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マレーに於ける英国の経済的支配

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(1)

99

マレーに於ける英国の経済的支配

第 一章

    (1)

    (2)

    (3)

第二章

    (1)

    (2)

    (3)

第   章 第 四 章

第 五章

    (1)

    (2)

    (3)

マレF・ゴム産業の発展

 マレFのゴム産業

 マレP・ゴム産業の構成  マレF・ゴム産業の麦配

マレF・錫産業の発展  マレ・一の錫産業  マレ門・錫産業の構成  マレρ・錫産業の麦配

シンガポールに於ける諸産業i

AgenCy Houseのマレ伸経済に於ける役割 マレーゴム産業の問題点

 ゴムの生産と消費  合成ゴム産業の発展  ゴム再植林の問題点

は し が き

 1963年9月に英国とマラヤ連邦の協定に基き,マレーシや連邦が発足した。マレーシや 連邦はマラヤ連邦を中心にシンガポール,サラワク,サバ(北ボルネオ)が合体し,英連 邦内の独立国として相互の経済発展をはかろうとするものである。英国はこれらの地域に 古くからの権益を持ち,またシンガポールの軍事的権益は極めて重大な意味を持っている。

かって英国は東洋進出の経済的軍事的拠点として,シンガポールにその足場を礎いた。こ の地域を共産主義の進出から守り,シンガポールを英国の支配下に維持することは極めて 重要な意味をもっている。.この英国の植民地主義的マレーシや連邦結成は,ブルネイ,サ バ,サラワクの加盟に関して種々の問題をひき起すと共に,インドネシアを刺戟し,イン

ドネシアはマレーシア連邦結成を英植民地主義として,いわゆるマニラ精神を無視するも のだとして非難攻撃を始めた。すなわち,東南アジア国家連合構想が主張される反面,英 国がマレーシア連邦形成を強行する理由は,シンガポール及びマレー半島に於ける英国の 経済的権益の維持にあることは明らかである,また一般にマレーの問題が提起される場合

(2)

マレー,シンガポールに於ける革商の経済的支配力が過信され,マレーシア連邦出題解決 に際しても一つの鍵を握るものとされているが,英国のマレーに於ける経済的権益及び革 商の経済的支配力とは果して如何なるものであるか,また英国支配機構は如何なる組織に 基くものであろうか。J. J. Puthuchearyはその著「Ownership and Control In The Malayan Economy」に於て,マレー工業化を阻止する要因として,英国のマレー経済支 配を強く主張する。そして,H. W. Singer(Distribution of Gain between Investing and Borrowing Countries−American Economic Review 1950)やGunnar Myrdal

(Economic Theory and the Under−devdoped Regions−Duck宙orth, London 1957)に疑問を投げかける。

 すなわち,一般に低開発国の発展の停滞の原因は自然資源の欠乏と市場の狭隆性による ものであると説明されている。たしかにこの二つの要因は経済に重要な役割を果すもので あるが,しかしながら,いわゆる後進諸国に於て自然資源,市場,技術が最大限に利用さ れていただろうか。そのことについて論じようとする人は殆んどなかった。それらの国々 にとっては発展の可能性は充分に現実化されていない。それらの国の発展は政治的,経済 的な他の要因によって阻止せられて来たものであり2それらの要因はそこに機能した資本 の運動によって形成せられたものである。経済発展が外国資本によって第一次産業のみに 行われた後進国では,第二次産業の発展は国内資本蓄積に依存する場合も,外国資本の導 入による場合も想像以上に困難である。外国資本によって発展した第一次産業は後進国経 済の一構成部分であることには相異ないが,むしろ投資工業国経済の外延であると考える 方が現実に近いだろう。すなわち,その投資による累積効果は後進国産出の原材料を使用 する工業国,従って投資国に起るのである。

 後進国に於ける国内資本蓄積の大部分は第一次産業に従事する外国人所有会社内に起る がこれらの会社は新しい産業には関心を持たない。例えばゴム会社内蓄積資金はゴム企業 の拡大に投資されるか,本国に送られて他の産業に投資された為である。国内に蓄積され た資本は株主に分配せ られるか,他の国の産業に投資されるか,何れにしても国外に流出し て了う。従って,外国資本による第一次産業の発展は新しい外国資本の流入を阻止するば かりでなく,多額の資本流出をもたらすのである。1949年〜53年の間に資金流出量は国民 所得の3.7%〜17.5%に及んだ。このことはマレーの経済発展には極めて重大な影響を及

ぼす。マレーの工業化を実現するためには,国民所得申毎年その12%を投資々金として確 保しなければならない。そのためには,マレーは総国民所得の中25%〜35%を節約せねば ならぬことを意味し,これは実現不可能なことである。また外国資本による大規模工業化 は,』マレーに於ける外国企業蓄積資金によろうと,新たな導入によろうとそれは期待する ことは出来ない。また民族資本も外国人資本の動向に論じて,外国企業によって開発され たゴム農園を購入するという形で既存の産業に流入するだけであり,これはかえって外国 資本の国外流出を増大する結果にしかならない。

