翻
訳
ヨーロ ッパ社会国家
?Professor Dr.stephan Lelbfrled (Zentrum ftir sozialpollilk(Zes), Unlver-
sltit Bremen)
sozialstaat Europa? Integrationsperspekilven europ6lscher Armuts- reglmes
Nachrichtendienst des Deutschen Vereins fur offentliche und private Fur- sorge (=NDV) , Jg.70, Heft 9, September 1gg0, S.Zg6-30b.
Towards a European welfare state? on integrating poverty regimes into the European Community
Catherine Jones (ed.) , New perspektives on the welfare state in Europe, Oxford: Blackwell, 1993, P.l33-1b6: Chapter Z.
史
﹄ド
= ソ
D・ 佐 ガ
困 政 パ 貧
ロ ツ
ヨ 一
一
著
者 原
題
掲 載 誌
英訳新稿 掲 載 書
目
次
序
社会政策における統合
一体系的、歴史的アプローチー
1
消極的統合か ら積極的統合ヘ
2
社会政策統合 に関する歴史モデル
3 EC域 内の四つの社会政策体系
4 ECに おける貧困はアメリカ化するか、それ ともヨーロッパ化するの か ?
まとめ
(zs0) 35
法経研究43巻
序
社会政策における統合
一体系的、歴史的アプロ…チー
アメリカ合衆国などの他の大陸 と違い、ヨーロッパは地理的に統一 しているだけで な く、戦争 と平和、文化において共通の歴史的伝統 をもっている。「共同市場」 と い う狭い視角か らでは現代 ヨーロツパ をとらえきれない。西 ヨ ーロツパ諸国は「 ヨーロ ッパ合衆国 (USE)」 、すなわち、経済的、政治的、社会的に統一 した姿 を示 しつ つあ る°ヽ この20年 間で「 ヨーロツパ合衆国」は実現可能なもの となつてきた。試行錯誤 を経て、 ヨーロツパ共同体 (EC)は 1986年 2月 28日 に欧州単一議定書 を締結 し、政治 同盟 と一定範囲において社会同盟 °に向かうあゆみを大 きく進めたのである。
ヨーロ ッパの統合は、 ヨーロツパ福祉国家の発展 を伴いつつ進展するだろうか ?そ れ とも、福祉分野は新たに建築 される「 ヨーロツパ共通の家」の中で、が らんとした 空 き部屋 になって しまうのだろ うか ?福 祉分野 の空 白が生 じれば「社 会的市民権 (soziale Bargerschaft)」 は制度化 されないし、 とりわけ貧民政策 (Armenpolitik)
)が大 きなマイナスの影響 を被 るだろう。社会的市民権な しに貧民政策が実現する こと はあ りえないのである。空白状態が長 く続 く場合には、諸国家、国家 グル ープからな るヨーロ ッパ「地域」福祉国家 レジームは永遠に陽の目を見ず、現在 までの至 1達 点は 意識 されない うちに崩壊 してい くだろう。 こうした もとで、 ヨ ーロツパの社会政策専 門家、 とりわけ「貧困 と保護の問題」 にたず さわつている専門家は痛みを感 じて いる。
「貧困か らの保護」はそ もそも人が文化的に暮 らす うえで必要なものである べ きだつ たのに、そういうものとして具体化 されてこなかつた し、今後 も具体化 されな いか も
しれない ことに心の痛み を感 じざるをえないのである。 この論文はこれ らのテ ーマを、
体系的、歴史的に、そ して ヨーロツパの貧民政策 レジームの類型化 を通 して検討す る ものである。
1
消極的統合 から積極的統合ヘ
ヨーロ ッパ社会的市民権、「社会的 ヨーロツパ」 を実現するには、統合のタイプを 積極型 の統合へ転換 しなければな らない (表 1、 参照 )。 EC単 一の共通する社会的 枠組みの具体化は「移動の自由」 を実現し「共通」市場 を形成すると い う消極的統合 よりも、はるかに困難である。「社会的 ヨーロツパ」 を実尋するには、「積極的な国家 観」 をヨーロッパ全域に押 し広げるという「建設的 J目 標 を確立することが重要であ
(28→
ヨーロッパ社会国家一 ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望一 る。現代 ヨーロッパの政治形態は前連邦制段階 (Ein vorfoderdes Stadium)、 もしくは
「不完全 ヨーロッパ連邦制 (Der unv。 1lstandige eurOpaische F6deralismus)」 である。
このように連邦制の制度化が不十分な原因は、 ヨーロッパ統合が現在 まで「消極的統 合」の過程 を歩んで きたことにある。消極的統合は単一 自由市場の形成 を妨げる障壁 の撤廃 を目標 としてきたが、統合が もたらす社会的結果については特 に留意するもの ではなかった
(5t表 l EC統 合の 2つ のタイプ
統合のタイプ 課 題 政治システム
事
例 古典的モデル 消極的 障壁の除去
弱い :裁 判手続、
判決への依存
「関 税 同 盟」
(1871年 以前 )、 ア メ リカ合衆国
(イタリア ?) 労働力、 物財、 資
本、サービスの 完全 な自由移動 積極的 共通の社会的
強い :発 展 した
枠組みの確立
執行機関 と議会 の尊重
健康 と労働 に関
ドイツ帝国 (1871 する最低基準の
年以後 ),カ ナダ°
)確定
参考 :Renaud Dehousse,Completing the lnternd Markett lnsttutional Constraints and Challenges,in:Roland Bieber,Renaud Dehousse,John Pinder,」 oseph H.H.Weiler,Hg。
,1992: One European Market? A Critical Analysis of the ConlΠ
lission's lnternationalMarket Strategy,Baden̲Baden:Nomos 1988,S.311‐ 336.
