに見合う利益が期待できず,積極的な引受活動を 行わなかったようである。しかし,日本企業の海外進出が本格化し,様々な 規制が緩和されると,海外拠点の充実と現地化が進展し,現地従業員の採用 が促進される。保険業務を含むバックオフィスでも現地従業員が増加し,現 地の保険事業に適合した保険選択が行われるようになる。日本からの派遣駐 在員が保険契約の担当であれば,帰国後のことも考えて日系保険会社を優先 する可能性もあるが,現地従業員には,そのような配慮をする必要性は乏し い。契約獲得競争の激化のため,日系保険会社は顧客を失い,現地ビジネス を維持するため,現地ローカル企業を顧客として獲得する必要が増加したの である。
4.最近の大手3グループ各社の海外事業の概括
4章では2000年代の大手3グループの各社の海外事業と,その体制につい て,東京海上を中心に概括する。
4‑1 三井住友海上(MS &AD HD)
同社のアジア事業展開については,野村 に詳しいが,同社の海外事業 は,1934年に同社の前身のひとつ大正海上火災 がタイに進出し,戦後は,
もうひとつの前身である住友海上火災が1956年に香港で元受営業を開始する など,1970年代までにアジアでの日系企業向けのサービス拠点を築いている。
同社の海外事業は,アジア︑特に
ASEAN
に注力している。2013年度の33) 野村秀明(2012) 損害保険会社の海外事業展開 日本保険学会 保険学雑 誌 第616号5〜22頁。
34) 1991年に社名を三井海上火災保険に変更。
MS& AD
の連結純利益934億円のうち,海外事業は180億円と20%弱を占め ており,その半分以上が,ASEANを中心としたアジア地域である。2012年度の
MSIG
のASEAN10カ国における損保収入保険料は,同地域でト
ッ プ の 約1100億 円 で あ り,同 地 域 で 強 い 競 争 力 を 示 し て い る。同 社 の
ASEAN
での事業発展をもたらしたのは,2004年に英国AVIVA
のアジアでの損害保険事業を買収したことで,中小企業・個人保険の事業基盤を獲得 した。日系と非日系の契約の割合は元受収入保険料において,買収前の7対 3から3対7に逆転している 。
同社の海外ビジネスが,アジア中心であることについて,野村 は,経 営資源の制約のため,同社はアジアに特化しており,アジア損害保険事業で は,先発者優位性を獲得するために,極力早く進出するという方針であった と述べている。
アジアでは,同社は生保事業にも進出している。その理由は,第一に,損 害保険と同じく,生命保険市場も急成長が期待できること,第二に,グルー プ傘下である三井住友あいおい生命保険会社と三井住友海上プライマリー生 命保険会社のノウハウが活用できること,第三に,同社の損害保険現地法人 との連携したシナジー効果が発揮できることとしている。同社のアジア事業 は,損害保険事業が経営権確保のため原則100%のマジョリティ出資を基本 としていることと異なり,生命保険事業は,マイノリティ出資となっている。
その理由を野村 や同社の常井俊成アジア生保部長 は,損害保険と比べ 個人顧客が中心でローカル性の色濃い生命保険は,資本規制もあるため,地 35) 同社のアジアでの保険事業は,グループ名の
MS&AD
ではなく,MitsuiSumitomo Insurance Group
の頭文字のMSIG
を用いており,同じMS&AD
グループのあいおいニッセイ同和損害保険の海外拠点も
MSIG
に統一し,MSIG
ブランドの浸透を図ろうとしている。36) 週刊東洋経済臨時増刊生保・損保特集2014年版 26頁,野村・前掲注33)17 頁,同社
IR
資料参照。37) 日本保険学会・前掲注18)71〜90頁。
38) 日本保険学会・前掲注18)71〜90頁。
39) 週刊東洋経済・前掲注36)26頁。
元のニーズをよく知る現地の有力財閥・金融大手と手を組むのが得策である としている。資本規制に加え,損害保険事業と異なり,不慣れな生命保険事 業に関しては,現地市場や現地パートナーを管理するために必要な経験を積 むまで,慎重な対応をしているのではないかと,筆者は推量する。
同社は,買収した
AVIVA
をアジア事業の中核として,2006年にシンガ ポールにASEAN
事業を統括する中間持株外社MSIG HD(Asia