(3)

マレーに於ける英国の経濱的麦畠 伯1

 マレーの工業化は資本の流出が阻止される場合だけ,しかも民間外国資金に期待するこ とが出来なければ,累積効果を生む基幹産業に政府投資が行われる場合にだけ期待するこ とが出来よう。政府投資は私的投資に対して補足的なものにだけ限定さるべきであると云 う考えや,政府機関による国内貸付は,私的外国資本に対して補助するものでなければな らないと云う考えは訂正さるべきであると。

     第一章 マレー・ゴムの発展

 (1)マレーのゴム産業

 熱と光と雨量に恵まれたマレーの気候風土は農業に適し乍らも,住民の主食たる米はそ の需要の35%を生産するにすぎず,その不足分は隣接国たるタイ,ビルマ,仏印より供給

し,専ら輸出農産物の生産に向けられている。すなわち,ゴム,ココヤシ,パーム油等,

かってのイギリス植民政策が現在のマレーの農業構造を形成し,英国系資本の支配は今日 も尚その農業構造を促進し,利用する方向を辿っている。特にゴムは全農地の%を占め,

マレー産業の中心をなしている。

 マレーにゴムが初めて移植されたのは,1877年であり,南米及びアフリカの野生ゴム中 最:良種のHevea−brasiliensisの苗木22本を輸入したに初まる。1895年キングズレーによ って,マレー半島に最初のゴム園が開かれ,大規模の栽培が開始された。1897年には栽培 面積345areとなった。

 1890年頃より自転車が各国にi発達し,タイヤ用のゴム需要が増大した。更に1900年代に は米国に自動車が出現して,ゴム需要が増大した。

 野生ゴムと栽培ゴムの世界生蛍高の推移を1940年までに於てみると次の通りである。 ( 第一表)

 また特に,1910年のゴム。ブームによってゴム価格は高騰し, 1封度当り154ペンスの 価洛を示現し,ゴム農園の開拓が急速に行はれ,その結果植付面積は次表の如く急激に増

加,した。

 (第1表)      かくの如く急激なる植付面積  世界ゴム生産高及びマレーに於ける植付面積(1940年まで) の増加は,採三期の到来と共に

年  度

1900 1910 1915 1920 1930 1940

世界ゴム生産高(ton)

灘ゴム陪生ゴム    4

 8,200  107。867  304,816  800,808 1,349,863

53,886 62,300 50,835 38,915 21,007 39,1eo

マレFに於ける植 付  面  積   (are)

  6,000  544,000 1,290,000 2,181,000 2,991,000 3,480,989

生産額の増大をもたらしたが,

自動車工業の急速な発達にも拘 らず,1910年を頂点として1914 年まで,ゴム価格の反落がっ穿 いた。第一次大戦後の世界的不 況の結果,・1922年に第一回のゴ ム不況期を招来し,最低価格ロ ンドン相場,1封度あたり7ぺ

(4)

ンス,シンガポールに於ては17セントを示した。かくて,1922年11月より,スチブンソン 輸出制限法が施行された。その結果,ゴム価格は騰貴し,1925年〜1926年平均市価3シリ

ング10ペンスとなり,ゴムの黄金時代を再現した。然し,スチブンソン制限法は逆に,イ ンドネシアに於ける生産増加や,米国の再生ゴムによる対抗措置によって,1928年スチブ

第2表       ンソン制限法は全面撤回を招来し,後の殺人的恐慌  ロンドンに於けるゴム価絡の変動  の種をまいたのである。1929年秋のニューヨークの

年  度

1931 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938 1939 1940

ゴム1封度当りpence

6

9窒

9

12

株式の大暴落を発端をせる世界恐慌によって,1932 年にはロンドン相場,1ペンス殖,シンガポール相 場4セント%という破局的安値を現出した。22年前 の154ペンスと比較すべくもない。か\る危機に直 面して,英国及び和蘭のゴム業者は急拠結集して,

1934年から5ケ年間,ゴム栽培国の殆んど全部を綱 羅したところの,国際ゴム減産協定が実施された。

1940年の各国別基本割当額を見ることによって,そ の各々の地位を知ることが出来よう。 (第三表)す なわちマレーは世界全生産の40%をしめ,第1位を 保持した。

第3表 世界ゴム減産協定割当額(1940年) (ton)

マ レ ・一

642,500

蘭  印

640,000

セイロン

107,500

印  度

17,750

ビルマ 北ボノしネオ

  113,750}   21,000

  1

サラワク

43,750

55,300

合  計

1,541,550

第4表(その1)

連    邦

  %

シンガポール

  %

合    計

  %

マ  レ  ー

マレー人 2.80  (49)

0.14  (12)

2。94  (43)

の 人 支那人 2.15  (38)

 0.86  (7了)

 3.01  (44)

口 構成  印   度

パキスタン人 0.67

(12)

0。08

(8)

0.75 q1)

(1953年) (百万人)