統合の焦点を自由権から社会的基本権へ移すということは、ヨーロッパの政治体系 を、消極的統合から積極的統合ヘシフトさせることにほかならなしぶ 6ゝ 「社会的ヨー
ロッパ」、「統合の社会的側面」、「社会憲章」に関する議論は、すでに従来の EC統 合 の枠組み を越えている。 また ECに 社会政策上の権限がわずか しかないことも問題 と され従来の レジームの限界を越える議論が行なわれて きた。その際 とりわけ重要なの は、 労働 。 雇用問題だけでな く、 貧困に着 目することである。なぜなら貧困問題 こそ「社 会的市民権」の確立をめ ざす積極的統合の要であ り、道徳的にみても避けて通ること ので きない課題であ り、なによりもそこに EC域 内の南北格差 とコンフリク トが明瞭 に示 されているか らである。 ECは 貧困対策 として、 ヨーロッパの全市民 を対象 とす る政策プログラムを立てなければならないだろう。しか し、現在 まで ECの 重点はヨー
(284) 37
法経研究43巻
ロッパの労働者
(及びその家族 )に だけ置かれてお り、ヨーロッパ市民一般ではない。
1989年 12月 506日 に採択 された社会憲章 (の 一それは法的強制力 を持たない ものである が一は、 ヨーロッパ市民ではな く、 ヨーロツパ労働者 (° を対象 としているのである。
EC機 構 の中で唯一農業分野は、すでにローマ条約締結の時点か ら
ll°l消極的統合 タ イプを乗 り越 えている。アメリカ合衆国 と同様、 ECに おいて も農業政策は国内政策 として゛ 。 最初 に国家行政の対象 となつた分野である。アメリカ合衆国で国内共通農業 政策か ら (超 )国 家官僚制が発展 したの と同様 に、 ECと して も農業政策の展開に並 行 して超国家的な官僚制 と多様 な社会政策が発展 した。それ らは社会政策の独 自の構 成要素 とは位置づけられてはいないが、農業政策分野 にヨーロツパ共通社会政策のい
くつかが具体化 しているのである。
ただ し、 EC農 業政策が域 内農業生産者 に対 し、 どの程度「基礎所得 (Grundein‐
kommen)」 を保障 し、いかなる社会政策的役割 を果 しているか という問題 に、分析 を 限定 してはならない。社会政策の普遍化 を促進する要因 と、 EC農 業政策 とが体系的 にどのように絡み合っているか、さらにどこまで絡み合 うことがで きるのかに注目す べ きである。 ECは 農業分野 において膨大 な法律 と行政機構 をすでに作 り出 して きた のであって、こうした既存の政治ルー トを拡大 し
lla、活用す るほうが、統合モデルを 根本か ら積極型の ものへ変えさせ、 ヨーロッパ社会政策の包括的実現 を直接めざす闘 い方 よりも、はるかに容易なのである。
2 EC社
会政策統合に関する歴史モデル
ニつの歴史的経験 をもとに t「 社会同盟」が一国の 。 ③ 国民統合 に果たす異 なった役 割 を明 らかに しょう。一つは、1871年 の ドイツ統合―及び1989年 以降のその再版一で あ り、もう一つは、20世 紀初頭のアメリカ合衆国の国家統合である。
ドイツ帝国
1871年 以後の「 ドイツ統合」 において、権利の展開は自由権から政治権 を経て、社 会権へ という「正規の」
(アングロサ クソン的 )歴 史的順序 をた どらなかった。 ビス マルク社会立法による労働者への社会的市民権の付与
(ただ し拡大 しつつあつた貧民 を社会市民化 したのではない )は 、政治的市民権の付与 (第 一次大戦敗戦後の普通選 挙権確立 )に 数十年 も先行 した。 ドイツ帝国の統合は一英国 と同様一主 に社会的改革
38 980
ヨーロッパ社会国家― ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望一 を通 じて達成 された。階級ごとに分断 されていた「二つの国家」が、当時としては画 期的な内容 を含む社会権 という新たな器の中で、単一国家に統合 されたのである。統
― ドイツにおいては、過剰 な社会的市民権 を
(男性り 労働者に付与 し、対応する均 質の官僚機構 。 り を拡大 させ、それによって慈善国民国家 (社 会保険国家 )に 対する「二 等国民」 たる労働者のアイデンティテ ィーを確立 させ るという対策が とられた一社会 的市民権の処方過多 。 °一。1880年代の新たな福祉国家は重要な (直 接 の国家ではない )
中間的 。自立的官僚制 を生みだ し、この官僚制が弱体な中央国家 0を 正統化 したので あった
l10。現代の ドイッ統一は、時間を圧縮 しつつ、1871年 のパ ターンを繰 り返 している。 自 由権的市民統合 と社会統合が、政治統合に先行 したのである。 しか し1871年 とは異 な り、「社会改革 を通 じた国民統合」のチ ャンスを ドイッ連邦共和国 (BRD)は 十分活 用 していない 。
9。統一の過程で、少な くとも ドイッ民主共和国 (DDR)の 側は社会憲章 を提起 しの「東 西 ドイツの社会制度の長所」 を総合することを目指 した゛つ 。 しか し、最終的には西 ド イツの社会政策モデルが ドイッ民主共和国に「水で薄め られて」そのまま押 し延ばさ れたの。統一条約の中には年金給付 と失業給付 に関する基礎額の最低保障が規定され てお り、基礎所得保障 (Grundsicherung)の あ り方に関わって、 ドイッ社会国家モデ ルの根底 に長 く影響 を残すだろう。統一後の過渡期において、 ′抜本的な社会改革 を必 要 とする様々な問題 も生 じるだろう。受け入れ条件な しに茜 ドイツモデルをそのまま ドイツ民主共和国に引 き延ば したことは、現実に合わなかったのである。今後、
ドイ ツ統一が もたらした社会的問題 を解決する上で、「社会的凝集力 (soziale KohasiOn)」
(社 会国家化による統合 )の 発揮が、 また、独 自の社会政策による補償が、
ドイッ国 内政策上必須の課題 となろう。
いずれにせ よ、南 ヨニロッパ諸国やアイルランドは、今 日の ドイツ統一を EC統 合 のモデルケース ととらえているの。 ドイツはかつてヨーロッパ社会統合の進展 を阻止 したことがあったが、東西 ドイン統合 という新たな事態のもとで、ヨーロッパ社会統 合 に果たす 自らの役割 を積極的なものへ転換 させ ることになるだろう。 ECそ れ 自体 お よび南欧諸国は今 日の ドイッ統一の経験 をヨーロッパ社会統合の「地域的実験例」
とみなし、その経過 を見守っている。
(28D 39
法経研究43巻 アメリカ合衆国 に 。
アメリカ合衆国の市民権は、まず 自由権的市民権、次 に政治的権利、それから社会 権 というアングロサ クソンパ ターンにもとづ き、 「正規の」順序通 りの発展 を遂げた。
現在の ECの 展開はこれ と同 じである。アメリカ合衆国では自由権的市民権 と政 :治 的 権利の発展 に重点がおかれたのであ り、1871年 の ドイツ統一 と全 く対照的に、社会権 は「処方不足」の状態のままにされた。 ECの 連邦化の行方を検討する上で、アメリ カ合衆国統合の歴史的経過 と、
ドイツ帝国統合の経過 との相違を比較考察する意味は 大 きい。 とい うのは、両「大陸」 とも連邦制の もとで統一 してお り、司法の果たす役 割 も高いか らである。アメリカ合衆国は「裁判所 と政党の国」 の 、他方 Ё Cは 「欧州 裁判所 (EuGH)と ブリュッセル官僚の国」 と特徴づけることがで きる。アメリカ合衆 国は現在で もヨーロッパの国民国家 との相違が大 きく、 ヨーロッパの とらえ方か らは 非国家 ともい うべ きものである。