)を設立 し,現地で,迅速な意思決定と事業執行が可能となるようにしている。同社 の海外事業の目的は,アジアの成長を取り込むことであるが,同社の柄沢康 喜社長 は,マスコミインタビュー で,先進国においても, アジアに比 べ買収後の収益貢献が短期間で期待できるため良い対象があれば実施した い 専門性の高いニッチな会社が対象になる と発言している。4‑2 損害保険ジャパン(SOMPO HD)
これまでの損保ジャパンの海外事業は,ライバルである2メガ損保に比べ,
見劣りし,同社の海外事業の修正利益は,2013年度実績で78億円,同社全体 の修正利益の7.7%に過ぎず,海外事業のウエイトは低かった。その同社が,
2013年12月に約992億円で,英国キャノピアスの買収を発表したことで,大 手3グループが本格的に海外進出を志向することになった 。
同社の海外事業の特徴は,南米安田社の存在と,損保ジャパンシゴルタ
(Sompo Japan Sigorta)の存在であるが,損害保険ジャパンの桜田謙悟社 長は,以前は,国別の成長率を見て,投資先を決定していたが,国別の成長 率が利益につながらず,トルコとブラジルが結果として残ったと打ち明けて いる 。
40) 持株会社
MS&AD
と事業子会社三井住友海上火災保険の社長を兼任。41) ロイター(2014年6月24日記事)。
42) 2015年3月6日,SOMPO HDは,フランス最大の再保険会社
SCOR SE
への資本参加(持分法適用会社化)を発表した。同日の日本経済新聞朝刊によ れば,1100億円規模の出資である。43) 日本経済新聞社パネル討論 ニッポン金融力会議 (2013年7月17日開催)。
2013年末に英国キャノピアスの大型買収を発表するまで,同社の
M & A
は,ライバル2社と比較して小規模であった。同社の海外事業の特徴は,欧 米先進国では,キャノピアスの買収によって企業分野のスペシャリティ分野 への参入を開始したが,その他の地域では,自動車保険を中心にした家計分 野に特化している。同社の海外事業は,本格展開が開始されたばかりで,分 析するには,もう少し時間が必要である。また,同社は2014年9月に持株会 社傘下の保険事業会社2社の合併を行った 。同社の経営戦略上の優先順位 は,統合や融和を進めることにあると思われるが,海外事業においても 損 保ジャパン日本興亜 という長い社名を使用し続けるのであろうか。4‑3 東京海上日動(東京海上 HD)
東京海上は,1879年の創業時から,釜山・上海・香港,翌年にはロンドン 等で営業を開始するなど,同社の海外展開は130年以上の歴史を有する。
1945年の敗戦により,いったんすべてを失ったが,戦後は,日系企業の海外 進出とともに,海外展開を拡大した。2000年以降は,アジア等新興市場での
M & A
を用いてローカルビジネスを拡大し,高い格付を活用した再保険ビジネスの拡大,Kiln社,Philadelphia社,Delphi社といった欧米における 大型買収を実施した。その結果,主要3グループの中で,同社は,最も海外 事業のウエイトが高く,2013年度には,欧米を中心に海外事業で1000億円超 の修正利益を得ており,海外事業での利益が会社全体の利益の49%に達して いる。また,海外利益の約70%が英米先進国市場で得られていることが特徴 である 。
44) 損害保険ジャパン日本興亜が誕生すると共に持株会社も
NKSJ
ホールディ ングスから損保ジャパン日本興亜ホールディングス(略称:SOMPOホール ディングス)に商号変更した。長い社名は,旧社名を残すことで従業員や傘下 の代理店への配慮であろう。45) ただし,海外事業に関しては,一両年の急激な円安も業績に反映しているこ とも考慮しなければならない。例えば,2012年度の決算では2012年12月末の1 ドル86.5円が適用されたが,2013年度の適用為替レートは105.3円である。
戦後の同社の海外事業を社史 により概括すると,海外事業について 海外営業を拡大することは,東京海上の戦後一貫した問題意識であっ た。 と記されている。1970年代後半の非日系の現地ローカル市場への取 り組み方法は,日本国内の規模拡大競争のパターンを持ち込み,非日系市場 に進出を狙ったものであった。同社は,元受分野で現地ローカル市場に食い 込むことは難しいと判断し,ローカルビジネスでは現地(元受)代理店ある いはスタッフに任せざるを得ないと考えていた。