 その他    総計

  0.08       5.70   (1)    (100)

  0.04・       1.12   (3)        (100)

  0.12       6.82   (2)       (100)

(5)

噂レ・一に於ける英国の経済的支配

第4表(その2) (/947年)

   Kedah

   Pゑ,1is

   Province Welesley

   Perak

   Kelantan 「    Trenggann    Paha?9    selaugor    Negri sembilan

   Malacca    Johore    slngapore

   合 計

第5表 総耕作面積

  人

・554,400

 70,500

183,600 953,900 448,600 226,000 250,200 710,800 267,700 239,400

738,300       

940,800

(百方aCf es)

103

小所有 中所有

estate

合 計1

マレー人

1.85 0.01

1.86

欧州人

0.03 1.60 1.63

三二人.

0.80 0.35 0.刀 1.42

印島人

0.1

0.13 0.05 0.28

・総 計

2.75 0.52 1.92 5.19

第6表(その1) 農業人口構成

ゴム耕作 padi耕作

その他

合  計・

マンー人

20.0 48.4 6.7 75.1

麦那人

23.4 6.2 16.8 46.4

印  度パキスタン人

47.1 2。7 8.0 57.8

25.9 24.7 10.7 61.3

(6)

第6表(その皿) 零細農民土地所記 (百方acres)

Rubber Rice CocOIlut market garde且s Pineappl e TotaI

マ レ 一 人 支 那 人

0.65 0.80 0.30 0.10

1.85

0.40 0.05 0.08 0.25 0.02 0。80

印 度 人

0.1

0 0 0 0 1.10

1.15 0。85 0.38 0.35 0.02 2.75

 (2)マレーゴム産業の構成

 マレーの西海岸に無限につゴくゴム樹を見る時,ゴム,plantatiqnが人々の関心をひ き,多くの経済学者もゴム,Plantatio狂の研究に従事して来た。しかし,マレー。ゴムの 実態はp三antationのみにあるのではなくして,多数の小生産をその中に含み,かつ,そ

こにマレー経済の特質も存在するのである。

 マレー・ゴム栽培は零細農…(Padi Farm『g,ゴム農…民。 plantationの三つにわ17為 ことが出来る。 (第5表,第6表,第7表参照)

 (註1) マレー人農民は一般にP吋Lland(水稲栽培)と僅少のゴムめ樹友びココナッツの樹をも     っている。

 (イ)Padi:Famler及びゴム農民

 マレーに於ては米の生産はその需要の殆を満たすにすぎない6すなわち,農民は自らの 生産物を売る ことによって,その代価で外国からの輸入米を購入する。それはpadi農に 於ても同様であり,彼らは自分及び家族労働のみに依存し,彼らの土地からゴムを採取し 単に最低生活を維持するだけの生産者にすぎない。しかしながら,他人労働を雇傭せず,

自らの最低生活の為にのみ,自らの責任に於て労働する者は,農業以外に漁業,運搬業,

手工業,小商人等があるが,それらその日ぐらしの人々は産業従業者総数226万人に対し,

98万人を占め,その中農業友び漁業は77万入を占めている。その中彼ら小農民は,ゴム,

米,ココナッツ,パインアップルを生産するが,彼らを人種別に見ると,マレー人は1。85 百万acre(約63%),支那人は0.8百万acre,印度人は0。1百万acreを所有している。この 中印度人は殆んどゴム栽培であるが,マレー人は1.85百万acre中,0.65百方acreを,支 那人は0.8百万acre中0.4百万acreを夫々ゴム栽培にあてて,その他の農…業にも従事す るbすなわち之ら小農民の土地は,2.75百万acre中,ゴム栽培が1.05百万acre,米作が 0.98百万acre,その他がその残りにすぎない。従って,ココナッツは,全耕地0.5百万acre で・0・375acreが彼ら小農民の農家の周辺に植付けられている・また・彼らpadi農は自 家消費の米作を犠牲にしてゴム栽培に従事するが,彼らは必ずしも自らの耕作地を所有す

(7)

マレーに於ける英国の経濱的麦配 105 るわけではない。逆に彼らのゴム耕作地の半分は借地であり,米作地帯に於てはその大半 が借地農である。Kedah州の米作地の51%, perlis州の41%, Prov三nce Wellesley州 の80%が借地農1によって耕作されている。すなわち,padi農は,その生産性の低度の為,

その土地を支那人の商人,土地貴族によって奪われて来た。それは,彼らの農業負債の増 加が,か\る小作化の道を促進したのであって,この現象には二つの重要な問題がある。

1つはpadi kunchaである。すなわち,彼らはその生活を維持し,農…業生産物を耕作する 為にその青田を担保として商店から信用借りするのである。その利率は凡そ,年100%〜

200%に達する。尚ゴム農民はその日ぐらしの部類に入る大集団であるが,彼らの地位は 米作農とは全く異っている。それは彼らの生産性が高く,他の連中より遙かに高い所得を 得ることが出来る。すなわち,padi農民の1are当り米作平均産額は,1952年に13pikul であった。このことは最低買入れ価格,pik:ul当り12.5doUarに換算すると年生産額は,