アメリカ合衆国の社会政策は当初、間接的に「 アメリカ化」、すなわち、集権化 した。
た しかに1930年 代大恐慌期 よりもはるか以前か ら、二つの古典的行政部門一陸軍省 の と農務省 0‑に よる社会政策が実施 されていた。 しか し大恐慌 までは全国 レベルの社 会政策行政 には、管轄権限上 の空 白 (Zustandigkeitsvakum)が 存在 した。 この空 白 はルニズベル トの改革 を通 してある程度 うめられた力響 、現在 も「機能上」非中央集 権的な貧困政策 にその歴史的名残 を強 くとどめている の 。
「 ヨーロッパ合衆国」 は、上に述べ たアメリカ合衆国 と同 じ空白に直面 している。
ヨーロッパはアメリカと違 う方法で、 また、アメリカよりも短期間に、この空白を克 服することがで きるだろうか。
ECと アメ リカ合衆国、 ドイツ帝国
アメリカ合衆国は一 ECと 同様に、 しか しドイツ帝国 とは異なって一古典的「関税 同盟モデル」・「消極的統合モデル」の特徴 を持つ。他方でアメリカ合衆国は、 EC
よりも高度に統合 された政治機構 を持 つている。表 2は 「 ヨーロッパ合衆国」 とアメ リカ合衆国の連邦制の発展の違いを示 したものである。
ここに示 したように「 ヨーロツパ合衆国」 とアメリカ合衆国はそれぞれ異なる「断
層」 を持 っている。アメリカ合衆国においては、 「市場統合」 に続いて政治的統合が
発展 したので、「断層」が走 つているのは政治権 と社会権の間だけである。社会的市
民権の発展はアングロサ クソンモデルその ものであ り、最後 になった。それ と異な り
4θ (281)
ヨーロッパ社会国家― ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望一 表
2連邦制 と「断層」一「 ヨーロッパ合衆国」 とアメリカ合衆国の比較一
「 ヨーロッパ合衆国」 アメリカ合衆国 政治 タイプ
議会政治 機構
福祉国家
不完全 な連邦制
完全 な連邦制
「政治同盟」に向け努力中 議会 :「 調整官庁」
社会政策は基本的に各国の所轄
:他は「社会同盟」 「社会 ヨーロッパ」
連邦の社会政策 に関する基本権 限は不完全
補 記 ローマ条約 には社会政策の所轄権 限 に空 白があ り、また、政治同盟 は付随的に認められただけだった。
EC共 通の「社会市民権」 はない。
しか も ECの 権限 は「労働 市場 関 連」である。各国の「社会市民権」
体系の萎縮症が1992年 以後 も残 り 続ける。
大恐慌期、ルーズベル トの改革 に よって百年の歴史 を持つ社会 政策管轄権限の空 白に、初めて 手がつけ られた。そのためには
USA憲 法体系の新解釈が必要で あった。
注 :断
層 線 =一 一 ― 一 一 一 一
及 び ― 一 ― 一 一 一 ―
「 ヨーロ ッパ合衆国」には二つの断層がある。政治権 と社会権の間にアメリカ合衆国 と同様の断層があるが、それだけではない。それ以前 に、自由権的市民権 と政治権 と の間にも断層がある。 ヨーロッパは三つの権利 を総合 し、発展 させなければならない のである。それゆえ、現在の ECの 状況はアメ リカ合衆国モデルではな く、む しろ 1871年 の ドイツ帝国統一の過程 に一致 している。
(ドイッの歴史的経験 の意義は、二 つの断層 に直面 したもとで、社会的市民権の具体化を政治的市民権に先行 させたこと にある。 )
それでは、 ECは 今後、アングロサ クソン型か、
ドイッ帝国型か、いずれのパ ター
ンを踏襲すべ きであろうか。時間を巻 き戻 してアングロサクソン型の道を最初からた
どるなら、ヨーロッパ統合は社会的基盤 をまった く持たない ものにな り、ただ共通市
場 向けの「所有に基づ く個人主義 (Das possesive Bedtzindividualismus)」 がつ くられ
るだけになるだろうもそれとも、自由権的市民権、政治権、社会権 を順序通 り総合的
に実現するのではな く、敢然 と一気に二つの「断層」 に立ち向かい、アングロサクソ
(280) ィI
法経研究43巻
ンモデルを突破すべ きなのであろうか。 「社会的 ヨーロッパ」 「社会的次元」 「社会憲章」
などの議論は現在 までの ところ、社会政策 を象徴するキャッチフレーズの意味 しか持 っていない。ただ し、これらは多 くの好条件の相互作用がある場合には、 ヨーロッパ 社会統合の新局面 を切 り開 く役割 を果たすだろう。
3 EC域
内の四つの社会政策体系
貧民政策の領域 において、各国ごとの条件が異 なるにも関わ らず、 「社会的 ヨーロ ッパ」、すなわち、単一 ヨーロッパ福祉国家が、下か ら調和的に成長 して くることを 期待できるだろうか ?そ うだ とすると、現在進行 しているヨーロッパ「社会化」の副 産物 として、積極的統合が生み出されるだろう。
それ とも逆 に、 ECの 社会政策、貧民政策体系 を下か ら体系的に融合 させ るのは不 可能であ り、 「調和」は「上か ら」、す なわち EC官 僚機構 によつて総合 されなければ ならないのだろうか ?そ うだ とすると、 ヨーロッパ福祉国家の実現が期待で きるのは、
(ヨ
ーロ ッパ内の )南 北諸国の大 きな妥協 が達成 された場合だけになる。 EC福 祉 国 家が実現で きない場合には、地域 レベル、各国 レベルの既存の福祉国家体系は長期的 に退化 してい く。共通市場 を具体化 させ るための経済的強制が、 福祉政策の基盤 を徐 々 に奪い去 るのである。
ヨーロ ッパ社会権 を「下か ら」実現で きるかどうかは、 ヨーロツパ諸国の貧困政策 体系の比較検討 を通 じて明 らかにすることがで きる。それ には EC全 域の貧困政策体 系 を見渡 し、各国の特徴 を明確 にしつつ、研究 を進める必要がある。福祉国家体系 に 関する議論は、現在 までの ところ、社会政策の支配的領域、すなわち社会保険の問題 だけに限定 されて きたカロ 、 ヨーロッパ社会権の実現可能性 を考えるにはそれだけで な く、貧困、社会保険、貧民政策の三者が交錯する領域の検討が重要な意味を持つ ゛ つ 。 そのため には、近年「基礎所 得保障制度 (Grundsicherung,minimum income,revenu minimum garanti)」 導入をめ ぐって全 ヨーロ ッパで まきおこつた討論が、それぞれの 国にどういう意味 を持つ ものであるか検討することが良い手がか りになる。
ヨーロッパ諸国は、少なくとも四つの社会政策体系、四つの相異なる「福祉資本主 義」 0に タイプ分けできる。以下、簡潔に体系の違いを素描 してみよう。
42 QTe)
ヨーロッパ社会国家― ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望―
表
3福祉国家の 4タ イプ
ス カ ン ジナ ビア
rCZw )v 2 tア ング ロサ ク ソ ン 南欧
(ラテ ン )
福祉体系 現 代 的 制度化 された 残 余 未 発 達 特 徴 完全雇用 :優 先的
雇用 主・非優先的 補償者 と しての福 祉 国家
最大 限の成長 :優 先 的補償者 。非優 先 的雇用主 として の福祉国家
完全成長 :非 優先 的補償者・雇用主 としての福祉国家
遅れの挽回 :半 ば 制度化 された公約 としての福祉国家 権
利
と 保
障
労働権
社会保険権 所得移転権
ただ し社会市民権 による裏打 ちな し
