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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音」が伝えてくれるもの~
音が奏でる千頭の移り変わり
‑r 音
jが 伝 え て く れ る も の
はじめに
1 音の散歩道が鳴らすやまびこ
1. 1自然が作り出す調べ
1.2里山がくれる癒しの音 1 . 3音戯の郷が伝える今
2生み出される街の音色
2. 1
音から見た大井川
2.2
四季の変化を教えてくれる『聞きなし
1 2.3人が作り出す音風景
3
音とともに変わってきた街の記憶 おわりに
参考文献・参考資料・参考
HPはじめに
村 瀬 賢 太 郎
「音」とはどこから発せられるものだろうか。それは私たち人間自身からつくられる「人工 の音
Jもあれば、豊かな自然環境が生み出す「風土の音
Jも存在している。しかし、この「音
Jは不変的な存在ではなく奏で、る業き者が変われば、その音色も変わってくる。演奏される音 色が変わったのなら、その楽器も以前と同じではなく何らかの移り変わりがあったことを示
している。それは大きなものから、ほんの些細なものまで実に様々である。こう考えると「音J というきわめて未結走な存在は、移り変わりという物語を話す「語り部J なのかもしれない。
平時から意識している人は少ないが、私たちの身の周りにはとても多くの音が溢れている。
それは、自然が作り出す木霊であり、時間の変化が作り出す音色であり、そして、人が生活 している中で生まれる残響である。そのような
f音」は、当たり前のように存在していて、私 たちはその音をそこまで注意深くは聴いていないが、その音たちは私だちに様々なことを教 えてくれる。
また、身の回りに櫛れている音は、移り変わりを知らせる。それは、四季の移り変わりで あり、人の生活の変化である。このような「何かが変わる音
jは、平時からその音が何から発 せられているのか。その音はどのような意味を持つ音なのかを注意深く聴いていないと、そ の変化に気づくことは大変難しいだろう。
さらに、音は私たちに様々なととを思い起こさせることができる。ときどき私たちは自分 の中に思い入れのある音を聴くと、その音から昔見た光景をふと思い出すことがある。また、
その光景を見ることはできなくても、私たちは音を聴くだけでそれがどんな光景なのかを思
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音j が伝えてくれるもの~
い起こすととができる。このように、身の周りに溢れてし、る音は、私たちの記憶の奥底に眠 っているものをそっと気づかせてくれる。
そして私たちは平時には意識をしていないが、私たちの生活は音の響きに強く影響されて いる。場所・時間・季節によって響いている音は大きく異なってくる。また人によっては、
その響いている音が好ましいものか、好ましくないものかは異なる。ある音が人にとっては 心地よいものだが、人によっては騒音ともなる。さらに、音が響き渡っているか、響いてい ないかによってその街や村の雰囲気はかなり違ってくる。
以上のことから「音」を視点にして街を見てみると、街の人々は奏でられた演奏によってど んな影響を受けているのか。自然が生み出す音楽が何を伝えてくれるのか。そして、人が作 りだす音色の変化そのものが街の「移り変わり」を表しているのである。ここでは、私たちが 調査した静岡県榛原郡川根本町千頭地区という街を「音J を視点にしてみることから、千頭と いう街の様子が過去と比べてどのように移り変わって行き、また千頭に住んで、いる人々は自 分たちの周りに鳴り渡っている音から何を感じ、そして街の人々が創りだす音色はその街に とって何を意味しているのかを明らかにする。
1 音の散歩道が鳴らすやまびこ
千頭は山に固まれた自然豊かな土地であり、すぐ側には大井川が流れている。また
SLが走っており、汽笛の音が街全体に響いている。このように千頭にはたくさんの音が瀦れ る素材があり、その素材を利用したのが「音の散歩道
Jである。ここではその音の散歩道に ついて紹介しよう。
1. 1
自然が作り出す調べ
千頭の街を歩いてみると、その音が耳に入っーてくるだけで涼しくなる大井川の川菩が聴 こえ、閉まれた山からはすがすがしい烏の鳴き声が街全体に鳴り響き、民家の中に茶畑が 街の中に溶け込んでいる。このことから思い起こせられるように、千頭の街はとても自然 豊かな街である。そしてこの豊かな自然が千頭に様々な音を創り出している。また千頭は 盆地に位置しているということもあり、音がとても響きやすいとしサ地理学的な特徴も持 っている。この特徴的な地形が千頭としづ楽団とってコンサートホールのような存在とな っている。
そしてこの千頭の街に響く自然の音を利用したのが「音の散歩道J である。 r 音の散歩道
jは千頭に訪れた観光客に豊かな白然を味わいながら街の中を歩いてもらいたいために作ら
れたものである。川のせせらぎや鳥のさえずりなどの自然の音は、人に「癒しJ の気持ちを
もたらしてくれる。その自然の「癒しの音J を観光客の人にも味わってもらいたいという狙
いがある。そしてもう一つ、この「音の散歩道