162.5dbUarが得られることになる。これをゴム栽培と比較すると,普通のゴムの生産額 は1are当り500〜600poundである。

 (註2) 再植林された優良種では1are当り900〜1,200Poundを産出することが出来る。

これはゴムポンド当り28φを受取ることが出来るとすると28φ×(500〜600)となり,padi

:農民より,3乃至4倍の収入があることとなる。

 また,ゴム栽培は米作と異って周年,収獲を得ることが出来,padi:Khnchaの悲劇を さけることが出来ると考えられる。しかしながら,ゴム農民に小作人がどの程度存在するか という統計はないが,マレー農民の半分以上が自分の土地を所有しないという統計上の事 実から考えれば,ゴム栽培農にも小作人が沢山存在することとなろう。インド人所有土地 の小作ゴム栽培は次の数字がある。すなわちインド人所有土地の75%が小作人乃至はshar・

ecropperによって耕作されている。従って,ゴム栽培農にもまた,小作人の発生しうる 原因は充分存在したのである。

 それはゴム耕地の小所有者がそれを小作人に提供するのであるp彼らはゴム栽培の有利 性を知って,土地購入を有利な投資対象として考える。ゴム栽培は地方商人,高級官僚出 身者,都市の小ブルジョワの投資対象となり1,それらは賃労働をやとって自ら経営にあた

るには余りに小規模であるから借地として提供し,その生産物の約50%を地代としてと

る。

 これに対して,ゴム小作人には次の二つの型がある。一つは零細土地所有者であって,一 その収入を増大させる為に,近隣…地を借地として耕作する人々である。また,他の型はエ ステート農場からのtapperであって,より高い収入を目的として小作する場合がある。

しかしこれらに属する農民は殆んど印度人か支那人に限られる。1920年ゴム価格が高水準 にあった時代には,多くのゴム小所有者は,収入に恵まれた反面,多くの資金を借入れる 為土地を担保とした。

 ゴムの栽培には,土地の払下げ,乃至は購入一伐木一焼払一清掃一苗圃の設定一苗及び

(8)

種子の購入,移植一植込の過程を経て,10月〜15ケ月後,面懸,除草,勢定,淫心,中耕 間伐,肥培を行い,植林後5〜7年経過し地上一米の高さの樹周が18〜20吋に達して初め て,切開,採液することが出来る。

 従って,ゴム価格の高騰は,栽培面積の増大を誘引し,それに要する経費は由る程度ゴ ム販売収入の増大分で賄うことが出来たとしても,なお,多くの資金を要したのである。

しかしながら,1930年のゴム価格の急落は多くの小作農を生む結果となった。この当時は 農民だけでなく,地方商人や都会の土地所有者も土地担保に資金を借りたが,このゴム価 格の急落はその借金の返済を困難ならしめ,多くの土地を失う結果となった。Province WeUesley地方では米作地の約80%が失われたと云われる。

 この場合Chettierは欧州系銀行から資金を借り,ゴム農民に対する最も重要な信用供 与者として機能した。彼ら印度人はそれによって土地を獲得することが出来,マレーに於 ける中産階級として成功した。すなわち,印度人は25acre以下の土地所有者は19,000人存 在するが,この中5,000人人は自家労働による農業及び漁業によって生計をたてるが,残

りの印度人の75%は印度人以外の小作人に土地を提供し,地代収入を得ていると考えるこ とが出来る。

(口) estate (plalltation)

 ゴム栽培の第三はestateである。マレーのゴム栽培面積,3。5百万acreの中,その約半 分は500acre以上の農園,すなわちestateに属している。マレーのestateはゴム栽培以 外に,パール油,ココナッツ等あり,後者は夫々10,000acreづっにすぎない。500acre以 上のestateの総耕作面積は1,9百万acre(全耕作面積5.5百万acre中)あり,その中

1,6百万acreは欧州船会社の所有である。それは更に栽培単位,1,000acre以上の大規模 経営によるものがその92%をしめる。

 これに対して,アジア人所有のestateは一般に極めて小規模であうて,、支那人所有の estate中16%,印度人所有のestateの13%だけが1,000acre以上の大規模経営にすぎな い。更に5,000acre以上のestateを見ると,欧州人所有estate628の中48に対して,支那 人所有estate212の中4,印度人所有estate51の中2にすぎない。すなわち,5,000acre 以上の最大規模のestate54の中6estateのみがアジア人所有である。

      (3) マレー・ゴム産業の支配 第7表  人種別estate所有面積(acre)

       (イ)イギリス系ゴムestate

欧 州 人

支  那  人 印度人その他 総    計

百万acre

1。60

026

0。05

1・91 P

83 14  3 100

 欧州人によるゴム栽培は,個人所有と株式 会社制度とにわけることが出来るが,個人所 有に基くゴム栽培面積は全体の25%にすぎな い。株式会社制度は個人的資金の集中に基く

ものであるが,その中核には特定の個人乃至 投資機関Trust等が存在し, estate統制の

(9)

々レしに於ける英国の経済的支配 107 実権を掌握している。アジア人による大規模なゴムestateも存在するが,それは個人に よる所有の集中の結果であって,個人的所有の域を出ない。これに反して,欧州系ゴム estateは株式制度によってその所有権が広範囲に配分されており,ただ統制の集中が行わ れているのである。すなわち,ゴム栽培に於ける場合だけでなく,パーム油,ココナッツ.