労働権 、所得移転 権 の約束 ,「 憲法 イ デ オロギ ー」
制度化 された社会的市民権 コンセプ トによって裏打 ちされている 基 礎 所
得 論 争 の役割
副次的意味 :「 所 得パ ッケージ」改 善の可能性
労働 と所得 との結 びつ きを一定切 り 放 しうる
普遍的公的扶助 シ ステムの発展 を促 進 しうる
普遍的公的扶助 シ ステムの発展 を促 進 しうる
スカンジナビア福祉国家
第二次大戦後、スカンジナビア福祉国家 1331は 全ての人々に労働権
(就労権 )を 保障 することに重点を置いて きた。労働市場政策 と社会政策はこの国家目標の実現に向け られ、補償的 (kOmpensatorisch)所得移転は政策 目標 にな らなかった。スカンジナビ ア国家は、「現代的 (mOdern)福 祉国家」 タイプ∽である。普遍主義 (UuniversaHsmus) が政策目標の準則である。ただ し、労働市場の外で、所得再分配 (補 償 )に よって、
普遍主義原理 を実現 しようというのではない。これらの諸国では福祉国家自身が優先 的に率先 して雇用主 としての役割 をはた してお り、 とりわけ女性の国家による雇用比 率が高い。労働市場への参入を促進 し、そこからの退出を抑制することが福祉国家の 戦略であ り、この戦略に従 って社会的権利体系が制度化 されている°う。
これら諸国では基礎所得の議論は、「労働
(中心 )社 会 (Arbeitsgesenscha■ )」 を支 える補完的な役割 を果たすだけであ り、何 ら「労働中心社会からの解放」を意味 しな い。 今礎所得制度の導入は、スカンジナビア福祉国家における「所得パ ッケージ」の 実現 をある程度促進するだろう° °
。児童手当など個々の所得再分配政策はそれによっ て改善 されるだろうし、スカンジナビア諸国では周辺的な政策 と位置づけられてきた
e7g 43
法経研究43巻 (1994年
公的扶助 システムを大 きく改善 し ω 、 ビスマルク国家の水準 に近づける役割 を果たす だろう。ただ し、これ らの諸国では労働市場か らの「退出」 を制度化す ることや、
「労働中心社会」の機能 を停止 させ る戦略が支持 されることはない。
「 ビスマルク諸国」
ドイツ、オース トリアでは1880年代の帝制時代か ら補償原理にもとづいて社会政策 が制度化 されて きた。社会問題 はむ しろ「金銭的に」補償 された。 「労働市場か らの 退出」が この原理に従って補償 され (老 齢年金等 )、 「労働市場へ参入で きない場合、
参入が遅れた場合」 も金銭的に補助 された (失 業保険等 )。 この タイプの「常 1度 化 し た福祉国家」ωでは補償原理が支配的であ り、重点は労働権にではなく、社会保険に 対する権利 に置かれている。福祉国家 は優先的な雇用主ではな く、所得 を優先的に補 償する役割 を果た し、それに応 じて社会的市民理念が制度化 した。これ らの国には明 文化 した普遍主義的な社会的市民権の伝統 は存在 しないが、 「完全雇用実現 とい う公 約の
tll度化」 と、50年代初頭か ら70年 代初頭にかけた労働市場での「実践」 によつて、
脆い ものではあるが「普遍主義 に類似 した」伝統が生み出されていた。
基礎所得制度導入が主張 されることによつて、労働市場へ入れない者、労働市場 へ 留 まれない者 に対す る補償問題 の重要性が明確 になった。 「 ビスマルク諸国」 におけ る基礎所得導入をめ ぐる議論は、普遍的で非残余的ニーヅ(non̲residuJ needs)が 国 家によって補償 され、所得審査の東縛 を軽減 させ るのに役立つ。 また、ここでは基礎 所得制度は場合によつて家計単位の査定か ら個人ごとの査定 へ と発展 してい くだろ
う ° 9。
アングロサクソン諸国
.0英語圏の国々は「残余 (residuaD福 祉国家」 ・ 。と特徴づけられる。 とりわけ、所得 移転 にその性格が示 されている ・
21。これらの国では、スカンジナビア福祉国家 と違 っ て、雇用主 としての国家の役割が強調 されることはない。国家は労働 を強制する機構 なのである
431。ァメリカ合衆国、オース トラリア、ニユージーラン ド、イギリスが こ の残余福祉国家モデルにあてはまるが、そこでは労働市場への参入を促進するために 国家が補助金 を支出することはない し、教育訓練政策 も実施 しない。労働市場 への参 入 は現実 の圧 力 に よつて強制 され る だけ で あ る。 社 会 保 障 の原理 は選 別主 義
(Sehktivitat)で あ り、 「 ミー ンズ・ テス ト」が行 われ一所得 に応 じた給付 の選別が社
″ (277)
ヨーロッパ社会国家一 ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望一 会保障の王道一、福祉国家は最後に補完的な役割 を果たすだけである。アングロサ ク ソンモデルは (ビ スマルク )補 償体系 ともスカンジナビア労働中心社会体系 とも全 く 異なるものである。社会的市民権は一労働権、補償権のいずれにせ よ一む しろアカデ
ミズムの中だけで議論 されて きたテーマにす ぎない。
アングロサ クソン諸国での基礎所得制度に関する議論は、労働中心社会からの退出 を制度化することにつながるものではない。ただ し、それは北欧流にいう普遍的公的 扶助 システムの発展 を支 える役割を果たすだろう。すなわち、アメリカ合衆国に顕著
なカテゴリー別福祉 システム (個 々のカテゴリーごとに該当する者 を扶助する )か ら、
公的扶助請求権 を普遍化 した普遍的福祉 システムヘの転換 を導 くだろう。また、基礎 所得に関する議論によって、公的扶助 と雇用創出政策 とが結び付 くことになるだろう。
ここでい う雇用創出政策 とは「正規
(フルタイム・継続雇用 )労 働」の創出を中心 に した ものであ り
(この点で ドイッモデルと同 じだが、スカンジナビアモデルとは異な る )、 全国的に統一 した高度な規準 に準拠 したものである。
南欧
(ラテン
)一周辺諸国
地中海 に面 した EC諸 国一そのい くつかは1980年 代 になって ECに 加盟 した―は、
独 自の福祉体系 を持 っている。スペ イン、ポル トガル、ギ リシャ、 (南 )イ タリア ・
41が ここに属 し、フランス もここに分類 される側面 を持 っている。 う 。 この タイプは「未 発達 (rudimentarer)の 福祉国家」 ̀。 と特徴づけられる。ポル トガル、スペ イン、 イタ リア、ギ リシャでは公的扶助権
(福祉権 )さ え確立 していない。残余原理が強調 され てお り、それによって労働市場への参入を極大化 しようとしている点など、これらの 国はアングロサ クソンモデルと同 じ特徴 を持 っている
0。しか し南欧諸国には古 くか らカ トリック教会 と結びついた福祉の伝統があ り、アングロサクソンモデルや北欧諸 国 とは前提が異なっている。 これ ら諸国では社会保険給付が、基礎所得 として変化 し て機能 しているが、 もちろん社会保険はそのために導入されたのではない。南イタリ アにおいて就労不能年金 (Berufsunfahigkeitsrenten)° が果た している機能がその端 的な例である。南欧諸国の労働市場の構造は他のヨーロッパ諸国のそれと全 く異なっ ている。農業生産の占める比重が高 く、そのため「 自給経済」の規模が大 きくなり、