jには地元の人に千頭の自然を見産してほし
いという願いも含まれている。それは自分が住んでいる街を見直すことで、地元の人たち
でさえ知らなかった千頭を見つけて、もっと白分の街に愛着を、持って欲しいということで
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ある。それは何か新しい施設を作って自分たちの街を見直すのではなく、「散歩道」として この豊かな自然を利用することで、作られた「千頭」ではなく、ありのままの「千頭」に愛着 を持って欲しいというととである。
現代の人々は都会の生活の中で、時間と仕事に追われていて肉体的に精神的にも疲れ果 てている。そこでこの生活に疲れた人々は、昔自分たちが住んでいた故郷の自然の中に「癒
し
Jを求めるようになる。そしてとの都会にない自然豊かな風景は、人々に安らぎの気持ち を与えてくれるため、都会で、の生活が終わった後、故郷に「癒し
jを求めて帰ってくる人も 少なくない。
またこの「音の散歩道J は、自然の音が響いているだけでなく、
SLの音も散歩道を歩いて いると聴くことができる。自然豊かな道を歩きながら、
SLの音を聴いてみると目の前にな くとも
SLが心の中にそっと現れてくる。さらに、この
SLの音と千頭を見下ろせる風景を 組み合わせた「智者の丘公園」が、「日本の音風景
100選J
1に選ばれており、この「散歩道」に
とって絶妙な隠し味となっている。
写真 1 街沿いに流れる大井川
1平成8年、環境省(当時環境庁)では、「全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残して いきたいと願っている音の聞こえる環境(音風景)を広く公募し、音環境を保全する上で特に意義があると 認められるものjとして「残したし、 日本の音風景100選"Jを選定した。
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写真 2 音の散歩道の道中
写真
3r 智者の丘公園』から見た千頭地区
1.2
里山がくれる癒しの音
現在この散歩道に里山を作っている
A氏(男性・
70代後半)がいる。
A氏は子どもの頃に 遊んだ千頭の里山を再現したい想いから、この里山づくりを 20年前から始めており、後 5 年ほどで完成予定である。との里山は「自分が子どもの頃の千頭」を再現するものであり、
その当時に千頭の里山にあった植物、たとえばフジアザミ・シャガ等を植林している。ま
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音」が伝えてくれるもの~
た
A氏が子ども頃にあった「水車J を沢とともに再現しており、この水車の素材は里山を作 るために伐採した木材をしている。このような無駄木材を使用しない事も A氏のこだわり である。さらにこの里山は「自然のままにJ がコンセプトであり、植林をするときや沢を作 る時も、きれいに並べられた均一的な里山ではなく、し、かに自然に近い形に近づけるを考 えて作っている。
現在この里山には約
5000本の植物が植えられている。その成果からか、アオサギ・鵜・
カッコウ等の鳥類が
A氏の里山に来るようになった。また広葉樹も植えていることから、
キツツキが来ている。烏が来るようになったことで今まで聴こえなかった鳥の芦やキツツ キのドラミングの音が聴こえるようになった。さらに、大変きれいな沢も整備できたこと から、蛍が来るようになった。このように少しずつであるが、
A氏が目指す里山ができ始め ている。
A
氏はこの里山を、昔は千頭に住んでいて、そのあと都会に出て行き都会の「賀沢
jを満喫 した人に利用してもらいたいと話している。思い入れのある里山がある場所で育った人が、
最終的に帰りたくなるはその里山がある場所であり、人には自分が育った場所と同じ場所 に戻りたくなる気持ちがあると
A氏は話していた。さらに、この里山は都会にはない「レト ロな賀沢
jであり、都会にはない「癒し」がある場所として、里山育ちの人が育った原点とし ても利用してもらいとし、う貯兵いもある。
A氏の里山は、自然に近い形を目指すことによって、自然の音による[癒しの空間J
を作る
ことを目指している。実際にこの里山を歩いていると烏のさえずりがあり、沢のせせらぎ
があり、木が揺れる音が自然と耳に入ってくる。このような「自然の中で生まれた音J たち
は人々に「癒しの気持ち
jをもたらしてくれるものであり、この癒しをもたらしてくれる里
山こそが
A氏が目指している里山である。そして、むかし千頭に住んでいて都会に出てい
たった人たちが、自分の原点である千頭に帰ってきたくなるような「癒しの音」があふれで
いる里山こそが
A氏の目指す理想の里山である。
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音が奏でる千頭の移り変わり ~I音」が伝えてくれるもの~
写真
4 A氏の里山全景
写真
5 A氏作成の里山
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音が奏でる千頭の移り変わり ~I音j が伝えてくれるもの~
写真
6 A氏作成の水車
1 .