この状況を打開し,米国市場の純ローカル物件引受を行うために1980年に ヒューストン・ゼネラルを5500万ドルで買収し︑米国でローカル物件の引受 を開始した 。ところが米国では,製造物責任事案などで損害補償額の異常 な高騰が生じ,同社の海外営業の収益悪化の原因になった 。ヒュースト ン・ゼネラルは,期待した利益を得ることができず,1998年に売却する。こ のことについて,同社は, 82年度以降期待されたメキシコ湾岸のオイルブ ームも起きず,低迷した。買収後の挙績が必ずしも順調でなかった背景は,
米国市場全体のリザルト悪化の影響もあるが,買収への動きがいささか性急 であり,引受体制整備の遅れといった問題を伴っていた と振り返ってい る。同社の海外営業活動は,米国を中心とした業績悪化によって,1982年以 降縮小されることになった。業績悪化の原因のひとつとして,営業拡張を担 うに足るだけの引受体制の整備が不十分である反省している 。
1987年に常務会で承認された 海外部門の基本戦略 では,収益性重視が 強調され,海外部門の使命として, 日系重要客先に対するサービスを提供 46) 東京海上日動火災株式会社(2005) 東京海上百二十五年史 以下,同社社
史と記す。
47) 同社社史・前掲注46)365頁。
48) 買収費用5500万ドルは当時の為替レート(1ドル=225円程度)で換算すれ ば,約140億円になるが,それは,1980年度の同社の当期利益が約245億円であ ることから見れば,巨額の投資をしたと言える。
49) 同社社史・前掲注46)146頁。
50) 同社社史・前掲注46)150頁。
51) 同社社史・前掲注46)148頁。
するとともに国内企業営業部門をサポートすること が示され,国内営業 のサポート部門という扱いが示された。1990年代になると,海外営業の位置 づけの見直しが始まった。同社は,現地会社設立や買収による子会社方式に ついて 東京海上はじめ日系損保は成功を収めていない。その原因の一つは,
進出の際,現地市場に参入してゆく理念,目標が明確でないまま戦力を逐次 投入する傾向が強く,このため現地市場での競争には力不足 と評価し,
成功例は,当初一気に大量資金投入を行ったケースが多い と分析して いる。更に,成功のためには, 現地のマネジメントを統括できる本社の体 制の確立とそれを担える人材の育成と確保が急務 と提起している。
アジアを中心とする現地ローカル市場への進出方針を全社的に掲げる戦略 転換が行われるのは,1998年の ビッグチャレンジ2001 計画案策定におい てである。更に,1999年度の春季部店長会議において企業分野の基本戦略の 中に,世界展開している既存取引大企業への対応として,国内外トータルで のキャパシティ提供と収益管理を実施するグローバルアカウント制度 を 発足させた。
2000年4月には国際部において海外保険事業戦略が策定された。これは,
非日系保険事業は段階的に参入し,学習するという戦略である 。この頃か ら損害保険業界では大きな再編が始まる。日本興亜損害保険,ニッセイ同和 損害保険,あいおい損害保険,三井住友海上火災,損害保険ジャパンが発足 し,東京海上も日動火災と共同で持株会社 株式会社ミレアホールディング ス を設立した 。損保大手5グループ合計マーケット・シェアは2001年
52) 同社社史・前掲注46)237頁。
53) 同社社史・前掲注46)366頁。
54) 同社社史・前掲注46)366頁。
55) 同社社史・前掲注46)366頁。
56) 同社社史・前掲注46)457〜458頁。対象となった企業は,10社程度のようであ る。
57) 同社社史・前掲注46)512頁。
58) 2008年7月に商号を 東京海上ホールディングス株式会社 に変更。
59) 2004年10月に事業会社2社が合併し 東京海上日動火災保険株式会社 発足。
度で82.68%に達し,寡占化が進展した。
以上の大規模な業界再編を経て,同社は,海外保険事業は東京海上グルー プ全体の利益成長のドライバーであるとグローバル展開の戦略的意義をあら ゆる機会 に強調し,戦略的に海外事業を成長させてゆく。海外部門のウ エイトは,2007年度以降,急拡大する。同社の海外保険事業のウエイトを修 正利益ベースで示すと,2003年度は,グループ全体(1721億円)の4%(70 億円)に過ぎなかった海外事業は,2006年度は,グループ全体(1697億円)