それによって「福祉」国家の基盤は異質なものになっている。 しかも、女性の雇用労 働力率 を高めつつ完全雇用 を達成 した というスカンジナビア諸国においては今では伝 統 とさえなった状況に、これら南欧諸国は未だたちいたっていない。現代型福祉国家
070
石
法経研究43巻
へ発展 してい くとの公約が何度 となく強調 され、憲法 にも規定 されているにもかかわ らず、 「南欧周辺諸国」 は未だに法的、制度的、社会的な転換 を経験 していない。
基礎所得の議論が南欧諸国で どの様 な役割 を果たすか判断するのは難 しい。考えら れるのは、
ドイツ連邦共和国でいう「普遍的公的扶助」の発展が促進 されるというこ
とである。
これら四つのタイプの福祉国家をまとめたのが表 3で ある。それぞれの政策 目標 は 全 く異な り、政策上の共通点は存在せず、これらが一つになることはあ りえない し、
自動的に調和 した り、一国 レベルか ら ECレ ベルのものが発展 して くることもあ りえ ない。いずれにせ よ、 EC社 会政策を「下か ら」実現 しようとする戦略の手がか りに なるものは何 ら存在 しない ・ 9。
4 ECに
おける貧困はアメリカ化するか、それともヨーロッパ化するのか
?では、 ヨーロッパ政策統合の進展は、社会政策 とりわけ貧民政策にどの様 な影響 を 及ぼすであろうか
?6°その場合、二つ選択枝がある。
(1)福 祉政策は調和せず、永久にヨーロツパ統合の裏側の ものであ り続け、悪 くす る と、統合の基盤 を自動的に堀 り崩す役割へ と転化 してい く。
ヨーロッパ共通市場が確立 し、さらに共通通貨が実現 したとしても、各国の社会政 策はバルカン化 (分 裂対立 )し てい く。この過程は20世 紀への転換期、国家統合が進
もとでアメリカ貧困政策がたどったあゆみ と同 じである。
(2)政 策の調和が欠けた ままだと一ヨーロッパの「凝集」 を願 う圧力が特 に高 まった 場合一貧困対策 と社会的便益 をはかるために EC機 構が上か ら
(専制君主的な )反 応 を起 こし、ヨーロツパ全体の包括的枠組みの形成を促進するか もしれない。その場合、
通貨統合の実現経過 と同様、歴史的連続性 を断ち切つて一挙にヨーロツパ貧困政策が 進展する可能性 もあ りうる。
ヨーロッパ貧民政策の地域化
―ヨーロツパ貧民政策は「アメリカ化」するか ?一 今後 ECが 発展 しても、貧民政策、福祉政策は、おそ らく地域 レベルか国民国家 レ ベル、すなわち、サブ 。ヨーロツパ レベルにとどまるだろう。
貧民政策 とは対照的に、雇用労働者のための社会政策一健康 0年 金・雇用・労災保 険に関わる問題 一の「 ヨーロツパ化」、 「調和」の方が まだ容易である。 というのは、
4δ (275)
ヨーロッパ社会国家一 ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望―
各国で比較的同 じような発展 を遂げ、構造 も似ている し、 EC機 構が強い管轄権限 を 持 ってい るか らで あ る ° つ 。そ れ に対 し、扶 助 のニーズ に応 じた社 会政策
(Die be―darfsorientierte Sozialpolitik)を 標準化す ることは難 しい。た とえば「貧 しい」 EC加
盟諸国の活動が強 まって も、 ヨーロッパ全体 に影響力 を持つロビーにはならない ° ② 。 この政策分野 を ECの 管轄 にするのは難事業である。
それゆえ、社会政策、貧民政策の観点からみれば、 ここ数年のヨーロッパの状況は 北欧福祉国家ではな く、む しろ1930年 代以前の、ない しは現代の 1531ァ メリカ合衆国の 状況に類似 してきている。1992年 以降、ヨーロッパ各国の貧民政策はアングロサクソ ン的「残余」モデルヘ と急速に組変えられてい くかもしれない。いずれにせ よ、19世 紀末から20世 紀初頭のアメリカ社会政策 と同様、ヨーロッパ社会政策が今後バルカン 化 してい くのは確実である。 もし、こうした枠組みの中で貧困政策の「統合」が進む なら、それは否定的なもの となろう。 ヨーロッパ貧困政策 といっても、その内容は加 盟国がそれぞれ独 自の体系 を持つことを認め合い、違 った体系間の調整手続を決める だけの ものになって しまう。例 えば、「外国人」受給者の扱いや、出身国の負担責任 と給付の国外送付の処理手続 きが決め られるだけになろう
1541。貧困政策において比較的寛大な ドイツを例 に取 り上げても、現状は表 4に みる通 り、
(EC加 盟国国籍の外国人
=EC市民が、
ドイツ国内で )公 的扶助権利 を請求するなら、
古典的救貧法 と同様の対応 を引 き起 こす。すなわち、貧民は自分の出身国へ と送 り返 されるのである。 EC貧 民政策「統合」の現段階は、下の表 5に 示 した四らの段階の うち、第一の歴史的論理的段階である。
(EC加 盟国国籍の )貧 民に出身国以外での滞在とそこでの公的扶助の受給が保障 され、公的扶助のコス トについては出身国が補助する責任を負う場合、社会政策は第 二段階へ移行する。老齢に達 した移民労働者に年金を支払う場合に現在すでに行われ ているのと同じや り方で、公的扶助のコス トが各国ごとの組織間で決済できるように なるのが、この第二段階の、二国間協定にもとづ く社会保障ネットワークの将来像で ある。現在 EC法 によつて、対象が「学生」
(雇用労働者でなく、学生 という期限の ある身分 )に 限定 されてではある力゛ 'EC市 民が滞在先で公的扶助を受けることが可 能となっている。
高齢者向けの社会保険
(年金 )と 異な り、貧民政策においては二国間「決済による」
コス ト移転 という解決策は現在 まだとられていない。それゆえ、例えば、
ドイッか ら スペ インに移住 した高齢者は、滞在許可を得るためには、スペイン政府に対 して、自 分が十分 な資産を持ってお り、公的扶助 を受ける必要がないことを証明 しなければな
(274) ̀7
法経研究43巻
表
4ドイツ連邦共和国における、 EC加 盟国外国人 (EC市 民 )の 滞在権、公的扶助権
資
格
滞 在 権 公的扶助請求権
自営業者
EC条約 に規定 された経済活動
有 り :公 的扶助の補足的利用が に従事中の者
(サービスと資本
可能 :営 業をやめれば滞在権は 移動の自由 )は 滞在権 をもつ
喪失する
雇用労働者
雇用関係に入る前
求職中の者 には期 間を区切 つた
有 り :定 め られた期間以上の場 滞在権 (EC法 によると3カ 月
)合、公的扶助の利用は滞在権の がある
喪失 をもたらす *1
就労中
公的扶助水準以下の低賃金の場
有 り :公 的扶助の補足的利用が 合 も、滞在権有 り
保証 されている
失業中
求職 中の者 を参照 :自 己都合に
有 り :滞 在権が失効 した場合 に よらぬ失業者は就労申し入れが
公的扶助 を利用すると退去の根 否定 された場合、滞在権が失効
拠 になる
する *2 雇用労働者以外 *3
学生
入学許可 された学生で健康保険
有 り :た だ し、公的扶助 コス ト に加入 した者
の返還を出身国に要求で きる 年金生活者
健康保険に加入 し、公的扶助 な
有 り :た だ し、公的扶助の利用
しに暮 らすに十分 な資産 (年 金、は退去の根拠 となる 労災保険、廃疾保険 )を 有 して
いる場合
その他
健康保険に加入 し、公的扶助 な
有 り :た だ し、公的扶助の利用 しに暮 らすに十分 な資産を有 し
は退去の根拠 となる
ている場合
* I $10Abs.1 Nr.10 des AuslAndergesetzes
* 2 1.s103 AFG.