3音戯の郷が伝える今
千頭には「音戯の郷2
Jとしづ施設が存在する。この施設はf音」をテ}マに取り扱った施設 であり 、施設内に は日常に溢れる様々な 「 音
jをテーマと した設備があ る。施設内では、聴 診器をつけることによって 自 分の聴覚を何倍にも上げて、平時とは違う環境の中で音を楽 しんでもらうようにしている。またこの音戯の郷には、ただ音を使った設備があるだけで はなく、千頭の街の人々にも楽しんでもらうための設備もある。千頭にある音を取り扱う ことで音による「地域再発見J を図り、この音戯の郷をただの観光施設ではなく地域に密着 した施設づくりとなるように目指している。ここでは千頭の人々に向けられた設備をいく つか紹介する。
奥大井にいる烏のさえずりを紹介する「森のごあいさつ
jである。奥大井は山に固まれた 地形ということもあり、烏のさえずりをよく耳にする。 奥大井にいる烏 のほ とんどが渡り 鳥であり、さえずりは四季が移り変わることによって大きく変わり、四季の移り変わりを 教えてくれるものとして渡り鳥が使われることがある。ただ平時から 山の中で仕事をして いる人たちは鳥のさえずりから鳥の種類を特定することはできるが、街にいる人たちは鳥 の種類を判別することは難しい。そこで奥大井にいる鳥たちを、さえずりとともに紹介す ることによって、自分たちが平時聴いているさえずりがどんな鳥なのか を知ってもらうこ とで、もっと自分たちが住んでいる地域について知ってもらうという狙いがある。
2静岡県榛原郡川根本町千頭にある五J惑を使って体験する参加型のミュージアム。 音と戯れることをテー マとしており、自然が色々な音を奏でる様子を目を通し、耳を通し、肌を通して"自然からの感受性"を取
り戻すための心のふるさとを目指している。
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音が奏でる千頭の移り変わり,..̲̲f音」が伝えてくれるもの
次に自分たちが住んでいる地域の音を紹介する「音のがんずめ」である。これは住んでい る地域の中で自分の好きな音を集めてみんなに紹介する住民参加型の企画である。自分が よく耳にする好きな音をほかの地区の人にも紹介することで、ほかの地区との「音」による 地域間交流となる。また自分たちが住んでいる地区を「音」を視点にしてもう一角 度見直すこ とによって、その地区についてもっと深く知ってもらいたいという想いがある。この「音の かんずめ」の内容は時期によって変えており、内容が変わるたび音による新しい発見が生ま れてくる。
とのように音戯の郷は、観光客向けの観光施設としてだけではなく、千頭の人々にも目 が向けられた施設である。これは音戯の郷が観光客の人たちが訪れて楽しんで、もらうだけ の施設ではなく、地元の千頭の人たちにも訪れてもらし川音
Jを視点としてもう一度千頭の 街を見直してもらいたいという願いがあるからである。そして千頭に目を向けてもらうこ とで、もっと自分たちの住んでいる街について深く知ってもらい、自分が住んでいる千頭 をもっと好きになってもらうことが最終的な目標である。
写真
7r 森のごあいさつ』
2
生み出される街の音色
-・・・・・1I~:r-,
. .