等の欧州系plantationに於ては,約20のAgency:Housesによって統制されていると考

えられる。

 Agency Housesの最大のものは・:Harriso豆&Crosfield30ustead7正uttery:Estates Agency, R. E. A.一Cumberbatch, Sime Darbyの三社であり,欧州系estate全面積の 60%以上を統制している。そしてAgency Housesによるestate統制の方法は極めて複       ! 雑で,株式所有による株主権行使,取締役派遣による経営参加,及び経営管理等,各種の 活動によって,各estate間の相互連繋を計ることによって統制を維持している。

 』般にゴム栽培に於ける統制の基本的方法はmanag玉ng ageacyによるものである。

すなわち,株式会社の取締役の方針を立案し,実施するのはManaging Agencyであっ て,彼らはestateを管理し,その生産物の販売に従事する。

 ゴム栽培統制のも一つゐ方法は,Secretarial Firmによるものである。すなわちAge・

ncy HouseはゴムstateのManagementの役割と, Secretaryの役割とを兼務する場 合と,その一つ‡を担当する場合がある。これらを,Agency−Secretaryとしてとらえ

ることが出来る。これら,Age益cy H:ouseは各会社の取締役会の利益を反映させながら,

ロンドンに存在する中枢機関や企業連合体の意志を反映してSecretarial Firmとして行 動する。

 マレーのイギリス系estate266社(1059,814acre)中122社(612,517acre).がAgency Secretaryをもっている。 Managing Agencyがestate企業に対して,取締役を派遣し Secretarial Firmとしてそれを組織することが出来る場合には, Managemement機能

とSecretary機能とを結びつけることが出来るからである。

 しかし,必ずしもそれらは,各estateに於ては同一のAgency Houseに依存してい るわけではない。残りの英国系144社は別個のSecretarial:Firmに依存する。

 例えば,Rubber Estates Agency:Ltdがsecretaryの機能を担当 している18社中1 社は,Sime Darby&Co.によってmanageされている。そのゴムestateは大きいも のではなくて,1955年総栽培面積56,000acreの中,2,343acreにすぎなかった。、また Dennistown Rubber Co.がある。そのsecretaryはSime Darbyの仲間のShaw Darl)yであるが,そのmanagementはplantation AgenciesとJ・Barlow&Co・

によって行われた。またBoustead・βros.によってSecretaryが担当されている企業は 三つのAgenciesによって管理されている。その中, Boustead一βutteryは最大のもので,

13,566acreを持つ4っの会社を, Whittal&Co.は7,960acreを持つ2っの会社を,

管理している。之らの例外を除いては,Secretarial firmが管理能力を持つところでは

(10)

二つの機能が結びついている。

 英国系企業に対してManaging AgencyがSecretaria1な活動をしているものは第8 表の通りである。

第8表 Agency・Secretary Grouqs

Secretarial firm

Guthrie&Co.1,td.

Harris叩s&Crosfield:Ltd.

Rubber Estates Agency:Ltd.

Shaw Darby&Co. Ltd.

Eth61burge Agency Lt母.

T.Barlow&Co.

T.Warren&Co. Ltd.

Boustead&Co. Ltd.

Boustead Bros.

F.Peek&Co. Ltd.

Paterson, Simons&Co. Ltd.

Borneo Co. Ltd。』

  TOTAL

会社数

16 20 18  8 10  3  9 17  7  4  2  1

・122

栽培面積acre

137,675 135,935 55,887 51,835 49,827 39,581 36,025 33,439 25,558 13,845  6,483  1,273 612,527

Zorn&Leigh.H:unt;Manual of Pubber ComPanies 1955

 残りの47社中23社は1っのゴム会社を夫々担当しているにすぎず,・その他の11社も,2 乃至4社を担当する小規模なものである。

 一般にManaging Agencyがそうであらた』ように,1つのsecretarialグループに属 するゴム会社は,同じagencyによって管理されている。しかし例外的に3っのゴム会社 の管理が2つのAgencyにわけられている場合がある。一般にAgencyによって管理さ れない会社は,自らが管理しているか,又は巡回agenCyに依存している。以上小さな Secretarial Groupesに属する49社の規模は次表によって知ることが出来る。 (第9表)

 次の95社は1っのSecretarial firnに属する6社を除いて,全面的にAgency House によって管理されている。この6・社の場合は,それを管理するAgency Houseは唯金融 上の援助を与えるという制限付の管理を受けているか,そうでない少数のものは第10表以 外のagencyによって管理されているものである。之ら小規模のsecretarialグループ