{c 3 Vgl. Amtblatt der Europaischen Gemeinschaften vom 28. Juli 1989, Nr.c l9L/2'6: KOM ((89) ende. -SYN 199, 200; 89/C I9I/O2'O4.
48 (273)
ヨーロッパ社会国家一 ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望
T表 5 貧民政策統合の発展段階
段 階 特 徴
貧民の「除去・退去」
「二国間決済」
EC市 民 を自国民 と同等 に待遇する
ヨーロッパ統一水準
(実質的、法的 )の 設定
らない。今後の問題 として、 EC域 内の他国に移 り住み、そこに長 く滞在 している年 金生活者が、移住先で長期のケアを必要 とし、公的扶助 なしにはその費用を負担で き な くなった場合 には、「学生」 と同 じように、公的扶助 コス トを三国間決済で解決す るという方法が実施 されねげならないだろう。公的扶助が必要な年金生活者を出身国 に戻 して しまい、暮 らし慣れた移住先での引退後の人間関係や社会的生活基盤を破壊 するより、コス トの二国間決済を制度化する方が望 ましいω '6η 。
第二段階は、
ドイッ連邦共和国において一また公的扶助制度を備えているいずれの
EC加 盟国においても一 EC市 民 に対 し、 自国の市民 とまった く等 しい公的扶助請求 権が認め られるようになった段階である。 こうした自国市民 と等 しい社会保障給付は、
現在の ところ雇用関係がある場合に限って具体化 されている
0。 (ドイツ国内で就労 中の EC加 盟国国籍の )雇 用労働者の賃金が生活保護基準 よ り低い場合、この原則が 適応 され、
ドイッ国民 と同様 に公的扶助 を受給できるようになつているのがその端的 な例である
691。ただ し、失業者に関 してはこの原則はほ とん ど適応 されない し、出身 国で雇用 関係 を持たないまま他の EC加 盟国で求職活動中の者にも適応 されない。
レビン及びケンプ両氏の訴訟で欧州裁判所が半 J断 のポイン トを置いたのは、彼らが
「労働者」であ り、「雇用契約にもとづいて職務 を果た してぃる」 という点であって、
彼 らの賃金が国家の定めた生存水準以下であることを判断基準 にしたのではない
160。EC市 民の滞在許可認定の際 に問題 となるのは、「彼の賃金 。給与所得 を国家が定め る最低水準 に達するまで補 うか どうかではない し、また、彼が生存最低限のところに 甘ん じるか どうかで もない。そうではな く、滞在許可の前提は、彼が現実に雇用関係
を持 ち、職務 を遂行 しているか どうかなのである」 6υ 。 この解釈が EC全 域 に適応 さ れてお り、その際、 EC加 盟各国が労働市場への参入
(雇用関係 )を それぞれ どの様 に定義 しているかには無関係である。
(ztz) 49
法経研究43巻
ドイツ社会保険法は一社会法典第 4巻 第 8章 において一いわゆる 「些少時間就業者」
(geringngige Bescha■ igunglに 対 して社会保険加入義務 を課 さない と規定 している。
ここでいう「些少時間就業者」は、週 15時 間以下の就労時間、 もしくは月 470マ ル ク以下の賃金の労働者である ° 2。 ケ ンプ氏
(ドイツ人 )の 場合、週労働時間に焦点 を あてるな ら、原告である彼 は「些少時間就業者」であ り、
ドイツ国内法上、「雇用 さ れている」 とはみなされない。 しか し、それに優越する EC法 によつて、彼は就労 し ている国
(オランダ )の 規定 をもとに「雇用 されている」 と認められることにな り、
そこでの滞在権 と、社会福祉 を含むあ らゆる社会的給付 を享受する権利が与えられた のである。
EC加 盟国それぞれが どの様 に「正規の雇用関係」 を定義 しているかに関わ りな く、
EC及 び欧州裁判所はヨーロッパの共通原則 を規定 している。 しか も欧州裁判はで き るだけ広 く雇用関係 を認定 しようとしている。欧州裁判所の自由や統合に対する基本 的発想は雇用関係の存在 を前提条件 としているという限界内のものではあるが、雇用 関係 を広 く定義することはヨーロッパ「社会的市民権」の実現 に向けた確かな前進 を 示 したものである
1631。自営業者に関 しても同様である。自営業者が 自分の生活 を維持するのに十分な手段 を欠 く場合、
(自営業 を営 む )EC市 民 に、補足的給付 として公的扶助請求権が認 め られる場合がないわけではない。労働者 と違 って、自営業者には求職中
1641、失業中な どの雇用状態に応 じた地位の区別 はない。 自営業者は EC社 会政策上、貧困の リスク に対する保護が少ないのではあるが、同時に自営業者 を特別に保護する必要性 も大 き くはない。なぜ なら、実際の事例 は少 ない し、法律上、 自営業者は簡単 に「求職中の 労働者」へ姿 を変えることがで きるか らである。
貧民政策のヨーロッノЧヒ
ECレ ベ ルで ヨーロッパ貧困政策の統一基準が設定 される可能性がある。ただ し、
基準の設定には、高い水準が ヨーロツパ全域の基準 となるように調整 されるか、もし くは「最小共通分母」の水準 をヨーロッパ基準 とするか、二つの方法がある。実際 に は後者の可能性の方が高 く、 ヨーロツパの貧困基準 は、各国それぞれの平均賃金の
40%の 水準 に設定 されることになるだろう。 EC各 国ごとの所得構造が異 なるのに も 関わらず、 こうした方法で EC共 通基準が与 え られることになる ° う 。現在の ところ、
" 97⇒
ヨーロッパ社会国家― ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望一 このような積極的な標準化のための政治的・法的基盤が整 うかどうかは予測できない が、 EC機 構 はまず共通基準 を確定 し、それか ら特定地域 に対する各国の国内貧困政 策 を援助することになるだろう° ⑥
。
現在 までの社会保険の「調和」の進展 をどう評価するにせ よ、今後、社会保険シス テムは一国 レベルに留 ま り続け、 ヨーロッパ レベルの ものにはならない。その結果、
明 らかにそごが生 じる。社会保険は一国 レベルのままなのに、貧困政策のシステムは その一部が超国家的 ECレ ベ ルヘ集権化するのである。こうして貧困層 に対する特定 の統一政策が導入され、 EC全 域で「展示」 されることになる (Schauた
nsterefた kte)。この状況 は、良 く知 られた ところでは、アメリカで「片親養育公的扶助制度」 (Aid to Families with Dependent Children=AFDC)が 、唯一の全国的制度 として果たしてい
る役割に等 しい。
現実化の可能性は少ないが、論理的可能性 としてはこれ と異なる観点からも、貧困 政策のヨーロッパ化を考 えることがで きる。すなわち、ある特定のグループ、とりわ け比較的「上位の貧民 (anstandige Armen)」 に対する給付が ヨーロ ッパ化する可能性 がある。例 えば、老齢貧民
169、また限定付 きではあるが失業者
69など、特定 グループ に対する政策の ヨーロッパ化が有 り得る。それでな くとも EC加 盟各国内で特典的な