電信 I~CU•• ~!~llr'n"ο・・・・・・・・・・・・E温~ß~.iíI'叫閣~iiiJ;・・・・・・・・・・
写真
8r 音のかんずめ』
前の節で紹介した音の散本道以外にも千頭の街には自然が奏でる音楽が溢れている。
ーこでは観光目的ではなく、
H常の中で千頭の人々の周りに溢れている音について考察して みよう。
2.1
音から見た大井川
大井川は千頭の街を歩いていれば、その川音がどこでも聴こえることを考えると、人々
にとっては身近なものであり常に人の暮らしの中に溶け込んでいた。その川│音は昔から
人々に様々な音風景を見せてきた。 しかし、その人々の間においてその川背が見せる背風
景は千頭の移り変わりとともに変わってきた。つまり、川音の持つ意味の変化は、大井川
が人々にどのように捉えられていたのかの歴史的な変化でもある。
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景は千頭の移り変わりとともに変わってきた。つまり、川音の持つ意味の変化は、大井川 が人々にどのように捉えられていたのかの歴史的な変化でもある。
千頭の街でまだ、林業が盛んだ、った昭和の初めごろ、山で伐採された木を河口がある島田 のほうへ運ばれていた、このとき千頭森林鉄道が建設されるまで、は「}}協」と呼ばれる運搬 法で大井川がよく利用されていた。山で、伐採された木材が未告を使って山から大井川に運 ばれて、そこから大井川の川岸にある製材所にて木材が加工される。その加工された木材 がまた大井川の水流を利用して、)
11の河口である島田のほうへ運ばれていた。
大井川のそばでは、木材が大井川に着地するときの水しぶきの水音が轟き、その木材が 大井川を流れるときの波音が流れて、そして木材を加工するときの機械の作業音と作業を している人の活気あふれる声が聴こえていた。たとえ大井川の風景を目で見なくても、大 井)
11から奏でる様々な音の合奏を聴くだけで、今大井川でどんな作業が行われていたのか を思い浮かべることができたのである。この当時人々にとって大井川│から聴こえる川音は、
ただの川音としてだけではなく、千頭の街を支える林業を象徴する音として人々の聞にお いて深く溶け込んでいた。
そして木材運搬が水運から森林鉄道に変わってくると、大井川が呆たす役割も変わり奏 で、る音も変わってきた。森林関係者が大井川からいなくなり、岸辺にあった製材所もなく なると、大井川は人々にとって憩いの場となった。静岡県でありながら近くに海がないこ の千頭地区では、この大井川が人々にとって夏の憩いの場となっていた。夏になるとここ で人々は涼をとり、暑さをしのいでいた。
特に子どもたちは、夏の遊び場として大井川を使っていた。子どもたちは大人がいなく とも、自分たちでグループ。を作り、子どもたち同士で泳ぎ方や)
11の生き物について教え合 っていた。子ども同土で教え合うことは伝統となっておりであり、上の世代から下の世代 へと伝えられていた。子どもたちはこのグループの中で様々なことを学び、ただ知識を増 やしていくだけではなく、自分たちで体感することによって、自らの体で感覚的に覚えて いった。大井川は子どもたちにとっては、もう一つの「学校」として机の上だけでは学べな い事を吸収していた。
1990
年ごろまでは、大井川は子ども遊び場として利用されており、子どもたちの遊ぶ声 が川のほうから聴こえていた。街の大人たちも自分たちで見ていなくても、子どもたちが 今何をしているのかを遊び声を聴くだ、けでわかっていた。逆に子どもの芦が騒ぎ出したの なら、それは子どもの異変を知らせるサインであり、大人たちはすぐに子どもたちのもと に駆け付けることができた。しかし、この数多くの子どもの遊び場としに愛された大井川 も、時代が変化するのにしたがって、少しずつ子どもの姿が消えていってしまったのであ る 。
大井川は子どもの遊び場としての特徴を持っているだけではなく、時には人々にとって 恐怖の多少として猛威を振るうこともあった。大井川は別名「あばれ)
11 Jとも呼ばれており、
台風が大井川に直撃すると、)
11にある岩や流木同士が流されてぶつかるときの地鳴りや水
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音」が伝えてくれるもの~