とは異るより大きなグループに属す るゴム会社は,その管埋はもっと広範囲に分散されて いる。かくの如く,ゴム会社の管理を各Agency H:ouseが分担することは,それらの Managing Agencyを相互に結合させることになる。すなわち,異ったSecretarialグ

ループにゴム会社の管理を各Agencyに配分することによって形成される内的連繋系統図

(11)

マレーに於ける英国の経済的麦配 .109 を示すことが出来る。またsecretaria1グループの殆んどのものがその監督権によって相 互に結びつけられている。(第10表)

σ)

o o

需・

●二

8

8

o

.9 ρ

コバ

Φ

調.

国。

邸〉、

→∂①①」1 の→一⊃

⇒・ρ05

qq¢ρ

δ壱

のもq−

o①ω・F1

・7司『→

臼の』o 頃。σ5』

。台

.春詰

の∩

6

b

6

6

く5

6

6

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6

q

9二 拶..

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(12)

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HARPER, G:LFlLLAN

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THOMSON, AL婁TON DICKINSON, ANDER$ON

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  (ロ)その他の系統のゴム

  英国系ゴム会社の他に,マレーには重要な3つのゴム会社がある。その最も重要なもの はドル系ナム会社である 老れらのものは,Managing Agencyや, Secretaryとして 機能するAgency Houseによって作られナものであって,それらの管理とsecretary関 係についての一定め型とい ものはない。これらの七つの中幾つかは」へgenCy Ho廿seの Sime Darbyによって管理されるか・巡回agencyの援助を受けているSecretarial frim

によって管理されている。

  また多.くの香港系会社がある。それらは殆んど,Plantation Agenciesによって管理 され℃いる力報大のゴム会社はAm・lg・m・t・d Rゆ・・E・t・tr・(20・401a⑱と恥 わわer Trust Ltd(19,469acre)の2っであるg

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(13)

マレ伊に於ける英国の経始的支配 111.

セイロン系のゴム会社の管理とSecretarialの関係は,・その系統に依存しているよう で,Secretarial firmがCumberbatchの..Ceylon連合体であるところでは,マレーの連 合体がその管理を行っており,.その他の場合にはWhittal&Coが管理者となっている。

(ハ).ゴム産業支配の方法

ゴム会社に対して統制を行うものはManaging Agencyなのか, secretariaUirmで

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(14)

あるかは機械的には云うことは出来ない。多くの場合,これらの機能が二つ共,同じ系統 によって,直接に,または連合体を通して行われる場合には問題はない。そうでなくて,

二つの機能が別々の企業によって行われるところでは,統制の中核は一般に会社の力関係 と,特にその会社の代表者の個人的立場によって変化する。その支配は両方の系統がその 会社に持っている資金的関係によるのである。

 Managing AgencyやSecretarial firmが支配しているゴム会社との資金的関係は 三つに分けることが出来る。その最も重要なものは持株制度であって,支配会社がゴム会 社の株式を所有することである。これらの数字を明確に把握することは出来ないが,朝鮮 戦争ブームの時代にもAgency Houseが支配し得て来たことはその持株分が非常に大き いことを示していると考えられる。」

 第二の形態は,Agency:HouseやSecretarial firmによって支配されているゴム会 社が,他のゴみ会社の株式を所有するという方法である。これらの系統会社による持株制 度は多分著しく多い。1954年に英国系ゴム会社が他の会社に投資した総額は2,746,000ポ

ンドであった。この金額から考えれば,plantation会社以外への株式投資は,それを行う に充分知識があっても,殆んど行われなかったと判断される。ただ,266の英国系ゴム会 社の中98社だけが,マレーにplantationを持っている他の会社に投資した。この投資は 投資会社や会社グループが,彼らが投資する会社に主要な利益関係を得ることが出来るこ

とを意味するものではない。ただマレーで操業している,26のゴム会社に於てのみ主要な 利益関係,すなわち株式の40%以上を英国系会社が所有したのである。そしてこれは50%

以上に及ぶことも屡々にあり.投資グループはゴム会社を支配することが出来る。(第1俵)

第二章 マレー錫産業の発展

 (1)マレーの錫産業

 マレーは大昔から錫と黄金の国として知られた。1800年代の前半錫鉱山はセレー人の手 によって行われていたが,錫産業が急速に発展したのは,1848年マレー人Che Long Jaf・

farによってLarut Valleyの錫鉱山発見以来である。しかし,1883年その産額が17,000 屯に達するまでは,英国及び濠州と比較することは出来なかった。:Larut Valleyの錫鉱 山の発見に次いで,:Kinta Valleyその他perak州地方の錫鉱山が発見され,1929年〜