「贅沢な福祉 (gehObene Fursorge)」 は、 これによって ヨーロッパ化 されるだろう
1701。残 りの貧困グループは、一国 もしくは地域 レベルに留 まり続け、各国ごとに多様な体 系 に基づいて対処 されることになる。貧困市民はこうして「ろ過」 され、それによっ て、 「下層階級」″ Jは 各国ご とに、アメリカ的対応 をもとに して文化的に社会から除 外 されて しまう。
'こうなると、先に述べ た「バルカン化」 とは別の方法で、 ヨーロッパ大陸の貧民政 策はアングロサ クソン的なもの
(アメリカモデル的性格 )へ 変形 してい く。すなわち、
該当す る大グループが設定 され、グループ毎 に政策対応が決められるという、「社会 グループ」別に対応 した貧民政策 (「 福祉へのカテゴリ=・ アプローチ」 )が ヨーロ ッ パ貧民幣策に大 きな影響 を持つようになるだろう。逆に、北欧に特徴的な普遍主義原 理 に基づ く貧民政策は徐 々に空洞化 してい くだろう。上で述べたアメリカ合衆国にお ける「片親養育扶助」 (AFDC)制 度 こそ、 ここでい うグループ・ アプローチの端的 な事例である。 ドイッは1920年 代 グループ・ アプローチを廃止 したのであった。 EC
が部分的にヨーロッパ最低所得保障制度 (Ein europaisches Mindesteinkommen)を 補助
(270)倒
法経研究
することになるなら、おそらくアメリカ合衆国における展開と同様に、ヨーロツパ レ ベルで「特別歳入配分制度 (special revenue sharing)」 の統制機構が発展するだろう
17a。いずれにせ よ各国が現行のまま国内の特定グループに「便宜 (Bettnstigungen)」 を 与え続けることは、ヨーロツパ共同体法によつて困難になる。 「便宜」を与え続けよ うとする国は他の EC加 盟国への「給付の輸出」を覚悟 しなければならない。それに よって、ヨーロツパレベルでのグループ別アプローチに、政治的経済的性格をもつ特 別割増給付が付与されることになる。社会的給付を通 じた所得移転の果たす経済的積 極的役割が、その対象をもはや一国の国民に限定できなくなると
1731、こぅした給付は
行われないままになるか、 もしくは、超国家ベル、す なわちヨーロッ パの「調和 され た」 レベルで実現 されるか
741、どちらかになるだろう。
基礎所得制度に関 して多様 な構想が提起 されているが、既存の福祉体系 を根本的に 変 えるような構想が EC共 通の戦略 となる公算 は少ない の 。 とはいえ、基礎所得 につ いての議論は、少な くとも ECが 公的扶助 を制度化す る上で、大 きな意義 をもってい る。
まとめ
ヨーロ ッパ単一貧困政策体系が、貧困に対する万能薬ではない。 ヨーロッパは「貧 困 との戦い」 に注 目すべ きであつたし、所得分配を正確 に行 うための基準 を発展 させ るべ きで もあった。もちろん貧困 とは、 「収入」からだけとらえられるべ きものでな く、
教育 f育 児、職業資格をはじめ、人が社会的に暮 らしてい く上でのあらゆる多様な手 だて全てに関わつたものである
961。ただし、権利を奪われ、周辺化された人々が今現 在 ヨーロツパ全域に拡大 しつつあることをまず明らかにするには、従来の「社会報告
(Sozialbenchterstatungl」 のアプローチではなく、最初は低所得・収入不足の問題に
集中した方がよい。共通市場の実現 という枠組みを越え、 「社会的ヨーロッパ」・ ヨ ・ ― ロッパ単一福祉国家実現へと向かうあゆみはまだほとんど始まつていない。この道の りは遠い。 しかし、百年前の ドイツ統一が、当時の時代的要請に応 じ、 (労 働者のた めの )社 会的市民権理念を基に、単一の社会国家を創出したものであつたこと脅思い 起こすべ きである。
統合ヨーロツパ実現の過程は、今まであところ主に「労働、資本、サービス、物財
52 06"
ヨー ロッパ社会国家一 ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望―
の 自由移動」の問題であ り、「社会的市民権」 についての幾つかの側面が含 まれては いるものの ・
8、中心課題 は「経済的市民権」であった。現在の ヨーロッパ統合の過程 で、政治的市民権、社会的市民権が果た している役割は小 さい。こうしたことから、
ヨーロッパ統合はアメリカ合衆国の発展過程に似通ってきている。そこでは政治的市 民権が統合 を導いたが、社会的市民権は1930年代 に至 るまで全 く存在 しなかったので ある。すなわち、統合 ヨーロッパの「市民権」は、経済的
(自由権的 )市 民権が最優 先 されてお り、次が政治的市民権、最後に社会的市民権 という序列になっている。 こ の序列付 けはアメリカ合衆国及びイギリスでの発展過程において知 られているもので あるが、
ドイッ統一過程の ものではない。 ヨーロッパ統一 をアメリカをモデルとする 狭い視野から進めるなら、市場経済的「所有に基づ く個人主義」だけが残ることにな る。そうなると今 まで言明されてきた「社会的 ヨーロッパ」の統一にはならない し、
民主主義 と連帯の伝統、 自由権的、社会権的伝統の発展 につながるものではな くなっ て しまう。
社会的 ヨーロッパが今後 どう発展 してい くかは、 ECを とりまく国際的環境に大 き く左右 される。 日本やアメリカ合衆国はよ り良い社会統合モデルではない。また、
「社会的 ヨーロッパ」 を今 まで促進 して きた推進力 は東西体制間の対立 801を もとに し ていたが、一イギ リスの歴史学者 TimOthy Garton Ash(オ クスフォー ド大学 )が 言 うように一
(もし東欧が)「 中央 ヨーロッパ として発展するのではな く、む しろヨー ロッパの隅の余白……弱体化 した国々、民族主義、貧困など手のつけようのない混乱 か らなる、 自立で きない余白地域 となってい くなら、 (社 会的 ヨーロッパ を推進する 力は )失 われかねない」のである。 つ 。
(1)イ ギリス社会政策学会 1990年 度大会での Lutz Leiserin3 Chiara Saraceno,Bernd Schulte のコメン トに感謝 したい。 また、 Hannah Brickner,Marlene Ellerkamp,Jutta Mester,Gitta Stender,Pder Kkhか ら特別の援助を受けた。
この論文は、 1990年 にヘルシンキで開かれた「第一回全欧社会政策対話 First All‐ European
Di」ogue on Sod」
Polたた s"」 において
(IncOme Transfers and Poverty in EC Perspekt市 さ .On
Europa's Slipping into Anglo―
American Welfare Models")、 および同年、アレグノで行われた 90年 代ヨーロッパ貧困政策に関する EC会 議における報告をもとにしている。
(2)こ れ を概観 した古典的研究 として以下 を参照の こと。 stanley Hoffmann,Obstinate or Obso̲
lete? The Fate of the Nation‐
State and the Case of Western Europe, in: Daedalus 1966.