量が圧倒的に増えた大井川のうねりの轟きが街全体に鳴り響いていた。とのときの大井川 は人々にとって恐怖の対象となっていた。
J休業としての大井川ではなく、人々にもっと身 近なものになった大井川であるが、人々に身近になったがゆえに恐れられる部分も強調さ れるようになった。
このように人々が大井
}IIから感じ取っていた「音
Jを軸に大井川の歴史を見てみると、
人々にとって大井川がどのような存在だったかが非常によくわかる。時代とともに利用の され方が異なってきた大井川であるが、そこから奏でられる音色も時代とともに移り変わ ってきている。そしてその音色の変化が、人々にとって大井川がどのような存在で、あった
i
のかの変化である。
ここまで人々の聞に大井川が奏で、た青色が記憶に残っているということは、大井川が千 頭に住む人々にとって非常に大きな存在で、あったことがわかる。歴史の流れとともに変化 してきた大井川の役割であるが、その役割は常に千頭の人々にとって身近なものであり、
生活の一部として人々の中に深く溶け込んで、いた。そして今もこの大井川が奏でる音色は 変化しており、この先大井川が果たす役割が変わったとしても、人々の中にはずっと大井 川の音色が残っていくであろう。
2.2
四季の変化を教えてくれる『罰きなし
j千頭は山に囲まれた地形であり、この地形ならではの特徴として渡り鳥が多く存在して いる。この渡り鳥のさえずりが千頭ではよく耳にすることができ、千頭の音風景を作りだ している素材のーっとなっている。この烏のさえずりが大井川の音が作り出す音風景とは 違った風景を千頭に描き出している。
この千頭に響き渡る鳥のさえずりには「聞きなし
jという、動物の鳴き声、主
lこ鳥のさえ ずりを人間の言葉に、時には意味のある言語の言葉やプレーズに当てはめて憶えやすくし たものがある。そしてこの聞きなしは、地方によって独自の言い回しが存在している。こ れは同じ穏類の鳥のさえずりでも、地方によって全く異なった言語を作りだ、している。こ こでは千頭の人々の聞に伝わる「聞きなし
jをいくつか紹介する。
① フクロウの閤きなし
フクロウの鳴き声は普通「ほ}ほ一、ごろすけほーJ と表現されることが多いが、千 頭においては
fほーほ一、ご、ろっちょへーき
jという開きなしで住民の人たちはフク ロウの鳴き声を表現している。
② アカショウピンの聞きなし
アカショウピンは名の通り全体的に赤い色をした渡り鳥で、日本には夏の時期にや ってくる。アカショウビンの鳴き声は「キュロロー、キュロロー
jと表されているが、
千頭では「ミットロロー、ミットロロー
Jという開きなしが伝わっている。
@
トラツグミの聞きなし
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音」が伝えてくれるもの~
トラツグミは森の中で夜中に鳴くととが多く鳴き声も細し、芦であるため、昔から鶴 または鶴烏として人々に恐れられていた。 トラツグミの鳴き声は「ヒィー、ヒィー」
に聴こえるが、千頭で「ヒューン、ヒューン
jという聞きなしで表現されている。
上で紹介したのは千頭における聞きなしである。この聞きなしは他の地方に行くとまた 違った聞きなしを見つけることができる。鳴き声は同じでも、聞きなしは地方によって大 きく異なっている。この聞きなしという特徴的な音色を奏でる渡り鳥たちの鳴き声である が、他にも渡り鳥の鳴き声にはそこに住んで、いる人たちに伝えてくれるものがある。
渡り鳥たちが教えてくれるもの、それは四季の移り変わりである。季節によってやって くる鳥の種類が変わる渡り鳥たちは、その鳴き声によって人々に季節が変わっていること を教えてくれ、その鳴き芦を聴いて入々は聴覚で四季の移り変わりを感じるのである。ま た季節の移り変わりを教えてくれるのは渡り鳥だけではなく、山にすんでいる動物たちも 教えてくれる。次に春夏秋冬の流れの中で、千頭に響く動物の鳴き声がどのように変化す るのかを紹介する。
春の千頭においては、キツツキ科のアカゲラ・アオゲラ・コゲラが山にやってくる。こ のキツツキたちが、くちばしで幹を繰り返し叩き仲間への合図に使うドラミングの音が山 に響き渡ってくる。このキツツキのドラミングのメロディーが千頭に街に春の訪れを教え てくれる。