1938年の10ケ年間の統計では,世界の錫総産額は1年平均15万屯であり,マレーは5万屯 強,すなわち,世界の殆強を産出するに至る。

 錫鉱山の開発に伴ひ,マレー人に代って支那人が進出したが,彼らは小規模かつ個人経 営にすぎなかった。しかしながら,これら支那人経営の中幾つかは,多くの小鉱山を合併 することによって経営規模の拡大が行われた。例えばEu Tong Senである。この場合 に於ても小単位の経営を個人的乃至は特定グループの3又は家族乃至一族の私有財産化す

(15)

マレーに於ける英国の経済的支配 113 るという単純な方法によるものにすぎなかった。従って,欧州にまたがる錫帝国を確立す る程の支那人企業の発展はなかった。これら支那人資本による錫産業の成長が停滞したの に反して,欧州系投資家は最初は多くの失敗を重ねたが,1907年採鉱技術の革新が起り,

凌深機が導入されるに及んで欧州系大資本の投入が可能となり,大規模機械化した採鉱法 が行われるようになり支那人からその支配権を奪ったのである。1910年には欧州系会社の 生産額は全生産額の22%にすぎなかったのが,1928年までに44の竣深会社が設立され,

1929年には61%に達した。これに反して,支那人は39%,1937年には32%を生産するにす ぎなくなった。ただし,1945年〜1949年には支那人系生産額が欧州系のそれを陵駕したが それは戦後英国系凌深会社の再建がおくれた為であらた。以後英国系鉱山会社がマレー錫 鉱山の支配者として支那人にとって代るのである。すなわち,Cornwallに於ける錫鉱山の 終末は,マレー錫鉱山拡大の時であり,Cornishの錫を支配していた多くの会社が今やマ

レーの錫鉱山を組織するようになった。このことはマレーの錫鉱山の発展にとって,新し い投資口を求めているマレーの特殊な流動資本の影響が大であったこと示しており,この 点欧州系錫鉱山の成長は,そのゴム産業の成長とは異った面を持っている。英国系錫産業 が大規模に発展することが出来たのは,政治的支配権をi握った英国の政策が欧州投資家に 利益を与えたことは勿論だが,支那人資本が個人的性格を脱却し得なかったのに対し,英 国資本は株式会社組織により大資本を投下することによって支那人企業を征服することが、

出来たからである。

 鉱山業はマレーに於てはゴムに次ぐ重要産業であり,マレーの輸出貿易の海は錫である。

 1950年〜1951年のゴム。ブーム時代には,ゴム価格の高騰によって,錫の輸出は19.9%

から17.1%まで低落したこともあるが,かくの如く輸出に以て占める錫の比率が高いにも 拘らず,国民所得や雇傭量に於ける錫産業の占める割合は少い。国民所得に於ては,1949 年〜1953年までは,6%〜7%,雇傭量に於ては,給与所得者の1.6%にすぎない。マレ ーには12種の金属鉱山があるが,錫はその90%を占め,鉄鉱石が6.8%でそれについでい る。錫鉱山所在地は,perak州, Selangor州に集中し, perak州にはKinta Valleyが あり,perak州のみでマレー全生産額の60%弱を産出している。かつ採堀鉱山数も1937年 には500以上となった。

 マレーの錫生産はこの50年間変動を繰返しながらも,比較的安定した発展を見せて来 た:。しかしながら,新しい採堀方法が導入され機械化が増大するにつれて,従業員は著し

く減少した。1913年には20万人の労働者が生産に従事していたが,1954年には僅かに4万 人の労働者によってそれ以上の生産を実現している。マレーの錫生産はその50%が欧州系 凌喋会社によって,40%が支那人によるgravel pump方法によって,残りの10%が hydranlicやその他の方法で生産されている。かっ,欧州系所有鉱山が全生産額の60%を 生産している。

 またマレー錫の主たる購入先に木国があり,禾国はその必要量の約75%をマレーに{衣存

(16)

しているのである。

 (2) マレー錫産業の構成   (イ)支那人系錫鉱山

 錫産業の実態を見るに,自家労働採鉱者が非常に多く存在するが,その生産高は全生産 額の2%にすぎず, dulang washers,たらひ水選者であって,鉱山採鉱の捨石から錫鉱 石を選別する人々である。

 更に,支那人採鉱業者を見るに採鉱は一般に大資本を要するが,年産40pikuls従って 年産額15,000dollarsにすぎない小生産者もある。もちろん,支那人経営の凡てがかくの 如き小経営であるわけではなく,欧州人企業に比敵するものもある。例えば,Hong Fatt の如く,年産12,000pikulsに及ぶものがある。全体で600以上の支那人所有鉱山があり,

520,000pikuls,すなわち,マレーの全生産額の40%に相等する生産額をあげ,従って支 那人企業は平均年産900piklusを生産している。

 支那人の錫鉱山所有形態は余り知られていないが,支那人所有のplantationと同じよ うに,殆んど株式会社組織をとっていない。従って,9一般にその所有形態は個人的,家族 的,同族的所有である。もちろん,非常に沢山の小鉱山を所有したり,それらの大出資者 であるような支那人のミ錫大君ミも存在するし,マレーの最大の支那人富豪達は殆んど錫 によってその財産を作りあげたものである。最も有名な支那人ミ錫大君ミは,Eu Tong Sgnであって, Kampar鉱山の大半を所有している。また:Loke財閥がある。すなわち,