(268)53
法 経研 究
Bd.95.S.862‐
915:, Hartl■ut Kaelble,Auf dem Weg zu einer europaischen Gesellschaft, Min̲
chen;C.H.Beck 1987,194S.;Krzystof Pomian,Europa und seine Nationen,Berlin:Wagenbach 1989,96S.
(3)社
会的統合 に関 して、 EC設 立当初からフランスと ドイツの間で意見の相違があった。社 会同盟はローマ条約のテーマにならなかった。争点は、自由市場の実現 にあたつて賃金 コス トを調整する社会計画導入にあつた。 70年 代初めには、ヨーロッパ社会同盟を具体化 しょう という最初の動 きが、 W.ブ ラント首相のイニシアテイブの もと西 ドイツ政府か ら提起 され た。当時 SPD連 邦議会幹事の H.ヴ ェルナーが「民主主義的社会的形態のヨーロッパ合衆国」
を計ざじた。 Bernd Henningsen,Europaisierung Europas durch eine europaische Sozialpolitik?
in:Peter Haungs,Hg.,Europaisierung Europas,Baden‐ Baden:Nomos 1989,S.55‐ 80,特 に 66 ページ参照。
に
)貧民 政 策 (Armenpolitik)の 概 念 に つ い て は、 次 を参 照 。 Stephan Ldb■
ied,Florian Tenn‐sted,Armenpolitik und Arbeiterpolitik.Zur Entwicklung und Krise ler traditionellen Politik
der Verteilungsformen, in: dies., Hg。, Politik der Armut und die Spaltung des Sozialstaats, Frankfurt a.M:Suhrkamp 1985,S.64‐
93.S.66ff.(5)Franz-Xaver Kaufmann, Nationale Traditionen der Sozialpolitik und europlische Integration,
in: Lothar Albertin, Hg., Probleme und Perspektiven europ6ischer Einigung K0ln: Verlag Wis- senschaft und Politik 1986, 5.69-82.
(6)積
極的統合 と消極 的統合 は二者択一 の もので は ない。積極 的統合へ の移行 は、総合
(syntFese)を 意味する。積極的統合は消極的統合を包含 し、かつそれを公正 と福祉について
の総轄的理念の中に組み込んだものである。積極的統合は、消極的統合のもとで重要な役割 を果たすことができる社会的インフランス トラクチユアの倉
1出を促進するものである。積極 的統合は消極的統合 と違い、統合の社会的コス トをそれを被 る当該の人々にかぶせて しまう
ものではない。
.(7)Hermann Beriё ,Sozialcharta.Startschu3 fir den europaischen Sozialraunl oder Beerdigung dritter Klasse?in:Kbmpa3 1990,Heft 3,S.109‑119,:Gemeinschaftscharta der sozialen Grun―
drechte der Arbeitnehmer,Brisse1/Luxemburg, 5./6.12 1989,in:Soziales Europa 1990,Heft
l.S.51‐56
(8)ヘ
ニ ングセ ンも言 うように
(注 3)、社会政策 は ECで は構造的に狭 く論 じられ、通常 は短
に「雇用政策」 と理解 されている。 た しかに、 ジヤツク・ ドロール氏 は、「 ヨー ロ ッパの社
貿 (267)
ヨーロッパ社会国家― ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望一 会的基礎」について語っているが、それが意味するのは、「市民全般」ではなく、ただ「労 働市民 (Status"Arbeiヽ
barger")」である。 「雇用労働者 (Arbdtnehmer)」 と「市民
(Birger)」は 19世 紀には両者とも「貧民」 として一括されていたが、
ドイッ社会政策の構成を見えば わかるように
(注4 Leib■ ied/Tennstedt参 照 )、 両者は行政上の所轄権限と社会的活動範囲 を異にする別のものである。
(91カ ナダは積極的統合とその失敗の可能性をみる上で興味深い事例である。そこでは、法体 型が全 く異なるケベック、オンタリオ両州が隣接 し、州の自治権を尊重することと高度な政 治的社会的統合を行うことが強調されている。カナダとアメリカ合衆国の「社会権」を比較 するなら、この状況は明瞭になる。
COI John Pinder,Positive lntegration and Negative lntegration‐
Some Problems of Economics Union in the EEC,in;World Today 1968,Bd.24,S.88‐ 110,
特 に、 100ペ ージ以下 を参照。
llllア メ リカ合衆国では外交政策 と国防政策が中央化 された。 これ らの政治領域 はアメリカ合
衆国にとっては無視できないが、ECで はそうでぃない。それゆえここでは検討の対象には しない。
l121あ まり成果はなかったとはいえ、例年になく寒 さの厳 しかった 1987年 の冬に、援助が必要
な人々に対 し余剰農産物 を分配 したヨーロッパ農相の決定がこれに関する最初あ経験である。
この計画は当初は継続 したが
(注3 Henningsen,S.74)、 1989/90に 中断 した。 これは冬季だ けに限定 された計画であったが、 EC全 体の「貧困対策計画」 よりも金額的には大 きなもの になった。
ヨーロツパでのこうした現物支給の実施は、慈善への逆戻 りを意味する。合衆国の「 フー ドスタンプ」の方が、ヨーロッパ的意味での福祉国家の理念、社会権拡大の方向に沿うもの である。 もちろん、 この ECプ ログラムは農業政策分野で発展 して きた積極的統合能力 (poJtive lntegrationskapazitat)を 社会政策に適用する可能性 を提供 している。 こうした方法 で単一の ヨーロッパ公的扶助が実現できる。 この政策の法的基礎は明瞭であ り、かつ従来の 物的支給構造 を大 きく転換するものである。それは残余型、未発達型福祉国家にとり、特に 重要である。
は 0当 時の視点か らみるとそれは「超国家的
(supernational)」統合であった。現在の時点から はこの過程は「国家的」統合 と把握 される。
(zea) 55
法経研 究43巻
は り 「 ジェンダー・バイアス」については、 Stephan Leibfried,1lona Ostner,The Particularism of West German Welfare Capitalism:The Case of Women's Social Security,in:Michael Adler, conin Ben,Jochen Classen,Adrian Sinfiled,Hg,.The Sociology of Social Security,Edinburgh:
Edingurgh Universty Press,参 照。
仁う 1871年 からの ドイツ統一において、農業政策の役割はそれほど大 きくはなかった。
「貧困」 と「農業」は巨大な内務行政の管轄下におかれ、第一次世界大戦後に単一の社会政 策行政機構、ライヒ労働省がそこか ら分離 した。合衆国と違い、
ドイツでは農業政策は社会 政策を国家行政の対象に組み込む上での先駆的役割を果たさなかった。
COド イツにおいて、労働サ イ ドか らの圧力 は社会権へ導 かれただけで はない
(Gaston V.Rim‐linger,Welfare Policy and lndustrialization in Europa,Al■