梅雨が過ぎ初夏がやってくると、オオノレリの求愛行動が始まる。オオルリは日本三鳴烏 の一種であり、非常に美しい鳴き声で歌う。とのオオノレリがこの季節となると、オスがメ スを惹きつけるために求愛の歌を歌う。その歌声の美しさによってメスはオスを選ぶので ある。このオオルリの歌声が人々に夏の始まりを教えてくれるのである。
肌寒くなり秋に変わると、紅葉が盛んになるとともにニホンジカが恋人を探し出すので ある。ニホンジカもオスがメスを求愛の声で呼ぶのである。この鳴き声は鹿が街の近くま で出てくるようになったことから、千頭の人々にもなじみが深い音となっている。またこ
ねのニホンジカの鳴き芦はとても悲しげに聴こえて、人々は秋の深まりをより一層感じるの である。
日も短くなり本格的な冬が訪れると、深い森の暗聞からフクロウの鳴き声が聴こえてく る。このフクロウは先ほど述べた通り、千頭において「聞きなしJ が生まれるほどなじみが 深い動物であり、フクロウの鳴き声は千頭の人々にとって冬の訪れを示す動物となってい
る 。
以上のように山に固まれた千頭においては、こうして渡り鳥と動物たちの「音」が様々の
ことを人々に教えてくれる。四季の移り変わりを教えてくれるものたちとして、渡り鳥と
動物たちは千頭の中で大きな意味を持っている。平時から森の中にいる人でないと詳しい
烏や動物の種類まではわからないが、人々の中ではどの鳥や動物の芦がどの季節を告げて
いるのかが根付いているので、詳しい鳥や動物の種類はわからなくても、聴こえてくれば
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音J が伝えてくれるもの~
四季の移り変わりを感じることはできる。
千頭においても鳥の「聞きないが存在していることから、千頭の人々にとって渡り鳥の 鳴き声は人々の生活の中に深く溶け込んで、いる。よって千頭の人にとって渡り鳥と動物の 鳴き声は生活の一部に溶け込んでおり、そして人々にとって情報を得るための重要な手段 のーっとなっているのである。
2.3
人が作り出す音風景
先ほど述べた通り、かつて千頭では豊かな白然を生かした林業が主軸の産業であった。
多くの人々が集団で山に入って、その中で協力して山から木材を伐採していた。森に入っ て作業をしているときには、林業独特の音が響いており、その音は街にまで聴こえていた。
ここではその林業特有の音について紹介する。
まずは
I矢J の音である。この「矢」は大きな木を安全に切り倒すときに使われるものであ る。大きな木を切るときはこの矢を打ち込まないと切っている途中で木が自身の重みに耐 えきれずに倒れてきてしまうのである。そこである程度の切れ込みを入れた後にこの矢を 打ち込み、また切り続ければ大木を安全に切り倒すことができる。
この矢を打ち込んでいるときの衝撃音は非常に印象的な音で、森全体に木霊しながら響 き渡っていた。この木霊が響けば誰かが大木を切り倒そうとしているときの合図となって いた。また大木を切り倒す作業は大変危険な作業であり、この音が木霊しているときは熟 練の職人を助けとして呼んでいるときの富で、もあった。さらに大木が倒れるときの音も大
きく、この倒れるときの轟音は森の中だけではなく、街のほうにまでその轟音が聴こえて きて、人々は山で作業が行われているのだと目に目見えなくとも分かつていた。
木材を伐採するときだけでなく、木材を運搬するときにも様々な轟音が森には響き渡っ ていた。今ではショベルカーなどの重機を木材運搬に使っているが、昔は水運であり
)11ま で運ぶのにも木材を使っていた
o木材を運ぶには、木材を乗せた木告をレールのように敷 いた木材の上に乗せて、山の急斜面を滑らせて木材を山の中にある川まで運んでいた。こ の川はあらかじめ土砂を使って塞き止めてあり、木材を運んだ後にこの塞き止めを開放し て濁流を流し、この濁流を利用してふもとにある大井川まで運んで、いた。
この木材を示品で運ぶときに、滑っている木と敷かれた木がこすれ合った時の「みしみ し」と車