の17%(286億円),2013年度は,グループ全体(2781億円)の49%(1369億 円)を 占 め る ほ ど に 拡 大 し た。こ れ は,2008年 の 英 国
Kiln社,米 国 Philadelphia社,2011年の米国 Delphi社の買収が寄与している。2013年の
買収3社の合計修正利益は915億円となり,同社の海外事業全体の約70%を 占めている。2000年以降の同社の海外事業の軌跡は,同社の
IR
資料などでは,図表2 のように表示されている。同社の海外事業の急成長は,欧米での大型買収によるものだが,かつて,
同社は米国ヒューストン・ゼネラル保険グループを買収したが,成果を出せ ず,売却している。大型買収を成功させるためには,第一に買収対象の選定,
買収後の経営管理が重要になるが,同社は,2000年から開始した海外におけ る再保険事業への参入が,そのための大きな役割を果たしたと考えている。
同社は,再保険事業を通じて,収益機会を拡大すると共に,欧米非日系事業 の経営経験を蓄積することを目的にしていた。この再保険事業での学習が,
Kiln
社,Philadelphia社,Delphi社の買収と,その後の経営につながった と同社は評価している 。60) 株主総会,投資家ミーティング,IR資料,社長記者会見など。
61)
IR
資料,筆者の聞き取り調査によれば,ヒューストン・ゼネラル買収時は,投資銀行や会計事務所に買収候補選定を委託したことが成果を出せなかった一 因と考えており,再保険事業を通じて,同社は買収候補選定のノウハウを獲得 したとしている。
図表の位置を調節しているため、アキを作成しています
同社の海外保険事業推進体制は,2007年6月まで持株会社東京海上
HD
と,事業会社東京海上日動の国際部,企業営業開発部と複数の事業部門が推 進していたが,2007年7月に,東京海上HD
に海外事業企画部を新設し,一元的な海外保険事業戦略の推進体制を構築している。海外事業企画部新設 の目的は,本格的な海外保険事業の拡大に向けて,戦略を明確化し,必要な 体制を整備することである。事業会社ではなく,持株会社に海外事業企画部 を新設したことで,生命保険事業を含めたグループ全体として全体最適の観 点に立った海外事業戦略の企画立案,遂行を目指している。海外事業企画部 設立と共に,アジアに置いていた非日系ビジネスの重点を,欧米での大型買 収を繰り返すことで,欧米先進国に移している。
一見,欧米先進国に偏重していると見られる同社の事業ポートフォリオで あるが,世界の市場規模で見ると,北米及び欧州が損保市場全体の約70%,
生保市場全体の約60%を占めており,同社の事業ポートフォリオは,世界の 保険市場のウエイトを意識したものと考えられる。同社は,欧米3社買収を 東京海上ホールディングス株式会社
2014年9月17日投資家会議資料を一部修正し筆者作成 図表2:海外保険事業の成長の軌跡
通じて,量的な拡大を図っただけではない。欧米3社の買収は,同社が保険 業の国際プレイヤーとしての力量を増すための学習と考えており,買収後も 基本的に経営を任せている欧米3社の経営陣の知見を活用し,3社を通じて 欧米市場での人材を獲得する ことで,グループシナジーを追求している。
同社は,経営陣への外国人活用も進めており,2011年には,買収社のトッ プなどを加えた
International Executive Committeeを設置し,グループ
横断的に海外戦略を検討することにした。2014年には,外国人役員として常 務執行役員1名,執行役員2名を選任している。同社の海外事業及びその推 進体制は,外国人の活用も含め,わが国大手3グループのなかで最も進展し ていると言えよう。2007年以降の同社の積極的な海外事業進出は,当時の隅 修三社長 が海外事業を長期的に育てる決意を持ち,強力なリーダーシッ プを発揮したこと が大きいと,複数の同社関係者は異口同音に評してい る。5.わが国損害保険業の海外事業の課題
ここまで,わが国大手3グループの海外事業を概括してきたが,各グルー プ独自の戦略を採用している中で,3つの共通課題が見受けられる。
5‑1 海外事業に何を求めるのか(戦略目標)
国内市場の伸び悩み,国際的なリスク分散という観点で,海外事業の重要 度が増していることは,大手3グループ共通であるが,グループ戦略上,海 外事業に何を求め,その優先度は,どうなのであろうか。大手3グループは,