H.S. Leeによって所有されている諸鉱山や, Foong Seongによって所有されている Ipoh州の諸鉱山である。その他あまり目立たないから,一般の注目を惹かないが, Kinta 三等に幾つかの支那人所有の富裕な鉱山が見られる。また鉱山所有者でありながら,政治 的活動で有名な人々,例えば,H. S. L eeや五au pok Khuan等が居る。

 錫産業に於ける支那人所有企業形態については吾々の注意を惹くものは少いと云えるが 相互に関係がないように見える600の支那人鉱山の相互関係の実態は容易に把握すること が出来ない。その研究は広大な範囲にまたがり,資料に乏しいために困難である。

 例えば,同じ会社によって所有されている鉱山が異った名称を持っていたり,或る会社 は他の州に於ては異った名称の下に経営されていたりするからである。Ipoh州で:Leong Sim Nanと云う会社は:Kuala L・umpurではChan Thye Leeと云う会社となって現わ れるが如きである。

  (口)欧州系錫鉱山

 欧州国詞鉱山は支那人系錫鉱山と性格を異にし,錫鉱山企業は高度に集中化されてい る。1954年には欧州系の鉱山は108鉱山あり,834,000pikulsを生産した。これらの鉱山は 76の会社によって経営されている。従って,1954年の一社平均生産額は11,000pikulsであ って,支那人企業の約12倍の生産額を各企業が実現している。 もちろん,支那人経営鉱山 の所有形態は調査資料がなく不明確であって・支那人経営の各鉱山は夫々一会社を形成レ

(17)

マレーに於ける英国の経済的支配 115 ているので,その形式を基礎として評価すると,12倍という数値が得られるわけである。

、欧州系鉱山Agencyの中年つの大きなAgencyがある・すなわち・Anglo・Qriental と:Nei11&Bellと10sborne&Chappelであり,47の錫鉱山会社を管理している。残り の29社を他の6っの企業が管理してい.るが,この管理会社6社中3社はAgency House である。また幾つかの鉱山会社は,その管理がSime DarbyとAnglo・Oriental:Ltdと で分担され,その場合にはAnglo・OrientalはTechnical Managerとして登録されて

いる。 (第12表)    、

 最:初の三大Agencyは濃縮錫の600,000pikuls以上を生産するが,それは欧州系所有 鉱山産出の73%,全マレー生産額の45%以上に相当する。.その中最大のAgency はAnglo・

Oriental:Ldt.であり,約300,000piklusを生産し,1954年のマレーの産額の22%に相 当する。このAnglo・Oriental Ltd.はLondon Tin Corporation力栓株式を所有する

ところの子会社である。しかし,London Tin CorporationはAnglo−Orienta夏:Ltd.

が管乱している全鉱山を所有している訳ではない。

 Anglo・Oriental Ltdのマレー錫産業に於ける地位は,その持株会社である:London Tin Corporationの国際的支配関係を知ることによって充分であろう。 United States Senate Preparedness Investigating Sub・Committeeによれば,マレーの錫を支配する 三大会社は次の三つの持株会社である。すなわち,:London Tin CorporationとGeneral Tin Investments Ltd.とBritish Tin Investment Co.である。これらの三つの持 株会社は取締役その他の役員の間に相当広範囲の内的結合がある。

 London Tin Corporationは多くの極東の錫鉱山に投資しており,その子会社Anglo・

Orientalを通じて24の錫会社に, Secretarial,technical.and manage・me耳t se「vices を与えている。また:London Tin CorporationはBritish Tin Investment Ltdの株 式を所有している。かつ,General Tin Investment Ltdは1939年にはBritish・Tin Investmentの株式の4%を所有し現在に至っている。これら三社の内的結合は取締役 の構成によっても知ることが出来る。すなわち,1949年には各々の持株会社の7人の取締 役申6人は同一人物によって構成され,ロンドンの同一場所に同一の事務局を持っている。

 British Tin Investme郎.は,マレーの錫鉱山の11の大会社の大株主であり,その生産 額はマレー全生産額の約%に相当する。ただし,乏れは:London Tin Combineによって 管理されるものとして算出された数量と重複:してはいるが。British Tin Investmentの 投資金額の約90%に相当する11社は,Anglo・Orienta1によって3社が, Neill&Bell社 によって6社が,Osborlle&ChapP31社によって1社が, Borneo Co。によって1社が 管理されている。このことは後で説明されるように三つの重要なManaging Agecyの聞 の内的連繋の現われなのである。かくの如き錫鉱山のManageme謡の類別や, Secretary の組合せを次表によって明らかにしよう。 (第13表)

 またBτitish Tip恥vest1neptはCon$Qlid帥ed Tip S坦el重ersに資金上の利害関係

参照

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