Lむ音が森の中に響き、この音が木材に巻き込まれないための危険を知らせる警戒音 にもなっていた。また滑ってきた木材が川に着水するときにも大きな音がする。そして塞 き止めを開放すると同時に轟音が山全体に鳴り響き、そして濁流と共に木材がけたたまし いうねりを上げながらふもとのほうに流れていくのである。との轟音たちは山の中に鳴り 響くだけでなく、街のほうにもその轟きが聴こえていた。たとえ街の中にいても木材運搬 のすごさが伝わってきていたのである。
その後工業が発展してショベノレカーや大型トラックの開発や森林鉄道・道路の整備とと
もにこの豪快な作業音は徐々にこじんまりとしたものになった。そして作業の体形が変わ
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音」が伝えてくれるもの~
るとともに街まで届いていた音も聴こえなくなり、人は山の様子が音からではわからなく なってしまった。昔は一日の作業が終わると人々は街に帰ってきて、みんなで集まりその 日の仕事を互いに労っていたが、千頭の林業が衰退するとともに、林業に関わる人も減っ て衝の活気もだんだんと無くなってしまった。
千頭における林業の雁史的な変化を見てみると、林業がし、かに千頭の主要な産業で、あっ たかが見えてくる。林業が盛んだ、った頃は、林業従事者が重奏する作業音が千頭に響き渡 っていたが、その作業音がなくなってしまうと、途端に街に静けさが訪れしまった。それ はただ作業音が聞こえなくなったからだけではなく、街を活気づけていた人たちもいなく なってしまったからで、ある。
街に音があふれでいる状態とは、ただ人が大勢いるというこどだけではなく、その街に いかに活気があるかを指し示している。街から音が消えることは、ただ街の活気がなくな ったことだけではなく、その街を支えていた主要産業も衰退してしまったことも表してい るのである。
3
音ともに変わってきた街の記憶
ここまでは、千頭の街の外と「音J とのかかわりについて述べてきた。ここでは千頭の街 の中に注目して、街の中と音の関わりついて述べよう。
自然の中だけでなく街の中にも多くの音は存在している。街と音は密接にかかわってお り、街は常に何らかの旋律を生み出している。そして日常の中で当たり前に存在するもの として、その旋律の変化に気づくことが難しいが、歴史の流れとともに変化してきている。
町の旋律の歴史的な変化をたどっていくと、その街がどのように変化してきたのかを見る ことができる。
樹の中にある音として、誰かが人としゃべっているときの和気あいあいとした話し声・
子どもが外で遊んでいるときの楽しんでいる嚇子のような音色・誰かが物を造っていると きの活気のある作業音・人が移動するための乗り物が走っているときの雑音など、例を挙 げれば終わりがないくらい街には音が溢れている。
そして街が生み出している音の特徴として、その音たちは全て人が作り出しているとい うととである。もともと街にあった自然が生み出している音ではなく、人自身が何らかの 行動をすることから響きあう音色・人が考えて作りだしたものから鳴らされる音楽などが 組み合わさって、街の中の鳴り響いている旋律は演奏される。ここまで、街の中に響き渡っ ている音について簡単に説明したが、この音たちが伝えてくれるものとして、街の中で奏 でられている音が、その当時の街の様子を表しているのである。
昭和の頃、千頭の街中においては、朝になれば人々が移動するために使う乗り物の駆動 音があり、学校に行こうとしている子どもたちのあいさつの声が街の中に響き渡っていた。
お昼になれば、近所の人同士が集まって楽しそうに話す声や公共工事や新しく家を造って
いる作業音が街全体に鳴り響いていた。そして子どもたちが学校から帰ってこれば、どこ
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音が奏でる千頭の移り変わり ~r音J が伝えてくれるもの~
かで仲良く遊んでいる声が聴こえ、大人たちが山から帰ってこれば、どとかに集まりみん なで一杯やっている時の騒ぎ戸があふれでいた。夕方になれば、主婦たちが家事をしてい る物音が聴こえ、家族全員が帰ってきて一家で楽しい時を過ごしている時の笑い芦が街全 体に合唱曲のように聴こえていた。
しかし時が経ってくると、千頭の街中に響いてし、た音楽にも変化が表れ始めた。子ども たちが外で遊んでいるときの楽しそうな響きがなくなり、人が集まってその日の仕事を労 っているときの騒ぎ声が聴こえなくなり、そして合掌曲のように聴こえていた一家団壌の ときの笑い声が街からなくなってしまった。