海外事業拡大に対応し,ガバナンスやコンプライアンス,営業体制など組織
62) 同社は日本国内では有能な人材確保に苦労しないが,海外では,東京海上よ りも
Kiln
などの方がブランド力は高く,優秀な人材確保が可能となると考え ており,人材育成面での活用も行なっている。63) 東京海上
HD
及び東京海上日動代表取締役社長(2007年6月〜2013年6月),現在は両社の代表取締役会長(2013年6月〜)。
64) 後段で述べるが,外国人を登用した役員人事は象徴的である。
整備を続けている。ローカル性の高い保険業では,現地に権限委譲すること は重要ではあるが,過度に委譲しては,非効率になる。そのため,大手3グ ループとも,地域単位で中間持株会社兼地域統括会社を設け,迅速な意思決 定と事業執行が可能となるようにしている。特に,東京海上の場合,地域統 括会社のトップに外国人を積極的に登用し,グループ全体の戦略にも参与さ せるようになっている。
新たな海外事業を担うことのできる人材養成の重要さは,大手3グループ 全てが強調しているが,グローバル人材とは何か,どのような資質が必要な のか,グループ全体戦略の中での海外事業の戦略的位置付けを明確にし,海 外事業の理念を明らかにして,定義する必要がある。
大手3グループ各社とも,外国人持株比率は40%前後になっており,収入 保険料に占める海外保険事業の割合も増加させようとしている。外形的には,
グローバル企業になっているが,グループ経営,例えばマネジメント・チー ムをどこまでグローバル化するのか,そのことが問われている。
5‑2 日本企業への国内外一体となったワン・ストップ・サービスの提供 大手3グループはいずれも,日系企業の海外拠点に対して,国内外一体の ワン・ストップ・サービスの提供を目指しているが,筆者は,まだ途上であ ると考えている。損害保険会社の各部門が有機的に連携できているのかとい う問題はあるが,顧客である日本企業側に課題があると思われる。筆者は,
現在海外事業を行っている大企業への聞き取り調査を実施しており,その途 中経過 であるが,事業部制で海外事業が行われている場合,海外事業拠 点ごとにリスク計測している企業はあっても,会社全体でのリスクを把握し ていないケースが目立った。保険契約は,海外拠点が独自に契約する場合が 多く,本社で契約している場合も,人的分野,輸出関連,調達関連,資産関
65) 家電,流通など大手企業数社を対象に2013年10月から実施している 日本企 業の海外進出とリスクコントロール戦略 に関する聞き取り調査の途中経過に よる。
連と,別々に本社関係部署が締結していることが多い。会社全体の保険料支 出額は把握していても,それとリスク総量を関連づけて把握していないケー スが多かった。SBUと海外拠点,本社機能などが,3次元マトリクスのよ うに絡み合って,全社的リスク計測は,まだ本格化していないようである。
日本企業は海外ビジネスのウエイトが増え,海外のリスクは認識しているが,
何から手を付けて良いか分からない,従って経営上の優先順位が上がらない 傾向があると見られる 。この状況を損害保険会社は収益機会と考えており,
子会社のリスクコンサルタント会社を活用しているが,リスクコンサルティ ングそのもので十分な収益を獲得するに至っていない。顧客側が自社のリス クを体系的に認識していないため,保険会社が海外事業を含めた内外連携し たワン・ストップ・サービスを包括的に提供しようとしても,活用できる顧 客企業は,現時点では,余り多くないようである。
5‑3 M &Aを活用した市場進出
先進国市場に比べれば安価であった成長市場であるアジアでの
M & A
は,その成長性が期待され,買収交渉価格が高騰していると言われている。参入 コストの上昇に伴い,事業採算性が厳しくなると共に,事業リスクも高まっ ている。先進国市場では,大手3グループとも,規模の経済性が問われない スペシャリティ分野への参入を選択しているが,今後も海外事業を積極的に 拡大してゆけば,いずれ,欧米のグローバル保険会社と全面的な競争は避け られなくなるが,その対応策は準備されているのであろうか。
(筆者は信州大学経営大学院教授)
66) 日本企業の海外進出とリスクコントロール戦略については,別稿で論じる。