このことは子どもたちの遊び場が街から消えるとともに、子どもたち家に引きこもり外 で遊ばなくなったことを表している。そのことだけではなく千頭における林業が衰退して、
今まで林業に従事していた人たちが街からいなくなり、街の産業体形が変化したことを示 し、そして人が外に出なくなり家の中にいつもいるようになったことで、街全体が昔に比 べてひっそりとしたことを表しているのである。とくに街の未来の担い手ーである子どもた ちの声が聴こえなくなったことが、街全体を静かにしてしまった原因である。つまり街全 体に元気があるかどうかは子どもの声が響き渡っているかどうかで決まってくるのである。
このように町の中に響き渡っている「音」の歴史的な変化を見てみると、その街がどのよ うに変化してきたのかが見えてくる。つまり街と音は密接に関係しており、街が奏でる音 がその街の「イマ」を表しているのである。それはこの千頭地区においても言えることであ る。現在昔に比べてひっそりとしてしまった千頭地区には、昔あったような活気と元気が
・ない。千頭の人々が昔の街の様子を取り戻したいのなら、また街全体に響き渡る音楽を自 分たち自身の力でもう一度作りださなければならないのである。街全体にまた音楽が響き 渡るのならば、その時は昔と同じ明るさに戻っているだろう。
おわりに
今回「街
Jと「音
Jのかかわりを中心にこの千頭地区を見てきたが、この街には本当にたく さんの音楽があふれでいる。その音楽には自然が奏でる音楽があれば、人の力によって演 奏できるようになった音楽もある。またとの自然の音楽と人の音楽が混ざり合って新しい 合奏曲が生まれることもあった。平時私たちは深くは意識していないが、生活の中に「音」
は非常に深く溶け込んでおり、その音楽一つ一つから受ける影響はとても大きなものであ る 。
また私たちの身の周りにあふれでいる音は、私たちにさまざまなものを与えて込れる。
豊かな白然が奏でる旋律は、疲れた人々に「癒し」を与えてくれる。誰かに伝えたいと思 5
自分だけの音楽が、街の今まで知らなかったことを気づかせてくれる。特定の時期にしか 聴くことができない美しい歌声が、季節の移り変わりをそっと教えてくれる。自分でも気 付かないうちに、身の周りに響き渡る音色から私たちはたくさんの情報を得ている。
そこまで人の生活に音が深く関係していることから、音が歴史的にどのように変化して
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してくる。
すまし いれば、
されるのである。
背が普勝でる千閣の移り夜わり"'‑,["昔jが 伝 え て く れ る も の
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平時から自分の身の周りにある「背J者注意探く聴いている人は少ないだろうが、
たちの身の周りに当たり前のようにあふれでいる。イ可かから鳴り響いている音色は、街に 当たり前のように存在している。しかし、その当たり前にあった昔色がなくなってしまう と、人はどこよなくそのなくなってしまった音色に対して淋しさを感じるようになるの
人間には五!惑があり、その五感全部を使って我々は生活をしている。その中でも聴覚は ほかの感覚に比べて意識をしていなくても同然と使ってしまっていることが多い。それが 故に「音Jは私たちの生活になじみのあるものとなっている。よって私たちは向然が奏でる 旋律を聴き、人が、演奏する音楽を聴いて感性が磨かれるようになる。そして、街角が奏でる
い
、そ
と
議春場文献
2008 ~サウンドスケー
2002 ~類語大辞典』
講談者
:1 問主丸町誌編集委員会して教えてくれる。も
か。おそらく仰の変化にも気付くことがで宮な
り
ある。に、私たちは身の周り
であるα ちにとって「青jはl力:JJ
り』
1996 W田主丸町誌 第二巻
ムラとムラピト上』
田主丸町 深尾葉子・井口淳子・柴原伸治2000 ~黄土高原の村一昔・空間・社会一』 古今書院 和辻哲郎
1935 ~風土』 岩波書府 齢 者 資 料
官戯の郷
齢 者
HP
100